■無邪気

「おい、出ろ」
「…？」

見慣れた無機質かつ真四角な室内に、一匹の獣が居た。悪臭を放つトイレと薄汚れた寝床、小さな水飲み場に散乱した餌。
奥の壁の一面がガラス張りになっており、その向こうにはこの獣を好奇と嫌悪が入り混じった表情で見つめる人が散見される。

ここはある街の「たぬき」ショップ。そしてこの「檻」の中に居るのは、珍しくもない只のたぬき。

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そこから出るように声を掛けるとたぬきは酷く怯えた表情のまま尻尾を抱えてうずくまってしまった。こうなると少々面倒だが、こちらも仕事だ。
「ごめんなさいし…ごめんなさいし…ちゃんと売れるようにがんばりますし…」
小刻みに震えるたぬきの服を鷲掴み、強引にケージに入れる。普段とは違うルーティンにたぬきはハッとした様にケージをもちもちの両手で掴んで声を張り上げた。

「やだし！やだし！ごめんなさいし！…「しょぶん」は゛い゛や゛で゛す゛し゛！…ｷﾞｭｱｧ！」
大粒の涙を流しながら、大声で喚き始めたたぬきをケージを強く揺らして静止する。そのまま檻の中で何度か頭をぶつけると、抵抗する気力も失せたのか
ｼｸｼｸと静かに泣き始めた。話すのを忘れていた自分が悪いのだが、一々騒がれてはキリがない。
「そうじゃない…お前は「買われた」んだよ」
「やだし…や…えっ？」
たぬきは突っ伏した顔を上げ、ｷｮﾄﾝとした表情でこちらを見つめる。
「確認等は済んでる。すぐに新しいご主人様とご対面だ…ほら」
状況が理解できないといった表情のままのたぬきを無視してレジに運ぶ。
目の前にいるのは物腰柔らかそうな青年だった。20代半ばといった所だろうか。ケージをレジに置き、彼に解説を始める。
青年は泣き腫らした顔のまま呆然としているたぬきにそっと微笑みかけたのち、ニコニコとこちらの話に聞き入っていた。

「じゃあこの子になります…事前の説明通り病気等は無いっす、後は…」
「…って感じですね。お値段は20％引きで…1万1450円です」

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「あざっしたー」たぬきが入ったケージを抱え店を後にする青年を見送る。関連商品も進めたのだが「もうあるから結構です」と断られたのは残念だった。
「維持費がかかるだけの置物が売れただけありがたいわ」
たぬきの成長は早い。可愛がられるちびの時代はすぐに過ぎ、瞬く間に成体になる。成体になったたぬきは無愛想になる事も多く、保健所に送られ処分されるのもザラだ。
うちでもピークを逃したたぬきは50％引き、80％引きが当たり前で、それでも売れなければ「餌」として動物園に卸している。
「まぁ買ってもらえて良かったな…お幸せに」
店内へと踵を返す途中、他のたぬきに餌を与える時間になった事を思い出し少し憂鬱になった。

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新しい飼い主はとにかくたぬきに優しかった。
「か…買ってくれてありがとうございまし！よろしくお願いしまし！ﾀ…ﾀﾇｰし…」飼い主の機嫌を損ねないよう下手に出るたぬきに気を使わなくていいと宥め、たぬきショップ時代からは
想像も及ばなかった贅沢を笑顔で許してくれた。

「たぬちゃん」と言う名前。
豪奢なベッドに大きな熊のぬいぐるみ、整った空調、清潔なトイレに山盛りの食事。
一日に一度の頭から被る冷水は暖かいシャワーとお風呂に。
羨むだけの存在だった勲章は、飼い主がお手製の物を作ってくれた。

与えられた待遇を恐れ多いと拒み、部屋の隅で震えていたたぬきはもういない。
裏表のない愛情を一心に受け、たぬきは笑顔を取り戻しつつあった。

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そんなある日の事。

「おっさんぽ、おっさんぽたっのしいしっ…(ﾌﾘﾌﾘ)」うどんダンスを踊りながら、ご機嫌な様子で道を歩いていく。
飼い主とたぬきは日課の散歩をする為に、市外の広い自然公園を訪れていた。
いつもと同じ代り映えしない散歩コースに飽きてしまっているのでは、と飼い主がわざわざ気を利かせてくれたのだ。
たぬきは「一緒におさんぽできるのならどこでも構わないし！」と言っていたが、行きたそうにそわそわとしていたのを見逃す飼い主では無かった。

楽しそうにダンスを踊りながら先行するたぬきをやれやれと言った様子で見守る飼い主。
するとポケットから振動が鳴り響いた。スマホを取り出し確認すると職場の上司であったので、たぬきに少し待つように伝え電話を取り会話を始める。

「おっさんぽおっさんぽ……ん？なんか居るし？」飼い主の電話が終わるまでその場でうどんダンスを踊っていたたぬきの目は、草むらで動く小さな影を捉えた。
「…(ｷｮﾛｷｮﾛ)」「ｷｭｰ…」ｶﾞｻｺﾞｿと蠢く影が草むらから出てくる。その正体はションボリとした1匹の子たぬきであった。

「あっ！ちびだし！」たぬきが声を出すと、それに気が付いた子たぬきは一瞬固まった後そそくさと草むらに消えてしまった。
「待つし！こっちに来るし！」たぬき種には基本的に親も子供も存在しない。死んだたぬきはまた何処かの子たぬきとしてリポップする為だ。
だが種を存続させる為の本能とも言うべきなのか、「か弱い子たぬきは大人のたぬきが守るべき」という思考をどのたぬきも等しく持っている。
それはこのたぬきも例外ではなかった。子たぬきを追う為に草むらへ向かって行く。その頭から愛する飼い主の事は、きれいさっぱり抜け落ちてしまっていた。

「まつし！…見つけたし！」子たぬきを追ってどれだけ時間が過ぎただろうか。草むらの終わりにようやくその姿を捉えたたぬきはそれに向かって勢いよく飛び込んだ。
捕まった子たぬきは勢い良くｼﾞﾀﾊﾞﾀを始めたが、所詮子供の力。腕でしばらく抱き抱えてやると観念した様に体をたぬきに預け始めた。
「ふぅふぅ…やっと捕まえたし！もう安心だし…」抱いたまま優しく語りかけてやると、子たぬきも敵意はないと判断したのか楽しげなハミングをたぬきに聞かせる。
「ｷｭｲｯｷｭｲｯ♪ｷｭｰｷｭｰ♡」「あんまり暴れないでし…あっ！」
子たぬきを追うのに夢中になり過ぎたたぬきは、自分が飼い主から遠く離れてしまった事にやようやく気が付いたのだ。


戻ろうにも帰り道が分からなくなり、公園内をションボリとした表情で歩いてゆく。たまに聞こえる人間の声に「ご主人！？」と振り向くも、全てが赤の他人のものだった。
どれ位歩いただろうか。疲れ切った足を引きずり、小さな花壇の傍に子たぬきと一緒に座り込む。
「ご主人…どこだし…」今にも泣きそうな顔でﾎﾞｿﾘと呟くと、たぬきの傍に複数の大きな影が差しこんだ。
影の正体を確かめようと顔を上げると、そこには厭らしい笑みを顔に浮かべた4人の少年達がたぬきを取り囲んでいた。
「…なんだし」怯えて小さく鳴く子たぬきを背後に寄せ、突然現れた人間達に警戒心を露わにするたぬき。
だが少年達はそんな様子を構いもせず、たぬきに話しかけた。

「いや何か困ってんの？お前」「そうそう」「可哀そうだから声かけたわけよ」
うんうんと頷きながら、笑いあう少年達。眼だけは笑っていない事にたぬきだけが気が付けなかった。愛しい飼い主に会うために、なんとかこの人間達の力を借りられないか。そのことだけで頭が一杯だった。
たぬきが事情を話すと、意外にも少年たちはその頼みを快諾してくれた。しかし、その対価として一つだけ条件を持ち出された。「日が暮れるまで自分達と遊んでほしい」という願いである。
「そんなのお安いご用だし！」「ｷｭｰ♪」たぬきと子たぬきは意気揚々と少年達に付いていく。それが地獄の始まりとも知らないで。


少年達に案内され辿り着いたのは、自然公園の隅っこの小さな広場。ブランコや滑り台といった遊具に人影はなく、不気味な静寂が一帯を包んでいた。
「じゃー何して遊ぶよ？」「せっかくこいつらも居るしさ…」「…それいいじゃん！」
たぬきに聞き取られぬよう、小声でなにやら話す少年達の悪意にたぬきは気付いてすらいない。たぬきショップに居た頃のたぬきであれば気が付けただろうか。
皮肉な事に、飼い主の愛情がたぬきの悪意を回避する本能を大きく鈍らせてしまっていた。
たぬき達は疑う様子すら見せずに、少年達に伺った。
「みんな！何して遊ぶし？」「ｷｭｰ！ｷｭｰ！」
「そうだな…まずは」その声と同時に特に大柄な少年がこっそりとたぬきの背後に回り…両手を使い羽交い絞めにする。
しっ！？と驚愕しすかさずｼﾞﾀﾊﾞﾀを始めるが、少年の力の前には無意味である。
「な…急に何するし！離せし！ギュアァ！」「へへっ…うるせえよ！」
眼前の少年が拳を握り、一閃。右ストレートがたぬきの顔面を直撃した。

「！？！！！！…いだっ…いだいしぃぃぃ！」
目の前で何かが爆発したかのような衝撃のすぐ後に、鈍い痛みがたぬきを蝕んだ。
殴られた箇所は真っ赤に晴れ、口から鼻から鮮血が滴り始める。
叫ぶたぬきの反応に満足したのか、少年は他の仲間たちに向かって叫ぶ。

「けってーい！今からこいつとプロレスごっこしようぜー！」

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「や゛め゛て゛し゛！や゛め゛っ゛…゛タ゛ヌ゛ッ゛！」
「しゃあっ！灘〇影流「菩〇拳」！」
少年の宣言から数分後。たぬきは見るも無残な姿になっていた。自慢の髪と服は砂埃と鮮血で汚れ、顔と体には無数の青あざと出血が。
たぬきは最早抵抗する気力も無くし、この嵐がいち早く過ぎ去るのを願う事しか出来なかった。

「へへっ…次は俺だぜー！おい〇〇！アレやんぞ！□□はそいつを持ち上げろ！」「OK！」
大柄の少年が地面に突っ伏すたぬきの頭を掴んで持ち上げ、二人の少年が前後から腕を回しながら勢いよく接近する。
「やだじ…やだっ「「クロス…ボンバーっ！」」」
たぬきの首目掛けて前後から同時にラリアットが放たれる。勢い良く竜の顎が閉じるかの様な一撃に、首が引き千切られたと錯覚せんばかりの衝撃がたぬきを襲った。
「ッ！ｷﾞﾔｭ…ッ…ッ……！」
呼吸がうまく出来ないのか真っ青な顔に脂汗を一杯に浮かばせ、仰向けのまま小さく痙攣するたぬきを見て少年達は声を張り上げ下品に笑う。

「3、2、1、…0！はい、俺達の勝ちっ！ｗ」
「イエーイ！…って…こいつやばくね？」
「ホントだ、もう死にそうｗ」
「死ぬなｗたぬきちゃん！ｗ」

少年の内一人がたぬきの胸に両手を当て…一呼吸の後に、全体重をかけ思い切り押し込んだ。
それと同時にたぬきの体が一押し毎に大きく痙攣しｼﾞﾀﾊﾞﾀを始める。
久しぶりの生きのいい玩具なのだ。こんな半端な所で死んで貰っては困る。死んで欲しくはないと願いながらも、たぬきの命そのものは気遣う様子を見せない矛盾した救命。
「……ｷﾞｭｱｯｧｧ！ｷﾞｭｯ！…く゛る゛し゛…………オ゛ぇッ゛」
朝食のサンドイッチを胃から盛大に吐き出しながら、たぬきの意識は現実に引き戻された。

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「それじゃあ、負けたたぬきちゃんには大事な物を差し出してもらいまーす！」
「ｹﾞﾎｯｹﾞｯ…え……！そ…そんなの聞いてないし…やだし…」
朦朧とする意識の中、突如の宣言に理解が追い付かない。だがそんな事はお構いなしに少年は続けた。
「それは大事そうに付けてたこの勲章！これを頂いちゃいます！」
「あ…な…なんでし…なんで！」
殴られている最中にこっそり懐に仕舞った筈の大切な勲章が何時の間にか少年の手中にあった。
「隠してたけどバレバレだからさー…まぁ貰ってもこんなゴミ要らないけどね」
「だめだしっ！それはだめだしっ！返すし！」
たぬきに自信を持たせる為に、飼い主が仕事の合間を縫って精一杯作ってくれた勲章。
少し不格好だが黄金の輝きを称えた、たぬきにとっては七冠よりも大切なそれを少年は地面に落とし、思いっきり踏みにじった。
バキバキ、とメダルが砕ける音が砕け、破片が飛び散る。そして踏み潰したそれを、汚物でも扱う様な所作でたぬきの眼前まで投げ付けた。
「あ…あっ…あぁぁぁぁぁ！！ギュァッ！ギュウアァッ！」
激しい怒りに身を任せ、獣の本能のままに「敵」の喉笛を食い千切らんばかりの勢いで飛び掛かるが…
所詮はたぬき。動くよりも早く他の少年達に強く取り押さえられてしまえば、何の抵抗も出来ずにｼｸｼｸと涙で地面を濡らす事しか出来なくなった。
「うぁ…うぇぇぇ…うぇぇぇえん…」
「…ごめんし…ごめんなさいし……」

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「いやーたぬきちゃんも楽しんでもらえて良かったわ！…そろそろフィニッシュと行きますか」
「お、もうアレ使う感じ？」
「子たぬき持ってきたぞー」「ｷｭｰ！ｷｭｰ！」
泣き腫らしたたぬきの目に、子たぬきを鷲掴んだ少年が映る。
「…ちびに、手を出さないでし…」
自身の大切な物を壊されても、子たぬきを守ると言う本能は失われていない。
弱々しく懇願をするたぬきを無視し、少年はカバンから1cｍ程度の太さの細長い筒を取り出した。
それは、殺傷力を上げるために火薬を集めて作った少年特製の爆竹であった。

「俺特製の改造爆竹！こいつを…」
暴れる子たぬきを握りしめ抵抗が弱まった事を確認すると、少年は子たぬきのパンツを脱がす。
可愛らしい桃尻と肛門が曝け出されると恥ずかしそうに小さく声を上げた。
そして曝け出された小さな肛門目掛けて、少年は爆竹を思いっ切り突き刺した。
「ｷｭｰ!///ｷｭｰ!///…ｯ…ｷﾞｯｯｯｩｷﾞｷﾞｭｧｯ!」
「ｷﾞｬｯｷﾞｭｱｯ…ｷﾞｭ…ﾀ…ﾇ…………」
子たぬきは突然の衝撃に大きく目を見開き、水に打ち上げられた魚の様に体を暴れさせ失禁し…その小さな命は役目を終えた。
「うわっ、こいつ漏らしやがった！」
「きったねーなぁ…罰だ！食らいやがれ！」
少年が導火線の先端にライターで火を付け子たぬきを地面に放り出すと、一目散に逃げ出した。

「あ…ちび…！んしょ…！今…助け」
傷付いた体を引きずり、子たぬきを助けようと必死の思いで立ち上がる。

次の瞬間。閃光と爆音が、たぬきの眼前で迸った。
「あ…………」
宙高く打ち上げられた小さな影が、地上に近付くにつれ鮮明になる。
ﾎﾞﾄｯ。音を立て眼前に落下したそれは、下半身を失い、この世の全てを呪うかの様に凄まじい形相をした子たぬきの亡骸。
たぬきの意識はそこで途切れた。


「ひっ…ごめんし…ごめんし…！」
駄目か…気持ちを落ち着けようと買ってきた子たぬき人形を見ると、たぬちゃんは酷く怯えだして隅っこに丸まってしまった。
一か月前のあの日以来、ずっとこの調子だ。
目を離した隙に消えてしまったこの子は、外れの小さな広場で息も絶え絶えの状態で見つかったのだ。何があったかは、体中の青あざと出血ですぐに想像がついた。
即座にたぬき病院に運び込み、一命は取り留めたのだが。
全身の複雑骨折に一部の内臓破裂、更には神経の異常による片手と両足の不随。
そして何よりも…心と言う器に大きく異常をきたしてしまっていた。
一日中小声で「ごめんし…ごめんし…」と呟くか、突然大声で泣き出すか。食事と排泄の時ですらずっとこの調子である。

今でも後悔している。ほんの僅かの間でもこの子から目を離してしまった事を。
あの日あの時何があったのか…話してくれはくれなくとも、再び満面の笑みを見せてくれる事を願って。今日も私は病院へと足を運ぶのだった。
