No.55「親子」

親の心子知らずとは言いますが、たぬきの世界でもそれは同様でした。
頑張って取ってきたトンボや木の実など、量は少ないですがチビたぬきの分を多めに、親たぬきは平べったくて大きな葉っぱのお皿に今日の食事を並べていました。
ですが、それらのごはんを少しずつ齧ると、チビはこっそり懐に仕舞ってしまいました。
もちろん、親にはバレバレでした。

「ごちそーさまでし…」
「チビ？ちゃんと全部食べたし？」
「た、たべたし…ごちそーさまでし…」

親たぬきは怪訝そうな顔で尋ねました。
戻ってきた時には、あんなにお腹すいたしぃ〜と言っていたのにし。
いつでも満足に食べられないのが野良生活です。
エサ探しに出かけて留守の時に置いている非常食は空になっているのでお腹は空かせているはずでした。
「チビ…もう食べないし…？
「ｷｭ…あとでたべるし…」
そういって、何処かで捨ててしまうのではと親たぬきは嘆息しました。
「スキキライはだめだし…ちゃんと食べないと大きくなれないし…」
大きくなれないと、もどきに見つかったらチビなんてただのお肉だし。
必死にとってきたごはんをチビが食べてくれないのもつらいですが、何よりチビの成長が遅い気がするのです。
この親たぬきはかつて、当時の子供をすべてたぬきもどきに食い殺された経験を持っていました。
子供達の遺体を植えて新たに栽培たぬ木を育てて生まれたチビたぬき達も、別な原因で亡くなっています。
その苦い経験から、たった1匹残ったチビをしっかり育てきるつもりで、親たぬきはやや厳しくチビを躾けていました。

「いつも、ままを待ってる間におなかがすいちゃうんだし…だからあとにとっとくし…」
どちらかといえば臆病寄りですが、慎重な性格のチビである事は親たぬきにもわかっていました。
野良生活では備蓄を用意する考えは非常に重要でしたが、この子は教えずともそれを実行しているという事でしょうか。
「わかったし…あとでちゃんと食べてし…」
チビは何も答えず、無言でコクンと小さく頷きます。
食い意地を張ってもっとよこせし！と言い出すよりは幾分かマシかと、親たぬきは自分を無理やり納得させる事でその場を収めました。


「まま…つぎにごはん取りに行くのはいつし？」
かと思えば、ひと休みしている親の裾を引っ張りこんな事を言い出す始末です。
眠りに落ちそうになっていた親たぬきはよだれを拭いて、チビたぬきの呼びかけに応じました。
「えっもうおなかすいたし…？」
「ちがうし…けど、いつし…？」
どういうことだし？
あまりに訳がわからなさすぎて、親たぬきの寝起きの頭が無理やり覚醒させられます。
とりあえず答えて、反応を見る事にしました。
「まあ…ちびが寝たら行ってくるし」
「もうちょっとしたら行ってきてほしいし…」
なんだかチビが執拗に自分を出ていかせようとするので、
「わかったし…じゃあ行ってくるし…」
ひとまず要求を飲むフリをする事に決めたのでした。


「いってらっしゃいし…」
小さな手を振り、チビが見送りに立ちます。
どこかそわそわして、落ち着かない様子でした。
親たぬきは首を傾げながらも、いつものように巣を出て───こっそり引き返して物陰から巣の中を窺いました。
しばらくして、巣の出入り口から顔を出して左右をきょろきょろと見回したチビが、
「ｷｭｳ…」
と鳴いて、トテトテと歩き始めました。
お皿代わりにしている葉っぱに包んだ何かを、両手で抱えていました。
あれ程ひとりで何処かに行ってはいけないと教えていたのに、大胆過ぎる行動に親たぬきは驚きのあまりその場で飛び跳ねました。大して浮いていません。


チビは急いでどこかへ向かうことばかりを考えているので、後をつけるのは簡単でした。
ジタバタするよりも、簡単でした。
気づいていないチビはそのうち速度をあげ、トテテッと走りながら大きな葉っぱに包んだ何かを、大事そうに抱えています。
いつの間にか、あんなに走れるようになったんだし。
大人しくて、主張の弱い子だったからわからなかったけどし。
密かに目の当たりにした我が子の成長に、親たぬきはしんみりとなりました。
「ままに内緒で、ともだちでも出来たし…？」
きちんと大きくなってくれないと困るのだけれど、ごはんを分けてあげたいぐらいのともだちが出来たのなら仕方がない。
やさしくてかわいいチビに免じて、場合によっては家族が1人増えるかもしれない。
そんな事を考えながら、親たぬきは小さな背中を見逃さないように目で追いました。


チビが警戒しながら入っていったのは、森の奥の茂みでした。
親たぬきは少し待ってからそろーし…そろーし…と抜き足差し足で、小枝や石などを踏まないように気をつけてチビの後を追いました。
奥へ奥へ入っていくと───声を弾ませるチビたぬきを視認し、親たぬきは木陰から様子をうかがいます。
「よしよし…あわてず食べてし…おいしいし…？よかったし…！」
しゃがみ込んだまま、ちっちゃなしっぽを左右に振って、嬉しそうにしているチビの後ろ姿が見えました。
話し相手はチビに隠れてよく見えません。
もしかして豆たぬきかし？
でもやっぱり、自分のごはんをあげてるんだし。
やれやれし…早く言ってくれればよかったし。
親たぬきは安心して、姿を現すことにしました。

「チビ…」
「あっ、まま…！？」
「何やってるんだし…心配かけちゃだ…ダヌッ！？」
親たぬきの考えは、半分当たっていましたが、半分は大ハズレでした。
素っ頓狂な声をあげてしまった原因は、チビが身体全体で隠していたものの正体です。
ゴワゴワの茶色い毛に覆われた、四つ足の獣くさい身体。
まごう事なき、たぬきもどき───の、チビでした。
プルプルと震えて、チビたぬきの後ろで丸くなっています。
「やばいし、もどきだし！」
反射的に足元の石を持ち上げて攻撃態勢を取ろうとすると、
「ｷﾞｭー！だめしー！」
チビが両手を広げて突進してきました。
親たぬきは危ないと感じて石を下ろし、身体でチビを受け止めました。
「何やってるんだし…どくし…」
「かわいそだし！」
チビは泣きながら抱きついて、親たぬきの顔を見上げて情に訴えました。
「かわいそうって…何言ってるんだし…」
「ひとりぼっちで、すてられてたんだし！」
「そりゃ捨てるし…そいつ小さくても、もどきだし…危険だし…」
「チビには何もしてこないしぃ！」
おそらくもどき化したからという理由で捨てられたのでしょう。
悲しい事ですが、親たぬきだって我が子がそうなれば自身と家族を守るためにそうします。
新しいチビ達にも、もどきの姿と恐ろしさは教えていたはずなのに、どうしてこんなことに。

「ままにナイショでおさんぽしてたら…この子がいたんだし…おなかがすいて、動けなくなってたんだし…」
チビはションボリ顔でうつむきながら語り始めました。
「チビがもってた木の実をあげたら、喜んで食べて、モチモチしてくれたんだし…チビはもうひとりぼっちだったから、とってもうれしかったし…」
確かに、姉妹が死んでしまってからチビにとって話し相手も遊び相手もいない生活が続いていたのは事実です。
親たぬきは日中はほとんどエサを取るのに充てていて帰れば疲れ果てて眠っていたので、あまり構ってやれていませんでした。
「それから、ままのいない間にごはんあげてたんだし…その間も、この子はずっとやさしかったし…」


「そんな事、あるのかし…？」
親たぬきは顎に手をやり、モチモチと思案しました。
たしかにチビには目立った外傷はありません。
もしこのもどきチビがたぬきもどきの本能に従っていれば、ごはんをあげる前にチビが真っ先にごはんになっているはずです。
今日この日までもどきチビに会っている事すら気が付かなかったのですから、チビはずっとこのもどきチビと友好的な関係を築いていたのでしょう。


それでも、親としてこの状況は看過できませんでした。
いずれ大きくなり害をなすか、他ぬきに見つかって問題になるか───いずれにせよ、明るい未来は見えません。
「とにかく、もうここには来ちゃだめし…」
「え…やだし！」
「せめて、この子は放っておいてあげるし…本当ならころすしかないし…」
ここまでもどきチビに愛着を持っている我が子をこの場で納得させるのは難しい。ひとまずこの場から引き離すことが最優先だと、親たぬきは考えました。
このもどきチビはチビを寝かしつけてから殺せばいいし。
「…ころすってなんだし？」
「動かなくすることだし…こないだお前のお姉ちゃんがそうなったように…し…」
いちばん大きかったチビたぬきが、木登りに失敗して頭から落ち、首をひしゃげてしまった光景を思い出し泣きしながら、親たぬきは教えました。
「え！やだし！動かなくなっちゃ、やだしー！」

「ｷﾞｭ……？」
それまで大人しくじっと伏せていたもどきチビが、目の前の親子たぬき達が言い争う様子を察して顔を上げました。
「こっち来るし…」
「やだし！はなれたくないしぃ！」
「………ｷﾞｭｳ！」
引っ張られて嫌がっているチビたぬきを見ていじめられていると思ったのか、もどきチビが飛び出します。
「ｷﾞｭｷﾞｭｳｳ！ｷﾞｭｰ！」
普通のチビたぬきとは違い、小さくても筋肉の塊で、牙と爪を備えたチビたぬきもどきは立派な獣でした。
親たぬきとチビたぬきを離すよう飛びかかります。
「じっ！？」
たぬきもどきに子供達を食い殺された恐怖が甦り、親たぬきは錯乱して手を振り回しました。
チビたぬきが突き飛ばされる格好となり、もどきチビと親たぬきが揉み合うような形になります。
「やめるし！おまえは関係ないし！どっかいくしぃぃ！」
親は子供の前でありながら恐怖に泣き叫ぶことも辞さず、両足も振り回してジタバタし始めます。
もどきチビは暴れ始めた大きなたぬきに驚いて、その牙は腕ではなく胴体に向かいます。
もどきチビは振り落とされないようしがみつくつもりでしかなく、攻撃の意思はありませんでしたが。
「いだだだし！や゛、め゛っ゛！」
服の上からはわからなかった、かつてもどきから子供達を守ろうとして受けた首の古傷に直撃してしまいました。
「……や、だし……」
当たり所が悪く、意図せず致命傷を受けた親たぬきはやがて動かなくなってしまいました。

「まま…どしたし…？まま…」
小刻みに震えながら、尻餅をついて見守っていたチビたぬきは先程とは違ってあまりに静か過ぎる親の異常に気がつきました。
近寄って何度も何度も揺すりますが、親たぬきは応えてはくれません。

「ｸｩｩ〜ﾝ……」
もどきチビからすれば、チビたぬきを助けようとしただけなのに、こんな事になってしまって申し訳なさそうに鳴きました。
いつものようにモチモチして欲しいとでも言うように、四つ足で歩み寄ろうとしますが───。

「おまえ…ままを…ころしちゃったんだし…」
“ころす”という事がどういう事なのか、言葉ではなく心で理解できてしまったチビたぬきはぽろぽろと涙をこぼし始めました。
小さな肩がわなわなと震え、ションボリ縮んでいた身体がたくさん吸い込んだ空気により膨らんでいきます。
チビたぬきは顔を真っ赤に怒張させて、喚き散らしました。
「あっちいけし！」
への字の口元をぎりぎりと噛み締め、両手をブンブン振り回して威嚇します。
もどきチビには全く効果はありませんが、その剣幕はこれまで見せたことのないもので、
「ｸｩﾝ…」
と小さく鳴いたもどきチビは後退していきました。

チビたぬきはふーっ、ふーっ、と肩で息をしながら次第に興奮を鎮めると、
「チビ、1人きりになっちゃったしぃぃ…！」
ようやく現状を理解して泣き始めました。
えんえんぐしぐしと涙のこぼれる目を両手で交互に拭い、時間をかけて落ち着きを取り戻した後は。
───これからどうしようし。
不安でたまらず、両手でほっぺたを持ち上げてモチモチしながら、チビたぬきは小さい頭脳でうんと悩みました。



(以下、分岐しますし…)



A.やっぱりもどきチビと、いっしょにいるし…。
B.もどきチビとは、ばいばいするし…。




→B.もどきチビとは、ばいばいするし…

「もう一緒にいられないし…ばいばいし…」
チビたぬきは親の亡骸に視線を送ってから、もどきチビに対し目に涙をためて言い放ちました。
親を殺されてはもう今までのような関係は維持できません。
それでも、もどきチビはフルフルと首を振り、涙をこぼしながら後をついてきます。

「ついてきちゃダメしー！」
泣きながら必死に叫んで、追い払おうと両手を振ります。
攻撃力はまったくありませんが、受け入れられていない事はわかるので、もどきチビは涙が止まらない様子で、しかしついには立ち止まってしまいました。

チビたぬきは何度も振り返り、もどきチビがわずかでも駆け寄ろうとする挙動を見せると、
「しっ…しっ…！」
手を払うしぐさで、近づかないよう牽制しました。
ばいばいし…と心の中で呟いて、見えないように手を振ってその場を後にしました。
ｸｩﾝ…と寂しげな声が背中越しに聞こえても、決して反応しないよう我慢して歩みを進めました。


チビたぬきがションボリ、トボトボと土手を歩いていると。
大人のたぬきが、反対側から向かって歩いてくるのが見えました。
親たぬきを失ったチビたぬきはふと立ち止まり、そのたぬきが近づいてくるのを待つことにしました。
「おチビちゃん…どうしたし…？」
こんなところにチビだけでいるのはどう見ても訳ありだったので、案の定大人たぬきは心配して声をかけてくれました。
チビたぬきはションボリとうつむいて、もじもじしながら答えます。
「ままが…うごかなくなったし…」
「そっかし…」
一緒にションボリしてくれた大人たぬきは、やさしく頷いてくれて。
「じゃあ、たぬきの所に来るし…」
「いいし…？」
「いいし…」
チビたぬきからすれば大きな手で頭をナデナデ、ほっぺをモチモチしてくれました。
久々の感触に、チビたぬきはｷｭｳ♪と甘えた声をあげました。
やさしいたぬきに出会えてよかったし、とチビたぬきは素直に嬉しくなります。


「たぬきも、チビがもどきに食べられちゃったんだし…」
寂しげな声色で語る大人たぬきの口から発せられたもどき、という単語を聞いてチビたぬきは胸の奥がずきりとしたのを感じました。
───と、それまで続いていたモチモチする手が突然止まって。
「……し？」
チビたぬきは怪訝そうに顔を上げて、大人たぬきへと視線を向けました。


「あれ、は…し…！」
「どしたのし？」
大人たぬきはというと、こちらではなく真っ直ぐ前を見据えていました。
チビたぬきが後ろを振り向くと、たぬきもどきのチビがｸｩﾝｸｩﾝと鳴きながらしっぽを振ってにじり寄ってきているのが見えました。
間違いなく、あの時別れたはずのもどきチビでした。

「あ、あああし…逃げてし！」
出会ったばかりのチビだけでもなんとか逃そうと呼びかけますが、過去の恐怖と悲しみに襲われた野良たぬきは尻餅を突いてしまい動けません。
ですが怯える自分の横を通り抜けて、もどきチビがすりすりとチビたぬきのお腹にほっぺたを擦り寄せるのを見て、さらに腰を抜かしました。
「おまえ…ついてきちゃダメっていったし…！」
「ｸｩｸｩ…ｸｩﾝ♪」
「…ダヌ！？」
ありえない光景に、野良たぬきは素っ頓狂な声をあげてしまいました。
たぬきに懐くたぬきもどきなんて聞いたことがありませんので、野良たぬきの反応はたぬき界隈では正常なものでした。
「まさかおまえも…！？」
疑念が確かな恐怖へと変質し、大人たぬきは今にもこのチビたぬきに襲われるのではという錯覚を覚えました。
親になってくれたかもしれないたぬきから畏怖の眼差しを受けて、チビたぬきは慌てて釈明しました。
「ちっ、ちがうし！チビはちゃんと、たぬきだし！」
「ｷｭ､ｷｭｳｳ…」
自分だって、元々はたぬきなのに。
この言葉はもどきチビを傷つけましたが、言葉を発せないので何の想いも伝えられませんでした。
いつ自分が襲われるかもわからないリスクを備えたチビなど、とても拾う気になれなくなった大人たぬきは。
「ごめんし…たぬき死にたくないし…ばいばいし…」
「ま…まってし…ｷｭｳｳｳ…」
トボトボと去っていく大人たぬきに向かって手を伸ばしますが、もどきチビにじゃれつかれたままでは距離は開いていくばかりでした。


「なんだし！なんで付いてきたし！ばいばいって言ったし！」
わめきながら、顔を真っ赤に泣き腫らしたチビたぬきはモチモチとした手を乱打し、もどきチビの身体のあちこちを叩きました。
「ｷｭ、ｷｭｳｳｳ…！」
物理的には全くダメージを与えることはありませんが、拒絶されたという事実がもどきチビを心理的に打ちのめしました。

「どうしようし…おなか、すいたし…」
大人たぬきが去っていったのとは逆の方向を見据えて、チビたぬきは弱音をこぼしました。
上手くいけばあの野良たぬきにごはんを取ってきて貰えたのに───などと取らぬたぬきの皮算用が水泡に帰した事を残念がっているうちに陽は落ち掛け、紅と紫が空を彩り始めていました。
───じゃり、じゃり。
チビたぬきの耳がピンと立ち、何かが歩み寄ってくるような地面を踏み締める音を捉えましたが、
「クウゥゥゥン…ヴッフ…！」
目の前のもどきチビと似ていながらも、やけに野太い声が聞こえてきたのでチビたぬきはビクリと身をこわばらせました。


勇気を出して、少しずつ振り向いた先には。
暗くなり始めた地面の上を四つん這いで歩く毛むくじゃらのたぬきのようなシルエットが、少し離れたところに見えました。
「な、なんだし…こいつ…なんだし！」
騒ぎを聞きつけてか、あるいはチビたぬきの匂いを嗅ぎつけてか。
のっしのっしと、力強い足取りで近寄ってきます。
と言っても、もどきチビとの差異は大きさだけですのでチビたぬきが怯えているのには別の理由がありました。
血に濡れた口元がくわえていたのは、先程去って行った大人たぬきの頭だったからです。
頭に噛みつかれて首をもぎとられたのか、生気を失った顔は苦悶に歪んだ後があり、ぼたぼたと溢れる液体は土の上を赤く染めていました。
「あ…ああ…ああ゛あ゛っ、し…！」
こちらは尿で土の上を黄色く染めて、震える足をモチンモチンと叩きながら必死に走り始めますが、
「しぃぃいいーーーっ…べぐ！」
たぬきもどきは咥えていた野良たぬきの頭を放り、背を向けたチビたぬきにぶつけて転倒させます。
チビたぬきはうつ伏せでジタバタしたまま、大して距離を開けることもできず追いつかれてしまいました。

守護ってくれるはずの大人たぬきを亡くしたチビたぬきは、自ら払い退けたもどきチビへと助けを求めます。
「助けてし…！たすけて、たすっ、た」
すがるように伸ばした手は、しかしもどきチビには届きませんでした。
もどきチビが駆け寄ろうとした瞬間に下半身を喰いちぎられて絶命したチビたぬきの手は空を切り、ぽふっと間抜けな音を立てて着地したからです。
「ガツガツガツ…！ヴッフ！ヴゥッッフ！」
緑色の服を赤く染め上げ、やわらかい感触と新鮮な血の匂いに興奮し出したもどきによって、チビたぬきはすぐに物言わぬお肉へと変えられてしまいました。
残った胴体の上の頭は泣きながら表情が固まっていて、咀嚼されるたびにまるでイヤイヤするように揺れるばかりです。
死体と目を合わせて呆然としていたもどきチビは我に帰り、たぬきもどきにやめさせるため横に回り込んで脇腹に体当たりしますが、所詮はもどきのチビなので強靭なたぬきもどきには通じませんでした。
何だこいつ…と鬱陶しそうな顔でやんちゃな同族を見据えつつ、たぬきもどきはチビだったものを完食し終えました。
何度ぶちかましても大して揺らぐことなく、
「ヴッフ…」
とゲップで喉を鳴らして去っていきました。

ままが、消えてしまった。
あの大きな四つ足の獣が吸い込んで、どこかへやってしまった。

それが自らと同じ姿をしているものだと思わずに、もどきチビは悲しみに暮れました。

血だまりを前に、フゥフゥと胴を上下させながら、残されたもどきチビは幼い顔を涙で濡らしました。


その場を離れ、さらに暗くなってきた住宅街の影に包まれながらションボリ、トボトボと四つ足で歩いていると。
「うううし…まま、どこいっちゃったし…」
親とはぐれたチビたぬきが、泣きながらフラフラと彷徨っているのが見えました。
たぬき同士で見れば全くの別個体でしたが、他の生き物にはたぬきの個体差など些末なものなので、もどきチビも例外ではありませんでした。

あれは、ままに違いない。
よかった。戻ってきてくれたんだ。
またあのやわらかい前足でナデナデしてほしい。
そしたらチビはほっぺをペロペロしたい。
ちょっとおなかがすいちゃうけれど、ガマンすればしあわせなきもちになれるから！
まま！まま！まま！！
ままーーーーー！
言葉にする事は叶いませんが、チビもどきは叫びました。
「ｳﾞｯﾌ…！ｳﾞｪｯ！ｳﾞﾌﾞｩｩｩｳ!」
もどきチビはチビたぬきのことを、母親だと思って接していたのでした。
でも食べたい気持ちも、ちょっとはみ出していました。


「チビはここだしーぃ…うううし………し？」
チビたぬきは、唸りながらこちら目がけて駆け寄ってくるたぬきもどきのチビにギョッとして硬直しました。
「な、なんだしぃ！」
食べられる───生存本能が警鐘を鳴らして、チビたぬきは走り始めました。
息を切らして、懸命にしっぽを引きずり、短い足を前後に動かします。
けれども、荒い吐息が着実に差し迫ってくるのが背中側から感じられました。
「どしておいかけてくるしぃ！チビおいしくないしぃ！


いなくなってしまったと思っていた“まま”がいつかと同じ、追いかけっこで遊んでくれている。
ままは、いつだってやさしかった。
ごはんを分けてくれて、やわらかくてあたたかい身体を自分に当ててくれた。
夜はいつも“さむいし…もっと近くに来てし…”と抱きしめて眠ってくれた。

未だチビたぬきの死を受け入れられないもどきチビは、在りし日のチビたぬきの笑顔を幻視して興奮しました。



「ｸｩﾝｸｩﾝ♪」
大した速度の出せないチビたぬきの走りではすぐに追いつかれ、もどきチビは“いつもの調子”で容赦なくじゃれつきます。
チビたぬきからは四つ足で逃げられないよう押さえつけられているようにしか思えず、唯一自由のきく首をイヤイヤと振り、への字口をキュッと引き締めて涙と尿を流していました。
ペロペロと舐められるのも親愛行動ではなく味見をしているのだとしか思えず、捕まってしまったチビたぬきはぶるぶる身を震わせるしかありませんでした。
「ひぃぃ…ひぃぃ…し…！」

ゴォォオオオ───と、轟音が迫っている事に、どちらも気がつきません。
道路の上でもがくチビたぬきと、はしゃぐもどきチビ達の目の前に迫っていたのは、黒くて太い車輪でした。


死の直前、チビもどきは幸せでした。
いなくなってしまったと思った“まま”が、生きていてくれて、追いかけっこで遊んでくれた事が、嬉しくてたまりませんでした。

死の直前、チビたぬきは不幸せでした。
親とはぐれた上に、小さなたぬきもどきに追い回され恐怖と混乱のうちに車に轢かれてしまったのですから。

どちらも等しく轢き潰され、真っ赤な肉と血は混ざり合って、どれがどちらのものかは、わからなくなってしまいました。


オワリ
