「たぬきクリーニングサービス」

怪生物「たぬき」が至る所に出現する様になって暫く経ち、
蔓延る野生のたぬき達とスラムと形容するしかないその生息地は、
街の景観、風紀、そして衛生を確実に損なっていた。

それに対し、政府自治体に清掃を委託された民間業者の一部は、
たぬきを調教して自身に街を綺麗にさせる、という行動に出た。
たぬきを暴力的に排除することが非難される風潮にあっては、
たぬき自身に少しでも人間社会の役に立って貰う、
せめて自分の尻は自分で拭いて貰う必要があるのは明白だった。

ここに、たぬきを使った清掃業者の中でも急速にシェアを伸ばすリーディングカンパニー
「たぬきクリーニングサービス」が生まれる。
この企業は、たぬき達の性質、本能をいち早く理解し利用したことで頭角を現した。
とは言っても、そのノウハウは至って単純で「たぬきは勲章と呼ばれる装飾品に執着し、
それさえ与えられれば衣食住のレベルが低くても仕事のモチベーションは下がらない」というものである。
たぬきクリーニングサービス(TCS)が作った勲章は、ただの厚紙に印刷された粗末なモノだったが、
偶然にもそれがたぬき達の本能のど真ん中を射抜く完璧なデザインだった為、この勲章を貰おうと大勢のたぬき達が集った。
TCSはそんなたぬき達を雇い、自社ビルの地下にまとめて住まわせたが、その環境は劣悪であった。


数匹が押し込められた小さな檻がいくつも重ねられ、ズラリと並んだ薄暗い「地下たぬき寮」。
ジリリリリ！というけたたましい起床ベルが鳴り響き、驚いたたぬき達がジタバタしながら眼を覚ます。

「おはようございまーし…」

「ございまーし…」

「何度聞いても慣れない目覚ましだし…」

朝の挨拶が一通り終わった頃、檻の中の一つで新入りたぬきが同じ檻の3匹に遅れて目を覚ました。

「お、おはようございまーし」

「おっ新入りやっと起きたかし…早速でわるいけど、"シャワー"が来る前に用便を済ませるし」

「いきなりなんだし？」

「シャワーが終わったあとに用便したら明日の朝まで残るし…気をつけるし…」

先輩たぬきに促されるまま檻の隅で

「ｳﾞｯﾌ…」

と排泄を済ませる新入りたぬき。

「シャワー来たし…！みんな目をつぶるし…！」

先輩たぬきが注意を促すと周りのたぬき達は目を瞑り顔を手で守った。そこへ作業員が一人やってくる。

「皆んなおはよう〜。今綺麗にしてあげるからね〜」

言うが早いか、作業員は水鉄砲に入った洗剤を檻の中のたぬき達にビュービューと頭から浴びせかけた。

「ひっ…し！」

新入りたぬきは急いで目を瞑り、身体を丸めて防御の体勢をとった。
身体に掛かった洗剤はとても強い薬品の匂いがして、生き物の洗浄に使って良いレベルのもので無い事は明らかだった。

「次は泡を流すからね〜」

作業員が水鉄砲を仕舞い、無骨な放水機から伸びるホースを手に取った。
次の瞬間、物凄い勢いで放たれた水が檻のたぬき達に直撃した。

「ｶﾞﾎﾞｮばｧｧｧ！！」

「尻尾もぬれたッじィ！ｶﾞﾎﾞﾎﾞ！！」

至近距離にいたたぬきは吹っ飛ばされ檻に激突し、少し離れた位置に居たたぬきも水圧でころんころんと転がった。

「ｶﾞﾎﾞｶﾞﾎﾞｶﾞﾎﾞｶﾞﾎﾞ！」

隣の先輩たぬきは遠くから放たれる水流をわざわざ顔面で受けている様だった。

「何してるし、大丈夫かし？」

「ぶはっ、近くで水を撒かれたら勢いすごすぎて飲めないし…今の内に飲んどけし…。」

「？」

作業員が檻の間を練り歩きくまなく全てのたぬき達に水を浴びせると、檻の中のゴミや排泄物が水流に押し流されていった。
それらは床の排水溝に飲み込まれていく。
この様に、寮では排泄物は垂れ流しで自ら身体を洗う事も出来ず、一日一度の"シャワー"と呼ばれる放水で全てを清めているのだった。

「次はごはんだし…。でも水は貰えないからさっきのシャワーで水分ほきゅうしないといけないんだし…新入りはできたし？」

「怖すぎてジタバタもできずに丸まってたし…」

「そうかし…みんな、水皿に水は溜めれたかし？」

「ダメだし…近くで放水された時に水皿もひっくり返ったし…」

「分かったし、野良のやり方でいくし…」

そう言うと檻のたぬき達は自分の身体や尻尾に付いた水分を舐めとり、ビショビショの勝負服を絞って水皿に水を溜めた。

「こういう生活から解放されると思ってここに来たのに…惨めだし…」

新入りたぬきが濡れた自分の尻尾をちゅーちゅー吸いながらぼやいた。

「お前ら！餌だぞ！」

先程とは別の作業員が台車で巨大なドッグフード袋を運んできて、各檻の餌皿の上に山の様に盛り付けた。

「ごはんすごい量だし…。先輩、これみんなたぬき達の分し？」

「慌てるなし新入り。これは晩ごはんの分も入ってるし。でもお腹いっぱい食べれるというのは間違ってないし…おいしくないけど…」

餌は犬猫用の最も低品質な安物が適当に選ばれ、日に一度供される。
とはいえ量は十分な様だ。

「お前ら早く食えよ〜！今日は全班でA区を徹底的に掃除するからな！」

「う、今日は朝から晩までかかるやつだし…」

他のたぬき達は皆気が重い様だったが、新入りたぬきを気にかけてくれている先輩たぬきは
ションボリしつつもやる気がある様だった。

「今度こそ"半年間でいちばん頑張ったで賞"の勲章取るし…！」

「先輩、それなんですし…？」

「ここの勲章でいちばんすごいやつで、いちばん光ってるから"ピカピカ勲章"とも呼ばれているし。
たぬきは前回惜しくも2番手で貰えなかったし…」

先輩はボロボロの勝負服の中から、これまたボロボロになった薄っすら赤と金の色が残る
グチャグチャの濡れた紙切れを取り出した。

「これはたぬきに仕事を教えてくれた先輩…つまり"大先輩たぬき"が最後にとったピカピカ勲章だし。
死んじゃった大先輩の為にもたぬきは新しいピカピカ勲章を手にすると誓ったんだし…！」

「すごいし…たぬきも頑張るｳﾞｯﾌ…」

厚紙で出来た勲章は、日々の厳しい清掃業務や放水に曝され数日と保たなかったが、
すぐに勲章がボロボロになるが故に、たぬき達は再び勲章を得る為掃除に精を出すという効率的なサイクルが出来上がっていた。

「よし、朝飯終わり！行くぞ！車に乗れ！」

檻の鍵を外した作業員に促され、トボトボ歩くたぬき達に別の作業員達が流れ作業で
清掃用のポンチョと帽子を着せてやり、掃除用具を持たせる。
激務と度重なる高圧放水でたぬき達の髪や尻尾や勝負服はボロボロであったが、
この様に上から作業服を着せられてしまえば街の住人に不審がられる事も無かった。
掃除用具を受け取ったたぬき達はそのまま地下駐車場のバンにぞろぞろ乗り込み、現場に向かった。

繁華街であるA区を丸一日かけて掃除したたぬき達は、疲労困憊しトボトボと帰りのバンに乗り込む。
その際背負ったゴミ袋の中身から判断して、作業員から勲章を授与される。
新入りたぬきは「初めてお掃除頑張ったで賞」を貰った。
それは、先輩たぬきが今日貰った「一日でいちばん頑張ったで賞」と比べると地味な色と造形の勲章だった。

「それ、ショボいけど初仕事の時しか貰えないからある意味レア勲章だし…」

「ショボくてもすごくかっこいい勲章だし…」

新入りたぬきは生まれて初めて手にした勲章をギュッと抱きしめた。


それから暫くが経ち、季節は移ろいたぬき達は年末を迎えた。
かつての新入りたぬきも今や"中堅たぬき"となった。
たぬき達の寿命は野良で5年、飼育下で8年とも言われるが、このTCSで働くたぬきの平均寿命は3年を切る。
雇われる時点で1〜2歳の成体たぬきが選ばれることを考えると、激務と劣悪な生活環境がどれだけ
たぬきの命を削っているか分かるというものだ。
賢いたぬきは勲章よりも自らの命を優先し、途中でこの仕事を辞める。
新入り──否、中堅たぬきと先輩たぬきと同じ檻に居た他の2匹のたぬきも

「身体がしんどいからもう辞めるし…」

「勲章は欲しいけど狭くてダンスも踊れないのは辛いし…」

とそれぞれの理由で退職した。
TCSは去るたぬきを追わない。
入社を希望するたぬきは後を絶たず、すぐに代わりが見つかるからだ。
先輩たぬきはTCSで働くたぬきの中でもベテランで、もうすぐ3歳を迎えようとしていた。
髪や尻尾や勝負服は以前にも増してボロボロで、顔のモチモチ感もすっかり失われている。
たぬき達の目から見ても弱っているのは明らかだった。
しかし、来るべき「半年間でいちばん頑張ったで賞」授与式が行われる大晦日まではなんとしても生き延びねばならぬ、
と先輩たぬきは心に誓った。
中堅たぬきはそんな先輩を力の限りサポートをしてきた。

「先輩はずっと"今月いちばん頑張ったで賞"をもらってるし、
最後の"年末大掃除"で活躍すれば絶対ピカピカ勲章がもらえますし。もうひとがんばりですし。」

「頑張る…し…。ありがとだし中堅たぬき…。」

こうしてたぬき達は年末の大掃除シーズン、寒空の下いつにも増して過酷な年末進行スケジュールの激務に挑んだ。
少なくないたぬき達が力尽きるか、或いは退職し去っていった。
そして12月31日、最後の大掃除の場所となったのは、たぬき達が住むTCS本社ビルだった。
大晦日という事で、たぬきの管理をする数名の作業員を除いて人間の社員は誰も会社に居ない。

先輩たぬきと中堅たぬきの班は最も重要な1階の掃除を任されていた。
受付や応接室を、箒とちりとりのみならず、雑巾、モップ、果ては床を磨く装置「ポリッシャーマシン」
まで駆使して隈無くピカピカにしていく。

「先輩、給湯室おわったし」

「わかったし…。中堅は一緒に来てこっちの部屋を掃除するし…」

先輩たぬきと中堅たぬきは倉庫の様な部屋に入っていく。
この部屋は、普段なら万が一にもたぬきが入って来れぬ様、厳重な戸締りがなされている場所だったが、
今日はたまたま気の緩んだ社員がうっかり鍵を掛け忘れてしまっていた。

部屋の中には包装紙に包まれた大量の紙束と思しき物が山と積まれていた。

「埃っぽいし…中堅、はたきとモップで綺麗にするし…。」

「了解だし！」

中堅たぬきが掃除用具を取りに部屋を出た時、疲労からか目眩を覚えた先輩たぬきは、積まれている紙束の山にもたれかかってしまった。

「うっ…クラっときたし…。」

その拍子に、山はズルズルと滑り落ちて崩れ、包装紙に包まれた中身が飛び出してバサバサと床にぶちまけられた。

「やってしまったし…すぐに拾って…し…？」

そこにあったものは勲章だった。
この部屋の名は「勲章管理室」。
印刷され、台紙から切り取られる前の厚紙製の勲章が山積みになって保管されていたのだ。
先輩たぬきは足元に散らばる勲章を見て硬直する。
それはTCSのたぬき達にとって最も栄誉ある「半年間でいちばん頑張ったで賞」、
先輩たぬきが死に物狂いで手に入れようとしていた勲章であった。
輝く金色の印刷の上から更にホログラム加工が施され、薄暗い室内でもまばゆく輝いていた。

「先輩、お待たせしましたし…し？」

中堅たぬきが掃除用具を持って勲章管理室に戻ると、先輩たぬきは部屋中の勲章を床にぶちまけ、
その山の上で泣きながらジタバタしていた。

「やだし！やだし！ｷﾞｭｰ！ｷｭｰ！ｷﾞｭｪｧｱｱ！！」

大粒の涙をこぼし、まるで生まれたてのちびたぬきの様な声を上げて泣く先輩たぬきの姿は異様だった。

「先輩、それ…ピカピカ勲章かし？」

「ｷｭｩｩ…！ｸﾞｷﾞｭｩｩｩ……！」

いつものションボリ顔を何倍もくしゃくしゃに歪め、悲痛な泣き声をあげる先輩たぬきの手には
「半年間でいちばん頑張ったで賞」の束が握られている。

先輩たぬきは、この部屋を埋め尽くす大量の勲章に、何か言葉にできぬ冒涜的なものを感じていた。
尊厳を根底から破壊される様な悲しみに、訳もわからず泣き続けた。

「こんなのやだしぃぃぃぃ！！」

突然叫んで、びょっ！と駆け出した先輩たぬきは、あっけにとられる中堅たぬきの横をすり抜けて給湯室に向かった。
ゴミ箱を踏み台にガスコンロの上に飛び乗ると、手にした勲章をゴトクに乗せる。
そしてコンロの上に乗ったまま着火ボタンをめちゃくちゃに押した。

「ｷｭｩｩ！ｷﾞｭｩｩｩ…！やだし！！やだし！！」

下手くそな操作だったが、何度目かでコンロの火がつき、勲章を燃やし始める。
火がついた勲章を持って勲章管理室に戻ると、床に散らばる勲章の上に燃える勲章をばら撒く。
殆どの火は燃え移る事なく鎮火したが、一部が運良く──或いは運悪く、辺りに燃え広がり始めた。

「先輩、何やってるし！やめてし！やめてし！」

中堅たぬきはその光景を前にジタバタしていたが、突然思い立ち、

「み、水かけるし！」
と掃除用のバケツをひっくり返そうとした。しかし、

「ｳﾞｯﾌﾙﾙﾙ！ｷﾞｭｪｧｱｩ！」

と奇声を発して怒り狂う先輩たぬきに突き飛ばされてしまう。
ころんと転がった中堅たぬきは背中から火に突っ込んだ。

「ｱｱｱｱｱ！！ｼﾞｯﾎﾞも燃ｴﾀﾞｼﾞｨｨｨ！！！」

油分を多く含んだ尻尾の先が燃え上がり、中堅たぬきは無我夢中で部屋から逃げ出した。
転がる様に走って、気付けばTCSビルのエントランスを抜け外に出ていた。

「ﾀﾞﾇｩｩｩｩｩｩｩｼﾞ！！」

地面をゴロゴロモチモチと転がって尻尾を鎮火させると、息も絶え絶えになりながら猛烈に痛む尻尾を抱えて丸まった。


燃え盛る勲章管理室の中で、取り残された先輩たぬきが懐からピカピカとまばゆく輝く勲章を取り出す。
それは恩人だった大先輩たぬきが死の間際に手にした勲章だった。
大切な大先輩たぬきを殺して手に入れたこの勲章が尊くない筈がない。
大先輩たぬきの命より重いこの勲章が、埃だらけの部屋に山積みになっていて良い訳がない。
そんなことをぼんやり考えていた先輩たぬきだったが次第にパニックも治まり、冷静さを取り戻し始めていた。
その証拠に、手の中でキラキラと輝いているのが大先輩の勲章などではなく、燃え上がる自らの手そのものである事を認識した。

「あっ…あっ…ｱｯｷﾞｭｱｱｱｱｱｧ！！」

両手と尻尾、ボロ切れ同然となった勝負服には既に火が燃え移っており、それは次の瞬間全身へと広がった。
先輩たぬきは想像を絶する苦痛の中で、火達磨になりながら最後の全力ジタバタをする。

(ｱｱｱｱｱ！せんぱい！しんいり！たすけてし！！だれか！たすけてくださいし！！ｱｱｱｱｱ！！)

先輩たぬきは苦痛の中でそのたぬ生を終え、勲章の山と共に灰へ変わった。


中堅たぬきが焼け焦げた尻尾の痛みにブルブル震えながらも落ち着きを取り戻した頃、TCSビルはその建屋全体を炎に包まれていた。
多くの窓から炎と煙が吹き出すビルを、漸く到着した消防隊が消火する。
各階で掃除をしていたたぬき達は、それぞれが炎と煙の中で、ジタバタするか、涙ながらにモチモチ抱き合ったまま死んでいった。

「やだし！助けてし！やだぁぁぁ！！」

「ｱｯﾂﾞｲｼﾞｨｲｨｨ！！」

「ﾀﾇｯﾀﾇｯ…息でぎないじ…ﾀﾇｯ」

「あづ…し…。燃え…し…」

「もう…ダメ…し…」

幸運なことに、と言うべきか"天罰の下り損ない"とでも言うべきか、
数少ないTCS出勤者達は社外で忘年会をしていた為に難を逃れた。
そのため人間の死傷者は0であったが、火が消し止められるまでの間に社内を掃除していたたぬき50匹と
地下寮に閉じ込められたままだったたぬき80匹が全て命を落とした。

こうして「たぬきクリーニングサービス」という企業は地上から消え去った。
幹部は逃亡し、社外で清掃をしていた為に生き延びた数十匹のたぬき達は、路頭に迷い野良に戻るか、競合他社に雇われていった。
しかし激務に命をすり減らした故か、寒い冬を乗り越えられずに死んでいく者も多かった。


生き残った中堅たぬきは消防隊員に保護され、そのまま消防署で飼われる事となった。
火傷を負った尻尾の後遺症に苦しみながらも穏やかな余生を過ごしたという。

しかし時折、あの勲章の山の上で泣き叫ぶ先輩たぬきの姿が脳裏をよぎる事があった。
たぬきを幸福にしてくれる筈の勲章に囲まれたあの部屋が、何故だか恐ろしい場所に思えて、
中堅たぬきは思い出す度に身震いしてしまうのだった。

END