No.77「運ばれる命」


1匹のちびたぬきが、巣穴の外でションボリとしたまま立たされていました。
妹と留守番中に、親たぬきが貯蓄しているごはんのつまみ食いをやめられず、遂に犯行の現場を抑えられてしまったのです。
妹ちびは何も知らず、上のちびだけが勝手に手をつけていたのでした。
ちびたぬきの拙い言い訳は、ごはん集めでへとへとになって帰ってきた親たぬきには通用しませんでした。
 
「いれてし…いれてし…！」
「だめだし…反省しなさいし…」
巣穴に近づいて、泣きながら訴えてくるちびを無視するのは親たぬきにとっては容易い事でしたが、中にいるもう1匹のちびが気にしてそわそわしているので、親たぬきは外のちびを静かにさせる事にしました。
とはいえ、暴力には訴えません。

貴重な飲み水を含み、口を窄めてぴゅーっと吹き出すとしっぽを濡らされたちびはじんわりと涙目になりながら、諦めて家の外で立たされる事になりました。
暗闇の中、ちびが1匹で出歩くにはすっかり日も暮れていて離れる事はなく、ちびはただただじっと堪えました。
そのうちに自分がしでかした事が実はすごくイケナイ事だったんじゃないか、と思い始めて再び涙がポロポロとこぼれ始めました。

しばらく静かにしているので、我が子が心配になった親たぬきはコッソリと陰から辛抱して立ち続けるちびの様子を窺いました。
ちびはぐすんと泣きべそをかき、小さな肩を震わせて立ち尽くしています。

───もう少ししたら、入れてあげるかし。
なんだかんだ言って、本気で憎む事はできないと親たぬきは軽く微笑みました。



　　　❇︎      ❇︎      ❇︎



親たぬきが巣穴の中に戻った後、じっと立たされていたちびは尿意を催しました。
その場で漏らすわけにはいかないので、お花を摘みに行きました。
───と、巣穴から少し離れたところで本当にお花を見つけました。
見たこともないお花ですが、暗闇の中でオレンジがかった黄金色の花弁が妙な引力を放っています。
惹きつけられたちびは花の近くまでヨタヨタと歩きました。
昨日はおうちの近くにこんな花、なかったし。
そういえば昨日は怖い風が吹いたと思ったらめちゃくちゃな雨が降ってきてたんだっけし。
そういう“ごはんが取りに行けない時のためのごはんだし…”ってままが言ってたのを、ちびは食べちゃったんだし…。
でも、仕方ないし…。
ちびは、育ち盛りだし…。
どこかからタネが飛んできた後、雨水で育ったらしいそれは誰も気づいていないならば自分だけの物だとちびは判断しました。
親に報告するつもりもないまま空腹に負けてもしゃもしゃと咀嚼し、飲み込みました。
ぴりっとした味が舌を刺激しましたが、吐き出すほどではありませんでした。
　

　　　❇︎       ❇︎        ❇︎


「ちび…反省したし？反省したなら、入っていいし」
しばらくして、親たぬきは立たせていたちびを巣穴の中に招き入れてやりました。
すっかり堪えたのか、ちびは俯いたまま黙りこくっていました。


………。

どしたし？ちび？拗ねてるし？

仕方のないちびだし…モチモチするし…


…………ｶﾋｯ


  ❇︎       ❇︎        ❇︎


───翌朝。
巣穴から姿を現し、たぬき親子が朝靄をかき分けトボトボと歩いています。

夜が明けるにつれて少しずつ強くなる日差しを避けるようにしながら水場に向かって移動しています。
常日頃ならおててを繋いでお出かけし仲睦まじい様子を見せていた3匹は、それぞれ距離をとってバラバラに歩いていました。

普段は石を踏まないような歩きやすい道を選ぶ親たぬきも1匹のちびが大きめの石を踏んで、プニプニした足元にめり込ませても気遣いのようなものは見せません。
最も幼いちびもまた、ほんの少しビクリと震えましたが痛みに泣き喚く事もしませんでした。
ただただ、黙々と殉教者のように歩き続けます。
3匹とも、耳元には黄金色の花を飾りのようにつけていました。

朝、公園のたぬき達はゴミ捨て場からのエサの収拾もそこそこにお喋りに興じていました。
ちびたぬきは普段は我慢している遊具に触れたり、誰かが忘れていったボールを転がしてキュウキュウと上機嫌な声をあげていました。
平和な朝でした。
そこに、暗い表情で頭に花をつけた3匹のたぬきが横切っていきます。

「あのたぬき達、頭にお花つけてるし…」
「おしゃれだし…」
「ままー、ちびもあれやりたいしー」
「ふむし…ちょっと聞いてみるし…」

公園に住む野良たぬき達が、ちょっと変わった花を飾りとして頭につけたたぬき親子の姿を認めてざわつき始めました。
おおよそアクセサリーというものに縁のないたぬき達は、まんまるの手で花冠を作る事も出来ないのでちょっとした憧れを呼び起こされました。
ちびだけでなく、成体のたぬきまでソワソワしています。

1匹の親たぬきが、我が子にもあの花をつけさせてやりたいしと近づいて尋ねました。
「もしもし…ちょっと聞きたいし…その花はどこで手に入れたし…？あとどうやってつけてるし…？」
話しかけられた大きいたぬきは表情のない顔をこちらに向け、じっとこちらを見つめるだけです。
への字口をまったく開かず、ムスッと押し黙っている表情を見て、親たぬきは矢継ぎ早に質問してしまったのが悪かったと反省しました。
そのうち、周囲のたぬき達の鼻がヒクヒクと動きます。
「なんか…むずむずするし…………ｸﾋｭｯ」
「ｸﾁﾝｯ…」
「……ﾍﾞﾌﾞｯ」
その場にいたたぬきやちびが銘々にむせるような挙動を見せて、賑やかだった公園は静かになりました。


　　　❇︎      ❇︎      ❇︎


後日、この公園では。
多くのたぬきが目的もなくトボトボ…と彷徨い歩いていました。
誰もがいつものようにお喋りに興じる姿を見せません。
人間達のラジオ体操を真似て集団で行っていたうどんダンスも、やらなくなりました。
花飾りへの憧れを口にしたちびも、要望通りに花をつけてウロウロしています。
念願叶った割にはしゃぐ様子もなく、ただ無表情にうつむいていました。


　　❇︎      ❇︎      ❇︎


「賢いちびが何も喋らなくなったし…どうしてし…？」
親たぬきは巣の外にあるトイレに行ったちびの様子が、戻ってきてからおかしい事に気がつきました。
平和な公園の中、1匹でトイレに行けるようになってからは帰り道に巣穴に飾るお花を摘んできたり、あんなものを見たなど鼻息を荒くして語ってくれていたちびが、今や別たぬのように無言です。
不思議に思い、モチモチしてやってもちびは手を振り解き、どこかへ歩き出そうとします。
「ちび…はんこうき？だし？出ていっちゃやだし…」

結局、健闘虚しく疲れて眠り込んでしまった親たぬきの元から、ちびたぬきは去ってしまいました。

次の日、元気のない我が子を訝しんでいたはずの親たぬきもトボトボと当て所なく彷徨っていました。
耳元には黄金色の花が揺れていて───良く見ると、花の茎はたぬきの耳の穴から伸びていました。


　　❇︎     ❇︎      ❇︎


「みんな元気ないですし…どうしたんですし…」
無気力状態で彷徨う野良たぬき達を遠巻きに眺めていたのは、人間に飼われているたぬきでした。

飼い主さんにペットショップで念願のちびを飼ってもらえるとの事でワクワクしながら日課のお散歩の途中で近所の公園へとやってきていました。

温室育ちのこの飼いたぬきは公園にいるたぬきの親子の事も見下さず、たまにちびたぬきに自分のオヤツを分けてあげていました。
温厚な親たぬきに感謝されながらも、どこか寂しげに他所の親子たぬきを見つめていた飼いたぬきに、飼い主さんは新しい家族を迎える事を許してくれたのです。
その道中、どんなちびにするか参考にしたくなり、おともだちに会いたいし…とお願いを聞いてもらって公園に立ち寄ったのでした。


「飼い主さん…公園のたぬき達の様子がヘンですし…ちょっと見てきますし…」
飼い主さんに断りを入れて、飼いたぬきは首輪のリードを外してもらって公園のたぬき達に話しかけました。
いつもならお菓子をもらえると思って近寄ってくる仔もいて、あげればｷｭｳｷｭｳとほっぺをすり寄せてきて持ち合わせがなければションボリと離れていくのですが───。
「どしたのですし…みんな体調悪いんですかし…？」
集まってきた公園のたぬきも、ちびたぬきも。
皆一様にションボリ顔のままこちらに群がってきます。
しかしモチモチするし…とも、うどんダンス踊ろうし…といった誘いの言葉もいつまでもかけられません。
少し怖くなって一歩後ずさり、飼い主さんを呼ぼうとした飼いたぬきでしたが。

「………ｹﾌｯ」
なにか鼻がムズムズしたと思えば少しむせたように咳き込み、それっきり言葉と思考を永遠に失ってしまいました。



“たぬきのちびをお迎えにいくの…楽しみですし…♪”
と、あれほど声を弾ませていたのに。
黙りこくった飼いたぬきを不審に思った飼い主さんがかかりつけのたぬき専門の病院まで連れて行くと、いつの間にか頭に花を咲かせた飼いたぬきはすぐに隔離されてしまいました。
獣医さんは、この花がたぬきのションボリと水、ほんの少しの日光で育つ花だと飼い主さんに教えてくれました。
そしてそれは、たぬ木ではなくたぬき本体を養分とする花だと。
しかし最近発見されたばかりで、詳しくは街の獣医レベルにまでは降りてきていない事、確かなのはこうなったたぬきは二度と元には戻らずいずれ身体が分解されてしまう事を伝えて説明を終えました。


頭の中がお花畑な飼いたぬきは、頭をお花畑そのものにされてしまったのです。
栄養状態のよい寄生先でしかない飼いたぬきは、他ぬきよりも多くの花を短時間で咲かせていました。

ちなみにこの花は寄生するとたぬきの脳に根を張り、その時点で自我は失われる為、飼いたぬきは飼い主が手数料を払って保健所で炭酸ガスにより安楽死させられてしまいました。
黙ったままのたぬきは肉体的な苦痛に反応しジタバタしていましたが、一切泣き叫ぶことなく黙ってたぬ生を閉じました。
頭の花はしばらくすると栄養を失い、枯れてしまいました。

翌日、待合室でションボリしていたたぬき達が、帰宅してから妙に静かになったとの相談が病院に寄せられました。
たぬき達の頭には、黄金色の花が咲いていました。


　　❇︎       ❇︎        ❇︎


公園で花を咲かせた養分たぬき達は花粉を撒き散らしながらトボトボと別な公園や河川へと移動し、周囲の他ぬきを巻き込み続けました。

繁殖せよ。
我々を一面に咲かせるために命を運ぶのが、お前達の使命だ。

養分たぬきは支配された脳から身体へ送られる信号に従って、食事を摂り続けます。
複雑な動作は実行できないので大して美味しくない草でも食み、水を飲んで生き続けました。
ある程度花を育てたたぬきが適当なところでしゃがみ込み、命を終えて倒れ伏し土に還るとたぬきのあちこちの穴を通して生えた茎から黄金色の花畑が広がりました。
リポップしても、この命の運び屋の役目からは逃れられません。
この種にとっては、たぬきは都合の良い生き物です。
たぬきの全ては、頭に咲いた花を育てるためだけに使われる事になりました。


　　❇︎      ❇︎      ❇︎


「…ｷｭ、ｷｭｳー…」
雑木林の中でポンッとリポップしたちびたぬきが、小さく鳴き声をあげました。

さびしいし。
おなかすいたし。
だっこしてし。

「ﾋﾟｷｭｳｳｳｳﾝ……」

とにかく生存本能に従って、親たぬきの庇護を求め居場所を知らせる鳴き声を上げ続けました。
そのうち1匹の成体たぬきがやってきて、ちびたぬきを抱き上げます。
感嘆の声もあげずに、無感動な顔をちびに向けていました。
耳の穴からは、黄金色の花が咲いていました。

「ｷｭｳﾝ…？ｷｭｷｭ…ｷｭｳ！」

あっ…
ままになってくれるし？
うれしいし…ｷｭｳ！
まま、もっとたかいたかいしてし〜。



………ﾋﾟｼｭﾝｯ

………。

………。


唐突に押し黙ったちびたぬきは、頭に花をつけた成体のたぬきに両脇を抱え上げられ連れて行かれます。
成体たぬきの腕の中で、先程のような生に執着するような表情は消え失せていました。
生まれたばかりのちびの場合は花粉まみれにされてから苗床となり、すぐに何本もの花の養分にされ栄養失調で餓死する事がほとんどでした。
生命力の強い個体は花と共に、より遠くへ繁殖の輪を広げる為成長していきますが弱いちびは花を維持する体力がないので、うつ伏せのまま起き上がれなくなり数日でほとんどの水分を奪われて呆気なく萎みます。
ちびだったものが土に還り、そこに咲き誇る花がまた花粉を飛ばして命を旅立たせるのです。


この街ではもはや、野良で生まれるたぬきはほとんどがこのような変貌を遂げていき、予防注射済みのペットショップ育ちのたぬきだけがまともなたぬきです。
それらも飼い主の知識不足により、宿主たぬきと接触してしまえばおしまいでした。
外飼いのたぬきは悉く全滅し、たぬきを飼っている人間の間でしばらく外に出さない方がいいという程度の噂が流れてから室内飼いのたぬきは保護されるようになりました。
モチモチを含む仲間との接触、外での遊び、決められた経路以外のちびの入手───多くの自由を、飼いたぬき達は失いました。

人間に害はないので、近頃はやけに外のたぬきが静かになったな、耳障りなうどんダンスも踊らなくなっていい事だな───ぐらいにしか、たぬきに興味のないほとんどの人々は考えませんでした。

やがてこの黄金色の花はその美しさから街の花に指定され、名産品となって全国に出荷される運びとなったのでした。


オワリ