No.54「親子」

親の心子知らずとは言いますが、たぬきの世界でもそれは同様でした。
頑張って取ってきたトンボや木の実など、量は少ないですがチビたぬきの分を多めに、親たぬきは平べったくて大きな葉っぱのお皿に今日の食事を並べていました。
ですが、それらのごはんを少しずつ齧ると、チビはこっそり懐に仕舞ってしまいました。
もちろん、親にはバレバレでした。

「ごちそーさまでし…」
「チビ？ちゃんと全部食べたし？」
「た、たべたし…ごちそーさまでし…」

親たぬきは怪訝そうな顔で尋ねました。
戻ってきた時には、あんなにお腹すいたしぃ〜と言っていたのにし。
いつでも満足に食べられないのが野良生活です。
エサ探しに出かけて留守の時に置いている非常食は空になっているのでお腹は空かせているはずでした。
「チビ…もう食べないし…？
「ｷｭ…あとでたべるし…」
そういって、何処かで捨ててしまうのではと親たぬきは嘆息しました。
「スキキライはだめだし…ちゃんと食べないと大きくなれないし…」
大きくなれないと、もどきに見つかったらチビなんてただのお肉だし。
必死にとってきたごはんをチビが食べてくれないのもつらいですが、何よりチビの成長が遅い気がするのです。
この親たぬきはかつて、当時の子供をすべてたぬきもどきに食い殺された経験を持っていました。
子供達の遺体を植えて新たに栽培たぬ木を育てて生まれたチビたぬき達も、別な原因で亡くなっています。
その苦い経験から、たった1匹残ったチビをしっかり育てきるつもりで、親たぬきはやや厳しくチビを躾けていました。

「いつも、ままを待ってる間におなかがすいちゃうんだし…だからあとにとっとくし…」
どちらかといえば臆病寄りですが、慎重な性格のチビである事は親たぬきにもわかっていました。
野良生活では備蓄を用意する考えは非常に重要でしたが、この子は教えずともそれを実行しているという事でしょうか。
「わかったし…あとでちゃんと食べてし…」
チビは何も答えず、無言でコクンと小さく頷きます。
食い意地を張ってもっとよこせし！と言い出すよりは幾分かマシかと、親たぬきは自分を無理やり納得させる事でその場を収めました。


「まま…つぎにごはん取りに行くのはいつし？」
かと思えば、ひと休みしている親の裾を引っ張りこんな事を言い出す始末です。
眠りに落ちそうになっていた親たぬきはよだれを拭いて、チビたぬきの呼びかけに応じました。
「えっもうおなかすいたし…？」
「ちがうし…けど、いつし…？」
どういうことだし？
あまりに訳がわからなさすぎて、親たぬきの寝起きの頭が無理やり覚醒させられます。
とりあえず答えて、反応を見る事にしました。
「まあ…ちびが寝たら行ってくるし」
「もうちょっとしたら行ってきてほしいし…」
なんだかチビが執拗に自分を出ていかせようとするので、
「わかったし…じゃあ行ってくるし…」
ひとまず要求を飲むフリをする事に決めたのでした。


「いってらっしゃいし…」
小さな手を振り、チビが見送りに立ちます。
どこかそわそわして、落ち着かない様子でした。
親たぬきは首を傾げながらも、いつものように巣を出て───こっそり引き返して物陰から巣の中を窺いました。
しばらくして、巣の出入り口から顔を出して左右をきょろきょろと見回したチビが、
「ｷｭｳ…」
と鳴いて、トテトテと歩き始めました。
お皿代わりにしている葉っぱに包んだ何かを、両手で抱えていました。
あれ程ひとりで何処かに行ってはいけないと教えていたのに、大胆過ぎる行動に親たぬきは驚きのあまりその場で飛び跳ねました。大して浮いていません。


チビは急いでどこかへ向かうことばかりを考えているので、後をつけるのは簡単でした。
ジタバタするよりも、簡単でした。
気づいていないチビはそのうち速度をあげ、トテテッと走りながら大きな葉っぱに包んだ何かを、大事そうに抱えています。
いつの間にか、あんなに走れるようになったんだし。
大人しくて、主張の弱い子だったからわからなかったけどし。
密かに目の当たりにした我が子の成長に、親たぬきはしんみりとなりました。
「ままに内緒で、ともだちでも出来たし…？」
きちんと大きくなってくれないと困るのだけれど、ごはんを分けてあげたいぐらいのともだちが出来たのなら仕方がない。
やさしくてかわいいチビに免じて、場合によっては家族が1人増えるかもしれない。
そんな事を考えながら、親たぬきは小さな背中を見逃さないように目で追いました。


チビが警戒しながら入っていったのは、森の奥の茂みでした。
親たぬきは少し待ってからそろーし…そろーし…と抜き足差し足で、小枝や石などを踏まないように気をつけてチビの後を追いました。
奥へ奥へ入っていくと───声を弾ませるチビたぬきを視認し、親たぬきは木陰から様子をうかがいます。
「よしよし…あわてず食べてし…おいしいし…？よかったし…！」
しゃがみ込んだまま、ちっちゃなしっぽを左右に振って、嬉しそうにしているチビの後ろ姿が見えました。
話し相手はチビに隠れてよく見えません。
もしかして豆たぬきかし？
でもやっぱり、自分のごはんをあげてるんだし。
やれやれし…早く言ってくれればよかったし。
親たぬきは安心して、姿を現すことにしました。

「チビ…」
「あっ、まま…！？」
「何やってるんだし…心配かけちゃだ…ダヌッ！？」
親たぬきの考えは、半分当たっていましたが、半分は大ハズレでした。
素っ頓狂な声をあげてしまった原因は、チビが身体全体で隠していたものの正体です。
ゴワゴワの茶色い毛に覆われた、四つ足の獣くさい身体。
まごう事なき、たぬきもどき───の、チビでした。
プルプルと震えて、チビたぬきの後ろで丸くなっています。
「やばいし、もどきだし！」
反射的に足元の石を持ち上げて攻撃態勢を取ろうとすると、
「ｷﾞｭー！だめしー！」
チビが両手を広げて突進してきました。
親たぬきは危ないと感じて石を下ろし、身体でチビを受け止めました。
「何やってるんだし…どくし…」
「かわいそだし！」
チビは泣きながら抱きついて、親たぬきの顔を見上げて情に訴えました。
「かわいそうって…何言ってるんだし…」
「ひとりぼっちで、すてられてたんだし！」
「そりゃ捨てるし…そいつ小さくても、もどきだし…危険だし…」
「チビには何もしてこないしぃ！」
おそらくもどき化したからという理由で捨てられたのでしょう。
悲しい事ですが、親たぬきだって我が子がそうなれば自身と家族を守るためにそうします。
新しいチビ達にも、もどきの姿と恐ろしさは教えていたはずなのに、どうしてこんなことに。

「ままにナイショでおさんぽしてたら…この子がいたんだし…おなかがすいて、動けなくなってたんだし…」
チビはションボリ顔でうつむきながら語り始めました。
「チビがもってた木の実をあげたら、喜んで食べて、モチモチしてくれたんだし…チビはもうひとりぼっちだったから、とってもうれしかったし…」
確かに、姉妹が死んでしまってからチビにとって話し相手も遊び相手もいない生活が続いていたのは事実です。
親たぬきは日中はほとんどエサを取るのに充てていて帰れば疲れ果てて眠っていたので、あまり構ってやれていませんでした。
「それから、ままのいない間にごはんあげてたんだし…その間も、この子はずっとやさしかったし…」


「そんな事、あるのかし…？」
親たぬきは顎に手をやり、モチモチと思案しました。
たしかにチビには目立った外傷はありません。
もしこのもどきチビがたぬきもどきの本能に従っていれば、ごはんをあげる前にチビが真っ先にごはんになっているはずです。
今日この日までもどきチビに会っている事すら気が付かなかったのですから、チビはずっとこのもどきチビと友好的な関係を築いていたのでしょう。


それでも、親としてこの状況は看過できませんでした。
いずれ大きくなり害をなすか、他ぬきに見つかって問題になるか───いずれにせよ、明るい未来は見えません。
「とにかく、もうここには来ちゃだめし…」
「え…やだし！」
「せめて、この子は放っておいてあげるし…本当ならころすしかないし…」
ここまでもどきチビに愛着を持っている我が子をこの場で納得させるのは難しい。
ひとまずこの場から引き離すことが最優先だと、親たぬきは考えました。
このもどきチビはチビを寝かしつけてから殺せばいいし。
「…ころすってなんだし？」
「動かなくすることだし…こないだお前のお姉ちゃんがそうなったように…し…」
いちばん大きかったチビたぬきが、木登りに失敗して頭から落ち、首をひしゃげてしまった光景を思い出し泣きしながら、親たぬきは教えました。
「え！やだし！動かなくなっちゃ、やだしー！」

「ｷﾞｭ……？」
それまで大人しくじっと伏せていたもどきチビが、目の前の親子たぬき達が言い争う様子を察して顔を上げました。
「こっち来るし…」
「やだし！はなれたくないしぃ！」
「………ｷﾞｭｳ！」
引っ張られて嫌がっているチビたぬきを見ていじめられていると思ったのか、もどきチビが飛び出します。
「ｷﾞｭｷﾞｭｳｳ！ｷﾞｭｰ！」
普通のチビたぬきとは違い、小さくても筋肉の塊で、牙と爪を備えたチビたぬきもどきは立派な獣でした。
親たぬきとチビたぬきを離すよう飛びかかります。
「じっ！？」
たぬきもどきに子供達を食い殺された恐怖が甦り、親たぬきは錯乱して手を振り回しました。
チビたぬきが突き飛ばされる格好となり、もどきチビと親たぬきが揉み合うような形になります。
「やめるし！おまえは関係ないし！どっかいくしぃぃ！」
親は子供の前でありながら恐怖に泣き叫ぶことも辞さず、両足も振り回してジタバタし始めます。
もどきチビは暴れ始めた大きなたぬきに驚いて、その牙は腕ではなく胴体に向かいます。
もどきチビは振り落とされないようしがみつくつもりでしかなく、攻撃の意思はありませんでしたが。
「いだだだし！や゛、め゛っ゛！」
服の上からはわからなかった、かつてもどきから子供達を守ろうとして受けた首の古傷に直撃してしまいました。
「……や、だし……」
当たり所が悪く、意図せず致命傷を受けた親たぬきはやがて動かなくなってしまいました。

「まま…どしたし…？まま…」
小刻みに震えながら、尻餅をついて見守っていたチビたぬきは先程とは違ってあまりに静か過ぎる親の異常に気がつきました。
近寄って何度も何度も揺すりますが、親たぬきは応えてはくれません。

「ｸｩｩ〜ﾝ……」
もどきチビからすれば、チビたぬきを助けようとしただけなのに、こんな事になってしまって申し訳なさそうに鳴きました。
いつものようにモチモチして欲しいとでも言うように、四つ足で歩み寄ろうとしますが───。

「おまえ…ままを…ころしちゃったんだし…」
“ころす”という事がどういう事なのか、言葉ではなく心で理解できてしまったチビたぬきはぽろぽろと涙をこぼし始めました。
小さな肩がわなわなと震え、ションボリ縮んでいた身体がたくさん吸い込んだ空気により膨らんでいきます。
チビたぬきは顔を真っ赤に怒張させて、喚き散らしました。
「あっちいけし！」
への字の口元をぎりぎりと噛み締め、両手をブンブン振り回して威嚇します。
もどきチビには全く効果はありませんが、その剣幕はこれまで見せたことのないもので、
「ｸｩﾝ…」
と小さく鳴いたもどきチビは後退していきました。

チビたぬきはふーっ、ふーっ、と肩で息をしながら次第に興奮を鎮めると、
「チビ、1人きりになっちゃったしぃぃ…！」
ようやく現状を理解して泣き始めました。
えんえんぐしぐしと涙のこぼれる目を両手で交互に拭い、時間をかけて落ち着きを取り戻した後は。
───これからどうしようし。
不安でたまらず、両手でほっぺたを持ち上げてモチモチしながら、チビたぬきは小さい頭脳でうんと悩みました。


(以下、分岐しますし…)



A.やっぱりもどきチビと、いっしょにいるし…。
B.もどきチビとは、ばいばいするし…。



→A.やっぱりもどきチビと、いっしょにいるし…。

遠巻きにそっとこちらに心配そうな視線を向け続けているもどきチビを見て、チビたぬきはぽつりと呟きました。
「やっぱり…見捨てられないし…チビもおまえもひとりぼっちなんだし…」
「ｸｩｩｩﾝ…」
寂しげに鳴いて、ヨタヨタと近寄ってくるもどきチビを抱きしめてモチモチしてあげます。
まだ擦れていないもどきチビの毛は柔らかく、たぬき同士のモチモチとはまた違った手触りのよさが安心感を生み出します。
こうして、チビたぬきともどきチビの当て所ない生活がはじまったのでした。


　　　❇︎      ❇︎      ❇︎ 
　

「お腹すいたし…」
「ｷｭｳｳﾝ…」
種族は違えど2匹のチビがトボ、トボと土手を歩いています。
前の住処は他ぬき達もいるので、穏やかに暮らせそうにはありません。

仲の良い2匹といえども完璧な意思疎通はできないのでチビは1匹でこの先について案じなければなりませんでした。
いつも親に取ってきてもらっていたので、エサの取り方などわかるはずもなく、もどきチビのために自分の分を減らしていたチビたぬきは、お腹のたぬきがｷｭｳと鳴くのを止められません。

鼻をヒクヒクさせながら、もどきチビがチビたぬきの左手の袖を咥えて引っ張ります。
「ｸﾝｸﾝ…ｸﾝｸﾝ…ｸｩﾝ！」
「なんだし…どしたんだし…？」
たぬきもどきの鼻は、エサであるたぬきを探すためたぬきの体臭とションボリを感知するように出来ています。
ただしこのもどきチビはチビたぬきを母親のように認識しているため、食欲よりも家族愛が勝っているのでした。
その嗅覚は目の前のチビたぬきではなく、少し離れたところでのたのたと歩いていた野良たぬきを捉えたのです。
その手には残飯らしき野菜クズや食べかけのパンなどが抱えられていました。
「あっ大人だし…ごはんもってるし」
チビはもう倒れそうだし。訳を話せば分けてくれそうだし。
チビたぬきは、チビ特有の都合のいい考えで野良たぬきに近づいていきました。


「こんちわーし…」
「ん…チビひとりでどしたし…」
両手いっぱいの収穫物に顔を綻ばせていだ野良たぬきは、こんな年端もいかないチビたぬきが1匹でうろうろしている事に眉をひそめました。
親はどうしたんだし。それとも家出かし。
───と、話を聞こうと声の主に視線を向けると。
「ひっ…！し…！」
不遜な顔をしていたはずの野良たぬきは、みるみる青ざめていきました。
「見逃してし！これあげますし…！たすけてしぃ…！」
抱えていた残飯を置いて、両手を前に突き出しながら小走りで去っていきました。
すっかり大人のたぬきでしたが、しっかり泣いていました。

「いったいどうしたんだし…泣いてたし…」
「ｸｩｩﾝ…」
親たぬきに続いて大人のたぬきが泣くところをまたもや見てしまったので、チビたぬきは動揺していました。
が、原因を考えてすぐに不満げに鼻を鳴らしました。

ままと同じで、この子のこと怖がってたんだし。
みんなひどいし。

事態を理解しているのか、ｸｩｩﾝ…と悲しげに鳴いたもどきチビの頭を軽く撫でたチビたぬきの目の前には、野菜クズや食べかけのパンが丸々転がっていました。
お腹のたぬきがさらにｷｭｳｳｳと鳴いて、チビたぬきは溢れそうになる唾を飲み込みました。
「ごくり…し…」
チビ達は別に何もしないし…と思いながら
“あげますし！”という言葉だけを拾い上げて、チビたぬきは都合の良いように解釈しました。
「あげますって言ってたし…もらっちゃおし…」
地面に落ちた食糧をせっせと拾い始めます。
「ぬすんだわけじゃないし…くれたんだし…」
自らに言い聞かせるように、チビは独り言を続けました。
もし親たぬきが健在なら、それは泥棒より罪の重い強盗だと教えたはずでしたが、叱ってくれる親はもういません。
拾った食糧は、2匹で仲良く分けました。


　　　❇︎        ❇︎        ❇︎


またある日のこと。
チビたぬきともどきチビは、茂みの中に顔を突っ込んでいました。
２つの小さなしっぽがフリフリと、左右に揺れています。
視線の先には犬小屋ならぬ、たぬ小屋の中で寝ているたぬきがいました。
ブランケットをかけてもらってるので、しっぽを抱く必要もなく、のびのびと仰向けで寝ています。
「スピィィ…タヌゥ……んが…ぐぅぐぅし…」
首輪はつけていますが、リードは繋がっていません。
その前には、青いプラ製のお皿にたぬフードがたくさん盛られていました。
鼻をヒクヒクさせて興奮し始めるもどきチビに向かって、チビたぬきは口に手を当ててｼｰと静かにするよう合図を行うと。
もどきチビは頷いてその場で丸くなります。
チビたぬきは音を立てぬよう、そろーし…そろーし…と抜き足差し足で近づいていきました。


「…わっ！し…！」
「ひぃっし！？」
急に声をかけられ、たぬ小屋から半身を出して日光を浴びていた飼いたぬきはぴょんと飛び上がります。大して浮いてはいません。
急に夢の世界から現実に引き戻された飼いたぬきは、目の前に知らないチビたぬきがいる事に気がつきました。
寝ぼけながら不機嫌な様子でブランケットをたぬ小屋に押し込むと、“ひぃっし！？”とか他所のチビの前で情けなく叫んでしまった事を悔やみながらも、このチビが驚かせてきたのだと理解して更に機嫌を悪くし始めました。
「なんだチビかし…おどかすなし…」
「いまだし！」
「ｷｭｳｰ♪」
「ダヌゥ！？」
合図を受けたもどきチビが、チビたぬきの真似をして飛び出すと、
ほっと油断したところに間を置かずして二段構えのビックリで、飼いたぬきの矮小な心臓は強烈に硬直した勢いで止まってしまいました。
安全な飼い生活ではあらゆる危険から遠ざけられる代わりに、ただでさえ低いたぬきの対応力が落ちきってしまっていたので突然の帰結でした。
横倒しになった後、仰向けでションボリ顔のまま動かなくなってしまった飼いたぬきを、チビたぬきは不審に思いながら揺すります。
ビックリさせて逃げているうちにお皿の上のごはんをもらおうとしていただけなので、予想外の反応に驚いてしまいました。
寝ている間に出してもらえたのか、食べる前に寝てしまったのか。
真実を知る方法はもうありませんが、チビたぬきの目当てはこちらでした。
「食べないんだし…？ねぇねぇし…」
しかし、いくら揺すってもションボリ顔の遺体は二度と起き上がることはありません。
「おへんじがないし…つまり、いいってことだし…？」
「ｷｭｳｷｭｳｳ♪」
よだれを垂らしながら、何度も頷いてもどきチビが同意します。
「いただきまーし♪」
「ｷｭｳｯｷｭｰ♪」
2匹で仲良く、ガツガツむしゃむしゃとたぬフードを食べ始めました。
ニンジン味の、ちょっと高級なたぬフードだったので、しあわせな気持ちと食べ進む勢いが止まりません。
「ぱくぱくし…モグモグし…」
「ｷｭｷｭｳｷｭｳ♪」
エサの皿が空になるまで食べきって、チビたぬきは膨らんだお腹を撫でたり、もどきチビは舌で口の周りを舐め回したりしていました。
「ごちそうさまーし……まだ、起きないし…？」
物言わぬ仰向けたぬきからは、返事はありません。
「ｸｩﾝ…？」
「ばいばいし…ごはん、ありがとし…」
首を傾げるもどきチビを連れて、小さく手を振ったチビたぬきはトボトボ歩いて去っていきました。

───しばらくして、ガラスの引き戸が開いて飼い主の女性が現れました。
「静かね、たぬきちゃん…どうしたの〜？…え？」
後方から聞こえてきた女性の悲鳴に、歩いているチビたぬき達はなんかうるさいし…ぐらいにしか思いませんでした。


　　　❇︎       ❇︎        ❇︎


「ｷｭｳｷｭｳ、ｷｭｳｳｳ」
今日も今日とてごはん探しの道中に、もどきチビに裾を咥えて引っ張られ、チビたぬきはそちらへ向き直りました。
「ん…どしたし…あ、たぬきだし…」
チビたぬきは、たぬき達の群れを見つけて立ち止まります。
集団の中には、抱っこされているチビも見られました。
賑やかそうな様子を、つい羨ましそうに目で追ってしまいます。
あれだけたくさんいるなら、もどきチビが一緒でもうまく抑え込んでくれそうだし。
チビたぬきは今度こそ大人たぬきに保護してもらえるかも、と淡い期待を抱きながらフラフラと近寄っていきます。
───が、こちらから見えているということは向こうからも丸見えでした。

「あっ、あいつ…もどきのチビ連れてるし！」
「やばいし！」
スラムの中にはチビや親を殺された野良たぬきもいますので、距離が空いているうちに身構えます。
チビとはいえ、もどきの危険性を考えると選択肢は一つでした。
取り囲んで、やられる前にやるしかありません。
「棒でたたくし！」
持っていた棒───主な用途は護身とチビ伸ばし───を両手で握りしめて、無防備に寄ってきたもどきチビをえいえいし！と叩き始めました。
近くにチビたぬきもいた気がしますが、ほとんどのたぬきが気に留めませんでした。
固い木の棒や尖った石で殴られ、チビたぬきはたまらずその場でしゃがみ込んで頭を抱えますが、小さな手では庇いきれずにどんどん赤く染まっていきます。
「やめてし、やめてしぃ！チビもこの子も、何にもわるいことしてないしぃ！」
「うるさいし！
「もどきは全部ころすし…」
「わたしのチビはもどきに喰われたし…」
「おまえはスラムに不幸をもたらす悪魔だし！」
凶器を持った大人たぬき数匹が相手では、たぬきもどきといえど満足に抵抗できません。
「い゛っ…ぢっ……じぃぃ…！」
チビたぬきはたまらず、助けを求めてもどきチビに抱きつきました。
それでも、野良たぬき達の攻撃の手は止まりません。


死の直前、もどきチビは幸せでした。
殴られる理由はわかりませんが、“まま”だと思っているチビたぬきがぎゅっと抱きしめてくれたのでとても嬉しかったのです。
毎晩たぬき玉を作りたくても作れない上、防寒着もないので“さむいし…“と言いながらチビたぬきが抱きしめて眠ってくれた事が思い出されました。
抱きしめる力が弱くなりチビたぬきが先に動かなくなっても構わず一緒に殴られ続け、
「ま…ま゛…」
と今際の際にもどきでありながら言葉を発する貴重な現象を起こしましたが、もどきチビを殺す事に必死なその場の野良たぬきは誰も気がつきませんでしたし、知ったところで気味悪がっておしまいでした。


死の直前、チビたぬきは不幸せでした。
自分は至ってふつうのたぬきなのに自分までも憎まれ蔑まれ、殴られ、突かれ、石を投げつけられ。
どうしてこんな目に遭うのか、己の選択を後悔していました。
もどきのチビなんて、拾うんじゃなかったし。
やがて何度も強烈に揺さぶられた頭から後悔の念もろともチビたぬきの意識は消失し───二度と目が覚めることはありませんでした。


オワリ