
No.78「景色」


見下ろしていた。
円柱の上部──頂点は人間の胸の高さぐらい──に備え付けられ360度ぐるりと見渡せるドーナツのような透明ケースの中にいるたぬきが、透明な床を通してペットショップ内のたぬき達を見下ろしていた。
店の中央に位置する展望台のようなそれは、壁に沿って商品棚やたぬきのケージが設置されている店内の様子がよく見えた。
補強のために底を支えるいくつもの細長い柱は金属製で、そのままケースを突き破っていればまるで檻の様相を呈していた。


エサも水も定期的に補充され、暮らしていく事には困らなかった。
食うものを食えば、出るものが出る。
トイレは円柱の中心に位置し、引き戸を開ければ自由に入れる。
トイレの時以外は入ってはいけないが、他ぬきのように丸見えではないのでプライベートは守られていた。
催したたぬきはオレンジ色の円柱の壁の凹みに手をつけて扉を開ける。

…ふう。し。

放り出されたうんちはボットン便所の要領で落下し、店員が下部の蓋を開けてクッションと共にうんちを取り出す仕組みだ。
トイレから出てきた展望たぬきのため息の原因は、自分を取り囲む景色だった。


入り口では躾済みの高級ちびたぬきが、
「こ、こんにちわですし…ごゆっくりおかいものをおたのしみくださいし…」
と来店した人間達に向かってアナウンスをさせられている。
入れ替わりの激しい人気商品だが、今度のちびは人見知りが激しいのかいつも隅で縮こまっている。
来店時に慌てて立ち上がりアナウンスが間に合わない事も多い。
あたふたしているうちに混乱して“出来ない自分”に泣き出しジタバタする始末だ。
だが案外、その姿に心を打たれてちびが買われていくというのだから人間というものがわからない。


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あ…ちびが抱っこされてるし…。
いいなし…。

ちびたぬきばかりが詰め込まれているケージの中ではちび達がわちゃわちゃと動き回り、追いかけっこをしたり置いてあるおもちゃで思い思いに遊んでいた。
その中の1匹がお客の人間に抱き上げられ、ひとしきり撫でられた後に下ろされる。
寂しげにｷｭｳﾝと鳴いて首を傾げるが、人間が連れて行ってくれないと理解し諦めると仲間達とモチモチし始める。

1日3回のエサは大皿に山のように盛られ、わーっと駆け寄っていき一心不乱に犬食いするちびに押しやられ満足にありつけないちびもいるが、大抵は座り込んで手を使って食べ仲良く分け合っている。
口元をたぬフードとよだれで汚しながらも、顔を見合わせあってｷｭｳｷｭｳﾍﾟﾁｬﾍﾟﾁｬと咀嚼する様はたぬきから見て至上のかわいさだ。

エサや遊び道具を巡りケンカをしてしまったちび達はそれぞれ別のケージに移される。
ケンカに応じたちびが入れられたのは、5割引のシールと飼いたぬきの情操教育にオススメ！と謳うポップが貼られたケージ。
ケンカを売ったちびが放り込まれたケージは8割引のシールが貼られた特価品用で、生き餌やペットの遊び道具にお使いください！と印刷されたポップが目立つ。

───いずれも、文字が読めない展望たぬきには意味が理解できなかった。


大きくなり、喋れるようになったちび達は別の部屋に連れて行かれたりそのまま個別のケージに入れられたりと様々だ。
直接触れた事はないが、まるで我が子のような気分で見守り続けていた。

ちび達は夜はたぬき玉になって眠っている。
生まれた頃から孤独な展望たぬきからすれば、羨ましい事この上ない。
いつも透明な床に背を向け、しっぽを前に持ってきて抱いたまま天井を見つめて眠るのだった。


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うどんダンスの練習に勤しむたぬきもいる。
いいダンスを踊るたぬきは飼ってもらえると強く信じている個体は、寝る間も惜しんで踊り続けていた。
無言で振り付けを確認し、仲間を起こさぬよう注意しながら何度も飛び跳ねている。
展望たぬきはその努力をどれ程積み重ねてきたかを知っている。

展望たぬきがいるケースは位置こそ高いが天面は頭すれすれでうどんダンスで跳ねることは許されない。
ずっと下を向いているので、首が前に突き出て余計猫背になっていた。

自分が踊れない分、練習たぬきに想いを託して見つめ続けた。

あのたぬきはいつもがんばってるし…。
店員さんもたくさん勲章シールを貼ってくれているし…。

割引シールは、ついに7割引まできていた。
そのうち姿が見えなくなり、展望たぬきはやっと努力が報われたんだしと安心した。
一方、処分扱いされた練習たぬきは、
「どうしてし…たぬきれんしゅうがんばったし…ダンスみてくださいし…アウウウ！」
放り込まれた大型焼却炉の中で炎に包まれ、誰も見てくれないダンスを披露し灰になっていった。


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あ…あそこの親子たぬき…。

セット売りという体でケージの中で暮らしている親子たぬきの様子は、展望たぬきのお気に入りだった。
吸水器から水を飲み、ｹﾌｰと吐息を漏らしたちびが背中からもたれるかかるように親の胸元へと飛び込む。
親たぬきはしっかりとちびの身体を受け止めてやり、後ろからちびのほっぺたをモチモチとこね回してやっている。

「このちびたぬきください。あ、でかいのは要らないです」
その一言で、おやつ代わりに残しておいたお昼のたぬフードを分け合い齧っていた親子たぬきは今生の別れとなった。
「かしこまりました。少々お待ちくださいませ」
店員の手で親たぬきから引き剥がされ、泣き叫ぶちびたぬきに親も目尻に涙を浮かべ両手を挙げて顔をフルフルと横に揺らすしかない。
「ｷｭｳｳｳｳ！ｳｯｳｳーーーー！」
「ちびぃぃ…！かえしてし…たぬきのちび、かえしてしぃぃ…！」
遥か高くに抱き上げられ、離れていくちびを泣きながら見送るしかなかった。

ああ…ちびだけ連れて行かれちゃったし…。
仲よかったのにし…。

親子1組で売られているたぬきは愛情が深い個体が多い。
親は仔を甲斐甲斐しく世話をし、仔は親の手伝いをしたり賢くなくとも甘え上手だ。
お客さんの要望があれば、バラ売りでちびだけ購入する事も可能だった。
その場合は金額が割高になるが───。
ウリであるちびとの仲睦まじさを失った親たぬきは遠からず一山いくらのたぬきとして売られるか売れずに処分される事となる。
もちろん、上から見ている展望たぬきが知る由はない。

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飼い主が店内を物色する間、首輪のリードを店内にあるフックに引っ掛けられて待たされている飼いたぬきも多数見られた。
彼女達は店内のものを触ったり不用意に売り物たぬき達を刺激しないよう行動を制限されていた。
ただし、たぬきの物欲を刺激して飼い主への購買を促すためにたぬきの目線に合わせて商品を設置している。
その中で、ベアルフくんの着ぐるみを身につけたちびが興味を惹くものはないのか、それとも待ちぼうけをくらうのが我慢ならないのかつまらなさそうに地面を蹴ったりしていた。
ふと見上げた時に、遥か高い位置から覗き込んでいる展望たぬきを発見する。
「ｷｭ…？ｷｭﾜｧｧｧ…？」
ちびからすれば、宙に浮いているように見えて驚きを隠せない。

「ｷｭｯ……ｷｭｳー！」
「ふふ…かわいいちびだし…」
こちらに向かって無邪気な様子で右手を振ってくる。
手を振りかえしてやると、ちびはぱあっと表情を明るくさせてさらに両手を振っていた。
ションボリ顔をほんのりほころばせてちびに目を合わせ続けていると、飼い主が買い物を終えたらしくリードをフックから外されると
渋々連れて行かれてしまう。
買い物袋からは、たぬきの成長を抑制するたぬフードの箱が覗いていた。
栄養素自体も少ない上に消化しにくくして胃腸に負担をかけ、成長のためのエネルギーを内蔵の修復に持っていかせる商品だ。
ちびのまま楽しむ事ができるが、身体への負担と成長できないストレスでちびたぬきの寿命が大きく縮むのが難点とされている。
もっとも、替えのちびはいくらでも売っているので難点にならない飼い主もいる。
展望たぬきはそんな事も知らず、店内を出ていく着ぐるみちびを羨ましそうに眺め続けた。

たぬきも…たぬきも連れていってし…。

たぬきの悲痛な声が、誰かに届くことはない。


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閉店後は薄暗い店内で寝転がって屁をこいたりしているたぬきや、他のケージのたぬき同士でお喋りしている様子を眺めている。
たまにこちらにションボリ顔を向けてくるたぬきもいるが、互いにやり取りは出来ないのですぐに顔を背けられる。
どうも、下のたぬき達には快く思われていないらしい。

「あいつ…いつもこっちを見下ろしてえらそうだし…」
「きっとたぬき達を見下してるし…」
「いつもじっと睨んできて気持ちわるいし…」
「ゴロゴロしてうらやましい限りだし…」

音というのは上に響いていくが、展望たぬきの声が下の他ぬき達に届く事はないので、弁明の機会も与えられないのが心苦しかった。

たまに期限を迎えた売れ残りたぬきが見苦しくジタバタしながら麻袋に詰め込まれる様も何度も見送ってきた。
自分は安全だが、救いも得られないと薄々勘付いている。
自身は全く、変わり映えのない生活。
ただ、入れ替わっていくたぬき達の生活を見つめる他ない。

「あのコ、見せてもらえます？」


お客さんの声に気がついて、意識をそちらに振り向けると。
明らかにこちらを指していた。
展望たぬきの心に期待感が満ちていく。

「申し訳ありません。あのコは非売品なんです」
店員がいつも通りといった調子で答え、興味を抱いたはずのお客さんはそうですかとあっさり引き下がる。
展望たぬきは、ションボリした。


いつも言ってるひばいひん？ってなんだし…？
あっ待ってし…行かないでし…。
たぬき…お買い得ですし…。


これまでも何度か、こういう事があった。
しかし展望たぬきは孤独感と劣等感により店内のたぬき達にションボリを供給するのが役目なので、この場から動かされることはない。

一生引き取り手が現れない事も知らず、非売品たぬきは飼いたぬきになれる日を夢見続ける。
日常的にストレスをかけられ続けているので、一年保てば良いとされている。
展望たぬきは今日も他ぬき達に視線を落とし続ける。
いつの日か、たぬきも飼って欲しかったし…と冷たくなるその日まで。


オワリ

