害獣駆除ファイル12     「たぬきうどん」




害獣駆除を生業とする男はこの日、町の郊外にひっそりと佇む個人経営のうどん店を訪れていた。 
無論、飲食のためではなく駆除依頼を受けての出動である。
依頼主はこのうどん店の店主兼経営者である初老の男性。
退職金でこの店を構え、口コミで客足も増え評判も上々であると聞いてもいないのに話し出す辺り味には相当の自信を持っているようであった。

「依頼はたぬきの撃退と今後の接近の予防ということでよろしいですね？」
「ああ。あんな汚いのに店の周りをうろうろされたんじゃたまったもんじゃない。徹底的に頼むよ。」

店主曰く、数日前からうどんの匂いに惹かれたのか複数のたぬきが仕込みをしている朝の忙しい時間帯を狙って店舗正面入口と裏口からの侵入を試みているという。
発覚したのは朝の清掃のため外に出た時。
裏口のドアノブを捻ろうと四匹のたぬきが肩車をして高さを確保しぷるぷる震えながらノブにしがみついていたのを店主が発見した。
大慌てで走っていき掃除のため持っていた箒を振り上げると泡を食って逃げ出しというのだ。
一番上にいた一匹は下のたぬきが逃げ出したことにより転落し頭を打ってそのまま絶命した。
たぬきの打撃耐性は優秀であるが、頭から落下したことにより生まれた衝撃はもちもち肌を傷付けることは出来ずとも内側に通る。
一メートルは一命取るという標語にもあるように、位置エネルギーは肉体にとって避けられぬ驚異なのだ。
そして、たぬきの膀胱と肛門の括約筋は死んだことによって緩み店の軒先に糞と小便を垂れ流した。
忙しい時間帯に死体の処理と垂れ流された糞尿の清掃も追加され、店主は激怒したのである。
流石に仲間が死んだとあって来なくなるだろうと思っていた店主であったが、たぬき達は懲りもせず次の日も現れた。

「あの…人間さん…お話を聞いてほしいんですし…」

先日の嫌な出来事を忘れるために掃除に専念していた店主は、おずおずと視界に入ってきて話しかけてくる三匹のたぬき達を凝視した。
最早一言もなく箒を振り上げた店主に、たぬき達は怯んだが土下座をすることで精一杯の謝意を表したのである。
店主とて鬼ではない。むしろ人間性は温厚な部類であった。
ここまでするなら先日の行いを悔い改め反省したのだろうと箒を下ろした。
だが店主はたぬきと人間とでは価値観、あるいは常識といったものがまったく相容れないということを知らなかったのである。
知っていたのならば、箒を振り回して追い払うか踏み潰すなりしていただろう。
ともかく土下座によって攻撃を免れたと判断したたぬき達は訥々と自らの群れの境遇を語り始めたのである。

「たぬき達は向こうの方に住んでたし…でも、もどきが出たから危なくてこっちに逃げてきたし…」

一言目が謝罪ではなかった時点で店主のたぬきへの感情は憎悪へと転がり落ちていたが、火に油を注ぐが如くたぬき達は身勝手な言葉を続けた。

「ここならうどんが食べられるって聞いたし…」
「たぬきにとってうどんはとっても大切なものなんだし…」
「良い匂いがするんだし…きっとうどんがたぬきに食べて欲しがってるんだし…」

聞いてもいないたぬきの価値観を開陳したたぬき達は、土下座の体勢から両腕を真上に掲げて"おねだり"を始めたのである。

「どうかお願いですし…うどんを…たぬきにうどんをお恵みくださいし…！」
「帰れ！」

"コレ"は意志疎通のできる相手ではない。
そう理解した店主はゴミを掃き散らすように三匹のたぬきをまとめて箒で殴り飛ばした。
おねだりの姿勢で固まっていたたぬき達はもちもちころころと地面を転がると一頻りじたばたを繰り返し、望んだものが得られないと悟ると尻尾を巻いて逃げ出したのである。

「どうしてだめだったんだし…？」
「分かんないし…どうしてだし…」
「…！もしかしてうどんダンスを踊らないとうどんは食べられないのかもしれないし…！」
「うどんダンスのうどんってうどんの事だったんだし…？」
「なんてこったし…天才だし…」
「明日こそはうどんを食べるし…！」

逃げ去りながらたぬき達は面積が小さくつるつるの脳ミソで何故自分達がうどんを貰うことができなかったのかを必死に考えていた。
出された結論はあまりにも利己的なものであったが、それを指摘する存在はこの世には存在しないのだ。
結局たぬき達は次の日も朝の掃除をしている店主の前に現れた。 

「人間さん…昨日は大変な無礼をしてしまい誠に申し訳ありませんでしたし…」

最早臨戦態勢で待ち構えていた店主は開口一番の謝罪に毒気を抜かれた思いであった。
遂に、とうとう悔い改めたのか。
ならばそのまま消えてくれと振り上げていた箒を下ろした店主。
だがそれを見て脈ありと見たたぬき達は再び利己的な主張を始めたのである。

「うどんダンスもせずにうどんが貰えるはずがなかったし…」
「たぬき達、あれから帰っていっぱい練習したし…」
「入魂のうどんダンス、しかと見るし…！」

三匹は横一列に並んで珍妙な躍りを始めた。

「きっつっねっ♪たっぬっきっ♪」
「てんぷっらっ♪つっきっみっ♪」
「おっにっくっ♪ひが」

店主の爪先が踊るたぬきの顔面に食い込んだ。
だが、もちもち肌によって絶対的な打撃耐性を持つたぬきは成人男性の全力の殴打であっても絶命に至らしめることは出来ない。
痛みはあるが微々たるものである。
サッカーボールのように転がったたぬき達はそのまま走って逃げていってしまった。
連日そのようなことが起こったため、店主は業を煮やしたぬきの駆除を依頼したというわけである。

「分かりました。現在周辺を徘徊中の群れは一両日中に確実に駆除します。それから侵入対策をするということで。」
「頼むよ。もうあのしみったれた奴らの顔を見るのも死体を片付けるのも糞をどうにかするのも御免だ。」

たぬきという汚れの塊が食品を扱う店の近くにいるというだけでイメージ的にマイナスとなり得る。
対処が急がれた。
幸いにも店主の証言により三匹のたぬきはその全てが勲章を持っていない無冠たぬきであると判明している。
発見後即刻駆除することが可能だ。

「連中はどっち逃げていきましたか？」
「あの柵の向こうだ。」

店主が指差す柵の向こうには草むらが広がっている。
流石にあの草むらに住み着いているということはないだろう。
草の背も低く小さなたぬきであっても姿を隠すには至らない。
そこから先に進んだ何処かに住処はあるのだろう。

「早速取りかかります。」

男はそう言い置くと乗ってきた軽トラから駆除道具を下ろした。
たぬき退治定番のかんしゃく玉、愛用の駆除槍、有効性が確認されたため常備するようになった放水装置。
これだけあればごく短時間で群れ単位のたぬきを駆除することができる。
物々しい装備を整え歩き出す男の姿を店主は頼もしげに見送るのであった。



＊



うどん屋に押し入ろうとしたたぬき達の住処はうどん屋横の草むらからそう離れていない生け垣の中にあった。
外側からは生い茂った葉っぱで見えないようになっているが、内側はたぬき達が枝を折り葉をむしって空間を作り安全な居住環境を整えていたのだ。
少なくとも見つかることはないし雨はともかく風は防ぐことができる。
主な主食は虫だ。
生け垣の脇の民家の軒先には殺虫灯が吊るしてあり、夜になると羽虫が飛び込んで落ちてくる。
夜間は民家に住んでいる人間が出てくることもないので、労せず危険もなく日々の糧を得ることができた。
水は雨が降ったときに頭上の生け垣の葉から落ちてきたものを啜り、むしりとった葉っぱを折り曲げて作った皿に溜めておいて蓄えとしている。
後はちびたぬきでも拾うことができれば野良のたぬきとして望み得る最高の環境といえた。
この群れは最初は転落死したリーダーたぬきを含む四匹で構成されており、他に比べて多少は知恵者だった故リーダーたぬきの発案でもどきや野生動物に脅かされる生活から抜け出すため町へとやって来た。
生活サイクルを確立し、飲み食いの問題も解決しと順風満帆に物事を進めていたのだ。
放置すれば住処を拡大しスラムを作り上げるかもしれない。
リーダーを失ったとは言え、たぬきが拠点とする基盤はまだ残っている。

「うどんダンス…ダメだったし…」
「なんでだし…？たぬき達あんなに頑張ったし…」
「うどん食べたいし…ﾀﾇｰ…」

そんな恵まれた環境にありながらもたぬき達のしょんぼり具合は死を目前にした裸のスラムたぬき並みであった。
どれ程考えて頑張っても人間はうどんをくれない。
たぬきの本能を直接刺激するうどんの香りは風に乗って毎朝漂ってくるのだ。
うどんへの欲求は高まるばかりである。

「ぽりぽりし…う"っ…」
「うっうぇぇ…どうしてだし…全然美味しくないし…」
「こんなの食べたくないし…うどん食べたいし…」

たぬき達はこれまで主食であった落ちている虫になんの魅力も感じなくなってしまっていた。
こういう時頼りになるリーダーたぬきは落ちて真っ先に死んでしまっている。
解決策もないまま、たぬき達は堂々巡りの議論を重ねていった。

「やっぱりうどんダンスの練習をするしかないし…」
「でも人間さんはダンス最後まで見てくれなかったし…練習しても見てくれるのかし…？」
「きっとへたくそ過ぎて怒ったんだし…もっと練習するし…」

うどんダンスを店主に蹴り出されて中断されて以来、たぬき達は住処にこもってうどんダンスの練習に明け暮れていた。
たぬきの喜びの感情やコミュニケーション表現のための重要な手段であるうどんダンスは、その巧拙によってたぬきのアイデンティティにも影響を与える。
怪我や病気、更には老いなどによってうどんダンスを踊れなくなってしまったたぬきはそのストレスで衰弱して最悪の場合死に至り、ちびたぬきがうどんダンスの習得に失敗してしまった場合親たぬきは"出来損ない"としてそのちびたぬきを冷遇、放逐することも多い。
それほどまでにうどんダンスはたぬきのメンタリティにおいて大きな比重を占めているのだ。
勿論、毎朝漂ってくるうどんの香りには抵抗し難く見つからない程度の距離を保ちつつうどんの匂いを嗅ぎ、うどんを近くに感じつつも食べることのできない歯がゆい思いをしつつ美味しくない虫を噛る日々を送っていた。

「きっつっねっ♪」
「まだまだだし…もっとはやく足を動かさないと次の動きに繋げられないし…」

たぬき達は血の滲むような努力を重ね、うどんダンスのキレを増そうと努力していた。
一匹がまず踊り、残りの二匹はそれを観察して修正点や自身のそれに取り入れるべき良い点を知るのだ。
二日も経てば、研鑽の成果は目に見えて現れていた。

「すーぷ♪」
「うっ♪うっ♪」
「…か、完璧だし…！これこそうどんダンスだし…！」

何度も繰り返して遂にたぬき達は納得できるできのうどんダンスを完成させたのだ。
三匹が横一列になりタイミングを完璧に合わせた一糸乱れぬダンスである。
他のたぬきに疲労すればその見事さにうどんダンス勲章が贈られたことは間違いないだろう。
三匹は愚直にも人間にもそれが通じ、うどんにありつくことができると信じていた。

「早速人間さんに見せに行くし…！」
「ふふ…あまりの見事さに腰を抜かすに違いないし…」
「遂に…遂にうどんが食べられるし…！リーダーもきっとお空の向こうで喜んでくれてるし…」

三匹は思い思いにどんなうどんが食べたいだとか本番への意気込みだとかを述べながらガサガサ音を鳴らして生け垣を掻き分けて住処の外に出た。

「し…？」

先頭を歩いていた一匹は目の前に何か大きな青いものが目の前にあること気がついた。
昨日はこんなものは無かったはずだと頭上を見上げ、そしてそこに立っている人間と目があった。

「あっ…人間さ」

そしてその瞬間に全員揃って全身に冷たい水を浴びたのである。



＊



装備を整えたぬきの群れの捜索を開始した男は、いともあっさりとその住処を特定することができた。
それもそのはず遠くからも聞こえるほどの声でうどんダンスの歌詞を歌っているのが聞こえたのだ。
最近は危険で凶悪な知性をもったたぬきを相手にしてばかりいた男はほっと胸を撫で下ろした。
勲章を持っていないたぬきの知能はこんなものである。
声が聞こえる方向へ向かっていくとそこには生け垣があり、そして歌声はそこから聞こえてくる。
ガサガサと中で動き回り葉が揺れる音すら聞こえる。
これでは男のようなプロは愚かその辺の野良猫にも見つかる。
天敵であるたぬきもどきは言うに及ばずである。
たぬき達が今も生きているのは単に運が良かったに過ぎない。
そしてその運も今尽きる。
聞こえてくる鳴き声は三匹分、店主からの事前情報で把握しているたぬきも三匹。
全てここにいると判断して良いだろう。
男は背中に背負った放水装置のバルブを解放して放水準備を完了させ、足音を立てないようにゆっくりと生け垣に近付き始めた。

「早速人間さんに見せに行くし…！」
「ふふ…あまりの見事さに腰を抜かすに違いないし…」
「遂に…遂にうどんが食べられるし…！リーダーもきっとお空の向こうで喜んでくれてるし…」

その時、生け垣の葉を掻き分けて三匹のたぬきが姿を表した。
もちもちの肌はほんのりと上気し、頬はうっすらと赤くなり汗が伝っている。
今の今までうどんダンスに明け暮れていたのだろう。
警戒の二文字を投げ捨てたたぬき達は目の前に人間と鉢合わせしたというのにぼんやりと上を見上げて男を見た。
男は黙って放水した。
ノズルをシャワーモードにした放水は一発で三匹ともまとめてずぶ濡れにし、尻尾が濡れたたぬきはそのままぐったりとした。

「尻尾が…濡れたし…」
「な…なんなんだし…？あっ…人間さんだし…」
「動けないし…これじゃうどんダンス踊れないし…うどん食べられないし…うどん食べたいし…」

たぬきの無力化に成功した男は駆除用槍のプラスチックカバーを外して研ぎ上げられた刃を露出させ、その矛先を先頭の一匹に向ける。

「ひっ！？や、やめべぼっ！」 

男が何をしようとしているのか遅まきながらに察した先頭の一匹は、しかし尻尾が濡れたことにより逃げることもじたばたで抵抗の意思を表すこともできずに頭を槍で貫かれて即死した。
たぬきのもちもち肌の絶対的打撃耐性は刃物や棘などによる刺突により突破することができるのはたぬき駆除に従事する者にとって最早常識である。
そして即死を狙う場合、首を落とす、脳を潰す、心臓や肺などの重要臓器を破壊する、圧力で全身を破壊するなどの手段が推奨されており男はたぬきの駆除の回転効率を上げるため身体の部位の中でもっとも大きく狙いやすい頭部、あるいは首を主に狙うようにしている。

「えっ…？あっ！や、やばいし！みんな逃げるし！」
「ダメだし…尻尾が濡れて…動けないし…」

仲間の死を見て男が危害を加えてくる危険な存在であるとようやく認識した残りのたぬき達は急いで逃げ出そうとするが、勲章をもたぬ凡庸なたぬきは尻尾が濡れてからの復帰はとても遅い。
即死したたぬきの背中を踏みつけて男が槍を引き抜くわずかな時間では振り返って生け垣の方向を向くことくらいしか出来ず、濡れて重くなった尻尾を引きずって歩き出すことも出来ない。

「や、やめてし…！たぬき達が何をしたんだし…！？」
「死んだらうどんダンス踊れなくなっちゃうし…うどんダンス見たくないんだし…？」

男は駆除の最中にたぬきと言葉を交わすことはない。
たぬきの"鳴き声"から情報を得ることは積極的に行うが、自身が何かしらの発言を行うことによってその逆が起こることを警戒し常に口をつぐむようにしている。
同業者であるたぬき専門駆除業者"せんば山"の従業員の中には無力化したたぬきに何故殺すのか、どのようにして罠にはめたのか、どのような方法で死を与えるのか事細かに告げて恐怖を煽りできるだけ長い時間をかけて拷問にかけるようにして殺すよう心がけている者もいる。
たぬきによって生活基盤を破壊され職にあぶれた一次産業従事者を優先的に雇用することにより、なり手の少ないたぬき駆除の人員を確保しているが故のことである。
それは復讐の遂行であろう。
だが男はそうした行為が勲章を持つリポップを行うたぬきに人間の知識を与えている可能性が高いと分析していた。
とは言え確証はない。
当事者にとっても復讐は精神の均衡を保つためにも必要なことなのだ。
止めることはできない。
リポップ現象解明前に相当数の勲章たぬきが勲章を排除せずに駆除されたこともあり、今さら何かしようにも泥縄であろう。
研究者達に自説として報告しつつも男はこれを自らだけのポリシーとして他者に強いることはなかった。

「離してし…やめてし…やﾀﾞﾇｯ!?」

尻尾を踏みつけてうつ伏せに引きずり倒したたぬきの脳天に槍を突き立てる。
吹き出す血と脳漿を軽く動いて避け、ピクピクと痙攣する死体から槍を引き抜き最後のたぬきを狙う。

「やだし…せっかく頑張ったのに…あんなにうどんダンス練習したのに…うどん食べたいし…」

最期の力を振り絞りもたもたと逃げ出そうとするたぬきに、男は槍の矛先を横凪にして脚払いをかけて転倒させる。
のろのろとしたじたばたを行い必死の抵抗を行うたぬきの背を踏みつけ、逃げることも回避することもできない状態に持ち込んだあと再び槍を大きな頭に向けて突き下ろした。

「やだし…たぬき死にたくないし…たぬ…たぬぬぬ…！だぬ…！ﾀﾞﾇﾇｩｩｩ!ﾀﾞうげぶじっ！？ぉぼぼぼ…」

決死の覚悟で行われたダヌー癇癪により突き下ろされた槍の穂先は僅かに逸れて首筋に突き刺さった。
眉をひそめた男はそのまま槍をぐりぐりと傷口を抉るように動かし、首を神経や骨ごとズタズタにして致命傷を与える。
喉の奥から沸き上がってきた血を吐き出しながら最後のたぬきも絶命した。
穂先に付いた血を死体の毛皮服に擦り付けて拭い、黒いビニール袋に三匹分の死骸を詰めて後始末を済ませると、男は念のためたぬきが住処にしていた生け垣を覗き込む。
隠れているたぬきやちびたぬきはいない。
群れの殲滅を確認した男は足早にその場を後にする。
今回の仕事は駆除だけで終わりではない。
今後このような事態が起こらぬよう侵入対策も行わなければならないのだ。



＊



「取り敢えず群れの駆除は完了しました。これから店の周りにたぬき対策をしていきます。」
「早いな！いや助かった。」

始末したたぬきを詰めたビニール袋をトラックの荷台に積んだ後、男はうどん屋の店主にこれからのたぬき対策についての打ち合わせを始めた。
たぬきの侵入対策は現在に至るまで多種多様な方法が研究されている。
最初期に最も効果があるとされたのは案山子だ。
たぬきの天敵であるたぬきもどきを模した案山子を対象地域を囲うように設置することである。
オプションとしてたぬきもどきの匂いを再現した芳香剤や鳴き声が録音されたレコーダーも付ければ一定の効果がある。
だがこの方法は早々に不備があることが発覚した。
たぬきもどきを警戒して近付かなくなるようなたぬきはある程度生活に余裕があり判断能力を残した個体に限られるということが実地テストで判明したのである。
食うに困り正常な判断能力を失った個体、またはたぬきもどきの匂いや脅威を知らない若い個体やちびたぬきといった特に愚劣な部類の個体は無視して侵入してくるのである。
そして、そんな愚かな個体がのこのこと案山子の近くに躍り出て食われない場面を見て賢明な個体も案山子が偽物であると気づいてしまうのだ。
勲章持ちでリポップ経験のある個体は最初から偽物と見破ることもある。
恒久的にたぬきの接近を抑止するには案山子では弱い。

「まずはこれを店の周囲に撒きます。」
「それは？」
「木酢液です。周囲の地面にこれを吹き付けます。」

そこで男が蓄積された実地データや経験から導きだした最も確実な方法は三段構えである。
第一段階は店の外周に木酢液を噴霧する。
木酢液は木を燃やした際に出る煙を冷やして液体に戻したもので色は茶色でその匂いは強烈な燻製のようなものとなる。
本来の対象である猪や鹿といった野生動物は匂いにとても敏感であり、こうした刺激臭のある液体を噴霧すると警戒して近付かなくなるのだ。
対象とする獣の血を混ぜる等の一手間により効果は更に高まる。
実際に捕らえたたぬきで試したところ確かな効果を発揮し、ツンとする匂いを吸い込んだたぬきは悶絶しじたばたを繰り返しそれからしばらくして復帰すると鼻を抑えて一目散に逃げ出そうとした。
その後殺処分をしている。

「一、二週間もすれば効果は薄まります。定期的な撒き直しが必要になります。」
「それはまぁ、仕方ない。」
「次にこれです。」

その次に男が取り出したのはスピーカーのような装置である。
市販されている猫やネズミなどの動物避けのそれであり、人間の可聴域よりも低い13.5KHzから17.5KHzの超音波を発振するよう調整してある。
これは木酢液を撒いた円の内側に設置する。
不快な超音波を浴びせることによりたぬきはじたばたを誘発され不快な感覚から逃れるためその場から離れようとする。
これもまた実際に捕らえたたぬきで実験済みである。
閉じ込めた部屋の中央に置いた超音波発振装置を起動させると、たぬきは全身の毛と尻尾と耳を逆立たせてピンと直立したかと思うと耳を抑えてじたばたを繰り返し、五分ほど経って復帰すると部屋の隅に駆け込み耳を抑えてうずくまり続けた。
たぬきの手は異様に大きな頭よりも短いので頭頂部付近にある耳の穴に手を突っ込んで音の侵入を防ぐことはできていなかった。
その後殺処分をしている。

「電池はソーラー式なので交換等は必要ありません。地面に刺してスイッチをいれればそのまま使えます。防水仕様なので雨でも問題はありません。」
「便利なもんだなぁ。」

対策道具の説明を行いながら男は設置に適した場所も見繕っていた。
店主はこうしたことには不得手であろうから設置から何から男が担当することとなるのだ。
定期的な手入れのためのマニュアルは用意してあるので初回以降は当人に対処してもらうことになるが最初が重要なのである。

「最後にこれです。このセンサーライトを設置します。」
「あ、これならもう軒下に下げてあるぞ。」

店主は店の軒下から下げられた古くなったライトを指差す。
男はそれに頷きながらもたぬき対策に対する問題点を指摘する。

「ええ、しかしたぬきの体長は大きくても三十センチしかありません。一般的なセンサー・ライトでは探知できず点灯しない可能性があるのである。」
「言われてみれば…」

センサーライトはたぬきの撃退や無力化の上でかなり有効である。
研究者曰く、たぬきのしょんぼり目が常に目蓋で覆われており薄くしか開いていないのは強い光量に耐えられないからだという。
実際に捕らえたたぬきを暗室に放ちライトを照射したところ、突然の閃光に目を焼かれたのか地面をごろごろと転がりしょんぼりと閉じられた目をもちもちの両手で覆って苦しみ始めたのである。
そしてそのまま芋虫のように這いずってライトの明かりから少しでも遠ざかるために逃げ出した。
ライトの照射を中止した後も視力は回復しなかったのか歩行が覚束なくなり二、三歩進んでは転ぶといった無様を晒していた。
その後殺処分をしている。

「この三段構えで対策をします。有効なら、定期的に手入れをしてください。ダメならまた来ます。」
「分かった。それで頼むよ。」

店主からの承認を得て男は作業を開始し、
つつがなくそれらを終了させた。
そしてその後、このうどん屋がたぬ害に悩まされることは無くなったのである。



＊



今日も今日とてうどん屋では美味しいうどんが作られている。
鰹節と醤油の絶妙なハーモニーが生み出す芳醇な香りはコクと深みの証だ。
この店の一番人気はたぬきうどん。
シンプルながら手頃な価格と自家製麺のコシ、スープの味わいを引き立たせると好評なのである。
その匂いに惹かれ、あるいは口コミで聞いた客達が続々と入店してくる昼の時間帯。
しかし、匂いに釣られてやってくるのは客だけでは無かった。

「くんくんし…くんくんし…こ、これは…！うどん…うどんだし！」
「ほ、本当かし…！？」
「遂に…遂にうどんにたどり着いたんだし…！たぬき達の苦労が報われるし…！」

薄汚れた汚ならしいたぬきが三匹、風に乗って漂ってくるうどんの匂いに誘われてやって来ていた。
たぬきの本能に刻まれたうどん欲求は理性も判断力も溶かし、ひたすらにそれらを食すことしか頭に無くなる。
軽い足取りで三匹はうどん屋の方へ歩きだした。

「いい匂いだし…」
「うどんがたぬきを待ってるし…」
「身体が勝手にうどんダンスを踊り出すし…♪」

ご機嫌な様子で歩く三匹。
先頭を行く一匹は地面に鼻を近付けてうどん屋の方向を正確に探知していた。

「くんくんし…こっちだし…」

先頭の一匹に残りの二匹はぴったりとくっついて歩いていく。
だが、しばらく進んだ地点で先頭のたぬきに異常が現れた。

「くんくんし…くんく…？…！？おべぇっ！？ぐっぐざいじぃぃぃぃ！？」

地面に撒かれた木酢液。
その匂いをもろに吸い込んだ先頭のたぬきは鼻を抑えて悶絶、嘔吐まで始めてしまった。

「おぼろろろ…」
「ど、どうしたんだし！？」
「うっ…！？な、なんか臭いし…！」

一番後ろを歩いていた一匹は異常に気づいたのか鼻を塞いだ。
胃の内容物を吐き出してしまった先頭のたぬきはぜーぜーと肩で息をしながらなんとか立ち上がる。

「な…なんなんだし…あ…？うどん…うどんの匂いがしなくなったし…？ど、どうしてだし…？たぬきのうどん…うどんはどこなんだし…！？」

強烈な匂いで鼻が麻痺してしまったのだろう。
うどんの匂いを嗅ぎとることができなくなった先頭のたぬきは頭を抱えて嘆きだした。
だが彼女には仲間がいる。

「しっかりするし…うどんの匂いはこっちからするし…今度はたぬきについてくるし…」
「うう…ごめんし…」
「大丈夫だし…うどんを食べればきっと治るし…」

三匹はお互いを慰めあいながら鼻をつまみ、立ち込め始めた木酢液の匂いに耐えつつ再び歩き始める。
更に歩いたところで再び変わって先頭に立ったたぬきに異変が訪れる。

「…？な、なんだし…？」
「どうしたし…？」
「頭…キーンってなるし…」

超音波がたぬきの小さくつるつるな脳に影響を与え始めた。
極度の不快感を伴うモスキート音がたぬき達の耳をうち始めたのだ。

「やぁ…やだし…キーンってなるの止まんないし…」
「頭がいたいし…やだし…」
「耳も鼻も痛いし…助けてし…やだし…」

知らず知らずのうちに超音波の範囲内に入っていた三匹は木酢液の匂いとモスキート音の両方な苛まれその場でうずくまった。

「もうやだし…帰るし…」
「そんな…うどんがたぬき達を待ってるんだし…！」
「もううどんの匂いがなにも分からないし…きっとうどんはないんだし…」

嗅覚と聴覚に打撃を食らった二匹のたぬきはうどんを諦め、あるいは空想のものだったと切り捨てて逃げ出すことにした。
しょんぼりとぼとぼと俯いて尻尾を引きずりながらしみったれたシケ顔をぶら下げ離れていく。
だが最後の一匹、一度も先頭に立たなかったたぬきはうどんを諦め切れず耳にちぎった草の塊を詰め、両手で鼻を塞ぐとまた歩き始めた。

「たぬきは…諦めないし…うどん…うどんは大切なんだし…」

うわ言のようにうどんを求めつつたぬきは歩いた。 
そして遂にうどん屋の店構えが草の向こうに見えたのである。

「あ…見えたし…！」

自然と足取りは駆け足となり、一刻もはやくうどんにありつくべく前へと進む。
そして一歩を踏み出したとき、地面に設置されたセンサーライトがたぬきを補足したのである。

「…しっ！？」

たぬきの視界は一瞬で真っ白に染まり、直後に真っ暗になってなにも見えなくなった。
センサーライトの光がたぬきのしょんぼり目を焼いたのだ。

「ど…どこだし…？たぬきのうどん…どこなんだし…？」

両手をかざしてふらふらと歩き、転んだ。
このたぬきは視覚、聴覚、嗅覚を失ったのだ。
あれほど焦がれ求めたうどんをいかなる感覚でも感じとることができなくなり、たぬきは見当違いの方向に歩きだす。

「きっと…こっちだし…うどんを食べれば…元気になれるし…」

幻覚のうどんを求めてたぬきはうどん屋とは別の方向に歩き始めた。
柔らかい地面から固い地面、コンクリートの車道に出てしまってもたぬきがそれに気づくことはなかった。

「うどん…たぬきのうどん…待っててし…たぬきが今行くし…」

進む先にうどんがあると信じ込み、両手を前に突きだしゾンビのようにたぬきは歩いた。
信号は青であり車の往来もそれなりにある。
だがこのたぬきは幾分か幸運であった。
やって来た乗用車の運転手がふらふらと歩くたぬきを事前に発見し、車体を中央に幅寄せして何とか回避したのだ。
同時にクラクションを鳴らして警告する。
たぬきが出現して以来、道路の真ん中でじたばたしたりうどんダンスを踊ったりしているマヌケが櫟殺されたり交通の妨げになったりした例は枚挙に暇がない。
交通教習所のマニュアルにもたぬきに対するロードキルの項目が追加される程である。
しかし運転手の出したクラクションによる警告も必ずしも有効とは限らない。
大人しく逃げ出して車道から出るのならばよいが、音に驚いてじたばたを始めてしまうことも多いのだ。
とはいえ運転手には出来るだけ回避してクラクションを鳴らす以外の選択肢はない。

「うどん…待ってし…逃げないでし…たぬきが今行くし…」

たぬきは遂に幻覚を見始めていた。
真っ暗な視界の中に見たことも聞いたこともなあ幻のうどんを思い浮かべて真っ直ぐ進み続けている。
超音波で耳鳴りが止まないたぬきにとってはクラクションも無意味だ。
この個体は優れた自我を持っているわけではないので、万全の状態でもクラクションを聞けばじたばたを止められなかっただろう。

「あとちょっとだし…うど…」

だがたぬきの悪運も遂に尽きた。
乗用車の後続車両はトラックだったのだ。
運転席は高く、三十センチ程しかないたぬきの事前発見など不可能だ。
十トンを越える大質量の鉄の塊が地面を通りすぎた。

「ん"っ！！」

それが最期の言葉だった。
トラックの幅広タイヤがたぬきの頭を轢き、地面に潰れたトマトのような汚ならしい肉の塊がこびりつく。
一方、轢かれなかった身体の方は脳の制御を失い潰れた頭と辛うじてまだ繋がっている脊椎を基点としてブレイクダンスを踊るかのようにバタバタと手足を動かしながら緩やかに回転し始めた。
心臓はまだ動いており、首の断裂部から噴き出すための血を送り出していたのだ。
だがそれも束の間のこと。
たぬきの身体が血を失って機能停止するが早いか、後続車両がたぬきの身体をまるごと潰すのが先だったか、それは誰にも分からないことであった。