

No.55「まねごと」


カエルの子は、カエル。
たぬきの子は、たぬき。
子供というのは親を真似て育つものだ。
どんな生き物でも目の前のお手本を吸収しながら言動だけでなく、その性質も引き継いでいく…。


あるところに、ペットショップでたぬき玉から買い上げられ飼われているたぬきがいた。
飼い主はたぬきにもやさしく、多少のワガママも聞いてやるように接してくれて、たぬきにとって救世主のような人間だった。

対するたぬきはつとめて謙虚で、増長せず飼い主との生活をありがたがって過ごした。
決して豪華ではないが、おさんぽの時に見かける野良に比べれば富裕たぬきと呼べる暮らしぶりだった。
栄養はそれなりに与えられているので他ぬきより目に見えて大きく、ふっくらとした毛皮が変化した冬服まで備えていた。

頻繁におさんぽに連れていってもらえるだけでなく、時々たぬき専門の美容院で髪の毛を整える事すらしてもらえていた。
それでも飼い主さんいつもありがとうございますし…という感謝を欠かさないたぬきだったので、チビ欲求に赴くままおさんぽの途中で拾ったチビたぬきを育てることも許されていた。

苦難や危険を知ることなく、のびのびと可愛がられていたチビたぬきは親と同じようにしっかりとした体格に育ち、冬服の毛皮や耳当て、マフラーも纏っていき喋れるようになるのも早かった。
そのうち、精神的にも同世代のたぬきより少し大人びた面を覗かせるようになっていった。


「ままぁ…チビもちび、育てたいしぃ…」
甘えて声を出すのは、飼いたぬきに拾われて育てられ中のチビたぬきだった。
チビ、チビと呼ばれているのでチビが自分の名前だと思い込んでいて、一人称のように自らをチビと呼んでいる。
まだ成体には程遠く、チビ欲求を覚えるには早すぎるので単に親の真似事をしたいだけだと判じられた。
そのため、親たぬきは本気で取り合わなかった。
「ちゃんと育てられるし…？ままだって、おまえを育てるの大変だし…」
「だいじょぶしー！エサの虫もちゃんと取るしー！」
意気込んでいる我が子をよそに、勝手に決めるわけにはいかないと親たぬきは飼い主に理解を求めた。
「飼い主さん…大丈夫ですかし…？」
「まあ、おもしろそうだからいいけど…この寒いのにそんな簡単にちび見つかるかなぁ？」
飼い主さんの理解はアッサリ得られたものの、懸念通りちびたぬきは簡単には見つからなかった。
このたぬき達は満ち足りた生活を送らせてもらっているためションボリが足りていないし、ここ最近の寒さでは自然にポップしたちびたぬきは運良く出会えなければその日のうちに死んでいるだろう。


飼い主はわざわざペットショップに行くつもりはないので、偶然の出会いに期待し続けた何度目かのおさんぽの時だった。
「ｷｭｳｳｳ……ｷｭｳｳﾝ……」
何処からか弱々しいが確かな呼びかける声を聞きつけ、チビは辺りをきょろきょろと見回した。
「いるし…ちびいるし…どこだし…」
ゴミ捨て場の袋の間から、ちびたぬきが顔を覗かせていた。
「いたし！こっちだし…おいでし…！」

「ｷｭ…ｷｭｳ…」
チビの呼びかけに応じてよちよちと四つん這いで出てくると、運良く服を纏っている事も確認できた。
捨てられていた柚の皮からポップしたらしいちびたぬきは、ほんのりと清涼感のある香りを漂わせていた。
チビも嗅覚で感じ取ったらしく、クンクンしと鼻をヒクヒクさせる。
「いいニオイだし…この子にするし…」

まだ四足歩行しかできないほど足腰も弱く、この場で保護しなければ死んでしまうのは間違い無かったので、生まれたばかりのちびたぬきにとっても僥倖と言えた。
刷り込みによって一番近くの大きなたぬきの元に近寄って行ったちびたぬきは傍に立つ人間の存在にぎょっとしながらも、
「ｷｭｳｳ…ｷｭｳー♪」
親たぬきに向けて、まま…よろしくし♪とでも言わんばかりに片方の前足を上げた。

チビは不満そうにほっぺを膨らませ、ちびたぬきに手を伸ばした。
「ちがうし、チビがままだし…よろしくし…」
「ｷｭｳー？」
抱き上げられたちびたぬきは、匂いを覚えさせるためのモチモチをしてもらうと本能に従ってチビへと抱きついた。
ふわふわ、もこもこな冬服チビなので、ちびたぬきにとっても安心する感触だったらしく、上機嫌にぽふぽふと何回もチビの身体を触れる。
遂にはわかっているのかいないのか、チビのほっぺたをちぱちぱと吸い始める。
「ｷｭﾊﾟ…ｷｭﾊﾟ…」
「かわいいし…」
「チビもこれでおかあさんだし…たぬきもうおばあちゃんになっちゃったし…」
親たぬきは我が子の懇願が本気だった事を知り、今更ながらしょうもない感慨にふけっていた。


「ここがちびのおへやだし…どくせんさせてあげるし…」
「ｷｭｳｳ…？」
たぬき親子にそれなりの費用をかけている飼い主だがチビの道楽には一切の費用をかける気がなかったので、何か小物を注文した時に小包として使われていた小さな白いダンボールをペットハウスがわりに選んだ。
新聞紙を敷き詰めてある以外は、飲み水を入れるためのペットボトルの蓋しか置かれていない。
5センチぐらいしかないちびたぬきは自身の倍ほどはあるチビに抱き上げてもらわなければ脱出できないだろう。
チビの教育下ではトイレトレーニングもきちんと出来ないだろうと判断され、基本的に箱の外へ出すことは禁止とされた。
チビもちびたぬきを自由にさせるつもりはないらしく、ちびたぬきがモチモチしたがってぐずるか自身がモチモチしたい時にだけ抱き上げているようだった。


しばらくはあたたかな室温に目を細めながら仰向けでゴロゴロしていたちびたぬきだったが、
「ｷｭ〜ﾝ…ｷｭｳｳ…ﾝ…」
身を起こすとぺたんと座り込んで足を投げ出したまま顔をあげ、弱々しく媚びる声をあげる。
お腹を抑えていることから、空腹を訴えているようだった。
「お腹空いてるのかな」
「みたいだし…チビ、どうするし…？」
「まっててし！」
言うが早いか、玄関まで駆けて行ったチビはおでかけの時に携帯しているポーチを持ってすぐに戻ってきた。

「ちび、見るし！おまえを拾った時に見つけた虫だし！」
「ｷｭー……？」
目の前にてんとう虫の死骸を置かれ、ちびたぬきが首を傾げる。
「これ、ちびのごはんだし！」
「ｷｭｳ…ｷｭｳｳ？」
「たべるし！」
「ｷｭｳｳｳｳ！ｷﾞｭｳーー！」
虫の死骸を口元に押し付けられた事で意味を理解し、イヤイヤと首を振るちびたぬきだったが、チビは頑として譲らなかった。
自分は柔らかなたぬフードを食べさせてもらっているのに、
「たべなきゃ、おまえのごはんはないし！」
実にたぬきという傲慢さを見せるチビに飼い主はうんうんと頷いていた。
助け舟を出すつもりはなかった。
“ごはんは、チビが用意してあげるんだよ”
と説明して自分のエサを分けるのかと思っていたらおさんぽの道中で捕まえた虫を差し出す様を見て飼い主は苦笑いを堪えきれなかった。
こいつほんとにエサの虫もちゃんと取ってたのかよ───と。


結局それではちびたぬきは育つはずもなく餓死するだろう。
「仕方ないし…これ食べるしかないし…」
親たぬきはてんとう虫を潰して食べやすくし、ペットボトルの蓋の中の水に混ぜ込んでやっていた。
自分が食べているカリカリタイプのたぬフードはわけてやっても食べられないと判断しての事だが、結局ひどい。

ちびたぬきは砕かれた破片の浮かぶ水に苦々しい顔をして口をつけたが、
「ｷﾞｭｴｯ…ﾍﾟｯ、ﾍﾟｯ！」
やはり口に合わないらしく舌を出して吐き捨てていた。
それでも空腹に耐えられなかったのか、
数時間後には蓋の中身の水ごと腹に収めていた。

「ﾌﾞｩｩｩ…ｼﾞｨｨ…！」
はじめての食事にとんでもなく不味いものを出されたちびたぬきは、明らかに不服そうに唸りながらチビと親たぬきを睨みつけていた。
親たぬきはその視線に気がつくこともなく、腕組みをして思案しチビに助言を行っていた。
「チビ、あれじゃこのちびは食べられないし…今度はもっと柔らかい虫を取ってくるし…」
「し…わかったし！」
違う、問題はそこじゃない。
親も頭たぬきかよ。
たぬきだった。
などと思いつつも、飼い主は特に突っ込まずに推移を見守る事にしたのだった。


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眠る時、生まれたてのちびたぬきであればまずはたぬき玉を作りそれを親たぬきが抱き抱えるようにしてぬくもりに包んでやるのが通常の形だ。
ある程度の室温が保たれている室内なので何かで覆う必要はないが、落ち着かないらしいちびたぬきはダンボールの中で寂しげに鳴いた。
「ｸｩｩｩ…ｷｭﾝ…ｷｭｳﾝ…」

「しかたのないちびだし…ままがいっしょにねてあげるし…」
見かねたチビは自分達の寝床であるペットハウスの中にちびたぬきを招き入れる。
まだ自分も幼体なので親たぬきにしっぽまくらをしてもらいながら、ちびたぬきを抱きしめて眠るように決めたようだった。
まだ未成熟な身体をぬいぐるみ扱いで抱きしめられ、むずがるちびたぬきは顔を歪めていたが、やがて諦めて寝息を立てていた。

そして翌朝───。
「むにゃ…し…？しっぽぬれてるし…なんでし…」
目を覚ましたチビは寝ぼけ眼をこすりながら抱きしめていたちびたぬき諸共、自分のしっぽが濡れている事に気づく。
それが時々、自分が粗相した時と同じ匂いを放っている事にも理解が及んだ途端。
「…ちび！！もらしてるし！」
自分達の生活空間を汚され、怒ったチビはペットハウスから這い出るとちびたぬきを抱え上げた後にダンボールの中に叩きつけ、ダンクシュートを決めていた。
「…ﾑｷﾞｭ！？」
全身を強打する衝撃を与えられ、モチモチボディといえど驚いたちびたぬきが心地よい眠りを奪われて朝から大泣きを始める。
「ｷﾞｭ…ｷﾞｭ…ｷﾞｭﾜｧｧｧ！ﾋﾞｨｨｨｨ！」
「おもらしするような子はきょうからひとりでねるし！」
「ｷｭﾜ…？」
急に怒鳴りつけられたちびたぬきは一瞬ビクリとなるも、その後はわけもわからずぽやぽやした表情で、なんで…？と言いたげに鳴いた。
「クンクンし…くさいし…ばっちいしぃぃ！」
一方的な叱りつけを終えたチビはちびたぬきに背を向けたまま、濡れたしっぽを嗅いで嘆き始める。
だから出しちゃダメだって言ったのに。
飼い主はチビの想像力のなさにまたも苦笑していた。


その日の夜から、ちびたぬきは本当に1匹きりで寝る羽目になった。
親たぬきもペットハウスを汚された事が気に入らなかったらしく、特に庇いもしなかった。
「ｷｭｳﾝ…ｷｭｳｳﾝ…」
このちびたぬきはしっぽも抱きしめられるほど長くないので、自分の右手をちぱちぱとしゃぶり続けて横になっていた。

　　　
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それから1週間ほどして。
2足歩行ができるようになるまでは外に連れ出すことを飼い主は禁じていたが、不本意ながら虫食にも慣れていったちびたぬきは少しずつ育っていき、なんとか2足で立ち上がる事ができるようになった。

　　
「ちび、おさんぽいくし！」
「ｷｭ…？ｷｭｳﾝ！」
親たぬきと一緒におでかけポーチをつけたチビがダンボールからちびたぬきを連れ出し、飼い主に頼んで作ってもらった首輪をつける。
輪ゴムに凧糸をくくりつけた粗末なものだが、ちびたぬきにはちょうどいいサイズ感だ。
「ｷﾞｭ……ｷｭｳｷｭ､ｷｭｳｳ」
扱いを不当に感じているちびたぬきは食事の時と同じようにイヤイヤと首を振ったが、母親気分のチビが受け入れるはずもなかった。
「だめだし！おそとはあぶないんだし！つけるし！」
結局強引に輪ゴムを頭から首へと通されてしまい、
「ｷｭｳｳｳ…」
ションボリ、トボトボとチビの前を歩かされていた。
まるで繋がれた奴隷のようにも見える。
もし4足歩行のままだったら犬扱いで、余計にションボリしていたことは想像に難くない。


飼い主がたぬき達の歩幅と速度に合わせてのんびり散歩していると、白い雲に覆われた空から雪がひらひらと舞い降りてきた。
「さむさむし…」
「ﾌﾟﾙﾙ…しゃむいし…」
充分に栄養を与えられ、耳当てやマフラーのような毛皮をまとった冬服たぬきになれていても、温室育ちのたぬき親子は寒がっていた。

一方は冬服でもないちびたぬきだったが、気にせずあーーと口を開けて雪を食べている。
虫以外のものを口にできるチャンスを逃すまいとしているのだろうか。
「こいつ、案外大物かも」
飼い主の言葉に反応し、チビも対抗意識を燃やし始める。
「チビもやるし…」
「だめだし…こういう雪の中は土ぼこりが含まれてるから身体にわるいし…」
「ｷｭｳ…そうなんだし…ちび、それたべちゃダメだし！」
「ｷｭ…？ｷｭｳ、ｷｭｳｳ」
親に教えられるがまま、チビもちびたぬきの愚行を止めようとするが、抑圧されきっているちびたぬきはフルフル首を振るとチビの言う事を聞かずにあーーと口を開けて白いかけらを口内へ招き入れる。

「ダメだし！やめるし！」
「ｷﾞｭ！ｸﾞｴｴ…」
チビがぐいっと凧糸を引っ張り、ちびたぬきは強引に引き倒される。
頭をぶつけたショックと無理やりやめさせられた不満が爆発し、
「ｷｭﾜｧｧｧﾝ！ｷｭﾜｧｧｧﾝ！」
ついにはジタバタしながら大泣きを始める始末だった。

「ちゃんとままのいうコト、きかないとだめだし…わるい子はおいていくし…」
「ｷｭﾜｧｧｧﾝ！ｷｭﾜｧｧｧﾝ！」
「ほらはやくたつし…みんなまってるんだし…かえったらチビはオヤツのじかんなんだし…」
当然だが、ちびたぬきには何も用意されない。
これまでにチビが分け与えたこともない。
いつもそれ食べたいし…と涎を垂らして見つめているだけだ。
なので、ちびたぬきにはチビの都合のために立ち上がる理由は何一つなかった。
「ｷｭﾜｧｧｧﾝ！ｷｭﾜｧｧｧﾝ！」
癇癪を起こし、ひたすら手足をジタバタさせている。
「もぉー！ちびワガママばっかりだし！もう知らないし！ﾀﾞﾇｰ！」
チビもつられてジタバタし始め、
「何やってるし…行くし…」
と親たぬきはウンザリした様子で我が子らを見やるだけで手を差し伸べはしなかった。
頭の中はオヤツの事でいっぱいで、我が子も、その我が子が育てているちびたぬきも、オヤツの前ではどうでもいいと考えていた。


そのうち雪が止み、どんなに待っても雪は舞ってこなくなった。
「ｷﾞｭｳｳｳｳ！ｷﾞｭｷﾞｭーーー！」
もっと食べたかったのに！と文句を言っているような様子でちびたぬきが泣きながら両手をチビのお腹へと振る。
「はんこうき？だし…メッ！だし！」
「ﾝﾍﾞｯ」
チビはモチリ、とちびたぬきを脳天から殴りつける。
自分がされたこともないような体罰を食らわせる我が子に親たぬきもビックリして飛び跳ねた。大して浮いていない。
「ｷｭﾜｧ…！？」
突然の暴力にちびたぬきは固まってしまい、痛くもない頭を両手でさすり続けていた。
流石にショックだったらしい。
その後、早くオヤツを食べたいチビは泣き疲れたちびたぬきのしっぽをひきずりながら連行していく。
途中疲れたので立ち止まっていたら今度は親たぬきが、
「たぬきお腹すいたし…チビ…かわれ…」
と言いながらチビと交代して引きずっていった。
ちびたぬきは擦れる痛みと不快感に弱々しくジタバタと抵抗するが体格差は埋められず、地面に涙と涎の跡を残しながら帰途に着いた。


「ｷｭｳｳ…ｳｳ…ｷｭｳｳｳ…」
帰宅して再びダンボールに入れられたちびたぬきが、しばらくしたらお腹を抑えてうずくまっていた。
冷えたのか、雪の中の不純物でお腹を壊したのか。
いずれにせよ、調子が悪そうに弱々しく鳴いている。

「おなか痛いし…？じゃあごはん無くてもいいし…」
「ｷﾞｭ…ｷﾞｭｴｴ…」
虫を確保するのが面倒になったのか、いたわる様子もなくチビが臆面もなく言い放つ。
ちびたぬきは涙目で首を小さく横に振っていたが、結局その日は何も与えられていなかった。

　　　　
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そんな酷い扱いを受けていても2足歩行に加え少しずつ大きくなってきたちびたぬきが、ダンボールの淵より少し上に目線が来るようになり、ようやく外の世界を見られるようになっていた。
その視線の先には、親たぬきが昼寝をしてチビがおもちゃに夢中になっている。
「ぶーぶーし…！ぶーぶーし…！」
チビがお気に入りの車のおもちゃを手で前後に走らせて遊んでいると。
「ｷｭｳー！ｷｭｳｷｭｳー！」
ちびたぬきが、自分もそれで遊びたい！と言わんばかりに抗議の声をあげる。
「だめだし…ちびにはあそばせてあげないし…」
「ｷﾞｭｳｳｳｳ！」
「ままのいうコトきけない子はごはんぬきだし…」
「ｷﾞｭｯ…！？」
またも身勝手な親理論で食事の確保を放棄し、遊びを再開する。

「ぶぅぅんし…ぶぅうううんし…！」
今度は飛行機のおもちゃを片手に飛ばす仕草を見せ始める。
先程までチビが手にしていた車のおもちゃが空いているので、
「ｷｭ、ｷｭｳ、ｷｭｷｭｷｭ！」
ダンボールの中から車のおもちゃを指し示し、それ貸してし！と言いたげに大声をあげるちびたぬき。
「……し？」
「ｷｭｯｷｭｳｳー！」
チビがダンボールの中で騒ぐちびたぬきに目をやると。
「…ぶぅぅううんし…ぶぅううんしぃ…」
結局無視して飛行機のおもちゃを手で振り回して遊び続けた。
「ｷﾞｭｯｷﾞｭｳｳー！ｷﾞｭ！ｷﾞｭｳ！」
ちびたぬきはジタバタ騒いで親たぬきに助けを求めるが、
「え…何し…知らんし…」
自分の子ではないので、あくまでドライな対応に終始していた。

この親たぬきは飼い主には謙虚だが、躾などはきちんと出来ないたぬきなので本質的な母親ではなく、チビは形をなぞっているに過ぎない。
母親ぶりたいだけのチビと、真っ当にかわいがられたいちびたぬきの気持ちはすれ違いを起こし始め───チビも飽きてきたのか放置している時間が増えていった。


「チビはちびをお風呂入れてあげないし…？」
親たぬきが、疑問を投げかけた。
たぬき親子は毎晩、お風呂に入れてやっているがチビはちびたぬきを一度も湯に浸からせていない。
そのせいかちびたぬきは日を追うごとに少しずつ薄汚れ、余計にションボリとして見える。
かゆいのか時々体をごしごしすると、垢か毛が脱落するのが余計にみすぼらしい。
「やだし…チビは洗われるだけでいいし…」
自分がしてもらっているように桶に入れてやるだけの話だが、洗ってやった後に乾かすという工程をめんどくさがったチビはお風呂に行くときはいつもダンボールの蓋を閉め、絵本を重石代わりに載せていた。
「…！？…ｷﾞｭﾜｧｧｧ……！」
定期的に暗闇に押し込まれる恐怖を覚えさせられるちびたぬきは、その度に悲痛な叫びを上げていた。

それでも自分勝手にモチモチしようと抱き上げて、
「なんかちび…くさいし…」
異臭を感じ取ってやめてしまっても解決に動こうとはしなかった。
「ｷﾞｭｷﾞｭｳｳｰ！」
周囲の言葉を理解しているらしいちびたぬきは、くさくないし！と異を唱えるような鳴き声をあげる
実際は、臭かった。
せっかくの生来の柚子の香りもかき消され、自分の腕や髪をクンクンと嗅いでは涙目になっている。

未だに言葉を喋れないので、アイデンティティを失ったショックを感じているのかすら、わからない。
ある程度大きくなっているにも関わらず、単語すら喋ることが出来ないのは栄養と教養の不足であることは明らかだった。
これほど多大なストレスという刺激を受け続けていれば喋れるようになるというのが通説だったので、所詮育児ごっこではちびたぬきのためになる事は何もないという事を示していた。


親たぬきは、まあ別に自分に害が及ぶわけでもないからいいか程度の考えで───やっぱりちょっとくさいのでイヤな顔をしてちびの入ったダンボールを大きいものに取り替えて、簡単には出られないようにしながら部屋の隅っこに追いやった。
「ｷﾞｭｳ…ｷﾞｭｷﾞｭｳｳ…ｳｯ、ｳｯｳｯ…」
ようやく自由に動けそうだったのに、また自分を閉じ込める壁が高くなった事を知ってちびたぬきは静かに泣き出す。
モチモチもしてもらえず未だに虫ばかり食べさせられる生活は生育不良を起こし、ちびたぬきは精神も肉体も未成熟なままたぬ生を過ごしていった。

　　　❇︎      ❇︎      ❇︎


そんなある日。
「ごめん、もうたぬき達を飼えなくなった」
飼い主からの、突然の終了宣告だった。



「たぬき何も悪いことしてないし…！？もし何か気に障ったのなら改めますし…」
親たぬきは大量に冷や汗をかきながら、どうにか取り下げてもらえないか必死に言葉を選んだ。
「新型ウイルスのせいで給料下がっちゃってさ…お前達を養う余裕無くなっちゃった」
「ダヌ……そんな…し…」
たぬきにも、飼い主にもどうしようもない現実だと理解した親たぬきは力無くうつむき、黙り果てるしかなかった。

「おまえ、そのちびと同じような生活になると思うけどがんばれよ」
「えっ…し…」
状況を理解できぬまま、アホ面で飼い主を見上げるだけだったチビが小さく唸る。
「ｷｭｷｭｳ…ｷｭｳｳー」
ちびたぬきなどは元々気にしてもいないのか何の言葉もかけられず、3匹はションボリと結合する睡眠スプレーで眠らされて目が覚めた頃には知らないゴミ捨て場に転がされていた。
飼いたぬき勲章も、おでかけポーチも持たされず。全くの身一つの状態だった。
こうして富裕たぬきは、野良たぬきへと没落した。


「まま…チビ、これからどうなるし…？」
「ｷｭｳｳｳｳｰ…」
「わかんないし…たぬきにもわかんないし…」
目覚めたたぬき親子とちびたぬきは、不安そうにお互いの顔を見合わせた。

飼い主に頼りきりの生活を送っていた親たぬきは先行きの不安に負けてしまい、
「ごめんし…たぬきひとりで生きていくのが精一杯だし…」
チビ達を切り捨てる道を選んでしまった。
それも、驚くほど早く。
後天的に得た謙虚さは、自力で生活する能力がない故のものだった。
養ってくれる飼い主に捨てられないためのものでしかなく、家族に発揮されるものではない。
「ま、まってし…まま…」
急転直下の事態を呑み込めず、チビは親たぬきの背中に抱きつく。
「もう、ままじゃないし…さわるな…」
右手で払いのけ、泣きながら去っていく親の姿はいつものような余裕を感じさせず、窮していることを子供心に押しつけるいやな説得力を持っていた。


ちびたぬきも、人間どころか親たぬきまで去った事で幼心に危機を覚えたらしく、チビに対して何かを訴えかけ始める。
「ｷｭｳｷｭｳ､ｷｭｷｭｳ…ｷｭー…」
「ちび…」
捨てないで、置いていかないでと縋りついてくるちびたぬきを見つめていたチビは先ほど自分がされた事を思い出し───。

「ごめんし…チビひとりでいきていくのがせいいっぱいだし…」
「ｷﾞｭ！？」
やっぱり、同じように捨てた。
ちびたぬきのことを喋るぬいぐるみかペット程度にしか思っていなかったので、何の憐憫の情も湧いていなかった。
「ｷｭｳｷｭｳ､ｷｭｳｳｳーーー！」
拾っておいて、ここまで好き勝手して捨てるなんて“まま”ひどいし！といった想いを込めて騒ぐちびたぬきをチビは押しのけた。
「もう、ままじゃないし…さわるな…」
ついてこないようにいつかと同じくモチリと脳天から殴りつけ、ちびたぬきがジタバタして泣いている間に歩き去って行った。

「ｷｭ…ｷｭﾜｧｧ…ｷｭﾜｧｧｧﾝ！ｷｭﾜｧｧｧーーー！」
これまでろくに教育もされていないちびたぬきが野良で生きていけるはずもなく───自らの境遇と身勝手なチビを呪いながら、次の朝には冷たくなっていた。


　　　❇︎    ❇︎     ❇︎


数日後、チビは薄暗い路地裏をトボトボと歩き続けていた。
たぬきの集団がこの道を入っていくのが見えたので、仲間に入れてもらえないかと後を追っていたのだ。

薄暗い路地裏には冬の弱い太陽光は届きにくい。
チビは白い吐息を吹きかけ、かじかむ両手を少しでも温めようと必死だった。
「ひえひえし…ひえひえし…」
せっかく栄養を溜め込んで冬服たぬきになれたのに野良生活により栄養を失い、冬服をキャンセルされ普通の服に戻らざるを得なくなっていた。
ちびたぬきのために繰り返していた虫取りの経験により、なんとか食いつなぐ事は出来ていたが、まさか自分が虫を食べなければならないなど思ってもみなかったのでションボリ顔に涙が滲んでいる。

───あ、いたし。
仲間に入れてほしいし、って言うし。
1箇所に集まっているたぬき達の群れの中に、見覚えのある顔が混じっていた。
数日前に一方的に親子関係を解消された、親たぬきだった。
心細さに打ちのめされていたチビは、捨てられた事など忘れたかのようにションボリ顔を明るくさせた。

まま、まま！ままだし！
まま！チビ、ここにいるし！チビにごはんをちょうだいし！
抱きついて甘えたい一心で、親の元へと駆け寄ろうとしたチビは見てしまった。聞いてしまった。

「この新入り…ひとりだけごはん取ってこれなかったし…」
「ごめんし…ごめんし…」
「大人のくせにとんでもないぐずだし…」
「こいつどうするし…まるで役に立たんし…」
「他の大人たぬき達に相談するし…使えないからきっと追い出されるし…」
「捨てないでし…もう捨てられるのやだし…」
「ならもっと誠意を見せろし…」
「ごめんなさいし…ゆるしてくださいし…」

元親たぬきが、ヘコヘコと頭を下げて手足を地面につけ、まるでもどきのような醜態を晒しながら必死に謝っていた。
謝罪の対象となり、呆れ果てているのは自分より小さな子供のたぬき達だった。
衝撃的な光景にチビは言葉を失い、足を止めてしまう。
この辺りのスラムに入れてもらう事は、あのように情けない姿を見せられ続けるか、自分もあのような扱いを受けるのだと思い及んでしまった。
だってチビは、あのたぬきの子供だったんだし───。



やだし、やだし、やだし。
チビはあんなの、やだし！
恐ろしくなったチビは、残る体力の限りを振り絞って来た道を引き返した。
現実から逃げるように走った。　　　
つまずいた。
転んだ原因となった、カラカラに干からびたちびたぬきの死体は、ほのかにツンとなる香りを漂わせ、どこかで見た事があるような気がした。

顔から倒れ込んだチビに起き上がる力は残っておらず、ぽてんと一回転して仰向けになるのが精々だった。
もう、だめだし。
限界を迎え、いよいよこの世を去ろうとした時。
薄れる視界の中で、表の路地からぽってぽってと駆け寄る影が見えた。

あったかいし───誰かが、モチモチとした身を寄せてくれている。
「たいへんだし…まだ息はあるし…飼い主さん呼ばなきゃし…」
「まま…この子たすかるし…？」
「わかんないし…おチビちゃん、がんばるし…」
どうやら、かつての自分達と同じように飼われているたぬきらしかった。
親の口ぶりから、どうやら助けてくれそうな空気を察してチビは涙を浮かべてｷｭｳ…と小さく鳴いた。
それが今できる最大の喜びの表現だった。

「まま…お願いがあるし…」
チビはこの子供のたぬきが、きっと自分も飼ってもらえるように言葉添えをしてくれるに違いないと感じた。
やさしそうな親子たぬきに出会えてよかったし。
これなら何とか、助かりそうだし。
あったかいお部屋で、柔らかいたぬフードやオヤツも食べられるかもしれないし───。
死にかけのチビは安堵し、その意識は眠りの淵へと落ちていった。
ぐったりしたチビを抱き上げ、子供のたぬきが親へと高らかに宣言する。

「まま！ちび、このチビを飼いたいし！」

オワリ
