No.58「焦燥・後編」


いっそのこと仲間はずれにされたりいじめられる方が助けを求める事ができるのに、それも叶わない。
腫れ物に触るようなこちらの扱いの方が、ダイズには堪えるようだった。
だからこちらからは何も関与せず『どうして仲良くできないんだろう…』と困ったふりをしてわざとらしく呟いてみた。

悪意がないように発せられたこの言葉は、3匹にかなりの精神的苦痛を与えたらしい。
ダイズがずっと堪えていた言動を、発作的に呼び起こした。
「ｺﾝﾅﾉ…ｺﾝﾅﾉﾓｳ、ｲﾗﾅｲｼ！」
赤いリボンを無理やり外して、床に叩きつける。
同じサイズの色違いを身につけているが故に、大きさの差異が際立つ事に今更気がついたらしい。
やはり、豆たぬきは脳の容量が小さいからだろうか。
他の2匹はとっくに気づいていたと思う。
「ど、どうしてし…」
「おそろいのリボンなのに…し…」
それでも、2匹にとって自分達とダイズを繋ぐ唯一の目に見える姉妹の絆めいたものだと考えていたのだろう。しっぽの先が締め付けられる違和感よりもリボンを結び続けることを優先していたのだ。
だが、ダイズは違った。
「ﾀﾞｯﾃ…ﾀﾞｯﾃ…」


「ﾀﾞｲｽﾞﾀﾞｹ、ｽﾞｯﾄﾁﾋﾞﾉﾏﾝﾏﾀﾞｼ…！ﾂｹﾃﾅｸﾃﾓ、ﾄﾞｳｾﾜｶﾙｼｨ！」
心の叫びを発露し終えて、何か魂が抜けたようにションボリと黙り込んでしまう。
思っていても、誰も口にしなかった事実をダイズが自らが発した事で溝は決定的に深まった。

それでも残りの2匹はリボンを外そうとはしなかった。
というか外されるとどっちがニマメでどっちがミツマメか区別がつかないので助かる。
ケージの中には、投げ捨てられた赤いリボンがポツンと残されている。
2匹は狭く感じるケージの中で、そのリボンを踏まないように移動していた。


　　　❇︎     ❇︎     ❇︎


度重なるストレスは、着実に3匹を蝕んでいった。
毛をむしりきったミツマメは風邪をひき、
栄養をとっていなかったニマメも衰弱していたのであっけなく感染していった。
せめてダイズには感染させないよう、モチモチもこらえて近づかないように努めていた。
特に病たぬ食も出さず看病もしなかったので数日後に2匹とも普通に死んだ。


ダイズは動かなくなった姉妹達の亡骸を、悲しそうな表情で見つめていた。
どんな気持ち？ねえねぇどんな気持ち？と本心を問いただしたくて仕方がないのを抑えながら、
「新しい仲間買ってこようか？」
訊いたのは───救いにもトドメにもなる言葉だった。

「…ｲﾗﾅｲｼ」
体育座りの体勢で虚空を見つめていたダイズはこちらを向き、なんとか聞き取れる声量で答えてくれた。
ああ───あんなに寂しそうに仲間を探していたのがずいぶん遠くに感じる。
ゆるやかな孤独死を選び、口数を少なくしていくダイズにとってもいいものを見させてもらった気持ちで別のケージを見た。
実は追加購入した日から、それぞれ同じ条件下で豆ちびたぬき3匹を育てていたのだった。
最初から豆3匹を一緒に育てていれば良かったのにと言われそうだが、そんな事したらこんな興味深い映像は作れなかっただろう。

「ｷﾞｭ…ｸﾞｴ…ｱｶﾞ…」
普通のたぬきのおもちゃにされ、手足をびろんと伸ばされている豆たぬきがいた。
もちろん無理やり伸ばしたせいであちこちが千切れ赤い血が染み出していて、ぺらぺらの手足では立ち上がる事は叶わない。
「願い通り大きくしてやったし…」
「それでもたぬきの方が大きいし…あわれなやつだし…」
ニタニタ笑うたぬき達が、立てずに仰向けで涙と血を流す豆たぬきを見下ろしていた。

“ﾀﾞｲｽﾞﾓｵｯｷｸﾅﾘﾀｲｼ…ｽﾞﾙｲｼ！ｽﾞﾙｲｼ！”
と癇癪を起こして喚き立てたのがきっかけだった。
見かねたたぬき達はそれぞれ両手と脚をもってやり、わっせしわっせしと引っ張り始めた。
“のばすし…ダイズのばすし…”
“ｲﾀｲｲﾀｲｲﾀｲｼｨ！ﾔﾒﾃｼｨ！」”
“やめないし…まだまだ全然ちびのまんまだし…”
“ﾔｧーーーーーー！”
“こいつ必死でおもしろいし…”
“ぶちぶちいうの楽しいし…”


大きさに差が生まれ始めた頃から、このケージは不穏な空気が存在していた。
“ニマメ達の方がからだ大きいし…たくさん要るし…”
“オマエのオヤツもよこせし…”
“ﾔ、ﾔｧｧｼ…ｺﾚﾊ、ﾀﾞｲｽﾞﾉ、ﾀﾞｼｨｨ…”
必死に両手で抱えていたが、1匹に両腕を掴まれるといとも簡単にビスケットはダイズの身体から離れた。
もう1匹のたぬきが、ビスケットを両手で持ち上げる。
大好きなオヤツを奪い取られ、ぴょんぴょんと飛び跳ねるダイズ。本当に大して浮いていない。
“ｶｴｼﾃｼ…ｿﾚ、ﾀﾞｲｽﾞﾉﾀﾞｼ…！”
“取れるもんなら取ってみろし…”
“手が届いたら返してやるし…”
“ﾑﾘﾀﾞｼ…ﾔﾀﾞｼｨｨ…！”
背伸びをし、さらに届かなくして無理難題を押しつける2匹のちびたぬきの露骨ないじめ行為。
意を決して体当たりをかけても大した衝撃はなく、ぼよんと跳ね返された。
“ｶｴｼﾃｼﾞｨｨ！ｿﾚ､ﾀﾞｲｽﾞﾉﾀﾞｼｨｨーーーー！”
どうにもならない身長差を前にダイズは仰向けに寝転んで、ちたぱたと泣き叫ぶ。
こちらのダイズはオレンジのリボン、ニマメは紫のリボン、ミツマメは緑のリボンをしっぽの先につけていた。


「ｱ……ｱｯ…ｷﾞｨｨ……」
あのままだと豆たぬきはもう長くはないだろう。
赤いリボンのダイズ達の関係性を見た後だとあまりに一般的で腹が立つので豆たぬきが死んだらコイツらも処分しようと思う。



もうひとつのケージでは、豆たぬきを抱っこするたぬきと、口元に片手を当てながら横から羨ましそうに見つめるたぬきという構図が見られた。
「ちびはいつまでもちびでかわいいし…」
「次はたぬきに抱っこさせてほしいし…」
「待つし…もうちょっと揺らすし…」
「ﾀﾞﾇｩｩｩーーー！ｷﾞｭｳｳｳーーーー！」
初めのうちは赤リボンのダイズ達と同じように仲の良い姉妹か仲間か、といった関係性だった。
しかし成体になり大人の精神性が芽生えた普通たぬき達は、ちび欲求を満たすための擬似ちびとして豆たぬきを扱った。
豆たぬきは不服らしくイヤイヤと手足を振り回してジタバタしようとするが体格差が大きすぎて脱出は叶わない。

「ﾔﾒﾙｼ…ﾁﾋﾞｼﾞｬﾅｲｼ…！」
「どう見てもちびだし…」
「たぬき達の方が大きくなっちゃったし…」
「ﾜﾀｼﾉﾎｳｶﾞ、ｵﾈｴﾁｬﾝﾀﾞｼ…！」
「こいつ、ちびのくせになまいきだし…」
「待つし…なまいきなのがかわいいし…よしよし…」
「ｺﾄﾞﾓｱﾂｶｲｽﾙﾅｼー！ﾀﾞﾇｩｩｩｩ！」
こちらは別にいじめられたりしていないが、もちろんこの豆たぬきもすっかり大人なのでちび欲求も存在するだろうし子供扱いされる事への精神的負荷は計り知れないだろう。

こちらはピンクのリボンを結んだダイズと、水色のリボンを結んだニマメ、黄緑のリボンを結んだミツマメの3匹だった。

「ちびに勲章もらうのは、たぬきだし…」
「いいやたぬきだし…」
「ﾁﾋﾞｼﾞｬﾅｲｼｨ！ｱｹﾞﾅｲｼｨ！」
「またまたそんな事言って…し…」
「照れかくし…」
ここのダイズは特にお姉ちゃんぶっていたのでその反動かもしれない。
ダイズという名前があるのに呼ばれず、ずっとちび呼ばわりされるのが苦痛らしかった。
仰向けで手足をジタバタさせながら無理やり食事を口に運ばれたり、ぬいぐるみのように抱きしめられたり、脇腹を持った状態で手足をジタバタさせられたり───尊厳を破壊されているのはむしろこちらかな、と思う。
末永く存続しそうなのはこのケージだが、豆たぬきが世を儚んで自殺する可能性が考えられる───と思っていたら案の定、数日後にちぎった自らのしっぽを口に詰め込んで豆たぬきは死んだ。
自分より遥かにでかい図体に四六時中囲まれ、自由を奪われる恐怖に耐えきれなかったらしい。

「ちび…どしてし…」
「やだし…まま置いていっちゃ、やだし…」
ションボリ顔の乾いた死体を抱き上げ、こちらもションボリしている2匹のたぬきがぽろぽろと涙をこぼす。

ただのお人形ではなく、生きた豆たぬきを本心から可愛がっていたらしかった。
しかしそれは大いなるすれ違いによりこのような悲劇を生んだ。
ここの豆たぬきも、ずっと姉妹と仲良くしていたかったのだ。
ただお姉ちゃん風を吹かせて、小さな群れのリーダーであり続けたかった。
成長性の違いによりそれは叶わぬ夢と潰え、ちびの代替品として扱われ続けた日々は自尊心をひどく傷つけた。
自分の手で食事を口に運ぶことも出来なかった豆たぬきは、死してようやく自由を手に入れたのだった。

どれだけ自分達の分のたぬフードやオヤツを豆たぬきの遺体の周りに置いてやっても、飛び起きて喜ぶ事はない。
「ちび…ちびぃ……」
「さびしい…し…」
ちびロスに陥ったたぬき達も後を追うように弱り、やがて動かなくなった。

豆たぬきをいじめていたたぬき達は、豆が死んだので手足としっぽをもいで立てなくして放置していたら遠くに置いたエサ皿まで辿り着けずに死んだ。

なんと最初の豆たぬきが最後まで生き残ってしまった。
首を捻って燃えるゴミでいいと思っていたコイツが、こんなに愛おしく思えるとは。
他ぬきの遺体は全てきちんと燃えるゴミに出しておいた。

さ、後で動画を編集してたぬチューブにアップしよっと。
そうしたら３つともあのダイズに見せてやろう。
図太いとされる豆たぬきの精神がどこまで耐えられるのか。
ケージの中を見やると、首を振りながらﾔﾀﾞｼ…ﾔﾀﾞｼ…と両手で顔を覆うその姿は───連れてきた時よりもひどく矮小に見えるのだった。

傍らにはいつの間に自分で引き寄せたのか、ほつれた赤いリボンが置かれていた。

オワリ
