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　もうすぐ半年に一度の零灮（れいこう）祭りが開催される。
　おれは楽しみでいっぱいだった。祭りのメインイベントであるトーナメント戦に参加して優勝したかった。
　なぜなら剣や銃をベースにして、零灮エネルギーを用いた異能バトルに勝ち進んでいくと、優勝賞品として大金塊が授与されるからだ。
　こいつを換金すれば街の一等地に庭とプール付きの豪邸を建てて数年は遊んで暮らせる。大会の主催者である零灮エネルギーの関連会社を統べるグループの会長が、変わった趣向の持ち主で良かった。
　きっと特殊なエネルギーの利権による収入が豊富で金を余るほど持っているのだ。ちなみに現社長が当国の出身らしく、大会が毎回この地で行われるようになった。
　もとは貧困街の多い土地であったが、大会が開催されるごとに経済が豊かになりつつある。
　だが今のおれの生活は貧しい部類だ。ほぼ毎晩安い屋台の飯を食い、安い低級の酒を飲んで、狭い小屋に帰って薄くて冷たい中古布団にくるまって寝る。
　たまに布団から『兄ちゃん寒かろ』『おまえも寒かろ』という幼い兄弟の声が聞こえ、訳が分からないまま夜明けまで寝られない日もあった。
　よってこんなうらぶれた生活からおさらばしたいと常々願っているわけだ。
　たいした学や経歴のないおれにとって、祭りで優勝して大金を獲得すること──それは今の貧しい人生からの唯一の脱出法である。
　だから彼女と意気投合して半年前から準備に勤しんでいた。けれども悲しいことに、共に頑張ってきた彼女はもうそばにはいない。
　なぜなら彼女は一人で旅立ってしまったからだ。『さよなら』という簡潔な一文の紙をテーブルに残して……。
　理由がまったくわからなかった。貧しさが原因とも思えなかった。
　その後おれは日々しょっぱい酒におぼれて言いようのない苦悩に二か月ほど打ちのめされた。
　しかし現在どうにか復帰し、今日も今日とて装備の資金を稼ぐため、バイトに汗を流している次第。
　月給三か月分を投資して改造した愛用のレールガン（肩に担ぐやつ）の手入れは欠かさない。磨き終わったこいつは祭りの必須アイテムであるおれの相棒なのだ。
　バイト先のわたあめ屋のポップをペンキで着色していた時、知り合いのジェットエアバイク店の『ウベスティーニ』が声をかけてきた。
「やあ。どうだい調子のほうは？　今年も優勝候補は相当手ごわいみたいだな！」
　おれはハケを塗料缶に置き、額の汗をぬぐい去る。
「ああ、そうだな。あいつはかなりの強敵だ。だがおれは死力を尽くして絶対に勝つ」
　ウベスティーニは「ほほう」と微笑を浮かべ、食っていたホルモン焼きの串をこっちに向けた。
「なかなかはりきってるじゃないか。しかしだな。やっぱり君でも勝てない相手かもしれないぞ？」
「わかってる。……だがな、せっかく高めた自信を崩すようなセリフはよしてくれ」
「それはやっぱりアレだな？」
　おれは深くうなずき、のちに熱い闘いが展開されるであろう祭り会場のほうへ目力を込める。
「ああ。……その相手が『零灮娘』だからさ！！」
「……」
　彼は無言でおれから目をそらした。
　そうなのだ。今年こそ優勝を狙っているのだが、それに付随する問題として零灮娘の出場があるのだ。この事実だけで心が折れそうになる。
　しかも彼女は優勝賞品である大金塊と各優秀賞を独りじめにした猛者なのだ。初出場でありながら見事な活躍をみせ、会場で見守っていた大勢の観客の息をのませる展開を次々と披露した。
　ウベスティーニはおもむろにおれのエアバイクにまたがり、慣れた手つきでトグルスイッチを順番に上げていく。最終電源ボタンを押そうとしたが、突然バイクが自動的に起動した。
　ハンドルの中央にあるモニターが光って、そこから妖精が浮かびあがる。
「こらロキストール！　手を止めて油を売ってる場合じゃないでしょ。いつまでも遊んでないで早く準備に勤しみなさい」
　こいつはエレクトロニック妖精の『パピー』だ。
　パピーはライムグリーンのショートヘアを七三分けにして、今日も姉御肌な態度で口うるさくおれを鼓舞してくる。威勢よく腰に手をあててウベスティーニを「しっし」と追い払う動作をみせた。ちなみにロキストールとはおれの名。
「ああわかってる。というわけでウベスティーニ。そろそろ自分の店に戻らないとこの時間は客が集まるだろう」
「店番は息子と娘に任せてあるから問題ないさ。それよりもお前、今回の大会にあわせて相当チューンナップを施したみたいじゃないか！」
　さすがはホバリング式ジェットエアバイクの店主である。
　エンジンをかけてアクセルを数度捻っただけで、その雄々しい音と回転数の上昇ぶりをみて、今回おれが給料六か月分を投入してバイクをレベルアップしたことを見抜いたらしい。
　ちなみに欲しい部品だけをウベスティーニの店で取り寄せて、組付けとセッティングはぜんぶ自分でやっていた。なぜかというと工賃その他の費用を節約するためだ。
「まあな。0-100の加速タイムは約3秒で最高速度は420km/hまで上げた。これで去年おれが準決勝で敗退した最たる原因である、『零灮スプラッシュ・ビッグウォーターフォール』を回避することが適う」
　おれはカウボーイハットを頭にのせてすっくと立ち、ワークパンツについた土埃を払った。
　そうこうしているうちに夜がやってきた。
　おれは自宅のバラック小屋でひとり、ブーツを履いたまま足をテーブルにのせてウイスキーグラスを傾けていた。
　指に挟んだタバコの紫煙が、天井でおだやかに回転する羽にかき混ぜられる。まぶたをそっとつむれば去年の準決勝が脳裏に浮かんできた。
　──そうだ。あの時おれは完全に油断していた。
　陽動にはまったあの瞬間、相手選手の零灮ビームに対して、おれは反応がコンマ数秒遅れたのだ。
　次いで放たれた必殺『零灮スプラッシュ・ビッグウォーターフォール』が、天空からおれと愛機のバイク目掛けて、無慈悲に襲い掛かってきた。
　会場の電光掲示板に相手が勝利したことが表示される。
　おれは渦巻くような観客の熱狂的な声のなか、負傷した姿で相手を眺めた。勝ち名乗りを受けた相手選手が大手を振って観客の声援に応えている。
　臍を噛むほど悔しかった。大枚はたいて改造した愛機はエンジンが零灮を吸ったことで廃車になった。
　しかし今年は違う。昨年よりもさらに磨きのかかった射撃技術とバイクの操縦ぶりを身に着けているのだ。
「いや……」
　ふと気づいて頭を振る。──思考に怜悧な笑みを浮かべたあいつが登場する。下馬評で今年も優勝をものの見事にかっさらうと噂がのぼっているあいつ……。
　そう。最大の強敵である『零灮娘』だ！　
　おれは去年観戦した決勝戦を回想した。
　長くて艶やかな黒髪のポニーテールにホワイトシャツ一枚のあいつは、素足のまま湖面を静かに跳ねるように舞い、迫り来たる攻撃を次々とかわしていった。
　途中から愛機のジェット式バナナボートを駆り、相手のスタミナを徐々に削ってゆき、やがて疲弊した隙を狙う。
　相手が最後の一念のごとく発動した奥義、『ジェノサイドアルティメット・零灮スプラッシュ・サイズミックシーウェイヴ』。
　その巨大な津波が零灮娘に押し寄せ、手前で無数のつぶてとなってどれほど光が迫ってこようと、彼女にはまったく通用しなかった。
　零灮娘は涼しい顔で宙に躍って容易にかわし、トドメの大技、『涙にくれる切ない夜は未来の貴方ために』を撃ち放ったのだ。
　それは七色の光を帯びたシャワーが、あらゆる方向から超高速で迫る。
　目にも止まらぬ速さとはまさにこのことだ。桃色のリップを塗った柔らかそうな唇から技名が発された刹那、対戦相手は棒立ちのまま力なく後ろにバタリと倒れ、電光掲示板に意識が喪失したことが表示された。
　しかも今まで彼女の常勝パターンにハマった相手は、野良の戦闘と合わせてゆうに500を超えるという。
　そしてあの時、零灮娘は高飛車なポーズで相手を見下ろし、パレードに参加することなく、黙って賞品受取りのサインをして会場をあとにした。
　その高貴に去り行くポニーテールとホワイトシャツには、汚れた染みなどまったく付着していなかった。
「おいロキストール！　とんでもないことが起こったぞ！」
　突然、入り口の綿布が跳ね上げられ兵隊靴の男が飛び込んできた。幼なじみの『ヤーデンカーデン』だ。
　おれは思考を遮断された苛立ちを隠すことなく、カウボーイハットを上げてグラスの酒を飲み干した。腰のホルスターからカスタムバレルのリボルバーを出して銃口をスチャリと向け、ぶっきらぼうに応じる。
「今夜はひとりでしっぽりと飲んでいる最中なんだ。辞世の句が詠みたいなら不躾な真似は控えるんだな」
　ヤーデンカーデンは『まいった』というふうに両てのひらを見せた。
「待て待て。急に入って来てわるかった。そんなコトよりもだな、いやそんなコトは失言だがとにもかくもかくにも信じられねえ報せが入ったぞ」
「あずましくない野郎だな。セリフを噛んでいるぞ。何があったのか知らないが貴様のケツの穴にこの圧縮零灮弾を連射してやるぞ」
「おいおいおい。今日はずいぶんと口が辛いじゃないか。ホラ、これでも食えよ」
　おれは片手でキャッチしたアボカドをズボンでぬぐい、一口かじって勝手知ったる相手を見据えた。銃は腰にしまって代わりに酒をグラスに注いだ。
「用件は手短に済ませろ。おれはこれから二泊三日の予定でレンタルした新作エロBD『淫でペニスDAY』をネタに一発シコって寝る予定なんだ」
「個人的な予定ならあとにしてくれ」
「それで？　報せっていうのはいったい全体なんなんだ？」
　おれは革の編み上げブーツのカカトをテーブルの上で踏み鳴らす。ついでにアボカドを一気に食らった。
　ヤーデンカーデンは刷ったばかりのインク臭そうなビラをこっちに突き付けた。
「聞いて驚くな！　零灮娘が死亡したぞ！」
「なんだって！？」
　一瞬後、すべての景色が遠のいた。拍子に木椅子ごと後ろにひっくり返りそうになった。
　だがすぐに何かのわるい冗談だと思い、テーブルから足をおろして椅子を蹴って立ち上がった。グラスを床に叩きつけ、ガラスの砕けた音を耳にしつつヤーデンカーデン目掛けて叫ぶ。
「詳しい話を聞かせろ！　零灮娘が死んだ？　そんなはずはない！　あいつは今まで数多の猛者を相手に勝ち抜いてきた歴戦のファイターだぞ。まだ16才の乳くさい小娘だがそう簡単に死ぬようなタマじゃねえ！」
　確かにとてもじゃないが信じられない報せだった。
　おれはブーツを鳴らして詰め寄った。それから相手のえり首を持ち上げて、腹立ちまぎれに頬を二三発ぶち払ってやろうと睨みつけた。
「おいヤーデン！　顔面をぶよぷよの青紫色にされたくなければビタミンとミネラルを豊富に含むアボカドをもう一個よこせ。それでチャラにしてもいい」
「いやまあ落ち着け。ここでおれ相手に取り乱したってどうにもならないぞ」
　ヤーデンカーデンの言葉を無視して奴の手からビラをむしり取った。ついでにアボカドもひったくった。
　新しいインクの匂いのする文字列に目を走らせ、内容を読み取りながらアボカドを指で押して乱雑にかじった。熟した果汁が手首を伝って皮革のバトルジャケットを濡らしているが今はそれどころではない。
　──数分後。おれは酒と香水くさい夜の色町を走っていた。
　煌びやかな衣装に身を包んだ娼婦と立て続けにぶつかり、うしろから罵声が飛んできたが、かまわず風を切って駆けつづけた。
　やがてネオンの映えるレンガ造りの建物のあいだにある路地を折れた。
　オーバーコートにフードを目深にかぶった女とすれ違ったあと、新聞紙にくるまって横臥していたホームレスの群れにつまずいた。足をとられて派手にすっ転んだが、すぐに勢いを生かして身を起こし、体勢を整えてふたたび駆けまくった。
　そしてとある一軒の店でブレーキをかけ、息せき切って木製の看板を見つめた。
　──≪パペット・パープル・パラダイス≫。
　ここは占いを兼ねた安い酒の並ぶ飲み屋である。
　おれは他の建物とは浮いた葦簀張りの店に入るなり店主に声を張った。
「おい！　いちばん強い酒をよこせ！」
　言うなりおれは異変を目の当たりにしておののいた。
　なんとおれの元カノの親友である『ロッタン・ピープ』が床に倒れ伏し、あたりには占い用の道具と酒類が散乱していた。余談だがロッタンは外見については占い師の衣装をつけた褐色の女性だが、性別は男性である。
　かたわらには客らしきセーラー服の熟女が、でっぷりとした腹を晒してあお向けのまま大の字になって事切れていた。
　おれはすぐさまロッタン・ピープの肩をゆすった。ほどなくして彼女（？）は苦しげなうめきを漏らし、まぶたを重そうにひらいた。
「うう。……あ、あら。ロキストールじゃないか」
「どうしたんだ！　いったい何があった？」
　どうやら全身を打ちつけたらしく、おれが上体を起こそうとすれば拒否するように首をふる。
「あいつが、あいつが店にやってきて、いきなり零灮の技をつかって襲い掛かってきた……」
「技だと？　技ってどんな技だ？　それに、あいつっていったい誰のことなんだ？」
　責める物言いに、ロッタンは一度まぶたを閉じて、また重々しくひらき、食いしばっていた歯を解いた。
「零灮娘だ」
「なに？　零灮娘だと！？」
　一瞬耳を疑ったが、ロッタンは間違いなくその名を口にのせた。そしておれの手を握って言葉をつづけた。
「コートを着た女が、突然入ってきて……フードを上げてほほ笑んだ瞬間、私たちはタンクローリーに跳ねられたみたく吹き飛ばされた」
「それは本当に零灮娘だったのか？」
「ああ。間違いない。あいつは……、あいつはこの世界の人間じゃない。そもそも人間かどうかもわからない……」
「おい。おまえは何を言ってるんだ。もしかして頭を強く打ったことで思考が混乱しているのか？」　
　ロッタンは「違う」ときっぱり断じ、おれの目を強く見つめて唇を小さくふるわせた。
「私は知っていた。……あいつは別の世界線からやってきた、異次元の、旅……人」
「いや待ってくれ。零灮娘は死んだとさっき聞いたぞ。おい、どうした？　よく分からんが、とにかく詳しく話せ」
　だがそれ以上、唇が動くことはなかった。
　握っていた手がはらりと胸に落ち、強張っていた身体が弛緩して頭が横に向く。
　肩をどれだけゆすろうと無駄だった。脈はなかった。らちが明かないのでおれは立って悔しさと悲しみまじりのため息をこぼした。
　そして店の奥で傾いた酒棚から一本を選び、ロッタン秘蔵のドブロク（アルコール度数96度）のボトルをつかんだ。スクリューキャップをひねって床に落としあごを上げて一気にあおる。
　飲み切れなかった分は、とむらいの意を込めて遺体にふりかけた。ついでにセーラー熟女にもかけてやった。
　妙に外が騒がしく、何事かと覗いてみれば、路地の向こうで厳しい顔つきの警官たちがせわしく駆けて行く。立ち止まった通行人が不安な目を向け合って何やら言葉を交わしていた。
　おそらく他の場所でも物騒な事件が起こったらしい。
　突如、建物で視界の狭くなった上空からエアバイクが垂直降下してきた。
「大変よ！　さっきうちに銃や刀で武装した男の集団がやってきたの！」
　スローで着地したバイクのモニターから、『パピー』が手振りをまじえて訴えてくる。
「ロキストールがレンタルしてきたエロBDをバイクのモニターにダビングしていたら、急に小屋のほうが騒がしくなってきて」
「まさか武装したその男たちはおれの命を狙いに来たのか！」
　パピーは興奮したように深々とうなずき、こぶしを縦にぶんぶん振った。
「どうしよう！　途中でダビングを止めたからエラーが出てバイクのモニターがバグってきたわ！　さっきエッチな映像に夢中になっちゃってて殺し屋が来たことに気づかなくて、ずっと画面をまじまじと食い入るように観てたから……」
　バイクのモニターには、ノイズのブロックが走り、円盤の中で熱く火照った肉体を絡ませる人と宇宙人のエロシーンが表示されていた。
「おい。殺し屋っていうのはまさか胸に猛虎のマークが入った野戦服の連中か？」
「そうよ。『虎の恋は一途団』が徒党を組んでやってきたの！」
　その名を聞いた瞬間、戦慄が暗い澱となって心中に染み渡ってきた。
「くそ。どんな理由か知らないが厄介な奴らに目を付けられちまったぜ」
　おれはレンガの壁を蹴った。
　おそらく留守に憤慨した殺し屋どもは今頃、小屋を烈火のごとくめちゃくちゃに荒らしているだろう。
　それに一度狙ったターゲットは確実に仕留めるまで地獄の果てだろうと追いかけてくる連中だ。これから先、『虎の恋は一途団』との抗争は確実に避けられない事態となってしまった。
　バイクの左右のスピーカーから再生声が大音量で出力され、耳を塞ぎたくなるほどのやかましい喘ぎ声があたりに響く。
「ねえロキストール！　スピーカーの音量調節ボタンをどれだけ押してもボリュームダウンできないの！　修理に出さないとこれバイクのプログラムに不具合が発生しているわ！　このままだとエロBDのデータにどんどん浸食されていく！」
「よし。じゃあ今日は一旦ウベスティーニの店に避難するぞ！」
　おれはバイクにまたがり建物の屋上を超えるまで一気に上昇した。明るいネオンの先の景色を睨み、スロットルを捻って加速する。
　そして目的地を一直線に目指した。スピーカーから流れるエロシーンの高らかな嬌声を夜空に響かせて──。
　
　けれども事はうまく運ばない。
「ちくしょう！　バカ野郎。なんてこった。今日はとことん運がないぜ！　こいつは星の巡りがおかしくなってんじゃねえのか」
「ちょっとロキストール！　あんま暴れるとバイクごと木から落っこちちゃうわ！　お願いだからおとなしくして！」
「これが暴れられずにいられるか。まったく今宵は踏んだり蹴ったりだぜ！」
　おれは野獣の遠吠えのする真っ暗な森の中、樹木の途中に引っかかっていた。CPUのバグったバイクがいきなり暴走運転をはじめ、空をジグザグ飛行した挙句、広い森めがけて急降下してしまったのだ。
　バイクは逆さま状態でエンジンから白煙をくゆらせていた。丸目二灯のヘッドライトが×マークになっていてバタンきゅーの有様だった。
　おれは拳骨を固め、自身の不運から起こった憤りを悪罵に変換し、宇宙から見下ろしてくる上弦の月に怒りをぶっつけていた。
　すると闖入者に気づいた鬼面カラスの群れが襲ってきて、あちこちからツノやくちばしで攻撃してきた。カラスと格闘した末、結局おれたちは地面に落下するハメとなる。
　……その後、痛む身で起こしたバイクから焚火の道具と寝袋を出した。
「しかたねえ。今日はここで野宿するしかなさそうだ」
　先ほど端末でウベスティーニに連絡したが、自宅で酒を味わっている最中なので、また明日にしてくれと断られてしまったのだ。おれは二言三言、文句を言って電話を荒っぽく切った。
　そして小枝を折って火を焚く準備をしていると、端末にウベスティーニから着信が入った。
「なんか用か？」
『おい、朗報だぞ。おまえは運がいいな』
「ああそうだな。こんな誰もいない森のなかで今から野獣の大群に襲われてエサになっちまう危険に警戒しながら、サバの味噌煮缶詰をあけて食べるところだ」
『あったかいメシだって食えるかもしれないぞ。そこから北西に500メートル進め。座標で記した位置にうちの息子がいる。じゃあな』
　通信が切れたあとメールが届いた。おれは目標の位置を確認して腰を上げた。
　パピーを端末に転送し、愛機を草木で隠して目的地を目指すことにした。
　しかし案の定、奇襲してきた野獣サイヒグマどもと激しい戦闘を繰り広げることになった。人肉に飢えた生臭い腹太の集団を相手に、おれは拳銃を早撃ちして圧縮零灮弾を命中させていき、鋭利な爪やツノで攻撃してくる奴らをどんどん撃退していった。
　そして鬱蒼とした森の奥に、ほんのりとした灯りの野営地を発見する。黄色いテントが立ち並び、周囲に罠の赤いレーザーが張り巡らされていた。
　敷地の外から眺めていると、テントの幕が上がり、中から二十代半ばの知らない女が姿を見せた。
　女はけっこう胸が大きかった。張り出したTシャツの袖を肩まくりしていて、ホットパンツから伸びた肉付きの良い白い脚がおれの目を惹く。
「やあいらっしゃい。こんな場所だけど歓迎するよ」
　まるで慣れ親しんだ友人に話すような口調だった。言ったあとスニーカーで地を蹴って腰に手を当てた。
　彼女は長いブロンドをトレンディ女優みたくかきあげ、自身を民生委員の『ヴィスタノッテ』と名乗った。周囲の赤いレーザーが『ビュオン』という音をたてて消失する。
　おれは股間がうずくのを悟られないよう平然とした顔つきで口を切った。
「ヴィスタノッテか。……はん。聞いたことあるぜ。魔獣討伐軍ギガダオラの中隊長さんだな」
「おっ」
「長剣とライフル銃が一級クラスのかなりの腕利きらしいが、民生委員ってのはつまり別の顔ってわけか」
　遠慮なくそう言ったが、彼女は穏やかな表情を変えなかった。首に巻いた黄色いペイズリーのバンダナを解くと、衣服が変化し、鋼の軽装備が身を包む。
「まあそうだね。わたしもきみのことは知っているわ。去年の零灮祭りでベスト4まで行った、えーっと名前は」
　頬に指を添えて空を見ていたので、おれはファーストネームを告げた。すると彼女は「そうだった」と腕を組んで合点がいったようにうなずく。
「勝てそうだったのに残念だったわね。でもきみなかなかいい線いってるよ。ただ零灮娘には敵わないだろうけど、今年も大会には出場するの？」
　おれは余計なことを言われて胸がざわついた。よって話を遮ることにした。
「そんな事は今どうでもいい。……ところであんた、『ヤトタカ（ウベスティーニの息子）』とはどういう関係だ？」
「今日は実地における訓練のためにここで野営をしてるのよ。護身術教室の子ども達とね。あっ、ちなみにこれは民生委員としての仕事」
　ふり返ったテントの一張りから探検家みたいな少年が出てきた。まだ半ズボンの似合う12才ながらもバイク修理が得意なヤトタカだ。
「父ちゃんから連絡はもらっているよ。コンピューター関係の故障だってお手の物さ。ちゃんと直してあげるからこのボクに任せてよ！」
　自信ありげに胸をドンと叩き、満面の笑みを咲かせた。　
　
　それから時は経ち、おれは焚火の前に座って熱いココアを飲んでいた。
　ヤトタカはラップトップのケーブルをバイクに接続して、真剣な目つきでタイピングしながらバグの処理に集中している。実にたのもしい様相だ。　
　ヴィスタノッテは杓子を持って鍋の近くに腰をおろしていた。
　そんな彼女がこっちを見てほほ笑んだ。ちなみに軽装備は解いており、今は最初のラフな格好に戻っている。　
「即製のシチューだけど、もうすぐ出来るわ。ハノビ、お皿とスプーンをとってきてくれる？」
　かたわらで端末を手にパピーと遊んでいた少女が静かに返事をした。首にチョーカーのついた少女はワンピのスカートをひるがえし、テントに向かって歩いてゆく。
　キャンプなのにスカート姿は少し違和感があった。
　背まで伸びた水色の髪はまとめておらず、肌は妙に白くて透明感を帯びていた。さきほど見た他の子ども達とは違った印象がある。
　おれは少女を見送ったあとマグカップを下ろした。
「ところで。零灮娘が死んだという情報が流れているが」
「うん。なんだか街のほうは騒がしいみたいね」
　彼女は淡々とした口調で応え、杓子で鍋をゆっくりとかき混ぜていた。おれはココアの表面に視線を落とし、ふたたび彼女に目をくれた。
「あんた何か知らないか？　いや、むしろ知ってるだろ」
「さあ。今日は朝からずっと森にいたから」
　あまり関心のない様子だが、それがあくまで表向きの態度であることをおれは悟り、言葉をつむぐ。
「森にいたとしても警察や軍部とはいくらでも連絡はとれるだろう」
「まあ。確かに」
「で、ここからが重要なんだが、どうも奴は生きているみたいなんだ。知り合いが店ごとやられてね」
「ふうん。そうなんだ」
「あいつは何のためにそんなことをしたと思う？」
　ヴィスタノッテは黙って首をひねった。どうやら話よりもシチューを煮込むほうが大事らしい。
「それとおれは今、『虎の恋は一途団』に命を狙われている。何の前触れもなく住処にやって来て、危うく襲撃を受けるところだった。理由は不明だが誰かが雇ったんだろうな」
「ほうう。大変そうだね」
　間延びした返事のあと、戻ってきたハノビから皿を受け取り、湯気が昇るとろけたシチューをよそう。
　まるで話題をそらすみたいに皿とスプーンを渡してきて、おれは胸に不満が嵩じるのを感じた。
「なんか食えねえ野郎だな」
「野郎じゃないよ。それにまだ嫁入り前のぴちぴちの美女だもの」
　そう言って自身の鼻を差し、少女のようなあどけない笑みを見せた。おれは気をとられそうになったが、そのたわむれる表情をせせら笑う。
「ふん。てめーで言うな。美女とかぴちぴちとか口に乗せてて恥ずかしくなるだろ。……まあいい。何かを知っていても中隊長さんたる立派な役職のお方が、民間人のおれに情報を与えるわけねえもんな」
「へへっ。わるいね。でも殺し屋の件は本当に知らないよ」
　彼女はすまなそうに肩をすくめ、指先でほほをかいた。
「どうだかな。実際のところ疑わしいもんだぜ」
　おれは言い捨てて、スプーンを皿に入れてシチューをすくおうとした。
　その時、上空から低い重厚な音が降りてきて、濃い雲がじょじょに月を隠していった。ヴィスタノッテが空模様の変化に声を漏らす。
「おや？」
「ん、どうした？」
　返事はなく、空を見たまま何やら思案をはじめた様子だ。
　北からもくもくと昇ってきた分厚い零灮雲がそんなに気がかりだろうか？　他の雨雲とは違う特殊な雲が降らす黒い雨などさして珍しい現象ではない。ただ雨よけにどこかに移動すればいいだけだ。
　おれが静観していると、ヴィスタノッテは隣の少女の肩を軽く叩いた。少女は反応せず、微笑をまじえてパピーと『あっち向いてほい』に興じている。
「ハノビ。知らないフリしても無駄よ。雨が来る。もうここはいいから先にテントの中に入っておいで」
「……」
　少女は一度パピーと目を合わせたあと、しゅんと名残惜しそうな表情を見せた。どうやら遊ぶこと自体を中断されたらしい。
　パピーがじゃんけんに勝っていたチョキを物足りなげに下ろした。
　だがおれはテントの中で遊べばいいと思い、端末を貸してやると勧めたが、ヴィスタノッテがかぶりを振った。
「だめなのよ、この子は……。あの雨が来た時は普通の子と同じにしてちゃいけない」
　ヴィスタノッテが退座をうながすようにして少女の腰に手をあてた。少女は物静かに立ち、おれに端末を渡して背を向ける。
　だが突然、少女の様子に変転が起こった。
　全身が妖しい赤の光にふちどられ、殺気めいた気炎をゆっくりと発しはじめたのだ。艶やかな髪が深紫に染まっていき、肌が褐色になった。
　固唾を呑んで見守っていると、ひらいた手から歪な大剣が宙を刺すようにして勢いよく伸びた。
「！！」
　自身の背丈の三倍近くあるその剣を、少女は軽々と一振りし、うつむいた顔の横眼をこっちに走らせる。
　おれはその前髪のかかった異様な面持ちを見て即座に立ち上がった。そしてせっかくありついた手料理を放棄せざるを得ない状況を察した。とはいえ捨てるのはもったいないので熱いのを我慢して一気に平らげた。
「ふぉい。あいつに何が起ほっはんだ！」
「説明はあとでするわ。とにかく戦闘準備をして」
　ヴィスタノッテは予想外の出来事に動揺しているようだ。そこでおれはバイクのことを思い出した。
　よって石くれに腰かけて膝にのせたパソコンを叩いているらしきヤトタカに声を飛ばす。
「おい！　修理はいったんあと回しだ。そこに置きっぱなしでいいからどこかに逃げろってなんでお前まぶたを閉じて眠りこけてるんだ！？　鼻ちょうちん咲かせてヨダレ垂らしてんじゃねえよ。妙に静かだと思ったら熟睡してたのかよ。つーかさっきの景気のいいセリフは何だったんだ」
　おれの怒声にヤトタカは頭を上げ、目をぱちくりと覚ました。
「ああっ。ごめんよ。修理に夢中になっていたら昼間の疲れがどっとやって来て、脳内にただようメラトニンに負けてしまった……」
「ばかなこと言ってんじゃねえ。さっさと避難しろ」
「わかった」
　ヤトタカが首にかけたホイッスルを目一杯に吹き鳴らした。すると、テントでまちまちに過ごしていた子ども達が元気に飛び出してくる。
　避難誘導はバイクに乗ったヤトタカに任せることにして、おれは端末を胸ポケットに仕舞い、レールガンを背負って腰のホルスターから拳銃を抜く。
　ヴィスタノッテを見れば、すでに先ほどとは違う装備の厚い銀の鎧に変装していた。
　宝石を鍔に填めた長剣を持ち、指でブレイドを一撫でする。フェイスガードの上がったヘルメットから見える表情は凛々しく、まるでこれから起こる戦いを待ち望んでいるみたいだ。
　対しておれは彼女のように武器防具を空間転移する能力は持ち合わせていない。
　よって皮革のバトルジャケットのファスナーを上げ、ワークパンツのベルトをしっかりと締めた。編み上げブーツの履き具合に緩みはなく、カウボーイハットを脱いで近くに放り捨てる。次いで弾の交換をしようとした矢先、
「あっ！」
　いきなり少女が上空にまっすぐ飛翔した。
　少女は小雨のなか、曇った空を背景に大剣を握ったまま両手を翼のようにひろげた。
　何が起こるのか見守っていると、十字となった姿勢でくるりと回った。刹那、でかい天使の輪っかのごとく赤い円の軌跡があらわれ、地面から陽炎が昇ってきて空気の熱量が高まってくる。
「そこから離れて！」
　ヴィスタノッテが叫んでこちらに手を張った。おれは彼女の手から放たれた気体の圧に飛ばされた。
　景色が遠ざかっていく。まばゆい光におおわれた瞬間、あたりが地響きとともに大きく爆ぜた。
　おれは草地に身体をぶっつけ、爆風を両腕で防いだ。耳鳴りを感じつつ腕をよけてみれば、野営地だった場所が焦土と化し、周囲の木々がめらめらと燃えていた。
　ふいに視界の外から『ガキン！』と重い金属音が耳朶を打つ。
　目をやると、少女とヴィスタノッテの剣戟が始まっていた。それは自分とはレベルが桁違いの激しい戦闘だった。
「なんという速さだ。それに、互いが相手の先の先を取り合っている！」
　おれは腹ばいの姿勢で、思わず驚愕の言葉をこぼしてしまう。
「打ち込みも無駄なく強力で、これが剣技一級クラスの戦いなのか……」
　余談だが零灮祭りは国家機関に属する者や、剣技や銃について二級以上の資格保持者の参加は不可となっている。つまり剣や銃を扱う上級職業には就いていないセミプロやアマチュアが集まる大会なのだ。
　もしも軍部や警察組織や近衛師団などの本職が出場すれば、例の娘を除き、おれ程度のレベルの者はほとんど予選落ちに終わるだろう。
　それに──
「あの少女はいったい何者なんだ。軍の中隊長と同じ動きで渡り合えるとは。……もしかするとヒトではないのか？」
　その時、ヴィスタノッテが相手の大振りを防ぎきれず、身を投げ出した格好ではじき飛ばされた。
「ぐっ！」
　途中で一回転し、どうにか着地したものの、頭上に大剣を振り上げた少女の追撃が迫る。ヴィスタノッテはそれを片膝立ちで受け止めた。そして険しい顔を向けて鍔迫り合いがはじまった。
　おれは隙あらば加勢しようと身構え、拳銃の装填をゴム弾に入れ替えるために革のベルトに手をやった。しかしヴィスタノッテの声が飛んできた。
「構わないから実弾を撃ち込んで！　この子は通常攻撃では絶対に死なないから」
　彼女は顔に汗をにじませつつ、固く握った剣をかたむけて、相手の重圧をいなして一足飛びに後ろへ下がった。
　おれは説明はあとでしっかり聞けることに期待して、一発日給半日分の圧縮エクスプロウド零灮弾をシリンダーへと順繰りに詰めていった。
　ヴィスタノッテが剣を腰の鞘におさめた。反動で滑らせた手からライフル銃を出し、やにわに銃口を向けて引き金をひく。
　援護射撃としておれも発砲体勢に入った。トリガーを指で押したまま、ハンマーを手の平であおぐようにして素早く何度もはじく。炸裂音を一続きに響かせて連射する『ファニングショット』だ。
　しかし各所から放たれた攻撃を、少女は身軽なバク宙で回避していった。機先を制して中空に撃ったヴィスタノッテの弾丸の雨は、盾となった大剣が回転して次々と防がれてしまう。　
　弾丸が金属に衝突する乾いた音が響いたあと、少女は衣服に空気をふわりと含んでスマートに着地した。吊り上がった両眼が空洞のように真っ黒に変わっており、それが辺り一帯の動く物体すべてを標的として捕らえているみたいだった。
　次いでニマリと奇怪な笑みを浮かべ、濡れた舌を見せて、赤く染まった唇をねろりと舐め上げる。
　そして大剣を腰だめにしてヴィスタノッテに掛かっていった。
　髪をおどろに振り乱し、重量のある大剣を猛り狂ったように地面にどんどん叩きつけて、土を草ごとエグっていく。
　土煙の降った向こうでふたたび激しい打ち合いがはじまった。押され気味のヴィスタノッテが言葉を発する。
「以前よりもまた段違いに強くなってる。今回はちょっとヤバイかも……」
　少女は知った事かという具合で容赦なく攻めつづけ、どさくさに四方八方から飛び掛かってきた脂肪の厚いサイヒグマどもには目もくれず、ただハエをはたくように易々と斬り払う。
　獣の断末魔と舞い散る数多の肉片と血液。もしもこの状況が舞台演劇の1シーンならば、それは少女の狂気じみた容貌に似合うなかなかの演出となる。
　ともあれ野戦でここまで強い奴を見たことがない。もちろん武器を交えたこともない。強いというよりもこれは人外の化け物クラスだ。
　そんな震えあがりそうな事態だが、おれは新たな弾丸をシリンダーに早詰めした。装填が終わったほぼ同時に、一対一の剣戟が互いに距離を置いてやんだ。
　手負いで剣を支えにしてあえぐヴィスタノッテの厳しい表情とは裏腹に、少女は涼しげな顔で髪を梳いており息ひとつ乱していない。
　おれは『隙あり』とばかりにレールガンを狙撃よろしくそろりと担いだ。その矢先、少女の意識が焦点を絞るみたいになって、こちらに向いたのがわかった。
　どうやらおれ程度の者が虚を付くことは不可能らしい。
「おい、ヴィスタノッテさんよ。今夜は楽しい夜になってきたな。ちょっとしたサプライズパーティーの開催ってところか」
「まろうどをこんなことに巻き込んでわるいと思ってる。本来なら民間人であるあなたは避難させるべきなのに」　
「さっき『歓迎する』と言ってたが、まさかこんなかたちで」
　セリフの途中に少女が初速からものすごいスピードで接近してきた。サイトを睨んだ時にはもう刃を降ろす体勢に入った悪鬼の姿が間近にあった。
「ぐわあっ！」
　おれは脳天からあっさりと両断されたと肝を冷やした。同時に聞き慣れた声が聞こえた。少女の動きが止まった。やにわに後方から不意打ちに入ったヴィスタノッテの剣が少女の胴を通過する。
　高速で振られた剣がおれの鼻先に走ったらしく、太い重音が鼓膜を圧迫して、あびた風圧に前髪が上がった。
　斬られた少女の肉体は上下に分断すると思ったが、胴に横走りの赤い跡を残すだけだった。大剣を落としたあと、その場にくず折れて、夜露に濡れた草地に身をうずめる。
　ヴィスタノッテが長剣を手に見下ろし、気色をやわらげてゆっくりと息を漏らした。
「まだ年少だけに情緒が不安定のようね。一瞬の差だったわ。ほんのゼロコンマ数秒の差が命を分けた」
「てっきり太刀が入って身を左右に切り離されたと思ったぜ。……しかし、なぜおれを斬らなかったんだろう」
「どうやらハノビは、あなたのサポートフェアリーに反応したみたいよ？」
　彼女は、おれの胸ポケットを見ながら言った。
　目を移せば、端末を通してパピーがカンガルーの子どものように上体を見せていた。パピーは歯の根が合わない顔でブルブル震え、正面に出した指を空に向けており──。
「ああ、そうか。なるほど」　
　どうも先ほどの『あっち向いてほい』が功を奏したようだ。
　パピーは糸が切れたみたく手を下ろして、ふつりと意識を失った。両目が鳥の足跡になって、波打った口から魂がこんにちわしていた。
「お陰で助かったぜ。まさしく九死に一生を得たな」
　以前、駅で拾った新聞の広告欄に掲載していたキャンペーンセールの告知。
　たまたま気まぐれで購入した月額2000ルーニ（円換算すると800円くらい）のエレクトロニック妖精が、まさかこんなところで役に立つとは思わなかった。
　
　──そして雨がやんだのち、おれたちはバイクのそばに立って会話をしていた。
「その秘密をわたしが答えなかったら、どーする？」
「もちろんこうやるまでだ。さっき装填した圧縮エクスプロウド零灮弾はまだ残っているぜ」
「それで脅そうってわけね」
「早く説明の続きを教えろ。おれは気の長いタチじゃねえんだ」
　会話というよりも、揉め事の最中である。
　おれはヴィスタノッテのあご下に拳銃を押し当てた。帰り支度の終わった子ども達が遠巻きから心配そうに眺めている。
「へえ。ぴちぴちの可愛い女のコに銃を突きつけるんだ？」
「いい加減にしろ。あんたはただの女じゃない。そうだろう？」
　言ってから親指でハンマーを起こした。彼女は脱いだヘルメットを脇に抱えた格好で、やれやれというふうに目をつむる。
「ずいぶんと絡むね」
「おれはいつもこんな調子だ。どうも育ちと環境が悪くてな」
　そう返すと、彼女はまぶたを上げてジト目で見据えてきた。おれは不敵な笑みを刻んで眉間にしわを集めてやった。
　ふいに横合いからパピーに耳たぶをグイと引っ張られる。
「ねえロキストール。バイクは直ったんだしもういいじゃない。それよりもさ、この服買って。この服」
　パピーは自分で端末のダウンロードページをひらき、持ち主に課金するよう勧めてくる。ちなみにハノビはバイクのシートに身をあずけて、何事もなかったように元の姿で眠っていた。
「たまには別のこういう素敵な服を着てみたい。たとえば、このシルクのドレスとかどう？」
「だめだ。どれも値が高すぎる。それにおれは今おまえが来ている服がいちばん似合ってると思う」
　対峙したヴィスタノッテと見合ったままぶっきらぼうに答えた。すると視界のはしでパピーが肩を怒らせたのが分かった。
「毎日毎日デフォルトの同じ『布のふく』ばかり。着たきりスズメはもう嫌！」
「うるさい。邪魔だ。すっこんでろ」
　端末をひったくり電源を切った。パピーは吸い込まれるようにして消えた。
「とにかくだ。詳しい説明をしてもらわないと納得がいかねえ」
「……」
「おれは命を賭して軍人のお偉いさんのやることに協力したんだぜ。その代価として話を聞く資格はある」
「……」
　どうやらヴィスタノッテは口をへの字に曲げて無言を貫こうとしているらしい。
　よって、そうはさせじと拳銃をさらに押しつけて食い下がった。
「このハノビとかいう奇体な奴は何者なんだ。皮膚に触れると温かみがあって、一見すると人間と変わらねえじゃねえか」
「だから言ったでしょ。この子はわたしに架せられた『償い』だって」
「その程度じゃあきたりないぜ。いったいあんたの償いってのはなんなんだ。それにこういう正体不明の危なっかしい奴が他にも」
　突然、腹に強い衝撃を受けた。思わず目を見張った。
　ゆっくりと見下ろすと、ガントレットを填めたヴィスタノッテの拳がみぞおちにめり込んでいた。
　おれは苦痛に耐えきれず、意識が遠のいていくのを感じた──。


　目をあけると、白い天井が映った。
　身体にかかったシーツにやわらかい陽射しがあたり、窓からゆるく風が入ってカーテンをよそがせている。
　場所は不明だが、ここはどこか田舎の診療所のようだ。おそらくおれは運ばれてしばらくベッドで眠っていたのだろう。
　経緯を思い出してシーツをよけると、腹部に鈍痛が走った。
「ちっ。あんにゃろう。よくもやりやがったな……」
　ゆらりと起き上がってベッドから降りた。ブーツを履き、ハンガーにかけてあったバトルジャケットをとった。
　木のドアがひらいて、医者らしき老年の男が姿をみせた。
「目が覚めたようだね。ゆうべ失神して一晩眠ってたんだ」
　医者は白い髭をさすりながら歩を進めてきた。
「もう午後になるところだが、お腹はだいじょうぶかね？」
「問題ない。それよりもあの軍籍の女はどこだ。もうすでに基地に帰ったのか？」
「軍の女？　いや、きみは討伐軍の兵士たちに車両で運ばれてきたんだぞ」
　おれは森に放置されなかっただけマシかと思いつつ、黙ってジャケットを身につけた。医者が話をつづけた。
「ところで、きみに見舞いが来とるぞ。小柄のかわいい女の子が待合室に座って待っとる」
　出口を見ながらそう言った。おれは記憶を一巡して口をひらいた。
「さして心当たりはないが、おれにどんな用があるんだ？」
「何の用件かは知らんが、ずいぶん物静かな子じゃの。ご家族かと思って、妹さんかとたずねたら『違う』と言うとった」
「……」
　おれは家族がいない天涯孤独の身だ。物心のついた頃からこの歳までひとりで生きてきた。
　よって見舞いなど必要ないので、長椅子にちんまりと座っていた少女を無視して外に出た。だがバイクにまたがると声がかかった。
「……どこへ行く？」
「これから新しい住処を探しに不動産屋へ行くところだ。つまりおれはいそがしい身なんだ。子どもの相手をしている暇はない」
「そうなのか……」
　見たことがない奴だった。年齢は十代半ばだろう。
　小背で牧師風の法衣に身を包み、野暮ったい大きな黒ぶちめがねをかけたマッシュルーム頭の女だ。ふたつ結びの毛先は短く、いつも睡眠不足みたいなテンションである。
　おれの拒絶に場を離れず、じっと見ていたので少し気になった。
「おまえは誰だ。安くて住みやすい物件を紹介できる取引業者じゃねえなら消えな」
「わたしはただの通りすがり。風の便りを運んできた」
「なら用無しだ。あばよ」
　視線をハンドルに戻してエンジンを掛けた。モーターの始動音が高まっていく最中、モニターが光ってパピーが姿をみせる。
「物件ならあたしが良さそうなのをピックアップしておくわ」
　エンジンが切られ、アイドリングの回転音がしぼんでいった。パピーが少女にウインクして、おれはため息をこぼす。
「二分だけ時間をやる。なるべく手短に話せ」
　ポケットから煙草を出して口にくわえた。ジッポライターの金属音をたてて先端に火をつける。
　少女は感情の読めない顔でおれを見詰めていた。
「わかった。でもここじゃ語れない。場所を変えよう」
「なんだと」
　そんなに御大層な話かと思い、煙を吹いて主旨をたずねた。すると少女は聞き捨てならない言葉を発した。
　結局、見知らぬ自称『通りすがり』をリアシートに乗せて移動することになる。
　
　農道がつづく田園地帯のバス停小屋で、おれたちは隣り合わせに座っていた。
　少女は自身の名を『キルネ』と名乗った。そして先ほど口にした『とある美女の話』の続きを語り出す。
「ある日、軍部の指令室に護衛の要請が入った。依頼したのは国営の調査団だ」
「ふむ。それで？」
「北極圏の島の地下に、不可解な熱源を発見したので同行して欲しいと」
「つまりその美女が率いる遠征部隊が調査団とともに現地へと向かったんだろ？　その話なら知ってるぜ。結果、確認したのは零灮（れいこう）という資源だ」
　おれは煙草をくわえて吹かす。一応は煙がなるたけかからないよう風下を選んで座っていた。
　零灮の源が発見されたことは人類にとってプラスになりマイナスにもなった。北の果てから発信される新規エネルギーの恩恵にあずかり、各級において技能を習得した者はその段階に合わせた特殊なエネルギーを受信して、さまざまな技法を展開することが適う。
　もちろん科学の発展や運用にも使われ、暮らしぶりが便利になることは多々あった。しかしそれを悪用して社会を混乱させる団体もいた。
　それに未解明の部分が多い怪しいエネルギーの利用を中止せよといった反対運動は各国で起こっており、血生臭い事件やテロ活動が時折メディアに乗せて報道される。
　そして世界それぞれの国民が零灮税を課せられるようになり、年度が進むごとに税率が増え、人々の暮らしを経済面から圧迫していた。
　おれがそのあたりのうんちくを語っていると、少女がすっぱりと話を切った。
「資源を発見したというのは、世間一般に公開された偽情報だ」
「なんだって？」
「実際は資源などではない。……あの日、現地『デラグロウガ』で何があったのか教えてやろう」
　少女のニコリともしない顔がこっちに向いた。緊張感のある口調のわりに冷めた目をしていた。
「……美女は、あの日のたったひとりの生存者」
　膝にそろえた手が少しだけ握られた。おれは煙草を指に挟み、ベンチに腕をのせる。
「待ってくれ。なぜおまえのような子どもがそんな込み入った話を知っている？」
「子どもではない。わたしは齢十九だ」
「年齢なんか聞いちゃいねえ。おまえはどこの誰なんだ？　身分を明かせ」
　少女は意に介さない無表情で口を一字に引いた。だがおれはある程度のあたりがつき、こう問いかける。
「わかったぜ。おまえはヴィスタノッテの使いの者だろ」
「……」
「あいつてめーの口を割りたくねえからこうして部下を使ったわけだ」
　どうやら推測が当たったらしく、少女はやおら顔を横に戻して口を切った。
「話を聞くのか？　聞かないのか？　どっちなのか？」
「もちろん聞くぜ。時間はたっぷりとあるんだ。じっくり教えてもらおうじゃないか」


　──そして場面は、七年前の北の果てへと移る──。



　
　北極圏デラグロウガ島　希少金属採掘所　Aプラント
　地下二階第一会議室　AM6:30

「全員起立！」
　社長の声とともに、約七十名の参加者が立って一礼した。つづいて国際緊急事態管理機関のガユスオルト理事長が演台から皆を眺めた。
「これより未確認物体α11-6の調査会議を始める」
　開始宣言のあと演台上のパネルを操作した。前面の大型ワイドモニターにAプラント全体の見取り図が映される。
　プラントの構造は直径38ｍの円筒形状であり、最深部の深さは約520mまで達する。各層の外周には円に沿ってライトブリッジが掛けられ、手すりや通路が設けてあった。
　その中央にはメインシャフトが建っていて、重機や採掘した金属などを運搬する円盤型のエレベーターハッチが上下に稼働している。他には積載量3tの作業用エレベーターが二基、対面に設置してあった。
　理事長に代わって、工場長であるタケナカ氏が説明を開始する。
「事の経緯は今から49日前、最下層である第28層で作業をしていた掘削機のレーダーが不可解なものを感知しました。これが最初の出来事です」
　参加者全員に配られたタブレットには、プラント内で起こった本日までの事象が羅列していた。
「物体までの距離は土中の岩石等を通して約620メートル。掘削機のレーダーでは電波が不足しており、おぼろげな形状しか捕捉できませんでした。よってのちに高性能スキャニング探知機『月吉』を投入しました。そして出力された映像がこれです」
　会議室のすべてのモニターにその映像が表示された。赤褐色の楕円状の物体だが、画面右側にある数値一覧を見て、それを理解できる者たちがどよめいた。
　他社から協力で呼ばれた研究施設の代表者がおののくように発言する。
「体積内の総エネルギー量が21兆9億8500万dlp/Rですと？　たった1kmの物体に惑星数個分のエネルギーが凝縮されているなんてありえない……」
　老齢の代表者の意見を理事長が引きとる。
「これは事実です、ダルセイト工学研究所長。我々は今、未知の対象の間近にいるのです。こんなものを放置するわけにはいきません。危険ですが誰かがやらなければならない事です」
「もちろんそうだ。私は役割を放棄するつもりはない。ただもしもこれが何らかの作用で爆発すれば、この星は確実に吹っ飛ぶぞ」
　広い会議室に声が響く。高まる緊張感によって、誰も言葉を出す者はいなかった。
　数秒の間を置いてから、タケナカ工場長が説明を再開した。
「物体の映像を確認したあと、当プラント内で緊急会議を行いました。そして管理機関の指示のもと、一班につき作業者12名、警護員6名、調査員2名による探索チームを三班結成しました。これは三交代による作業のためです。目的は対象の25メートルまで接近し、関連データを採取することです。25メートルの根拠については、現在最も性能の高いデータ採取装置の電波等が届く限界距離であります」
　一呼吸のあと、その結果を口にする。
「掘削作業が目的距離まで残り18メートルまで進んだ時、現場にいた第三班の構成員20名全員が死亡しました。死因は不明。現場から『何か違和感がある』といった無線通信のあと、突然錯乱状態を起こし、構成員が装着していたボディカメラが乱れ、最終的に倒れ伏した複数の遺体と血の海が映し出されました。途中に指揮をとって銃火器を使用していたので、おそらく周辺から何者かに襲われたとみられます。なお即日、各分野に映像を送付して分析を求めましたが、いまだ正しい解答はありません」
　タブレットに交戦時の記録映像が再生された。
　そして映像が終わったあと、会議室の参加者の耳に、構成員たちの心音が途絶えた電子音が残った。場の凄惨さに固唾をのむ者はいても、なぜ全員が死亡したのかその理由を解る者は、やはり一人もいなかった。
「現在、AからCまでの当採掘場は、すべて必要最低限の職員を残して作業を停止しており、建物最上部のルーフは閉じてあります」
　その後、約一時間に渡って質疑応答や話し合いが行われた。やがて演台に立つ理事長が声を強めてこう言った。
「ではこれより軍の部隊を前線に配置し、安全を確保しつつ物体までの接近を実行して戴きたい」
　引き続き作戦任務を伝える。
「第一目標。調査員と掘削作業者を護衛して物体の手前25メートルまで肉薄し、関連データの採取を計画通りに行うこと。第二目標。交戦があった場合は敵のサンプルを仮設検査エリアまで持ち帰ること。第三目標。探索チーム全員の遺体を回収すること。以上」
　言い終わった同時に、参加者のタブレットに役割配分が映った。
「作戦開始時刻は本日ヒトマルサンマル。総員、確実かつ速やかに行動し、任務を無事に遂行できるよう努めてもらいたい。なお前線チーム全員には遺書の提出を要求する」
「お待ちください」
　その時だった。制帽をテーブルに置いた軍服姿の女性が立ち上がった。
「ご提案があります。まず情報については本部と現場で共有できることをお約束ください」
「あなたは？」
　女性は背筋を伸ばして天井を見つつ敬礼する。
「わたくしはドリストラ国軍、外征専門部隊フォークラウン所属。ヴィスタノッテ・ルカオリオン大尉です」
「なるほど。情報をどう扱うかはこちらが判断することだ。軍の人間が提案することではない」
　理事長の確固たる出様に対し、ヴィスタノッテが「ですが」と結んで切り返す。
「この任務はあらゆるデータが不足しており非常に危険を伴うものです。危険だというのは前線チームである我々に関してのみの話ではありません。人類全体に関わる重要なミッションのため、本部からのバックアップとサポートがどういったものなのか詳説をお聞かせください」
「先ほど伝えたとおりだ。あなた方はこちらの指示に従って臨機応変に行動してもらう。概要などはタブレットに記してあるのでブリーフィングの際に役立ててくれ」
　理事長の厳かな対応に、ヴィスタノッテが真摯な目で問いかけた。
「交戦が主目的ではないため増援は行わないということですが、窮地を脱するためにレスキューチームの手配をお願いできますか？」
　理事長は考える面持ちをみせた。
「いいだろう。地上を警備しているソルシオル軍から小隊を編成するよう要請しておく。万が一の場合にはこちらの指示で出動させよう」
「ありがとうございます。ただひとつ問題があります。作戦遂行中は運搬用の円盤型ハッチを防御用隔壁として第26層まで移動し、他の経路も物理的にすべて封鎖するとおっしゃっていましたが、前線チームの退避経路と同じ作業用エレベーターを使ってレスキューチームを降下させるのでしょうか？」
「そのとおりだ。退却時には28層で停止したボックスの仮設ロックボルトを解除したあと、昇降させて救助に向かわせる」
　ヴィスタノッテは少し安心した。なぜなら彼女が進言した目的はレスキューチームよりも退避経路の確保である。
　管理機関との係わりが深い先進国、ソルシオルの軍隊が来るなら、人為的に内部に閉じ込められるという事態は回避できるだろう。
　ただし本当にレスキューチームが来るならば、の話だが。
　理事長が水差しをかたむけ、グラスに水をそそいだ。それを目にしたヴィスタノッテの脳裏に嫌な予感がよぎったが、あえて口にせず質問を変える。
「目標の物体が自発的に爆発を起こす危険性はほぼあり得ないという話は、どの程度まで信憑性がありますか？」
「リミットは25メートル。作業中は極力振動を与えないよう特殊なドリルを備えた坑道掘削装置を使用すると先ほど説明したはずだ。それともう一つ重ねて言うが、有事の際には擲弾などの爆発物の使用は絶対に禁止である。これはいかなる形勢でも遵守してもらう」
　理事長が指でグラスのはしをつつく。
「要するにデータをもとにこちらが取り決めた規則に反した行動は、すべて厳禁というわけだ。もしも現場の独断で身勝手な行動をとった場合には、国際公法による裁判にかける可能性があるので留意しておくように」
　つづいて現場の調査員や作業者数名からも質問が投げかけられた。理事長は手際よく答えていたが、ほどなくしてさえぎった。
「とにかく、ミッションを達成して前線チーム全員が帰還できるよう最善を尽くす。もちろん現場への確たる情報伝達もなるべく行う。あなた方は本部の指示に従っている限り大丈夫だ。安心してくれ」
　
　──会議が終わってから、ヴィスタノッテたちは各隊員が準備をする詰所に移動した。
　32名全員がプロテクトをつけた迷彩服に着替え、まちまちに装備をととのえている（この頃はまだ零灮の力は働いていないので、戦闘は近未来の銃火器が主流であり、刀剣や鎧などはなきに等しい）。
　椅子に腰かけて弾倉への弾込めをしていた髭面のオイセコーノ軍曹が不満を漏らした。
「いまいち信頼できないな、あれじゃあ。話をあまり掘り下げようとしねえ」
　その発言にコバルトブルーの髪をうしろにまとめた女性、リニカ上等兵が背嚢の中を確認しつつ答える。
「データ不足とはいえ、なんとなく捨て駒のような扱いですね。威力偵察のために呼ばれた感じがぬぐえません」
「さっきタブレットで見たが、今回編成された調査員だって主任級のやつがほとんどじゃないか」
「わたしたちの国よりも軍事や科学の発展した国はありますからね。あとあとそういった国の優秀チームが最終的な調査にあたるんでしょう」
　そんな言葉を耳にして、自動小銃にマスターキーを装着していた髪の毛がプリン頭の青年、ユズヒト二等兵が不安げに天井をあおぐ。
「はぁ……。いざという時、おれたちは本当に退却できるんでしょうか。まずあの防御用隔壁ってのがうさん臭くって。……ねえ、どう思います？　大尉」
　話を振られたヴィスタノッテが部下の遺書を検認しつつ口をひらいた。
「無理強いはしないわ。気が進まないなら辞退することも可能よ。どうする？」
「今更そんなことしませんよ。入隊して新兵訓練に移った日から死は常に覚悟しています。ただ犬死は御免ってわけでして」
　彼の物言いに、オイセコーノ軍曹が冷やかすように前のめりになった。
「ってことはお前って、名誉ある死を求めているのか？　だったらこれから俺専用の盾にしてやってもいいぞ。身をかばって殉職したあとに俺がお前の名誉をたたえてやろう」
　ユズヒト二等兵が辟易したように首を曲げて嘆息した。
「また軍曹がおかしなこと言ってる。今はそういう軽口には付き合う気になれません。嫁さんの写真でも相手にしてひとりでやっててください」
「おっ、フカしやがったな」
「おれは軍曹がわるいと思います」
「なんだ？　肩慣らしに一勝負やるかヒヨッコ。ちょっと揉んでやるぞ」
　相撲の立ち合いの構えをとった軍曹のふところに、さして上背ではない二等兵が飛び込んでいった。
　そんなおり、テーブルに衝突して団子のように組み合っていた男たちが、少女の側面にぶつかった。少女は愛用のライフル銃を倒されて密かに青筋を立てる。
「あの……お取込み中のところすみませんが、暴れるならよそでやってください」
「おおっ、すまんなキルネ。このヒヨッコが思ったより力をつけていやがってな」
　キルネ一等兵の物静かな双眸に、男二人が腕を外して乱れた衣服をなおした。
　そして軍曹と二等兵が椅子にもどっていると、ふいに自動ドアがあいた。入り口に視線をやれば、見知らぬ少年が立っていた。
　少年はサスペンダータイプの長ズボンとワイシャツに、蝶ネクタイをつけた金髪のショートカットだった。
　彼は目で誰かを探していた。それからヴィスタノッテを探しあてた途端、トコトコやって来てはにかんだ。
「ねえ、お願いがあるんだけど」
　後ろ手を組んで照れくさそうにしている少年に、ヴィスタノッテは座ったままで答える。
「なにかしら？　と言うかどちらさん？」
「僕の名前はマキサルテ。調査団に父親がいてこの島に連れてきてもらったんだ」
　年齢をたずねると「十三才」とのことだった。
　用件については、子どもなりの興味本位で武器を見せてほしいなどと頼んでくるかと思われた。しかし彼はとんでもないことを口にした。
「あのさ、僕を前線任務に同行させてよ」
　にっこりと笑う少年に、近場にいたそれぞれが目を丸くした。しかしキルネだけは素知らぬ顔で銃の手入れに執心中だった。
　ヴィスタノッテは落ち着き払った口調で問いかける。
「私たちと一緒に行きたいの？　どうして？」
「僕をメンバーに加えたらかならず役に立つよ。さっき会議を盗聴したけれど、もしもの時の保険のために僕がいたほうがいいと思うんだ」
　椅子にすとんと腰かけて足をぶらぶらさせた。オイセコーノ軍曹がこづいてやるかというふうに腰に手をあてる。
「おいこらガキんちょ。ここは子どもが遊びに来る場所じゃないぞ。銃火器がたくさんあって危険だからすぐに出ていけ」
「僕をサポート係として任務に参加させてくれたらココから出ていくよ」
「ふざけたことを言うな。武装した俺らが前線で何をやるのかわかっているのか？」
「もちろんさ。α11-6から放出されているエネルギー体『リジューバ』と戦うんだろう？」
　知らない単語を耳にして隊員たちが顔を見合わせた。マキサルテは当たり前のような調子でつづける。
「それで現場の各分隊はどんどん損耗していって、最終的には誰もが混乱して退却状態となるんだ。で、ここからが最も重要なんだよ」
「おい。このガキは何を言ってるんだ？」
　軍曹が怪訝な顔で仲間を見た。ヴィスタノッテはそんな彼に手を向けて制止する。
「まあとりあえず話を聞きましょう。……それで、前線チームはどうなるの？」
　制止された軍曹は荒っぽく座ってテーブルに肘をのせた。リニカとユズヒトは黙って少年を見ている。少し離れた位置のキルネは背を向けたまま銃の相手をしつつ聞き耳をたてていた。
　その時だった。自動ドアがひらき、サングラスに黒いスーツ姿のSPが二名やってきた。SPは少年を見つけるなりそばに立ち、厳めしい語調でこう言った。
「こんな所にいたのですか。さあ、早く戻りましょう」
「ちぇ。IDカードに仕込まれていた発信器は解除しておいたのに、あっさりと見つかっちゃった」
　少年はネックストラップのIDカードホルダーにデコピンを入れてため息をつく。そしてSPにうながされて退室した。
　三人を見送ってから、軍曹が眉をひそめた。
「なんだありゃあ、不吉なことを言いやがって。どこのお偉いさんのガキだか知らねえが、今度見かけたら小脇に抱えて尻肉ペンペンしてやらあ」
「ねえ軍曹。そうやってすぐ暴力に訴える癖はやめたほうがいいですよ。もしかして野蛮なところは嫁さん由来ッスか」
「ははん、おまえはまだ俺に喧嘩を売っているようだな。作戦開始まで時間はあるし、一度外に出て決着をつけるか？」
「いえ、おれは野蛮なことは苦手なのでもうお断りします。軍曹の影響を受けて性格とか似てきたら困りますからね」
　ユズヒトは両手をひらひらさせて降参の意を示した。彼の近くに座っていたリニカがラップトップの操作をやめて仲間を見る。
「乗ってきた航空機の搭乗者名簿を調べてみましたが、『マキサルテ』という名前は出てきませんね。今回の成員ではないにせよ航空機の名簿に載っていないのはおかしいですよ。偽名でしょうか」
「あいつが言っていた『リジューバ』とやらはどうだ？」
「それもヒットしません。資料のデータベースや検索エンジンからは特にそれらしきワードは何も」
　唐突のことだった。緊急アラートのブザーが断続的に鳴りだした。
　室内の赤色灯が点滅し、壁のインターホンから呼び出し音が聞こえヴィスタノッテがそれをとる。
「はい。作戦部隊待機室ルカオリオン小隊長です」
　同時に天井スピーカーから女性オペレーターによる情報通達がはじまった。皆が緊迫した面持ちでそれに意識を向ける。
『採掘所Aプラントから重要事態の入電中。プラント第28層、坑道入り口付近で事故発生。掘削機準備中の作業員および警備隊が何者かに襲われた模様。生死は不明。前線チームの軍部作戦実働部隊は至急、出動準備を終えて第三会議室に集合してください。なお前線チームの他の人員はすべて待機。くり返します』
　ヴィスタノッテが受話器を置いた。本部の指揮官からの連絡だった。
　すでに全員が装備を整え、こちら向きに立っており、指示を受ける顔つきで彼女の言葉を待っている。
　ヴィスタノッテは一同を眺めて口を切った。
「みんな聞いたとおりよ。予定は変更。本部から『出撃命令』が出たわ。未知の敵に対する軍部の初実戦になるけれど、総員、心して掛かりましょう」
　泰然たる声ぶりに、隊員たちが熱のこもった調子で規律正しく返事をした。
　