No.57「首輪・乙」


生き残った少数のたぬき達は赤い首輪を警戒しましたが、首輪を開発した企業は“勲章があれば記憶を持ったままリポップできるんだし”という情報を、飼いたぬきを介して流しました。
首輪についているセンサーを勲章と勘違いした個体が次のたぬ生で飼われる事に賭けて装着していきました。
真偽を確かめる手段はないため、真似をして自殺するたぬきが続出しましたが、もちろん勲章ではないのでたぬき達は何も引き継げるものも無しに死んでいきました。

それから少しの期間が経ち、首輪の危険性を知るたぬきは少なくなりましたが自然発生するたぬきのためにいくつかの首輪にTPS(Tanuki positioning system=たぬきのションボリで稼働する、位置情報を知るための装置)を装着し、市内にたぬきが住処としそうな場所に設置してのモニタリングが行われていました。

夜が明けて、朝が近づく頃。
たぬきがいなくなったはずの公園に、1匹のたぬきが姿を現しました。
ションボリ顔の猫背で、周囲を警戒しつつも緩慢な動きで歩き回ります。
ぼっちたぬきは仲間が全て駆除された事を知らず、静かな公園で落ちていたちぎりパンを拾って咀嚼していました。
「モグモグし…モグモグし………ハァ…し…」
ごはんを奪い合う相手はいませんが、分け合う家族や仲間がいないのはもっとションボリしてしまいます。
気弱な自分を心配してくれた仲間も、いじわるをしてきた仲間も突然いなくなってしまって、まるで自分だけ置いて皆どこかへ行ってしまったようでした。

少し前に公園内で“赤い首輪を見つけられれば、人間に飼ってもらえるらしいし…さがすし…”と噂が流れているのは知っていたので、自分以外はそれを見つけて楽園に行ってしまったのだと思い込んでいました。
しかし臆病なこのたぬきは安全圏以外には移動しなかったため、たまたま首輪と遭遇していません。
折を見て探していますが、出会えませんでした。

「…ｳｩ……ﾌﾟ……」
ぼっちたぬきの耳が、ピクリと動きます。
どこからか、自分を呼ぶような声が聞こえた気がしたからでした。
普段は垂れている耳をピクピクと立て、聴覚に意識を集中させて音の発信源を慎重に探ります。
もどきだったり、しないかし。
ドキドキと心臓が早鐘を打ち鳴らしながらも、どこか期待している自分がいました。
茂みの中を漁ると、寒さに震えて丸くなっているちびたぬきがいました。
息も絶え絶えで、生まれてから少し経っているようでした。
「ﾌﾟｷｭ…ﾌﾟｷｭｷｭ…」
「ちび…ちびだし…！」
孤独な日々から解放してくれる存在を見つけ、ぼっちたぬきは久々にため息の混じらない声を上げました。
そっと抱き上げ、ほっぺや背中をモチモチと撫で揉んでやれば、
「ﾌﾟｷｭｳ…♪」
どこか安心したような声をあげて、丸めていた身体を伸ばしました。
両手をぱたぱたさせて、ぼっちたぬきの顔をなんとか触ろうとしています。
もし自分が偶然見つけなければ、そのまま死んでいたであろう儚さ。
そこに素朴な可愛らしさが同居するちびたぬきは、今までのたぬ生を一気に塗り替える存在感を放っていました。

公園に他ぬきはいませんので、ちびが発生したションボリの元はぼっちたぬきだけです。
自分のションボリが集まって生まれたこの子は、まさしく自分の子だ───と思いました。
親となった野良たぬきは、涙ぐんで偶然の出会いを喜びました。
「ちび…ちび…よろしくだし…！たぬきがままだし…もっとモチモチしてあげるし…！」
「ﾌﾟｯｷｭｳｳﾝ…♪」
腕の中のちびが、呼応するように手足をちたぱたと揺らしました。

　　　❇︎      ❇︎     ❇︎

そして、3週間ほどが経って。
お昼ご飯を探して、2匹のたぬき親子が人目を偲んで公園内をうろついていました。
「ちび…こっちだし…人のいる所は行っちゃダメし…」
「ﾌﾟｷｭｳ…ﾌﾟｷｭｳｳー」
親たぬきは歩けるようになったちびたぬきと手を繋いで餌を探していました。
自分とは違い活発で好奇心の強い子なので、留守番させるより一緒に行動したほうが却って安全だと判断していたのです。
いつの間にか活動範囲は広がり、親たぬきだけなら来ない所まで出てきていました。
色んなものに興味を示すちびは鼻をヒクヒクさせながら手を離し、親から遠くなりすぎない程度の距離で辺りを見回します。


「ｷｭｳー？」
ちびたぬきは首を傾げました。
ベンチの下に、赤い輪っかが落ちています。
よいしょ、と引っ張り出し手にとってみました。
もしかして。
これが、ままの言っていた勲章かも。

「うーんし…今日は何も見当たらないし…」
「ﾌﾟｯｷｭ、ﾌﾟｯｷｭ」
ちびたぬきはベンチの周りで何か落ちていないか探っていた親たぬきの裾を引っ張り、呼びかけました。
案外と軽いそれを片手で持ち上げて、親たぬきに見せました。
「ｷｭ！」
「ん…ちびそれ何し…？」
差し出してきたのは、赤い首輪でした。
前面の中央部には、金色に光る勲章のようなものが取りつけられています。

「ｷｭｷｭｰｷｭ…ﾌﾟｯｷｭｳ」
「ふむふむそうかし…拾ったし…」
ちびがまだ言葉を喋る事が叶わなくても、動きや感情を読み取って、言いたい事はなんとなくわかる親たぬきでした。
「これがきっと飼いたぬきがつけてるやつだし…」
「ﾌﾟｷｭｷｭ？」
首輪を手に取り、顎にもう片方の手を当てて親たぬきは思案します。
ちびたぬきはよくわからないまま、親を真似て口元に手を当てながら首を傾げました。

親たぬきはせっかく拾った首輪の活用法について考え続けました。
ちびはもう飽きてしまって、しゃがみ込んで足元の雑草をぶちぶちと抜いては捨てを繰り返しています。
自分がつけて、果たして連れているちびも同じように扱ってもらえるのだろうか？
それよりも、簡単でいい方法があるのではないか───。

髪も服も、しっぽさえもボロボロで、長くつらい独居野良生活の果てに、親たぬきはもう自分の命が残りわずかだと自覚していました。
「たぬきはもうきっと長くないし…ちび…いい人に拾われてほしいし…」
「ﾌﾟｷｭｳ…？」
この親たぬきは自分より先の長いちびを大切にする稀有なたぬきだったので、迷う事なくちびに首輪をつけてあげました。
今は合わなくても、もう少し大きくなれば合うようになるはず。
それまでは何としても育てて───と考えていると。
大人サイズのためにぶかぶかでしたが、自動でサイズ合わせをしてくれるのかしゅるしゅると小さくなり、ちびの首に合わさっていきます。
「…ｷｭｳ！」
ちびが誇らしげに胸を張って、まま！どうだし！と見せてくるのがとても愛おしく感じられました。

やったし。
これでちびは誰かに拾ってもらうか、保護してもらえるし。
これならちびだけでも生き残れるし。
ざんねんだけど、たぬきの力じゃちびを立派になるまで大きくしてやれないし…。
いつもひもじい思いをさせているのはわかっていて、それでもどうにも出来ないのが現状でした。

「でも、これがあればきっと大丈夫だし！」
いつもは強くへの字を刻んでいる口元を吊り上げ───もしかしてこのたぬ生で初めて───ニコッと笑いました。
「ﾌﾟｷｭｷｭ…？」
親たぬきがどうして笑っているのかわからず、だけどちびもつられて笑おうとしました。
両手をパタパタさせ、喜びを表現しようとしたちびたぬきでしたが、ちっちゃな喉元が圧迫され始めて───。


その後すぐ、静かな公園に獣のような絶叫が響き渡りました。
ですがそれは一瞬に過ぎず、周囲の誰も気に留めませんでした。


オワリ

