
No.71「±0」


「たぬき達に雨宿りさせて欲しいし…」
コンビニの帰り道、高架の下で夜の雨に濡れそぼっているたぬき親子に懇願されてしまった。
親が1匹、やや大きめのちびが1匹、2本足で立っているが小さなちびが3匹の計5匹だ。
髪の毛やしっぽの端からは水滴が垂れ続け、水気をじっとり吸った身体はぶよぶよで重だるそうに見える。
「濡れるとここから動けなくなるし…ちび死んじゃうし…」
人生とは助けあい、か。
人とたぬきが助け合うかどうかもわからないけれど、このまま置いて去るのも目覚めが悪いな。
あんまり贅沢はできないよと前置きしておくが親たぬきはむっつりと頷いた。
「ありがたいし…草とか食べるより絶対マシだし…」
絶え間ない雨音に紛れてポツリと落とされた呟きから、野良生活の過酷さの一端を思い知らされた。


「ヒトのおうちは初めてだし…ワクワクするし…」
「わくわくだし…」
「ｷｭｳｷｭｳ♪」
「ｷｭｰｯ♪」
「ｷｭｳﾝ〜♪」
親たぬきはずぶ濡れで緩慢な歩みながらも、やや大きめのちびと手を繋いで、カルガモの親子のように後をついてくる。
そのまま歩くと置いていってしまいそうな小さなちび3匹は余っていたビニール袋に入れて運んでやる。
ぶらぶら揺らすと遊具で遊んでいる気分なのか、はしゃいだ声が聞こえてくる。
我が家に5匹の家族が増える事になった。
まあいいか、家の中が賑やかになるし。


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「おじゃましますし…」
「ますずし…ぇくちっ…」
「ｷｭー…」
「ﾍｯｷｭｼ…！」
「ｷｭｳｳ…」
しかし汚いなぁ。
これは雨のせいだけじゃないな。
泥だらけのちび達はビニール袋の中で抱き合いながらプルプルしている。
雨の冷たさで震えてもいるようだ。
まずはお風呂からかな？
親たぬきはひとまず玄関で渡してやったタオルで自らの全身と、手を繋いでいたちびを拭いた後は顔をゴシゴシとこすっている。
居酒屋に来たおっさんか？


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「たぬきはいいし…先にちびをキレイにしてあげて欲しいし…」
なんと、殊勝な親だな。
本当は親にも手伝って欲しいんだが勝手に座卓の前にちょこんと座ってテレビをつけはじめた。
おい、野良だろ？
なんでリモコンのスイッチ押してテレビ観れるってわかるんだよ。 
「おかまいなし…」


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別に生き物を育てた事もないし、人生において関わってこなかったものだから、たぬきという生き物がイマイチよくわかっていないんだよな。
服？毛皮？これ脱がしていいのかな？ていうか脱げるの？
と考えながらゴム手袋をつけている間にちび達は段差をよじ登って脱衣所から風呂場に入ってしまった。
まあいいか、丸ごと洗っちゃえ。
レバーを捻り、シャワーヘッドからお湯が出てくると何をされるのか理解したらしくちび達は一様に首を振り始めた。
「や…やめてし…」
「ｷﾞｭｳｳｳ！」
「ｷｭﾜｯ！？」
「ｷｭﾜｧーー！」
風呂場という空間は初めてだろうに再び濡れるのを嫌がってか、ちょこちょこ走り回る。
狭い風呂場とはいえ、小さな標的がいくつもいると狙いが定めづらい。
　
かと思えば床に置いていたシャンプーのプッシュ部分に体重をかけて、
「ｷｭｳｰ♪」
ちびたぬきの内1匹がおもしろがって何度も押し込んで中身を出している。
「ｷｭｳﾝ♪ｱｸﾞｱｸﾞ……ﾌﾞｪ！？」
その下で仰向けの体勢であんぐりと口を開けた幼いちびがシャンプーを飲み込んでしまっていた。
公園の水道の蛇口か何かと勘違いしたのだろうか。
「ﾌﾞ…ﾌﾞﾌﾞ…」
口から泡を吐き出し、ジタバタしながら
やがて力を無くし動きを止めた。
えっ…何してんの…？
えっ…死んだ…？

死んだ事に気づかず、プッシュしていたちびたぬきは一緒に遊んでいた妹が静かになったので首を傾げた。
そんな仕草した所でその罪は洗い流せないけど…？

視界の端で、泡に包まれていた何かがもぞもぞと動く。
自分で洗えるらしい1番大きなちびたぬきは勝手に髪からしっぽまで全身洗い終えると、床の泡を流しているうちに洗面器に溜まっていたお湯をかぶり、全身を震わせて水飛沫を飛ばす。
「ﾌｩ…おふろきもちいいし…」
「えっ入った事あるの？」
「あるし……あ……ないし…」
どっちだよ。
なんか青ざめてるからさっきのリモコンの件といいこいつら元飼いだな？
まあ、いいか。
同情を誘うためなのか、騙されていたのは気になるが場合によっては躾やすいかもしれないし。
やかましかったちび達は、濡れた事で大人しくなる。
なんだ、まずは水に濡らしてやれば良かったのか。
1匹死んじゃったけど、これでみんな綺麗になるな。
親への説明は後で考えよう。
「お前はここで待ってな」
「……し…」
両脇を抱え上げ、浴槽に避難させる。
洗濯用にお湯が残っているが、このちびの腹ぐらいなのでこの高さで溺れる事もないだろう。


ちびが出しすぎたシャンプーを全て身体中に塗りたくり、むずがるちび2匹を泡立てていると、あっという間にちび達が行方不明になる。
泡立ちよすぎだろたぬき！
白い塊の中で窒息しないよう、泡に埋もれたシャワーヘッドを探り当てる。
「ｷｭｳｳｳｳーーー！………ｳｯ！」
パニックを起こして泡の監獄から脱走したちびがテテテッと走り───ドテン！
足を滑らせて後ろにこけた。
泡で滑って頭を強く打ちつけたらしい。
ぐったりとして動かない。
括約筋が弛んだのかチョロロロロ…と黄色い液体が流れて来たのでシャワーをさっとかける。
嘘だろ…？


余りの儚さに慄き、後ずさると泡だらけの床で何か踏んだ！
むにっとした感触とぶちち！と何かちぎれて潰れる音がした、気がする。
「ｼﾞｭﾍﾞ！」
多分さっきシャンプー飲んで死んだやつだ。
おそらく。本当に。多分。
シャワーのお湯をかけると、泡の塊から突っ伏したちびが姿を現す。
倒れているちびの口から赤い何かが流れ、排水溝に呑み込まれていく。
もはや言葉を失い、思わず天を仰いだ。

バシャバシャバシャ！
耳に飛び込んできた、激しく波立つ音に気がつく。
先に洗い終えて避難させていた、1番大きなちびたぬきはいつ間にか浴槽の水面に顔を埋めたまま浮いていた。
一連の騒動で気がつくのが遅れたが、常に水に浸かって濡れているせいで力が入らなくなり、うつ伏せで倒れたところ呼吸が出来なくなりずっと助けを求めていたらしかった。


───ものの10分もせずに、全部死んでしまった。
あれだけ騒いで走り回っていたのに、動くものはもういない。
なんと脆弱な生き物なのだろう…。

身体を洗おうとするだけでみんな死ぬとは。
よく今まで野良で生きてこれたな。
いや───何もない野生だからこそ生きてこれたのかも。
とにかく、親たぬきになんて言おうか。


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「モガ…！？むぐぐ、グ…ッ…！」
贖罪の言葉を考えながら部屋に戻ると、親たぬきは冷蔵庫の中の食材を漁っていた。
こいつやっぱり、野良のフリしてただけの元飼いたぬきだな？
椅子を持って来て踏み台作って冷蔵庫開けるなんて野良の芸当じゃない。
野良ならそこに食べ物が入ってるなんてわからないだろ。

慌てて証拠隠滅を図ろうとしたらしく、使いかけのハムやら何やら飲み込んだが果たせず、窒息したようだ。
本当はちび達のお風呂にもっと時間がかかると踏んで、俺が戻ってくる頃には何食わぬ顔でテレビ見てるつもりだったんだろうか。
荒らされてたら真っ先にお前を疑うけれど。

風呂場でつけたゴム手袋はそのままだったので口に突っ込み内容物を取り出す。
その後、尋問のため蘇生を試みるべく心臓マッサージをしてみたが、バキボキボキ！と何かが砕ける音と共に頭と足を跳ね上げたかと思うと痙攣して動かなくなった。
何なんだこいつら。
もうたぬき拾うのやめよう。

───かくして、我が家にやってきた5匹のたぬき家族は。
残らず物言わぬ肉塊に成り果ててしまった。

困惑した俺は1人でションボリしながら後始末を余儀なくされ、翌朝トボトボ歩いてゴミ捨て場へと向かったのだった。


オワリ