「▲▲山　森林火災」

●●町の近くにある▲▲山ではたぬき達の群れがのんびりと暮らしている。のべ五〇匹ほどの大所帯ではあったがとても大きなたぬ木の下ならば、怖い獣と出会う事もなく食べ物に恵まれ、それはそれは幸せに毎日を過ごしている。
大昔から山にいる賢いたぬき達の血を継いでいる為か、人間との接触は出来る限り抑えて、隠れて生きていこうと心に決めていた。ちび達も親の熱心な教育の賜物か、すくすくと育ちひとりで木の実を取ってこられるほどに成長していった。

「あ、たぬきだ。写真撮らせてもらおう！」
「ちび達、人間が写真撮りたそうにしてるし。ポーズ決めてやるし…」

人間との関係も良好。登山客達の前で踊っておひねりをもらったり、遭難した人間に下山ルートを伝えるなど山の妖精じみた存在として知られている。客に向けたパンフレットにはたぬき
に関する記載もあり、餌を投げていいのは踊りを最後まで終わらせた時だけ、と厳しく記されている。人間はたぬきを甘やかすのではなく、しっかりとしたルールの下で共存するのだ。
山の麓にある街の人間達からは唯一真っ当に話が通じる動物である為に山の様子を伝えて報酬をもらうと言ったギブアンドテイクを形成している。こうする事で事前に野生動物が街へと降りるのを防止しているのだ。

「自治体の人からくだものいっぱいもらったし…ちび、これでデカくなるし…もうすぐ妹も出来るし…」

更にたぬ木をも人間は認めた。繁殖自体は生物として何ら悪しき事ではなく、産まれたちびたぬき達が街の人間や登山客に害を与えないのならば許すと約束を取りつけた。
それでも時たま、親に反抗して人里に降りていくちびがいる。そう言った個体は大体が捕獲した後に山に戻され、登山道に設置されているカメラの前で群れから厳しい罰を与えられる。人間にしっかりと制裁を行っているのだと知らしめる為だ。こうした自浄作用も相まって▲▲山の平和はたぬきによって保たれているのである。

そんな▲▲山である日、痛ましい事件が起きた。山とは切っても切れない、山火事である。
出火原因はキャンプに訪れていた若者達による火の不始末。被害面積は六〇ヘクタールに及び、五〇匹いたたぬき達の内その九割が焼け死んだ。
森林法違反により逮捕された若者グループ五人の内三人と、幸運にも無傷で生き残った▲▲山オートキャンプ場の管理人と管理たぬき※、そして傷つきながらも生き延びた数匹のたぬきが事件当時何が起きたのかを克明に説明した。

※（この地を管理しているのは人間とたぬきで、管理たぬきの三匹の娘達は旺盛なサービス精神も相まって看板たぬきで知られていたが、全て焼死した）

その日の夜、ちょうど繁忙期という事もあってオートキャンプ場には多くの客が集い繁盛していた。
しかし管理たぬきはキャンプ場外からの煙を確認する。先述した若者グループはキャンプ場を利用せずに山中でキャンプしていたのである。

「んー？し…」
「また場外でやってるな？」

昨今のキャンプブームにより、整備されたキャンプ場ではなく自然のど真ん中で行おうとする人間は多く見られ、▲▲山でも頻発していた。勿論ルール違反である。

「私が注意してくるし！みんな行くし！」
「気をつけるしー！何かあったらすぐ戻ってくるしー！」

これを知った看板たぬき達は親の手を煩わせるまでもない、と注意に向かった。これが管理たぬきと三姉妹の最後の会話である。
キャンプ場から離れた山中の開けた場所で若者グループは焚き火を囲んで酒盛りをしていた。五人の内二人は泥酔状態にあり、正常な判断が出来なくなっていたとされる。

「ここはキャンプ禁止だし…あっちにキャンプ場があるからそこでお願いするし…」
「森の動物達に迷惑だし…」
「し…」

三姉妹はあくまでも注意として、やんわりとそう告げた。山に住む動物達にはキャンプ場を作ってそこに人間達を集めるから安心してほしい、そう事前に許可を取っている。それが破られてしまうのは避けたいのだ。
だが若者達は子たぬきの言葉に耳を傾けない。これが人間であれば従ってくれたかもしれないが、小さなたぬきの言うことを聞くつもりはなかったのだ。

「お願いだし…ルールに従って欲しいし…」
「ここはみんなの山だし…」
「だし…」

三姉妹は腹を立てたがそれでも堪えた。自分達は山を管理する側であり、どっしりと構える必要がある。礼節を持つ事が大切だとちびの時からそう教えられていたからだ。
だが、人間はそうはいかない。

「あーもう、うるせえなあ。これでも飲んどけ」
「おりゃっ」

泥酔していた二人の青年は手に持っていたビール缶をひっくり返し、中身を滝の様に三姉妹に叩きつけた。こうした行為を行う横暴な人間には必ず管理人が対応していたのだが、どうしようもない。頭からビールをかけられた三姉妹の口に容赦なくアルコールが染み込んだ。

「うえ！ぺっ、ぺっ、なにするし！」
「ひどいし！」
「ひど、ひどいし、なんか、ふらふらするし…」
「うるせえんだよたぬきの癖によお。なーにが山の管理人だ、ただの動物じゃねえか」

あっという間に三姉妹は顔を真っ赤にしてふらふらし始める。その滑稽さに若者達はくつくつと笑った。

「こいつらもう酔っ払ってやんの！」
「かわい〜！でもやめたげなって、かわいそうだよ〜！」
「ﾀﾇｯ､ﾀﾇｯ､ｷｭｴｯ…」

三女は赤ら顔を通り越して蒼白になり、体がカタカタと痙攣を始めた。元々アルコールにさほど強くないたぬきの、それも幼体である。体に取り込んだ際の影響はあっという間に急性アルコール中毒を引き起こしたのだ。
ばたりと倒れ込みジタバタさえしない姿に姉達はギョッとし、酔っ払いながら助け起こす。体を震わせる三女の口元から勢いよく吐瀉物が飛ぶ。そして更にカタカタと震えて、動かなくなった。

「ﾋｯｸ､ちび？おい、ちび？ﾋｯｸ､しっかりするし…」
「あ、ああ、ﾋｯｸ」
「酔いながら泣いてるぜこいつら！！」
「アホらし！」

泣きながらしゃっくりをするたぬき達を嘲笑う泥酔した青年二人。彼らは幼い頃からたぬきを虐めていた、生粋のいじめっ子だ。▲▲山へキャンプにやってきたのも仲間と遊ぶついでに軽くたぬきを虐めてやろうと考えてなのだ
。
「もうそいつ死んでるぞ。俺達が処理してやるよ」
そう言って青年は姉たぬき達から三女の死骸を奪い取る。酔っ払っていて足がもつれるものだから、二匹は奪われまいと足掻く事すら出来なかった。

「あー、かわいそうなちびちゃん。火葬にしてあげよう」

そう言ってニヤニヤ笑いながら青年達は三女の死骸を、焚き火へと放り投げた。ぼおっ、と強く炎が上がる。たぬきの体はとても火がつきやすいのだ。


「ち、ちびぃぃぃぃ！！うわあああああん！！！」
「ひどいし、鬼、悪魔、たぬ殺し…！」
「ちょっと、やりすぎじゃない？ってかここのたぬき達って手を出したら捕まるんじゃなかった？」

流石に仲間も青年達の行動を非難する。ルールを守らない人間達ではあるが、可愛らしいたぬきを虐めようと言う精神だけは理解し難いものなあったのだ。更に▲▲山の案内には、山中に住むたぬきへの嫌がらせ・暴力行為には法的罰則がかけられるとも書いてある。

「ちっ…こんな奴ら殺して罪に問われるとか馬鹿みてえ」
「じゃあよ、証拠隠滅すりゃよくね？」

そう言って青年達は最悪の選択をした。さめざめと泣くたぬき達に目を向けると、いつの間にかキャンプ場へと泣きながら千鳥足で走っていた。

「ままぁぁあ〜！！ちびがぁ〜！！」
「助けてしぃ〜！」

話されたらまずい、と青年達はすぐにたぬき達へと追いつくと口を塞ぎ、尻尾を掴んで無理やり連れ帰った。

「あー、じゃあ口裏合わせな。俺達は確かに間違ってここでキャンプしてた、それを止めに来たこいつらが勝手にビール飲み出して酔っ払った挙句…焚き火に、突っ込んじゃいました！と！」

そう言って、同時に青年達は二匹のたぬきを焚き火に放り投げた。先程よりも強く炎があがったのに続いて、耳をつんざく悲鳴があがった。

「ｷﾞｭｱｱｱ!!あち、あち、あぢぃいいい！！誰か助けて、まま、ままぁぁぁぁぁ！！！」
「ﾀﾞﾇｳｳｳｳｳｳｳ!!!ﾀﾞﾇｯ､ﾀﾞﾇ､ｷﾞｬｨ､ｷﾞｬｱ!」

モチモチの体が瞬く間に炎によって溶かされていく。生きながら焼かれる苦痛の中で絶叫しながら二匹のたぬきはジタバタして少しでも痛みを和らげようとするが、何の意味もない。むしろ、そうする事で薪をそこら中に撒き散らした。
青年達の判断は甘かった。生きながら炎に入れるのは愚策である。何故ならばたぬきは燃えはするがそう簡単には死なない、むしろなんとかして生きようと滅茶苦茶な行動を起こすのだ。

「「ﾀﾞﾇｳｳｳｳｳｳｳ!!!」」

ぱちっ、と弾ける音と共にたぬき達は文字通り跳ね飛んだ。黒焦げになった妹の死骸を蹴り飛ばして。
長女は凄まじいスピードで焚き火から脱出すると、若者達が広げていたBBQセットを吹き飛ばし、更にテントに突撃して薙ぎ倒す。さほど力がないはずのたぬきにしては異常な、文字通り火事場の馬鹿力だった。
次女は姉とは逆に森の中へと飛び込んだ。全身を焼かれる苦痛をなんとか和らげようとそこら中に体を叩きつける。

そして、二匹の行動は最悪の結果を招く事となる。
吹き飛ばされたBBQセットにくべられていたまだ火の灯っている炭が森の方まで飛ばされ、あらゆるものに火をつけたのだ。挙句テントにまで火がつき、あっというその場を火が支配し始める。
一方森をひたすらに突っ走った次女は文字通り火だるまな為、触れるもの全てに火をつけた。草、木、花…ありとあらゆる可燃性のものに。

こうして山火事が発生した。二匹のたぬきを火元として、あっという間に木々の間を火が駆けていく。
勿論、たぬき達がこれに気付かないはずはない。火を目視で確認したその瞬間に見張り台に立っていたたぬきは力強く鐘を打ち、トランシーバーで仲間達に連絡を送った。

『山火事発生だし！避難開始だし！！』

管理人は連絡を受けるなり消防隊に通報、キャンプ場の客達に迅速な非難を促す。たぬき達はと言えば森の中の獣達に呼びかけ、麓まで降りる様勧告した。緊急事態に限り動物達の誘導が許可されている。

しかし火の手は予想以上に早い。既に出火原因である二匹のちびは力尽き炭の様に真っ黒になって火に飲み込まれていた。

「避難は完了したし！消防隊はまだかし！？」
「今来たらしい！すぐに消火が始まる！ところで、君の娘さん達は！」
「探してもどこにもいないんだしいいいい！！

家事の中だというのに反射的にジタバタしてしまう管理たぬき。その間にもじわじわと炎が山を侵食していく。
しかし人間とてやられっぱなしでは終わらない。何台もの消防車に続いて上空を消防用ヘリが行き交い始めた。
たぬき達も日々繰り返していた避難訓練の通りに避難を開始する。動物や客は既に麓まで降りている、後は彼女達だけなのだ。

『みんな！聞こえてるかし？やばいし、たぬ木が、たぬ木がこのままだと焼けるし！！消防隊も間に合わないし！！』

ところがトランシーバーから響いた見張り台たぬきの声に全てのたぬきが避難しようかというところで動きを止めた。
火を消す事はいくらたぬき達でも出来ない。だから消火のプロに任せて祈るしかない、そう思っていた。だがこれから産まれようかというび達が眠っているたぬ木を見捨てる事は、出来なかったのだ。

「わ、私戻るし！」
「私も！」
「可愛いちび〜！」
「先祖様から続くたぬきを見捨てられないしー！」

何十匹ものたぬきが無謀にも燃え盛る森の中へと走っていった。管理たぬきも後に続こうとしたが、それを管理人が阻む。

「離してし！もしかしたらちび達がまだ中に…」
「もう無理だ！どのみち君が死んだら元も子もない！今生きているちび達を逃す事を考えるんだ！！」
「ううう、うわあああんしぃいぃ！！！」

ちび達を非難させようとした仲間達と共に、涙を堪えながら管理たぬきは下山するのだった。


山火事は発生から一晩経ってようやく鎮火された。予想されていた最悪のシナリオは避けられたもののたぬき達の生息地は全焼し、たぬ木も丸焦げになってしまった。木の根のあたりには避難をやめてたぬ木のもとへと向かった数十匹のたぬきが黒焦げになりながらも幾つものたぬ木の実を抱き締めた状態で見つかった。その中には見張り台のたぬきもいた。
けれど、命をかけて守ったはずの実の中で産まれたちび達は皆外側からの熱に耐えきれずに悲惨な姿で死んでいたのだった…。

そして全ての原因と言える若者グループの内、泥酔していた二人の青年は倒れた木の下敷きになった状態で遺体が見つかった。同じように倒木によって命を落としたたぬきも多かったという。
残る三人も規則によって定められているたぬき保護法にに抵触したとして近く逮捕される事だろう。完全とは言い難いが、罰はしっかり与えられる事が決まり生き残りのたぬき達はある程度は溜飲を下げた。

これまで▲▲山では山火事こそあれどたぬき達の迅速な活動により被害は最小限に留める事が出来ていた。けれどそれは大体がたぬきの生息地ではない地点がほとんどだった為に彼女達は忘れていたのだ。もしも火事が起きた時、たぬ木をどうすれば良いのかを。
生き残ったたぬき達は住処を失った悲しみから山へ戻る気にはなれず、自治体で飼われる事が決まった。ちび達も保護され、優しい人間達に引き取られていったという。

管理たぬきは愛娘達が全員焼死体で見つかったショックに耐えられずにある夜失踪した。噂では何もかも焼けてしまった旧キャンプ場に住み着いているのだそうだ。

「うええええええん、うええええええん…ちびぃ、ちびぃ…」


解説
・▲▲山
山火事の一件からこれまでよりも厳しいルールが課せられ、キャンプ場外でキャンプをするものには罰金だけでなく下山が言い渡されるようになった。たぬき達が焼かれた事に人間達も怒り心頭だったのだ。
たぬきを売りにしていた諸々も無くなり、一転して寂しい山となってしまった。

・管理たぬき
行方不明、のはずなのだがキャンプ場跡地にて薄汚れた成体たぬきの目撃証言が多数寄せられている。特徴からして管理たぬきである事は間違いない。
人間を見るや否や尋常ではない様子で襲いかかるようで、このままでは駆除も視野に入れられるとかなんとか。










「はあ…はあ…ゲホッ、ゲホッ、煙が回ってきてるし…」
「熱いし…たぬ木は、たぬ木はどうなってるし！」

あの夜、森の中へと引き返してきたちび含めておよそ二十匹ほどのたぬき達は燃え盛る炎の中でついに故郷へと辿り着いた。
周囲は燃えてこそいるがたぬ木本体は無事だ。枝からぶら下がっている実も一個も失われずにいる。

「ああっ！！みんな見るし！！」

声に振り返ると、やってきた道が倒木によって塞がれてしまった。せめて実だけでも抱えて下山しようという希望も失われ、たぬき達は自分達が死ぬためにここへやってきてしまった事を理解する。

「ちくしょうし…」
「なんでだし…何も悪い事していないし…」
「人間とも仲良くして、みんなで山を盛り上げて…なのに、なんでこうなるし…」
「まま、ごめんし…言われた通りに逃げればよかったし…」
「もう後悔しても仕方ないし…さあ来るし…」
「せめて、せめて最後はたぬ木と一緒に…」
「まま…」
「おばあちゃん…」

口々にそう呟き、ぐすんぐすんと涙を流しながらたぬき達はたぬ木へと歩みよると、太い幹に体を預けて目を閉じていった…。焼かれる苦しみを味わわせたくはないと実を取ってギュッと抱きしめるたぬきもいた。
けれど全て、全てが炎に焼かれて消えていった。


