No.49 「閉じられた世界」


部屋の掃除をしていたら、いつの間にか住んでいたらしい豆たぬきを見つけた。
つまみあげると手足をジタバタさせていたがやがて体力が尽きたのか、
「出ていきますし…ゆるしてほしいし…」
などと涙ながらに懇願してきたが、今まで黙って過ごしていた事を考えると見逃すわけにもいかない。
その場でくびり殺してゴミ箱に捨てれば済む話だが、ちょっとした思いつきでガラス瓶の中に入れて飼う事にした。


食事は1日3回、たまごボーロを一粒投下するだけでいいので楽だ。
豆たぬきも甘いたまごボーロをｷｭー♪ｷｭー♪と喜びながら食べている。
チャック付きの袋なのでしばらくこれで保つ。
コストが安くて助かる。
栄養とかは特に考えていない。豆たぬきはこれ以上大きく育つ事はないらしいが、死ななければ別に構わなかった。

水分補給は、スポイトで水を落とす事で解決した。
はじめは予告なく落とされた水で頭やしっぽを濡らしジタバタしていたが、
こちらがスポイトを用意するのに気がつくと、あーーと口を開けて飲み水を迎え入れるのがかわいい。

食事と水は与えるが、糞尿は瓶の中でしてもらうしかなく、他の物は何も置けない。
初めは「見ないで欲しいし…」と恥ずかしがって、こちらが目を離すまで用を足すのを我慢していたようだが、次第に諦めて普通に用を足すようになった。
180度丸見えなので、こちらがじっと見つめていると便意と戦った末に顔を赤らめながらパンツをずらす。かわいい。

糞尿がずっとたぬきの傍にあるのは臭いし不衛生なので水を注ぎ、たぬきが死なない程度の強さでシェイクする。
このまま溺れさせてもいいのだが、あまり早くやるともったいないので程々に抑える。
糞尿の溶けた汚水だけを流し、ずぶ濡れになった豆たぬきはしばらく放置される。
しっぽの水分をぎゅっと絞り、豆たぬきは情けなく縮こまったしっぽを撫でていた。
寝る時は毛布もないので、乾いてガサガサのしっぽを抱いて寝るしかないのだった。

生かしてもらえた上に食事がある事に当初は安堵したようだが、遊び道具もなくうどんダンスが出来る広さもない。
日がな寝て過ごすか、体育座りで虚空を見つめるしかない事に気づいた豆たぬきは、どんどん死んだ顔になっていった。

会話も特にしない。
最後の会話(？)も“出ていきますし…ゆるしてほしいし…”と言ってきたのを無視して瓶に詰めた時っきりだ。
あらゆるコミュニケーションを封じられ、何の楽しみもない生活は豆たぬきのたぬ生の意義を失わせていった。

だが、それだけだと心の壊れたインテリアが出来上がるだけなので、たまには心を蘇らせなければならない。

公園まで瓶を持ち出し、野良たぬき達が過ごしている様子を見せてやる。
ベンチに座り、隣に瓶を置いていると野良たぬき達が興味深そうに近寄ってくる。
瓶を触ろうとするので、それはやめてね、と制して持ち上げた。
「いいなし…飼ってもらってるんだし…」
「仕方がないし…たぬき達はこの中には入れないし…」
「ちびなら入れるかもだし…」
野良たぬき達は好き放題言いつつも、何かもらえると期待していたのに特に何もない事にガッカリして離れていった。
瓶入りたぬきの視線の先では寒空の下、さっきの野良たぬき達がお互いの頬をモチモチし合ったりうどんダンスに興じている。
何を喋っているかは瓶の中には聞こえてこないが、皆忙しそうで和気藹々としているように見える。
少なくとも、狭い世界に孤独な自分とは全然違う、と感じるだろう。
豆たぬきは瓶の中で両手を突き、羨ましそうに眺め続けていた。
自分は何のために生きているのだろう。
そんな事を考えてションボリを深めたようだった。
実際には見えないが、ションボリが瓶入りたぬきの身体からゆらめいて立ち昇るのが感じられた。


翌日、再び公園に行くと。
昨日モチモチし合ったり踊っていた野良たぬき達が皆、一晩にして死んでいた。
昨晩は夜中の間に気温がマイナスに達していたらしい。
たぬき玉を作っていたものの耐えきれず踊ったり走ったりしていたのか、少し間隔を開けながらあちこちに転がっていた。
しばらく眺めていても、動く者は誰もいない。
やがて業者に回収されるか、もどきがやって来て綺麗にしてくれるだろう。


昨日のモチモチやダンスは楽しくてやっていたのではなく、寒さを誤魔化すためにお互いに触り合ったり身体を動かして熱を生み出していたのだ。
瓶入りたぬきは冷たい空気にぶるっと震えながらも、この中はそれ以上の危険はない事を知る。
楽しさはなくとも、寒さや飢えであのような骸を晒すこともないのだ。
そうなると、どちらが幸せなのかわからなくなる。
動かなくなったちびを抱いたまま、倒れ伏して顔の見えない野良たぬきの親子を見て、
「ｷｭｳｳ…」
と短く鳴いた豆たぬきの様子を見ると、なんだか愛おしくなってくる。
このまま瓶を外に放置すれば飢えと寒さに何の抵抗も出来ずに豆たぬきは死んでいくだろうが、コイツは生かした方がおもしろそうだと思った。


また生きている同族の楽しそうな姿を見せてやりたい。
そしてひどい目にあっている様子を見せてこっちの方がましかも…と思わせたい。
これを何回も繰り返したらコイツはどんな気持ちで生きていく事になるんだろう。
と、立ち上がった時にベンチの下から何かが動く音が聞こえた。
ベンチの下を覗き込むと、死んだ野良たぬきやこの豆たぬきのションボリが集まったのか、ちびたぬきがポップしていた。
ちょうどいいや。コイツも瓶に詰めてやろう。
つまみあげると、掌の中でちびたぬきがくすぐったそうにｷｭｳｷｭｳ♪と鳴いていた。
寒さに震えていたところを早速保護してもらえて嬉しいようだ。


このちびたぬきは普通のたぬきなので、早めに瓶に入れてしまわないと入れなくなってしまう。
ひとまずたぬきの弾力性に任せて無理やり注ぎ口から詰めてやったら、落下して尻餅をつく。
「ｷﾞｭｳｳ！ｷﾞｭー！」
と、ジタバタしながら抗議をしていた。
元気のいいやつでよかった。
コイツは雑に扱っても良さそうだ。
瓶入りの豆たぬきを絶望の底に突き落とすのと並行して、育てる事にした。


ちびは人間用のたまごボーロは上手く消化できないようで、よく下痢をしていた。
時折、豆たぬきと同じように水を注ぎ、蓋をして、死なない程度にシェイクして洗う。
瓶を傾けて、下痢の混じった汚水だけを流す。
無理やり詰め込んだ時点で注ぎ口よりも身体が大きいので、ひっくり返しても脱出の心配はない。
瓶の中で転がされ、あちこちぶつけながらちびたぬきは目を回していた。


ある程度瓶の中に慣れてきた所で、1匹で外を歩いていた野良たぬきに渡すと、念願のちびを得られた事を喜んでいた。
ちびたぬきも、瓶の中から出られそうな予感にそわそわしている。
「出してあげなきゃし…モチモチしたいし…」
結果は、どうやっても助け出せなくてションボリする。
そもそも瓶に触ったこともないのだ。
じっと眺めてみたり、何か思いついたようにひっくり返して振ってみたり。
「ｷｭｳｳーーー！？ｷｭーーーー！」
悲鳴をあげ、ぐったりしたちびを見て、
「ちがうし…？」
と悶々と考え込む野良たぬきだったが、
中のちびはいつも決まった時間にもらえていたご飯がもらえなくなり文句を言うのだった。
「ｷｭーｷｭーｷｭｷｭｷｭ…ｷｭｳｳ…！」
野良たぬきは懐からとっておきらしい木の実を取り出し、瓶の中に投下する。
「あげるし…たぬきのお気に入りだし…」
「ｷｭ…？ｷｭｷｭｯ……ｽﾝｽﾝ……ｶﾘｺﾘ…ﾍﾞｯ！ｷﾞｭｳｳ！」
なんて言ってるかわからないが、なんて言ってるかわかる。
まずいし！って言ってる、多分。
そりゃ甘くて柔らかいたまごボーロばっか食べてるのに、
硬くて渋みの方が強いよくわからない木の実なんて口に合うわけがなかった。
「…そうかし……」
ずっとションボリしているように見えた野良たぬきが、いっそうションボリした様子で答えた。


痺れを切らした野良たぬきはボトルを叩き割ろうとするが、たぬきの腕力では破壊するほどの速度で振り下ろせない。
次に石を使って破壊を試みるが、分厚い瓶を割ることは出来なかった。
むしろ叩くたびに音と衝撃に怯え、頭を抱えたちびが、
「ｷﾞｭｳｳ！ｷﾞｭｳ！ｷﾞｭーーー！」
と拒絶しだしたので、
「じゃあ捨てるし…たぬきには無理だし…」
諦めて瓶を置き、野良たぬきはトボトボと去っていった。
出られなかった事を悲しみながら、置き去りにされたちびたぬきは瓶の中でｷｭｳﾝ…と鳴いた。


このちびは豆たぬきとは違い、外への持ち出しはこの件以降は止め、
外の画像やたぬきがダンスをしたり走り回る動画を見せるようにした。
「ｷｭﾜ……♪」
ちびは目をキラキラさせて、透明な壁に顔を押し付けて食い入るように見つめている。
喋れるようになって、「いつか出たいし…」と言い始めるまでこれを続ける。


だんだん大きくなってきてーーー栄養失調気味なので頬は痩せて人差し指サイズが中指サイズになっただけだがーーー喋れるようになったちびたぬきは、こちらを見つめて鳴いた。
「ちび、おっきくなってきたし…もっとおっきくなったら出れるし？」
来た。外への憧れを口にし始めたぞ。

「そうだなぁ、このまま背が伸び続けたら出られるようになるかもなぁ」
「ｷｭ…ガンバル、し…！」
ちびは両手を胸の前でぐっと握り、意気込んでみせる。
お前の頑張りは無関係だし、大きくなるほど出られないよと言いたいのを何とか飲み込んだ。


「ｷｭｳｳｳｳ…まだだし？ちび、まだ出れないし？」
日を追うごとにちびたぬきの髪はバサバサに荒れ、身体のモチモチ感がなくなってきた。
栄養が足りていないので、とっくに成長は止まっている。
少しずつ背が伸びてきた時は変わっていった景色の見え方が、いつまで経っても変わらない。
ちびも薄々勘づいているのか、焦り始めているようだ。
軽いノリでお前は一生出られないよ、と教えてたまごボーロを投下する。
いつもなら上手くキャッチして、そのままシャクシャク食べ始めるのに、たまごボーロはたぬきの顔面に当たった後、瓶の内壁に跳ね返って二つに割れた。
「えっ………」
呆然としながらも短く鳴いたのを、聞き逃さなかった。そうか、ジタバタも語尾も忘れるほどか。


事実を伝えた瞬間から、余程ショックらしく塞ぎ込んだチビは、ずっと床を見てうずくまっていた。
それまではあんなに天井を見つめて、
“まだかな…し…まだかな…し…！”
なんて、時々声を上げていたのに。
「やだし…」
と食事を拒否し、投下しても手をつけないたまごボーロと、干からびた食べかけの木の実に囲まれながら死んでしまった。
ネタバラシはもう少し後にした方が良かったかな？と、反省する。


今度は2本の瓶を並べて、新たにぶち込んだ豆たぬき達の様子を観察してみた。
透明な分厚い壁に覆われて、目の前にいる同族に気がつくと初めはモチモチしたそうに壁に手や身体を押し付けていたが、無駄だと悟ると諦めて双方共に体育座りでションボリしている。
それでも孤独でない事は気を紛らわせるらしく、お互いにチラチラと様子を窺っていた。
ダンスができる広さでもあれば声が届かなくても意思の疎通が出来ただろうに、と思うとこちらの心が高揚してくる。
瓶の注ぎ口は中のたぬきからすればかなり高い位置にあるため互いの声は聞こえず、会話は一度も出来ていない。
それでも、何かを訴えかけるようにたぬき達は声を上げ続けていた。
時々蓋を閉めてしばらくすると、酸欠でぐったりし始めるのがおもしろい。
死なない程度に片方ずつ蓋を閉めたり開けたりすると、無事な方のたぬきが、
“元気出してし…死なないでし…”
とか、
“たぬきをひとりにしないで欲しいし…”
とか瓶に向かって言い始めるので両方同時に蓋を閉めるのはやめておいた。


別の部屋に持ち出して、
「あいつだけ外に出れたよ」と教えてあげるとションボリするのがたまらない。
もちろん、移動させた方にも同じように教えるのでどっちも自分だけはこのままなのだとションボリし続ける。
心の拠り所を失った瓶入りたぬき達は、同じようなタイミングで弱って死んでいった。
やっぱり、心労って身体に堪えるんだなぁ。


瓶の中で豆たぬきがションボリしている様子を動画に撮ってたぬチューブにアップしてみたら、インテリアとして人気が出たらしく瓶入りたぬき動画が流行り始めた。
中に色々な生き物を入れてたぬきと戦わせたり、同じように瓶を2本用意して片方はたぬきでぎちぎちに詰めて焼酎漬けにしつつ、残りの瓶のぼっちたぬきのションボリで作るたぬき酒など、バリエーションも日々増えてきている。
普通に育つチビたぬきを瓶の中に入る大きさのうちから飼育して高カロリーな食事を与え続け、大きくなっていくたぬきが瓶の中で身動きが取れなくなり、圧迫感による恐怖を覚えながらも食事をやめられない日記調の動画も人気らしい。
何も出来ずにションボリさせるのが好きなのだが、色々な嗜好の人がいるのだなぁと思って、瓶に新しく入れた比較的元気な豆たぬきを見たら舌を噛みちぎって死んでいた。
動画を見せているうちに、自らの末路を勝手に悟ってしまったようだ。
ああ、やってしまった。
やっぱり刺激が強すぎたか。お前にあんな事しないよって言われてもストレスは減らないだろうし。
やっぱり刺激は適度にして、一生瓶の中でションボリする姿を見るのが美しいのだと、思わずにはいられないのだった。


何本か置いている瓶のうち一本選び、携行して散歩に出かけると、野良たぬきの親子がたぬきもどきに追い回されていた。
子供達はパニックになり親の周りをヨタヨタと走り回っていたが、収拾がつかず慌てていた親たぬきはしっぽを前足で押さえつけられて転倒した後、根本から噛みちぎられ動けなくなってしまった。
動けなくなった親の目の前で、チビたぬき達が次々ともどきの腹の足しにされていく。
「ｷﾞｭｳｳ！まま、たすｷﾞｭﾌﾞｯ」
「ﾔﾀﾞｼ…ﾔﾀﾞﾔﾀﾞｼ…ﾁﾞｭ！」
「ちっ、ちっ、チビ…やだし…やだしぃ…！」
次々とチビたぬきが喰われてもどきの口内に消えていく。
地獄のような光景だった。
「やだし…やだし…や゛っ」
涙で濡れた親たぬきの首元を貪っていたもどきの前に瓶を取り出して、置いてみる。
「ガツガツ…♪…キュウ？………ヴッフ…」
たぬきが入っているのを確認し、取り出そうと瓶を爪でつついてみるが、
どうやっても取り出せないと判断すると諦めて瓶を置き去りにして去っていった。

中にいる豆たぬきは、最初に瓶に入れたやつだ。
結局コイツが1番長生きしている。
仲間達が喰われ、次は自分の番だと怯えていた所を瓶の硬度に守られた豆たぬきに、
やっぱり外に出たい？と聞いてみると答えは分かりきっている。
しばらく前から、どう聞いてもこう答えるし、この答えを聞くとこちらは笑顔になってしまうのだ。
「出たくないですし…たぬきはずっと、このままでいいですし…」
未来も希望もない瓶入りたぬきは、体育座りのまま答えた。

オワリ

