『秋の健康診断』

「ウキウキだし！ワクワクだし！ご主人、お散歩とっても楽しいし！」
「おーい、あんまり先に行くなよ～。迷子たぬきになっちゃうぞ～」
「大丈夫だし～。あっ！ご主人あれ見てし！公園の木がみんな真っ赤だし！初めて見たけどとってもキレイだし！」
「お～ホントだな～。怒った時のたぬきの顔とどっちが真っ赤かな～？」
「も～！ご主人ひどいし！たぬきは怒りましたし！プンプンし！」

すっかり秋めいてきた今日この頃、休日を利用して我が家の飼いたぬきを連れて散歩にやってきた。
こいつとの出会いは冬の終わり頃、庭の隅で寒さに震えていたのを保護してやった。それ以来我が家の大切な家族だ。
ここ最近はあまり休みが取れず、たぬきとのお出かけがすっかりご無沙汰になっていた。
初めて見る秋の景色がよほど珍しいのか、目をキラキラと輝かせながらどんどん先へ進んでいく。

そうしてしばらく散策を楽しんでいたのだが、いつもの散歩コースとは違うと方向に向かって歩いていると、それに気づいたたぬきが心配そうな目でこちらを見てきた。
「あれ、ご主人どこ行くし？そっちはいつものお散歩コースじゃないですし？」
「…ああ、ちょっと寄り道だ。今日はさ、たぬきを良い所に連れて行ってあげようと思ってな」
「いいところってどんなとこですし？前にお話ししていたたぬきカフェだし？だったらうれしいし！」
「あー今日はそこじゃないんだけどな…。どんなとこかは到着するまでの秘密だ。だけど良い所だぞ、たぬき仲間もいっぱいいるぞ」
「お友達がいっぱいいるし！？わかりましたし！たぬきもお供しますし！」

騙して悪いなたぬき、これから連れて行くのは全然良い所なんかじゃないんだ…。たぬきによっては地獄に等しい場所かもしれない…。だけど、仕方ないんだ…。

しばらくして、たぬきが急に歩くのをやめた。進行方向を不安げに見つめている。
「ん？どうしたたぬき、急に立ち止まって。目的地はまだもう少し先だぞ」
「…ご主人、ホントにそっちに行くんだし…。この道、とっても強いションボリを感じるし…」
「だけど目的地はこの道の先なんだよな…あと少しで着くからもうちょっとがんばろうか」
たぬきの手を引いて進もうとするがまたすぐに立ち止まってしまう。よほど怖いものをこの先に感じたのか、涙を浮かべながらその場でプルプルと震えだした。
「イヤだし…イヤだし…。どんどんションボリが強くなってるし…こんなのたぬき初めてだし…ご主人、たぬきはおうちに帰りたいし…」
しゃがみ込んでその場を動こうとしない。この道の先にある強い“ションボリ”を危険だと感じ、本能が警告を発しているかのようだ。
このままでは先に進めないので、たぬきを抱っこして運んでやることにした。立派に育ったおかげか結構重たい。腰が少し悲鳴を上げているが気にしない。
「まったくたぬきは甘えん坊さんだなぁ！！そんなに俺に抱っこしてほしいんだな、このわがまま屋さんめ！」
こうして抱っこしてやると大体は機嫌を直してくれるのだが、今日はそれどころではないらしい。腕の中でジタバタしながらイヤだイヤだと繰り返している。
「ヤダしヤダし…たぬきは行きたくありませんし…この先はゼッタイに良くない場所だし…降ろしてほしいし…」
「そんなこと言わないでくれよ。目的の場所はこの先なんだから。ちょっとだけ我慢してくれよ、な？」
「ご主人一人で行けばいいし…たぬきはおうちに帰りますし…」
「わかってくれよたぬき、これから行く場所はたぬきにとって必要な場所なんだ…大丈夫、俺も一緒にいてやるから…」
「本当に怖いんだし…ご主人はションボリを感じないからわからないんだし…大丈夫だなんて信じられませんし…」
「たぬき、俺を信じてくれないのか？俺がたぬきに今まで嘘を付いたことがあったか？どうだ？」
「……わかりましたし、そこまで言うならご主人を信じますし…たぬきはいい子ですし…」
ようやく落ち着きを取り戻したたぬきを連れて目的地へと向かう。

そのまま５分ほど歩き続けようやく目的の建物に到着した。看板には【たぬき病院】と大きく書かれており、ポップな絵柄でお医者さんの恰好をしたたぬき達が描かれていた。とてもキュートだ。
一応断っておくが、病院スタッフは全員人間であり、たぬきは患者側である。

「ここって病院だし…？何で病院なんだし…？たぬきはどこも悪くありませんし…」
「今日は健康診断なんだ。知らないうちにどっか悪くなっているかも知れないからな、それを診てもらうんだ」
「診てもらうだけだし？ほかにひどいことはされないし？」
ここまで来た以上隠しても仕方ない。俺は観念したぬきに真実を伝えることにした。
「…注射も、あるな…。というか、どちらかと言えばそっちがメインだ…」
「ﾀﾇｯ！！お注射イヤだし！ご主人ヒドいし！嘘つきだし！ここ全然いいところじゃないし！たぬきはおうちに帰りますし～！」
注射と聞いた途端、盛大にぐずりだしてしまった。イヤイヤジタバタをし続けるたぬきを宥めながら病院へと入る。

「すみません、本日予約していました双葉なんですが…」
「ご予約の双葉様ですね？お待ちしておりました。双葉様、本日は健康診断と予防接種のご予約でお間違いなかったでしょうか？」
「ええ、それで大丈夫です。お願いします。」」
受付を済まし待合室へと移動する。待合室には俺たち以外誰もおらず、先客はちょうど診察中のようだ。
たぬきは病院に入った途端に尻尾を抱きかかえて丸くなり、時折ちびたぬきのようにｷｭｰｷｭｰ鳴いている。
現在診察室では３組の飼いたぬき達が診察を受けているようだが中々に騒がしい。どんな様子なのかと少し中の様子を伺うことにする。３組ともちょうど注射を打つところのようだ


「やめろし！チクチクを近づけるなし！それ痛いヤツだし！このたぬ殺し！てっぺんハゲ！たぬき虐待で訴えるし！」
「大丈夫痛くないよ～、ちょっとチクってするだけだからね～。……あと先生はハゲじゃないよ～」
ブスリ！「ぎゃーし！このハゲわざと痛くしやがったし！！」「おや、失敗かな？もう一度刺そうね～」ドスッ！「うぎゃーし！！」ジタバタ

「ん～たぬきちゃんはお利口でちゅね～。しっぽを濡らさなくてもお注射我慢できるのねぇ～」
「ヴッフ！当然ですし！たぬきは勲章三つも持ってますし！こんなのへっちゃらだし！…我慢してみせますし！」
チクッ！「い、痛いし！この医者ヤブだし！医者失格だし！たぬき以下だし！」ジタバタジタバタ
「ちょっと！たぬきちゃんが痛がってるじゃない！まったく、この病院も質が落ちたのかしら…」

「今日はお注射しないって言ったし！たぬきはこんなの聞いてないし！飼い主さんに騙されたし！」
「もう、あんまり騒がないで！恥ずかしいでしょ！我慢したら新しいベアルフくん買ってあげるって言ったでしょ！」
「信用できないし！それもきっと嘘だし！うそつき！おうちに帰せ！！ダヌーーーーーーーーーーー！！！！」
「もうっ！ダヌー癇癪までして！そんな悪い子はうちの子じゃありません！」
「ﾀﾞﾇｰｯ!ﾀﾞﾇｰｯ!ﾀﾞﾇﾀﾞﾇﾀﾞﾇﾀﾞﾇﾀﾞﾇ《プスッ！》ﾀﾞﾇﾀﾞﾇﾀﾞﾇﾀﾞﾇ！！！！」「はい、終わりましたよ」
「ﾀﾞﾇﾀﾞ……あれ、もう終わったし？全然大したことなかったし！」「調子良すぎ！」ポカッ「ﾀﾞﾇｯ!」

待つこと数十分、診察室から名前を呼ばれたぬきと一緒に中へと入る。たぬきが泣き出さないか心配だったが診察は思っていたよりもスムーズに進み、残すは注射のみとなった。
このまま注射もおとなしくさせてくれる思ったが甘かった。注射針を見た途端、診察台の上で激しくジタバタし始めた。
「だしぃぃ！！お注射イヤって言ったし！なんでたぬきのお願い聞いてくれないし！？ご主人なんて大嫌いだし！！」
たぬきのジタバタは一向に収まらず、このままでは注射を打てそうにない。
いっそしっぽを濡らすという手もあるが、それはたぬきの自由を奪うのと同じことであり信用を失いかねない。
こうなってしまっては仕方がない。たぬきを騙すようで気が引けるが一芝居打つしかないようだ。
「そっか、そんなに嫌なら今日は注射はやめとこっか」
「……え？いいんだし？ホントにお注射しなくていいんだし？」
医者は一瞬困惑した顔でこちらを見たが、バチバチと目でサインを送るとこちらの意図を察してくれたようだ。
たぬきから医者の注意を逸らしつつ、たぬきの頭を撫でて話を続ける。
「あぁ、たぬきのためだと思ったんだけど、肝心のたぬきの気持ちを無視してた…。悪かったよ」
「ご主人…ありがとうだし…たぬきホントにお注射が怖かったし…それなのにご主人はお話聞いてくれないし…」
「さっきは大嫌いなんて言ってごめんなさいだし…たぬきはホントご主人のことが大《プスッ》好き…だ…し…？？」
「え…あれ…？お注射うったし…？さっきしないって…でもプスッて…だし…だし……」
たぬきが安心した瞬間を狙ってた手早く注射を済ませてしまった。流石プロ、鮮やかなもんだ。
騙されたことに気づいたたぬきは医者と俺とを交互に見比べ、最後に俺のことを信じられないものを見る目で見た後、それきりフリーズしてしまった。

全ての診察が終了し、放心したままのたぬきを抱きかかえた病院を後にした。ようやく正気を取り戻した頃、たぬきは一言「ご主人のことゆるさないし…」とだけ呟き、その後は終始無言だった。
家に帰るなりたぬきは自分の毛布に突っ伏しこちらを見ようとしない。何度か話しかけても「ご機嫌ナナメだし…かまうな」と答えた後はいくら話しかけても無視をされてしまう。
一度こうなるとたぬきの気が済むまで好きにさせておくしかないので、こちらはその間夕食の準備を始めることにする。今日たぬきの大好きな焼うどんを作ってやろう。
調理を終え焼うどんを皿に盛りつけたところで、未だに拗ねたままのたぬきに声を掛ける。
「お～い、たぬきさんや～い、そろそろ機嫌を直して出てきておくれ～。今日は晩御飯はお前の大好きな焼うどんだぞ～」
「いりませんし…たぬきはまだ怒ってるし…ご主人なんか嫌いだし…」
「そんな淋しいこといわないでくれよ～、ほらほら、温かいうちに一緒に食べようぜ～」
「食べたくありませんし…たぬきはお腹減ってないし…ご主人一人で食べればいいし…」
その時、部屋にグゥという大きな音が鳴った。たぬきのお腹の音だ。今日は散歩に出かけてから今まで何も食べていないからさぞお腹がすいているだろう。しばらくするとバツが悪そうな様子でトボトボ歩いてくる。怒りより空腹の方が勝ったようだ。
「はぁ…仕方ないし…。ご主人がそこまで言うなら食べてやらないこともないし…」
「そうかそうか！今日はいつもより力作だぞ！なんと麺大盛の肉野菜マシマシだ！」
「だけどたぬきはまだ怒ってますし…ご主人のことはしばらく許せませんし…。でも、焼うどんには罪はないし…」
「むぅ…確かに力作というだけはありますし…だけどこんなのでご主人を許すほどたぬきは安くないし………今日は醬油味だし？たぬきはソース味の方が好きですし…」
「とっても香ばしい匂いがするし…ダシの香り豊かな醤油ベースの味付けに、モチモチ感たっぷりのうどん…それにお肉もマシマシだし…今日はすごいし…」
最初は渋々とした様子で食べ始めたのだが、次第に箸を動かすペースが上がっていった。先ほどまでの不機嫌は何処へやら、いまや満面の笑みで焼うどんを食べ進めている。
「ズルズルし！ガツガツし！うまいですし！最高ですし！やっぱりご主人の焼うどんは世界で一番だし！！」
「こんなおいしい焼うどんを作れるご主人はエライし！焼うどんづくりの天才だし！」
どうやら大層お気に召したようだ。奮発していつもより高いやつを買ってきた甲斐があった。お肉もいつもの３倍入れてやった。
半分ほど食べ終えたところでたぬきが口を開いた。ようやくご機嫌斜めモードも終了したようだ。
「今回はこの焼うどんに免じて許してあげますし…。けど、次同じことをしたら今度こそ許しませんし！次は絶交ですし！」
「わかったわかった、次からは気を付けるよ。お前を怒らせると怖いからな。まだいっぱいあるからたくさん食べてくれよ！お代わりもいいぞ！」
「そんなに食べたら太っちゃうし～。たぬきを太らせてどうする気だし～」
こいつときたら現金な奴だ。焼うどん一つですっかり機嫌も元通りだ。泣いた赤鬼がもう笑いやがったぜ…たぬきだけど。

まあ、次の春にはまた同じことが起きてしまうわけだが。次のメニューは何がいいだろう…。

たぬき病院　：　たぬき診療を専門としてる動物病院の一種。絶対数が少なく診察に訪れるたぬきが集中するためションボリも溜まりやすい。繊細なたぬきにとってはとても恐ろしい場所。
たぬきワクチン：たぬき特有の疾患である「繭化・もどき化・狂たぬ病」対策のために開発された向けワクチン。飼いたぬきを健康に・安全に飼い続けるためのワクチンであり年２回の接種が推奨されている。大体は春・秋の健康診断とセットになっている。
