どうして自分が親に捨てられたのかが分からなかった。
たぬ木から生ったばかりの小さなたぬきはちびと呼ばれ、成長するまで親役を務めるたぬきが面倒を見る。それは表社会や人間社会から爪弾きにされたスラムでも同様であった。
しかし、自分の親はまともに会話を交わすことなく、やがて忽然と姿を消した。
最初は親は帰れなくなったのだと思った。だから、ただひたすらに呼びかけ続けた。
しかし、スラムに駆除業者も来ていなければ災害で行方不明になるたぬきが出るような事態も起きてないことを知ったことで、親が自分を捨てたことを確信し、怒りの余り喚き散らした。
それでもスラムにしか居場所が無い為、言葉も他のたぬきやちびが話しているものを聞き取り、真似をすることでどうにか言葉を憶えていった。
しかし親が居ない為か、他のたぬきやちびは自分のことをモドキと呼び、遠ざけた。ションボリした顔以外の見た目が他のたぬきと違うウッフ氏らも、また自分と距離を置いた。
鏡を見ても他のちびと何ら変わらないのに、自分だけが疎まれ、拒絶された。
では姿の見えない掲示板ならどうかと考え、スラムの掲示板に交流を求める張り紙をしたが、張り紙自体が破り捨てられるか、そうでなくとも気味悪がられたり誹謗中傷を書き込まれるばかりであった。
暴力を振りかざすこともやむを得ないと考えていたが、自身が腕を振り上げるとたぬきたちは退散し、その癖して自身が腕を振り上げる姿を掲示板に晒上げた。暴力で勝ち目が無い癖に卑劣な真似をする他のたぬきたちに怒り、しかし振り下ろす相手が姿を消すのだからその怒りだけが溜まっていった。
せめて掲示板にそんな不愉快なものを張るなと注意書を貼ったが、その注意書きだけが剥がされ、いつ撮られたかも分からない自身の怒り狂った姿などを晒された。繰り返しても収まるどころか、悪化する一方であった。
どうして自分だけが酷い扱いを受けなければならないのか。自身に降りかかる理不尽に対し、怒りの余り喚き散らした。

そんな生活を繰り返していたある日。このスラム以外にも社会の爪弾きものである男たちが集まる場所があることを知った。そこなら自分も居られるかも知れないと思った。
念の為、自分に付いてくる者は居ないかと呼びかけたが、スラムであろうと安住の地がある為か他たぬきたちは反応をしなかった。
男たちはたぬきたちとはまた違う言葉を用いた。ただ、真似をするのは得意だった…何せ、これまでたぬきの言葉も真似で憶えてきたのだから。
そして男たちと交流を始めた…が、数言交わすと男たちはうんざりした顔をして距離を置いた。そしてどこから知ったのか、自身をモドキと呼び始め、その場から蹴り出した。
こんな場所にすら居場所が無いのかと絶望し、怒りの余りに喚き散らした。そして、こいつらを信用してはいけないと伝えるべくスラムに戻って皆に呼びかけた。こうすれば皆を危機から救った英雄だと見直して貰えるかと思った。
しかし、返って来たのはションボリした顔と冷笑だけだった。

それから、自分を受け入れてくれるような場所を探し続けたが、結果はどこもさして変わらなかった。
真似をして話をしても数言言葉を交わせばすぐにモドキと呼ばれ、蹴り出される。それをスラムで報告すれば、冷笑が返って来る。
何故自分を受け入れてくれないのか分からないまま、みんな！みんな！と呼びかけ続けても、それが変わることは無かった。
やがて、そうなる原因に気づいた。自分は親に見捨てられたことで、愛されることを知らないのだと。だから愛されるたぬきにならねばならないと。
そうなる為にどうすれば良いのかと長らく考え続け、やがて妙案を思いついた。親が子どもを愛するのならば、自分も子どものように振る舞えば良いと。
そう気づいてから、幼児のような振る舞いを始めた────が、上手くいかなかった。皆がその様子を気味悪がって見て、掲示板にその姿を貼り出した────ついにモドキが狂ったと。
親が不在で愛される姿を知らないのが悪いのか、あるいは自分自身を嫌う輩がスラムの皆を唆しているのか……どちらか分からないまま、ただ自身にばかり降り注ぐ理不尽に泣き喚いた。

散々泣きわめいて、その果てに疲弊して眠り、目が覚めて。
自分はここに居るべき存在じゃないのではと考え、掃きだめのようなスラムから抜け出そうと考えた。スラムに居るのは外から追い出された者たち、言わば社会不適合者である。そんな所で受け入れて貰おうと考えたのが間違いだったのだと。
そして外のたぬきや人間と交流する為には、やはり愛されるような振る舞いをするのが良いだろうと思った。
外のことを調べていく内に、人間は雌雄があり、特に雄は性的欲求を晴らそうとする面があるのを知った。自身もまたそうであり、平時はその自らのものを慰めていた為にその欲求への理解は早かった。
ならば自分にその性的欲求を解消させることが出来ると伝えることが出来れば、そういう方面から外の人間たちやたぬきたちに愛され受け入れられることも可能ではないかと考えた。
人間の交尾の動画を物色し、研究を続けた。そしてその通りに、外に出て精一杯媚びた声で、尻を左右に振ったり、股を開き、やがてその身に纏う緑の衣を脱いで裸を晒して見せた。
大多数の人間はその姿を見て気味悪がったが、それはある程度想像出来ていた……そうした性欲を表に出すのは人間としては恰好悪いというのも予め勉強済みであった。
だが、それでも一部には性欲を表に出す者がおり、そうした人間が自分を拾ってくれると確信していた。

やがて、それは来た。スーツ姿にペット用のカバンを持った男が自分に近づいて来た。
「大変だったんだね、たぬきちゃん」
男は手袋越しに頭を撫でてくれた。それだけで嬉しくて涙が出た。優しくされることなど初めてだった。この頭に乗せられた手の温かみこそ愛なのだと知った。
「さぁおいで」
そう言って男はカバンを開けた。すぐさま飛び込んで、その中で丸くなった。カバンは小さな通気口以外に光が入らず外の様子は伺えなかった。しかし底は少し襤褸くなったタオルが幾重にも敷き詰められており、スラムのガビガビになった段ボールの寝床よりよほどマシだった。
男に連れていかれながら、様々な話をした。自分に親が居ないこと、モドキとして各地で嫌われてきた事、人間のような性欲を持っていること……全て洗いざらい話した。
男はうんうんと頷き、「君は他のたぬきとは違うんだね、だから嫌われてしまったんだね」と温かい言葉を掛けてくれた。それがまた嬉しくて、心の底から泣いた。

どれだけの時間が経っただろうか。男が立ち止まると鞄は何かの上に置かれ、「もう少し待っててね、すぐに悪い奴なんか居ない所に連れて行ってあげるからね」と男の声が聞こえた。
そこで不意に、どうして男は歩き続けていたのか疑問に思った。人間なら車なり電車なり使うものでは無いのだろうか？　しばらく考えて、きっと男は街中に住居を持つお金持ちなんだという結論が出た。すると、どんな素敵な住居なんだろうか、きっと見上げることしか出来なかった高層ビルの最上階に住んでたりして、などと煌びやかな妄想で頭が一杯になった。
だから、聞き覚えのあるような声が聞こえても、しばらくの間気づかなかった。

「ではこのような処置で宜しいでしょうか」
男の声は先ほどまでの優しいものではなく、冷淡なものになっていた。
「はい、お願いいたしますし…」
その声は間違いなくスラムの長だった。
どうして長がここに居るのだろう？　何を彼にお願いしたんだろう？
そう考え始めた途端、歯車がきしむような音が始まり、やがてそれは甲高い獣の唸りのような回転音となった。
何が起こっているのか分からないまま、鞄を担ぎ上げられた。
外から男が呼びかけて来たが、冷淡なままだった。
「……やはりお前はたぬきではない。木から生り生殖器官を持たない生物が性欲を持つはずがなく、会話能力も先ほどの計測から平均的なスラムたぬきの半分の数値────一般的なたぬきの1/10にも満たないと確認された。容姿は一見たぬきに似ているが口からよだれを垂らし、衣類に似た皮膚が脱げ、肉体的精神的苦痛を感じた際に内向的に俯くのではなく喚き散らすなど、明らかにたぬきのそれではない。まさしくモドキと呼ぶ他無い生物だ。
そして研究者方も、お前に対してリスポーン能力の有無を確認し、無ければそのまま廃棄で良いとおっしゃられた」
理解が及ぶ間も無く、不意に重力が無くなり────再び何かに叩きつけられたかと思った途端、破砕機のブレードが鞄の底面を貫き破って、脚を切り裂いた。
ようやく騙されたことに気づき、怒りと痛みからギュガァァァアア！！！！と悍ましい悲鳴をあげたが、2、3度ブレードが身体を裂くと声が出なくなり、数秒もしないうちにその怒りと痛みも途絶えた。


男はたぬ木の下へ足を運び、新たなたぬきが形成されていないことを確かめた後、ゴム手袋を同じ破砕機に入れた。そして破砕機に内臓されている乾燥ペレット化処理を行うと、赤黒い粒が袋詰めにして排出された。
「ありがとうございましたし…」
「いえ、これも務めですから」
頭を下げるスラムの長たぬきに男はそう言い放つと、何事も無かったかのようにモドキだったものが詰まった袋を持って外に出た。
スラムのある路地裏から出ると普段はこの時間帯には無いゴミ収集車が停止しており、男はそれに袋を放り込んだ。ゴミ収集車から防護服を身に着けた人間が現れ、殺菌処理と数値の確認を行った。長らくのモドキとの接触の為か基準値を上回っては居たが許容量以内に収まっていた為、マニュアル通りに仕事が終わり次第洗浄措置を行うよう指示が出されたが、元より男は不快な汚物と長らく接触した嫌悪感から言われずともそうするつもりだった。

かくしてモドキと呼称された害獣の処理が完了した。現時点でそれに似た不快をまき散らすような存在も確認されておらず、現時点では再形成されることは無いと考えられる。
