害獣駆除ファイル1 「たぬき」


害獣駆除を生業とする男は一人険しい顔で雑木林を進んでいた。
男は近隣の農家から依頼を受け、作物を荒らす害獣を探し出そうと痕跡を追っているのだ。

「...この先か。」

被害にあった畑からは育ててあった作物がごっそりと奪われていた。その場で食い散らかされたものもあれば、根本から引き抜かれたものもある。
男はその根本から引き抜かれた作物を引きずったと思われる真新しい土の跡を辿り、この雑木林に辿り着いた。
土地の所有者が管理にあまり力を入れていないためか、草木は鬱蒼としているが、所々に踏み締めて固められた獣道が存在した。
そして、土の跡はそれを辿るように続いている。
男は僅かな痕跡を頼りに雑木林の奥へと踏み込む。

「む、これは...」

やがて、男は次なる痕跡を発見した。
糞である。猪や鹿のような野生動物の排泄するような大きなものではなく、ごく小さいサイズだ。まだ乾いておらず、木の枝で割ってみると消化しきれなかったのだろう黒い粒、スイカの種が混じっている。畑で食い荒らされていたものだ。
間違いなく目標はこの近くに住み着いている。
そう確信した男は荷物の中から狩猟用エアライフルを取り出し、スズ製の弾を込めて音を殺して静かに動き出した。

「...し......な...るし...」

姿勢を低くして耳を澄ませば微かに声が聞こえてくる。
立ち並ぶ木々が生えていない広場のような場所にそれらはいた。
一見すれば人間の少女のようにも見える。しかし頭からは垂れたような耳が、尻からは茶色の毛に覆われた尻尾が伸び、それが人間ではない存在であることを雄弁に語っていた。
謎の生命体「たぬき」である。
３０cmほどの大きさの親たぬきが一匹と、4cmあるかないかのちびたぬき4匹が輪になっていた。

「さ、ちび達。よく見ておくし...これがうどんのダンスだし...」
「ｷｭｰ!ｷｭｰ!」

親たぬきは子たぬき達に奇妙な躍りを見せている。
表情が消沈したままほとんど変わらないたぬき達は、言葉以外のコミュニケーション手段として躍りで感情を表すこともあるらしい。これはその教育の一環なのだろう。

「...すーぷ、うっ！うっ！」
「ｷﾕｯ!ｷｭｯ!」

真似しようとしているのかちびたぬき達は左右にゆらゆらと揺れている。未だ満足に二足歩行も出来ない未成熟な身体であるためかそのままバランスを崩してコロコロと転がった。

「ゆっくりでいいし…いつかちび達が立てるようになったら皆で踊るし...」

そう言って親たぬきは倒れたちびたぬきを助け起こそうと身を屈めた。一見すれば子を慈しみ成長を楽しみにする家族の心温まる交流である。しかし、少し奥を見れば食い荒らされた作物の残骸が一ヶ所にまとめられており、その中心には引き抜かれたトマトの苗が植えられていた。
皮などの食べられない部分を肥料とし、継続的な収穫のため苗ごと盗み出して植え替える。
男はそこに悪質な知性の発露を感じた。
作物を荒らしたのは間違いなくこのたぬきの親子である。
確信すると見つからないように姿勢を低くして広場に接近する。風が吹き、木々がざわめいているため男が多少音を立ててもそれに紛れて親子の耳には届かない。
射撃位置についた男はスコープを覗き込んでまず親たぬきに狙いを定める。
狙うは意気消沈したような顔、その脳天である。
たぬきは異様にもちもちとした極めて衝撃吸収能力の高い肌をしており、たとえ全力で殴ってもボールのように跳ねるだけで全くの無傷という非常識を展開する。
しかしたぬきは無敵ではない。ほとんど全ての生き物がそうだが頭部は弱点である。ここを破壊すれば一撃で死亡する。
男は引き金に指を掛け、タイミングをじっと待つ。

「！」

しかし、スコープに写ったあるものを見て男は引き金から指を外した。顔の真下、緑色の服を模したような毛皮の上には金色の金属で出来たようなメダルが踊っていたのである。

(あれは勲章！妙に頭の回る個体だと思ったらそう言うことか！)

勲章とは、一部の能力の優れたたぬきがいつの間にやら身に付けている装飾品である。
これはたぬきの奇妙な生態と密接に関係しており、勲章を有する個体は何らかの原因で死亡した場合これを１つ失う代わりにどこか別の地点で記憶を継承した状態で復活する。
この生命に中指を突き立てる冒涜的生態はリポップと呼ばれており、近年行われた大規模な検証実験にて実在が立証されるまではたぬき達の根拠の無い与太話、あるいは信仰における転生の概念であると思われていた。
事実であると知れるまで、そして発覚後も多くのたぬきがリポップにより復活したと思われる。
最も厄介な点は死によって得られる知識を持ち越しているということだ。
籠罠、毒餌、その他諸々の害獣避けトラップ...
それらはリポップ経験済みのたぬきにとってはなんの意味も無くなってしまっている。
発覚以降、勲章持ちたぬき駆除の際には特定の手順をとることが男をはじめとしたハンター達には義務付けられるようになった。
それは、駆除前に必ず勲章を切り離して奪い取るとこである。
そうすることでリポップを防ぐことが出来る。死んでから奪っても意味がないため、この難易度はかなり高い。
男は一度狙いを外し、頭の中で作戦と手順を組み立てた。
次に荷物の中からかんしゃく玉を取り出す。
大音量を唐突に発生させてたぬきの判断力を瞬時にオーバーフローさせ、じたばたさせて大きな隙を作るたぬき狩りの必須アイテムである。
男はそれを何個か掴むと、広場の中心に全力で投げ込んだ。

パン！パン！パン！

景気のよい破裂音と僅かな火薬の香りが漂うが、男は意に介さず走り出した。

「なんだし！？なんなんだしぃぃぃ！？」
「ｷｭｰ!？ｷｭｰ!？」

親たぬきと子たぬきは突然の破裂音にパニックを起こしじたばたを繰り返している。
だが、親たぬきは草むらから飛び出して一直線に向かってくる男を認めると必死にじたばたを押し止め、子たぬきを抱えて逃げ出そうとした。

「人間だし！ちび達逃げるし！」
「ｷｭｰ!?ｷｭｩｩｩﾝ...」

知識と判断力を兼ねた親たぬきは危険を察知して即座に逃げ出そうとしたが、子たぬきにそれは難しい相談だった。
じたばたを止めて抱えようとする親たぬきの手をさわるな...とでも言いたげに小さな手で払いのけてしまったのだ。
そして、その瞬間に勝敗は決した。
男が手にしたエアライフルから放たれた弾が親たぬきの片足に突き刺さり、膝から先を綺麗に吹き飛ばしたのである。

「ｷﾞｭｸﾞｩｧｧｫ!?」

激痛のあまり親たぬきは獣のごとき叫び声を上げ、バランスを崩して地面に倒れ込んだ。
直後、残ったもう片方の脚が男によって踏み潰される。
バキッ！という骨の折れる鋭い音が響き、親たぬきの移動手段は完全に失われた。

「ｸﾞｼﾞｯ!ぁぁぁ足...足が...！」

どれだけ逃げようともがいても、たぬきの足は全く言うことを聞いてくれなかった。
もう二度と自分の足で歩くことは出来ない。当然大切なうどんのダンスを踊ることも今後一切出来ない。
この個体はリポップにより多くの知識を得ていたが、それらはこの場においてなんの助けにもならず、それどころかもうどうやっても絶対に助からないという現実を突きつけてくる。
しかし、親としての責任感かあるいは種を保存するという本能からか、親たぬきは激痛を堪えて叫んだ。

「ちび達！逃げるし！皆バラバラになって逃げるし！」

親たぬきの決死の呼び掛けに応えたのかどうか、子たぬき達はじたばたやめてなんとか逃げ出そうとした。だが、二足歩行にすら至っていない未熟な個体である。
四足でよちよちと逃げ出そうとしたが、その速度は歩くよりも遅い。
男は万全を期すためにかんしゃく玉をまた地面に叩きつけた。

パン！

再びの破裂音に子たぬきは逃走を忘れてじたばたし始める。
親たぬきはまったく動けない状態でそれを見ているしかなかった。

「ちび！ちび...！ダメだし！じたばたしちゃダメだし！早く逃げるし！人間が...あ...」

男は動きを封じた子たぬきをあっという間に４匹全て捕らえてしまった。透明なビニール袋にまとめて放り込み、口を縛ってしまえば非力な子たぬきではもう脱出することは出来ない。

「ｷｭｰ!ｷｭｰ!ｷｭｩｩｩｩ!」

４匹の子たぬきはどうにか脱出しようと袋に身体を押し付けるが、多少揺れるだけで袋はびくともしなかった。
次に男はナイフを抜き、両足を失った親たぬきにその切っ先を向ける。

「...だしっ！」

親たぬきは覚悟して目を瞑った。もう間違いなく自分は死ぬ。捕まったちび達もきっと死んでしまうだろう。
せめて苦しむことなく次のたぬ生には幸せがあることを願って、そしてあの破裂する玉のことは絶対に覚えておこう。次は耳を塞ぐことをちび達に教えよう...
勲章を持つ自分はリポップで復活できる。
その確信が根底にあるたぬき特有の諦めのよさであった。
しかしいつまで経っても身体を貫かれる痛みは襲ってこない。

「...?」

親たぬきはうっすらと片目だけを開けてどうなっているのか確認しようとした。少しでも怖いものが見えたら直ぐに目を瞑るつもりでいたのだ。
しかし、それはとうてい看過できる光景ではなかった。
男は親たぬきの勲章をつまみ上げると、毛皮と繋がっている赤いリボンをナイフで切り裂こうとしていたのである。

「何してるし！？たぬきの勲章取っちゃダメだし！」

リポップが出来なくなって本当に死ぬことに対する恐怖か、大切な物を奪われる恐怖か、どちらが勝ったのか分からないがたぬき動く腕を必死にじたばと振り回して抵抗をしようとした。 
しかし悲しいかなたぬきの手は短く、つまみ上げられた勲章には届かず虚しく宙をかくだけだ。

「やめるし...やめて...それはたぬきの大切な勲章なんだし...取っちゃだめだﾀﾞﾇｯ!?」

男はナイフの尻でたぬきの顔面を強打して黙らせた。
そして一気に刃を振り抜き、勲章のリボンは真っ二つに切れてメダル部分だけが男の手に残ったのである。

「あ...あぁぁぁ！ｷﾞｭｱｧｧｧ!」

憤怒とも慟哭ともとれる絶叫をし、たぬきはなけなしの力を振り絞って男の手の内に収まった勲章を取り戻そうともがいた。
上体を起こし、男の腕にしがみついて牙を突き立て手放させる。
たぬきはそうしたかったのだろう。しかし両足の喪失は如何ともし難く、上体を起こした瞬間に眉間に二発目の強打をもらって倒れた。たぬき特有のもちもち肌でダメージは無いが、だからといって痛くないわけではない。

「やめてし...ごめんし...殺さないで...ダンスだって踊れ...」

今度こそナイフはたぬきの首もとに突き刺さった。
素早い急所への深い一撃は無用な苦痛は与えなかっただろう。断末魔の叫びすらなかった。
がくり、と項垂れるようにたぬきの首は落ちた。もう二度とその自我と記憶が復活することはない。

「ｷｭｩｩｩｩ!」

子たぬきは親たぬきに何か尋常ではないことが起きたと察して袋の中で尻尾を逆立てて男を威嚇した。
それを無視して男は死体用の黒い袋に親たぬきの胴体と首を放り込むと、それらをぶら下げて雑木林を足早に立ち去る。

「...お世話になっております。駆除のモトダです。はい、頼まれていた分の駆除は終わりました。ええ、見立て通りたぬきの親子でした。親のたぬきが勲章付きでしてね。盗まれた分の苗は巣に植え替えられていましたよ。場所は...もういい？分かりました。失礼します。」 

依頼人である農協の代表に仕事が完了したことを電話で報告した男は、ゆっくりとした足取りで乗ってきた軽トラへと向かう。
今回は何例もあるたぬきの駆除業務の中では比較的簡単な仕事だった。
酷い場合は何十匹もの成体のたぬきが徒党を組んで畑を襲撃し、一晩とせずに農作物全てを食い荒らして農家の生活が崩壊した事例すら存在する。生かしておいてはならない。

「ｷｭｩｰ!?」

男の冷たい瞳が袋の中の子たぬきを見据えた。
当の子たぬきは脱出を諦めたのか尻尾を抱いて震えていたが、男と目が合うと血相を変えて身を寄せ合ってたぬき玉と呼ばれる防御状態になった。ちなみにこれは寒さに対して有効な状態ではあるが、捕食者に対する防御効果は皆無である。
男は軽トラの荷台に積んであるホースと接続されたアクリル製の箱を持ち出すと、その蓋を開けて子たぬきを袋ごとその中に乱暴に放り込んだ。

「ｷﾞｭｯ!?」

落下の衝撃でたぬき玉がほどけ、子たぬきはそれぞれ狭い袋の中でもちもちとお互いに手足をぶつけながらじたばたした。
男はというとホースの先を炭酸ガスボンベに固定してハンドルを捻り、直後に圧力調整用のハンドルも回して適切な量のガスを継続的に送り続ける作業を行った。
しゅううという空気の音がして、炭酸ガスがアクリルボックス内部を瞬く間に満たす。

「ｷｭｩｩｩｩ!ｷｭｩｩｩｩ!」

炭酸ガスが送り込まれる空気の音に、子たぬきは恐怖して大声で鳴いた。親たぬきに助けを求める時に出す、高く遠くまでよく響く鳴き声である。しかし助けを求める相手はすでに死体となって荷台に積み込まれていた。

「ｷｭｩｩ...ｷｭｩｩ...」

やがて呼吸が苦しくなってきたことに気がついた子たぬき達の鳴き声はどんどん小さくなっていった。
空気を吸っているのに息苦しいという異常事態を前に、子たぬきはなす術はない。身体に力が入らずじたばたすら出来なくなっている。

「ﾀﾇｰ...ﾀﾇｰ...ｺｯｶﾊｯ......」

しばらくすると子たぬきは動くことも鳴くこともなくなった。
仰向けに転がって虚ろな瞳で小さな口をパクパクとさせて必死に酸素を取り込もうとしている。
窒息する子たぬきを尻目に、男は１０分ほどガスを送り込み続けた。その間に子たぬきの動きは緩慢なものへと変化して行く。
規定の時間ガスを送り込んだことを腕時計で確認した男は、頷くと ガスボンベの栓を閉めた。
そこから更に一分待って、アクリルボックスの内部を確認する。

「...」

アクリルボックス内部の子たぬきは最早物言わぬ屍となって力無く転がっていた。
４匹がそれぞれお互いの顔をくっつける形で窒息死している。
この奇妙な死に方は、恐らくは残り少ない空気を奪おうと相手の口に吸い付いていた為だろうと男は思った。
これで今日の駆除依頼は全ての工程を終了した。
死体入りのアクリルボックスを再び荷台に積み込み、男は軽トラを走らせる。向かうは焼却処理施設だ。

こうして１つの依頼が終わり近隣の畑には平和が戻った。
だがこのたぬきの親子は日本全国に蔓延る害獣達のほんの一部、氷山の一角である。
全てのたぬきを駆除するその日まで、男は決して歩みを止めることはないだろう。