「理想郷へ」

よいしょ。よいしょ。
ペットボトルを転がして。
ちっちゃなたぬきが、何人も。
一生懸命、大事なおみずを運びます。　

黒色に緑のギザギザが入った容れ物は、刺激的な甘い汁が残っていた上に、おみずもたくさん入るけれど。
この透明な容れ物のほうが、蓋もあって運びやすいのです。

周りに大人はいません。
このちびたぬき達、何をしているんでしょう。
実は、ちび達だけで旅をしているんですって。
みんなが安心して暮らせる場所を目指して、今日も西へ東へ、ションボリ、トボトボ───。

元々、このちびたぬき達はたぬ木の森に住んでいました。
まだ人間がわかる言葉は喋れませんけれど、
ちびたぬき同士では何を言いたいのかわかっちゃいます。

ｷｭｰ…ｷｭｯｷｭｯ…(これ…つらいし…)
ｷｭｷｭﾀﾇ…(がんばるし…もう少しで交代だし…)
ｷｭｰｷｭｷｭｰ(おねーちゃん、てつだうしー)
ｷｭｳｳ…ｷｭｳ(おちび…ありがとし…)

手のひらサイズのちびたぬきの群れに、その半分ほどのちびたぬきが混じっています。
親たぬきは、どうしているんでしょ。


「いつか良い人間に拾ってもらって、幸せになって欲しいし…」
と、事あるごとに言っていたのが、この子達のおかあさん。
昔、人間に飼われていた頃のことをたくさんお話してくれました。
母親たぬきは自分が知ることを可能な限り教えてあげて、愛情たっぷりに、子供達を育てていました。
だけど。
ひとりで、たくさんいる子供たちにご飯を食べさせてあげるのは、とっても難しくて。
あんまり寝ないで、あんまり食べずに。
少しでも子供たちの分をとがんばっていた母親たぬきは、倒れてしまいました。
やがて、みっつの言葉を遺して、動かなくなってしまったんです。

“姉妹で仲良くするし。”
“ご飯はみんなで分け合うし。”
“寂しいときはみんなで踊るし。”

このみっつが、みんなが共通して覚えている数少ない教えでした。
この森には、たぬ木がたくさん生えていましたが、
ションボリの気に包まれているのもあってか、人間は滅多に近寄りません。
危険は少ないですが、ご飯も少ないです。
この森にいたら、親の願いを達成する事はできません。

みんなで、探しに行こう。
優しい飼い主になってくれる人間を。
もし見つからなくても、みんなが安心して暮らせる場所を、探しに行こうよ。

リーダーのちびたぬきは、早くに死んだ姉妹がそうしてもらっていたみたいに、
親の亡骸を丁寧に埋めてあげると決意を伝えました。
呼応したちびたぬき達は理想郷を求め、
新たにションボリの木の実から産まれた仲間を加えて旅に出たのです。


　　❇︎      ❇︎     ❇︎


まだまだ、空がぼんやりしていて。
ちょっと薄暗い頃。
ちびたぬき達は、太陽よりも早起きです。
葉っぱに滴る朝露を舐めて、木の実やムシを探します。
一際ちっちゃなちびたぬきは、おててを繋いで。
ほうら。ちびたぬきでも、おっきく見えちゃいます。


森の外では、色んなものが見つかりました。
全てが新鮮で珍しく、ちびたぬき達は楽しくてたまりませんでした。
人間たちには要らないものでも、ちびたぬき達にはお宝です。
ペットボトルや、所々が錆びた園芸用のスコップ、くしゃくしゃの新聞紙…あっ、たぬきの絵が描いてあります。
“各自治体で強まる、野良たぬきの駆除要請───。“
こんな難しい事、ちびたぬき達には読めませんしわかりません。


仲間はたくさんいるので、ご飯探しも楽ではありません。
でも、森の中よりは色々なものに出会えます。
写真を撮ったら、ぽい。
誰かさんに置いてけぼりにされた飲み残しに出会えた時には
とっても甘くて。
みんな、ぴょんぴょん飛び跳ねながら、
がんばろう、って思えたんですって。

ｷｭｰｷｭｷｭｰ…ｷｭｷｭｷｭｳ…ｷｭｳｳ…ｷｭ(これは…“ふたば”だし…にんげんたちの間で人気らしいし…)
物知りちびたぬきが教えてくれたことでした。
このちびたぬきは、いろんなことに興味があって、
おみずをたくさん飲んで、柔らかいものを食べることでたぬきはモチモチを維持できることや、
ｷｭｷｭｷｭｳ…ｷｭｰ…ｷｭｱ(キレイにした方が拾われやすいらしいし…)
などなど語り、道具を使うことや、水を持ち運ぶのは大事だよって教えてくれます。
だから群れは、結構ちゃんと、生活できていました。

川のおみずをこの容れ物に入れた後、2人でせーの、と抱えると。
トクトクトク…と水が流れ出します。
しゃがんで、耳を塞いでいたちびたぬき達は、
ぶるるっ…とおみずのシャワーに濡れた体を震わせたあと、じたばたして水気を飛ばします。
尻尾も濡れたけれど、キレイになれたね。
服を乾かしながら、のんびりお昼寝なんかして。みんなご満悦でした。
そんな調子で、旅は続きます。


　　❇︎      ❇︎      ❇︎


旅の途中、他のたぬきに出会うこともあります。
その日出会ったのは、箱に入った大人のたぬきでした。
何してるの？と尋ねると、大きなたぬきはやれやれ…といった様子で答えました。
「ご主人を待ってるんだし」
ご主人？周りには人気もたぬ気もありません。
「いい子にしててねって言われたし。たぬきはいいたぬきだから、ずっと待ってるんだし。もうすぐ迎えに来るはずだし」
よくわからないけれど、宛があるなら良いことだ。ちびたぬき達はそう思って手を振り、
箱入りたぬきと別れました。
仲間に入ってもらえたら心強かったけれど、こればっかりは仕方がない。
自分たちも、優しい飼い主に会えるようにがんばろう。
リーダーちびたぬきは、心持ちを新たにモチモチと歩き始めました。
仲間達も、意気揚々と続きます。

一方の箱入りたぬきは、去って行く集団を疎ましそうに見つめ、
けれど、その目は少し羨ましそうな目でもありました。
あれだけ仲間がいれば、待っていても寂しくないだろうか。
生まれたばかりの頃は、周りにたくさん仲間がいた。
大きくなるにつれて、ひとりぼっちになって。
ケースにいっぱいシールを貼られて。
ずっとずっと待っていたから。
待つのは別に、苦手じゃなかった。

「それにしてもご主人遅いし…」
箱の前には“拾ってください”と書かれていました。読める者は、その場には誰もいませんでした。


　　❇︎      ❇︎     ❇︎



夜。お月さまも雲のおふとんに包まれて、
なんだかとっても不安な時間。
しんと静まり返り、活動するものが極端に減る時間。
灯りなどを持たないちびたぬき達にとってはかなり長く感じられます。
でも今日は、公園の外灯の近く、茂みの奥で、ちょっと夜更かし。


(…すーぷっ…うっ♪うっ♪)
夜は寂しいので、親たぬきの教え通り、うどんダンスをみんなで踊ります。
じょうずに踊れれば、人間が気に入ってくれるかもしれない。
誰が言い出したのか、そもそも誰かが言ったのかどうかもわからないけれど。
それって、素敵だね。
そうだそうだと、みんな張り切って練習します。
最初はてんでバラバラでしたが、今では少しずつ手や足の動きが揃ってきています。
1番小さいちびも、短い手足をぱたぱた、しっぽをフリフリさせるぐらいしか出来ないけれど。
賑やかさに一役買っていて、やっぱり大事な仲間です。
みんなで一緒のことをするのは楽しいね。
　
たくさん動いたから、お腹はすいたけれど。
とってもたのしい、宴のじかんでした。

明日もはやいから、しっぽをぎゅっと抱きしめて。
たぬき玉になっておやすみです。
みんなで一緒に寝られれば怖くありません。
でも、その数は確実に減っています。
今日はひとり、わるい大人たぬきに連れて行かれてしまいました。
お昼ご飯さがしの最中の出来事でした。
大人のたぬきを見つけて、良かったら保護してもらえるかもと。
ｷｭｯｷｭー♪(こんにちわーし♪)
そう思ってトテトテと近寄った仲間がいました。
ところが、大人たぬきの様子がすこし違ったのです。
大事な髪の毛を掴まれて、ジタバタするちびたぬきが大声をあげます。
「ｷｭｷｭｷｭー！」(助けてしー！やだしぃぃー！)
「ヴッフ…こんな所にちびがいたし…」
「スラムに連れて行って労働力にするし…」
「燃える水とか餌集めは拾ってきたちびにやらせるのが1番だし…」
「新しいやつなら物乞いさせるのもいいし…」
「飽きたらサンドバッグにするし…」
自分たちよりも大きく、5人もいる大人たぬきに勝てるはずもないので、
みんなで隠れて震えながら、仲間が連れて行かれるのを見ているしかありませんでした。
ひとつ、またひとつ。歩みを進めるたびに、たぬき玉が減っていきました。
リーダーちびたぬきは、居なくなった仲間のことを思うと涙が止まりませんでした。

わるい大人達もいるし、スラムを目指すのはやめようーーー。
ちびたぬき達は話し合い、スラムは避けることにしました。


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ちびたぬき達は数も数えられますが、10を超えるといくつであっても、“たくさん”になります。
そしてどうあっても、群れの仲間は“たくさん”にはなりません。
連れて行かれたり、死んでしまったり。
途中で出会った仲間と一緒になったり。
減って増えてを繰り返して。

だけど母親たぬきからの、みっつの教えを覚えれば。
赤の他ぬきも、本当の姉妹もみんないっしょです。
それでもみんな、成長していくうちに。
意見や考えが違ってきます。
ケンカにだって、なっちゃいます。
だけどやっぱり。
みんなひとりは寂しいから。
お互いのほっぺたを、モチモチしあって。
仲直りの握手をしたら。
また一緒に、旅に出かけるのです。


ｷｭｷｭｷｭｳ！(これはすごいし…！)
ｷｭｰｷｭｳｰ(きれーだしー！)
おやおや？ちびたぬき達は、またまた何かを見つけたようですね。
茂みの中に、ピンクの花がいっぱい、いっぱい。
これほど綺麗なお花畑、見たことありません。
ｷﾞｭｷﾞｭｯ…ｷｭｷｭｷｭｰｷｭ(これは、“つつじーの花”だし)
物知りちびたぬきが教えてくれました。
何でも、花を摘んで、根元に口をつければあまーい蜜が吸えるんですって。
そうと聞いたら、好奇心旺盛なちびたぬき達、試してみたくなっちゃいます。
ｷｭｷｭｷｭｰｷｭ♪(これおいしーし！)
ｷｭｯｷｭｯ！ｷｭｯｷｭｯ！(いっぱいあるし！もっと吸うし！)
とっても甘いね。おいしいね。
ちゅっちゅ、ちゅっちゅ。
まだまだたくさん、こんなにあります。
明日の分も、残しておいてね。

その夜、持って帰った“つつじーの花”とセミをおかずに、うどんダンスの練習です。
久々、甘いものを食べたから。
みんな何だか調子がいいね。
ところがちょっと、様子がおかしい。
1番ちっちゃな、ちびたぬき。
お尻を大きく、ふーりふり。
振っていたと、思ったら。
けいれん起こして、動けません。
「ｹﾞﾛｹﾞﾛ…ｳｪｪ…」
あらら、戻しちゃった。

おみずを口移しで飲ませてあげながら、面倒見の良いちびたぬきが、添い寝をして頭をなでなで。
自分もいつか、おかあさんに、こうしてもらっていた思い出がよみがえります。

他のちびたぬき達は、全員で決めました。
話し合って、“つつじーの花”には毒があるかもしれないから、もう手を出すのはやめようね、と。

ｷｭｳｳ…ｸｩﾝ…ｸｩﾝ…(でも…あまいのほしいし…)
ｷﾞｭｯ…ｷｭｷｭ…(他のをさがすし…)
ｷｭ…ｷｭｵ…(でも…でも…)
ｷｭｯｷｭｯ(わがまま言っちゃだめだし…)
ｷｭｰｷｭｷｭ…ｷｬｷｨｷｭｷｪ…ｷｮ(とりあえず寝るし…これはもったいないけど、捨てとくし…)

諦めきれない、仲間には。
ほっぺをもちもち、もちもち。
むにむに、もちもち。
だめだよーって、教えてあげます。
何かがあれば、仲間同士で話し合い。
“姉妹で仲良くするし。”
おかあさん。みんな約束、守ってますよ。



白いもやもやが、お空にふわっと広がり始めて。
燃えるような太陽が、さー今日も頑張るぞーと顔を出し始めた頃。

ちびたぬき達は、仲間が1人いないことに気がつきました。
まさかと思い、リーダーちびたぬきは数人の仲間と昨日の花壇を見に行くと。
ひとりで早起きして、こっそり吸いに行った仲間が捕まっていました。
「お前…やりすぎたし」
「こんなにやったら人間に目をつけられるし…」
「バランスを考えろし…見かけないけど、どこの子だし？」
「親はどこだし…懲らしめてやるし！」
首根っこを掴まれて、ぶら下げられたちびたぬきが、ジタバタと手足をふりふりします。
足元には、摘まれてしまった、たくさんの花びら達。
昨日、みんながたくさん蜜を吸って、
ぽいぽいした後のまんまでした。

違う。違うの。
その子だけじゃないの。
でもやっぱり怖くって、出ていけません。
ｷｭｷｭｷｭｰｷｭｰ！ｷｭｷｭ…ｳｪｪｪﾝ！(親なんていないしー！ままは、もう…うぇぇえん！)
「ははあ…みなしごかし…」
「そいつはかわいそだし…」
捕まったちびたぬきも、様子を窺うリーダーちびたぬき達も。
今度の大人はやさしくて、見逃してもらえるかも、と息を呑みます。
でも、違いました。
「じゃあ都合がいいし」
大人たぬき達はよってたかって、昨日ぽい捨てされた全部の花びらを、捕まえたわるいちびたぬきの口に詰め込んでしまいました。
動かなくなったちびたぬきを置いて、
「はー綺麗になったし…♪」
「いいことするとスッキリするし…ヴッフ…♪」
「しばらくここは使えないし。他の花壇に行くし〜♪」
綺麗好きな大人たぬき達は去っていきました。
期待を裏切られ、仲間達はめそめそと泣いています。
ｷｭｯｷｭｯ~…ｷｭｳｳ…(ひどいし…かわいそだし…)
ﾀﾇｯｷｭ…(せめて、お花の近くに埋めてあげようし…)
しかし一方で、リーダーちびたぬきは、仕方ないとも思い始めていました。

“みんなで仲良く分けるし。”

という、ままの言葉を守れなかったから、仕方がないのです。仕方ないよね？
だけど、やっぱり仲間が減るのは胸が痛みます。

リーダーちびたぬき達がションボリして帰ってきたら。
ゲロゲロ、戻しちゃった小さなおちびちゃんも。
吐いた物を喉に詰まらせて。
動かなくなってしまっていました。
改めて、“つつじーの花”は見かけても手を出さない。
群れの中のお約束、が１つ増えました。


　　　❇︎       ❇︎       ❇︎



ある日、何かが怒っているのかと思うぐらい。
大雨がばら撒かれ、風がごうごうと唸り、空は暗く荒れ狂っていました。
ちびたぬき達は、お互いのしっぽをぎゅっとして。
橋の下で小さく固まっていました
しっぽだけでなく、全身が冷たいおみずに濡れて体温が下がり、恐怖も重なって皆ぶるぶると震えています。
しっぽが濡れたままなのが何であんなに嫌なのか、少しわかった気がしました。

この形を作るまでの間に、体重の軽い子が風に持ち上げられて飛んでいったのは一瞬のことでした。
さっきまで、あんなにいい天気だったのに。
リーダーちびたぬきは、この橋の下に来た時、
他のたぬきが見当たらないことや、服やダンボールだけが残されていたのが何でなのかも、ようやくわかったようでした。
いつも使っている川のおみずが、あんな風に大暴れするなんて。

あの時、急に降り出した雨から逃れるように、ちびたぬき達の群れは橋の下に避難しました。
ｷｭｰｷｭｳｰ！(だめだし…あぶないし…)
ｷｭｷｭﾝ♪ｷｭｰﾝ♪(おみずがいっぱいだし…キレイにするし♪)
歩道にまで打ちつける波は、川の水位がいつもより高いことを、教えてくれていたのですけれど。
旅の中で、おみずの扱いにも随分慣れてしまったちびたぬきは、橋の下から出ていってしまいました。
ｷｭｷｭｰｷﾞｭ♪(すいぶんほきゅうは大事だしー♪)
身体を洗うついでにと、あーー、と口を開けて雨を飲んでいたちびたぬきでしたが。
川のおみずが突然、ざばっ！と高くなったかと思うと。
ちびたぬきは、波が引くと共に居なくなってしまいました。
そうして、水の怖さを知ったと思ったら。
今度は横殴りの風が群れを襲いました。
物知りちびたぬきの提案を受けて、ちびたぬき達は慌てて一つのたぬき玉になったのでした。


どれぐらい、そうしていたでしょうか。
ようやく空が落ち着きを取り戻した頃、
たぬき玉の下で、一生懸命に守った小さなちびたぬき達は。
2人のうち、片方が潰れてしまっていました。
それほどまでに強く抱きしめないと、飛んでいってしまいそうだったのですが、
ｷｭｷｭｷｭｳ！(やだし…！ここ、こわいし…！)
生まれたばかりで、姉妹を失った恐怖に耐えきれず、
1人の小さなちびたぬきは、群れから離れていってしまいました。
橋の下はやめよう。陽射しも避けられて、安全な場所だと思ったけれど。
次にこんな風や雨が来たら、とても耐えられません。
またまたみんなで話し合い、次の新天地を、目指します。



　　　❇︎      ❇︎      ❇︎



ちびたぬき達は、夜でもずっと光っている建物を、茂みからじっと眺めていました。
あの箱は、なんなんだろう。
お外は真っ暗なのに、あそこだけずっときらきらしてる。
出てくる人間達はみんな、食べ物や飲み物を持っています。

あれなぁに？物知りちびたぬきに聞いてみます。
ｷｭｳｳﾝ…ｸｩｩﾝ…(なにあれ…しらないし…)

入ってみようよ。誰かが言います。
わたしたちも、何かもらえるかも。
おなかすいたし、行こう行こう。
みんな、気になって気になって仕方がありませんでした。
でも、人間しか見当たらないし…とみんなを止めているリーダーのちびたぬきも、ちょっと目が離せません。

そうこうしていると、また扉が開きます。
おや？中から出てきたのは、なんとちびたぬきでした。
なぁんだ。仲間も使っているじゃない。
じゃあ、安心だね。
話を聞いてみよう。
ｷｭｰ！ｷｭｷｭｰ！(おーい！こっちだしー！)
呼びかけたら、反応してくれました。
でもちょっと、様子が変です。
まっすぐ歩けていません。
顔も赤くなったり、青くなったり、目まぐるしいです。
ｷｭｷｭｰｷｭｷｭｷｭ(つかぬことをお伺いしますし)
ﾌﾆｬ~…ｷｭｯｷｭｯ！ﾍﾆｬﾍﾆｬ〜♪(ふにゃ〜…きゅっきゅ！へにゃへにゃ〜♪)
おや？言葉の通じないちびたぬきですね。
こんなことって、あるのでしょうか。
よく見ると、なんだか体がちょっと溶けています。
よく嗅ぐと、なんだか変な匂いが止まりません。

リーダーを筆頭にちびたぬき達は気分が悪くなり、へらへらしているちびたぬきから話を聞くのは諦めて、離れていきました。
あの子、一体どうしちゃったんだろう。

「あっ、こんなところにいたし…！お客さんごめんなさいし…ちょっと酔わせ方が甘かったし…しっかり洗うから、ちゃんと飲んであげてし！」
青い服を着た、大人のたぬきが出てくると、ふらふらしているちびたぬきをぐいっと捕まえて、
扉の向こうへ行ってしまいました。　

飲んでって言ってたけど、何を？
あのちびたぬき、大丈夫かな。
わからない事だらけでしたけれど、あのニオイのせいで気持ち悪いし。
あんな風になっちゃうなら、残念だけど。
あそこには二度と近づかないでおこう。
ちびたぬき達は、話し合うまでもなくそう決めました。


　　　❇︎     ❇︎     ❇︎


もっち、もっち。とぼ、とぼ。
地面は相変わらず熱をもち、ちびたぬき達は直射日光と地面の熱の両方に晒され続けていました。
｢ｷｭ…ｷﾞｭ…ｷｭｳ…」
あらら。小さいちびが歩けなくなり、やがて前に倒れて動かなくなってしまいました。

これまででも、道半ばで倒れた仲間は、可能な限りみんなで埋めてあげました。
モチモチした手では土を掘りにくいので、
旅の途中で見つけたスコップはすごいお役立ちでしたよ。
木の棒を立てたお墓の上には、勲章の代わりに、川で見つけたきれいな石を置いてあげました。

次に生まれた時は、もっとご飯がたくさん食べられて。たくさん遊べますように。

『ｷｭｯｷｭｯ♪ｷｭｰ♪ｷｭｰ♪』(おなかいっぱいだし♪うれしいしー♪)
ちびたぬき達はモチモチとした両手を合わせて涙を浮かべ、死んでいった仲間の幸せな姿を想像するのでした。


　　　❇︎      ❇︎     ❇︎


さぁ、元気を出して。
旅をまた続けましょ。
トボトボ、ゾロゾロと歩き出して少しした時でした。
後ろの方が、なんだか騒がしいです。
ふざけている元気があるなら良いことでしたが、いやなざわつき方だったので、何事かとリーダーちびたぬきが振り向くと。

四足の獣が、少し離れた所にいるのが見えました。
あれは、たぬきもどき！
たぬき達にとっては、怖くてたまらない生き物です。
木の実もムシも食べません。
もどきは、たぬきが大好物なのです。
「ｷｭｷｭ♪ｳﾞｯﾌ､ｳﾞｯﾌ」
土を掘り返して、クッチャクッチャと音を立てて“何か”を咀嚼しています。
その傍らには、きれいな石と墓標がわりの棒。
どうしたって、ちびたぬき達が掘れる穴は浅く、死んだばかりの新鮮なちびたぬきの匂いは、もどきの鼻腔にはしっかりと捉えられていたのでした。
幼いちびたぬき達は、何が行われているのか本能的に察し、青ざめました。
まわりは恐怖のあまりジタバタをはじめ、
リーダーちびたぬきは、何とか耐えましたが足は小刻みに震えています。
早く離れないと。頭ではわかっているのに、怖くて動けません。
そんな時でした。

ｷｭｷﾞｭｷﾞｭ-！(やめるし…静かに眠らせてやれし…！)
そう言って抗議の声をあげてもどきに突撃したのは、
先程埋めてやった小さいちびと仲良くしていたちびたぬきでした。
リーダーの姉妹で、最初の頃からの旅の仲間です。
面倒見がよく、小さい子のほっぺを撫でて根気よく励ましながら微笑んでいたあのやさしいたぬきが、怒りを勇気に変えて、飛び出したのです。
わるい大人に仲間が連れて行かれた時、何もできなかった後悔を、度々、口にしていました。
その手には、先程小さな仲間を埋めるのに使ったスコップが構えられています。
これでもどきに一矢報いるつもりなのでしょう。
｢ｷｭｳ…？ｷｭｯ♪ｷｭｰ♪」
もどきは、何でエサが自分から飛び込んでくるんだろうと首を傾げると、嬉しそうに口をアーンと開けて。
ガブリ！
と、突撃たぬきの頭に喰らいつき、首から上を剥ぎ取ってしまいました。
スコップは武器としての役割を果たす前に、カランと音を立てて地面に落ちます。
残された胴体が、血液をぴゅっ！ぴゅっ！と噴き出しながら、ジタバタと手足を激しく動かし始めました。
「ｷｭｰ♪ﾀﾇｰﾀﾇｰ♪」
さっき埋めてあった土だらけのエサよりも大きく、元気なエサにもどきは満足していました。
今はこのおにくを食べることしか、考えられません。モチモチした手を、口に含んでブチリと噛みちぎります。


仲間だった肉の塊を、もどきが一心不乱に貪っている間に、
みんな、できる限り急いでその場を離れました。
涙とおしっこを撒き散らしているので、バレないか気が気でなく、違う方向に逃げた仲間がいても誰も気に留める余裕などありません。
混乱の結果、また何人かとはぐれてしまいました。
点呼をしましたが、数が足りません。
旅の危険を改めて感じながら、その日は皆疲れ果て、踊る余裕もなく眠ってしまいました。


　　❇︎      ❇︎     ❇︎


また、何日かして。
どんなに悲しくったって、お腹は空きます。
仲間だって、また増えました。
がさがさ。
カラスに見つからないうちに、ゴミ捨て場を漁っていると。
リンゴの芯が、見つかりました。
結構、実が残っています。
これなら、みんなでちょっとずつ回して食べられますね。
すごいものを見つけたぞ、とリーダーちびたぬきは満足気に鼻を鳴らしました。

ごはん探しに向かっていた仲間の1人が、この先ですごいものを発見したと興奮気味にやってきます。
何、何、なぁに？
そんなにすごいならと、ちびたぬき達は、みんなで行ってみることにしました。

それは三角のおうちでした。正面が大きく開いていて、中に出入りできそうです。
ちびたぬきは、人の手で作られたものが大好きです。
先にたどり着いた仲間が両手を上げてぴょんぴょんと跳ねています。

見たところ、誰かが住んでいる様子はありません。
大きさも、大人のたぬきにはちょっと小さくて、ちびたぬきにはちょうどいいぐらいです。
ほんとだ。これはすごいかも。リーダーちびたぬきは感心しました。

ｷｭｰ♪ｷｭｰ♪(おうちだし…！)
ｷｭｷｭｷｭｳ…？(何でこんな所にあるし…？)
ｷｭｯｷｭｯｷｭ！(わかんないけど、とにかく良いし！)
ｷｭｳｳ〜(雨も、もどきも怖くないし…！)
ｷｭｯｷｭｯﾀﾇﾀﾇ(誰か優しいヒトが置いといてくれたんだし…！)
そんなことあるのかなぁ、とリーダーたぬきは頬に手をやり首を傾げましたが、みんなが楽しそうなので、まあいいかと思いました。

みんなで三角のおうちの中を、覗き込んでみると。
薄暗くって、あまり様子がわかりませんが、きらりと光るものが見えます。
大抵のたぬきは、中の状態を確認する前にそちらに目がいきます。
勲章です。
金色にきらりと光る勲章がぶら下げられていました。
初めて目にした勲章に、ちびたぬき達の本能が沸き立ち、胸をじんと熱くさせます。
ｷｭｳｳ！ｷｭｯｷｭｯｰｷｭ！(あれ、勲章だし…！)
ｸｩﾝ…ｷｭｳﾝ…(本物はじめて見たし…)
ｷｭｳｷｭｳ…(勲章欲しいし…！)
ｷｭｷｭｰ！ｷｭｯｷｭｯ！(早いもの勝ちだし…！)

みんな顔を見合わせて。
こくんと頷いたら、おじゃましまーす。

ｷｭｰ♪ｷｭｰ♪…ｷﾞｭｯ！？(わーい♪わーい♪…ぎゅっ！？)
1番乗りのちびたぬきが、慌てんぼうを発揮して、こけちゃいました。
ジタバタもがこうとしますが動けません。
何か、ベタベタしたものがひっついて、離れられないのです。

時々道路に落ちていて、ベタベタする、ほんのり甘いやつとは全然違います。
たまにスーッとして、からいやつがあってジタバタしちゃうあれでもありません。
あれも手について、なかなか取れなかったけれど、よく伸びるのでおもしろかった覚えがあります。
記憶の中のそれとは違って、これは何だか嫌な感じです。

薄暗いテントの中は、ほとんどが粘着テープの床で出来ていました。
音に反応して、もぞもぞ。
黒い何かが揺れました。
「何でくっついて離れないし…動けないし…助けてし…ｷｭｳｳ…」
仰向けに倒れていたのは、すでに言葉を喋れる、ちょっと成長したちびたぬきでした。
内側に折りたたまれた腕を動かそうとしますが、肩がべったりと貼り付いているのでそれも叶いません。
他にも動かないちびたぬきらしき何かが、ピク…ピクと震えているのもあれば、うつ伏せのまま、全く動かないものもあります。
全く動かないちびたぬきには、うぞ、うぞ、と白い何かがうねうねと這っています。
ちびたぬき達は先程までの楽しい雰囲気を忘れ、先客達の惨状にぞっとしました。
ハッとなって、我にかえります。
早く仲間を助けなきゃ。

よいしょ、よいしょ。力づくで引っ張ろうとしますが、
服や髪の毛にくっついたネバネバは、かなり強いくっつき方です。
ぶち、ぶち！と嫌な音をさせるだけで、
ｷﾞｭｷﾞｭ！ｷｭｵｱ！ｹﾊｯ(いたいし！いたいし！)
まったく、取れる気配がありません。

慎重に入っていったちびたぬきも、足を取られて仰向けに倒れてジタバタ
またその様子を見て驚いたちびたぬきがジタバタするのに後ろに倒れた際、髪の毛と尻尾がひっついてしまいました。

「思い出したし…このおうち、前に見た時…
もどきが嬉しそうに引きずっていたし…きっとあの中にも、仲間達がいたんだし…！ｷｭｳｳ！ｷｭﾜｧｧｧ！」
ちょっと大きなちびたぬきは狂ったように叫び始め、それでも動けず、手を小さく上下させることしか出来ません。
その声を聞いて、また更にテントの中が狂騒に包まれます。
この悪夢から早く抜け出さなければ。
くっついちゃった仲間たちも、出来れば助けてあげたいけれど。

ｷｭ…ｷｭｳ…ｷﾞｭｷﾞｭ…(たぬき達はもうだめだし…先に行ってし…)
ｷｭｳｳ…ｷｭｳﾝ(行けないし…)
物知りたぬきも、くっついてしまっていました。
リーダーは首を横に振ります。でも、心はわかり始めています。もうどうしようもないことを。
ﾀﾇﾀﾇｩ…ｷｭｯｷｭ…(大丈夫だし…もう行ってし…)
大丈夫じゃないのもわかっています。
けれど後ろにいる、まだ無事な仲間達を失うわけにはいきませんでした。
じゃあ、せめてこれを。
粘着テープに触れないようにしながら、リーダーちびたぬきは懐からとっておきのモノを出しました。
川で見つけた、キラキラと光るまあるい玉を持たせてあげます。
リーダーちびたぬきにとっては、これが勲章みたいなものでした。
あとは、さっき取ってきたリンゴの芯。まだまだ、実が残っています。
ｷｭｰ…ｷｭｱ…(ありがとうし…)
これ以上、ここにいちゃいけない。
ずっといっしょだった仲間に、
泣きながらばいばいします。
またねとは、言えないけれど。


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夕暮れ時。オレンジ色の太陽が、また明日ねと眠りに就く頃です。
小さいちび達を仲間に任せて、リーダーちびたぬきだけはこっそりと、テントのあった所へ戻ってきました。
まだそこに、テントはちょこんと置かれたままでした。
よかった。もどきには持って行かれていなかった。ひとまず安心しましたが、助け出す算段はありません。

黒く、長く伸びる影に気がついて。
ちびたぬきは身を隠しました。
たくさんの人間がテントの前にやってきて、軽く持ち上げると中身を覗き込み、顔をしかめます。
「うわ、やべえな今日の収穫量…。
　ちびたぬきだけでもこんなにいるんだもんな」
「知り合いの業者がこないだ駆除したスラムもヤバかったらしいよ。すごい量のちびたぬきがいたんだけど自分の子とは別で、奴隷みたいに働かせるちびを確保してたらしい」
「裸にしたり、油性ペンで頬に×描いて区別つけてたりとかしてたやつか」
「引くな…やっぱ野良たぬきは駆除しないとダメだな」
「これに引き寄せられて、随分捕まえやすくなったから大丈夫さ」
「荒らされてたツツジの花壇の近くでも、たくさん捕まえられましたもんね」
「そういうこと…よっ、と」
1人の人間が、仲間の入ったテントを袋に入れてしまいます。
あっ。あの中には、まだたくさんの仲間がいるのに。
「そういえば、あのスコップどうします？」
「ああ、こないだ駆除したもどきの近くに落ちてたやつか。とりあえず明日まとめて処分だな」
大きな人間達の言ってることは、リーダーちびたぬきには難しくて、ほとんどわかりませんでした。
でもなんだか、たぬきへの嫌悪のようなものを感じてリーダーちびたぬきはそれ以上、足が前に出ませんでした。
あそこに近づいてはいけない。
中の仲間は、もう助けられない───。
リーダーちびたぬきは泣きながら、物知り達が入ったテントが持って行かれるのを見守るしかないのでした。


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それからしばらく経って。賑やかだった旅の仲間もどんどん減り、
残っているのは、もう3人しかいません。

ｷｭｯｷｭｯ…ｳｯ…ｳｯ…(…すーぷっ…うっ…うっ…)

気を紛らわせようと踊りを踊っても、楽しい気持ちは沸き起こらず、
却って寂しさだけが、悪目立ちしてしまいます。
あんなに楽しかった旅の始まりが、ウソのようでした。

ｷｭｰｷｭｷｭｼ…(もう無理なのかもし…)
ｷｭｷｭｲｼ…ｷｭｷｬｷｭｼ…(つらいし…つかれたし…)
ﾀﾇｩｼ…ｷｭｷｭｰｷｭｷｭｼ…！(まだだし…まだ終われないし…！)
リーダーちびたぬきは諦めていませんでした。
自分が折れれば、この旅の意味が無くなってしまうと考えていました。

　　
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雨の日も、風の日も。できる限り、ちびたぬき達は歩き続けました。
ｷｭｯｷﾞｭ…ｷｭｯｷｭｼ…(まって…まってし…)
ｷｭｷｭｷｭｳｼ…(休もうし…)
ｷｭ…ｷｭｷｭｰｷｭ、ｷｭｷｭｷｭｳ、ｷｭｰｷｭｷｭｯｷｭｷｭｯｷｭｳｼ…(でも…進まなきゃ…足を止めたら、もう動けなくなっちゃうし…！)
返事はなく。ただ、ずるずるとしっぽを引きずる音だけが続いていました。
どこへ行けばいいのか、もう誰にもわかりません。


河川敷を進む、ちびたぬき達の行く先に、男が立っていました。
リーダーちびたぬきは、行く道を塞がれて困ってしまいました。
なんて言ったら、どいてくれるだろう。
もしかして、ひどい事されちゃうのかな。
それでも、もう立ち止まれるならいいのかも───。
でも、違いました。

「随分ボロボロだな…良かったらウチに来るか？
俺も、さっき1人になってしまったんだよ」
腰を下ろし、目線を合わせてくれた男の声には、哀しみが含まれていて。
見せてくれた写真立てには、ションボリしながらも口元には笑みを讃えるたぬきの写真が収まっていました。
ちびたぬき達が探し続けていた人間に、違いありませんでした。
ぱあっと、目の前の真っ暗な道が開けたような気さえしてきました。


ｷｭｳ…ｷｭｷｭｯｷｭｼ…ｷｭｯｷｭｯ、ｷｭｷｭｷｭｳｷｭｷｭｳｼ…
(みんな…よかったし…やっと野良から脱出できるし…！)
うれしくて、うれしくて。
泣きそうになりながら振り返った時。


そこにはリーダーちびたぬき以外、誰も残ってはいませんでした。
1人は倒れていて、もう1人は見当たりません。
「お前の仲間はもうダメみたいだ…遠くにいっちゃったよ」
動かなくなった仲間を、その人間は嫌な顔一つせずに抱き上げてくれました。
「かわいそうにな…姉妹だったのか？」
リーダーちびたぬきは、黙ってしまいました。
だって、わからない。旅の始まりは随分前で、
この仲間たちが森にいた姉妹かどうかもわかりません。
生まれも、いつ一緒になったのかも関係ありません。
みんな、同じく旅をしてきた大事な仲間だったのです。
「おいで」
大きな手が、カサカサになってしまったちびたぬきの頬を包んでくれました。
あったかい。
偽の勲章を見つけた時よりも大きな熱が、じんと胸に沸いてきます。
そうこうしているうちに、写真立てを懐にしまった男は、死んでしまったちびを左手に、
ちびたぬきを右手に抱えて、ぎゅっとしてくれました。
初めて触れた人間のぬくもりは、仲間たちと作った、たぬき玉にとても似ています。
安心感に包まれて、強張っていたちびたぬきの表情は、少しずつほぐれていきました。

こうして。
ちびたぬきたちの、長い長い冒険の旅は終わりました。
やっと、やっと───。


オワリ…？












「おうい。ご飯の時間だよ」
「みんな…ごめんし…ごめんし…」
喋れるようになっても、うわ言のように謝罪の言葉を繰り返す。
何があったのか聞いてみても、ハッとした表情で
耳を塞ぎ、頭を抱えてうずくまるだけだ。
よっぽどつらい目に遭ったのだろうが、
前の子はペットショップで買ってきた血統書付だったのであまりの落差に驚きが隠せない。
「なんか、思ってたのと違ったなぁ…おっと」
不用意な発言を聞かせてはいけないと、飼い主の男は口元を塞ぐ。
しょうがない。ペットショップに行ってくるか。
身体は随分大きくなったのに、相変わらず部屋の隅で小さくなって、なんだかずっと立ち止まっているみたいだな、と男は思った。





あの日から、たぬきは眠る時間になると決まった夢を見るようになりました。

もどきに食い散らかされる仲間。
花びらを押し込まれ、ジタバタできなくされる仲間。
テントから出られなくなり、クシャッと潰される仲間たち。

思い出せるのは、仲間たちとの楽しい冒険の日々などではなく。

どうして、もどきに喰われるのを助けてくれなかったんだし…。
どうして、テントに入るのを止めてくれなかったし…。
どうして、大雨の日に川に近づいたんだし…。

どうして、どうして。
おまえのせいで。
おまえのせいだ。

たくさんの責める声が、たぬきの頭の中で反響し続けていました。
ようやく朝になって、1人だったことを思い出します。
泣き腫らすほどの日々の中で、枯れたと思っていた涙は、やっぱり止まりませんでした。



傷ついたまま大人になったたぬきを、飼い主は優しく抱きしめてくれました。
嫌な感触なんかじゃ、ありません。
髪をそっと撫でて、もう片方の手で、背中をぽんぽん、としてくれます。
さわるな…なんて言えないぐらいの、
そのあたたかさが、やわらかさが。
果たして自分だけが独占して良いものなのか。
たぬきは男の腕の中にあっても苦しみ続けました。
どんなに美味しいご飯を出されても。
踊りが見たいな、と言ってくれても。
無理しなくていいからね、と励まされても。
「ごめんし…ごめんなさいし…」
としか、喋ることが出来ません。
また、そんなご主人への態度を申し訳なく思い、やはりひたすら謝り続けるだけの日々でした。

責任感があるから、リーダーでした。
責任感があるから、自分を責めずにいられません。　
あのまま森を出なければ。
みんな死なずに、幸せだった。
そんなことないよ、と否定して元気づけてくれる仲間はもういません。

”姉妹で仲良くするし。”
“ご飯はみんなで分け合うし。”
“寂しいときはみんなで踊るし。”

リーダーだった自分が、ままに教えてもらった言葉を一つも実践出来ないことに、がまんできないのでした。
仲間の分まで生きなきゃいけないんだし…
なのに。
「ひとりだし…ひとりじゃ、約束を守れないんだし…」
たぬきは立ち上がり、また、歩き出すことにしたのです。

 “なんか、思ってたのと違ったなぁ”
わたしもそうだし。こんな風になるなんて、思ってなかったんだし。




「おうい。新しい仲間を連れてきたよ〜」
返事はありません。
「あれ？…おー、よしよし。元気な子だな。仲間もそんな風に元気づけてやってくれよ」
「ｷｭｳｷｭｳｷｭｷｭｯ…ｷｭー♪」(ちびのおねぇちゃどこだし…はやくあいたいしー♪)
飼い主の男の人は、元気のないたぬきのために仲間をペットショップから連れてきてくれたのでした。
素直で、かわいくて、元気なおちびちゃん。
もし出会えたら、たぬきの傷ついた心も少しずつ癒されていったのでしょう。
だけど、あのたぬきはもうこの家にはいません。
“仲間”を求めて飼い主の元から離れ、生まれた森へ還っていったのでした。
それから。元リーダーの、元ちびたぬきを見た者は誰もいません。


オワリ
