それは誰にでも起こり得る不幸な出来事だ。  だがしかし、災い転じて福をなす。災難が運ぶ縁もある。これはそんな出会いの話である。    3人が行く!!邂逅編        休日の昼前、平介が時間でも確認しようとスマートフォンを取り出そうとしたときに、それは起きた。  ポケットから取り出されたスマホが、するりと手から抜けた。事実だけを書き出すなら、ただそれだけのことだ。  当然落ちるスマートフォン。腰の高さから硬いコンクリートまで、地面に向かい重力に従い加速する。ガチャンと聞きたくない音ともにスマホが転がる。  自慢のよく聞こえる耳はガラスの割れるような高音を聞き逃さない。音が聞こえなかったとしても、画面を下にして動きを止めたスマホを見れば大体のことは想像できる。 「ああ……。おれの、割れてるぅ……。」  誰しもがやったことのある失敗なだけに、嘆く平介への視線も同情的だ。もちろん、どうにもならない。  平介にできるのは、おとなしく修理代を持って携帯ショップへ行くことだけだった。  ***    とぼとぼと街を歩きながら、時折片手に握った画面の割れたスマートフォンを見てため息をつく。初めて買った携帯電話だから愛着があったのだ。  それを不注意から壊してしまうなど、後悔しきりだ。しかも、修理費にいくらかかるのかもわからない。なにせ壊したのも初めてだからだ。  仕送りはあるとはいえ、それなりにかかるだろうことを考えるとバイトでも始めるべきだろうか。そんなことを考えながら歩く。    しかし悪いことは重なるものである。そんなぼうっとした姿を狙う影がいるのだ。  平介が未練がましくスマホを取り出したそのとき、真っ黒い影がその手からスマホを奪い去っていく。 「へっ? ……あっ、え、ど、どろぼー!」  壊れたとはいえ大事なデータも入っている。誰かに悪用されることも考えなければならないし、何より直してもらってまだ使うつもりだった。  今日日自分がドロボーなどと叫びながら人を追いかける羽目になるとは。だがドロボーと叫び、誰かがその不届き物を押しとどめてくれればと願うばかり。  しかし、黒い影の動きは尋常ではない。必死に追いかける平介との距離はだんだんと離れていくし、善意の通りすがりが止めようと体を張っても見事にすり抜けていく。  華麗な身のこなしではあるが、その動きはすでに人のそれではない。人の合間を抜け、車を跨ぎ、ビルを飛び越える。尋常な人間のできることではないのだ。  思わず唖然としてビルを飛び越えていった消えた影を見上げる平介。    が、平介に声をかける者がいる。 「俺に任せな! 行くぞ、サンダーボールモン、進化だ!!」 「オッケー! サンダーボールモン、進化!」  突如現れた青年が、頭に付けたイナズマ模様の赤いヘッドホンと、その傍らに立つ丸いマスコット──サンダーボールモンのシルエットが輝き、青と金の輝く翼を持つ巨鳥へと姿を変えてみせた。 「サンダーバーモン!! つかまれ、ライゴ!!」    気風のいい青年がその巨鳥へとつかまり、ビルを文字通り飛び越え影を追っていく。    突然のテイマー出現と進化にあっけにとられていると、さらにもう別の方向から平介に声をかける者が現れた。  こちらの青年も、胸にアルマジロのようなデジモンを抱えている。つまりテイマーだ。   「つ、捕まえるから、待ってて……ください。行くよ、アルマジモン。」 「いつでんよかよ、明生! アルマジモン、進化!」  再び進化の光があたりを照らしていく。光が先ほどの巨鳥すら超える大きな輪郭へと膨れ上がり、4足の恐竜──首長竜が現れる。その背に構えるは、長距離用キャノン。 「キャノンドラモン! 明生、頼むばい。」    姿を変えても残る九州らしき方言が平介の耳に残る。  明生と呼ばれた青年は、先ほどまでのおどおどとした態度が嘘のように堂々と彼方へ視線を移す。前髪に隠された目が捉えたのは遥か遠い先の影。ささやくような小さな声にキャノンドラモンが顔を寄せ、彼の声を聴いている。  そして、そのままキャノンドラモンは顔をあげることなく、長距離砲をぶちかまして見せた。  すでに平介の位置からでは風景の一部となっている影、そのすぐわきを弾丸がかすめていく。  仰天したか、影は一気に高度を上げていく。そして、その後を巨鳥と青年が追撃しているのが、平介にもかろうじて見えた。  一度に二人もテイマーを見るなど巡り合わせというものはあるものだ。平介自身もデジモンと化すということを考えると並大抵の偶然ではない。    遠目にも影の動きは素早く、サンダーバーモンの空中戦も、キャノンドラモンの砲撃もたやすく当たることはなさそうだ。  巨鳥を駆る青年も、砲撃を放つ青年も、連携を取っているような様子はない。知り合いかどうかも怪しい。  だが、何のかかわりもないこの二人は、平介を助けに現れてくれたのだ。ならば、平介も二人の力に成るべきだ。   「あの、明生…さん? おれと先行しているあそこの彼とで、影を追い込みます。どこか、追い込んでほしいところとかありますか?!」  突如話しかけてきた平介に、わずかに目を揺らしながらも、それでもはっきりと明生は応える。 「あの二つの並んだビルに、あそこに追い込んで貰えれば…キャノンドラモンが主砲を直撃させます。」  頷くキャノンドラモン。ならば、次に平介がするのは、かの巨鳥のテイマーとの連携だ。    人ではなく悪さを働くデジモン相手ならば、平介は戦う手段がある。懐から取り出した人形を模したご神体を胸に突き立てる。力を貸してくれと、その言葉にたちまち現れる光の帯が平介を、狼を模した頭部を持つ戦士へと変えていく。ヴォルフモン。その強靭な脚が、ビルを駆けあがり影を追う。  影は遠くとも、稲妻と共に影を追う、空を行く青年がその場所を教えてくれる。    いきなりデジモンへと姿を変えた平介に驚きながらも、明生は改めて二つのビルを見つめ直す。名前も知らない二人ではあるが、困った人を助けようとする気持ちは同じだと思えた。だから、二人があの影を追い込むのを信じ、より正確な砲撃を放つために測量を開始するのであった。  ***  街の上空を切りつけるような速度でドッグファイトを続けるのは、サンダーバーモンへつかまるライゴだ。  対する影は、黒い翼をもつ人型のデジモン──カラテンモン。  戦闘機のごとき鋭いサンダーバーモンの攻撃すら、二振りの剣と読心術によって軽々としのいで見せている。  そこにビルを足場にヴォルフモンとなった平介が飛び込み、二振りの光剣を振るう。  完全な不意打ちだったそれすら、修験道のサトリの術でかわして見せるカラテンモン。 「援軍か!助かるぜ!」 「たぶん砲撃も味方だぜ、ライゴ。カラテンモンしか狙ってないからな。」  攻撃をかわされた平介だが、同時にライゴたち二人へとメモを投げている。2本のビル。書かれているのはそれだけ。心を読むサトリの術相手に詳細を書くことはできない。  5文字のメモを瞬時に把握し、カラテンモンを追い込むべく行動を開始する。この文字を読んだことも、どう動くことも遠からずカラテンモンにはばれる。だが、ライゴたちだけでは厳しくとも、ヴォルフモンとキャノンドラモンがいるならば、できないはずはない。 「一気に押し込むぞ! 頼むぜ、ええッと…。」 「ヴォルフモンだ。よろすく頼む!」  サンダーバーモンとヴォルフモンの二体同時の攻撃を嫌い、上空へと逃れようとするカラテンモン。だが、サンダーバーモンとキャノンドラモンがそれを許さない。  キャノンドラモンは遠すぎてサトリの術で読むことが出来ず、砲撃に気を取られればサンダーバーモンの雷が牙をむく。人にまぎれようと下降すれば、ヴォルフモンが下がることを必死の攻撃で妨げる。  だんだんとライゴとサンダーバーモン、キャノンドラモンと明生、そしてヴォルフモンの連携がこなれていく。  サンダーバーモンが呼び寄せる雷雲がカラテンモンの視界を妨げ、雷と光剣、砲撃が無理やりにでも隙を作りだそうとする。    そしてついにその瞬間が訪れる。電撃を帯びた羽を打ち出すスパークウイングに逃げ場を遮られたカラテンモンへと、ヴォルフモンが二刀を全力で叩きつける。カラテンモンの持つ伊由太加の剣が直撃こそ防いだものの、踏ん張りの利かない空中での一撃である。吹き飛ばされた先は二本のビル、その隙間である。    射線が通る。もう、キャノンドラモンの必殺技、ダイナ・キャノンを妨げるものはない。  明生の小さな声に、一瞬のずれすらなくキャノンドラモンが応える。  音を置き去りに放たれた砲撃が、カラテンモンへと直撃する。激しい衝撃音と共に、カラテンモンが落下していく。  究極体の一撃ではあるが、完全体の泥棒天狗相手である。盗み出したものまで破壊するわけにはいかないため、多少の手加減もあったが、カラテンモンは気絶して地面へと落下することになったのだった。     ***  無事制圧を完了した三人は、カラテンモンを縛り付け(縄などだれも持っていなかったので、平介のベルトを使った)、事情を聞いている。  聞けば、リアライズしてからカラスたちに囲まれて過ごしていたため、光物を集めるように、黒光りする携帯電話の画面が欲しくて仕方なくなってしまったとのことだった。  なんともコメントのしにくい動機に三人とも微妙な顔である。とはいえ、盗んだスマホを隠し場所から取り戻し、目の着くところに置いておくことにする。そのうちお巡りさんへ誰かが届けてくれるだろう。  一方カラテンモンは、明らかにリアルワールドでの体験が悪影響を与えているということもあり、デジタルワールドへと送還することになった。  デジタルワールドへのひずみを嗅ぎ分け、平介が開いた門を通りカラテンモンはかえっていった。  残ったのはテイマー二人にデジモン二匹、そして平介である。口火を切ったのはやはり、明るく快活な雰囲気の青年、ライゴだった。   「なかなかいいバトルだったな! 手ぇ貸してくれて助かったぜ!」 「いや、むしろ一緒さ追いがげでけでどうも。おれごそお礼言わしぇでぐれ。」 「できることをしただけだから……。」  三者三様の理由で不届きなカラテンモンを追いかけた3人だ。自己紹介すらしていないが、すでに仲間意識を感じ始めている。 「で、スマホ無事だったのか? あの砲撃で壊れて無けりゃいいけど。すっげぇ一撃でしびれたぜ!」 「え、と、壊れてたら…ごめんね。」  カラテンモンから返してもらったスマホの電源を入れる。無事に反応したのを確認してようやく息をつく。 「って、画面ぼろぼろじゃん! あれ、むしろ俺らの電撃がまずかったか?!」 「うわ…、僕らだったら、ごめん。」 「いや、取られる前さ落どすてすまって、それで画面割れでるんだ。起動すたがら、さっきのでどうこうってのはねがら安心すてええぞ。」  まあ、これがら修理なんだげんとね。と力なくつぶやく。 「お!なら、一緒に戦ったよしみだ。画面くらいなら直してやるよ。」 「えっ、直せるのが??」 「あったぼうよ!電気情報工学科舐めんなよ? って、待った待った、お前たちも一緒に行こうぜ? せっかく会ったんだから、飯でも食おうぜ。」  その言葉にさりげなく帰ろうとしていた明生も足を止める。平介も、一緒にご飯という言葉に期待してしまう。    なにせどちらも悲しいほど友達がいないのだ。しかも、初対面での会話が苦手な二人としては、さっきまで共闘していたということもあってそこまで緊張しなくてもよさそうである。  そろそろと、戦闘時とは打って変わって自信なさげに明生が頷く。  平介も戦闘中にさんざっぱら方言を使った相手だから、恥ずかしさに口をつぐまなくていいのだ。  ライゴもデジモンへの興味を満たすことが出来る。究極体であるキャノンドラモンを相棒に持つ明生のことも、ハイブリッド体に姿を変える平介のことも、興味津々なのである。 「俺は轟ライゴ。こっちはサンダーボールモンな。よろしく。」 「サンダーボールモンだ。ヨロシク!」 「…土門明生。パートナーはアルマジモン。えと、よろしく。」 「アルマジモンや。よろしゅう。そっちん兄しゃんな東北かい?俺は九州弁。方言使い同士仲良うしようや。」 「逆井平介だ。山形出身で東京さ来だばっかりだがら、方言わかりにぐいっけら言ってけるど助がる。今日は助げでけでどうも。それど…今後とも、よろすく。」 「上京したばっかりってことはもしかして大学1年?俺も俺も!」 「ぼ、僕も1年だ。福岡から来てる。」 「おお!マジか!いいじゃんいいじゃん!で、何喰う?平介のスマホ修理は食ってからってことで。」  三人と二匹が並んで歩くその姿は、きっとはたから見れば仲のいい大学生そのものであった。  終わり