害獣駆除ファイル4 「スラムたぬき」



害獣駆除を生業とすると男は、この日繁華街の裏通りにやって来ていた。
その装備は常ならず厳重である。
分厚い生地のツナギの上から身体の間接部を守るためのプロテクターを装着し、頭にはヘルメット、目にはゴーグル、口元には防塵マスクといった生身部分の露出が一切無い完全防護であった。
男がここまでの装備を整えて駆除に望もうとしているのはたぬきである。
それも単独や一家族程度の数ではない。
複数の家族によって構成されたコロニーとも言うべき場所への襲撃を行おうと言うのだ。

たぬきは住み処がたぬきもどきに襲撃されたり人間から追い出されたり、自然の驚異によって破壊されたりすると当然ながら生き残りを集めて別の場所へと向かいそこでまた住み処を作る。
しかし何度も何度もそんなことが起こればそのうち自分と家族だけでの生活を諦める者達が出てくる。
そうした者達は似た境遇の同族を見つけると集団生活を始めるのだ。
リーダーや食料調達係、子供の世話係といった明確な役割を分担して一つの共同体を形成する。
そうやって作られた共同体の大規模な住み処のことを「スラム」と呼んでいるのだ。
それはたぬきにとっては良いことだが、人間にとってはそうではない。
スラムに住み着くたぬき達の糞尿による悪臭や鳴き声による騒音、単純にスラムを形成した場所が使えなくなる上にみすぼらしい生き物が群れているので美観にも悪い。
最悪の場合はゴミ漁りをして入手した包丁やカッターナイフなどの簡素な刃物で武装していることすらある。
そうした理由からスラムは行政によって発見次第報告、駆除することが推奨されていた。
しかし単なるたぬきと違って武装している可能性もあるためなかなかやりたがるものはいない。男は数少ない例外であった。

「ここか...」

件のスラムが形成されているのは雑居ビルが建ち並ぶ裏道、その奥である。
形成から数ヶ月が経過しているらしく、最近ではみすぼらしい姿のたぬきが繁華街の表通りですら頻繁に見掛けられるようになっていた。ゴミ捨て場を漁って生ゴミを散乱させたり、道の端に糞尿を放置したりとその行動は大胆なもので被害は深刻である。まだ人間への直接被害は出ていないが、この調子ではそうなるのも時間の問題だった。
そうした事態にたまりかねた近隣の酒場のオーナーが行政を通して男に駆除依頼を回してきたのである。

男はまず双眼鏡を取り出して偵察を開始した。このまま突入して殺して回ってもスラムたぬきを全滅させることは到底出来ない。
住み処やおおよその数を割り出し、短い時間で全滅させてしまわなければ逃げ延びた個体が今回のやり口を学習して対策を産み出し、より厄介なスラムを形成することになるだろう。それだけは避けなければならなかった。

「見張りか...それに視線も切ってある...」

スラムは一見そうであるとは分からないように何処から拾ってきたのか薄汚れたブルーシートを仕切りのように広げて覆い隠してあった。これではこの位置からではその全容を伺い知ることは出来ない。
その上、裏道に設置された雑居ビルの室外機の上にはしかめつらしい顔をしたスラムたぬきが見張りについている。
上から新聞紙を被って簡単には見つからないようにしているが、端から茶色の毛で包まれた尻尾がはみ出しているので男にはすぐにわかった。
変事あればすぐに飛び出して仲間に危険を報せるのだろう。
男はたぬきにしては厳重な警戒をしていることに鼻白んだ。
形成から数ヶ月、それまでの間に崩壊も離散もしていないのだから十分な食料を集めるだけの場所とそれらを取り仕切る優秀なリーダーがいることに間違いはなかった。
勲章たぬきという最悪の未来を予想しつつ、男は一旦引き上げて両隣の雑居ビルの管理部門に電話を掛けた。
正面がダメならば上から見下ろせばよいのである。
片方のビルは許可が降りなかったがもう片方はたぬき被害が出ていたらしく男の申し出を快く受け入れてくれた。

「ここから見下ろせますよ。」
「助かります。」

ビルの三階から窓を開けて下を見下ろす。
その全容に男は絶句した。

「あぁ...これは大仕事になる...」

まず目につくなは建ち並ぶのは大小様々な段ボールだ。これはスラムたぬきが住居にしている可能性が極めて高い。
次にランドリーバスケットと思われるプラスチック製の籠が一番奥に転がっていた。
その中には生ゴミがこれでもかと詰め込まれ、その前に一列に並んだ裸のスラムたぬきの姿が見える。
「配給」だ。集めた食料を仲間内で分配しているのである。

「お前は...だから...し...」
「有難う...ますし...ちびと食べ...し...」

微かにだがその声が聞こえてきた。
食料を分配するものと施しを受けるもの、どちらの立場が上であるかなど明白である。
男は双眼鏡越しにその様子を、特に分配を行っている個体を食い入るように見つめる。
この個体だけ裸たぬきによって構成されたスラムにおいて特徴的な洋服を模した毛皮を蓄えていたのである。
たぬきの服のような毛皮はあくまでも姿を模しているだけで毛皮である。
そのため十分な栄養を摂ることができていない飢餓状態の個体はそれらを生やすことができず、地肌を晒す。これが裸たぬきの正体である。
スラムにあって毛皮を生やしたあの個体の立場は高いと予想された。

「お前...だし？...」
「違...！やめ...し！」

ある裸たぬきが分配を行うたぬきの前に出て食料の分配を受けようとした時、それは起こった。
スラム全体が騒然となり、分配を行っているたぬきの横に護衛であるかのように二匹のたぬきが進み出る。
そして、手に持った木の棒を裸たぬきに突きつけたのだ。
男はその様子を一瞬でも見逃すまいと精神を集中させ、耳を澄ませる。
次第に繁華街の雑音は消え去り、スラムの放つ音だけがクリアに聞こえてきた。

「こいつは食料確保の仕事をサボったし...それも今回で二回目し...警告はしたし...」
「ち、違うし！ちび...そう！ちびが具合が悪くなってたんだし！看病してたんだし...！だから...」
「黙れし！お前にちびがいたのは何週間も前のことだし...お前がちびの分の配給まで食べたから餓えて死んだんだし...知らないと思ってるのはお前だけだし...！」

木の棒で押さえつけられ、跪かされ身動きのとれない裸たぬきを前に配給たぬきは厳しい口調でその罪を責め立てている。
いつの間にか一列に並んでいた裸たぬき達は断罪されるさぼりたぬきを囲うように輪になっていた。

「皆に聞くし...仕事をサボり、ちびまで死なせる奴はこのスラムに必要だし...？」

配給たぬきはサボりたぬきの背を踏み台のようにして立ち、周囲の裸たぬき達に問いかけた。

「「「いらないし！！」」」

返答は完璧な輪唱であった。サボりたぬきは顔を歪めて慈悲を乞うている。

「そんな...！許してし...ちびは元々病気だったんだし...もう助からないからたぬきが生き残った方が良かったんだし！ここで死んだらちびの死も無駄になるしぃぃぃ！」

そんな必死の叫びも無視して配給たぬきは厳かに観衆へ告げた。

「決まったし...こいつには最も重い刑罰を課すし...『せんぷうき』だし...ちび達はここから去るし...希望するものは残るし...配給は刑の執行後再開するし...まだのものは終わるまで待つし...」
「せんぷうきだし...最高だし...役立たずのたぬきはスラムには要らないし...！」
「家に帰るし...ちびは見ちゃダメだし...」

潮が引くように輪になっていた裸たぬき達の中で子連れのもの達は段ボールハウスへと引き上げていった。
単独の裸たぬきはその殆どが残っている。

「せんぷうきなんて嫌だし！死にたくないし！何でもするから許してしぃぃぃ！」
「連れていくし...」

叫びじたばたと暴れるサボりたぬきは、しかし護衛たぬき二匹掛かりで両腕を押さえられて地面をずるずると引きずられていく。
行く先にあるのは室外機だった。
回転するファンは危険なのでカバーが装着され接触しないようにしてあるわけだが、この室外機のカバーは取り払われている。

「始めるし...さっさと終わらせるし...」
「了解だし...」
「やだし！やだし！やだし！しぃぃぃぃ！」

恐怖のあまりサボりたぬきは失禁と脱糞を同時にこなした。
全身から汁という汁を垂れ流しつつ、サボりたぬきは室外機のファンへと足先から押し込まれていく。
これが頭からならば或いは即死出来たかもしれない。しかし足先からならば身体を末端から徐々に失っていく苦しみを絶命のその瞬間までたっぷりと味わうことになる。

「ｷﾞｭｩﾜｧｧｧｧ!?」

ファンはサボりたぬきの足を容赦なく輪切りにした。
絶叫するサボりたぬきを押さえつけ、護衛たぬきはその身体を更に奥へと押し込む。
絶叫は胸元が切り刻まれるまで続き、肺が破壊されるとピタリと止まった。
跡には血飛沫が飛び散った地面と返り血を浴びて真っ赤に染まった護衛たぬき二匹のみである。

「ご苦労だし...身体を洗ってくるといいし...戻ってきたら特別にお菓子をやるし...」
「ありがたいことだし...」
「光栄だし...」

護衛たぬき二匹はペコリと会釈をするとスラムの奥へと消えていった。
残された配給たぬきはため息をつくと大声で呼ばわる。

「刑の執行は終わったし！配給を再開するし！」

それを聞いてぞろぞろと裸たぬき達が段ボールハウスから這い出してくる。

「組織化されている...厄介な...」

観察を打ちきり、男は窓を閉めて階下へ降りながら作戦を練り始めていた。
相手は十分な規模まで成長したスラム、それも優れたリーダーに率いられている。
護衛たぬきの存在を見るに専門職を養う余裕すらあるように思えた。危険である。 
あの場では出していなかったが間違いなく武装化も済ませているだろう。少なくともその前提で作戦をたてる必要があった。



※



それから２日、男は場所を転々と変えて観察を続けスラムの一日の動きを大体把握することに成功していた。
食料の配給が行われるのは昼と夜の二回。朝方にビニール袋を担いだ三匹からなる食料回収係がゴミの収集前にゴミ捨て場まで走り、食べられそうな生ゴミをかき集めて三十分ほどで帰還する。
この役割はその都度担当が代わり、最も多くのゴミを回収してこれたのはやはり配給たぬきだ。実力から来るカリスマは絶対的であり、配給たぬきが言ったらそれは必ず実行された。
このスラムの実態はカリスマある配給たぬきを中心としたカルトである。
その権威を印象付けるためか、配給たぬきはスラムに新入りが入る度に『せんぷうき』されたサボりたぬきの時のように演説と刑の執行を行った。
冤罪ではなく正当な刑の執行をするため不正を行っているスラムたぬきを敢えて見逃して死刑をストックしているようにすら見受けられる。
武装していることもその時に確認できた。
保管された食料を許可なく持ち出した罪で死刑を執行した際、配給たぬきが住み処から小型のナイフを取り出して自らの手でその首を掻き切ったのである。
以上のことから男は作戦を立てた。
カリスマで成り立つスラムならばそれを奪えば良い。配給たぬきさえ排除してしまえばあとは烏合の衆といえる。
率先して前に出るタイプのリーダーであることを後悔することになるだろう。
決行はその日の夜であった。

男は深呼吸をして愛車である軽トラを裏道を封鎖するようにギリギリの位置で停車させると荷台から今回の作戦のキーアイテムを取り出した。
たぬきもどきの剥製である。研究資料として仕事で仕留めたたぬきもどきの何体かは剥製にされている。そのうちの一体を男は譲り受けていた。
観賞用ではなくたぬき避けのためにも使える実用品である。何しろ本物であるのだから。
しかしスラムの近くに置いただけでは効果が無い。そのため駄目押しの一品として用意したのがボイスレコーダーだ。
たぬきもどきのおぞましい鳴き声が数パターン録音されている。これを遠隔で起動させてランダム再生させるのだ。
あたかもたぬきもどきがスラムを狙っているようにたぬき達には見えるだろう。
そのパニック状態を突き、配給たぬきを最優先で排除するのが作戦であった。
設置を終えると男本人は雑居ビルの二階へと移動する。
ここにはビルのオーナーの協力を得て放水のためのホースを用意してもらっている。
もどき迎撃のため集まったところを水をぶちまけて一網打尽とするのだ。
手筈を整えた男はボイスレコーダーを起動させた。

「タヌー...タヌー...ダヌー！」

見張り以外は寝静まったスラムに突如としてたぬきもどきの鳴き声が響いた。
当然見張りのスラムたぬきは飛び上がって大声で警告を発してスラムに逃げ込む。

「もどきが出たしぃぃぃ！」

警告の効果は劇的で、瞬く間にスラムは蜂の巣をつついたような大騒ぎになった。

「ちびを隠すし！戦えるたぬきは武器を持つし！そこのお前、バリケードを作れし！」

真っ先に起きたのは当然と言うべきか配給たぬきであった。
パニックに陥るスラムたぬき達を一喝して正気を取り戻させると矢継ぎ早に指示を出してあっという間にもどき迎撃のための準備を整えてしまったのだ。
指示を出されたスラムたぬきが数匹掛かりで裏道の角に置かれた一斗缶を複数倒してバリケードを築き、その背後には木の棒の先にカッターナイフの刃を取り付けて作られた簡易な槍で武装した護衛たぬきと小型のナイフを両手持ちした配給たぬきが陣形を組んで控えている。
戦えないちびたぬきやその世話をするたぬき達はスラムの奥に隠れ潜んだ。
武装したたぬきが一丸となったこれ以上無い完璧なタイミングで男は窓を開け、ホースを配給たぬきに向けて一気に放水した。

「ぶわっ！？なんだし！？」
「雨！？いや違うし！」

尻尾を濡らされたたぬきは例外なく弱体化し、動きは極限まで緩慢になる。
いかに配給たぬきが優秀な個体であっても種族由来の弱点が消える訳ではなかった。

「尻尾を...濡らされたし...そうかし...もどき...そういうことかし...！」

ここで配給たぬきはこの突然の水攻めの下手人に感付いた。
もどきの襲撃も何らかの欺瞞だったのだと、ションボリ顔に怒りが満ち憤怒の怒号を上げる。

「騙されたしぃぃぃ！」

怒りを原動力に配給たぬきは尻尾を濡らされたたぬきとは思えないほどの速度で一斗缶のバリケードを這い上がろうとした。
そのタフネスと精神力に男は瞠目したが、即座に覚悟を決めて窓を全開にし宙へと飛び出した。
狙う落下先はぐったりとしている護衛たぬき二匹である。

「ｷﾞｭｸﾞｯ!?」
「ｹﾞｪｰ!?」

成人男性の体重と防具の重量、さらには重力による位置エネルギーを諸に受けた二匹はせっかくの武器を活かすことなくペチャンコにされて絶命した。
しかし男の目線はバリケードを這い上がる配給たぬきにのみ向けられている。

「人間...！たぬき達に何の恨みがあるし！」

濡れた尻尾を庇いながら、逃げ切れないと判断した配給たぬきは小型ナイフを構えて男と真正面から対峙する。
憎しみに満ちた配給たぬきからの問いかけは、しかし男が懐から取り出したかんしゃく玉によって返答された。

「...しっ！」

かんしゃく玉がどういうものか理解しているのだろう、配給たぬきはとっさに両耳を手で覆って破裂音に備えた。
尻尾が濡れて弱体化した状態では配給たぬきと言えどもじたばたの本能から逃れることは出来ない。
しかしかんしゃく玉を握りしめ振り上げた拳はブラフだった。
がら空きになった胴体に男の振り上げた爪先が直撃したのである。

「ｸﾞｷﾞｭｯﾌﾞｩ!」

肺の中の空気が全て強引に叩き出されたのを配給たぬきは感じた。
人間の膝までの高さしかない身体はサッカーボールのように弾き飛ばされ、バリケードに叩きつけられ騒々しい金属音をたてながら地面に転がる。
配給たぬきは朦朧とする意識の中で手放してしまった小型ナイフを必死に手探りで掴もうとした。
しかし、そのプラスチックの柄に手の先が触れた瞬間に男の足がそれを蹴り飛ばす。
カラカラと軽い金属音を立ててナイフは路地裏の闇に消えていった。

「あ...」

なまじ賢く優秀な配給たぬきは既に勝負が付いたということを理解してしまった。
しかしスラムのリーダーとしての義務感は敗北を認めるわけにはいかなかったのである。

「皆！逃げダヌッ！？ 」

せめて仲間だけでも逃がそうと叫ぼうとしたが、それは寸前で喉笛を踏みつけられて阻止されてしまった。
もはや呼吸もまともにできなくなった配給たぬきはゼヒーゼヒーと苦しげな息を漏らす。
しかしそんな苦しみを味わう配給たぬきに男は容赦しなかった。
蹴り飛ばしたナイフよりもはるかに上等で切れ味の良いナイフを取り出すと毛皮を切り裂いたのだ。
敗者に更なる凌辱を与えようという悪趣味の発露ではなかった。
配給たぬきの狡猾さをある意味信用していた男はこの個体は絶対に勲章持ちであると確信していた。
しかし、２日間の観察の間でも毛皮に勲章が点けてあった場面は一度として無い。
隠しているのだ。自分自身で身に付けながら見えないようにするには、毛皮の裏側にでも仕込むしかない。そして男の予想は正しかった。
切り取った毛皮の内側には縫い付けるように金属製の勲章が隠してあったのである。

「だぬぎの...まげだじ...」

その様子を見ていた配給たぬきは自らの完全な敗北を悟った。
もうリポップによる復活をすることは出来ない。これから自分は死ぬし、スラムの仲間達も同じ末路を辿るしかない。そしてそれを止める術は配給たぬきにはもう存在していなかった。
苦しげに敗北を認める言葉を吐くと、そのまま動かなくなった。
最も厄介な個体を片付けた男は、しかしスラムのたぬき全てを仕留めるまで決して安心できる立場にはない。

「どうなったし…」
「しっ！リーダーが良いと言うまでじっとしてるし…」

スラムの奥にはまだ健在なたぬき達がわらわらと群れている。なかには武装しているものもいるかもしれない。
生き残りの意気を挫くべく、男は息絶えた配給たぬきに念のため首筋にナイフを打ち込んで死亡を確認し、死体を掴んでスラムの奥へと放り投げ大声で呼ばわった。

「お前達のリーダーは死んだ！」
「ひぃぃぃ！？しっかりするし！起きるし！起きてぇぇ！？」

スラムたぬき達は全幅の信頼を寄せていた配給たぬきの無惨な死骸を前にして完全にパニックに陥っていた。
逃げることすらせずに死骸を揺すり起こそうと無駄な努力を続けている。
それを尻目に男は二階から身を投げる際に一緒に投げ落としていたホースの先端を掴むとスラムの奥でブルブルと震えているちびたぬきや世話役たぬきにも容赦なく放水して一匹、また一匹と仕留めていった。

「やめてくださいし！たぬきたちが何したし！？」
「リーダーを返すし！」
「やだし…死にたくないし…たぬきの踊り見てくださいし…ｷﾞｭﾌﾞｯ!ﾀﾞﾇｯ!」」

命乞いをするもの、反抗しようとするもの、大小様々なたぬきを男は放水で動きを封じ手てナイフで刺し殺す鉄板戦法で次々と駆除していった。
そしてスラムの最奥、生ゴミがこれでもかと詰め込まれた所謂食料庫に男は足を踏み入れる。
生ゴミとたぬきの糞尿の放つ猛烈な悪臭をマスクでシャットアウトしている男は、その影で震えながらちびたぬきを庇っている世話役たぬきの尻尾を掴んで引きずり出した。

「ひぃぃぃ！？ちび！ちび！逃げるし！たぬきはもうダメだし！ちびたちだけでも逃げるしぃぃぃ！」
「ｷｭｩｩｩ!?」

最後の抵抗とばかりに世話役たぬきはたぬき玉になったちびたぬき達をスラムの出入口へと放り投げた。
歩みの遅いちびたぬき達とはいえ自分を殺している間の時間があればバリケードを越えてスラムの外へと逃げられる。自らの死すらも勘定に入れた世話役たぬきの壮絶な覚悟は、しかしちびたぬき達自身によって水泡と化した。

「ｷｭｳ…ｷｭｰ…ｷｭｰ…」

投げ出された衝撃で一瞬ほどけたたぬき玉を、ちびたぬき達は直ぐにより集まって作り直したのだ。
当然動くはずもない。

「ちび！ダメだし！逃げ…ｷﾞｭﾌﾞｯ!」

背中を踏みつけられて身動きを封じた世話役たぬきのうなじに男はナイフを振り下ろした。
言葉の代わりに大量の血を吐き出して、世話役たぬきの意識は闇へと消える。
そして男は最後の標的であるたぬき玉へと歩み寄った。

「ｷｭｰ…ｷｭﾜｰ…」
「ｷｭｷｭ…」
「ｷｭｩｩﾝ…」

たぬき玉は尻尾を固く絡め合って震えつつ、か細く鳴いてお互いを励まし合っていた。
何故このような危機的状況に陥りながらも逃げ出さないのかと言うと、それはこのちびたぬき達の生まれが関係している。
彼女らはこのスラムで生まれた。
物心ついた頃からその側には付きっきりで面倒を見てくれる世話役たぬきがいたし、スラムの将来を担う希望としてこの環境下で与えられる最大限の保育環境で大事に大事に宝物のように育てられていた。
所定の時間になれば頼もしい配給たぬきが食べ物をくれたし、空から狙うカラスに襲われたときもたぬき玉になって震えているうちに見張りたぬきや護衛たぬきが駆けつけて脅威を追い払ってくれた。
今回もそうであると、彼女達は信じて疑わなかったのである。
大切に育てられたがゆえに、自分達で脅威に対処しようと言う意識が育っていなかったのだ。
男はプルプルと震えるたぬき玉を無造作に踏みつけた。

「ｷﾞｭｯ!?ｷﾞｬｯ!?」
「ｹﾞｯ!?ｸﾞｼﾞｯ!?」
「ﾀﾞﾇｯ!?ﾀﾞﾇｧ!?」

たぬきは打撃には強いが圧力や刺突に弱いことは業者の間では常識である。
踏みつけて動けなくすると男は徐々に体重を掛けていく。

「ｷﾞｭｩｩｩｩｩｩ!」

小さな口から圧力に耐えかねた苦悶の叫びが漏れるが、男は構わず続行する。

「ｹﾞｪｪｪｪ!」

靴の下のたぬき玉は既にお互いを守りあうための姿勢からおぞましい状態へと変貌していた。
潰れ始めたもちもちであったはずの肌が割れ、血を吹き出しながら隣のちびたぬきの頬と結合して真っ赤な風船のような状態へとなっていたのである。
また、たぬき共通の開いているのか閉じているのかすらわからない瞼は圧力で押し出されてきた眼球によって強制的に見開かれ血走った目玉が覗いていた。
しかし当のちびたぬき達の脳内は苦しみで満たされており自分の身体がどうなっているのか把握することすら出来ていない。

「ｷﾞｬ…ｷﾞｭ…」

叫びに力が無くなった頃を見計らい、男は徐々にかけていた体重を一気に踏み締めた。
ブチュッと床に肉の塊を叩きつけたかのような不快な音がスラムに響き、靴の下から湧き出すように鮮血が流れ始めたのである。
最後の仕事を終えた男は大きく息を吐いた。




※




夜が明けた。
あれだけの勢力を誇っていたスラムはリーダーを失ったことと男の夜通しの殲滅により呆気なく崩壊した。
最終的に成体のスラムたぬきは34匹いた。
ちびたぬきに至ってはその倍はいたが、そのどれもがリーダーである配給たぬきが死んだため組織的な抵抗も逃走もできずに駆除されることになった。
優れたリーダーは、時としてその喪失により存命時より多大な被害を群れにもたらすのかもしれない。
無数の死体を袋に詰めて後始末を行いながら男は漠然とそう思った。
そんな時である。
視界の端に何かが月明かりを反射してキラリと光るのを男は見た。
近くに寄って見ると、それは配給たぬきが持っていた小型のナイフである。
男はそれを拾い上げそして息を呑み、思わず呟いた。

「殺せて、良かったな…」

その小さな刃には糞がたっぷりと塗り付けあったのである。保管状態が悪かったとかの偶然ではない。
圧死した護衛たぬき二匹が握りしめていた棒の先に取り付けられたカッターナイフの刃にも同様に糞が塗り付けてあったのである。
これで傷つけられればその場は生き延びることができても遠からず感染症によって死に至ることは確実。
戦国時代やベトナム戦争のゲリラが愛用したお手軽で強力な毒付与であった。
男の背筋を冷や汗が伝う。一歩間違えればその文字通りの毒牙に掛かるところであったのだ。
配給たぬきがどこからこの知識を仕入れたのかは不明だが、昨日今日考え付いたことではないのは間違いない。
もしもスラムを形成する前の配給たぬきがこの知識を他のたぬきに伝えたとしていたら…？
男は脳裏に浮かんだ嫌な想像を頭を振って振り払うとスラムを後にした。
ここから先は清掃業者の仕事の範疇である。
数時間もすれば到着するであろう彼らは、これからスラムたぬきによって荒らし尽くされた路地裏を清掃し、生活の一貫として破壊された室外気や配水管などの設備を復旧させなければならない。
直接たぬきを駆除するわけではないが、彼らも立派にたぬきの脅威と戦う同志であると男は考えていた。



こうして今日もまた一つの依頼が終わった。
今回は特に厳しい依頼であったと軽トラを処理施設へ走らせながら男は思う。
もしも配給たぬきを逃がしてしまったら？
そのときは今回のスラムの比ではない巨大な災厄として再度来襲することは想像に難くない。
全国ではこのような深刻なたぬき被害は増加の一途を辿っている。
男とたぬきの戦いはまだ始まったばかりだ...