

「夢のヒーロー」


大きな台風の過ぎ去った後でした。
野良たぬき達も大変でしたが、耐え抜けば色々なものに出会うことができます。
「むふふし…こいつはいいものを見つけたし…」
落ちていた蜂の巣を発見し、子供のためにご飯を探していた親たぬきはションボリした顔をほんのり、ほころばせました。
何とも運の良い事に、中の幼虫も成虫も一気に下がった温度により死に絶えていました。
たぬきからすれば、多少濡れても服や毛のおかげで何とか生き抜ける温度でした。
「これならちびでも食べられるし…栄養も満点だし…」
昔、何人かの姉妹と大人になっても暮らしていた頃。
“巣を作るのが下手な蜂は、大抵はこういった台風の後に巣を落としてるんだし”
とか言って、取ってくるのがうまい姉妹がいて、戦利品を皆に分けてくれていました。
もどきに襲われて、バラバラになったっきり姉妹には会えていないけれど。
あの頃を懐かしみながら、親たぬきは我が子を育てる食糧が手に入った事を喜びました。


蜂の子は、まだ歯の生えてないちびには早いからこちらで頂いておくし。
その代わり、ちび達は初めて食べるけどきっと気に入るだろうからハチミツは全部ちびにやるし。
潰した木の実だとか、親が咀嚼して離乳食のようにしたものしか食べさせていなかったので、
噛まずに食べられるハチミツは野良の子育てにおいて、非常に役立つと親たぬきは判断しました。
成虫はその場に残して、蜂の子をもにゅもにゅとつまみ食いしながら、親たぬきはハチミツのたっぷり詰まった蜂の巣を、ご機嫌で持ち帰ったのでした。


「ｷｭｳｷｭｷｭｷｭｰ！あまいしー！」
「まま…これおいしいし！」
「もっともっと、ほしいし…！」
「よしよし…仲良く分けるし…」
とろとろの甘いハチミツを、傾けた蜂の巣から垂らして、親が手に載せます。
差し出された親の手をぺろぺろと舐めるだけで良いので、ちびたぬき達は歯が無くても存分に味わう事が出来たのでした。
自然界ではあまり出会えない甘さに、ちびたぬき達は頬をモチモチさせ、すっかり無我夢中です。
「これなら、うちのちびはうんち食べさせなくても育てられるし…」
拾った3匹のちびは多少舌足らずですが喋る事ができ、親が覚えた色々な事を教えているので同世代の子よりずっと賢いはずです。
あとは歯が生えきって虫や木の実を擦り潰せるようになれば、餌の取り方を教えるだけで、ひとり立ちは目の前でした。
蜂の巣の探し方も教えておけば、将来役に立つ事でしょう。

もうすぐ寂しくなるし。
でもちび達が一緒にいたいって言えばまだ一緒だし。
多分そうなるし。ふふっし。
そんな事を考えていると。
ぶぅぅぅん、という風を切り裂く音が聞こえてきました。
フラフラと飛び回るのは、親たぬきは見覚えのあるフォルムでした。

危険を感じて、親たぬきはちびたぬき達に身を屈めるよう手で合図をしました。
ちびたぬき達はまだハチミツを舐めたがりましたが、ひとまずは親の指示に従いました。

「しーっ…静かにするし…あぶないし…蜂だし…」
「はち？ななの次だし？」
「あってるけど違うし…今はしゃべっちゃ駄目し…」
我が子が教えた事をしっかり覚えていて、親たぬきは嬉しくなりつつも、さらに目立たないように促しました。
もしかして、この巣に住んでいたやつかもしれないーーーそう思って、巣も少し遠くに置きました。

地面に這いつくばって、たぬき親子は蜂をやり過ごしました。
1人のちびたぬきが、飛んでいった蜂を見て、ぽつりと漏らしました。
「けっこ、かっこよくないかし？」
「そんなことないし…おまえへんだし…」
「ハチこわいし…ｷｭｳﾝ」
「他のちびの言う通りだし…あれは危険な虫だし…間違っても食べようとしちゃ駄目だし…」
蜂に対する警戒心が薄い子には、しっかり警告しておかなければ。
古傷が痛むような感覚に苛まれながら、親たぬきはちび達に昔話を始めました。
「ままは昔、あいつに刺されたことがあるし…」
「いたそだし！」
「こわいし！ｷｭｩｩｰ！」
「あいつ、さすし！？」
「おしりに鋭い針があって、巣や子供を攻撃すると思われたら刺されちゃうし…」
親たぬきは声を潜めながら頷いて、語り続けました。
「刺された姉妹が、苦しみもがいて、動けなくなっちゃったし…泡吹いてたし…」


ぶるぶると震えながら、親の話に聞き入っていたちびたぬき達ですが、やはり1人だけは違う感想を抱いていました。
シュッとした身体つきは、たぬきとかけ離れたスマートさを感じました。
黄色と黒の色合いも、たぬきには無いものなので何だかいいな、と思ってしまいます。
羽音は、聞けば思わずジタバタしてしまいそうですが、空を飛べるのは純粋にうらやましいです。
巣や子供を守るための攻撃手段として針を持っているなんて、鋭い爪や牙を持たないたぬきからすれば、かっこよさを覚えてしまいます。


「自由に飛べていいなし…ちびは、今度生まれたらハチになってみたいし…」
「そいつは無理だし…」
あろう事か、蜂への憧れを口にした我が子がいて親たぬきは内心驚きました。
そんな驚きもまた、子育ての楽しみのひとつではあるのですが。
親たぬきは、我が子が間違った考えにいかないよう、毅然とした態度で矯正を促します。
「たぬきは何度リポップしても、たぬき以外の何かにはなれないし…分不相応な考えはやめるし…」
「ｷｭｳﾝ…？」
せっかくのお小言も、ちびたぬきには小難しくて、意味がよくわかりませんでした。


しっぽを抱いて、丸まったら。
他の姉妹と触れ合ってたぬき玉を作ります。
今日はかっこいいハチも見られたし、
美味しいものも食べられたし。
明日もこんな日だといいし。
ちびたぬきは、短いたぬ生で初めて幸せな気持ちで眠りにつきました。


「ぶぅぅ〜んし…ぶぅぅ〜んし…！」
蜂に憧れていたちびたぬきは、気がつくと、ハチたぬきになっていました。
しっぽは黒と黄色のシマシマ模様になり、
背中には透明な二対の羽根がついていました。
触覚のついたカチューシャをつけ、蜂のコスプレをしたちびたぬき、といった格好でした。
「ぶぅ〜んし…ぶぅぅ〜んし！」
ハチたぬきは口で言っているだけで、実際には飛べていません。
羽根の代わりに両手をバタバタさせて、飛んでいる気持ちで駆け回りました。
「おとなになったら飛べるかな？し…ぶぅ〜んし…」
羽根をはためかせ、昨日見た蜂のように両手両足をだらんと垂らして猫背のまま飛ぶ自分を想像して、ハチたぬきは楽しい気持ちで満たされました。

　
「ｷｭｰｰｰｰ！こわいしぃーーー！」
「だれか助けてだしぃぃーーー！」
突然、どこからか悲鳴が聞こえてきました。
「ぶぅんし…？なんだし…？」
悲鳴のした方へ向かうと、茶色い四本足の何かが、ハチたぬきの姉妹に襲いかかっています。
多分、もどきです。
親たぬきの話で聞いただけで、見たことはありませんが、きっともどきに違いありません。
親たぬきはジタバタするばかりで、全然子供達を守れていませんでした。
こうなったら、自分の出番です。
ハチたぬきは、本能的にそう思いました。
「シャキンし！」
強く念じると、シマシマ模様のしっぽの先から鋭い針が出てきました。
「えいっ…し！」
しっぽを振って、針の先を上手く当てれば
チクリと、もどきに突き刺さります。
もどきが苦しみもがいて、やがて動かなくなっちゃいました。泡吹いてました。
「ほんとだし…ままの言った通りだし…！」


「すごいしちび！ヒーローだし…！」
「ｷｭｰｷｭｰ！かっこいいしー！」
「ハチたぬき、さいこーだしー！」
いつの間にか立ち上がっていた親たぬきに頭を撫でられ、
あんなに蜂を嫌ったはずの姉妹は両手をモチモチさせて拍手喝采です。
ハチたぬきは頭をかきながら、照れました。
「えへへし…悪いもどきや人間が出たら、ちびに言ってし！ぶぅぅ〜んし！」
憧れの蜂になれた上に、こんなに褒められて。
ハチたぬきは、ほんとに飛べてしまいそうな高揚感に包まれます。
まるで夢だしーーー幸せな気持ちでいっぱいだったハチたぬきの目の前が、ぐにゃりと曲がり始めました。
あれ…？ゆ、め、か…し？



現実に戻ったちびたぬきは、冷や汗を垂らして青白くなり、ヒュー、ヒューと弱々しい呼吸音をさせています。
ちびたぬきは、ハチミツに含まれる“ポツリタヌス菌”により呼吸困難に陥っていました。
ボツリヌス菌と違い、乳児からある程度大きくなったちびたぬきでも消化できず、たぬきの腸内環境のみに作用する特殊な菌でした。
呼吸困難や全身麻痺のため、悲鳴をポツリと上げる事しかできずに死ぬことからついた名前です。
薄れる意識の中で、周りを見渡すと。
すでに、他のちびたぬきは動かなくなっていました。
泡を吹いたり、青ざめた表情のまま、死骸を晒しています。
唯一残っているのがこの、夢から目覚めたちびなのでした。
「あっ…ちび、起きたし…！？よかったし…！」

朝、夜明けと共に目を覚ました親たぬきが異変に気づきました。
ちび達がたぬき玉を解除し、仰向けで喉元を抑えて苦しんでいたのです。
親たぬきは苦しむちび達のために危険を承知で、ハチミツを取りに行きました。
台風の後だから他にも蜂の巣が落ちていないかと慌てて駆け回っていると、
以前、餌探しに行った公園で木の低いところにある蜂の巣を見つけ、
ハチミツの溜まった巣を木から落とそうと投石を試みたのですが、
当然、攻撃対象となった親たぬきはあちこちを蜂に刺されまくりました。
腫れたりむくんだ身体には赤い斑点をいくつも帯びています。
明らかに、アナフィラキシーショックを起こしていました。
それでも何とか、落とした巣を持ったままジタバタすると。
成虫を奇跡的に叩き落とす事に成功しました。
夜中から小雨が降っていて、蜂の羽根が重くなっていたのも一因でした。
命からがら逃げ出し、愛するちび達の元へ蜂の巣を持ち帰る事が出来たのでした。
でも、たどり着いた頃には2人が動かなくなっていて。
ぶぅぅんし、ぶぅぅんしと奇妙なうわ言を繰り返し、うなされる子だけが残されていました。
もしかしたら、蜂に襲われる悪夢を見ているのかもしれないと、親たぬきは悲しみに暮れました。


ま、ま…と口をぱくぱくさせますが、ちびたぬきには声を発する力は残されていません。
とにかく栄養を与えて、回復させなければと、親たぬきはハチミツを手に塗りたくりました。
「ちび…しっかりするしぃぃ！」
それが毒であるとも知らず、親は子が開いた口にハチミツを押し運び、子は拡がる甘みに負けて飲み込みます。
追いハチミツを摂取させられ、さらにポツリタヌス菌を体内に増やしたちびは、こうして短いたぬ生を終えたのでした。
次のリポップ先は蜂の巣で、ある意味念願叶いましたが怒った蜂に刺されまくり、再びたぬ生を終えました。
たぬき界の短時間記録更新でした。


親もまた、長くはありません。
全てのちびを失ったストレスと、
アナフィラキシーショックの作用で、命の灯火は消える寸前でした。
どうしてし。どうして、こんな事になったんだし
あんなに甘くて美味しいハチミツを食べさせてあげたのにし。
ちび達はもうすぐ一たぬ前になって、子育て勲章をもらえるはずだったし。

取らぬたぬきの皮算用も、すっかり水の泡です。
己の無知も理解せぬまま、親たぬきは前に倒れ込み、そして動かなくなってしまいました。

オワリ