


「循環」

「たすけてし…おみず…ほしいし…」
肌をカサカサにした1匹の乾燥たぬきが、這いつくばりながらも手を伸ばして助けを求めています。
その手の先には、これまた1匹のたぬき。
じょうろを持って、何も言わず佇んでいます。
助けてあげたくても、じょうろの中は空なのか、ただ黙ってじっと見つめていました。
「なんでし…ひどいし…ﾀﾇｩ…」
見捨てられたと察して、死にかけたぬきは極限までションボリして、息絶えました。
特に何か感情を表すでもなく、傍観たぬきは持っていたじょうろをその場に置いて、両手でたぬきの死骸を引きずっていきます。
まだあたたかさを残した泣き顔が土に汚れ、あちこちに擦り傷が作られていきますが、
サディストのたぬきなんでしょうか。


「…よいし、よいし…」
流石に同じぐらいの背丈の同族は重いのか、時々休みながら引きずっていきます。
死にかけたぬきと出会ったのは公園の近くの道路で、辿り着いたのは公園の木々が並ぶ土の上でした。
ここ数日、夜に雨が降っては昼間は晴れていたのでいい感じにふかふかでした。
「ここはいい土だし…ここにするし…」
どこからか持ってきたスコップでやわらかい土を掘り返し、時間をかけてたぬき1匹分が入る穴を作り上げると。
同族の遺体を穴に落とし、すぐに土を被せていきます。
穴の中に同族を埋め終えると、先程の場所まで戻って取ってきたじょうろから水を注ぎます。
両手をモチモチとあわせたら、やり遂げた様子でトボトボ…と歩いてどこかへ行ってしまいました。
お水は持っていたんですね。
やっぱりサディストのたぬきなんでしょうか。


次の日には、なんとすでに芽が生えてきていました。
植物としては異様な成長速度です。
たぬきはじょうろから水を注いだ後、モチモチとした手を伸ばして芽に触れます。
「ションボリがうつったし…」
心なしか晴れやかなションボリ顔で、たぬきが呟きました。
たぬきからションボリを直接補給していたようです。
だからあんなに、成長が早かったんですね。
生えてきたのは、たぬ木の芽でした。


たぬきのションボリを受けて、小さなたぬ木は育っていきます。
周囲のあらゆる生き物のションボリを吸って育つ巨大な自生たぬ木は、誰かに世話をしてもらわなくても勝手にどんどん大きくなっていきます。
しかし、たぬきがたぬきを植えて育てる栽培たぬ木は成体たぬきと同じぐらいの大きさしか育ちません。
その代わりたぬきのションボリを直接、たくさん与えるほどに成長は早まり、実をつけるのも早くなるそうです。


たぬ木から離れている時、たぬきはどうしているんでしょう。
たぬきは、当てがあるのかないのかトボトボと歩き続けています。
「ｷｭ…ｷｭｳ…」
「ｷｭｴｴｴｴﾝ！まま、おきてしぃ！」
車道の上で、2匹のちびたぬきが鳴いています。
ちび達が泣きながら必死にゆすったり、モチモチしたりしている親たぬきの姿は。
仰向けに倒れていて、正中線上がつぶれて凹んでいました。凹んだ箇所にはタイヤ痕が刻まれていて、ジタバタしているうちに轢かれたのだとわかります。
周りにいるちびは、たまたまタイヤに触れなかっただけのようでした。
どう見ても親はもうだめで、早く助け出さなければちびも同じように、あるいは丸ごとぺちゃんこに轢き潰されることでしょう。
たぬきは敢えて見て見ぬフリをして、その場を後にしました。
もちろん車が往来する道路へ飛び込む危険も理由の一つですが、
明らかに死んでいるのにあれほど親に固執するちびを移動させるのは難しいと悟ったからでした。
助けて懐かせる事が可能であれば、たぬ木を育てるよりも手間がかからず、たぬきにとっても楽なのですが、どうしようもありません。
よしんば助け出せても、育児拒否をされて結局は衰弱死する可能性も見えていました。
たぬきの判断はとてもドライに見えますが、内心では非常に心を痛めています。
「しかたがないし…このションボリは無駄にしないし…」
これも、たぬきからすればションボリを集めるためのようです。
後方からはそのうち鳴き声が聞こえなくなったので、あのちび達も危険を感じて親の元を離れたのでしょう。
あんなに幼いちびでは親を亡くしてその後どう生きていくのかたぬきには想像できませんし、
振り返れば中央が凹んだ死骸の周りに飛び散った新鮮な血と肉片が見られたのですが、たぬきは振り返りませんでした。


トボトボ…と川沿いの土手を歩いていると、夜中に降った雨の影響で土の上には濁った水たまりができていました。
たぬきは頷くと、わざと泥水の水たまりに飛び込んで全身を汚し、しっぽを濡らしたりしています。
「これで今日の分のションボリは溜まったし…しっぽも濡れたし…」
再び栽培たぬ木の元へと戻っていきました。
このたぬきはこうして、自分や同族の苦しい状況からションボリを集めているようです。


翌朝、たぬきが栽培たぬ木の元を訪れると。
その枝の先には実がなっています。
実はみっつでした。
「少ないし…」
たぬきは不満そうに漏らしました。
全てがちびたぬきとして生まれられるかは運次第なので、たぬきからすれば少ないようなのです。
あれほどのションボリを与えても、これだけかとガッカリしているようでした。


実がついてからは、水を補給しに行く時以外は実が大きくなるまで、たぬきは栽培たぬ木の側で座り込んで見守りました。
ちびが食べられそうな葉っぱなどを傍に置いて、自身は水以外口にしません。
わざとお腹を空かせる事で、自身のションボリをたぬ木に与えています。
ここからは実が落ちるまでの間、ションボリを絶やさないようにしながら、たぬ木を守らねばなりません。
守るといっても、たぬきに攻撃能力は全くありませんのでカラスや他所のたぬきに持ち去られないよう見ているだけです。
ここでも、たぬ木からちびが生まれるまでいかに運の要素が絡んでくるかお分かりでしょうか。

眠気とも戦いながら、じーっと栽培たぬ木を見つめ続けていると。
そのうち、実がぐらぐらと揺れはじめます。
たぬきは手を出さずにその時を待ち、息を呑んで見守り続けました。
ゆりかごの様にぶらぶらし、実の重みも手伝って、たぬ木の実は３つとも無事地面に落下しました。
衝撃で割れた実の中から、ちびたぬき達が果汁に濡れて姿を現します。
「ｷｭｳｳﾝ…ﾌﾟﾙﾙｯ…」
「ｷｭｷｭ…ﾍﾟﾛﾍﾟﾛ…」
外気を存分に吸いながら、まわりの果肉や果汁を啜ります。
「ｷｭｳ…ｷｭｳ…♪」
「ｷｭｯｷｭ♪」
生まれてはじめてのごはんに、“おいしいし！”や“うれしいし！”といった喜びの声をあげていました。
服を着ているので、実の育成には成功していたようでした。
服を着て生まれてこられるかどうかも、運の要素が大きいのです。
もし服がなければ、何らかの手段で親が確保してやらねばならないのでした。
服のないたぬきに、明るい未来はありません。
感情が死んでるようにしか見えない、このたぬきもこれにはほんのり口角をほころばせます。
ところが、ひとつだけ中からちびが出てこない実がありました。


「ｷｭ…ｷｭ…」
弱々しい声だけが聞こえてきます。
たぬきが覗き込むと、落ちた実のうちのひとつは未成熟なままでした。
他のたぬ木の実の揺れにつられて落ちてしまっただけのようです。
未熟児ちびはまだ身体が出来上がっておらず、果肉と身体が溶け合っていました。
余裕があれば、この状態で水やたぬ木の果汁を与え続ければやがて手足も形成されるのですが、未成熟な状態で外気に触れた場合、バイ菌やホコリにやられて何らかの病気を抱える可能性があります。
野生において、そのハンデはあまりにも大きすぎました。
たぬきはため息をついて、家族が生き残るための判断に従います。
「…しかたがないし…」
たぬきは未熟児ちびの口をモチっとした手で塞ぐとそのまま抑え続けました。
まだ手足が出来上がっていない未熟児ちびは何の抵抗もできず、
“どしてし…まま…どしてし…”といった意味の悲鳴すらあげさせてもらえませんでした。
やがて動かなくなった未熟児ちびを内包していた実を、無事生まれた2匹のちびに与えます。
「これをたべて大きくなるし…」
「ｷｭｯｷｭ♪」
「ｷｭｳｳ〜！」
追加のごはんの登場に、自分の周りの果肉を食べ終えた2匹のちびは喜んで、姉妹になれなかったモノをぺちゃぺちゃと貪りました。
通常、同族を喰らうたぬきにも明るい未来はありませんが、まだほとんど果肉なのでセーフ判定との事でした。
結構、いいかげんですね。

ごはんの後は、身体を拭くついでにモチモチしてやります。
生まれた直後のモチモチは単なるスキンシップではなく、たぬきの身体についている菌に身体を慣れさせるためや、親の匂いを覚えさせるためにも必要な行為でした。
「ｷｭｷｭｳ〜♪」
「ｷｭｯ♪ｷｭｯ♪」
ちび達はこのたぬきをすっかり親だと認識し、甘えた声をあげてほっぺを親の手にすりすりしています。
ちびのほっぺはプルプルで、親たぬきはくすぐったい感触をしばし味わいました。
お腹がいっぱいになって、モチモチもしてもらえて。
この世に生を受けた事を存分に祝福されたちび2匹は、親たぬきに体重を預けて眠りこけました。
まだ小さすぎるのでしっぽがあまりに短く、しっぽを抱いて丸まることも出来ません。
「このちび達も、すぐにションボリしちゃうんだし…」
でもそれが、たぬきという生き物なのです。
他の生き物のションボリを吸って生まれ、その身に纏うションボリの総量でそのたぬきの寿命が決まります。
生きるために、たぬきという種はションボリし続けることを強要されていました。
自然界のシステムにすら虐められている気がして、たぬき達は度々みじめな気持ちにさせられます。
でもそうする事が、たぬきが種を残す方法だから仕方がないのです。
本能的にションボリを受け入れているこの親たぬきは、ジタバタする元気もありませんでした。

まだこの世の穢れも、ションボリも知らぬちびたぬき達。
親たぬきは見た目にはいつものションボリ顔でしたが、無事生まれてくれたちびたぬき達のかわいさに、いたく感動していました。
2匹は聞き分けがよく、いいたぬきに育ちそうでした。
ションボリさせるのがもったいないぐらい、素直な子達です。
「ｷｭｳ、ｷｭｯｷｭ！」(まま、あそぼうし！)
「ｷｭｷｭｳ〜…」(しっぽ撫でてほしいし〜)
「わるいたぬきほど、周りのたぬきやちびをたくさんションボリさせるし…」
皮肉にも、その方がたぬきはたくさん増えそうです。
けれどもその場合、成長しきれなかったり群れを全滅させてしまったりするのでしょう。
ションボリしながらも、なるべくいいたぬきになれるよう、親たぬきは愛情をもって接していました。
「よしよし…今日もモチモチするし…」
「ｷｭｳｳ！」(わーいし！)
「ｷｭｯｷｭ♪」(もっとモチモチしてし♪)


幼すぎるちび達はまだ連れ出すことも叶わないので、少し掘った穴に寝かせ、枯葉を集めたベッドで覆い隠してごはんを探しにいきます。
しばらくは口移しで食べさせたり、すり潰した木の実などを頬に塗りたくって吸わせる日々が続くでしょう。
もう少し大きくなれば虫の捕まえ方や、木の登り方などを教えてあげたり、
他のたぬきとの接し方、人間世界のことなども伝えていかねばなりません。
忙しくとも、充実した日々は親たぬきのたぬ生でもっとも豊かな時間となるでしょう。
しかしこのたぬきの1番の目的はーーー。



「この辺りはションボリが多くていい土地だし…」
たぬ木を育てるのにも、たぬきを育てるのにもションボリは必須でした。
この街はどこか陰鬱としていてたぬきには冷たく、ションボリには事欠きませんでした。
けれども、そんなにションボリしているということは。
ションボリしたくなるような出来事があちこちに転がっていることの証明でもありました。
親たぬきが戻った時、帰りを待つちび達は。
たぬきもどきに食い殺された後でした。


枯葉のベッドは雑に掘り起こされ、あちこちに撒かれたおびただしい血の跡や肉片が親たぬきを出迎えます。
犯たぬであるもどきは生まれたばかりのちびに暴虐を尽くした後、どこかへ去ってしまったようでした。
ちび達を殺したもどきは食事目的というより、いたぶって楽しむタイプのもどきだったようで、あちこちを食いちぎられた胴体とは別の子の、涙の跡が残った首が片方の頬だけ齧られて残されています。
他にも足やしっぽなど、食い残しのかけらが散乱しており、
他にはちび達を消化したのであろう糞だけが残されていました。
未消化の服が混じった糞を、じっと見つめます。
「………し…」
短く鳴いて、その目にはうっすらと涙が滲んでいました。
まだ喋るところも聞いていない幼い命が、はかなく散らされてしまった事は、感情が死んでいそうなたぬきにも大きな動揺を与えました。
しばらく小刻みに震えて立っていましたが、あまり長居をしているともどきに襲われる可能性があります。
親である事を奪われ、ただの“たぬき”に戻ったたぬきは、僅かに残された、ちびだったものを抱え上げました。
もしかしたら、あの栽培たぬ木が別な実をつけているかもしれない。
力なく歩きながらも頭を切り替えて、たぬきは再び親たぬきになれる一縷の望みに賭けました。
たぬきが、ちび達の実をつけてくれた栽培たぬ木の元へと戻ってくると。
「あ…ないし…」
そこには、ぽっかり空いた穴しかありませんでした。

引き抜かれ、持ち去られた栽培たぬ木は遠くの山へと持ち運ばれ、週末キャンパーの手で焚き火にくべられていました。
いくつか膨らみはじめていた実もろとも、パチパチと弾ける火に炙られて火力を上げる一助にされています。
一部のキャンパーしか知らない事ですが、油分を含むたぬ木はよく燃えるのです。
もちろん、ちびを形成しはじめたばかりの実も。


ある意味我が子とも言えるたぬ木の喪失に泣き叫んでジタバタでもするかと思われましたが。
「…このションボリで、またたぬ木が育つし…」
たぬきはションボリ顔のまま、我が子の肉片とじょうろを携えて何処かへと歩いていきました。
きっと何処かでまた、この死骸を埋めてたぬ木を育てるのでしょう。
いつか自分が死んだ時、その死骸を基に立派なたぬ木を栽培してくれる子供を求めて。
たぬきは彷徨い続けるのでした。


オワリ
