No.56「首輪・甲」


「ペロペロし…！ペロペロし…！」
人に連れられた1匹のたぬきが、棒つきのキャンディを夢中で舐め回している。
「あれ見るし…飼いたぬきだし…」
「いいなし…何か食べてるし…」
「目の前でなめるな…」
「まま…ちびアレほしいし…」
「ｷｭｳｳ…ｷｭー…」
羨望の眼差しを集める飼いたぬきの顔つきはションボリしていて、どこか捻くれた印象を与えていた。
それでも服はある程度小綺麗で、髪の毛やしっぽの毛並みも整えられている。
遠巻きに見つめる小汚い野良たぬき達との最大の違いは。
飼いたぬきは赤い、安っぽい見た目の首輪を身につけている事だった。
勲章を想起させる金ピカのバッジが中心に据えられている。
この街のたぬきで、飼われているものはほとんどこれをつけていた。
野良たぬき達は程なくして、この首輪＝飼いの証だと理解していく。

もちろん、たぬき達がそう思うように仕向けられていたものだ。
とある新商品として開発されたもので、この辺り一帯は実験都市として選ばれたのだった。


1匹のたぬきが、辺りをきょろきょろと見渡しながら公園にトボトボと歩いてやってきた。
やはりこの個体も飼われている事を示すように、赤い首輪をつけていた。
髪の毛は整えられ、服は綺麗で肌ツヤも良かった。
両手で何かを大事そうにぎゅっと抱きしめている。
「ともだちたぬき…今日もモチモチしてほしいし…」
飼いたぬきの声に応じて、木陰から野良たぬきがぬっと姿を現す。
こちらは薄汚れていて肌も髪もボロボロだった。
ムスッとした表情で、常に何かに不満を抱いていそうな雰囲気を隠そうともしていない。
「ともだち料のおかし持ってきたかし？」

当然の事のように、野良たぬきは飼いたぬきに尋ねた。
飼いたぬきは抱えていた両手を解除し、懐からごそごそと板チョコを取り出した。
たぬきの体温で、はじっこはほんのり柔らかくなっている。
「も、持ってきたし…今日はチョコレートだし…」
「うまそうだし…」
思わず涎を垂らした野良たぬきに、飼いたぬきはおずおずと切り出す。
「は、はやくモチモチしたいし…」
「だめだし…まずいつも通り毒が入ってないか確認するし…お前ちょっと食べろし…」
「…わかったし」

飼いたぬきが持ってきた人間の食料ということは、たぬきに害をなすモノである可能性は十分にある。
友達に毒見をさせる事など、通常ならばあり得ないが飼いたぬきはモチモチ恋しさに負けて、目の前で必死に安全をアピールした。
「カリッし…モグモグし…あまくておいしいし…」
「おい…すこしだけにしろし…」
半分に割ったチョコの断面近くをすこし齧り、美味しさを表現するため焦れる気持ちを抑えながらニッコリ顔を作る。
それでも警戒心の強い野良たぬきは待った。遅効性の毒、と言う事を想定していた。
飼いたぬきも何度か経験しているのでやや過剰に安全をアピールする。
「ペロペロし…」
「もういいし…わかったし…なめるな…」

しばらく待って、飼いたぬきに異常がみられないと理解した野良たぬきは、飼いたぬきの手からチョコレートをぶんどった。
「大丈夫そうだし…よこせし…」
「モチモチしてし…」
クンクンし…クンクンし…と甘さとほろ苦さの混じった芳香を楽しんだ野良たぬきは背中側にチョコレートを仕舞い込んだ。
「わかったし…“ともだちたぬき”は約束は守るし…」
「ありがたいし…」
立場の異なるたぬき達がモチモチ、ぺたぺたと身体を触り合う。
一見すれば素晴らしい光景かもしれないが、結局は傍目から見てたぬき同士がべたべたしているだけだ。
よく観察すれば片方は頬を緩ませ、もう片方は虚空に目線を注いでいるのが見て取れるが、誰も興味はない。
「モチモチ…モチモチだし…」
モチモチは親愛の情の表現でもあるが、互いの体調を確かめる手段だったりする。
飼いたぬきは途中で、相手のお腹がごわごわと硬くなっている事に気がついた。
「今日はおなかの調子が良くないし…？」
「別に…いつも通りだし…」
ともだちたぬきは昨日拾い食いした木の実でお腹を下していたが、飼いたぬきの前で弱みを見せる事を嫌って素気なく答えた。



この飼いたぬきはペットショップで生まれてすぐに飼われ、それなりに裕福な飼い主の元で暮らしていたが、親も姉妹も知らぬまま育って大人になったためモチモチに飢え、たぬき玉に憧れていた。
たくさんのたぬきと、うどんダンスを一緒に踊る日を夢見ていた。
飼い主は不自由のない生活をさせていると思っていて、実際たぬきも感謝しながらその実ちびが欲しいというワガママを言えずにストレスを溜め込んでいた。



ある日、特にする事がないのでうどんダンスやモチモチに興じていた公園住まいの野良たぬき達の前に首輪をつけたこの飼いたぬきが現れた。
緊張した様子で、おずおずと切り出したのは。
「あの…たぬきにも、モチモチして欲しいし」
通常であれば匂いや肌感の違いで成立しない、野良たぬきとの接触行為を求める事だった。
しかし食うに困る生活を送る野良たぬき達にとって、何の苦労も背負っていない飼いたぬきからの申し出はある種の挑発としか受け取られなかった。

「なんだし…こいつ…」
「飼いのくせにあつかましいやつだし…」
「たぬきがこらしめてやるし…」
「ひっ…し…やめてし…」
野良他ぬきがいじめようとした時、
ジタバタとは異なる強い衝撃を感知した首輪からけたたましい音が発せられた。
たぬきが最も嫌う周波数のため、身につけているたぬき諸共しばらく動けなくなる。
驚いてジタバタしているうちに、首輪からの通報を受けてやってきた作業服の人間が野良たぬきをみんな袋詰めにして連れて行ってしまった。
「よーし、首輪がついてないから野良だな。こいつはついてるから、飼いだなー」
駆除業者がわざとらしく、人間は首輪の有無でしかたぬきが見分けがついていないような素振りを見せると、陰から見守っていた野良たぬき達は一様に信じた。
頭たぬきだからだ。

この光景を目撃した公園に隠れ住むたぬき達は首輪をつけた飼いたぬきはやばいやつだと感じて、近づかなくなった。


一部始終を見ていた1匹の野良たぬきは、それ以来暴力に訴えるのではなく、
モチモチをエサに食料を持って来させる方向性に切り替えたのだった。
取り残され、ションボリしている飼いたぬきに声をかける。

「おいお前…たぬきが“ともだち”になってやるし…」
「“ともだち”…だし？」
「そうだし…家族のいないお前にもモチモチしてやるし」
「そうなんだし…？うれしいし…ありがとし…」
早とちりして寄ってくる飼いたぬきを、野良たぬきは眉間に皺を寄せ片手で制する。
「けど野良生活をしながら“ともだち”をやるのは大変なんだし…毎日“ともだち料”を持ってこいし…」
「“ともだち料”…し…？」
「おまえがもらってるごはんか、おかしを持ってこいし…」
「…わかったし…ごはんは持ってこれないから、おかしを持ってくるし…」

こうして野良たぬきは、飼いたぬきがせっせと持ってくる“ともだち料”のお菓子で食い繋いでいた。
自分よりも柔らかな肌の質感と、漂ってくるフローラルな香りに腹が立つ事もあったが当の飼いたぬき本たぬは野良の汚さや臭さを微塵も気にせず、触れ合える喜びだけを享受している様子がさらに野良たぬきをみじめな気持ちにさせた。

「飼い主さんはやさしいし…でもモチモチはしてくれないし…ちびも連れて来てくれないし…ひとりぼっちやだし…」
「じゃあお前もこっちに来るし…」
「それは…し…ごはんとお布団がないのはやだし…」
「………」

聞けば聞くほど満ち足りた生活をしているくせにいつも泣きそうな顔をしている飼いたぬきは、首輪に守られていなければ確実にいじめていた。

この飼いたぬきの飼い主にとってのたぬきは、手間のかからない生き物だった。
ペットショップで首輪と共に希望者に無料配布され、登録料やグッズ代は自分持ちだが、トイレトレーニングさえ出来れば意思の疎通ができるたぬきは都合の良いペットだった。

普段は放し飼い、というか自由に散歩させている。
首輪が身分証明になるという説明も受けており、何かあれば首輪についたセンサーとブザーが守ってくれるし、
TPS(Tanuki positioning system=たぬきのションボリで稼働する、位置情報を知るための装置)を首輪の内側に取り付けてあるので迷子になってもすぐに位置が特定できる。

怪我をして帰ってくるわけでもないので、自主的に出ていく事はたぬきがたくましく経験を積んでくる事と考えて放任していた。
結果的に、飼いたぬきは野良たぬきと安全に交流が出来ていたのだった。
それは思い描いた理想とは違えども、飼いたぬきにとっても幸せな生活に違いなかった。



首輪さえつけていれば、苦しい野良生活から解放される───飼いたぬきになりすまそうとした野良たぬきが他の飼いたぬきから奪い取ろうと襲い掛かる事案も発生したが、たぬきのモチモチハンドで首輪を外す事はできず、奪おうとした側も奪われそうになった側もションボリする羽目になっていた。
やはりアラーム音が鳴り響き、襲い掛かった野良たぬきはジタバタしているうちに連れて行かれてしまったのも“ともだちたぬき”は承知していた。

こいつとわたしの違いは、この首輪しかないし。
それさえなければこいつは、ただの情けないノロマだし。

あの首輪さえ手に入れば、自分も守護られる側になれるはず。
ともだちたぬきは飼いたぬきの話を聞き流しながら、どうにかして飼いたぬきの首輪を奪えないかと常に画策していた。


　　　❇︎       ❇︎       ❇︎


ともだちたぬきこと野良たぬきは、朝ごはんを探している途中、いつも飼いたぬきと待ち合わせている場所で赤い首輪が落ちていたのを見逃さなかった。
ビーチフラッグでも取りに行くかのように(たぬきにしては)驚くほどの俊敏さで、前のめりに滑り込んだたぬきはすぐに首輪を確保した。
砂ぼこりにまみれながらも手にとって見たところ、飼いたぬきが身につけている物の同型と判じられた。
これは、たぬきへの贈り物だし。
直感的に都合のいい思い込みに至った野良たぬきは首輪を拾い上げると、まるで愛しいちびたぬきにそうするように、胸の前で抱き抱える。
今日もモチモチしてもらおうとやって来た飼いたぬきが、その姿を見て驚く。
「あっ…ともだちたぬき…それ首輪だし…？」
「そうだし…今拾ったし…」
「これなら、ともだちたぬきもあったかいお部屋にいられるし…良か」
「これでもう、おまえに取り入るひつようはないし…ばいばいし…！」
「あっ…まってし…」
情けない声ですがりこうとする飼いたぬきを無視して、野良たぬきはヨタヨタと走り出した。



「これでたぬきもおかし食べ放題…だし…！」
取り付けるのに四苦八苦するかと思われたが、赤い首輪は輪ゴムのように伸びる構造で、たぬきのでかい頭でもくぐり抜けられ、その後は不思議な事に首の周径に合わせてぴったりフィットしていた。
野良たぬきはションボリ顔のままではあるものの、ご満悦といった様子だった。
「これでたぬきも飼いになれるし…迷子のたぬきのフリして保護してもらうんだし…」
飼い主さんは優しくて3食うどんを出してくれてオヤツは昼と夜の2回出してくれるんだし。
毎日身体を洗ってくれて、いい匂いにしてくれるんだし。
寂しい時はモチモチしてくれて、しっぽもやさしく撫でてくれるし。

飼いたぬきを無意識に参考にしてしまった妄想を自らの設定として固め始めた頃───。
野良たぬきは視界の端でもぞもぞと動く何かを見つけた。


「グエ、ぐ、ぐッ」
思い通りに声を出せないらしく、鳴き声とも言語ともつかない音を出している。
仰向けになり両手で首元を抑えて脚だけジタバタさせているたぬきだった。
「どうしたんだし…何してるし…」
毒入りの餌でも食べてしまったのだろうか。
だとしたら警戒心と運のないやつだし。
と、憐れみと小馬鹿にする気持ちの両方で見遣った時。
野良たぬきは気がついてしまった。
苦しむ野良たぬきの首元には自分と同じ赤い首輪が着けられている───と。


これ、まずいし。
外そうと手をやった途端に、更なる違和感に触れる。
あんなにぐにぐにしていた首輪が硬質化し、鉄の輪っかのようになっていた。


飼いたぬき達がつけているのは宣伝用のダミーで、野良たぬき達がつけたのは首輪型の駆除トラップだった。
勲章らしき部分はションボリに反応するセンサーで、ここで感知したションボリの量に応じて首輪が締まっていく仕組みだった。
最大の特徴は、つける時はどのサイズのたぬきでも可能だが締まる時は装着した個体が死ぬまで絶対に外れない構造だった。

飼いたぬきのものと同じデザインが使われており、人間でも傍目にはほとんど見分けがつかない。
たぬきならば尚更だ。
一応首輪の後部にはボタンがついているのが差異ではあるが、前面中央の勲章らしき部分しか気にしないたぬき達が気づくはずもなかった。
こちらのボタンは強制的に首締めを加速させるためのものであり、駆除業者は首輪トラップを身につけたたぬきの首の後ろを押すだけで放っておけば勝手に死んでいくというわけだ。
人知れず装着したたぬきが加速ボタンを押されず、幸せな気持ちでいたとしても日常的に行うジタバタが自殺行為となる設計でもあった。

首輪はたぬきの想いなど無視して、ションボリに反応してどんどん締まっていく。
ションボリがなくなる＝死と判断しているのでたぬきが幸せなうちは締まる事はないが野良生活において幸せでいる事は困難なため、つけた時点で死が確定する。

「うぁあああんし！やだしいぃぃぃ！」
まだ余裕があるうちに、野良たぬきは醜く泣き叫んだ。

なんで、なんで、なんでだし。
たぬきのたぬ生これからなんだし。
まだ何にもいい思いしてないし。

飼いたぬきから度々お菓子を搾取していた事は、野良たぬきからすれば何の感慨も湧かない事だった。
むしろ自分はこれから報われるべきだと考えていたところに、この仕打ち。
誰か助けてくれないか、野良たぬきは仲間や人間が気づいてくれるのを期待した。
───が。よく見れば、公園に住む野良他ぬきだけでなくあちこちで倒れて呻いていたり動かない見知らぬたぬきが見受けられた。


首輪をつけた自分が苦しんでいるのを見かねて助けてくれるような人間はおらず、死に行く同族か既に物言わぬ死体しか周囲には存在していない。
絶望的な気分を味わった野良たぬきのションボリを受けて、首元がギリギリと音を立てて締まっていく。
先程苦しんでいた野良他ぬきは、しっぽと脚をぴん！と伸ばしきったまま既に動いていない。
自分もああなってしまうのだ、と直感的に察した野良たぬきはこんなはずじゃなかったのに、と後悔の念に駆られジタバタが止まらなかった。
やはり、何とか外そうと両手は首輪にかかり脚を懸命に振り回す格好だった。
「死にたく…ないしぃぃい！」


倒れ込んでジタバタする際に後部のボタンが押され、さらに締まりが強くなっていく。
早く楽にするためではなく、強く苦しめるための仕組みになっていた。
呼吸が出来ない。
「ヤ……だ…」
それでも振り絞るように、声を震わせる。
「……し…ッ…」
断末魔の叫びを聞きつけて駆けつけた飼いたぬきは、青くなって生気のない顔を晒しているともだちたぬきと目が合った。

ふるふると首を振り、現実を受け入れられない様子で立ち尽くしていた。
「やだし…ともだちたぬき死んじゃったし…」
唯一、飼いたぬきである自分と接してくれたともだちたぬき───。
動かなくなってしまった。
名残惜しげに触れてみても、死後硬直が始まった亡骸からはぬくもりが奪われ始めている。
それ以前に、首が絞まる感覚に抵抗し続けた肉体は強直しておりモチモチさはとっくに失われていた。
もう、モチモチしてもらえないんだし。

ふと目線を落とすと、ともだちたぬきの遺体が自分と同じモノを身につけている事に気がついた。
そこら中で動かなくなっている野良たぬき達も、同様だった。


飼いたぬき用は野良たぬきの警戒心を削ぐためモニターとして同じ見た目のモノが無料プレゼントされたものだけなので締まる事はなかったが、飼いたぬきにそれを区別して判断する想像力はなかった。
「し…し…しぃぃ…！」
飼いたぬきはたまらず、恐ろしくなってその場を駆け出した。　


　　　❇︎     ❇︎    ❇︎


「…ただいまですし」
トボトボと歩いて自宅に帰り、出された遅い昼食にも、飼いたぬきは手をつけなかった。
呼吸が出来ず死んでいった、ともだちたぬきの苦しそうな死に顔を思い出す。

自分の首輪が締まり、息ができなくなる妄想に駆られた飼いたぬきは、何かを飲み込む事に恐怖を覚えてしまっていた。

外から帰ってきて、いつもなら“『ともだち』と遊んできましたし…！”だとか“いっぱいモチモチしてきましたし…！”と語尾がつり上がっているはずが意気消沈している飼いたぬきに、何かあったのだろうかと飼い主は首を傾げた。
外での汚れを落とすために脱衣所まで連れて行く。
やけに大人しいたぬきの服を脱がせ、首輪を外す。
その時だった。
「……しっ！」
急にイヤイヤと身体を左右に激しく回旋させ、飼い主の手を振り解いた。
　

お風呂に入る直前。
身につけた全てのものは、たぬきから外される。
この時を除いて首輪が外される時はなく、飼いたぬきはずっとこの瞬間を待っていた。

「や、やだ、やだっしぃぃいい…！」
裸一貫なのも構わず、飼いたぬきは死の恐怖から逃れるために自ら野に還ってしまった。
どのたぬきもが羨む生活を捨てる事を、無意識に選んでいた。

たぬき用玄関口をくぐり抜け、振り向かず一心不乱に走り続けた。
不満のない生活を送らせていたはずのたぬきの脱走に、飼い主は呆気に取られ、その背中を見送る他なかった。


　　　❇︎       ❇︎       ❇︎


「さむいし…」
元飼いたぬきは逃げる時に掴んだバスタオル一枚をまとってションボリ、トボトボと歩いていた。
行く当てなどあるはずもない。
“ともだちたぬき”達がいた公園からは、野良たぬきは一掃されてしまった。
探せば見つかるかもしれないが、嗅覚もにぶり野生の勘も失っているような状態の元飼いたぬきには無理な話だった。

「おい、野良たぬきだ」
「まだ残ってたのか…」
夕刻から夜に近づいていて、駆除業者は本日最後の一仕事にこの元飼いたぬきを選んだ。
「裸のくせにやけに小綺麗だな…」
「さっきポップしたばかりかもしれない」
「まあ、何でもいいけど…こら、ジタバタするな」
有無を言わさず元飼いたぬきに取り付けられたのは、あれほど忌避していた首輪型トラップ。
今度は、本物だった。
たぬきは青ざめた顔をひきつらせた。
裸たぬきは一皮剥いてしまえば野良も飼いも関係なく、ただのモチモチしただけの人っぽい奇妙な生き物でしかない。


(ち、ちが……たぬきは……)
誤解を解こうともがくが、裸で飛び出てきてしまったばかりに飼いたぬき勲章もないので、証明のしようがなかった。
そもそも締まり続ける首輪の苦しさに顔を赤くして、しゃべる余裕も失われていた。
脳裏に浮かぶのは、やさしかった飼い主さんと、モチモチしてくれたともだちたぬき。
───そして悲惨な末路。
捨ててしまった。飛び出しまった。

(なん…でし…)
例に漏れず首元を両手で抑えながら脚だけジタバタさせていたが、やがて抵抗する力も無くなって、ぐったりとしたまま動かなくなった。

業者達によれば、このたぬきの死に顔はどの野良たぬきよりも苦悶に満ちて、今日一番ションボリとしていたという。
───が、誰もたぬきの事など変わり映えしないと思っているのですぐに忘れ去られてしまった。


首輪・乙へ
ツヅク