四季の終わりを告げる冬が到来し、次に来るは命芽吹く春の兆し
寒い日々を送り続けて三月に差し掛かる頃、肌寒さのある風こそはあれど日中であれば日差しの影響もあって段々と暖かくなる時期だ
たぬきは10月の半ばから冬ごもりに入り、それでも多くのたぬきは年度を超える事すらできずに次のリポップに旅立つ
しかし逆に言えば年度を超えるほどのたぬきであれば冬を越せるだけの知識と経験のある個体や群れがほとんどだ
少しだけ暖かな日差しを受けながらのんびりとしているスラムのたぬきたちがまさにそれであった

「ふぅ……まだひんやりするけど今日はマシだし…」
「ここの日差しが良い感じだし…尻尾もふわふわになるし…」

一般的な野良のたぬきであれば全裸であるか、もしくは薄汚れた服であることが多い
しかしこのスラムのたぬきたちは全身を熊の着ぐるみのようなものを着ているため、暖かそうな恰好をしていた
人間に飼われた飼いたぬきが着るようなくるみルフくんのようではあるが、たぬきというのは栄養状況やションボリ具合によってその見た目が少しばかり変化する
栄養状況が宜しくない個体であればモチモチとした肌はガサガサとなり、ポップしてから死ぬまで全裸でいることが多い
しかしちゃんとした栄養を取っていれば子たぬきの頃からいつの間にか服を着始め、特徴的なモチモチ肌は仲間内でも一目置かれる癒しを与える事になる

「もうすぐ春だし…チビたちも冬を超えれそうだし…」
「この経験を次の冬にも生かしてほしいもんだし…私たちもいつお迎えが来るかもわからんし…」

十分な栄養を摂ればたぬきの服はまるで毛皮のように分厚くなり、冬に適した服装に変化する
意味のわからない生態をしているたぬきではあるが、野良の世界で冬を乗り越えられる数少ないたぬきはこうした個体こそが生き残れる
何せ一年を通して死にやすいたぬきだ
たぬき自身もポップするという生態から来る死生観で死はそこまで恐れないが、知識の継承が難しくなれば世のたぬきはチビだらけになって成体まで育つ個体が消滅しかねない
野良の世界で生きるスラムたぬきながらも冬服を生やせるほどの恵まれた環境とてほんの些細な不注意であっさりリポップ先に旅立つのも珍しくない
だからこそ一年二年と生き抜けば、たぬきの知識と経験が貯まるのだからそれは大きな財産そのものだ
数年は生き延びた事でションボリとした顔付きに固定された成体たぬき達の目の前には、同じように着ぐるみのような冬服に包まれた子たぬきたちが追いかけっこをしながら遊んでいる
次なる世代として託すべき存在
ポップという不可思議な生態系だから、自分たちの経験を受け継ぐ後継者作りこそがたぬきの本能であった

「…？なんだか雲が分厚いし…一雨来るんじゃないかし…？」
「雨っぽい匂いはしないけどちょっと不安だし…この毛皮もいつまで持つかわからんし…」
「し…チビ―！今日はもう戻ってたぬき玉になるしー！」

たぬきとしてそれなりに長く生きてるためか、天候の変化には機敏だ
先ほどまで晴れ模様だったのが段々と空は雲に覆われて薄暗くなり、日を遮る分厚い雲は不安を生じさせる
すぐに遊んでいる子たぬきたちを集め終えるとそれを中心としたたぬき玉となり、巣の中でじっくりと過ごす。これがたぬきの一般的な冬籠りだ
元々毛皮に覆われてるのもあってその温かさは真冬の寒さであっても物ともせず、生存率の高さを大幅に高める
とはいえ中心まで行くと温かいを通り越して熱くなりがちであり、子たぬきたちは無意識にもぞもぞじたばたを繰り返して中心と外側を行ったり来たりしているようだった
そんなチビたちの微笑ましい姿をピクリとも動かないはずの親たぬきたちのションボリ顔が少しばかりニッコリとしながらも春を待ち望む

「むっ…やっぱり雨だし…尻尾も濡れるし…」

たぬき玉の外側にいる一匹は外の様子を伺いながらもやはりポタポタ何かしら降っているのを察した
いくら春が近づこうともそれでも朝方と夜はまだ冷え込む時期だ。そんな時に雨も降れば日中であっても凍えるような寒さになる
それでも子たぬきを含むスラムのたぬき全てが毛皮持ちという恵まれた環境なのだから問題はない
そうした幸運に感謝しながらも欠伸を一つするとたぬきたちは夢の世界に旅立っていった

「……………！？さ、さむ……寒いし！」
「うるさ……ひゅおっ！なんし…！？」

深い眠りに入ったはずなのに、ピクリと気づけば後は全てのたぬきにジタバタしながら伝授した
異常に寒かったのだ。毛皮という守りとたぬき玉という環境にいながらもあまりの寒さに目を覚ましてしまうほどに
例え冬の雨でも耐えられるはずの寒さにたぬきは寝起きという状態でありながら、スラムの外の環境に愕然としてしまった

「雪だし…しかも積もってるし…」

薄汚れたアスファルトを綺麗に覆い隠すほどの白化粧
それは空からの贈り物である、季節外れの雪だった
しかしたぬきにとってはそれは断じて幸せを運ぶ贈り物ではない。むしろ死を予期させる死神そのものだ

「ちべた！歩けんしこれ！」
「バカだし…分かってて足を踏み入れるな…」
「ｷｭｰ…?」

巣の入口が埋まるほどでもないが、少し足を高く上げないと踏み越えられないほど積もっている
その冷たさは下手に踏み込んでも毛皮の足から水気を浸透させて内側へと直にお届けするほどだ
一匹のたぬきが試しに雪の上を歩こうとすれば尻尾も濡れていないのに余りの冷たさにピシリと動かなくなるほどである

「助…けて…し…」
「アホだし…」
「勝手にやってろし…」

それでも見捨てない辺りに元々余裕のある群れだった故か
適当な棒を使って一旦雪の上に叩き落し、ぎりぎりに届く尻尾を掴んで一斉に巣のほうへと引っ張っていく
無論その間に冷たい雪を全身に浴びながら救出されたわけだが死ななければ安い、死んでも安いがたぬきの価値観だ
むしろ命が助かっただけ儲けものである。ジタバタもできないぐらいに体を震わせてその顔は歯軋りで歪んでいるが逆に言えばその程度で済んだわけである

「これ…まだ降ってるし…」
「春も近いのに厄介だし…念のために入口のほうが埋まらないように手分けして雪かきするし…」

スラムの成体たぬきは雪を見ること自体は初めてではないが、ここまで積もるのは未経験であった
しかしながら雪は容易にたぬきの命を奪い、たぬきにとってもどきと同等に恐ろしい存在であるとも認識している
春を目前にしての脅威ではあるが、ここで思考停止をしていては数年もたぬきは生きられない
むしろこの逆境を糧にしてスラムの経験と血肉にする
物資の限りはあれども春が近いからこその時期に雪が積もるという今は、ある意味は好機とも言えた

「ｷｭ……ｷﾞｭｩｩﾝ」
「さむいし…おそとまっくらし…」
「チビ、今日も明日もお外は遊べないし…みんなと一緒にたぬき玉になってゆっくり過ごすし…」

成体たぬきという外側の毛布を失い、子たぬきたちは続々と目を覚ましながらも寒さに身を震わせている
本来であればたぬきは半年もすれば立派な成体となるのだが、冬籠りに入る子たぬきはその全てを生存に一振りにするため、肉体の成長ができない
あまりの環境に成長することに使うエネルギーを生存維持のために使わざる得ないのだ
春さえ迎えればこの子たちはすぐに大きくなり、たぬきの経験を受け継いで生きてくれるだろう
そうした願いを込めながらも成体たぬきたちもたぬき玉に戻り、暖かさを取り戻した子たぬきたちも安息の寝息を立て始めていった

しかしながら春を目前という部分に今まで生き永らえたたぬきの考えを曇らせていた
経験を積む好機という甘い考えは容易に吹き飛ぶ事となる

まず雪は何日も降り止まなかった
例年とは比べ物にならないほどの記録的な大雪であり、その量は手の空いたたぬきたちが雪かきをしても追いつかないほどだった
せめて入り口が完全に密閉されることだけは防いでいるが、それでも一度外に出歩こうならすぐさま雪に足を踏み入れ動けなくなってしまう
加えて寒さも増す一方であり、こうなればどうなるかと言うと体温を維持するためのエネルギーを余計に使う事となる
無論、少しでも温存するために雪かき以外はたぬき玉を作って互いの体温を毛皮で持って維持しようとするがそれでも外側は耐えられないほどの寒気が襲い掛かってくる

エネルギーを補充するための餌とてすでに冬籠りを過ぎて豊富ではない
本来であれば温かくなるこの時期に少しでも食料を調達するはずだったのだ
そうして何日もの満足に食えず、エネルギーを消費し続けていればどうなってしまうのか

「……お前…毛が抜けてないかし…？」
「えっ…あ…ああ！だめだし…まだ早いし…」

たぬきの冬籠り用の毛皮はあくまで十分な栄養の蓄えがあってこその冬限定の姿だ
時期が過ぎれば自然と抜け毛のように抜け落ちていき、例え冬の最中でもエネルギーが尽きれば同様に役目を終えるように消失する
空腹はまだ耐えられる。多少の寒さだってたぬき玉になれば何とかなる
しかしそれはあくまで成体のたぬきの話だ。肉体的に未熟な子たぬきの場合、話は別だった

「ｷｭ…ｷｭｩｩﾝ」
「ﾀﾇｰ…ﾀﾇｰ……」
「きゅうにさむさむし…ちびのちびはもっとおくにくるし…」
「ｷﾞｭｩｩ!」ﾁﾀﾊﾟﾀ

何とか成体たぬきから守られている子たぬきも同様に毛皮が抜け落ちていくものが現れてきたのだ
まだちゃんとした服を得られておらず、毛皮の下が全裸の子たぬきは例えたぬき玉になっても寒そうに体を震わせていく
そうした最も幼い子たぬきをなるべく中心で暖を取るように促すが、今まで毛皮で過ごしてきたためか寒気と全裸の不快感でジタバタが収まらなかった
一匹のジタバタが行えば連鎖的にジタバタが広がっていき、環境の変動で冷静さが失いつつもある成体のたぬきもジタバタを繰り返す

「ダメだし…こんなことしたらもっとお腹減っちゃうし…静かに大人しくたぬき玉になるし…」
「私が外側をやるし…服のほうが分厚いからなんとかなるし…」
「こっちはまだ毛皮が残してるから同じくし…」

今たぬきができることは耐える事以外にできることがない
少ない食料でせめて命だけは食い繋いで雪が解ける日を待つことだけだ
そのためにもパニックで癇癪のジタバタを起こす子たぬきたちをモチモチで大人しくさせて再びたぬき玉を作りひたすら待ち続けた

「さむ…さむし…」
「言うな…余計に……なるし…」
「ごめんし…」「ｷﾞｭｩｩﾝ」

冷え込みは夜になれば更に強くなり、朝を迎える頃には時に一睡もできずに日を拝む事になる
雪は止んだとはいえ、それでも降り積もった雪が解けてたぬきたちが歩けるようになるまで時間がかかる
日中の暖かいはずの日差しを受ける事もできずにひたすらたぬき玉で待ち続けるが、ついに限界を迎える者が出始めて来た

「ｷﾞｭｩ……ﾀﾞﾇｰﾀﾞﾇｰ…」
「あぁ…チビ……チビ………」
「ｷｭｳｩｩﾝ!!ｷｭｩｩｩ!!」
「もう少しで春いっぱいで遊べたのに…残念なチビだし…」

食料はすでに尽き、そうなれば体の小さい子たぬきはどんどん餓死をし始めるようになった
生きてさえいれば肉体こそ子たぬきでもいずれすぐに成体となって後を託せる存在となっていたはずだ

「……さすがに…もう…きついし…たぬきの体を食うし…」
「……残念だし…また会ったら……遊ぶし…」

なるべく外側のたぬき玉を担っている成体も同様であった
すでに毛皮は抜け落ち、服の下は霜焼けのように赤く腫れている
体は常に震えて漠然と痛みはあるのにろくに動けない体はジタバタすら行えず、すでに限界であると察していた
次に眠ったらそのまま次のリポップに旅立ってしまうだろう。そうなればそこにあるのはただのデカい肉の塊に過ぎない
食料が尽きたたぬきにとって死んだ同族は命を食い繋ぐ肉となる。それが野良にとっての常識だ
死んだ子たぬきも潰して肉にしているが、腹は満たせても今度は防寒手段がない状態での寒気との戦いだ

「雪…解けてるのかし…？」
「わからんし…雪かきしようにも雪が固くなってるし…」

たぬきが死んで肉になればなるほど、たぬき玉を行えるたぬきも少なくなり、防寒手段が機能しなくなる
せめて少しでも外に出歩けるようにしようにも入口を塞いでいる雪が半端に溶けてしまい、すでにたぬきの力と道具では崩せない固さとなっていた
まさに八方塞がりと言える状況となり、たぬきたちの顔はこれまでないほどのションボリ顔を晒すことになる
そうしたションボリが引き寄せられ、集まった結果なのだろう
ポンと気の抜けた音と共に小さな子たぬきがポップしてしまったようだった

「ｷｭｩｩ……」
「チビだし…こいつも変な時にポップしたもんだし…」
「まぁ…食い物はあって困るもんじゃないし…」

すでに環境から余裕など一切無くなってしまったたぬきにとって、ポップしたばかりの子たぬきは貴重な食糧兼たぬき玉要因として見てしまうほどだった
日に三匹のたぬきがリポップに旅立てば、その日の内に何匹かの子たぬきがポップする
すでになりふり構わずに出来るだけ玉の中心になろうとする成体も出てきたほどだった

「ｷﾞｭｩｩﾝ!ｷﾞｭｳｩﾝ」
「うるさいし…チビは尻尾で寝てろ…そっちのが温かいはずだし…」
「お前の尻尾濡れてて余計に寒いし…乾かせし…」
「乾かせたら乾かすし…」

何日も何日も巣の中で耐え凌ぐ日々
大事に育てたはずの子たぬきを食らい、一年以上共に過ごしていた同族を食らい、新たにポップした子たぬきも食らっていく
ただ生き延びる
死んでも次のリポップに行くだけなのに、死なないのであればとことん全てを踏み台にしていく生き汚さ
恵まれた環境では見られない、しかし野良の世界であればいつも通りと言えるたぬきの姿がそこにあった

そうして春としての暖かさを迎え、雪は段々と溶けていく
解けた雪は新しい春の芽吹きを咲かせるようになる
巣から這い出るように出て来たたぬきたちの顔は、ションボリ顔の中でも更に、目元が暗くくぼんでいるように見えるほどだった
生き延びたたぬきは成体だけであり、そのほとんどの子たぬきが死に絶えた。スラムを継ぐはずの次世代は全滅したのだ
そして成体もまた、半数以上がリポップに旅立った結果となった。本来であれば毛皮を生やせるほど優秀な群れと言えどもここまで数を減らせば前のような環境を取り戻すのは容易なことではない
何よりも極限な環境を経験したことでたぬきの本質とも言えるドライな気質を思い出した事により、荒れる事はないにしても二度と穏やかな日を過ごせる事もないだろう
後ろを振り向けば同族と子たぬきの残骸が散乱とした光景が目に入る

こんなはずではなかったはずなのに
もう少しで恵みの春が、暖かな日が、続くはずだったのに

未練が絶え間なく頭の中で巡る
口の中では今でも大事に育てた、自分のことを「まま」と呼んだ子の味が残っている
しかしたぬきたちは生き延びたのだから更に生きて、失った者たちの分まで繋いでいかなければならない

ドライな気質を取り戻したためにすぐさま頭を切り替える
ションボリとしながらもようやく訪れた春にたぬきたちは歩き始めたのだった



『こんにちは！天気予報をお伝えします。今日は暖かい一日となりましたね。明日の予報です。明日は朝から季節外れの雪が降るでしょう。夜から強い雪となりますので注意は必要です……以上、お天気をお伝えしました』