「カン!」 「これもカンだ!」 「く…流石に早いな…!もう自分の手の中だけでカンを2回も………!」 「流石は“リーチ使い”のエリゼという所か……この国じゃ面前で三槓子をアガれるのはあいつだけだからな…」 「………………」 「よし来た!カン!!」 「な!?もう三槓子を完成させた!?」 「おい!誰か明槓できる奴はいないのか!?」 「ダメだ!ポンが限界だ、カンして止められない……!」 「諦めなさい。こうなったエリゼを、止められる雀士は居ないわ」 「………………」 「リーチ!!……ロン!」 『リーチ 一発 三槓子 三暗刻 カンドラ4 裏ドラ4 数え役満 48000』 「う…!?嘘だろ!!?そんなにドラが乗るのか!?」 「すげぇ……アレが裏ドラか……」 「噂には聞いてたが…生で見たのははじめてだぜ………」 「………………」 なんなんだこの大味すぎる麻雀は 仲間内での徹マン後、プツリと意識を手放した俺は気がついたらこの世界に来ていた 外の風景と状況からなんとなく異世界に転移したことはわかり、兎に角食い扶持でも稼ごうと冒険者の酒場らしき場所に寄った俺が見たのが、先ほどのカンカン乱れ飛ぶバカ麻雀卓と、それに群がり興奮する荒くれども達だった。 「ひ…ひぃ……!ダメだ、払える点棒がもう無い……」 「ならどうなるかは………わかってるよな?」 「やめてくれ!!俺はまだ死にたくねぇ!!」 「安心しろ、殺しはしねーよ。ただ最近私の魔雀ギルドの洗牌係が洗牌のしすぎで死んじまったからな。お前はこれから一生無給で洗牌をしてもらおうか。おい!こいつを連れて行け!!」 「い、嫌だ!!助けてくれ!!誰か!!誰かぁぁぁぁ!!!!!」 「諦めなさい。“魔雀”の敗者に選択権は無い。負けたものは良くて奴隷、悪ければ死よ。」 「ふっ、このエリゼ・テーパイ・ソークリーに零賭(レート)魔雀を挑んだ蛮勇は認めるがなぁ……それだけだ。ギルド長の地位が欲しけりゃ、せめてもう少し明槓を鍛えておけ」 「ギャハハハハ!!!!!」 「……………」 ……今ここで聞いた情報をまとめると、この世界のレート麻雀は、本当に全てを賭けているらしい。 負ければ死か、あるいは人権を失い。勝てば地位が手に入る。恐らく、金も莫大なモノを手に入れられるだろう。『ムダヅモ無き改革』以来に聞いたぞそんな世界。 「しかし…これで面子が欠けたぞ。おい誰か!私と零賭魔雀を打つ奴はいないのか?」 「無理無理、魔雀で国内トップのギルドのリーダーに上り詰めたエリゼと打つ奴なんてここらにゃもういないわよ」 「なんだと?つまらねぇな…ギルドの連中じゃ歯応え無いから、久しぶりにこの《カンドラ亭》に来たというのに……おいナーディア!お前は打た無ぇのか!」 「………興味ない。」 「……お前、まぁだ古文書ばかり読んでるのか。確かにお前が教えてくれたリーチは重宝してるが、本ばかり読んだって魔雀は強くならねぇぞ」 「……………」 「ふん、カンドラ亭も質が落ちたもんだ……」 と、そこでエリゼと呼ばれる女……勝ち気そうな、デカパイ獣人の目がこちらに向いた。 「……お前、見たこと無い奴だな?どこから 来た?」 「え?俺?えっと……日本だけど……」 「ニホン?聞いたこと無い国だけど魔雀は分かるだろ?」 「この世界は魔雀が全て、勝てば地位も名誉も思いのままよ。もし、貴方が勝てば国内でも屈指の麻雀ギルドの長の地位が手に入る。他所者には美味しい話なんじゃない?半荘一局。受けるならそこに座りなさい。」 「……うーん」 ……見た感じ、ルール自体は普通の麻雀だとは思う。なら、やっても良いかもしれない。 折角の異世界転移、今の自分には何もない。なら、挑戦はしなくちゃいけないだろう。 そう思い、俺は頷いた。群衆は沸き、エリゼはそうこなくちゃという風に笑うと、席に座るように促す。 「…………ニホン?」 その喧騒の外、ナーディアと呼ばれた陰気そうの少女だけは、突如現れた旅人から聞こえてきた言葉にひっかかりを覚えていた 東一局 ドラ 7(七索)  手牌 二二三33557⑤⑥⑦西白 東一局が始まる、自風は北だ。 手牌は良い、么九牌も少ないしドラもある。面前で少し頑張れば平和は狙えるし、ぱっぱと鳴いていけばタンドラ1くらいはすぐに作れるだろう。 そんなことを考えてると、上家が六索を捨てた。 少し迷うが、ドラ表で一枚消費されてるし、まずはリズムを作るためにアガることを優先する。 「チー……」 次の瞬間、バカにしたような笑いが群衆から沸き起こった。 「オイオイ!こいつバカじゃねぇか!?対子があるってのにそれを捨ててチーしやがった」 おいなんでこいつらは俺の手牌を喋ってるんだ? と、上家にいたエリゼの連れらしき角あり少女が嘲笑するかのようにしてきた 「一つ忠告してあげるわ旅人さん。もし、手牌に対子があればポンして加槓チャンスを狙う。それが魔雀の常識であり基本よ」 なんだその非常識極まりない基本は。雀魂の住人だってもう少し常識的な麻雀を打つぞ。 「シャール、あまり人の打ち方に口出すもんじゃねーぞ。」 「あぁすいません。つい…」 「だが、素人とは言え手加減はしないぜ?カン!」 エリゼが牌を倒す。俺が捨てた白をカンしたのだ。 …………白を明槓????? 「白カン!流石のエリーゼといったところか……」 「これで三槓子に役牌もつく、満貫は楽勝だろうな…」 「いや、暗刻のままで良いんじゃ……」 思わず疑問が口をつく……が 「暗刻って……」 「は!本当に何も知らねぇんだな!カンしなきゃ、三槓子を作れねぇじゃねぇか!」 またもや野次馬共に広がる嘲笑の爆笑、やれやれと上家のシャールが、またもや俺に話しかける 「魔雀の定石は三槓子に決まってるじゃない。何?ニホンってのはそんなのもわからないド田舎なの?」 「シャール……くくく……だから口出すなって……ぷぷっ!」 今度はエリゼも我慢できなかったのか吹き出している。 麻雀の定石が三槓子、どこの異世界なのだろうかと過ぎり、そういや異世界だったなと思い直す。 エリゼがカンドラをめくる、ドラ表示牌は一萬、頭にするか刻子にするか迷っていた二萬にドラが乗る。どうやら、満貫手に仕上げられそうだ。 「ツモ、タンヤオ……」 『タンヤオ ドラ4 満貫 20004000』 牌を倒すと、雀卓が勝手に喋り始める。どうやら役を認識して勝手に点数計算してくれるらしい。ものすごい便利アイテムである。 「こいつ…本当に三槓子をつけずに上がりやがった……」 「タンヤオだけとは…ショボい上がりだな」 立ち見客共がヒソヒソと自分のあがり方に文句をつけてくるが、内容が内容なので気にもならない。 「アガりはしたが、定石を知らない魔雀ね。どうやら、相当に与し易い相手らしいわ。」 「だから、油断するなよシャール。何が起こるかわからないのが魔雀だろ?」 「ハッ……」 東場の間、打ちながらこの世界の麻雀を観察する。 どうやら三槓子が定石と全員が本気で思ってるらしい、上家も対面も下家も、カンカンカンカン鳴きまくってるチーよりもポンが多く、それよりもカンの発声の方が多い滅茶苦茶な麻雀だった。結果として東二局、東三局はどちらも四槓で流れた。誰かが三槓子をしそうなら、カンで流すのが基本戦略らしい。無茶苦茶だった。 場が再び動き出したのは東四局の事だった。親は自分、動かしたのは対面のエリゼだった。 「カン!も一つカン!」 七巡目、彼女は勢いよく手牌を倒し、嶺上牌を使ってもう一度カンをする。 「来たか…エリゼの暗槓……」 「世界広しと言えど、暗槓での三槓子をあの頻度で仕上げてくるのはエリゼだけだろうな…」 ギャラリーの言葉を聞きながら、どう躱すかを考える。この世界の麻雀はバカ麻雀だが、だからこそ手牌が仕上がると恐ろしい。暗刻で三槓子なら、三暗刻は確実につくから満貫は確定だし、四暗刻や四槓子という役満の可能性もある。そうでなくてもカンドラ裏ドラあわせて八枚のドラが出現するのだ。容易く倍満、三倍満まで膨れ上がっていくかもしれない。強く警戒しなければいけないだろう。 「カン!そしてこのまま…リーチ!!」 十二巡目、対面エリゼの三暗刻、三槓子確定リーチが放たれた。王牌で晒されてる四枚のドラは、彼女の手元に並ぶ三種十二牌のどれとも絡んでないが、裏もそうであるという希望的観測はできない。 「(こっちは張り合える手じゃないし、降りるに限るな。確定安牌はないが、中筋は幾つかあるし、これでなんとか躱すか……)」 そう考え、とりあえず中筋の五萬から切る、と……… 「おいおい!とんだ素人だぜコイツ!!リーチされてるのに真ん中切りやがった!!」 「は?え?何って筋だなら切っただけだが……」 「スジだから…?スジってなんだよ!!知ってるかお前!ギャハハハハハハ!!!」 悪夢だろうか?筋を知らないのにどうやってリーチをかわしてるのだ? そう思ってると、上家も下家も端っこを切っている。端っこなら当たりにくい、そういう薄い根拠のみでかわそうとしているのだ。 結局、エリゼのリーチは五巡後に俺の下家から飛び出した九筒へのロンにより成就した。 『リーチ 三暗刻 三槓子 裏ドラ4  16600』 「グワッ?!マジか、么九牌を切ったのに……」 「チッ!乗ったのは一つだけか…」 「だが、これであの素人からは逆転しました。このまま行きましょう!」 「しかし運が良いやつだな……真ん中ばかり切ってたのに全然当たりゃしなかった」 「なぁに、紛れさ紛れ」 「中筋…………両面待ちに対する、安牌………」 いつの間にかギャラリーの中に加わっていたナーディアが呟く。 「古文書にあった切り方を、どうして……?」 南場に入ると、更に場が荒れ始める。乱れ飛ぶカンに捲られ続けるカンドラ。それに対し、三槓子に対抗するためには早目に上がるしか無いと喰いタンと役牌で対抗する。カンドラがもう少し絡んでくれれば高く化けるのだが、そんな幸運に恵まれることもなく、ゴミ手で躱しながら自身の親を待つ。 そして、ついにオーラスを迎え……手元には、勝負手と言うには少しばかり厳しい手が来た。 南四局 ドラ ①(一筒) 手牌 一二六六八339①①⑦⑨南(ツモ)西 「対子ばかりだな(ヒソヒソ)」 「だが、鳴いていけばカンをやりやすい。流石にこの素人でも、三槓子を狙うだろうさ(ヒソヒソ)」 ヒソヒソ話といえど手牌について喋るな!バカ!という罵倒を飲み込み役を作っていく。三巡目、下家が六萬を捨てる。当然ながらスルー。 「な!?おいこいつフザけてるのか!?牌は四枚しか無いんだぞ!?それを見逃したら、六萬でのカンの可能性が消えるぞ!」 「酷い打ち方だ……」 だから人の手牌を大声で言うな!!バカ!! 七巡目、三索が重なるが……手の状況を鑑みて、そのまま切る。 「嘘だろ!?刻子を崩した!!?」 「バカ!カンの種だぞ!?何を考えてるんだよこのバカは一体!!」 ………もう諦めた。……それに、多分大丈夫な気がする。 三槓子が定石というなら、恐らく、この手を知る人間はいない筈……… 更に三巡後、目当ての牌を引く。既にエリゼの二度のカンでカンドラが2枚めくれてる、それのお陰で十分な点数の役にはなっていたが、多分この手は、こっちのほうがアガりやすいだろう。 「リーチ」 そう宣言し、千点棒を置く。 その瞬間、ギャラリーのどよめきは最高潮へと至った。 「なんだコイツは一体!?何をしてるんだ!?!」 「ついに頭がおかしくなったのか!?大チョンボ以外に役はねぇぞ、ありゃ!!」 言うな言うな言うなバカ!という気持ちと、自分の仮定が合っていたという気持ちが同時に湧く。 なら、恐らく、誰かはこの罠に絡み取れる筈だ……… エリゼは思考していた。対面に座ったこの男、ニホンから来たという、素人としか思えない打ち方をするこいつは、しかし三槓子を作らずに二着をキープしていた。 そしてオーラスの親で、一度もカンをせずリーチをするという奇手を繰り出してきた。 「(わからん……こいつの魔雀はわからん。何故カンをしないんだ?何故、ギャラリーはざわめいてるんだ?何をしようとしてるんだこいつは……!!)」 既に、私はカンを2回している。間違いなく有利なのは自分の筈だ。だが、妙な不安が心に渦巻いている。どうするべきなんだ………! と、逡巡する最中だった。対面のリーチから二巡後のこと。 五449②②② (ツモ)② (暗槓)1・中 来た………!! 「カン!!」 躊躇いを吹き飛ばすような力強い発声と共に二筒を倒す。カンドラは……乗らない、嶺上は……四索!! おぉ!とどよめきが上がる。 「リーチ!!」 そう言いながら千点棒を放り込む。四暗刻は確定、引きによっては四槓子すらあり得る。全くもってリーチする意味のない場面だが、これは宣戦布告のリーチだ。奇手ばかり繰り出す素人を、定石でもって叩き潰す。それに、テンパイしたなら即リーしなければならない。それこそがエリゼ・テーパイ・ソークリーの戦い方だった。 曲げる牌はもう決まっている。五萬とかいうド真ん中の牌なんて、向こうの大本命に決まってるじゃないか……! エリゼは、確固たる自信と共に九索を繰り出す。 「………ロン」 静かに俺は宣言する。 「え………?」 エリゼも、後ろで見ていたギャラリーも、俺が何を言っているか理解できていないようだった。 少しばかりの優越感と共に、牌を倒す。 一一六六339①①南南西西(ロン)9 「は!?何これ順子も刻子も無いじゃない!こんなのただのチョンボじゃ………」 『ロン』 「へ…………?」 『七対子 ドラ2 カンドラ4 ……裏ドラの確認を』 「おっと失礼。それじゃ確認を……あ、すげぇ、全部乗ってら」 『裏ドラ8 数え役満 48000』 「嘘……!?トイツが7組!?それで和了だっていうの………!?」 「なんだあの役……見たことねぇ……」 「これでエリゼは飛び……嘘だろ……三槓子を狙う定石も無視して……勝ちやがった……」 ギャラリーたちの混乱は更に広がっていく。その喧騒の中で、ナーディアの呟きは完全にかき消されていた。 「チートイツ……伝説の……まさか……彼が……」 「くそっ!好きにしなさい!!」 エリゼが卓を叩く。何故負けたのかは理解できていない。できていないが、魔雀卓は間違いなくエリゼの負けを宣言していた。 「私の地位も!名誉も!!私自身も!!!何もかも貴方のものよ!!!さぁ!どうとでもしなさい!!!」 悔しさに目には涙が浮かぶ。これまで積み上げた点棒も、勝ちも、この訳のわからない男の為に失ってしまった。なんで、なんで、なんで、こんな男に私は………… 「じゃあ、そうだな……」 男は何かを考える素振りを見せる。そして何かに気づくと、自分の腹を見て、そしていたずらっぽい笑みを浮かべてエリゼの方を見た。 「じゃあ、今からの昼メシはそっちの奢りでお願いね」 「………………へ?」 これこそが、後にこの魔雀が全てを決める世界で、“チートイ雀士”として無双する男の、はじめての闘牌であった。