
No.85「おすし」


うちのたぬきが近頃、人間の食べ物に興味を示し始めている。
テレビで食事系のバラエティが始まるとケージの中から手をついてじっと見つめている事が多くなった。
ブリーダーの元で厳しく躾けられ、ションボリ気質の強い個体なので露骨に口にする事はないが、そろそろ1歳になるし食育というのをやってみてもいいかもしれない。
スマホで手早く予約を済ませ、その日が来てからたぬきに声をかけた。

「なぁたぬき。お前も大きくなったしお祝いにおすし食べに行こうか」
「おすしですし…！？いいんですし…？」

という訳で、近所にある専門店にたぬきを連れて行く。
外出用の首輪を巻いたたぬきはソワソワしながらしっぽをピョコピョコと振っていた。


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たぬきを連れて入れる飲食店は少ない。
商業街ではなく、閑静な住宅内に構えているその専門店は料亭のような店構えだった。
完全予約制のため店内の客もまばらで、あまり意識しなくても良いようになっている。
たぬきは店内に漂う木の穏やかな香りに鼻をヒクヒクさせながら不思議そうに調度品を見渡していた。
陶器で出来たたぬきの像がションボリと佇んでいるのを見つけて、おそるおそるペタペタと触ったりしている。
許可なく店のものを触った事については咎めず、俺はたぬきのリードをくいっと引っ張る。
たぬきが緊張して居住まいを正すと、
「いらっしゃいませし…本日はご予約ありがとうございますし…では、ご案内いたしますし…」
黒い帽子に抹茶色の法被、黒いエプロンを腰に巻いた給仕たぬきが出てきて恭しく一礼をした事に驚きぴょんと跳ねる。

人間の店員さんが接客してくれるものと思っていたが、人間と同じように働いているたぬきがいた事もたぬきにとって衝撃だった。
「すごいですし…あの制服かわいいですし…」
しかし、一瞬こちらをじろりと見遣った給仕たぬきの目線が冷たいように感じられてたぬきは口をつぐんだ。
静かな店内では、ぼそりと呟いても声を出すのはあまりお行儀が良くなかったのかと反省したのだった。


「こちらどうぞし…」
給仕たぬきに案内されて硬い石造りの廊下の途中でたどり着いた先では“今日のちび”と書かれたプレートが備え付けられた大きな水槽が設置されていて、中ではちびたぬき達がわちゃわちゃと好き勝手に過ごしていた。
遊び道具はないのでちび同士でモチモチしあったり何らかのおしゃべりをしていたが、こちらが近づいてきた事に気がつくとｷｭｳ！ｷｭｳーー！と大合唱を始めた。
「元気なちびちゃん達ですし…でも、どうしておすし屋さんにちびちゃん達がいるんですし…？こんなにたくさん…」
口元に手をやり不思議そうな表情で水槽の中のちび達を覗き込んでいるたぬきに、促す声をかける。
「お前が選んでいいぞ」
「えっ…いいんですし？」

まさか、仔を持たせてもらえるなんて思わなかったたぬきは内心歓喜しながらも態度には出さないようにしジックリと眺めた。
どの仔もモチモチの肌をプルプルさせて、身体はふっくらしている。
栄養状態はかなり良さそうだった。
たぬき目にも、ちび達がきちんと飼育されている事が窺える。
抱っこしたり、モチモチしてあげたらさぞ良い手触りだろうとたぬきはウットリしてしまった。
懸命に手を振っているちびや、涎を垂らしてこっちをじっと見ているだけのちびなど、色んな仔がいる中でたぬきは慎重に観察した。
何せこれから一緒に暮らすちびなのだ。
自分との相性や、飼い主さんを困らせない事も考慮しなければならない。
「どのちびちゃんもかわいいし…」
「ｷｭｳｯ！ｷｭｳｳ〜ｯ！」
ついつい目移りしてしまうたぬきにアピールするように、ぴょんぴょんと跳ねているちびたぬきがいた。
たぬきから見ても、頭を上下させる程度だった。
しかし選ばれた仔が飼ってもらえるとなれば、それはもう必死なのだろうとたぬきは考えた。
自分はいつもションボリしてるから、ちょっとぐらい元気な方がおうちの中も明るくなるかもしれない───と、たぬきは考えた。
「このちびちゃんがよさそうですし…」
「確かに、活きがいいな」
特に反対される様子もなく、飼い主さんの了承を得られたのでたぬきはほっと胸を撫で下ろした。

「このちびでお願いします」
「かしこまりましたし…コースはご予約どおり全身でよろしいでしょうかし…？」
「はい。それで」
「それでは少々お待ちくださいまし…」
給仕たぬきがぺこりと頭を下げ、水槽の中から選ばれたちびを抱き上げる。
他のちび達は不満げにｷﾞｭーｷﾞｭー鳴いたり、選んでもらえなかったショックでｷｭﾋﾟｨｨﾝと本当に泣き出して短い手で顔を覆ったり、おともだちとのお別れのためにｷｭｯｷｭーと声を出して両手を振ったりしていた。

「ｷｭ…ｷｭｲ…？」
先程自分を選んでくれたのとは違うたぬきに抱き上げられたちびから戸惑う声が聞こえてくるが、給仕たぬきの背中に隠れて姿は見えない。

「あれ…ちびちゃん連れていっちゃうんですし…？」
対面を心待ちにしていたたぬきは心外そうな声を上げる。
挨拶のモチモチをしようと思っていたのに、抱っこすらさせてもらえなかった。
「キレイキレイするんですし…？」
水槽の中は清潔に保たれていたように見えたが、お風呂にでも入れてあげるのだろうかとたぬきは考えた。
飼い主さんは何も答えなかった。


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人間ならば普通に座れるベンチソファタイプのテーブル席だが、たぬきが座ると顔の上半分しか見えない。
再び案内された先では、幼児用のイスがたぬきのために用意されていた。
飼い主さんに座らせてもらい腰ベルトを巻いて固定され、たぬきは初めての外食に心躍らせていた。
さらに飼い主さんはたぬきの服が食事で汚れないよう、白い前掛けを首にかけてくれた。
たぬきは大きいのでそんな事はしないが、先程選んだちびぐらいの大きさならうどんダンスを踊り始めてしまいそうなぐらい嬉しかった。

「あのちびちゃんと、何して遊びましょうかし…」
高まる気持ちを抑えきれず、たぬきは思わず独りごちる。
食事を前にして考え事を始めるのはマナーが良くない気もしたが、
「注文してから少し時間がかかるから、我慢してくれよな」
と飼い主さんに言われたので無言で頷くと、しばしの間あのちびとの生活を夢想し浸っていった。


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選んだちびはボール遊びやうどんダンスが大好きな活発な仔だが甘えん坊で、眠る時は身体をベッタリ寄せてくるのだと勝手に妄想を膨らませ始めた頃。
白く小さなお皿を木製のお盆に載せて、給仕たぬきがやって来た。
テーブルに手が届かないので飼い主さんが受け取ると給仕たぬきはぺこりとおじぎをした後に運んできた物について述べる。

「こちら、頬肉になりますし…」
薄く削ぎ落とされた白い肉が、酢飯の上に載ったものがお皿に2つ並べられている。
給仕たぬきは次の皿を運ぶためにまた厨房へとトボトボ歩いて向かっていった。
絵本やテレビでしか見たことのなかったモノが、目の前にある。
脂の乗った身は照明の光を受けて、やけにキラキラと輝いて見えた。
生唾をごくんと飲み込んで、たぬきは飼い主さんの顔色を窺った。
食べて良いと言われるまで食べてはいけないとブリーダーに躾けられてきたからだ。

「お肉ですし…？」
「たぬき、全部食べていいぞ」
「飼い主さんは、食べないんですし…？」
「俺は、いいかな」
「では…いただきますし…」

たぬきは手を合わせて一礼して、ともすれば震えそうな手で白い身とごはんで出来た物体を手に取った。
お肉もお米も、触れるのは初めてだったからだ。
たぬきは飼い主さんが醤油を出してくれたので、手に取ったモノの白い身を下に向けて醤油皿につける。
つけすぎないように。
けれども、少なすぎないように留意する。
憧れてきただけあって、脳内での予習に従った実践は十分に発揮された。
たぬきはへの字をあんぐり開けて、がっつかないようゆっくりと手の中で逆さにしたそれを招き入れた。

口を閉じる。
舌に身がふれる。
トロッとした感触が口内に広がった。
噛み締めると、クニッとした芯のような部分がこちらの咀嚼を跳ね返してくるような肉の厚みを伝えてきてたぬきは驚いてしまった。
トロッとした部分はほんのり甘味を感じられるが芯のような部分は噛み砕いてほぐすと肉の旨味が主張してくるようだった。
初手に出てくるものとしてはインパクトが強く、お腹のたぬきを揺り起こす呼水としては十分すぎる程だった。
「美味いか？」
たぬきは無言でコクコクと頷く。
両手で口元を抑え込んでいるのは、感動のあまり声を上げて口内のものを飛ばしてしまわないようにするためだった。
これがおすし───思っていたのとは違う気もするけれど、とても美味しい。


「ウデになりますし…」
今度は酢飯の上に引き締まった塊肉が載っていた。
普段安物のカリカリのたぬフードしか食べた事のないたぬきにとってはこの上なくボリュウムのある噛み応えだった。
小皿に盛られた藻塩をチョンとつけて食べると、口内が反応して唾液がじゅわっと溢れ、歯で肉を突き破るなんとも言えない快感を経て溢れた肉汁が合わさり確かな満足感を与えてくれた。
2つあったので、2度も味わう事が出来てたぬきは大喜びで食べた。

「ハラミになりますし…こちら切り分けた後に少し炙っておりますし…」
香ばしい炭の匂いが鼻腔をくすぐり、程よい脂身と肉の味わいが口内を満たしてくれて、たぬきは思わずジタバタしそうになった。

「中落ちになりますし…」
こちらは脂っぽさは少ないが旨味が強く、しっかりとした肉質の赤身だった。
たぬきはぺろりと平らげ、口の周りもペロリと舐め回した。

「脚になりますし…」
こちらも２つあり、弾力のあるお肉が切り分けられ柚子の皮が載せられていた。
ポン酢でいただくと淡白なお肉にサッパリとした味わいが追加され、飽きさせない構成にたぬきは舌鼓を打つばかりだ。

「肝になりますし…こちら臭みを取ってパテ状に加工したものになりますし…」
酢飯の上の柔らかいその塊は歯で潰して舌で延ばすと口内にしばらく残るほどの濃厚さだった。
少しだけ載せられたワサビが臭みを消して、パテの脂っ気がワサビの辛味を幼児のような味覚でも耐えられるぐらいに抑える事で織りなす複雑な味わいにたぬきは感動してしまった。

「お吸い物になりますし…」
細かく紐状に切られた小さな白い身が入っていて、三つ葉や椎茸が浮かぶ小粋な逸品だった。
鼻腔をくすぐる出汁の香りに感激しつつ、たぬきはお椀を両手で傾けて火傷しない程度にあたたかい汁物を啜る。
「だしが違いますし…ありがたいですし…」
先程の濃厚な味わいを流してくれるようだった。

「シッポになりますし…」
グニッとした細長い何かが酢飯の上に載っている。
見た目はみすぼらしいが、一度口に入れればギュッと引き締まった筋繊維の塊は噛めば噛むほど味が出てくる気がする。
噛み砕いた酢飯はとっくに呑み込んでも、名残惜しそうに細長い身を咀嚼し続けてしまった。

「カブト焼きの脳ミソ載せになりますし…ミミ軟骨の焼きも一緒にお召し上がりくださいし…」
小さな、飼い主さんの親指の先ぐらいの本当に小さな物体に味噌が和えられて、白いお椀のような器ごとお盆に載せられている。
器の周りには茶色い何かがこびりついていた。
渡されたスプーンで何かの脳ミソを掬うと、プルンとした感触が伝わる。
口に運んでみると、なんだか不思議な味だ。
味噌のおかげで臭みはなく、ねっとりとした食感に仕上がっている。
塩気が効いていて、少ない量を食べきってしまうとなんだか物足りない気持ちになる。

「その頭蓋の周りの肉も食べられるらしいぞ」
とうがい？ってなんだろしと思いながらたぬきがスプーンでほぐすと器のまわりの薄い肉が削げ落ちる。
こちらも香ばしい匂いが立ち昇っており、細かく裂かれた肉は噛み締めると味わいを残しつつ口の中でとろけていった。
添えられていた2片の薄いお肉は、グニグニと硬い感触がアクセントを与えてくれた。


「こちら骨せんべいになりますし…」
楕円の竹ザルに半紙が敷かれ、その上にキツネ色に揚がった薄いせんべいが盛られたものを受け取ると、
「お。これ一枚くれよ」
何の興味も示していなかった飼い主が物珍しそうな声を上げる。
「どうぞですし…」
自分ばかり美味しい思いをしていたのが申し訳ないと感じていたので、たぬきはあっさり承諾した。

「ふぅん…こんな食べ方もあるんだな」
小麦粉をまぶして高温でパリッと揚げられた骨せんべいは塩胡椒で味付けされてとても食べやすかった。
たぬきの歯でもバリバリと砕く事が出来たので、軽い食感を楽しみながら胃に収める。
モチモチと柔らかいか、コリッとした肉感のあるものが続いていたので、先ほどの脳ミソと合わせて違った食感のものはいっそうの美味しさを引き立ててくれていた。

「本日のデザートになりますし…」
冷やされた何かの果物が真っ二つに切られ、ゆりかごのような形で飾られたものが出される。
透明な器に載せられていて、とろける果肉をスプーンで運ぶと甘さが口内を満たしてくれた。
何故だか懐かしい気分になる味だった。
初めて食べたはずなのに、どこか郷愁をそそられてしまう。
まるで、母なる胎内のような安心感があった。
たぬきは胎生ではないのに。

「これ、何の実でしょうかし…」
「さぁ…？」
首を傾げながらも、たぬきの手は止まらなかった。


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「美味かったか？」
「おいしかったですし…とっても…」
たぬきは口元を飼い主さんに拭いてもらいながらすっかり口元をVの字に変えてしまっていた。
咀嚼する以外にほとんど無駄口を動かす事なく、楽しい気分で胃の中に収めたのは、おさかなというより完全におにくだった。
満腹になってようやく、たぬきはこのコース料理の食べ物について強烈な興味を湧き上がらせていた。
ウデと脚とシッポがあって、脳ミソまで美味しい生き物なんて食べ物の図鑑で見た事がないからだ。
ひとつだけボンヤリと浮かんだが、例外としてすぐに頭の隅に追いやっていた。
「これ、なんのおにくなんですし？また食べたいですし…」
「オッケーオッケー。また今度な」
嗜めるようにたぬきを撫でて、飼い主は笑顔を見せる。
たぬきは心もお腹も満たされた気分になっていた。
この時までは。

テーブルに備え付けられていた注文用タブレットからオルゴール調の音楽が流れる。
たぬきがそちらを見遣ると、
「そろそろだな。たぬき、これ見ておけよ」
と飼い主さんに言われて疑問を挟む余裕はなく、たぬきは画面に視線を注ぐ。

タオルにくるまれ、すやすやと眠るちび達が並ぶ空間が映し出された。
ピコピコと揺れる耳がアップになり、カメラが引いていくと───たぬきには先程選んだあのちびだとわかった。
「あ…さっきのおちびちゃんですし…かぁわいいですし…」

映像の中のちびはたぬきが想像した通りボールを追いかけたり、両手を伸ばしてゆらゆら揺れてみたり、仲間たちとモチモチして遊んでいる。
うどんダンスを5匹の仲間と動きを合わせて踊る様は、真剣な表情そのものだ。
ごはんを食べる時は、両手を使って食べ進めるがそのうち興奮して皿ごとペロペロと舐め始めている。
遊び疲れたらウトウトして、しっぽを抱き寄せながら円になってたぬき玉を作って眠っていた。
再びズームになり、選んだちびの表情がアップになる。
「ｷｭｲ…ﾏﾏ…ﾏﾏ…」
薄暗い画面の中、寂しげな寝顔を照らされムニムニと口を動かしながら寝言をこぼす。
寂しがって涙を見せる一面もある所を目にしてたぬきは思わず笑みがこぼれる。
「これはもう、後でぎゅっとしてあげるの決定ですし…」


特に元気な仔であった事がありありと映し出されている間はただのホームビデオの様相を呈していたが、突如映像が切り替わると選ばれた瞬間から厨房に連れて来られるまでの不安げなちびが映っている。
「ｷﾞｭﾋﾞｨ…！？」
給仕たぬきからちびを受け取った白い割烹着姿のたぬきの手で銀色の台に無造作に置かれ、飼われるという期待感と選ばれた多幸感もろとも服を剥ぎ取られ、毛をむしられる所で映像は止まった。

「え…？え…？し…？」
いやな感覚が胸を打ち、たぬきは冷や汗を流していた。
背中がじっとりと濡れている。

たぬき料理の専門店だけあって、たぬきのためのサービスも行き届いていると飼い主さんは満足げだった。

「やっぱり活きのいいちびだったな。お前もあんなに美味しそうに食べてたし」
生前のちびの様子を記録した映像を流し、その命を味わった事を実感できるシステムがこの店のもう1つの持ち味だった。

もちろん下拵えまでは全てたぬきがやり、最後の調理のみ人間の手で行われる事になっている。
幸せの絶頂から、同族の成体にひどい目に遭わされるというドン底に突き落とされるこの落差がちびたぬきの身をションボリさせるのに最適なのだ。
たぬきの手では大まかにしか毛を引き抜けないためざっくりとした作業の後にコンベアに載せて脱毛マシンと毛焼きマシン、腸内洗浄マシンを次々と通過させる事になる。
錯乱したちびは毛や服を奪ったはずの成体たぬきに手を伸ばし助けを求めてしまう。
あまりに弱いその存在は、たとえ悪魔的所業に走っても同じ姿をした生き物に縋るしかない。

しかし、ちびの必死な訴えに対する下拵えたぬきの返事は無言で手を振ってコンベア上を流されていくのを見送るだけというもので、さらに絶望を深めていくだけという有様だ。
給仕たぬきも下拵えたぬきも全てペットショップから8割引きで卸された処分寸前の個体で、店内教育の時点で人間に逆らう気力はへし折られている。
だめになれば代わりはいるので、必死に自分を押し殺して働くのだそうだ。

これらの工程はお店のサイトで見る事ができるもので、敢えてたぬきに見せるかどうかは飼い主の趣味によって変わってくる。


活き締めにするシーンも選択制で見せる事が出来、今日は流さなかったが想像力豊かなたぬきはあの活発なちびが解体される様を脳内に描いた事だろう。
たぬきにとってはかわいいちびが実はさっき食べたお肉であった事を理解した途端───涙がじんわりと溢れ、喉元を込み上げてくるものがあった。

店内で迎え入れてくれた時、何も言わなかった給仕たぬきが向けてきた視線は憎悪を帯びていた。
おそらくは飼いである立場を利用し、飼い主に甘えてグルメ三昧の果てに同族喰いにまで堕ちたたぬきだと決めつけて軽蔑するような色があった───点と点が繋がって線となり、導き出された答えはたぬきにとって残酷なものだった。

たぬきがプルプルと震え始めたのを見て、飼い主さんがたぬきの首元にさっと手を伸ばす。
前掛けかと思われていた首元の白い物体は手前に引っ張ると拡張して折り畳まれていたフレームによって袋状へと変わる。

「ぶぇろろろろろ！うげぇっ！っげ！うぇろろろ…ぉおお！ぶぇぇ…！」
飼い主さんの咄嗟の反応が間に合って、たぬきは泣きながら食道を駆け上がってきた“ちびたぬきだったもの”を袋の中にぶち撒けた。


「あーあ、せっかく食べさせてやったのに戻しやがって」
咳き込んで、口の周りや頬に飛び散った胃の内容物で汚しながらたぬきが叫ぶ。

「うぇ…ェぐっ……ご…ごんなの、ぎい゛でまぜんじぃぃ！ぢびぢゃん゛っ…食べちゃっだじ…！？やだじ、やだじィィ！」

すっぱい唾液混じりの嗚咽を漏らしてジタバタするたぬきを、飼い主は冷めた目で見つめていた。
やっぱりベルトで固定しておいてよかった、ぐらいにしか思う事はない。


飼われているたぬきは産まれた直後のブリーダーの調教の完成度にもよるが、だんだん躾の効果が薄れてくると人間の食べ物を要求してきたりする。
“たぬきもそれ食べたいし…食べさせてし…”
と、家族として扱われる内にまるで自分も人間と同じ立場であるかのような傲慢さが顔を出し始めるというわけだ。
うどんを欲求してきた場合は、この店の品書きにホルモンうどんがあるので同じように食わせるのがこの辺りでの通例だった。
大抵のたぬきはこの店での経験を通じて思い上がる気持ちを失くす。
コイツも、2度とたぬフード以外を食べたくなる事もちびを育てたくなる事もなくなるだろう。

しかしこれでコース1,200円とはたぬきのコストが安すぎる。
人件費に比べれば、たぬ件費など微々たるものだろうし、餌代はともかくとしてもちびの仕入れ値はゼロみたいなものだから成り立つのか。
未来の食糧危機に虫食ならぬたぬ食───なんてのが現実味を帯びるのもわからなくはない。
俺は食べたくないけど。



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青ざめた顔のたぬきのリードをしっかり持ちながら、会計を済ませる。
キャッシュレス決済なら会計用のたぬきにバーコードを表示した画面を差し出せばいいので楽だ。
入口とは別になっている会計のカウンターの背面には、“ちびおすしですしセット”と書かれた持ち帰り商品が陳列されていた。
パッケージにはニッコリ顔のちびが印刷され、解体処理済みの文字が並んでいた。
加工前/真空パック入りと印刷された箱に切り欠いた窓から眠っているような表情のちびが見えているものもあった。
「これ、いる？」
わざとらしく聞いてみてもたぬきは俯いたまま、小刻みに震える中で小さく横に首を振るだけだった。
こんなにしおらしくなっちゃって、まぁ。


「また来ような、たぬき」
大きく首をブンブン振るたぬきは、来た時とは比べ物にならないションボリ顔だった。
「もう…たぬフードしか食べませんし…タヌゥ…タヌー…」
飼い主さんはたぬきの憔悴した様子を見て、いつも食べているたぬフードも売れ残ったり質の悪い食肉ちびを加工したものだと教えるのは、今日はやめておこうと店を後にしたのだった。

オワリ

