
No.46「終の住処」

「ちび…見るし…」
「ｷｭ…？」
「ｵｯｷｲﾀﾇｷ…ｼ？」
「あれが飼いたぬきだし…」
ちびを連れた野良たぬきが、片手を上げ、上を指しました。
連れられていた2匹のちびたぬきが、掲げられた手の動きを追って、その先を見つめました。
マンションの2階のベランダの下の隙間から、こちらを見ているたぬきの顔が見えました。
辛気臭いションボリ顔が、僅かに見えます。
頬をついて伏せるようなご機嫌な体勢で、こちらを見ているのだろうと察せられました。

「あのたぬきは、人間に飼われるという安息の地を得たんだし…」
「ｷｭｳ〜…」
「ｽｺﾞｲ、ｼ…」
「何もすごくないし…あいつの運がいいだけだし…」

「でも、たぬきみたいに雨に濡れてションボリしなくていいし…ご飯探さなくてもいいんだし…」
「ｳﾗﾔﾏ、ｼ…！」
「ｷｭｳｳ、ｲｲﾅ…ｼ…！」

「あれこそたぬきの終着点だし…いつかたぬきも飼われたいし…」
「ﾁﾋﾞﾓ、ﾁﾋﾞﾓ…ｼ！」
「ｷｭｳｳ…ｶﾜﾚﾀｲ…ｼ…」

「見るし…どこか偉そうだし…実際見下してるし…」
「ｷｭｳﾝ…」
「ｴﾗｿｳ、ｼ…？」

そんなことないし。
たぬき、見下してなんかないし。
ベランダたぬきは、好き放題言う野良たぬきにため息をつきました。

このベランダ、野良他ぬきが通るたびにずるいし…とかいいなし…とか言うけどし。
雨風防げないしご飯冷たいし動ける範囲が狭くてつらいし…仲間もいないし…。
これ牢獄だし。

たぬきだって公園暮らしから拾ってもらえた時は、喜んだし…。
ごはんをきちんと出してもらえて、お風呂入れてもらえて。
モチモチしてもらって、ダンスも見てもらえるんだと…思ってたんだし。
でも飼い主さんは、たぬきを外で飼う人だったし。
たぬきはずっとここで暮らすよう、命令されたし。
ご飯は3食出るけど、よく忘れられるからたまに1日2…どころか1食の時あるし。
少ないごはんを次のご飯が来るまでちょっとずつ節約して食べてたら、
“なんだ、まだ食べきってないのか。じゃあもっと減らそ”
って言われたし…夏場は飛んできた虫とか食べてたし…あれじゃ野良と変わらないし…。


トイレはした後に自分で砂を袋に詰めて出しておいて、交換しなきゃだし。
見えなくても、道行く人に音もニオイも伝わるから、サイアクとか、たぬき死ねよとか言われるし…。


水浴びも満足にできないし…雨の日に濡れてもそのあと乾くまでつらいし…冬場は地獄だし…。

雨、きらいだし…。
洗濯物干してる時に雨が降ってきたの知らせたくても、防音ガラスだから音が通らないし…。
ガラス戸をモチモチ叩いても音しないし、ガラス汚すなって怒られるし…。

洗濯物が雨に濡れたら、どうして教えないんだって怒られるし…
どうすればいいんだし…。

飼い主さんは“たぬきは楽でいいな”って言いながら、ベランダの隅で丸くなってるたぬきを時々見にくるし。
何が楽しいんだし？
“じぶんよりしたのそんざいをみると、あんしんする。いきるゆうきがわいてくる”
って何回言われても意味がわかんないし。
もっとかわいがってし。


公園から連れてこられたばっかりの時は、違ったし。
お隣のたぬきも同じようにベランダで飼われてて、時々お話しできたし。
姿は見えなくても、話す相手がいるだけでも随分と気が楽だったし。
下の隙間にお互いのしっぽを突っ込んで触り合ったり、手を入れて互いの手をモチモチし合ったりしたし。
…お隣たぬきは手が抜けなくなって、無理やり抜いたらへこんだままで、戻らなかったらしいし…。
それからはしっぽ触りっこしかしなかったし。
時々、出されたごはんを壁の下の隙間からちょびっと交換したりも楽しかったし。

“そっちの方がおいしいし…”
“たぬきはこの味、きらいじゃないし…”
“じゃあぜんぶ交換してし…”
“さっき交換した分で全部だし…”
“え…少なくないかし…？”
“たぬきは太りすぎだから、ごはんはこれぐらいでいいって言われたし…”
“そんな…し…ぜんぜん太ってないし…”
“見えないからわかんないだろし…適当言うな…”
“…ごめんし…下の隙間からしか見えないし…会ってモチモチしたいし…“
“たぬきもだし…でも多分無理だし…“
“……し…”

なんて、他愛のない会話が出来るだけでも、たぬきの心は救われていたし。
でもそれは、長くは続かなかったんだし。


“つらいじぃ…あづいじ…“
お隣たぬきの声はガラガラで、つらそうなのがすごく伝わってきたし。
隣の方が陽当たりがいいって飼い主さんが言ってたから、多分こっちよりも暑かったんだし。
熱をもったコンクリートは、外の黒い地面と同じぐらい危ないし。
たぬきのいる所は、少しだけ陰があったから、壁に張り付いてやり過ごしたし…ずっと立ってたから暗くなったら横にならないと足がつらかったけど、たぬきはお昼の間、お隣たぬきをがんばって励ましたし。

“こっちもあついし…がんばろし…”
“陰が…陰がないじ…たぬき焼けちゃうし…”
“今日もしっぽモチモチするし…？”
“いいじ…あつぐで触りだぐな゛い、じ…“

でも夏のある日から、お隣たぬきの声が聞こえなくなったし。
それからもたぬき、頑張って何回も声かけたし。

“今日もあついし…お隣たぬきはあつくないし…？”
“…………。”
“あの雲見るし…たぬき玉みたいだし…かわいいし…“
”…………。”
“さっきの雨ひどかったし…あっ…虹だし…そっち見えるし…？”
“…………。”
“ごしゅじん…お隣たぬきの様子教えて欲しいし…洗濯物干すので忙しいし…？ごめんなさいし…”
“…………。“
“今日は久々にごはん交換しないかし…？”
“…………。“
“そうか、し…やめとくかし…”
“…………。”
”返事…返事してほしいし…たぬき寂しいし…”

でもどんなに話しかけても、返事が無いから、てっきり隣のたぬきだけ中に入れてもらえたのかと悲しくなったし。

…精一杯顔を横にして伏せて、壁の下の隙間から覗きこんだら、お隣たぬきは乾いてカサカサに縮んでたし。
きっとおみずもらえなくて、死んじゃったんだし。
たぬきはしばらく、干物に話しかけてたんだし。

そこからたぬきはずっとひとりだし。
夏は地獄だと思ってたけど、冬は想像を絶したし…。
下がコンクリートなのに、何も敷いてもらえてないからずっと寒いし…。
土の上の方がまだマシだし…。


あのたぬき達は、自由で羨ましいし…。

ベランダたぬきは回想を終えて、下のたぬき達の会話に耳を傾けました。

「ーーーでも1人だけって言われたら、お前達は捨てるし…その時はよろしくし…」
「ｷｭｳ！？」
「ﾋﾄﾞｲｼ…ﾏﾏ、ﾋﾄﾞｲｼ…！」

「さっきからママ、ママって何か勘違いしてるし…お前らはただの非常食だし…」
「ｷｭｳｳ！？」
「ﾏﾏｼﾞｬﾅｶｯﾀ、ｼ…！？」

「このままごはんが見つからなかったらお前らのどっちかがごはんだし…お腹がすいてればどっちもごはんだし…」
「ｷｭｳｳｳ！？」
「ﾔﾀﾞｼ…！ﾀｼｹﾃ…ｼ！」

逃げ出せないように、野良たぬきの左右の手でちっちゃな手を握り込まれてしまったちび達が、助けを求めこちらに涙声を向けてきます。

あの野良たぬきひどいやつだし…。
たぬきなら絶対そんなことしないし。
でも無理だし…ベランダから出られないから助けられないし。
ばいばいし…。

「逃がさないし…あの飼いたぬきはお前らなんか興味ないし…」
「ｷｭｳｳｳｳーーー！」
「ﾀﾍﾞﾅｲﾃﾞ、ｼ…ｼﾆﾀｸﾅｲ、ｼｨ…！」 

ずっとこちらを見ながら、2匹の非常食チビが連行されていきます。
ベランダたぬきは見ている事しか出来ませんでしたが、ベランダの隙間から見える範囲はごく僅かでしたので、すぐに見えなくなってしまいました。


「……ギ……」
ずっと誰とも喋ってないから、声の出し方忘れちゃったし…。
助けて欲しいのはこっちだし…。
たぬきは、見てるしかできないし…。

出たいし…野良に戻りたいし…ここ、安息の地なんかじゃないし…。


オワリ