『野良たぬきはやめておきましょう』


街中や森など、あちこちに棲むたぬき。
それなりの知能があり、成体の身体は犬猫並みに大きい。
たぬ木やポップなどといった方法で増えていくようだが、生態に未だに不明な点は多い。
増えすぎたりはしないかと心配になるところだが…そんなことはなかった。
その理由は…


＜ケース1＞

「ふふふ…今日はごちそうだし…ヴッフ…」
ゴミ箱で拾った弁当の食べ残しを抱え、河川敷に戻ってきた1匹のたぬき。野良にしては珍しく、服持ちのたぬきである。
同じ河川敷で暮らすたぬき仲間に挨拶をすると、ボロボロのベンチの下にもぐりこんだ。
ここが、このたぬきのねぐらであった。

「ん…なんだし…？」
座り込んで気づく、股間の違和感。
たぬきは服をまくりあげてそれを確かめようとする。
「……ﾀｯ…ﾀﾇｯ…！？」
そこには、コブが2つ…まるでキンタマのようなコブが。
「なっ…なんだし…これ…」
おそるおそる触れてみる。プニプニとした感触が…
「ギッ！？　ダヌッ…うぅん…！！」
キンタマを強めに押した瞬間、腹部を殴られたような耐えがたい鈍痛が走り、慌てて手を離す。
「…ひぃし……いたいし……し…」
お腹を押さえ、息を整える。
とにかく、もう触らない方がいいだろう。虫にでも刺されただろうか。早く治って欲しい。
たぬきはそれ以上考えることをやめ、食事を取ることにした。

＊＊＊＊

翌日。
キンタマは、昨日よりも少し大きくなっているようだった。
「…………」
しかも、急いで走ろうとするとその揺れが響いてかすかに痛む。
「………やだし……」
他のたぬきに相談しようかと思ったが、コブが出来た場所があまりにみっともない。
「…そのうち…治るし…」
暗い顔で、たぬきはトボトボと慎重に歩くのだった。

＊＊＊＊

一週間後。
キンタマのようなコブは、ついに服の裾からはみ出すほどに大きくなっていた。
「やだし…やだし…」
必死にガニ股になり、キンタマを草や石にぶつけないように歩く。
それでもゆさゆさと左右に揺れ、自分の足をかすめるたびに鈍痛が襲う。
たぬきは泣き顔になりながら、ついに他のたぬきに相談することにした。

「これは……病気だし…」
一番長く河川敷に棲んでいるたぬきが、キンタマを見るなりにそう告げた。
「ﾀﾞﾇｯ…！？」
「それに罹ったたぬきを知ってるし……そいつは……」
「……どうなったんだし……？」
「…死んだし」
キンタマたぬきが顔を青くする。
「うそだし……やだし…しぬのやだし…」
反射的にジタバタしようと寝ころんだが、そこで思いとどまってピタリと止まった。
このキンタマを抱えてジタバタすればどうなるか…考えたくもなかった。
「おねがいし…たすけてし…」
「……野良では……無理だし…医者も薬も……」
「……いやだしいしいい！！！　ぎぃいいいい！！！なんとかしてしぃいいい！！！」
残酷な事実を告げられ、キンタマたぬきは首を横に振って絶叫する。
「…ごめんし」
「うぅぅうやだあああしいい！！！いぃいい！！！！　ひぐ！！ひぐ！！ひいいし……！」
キンタマたぬきは涙を浮かべながら、醜いガニ股歩きでヨタヨタと去っていった。

＊＊＊＊

さらに一週間後。

キンタマたぬきは、ベンチの下で、仰向けに寝ていた。
正確には、起き上がることができないでいた。
「…やだし……やだし……やだし……」
自分の顔ほどの大きさに膨れ上がったキンタマ。
あまりに滑稽な、しかしおぞましい姿であった。
ここまで大きくなってしまったせいか、キンタマ自体の重みだけでズキズキと鈍痛が襲ってくる。
表面には、少し前までは皴があったのに、今では余裕なくピンと張り詰めている。

「……ﾔﾀﾞｼ……ﾔﾀﾞｼ……ひぐっ……ﾔﾀﾞｼ……」

もう何日も、何も食べていない。
寝返りもできず、朽ちかけのベンチの裏側をただ眺め続けている。
キンタマたぬきは自分のたぬ生の終わりをすぐそこに感じ、涙を流して祈った。
「……スズキ…たすけて…し……」

＊＊＊＊

翌日。
ベンチの下には、キンタマが破裂したたぬきの死体が転がっていた。

…
……
～たぬキンウイルス～
たぬきのみに感染するウイルス症。体液や飛沫により感染する。
股間に睾丸のようなコブが生じて、徐々に肥大化していく。
それに伴い歩行も困難になり、最終的には睾丸が破裂して失血死する。
睾丸部分は極めて神経過敏であり、わずかな衝撃でも激しい苦痛となる。



＜ケース2＞

スラムの一角。
親たぬきと子たぬきが1匹ずつ、それにちび3匹の家庭があった。

「…ｷｭｩｳﾝ………ママ…おなか…いたいし…」
「大丈夫かし…ママがついてるし…」
お腹を押さえてうずくまる子たぬきの背中を、親たぬきがさする。
「いたいし…やだ…しぃ……ﾀﾇｩﾝ……」
突き刺すような尋常ではない腹痛に子たぬきは顔を青くし、脂汗を浮かべている。

そして、その『波』は急に来た。

「ﾋｯ……うん…ち…し…！」
ﾌﾞﾁﾞｭﾌﾞﾁﾞｭﾌﾞﾁﾞｭﾌﾞﾁﾞｭ!!!ﾄﾞﾎﾞﾎﾞﾎﾞ…

水のような便が、子たぬきの肛門から一気に流れ出る。
「ﾋｨ…ﾋｨし……ママ…やだ……」
「タヌッ………！？」
驚愕して手を止める親たぬき。
そして下痢はまだ止まらなかった。

ﾌﾞﾁﾞｭﾌﾞﾁﾞｭ!!ﾌﾞｯﾋﾟﾋﾟﾋﾟﾋﾟ!

「ﾀﾞｯ………おひっ……」
蛇口をひねったように流れ出ていく。そして、子たぬきの身体に異変が生じた。
「あひ……し…やだ……ｼ……ﾔﾀﾞｼ……」
水分が抜けすぎたのか、肌がシワシワになっていく。
モチモチだった身体が薄くなり、手足がグニャグニャになる。
自重を支えることができず、溜まった下痢の中に、折り畳まれるように倒れ込んだ。

「たっ大変だしぃいいいい！！！」
汚物に触れることも構わず、親たぬきは慌てて子たぬきを抱き上げる。

　ｷｭｰ…ｷｭｰ？

親たぬきが大騒ぎしたため、スヤスヤと眠っていたちび達も起き出した。

「……ﾔﾀﾞ……ｼ…………」
　……ｷﾞｭｯ!? 
無惨な姿で呟く姉…子たぬきの姿を見て、悲鳴を上げてジタバタし始めるちび達。
「うう…死んじゃダメだし…頑張れし……ひっく…」
必死に声を掛けて励ます親たぬき。
しかし、子たぬきの尻からは更に下痢が流れ出した。
「ひいっ……！？」

…このあと、親たぬきはスラムのたぬき達に救いを求めて駆けずり回った。
しかし、薬もなければ知識もないスラムのたぬき達に打つ手はなかった。

次の日、この子たぬきは息を引き取った。最期は、まるで萎んだ捨てられた風船のような見た目であった。

＊＊＊＊

「うう…なんでし…」
亡くなった子たぬきをゴミ捨て場に葬り、親たぬきは涙を流す。
あんなにいい子だったのに。ちび達の子守もしてくれるお姉さんだったのに…
涙をふきつつ、ねぐらに戻る。

　ｷｭｳ…　ｷｭｰｷｭｰ…

寂しいのかちび達も元気がない。親たぬきは全てのちびを慈しむようにナデナデして回る。
「みんなで寝るし…」
ちび達が作ったたぬき玉をお腹に抱え、親たぬきは眠りに就いた。

＊＊＊＊

次の日の朝。
親たぬきが異変を感じて目を覚ます。
…目の前には、お腹を押さえて大量の下痢を垂れ流すちび達の姿があった。　

　ｷﾞｭ…ｷﾞｭｩｳ…　ﾌﾞﾁﾞｭﾁﾞｭ…　ｷｭｩ…
　
「ち……ちびぃイイイイイイイイイイイ！？！？」
絶叫して飛び起きる親たぬき。
…その腹部を、突き刺すような痛みが襲った。
「ひぎっ…！？」

…
……
～たぬコレラ～
たぬきのみに感染する細菌症。
感染すると、全身の水分が下痢として流れ出ることになる。
潜伏期間は2日程度。糞便や、それが乾燥したチリを吸い込んでも感染する。
「スラム」と称してたぬきが密集して暮らす街中では、群れが丸々全滅することも珍しくない。



＜ケース3＞

ある民家の庭で、首輪と鎖を付けられたたぬきがたぬフードを食べていた。
近くの量販店にて最安値で売られている、カリカリたぬフードである。
「……モグモグし…モグモグし…」
独りで呟きながら、皿に盛られたたぬフードを口に運ぶ。
「……モグモグし……」
すべてを食べ終えると、地面に這いつくばるようにして、横の皿から水を飲む。
たぬきの手は、水を掬って飲むには向いてないのだ。
「…ゴクゴクし……ゴクゴクし…」
そのあとは、たぬ小屋…ではなく、ただの犬小屋の中に入り込む。
あるのはボロボロのタオルが1枚だけ。
「………ねるし……」
周囲を執拗に飛び回る虫を振り払いながら、たぬきは横になった。
『アハハ…』
庭に面した窓からは、家族の笑い声が聞こえてくる。
「………」

たぬきを飼う時、抜け毛や臭いを気にして外飼いする家庭も多い。
しかし、このたぬきは――文句こそ一度も口にしたことはないが――たった1匹で外飼いされていることが不満であった。
話し相手もなく、スキンシップする相手もなく、ダンスを見せる相手もなく、鎖の届く半径1メートルしか動けない生活。
地面に置かれた皿から食事を取り、孤食する毎日。

…たぬき仲間が欲しかった。
しかし、以前にそのことを飼い主に訴えた時は、笑われた。
たぬきをもう1匹飼うよりも俺は猫を飼いたいよ、と。

＊＊＊＊

そんなたぬきが、唯一、希望を持っていたものがある。
犬小屋の脇に生えている、1本のたぬ木。
…ほとんど枯れており、丈1メートル程度、枝はたった1つ、茶色の葉が数枚付いているだけの、小さなたぬ木である。

これに実が付いたところを、たぬきは見たことがない。
だが、もしちびが生まれてきたら……そして育てることができたら…
もう半分諦めているが、たぬきは日に10回は木を見上げ、実がなっていないか探してしまうのだった。

＊＊＊＊

そんなある日。たぬきがふと、たぬ木を見上げると。
「タヌッ！？！」
いつのまにかたった一つだけ、枝の先に実がなっていた。
そしてそれは日に日に、ぷっくりと膨らんでいく。

「……まだかし…」
たぬきは毎日、たぬ木の根元に自分の飲み水をこっそりと撒き、実が落ちるのを待ちわびた。
「…はやくし…ちび……」

そして一週間後…ついに、実が落ちた。

落下した実はパッカリと割れ、中から一回りちいさいちびが顔をのぞかせる。　
　ｷｭｰ♪
「生まれたし……ちび…！　こんにちはし…」
たぬきは大急ぎで実を包み込むように抱え、犬小屋の中に引っ込む。
生まれたちびは、自分が入っていた実をあむあむと食べ始めていた。
歯がなくとも齧りとれる柔らかい果実が、ちびの口の中に消えていく。
それをじっと見ていたたぬきの目から、涙がこぼれる。
「あああ…かわいいし……」
ちびを優しく抱きしめ、口元を拭いてやる。

　ｷｭｳﾝｯ♪　ｷｭｰ…

ちびも、目の前のたぬきを親であると認識したのか、モチモチのほっぺをこすりつける。
「かわいいし…かわいいし…きっと立派に育ててみせるし…！」

＊＊＊＊

ちびが生まれたことは、飼い主には告げなかった。
万が一にもちびを奪われてはいけない。そう考え、小屋の奥、さらにタオルの下に隠すことにしたのだ。

そうすると、いくつか問題があった。

まずは、散歩。
「散歩いくぞー」
「し……」
「ん…？　どうした、具合悪いのか？」
「………ちがいますし…」
ちびから離れるのは心配だが、散歩は拒否はできない。
1日2回の散歩のときに、排泄を行うきまりになっている。ただ行きたくないと言っても、飼い主に引きずるように連れ出されるだろう。
下手に抵抗してちびのことを悟られてはいけないと、たぬきは黙って従うことにした。

また、食事も問題だった。
　ｷｭｰ…ｷｭｰ…
「………ちびのうんち…ビチャビチャだし……し…」
まだ歯も生えていないちびのために、たぬフードをしっかりと嚙み砕いてドロドロにして、それを口移しで与えていた。
だが、ちびは下痢を繰り返していた。

たぬきは知らないことだが、安物のたぬフードであったため、配合された脂肪分がちびの胃腸には刺激が強かったのだ。

本来のたぬきの生態通り、ウンチを食べさせることを考えたが…ウンチは散歩先で回収されてしまうし、小屋の周りで排泄をすると飼い主からどんな不興を買うかわからない。
「ちび…がんばれし…がんばれし…」
やむを得ず、現状維持。
ちびが漏らしてしまった下痢便や小便は丹念に舐めとって隠蔽することにした。
「ぺろーし…ぺろーし……ぺろーし…」

＊＊＊＊

そんな甲斐あってか、体調は万全でないもののちびは少しずつ大きくなっているようだった。
そして…およそ10日後。

　ｷｭｳ………ﾏﾏ…

たった一言だけだが、ちびが喋ったのだ。
「……！！　ち、ちび…いま…！！」
たぬきの胸が喜びでいっぱいになる。小屋の奥でちびを抱きしめ、何度も何度もほっぺにキスを繰り返した。
「ちびはたぬきの宝物だし…大人になるまでぜったいに守ってやるし………」

だが、幸せが続いたのはこの日までだった。

＊＊＊＊

　ｷﾞｭ…
次の日の朝、ちびは目が覚めても苦しげに呻くばかりで、動き出そうとしない。
「どうしたし…？どこか痛いし…？」
身体中を撫でてやるが、それ以上たぬきにできることは何もなかった。
…そして、昼頃には容体が急変した。

　ｷﾞｭﾋﾟｯ!
突然、仰向けのままビクンビクンと痙攣を始めるちび。
　ｸﾞｴｳﾋﾟﾋﾟﾋﾟｯｺｺｺｺ!!
先ほどまでぐったりしていたとは思えないほど激しくのたうち、喉の奥から奇声を発している。
「ちっ…ちび！！！ちびぃい！？　しっかりするし！！！！」
抱きしめて必死に声を掛けるたぬき。
　ｷﾞｭﾝﾝﾎﾟﾎﾟｯﾎﾟﾎﾟ!!!
腕の中でちびがエビ反りになり、口の端から泡を吹き始める。
「ど……どうすればいいかし…ちび！！　ママがついてるし…！」

しかし。
たぬきの呼びかけもむなしく、ちびは30分ほど苦しみ…
　ﾝｸﾞｹﾞｷｭｯ………!
突っ張るように背筋を伸ばし、カッと白目を剥く。それで最後だった。
　…ｷｭ……………
小さな声だけを発し、全身が脱力した。
デロリ、とだらしなく開いた口から舌が垂れる。

短いたぬ生を終え、天に召されたちび。

「………ああああああああああああああああああああああちびぃいいいいいいいいいいいいいい！！！！！！！！」
たぬきがちびを必死に揺する。

すると、それに合わせてちびの口の中から何匹もの小さな蜂が這い出してきた。
「ひぎいいし！！？」
ちびを抱きしめたまま、たぬきが硬直する。
米粒程度の大きさの蜂達は、ちびの口の端で羽を広げて震わせる。そして、次々と飛び立っていった。

残されたのは、ちびの亡骸。
一気に中身が抜けたせいか、一回り小さく、軽くなってしまったようだ。

「………………」
呆然と、スカスカの亡骸を抱えたままたぬきが放心する。
目の前で起こった出来事を、理解できない。
「ﾀﾇ…………ﾀﾇｰ………ﾀﾇ…………」

………次に飼い主がたぬきの餌を補充しに来た時、たぬきは頬と腕を自ら齧り取って死亡しており、小屋の中は血の海となっていた。

…
……
～たぬバチ～
たぬ木の実、あるいはちびを狙って卵を産み付ける数種の寄生蜂。
野良では、何匹もの幼虫を身に宿しているちびは珍しくない。
幼虫はギリギリまでちびが死なないように体内を食い荒らし、成虫となってちびの口から飛び立っていく。



＜ケース4＞

野良で暮らすたぬき達。
それらをよく観察していると、頻繁に身体を搔いていることに気づく。

「……あんまり食べ物が捨てられてなかったし…」ﾎﾞﾘﾎﾞﾘ
「…仕方ないし……がまんするし……」ﾎﾟﾘﾎﾟﾘ
今日の収穫物を報告しあうたぬき2匹。
この2匹は、林近くの廃屋で暮らす群れのメンバーである。

「…うぅ……かゆいし……」ﾎﾞﾘﾎﾞﾘ
頭を掻きむしるたぬき。数日前から、痒さはひどくなる一方であった。
身体のあちこちには掻き傷があり、特に足の内側や腕は赤く腫れている。
たぬき本来のモチモチした質感からはかけ離れ、ガサガサ、カチカチといった様子だ。
「なんだし…大丈夫かし…」ﾎﾟﾘﾎﾟﾘ
心配してくれるたぬきも、シッポを腋に挟んで一生懸命搔いている。
シッポの毛並みはボロボロ、所々ハゲまで出来ていた。

2匹とも、見るからに痛々しいのだが…野良たぬきではそれが当たり前だった。

＊＊＊＊

「ちびたち…帰ったし…」ﾎﾞﾘﾎﾞﾘ
たぬきが、廃屋の片隅、元はトイレだった場所に入り込む。
　ｷｭ…ｷｭｩ…
　ｷｭｩｳ…
つい一週間ほど前にたぬ木の下で拾った、可愛い可愛いちび2匹。
「ほら…おいでし…」
いつもなら這い寄ってくるはずのちび2匹。
　ｷﾞｭｳ……
だが、今日は何か様子がおかしかった。
「ちび…？」
廃屋の中は薄暗い。朽ちた壁からわずかに漏れる光しかない。
暗闇に目が慣れてきたたぬきが、ようやくちび達の異変に気付く。
2匹とも、全身を真っ赤に、そしてパンパンに腫れあがらせていたのだ。
「ちびぃい！！？　なんでし！？　どうしたし！！？」
慌てて駆け寄り、どこかケガをしていないか確かめる。

　ｷﾞｭｵ…
　ｷﾞｬｳｳｳ…ｷﾞｭｰ…
苦し気に呻くちび2匹の身体から、ピョンピョンと小さな何かが跳ねる。
目に見えるくらい多数の…ノミだった。
「…ﾀﾇｯ…！？」
たぬきにも見覚えがあった。『コレ』に刺されるとひどい痒みに襲われ、しかも赤く腫れあがるのだ。
「こいつらのせいかし…！！許さないし！」
手で潰そうと試みるが、そんなたぬきをあざ笑うかのように、ノミはちびのシッポや髪の中に紛れ込む。
「ど…どこだし…！？」
たぬきのモチモチした手では、それを探し出すことは不可能だ。
　ｷﾞｭｳｳ…!ｷﾞｭｳｩｳ…!
絶えることのない痒みに泣き叫ぶちび。自分で身体を掻くことが出来ないので、ずっとこうして耐えていたのだ。
「た…大変だしぃいい！！」
しかし、どうすることもできない。
毛に潜り込んだノミを駆除するのは、野良のたぬきにとって困難であった。
全身を水に浸けることでノミを追い出すという手があるが…ちびに行うのは危険すぎる。

　ｷﾞｭｵｯ…ｺﾞｯ…ｶｯ………ｶｶｯ……
片方のちびが、不意に痙攣しだす。
刺されたことによるアレルギー症状で気道が狭くなり、呼吸困難に陥ったのだ。
「ちびっ…！　苦しいのかし…！？　しっかりするし…！」
必死に看病しようと、ちびの身体を撫でるたぬき。それも無駄な努力だが。

……このちびは、ほどなく息絶えることになった。

「ちびぃいいいいいいいいいい！　いやだしいいいいいいい！！！」
たぬきのジタバタは、一晩中続いた。

…そして、たぬきの悲劇はまだ終わらなかった。

＊＊＊＊

「おい……だいじょうぶかし……？」ﾎﾟﾘﾎﾟﾘ
仲間のたぬきが、心配してトイレの入り口から顔を覗かせる。

ちびの片方を喪ったたぬきは気の毒なほどに落ち込み、ここ数日、引きこもったままなのだ。
しかし、食事も取らないようでは、残されたちびが危ない。
仲間のたぬきはどうしても心配になり、様子を見に来たのだった。

「………か…帰ってし……ほっといてし…」
暗がりからの声。
「…寂しいこと言うなし…」
仲間たぬきが、足を踏み入れようとする。
「……くんなし！！！！！」
激しい拒絶。
　ｷﾞｭ…ｷﾞｭｳ…
そして、ちびの弱々しい声。何かがおかしい。
暗がりに目を凝らした仲間たぬきは、差し込む光に浮かび上がった姿に悲鳴を上げた。

「ひぃいいい！！！おばけだしいいい！！！」

そこにいたのは、頭にもシッポにも1本たりとも毛の残っていない、ハゲたぬき。
しかも、その皮膚は樹の皮のようにゴワゴワと醜い。
　ｷｭ……ｷｭｳ…
ちびたぬきも、全く同じであった。

「ちがうし…やめてし…おばけじゃないし…し…」
意気消沈したハゲたぬきが呟いた。

＊＊＊＊

ほどなく、悲鳴を聞きつけた廃屋暮らしの群れ仲間が集まってきた。
そしてハゲたぬきとハゲちびの姿を見るやいなや、2匹を群れから追放することが決まってしまった。

「やだし…出ていきたくないし……ゆるしてし………ﾀﾇ……」

「だめだし…その病気はみんなにうつるし…」
「この部屋ももう使っちゃダメだし…」
「おら…はやく出てけし…」

決して手では触れぬように、木の棒でハゲたぬきを突き、追い出しに掛かる群れたぬきたち。

「やめてし…いたいし…ちびが…ちびがいるんだし…やめてし………」
「うるさいし…早くそのちびを連れて出ていけし…」
「ﾀﾇｯ……………ﾀﾇｰﾀﾇｰ…」
必死にハゲちびを庇いながら耐えようとするが、執拗に、そして無慈悲に突き回される。
そして、ついに廃屋を追い出されてしまった。
「……なんでし…みんな…ひどいし…」
「黙れ…さっさと消えろし…」
戻ってこないように、棒を握ったたぬき達が厳しく目を光らせている。
ハゲたぬきは泣きながら廃屋に背を向けるしかなかった。

＊＊＊＊

「うう…やだし…どうしてし…」
身体中をボリボリと掻きむしりながら、ハゲたぬきは道路をトボトボ歩く。
あんなに仲良く、一緒に暮らしていたのに。
群れを追い出された精神的なダメージは、あまりにも大きかった。
腕の中のハゲちびも、痒みに全身をウネウネとさせながら、悲しみに泣いていた。

このハゲたぬきとハゲちびは、ダニが原因の重度の疥癬症だった。
感染力が強く、全身の脱毛もありうる危険な皮膚病である。
群れのたぬき達はその危険さを経験で知っていたため、追放処分はやむをえない事であった。

こうして歩き続けているが、行くあてなど無い。
タイミング悪く、冷たい雨が降り始める。
「う…」
毛もなく、ボロボロの肌には厳しすぎる雨。
　ｷﾞｭｵｵｯ!? ｷﾞｭｰｷﾞｭｰ…!!
体験したことのない雨粒の感覚に、ちびが悲鳴を上げる。
もう何日も食事をしておらず、2匹の身体は冷え切っている。
ハゲたぬきの足がつんのめり、濡れた地面に無様に転がった。足が痙攣し、起き上がる気力が湧かない。
「……からだ…うごかないし……」

せめてちびだけは。

腕の中にちびを抱き締め、覆いかぶさるようにして雨を防いでやる。

…そのまま、ハゲたぬきは動かなくなり、やがて息絶えた。

それから遅れて半日後、抱き締められたままのハゲちびも後を追った。

…
……
～ノミ、ダニ、シラミ～
野良たぬきのほぼ全てが、いずれか1つ以上に苦しめられている。
症状は、痒みや痛み、脱毛。
皮膚を掻きむしることで傷つき、細菌感染して命を落とすたぬきも珍しくない。
この他にも、水虫などが蔓延している。


…
…
……
……
………


「とまあ、野良のたぬきは色んな病気を持ってまして…生まれたてのちびだってそうです」
「はぁ～…知りませんでした」
「ですので！　たぬきを飼いたいときは、ぜひ当ショップでお買い求めを！　今なら80％OFF品もございます！」

END









