※このお話はフィクションです。実在する歴史上人物とは関係ありません。

芋毛荘（いもげのしょう）…東山道の山奥に存在する山間の荘園である。現代では過疎化のため廃村となっているものの、古代から牧として馬産が盛んに行われ、合わせて林業によって栄えた土地であったとされる。しかしながら耕作可能地は狭く、米麦の収穫に事欠き、芋と雑草に毛の生えたような雑穀しか取れぬ事からこの名が付いたという。とは言え実態としては足腰の強靭な馬を産出し、また材木などを産出する事から、商業による現金収入によって意外にも経済的には豊かであったと考えられている。

そして、このような土地では武士による利権争いが頻発することを、歴史が証明している。紀伊国阿氐河荘の訴状が荘園領主に収める租税分の材木伐採を、地頭の湯浅氏が妨害した事に端を発する事は有名であるが、この芋毛荘では、北村と南村、それぞれに住む在地武士同士が土地の利権を巡り抗争を繰り広げていた。


「ほう、これは見事な『たぬ木』よな」

山中を行軍する武士の一団が、奇妙な木に出会した。
ひょろりとした幹から伸びる枝には、少々不釣り合いな実が生っている。
柿ほどもある実は茱萸の実のように光に透け、中では何かが蠢いている。

「叔父御、これは何でござるか」

一団の先頭を騎乗にて進む若武者、田中太郎右衛門利春が五十絡みの騎乗武者に尋ねる。

「うむ。これはな、『たぬき』なる生き物が生る奇妙な木よ。そら見よ、そこらより小人が我らを見ておるわ」

利春の叔父、田中次郎三郎利秋が弓にて草むらから木の影を指し示す。
言われてみれば草の影、木の裏から、犬か馬にも似た垂れたる耳に長い毛の尾を垂らした矮人が幾人も、こちらを怯えた顔で覗いているのが見て取れた。中には幼子赤子と、それらを担ぐ親と思しき者まで混ざっている。

「む、言われてみればたぬ木に生る実の種が、何やら蠢いておりまするな」
「あの実やたぬき共も驚きだが、あの木は様々な事の標でもあるのよ」
「ほう？」
「まず、たぬ木というものは根が弱く、坂には生える事が出来ぬ。故に、この辺りは平地がある程度広がった地である事がわかる。それから、たぬきが生きておるという事は近隣に熊や山犬のおらぬ地である事も窺えるな。つまり、ここは我らが休息するに適した場所という事よ。おい」

はっ、と徒士の郎党が木陰のたぬきを捕まえ、たぬきを誰何し始めた。

「いいか、殺さぬようにせよ。…そしてまとまった数のたぬきが住んでおるならば、必ず近くに水場がある。見たところたぬき共は病のあるでもなく、怯えの色はあるが血色は良い。この近くに清水の湧く場があるはずぞ」

頑なに口を閉ざすたぬきに対し、郎党がたぬきを打擲する音が、森の中に響く。
打擲が、二度、三度、繰り返され。
「嘘だったら仲間も無事じゃすまねえぞ」
郎党が、三人集まり、顔を殴打されたたぬきを掴み上げながら森の奥に進んでいった。

たぬきの水場より汲んできた清水で喉を潤し、田中利春ら一行はたぬ木の周りを囲んで次の算段を始めた。顔を打たれたたぬきはぐったりとしており、口から血を流して倒れている。その口を、別のたぬきが濡れた麻布で拭いてやるのを、老獪な利秋は見逃さなかった。

「たぬきが、布を、のう」
「叔父御、たぬきが布を使うのがそう珍しゅうござるか」
「たぬきに布は織れぬ。あの麻布は、何処かの者がくれてやった品であろうな。──例えば、我らの牧を奪った鈴木一門などのな」

鈴木一門。

その一言に、一行は一気に殺気立つ。
ひっ、と。隠れてこちらを見ているたぬき達から、悲鳴が漏れた。

芋毛荘の東、田中一門の住む北村と鈴木一門の住む南村の中間地点に位置するこの小山は、良質な牧草が生え蹄を痛める岩も少ない事から、芋毛荘で最も重要な牧であった。両者の争いを避ける為に中分するのが古来よりの慣しであったが、南村の鈴木一門が鎌倉の訴訟所に独占権を訴え出て認められ、田中一門の馬は牧から締め出されてしまったのである。

「ならば此奴らは！鈴木一門の郎党も同然ではございませぬか！？」
激昂する利春を、利秋が宥める。

「まあ待てまあ待て、たぬきは馬の世話を能くすると聞く一方で、力はあの通り弱い。我らがこれから牧の馬を盗んだ所で何が出来るわけでもないからのう。……それにな」

利秋が声を低める。

「騎馬武者がたぬきを殺す時、木のたぬ木を伐る時は、その時の馬に許しを得ねばならぬという決まりになっておる。馬の許しなくたぬきを殺すと祟るとも言うぞ。のう、薄墨」
不機嫌そうに、利秋の声に答えて利秋が乗ってきた青鹿毛の馬が嘶く。

「ところで利春、たぬ木はあの細い幹と弱い根の通り、木材としては非常に脆く、香りも余り好ましくない。しかしな、実は材がなかなか高く売れるのよ」
「そのような脆い材ならば家にも寺にも使えますまいに…」
「それがのう、たぬ木の材は脆い分軽く削りやすいのだ。故に漆を掛けて上臈の扇の骨などに重宝されるものでな、ここで伐って持ち帰れば随分とよい値で売れようぞ」
おお、と一同が湧き立つ。

「なんとかならぬか」「牧より盗んだ雌馬をあてがってやろうぞ」「秣に大豆を増やしてやるぞ」
思い思いに己の愛馬を説得していた田中一門は──

「たぬきを殺害せること、たぬ木を伐採せること、何れの馬どもも承知せり」

ひっ、と声が辺りから漏れた。

利秋がしかつめらしい声で郎党らに告げる。

「ところで者ども、たぬきが女（おなご）の姿をしておるからと言うて妙な気を起こすでないぞ。たぬきを手籠にして淋の病に掛かり、摩羅から膿の止まらのうなった者が何人もおるでな」

下卑た笑いが辺りに響く。無論、そんな酔狂を働く気は一行には毛頭ない。

「あのたぬ木の実はな、甘く疲れを癒すものよ」

するするとたぬ木に小柄な郎党が登り、実を取って利秋に差し出した。

「そして…中の赤子たぬきも、そのまま食う事も能うのだ」

がりり。

たぬ木の実を。中で眠る赤子の頭を食いちぎるように。利秋は食いちぎった。
一行に暴力と血の狂気が伝染するのを、たぬき達は見て取った。

「うむ…甘みと…血の塩気が混ざって…無塩の鰹を生で食うておるような味よ」
「流石、叔父御は鎌倉へ行かれた事があるだけあって該博であられる」

無塩の海魚を食べた事がなく感心する利春の言葉に、利秋は更なる恐ろしい言葉を続けた。

「牧の馬を盗む前に、鹿肉精進の精進をたぬきで落とすかのう。もの共、たぬきを捕らえて切り刻み、味噌煮にせい！」

田中一門の郎党らが嘲りの笑いを上げた後、たぬきたちに襲い掛かった。
逃げ惑うたぬきを、郎党が捕まえ、容赦無く腰刀を突き立てていく。
そして力自慢の郎党が、たぬ木をあっさりと地面から引き抜く。
芋毛荘のたぬき達に対して、田中一門の蹂躙が始まろうとしていた。





時は、牧のたぬきを襲った在地武士の田中一門が、たぬきを暴行して湧水の在処を吐かせた後まで遡る。

顔を腫らし、口から血を垂らしてうめき声を上げるたぬきに、たぬきの長がそっと声を掛けた。

「おいお前…まだ動けるかし…」
「水場を…ぐぅ…漏らしてしまい…申し訳次第もございませんし…」
「是非もないし…お前が吐かなければ他のたぬきが殴られただけだし…それよりお前、鈴木様の館に急いで向かえ…」
「鈴木様の…うぐっ…ここから南東の鈴木様の館へですかし…？」
「そうだし…お前の顔を見せて、田中一門が牧の近くに陣取った事を伝えろ…牧の馬を盗むと言っていた事も併せて伝えろ…」
「ぐ…確かに田中の目的は馬泥棒に相違ありますまいが…」
「それに田中一門のうち、休んでいるのは半分だけだし…下手をすると牧の世話人を口封じする可能性もある…我らの役目は馬の世話…なんとか鈴木様の馬が盗まれ、牧の世話人が殺される前に後詰めを呼んでこい…」
「一大事なのは分かりますし…ですがそれでは…長や他のたぬきが…」
「田中一門が狼藉を働くにせよ…自分たちの馬から合意を取るまで猶予があるし…たぬ木の実はダメでも、隙を見て若い者から少しずつここの状況を伝えて逃がすし…」
「……心得ましたし……」
「お前の伝令が早まれば…それだけたぬきの助かる数も増えるし…裏道から早く行け…静かに出ろ…」

牧の小山には、たぬきが体を丸めて転がり降りられるよう整えられた細い裏道がある。
怯えた振りをした年嵩のたぬき達がそれとなく殴られたたぬきを隠すようにして、裏道の坂へと伝令たぬきを押し込んだ。
伝令たぬきは体を丸め、ころころと転がると、たちまち牧のある小山を降りていき、鈴木一門の館がある芋毛荘南村への道へと降り立った。急を告げる為、伝令たぬきは鈴木一門の館へと、頬の痛みに耐えて小さな体で走り出した。


「殿！牧のたぬき共が、逃げ延びて参りました！何やら急を伝えに参った様子にござる！」

牧の番としてたぬきに目を掛けている鈴木一門の当主、鈴木次郎右衛門重秋は、弓馬の道に優れた剛の者として知られながら、慈悲深き武士との世評が高い。重秋は、生和な顔立ちを曇らせる。

「何？　…牧で馬の世話を務めるたぬきが逃げて参ったとは尋常ではない。すぐ通せ」
「はっ！」

郎等に連れられ、所々に刀傷を負ったたぬきは、息も絶え絶えになりながら柄杓の水を飲みつつ森の惨状を伝え、また同胞を襲った賊が牧の馬を盗み去る事をしきりと口にしていた事を告げた。

「たぬ木を引っこ抜かれ…」「同族の多くが襲われた事も無念ではございますが…」
「牧の馬たちが奪われては一大事ですし…」「必死に走って馳せ参じた次第にございますし…」
ぼろぼろと涙を零し疲労に息を喘がせながら、逃げ延びた牧のたぬきは芋毛荘南村に住む鈴木次郎右衛門重秋に牧の窮状を告げたのである。だがそこで、たぬきの一匹がある事に気付く。

「畏れながら鈴木様、たぬきの長が真っ先に顔を殴られたたぬきを伝令に送り出してございます。そやつをご覧になりませんでしたかし…？」

「む…儂が牧を襲われた報を聞いたのは其方らが最初だ。顔を殴られたたぬきとやらは見ておらぬが…」

殴られた事で力尽きたのか、それとも──

「申し上げまする！申し上げまする！！」

足音も慌ただしく徒歩にて駆けて来たのは、鈴木次郎右衛門が一子、嫡男の鈴木太郎重春に付けた郎党の一人であった。

「鈴木太郎様、練馬の帰り道にて田中一門が牧の馬を狙っている事を顔を腫らしたたぬきより告げられ、そのまま牧まで向かいましてございます！急ぎ駆けましたるものの馬も潰れ、急ぎ伝えねばならぬと存じ走りて言上すべく馳せ参じた次第にて！」

「──ぬかったわ！！！」
重秋は、普段の柔和さにも似ぬ凄まじい形相で吠えた。たぬき達は驚きのあまりジタバタしてしまうが、重秋は事態が急を要する事を察していた。

「館の守りを固めよ！儂の鎧と弓を持て！田中どもの狙いは我らの首ぞ！！」

次の瞬間、館の一角から火の手が上がる。館に田中の手の者により、火矢が撃ち込まれたのであった。
続いて矢の雨が館の老若男女を問わず降り注ぐ。そして直に、甲冑武者が館に雪崩れ込むのであった──。


「……おのれ田中ども！我らが手塩に掛けて育てし牧の馬を盗まんとの狼藉、断じて許し難し！また罪もないたぬきらを襲うなど武士の風上にも置けぬ！」

鈴木一門の館近くで、憤怒の声と共に立ち上がったのは鈴木次郎右衛門が一子、嫡男の鈴木太郎重春である。
父の重秋が牧を独占して以来、重春は一門郎党を加え、増え始めた馬を替えての練馬に余念がなかった。顔を腫らした逃亡たぬきが田中一門の狼藉を告げたのは、重春が率いる練馬中の一党であった。
いずれ田中一門がこちらに狼藉を働くであろう事は火を見るよりも明らかであり、返り討ちにしてくれんと鍛錬に明け暮れていた日々の出来事である。
日頃から牧の馬に愛情を注ぎ、郎党らとたぬきが仲良く馬を世話するのを仕切っていたのを知る重春にとり、この狼藉は青天の霹靂であったが、一方でいずれ起きるであろうと覚悟していた事態でもあった。

「実戦を想定して鎧を着ておるのが幸いよ、このまま一揉みに牧の田中一門を押し潰してくれるわ！」
その声に、重春に付けられた郎党の一人が諫めんとする。
「お待ち下さい！これは尋常ならぬ一大事、殿に伝えねばなりますまいぞ！」
「ええい、まだるっこしい！我らの育てし馬を田中どもに奪われる程の恥辱があるか！」
そのまま駆け出した重春を、馬上で繰り返し諫めた郎党は、牧の入り口近くにて
「そこまで言うならそなたが父に伝えて参れ！」との言葉を受け、何とか取って返したのである。
しかし練馬の後に重春を追った馬は疲れ果てて泡を吹き、無理をさせてはならじと郎党は己の脚で鈴木館まで駆け込んだ。
重春一行が疲労を残したまま牧に向かったという最悪の知らせが鈴木館に届いた瞬間と、鈴木館に火矢が撃ち込まれたのはほぼ同時であった。

鈴木重春一行が牧の近道である狭い入り口を抜けんとした時、彼らを襲ったものは田中一門から選りすぐられた軽装の弓馬巧者数名による矢の雨であった。
致命傷こそ鎧により避けられたものの、腕や足、そして眼などを貫かれた鈴木一門の若武者たちは戦に支障を来すほどの手傷を負う事となり、そのまま田中一門の騎兵らは南へ悠々と去っていった。
敵を追おうにも、練馬より引き続き馳せ参じた馬たちは、疲労の極みに達し動けない。担いで連れて来た伝令たぬきが、泣いて乗馬からの替え馬を頼むほどである。
そして、牧のたぬき達と馬の世話役は殺害されていたものの、馬たちは殆どが無事であった。

「……ぬかったわ！！」
謀られた事に気付き重春が叫んだのは、奇しくも父の重秋が館で叫んだのと全く同時であった。


「しかし叔父御、たぬきを随分と逃しておりまする。それにたぬきと言うもの、誠に食えましょうや…？」
「食わぬ食わぬ。これは挑発により鈴木一門を分断せんとの策よ。おお、粗方たぬきは殺し終えたか」

若き大将である田中太郎右衛門利春の問いに、叔父の田中次郎三郎利秋が鷹揚に返す。足元にはごろごろとたぬきの骸が転がっているのを無造作に蹴飛ばし、言葉を続ける。

「今の時分は鈴木の若武者どもが練馬に励む時、そこに牧に馬泥棒が来たとたぬきが伝えれば泡を食ってこちらに向かってこよう。そこを家中の手練が弓矢で遊んでやればたっぷり時間は稼げよう。いざとなれば牧の馬で逃げれば何とでもなる……それよりもだ」

利秋の顔が厳しさを増す。

「其方の亡父、我が兄である利冬の葬儀に乗じ、我ら田中一門が動けぬのをこれ幸いに、中分と定めた牧を奪った鈴木一党、なんとしても滅さねばならぬ」その言葉に、
「無論にござる。表向きは中風にて倒れたと伝えてございますが、領内巡察中に惣身に矢を浴びた父の無念の骸を、どうして忘れられましょうや」利春も憤怒と怨念を露わにする。
「では手筈通り、時間稼ぎ役以外は山中を回って鈴木館裏手より攻め込み、火を掛けるぞ。なあに、牧を我らが独占できれば馬の利は独占できる。どうせ本所も知行が入れば地頭の代替わりなど興味はあるまいて。鈴木館の跡に本所の末寺でも勧請すれば顔も立とうぞ」

鈴木館に火矢を撃ち込んだのが、山中を隠れて進み強襲を掛けた田中一門の仕業である事に疑いはなく。息子の鈴木重春ら若者たちも討ち取られ。ここに芋毛荘の南地頭、鈴木一門は絶えたのであった。
その後、「鈴木一門、流行り病にて一族頓死。館跡に供養の寺を末寺として勧請したく存ずる」という書状が名馬十頭と共に芋毛荘の本所に届けられ、本所のさる大寺も地頭の交代を黙認したという。

その後、芋毛荘では馬の世話にたぬきを使役する事は長く禁忌となり、たぬ木も伐採して都に売る仕来りであったと明治の古老が語り残している。陸軍省の調査では馬産地ではたぬきとの共存が一般的であり、芋毛荘でのたぬき忌避は民族学的にも興味を惹いたが、その理由については鈴木一門の一族頓死から察する他はない。

ただし、幕末の頃まで、鈴木館跡に建てられた寺（室町時代後期に廃寺）の跡には、奇妙な現象が見られたという。
鈴木館が焼け落ちた一族の命日になると、辺りからたぬきが集まり、泣きながら鈴木一門の冥福を祈っていたというのである。「たいそう気味の悪いものでしたなあ、皆しょぼくれた顔でべそべそ泣いて」とは古老の談である。

なお、田中一門は、南北朝の動乱の中で南朝側として活動した形跡が見られるものの、南北朝合一を前後として歴史資料から名前が見られなくなっていく。勝者であった田中一門もまた、歴史の激流の中で消滅していったのであった。帰農し農村に埋もれていったのか、それとも──鈴木一門の怨念に、とうとう絡め取られて絶えたのか。記録にすら残らぬ一族の絶えた真実は分からないままである。