人のたくさん集まる学校っていうのは、人以外のものも集まりやすいなんていう。そすて、ほだなトラブルさ引ぎ寄せられやすい人間もいるものだ。今回おれが遭遇すたのもほだな風にトラブルさ遭いやすい二人の高校生だった。  それにすても嫌にトラブル慣れしてて手慣れた雰囲気だったなぁ。おれもがぐありだぇものだ。メガネでもすたら涙目も隠せたりせんだろうか?  ***  平介がオカルト研のカップルから文化祭へ行こうと誘われたのは、だんだんと都会の暮らしにも慣れてきた(と思っている)頃だった。ちょっと離れた街にある大学では、文化祭にとても力を入れて盛大にイベントや出店を開くらしい。大学の文化祭どころか、これまで文化祭というものを体験してこなかった平介としてはぜひ参加したい行事の一つだ。  しかしそれにしても誘い方というものがあるのではとも思う。当日の朝に突然やってくるのはいい。しかしインターホンを連打しまくるのはやめて欲しかった。まだ寝巻きのパジャマでぼぅっとした頭にいきなし鳴り続けるピンポンはすでにホラーそのものだ。  さすがの平介も二人には盛大に文句を言うことになった。──この二人は一切の遠慮なしに自分の意見を押し付けてくるものだから、黙っているとどこに連れて行かれるかわかったものではない。割と死活問題でもあるので、平介もいつの間にやら自然に文句を言えるようになっていたのだ。    ともあれ未だに大学に友達といえる存在がいない平介としては、声をかけてくれるこの先輩は得難い知り合いだということも間違いなかった。そのため、うきうきしながら着替えてしまうのだった。  しかしいい話ばかりでもない。この二人、筋金入りのオカルトカップルがただの文化祭に興味を示すわけがないのだ。  浮き足だった態度と、妙に多い荷物(どう考えても虫取り網がカバンから突き出ている)に二人を問い詰めると、その大学の大学祭には人でない者も遊びに来るという話があるという。  聞く範囲ではあまり悪さをするわけではなさそうだが、平介としてはそんな恐ろしいものに会いたくない。いつもお守り代わりに持ち歩いている御神体をぎゅっと握りしめ、何事もなく文化祭を楽しめることだけを願うのだった。  ●●●  二人の高校生が夕暮れの道を歩いている。なんの変哲もない男子高生と、大きめの数珠をアクセサリ代わりに首から下げた女子高生だ。    騒がしい友人たちと帰ることの多い二人だが、今日は珍しく二人だけの帰り道となった。そして男子高生──青石守──が、ふと思い出したように取り出したのは小さな紙の束だった。明日暇ならこれ行ってみないかと、その紙の束を女子高生──鞍馬りんね──の手にのせる。 「ん、何これ?」 「駅向こうにある大学の文化祭で使えるチケット。こないだちょっと知り合いになった人がさ、遊びに来なよってくれたんだ。」 「へぇ。相変わらず人気者ねぇ。いつも無理矢理連れて行かれるだけあるわ。」 「鞍馬さん全然助けてくれないよね。で、明日暇だったら行かない? 俺一人だと使いきれそうにないんだよね。」 「行く!それあれば何でも食べ放題なんでしょ?」 「おお!タダメシか!いいものを持ってきたな、誉めてやろう!タダ焼き鳥!タダ焼肉!」 「ちょっ、お前いつの間に来たんだよ。別にいいけどさぁ。でも焼肉はないんじゃないかなぁ。」 「ボクも食べたい! タダメシ!」 「変な言葉教えんなよなぁ。」    突然現れたりんねの保護者を名乗るカブトシャコモンと、青石のスマートフォンに住むグレイモンが騒ぎ出す。 こうして青石とグレイモン、りんねとカブトシャコモンは文化祭にいくことになったのだ。  ***  人見知りの気のある平介にとっては、初めて入る場所というのはどうにも緊張してしまうものだ。しかし、文化祭の名前と大きな門にでかでかと”おいでやす”という言葉には大いに勇気付けられる。まして同伴者までいるのだから、躊躇することはない。  一歩足を踏み入れれば、そこは学生の作り出した楽園である。威勢のいい声やJPOPとかそれらしい音楽が空間を埋め尽くすように流れ続ける。ここが晴れ舞台と、日ごろの成果や出店での大儲けをもくろむ学生たちが青春を謳歌する宴なのだから。    都会の人の多さにもだんだん慣れてきてはいるが、ほとんどが若い学生というのは物珍しさが勝る。ひとまずはカップルから受け取っていたチケットで軽く腹ごなしだ。  オカルトカップルはすでにはぐれてどこかに行ってしまっている。平介としては正直虫取りあみを持ち歩く人間とは一緒にされたくなかったので、わざわざ別行動を言い出さなくてもよくて助かった。当初の目的通りに何かしらの幽霊チックなものを探しに行ったようだ。この大学に出没するという人ではない何かというのが何かはわからないが、虫取り網ではどうにもならないと思うのだったが。  一人でいるのは不安であるが、いい加減都会に慣れてきたところだ。自分もそろそろ都会になじんできた風に見えるだろう。そんな自信を持って堂々と踏み出したつもりの平介ではあるが、はたから見てどこまでいってもお上りさんのそれであった。    ●●●   「ん〜〜! おいしぃ!!」  右手に唐揚げ棒、左手にイカ焼き。まぎれもなくりんねは文化祭を全身で味わっている。  出店の並ぶ通りにポカリと空いたちょっとした隙間で、りんねと青石、カブトシャコモンが戦利品に舌鼓を打つ。こっそりデータ化してスマホに送った串焼きにグレイモンも満足げだ。    青石がもらったというチケットは、健啖家のりんねとカブトシャコモンをして満足する十分な量があった。二人の膨らんだほっぺたがその満足度をよく表していた。  ひたすら食べ続けるりんねに対し、あゆの塩焼きに齧り付きながらもカブトシャコモンは日本酒研究会なるサークルに興味津々である。 「じゃ、次はそこ行ってみるか。流石に俺たちに売ってくれるかはわかんないけど。結構人も多いし逸れたりしないように。」 「「は〜い!」」 「こういうときの返事だけはいいんだよなぁ。」 「おっさけ! おっさけ!」 「まあいいけど……。チケット足りるかなぁ?」    念の為に確認しておこうとチケットを取り出す。と、突然強い風が吹く。青石も思わず目をつぶるほどの風だ。りんねなど両手がふさがっているものだから、綺麗に整えられた長い髪がなすすべなく乱されていく。  そして風と共にピッと勢いよく青石の手からチケットが奪われる。風ではない。明らかに何かに引っ張られた結果だ。   「え? おい! チケット返せ!」  走り出す青石のその言葉に二人も反応する。なにせあのチケットがあるから出店を楽しめるのである。いわば魔法の杖であり打ち出の小槌だ。  あれがなければ自分たちは指をくわえておいしそうに食べる人たちを眺めるだけの寂しい生き物になってしまう。  りんねは髪を直すことも忘れ、残りの唐揚げとイカをぐわっと大きな一口ですべて口に詰め込む。シャコモンも同じようにあゆの塩焼きをまるっと口に入れる。二人並んでもぐもぐとあっという間に飲み込んでから、青石の後に続いて駆け出す。いかにお祭りとはいえ、食べ歩きは許されないのである。  ***  文化祭をキョロキョロとやや挙動不審に楽しむ平介の前を、高校生らしき男の子と女の子がピューっと駆け抜けていく。  風に何か流されたようで、待て待てと声をあげる姿はなんともほほえましい。何か犬くらいの大きさの生き物もそれを追いかけていったようにも見えたが、まあ犬だろうと気にしない。なにせ今日は文化祭。明らかに犬とは異なるシルエットであったとしても今日はスルーだ。    よその大学の文化祭でさえここまで楽しいとなると、秋口に行われるという自分の大学の文化祭もがぜん楽しみになってくる平介である。出す側にはなれそうもないが、今日のように気楽にぶらぶらとするのは楽しそうだ。  この都会でできた知り合いはオカルトカップルと変わった趣味の女の子という心もとない交友関係だが、文化祭の浮かれた空気で友達の輪が広がっていくかもしれない。パリピというのになってしまう可能性だってある。ちなみにその頃には標準語をバリバリ使いこなしている予定だ。 「む、これがタピオカ……。これは村のみんなに教えてあげんなね。」    見慣れない飲み物を楽しんでいると、人込みの中に虫取りあみが見えてきた。騒がしい声も二人分。"おばけちゃん出ておいでー!"などと、周囲のいぶかし気な視線も何のその、マイペースを貫くオカルトカップル。さすがにあれに巻き込まれたらいい気分が台無しだ。色々感謝はしているが、それとこれとは別だ。くるりと向きを変えて、足早にその場を去る。  それは奇しくも青石とりんねとカブトシャコモンと同じ方向であった。そしてその先には、大学設立以来からの旧校舎が静かに佇んでいた。  ●●●  何者かに奪われたチケットを取り戻すべく青石が走り続ける。しかし、青石の手をすり抜けるようにしていつまでもチケットを取り戻すことができない。   「なんだこれ、全然捕まんないんだけど!」 「青石、どいて!」  しゅたたたとりんねが青石を追い越し、宙をひらひらと舞うチケットへと飛びかかる。食が絡む以上りんねに不可能という文字はない。不可思議な動きを繰り返すチケットであったが、それすら読み切ったりんねは見事にチケットを取り戻す。   「お〜! ナイス!」 「ふふ、ま、こんなもんよ!」 「つ、捕まえたのか……。よく、やったな。」  早くも息を荒げているのはカブトシャコモンである。怠惰な生活は彼から体力を見事に奪い取っているのである。 「もうちょっと鍛えた方がいいんじゃないか?」 「ワガハイのキュートなボディはこのくらいがちょうどいいの!」  からかいの声に頷いていたりんねだったが、何かに呼ばれた気がして振り向く。  古びた外観の旧校舎がそこにはある。もうすぐ取り壊し予定で、人が入らないようにテープが貼られている。誰がいるわけでもない。だが、りんねは確かに呼ぶ声を聞いた。  ──スッとりんねの焦点がぼやけ、静かに歩き出す。 「ん、鞍馬さん? どうしたの?」 「りんねや、そっちには出店はないぞ。早く戻っておっさけおっさけ!」  しかしりんねは答えない。ただ、ゆっくりと歩き続けている。  カブトシャコモンが異変に気がつく。りんねが出店の言葉に反応しないなどあり得ないからだ。 「小僧! りんねを止めろぉ!」 「え、え? ああもう、わかった!」  何が起こっているかもわからないままに、青石がりんねの腕を掴み止めようとする。しかしそれなりに鍛えているはずの青石を以てしても全く止まる気配がない。それどころか、青石までも引きずりながら旧校舎へと進んでいく。カブトシャコモンが無理矢理にでも止めようと構えた瞬間、何かに吹き飛ばされる。 「カブトシャコモン?! 鞍馬さん!止まってって!」  青石を引きずったままに、りんねが通行止めのテープを越える。その瞬間にそれまで聞こえていたはずの音が途絶える。お祭りだからといたるところで流されていたJPOPも、太鼓の音も聞こえない。風の音すらなく、二人の足音だけが異様に際立って聞こえてしまう。  振り返って見える景色は何も変わらない大学の校内だ。いや、一つだけ重大な違いがある。カブトシャコモンがいない。  りんねの保護者を自称し、事実誰よりりんねを守ってきたカブトシャコモンがいない。こんな不可解な状態のりんねを放ってどこかにいくはずがない。起きている異常が想像以上にやばいことを悟り、滝のような汗が流れ始める。 「だぁ! もう…どうしてこうなるんだよ!!」    青石の悲痛な叫びだけが、辺りに響き渡るのだった。    ●●●    その叫びすらカブトシャコモンには聞こえない。確かに目の前にはりんねと青石の二人がいる。にもかかわらず、りんねは前を見たまま振り返ることはないし、青石の視線はカブトシャコモンを通り過ぎていく。あちらからは見ていない。すでに声も聞こえていないようだ。  何かがカブトシャコモンと二人を隔てている。カブトシャコモンはその何かを越えることができない。身につけた幾つもの技を放てども、その境界に漣一つ立つことはない。 「りんねちゃん?! 青石! 聞こえないのか!!」  りんねに引きずられたままに、二人が旧校舎へと入っていく。そして扉が閉まる。  カブトシャコモンには見ていることしかできなかった。    ●●●    バタンと扉が閉まる音にりんねが飛び上がって驚く。 「え、なんの音!?」 「鞍馬さん! 正気に戻ったのか?」 「はぁ?! 正気も何もずっと……え、なにここ?」 「よかったぁ……。なんか突然ここに向かって歩き出したんだよ。俺たちも必死で止めようとしてたんだけど、覚えてない?」 「え、ぜんっぜん覚えてないんだけど。」  ともあれりんねが意識を取り戻した以上はこんなところに長居する必要はない。振り返って扉に手をかける。が、当然のように開くことはない。第一、誰もいないのに突然閉まるような扉が容易に開くわけはないのだ。 「えーっと、開かない?」 「開かないね……。」    別の出口を探すのなら、先へ進む必要がある。陰鬱な空気を醸し出すこの旧校舎を歩き回らなければならないのだ。   「あのさ、このまま進まなきゃなんないわけ?」  ぺしぺしとりんねが青石の脇腹をつつく。 「わかるけど! 俺も行きたくないよ! でもこれ進まなきゃでられないタイプだって。ちょっと我慢してくれよ。」 「……もう仕方ないなぁ。ちゃちゃっと片付けて出店巡りに戻らなきゃね。」 「そんなに簡単にいくかなぁ?」 「確かにな。俺の経験上、この手のテリトリーに引き込んでくる奴って厄介なのが多いんだよな。 「お、話が分かるねぇ。」 「まあな。伊達にトラブル慣れしてないぜ。はぁ……。」  威勢良く言うものの、別にトラブルに会いたいわけではないのだ。ある意味自虐ネタとでもいうべきだろうか。 「ね、ねぇ…。青石、だれと話してんの……?」 「は? 誰って…。」    青石の左手側にはりんねがいる。しかし、声が聞こえてきたのは右手後ろの扉側。そろりと振り向くと、骸骨が陽気に笑っている。 「どうかな、僕って厄介?」 「「ぎゃー!!」」  後ろに突然現れた骸骨に青石もりんねも悲鳴と共に、少しでも離れるべく走り出す。扉が閉まっている以上、行先は前方以外ない。そう、不穏な空気の漂う旧校舎の奥深くへと、二人はまんまと誘い込まれてしまったのだった。  ●●●  旧校舎のなかは通路と講義室が延々と並ぶ一本道となっていた。骸骨から全力で逃げ出した2人はひとまず手近な講義室へと駆け込む。ガラリと扉を開けて入って見れば、ずらりと長机の並ぶ講義室がある。当然のごとく無人である。しかし謎の怪異は二人を容易に休ませることはない。  突如として講義室のライトが点滅を繰り返し、椅子がガタガタ動き始める。   「ポ、ポルターガイストォ!? 椅子が飛んでくるぞ、伏せろぉ!」 「落ち着きなさい! 固定されてるから動くわけないでしょ。」 「へ? ほんとだ。動くだけか……。」 「それより将軍は来てないの?」 「多分ここに入ってこれてないんだと思う。俺の方も、グレイモンとの連絡はつきそうにない。ほら、あっちからはくるけど、こっちからの連絡は通じないみたいだ。」   収ることなくガタガタとなり続ける椅子にも構わずに二人が腰を据えて話し始める。探偵とトラブルシューターの肩書は伊達ではないのだ。  青石のスマホにインストールされた連絡アプリには、接続の途絶えた青石を心配するグレイモンからのメッセージが並んでいる。対して青石が送ろうとしたメッセージは全て文字化けして送信出来なくなっている。 「ちょっとまずいかも。この手のポルターガイストとかなら私でも悪さしてる霊くらいは見れるはずなのよね。」 「それが見えないってことは……?」 「すごいのが来ちゃったかも?」  ペロリと舌を出しておどけて見せるりんね。ちょっとでも明るくしようとする努力がわかるだけに青石も笑うしかないのだった。    ***    オカルトカップルから離れるために逃げ出した平介であったが、逃げ出した先にはおかしな光景が広がっていた。    見たことのない貝のようなデジモンが、中に向かって必死の形相で攻撃を繰り返している。そして誰かの名前を呼んでいる。平介に気づくこともなく、ひたすらに同じことを繰り返す。何も知らない平介にさえ伝わってくる、強い怒りと後悔、何より失うことへの恐怖が浮かぶ。    だから、つい手が伸びてしまうのだった。    ●●●  ポルターガイストの部屋を後にし、出口を探す二人であったが、状況の改善は見られない。同じような講義室に繰り返される心霊現象。ラップ音に火の玉、謎の影が視界の端に映るし、電灯がチカチカと鬱陶しい。  嫌がらせの如く続くそれらにりんねのフラストレーションは溜まる一方である。    とうとう逆ギレして飛び交う火の玉を自身の鞄ではたき落とすりんね。霊力が込められているわけでもなく、ただの鞄が火の玉をかき消した。ちょっとだけ熱を持った鞄を叩きながら、青石と視線を交わす。  それはつまり、物理的な現象であるということだ。心霊現象特有の理不尽さを持たないということだ。ならばやりようはある。  青石も霊など見えるはずもないと放棄していた周囲への気配確認に集中する。期せずして鍛え抜かれることになった青石の感覚が何かの動きを捉え、捨て損ねていた焼き鳥の串を投射する。  うぎゃっという呻き声とともにキャンドモンが姿を現わす。   「あ……ども。」  見つめ合いに沈黙が降りた一瞬に、胡乱な挨拶からのダッシュで猛烈に逃げていくキャンドモン。    これまでの心霊現象のタネが割れた。キャンドモンのようなデジモンが、姿を隠しながら脅かし続けていたということである。  りんねのもつ霊能力でも捉えられない強力な霊がいるのかと、深刻な顔をしていたのがつい先ほどだ。顔を伏せプルプルと震え始めるりんねに、青石の汗が増え始める。これは爆発する寸前だ。 「ふっざけんなー!! バカにしてぇ!! いいわ、その喧嘩買ったわ!! やるわよ青石!! 私に財布出させるのがどういうことになるのか、思い知らせてやるわ!!」 「お、おう! 散々痛ぶってくれやがって! こっから反撃開始だ!」  思いっきりぶちあげたはいいが、デジモンたちからすれば正体がバレた以上隠れている意味も必要もない。机の影、教卓の隅、掃除用具入れ、至る所からわらわらとキャンドモンにパンプモン、イビルモンやゴースモンにバケモンとらしいデジモンが飛び出してくる。 「ちょ…っと多くない?」 「なら!せーので行くわよ!」    不敵に笑うりんねにデジモンたちも警戒を深める。人間とはいえ異様に肝が据わっている。何をしてくるか見に移る。ゆえに脱兎の勢いで講義室を飛び出して逃げ出した二人に呆気に取られて行動が遅れた。   「お、追えー!」  全力で廊下を駆け抜ける二人の背後から、何十とデジモンが飛び出してくる。無駄に広い廊下のせいで身動きが取れないというオチも期待できそうにない。しかもそれぞれのデジモンには飛び道具がある。出来の悪いシューティングゲームの如く、ひたすら避けて逃げてを繰り返す羽目になってしまう。  何十と向けられた悪意に対しても見事に避け続ける二人に、一匹のバケモンが痺れを切らして飛び出していく。攻撃ではなく移動速度を優先し、二人の頭を通り過ぎて、挟み撃ちを仕掛けようとする。    長い通路の片側は中庭の見える窓。もう片側はいくつもの講義室が並んでいる。  いざとなったら飛び込もうと考えていた講義室も、どれもこれも扉が閉まっているせいで入る余裕がなかった。そのバケモンが行き先を塞いだ少し奥だけは扉が開いており、そこへ飛び込もうとスピードを上げた矢先のことであった。  ──だが、それが幸いした。げっげっげと雑魚丸出しの笑いで二人を通せんぼするバケモンの背後、"なぜか"一つだけ開いていた扉から、小さな音がした。  誰もが聞き逃してしまうようなその小さな音が、その場の全員に届く。デジモンたちの下卑た笑い声も、肩で息をする二人の荒い呼吸音も、その全てを通り過ぎて、音が聞こえるのだ。    りんねと青石は逃げることも忘れ、その扉を見つめてしまう。二人からは何もない、ただの講義室の中がわずかに見えている。何にもない、ただの講義室。だが、そこからはコツコツと、何かを叩くような音が聞こえ続ける。  その異様な状況に、追いかけてきたデジモンたちも、バケモンすらも振り向いて扉を見る。  誰も声を出さない。身動き一つしていない。静寂の中に、ただ音が響く。だんだんと音は増えていく。  べちゃべちゃと水気のある音がする。  ずるずると引きずるような音がする。  カラカラと何かが回る音が聞こえる。  そのどれもが、病むことなく不協和音を奏で、そして突如として途絶える。  耳が痛くなるほどの無音の中で、スッと扉の枠に手がかかる。  色の抜けた真っ白な肌に、鮮やかすぎる紅が指先に濡れている。ペタペタと、掴みやすいところを探すように二度三度と枠に手をかけ直す仕草が続く。そしてガリガリと、真紅の爪が扉の枠を削るように音を立てる。  その音に惹かれるかのように、気がつけば枠にかかる腕が増えている。どれもが病的な白さの肌に、血のような紅い爪。びっしりと隙間なく枠にひしめくように手がかけられている。  二人は一瞬たりとも目を離さなかった。にもかかわらず、コマ落ちでもしたかのように腕が増えている。   "ねぇ、応えて?"  扉の先から、声がする。人の声でも鳥の声でもなく、デジモンの声でもない。何にも似ていない声。ありとあらゆるものから離れてしまった者の声だ。  この時とれる正解は沈黙、それ以外にない。  だが、驚かすはずが驚かされるのでは話にならないと、バケモンがくってかかる。 「ウルセェ! 俺たちの邪魔するんじゃねぇ! すっこんでろ!!」  その声に、ぴくりと、腕が震えて、        "応えた応えんたね応えたよ応えてくれた応えた応えた応えたよ応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えたた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えたた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えたた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた応えた!!!"    扉から何十何百という腕が溢れ出す。床を指で這うように、壁を掴んで動き、宙をうねる。そのことごとくが、バケモンへとつかみかかっていく。叫び声を上げるバケモンとは対照的に、暴力性をむき出しにした腕は一切の音を立てることはない。  ボロ布のようなバケモンの肌に指がふれ、爪が食い込む。一時すら緩むことはなく、死骸に群がる虫のように、ただひたすらに腕が腕が、バケモンを覆っていく。  バケモンの抵抗などまるで意に介さず、それすら腕は飲み込んでいく。遠目にみれば巨大な蛇が卵を飲み込むように見えたかもしれない。  そうしてバケモンを取り込んだ腕が、ずるずると扉の奥に戻っていく。現れた時とは異なり、ただゆっくりと。    たっぷりと時間をかけて全ての腕が講義室に戻っていくと、カラカラと乾いた音を鳴らして静かに扉が閉められた。  身じろぎ一つとれないほどの時間が終わり、りんねと青石が目を合わせる。何を言わずとも二人の認識は一致している。  声を出してはならない。 開いた扉に近づくべからず。    コクコクと頷き合い、そろりそろりと元来た廊下に戻る。二人を追いかけていたはずのデジモンたちはまだ衝撃から立ち直れずに固まったままだ。  デジモンの群れを抜け、音を立てないような歩きがだんだんと早まり、駆け足になっていく。扉から十分に離れた後にたまりかねて爆発するように声が出る。 「ヤバいヤバいヤバいってあれ!!」 「なんなのあれ! 意味わかんない! やばいすぎるでしょあんなの!!」 「鞍馬さんがわかんないのが俺にわかるわけないでしょ!! あんなのいるなんてやばすぎる!! 早く出口出口出口を探そう!」  硬直から解放されたデジモンの群れが再び二人を狙って追いかけ始めている。異様すぎる存在への恐怖がむしろ彼らの理性を崩壊させており、より暴徒化して二人へと襲いかかる。  しかしりんねも青石もすでにこのデジモンなど相手にしている場合ではない。本気でヤバいものから逃げようとしているのだ、デジモンになど関わっている暇はない。  ***  一方、カブトシャコモンの事情を聞いた平介が、誰かの声を捉える。   「ん?」 「おお? 何か聞こえたのか?」 「足音ど声、かな?…なんか叫んでる?」  人の身では世界を隔てる境界を捉えることは容易ではない。  だが、この力ならば別だ。人を守るために平介に与えられた力だ。ゆえに躊躇はない。  平介が懐から古びた木像を取り出す。平介の村に代々伝わる光のご神体。それを顔の横まで持ち上げ、御神体に願いをかける。  "力さ貸してけろ"  戦う意志を込めで、胸へと突き立てる。ご神体が光を放ち、辺り一帯を照らす。長く伸びる光の帯が平介の体を包んでいき、光の力が顕現する。  狼を彷彿とさせる兜が頭を覆い、縞のマフラーが風に靡く。白い体を鈍色の鎧が纏うその姿、ヴォルフモンだ。  拡張された感覚が消えたという二人の動きを正確に捉える。 「あそごだ! すぐに向がうぞカブトシャコモン! 準備はいいな?」  指差した先、旧校舎の2階、ヴォルフモンの瞳には窓の一つに青石とりんねの姿が写っている。おそらく中は空間が歪んでいるのだろう、全速力で走っているにもかかわらず、二人の姿が進むことはない。 「見えたのだな! 狼の! ならば頼むぞ!」  ヴォルフモンのマフラーにカブトシャコモンが掴まり、一気に走り出す。  獣の瞳はすでに斬るべきものを捉えている。カブトシャコモンが越えられなかったその領域を目掛け、2振りの光剣が振るわれる。薄紙を破るような手応えとともに世界を破って、異界と化した旧校舎へと踏み込む。  そして躊躇なく跳躍し、窓をぶち破って二人の元へと駆けつける。 「りんね!無事か?!」 「将軍!? なら、一気に蹴散らすわよ!」 「マモル? マモル聞こえる!? やっと届いた!」 「グレイモン!? 届いたのか? よっしゃ頼むぞ、グレイモン!」  りんねを守るように立ちはだかったカブトシャコモンが、隠し持っていた発泡酒を一気に飲み干す。力強い進化の輝きがカブトシャコモンに力を与え、センボンオクタモンと進化する。  ゆらり、と触腕が無駄な力みのない動作で背負う籠から武器を引き抜く。複数の武器を使いこなすその姿には静かな存在感がある。  暴走し理性なく襲いかかってくるデジモンの群れを鎧袖一触と切り裂き道を開く。そしてりんねを抱えて校舎の外へと脱出する。二人を追うように青石もヴォルフモンに抱えられながら脱出する。    外ではすでにリアライズを完了したグレイモンが気合十分に青石を待っている。  面識のない平介としては味方であるだろうと分かっているものの、その存在の強さにビリビリと肌がひりつくようだ。  そして青石をグレイモンへと引き渡し、ヴォルフモンはセンボンオクタモンと共に次の戦闘へ備える。 「マモル!もう大丈夫!ボクから離れないでね!」 「ああ!あいつらを吹っ飛ばすぞ!」  歪んだ空間の中にどれほどのデジモンが入り込んでいたのか。ヴォルフモンがぶち破った窓からは次から次へとデジモンが飛び出してくる。  そのことごとくが正気を失った目で人間であるりんねと青石を狙ってくる。    だがすでに迎撃準備は万端である。  かたや子守から除霊まで、ありとあらゆる依頼に日々駆け回る鞍馬霊能探偵事務所の所長代理と所長補佐。  かたや警察の信頼も厚いトラブル解決のエキスパートである。  衝動のままに人を襲うデジモンなどはものの数ではない。  グレイモンの火球が距離をとって二人を狙うデジモンを纏めて吹き飛ばし、近づいてくるデジモンはセンボンオクタモンとヴォルフモンが寄せ付けない。  瞬く間に数を減らしていくデジモンたちに、強力な敵がいないことに安堵するヴォルフモンとセンボンオクタモン。だが、青石とりんねは一切警戒を緩めることがない。  デジモンの波が収まったその時、旧校舎から二人を呼ぶ声が響く。  ”ねぇ、応えて?”  バケモンを引きずり込んでいった白い、腕。  それを見た時の恐怖がフラッシュバックし、二人の思考が金縛りのごとく完全に停止する。恐怖に、声が漏れそうになるその瞬間──、空からバカでかい着地音と地響きを轟かせてディノレクスモンが着地する。 「おう、遅れたかの?」 「いや、バッチリのタイミングだ、ディノレクスモン!」  衝撃に我を取り戻したりんねが校舎の一点を指す。ヴォルフモンが開けた穴ではなく、旧校舎の中央の部屋だ。何があるわけでもない、そのただの講義室に渦巻く暗がりを、りんねは確かに捉えている。   「あんなヤバいのほっとけるわけないでしょが! 青石ぃ!!」 「分かってる!! グレイモン、ディノレクスモン! 全力最大でぶちかませッ!!」    正体も知れない白い腕。恐怖をまき散らすその腕は、確かにバケモンを引きずりこんでいった。それはつまり、デジモンと同じ土俵にいるということに他ならない。  りんねがこれまで相手をしてきた怪異と同じく、互いの干渉が有効な相手だ。それが分かるから、りんねの知る限り最大最高の火力に頼る。応えるのは、ありとあらゆるトラブル──理不尽を身に受け続けた男だ。  怪異が理不尽の塊だというのならば、その理不尽を退け続けた男は天敵にも等しいはずだ。どんな理不尽だって火力で殴り倒す。それができる男なのだ。    グレイモンとディノレクスモンが青石の意思に呼応し、太陽の如き炎を生み出す。放たれた2つの太陽が、旧校舎の壁を一瞬で溶かし、そこに巣食っていた"何か"を焼き尽くす。    わずかな力の残滓すら残さず、"何か"が消滅していく。    そして残るのは、大穴の空いた旧校舎と、自然な静寂を取り戻した世界だった。  ▽▽▽    キラキラとデータ化して青石のスマホに戻っていくグレイモンとディノレクスモン。そして元の姿に戻ったカブトシャコモンが定位置であるりんねの隣に落ち着く。  ぶち開けた大穴からは目を背けつつ、青石はとりあえずの疑問を口に出してみる。 「えっと、どちらさん?」 「ど、どうも、逆井と申すます。そこのカブトシャコモンさ頼まれでちょっと助太刀さすてますた。」 「ふふふ、なかなか見どころのある若者だぞ。何より言葉に会津の魂が宿っておる。ああ?武士の血脈を感じるぅ……!」 「それ方言に興奮してるだけでしょ。それより、お礼が先! ありがとうございました。」 「いや、ほどんどおれの出る幕もねがっただ。それに怪我もねがったなら何よりだす。」  実際平介がやったのは空間を切り裂いたくらいだ。そのままなら溢れ出てきたデジモンの多さにやられていた可能性が高い。りんねと青石がいたからこその解決であると平介は思う。  それに、最後の一撃を放つ前、りんねが指差した先には恐ろしい何かがいた。あの呪詛に満ちた言葉が平介にも聞こえていたから、それがわかる。  あんなのが街中、しかも大学にいたのだ。平介と直接関わりがあるわけではないが、こんなに楽しい文化祭を台無しにするような何かにはいて欲しくない。だから、青石とりんねがいてくれて心底助かったと思っている。  この異界を完全に閉じるのは難しいが、あの火力で焼き尽くされた以上は当分変なのが住み着くことはないだろう。ならば取り壊しも無事にするだろうから問題はない。  軽い自己紹介の後、ゆるく雑談しながら文化祭の喧騒へと歩く始める。   「君たちはまだ回っていぐの?」 「そうですね、まだ出店周りが途中だったので。俺たちは東側を回ってきたんですけど、逆井さん的に何か面白いものありました?」 「そっか。おれは西側がら来だんだげんと、タピオカってのがおいしかったっけよ。えっと、いんすた映え?するど思う。」 「そういえば飲んだことないですね、タピオカ。」 「待て待て、それもいいが、狼の。酒はどうだった酒は? 日本酒研究会があったろう??」 「おれまだ未成年だがら飲めねぇんだ。でも結構人並んでだがらんまぇんでねがな。」 「ふおぉぉ! これは、お酒がワガハイを待っているぅー!! 早く行こうねぇりんねちゃん早く!」  和気藹々とした雰囲気の中、りんねは突如として滝のような汗を流し始めた青石に気がつく。つい先ほどまでは朗らかに話していたというのにどうしたというのか。  その答えはすぐにわかった。わかってしまった。  青石の右手に残るのは、真っ黒に燃え尽きたチケットの残骸だった。 「ぎゃー!!私のチケットぉぉ!!」 「す、すまねぇ! 火力あげすぎちまった……。」  果てしなく増大した火力は、青石の体にも影響を与えていた。グレイモンとディノレクスモンと共に戦うのだから、そういう影響を受けてしまうのだ。  悲鳴の後に魂の抜けた顔のりんね。カブトシャコモンは完全に白目をむいて固まっている。それほどまでに楽しみにしていたのだろうか。あまりに哀れな姿である。    なら、ちょっとはいいカッコできるかもしれない。平介はこの気のいい三人組をすっかり気に入ってしまっていた。要は良く思われたいのだ。ポケットから十分に残っているチケットを取り出し、青石へと差し出す。   「これ、よかったら使ってけれ。俺は十分楽しんだから。」 「い、いいんですか?! 」  期待に目を輝かせるりんねとカブトシャコモン、申し訳なさそうな青石に残りのチケットを全部渡す。元が貰い物なのでちょっとズルかなと思わないでもないが、この喜びようには平介も嬉しくなってしまう。  それに──   「この文化祭も楽すいっけんだげんと、あどは自分の大学の楽すみにすんべど思ってなぁ。」 「……じゃあ、ありがたくいただきます。」    希望の復活になぜか踊り出したりんねとカブトシャコモン、そして安堵に胸を撫で下ろす青石。  ──しかし好事魔多し、すべてがうまくいくはずもない。  ちょっとは先輩っぽく振舞えたかなと、内心思ったタイミングでピンポンパンぽーんと、放送が流れはじめる。    ”迷子の お呼び出しを 申し上げます”    その言葉に猛烈に嫌な予感が身を貫く。まさか、やめてくれという必死の願いは届かず、なぜか半笑いの声色で続きの放送が流れていく。  ”さかい へいすけくん。茶色のカーディガンに、灰色のズボン、歳は19歳の、ちょっと小柄な さかい へいすけくん。お連れ様がお待ちです。正門受付までお越しください。”    明らかに運営の生徒も悪ノリしている。名前を呼ばれるのも嫌だが、格好と歳は必要ないはずだ。やめろー!!と届かぬ文句を放送に向かって叫ぶ。  先ほどまでの落ち着いた姿はそこにない。余計に注目を集める結果にプルプルと眉を下げて半泣きの平介がそこにいた。   「え、えっと、さかい…さん?」 「うん、逆井です……。よばれちゃったから、行くね。君たちは、楽しんでいってね……。」  そう言ってとぼとぼと正門に向けて歩いていく平介。あれが迷子かと、面白がる視線を一身に集めて、彼は行く。  さすがの三人も乾いた笑いすら出ない。だがそれはそれ、これはこれである。気を取り直して青石が音頭をとる。 「じゃ、じゃあ、次行くか!」 「……お腹すいたしね!」 「さっき使った分のお酒を補給せねば!」  そうして、何事もなかったように文化祭は続いていくのだった。  終わり