No.82「伸長」


「のばすし…ちびをのばすし…むむ…うまくいかないし…」
秋空の下、涼しくなってきた外で散歩をしているとたぬきの悩む声が聞こえてきた。
未だ緑が茂る木陰の下、どこで拾ったのか新聞紙の上に寝かせたちびたぬきの手足を引っ張ったり、両手を当てて船を漕ぐ要領で体重をかけてみたりしていた。

コイツらなんでちびを伸ばしてるんだろう。
背を伸ばすとか能力を伸ばすとか寿命を伸ばすとか、何を伸ばすのかまでは不明瞭だ。
でも見ている限りは手足を伸ばしたいのだろうか。
骨という土台がなければどうにもならないと思うが、一見ヒトに似通っているはずなのにたぬきの考えている事はわからない。

たぬきの習性みたいなもんなのだろうか。
全然どうでもいいけど。
どのたぬきに尋ねてみても、皆一様に頭の上に「？」を浮かべたように首を傾げる。
このたぬきも例外ではなかった。


「わかんないけど…とにかく“かくり”されたらちびをのばすし…」
「ｷｭ♪ｷｭ〜♪」
結局、たぬきの腕力や体重ではモチモチした肌を押しつけるだけなのでちびは気持ちよさそうな声を上げるだけだ。
「うまくいかないし…」
一方のたぬきはいつもの辛気臭いションボリ顔が更に深まって顎は梅干しっぽくなっている。

何らかの使命感がたぬきを動かしているようだった。
隔離されたというのは、群れを追い出されたという意味だろうか。
たぬきの世界でもいじめってあるんだなぁ。


「これじゃだめだし…」
思い通りにいかないたぬきはため息をつきながら、ちびをモチモチと撫でてやっている。
「ｷｭ、ｷｭｷｭｷｭ……♪」
ちびは親の心知らずな様子でくすぐったそうな声をあげるだけだ。
深刻そうなたぬきと、能天気なちびの対比は夕焼けも相まって妙な哀愁を漂わせている。
「このままじゃちびのばせないし…どうしようし…」


なんだかかわいそうだな───。
「よし、協力するよ」
暇だし、たぬきを伸ばすとどうなるのか知りたいし。
ちょっとした思いつきに従って、家に連れて行く事にした。
ちびを抱き上げたたぬきが、トボトボとついてくる。
置いていっていないか確認のために振り向くと、別なたぬきが車道の上にちびを寝かせているのが見えた。


　　❇︎      ❇︎      ❇︎


「おじゃましまし…」
玄関から上がる前に足拭き用にタオルを置いてやればきちんと拭けるしなかなか礼儀正しいたぬきじゃないか。
抱かれているちびはたぬきのほっぺたをモチモチと引っ張っている。
親の真似でもしているのかな？


たぬきからちびを受け取り、用意したアイロン台に仰向けで載せる。
ちびは何が起こるかもわからず口元のへの字はそのままに頬を赤らめて弱々しくジタバタしている。
遊んで欲しいのだろうか。
よっしゃ、願い叶えよう。


水を補充したスチームアイロンの電源を入れて少しの間、待つ。
たぬきも神妙な面持ちで佇んでいる。
やはり儀式めいたものを感じるな、と考えているとちびは放置されていると思ったのか不満そうな声を上げ始める。
「ｷｭ〜ｷﾞｭ…ｳ〜…」
「ちび…じっとしてるし…」
「じゃ、いくぞー」
緊張しているたぬきがちびのお腹を抑えてぽんぽんと軽く叩くとそれが最後の触れ合いとなる。
こいつはこれからちびに何が起こるかわかってるのかな？


「ｷﾞｭｱｱーーー！ｱｯｱｱｱーーー！」
アイロンの底面を押しつけられたちびはじゅううう！と音を立て悲鳴を上げ続ける。
あまりの悲鳴に、アイロン台を挟んで対面から覗き込んでいたたぬきがぴょんと飛び上がる。
大して浮いていない。
焦げ臭い匂いを放つちびたぬきはホカホカのスチームに蒸らされて暴れ狂うが、短くちょこんとはみ出た手足はやがて力を無くす。
しっかりと体重をかけ、端から端まで余す事なく押し潰していく。
グニグニとした手応えが少なくなると共に悲鳴も聞こえなくなり、アイロンをどかしてみると真っ赤になってペラペラに伸ばされたちびが出来上がった。
何これ。
血も出てないし、見事に平たくなっているのはたぬきの弾力性ゆえだろうか？
「できたし…？さわっていいし…？」
「まだ熱いと思うから少し待ったら」
「むむ…わかったし…」
眉間に皺を寄せるたぬきはちびに視線を注ぎ続けている。
たぬきの小難しい顔を見ていても仕方がないので、熱されたペラペラちびが冷めるまでの間を持たせるために質問を投げかけてみる事にした。

「ところで…自分の子をこんなにしていいのか？」
「え…このちび、べつにたぬきの子じゃないし…ひろったちびだし…」
「そうなんだ…そろそろいいと思うよ」
親子じゃなかったのか───じゃあますます何で伸ばすんだ。
自らの能力を誇示するためか？
だとしたら手を貸したのはまずかったのだろうか？
まあでも、あのままじゃたぬきは永遠にちびを伸ばせなかっただろうし───そしたらあのたぬきは孤独に生きるしかないのかな。


こちらの思案をよそに、元ちびを両手で持ち上げたたぬきは手に載せたまま揺らしてみたり端を持ち上げたり───その薄さを確かめては感動に震えていた。
「すごいし…みんなにみせてくるし…！」
ドアを開けてやり、興奮した様子でお礼を述べて去っていくたぬきを見送る。
このちびの成れの果てを手土産に、たぬきは群れに戻る事が出来るのだろうか。
いい事したなぁ。


　　❇︎       ❇︎       ❇︎


翌日、道路を歩いていると道端に茶色と緑の敷物みたいものが捨てられていた。
見覚えがあると思ったら昨日伸ばしてやったちびだった。
たぬき達にも特に使い道はなかったらしい。
木の根元に寄り掛かるようにして、呼吸をしていないアザだらけのたぬきが天を仰いでいた。


オワリ