No.48「情愛・後編」


3匹とも大きくなってきたので、親たぬきはエサの探し方を教えます。
木の実を取ったり、虫を捕まえたり。
ゴミ捨て場は他ぬきがナワバリにしている場合もあるので、あまり近づかないよう教えられ、チビ達はひとつひとつ知識を吸収していきました。
今日は手分けして、自分の分のごはんを探す日でした。

わからないものがあれば食べずに聞くこと。
遠くに行きすぎないこと。
知らないたぬきについていかないこと。

などを教え込み、親たぬきはそれぞれのチビが自分が食べる分を取ってこれるかを試すつもりでした。
ここまで出来る様になれば、一たぬ前のたぬきは目前です。

自然公園の中で、比較的食べ物が見つけやすい場所を選んでいるので木の根元をモチモチとした手で探ったり、枯葉をめくったり、親に教えられた通りにごはんを探せば何かが見つかるようになっていました。


「ｷｭ〜♪ｷｭｷｭ〜♪……し？」
探すのが楽しくなり、四つん這いになって夢中で葉っぱを両手でがさがさとかき乱していたチビのうち1匹は近くにいた姉妹からも離れていき、自分がどこにいるのか把握していませんでした。
周りがあまりに静かな事に気がつき、おねえちゃん達どこ行っちゃったし？と頭を起こし、キョロキョロと見回していると。
キュウ、キュウとこちらを呼ぶ声を聞きつけました。
「……ｷｭー？チビ、だし？」
もしかして新しく生まれたチビがいるのかも───。
これまでにも妹をたくさん失ってしまったチビたぬきは寂しさに負けて、その声の主を探しながらフラフラと家族の元から離れて行きました。

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「よしよし…おまえは木の実見つけるのが得意なんだし…おまえは捨てられてた人間の食べ物拾えたし…よく見つけられたし…すごいし…」

親たぬきは、戻ってきた我が子がそれぞれの嗅覚や適性を活かして食事を得てきた事に安堵していました。
でも、チビのうち1匹だけが戻ってきません。
こちらの説明に“うんうんし！わかったし！”とやたら首を縦に振るので、聞いているのか逆に不安になる子でした。
身体に反して頭の出来はイマイチで、言葉を覚えるのは早くても文章として喋るのは一番遅い子でした。
遊びと混同し、夢中になってどこかへ行ってしまったならチビ達を隠れさせて探しにいかなければ───と、腕を組んで考え込んでいると。
がさがさ、と静寂を破る音が遠くの茂みから聞こえてきて、親たぬきはひとまず我が子2匹と共に身を隠しました。
公園に住むたぬきかもしれませんが、人間や他の野生動物の可能性もあるためまずは何を置いても様子見に徹するよう教えていたからです。


緑の茂みを突き破ったのは、茶色い塊でした。
たぬきのようでいて、服の代わりにごわごわの体毛に覆われ、四つ足で歩く別な生き物でした。
「ｷｭｳｯ！？」
「あれなんだし？」
「あれが…もどきだし…」
以前から天敵として教えられていた存在を初めて目の当たりにしたチビ達は、たぬきの本能によって恐怖を呼び起こされてがくがくと震え始めました。
まだ随分と距離があるので、すぐに気づかれる心配はありませんでした。
しかしここで尿を漏らしたりジタバタして居場所を知らせるようならば、天敵と遭遇して生き残る事は出来ません。
親たぬきは口元にしー、と手を当てて静かになるよう促し、少しずつ後ずさりさせて更に奥の木陰に身を隠させました。
親が木の横から顔を出し、小さな頭がその下に2つ、団子のように並びます。


落ち着いて視認できる状況になって、ようやくもどきの顔の前に何かが吊り下げられている事に気がつきました。
チビのうち1匹が、呟きました。
「あれ、妹だし」
「ｷｭｳｳ…ほんとだし…どっか行ったいもうとだし…」
もう1匹のチビも続き、親たぬきは何も言わずに観察を続けています。


ようやく喋れるようになったチビが、たぬきもどきに服の襟を咥えられていました。
泣きべそをかいて、鼻水で口元もべちゃべちゃにしています。
「ｷｭｯ…ｷｭｳ…！たすけて、しぃ…！」
親や姉妹に助けを求めて、悲壮な声をあげていました。
もどきはつかまえたチビを決して離すことなく、ぶらぶらさせています。
あえて無事な姿を見せて、親や姉妹を誘う方法をとっているのでした。
大抵はこの方法をとれば大きいのが1匹か、小さいのが何匹か釣れます。
「……し…」
勝ち目はない───と、親たぬきは頭を引っ込めチビ達の頭も抑え込み、身を屈めさせました。
「ままぁ…おねぇちゃん…チビはここだしぃ…！」
「クゥン…クゥン…ヴッフ…」
チビが懇願するように家族を呼ぶのに合わせ、もどきも追加のお肉を期待してチビたぬきの鳴き声を真似ます。
「たしけてしぃ…チビ、食べられちゃうしぃぃ…！」
「クゥ〜ン…」
「いっ…いやぁぁしぃぃぃ……ぃ…！」
しかし、いつまで経ってもたぬきが現れないので痺れを切らしたもどきは誘き寄せるのをやめて、おやつ───あるいは我が子の食事───を巣に持ち帰ろうと踵を返しました。
「………ぃぃ…！………っ……！」
もどきに咥えられながら、ぶら下げられたチビの悲鳴が少しずつ遠ざかっていきます。
手足をジタバタさせますが、無意味な抵抗でした。
このまま戦って取り返さなければ、確実に食べられてしまうでしょう。
油断しているもどきを後ろから石で殴るなりすれば、万に一つですが勝機はあるかもしれません。
しかしこの場合、秤にかけられるのは。
自分の命と、2匹のチビ。
対するは、たった1匹のチビ。
釣り合いが取れていないのは頭たぬきにも明らかでした。
「まま…いもうと、連れてかれちゃうし…！」
「たすけないし？」
「…仕方が、ないんだし…」
抱え込んだ子供達の射すくめられるような視線を受けながらも、親たぬきは諦めました。
こうして、またも1匹のチビを失って。
たぬき親子の頭数は減ってしまったのでした。


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「ままは、どして、チビ達をすぐ諦めちゃうんだし？」
疑問を投げかけたのは、どの窮地でも“助けないし？”と親たぬきに尋ねていたチビでした。　


後の1匹はもどきに連れて行かれた妹を見捨てきれず、朝早くに巣を抜け出して、そのまま帰ってきませんでしたので、このチビが最後の生き残りでした。
公園で最初に拾われた、服付きのチビでした。
運の良さと賢さを兼ね備えたチビでしたので
まだたぬ生で希望を捨てていないたぬきでもあります。
なので、心は傷ついていてもあまり口調はションボリしていません。

「チビのいもうと達、たくさん死んだし」
自分より後に生まれながら、先に死んでいく姉妹達の末路は、どれも忘れる事は出来ません。
常々疑問に思いながら、ずっと聞けずにいた事でした。
親たぬきは不満の尽きないションボリ顔のまま、答えました。
「生きるためだし…ままはこうやって、生き残ってきたんだし…」
「チビ達の事、好きじゃないし？」
我が子の口から繰り出される問いかけは、一言一言が親たぬきの気分を沈めていきました。
淡々と追い詰められているように感じて、薄気味悪い感覚と申し訳ない気持ちが混ざり合っていきます。
「嫌いなわけじゃないし…ただ…」
言葉を区切り、ため息と共に続きを吐き出します。

「仕方がないし…たぬきは、愛してもらった事がないから…愛し方がわからないんだし…」
親たぬきはスラム育ちで、本来の親姉妹とは早くに死に別れました。
スラムの大人たぬき達に一山いくらの命として扱われながら、それでも昔はこのチビのように賢く、自分こそは家族を大事にすると希望を抱いていました。
けれど、無力な自分が大人になる頃までにはやはりたくさんの同類がアッサリ死んでいきました。
もどきに他ぬきが喰われている間に身を隠したり、人間に捕まった他ぬきも随分と見捨ててきました。
ワガママだったり頭の悪いチビも、切り捨ててきました。
やさしい気持ちはしぼんでいき、生き残るために無理はしない立派なションボリたぬきに育っていったのです。
それは決して強さなどではなく、チビからすればもっと自分達を大事にして欲しい、という静かな怒りを生み出す考えでした。

「だからおまえも…」
いつかこうなるんだし。と言いかけたところでチビは遮るように首を振り、凛として答えました。
「たぬきはちゃんとチビ、育てるし」
「むりだし…」
当てつけのように言い放つチビに、親たぬきもまた自分の言葉を押し被せます。


「チビは死んでもどうせリポップするし…きけんをおかすより、見捨てた方が家族は生き残れるし…」
合理的にならなければ、生き残れなかったと信じている親たぬきなりに愛をもって育てているつもりですが、最後の一線でいつも愛が負けてしまうのです。
それでも今生きている自分が正しいのだと、信じて疑わない物言いでした。


「でも、あの時死んだチビは、あの時に生きてたチビなんだし。リポップしたって、もう違うチビだし」
「こいつ何言ってるし…」
そもそもの考え方が違いすぎる親たぬきには、このチビの感情の機微は伝わりません。
ボキャブラリーが貧困なため、自分の想いを上手く口にできないのがもどかしく、チビは小さな手をぎゅっと握り込みました。
───と、その時。
気まずい空気を、小さな声が破りました。
「ｷｭ…ｷｭｷｭ…ｳｳ…」
「ん…なんか聞こえるし…」
「チビの声っぽいし」


“ここだし…まま…チビはここだし…”
突如聞こえてきた、助けを求める声を頼りに親子たぬき達が探すと茂みの中でチビたぬきが泣いています。
親子のションボリを吸ってか、すぐ近くの茂みでチビたぬきが生まれていたのでした。
幸運にも服を着ており、二本足でしっかり立っていられるチビでした。
「……新しいチビだし。ちょうどよかっ…」
いつものように新たな家族を補充しようとして、親たぬきは反射的に手を伸ばします。
が、生まれたてのチビは首をイヤイヤと振り、手足を振り回して威嚇してきたのです。
「ｼ…！ﾔﾀﾞ､ｼ…！」


喋れるどころか、リポップ前の記憶を残しているらしく、親たぬきを拒否しています。
そしてその記憶は、いつかどこかでこの親たぬきに捨てられたモノのようでした。
「ｵﾏｴ…ﾏﾏ、ﾔﾀﾞｼｨ…！」
庇護下に入ることを拒否して、親たぬきのやり方を変えてもらおうと幼心に考えたようです。
生き残りチビも、生まれたてのチビも、この反応を受けて親たぬきが心を入れ替えることを期待していたのですが。
「…じゃあいいし…のたれ死ぬし…」


「ｼ…」
あまりにもアッサリ手放され、生まれたてチビたぬきはシュンと落ち込みました。
大人他ぬきが自分を見つけてくれるまで、生きていられる自信はありません。
「ｼ…ｯ……ｼｨ…ｯ…！」
そのうち、顔を赤くしてぽろぽろと大粒の涙をこぼし始めました。


その様子を見守っていたチビが胸に手を当て、一歩を踏み出して言いました。
「じゃ、じゃあチビが、もうすぐおとなになるチビが育てるし」


「おまえ…本気かし…」
親たぬきは冷めた気持ちでしたが、チビたぬきは無言でコクリと頷きました。
チビからすれば、ごはんの探し方もわかって、何が危なくて、どう生きていけばいいかの知識は蓄えたつもりでした。
あと足りないのは経験だけだと、必要なものは揃えたとすっかりその気です。
「どうせ無理だし…」
親たぬきは今回のチビ達は全員出来が悪かった、と諦めきっているのでそれ以上は引き留めませんでした。


風に吹かれ、身を縮こまらせて震える生まれたてのチビを、生き残りのチビが抱き上げます。
「ｼｬﾑｲｼ…ｼｬﾑｩｩｼ…ﾌﾞﾙﾌﾞﾙ…ｼ…」
「よしよし。モチモチしてあげるし」
ヨタヨタとバランスを崩しながらも、自身も小さな身体で必死にモチモチしてくれるチビたぬきに、生まれたての赤ちゃんチビは甘えた声を漏らします。
「ﾏﾏｧ…」
ママと呼ばれ、生き残りチビたぬきはへの字の口元をより強く結びました。

「一緒に、生きていくし。チビはもう、チビじゃないし。ちゃんとした“まま”だから、見捨てないし」
優しく、けれども強固な意志を感じさせる声でチビ“親”たぬきは決意を口にしました。
傍目から見れば、チビが更に小さなチビを抱いているようにしか見えず、やはり親子というより姉妹です。


たぬきだって、最初はそう思ってたし。
愛してもらえなかった分、愛してあげるって、考えてたし。
でも、現実は厳しいんだし。
生きていくだけで、精一杯なんだし。
たぬきは死んだら、何も残らないんだし。
だから、生きるために無理をしちゃいけないんだし。
コイツは、“まま”の言うこと聞けないし。
この生まれたてのチビは、わたしの事を拒否したし。
たぬきはもう、知らないし。
好きにすればいいし。
どうせ死ぬし。
死ねば、いいし。


たくさん言いたい事が、まだ伝えなければならない事がありましたが───もはや、絶対的存在である自分に反抗したチビ達は救いようのない存在としか見れなくなっています。
親でなくなった、“元”親たぬきは何も言わずにその場を後にしました。


　　❇︎        ❇︎        ❇︎


数日後。元親たぬきがエサ探しのためにうろついていると。
あの時別れたチビ達がゴミ捨て場を背に、野良の成体たぬき達に追い詰められているのが見えました。
いつも他所のスラムのたぬき達が漁っていると知っているので、手を出さないと決めていたゴミ捨て場です。
経験則に従えば、たとえチビでも食べられそうなモノが見えたり、どんなに食べ物が手に入らなくても近づかない場所でした。
あのチビは、選択を間違えてしまったようです。

教えたので知っていたはずですが、泣き喚く赤ちゃんチビを落ち着かせるために何か与えなければと考え、危険とわかっていても手を出すしかなかったのが窺い知れました。
「ゆるしてほしいし、このチビは生まれたばっかりだし」
「ｷｭー…ｵﾅｶ、ｽｲﾀｼ…ｸﾞｰｸﾞｰ、ｼ…」
コアラが木にしがみつくように、チビ親たぬきの右側面に抱きついた赤ちゃんチビが切なげな声を上げます。

「こんな小さいチビ、うんちでも食わせとけし…」
「ここはたぬき達のナワバリだし…」
「野菜のかけらひとつだって渡さないし…」
「生意気なチビ達だし…」
「たたくし…たたいてのばすし…」
同じションボリ顔でも、棒を構えた大人たぬきに囲まれれば命の危険を感じざるを得ません。
チビ親たぬきは、なんとか大人たぬき達を落ち着かせようと試みました。
「待って欲しいし、たぬき達は仲間だし」
「ｷｭ…ｷｭｳ…ﾏｯﾃ、ｼ…ﾅｶﾏ…ｼ…」
赤ちゃんチビをぎゅっと抱えたまま、困り顔で悪気がなかったことを伝えようとしますが、
「知らんし…」
「お前なんか仲間じゃないし…」
「先にルールを破ったのはお前らだし…」
同じくお腹を空かせて苛立っている大人たぬき達は、自分達より弱い者に対して容赦するつもりはありません。
たぬきより下位の生き物は、毒を持たない虫か動かぬ植物か、あるいはより小さいたぬきだけなのです。

スラムたぬき達は手にした棒で、次々と粛清を始めます。
親の真似事をしていても、身体も精神も出来上がっていないチビ親たぬき達は、棒で叩かれ放題でした。
「や、やめっいたい゛っ、いだいじ！」
「ｷﾞｭｳ！ｷﾞｭｴ！ﾁﾞｨｨー！」
落ち着いた口調も忘れ、チビ親たぬきは涙を撒き散らしながら頭を抱えます。
ぼこん、ぼこん、と叩かれるたびに、頭が大きく上下させられていました。
さらに小さな赤ちゃんチビなどは、ちっちゃな手では頭を庇いきれず、打撃をもろに受けていました。


その様子を、手を出すでも口を挟むでもなくただ見続けていた親たぬきでしたが、一瞬───かつての我が子と目が合いました。
チビ親たぬきは助けを求めるような表情を作りかけ───すぐに諦めて、顔を伏せました。
どうせ、助けてくれないし。
とでも、言わんばかりに。
一緒に叩かれている赤ちゃんチビは、もう息をしていません。
ゴツゴツと殴られながら、身体が揺れているだけでした。


「ほら…だから言ったし…」
どこか満足げに、しかし満たされない気持ちのまま、たぬきは歩き始めました。
生きていくために、無理をしない。
このたぬきはずっと、そうやって生きてきました。
これからも、そうしていくことでしょう。
けれど誰も、その生き方を賞賛してくれることはありません。
寂寥感に包まれて、たぬきはションボリ、トボトボと、惨劇の場を後にしました。


オワリ
