『しぉあﾞｺ』



市民公園の奥にある、高さ5メートルほどの樹。
その樹の根元で、その周りの植え込みに紛れながら、たぬきの家族がこっそりと暮らしていた。

＊＊＊＊

「ほら…今日はちゃんとごはんあるし…」
親たぬきが、公園で拾った食べ物を巣に持ち帰ってきた。
「わー！！　ママすごいし！」
「ごちそうだちぃ！」
バンザイして跳ねる、子たぬき2匹。しっかり者の姉と、舌足らずの妹。
ここ数日はダンゴムシとアリしか食べるものがなかったので、大喜びである。
慌てて、親たぬきがその口をモチッとふさぐ。
「こら…ダメだし…大きな声はメッ…だし…」
「ｷｭｩｩﾝ…ごめんなさいし…」
「ｷｭｳ……よろこんじゃだめち…？」
「人間に見つかったら追い出されちゃうし…静かに暮らさないとダメだし…」

公園。
野良のたぬき達がのんびり暮らしているイメージは、もう一昔前のこと。

糞害。
悪臭。
ゴミ荒らし。
交通事故の原因。
ノミやダニの媒介。

市民から苦情が寄せられるにつれ、たぬき達は人間のテリトリーから排除されることとなった。
公園でも、群れは捕獲されて『処分』され、たぬ木は残らず切り倒され……たぬきは、姿を消した。

この家族は、数少ない生き残り組であった。
頬はこけ、毛並みは悪く、肌もカサカサ気味。薄ら汚れており、栄養状態が良くないことを伺わせる。

「ほら…こんなにいっぱいあるから安心するし……」
見つけたのは、箱入りのクッキー。なんと、ほぼ半分が残ったままだった。
こういった幸運も、稀にある。
おそらく、人間が何か急ぎの用事で、食べきれずに捨てていったのだろう。
「タヌウウウン！！！　あまいしいい！！！」
「おいちいち！！！」
甘味など、いつ以来だろう。涙を流す勢いでクッキーに齧りつく子たぬき2匹。
クッキーをいっぱいに頬張り、モグモグと咀嚼する。
「そんなに急いだら喉に詰めるし…ゆっくり食べるし…」
幸せそうな子たぬきの様子に目を細めながらも、親たぬきはため息をついた。

これから冬になる。
今日は良かったが…ますます、食べ物は見つけにくくなるだろう。

以前のように街の生ゴミを漁ろうにも、今ではたぬき対策として頑丈な金網が設置されており、手が出せない。

そして…この巣にも、いつまでもは居られない。
所詮は木陰でしかない。雨風も夜露も、防ぎきれない。
それは、冬になれば死に等しい意味を持っている。

「ふぅ…し…」
親たぬきの悩みは尽きなかった

そのとき、植え込みの向こうから音がした。
ガサガサ
「ん…？　なんだし…？」
バキバキ、と枝を踏み抜く音。

そして、植え込みよりも遥かに背の高い…作業服の人間が現れた。

「ここに居たか」
「……！」
その姿と冷たい口調に、親たぬきの全身に鳥肌が立つ。

公園の仲間達が根こそぎ捕まり、檻に詰め込まれて連れていかれた時のことを思い出す。
たぬき達の懇願を無視して檻を運ぶ、作業服の人間達。
…この人間も、同じ格好だ。

殺される。
「（に…にげるし…！！）」
親たぬきが素早く振り返る。
「みんなにげ

ドチュ

親たぬきの頭部に、人間が振り下ろしたナニかがめり込む。

…程よい長さの棒の先に、V字の金具が取り付けられた、たぬき駆除用の道具。
ほとんど血を流さずに、たぬきの頭部に致命的な一撃を与えることができる。

「ギッッ…！！」
歪むたぬきの脳天。金具が深々と刺さり、たぬきの頭の中身を破壊した。
ぐりん、と親たぬきの両目があらぬ方向に向く。
「ダヌ…」
どさりと、倒れ伏す。

ピクピクと痙攣する親たぬきに、幸せの絶頂にあった子たぬき達が硬直する。
「…ママ…？」
「え…なん…ち…？」
「はいはい、あと2匹ね」
人間が、倒れた親たぬきを足で脇にどける。
その所作が、親たぬきのことが大好きな子たぬき達の怒りに火をつけた。
「ｷｭｳｯ…ママをイジめるなし！！」
「やめろち！！」
親たぬきと人間の間に割って入り、2匹で両手を大きく広げる。
口元にクッキーのカスをつけながらも、いずれもキッと眉をしかめた、勇ましい表情。
胸いっぱいに空気を吸い込み、自分達を大きく見せようとする。

「…やべ………に……し…」
瀕死ながらも、微かに息のある親たぬき。
子たぬきが何をしようとしているのか悟り…逃げて、と必死に呼びかけようとする。
しかし、言葉にはなっていなかった。

「ホイ」
ブン、と振り下ろされる棒。

わずかに狙いが逸れ、姉である子たぬきの右半身を襲った。
ゴッ
あっさりと右肩は砕け、腕がもげてブラブラになった。
「いぢっっ！！！？！？」
子たぬきは自分に何が起こったか分からずに転げる。

「ダヌッ…いぢ……みっ…みぎ…てし！？！？」

身を起こそうとして、右腕がグチャグチャになっていることに気づく。
ボタボタと垂れる血。
「ひしいぃ！！？？！」
頭の中が真っ白になり、その痛みを泣き叫んで訴えようとした刹那。

ドチュ

今度こそ正確に、金具が脳天に直撃する。
小さな子たぬきの頭なので、頭の半分ほどまで金具がめり込んだ。
「し」
それが遺言であった。即死である。
ブシュ、と腕の付け根から逃げ場のない血が噴き出す。

「あーあー、血が出ちゃって…下が地面で良かったよ」
人間が顔をしかめる。
これがコンクリートであれば、掃除までがワンセットでついてくるところであった。

「ち…？」
手を広げたポーズはそのままに、残された子たぬきが呆然と姉の亡骸を見る。
そして、ブルブルと震え始めた。

初めて見る、死。
こわい。

ジョワ、と股間を尿が流れ出した。
「…や……やだち…」

「さて」
人間が、顔を向けてくる。
「だちっ…！」
腰が砕け、尻餅をつく。
「や……やめてち………やだち……やだちぃい……」
「へえ？」
「たっ…たぬき……わるいことしてないち…ぃ…」
「でもなぁ。苦情が来てるんだよなぁ」
その必要もないのに、舌足らずの子たぬきと会話する人間。
「オマエら臭いんだよな」
「くっ……くさくないち…そんなのうそだち…」
「いや、臭いよ」

実際、臭い。水浴びも満足にできぬ野良たぬき。
この子たぬきも、糞尿がシッポの根本にこびりついてキツい悪臭を放っている。

「じゃあな」
ス、と棒が持ち上げられる。
「ひっ…ちぃい！！　……やめてち……ゆるちてち……」
涙と鼻水を垂れ流しながら、子たぬきが頭を抱える。

…そこで人間が、ポンを手を打った。
「じゃあ、ダンスしてくれよ。うどんうどん、ってやつ」

「………ダンス……？　うどんダンスちたら………なにもしないち…？」
「そうだな。ちゃんと踊れたらな」
「……わ……わかったち…！」

ガタガタ震える身体を必死に抑えながら、子たぬきが立ち上がる。

「早く」
「ひっ……ち…ち…き…」
ひぐっ、と子たぬきが1回、大きくシャックリをする。
そして、うどんダンスが始まった。

「きっちゅっね…たっぬっき……てんぷっら…ちゅきっみ……」

親と姉に教わった振り付け。何度となく、一緒に踊った記憶。
声は震えながらも、子たぬきの踊りはミスすることなく進んだ。

「…ちっまる……うどん…うどん…」

あと、ちょっとだち。
まちがえないち。

「うどんっ…すぅぷ！」

ビシッと決めポーズ。

「うっ！　うっ…ち！」

やったち。
ちゃんとできたち。まま。おねえちゃん。

子たぬきの顔に、やりきった喜びと、安堵が浮かぶ。

ドチュ

その脳天に、金具がめり込んだ。
「ぉ」
それが遺言だった。
棒が持ち上げられると、首から上が無くなるほど潰れた身体がトトッ…とたたらを踏み、バタリと倒れた。


＊＊＊＊


「いかん、遊びすぎたな」
苦笑しながら、人間が子たぬき2匹をゴミ袋に放り込む。
続いて、親たぬきをゴミ袋に押し込もうと持ち上げる。
「ん…？」
親たぬきの両目から、涙が流れているのを見つけた。

「まだ息があったか」
「し…………」
絶望に溢れた呻き声。

「教えてやるけど、あのクッキーは俺が捨てたんだよ。公園にたぬきが居るって苦情があったんで、巣を探そうと思ってな」
「………っ」
「まんまと拾いに来てくれて、助かったよ」
クッキーの箱。その奥には、発信機が接着されていた。
「オマエのおかげだな」
親たぬきの両目から、再度、涙があふれる。
悔恨。

…親たぬきは瀕死のままゴミ袋に詰め込まれた。この後は、燃やされるだけである。


＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊


それから、1時間ほど経った頃。

樹の根本あたりに出来たウロ…落ち葉がたくさん敷き詰められたその中から、小さな小さなたぬきがヨチヨチと這い出てきた。
先ほどのたぬき家族の最後の1匹、ちびである。

　ｷｭｳ……

寝起きの目を擦りながら、家族の姿を探す。
すぐに抱き締めてくれる母親。
一緒に遊んでくれる姉達。
どこにもいない。

　ｷｭｳｯ…？
　
　ｷｭｳｳ…ｷｭｳ…

　ｷｭｳｷｭｳｷｭｳ……ｷｭｰｯ………

　………ｷｭｳｳｳｳｳｳｳｳｳｳ!
　
　ｷｭｳｳｳｳｳｳｳｳｳｳ……!!!!　
　ｷｭｳｳｳｳｳｳｳｳｳｳ……!!!!　
　ｷｭｳｳｳｳｳｳｳｳｳｳ……!!!!　
　ｷｭｳｳｳｳｳｳｳｳｳｳ……!!!!　

必死に鳴き、家族を呼ぶちび。
…もちろん、応える家族はもう残っていない。

　ｷﾞｭｳ……ｷﾞｭ……

10分ほども鳴き続け、疲れ果てた声をあげる。

その目の前でガサガサと、茂みが揺れた。
　ｷｭｯ…!
パッと、ちびが顔を明るくする。
そして、茂みをかき分けて………1匹の大人たぬきが現れた。

「……ん……声がきこえると思ったら…ちびだけでどうしたし…？」

　ｷｭｳｯ…
親ではなかった。ちびはガッカリと頭を下げる。

「…親は居ないのかし？」
穏やかに問いかけてきた大人たぬきに、ちびは力なく首を横に振った。
　ｷｭｳｯ…ｷｭｳｳ
「…そうかし………何かあったのかもしれないし…」
大人たぬきが考え込み、あたりを見回す。
そして、気づいた。
地面に残る、血痕。大きな足跡。

「…………し…」
野良たぬきの宿命。
何があったのか、そのおおよそを悟る大人たぬき。

しかし、目の前で細かく震えるちびを見て、大人たぬきは笑顔を作った。
「わかったし…じゃあ、ちびの親が来るまで…たぬきが一緒に居るし…」
　ｷｭ…？
「……大丈夫だし……ずっと一緒に居てやるし…」
モチり、とちびを頭を撫で、抱き上げた。
「だから寂しくないし…」

　ｷｭ…　…ｷｭｳｩｳｳｳ……!!

大人たぬきの身体の暖かさに、思わず涙を浮かべしまうちび。しっかりと抱きついた。

「……実は、たぬきも1匹で寂しかったし……」
　ｷｭｳｯ……ｷｭｳｷｭｳｷｭｳ……
大人たぬきは何度もちびを撫でてやり、そしてその顔を覗き込みながらにっこりと笑った。
「……ちび、もう泣くなし……」
　ｷｭｳ!
大人たぬきの身体で涙を拭き、ちびは健気な笑顔を返した。


＊＊＊＊


直後。

「あﾞ」
大人たぬきは、喉の奥から異音を漏らした。

ぐらり、とその身体が崩れ落ちる。
ちびは地面に投げ出された。

　ｷﾞｬｳｯ…！

地面を這ったちびの目に入ったのは、大人たぬきの頭部に刻まれた、大きな凹み。
そして、その奥には……生まれて初めて見る、人間が立っていた。

「まだたぬきが居たとはな…鳴き声がするぞ、って連絡来ちゃったよ」

　ｷｭｳｳ!

ちびには、何がなんだかわからない。
だが、自分を抱き上げてくれた大人たぬきが、この大きなナニかに虐められたことは分かった。

　ｷｭｰ!!!!

仰向けになったままモチモチと手足を動かし、人間を威嚇するちび。

「オマエもさっきの奴等の家族か？」

　ｷｭｯ!!! ｵｺｯ…ﾀﾁ…！

「おっ小さいのに喋れるのか」

ちびの発した、初めての言葉。怒りの言葉。
　ｷｭｳｳｳｳｳ!!!　ｵｺｯ…ﾀﾁ…！ｵｯ…ｺｯﾀﾁ!

連呼する。
それで、人間が撃退できるとでも思っているかのように。

　ｵｺｯﾀﾁ!ｵｺｯﾀﾁ!ｵｺｯﾀﾁ!ｵｺｯﾀﾁ!ｵ

ドチュ

金具が身体の真正面にめり込み、ちびの頭どころか全身が潰れる。

「ｺ」
それがちびの遺言だった。


＊＊＊＊


市民公園。
たぬきなんて居ない、市民の憩いの場である。


END


