No.75「楽園」



ここは楽園。
たぬき達にとっては、果てなき輪廻の終着駅である。

「ぶーぶーし…ぶーぶーし…」
1匹のちびたぬきが四つん這いで車のおもちゃを手に持ち、前後に走らせて遊んでいた。
「まてまてしー！」
「やだーしー！にげーるしー！」
一緒に暮らすちびを追いかけ回すちびや、ふざけて逃げ回るちびもいる。
「もちもち…もちもち…きもちいいし？」
「ｷｭｯｷｭｳ♪」
とあるちびたぬきは、更に小さくオムツをつけたちびを一生懸命モチモチしてあやしてやっている。

それなりの広さのある四角い部屋の中に、トイレや1匹ずつの餌皿と水皿が並べられている。
換気のために、鉄格子の嵌められた小窓がたぬきには届かないような高さに備えられている。
部屋の中には、他にも情操教育のための絵本やおもちゃが置かれていた。
プラスチックのフォーク、おわん、ニンジンなどのおままごとセット。
ベアルフくんのぬいぐるみ。
お絵描き用のキャンパスと、水で消せるクレヨンなどなど───。
おもちゃ用の箱と絵本用の箱は分けられていて、ここに棲むちびたぬきは好きなものを取って良い、ただし取り合いはだめだしと教えられていた。


「───こうしてたぬきは、ちび達と一緒にいつまでもいつまでも楽園で楽しく暮らしましたとさ…し」
文字が読めないので適当に考えたあらすじを語り終えて、親らしき成体のたぬきが絵本を閉じた。

ちびも絵を楽しむだけだが、何となくは楽しいらしい。
音が出る絵本もあるので、それならば何となく話の流れもわかるがたぬ気の高いものなので奪い合いにならぬよう一斉に読み聞かせる時にしか使えない事になっている。

両手の上に顎を乗せ、足をぱたぱたさせながら読み聞かせに耳を傾けていたちびが尋ねる。
「ま、まー…らくえん、ってなんだし？」
「お腹がすいたり、痛い事がない場所だし…暑さや寒さで死ぬ事もないし…」
どこか遠い目をして親らしきたぬきが語る。
親らしきたぬきの説明を聞き、ちびがしっぽを左右に揺らして呟く。
「ここみたいだし…♪」
「そうかなし……そうかもし」
「きっとそうだし♪つぎのえほんもってくるし♪」
うきうきしながら次の絵本を選びに歩くちびの背中に、親らしきたぬきは苦々しい視線を送った。


　　❇︎    ❇︎     ❇︎


親らしきたぬきがモチモチと手を叩く。
各々、好きなように遊んでいるちび達を1箇所に集める。
注目を集めてから小声で囁いた。
「…ままの声が聞こえるちびは手をあげて欲しいし…」
ちび達は親らしきたぬきの声を聞き逃さぬよう静かになり、こぞって手を挙げた。
訳のわかっていないちびも黙って手を挙げる。
遊びに興奮していたちび達を落ち着かせて、親らしきたぬきは今日のタスクをこなす事にした。
「今日はちび達の目標を聞きたいし…」
こちらをまっすぐに見上げてくる幼い顔ぶれを見渡して、親らしきたぬきが呼びかけた。
「これから先、大きくなったらどんなコトがしたいか“まま”に教えて欲しいし…」
「わかったし…」
ここでの生活で思考する事が出来るようになり、空想を楽しむようにもなったちび達はしばし唸っていたが、どの仔も一生懸命に考えている。
やがて、輪になって順番に発表する事になった。


　　❇︎      ❇︎      ❇︎


「わたしは…広いところで思いっきりダンスしたいし…」
「ちびは天ぷらをおなかいっぱい食べたいし…」
「ままとずっといっしょにいたいし…♪」
「うみが見たいし…」
「おともだちとおでかけしたいし…」
「ﾏﾏﾐﾀｲﾅ…ﾘｯﾊﾟﾅﾀﾇｷ、ﾅﾘﾀｲｼ…」
「ずっとごろごろしていたいし…」


「そうかし…そうかし…」
親らしきたぬきはうんうん頷いて皆の発表に聞き入っていた。
“まま”の満足げな様子に、ちび達も満たされるような気分にうっとりし始める。

「わかったし…みんな目標が叶うよう、よく食べてよく遊んでねんねするし…」
「わかったしー！」
「がんばるし…」
「ごろごろするし…」
遊びの再開を促され、ちび達は好きな事をしようと三々五々散っていく。
「…そうかし…みんな、たくさんやりたいコトがあるし…」
全てのちびの目標を胸に刻みながら───親らしきたぬきは何かを確かめるように呟いた。


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「みんな、ふきふきの時間だし…」
しっぽを含めてずぶ濡れになるのを嫌がるので、霧吹きとウェットティッシュを使っての清拭がちび達のお風呂がわりだ。
髪の毛は水のいらないシャンプーを使い、親らしきたぬきがちび達の頭を洗う手筈となっているので、まずは親らしきたぬきの前に列を作って並ぶ。
そわそわする仔はいるものの、基本的にみんなきちんと列を守っていた。
ワガママを言ったり他のちびを泣かせる仔は洗ってもらえないと言い聞かせてあった。
それからは輪を作らせて、目の前の仔の背中やしっぽを拭かせる事でさらに協調性を育む。
「あとは自分達でやるし…」
「わかったし〜」
「やるし…」
「ﾌｷﾌｷ、ﾀﾞｼ…」
その後、手足を自分達で拭かせている間に手が空いた瞬間を見計らって、親らしきたぬきはまだ喋れないちび達のうんちをオムツと共にゴミ袋の中に捨て始める。
壁に備え付けてあるウェットティッシュをケースから引き抜き、しっぽのまわりも丁寧に拭く。
「まま…ちび手伝うし…♪」
「ｺﾚ、ﾄﾞｼﾞｮ、ﾀﾞｼ…」
むっつりと繰り返していると自主的にゴミ袋の口を両手で広げて持ち上げてくれたり、引き抜いたウェットティッシュを差し出してくれるちびもいた。
親らしきたぬきはその愛情に微笑みで返し、
「ありがとうし…」
全てのちびを綺麗にした後、手伝ってくれる優しい仔達を撫でてやった。


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部屋の外に流れているベルの音が鳴り響く。
「ごはんの時間だし…」
頃合いを察した親らしきたぬきは、ちび達に遊びをやめさせ、片付けを促した。
作業着に身を包み、マスクをした人間がロックの解除された扉を開ける。
押してきたカートから、親たぬきが出しておいた各々の餌皿に食事を盛り付けたものを親らしきたぬきに渡す。
親らしきたぬきが受け取り、その後はちび達によるバケツリレーの要領でテーブルへと餌皿が運ばれていく。
思わず涎をはみ出させてしまうちびはいても、つまみ食いをするような仔はもういない。

「人間さんにお礼を言うし…」
「ありがとうございますし！」
「ｱﾘｱﾄ、ｺﾞｼﾞｬｲﾏｽｼ…」
いつものように、配膳係の人間へのお礼を全てのちびに行わせる。
すっかり慣れたもので、皆ハキハキと口にして頭を下げ何匹かの舌足らずな仔達が続く。
配膳係が頷くと親らしきたぬきも頷き、扉は再び閉じられロックされる。
「さ…みんな座るし…」
親たぬきはちび達をテーブルにつかせ、それぞれの前に自らの分の餌皿を並べさせている間に、ちび達が持ってきてくれた赤ちゃんたぬき用のイスにオムツちび達を固定してベルトをつける。

「いただきますするし…」
「いただきますし…」
「ｲﾀﾗｷﾏｽｼ…」
モチモチの手を合わせて食事前の挨拶を一斉に行う。
皿でテーブルを叩いたり、ｵﾅｶｸﾞｰｸﾞｰﾀﾞｼ！と騒ぐような仔はもういない。
現在ここにいるのは楽しい食事の時間でも、みんないい仔にしていられる仔達だ。

「ほらほら…あわてないし…」
「ｷｭーｷｭー♪」
親らしきたぬきがスプーンで掬ってオムツちび達に順番に食べさせてやっているのは、ドングリを粉末状に加工して砂糖を混ぜた餌だ。

もう少し大きくなって、歯が揃い顎の力が強くなれば出汁でドングリ粉を練って団子状にしたものが与えられるようになっていく。
しかしその頃には、お別れも近くなる。
先程目標を語った仔達は、粘土遊びのようにこねた団子を口に運んでいた。
「もぐもぐし…」
「もきゅもきゅし…」
「んまんまし…」
足を投げ出したままテーブルの上の餌皿から一心不乱に手と口の周りを汚して食事を運び、水皿を舐め回す。

「ﾏﾏ…ｺﾚｱｹﾞﾙｼ…」
将来は自分のようになりたいと語った賢い仔が自分に配膳されたどんぐり団子を差し出してくる。
親らしきたぬきがオムツちびに食べさせているのを真似ているのか、純粋な好意なのか図りかねて親たぬきはニッコリ微笑む。
「いいし…ままはお腹いっぱいだし…」
親らしきたぬきは、首を振って嘘をついた。
空腹ではあったが、規則で食べられない決まりだった。


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「モチモチするし…」
その後全てのちびと協力して片付けを行うとモチモチの時間だ。
親らしきたぬきの絶妙な力加減によるモチモチは、ちび同士で行うそれとは根本的な刺激が異なる。
触れ合う事によって幸せホルモンの分泌が促され、ちびの身体はより柔らかさを増していくのだ。
「うれしいし…」
「ままのおてて、きもちいいし…♪」
「ﾓｯﾄ、ﾓｯﾄｫ」
「ちびがやるしぃ…もちもち…」
「ｷｭｳｳ〜♪」
こちらも順番に並び、終わった後もちび同士でｷｭｯｷｭ言いながらモチモチし合っていたりする。
やがて何匹かがウトウトし始めたので、おやすみの時間が近いと親らしきたぬきは首をあげた。
窓の外からは月明かりが差し込み始めていた。
普段は光量を抑えながらもちび達が暗闇に怯えないよう天井の灯りが輝いているが、消灯時間が近づくにつれ少しずつ電灯が落とされていく。

「暗くなってきたし…ねんねの時間だし…」
「まだねむくないし…」
「でもねないとだめだし…」
「ｵｶﾀﾙｹ、ｽﾙｼ…」
「おかたづけだし…」
親らしきたぬきが毛布を床に敷くと、それぞれお気に入りのタオルに引っ張り出してきたちび達が包まってその上で丸くなる。
タオルを纏う形で数珠のようなたぬき玉を形成し、ちび達は眠りに就いていく。
消灯を告げる子守唄のような曲がドアの向こうから流れてくるが、寝つきの悪い仔はしばらくモチモチしてやればいずれも寝息を立ててしまう。
夕食の分には睡眠薬も混ぜてあるので、全てのちびがしばらくは夜泣きもなく起き上がる事はない。
生理現象のためにタオルや毛布を濡らしてしまうちびがいるが、これは仕方の無い事だ。
とにもかくにも、賑やかな1日はこれでほぼ終わりを告げる。

「ままには叶えてあげられないし…ごめんし…」
ちび達が寝静まった頃、親らしきたぬき改め“飼育用奴隷たぬき”は、悲しそうな表情を深めて涙を流した。



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静謐に包まれた部屋のロックが解除され、扉の前に立っている人間に手枷をつけられて飼育用奴隷たぬき達はトボトボと歩き出す。
やがて長机のある食堂に辿り着き、イスはないので床にぺたんと座り議長役の飼育用奴隷たぬきが呼びかける。
「どうだし…」
「状況を報告するし…」
就寝前のミーティングを行い、飼育用奴隷たぬき同士で問題を洗い出す。
「うちは特に問題なし…」
「たぬきの所もだし…」
「熱を出して寝込んでたちびが死んじゃったし…」
「かわいそうにし…」
「他のちびは大丈夫かし…？」
「心配して近づくちびもいたけど今の所大丈夫そうだし…」
「たぬき達もみんな体調管理気をつけるし…」
飼育用奴隷たぬき達は保育園のように、各部屋にいくつもの塊を作って過ごしていた。
各飼育用奴隷たぬきは責任を持って自室のちび達を管理する。
彼女らは野良から捕まえてこられたり、最初から飼育用奴隷たぬきとして教育されていたたぬき達。


ここは、たぬきの手によって食肉用のちびを飼育する施設だった。



ミーティング後の遅い夕食は固いたぬフードだけの時もあれば、時々柔らかなペーストも添えられている。
食肉用ちび達と過ごす時のような和やかな雰囲気はなく、黙ってモソモソと食べ終えると列に並び返却口に食器を返しひとつの檻へと収監される。
その後は少し談笑する時間もあるが自分の担当ちびへの思い入れを語っているとつらくなるので、どのたぬきもションボリしながらちび達の使い古しのタオルをお腹にかけて眠るのだった。


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夜明けがやってくる。
───飼育用奴隷たぬきの朝は早い。
まずは浴場に連れていかれると一列に並び、消毒液のシャワーを浴びせかけられる。
食肉用ちびへの病気感染を防ぐための措置で、たぬき達の心情などは一切考慮されない。
しっぽも濡れたし…とお決まりの文句を呟く者は誰もおらず、大人しく歩いていく。

朝は牛乳を注いだ固形たぬフードで水分も摂りつつ簡単な食事を済ませる。
本日のタスクが人間によって説明され、飼育用奴隷たぬき達は無言で頷いて自分の担当する部屋へと向かう。


まずは食肉用ちび達の体調チェックからだ。
横一列に並び立たせ、人間がスキャナーで体温を測っていく。
測り終えるたびに、手袋越しではあるが撫でてもらえるのでちび達は案外おとなしくしている。
まだ半分ぐらいのちびが夢の世界から帰ってきていないだけなのもあるが。
賢い仔などは寝ぼけている隣のちびを揺り起こし、自分の前がくればキリッと気をつけの姿勢に切り替わる。

いわゆる、たぬきのモチモチした手とは違うが暖かくて大きな手で撫でてもらうのはちび達にとって心地よい刺激があった。


人間がマスクから視認できる目元で怪訝そうな表情を作り、ある食肉用ちびに目線をやる。
耳に、噛みつかれた跡があった。
「これをやったのはどの仔かな？」
ちびの耳の傷を手で確かめた人間は声のトーンは落とさず、あくまで優しく尋ねる。
「あの仔だし…」
「こわいし…」
「わるい仔だし…」
「ﾒｯ、ﾀﾞｼ…」
ちび達が口々に述べながら1匹を指し示す。
注目を集めたちびが、胸を張って答える。
「なまいきだったから、かぷってやったし！」
「いたかったし…ちびなんにもわるいことしてないし…」
「うるさいし！そういういいかたがキライだし！」
離れているため取っ組み合いにならないが、歯を剥いて威嚇をし始めるので緊張感がその場を支配し始める。
飼育用奴隷たぬきが前に出ようとする所を、人間が手で制する。
たぬきはこわばった掌を下ろし、けれども脱力できず握りしめた。


「じゃあ手当てするから…あとお前も、仲直りするためにあっちに行こうね」
全ての食肉用ちびの体調チェックが終わってから2匹のちびをカート内の別々のバケツに入れて、人間はこの部屋を後にする。

───予定より2匹減るのかよ。
人間は内心で呟き、舌打ちをする。
傷物にされた方と、傷物にした方。
この程度まで育った食肉用ちびを両方処分しなければならない。
被害ちびは気の毒と言えなくも無いが、争いを回避できないアホなちびは遅かれ早かれ処分されるのがここの常だ。
食肉用に適さないと判断された仔は“最後の工程”を行わずに連れていかれる。
飼育用奴隷たぬき達の知らない所でペースト状に加工され、彼女たちの食事へと生まれ変わるのだ。


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姉妹が連れて行かれたのをばいばいし…と見送った食肉用ちび達は飼育用奴隷たぬきに歯磨きしてもらい、コップでうがいをして水をバケツに吐き捨てる。
1匹ずつ丁寧に歯を磨き、ほっぺたのモチモチも忘れない。
甲斐甲斐しく世話をする飼育用奴隷たぬきは、まるで我が子に接する一般の親たぬきと何ら遜色はなかった。

だが本当の意味での自分の仔など、生まれてから1度も持てたことはない。
飼育用奴隷たぬきからすれば自分より先に死ぬのがわかっている仔達は、そんな未来は想像するはずもなく屈託のない笑顔で抱きついてくる。

そして、その日はやってきた。
何度目かは、もう数えていない。


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「みんな…ままからお話が、あるし…」
数日して、飼育用奴隷たぬきは集めた食肉用ちび達に呼びかけた。
読み聞かせだと思い込んだちび達は手にしていたおもちゃを置きトテトテッと素早く集まってくる。
飼育用奴隷たぬきは一度唾を呑み下す。
それでも、喉がひりつくような感覚は離れなかった。
「今日で“おわかれ”だし…」


ポカンとする一同を前にして、胸がキュウと締め付けられる思いを抑え込みながら、飼育用奴隷たぬきは訥々と語り始めた。

「前に聞いたちび達の目標…あれは叶うことは無いし…もうすぐお前達はお肉にされるし…」

今まで耳にした事のない凄惨な語り口に、しばしの間ちび達は反応ができなかった。


「どうしてし？ちび達どうしておにくになるし？」
呆然としていた中で、最も大きく育った食肉用ちびがぷるんとした肉質の身体を揺らしてどうにか言葉を絞り出す。
これが冗談では無いという事は、飼育用奴隷たぬきが発する空気から幼心に察していた。
「どうしてもこうしてもないし…それがここで生まれたちびの決まりだし…」
「いもうと達はどうなるし？」
「同じだし…生まれてから死ぬまで道のりは決まってるし…ただゆっくりその道を歩かされてるだけし…」
飼育用奴隷たぬきは、にべもなく答えた。
「うみは？つれていってくれるって、まま言ったし…」
「連れていくなんて言ってないし…たぬきも見たことないし…」
飼育用奴隷たぬきはひとつひとつちびの質問に答えていく。
ちびへの思いやりではなく、これも最後の工程に含まれる手順だからだった。


通常はストレスを与えると肉は固くなるが、たぬきの場合引き締まって食べ応えが上がる為、十分に育てた食肉用ちびに敢えて精神的な負荷をかける事になっている。
飼育用奴隷たぬきによるネタバラシが加工前の“最後の工程”だった。
飼育用奴隷たぬき達が”おわかれ”と呼ぶ最後の工程はやはりたぬき達にとってもつらいものだ。
心が死んでいるたぬき達はドライに振る舞うが、並のたぬきはごめんしごめんしを繰り返してまだ状況を呑み込めないままの食肉用ちび達に最後のモチモチをしてやるしかない。
「ﾔｯ…ﾔｧｧｼ！ｲﾔｧｧｼ…！」
「ごめんし…ごめんし…」
舌足らずのちびが、離れる事を拒否するように飼育用奴隷たぬきのお腹にイヤイヤと顔を擦り付けてくる。
それはせめて自分の生きた証を残そうとしているのかもしれないと、飼育用奴隷たぬきは感じ入った。
しかし翌朝には必死に擦り付けた匂いは消毒液で消されてしまうし、このちびの事もすぐに忘れてしまうだろう。
せめてその事は伝えないようにして、餌に混ぜた睡眠薬が効いてくるまで抱きしめてやるしかなかった。


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他の部屋でも、同じように食肉用ちび達と“おわかれ”の時を迎える飼育用奴隷たぬきがいた。
「もうこのたぬ生はおわったし…ちびもたぬきも全部殺されちゃうし…」
このたぬきは自分も死ぬ、という虚言を混ぜて悲劇をより強く演出していた。
「えっ…し…」
「や、や、やだし！ちび、死にたくないし！」
「まだうどん食べてないしぃぃーーー！」
口々に悲鳴をあげる食肉用ちび達は既に泣き出している仔もいる。
「まま…いっしょに逃げよ、し…」
意を決して袖を掴んでくる仔からは、全身の震えが伝わってくるようだ。
「無理だし…人間さんからは逃げられないし…」
飼育用奴隷たぬきは首を振る。
必死の思いも通じないと悟った食肉用ちび達はジタバタしながら泣き始め、この部屋の飼育用奴隷たぬきは無言で見つめているだけだった。


自らが死ぬのも厭わずに、と言えば聞こえがいいが存外投げやりな気持ちで真実を告げた。
やり手の飼育用奴隷たぬきは一芝居打って肉質をさらに良くする手法を取る。
食肉用ちびの加工数における成績次第で、後でお菓子をもらえるのだ。

しかし自分自身もちびも騙した末に別れ、虚空を見つめて涙を滲ませながらお菓子を頬張るその姿は決して幸せそうだとは言えそうにない。
おそらく何の慰めにもなっていないし、ともすればお菓子の味もわからないかもしれなかった。　


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食肉用に加工するちびの賢さと精神性を育んでいたのはこの時のためだった。
知能と情緒が発達していなければ強く絶望しない。
アホなちびは人間の口に入る程の肉質にはなれないのだ。
ここで飼育されているちび達は、高級ブランド肉として扱われるためだけによく遊び、よく食べ、よく寝て過ごす。
信じて疑わなかった未来が打ち壊される瞬間、心臓を止めて自動的に身が引き締まる者もいた。

まだオムツの取れないちび達は訳もわからぬ様子で仰向けのまま、ｷｭｯｷｭｳと鳴き続けている。
この仔達は少し後に、今日おわかれをする仔達を追う事になるだろう。


こうして、未来に絶望していった食肉用ちび達が加工され他の生き物達の未来への礎となるのだ。
主にドングリを飼料としたちび達の肉は臭みもなく、前述の引き締めが行われているので食べ応えもある。
この後は眠っているうちに育ての親と引き離され、生きながらにしてしっぽを抜かれ、全身の毛を焼かれ、中身を洗浄されてから仮死状態で出荷されていく。
次に目覚めた時は食材を並べるバットの上か、永遠に目覚めないままフライや焼き物に使われるのだった。


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収穫が回収された後は、成績発表のため両手を鎖つきの枷に繋がれ一列になって集会所へと歩かされる。
「………じ……」

また1匹の飼育用奴隷たぬきが、ちびを見殺しにする日々に耐えかねてストレス死を迎えた。
老化で働く事が出来なくなったり、こうして動かなくなったたぬきはすぐさま焼却施設に送られる。
食肉用として飼育されていた訳ではないので、働けなくなればただのゴミだ。
顧みられる事もなく、弔われる事もない。
生き残った飼育用奴隷たぬき達も初めは仲間の墓標を立ててやったりもしていたが、ちびも含めて数えていられる限界を超えてからはたぬき達の心にさえ残らなくなった。
1週間もすれば、自分が存在していた事など誰も覚えていてはくれないのだ。


「また…一緒に頑張るともだちが減ったし…」
自分も近いうちにそうなるだろう。
また、命を終えてリポップしたとしてもこのションボリあふれる広大な農地のどこかで発生する事になり、拾われれば食肉加工されるか現在と同じように飼育用奴隷たぬきとしてこき使われる日々だ。
どちらにせよ、この因果から逃れる術はない。
一生───あるいはいくつ先のたぬ生もずっとそのままだ。
しかし拾われなければ山の中で孤独に野垂れ死ぬので、それよりはマシだ。
そう思わなければ、正常な思考は保てなかった。
飼育用奴隷たぬきにとっては、終わらない地獄かもしれなかった。


　　❇︎     ❇︎     ❇︎


広大な農地の中を、裸のたぬき達が歩かされていた。
人間が動かしゆっくりと駆動するカートに鎖で繋がれたまま、拾ったドングリの実をカートの後ろのカゴに玉入れの要領で放り込んでいく。
「やだし…やだし…」
「ちび…ちびぃぃ…」
「だし…だしだし…」
死なせたちびの数が多かったり反乱を企てるなど一定の評価より下に落ちた飼育用奴隷たぬきは服を奪われ鎖つきの首輪をつけられてドングリ集めに駆り出される。
丸裸のままに最低限の水と餌だけで1日中歩かされ、ちびとも触れ合えなくなりボロボロになって死ぬまでその立場から上がる事はない。
自由もなく、心を壊した奴隷たぬきは“だしだし”としか喋れなくなる者も多い。


1匹の奴隷たぬきが足を止め、倒れながら引きずられる。
限界なのか、拒否の意を示しているのか。
いずれにせよ首や身体を捩るように振り回すだけで立ち上がらない。
やがてもう1人の作業員の脇に抱えられ、ゆるゆるとジタバタしながら運ばれていく。
ちび達の餌集めすらも出来なくなったらいよいよ焼却施設行きだ。
裸のためにドングリを横領する事もできないが、たまに耳の穴などにくすねたドングリを仕舞う奴隷たぬきもいて、もっとアホなたぬきは口を膨らまして黙って歩いている。
声をかけられた瞬間に慌てて飲み込んだドングリで喉を詰まらせ苦しみの果てに死ぬか、横領がバレて黒炭にされるかのどちらかしかない。
いずれにせよ燃やし尽くされ、黒いクズとなった成れの果てが地面に撒かれて、映像は終わる。
時折、1箇所に集めた飼育用奴隷たぬきへのレクリエーションと称して一連の映像を見せられるのだった。
戒告を目的としたそれは一定の効果を持ち、
ションボリを深めつつも多少知能のある個体はあれよりはマシだと飼育に従事する。
知能も才能もない個体はやだしやだしとジタバタしながら焼却炉へすぐに連れていかれる事となる。


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四角い部屋の中。
ベアルフくんに抱きついてほっぺたを擦り付けているちびもいれば、タオルをばっさばっさと上下に振って風を起こしてはしゃいでいるちびもいる。
オムツが取れたちび達を集めて、飼育用奴隷たぬきは語りかけた。

「…今日は、ちび達のやりたいコトを教えて欲しいし…」

たぬきはちび達にいつまでも尋ね続ける。
決して叶わぬ、夢を。
キラキラと輝く未来を。

ここは楽園。
たぬき達にとっては、果てなき輪廻の終着駅である。


オワリ