
『寂しがり屋のベアルフくん』


たぬきはペットショップに住んでるたぬきだし…。
お店に他のたぬきは居ないし店員さんも構ってくれないから、ガラスケースの中でずっと独りだし…。
唯一、お母さんが残してくれたこのぬいぐるみのベアルフくんだけがたぬきの大事な家族だし…。
ベアルフくんはふわふわで、抱きしめるともちっとした弾力があって、微かにお母さんの匂いがして、とっても安心するし…。
ベアルフくんが居てくれれば、たぬきは独りでもだいじょうぶだし…。

ある日、ペットショップに来たお兄さんがたぬきを買ってくれたし…。
初めましてだし…これからよろしくお願いしますし…。
お兄さんは優しくて、たぬきをモチモチギュってしてくれるし、美味しいご飯を食べさせてくれるし、
大っきなベッドで一緒に寝てくれるし…。
まだ会って1日なのに、お兄さんはたぬきにとってベアルフくんと同じくらい大事な家族になったし…。

次の日、お兄さんがたぬきをお風呂に入れてくれたし。
最初はちょっと怖くてジタバタしちゃったけど、丁寧に身体を洗ってもらうのって
とってもうれしい事なんだって初めて知ったし…。
それに、お風呂から出て身体を乾かしたら、髪の毛はツヤツヤ、
しっぽは信じられないくらいふわっふわになったんだし…！
このふわふわしっぽの手触りにはベアルフくんも驚くに違いないし…！あ…見てし見てしお兄さん…！
ほら、ベアルフくんもしっぽ気持ちいいねって言ってるし…！
え…？"まだくさい"？
それってどういう…あっ！ベアルフくん取らないでし…！え？
"くさいから洗う"？
やだやだやだし…！お願いしますし…たぬきにとってはそれだけが…そのベアルフくんの匂いだけが
お母さんの思い出…形見なんですし…！
"洗わないなら捨てるしかない"…？
なんでそんな酷いこと言うし…？
"だってくせぇから"…？
ダヌゥゥゥゥ！！ベアルフくんは…お母さんはいい匂いだし！
ベアルフくんとお母さんの悪口言ったらいくらお兄さんでも許さないしぃぃぃ！あっ！待ってし！持っていかないでし！

へんな機械…せんたくき…？ベアルフくんをそんなとこに入れちゃダメだし…！
"綺麗になるだけだから大丈夫"…し？
やだしぃぃぃ！お母さんの匂い無くなっちゃったらやだしぃぃぃ！！
ってお兄さんどこ行くし…？
"お買い物…お洗濯我慢出来たら美味しいケーキ食べさせてあげる"…？
そんなのいらないからベアルフくん返して欲しいし…ずびっ…お願いだし…お兄さん…あっ…行かないでし…。
バタンって音がしてお兄さん出てっちゃったし…。
せんたくき…ジャバジャバゴウンゴウンって音がして怖いし…。
あんなとこに独りぼっちで閉じ込められてるベアルフくん可哀想すぎるし…。
そうだし…たぬきはペットショップのガラスケースに閉じ込められてても、ベアルフくんが居たからだいじょうぶだったし…。
でもベアルフくんは今、せんたくきの中でたった1人だし…。
だから、たぬきが行ってベアルフくんは独りぼっちじゃないよってギュッとしてあげないとだし…！
そうと決まればせんたくきに登るし…。
ここはゴミ箱とか顔を洗う台とか、色んな高さのものがあるから順番によじ登れば…うんし…うんし…
せんたくきの上に乗れたし！
そしてこのフタを開けて…うんし…うんし…あれ…？ゴウンゴウン止まったし。フタ開けたら止まるみたいだし。
ベアルフくん今行くし！中に水が溜まってるけど、さっきのお風呂と一緒だと思えば怖くないし！飛び込むし！

ザブン！

ぷはっ！ベアルフくんつかまえたし！ビショビショになっちゃってるし！可哀想だし…！
でも、抱きしめるとまだお母さんの匂いするし…よかっt

ズズ…バタン！ゴウン…ゴウン…

ガボガボガボ！？
せんたくきのフタ閉まっちゃったし…！その瞬間またゴウンゴウン始まっちゃったしぃぃぃ！？
ガボガボォォォォシ！
アワアワの水飲んじゃったし…！もみくちゃにされてベアルフくん掴んでられないし…！
ゴウンゴウンって水がめちゃくちゃに揺れて、たぬきひっくり返っちゃうしぃぃぃ！これじゃ息できないし！
ベアルフくん！ベアルフくぅぅぅん！！
暴れる水の中でベアルフくんがぐにゃぐにゃ踊ってるし…。掴もうとしても掴めないし…。
息が苦しいけど、そんなことより今はただベアルフくんをギュッてしたいし…。
ベアルフくん…ベアルフ…く…ん…。

…気がつくとザァァァァって音がして、せんたくきの中から水が出ていってるし…たすかった…し…？

…ゴウン…ゴウン…ゴウンゴウンゴォォォォォォ！！

…ギュ！？キュ！？ギュゥォォォォォォォォォシ！？
せんたくきがものすごい勢いでぐるんぐるん回り始めたしぃぃぃ！？タヌゥゥゥゥ！？
壁に押しつけられて動けないしぃぃぃ！目も回って怖すぎるしィィィィィ！！だれか！だれか助けてしぃぃぃ！
反対側の壁に張り付いてひしゃげてるベアルフくんに手を伸ばしたいけど出来ないしぃぃぃ！
うっぷしェボロロロロロ！！
さっき飲んだ水全部出だじ！ごんなのつらすぎるじィィィ！！だれか止めでじィィィ！！
ベアルフくぅぅぅん！！べぇぇぇあぁぁるぅぅぅふぅぅぅくぅぅぅん！！

…ぜぇ…ぜぇ…
…やっと回転も止まったし…。
フラフラする身体で今度こそベアルフくんを抱きしめたし。
…ベアルフくん…もうお母さんの匂いしないし…ひぐっ…あんまりだし…。
こんなの…ひどすぎるし…たぬきがいったい何をしたんだし…？

…ジャバジャバジャバ！

たぬきの疑問に答える様に再びお水が注がれ始めたし…。きっと残ったあわあわを洗い流すためだし。
たぬきは怖くて怖くて、離れ離れになりたくなくて、ベアルフくんを強く抱きしめて丸くなったし…。
そして、溺れるくらい水が注がれて、たぬきが思わずジタバタしてしまった瞬間、またゴウンゴウンが始まったし。
ゴボゴボガボガボォォォォ！！
離さないしぃぃぃ！たとえしっぽが濡れても、ジタバタしても、もう二度とベアルフくんを離さないじぃぃぃ！！

ビリィッ！

波打つ水の中でたぬきは確かにその音を聞いたし。
掴んでいるベアルフくんの腕が根元から破れてとれそうになってるし…。

ビリ…ブチブチチ…

腕の付け根から脇腹に向かって、胴の裂け目が広がって行くし…。
体からベアルフくんの中身の白い綿が、どんどん出ていくし…！
ゴボォォォォォォ！！べばるぶぶぅぅぅん！！ゴボゴボゴボォォォォォォ！！！
水の中で叫ぶたぬきの目の前で、ベアルフくんは綿が抜けてどんどん萎んでいくし…。

その時たぬきは全てを思い出したし…。
たぬきは、ペットショップの中に突然ポップしてそのまま商品にされたたぬきだし…。
それからずーっと1人で過ごしてきたから、本当はお母さんなんて居ないし…。
ベアルフくんに染み付いた"お母さんの匂い"だと思い込んでたのも、本当はたぬき自身の匂いだし…。
…今分かったし、ベアルフくんは"たぬきそのもの"なんだし…。
だから、捨てられたり、狭い所に閉じ込められてたら、可哀想、助けなきゃって思うんだし…。
ベアルフくんにはいつも誰かにギュっとして貰って、幸せでいて欲しいから、たぬきはこんなにも必死になるんだし…。

…ザァァァァ…

またせんたくきから水が出ていったし…。
目の前には、首から下がぺちゃんこになったベアルフくんと、散乱する内臓みたいな白い綿…。
死んじゃったし…たぬきの大事な分身のベアルフくん…死んじゃったし…。

…ゴウン…ゴウン…ゴウンゴウンゴォォォォォォ！！

そしてまたものすごい回転が始まったし…。
あぁ…そんなにぐるんぐるん回したら、たぬき溶けてバターになっちゃうし…。
ふふふ…でも…それも良いし…。
溶けたたぬきとスカスカになったベアルフくんが混ざり合って、くるみルフくんを着たたぬきになるんだし…。
写真でしか見たことないけど…くるみルフくんはふわふわで暖かそうで、とても素敵だったし…。
もし大好きなベアルフくんと一つになって生きていけたなら、それはとても幸せな事だと思う…し…。
大好きだし…ベア…ルフ…く…ん…。


飼い主の男が買い物から帰宅すると、たぬきの姿は忽然と消えていた。
窓やドアは鍵が掛かったままなのに、家中隅から隅まで探してもたぬきは何処にも居なかった。
そして、小汚いクマのぬいぐるみを洗っていたはずの洗濯機の中には、真っ白な綿だけが残されていた。

この日、世界のどこかで生まれながらにくるみルフくんを着たたぬきがリポップしたという。
そのたぬきがどんな生涯を送ったのか、果たして幸せになったのか、誰も知らない。


オワリ

