ガァーガァーと空から鳴き声が聞こえてくる
太陽が沈んで青い青い空は段々と赤い化粧を帯びてくる
人間の住まう街には時間を知らせるチャイムが鳴り、子供は早くお家に帰りましょうというアナウンスが流れた
時は夕暮れ
人間は仕事を終えて帰宅し、子供たちは親に怒られないように急いでいる

そんな中でポテポテとしながらもいつも以上に早く走る小動物の群れがいる
たぬきだ
ションボリ顔には余裕がないが、一般的な親子たぬきだった
それも大きいのが小さいのを何匹か抱えており、後ろにも小さいのが何匹か追うように走っている
家族揃ってのご飯を集めていたが想定より帰るのが遅くなってしまったのだ
大人のたぬきであれば夜遅くでも帰れなくはないが小さい子供を抱えたままではとてもまずいことになる

「チビ！遅れてるし！早くするしぃ！」
「まってし…！まま…！はやいし…！」
「ｷｭｰ！ｷｭｰ！」

いったい何に慌てているのだろう
答えはすぐに分かった
街に張り巡らされた電線の上に佇む黒い影がたぬきたちをじっと見つめている
ガァーガァーと鳴き声を上げながらその声を聞くたびに親たぬきはビクリと体を揺らすが足を決して止めない
カラスだった。夕方に置けるたぬきの天敵の一つ
あと少しで家族の住処にたどり着く
そう思った矢先に後方からの絶叫が響いた

「うわああああ！ままーーー！たすけてしいいいーー！」
「ｷﾞｭｰ！ままーー！ままーーー！！」

喋れるようになっている子たぬきたちが一斉に黒い影に連れ去られて行く
器用に鳥の足でたぬきの両肩を掴んでいるのでジタバタしてもどうしようもなくガッチリだ
親への助けに求めて声を出すがすぐさま空高く飛んで行って見えなくなっていく

「チビぃ！チビぃいい！」

どうしようもないと頭で分かっても言葉が喋れるぐらいに育てたチビには愛情も愛着も深いものがある
カラスに連れ去られた我が子を思いながら立ち尽くしてしまう
愛情の深さゆえに親たぬきは判断を誤ってしまった。これが割り切れる野良たぬきであればすぐに逃げることを再開していたはずである

ｶﾞｧｰ
「いだぁ！？」

突き刺さるようにカラスのクチバシがたぬきの大きな頭部に直撃した
幸い目の付近こそやられても目そのものを失ったわけではない
しかし突然来る大きな痛みと頭をやられた衝撃に親たぬきはパニックを起こしてしまい、子たぬきを抱えていたのにも関わらずジタバタしてしまった

「ｷﾞｭｰ！？」
「ｷｭｩｩ！」
「ﾀﾇｯ」

投げ飛ばされてポテポテと転がる子たぬきたち
まだ喋ることができずとも危機的状況であることは理解できる
だからこそ目の前に現れる黒い影たちにはジタバタすることでしか対処できなかった

「ｷﾞｭﾌﾞｩ！？ｷﾞｭｳｳ！ﾋﾟｨｨ！！！」
「ﾀﾞﾇｰ！！ﾀﾞﾇｩｩｩ！！！！ﾋﾟｨ！ｷﾞｭｷﾞｭｱ！！！」

助けて！ママ！助けて！！
喋れずともまるでそう言ってるかのように子たぬきたちは叫んでいる
そしてその叫びがディナーを彩ると言わんばかりにカラスたちの捕食が開始された
たぬきもどきのようにいっそ一噛みで命を失えば楽になるというのに細かい傷が増えてモチモチ肌が少しずつ千切れるだけで生き地獄でしかない
親が作ってくれた自慢の勝負服もすぐにボロボロになっていき、中のモチモチ肌が露わになればすぐさま突かれて絶叫する
目を失い、肌が傷ついてないほうが難しいぐらいにボロボロにされ、髪も尻尾も毛をぶちぶちと抜かれていく
それでも死なないのはたぬき本来の頑丈さゆえか、それとも鳥類の殺傷性の低さなのか

「ギュゥゥゥウ！チビをいじめるなしぃぃいい！！」

その生き地獄を終わらせたのはジタバタから戻った親たぬきだった
いくらモチモチで軽いたぬきでも全力でぶつかりに行けば同じく軽い鳥相手なら十分な威力を見込める
ついばむことに夢中だったカラスはたぬきの体当たりをまともに食らってギャーギャーとその場から離れていく
もはや虫の息に等しい子たぬきであるがそれでもまだ生きている。治療すればまだ間に合うかもしれない
今度こそ手放さないようにしっかりと子たぬきたちを抱きかかえるが、体当たりを食らったカラス含めての群れが襲い掛かってくる

「じっ！いだいじ…！ギュウ！グュアォア！！」

親たぬきは子たぬきに覆いかぶさるようにカラスたちに背中を向けて守り抜こうとする
服はついばむ度にボロボロにされ、ぐじゅぐじゅと嫌な音が背中から響いてくる
もはや余裕すらない獣の声が出るがそれでも絶対に退かない意思があった
自分が早く帰ればチビは失わずに済んだという不注意が招いたからこそ今のチビを失うわけにはいない

「ギュウウ！！ダヌ"ッ！グギュギィィ！」

果たしてどれだけそうされていたのか
親たぬきからすれば永遠に感じる責め苦は唐突に終わりを迎え、鳥葬まで行かずに親たぬきは生き残ることができた
元々子たぬきを食べていた事と親たぬきの抉られるように深い背中の食べ跡からカラスはもう満足したのだろう
ガァーガァーと鳴きながら空を旅立って脅威は急速に去っていく

「キュ…ふう……ふう……やったし…チビ…生き残れたし…」

傷が深くても生きていればそれは治っていく
生きていれば失ったものの大きさがあってもいずれ癒されていく
自分が守り通したはずの小さな命たちを確認していく
見るからにボロボロでもっちりとしなくなってもいずれ時間が経てば元の…

「…………チビ？」

子たぬき達はその命をすでに終えていた
カラスの傷もあっただろう。しかしそれはまだたぬきの命を奪うほどではなかった
原因は親たぬきがカラスから守ろうと覆いかぶさった圧力による圧死だった
その証拠にモチモチであるはずの肉体はカラスについばまれてボロボロであることを差し引いても、手足やお腹の一部が潰れたようにペチャンコになっている
とても苦しんだろう
しかしその苦しむ声すら親たぬきは自らが食われていた事で気づけずに、自らの手で我が子の命を終わらせたのだ

太陽が沈んで夕暮れに染まっていく美しい時間
大人たちは仕事を終えて家族の元に、子供たちは晩御飯は何かなと考えながら帰っていく
美しい風景と共に流れる夕方を知らせるチャイムは親たぬきの嘆きの慟哭と合わさり、誰にも聞かれる事なく消え去った