No.67「X-たぬ」(前編)
(X:未知の、未知数の)


X-たぬFile1“精神干渉のたぬき”

トボトボと公園を歩く野良たぬきの足元に、丸い木の実がコロコロ転がってきました。
お腹空いてたし、ちょうどいいし。
そう思って涎を口からはみ出させながら身を屈めた野良たぬきに起こった異変は、かつてないものでした。
(そこのたぬき、取って欲しいし…)
頭の中で、響くような声が聞こえます。
───目の前には、同じようにションボリ顔をしたたぬきが立っていました。
口元はへの字で結ばれているので、このたぬきがお願いしてきた訳ではなさそうです。
でも何故か、そうしてあげた方が良いような気がして野良たぬきは木の実を拾い上げました。
(それたぬきのだし…返してし…)
脳内に響く声に従って、手に取った木の実を、目の前のたぬきに渡してあげる事にしました。
あれ…でもこのたぬき、喋ってないし───野良たぬきは、渡してあげてから違和感に気がつきました。
(ありがとうし…)
目の前のたぬきは黙ったままなのに、少しニッコリとしていました。
お礼を言ったのはこのたぬきらしいですが、訳がわからない野良たぬきはへの字口を深くし眉根を寄せて顔をしかめました。

(たぬきは今…おまえの心に語りかけているし…たぬきはそれが出来るたぬきなんだし…)
世にも珍しい、精神に直接語りかける超能力を備えたテレパスたぬきでした。
「すごいし…たぬきの思ってる事もわかっちゃうし…？」
普通の野良たぬきは、だとしたらちょっと怖いしとも思いながら疑問を投げかけます。
テレパスたぬきは黙ったまま、首を左右に振りました。
(たぬきは送信しか出来ないし…)
「あ、そうなんだし…ちょっとガッカリしたし…」
(ごめんし…ちょっとたぬきの超能力について聞いて欲しいし…)
「なんだし…興味あるし…」

───テレパスたぬきは、野良たぬきの心の中に語りかけ始めました。

たぬきには妹がいたし…。
元々同じタイミングに生まれた双子同士で、お互いの意識の送受信しかできなかったし…。
だからふたりで黙ってお喋りしたり仲間の心の中に急に話しかけて驚かせて遊んでたぐらいだったし…。

ある日、妹は他の生き物の気持ちも受信できないか頑張って特訓しだしたし…。
集中力を高めればだんだん出来るようになったらしいし…。
たぬきは面倒くさいからやらなかったし…。
そんな事出来ても、何の役に立つかわからなかったし…。

それでも妹は頑張り続けてたし…。
ついには妹が近づいてくるもどきの意識を感知して、スラムのみんなに知らせたらもどきを上手くやり過ごせてたくさん褒めてもらったし…。
ちょっと羨ましかったけど、やっぱりたぬきは特訓はしたくなかったし…。

けど、妹はだんだん感度が上がりすぎて…拾いたくない時も他の生き物の意識を受け取るようになっちゃったんだし…。

お腹がすいてないのにお腹をすかせた野良たぬきの意識を受信しすぎて空腹感に悩まされたり…果てはたぬきを見つけたもどきの意識、もどきに食われる際のたぬきの悲痛な叫びまで受信しちゃってたし…。

妹は狂ったように耳をちぎりだして、それでも受信は止まらなくて…。
脳が過負荷を受けたせいで目耳鼻口、頭のあらゆる穴から血を出して動かなくなったし…
たぬきは怖くなって受信するのをやめたし…だから一方的に送信しか出来なくなったんだし…。

───と、いうこともこのテレパス能力なら言葉を使わずとも説明できちゃうんだし…。
突然、脳内に言葉の洪水をワッと浴びせられた野良たぬきは地面に手をついてゲェゲェと吐いていました。
(あ、ごめんし…またやっちゃったし…前はこれで脳内に情報を送られすぎて処理しきれずに脳がイカれて廃たぬになっちゃった子がいたし…)
「さらっと言うなし…こわすぎるし…」
野良たぬきは顔を上げ、うっすら涙を浮かべて抗議しました。

聞くところによれば、送信は垂れ流しではない事、ある程度の指向性をもって内容も伝えたい事だけを送れるとの事でした。
ふんふんし、と頷いていた野良たぬきはぽんと手を叩いて提案しました。
「人間に飼ってほしいって声を送り続けたらどうかし…？」
安易な思いつきでしたが、先程自分がなんとなく脳内に響く声に従ってしまったことを考えれば、人間を洗脳することだって出来るかもしれません。
(なんて事考えるし…頭たぬきかし…)
「ごめんし…だってたぬきだし…」
野良たぬきは己の浅はかさを恥じました。
(とっくにやったし…人間はたぬきの声なんて気にしないから送信しても無視されたし…)
「やったんかし…じゃあお前も頭たぬきだし…」
テレパスたぬきの方がよっぽど恥知らずでした。

普通の野良たぬきは自分にはない超常的な力を持つテレパスたぬきを羨みました。
ため息をつくと、頭の中に浮かんだ精神に語りかける力の活用法が口から溢れ落ちました。
「でも…2人いればごはん取り放題だったし…」
(どういうことし…？)
「つまりこういうことだし…人間の遊びにババ抜きって言うゲームがあるし…葉っぱに描いたマークで引いちゃいけないやつを決めるし…お互い一枚ずつ引いていって最後に引いちゃいけないマークを引いた方がごはんや勲章を渡すルールにするし…片方がババ抜きしてもう片方が相手の後ろから葉っぱを盗み見するし…」
(長いし…吐きそうだし…)
「あとは心の声でやりとりすれば対戦他ぬきにはバレないし…全勝だし…」
テレパスたぬきは、わなわなと震え始めました。
超能力をそんな事に使っちゃダメだし…！と怒り出すかと思われましたが、
「妹が生きてるうちに教えて欲しかったし…！あと長いし…！たぬきには理解できないし…！」
「びっくりしたし…急に喋るなし…」
突然聞こえてきたテレパスたぬきの肉声に驚いて、普通たぬきは後ろに倒れ込んでジタバタしてしまいました。


「キュウウ…クフゥゥン」
次いで聞こえてきたのは、ちびのようでいてまるで違う野太い声。
早朝から騒ぐたぬき達を見つけて、いつの間にか寄ってきていたのはたぬきもどきでした。
興奮気味に鼻を鳴らし、完全にこちらを朝ごはんとして見定めています。
(も、も、も、もどきだし…)
今生終わったし───という諦めの気持ちを送信してきたテレパスたぬきに、普通たぬきは苛立ちながら助言を行いました。
自力ではどうしようもないけれど、テレパスたぬきの力があれば何とかなると思いついたからです。
自分だけであればとっくに喰われて死んだ身と考えるからこそ覚悟が決まって、ある意味他ぬき事のように思考ができていました。
「落ち着くし…他ぬきにやったみたいに脳がイカれるぐらいの情報を送りつけるし…」
(なるほどし…やるし…)
黒い鼻をヒクヒクさせ、低い唸り声を発する口から涎を垂らしてもどきがにじり寄ってきます。
テレパスたぬきは逃げ出したい気持ちを抑えながら、目の前のもどきにのみ意識を集中させたのです。
そして、思いきり送信を始めました。


かえってし。かえってし。かえってし。
かえってし。かえってし。かえってし。
かえってし。かえってし。かえってし。
かえってし。かえってし。かえってし。
かえってし。かえってし。かえってし。


「グ、グウゥ…？」
もどきは未曾有の精神攻撃を受け、気分が悪そうに頭を振り始めます。
やがて脳への過負荷に耐えきれなくなったもどきはしっぽを垂らし、ションボリしながら首を傾げて去っていきました。
「や…やったし…すごいし…」
普通たぬきは尻餅をついたまま、自身の思いつきで無事乗り切れた事に感動しています。

(なんだか…すごくつかれたし…)
「鼻血出てるし…」
テレパスたぬきは鼻の穴から出血して、ふらふらし始めました。
立ち上がった普通たぬきが咄嗟に支えます。
お互いにそのままモチモチし合い、生の喜びを分かち合いました。
他ぬきのあたたかみに触れて落ち着きを取り戻した普通たぬきは、テレパスたぬきも同様に安心しているようだと判断しました。
どれぐらいの間モチモチしていたかはわかりませんが、テレパスたぬきの鼻血は固まって野良たぬきがゴシゴシと擦ってやれば剥がれて落ちました。
赤い粉を散らした顔で、テレパスたぬきが照れ臭そうに鼻を啜ります。
野良たぬきはふと、頭の中に浮かんだ事柄を口にしました。
「他にもこんなたぬき達、いるんじゃないかし…？」
(そうかもしれないし…探してみるし？)
2匹は頷きあい、モチモチに没頭していた手を止めて歩き始めました。




X-たぬ　File2“遠隔操作のたぬき”


(超能力を使えるたぬき探してるし…この声に気づいたら出てきて欲しいし…)
テレパスたぬきが、道ゆくたぬき達に送信能力を使って呼びかけます。
朝から餌探しでうろつくたぬき達が大勢いましたが、ほとんどのたぬきがションボリ顔のまま首を傾げ、何も答えずにトボトボと去っていきました。

太陽がだいぶ高くなった頃、2匹がお腹すいたし…とションボリしていたら。
トボトボと歩いてきた1匹のたぬきが自分にも不思議なチカラがあると名乗り出ました。

「実は手を動かさずにモノを動かせるし…念動力たぬきだし…」
(それすごいし…)
「具体的にはどんな事やるし…？」


 
「秋頃は木に生ってる実を念動力で動かして落としたし…たぬきならまず届かない高さの木の実も念じるだけで落ちてきたし…」
「なるほどし…冬はどう活用してるし…？」
(気になるし…教えて欲しいし…)
「今は…実が生ってないから何もできないし…」
ワクワクしていた2匹のたぬきは、拍子抜けして一瞬黙ってしまいました。
次にどんな言葉が飛び出すのか待ちましたが、念動力たぬきも黙ってしまったのでただの静寂が訪れてしまいました。
「……え、木の実落とすだけし…？」
「他に思いつかなかったし…」
(宝の持ち腐れだし…)


「念じるだけでモノを動かせるなら…やれる事は他にもあるはずだし…」
(きたし…ふつうたぬきが活用法を教えてくれる時間だし…)
「普通って言うなし…」
「例えばどんなし…？」
今度は念動力たぬきがワクワクした気持ちで尋ねました。
「まずはあそこのちびの手を上げるよう念じてみるし…」

普通たぬきが指した先には、
「ちびかわいいし…ウチの子がいちばんだし…」
「ｷｭー♪ｷｭー♪」
かなり親バカっぽい親たぬきと、まだ自力で立てないのか抱っこされて揺られているちびたぬきの親子が見えました。

「わかったし…やるし…じ…じじじ…ぃ…」
両の拳を握り込んで、息を吸い込んで身体を膨らませたまま、ガニ股で踏ん張った念動力たぬきが唸り始めます。

ちぱちぱと手をしゃぶっていたちびが、もう片方の手を自らの意思ではなく、念動力によってぴん！と挙げました。
「ｷｭ！？」
「どしたしちび…急に元気だし…」
自らの意に反して手が動いたことにビックリして、ちびは驚愕の声をあげました。
親たぬきもちびが脈絡なしに手を挙げたので眉根を寄せて顔をしかめました。
が、そろそろ一旦寝かせる時間だったので抱っこしたままちびをゆっくりと揺らし始めます。

「よしよし…よしよし…そろそろお昼寝のじかんだし…」
「ｷｭｳ…？」
抱っこされながら、勝手に動いた自分の手をまじまじと見つめているちびは落ち着かない様子で全然昼寝に入りません。


遠くからその様子を見ていたたぬき達は、目論見が成功した事で両手を挙げました。
(おお…すごいし…！)
「これを応用すればもどきだってやっつけられるかもしれないし…」
「そんなこと、たぬきに出来るかし…？」
「足を曲げてこけさせるだけでも、その間に逃げられるかもしれないし…」
(なるほどし…)

「次は大人のたぬきでやってみるし…」
(手っ取り早くあの親たぬきの手を上げるし…)
たぬき達の理想を現実に近づけるため、実験を次の段階に移す事にします。
「やってみるし…じじ…じぃぃい…」
再び、念動力たぬきは両手を握り込んでガニ股でチカラを送り始めました。

「なんだし…手が勝手に動くし…？気持ち悪いし…」
親たぬきの腕が震え始め、モチモチの肌がプルプルと波打ちを始めました。
しかしちびを抱っこするのに両手を使っているので、親たぬきはちびを落とさない為にこらえ始めました。
「て、抵抗されるし…」
念力をさらに増幅させ、なんとか親たぬきの腕を上げさせようとしましたが───。
結局、諦めて折れたのは念動力たぬきが先でした。
頭が痛くなってしまったので、力を送るのは断念してしまいました。

「はぁ…はぁ…じ…無理だったし…」
「大人のたぬきは無理かし…」
(ってことはもどきの足挫くなんて絶対むりだし…)
たぬきの力でもどきを撃退する夢が潰えてしまい、3匹のたぬき達はションボリを深めました。

「じゃあ最後にもう一回ちびの腕動かしてみるし…」
(やってし…見たいし…)
「じ…じじじ…じ…！」
念動力たぬきがきつく握りしめた拳はプルプルと震え、鼻の穴の片方から赤い液体がつうっと垂れ始めました。


「ｷﾞｭｳ！？」
またもや身体に違和感が走り、腕が無理やりに上がろうとし始めたのを見て、ちびは今度はイヤイヤと首を振り、親と同じように抵抗を始めました。
ちびが自力で腕を下ろそうとする力と、腕を上げようとする念動力が拮抗しあい───耐えきれなかったのは、野良生活で栄養が足りていないちびのスカスカな骨でした。
「……ｷﾞｯ！？」
ぽきん、と軽い音を立ててちびの腕は途中で折れてしまいました。
生まれて初めての衝撃的な痛みに、ちびたぬきは天を衝くかのような泣き声をあげます。
「ﾁﾞ…ﾁﾞ…ﾁﾞﾔｧｧｧｧ！」
「え！？ちび！？」
生まれてこの方、可愛がる事しかしていないはずの愛する我が子が大声で泣き始めた事にビックリして親たぬきが素っ頓狂な声を出しました。

「ｷﾞｭｳｳｳｳｳ！ｷﾞｭｳｳーーーー！」
「ど、どうしたんだし…！？」
困惑しながらも、腕の中で急にジタバタしながら泣き出した我が子の右腕が、プランプランとぶら下がっている事に気がつきました。
「あぁっ…！？ちびの腕、折れてるし！？」


「どうしてだし…？どうしたらいいし…？！」
「ｷｭﾜｧｧｧｱﾝ！ｷｭｱｱｱｱｱｱｱ！」
オロオロするばかりで、親たぬきは泣き叫ぶちびたぬきをあやす事しかできません。
それで骨の折れた痛みがどうにかなるはずもなく、まだ言葉も話せないちびはただただ喚くしかありませんでした。



「……見なかったことにするし」
念動力たぬきがそう言って、残り2匹も気まずい空気の中、頷きました。
「どうせ説明しても信じてもらえないし…」
(お医者さんにかかるのは野良じゃ無理だし…あのちびずっと腕折れたままだし…)
「いつかはくっつくし…でもくっついても固定してなきゃ変な方向にくっつくと思うし…」
普通たぬきの説明に、実行犯である念動力たぬきは暗い表情のまま黙って頷きました。
生まれて間もないちびのたぬ生をダメにしてしまった罪悪感をごまかすように、3匹はその場を後にしました。




「なんか…すごいつかれたし…」
念動力たぬきが、げっそりとした表情で呟きました。
心なしか、やつれて見えます。
(普段使ってない能力をたくさん使ったからだし…)
「でもでもし…これからトレーニングすればもどきだって動かせるようになるかもしれないし…」
普通たぬきはたぬきの可能性に心をときめかせて、鼻息を荒くしながら思いをあらわにしました。
「確かにそうだし…冬を生き抜くまでこのチカラを使うことないと思ってたけどやる気出たし…」
(おまえそれ越冬失敗したら超能力たぬきが消えてるところだったし…)
「今日の出会いに感謝するし…とりあえず横になるし…ちょっとしたら起こしてし…」
「わかったし…休憩したらまたトレーニングするし…」
(おやすみし…)
「……し…」
横になった念動力たぬきは、それから二度と目を覚ますことはありませんでした。

少し待ってみましたが、ションボリ顔のまま動きません。
揺り起こそうと試みていたテレパスたぬきが左右に首を振りました。
(うーん…あのたぬき目を覚さないし…)
「仕方ないし…次いくし…」
2匹は疲れて眠ってしまったらしい念動力たぬきはまた起こしに来ようと決めて、次なる超能力たぬきを探す事にしました。


ツヅク