　
No.51「箱入り」

たぬき回収BOXというものが、この街の至る所にはある。
街の景観維持のため設置されたそれは、ポップしたばかりの野良たぬきや、不要になった飼いたぬきを入れるためのモノだった。
単に緑色のゴミ箱で『たぬき以外入れないでください』───としか書かれておらず、当然たぬき達は同族が泣いてジタバタしながら入れられていく事に恐怖した。
街の野良たぬき達は、あの箱の中に入ったらきっと良くないことになるに違いないしと警戒心を強めていた。
だが、その様子をコッソリ眺めているところを見つかればすぐに箱の中に押し込まれていったのだった。


たぬき回収BOXにもいくつか種類がある。
そのうちの1つ、通称ちびボックスと呼ばれたそれは───単に投降口がちびたぬきしか入らないサイズの箱でしかない。
ポップするたぬきはちびばかりなので、道端で発生したちびを回収するのが主目的だ。

外面にはニッコリ顔のちびたぬきが描かれており、たまたま成体たぬきでも背伸びをすればちびを入れる事ができる大きさというだけで、
一度入れたら手を突っ込んでも取り出すことは叶わず、中の様子は見えないので当初は回収BOXと同じようにたぬき達に警戒されていた。
しかしそこに更なる偶然が重なる。
その時回収されたちびたぬきは数が少なく、放り込まれてから時間も経っていなかったので全てが生きていた。
またポップしたばかりで親とも出会えていないちびが、不幸にも言葉を喋れたため回収業者に対して、
「ｷｭｳﾝ♪ｷｭｳﾝ♪ｱﾘｶﾞﾄｼ♪」
と、自分を育ててくれるのだと勘違いして感謝の言葉を述べていた。
業者もどうせ長くはないのだからとその場で握りつぶしたりもせず、黙って右手の中のちびと、左手にはもぞもぞ動く袋をそのまま運んでいったのだ。
「ﾖﾛｼｸｼ♪」
勘違いしたままのちびが嬉しそうに連れていかれたのを見た野良たぬき達は、
「見るし…あの箱に入れたちびは、飼ってもらえるんだし…」
厳しい冬場の子育てから目を背けるように、頭たぬきな思い込みを始めた。


その後も道行く人間達が次々とちびを放り込んでいくので、
「うちのちびも入れるし…」
「せめてちびだけでもしあわせになって欲しいし…」
「ちび…ばいばいし…」
と、背伸びをしながら両手で掲げた可愛い我が子を何の躊躇いもなくちびボックスへと放り込んでいった。


「…ｷｭ！？」
「ﾏﾏ…ﾄﾞｺﾀﾞｼ…？」
「ｷｭｳﾝ…ｷｭｳﾝ…」
「くらいし…なにも見えないし…」
「ｳｳｳ…ﾏﾏｧ…」


突然、真っ暗な箱の中に放り込まれたちび達は、わけがわからず泣いていた。
あたたかな親の腕から引き離され、寂しくてジタバタしていたちびの上に、中の様子など知らない他ぬきが放り込んだちびが次々落下していく。
「……ｷﾞｭ！？」
暗闇の中で、自分と同等かそれ以上の重さのちびたぬきが高さと速度を得て降り注ぐ。
なんの受け身も取らぬまま全くの無防備なちび同士が激突すればモチモチお肌も意味を成さず、打ちどころの悪いちびは即死、あるいは半身不随となって箱の中を過ごす事となった。

ちび達は恐怖に怯えながら、必死になってたぬき玉を形成する。
それでもぶるぶると震えは止まらず、仲間のモチモチとした感触だけを頼りに、箱の中から出してもらえる時間を待ち続けた。
当然、そんな時間は訪れない。
それでもその上から容赦なくちびが落ち続け、やがてちびたぬき山が出来上がっていく。

「ｷﾞｭ…ｷﾞｭｴｴ…」
「ｷﾞｭｳｷﾞｭｳ…ﾀﾞｼ…」
「ｲﾀﾞｲｼﾞ…」
「おも…いし…」　

もはや下段のちび達は押し潰され、内臓や血を吐き出してゆるやかに死へと近づいていく。
回収業者が来るまで、この苦しみから解放されることは無い。

「ﾀﾞｼﾃｼ…ﾀﾞｼﾃｼ…！」
「ﾏﾏ…ﾋﾄﾞｲｼ…」
「ちびのともだち…うごかなくなったし…」
「ｷｭｯｼ…ｷｭｳｳｳｯｼ…！」
「ｷﾞｭｳｳｳｳｳ！ﾀﾞﾆｭｳｳｳｳ！」

死体と共に嘆きながら、なぜ捨てられてしまったのかわからないちび達は親への恨みと悲しみの合唱を力尽きるまで続けた。


夕刻となって、回収業者の人間が現れる。
ちびボックス背面の鍵を開け、扉を開いて中の袋を取り出す。
袋の中は見えないが、みんな静かになっているので安らかに眠っているのだと野良たぬき達は判断した。
「見るし…全員連れて行ってくれるんだし…」
「入れてあげてよかったし…」
「ちび…元気でし…」
その先に何が待っているのか知らぬまま、野良たぬき達は袋に向かって小さく手を振り続けていた。


数日後、野良たぬき達が子供を箱の中へ投げ捨てていく様子を目撃した他のスラムの野良たぬきはビックリして飛び跳ねた。大して飛んでいない。
だが、事情を聞いてみればどうやらちびのためとの事だった。
ちびがかわいくて拾ってみたものの、育児の過酷さや面倒くささに心が折れた野良たぬきもいれば、本心から幸せを願って自分よりも能力の高い人間達に育ててもらおうと考えている野良たぬき達もいたので、都合の良い解釈に基づいた説明がなされた。
「ふむふむし…なるほどし…そうなんだし…」
「みんなに教えなきゃし…」
この件を発端にして、野良たぬき達の間で噂が次々と広まっていく。


───あの箱に入れたちびは、嬉しそうに人間に連れて行かれたし。
───きっと飼ってもらえると言われたに違いないし。
───あの箱はペットショップとかに通じているのかもしれないし。
───あの箱に入れたちびは、人間に飼ってもらえるらしいし。
───あの箱にちびを入れれば、大人になるまで育ててもらえて、勲章を持って帰ってくるんだし。


という風に、伝播していく情報はたぬきの願望も入り混じり伝言ゲームの様相で変化しながら街中のたぬき達に伝わっていった。

「これがほんとの箱入り娘ってやつだし…」
「それ何し…？」
「なんか…箱に入れるぐらい大事に育てられてる女の子をそう言うらしいし…」
「物知りたぬきだし…」
「まさにあの箱に入ったちび達もそうだし…」
「どんどん入れるし…」
「ﾏﾏ…ﾊｲﾘﾀｸ、ﾅｲｼ…」
「ﾁﾋﾞﾓ…ﾏﾏﾄｲｯｼｮｶﾞ、ｲｲｼｨ…」
「わがまま言っちゃダメし…お前達のためなんだし…」
あの箱からいやな感じがする、と感覚の鋭いちびや単純に親離れできないちび達がぐずっても、野良たぬき達は根も葉もない噂を信じて我が子を放り込み続けた。


ついに野良たぬき界隈の噂は、
───ちびをたくさんあの箱に入れたら、勲章もらえるらしいし。
というところまで行き着いていた。


「あっ…ちびだし…入れてあげなきゃだし…」
「ｷｭｳｷｭｳ…ｷｭ？ｷｭｳーーーー！」
ポップしたばかりのちびは生まれてすぐにモチモチすらしてもらえず、訳のわからぬままたぬきの手でちびボックスの闇の中へと落とされていく。

「よしよし…おまえも楽園に行くし…」
果ては生まれる直前にぶらぶら揺れ始めた、たぬ木の実そのものを箱に放り込む野良たぬきまで現れる始末だった。



ここ最近、ちびボックスに入っているちびたぬきの数が爆発的に増加しているとの報告があり、回収業者達は朝夕2回の回収でも追いつかず、その日も回収業者は次の回収地点へと急ぐため、鍵を開けて袋を取り出していた。
「あのっ…うちのちびを、よろしくお願いしますし…！」
おじぎをしてくる野良たぬきに、何だこいつと訝しげな視線を向けながら回収業者は特に何も言わず袋を担いで去っていった。
むふー、と鼻息を鳴らした野良たぬきは満足げにその背中を見送る。
2人とも元気に育ってくれるといいし。
生まれてからうんちしか食べさせてあげられなかったけど、人間に飼ってもらえるならきっともっと美味しいモノを食べられるはずだし。

「…そこのたぬき、ちょっと手伝って欲しいし…」
唐突に声をかけられ、子を見送っていた野良たぬきは現実へと立ち返った。


「んしょ、んしょし…」
たぬき回収BOXの前に何やら持ってきたガラクタなどを積み上げ、登っている野良たぬきが、声の主だった。
投降口に入ろうとしているが、少し頭が大きいので苦戦しているようだった。

「何してるし…？」
「たぬきも入るんだし…」
「えっ何でし…？」
「あの箱に入れたちびが飼ってもらえるなら…たぬきもこの箱に入ればしあわせになれるはずだし…」
「そうかし…？そうかもし…」
ついには自ら進んで回収BOXに身投げするたぬきまで現れ始めたのだった。
当初の疑念など、何処かに吹き飛んでしまっていた。
回収業者達からすれば想定外だったが、街の野良たぬきがどんどん進んで入ってくれるならば止める理由は１つとしてなかった。


もしかしたら、たぬきもちび達とまた会えるかもしれないし。
入ろうとしていた仲間を手伝い、お尻を押し込む勢いで自らも回収BOXに入り込んだ野良たぬきは、そんな期待を抱いて箱の中へと落下した。
お尻をしたたか打ちつけ、しばしの間手足を振ってジタバタしていた。

箱の中は暗かったが、投降口からはわずかに外の光が差している。
この野良たぬきは、視力のいいたぬきだった。
まぶたをごしごし擦った後に、微かな明かりを頼りに目を凝らしてみると。
次第に暗闇に慣れた目が捉えたのは、黒い塊。
見覚えのある、シルエット。
壁に寄りかかって死んでいる仲間の姿だった。


言葉を失った野良たぬきは、もぞ…もぞ…と動く音と共に、
「だし…だじ…」
仲間の小さな嗚咽を聞いた。

「聞いてないし…なんでみんな死んでるんだし…」
「誰だし…この中に入れば幸せになれるって言ったの誰なんだし…」
「おなかすいたし…」
「首曲がったし…いたいしぃ…手当てしてしぃ…」

一緒に入った野良たぬきが喋り始めると、まだ生きているたぬき達が呼応するように呟く。
皆一様に、入ってしまったことを悔やんでいる様子だった。

まさか、まさか、まさか。
この箱の中がこんな風になってるなんて思わなかった。

これじゃ、自分達が入れたちび達も───恐ろしい想像が野良たぬきの心をざわつかせた。

焦る野良たぬきだが、脱出の算段などつくはずもなく。
やがて回収時間となって袋ごと取り出され、トラックに詰め込まれた後は狭い思いをしながら揺られて運ばれた先は、たぬき下処理工場の製造ラインだった。

ブシュッ、と音がしたと思ったら、袋の中にガスが注入されていた。
たぬきのションボリと結合して神経麻痺を起こす駆除用のスプレーだった。
袋から取り出され、ベルトコンベアに載せられた仲間達は突っ伏していて、動く気配はない。
野良たぬき自身も、わずかに身を震わせるに留まっていた。

ベルトコンベアに載せられる順番を待つたぬきの視線の先では───動かないたぬき達が脱毛マシンで服を剥ぎ取られ毛をむしられ、毛焼きマシンで残った毛を燃やされ、洗浄マシンで洗い流されていく。
その先の終着点で待ち構え、物騒で不快な音をさせていたのは、たぬき肉加工用のミンチマシンだった。
物言わぬ仲間達がグチャグチャに轢き潰され、ピンク色のミンチ肉にされていく。

「あ…あ…し…」
自分達が入れたちび達も───ああなってしまったのだ。
帰ってきた者が誰もいないから、運ばれた先の事など考えてもみなかった。
否───目を背けていた。
最初は、警戒していたはずなのに。
誰かが言い出した甘言に、誰もが騙されて。
自らの手で、愛するちびを元の姿など微塵も残らぬお肉にしてしまっていた。

ジタバタする事もできず、ベルトコンベアに載せられてしまった野良たぬきは「やだし…」と心の中でつぶやいて、後悔に苛まれながら残り短い命を運ばれていった。


そして今日も、何も知らないたぬき達の手で、ちびボックスにちび達が入れられていく。
また我が子を放り込んで満足した後は、
「いってくるし…ばいばいし…！」
意気揚々と新天地を目指すような気分で自らもたぬき回収BOXへと入っていく。


生まれては箱に落とされ、また生まれてを繰り返して。
それでも、街からたぬきが消える事はなかった。

ガチャン、ゴトン。
「ｷｭｳｳｳーーーｯ！？」


オワリ