狩人たぬき



ある町外れの郊外の雑木林に一組のたぬきの家族が住んでいた。
成体である親たぬきとある程度成長し発話と二足歩行が可能となった子たぬき、そしてついこの前たぬ木の実から孵ったばかりのちびたぬきの三匹である。
親たぬきは成体になるまで生き残る運の良さはあったものの、程々に愚劣で考えの足りないたぬきらしいたぬきであった。

「ちび…お前は賢いし…なんでもすぐにできるようになって教え甲斐がないくらいだし…」
「そうかし…？」

子たぬきは親たぬきにとって複雑な感情を抱かざるを得ない相手であった。
勿論子供として愛してはいたが、極めて優秀なため一度教えたことは即座に学習してしまうのだ。
そして大抵の場合数日後にはその内容で親たぬきの実力を越えているのである。
うどんダンスを最初に教えた時、子たぬきはそれをキラキラした目で眺めていた。
親たぬきもこの時ばかりは子たぬきを可愛く思ったものである。
しかし数日後には親たぬき以上のキレのあるうどんダンスを披露してきたため、親たぬきとしては面目がなかった。
それでもこの子たぬきを育て続けていたのはある程度放っておいても勝手に育ってくれるからである。
成体へと成長した暁には子育て勲章を贈ってくれることはほぼ間違いない。
ならばこのままそばに置いておくのがいい、時期が来て勲章をくれるのならばそれでよいのだと半ば達観している。

「ｷｭｳ〜♪」
「よしよし…お前は本当にかわいいし…」

一方で生活のすべてを世話してやらなければならないちびたぬきについては猫可愛がりの様相であった。
子たぬきが優秀すぎて出来なかったちびを世話して可愛がる、というたぬきの本能を存分に満たしていたのである。

「ママ…さんぽに行ってくるし…」
「今ちびをもちもちしてるところだし…好きにしろし…」

親たぬきの対応は素っ気無いものだが子たぬきとしてはそれで良かった。
ある程度冷えてはいたが決裂はしていないこの親子関係は子たぬきとしても都合が良かったのだ。
過度に干渉してこないため、住処から出て彷徨いてもなにか言ってくることはない。

「これは…使いやすそうだし…」

子たぬきは生まれながらに世の中には狩る側と狩られる側にわかれているということを理解していた。
彼女がたぬ木の実から産まれた瞬間、すぐ横で誕生の時を迎えようとしていた姉妹とも言える他ぬきが木の実を突き破って外に出た瞬間に鳥に襲われたのだ。
産まれたばかりのちびたぬきに出来ることといえば、親を呼ぶために甲高い鳴き声を上げることぐらいである。
当然呼び声に応えるたぬきは現れず、ちびたぬきは突き回され貪られ木の実ごと捕食されてしまったのだ。
顔面蒼白になりながら親たぬきを呼ぶ声を上げたい本能に抗い木の実の中に隠れていた子たぬきはその頃から生き残る才覚の片鱗を備えていたと言えるだろう。

「これも…いい感じだし…」

だから彼女は自らの手で戦い生き残る手段を得ることに拘った。
身体もある程度大きくなり、自分の足で歩くこともできるようになった今それを躊躇う理由は何もない。
武器を作るのだ。

「これなら…あんまり近づかなくてもいいし…」

子たぬきが優れた頭脳で導き出した答えは“槍“であった。
脆いたぬきの身体では肉弾戦はあまりにも不利である。
槍ならばそこまで近づかずとも相手を突いて攻撃することができる。
その理論は実際に正しい。
人類の武器史においても飛び道具を除けば槍は銃の登場まで戦場を支え続けた優れた武器なのである。

「完成だし…」

枝と石で作られた槍は子たぬきにとって会心の出来であった。
これまで散歩と称して外に出歩いていたのもこの素材を集めるためである。
これがあれば自衛のみならず虫程度ならば狩って食料にすることすら可能だろう。
素晴らしい未来への展望を抱えながら、子たぬきは上機嫌で帰路に付く。
気づけば日は暮れていた。
暗くなるまで出歩いていれば親たぬきに少しは怒られるかもしれない。
槍に夢中でそのことに考えを巡らせていなかった子たぬきは足早に住処へと向かって歩く。
だが、それよりも早く道の向こうからちびたぬきを抱えてこちらへ走ってくる親たぬきを見つけたのである。

「ど、どうしたし！？」
「どうしたもこうしたもないし！もどきが出たんだし！」

息を切らせてそう告げる親たぬきに子たぬきの背筋は凍った。
たぬきもどき。
たぬきの間では同族喰らいの禁忌を侵した最悪の悪たぬきが堕ちる姿であるとされる。
その気質は凶悪かつ残忍、かつての同族であるはずのたぬきを積極的に捕食し、なかでもちびたぬきを最高のごちそうと定めて執拗に狙ってくるたぬきの天敵である。
話に聞いてはいたが、実際に襲撃されるとなると恐怖で心臓が縮み上がる程であった。

「家はもうだめだし！お前も早く逃げるし！」

子たぬきがいる返事をする前に、ガサガサと雑木林の草むらを掻き分けてたぬきもどきはその姿を表した。
元がたぬきとは到底思えないほどに歪み、獣のそれに近づいた体躯と獣臭い匂いは子たぬきを戦慄させる。

「お、追いつかれたし…」
「ｷｭｳ!?」

恐ろしさにちびたぬきも震えていた。
子たぬきはその姿を見て、そして苦労の末に作り出した槍を見て心を決めたのである。

「ママ！怯んじゃダメだし！たぬき達で妹を護るんだし！」
「えっ？し…」

槍を構え、勇ましく鼓舞するその姿に親たぬきは困惑した声を上げた。
同時に唸り声を上げて今にも襲い掛からんとするもどきと自身とその腕の中で不安そうに震えるちびたぬきを交互に見る。
結論は一つだった。

「ちび！ここはお前に任せるし！ママと妹のために頑張ってくれし！」
「な、なにいってるし！」

親たぬきは“切る“選択をした。
この可愛げのないちびは育て甲斐がない代わりに多少は強い。
もどきを前にして怯えずに前に出た。
ならば自分自身とかわいいちびの命を優先すべきだろう。
たぬきがたぬきもどきに勝てるはずがないのだから。
少なくとも親たぬきの脳内ではそういう結論が出されたのだ。

「ｷｭｰ!?」
「ほらちび！来るし！」

姉を残して逃げようとする親たぬきに困惑の声を上げるちびたぬきを、親たぬきは強引に抱え上げて一目散に逃げ出した。
所詮はたぬきの全力疾走である上に子供も抱えているため幼児が歩く程度のスピードではあるがとにかく危機から脱しようと行動したのである。

「ヴッフ…」
「来るなら来るし…覚悟はできてるし…！」

一方で薄情な親たぬきに早々に見切りをつけた子たぬきは、拾ってきたいい感じの枝の先にコンクリートに擦りつけて尖らせた石ころを取り付けた即席の粗末な槍を構えてたぬきもどきと対峙していた。
親たぬきが加勢してくれれば万に一つ程度の勝ち目はあっただろうが逃げ出してしまったものは仕方がない。

「ヴッフフ…ﾀﾇｰ…ﾀﾇｰ…♪」

対するたぬきもどきは完全に子たぬきを侮っていた。
いくら武器を持ったとしてもたぬきの、それも成体ですらない子たぬきの筋力ではたぬきもどきの分厚い毛皮を刺し貫いてダメージを与えることはできない。
敢えて距離を保ち様子見するようにしながらも無知なちびたぬきをおびき寄せるための鳴きマネをして挑発していた。

「しぃっ…」

子たぬきは完全な集中の中にいた。
たぬきもどきの一挙手一投足から目を逸らさず、その姿を常に正面に捉えながらその時が来るのを待っていたのである。
そして、逃げ出した親たぬきとちびたぬきを見失ってはつまらないと判断したたぬきもどきは一息に子たぬきを葬るべく勢いよく飛びかかって来たのである。

「たぬっ！」
「ヴフゥッ！？」

それこそが子たぬきの狙いであった。
非力な自分の力ではたぬきもどきに致命傷を入れることはできない。
ならばどうするか、答えは一つ。
相手の力を逆用するのみである。
飛びかかってきたたぬきもどきは槍の矛先が自身の右目にピタリと合わされていたことに気付いていなかったのだ。
子たぬきのやったことはもどきの動きに合わせて槍の矛先を調整してあとは勢いに負けないよう、槍の尻を地面に踏ん張らせただけである。
結果として、たぬきもどきは自分で槍に突き刺されに行った形となった。

「ブジィッ！ダヌッ！ﾌﾞｼﾞｼﾞｼﾞｼﾞｼﾞ…」

眼窩を貫いた槍はそのまま頭蓋骨を砕きながら脳へと到達した。
たぬきもどきの食欲と嗜虐心に満たされたちっぽけな脳は、よりちっぽけな力しか持たないはずの子たぬきが知恵を絞って作り出した武器により完全に破壊されたのである。

「や、やったし…」

槍に頭部を串刺しにされ、末期の奇妙な鳴き声を上げて痙攣するたぬきもどきの身体を退けて子たぬきはその姿を眺めた。
あれほど強大で恐ろしかったたぬきもどきが、今は目の前で死に向かって急落下している。
心臓は早鐘のように脈打ち背中は冷や汗でぐっしょりと湿りながらも、子たぬきの心は晴れやかであった。
自分はもう狩られる側ではない。
狩る側を倒し、同じく狩る側となった。
その事実は何よりも子たぬきに誇りと自信を与えたのである。

「あっ、妹…大丈夫なのかし…」

しかし直ぐに年の離れた妹のことが心配となった。
薄情な親たぬきであったが、少なくとも逃げてはいたのだから今頃は安全な場所にいるはずである。
もうこれからは親たぬきの世話になるつもりは一切なかったが、少なくとも別れの挨拶くらいはしておかねばいけないだろうと律儀にも考えた子たぬきは痙攣を続けるたぬきもどきの頭に刺さった槍を引き抜いて親たぬきが逃げていった方向へと歩いていった。
そしてそこで信じられない光景を目の当たりにしたのである。

「やだし！やだしぃ！」
「ﾀﾞﾇ…ﾌﾞｷﾞｭ…」
「あっ…そんな…し…」

黒い鳥、烏の群れが親たぬきとちびたぬきを囲んでいた。
既にちびたぬきはその嘴で突き回されたのか全身に赤い血が噴き出す穴が穿たれ、力なく地面に転がってピクリとも動かない。
親たぬきはダメになったちびを捨てて自分だけでも逃げようとしていたが、烏は機敏にその前に回り込んでは威嚇のためにカァと鳴いて逃げ道を塞いでいた。
親たぬきはそのたびにひっくり返ってはじたばたを繰り返して無様を晒している。
高い知能を持つ烏にはそれが面白いらしく延々とその工程を繰り返しては遊んでいた。

「やだし…たぬき死にたくないし…ちびならあげるし…だからたぬきのことは放っておいてし…」

最早逃げることすら諦めた親たぬきは道を塞ぐ烏の前に跪き、もちもちと手を合わせて拝み倒すように既に瀕死のちびの命と引き換えに自身の助命を懇願する。
しかしじたばたをやめて反応が悪くなったのを見て烏達はたぬきで遊ぶことに飽きた。
一匹の烏がペコペコと頭を下げて命乞いを続ける親たぬきの背後に近づくと、その首筋を鋭い嘴で二度三度と突き刺したのである。

「ｱｷﾞｬｯ!?ダヌウッ！？」

主要神経の集中する延髄を断ち切るにはそれで十分だった。
あれだけ喧しく騒ぎ立てていた親たぬきはそれだけでカクンと頭を下げて物言わぬ肉袋となったのである。
正確にはまだ心臓は動いており、脳も機能していたがそれらが役割を果たすために必要な信号を伝達するための神経が断裂したのである。
活け締めにも似た行動を行った烏はぐったりとして動かない親たぬきの身体に更に嘴での攻撃を行う。
抵抗しなくなったとはいえ、成体のたぬき丸々一匹は烏一羽が運んでいくには大きすぎる。
群れの仲間と分配する意味も兼ねて解体を始めたのだ。
手足、内臓、頭と次々にバラされていく親たぬき。
残されたちびたぬきは別の一羽がそのまま脚で掴んで空高く飛んでいってしまった。

「強くならないと…たぬきもああなるし…」

一部始終を物陰に隠れて目撃した子たぬきは未だもどきの血に濡れて赤く染まった槍をきつく握り締めて力への渇望を燻ぶらせた。
死にたくない。
そのためには強くならなければならない。
極めてシンプルな理念が子たぬきの内に根付いた瞬間であった。

「たぬきは狩られないし…強くなって…たぬきが狩る側になるんだし…今に見ているし…」

この瞬間から子たぬきは自らを狩る側のたぬき、“狩人たぬき“であると自認した。
力さえあれば妹は死なずに済んだ。
親は愚かであったからどの道死んだだろうが、あの場ですぐにたぬきもどきを倒しておけば妹は助かったのだ。
しかしそうはならなかった。
その悔恨の念が子たぬき改め狩人たぬきを突き動かす原動力となっていったのである。




＊




家族との死別以来ずっと一匹で生きてきた狩人たぬきに、ある日新しい家族が出来た。

「ｷｭ…ｷｭｳ…」
「なんだしお前…一人なのかし…」

その日の狩りを終え、獲物を担いで帰ってきた狩人たぬきは住処の前にポツンと一匹のちびたぬきが息を荒げて這っているのを見つけた。
運良くこの近くで誕生したちびたぬきであったが、狩人たぬきが狩りに出ていた際の誕生であったため親として保護してくれる他ぬきを呼び寄せる甲高い鳴き声を聞くものがいなかったのだ。
鳴き疲れたちびたぬきは保護してもらう事を諦め、未発達な鼻でなんとか同族の匂いを嗅いでこの住処へと必死で這ってきたのである。
それは生後間もないちびたぬきには命懸けの行軍であった。
そして、そのことは狩人たぬきにも伝わったのである。

「見どころのあるちびだし…」
「ｷｭ…」

息も絶え絶えといった様子のちびたぬきを観察していた狩人たぬきはその瞳に燃える確かな生への執着を見て取ると、ちびたぬきを抱き上げてその頬に親愛のもちもちを施した。

「ｷｭｳ~♪」
「よしよし…これからたぬきがお前のママになってやるし…たぬきとして生きていくための全てを教えてやるし…」

産まれて初めてのもちもちを与えられ、その暖かさと柔らかさですっかり安心しきって鳴き声を上げるちびたぬきを住処に連れ込みながら、狩人たぬきの脳裏には自身の親たぬきのことが過ぎっていた。

（たぬきはアイツみたいにはならないし…このちびを立派なたぬきに育ててみせるし…）
「ﾀﾆｭ…ｷｭｳ…ｼｭﾋﾟ…」

ここまでやってくるための疲労と保護してくれるたぬきに見つけてもらった安堵からか、安らかな寝息を立てるちびたぬきを抱き締め狩人たぬきはこれからの生活についての展望を立てていった。
住処を新しく見つけなければならない。
自分だけならば不足はないが動きたい盛りのちびたぬきを抱えて敵や人間から隠れ住むにはこの住処は小さすぎる。
食糧問題も解決しなければならない。
これまではリスクの少ないネズミの赤ん坊や虫などを狙っていたが、親子二匹で安定して食っていくためにはより大きなリスクを犯してでもリターンの大きな相手を狩る必要がある。
教育の問題もそうだ。
ちびたぬきがたぬきとして生き抜くための知恵を適切に教えてやることはできるだろう？
疑問や不安は尽きぬものの、狩人たぬきは親としての第一歩を歩み始めた自身を歓迎しつつあった。
たぬきの本能の故である。




＊



それからというものちびたぬきの成長は順調であった。
産まれた時から根性を見せていたちびたぬきは狩人たぬきのこれまでのたぬ生によって培った知識や経験をスポンジのように吸収していったのである。
それは自身のちびたぬきであった頃にダブって写った。

「流石はたぬきの娘だし…お前はきっとたぬきの跡を継ぐ良いたぬきになるし…」
「えへへ…し…あんまり褒めないでし…」

親となった狩人たぬき自身が優れたたぬきであったため、彼女の親にあったような劣等感などは皆無であった。
むしろ教えればすぐにできるようになるちびたぬきに喜んで自身の経験の全てを伝授していったのである。

「これがうどんダンスだし…たぬきの誇りがこのダンスに詰まってるし…」
「たぬきも頑張るし…きっつっねっ…たっぬっきっ…」

親子のダンスはこれまた見事なもので、並のたぬきが生涯をうどんダンスに捧げてようやく到達できるか出来ないかの領域に容易く踏み込んでいた。

「でもたぬき達はダンサーじゃなくて狩人だし…ちびも狩人たぬきのちびとして必要なことを学ぶ時が来たし…」
「知りたいし…たぬき頑張って覚えるし…」

狩人たぬきは武器を扱わなければならない。
まだちびたぬきの成長具合は子たぬきから成体への半ばといったところであったが、そろそろ庇護される側から卒業して狩る側になる自覚を持つ必要があった。

「ちびにこれをやるし…」
「枝だし…」

狩りの最中に見つけたいい感じの枝を娘に授ける狩人たぬき。
自身の経験をなぞらせるのが一番良い教育になると彼女は確信していた。

「この枝は玩具じゃないし…お前の生涯を共にする大事な相棒になるし…まずは振り方の練習からだし…」
「わ、分かったし…枝さんとは長い付き合いになりそうだし…」

たぬきの筋力で枝を自在に操り武器として扱うにはうどんダンス以上の修練が必要となる。
努力を惜しむべきではなく、それを怠ればたぬきは容易く狩られる側に堕ちるということを狩人たぬきは自覚していた。

「ふんしっ！ふっし！」
「その調子だし…」

一心不乱に枝を振るちびたぬきを見て、狩人たぬきはそろそろ狩りの練習をさせても良い頃であると考えた。
虫か子ねずみか…狩りやすい獲物を半殺しにして持ち帰れば良い教材になる。
そう考えたのである。

「それじゃあたぬきは狩りに行ってくるし…今日は大物を期待してるといいし…」
「行ってらっしゃいし…！ふんしっ！」

ちびたぬきは枝を振るいながらいろいろなことを考えた。
親である狩人たぬきの背中はいつも大きく頼もしいものだ。
自分もいつかはああなりたい、ちびが出来たらお前のおばあちゃんは本当に偉大なたぬきであると伝えたい、そのような思いで一振り二振りと枝を振り下ろす。
気合いの入った修練はしかし突然の闖入者によって中断されることとなった。

「にぁあ」
「えっ…な、なんだし…？」

一匹の猫が気合いの入った叫びとともに枝を振り下ろすたぬきの声を聞きつけて住処にやってきたのである。
入り口は他の動物からの目を避けるために蔦で編んだシートで隠してあったが声が漏れていてはそれも意味をなさない。

「ふなーご」
「し…しぃ…」

一時、ちびたぬきと猫は互いを見つめ合った。
猫の切れ長の瞳孔にちびたぬきの姿がどう映っていたのか、それは分からない。
だがちびたぬきは本能でこの目の前の生き物が“狩る側“であることを察知した。
同時に猫もこの目の前の珍妙な生物が“獲物“であることを理解したのである。
ちびたぬきは確かに優秀な素質を持ち優れた親たぬきに指導された良いたぬきであった。
だからこそ躊躇わなかったのである。

「やるし…」

親から貰ったばかりのいい感じの枝を振り上げ、臨戦態勢に入るちびたぬき。
猫もその動作に敵意を見て取ったか肉球に収納されていた爪を出して戦闘態勢に入った。

「ふにゃぁぁぁ！」
「たぬー！」

そして互いに狩る側に身を置く者達は激突したのである。





＊





「ちび…今帰ったし…今日はこれから…」

お前に狩りのやり方を教えるし‥
そう言おうとした狩人たぬきの足は住処の前でピタリと止まった。
帰ってくるまで決して開けることのないようにと厳重に言い聞かせていた住処を隠すための蔦で編んだカモフラージュシートが剥がされて転がっていたのだ。
外にでたちびたぬきが閉めるのを忘れていたのならばシートそのものが剥がれていることはない。
何らかの襲撃があったことは明白だった。
その事実は狩人たぬきの心に冷たい風を吹かせ、早鐘のように脈打つ心臓を抱えて半殺しにしたネズミを放り捨てて槍を構えながら狩人たぬきは住処へと飛び込む。

「ちびっ！」
「マ…マ…？たぬ…き…ここ…だ…し…」

住処の中に濃密に漂う死の匂い。
狩りの成功と常に共にあった、歓喜を催す筈の鮮血の香りはしかし今はクラクラと狩人たぬきの頭を揺さぶっていた。

「ちび…！あぁ…ちび…どうして…どうしてこんな…やだし…」
「ママ…たぬき…がんばったし…がんばって…おうちをまもったし…」

住処の真ん中に、ちびたぬきはいた。
正確にはその半分、上半身がそこには遺されていた。
猫の襲撃にちびたぬきが枝一本で立ち向かえるはずもない。
ちびたぬき渾身の一撃は猫を多少は驚かせたものの、毛皮を貫きダメージを与えることは出来ないと悟ると猫は遊び始めたのである。
所謂猫パンチと呼ばれる腕だけを使った軽い打撃で、ちびたぬきは散々に打ちのめされた。
もちもちの肌により打撃に対しては絶対的な耐性を誇るたぬきであるが、肉球から突き出た爪はその柔らかで脂肪分の多い肌をズタズタに引き裂いたのである。
悲鳴を上げ、じたばたしながら転がるちびたぬきにネズミに対する狩猟本能のようなものをくすぐられた猫はそのまま甚振るようにちびたぬきを少しずつ削っていった。
叩くごとに反応良く悲鳴を上げ、じたばたと動き回るものであるから極上のオモチャを手に入れた猫はそのまま行為をエスカレートさせていったのだ。
やがて叩けば叩くだけ泣き叫び動き回るオモチャにも飽きたのか、その下半身を食いちぎって持ち帰ったのである。
生命と尊厳を蹂躙されたちびたぬきは、しかしたぬきの無駄な生命力で死ぬことも許されずただ親である狩人たぬきが帰ってくるのを間近に迫りつつある死に怯えながら待つしかなかった。

「ママに…おしえてもらったおかげで…たたかえた…し…」
「もう喋るなし…すぐに手当をして…」

もう絶対に助からないということは狩人たぬきもちびたぬきも同じく理解していることであった。
しかしそれでも親として狩人たぬきはちびたぬきの一秒でも長い延命を望み、逆にちびたぬきは残された命を満足の行く使い方をすると決めていたのである。

「たぬき…しあわせだっ…し…ママ…だいす…き…し…」
「何言ってるし！手当をすれば…助かるし…！元気になったらまた…また…」

そこから先の言葉は嗚咽で全て塗り潰されていた。
下半身を千切られ、既に生命維持がマトモに出来なくなっていたちびたぬきのか細い命を支えていたのは致命傷を負っても脳か心臓が破壊されていなければ即死には至らないたぬきの無駄な生命力と、最期の言葉を遺そうとする意志だったのだ。
体内の血液が傷口からほとんど流れ出てしまい、狩人たぬきの姿を見て安堵したちびたぬきはそのまま、痛みからくる苦悶の表情と最期の言葉を残せた安堵の表情がないまぜになった奇妙な顔のまま動かなくなった。

「じぃぃぃぃ…ゔっ…や…じぃ…」

涙と鼻水で顔面をぐちゃぐちゃにしながら狩人たぬきは物言わぬ半身となったちびたぬきを抱き上げて慟哭する。
恥も外面も警戒心もなく泣いていた。
泣いて泣いて…三時間ほど経って涙も枯れ果てた頃に狩人たぬきは娘の亡骸をゆっくりと地面に横たえた。

「行ってくるし…」

相棒である槍をもちもちの手が白くなるほどきつく握りしめ、狩人たぬきはいつものように出発の挨拶をする。
当然、それに応える声はもうない。
住処を出た狩人たぬきはあれから逃げようとして途中で力尽きたらしいネズミの死骸を貪り肉を食らって腹を満たし、その黒ずんだ血で自らのもちもちの頬に攻撃的なペイントを施した。
目的を果たすまで決して退くことのない不退転の決意である。
下手人である猫の追跡は簡単であった。
引きちぎられたちびたぬきの下半身から漏れ出た大量の血が地面に残されていたからである。

「見つけたし…ちびの仇だし…！」

住処から少し離れた木立に猫はいた。
食いちぎられたちびたぬきの下半身は既に完食されていたのか影も形も見えないが、その口を赤く彩る鮮血が何よりの証拠であった。

「ふなぁご…」

猫は突然の闖入者に背中の毛を逆立たせて威嚇を行うが、狩人たぬきはそんなことは意にも介さず一直線に突撃したのである。

「たぬーっ！」

裂帛の気合を込めた叫びとともに槍を繰り出す。
狙うは両前脚、武器を持ったとはいえたぬきが成体の猫を仕留めることは困難を極める。
体格、運動能力、持久力といったすべての能力でたぬきは猫に負けている。
故にその運動能力を奪うため初撃で足を狙うことは必須と言っても良かった。

「ふにゃぁぁぁ！」

前脚に鋭い痛みを感じた猫は即座に飛退いて狩人たぬきとの距離を開ける。
そして確信した。
このたぬきは先程オモチャにしたたぬきよりも遥かに強く、そして恐らくは逃げても追いかけてくるだろう。

「シャー！」
「だっしぃぃぃ！」

威嚇による撃退から自身の手で排除する必要があると判断した猫は、爪を出して戦闘態勢に入りたぬきと対峙する。
飛びかかって抑えこめば勝敗は一瞬で決するであろうが、狩人たぬきが構えている槍の存在がその判断を下させなかった。
猫の前脚の傷は浅いものの痛みはじくじくと苛んできている。
迂闊に飛びかかって反撃を喰らえばタダでは済まないだろう。
死角を突くか、あるいは持っている手を攻撃して手放させるか、獣と狩人の読み合いはある程度の距離を開けて円を描くようにゆっくりと歩いて出方を伺う段階に入った。

「ゴロロロ…」
「しぃっ…」

狩人たぬきは思案を巡らせつつ油断なく猫を睨め付けて牽制を行う。
現段階では初撃で手傷を追わせた狩人たぬきが有利に見えるが、傷が浅く動きを劇的に鈍化させることは出来なかった。
そして不意打ちはもう効かないだろう。
形勢を楽観視はできない。
一方で猫もたぬきを油断ならない敵と認め、逃げるか戦うかの判断に迫られていた。

「くらえし！」
「…！」

膠着状態を破ったのは狩人たぬきであった。
様子見をやめ、先程軽傷を負わせた脚を狙い今度こそ動きを封じるため深く突刺そうと突進する。
猫はそれを回避しようとするりと身を躱すが、狩人たぬきはそれを察して突き刺しから振り回しへと攻撃をシフトさせた。
鋭い刺突から殴打に変わった一撃は猫の傷口を強かに叩き、無視できない苦痛を与える。

「ふしゃぁぁぁ！」
「あっ！待つし！」

不利を悟り、退却を選択して身を翻した猫に対して狩人たぬきは刺し違えてでも倒すという決意のもとに猛突撃を敢行したのである。

「これで終わりだしぃぃぃ！」

彼女のこの狩りが復讐に立脚したものでなければ、この選択は取らなかっただろう。
頭の中には復讐を切望する親の心と、狩りの対象として冷静に猫を敵手として分析する狩人の心があり、この時ばかりは親としてのたぬきの側面が大きく出ていたのである。
そして、狩人としてのたぬきがこんなにあっさり引き下がるはずはないと抱いた疑問は即座に答えが出されることとなった。

「あ…がっ…」

危険を感じ取り回避行動を実行に移そうとした瞬間、全ては終わっていた。
木立を抜け走って逃げる猫を追って茂みを飛び出した狩人たぬきは、道路を高速で走り抜けた自動車と接触、もちもちの身体を弾き飛ばし道路脇の路側帯へと叩きつけたのだ。

「ぐじぃっ…だ…ぬ…」

衝突の衝撃は狩人たぬきの全身を駆け巡り、その内臓を強かに揺さぶった。
骨については車体と接触した左腕のそれは完全に粉砕されており、必死に動かそうとする彼女の意思に対して帰ってくる反応は激痛のみである。
それでも右腕に槍を握り締め決して離さなかったのは彼女の生来の気質が故であろう。
頭部からの出血が目に入り視界が赤く染まる中、狩人たぬきはそれ以上の泣き言も悲鳴もあげず無事な足と尻尾、そして槍を杖のようにして立ち上がろうとした。

(動け…し…仇を…ちびの仇を…！)

報復の叫びを脳内で上げながら狩人たぬきは見失った猫をギョロギョロと目を動かして探す。
果たして憎き仇は道路の反対側にいた。
先程までのうなじの毛を逆立てた警戒状態は解除しており、遠目に狩人たぬきの様子を伺っている。

(ハメられたし…これがあの猫の”狩り”なんだし…！)

敏い狩人たぬきは車との接触が偶然ではないことを理解していた。
茂みから飛び出し道路に飛び出す前に一瞬狩人たぬきの方を振り返り、様子を伺うような動作を見せたのは恐ろしかったからではなく、厄介な獲物を確実に仕留めるための車という武器が近づいてきているかを確認するためだったのだ。

(せめて…せめて手傷だけでもし…！たぬきを無礼るな…！)

大量の血と生命を傷口から垂れ流しながら、それでも狩人たぬきは前へと進んだ。
幸い後続車両は無く追撃により今度こそ轢殺されるということはない。
一方の猫は先程の機敏なものとは打って変わってのたのたとした動きで近づいてくる狩人たぬきを目を細めながら見やると、不意に興味を失ったかのように踵を返して路地へ消えていった。
もう脅威ではないと判断したようであった。

「待つし…決着は…まだついてないし…！」

槍を杖のようにしながら、狩人たぬきは逃げ去る猫の背中に必死の叫びを投げかけた。
しかし、既にその姿は視界の内には無い。
狩人たぬきは最期に残されたちびの仇討ちという使命を果たすため、残りの命すべてを掛けて望み薄な追跡を続けた。

「逃さないし…たぬきは…」

自身の血の匂いで鈍る嗅覚に全神経を集中し、狩人たぬきは歩みを進める。
少し前に比べ流れた血によって体重は随分と軽くなった。
視界はぼやけ、一歩一歩進むごとにもちもちの足は鉛にでも変換されたかのように重くなっていく。
それでも歩みを止めない彼女の脳裏にはちびとの輝かしい日々の記憶が渦を巻いていた。

(ママ…こっちだし…)
「ちび…？お前なのかし…？」

歪んだ視界に映る路地の片隅に、今はもういないはずの娘の姿と声が聞こえた気がした。
完調の彼女ならば決して耳を傾けることはなかっただろう。
だが死を前にし出血過多による精神の平衡の失調は多くの危機を乗り越えたはずの狩人たぬきの正常な判断能力を奪い去っていたのである。

「ちび…たぬきを導いてくれし…お前の仇…必ず…し…」

ふらふらと覚束ない足取りで狩人たぬきは死んだ娘の幻影を追った。
そして見つけたのだ。
路地の奥側、建物の影になった入り口からは見え辛い場所に憎き仇の姿を。

「見つけたし…！ちび…たぬきを見守ってくれし…」

猫はそこにいた。
それも一匹だけではない。
産まれて数週間程度であろう仔猫が三匹、その後ろに隠れるようにしている。

「シャー…！」

住処への敵の侵入を察した猫は再び毛を逆立てて威嚇の鳴き声を上げた。
しかし、最早失うもののない狩人たぬきにとっては些末なことである。

「覚悟するし…」

よたよたと歩きながらも、槍の矛先だけはしっかりと猫を狙っているのは流石と言えた。
だが子を守る母は何よりも凶暴になるものである。

「フシャッ！」

猫は先手を打って狩人たぬきの潰れた左腕に鋭い爪を剥き出しにした殴打を放った。

「だぬうっ！」

しかしそれは狩人たぬきの狙い通りの行動でもあった。
重傷を負い動きの鈍くなった今、動き回る猫に能動的に攻撃を仕掛けても失敗する可能性が高い。
ならば向こうからの攻撃を誘い攻撃可能な距離まで近づかせるのた。

「ま…まだだし…たぬきは負けて…ないしぃっ…！」

ふらつく頭と歪む視界を必死に抑えながら狩人たぬきは立ち上がる。
既に治療が施されたとしても助かりようのない重体であるが、たぬき特有の生存につながらない無駄な生命力がその肉体をしぶとく生かし続けている。
だが、狩人たぬきが次に見たのは自身を取り囲むようにする仔猫の姿だった。
そのどれもが、切れ長の瞳孔に瀕死の狩人たぬきを捉えている。
何をしようとしているか、一目で分かった。
自分自身がちびたぬきにしてやろうとしていたことだったからだ。

（こいつら…たぬきで“練習”するつもりだし…猫が…猫ちびを…育てようとしてるんだし…）

程よく傷を与えて無力化した獲物を生きたまま子供の前に引き出し、反撃の心配なく狩りの練習をする。
狩人たぬきがちびたぬきにしてやるつもりで、結局は果たせなかった教育が自身を教材として行われようとしている。
その事実は狩人たぬきの復讐の火に油を注ぐには十分だった。

（許さないし…お前たちがやってることは本当はたぬきとちびのものだったんだし…！）

少しずつ後ずさりながら、しかしそのための力ももはや残されていないことを悟り狩人たぬきは覚悟を決めた。

(一匹でも…道連れにしてやるし…お前を…たぬきと同じ“ちびなし”にしてやるし…思い知るし…たぬきの怒り…ちびの無念…！)

槍の尻を地面につけ、斜めに構えて矛先は仔猫の顔の位置に固定する。
ろくにうごけない狩人たぬきにとっての唯一の攻撃手段は、相手が自分から槍に突っ込んでくるように誘導することだけである。

「ふなぁ…」

三匹の仔猫のうち一匹がそろりそろりと待ち構える狩人たぬきに寄ってくる。

(まだだし…！)

狩人たぬきは確実な死を前に冷静にその距離を図っていた。

「だぬうっ！」

猫パンチが狩人たぬきの左顔面を抉った。
肉球から飛び出た爪は娘と自慢し合ったもちもちの頬に三本の深く鋭い傷を作り、抉られた頬肉の脂肪が地面に飛び散る。
傷の深さに反して出血が少ないのは既に体内を循環する血液が枯渇寸前であることにほかならない。
だが、これこそが狩人たぬきの待っていた瞬間でもあった。

「死ねしぃぃぃぃぃ！」

確実な急所、顔面に向けて最期の力で槍を繰り出す。
狙うは目、眼窩を貫き脳に達すればもどきですら死ぬ必殺の急所である。

「ん“に“ゃぁぁぁ！」

鮮血が散り、仔猫は前脚で片目を庇うようにして飛び退る。

（あ…）

狩人たぬきは呆然としていた。
これまでずっと狩りを共にしてきた槍、それが突き立てる箇所に刺さる前に中程からポッキリと折れてしまったのだ。
それは同時に、これまで復讐心により必死に死にかけの身体を奮い立たせてきた狩人たぬきの心も折れたことを意味していた。

「ふー！ふー！ふしゃぁぁぁぁ！」

一方目元に槍の矛先が当たり顔を怪我をした仔猫は、血で赤く染まる視界の中で呆然と折れた槍の片方だけを握りしめた体制で固まっているたぬきを相手に眠っていた闘争本能を爆発させていた。
ほぼノータイムで狩人たぬきに飛びかかり、噛みつきや引っかきを連打する。
それに感化されて様子見していた残りの二匹も“狩り”に参加した。

「やだじぃぃぃぃ！ぢびっ！ぢびぃっ！ま“っ！ま“ま“は！」

愛するちびたぬきと信頼する武器、狩人たぬきのアイデンティティを構成する二つを同時に失った狩人たぬきにはもう泣き叫ぶ以外の選択肢は残されていない。
爪があればひっかき、牙があれば噛み付いたであろうが悲しいかなたぬきにはそれらは備わっていないのだ。
押し倒された体勢のまま、狩人たぬきはまず皮一枚で繋がっているといった様子であった左腕を引きちぎられた。

「ぎぃぃぃ…」

全身を端から解体される激痛を味わいながらも、狩人たぬきの抵抗は悲鳴以外は殆どなかった。
既に力を使い果たし、暴れることすらできなくなっていたのである。

「ぢ…び…だ…ぬ…ぎ…は…」

残った右手の肩口に仔猫の牙が突き立てられるのを感じながら、狩人たぬきは曖昧になって行くクセに痛みだけは明瞭に伝え続ける意識の中でちびたぬきの仇である猫に血まみれの手を伸ばす。
だがその手は仔猫の乱暴な振り回しでがくがくと揺れるとぶちりと神経や血管がちぎれる音を立ててたぬきの意識の制御下から消えた。

「たぬ…ﾀﾇ-…」

最期の息を吐きだし、狩人たぬきはついに事切れた。
力の抜けた肉体を仔猫たちは顔の周りを鮮血で染めながら貪り食らう。
これまで狩人たぬきが繰り広げてきたものと同様の食物連鎖の姿がそこにはあった。


＊


それから、狩人たぬきの肉体は野良猫の親子を数日食い繋げるに十分な栄養となり、命と誇りを共にした槍の残骸は遊びたい盛りの仔猫たちの玩具としておおいに楽しませたという。
こうして成長した仔猫たちは自身にも子供が出来れば同じように狩りのやり方を教えていく。
たぬきは動きが鈍くその割には食べられる部分が多く狩りの成功に対して得が多い。
三匹の仔猫から連なる一族はそのことを親から子へ引き継いでゆき、やがて仔猫達が住んでいる地域のたぬきは成体からちびに至るまで全て狩りつくされていった。
だが、過ぎたるは及ばざるが如しという言葉もあるように膨らんだ個体数を支えていたエサであるたぬきがいなくなったことや、増えすぎた個体数による各種獣害を前に自治体が重い腰を上げたことにより野良猫の駆除作戦が決行されることとなる。
数十匹の野良猫が捕獲され、保健所の引き取りセンターで幸運にも里親に恵まれた数匹の個体以外はガス室でその生涯を終えた。
増えすぎた個体数はもとよりも数を減らしつつ残存することになる。
結局、狩人たぬき親子と地域に住み着いていた野良たぬきの死は何を生み出すこともなく消費されたのである。
食い食われが何も生み出さないこともある。
食物連鎖の姿がそこにはあった。 