No.79「再利用」


「ｷｭｷｭーｷｭ♪ｷｭｳｷｭーｷｭｯ♪」
カーペットの上で、放し飼いにしているちびたぬきがガムテープの芯を両手でコロコロと押して遊んでいた。
普段はあまり構う暇がないので1匹で遊んでいられるよう色々とおもちゃは買い与えているが、これがちびのお気に入りらしい。
すごくうるさい。

ノタノタと押し出されるガムテープの芯を叩き、横倒しにして行手を塞ぐ。
ちびたぬきは突如自由になった両手を挙げ、驚きのあまり飛び跳ねる。
大して浮いていない。
すぐにしゃがみ込み、倒れてしまったガムテープの芯をぺしぺしと叩くが反応はない。
じわりと涙を浮かべながら、不意に中断させられてしまった遊びを再開するべくちびたぬきはプクーとほっぺたを膨らませた。


「ﾑｨｨ〜…！ﾑｨｨ…ｨ…！」
ちびたぬきは顔を赤くして両手を下にやり、踏ん張って倒されたガムテープの芯を起こそうと躍起になっている。
ちびたぬきの筋力の限界か、はたまた手の形状の問題なのかビクともしない。
聞いたことのない鳴き声でしばらく頑張っていたが、自力では起こせないと理解して泣き始める。
「ｷﾞｭｱｳｳｳ！ｷﾞｭ！ｷﾞｭｳｳ！」
真っ赤な顔をこちらに向け、倒されたガムテープの芯を指しながら泣き喚いているので、
“もどしてし！ちびのコロコロ、もどしてしぃ！！”
と抗議の言葉を叫んでいるのだと窺い知れた。
だとしたら許せない。
飼われている分際で、こいつは飼い主に命令しようというのか。
ベランダに落ちていたのを拾って所詮気まぐれで生かされている癖に。

ガムテープの芯を拾い上げると、思い通りになった事に安堵したのかしゃくり上げながらこちらの手の中のそれを見つめているちびたぬき。
そのまま頭上から叩きつけるように、ガムテープの芯を輪っかにしてちびの頭から一気に叩きつける。
ちびの柔らかな身体は芯の穴にずぽん！と収まった。
「ｷｭｳｯ！？」
お気に入りのおもちゃが一転して拘束具となってしまい、ちびは錯乱した。

顔の四分の三と、短い足としっぽの先しか露出していない。
ぴったりはまり込んでいる。
まさかのシンデレラフィット。

腕を内側に折り込まれ、肩を脱臼したか粉砕骨折したらしいちびは、
「ｷﾞｭｴｴｴ…ﾁﾞｪｪ…」
と汚い鳴き声をあげるしかない。

何の威力もない抵抗と目障りな自己表現であるジタバタを奪われ、ぷるぷる震えているそれをもう一度叩いて横倒しにする。
「ｷﾞｭﾁﾞ！」

耳障りな悲鳴を上げたちび入りガムテープの芯はコロコロコロ…と中のちびの意思を無視して緩く転がっていく。
「ﾁﾞｭｳｳｳｳ……」
いくら悲鳴を上げようと、宙に浮いた足をバタバタさせていても何かに接触するまで止まる事はない。

「ﾁﾞｯ！？」
カーペットを脱出してフローリングでやや勢いをつけたままテーブルの足に衝突し、何が起こったかわからないちびたぬきは身体を強ばらせた。
それほど勢いは無かったので跳ね返ってまた緩々と転がる。
目を回しているのか、フローリングの床に吐瀉物を撒きながら回転し始めたちびは先程までの楽しい気分が嘘のようだった。
特に躾もされず、かと言って甘やかされていた訳でもないちびは飼い主の注目を集めたかった。
構ってもらいたいがために重たいガムテープの芯を転がしていたのに。
別にあのガムテープの芯は倒れたままで何の問題もなく、その手に載せて撫でて欲しかったのに。
悲しい気持ちでいっぱいに回るちびたぬきの視界はずっと滲んだままだった。


殺す趣味はないのでそのままの格好でかつて飼っていたハムスターを入れていたケージに放り込む。
餌も食べさせてやり、便意を訴えればオマルの上に立たせてやったしその後はお尻を拭いてやってもいた。
間に合わない時は垂れ流しだ。
ちゃんと餌は口元に持っていってやり無理やり突っ込む。
泣きながら咀嚼するちびを見ていると何か胸が衝き上げられるような感覚に陥る。
そのうち飛び出た部分だけ太く、嵌められた部分が細いたぬきが出来上がるかと予想していたが、そうはならなかった。
ちびはいつまで経っても解放されない事に絶望したらしい。
尊厳を破壊され、自由を奪われたちびは舌を噛み切って喉を詰まらせ死んでしまっていた。
早計なやつだ、と嘆息してゴミ袋にガムテープの芯ごと放り込んでから気がついた。
これに懲りたら二度とうちに発生するなよ、と忠告するのを忘れていた───まぁいいか。


  ❇︎      ❇︎       ❇︎

「とれないし…とってし…」
使い終わったセロテープの芯を両腕に一つずつ嵌め込まれたちびたぬきが喚いていた。
「ちび、こんなわっかイラナイし…とってし…」
嵌められた手首───と呼ぶにはあまりに起伏がなさすぎる───はセロテープの芯に締め付けられた結果、鬱血してどす黒くなってきている。
また性懲りもなくベランダでポップしていたちびたぬきを気まぐれに育てていたら戯れに与えたセロテープの芯を転がして遊び始めた。
ただ転がすという行為に楽しさを見出していたちびたぬきが、セロテープの芯の辿り着いた先が飼い主の履いたスリッパであった事、そして痛くも何ともないがただ癇に障ったというだけで不本意な目に遭わされる。
他者に依存することでしか生きていけない割に可愛げのないたぬきという生き物全体が持つ悲しさだった。

罪人のような格好にされてしまったちびたぬきには、遠からずストレス死が待っている。
そんな結末が訪れたとしても、育ったちびが喋り始めたら案外鬱陶しいと気がついた飼い主は特に何の感慨も湧かないだろう。

使い終わった文房具はこんなに遊べるのに、たぬきは何の再利用も出来ないな、と思うだけだった。


オワリ