

「憤怒」

私は仕事でたぬきの研究をしている。
今はたぬきの感情の発露を観察しているのだが、「喜怒哀楽」の中で「哀」が突出しているたぬきから
他の感情を引き出すのはちょっとだけ手間だ。
怒りの感情の頂点が見たくて、手始めに野良たぬきを殴ったり、親たぬきの前でちびを足蹴にしてみたが、

「なんでこんなことするし…？」

とションボリ顔で言われてしまった。
怒ってるたぬきなど別段珍しい存在でもないのに、いざ怒らせようと思うと中々上手くいかないものだ。
気を取り直して、もし自分ならどんなことをされたら頭にくるか？
ちゃんと考えてから挑むことにしよう。

私は1匹の野良たぬきを家に連れ帰った。

「キミ、尻尾が大っきくてふわふわで良いね。うちで飼われてみない？」

と声をかけたら

「えへへし…密かに自慢だし…うれしいし…」

と答えて付いて来た生後半年くらいの若いたぬきだ。
嬉しくてたまらないのか、帰り道で何度も私の脚にモチモチ抱きついてきたその人懐っこさから、
どんな孤独なたぬ生を歩んできたかが分かる。
幼少期にたぬき玉を形成する仲間や親が居らず、寂しく自分の尻尾を抱いて寝ていた個体は
大きな尻尾に育つ傾向にあるという。
そんな愛に飢えたたぬきを持ち上げた後、思いきり裏切ってみよう！

私は部屋の真ん中で正座してたぬきに向かい合う。
しかし両手には、それぞれ小さな毛抜きを隠し持っている。

「それじゃあたぬきちゃん、これからよろしく…ねッ！」
ブチィ！

私の顔を見つめるたぬきの死角から手を伸ばし、尻尾の毛を一気に10本ほど引き抜いた。

「ｲｯ!?ﾀﾇｯ!?なんだし…！？」

たぬきが驚いて振り向く。
私はサッ！と手を引っ込めたので、たぬきには誰も居ない背後から攻撃された様に思えただろう。

「なんかいまシッポ痛かったしぃ…！」

私に向き直って不安げにそう言ったたぬきの尻尾毛をまたすかさず引き抜く。

「どうした…のッ！」
ブチィッ！！

「ｲｯ!?たぁいしぃ！？またシッポ痛いしぃぃ！！」

もう一度後ろを向いて背後を確かめるたぬきだが、私はまたも手を素早く引っ込めたので、当然背後には何も発見出来ない。

「お兄さ…」
「なんだ…いッ！」

たぬきが再び顔をこちらに向けたので、喋る途中でも御構い無しに、再び尻尾毛を抜いた。

ブチブチィッ！
「ｲｯ!?ｷﾞｭｩｩｧｧ!痛いしぃぃぃぃ！！もぉぉぉぉなんなんだしぃぃぃ！！ﾀﾞﾇｰ!!」

たぬきはころりんと転がってジタバタし始めた。
日常的に見かける気の抜けたジタバタではない、本気で怒っている時の高速ジタバタだ。

「そりゃあッ！」

ひっくり返ったたぬきの尻尾毛を両手の毛抜きでめちゃくちゃに引っこ抜く。

ブチブチブチィッ！！
「ｷﾞｭｧｱｧｱｧｱｧ!?ﾀﾞﾇｩｩｩｩｩｩ!!」

たぬきが痛みにびょいんっ！と飛び跳ねて、そのまま自分の尻尾に覆いかぶさる様にして防御の体勢をとった。

「お、お兄さん酷いしぃぃ！たぬきにだって痛いことしてるのはお兄さんだって、もう分かってるしぃぃぃ！！
　たぬきのこと家族にしてくれるって言っだのに、いじめる為に連れでぎだんだじぃぃぃぃ！！」

「そう…ですッ！」

必死に尻尾を庇っているが、たぬきの手足では全部覆い隠せていないので、隙間に毛抜きを突っ込んで毟りまくるのは簡単だ。

ブチブチブッチィ！！
「ｳｯｷﾞｭｧｧｱｱ!!じぃぃぃぃ！！ﾀﾞﾇ ﾀﾞﾇ ﾀﾞﾇｩｩｩ!!」

尻尾を庇いきれないと悟り立ち上がったたぬきが、顔を真っ赤にして泣きながらメチャクチャに地団駄を踏んだ。

「ｱｱｱｱｱｼ!!ﾀﾞﾇｩｩｩｩｩ!!ﾀﾞｧﾇｩｩｩｩｩ!!ﾀﾞﾇ ﾀﾞﾇ ﾀﾞﾇ ﾀﾞﾇ ﾀﾞﾇｩｩｩｩｩｧｱ!!」

びょんびょん飛び跳ねて怒り狂うたぬき。
今にも走って逃げ出すか、はたまた私に飛びかかって来るか、という極限の状況だが、そんな方法で怒りを発散させてたまるものか。
爆発寸前の怒りを更に更に溜め込んで、その限界を突破してみせてくれ！

「仕上げだッ！」

隠し持っていた粘着シートをたぬきの尻尾に被せる。
それは暴れるたぬきの尻尾全体に纏わり付いた。

「せいッ！！」

そしてすぐさまシートを一気に引っぺがす！

ブチブチブチブチブチブチィィィッ！！！

尻尾が完全に毛無しのハゲ尻尾になってしまった。

「ｸﾞｷﾞｭｩｩｩｩｯ!?ﾀﾞｧｧｧｧｧｧﾇｩｩｩｩｩｩｧｧｱ!!ﾀﾞﾇｯ! ﾀﾞﾇ ﾀﾞﾇ ﾀﾞﾇ ﾀﾞﾇ ﾀﾞﾇ ﾀﾞｯ………」

ついに完全にブチギレたたぬきだったが、両手を振り乱してダヌダヌ言う途中で、急にピタリと静かになってしまった。
そして次の瞬間、

「……ﾑﾁﾞｬ!!ﾑﾁﾞｭﾑﾁﾞｭﾑﾁｭﾑﾁｭﾑｼｭ…!」

なんと自分のハゲ尻尾を両手で抱えて食べ始めた。

「ﾑｼﾞｬﾑﾁｬﾑﾁｬｸﾁｬｸﾁｭ…」

たぬきは血走った目で尻尾をバクバク食べ進める。
その際、尻尾を掴むモチモチの手まで一緒に齧ってしまっているが意に介さない。
遂にはブチリ！と音を立てて尻尾を根元から引き千切り、全て食べきった。
手も半分くらい無くなってしまった。

「ｸﾁｬｸﾁｬｸﾁｭ…ｺﾞｸﾝ……ｳﾞﾌｰ…! ｳﾞﾌｰ…! ｳﾞﾌｰ…!」

お尻と両手の先から血を流しながら肩で息をするたぬき。
なるほど、たぬきも人間等と同じく、怒りが限界を超えると過剰なストレスから逃げる為に自傷行為へ走る様だ。
こっそりカメラを回していたお陰で貴重な映像を撮ることが出来た。

「…ｳﾞﾌｰ…ぶふぅーっ…ふぅーっ…ふぅー…し…」

暫くして、たぬきが落ち着きを取り戻したので声をかけてみる。

「たぬきちゃん、今更信じてもらえないだろうけど、仕事でどうしてもキミを怒らせる必要があったんだ。
　でもそれはもう終わったから、これからはキミをそんな風にしてしまった責任を取らせてくれ。
　キミが望むなら今度こそ一生幸せにしてみせるよ」

実験対象に情など無いが、協力への対価・報酬として一生面倒を看てやろう、という考えに嘘はない。

「………いえ…もう結構ですし…。おいとま…させていただきますし……」

たぬきは痛みに小さく身悶えしながら、絞り出すようにそう答えた。

「そうか…ならせめて帰る前に美味しいケーキでも食べていかないかい？」

「…いえ…もう……お腹いっぱいですし…うっぷし…」

玄関のドアを開けてやると、たぬきはこれまで見たことが無いほどガックリと肩を落とし、トボトボと帰っていった。
私はその悲痛な後ろ姿をカメラで撮って「哀」の研究フォルダに入れた。

よし、たぬきの感情に関する良い資料が手に入ったし、これ等をまとめて学会に発表だ！
あの汚ねぇ屋敷に住んでる教授に目にもの見せてやる！
私は意気込んで論文を書き始めた。


オワリ


・その後の自傷たぬき
帰り道で衝動的に川に身を投げてしまった。
しかし数日後に下流のスラムで、仲間の尻尾ばかりを狙う『シッポ喰いの狂たぬき』の噂が流れた。

・研究者:
論文を発表したが、たぬきの感情に誰も興味を持たなかったので何の反応も得られ無かった。
しかし後に「たぬきが人間並みの高度な感情を持つ」事の証左として『たぬき愛護管理法』制定に向けた運動に論文が役立てられた。
