餅とたぬき

「ちび！ちび！ままだし！大変だし！」
正月が明けて数日、日が昇り気温がいくらかましになった頃、たぬきの住処に叫び声が響く。
子たぬきに留守を任せ、餌を探しに行った親たぬきが大慌てで戻ってきたのだ。
「ま、まま！どうしたシ！なにがあったんだシ！？」
親たぬきの無事を確かめようと、段ボールで作った住処の入り口を勢い良く開く子たぬき。防寒用に集めた落ち葉が飛び散る。
もしや大怪我でもしたのか、さてはもどきにでも追われているのか、子たぬきには恐ろしい想像しか浮かばない。
だが住処へ駆けてくる親たぬきは怯えるどころか満面の笑みを浮かべていた。
「お餅拾ったし…！めったに食べられるもんじゃないし…！」
親たぬきが抱えていたのは一つの角餅。カビが生えていたので捨てられたようだ。
「一緒に食べるし…今日は豪勢にいくし…」
住処に入り、入り口をしっかりと閉め、出来る限り冷たい外気を遮断する。
「これごはんかシ…？いただきますシ…！」
親が置いた角餅にむしゃぶりつく子たぬき。
「かたいシ…かめないシ…おいしくないシ…」
両手で掴んだ餅をしゃぶり続ける子たぬきへ、親たぬきが頭を撫でながら優しく語る。
「ふふふ…お餅は焼いて食べるものだし…そのままじゃ食べられないし…ちょっと待つし…」
住処の奥にある倉庫のそのまた奥から、小さな七輪を引きずり出す親たぬき。
「河川敷にあった人間の住処から持ってきたやつだし…燃える黒いのもあるし…」
住処の中央に七輪を設置し、子たぬきへ少し離れるように指示する。
親たぬきは七輪へ燃料を投入し、マッチを取り出す。
「ここぞという時の為に取っておいたし…今がその時だし…」
火を点ける前に、七輪の周囲から防寒用の落ち葉や新聞紙をどけておく。
「何かに引火させて全滅するたぬき達を大勢見てきたし…危ないものは近くに置かないし…」
子たぬきは期待感を抑えきれず、親たぬきの後ろでコンパクトなうどんダンスを披露している。
「ヨシッ…し…火を点けるし…シュッシュッし…」
もちもちとした手でマッチ棒を掴み、ヤスリ部分にこすり付ける親たぬき。
しかしたぬきの腕がもちっもちっと震えるばかりで、中々着火しない。
「うーん…しけっちゃったのかし…もっと強くやってみるし…」
大きく振りかぶり、勢いよくこすり付けようとしたその時、待ちかねた子たぬきが親たぬきの手元へ顔を出す。
「ままー！まだかシー！」
「うわぁし！びっくりしたし…危なかったし…」
ギリギリのところで腕を止め、点火を免れた親たぬき。子たぬきは不思議そうに、親たぬきの顔を覗き込んだままだ。
「めっ…だし…たぬき達は冗談かと思うぐらい燃えやすいし…いい子だからもう少し待ってるし…」
親たぬきは子たぬきを抱え、自身の後方へ置きなおすと、再びマッチ棒を構え、腕を振る。
ついに成功し、マッチ棒の先端が炎に包まれ、柔らかい明りがたぬきの親子を照らす。
親たぬきは新聞紙の切れ端へ炎を移し、七輪の燃料を点火させる。
「点いたし…！ちび、危ないから触っちゃダメだけど近くに行くし…」
「どうなるシ？」
七輪の炎が少しずつ広がり、燃料が赤く輝いて、冷えたたぬきの親子へ熱を届ける。
「あったかいシィ…きれいだシ…」
冬の間、常に震えていた子たぬきは、初めて感じる炎の暖かさに元から細い目を更に細める。
「ふふっ…メインはこれからだし…いよいよお餅焼くし…喉に詰まりやすいそうだからよく噛んで食べるし…」
「わかったシ！」
七輪に網を乗せ、餅を乗せ、膝の上に子たぬきを乗せて抱きかかえる親たぬき。
「さっきは勢いでめったにって言ったけど実はままも食べたこと無いし…楽しみだし…」
しばらくの間親子で少しずつ色が変わる餅と揺らめく炎を見つめていたが、変化が起こる。
「おもちがうごいたシ…！おおきくなってきたシ…！」
網の上で餅が大きく膨らみ始めたのだ。親たぬきも子たぬきも七輪に身を寄せはしゃいでいた。
「すごいし…風船みたいに膨らんでるし…かわいいし…」
「むむっ…たぬきのほうがふくらむシ…！ぷくーっシ！」
親たぬきが自分では無く餅のほうを可愛がる姿を見てやきもちを妬いたのか、
餅の隣へ顔を寄せ、頬を膨らませる子たぬき。
「お餅が二つになったし…こっちのお餅のほうがおいしそうだし…」
そう言って子たぬきの頬をもちもちと撫でる親たぬき。子たぬきも頬を膨らませたまま嬉しそうに微笑む。
次の瞬間には餅が破裂し、子たぬきの顔面にもっちりがっちりと貼り付いた。
「ｱﾂﾞｩｩｩｩｩｩｼｨｨｨｨｨｨｨ！」
「ちびぃぃぃぃぃぃ！」
突然降りかかった凄まじい熱さの餅に、床に倒れこんで渾身のジタバタを繰り出す子たぬき。
親たぬきはジタバタする手足に叩かれながらも、子たぬきの顔いっぱいに張り付いた餅を剥がそうとする。
「あっちぃしあっちぃし！これじゃ触れないし…！アッツアツだし…！ちび、もうちょっとだけ我慢するし…！」
子たぬきを押さえ込み、顔を餅に近づける。
「フーフーし…！フーフーし…！ぺろぺろし…！」
必死に息を吹きかけ、餅を冷やそうとする親たぬき。餅を食べやすい温度まで冷ましているようにしか見えない。
「つんつんし…冷めたし…！今助けるし…！」
熱さで皮膚の一部と餅が一体化したまま冷え固まった為、完全に貼り付いてしまった。
「カッチカチだしぃぃ！冷ましすぎたし！固まって取れないし！思いっきり引っ張るし…！」
「ｸﾞｫｫｫｫｫ！」
冷え固まった餅を引っ張ると、子たぬきの顔も伸びていき、もはや何と言っているのか分からない叫びが餅の奥から響く。
「このままじゃちびの顔ごと剥がれちゃうし…！でもこれじゃ息も出来ないし…！もう一回もちもちさせるしか無いし…！」
「ﾑﾑｫｫｫｫｫ！ﾌﾞﾓｫｫｫｫ！」
「ちょっとだけ我慢し！ごめんし…！えいっし…！」
親たぬきはくぐもった悲鳴を上げ続ける子たぬきを持ち上げ、顔面を七輪で炙り出した。
傍からは、七輪で子たぬきを美味しく調理しようとするとんでもないたぬきにしか見えない。
「ｷﾞｭｧｧｧｧｧｧ！ﾀﾞﾑｩｩｩｩｩｩ！」
子たぬきのジタバタが一層激しくなり、抱いている親たぬきも自身の手が何度も七輪に触れ、赤く腫れあがっていく。
それでも子たぬきを放り出すこと無く、子たぬきの顔面に火を当て続ける。
「耐えるし…！このままだと死んじゃうし…！」
傍からは、食い意地の張ったとんでもない食いしん坊たぬきにしか見えないが、当のたぬきは必死だ。
餅が再び食べごろになり、子たぬきは火炙りから解放される。
「ﾀﾑｰ…ﾀﾑｰ…」
餅はもちもちとしているが、子たぬきの肌は焦げ、息も絶え絶えとなっていた。
「ぐうっ…あっついけどなんとか触れるし…！ちび！今度こそ助けるし！」
親たぬきはぐったりとした子たぬきの顔を覆う餅を両手で掴み、思いっきり引っ張る。
「うわぁぁぁし！伸びるしぃぃぃ！モッチモチだしぃぃぃ！」
完璧な焼き加減となった餅は親たぬきの両手にもくっつき、どこまでも伸びていく。
「うわっちいしぃぃぃ！両手が焼けるしぃぃぃ！」
餅を振り払おうとジタバタすれば、子たぬきの全身に餅が貼り付いていく。全身を焼く痛みに再び子たぬきのジタバタが激しくなる。
そして数秒後、突然親たぬきは動かなくなった。
（あれ…？なんで動けないし…？ジタバタ出来ないし…）
両手を包む餅はまだ熱を帯びており、親たぬきもそれを感じている。餅まみれでジタバタする子たぬきも認識できている。
しかし体がぴくりとも動かない。動かせないのだ。
（頭がズキズキするし…熱いし…苦しいし…ちび…）
住処唯一の出入口は閉ざされており、中は一切換気されていない。一酸化炭素中毒だ。
「ｷﾞｭｩｩﾝ…ｷﾞｭｩｩﾝ…」
子たぬきの動きが徐々に鈍くなっていく。親たぬきはただ見つめている。
（ああ…ちび…ちび…しんじゃうし…）
「ﾀﾞﾑｯ…ﾀﾞﾑｯ…ﾀﾞ…」
子たぬきの声が徐々に小さくなっていく。親たぬきはただ見つめている。
（せめて…最後にもちもちしてやりたいし…）
親たぬきはもちもちしようと手を伸ばす。しかし、意思に反して体は一切動かない。声をかけることも出来ない。
孤独のまま冷たくなった子たぬきを、親たぬきはただ見つめていた。
後日、カッピカピになった二匹のたぬきは清掃業者に片付けられた。


おしまい