「…何なんだ、あのピエロ……バーガーからニュルっとはみ出たあの玉葱……思い出しただけでも吐きそうになる…!」 全身炙り醤油風味のソースに塗れた千年桜 織姫が身を隠す様に図書館を駆けている。 前世の自分に関する記録を求めて図書館を訪れた織姫は道中で日竜将軍を名乗るデジモンに襲われ、不覚を取ってしまった様だ。ネオデスジェネラル___親戚や友人が次々と撃破している上に自身も既に一人撃破済み。デジモンイレイザーの腰巾着など何て事はない相手だと高を括っていた。しかし今回対峙した敵はあろうことか織姫が最も苦手とする玉葱…正確には玉葱をトッピングしたハンバーガーを武器として使用してきたのだ。 弾幕の様に全方位から襲い来る玉葱入りバーガー『サムライマック』を前に織姫は退却を余儀なくされてしまった。 「ランランルー!!」 どこからともなく聞こえてくる掛け声と共に図書館内の備品が跡形も無く消し飛んだ。 「どうなってんだ…。壊れないんじゃなかったのかよ…」 織姫が事前に聞いていた情報によると図書館内のオブジェクトは破壊不可能との事。だが例のピエロはそれさえも問答無用で消し去ってしまう。消えた備品は謎の力が働いてすぐに再生されるも、追手にとっては標的の居場所さえわかれば良いといったところだ。 「みんなも一緒にやってみようよ!行くよ?ランランルー!!」 再び消し飛ばされる図書館の備品。 身を隠す物が無くなり、ついに織姫は彼女を追って来た存在___日竜将軍、改め冥府闇将軍ピエバーガモンに見つかってしまう。 このまま逃げ回っていても埒が明かない。そう思った織姫は偶然地べたに転がっていたモップを足で蹴り上げてキャッチ。それを二つにへし折り鋭利に尖った断面を前に向けると、槍投げの要領でピエバーガモン目掛けて投げつけた。 「アラーッ!?」 織姫の読み通り、破壊不可能オブジェクトであったモップはピエバーガモンの身体を易々と貫いた。 追撃とばかりにモップのもう半分もぶん投げてピエバーガモンの喉をぶち抜く織姫。 「アラーッ!?」 思わぬ反撃を喰らったピエバーガモンは仰向きに倒れピクピクと痙攣している。ひとまず一矢報いる事には成功し、撤退する為に必要な時間は十分に稼ぐ事が出来た様だ。織姫は足早にこの場を去った。 ここまで距離を取ればしばらくは大丈夫だろう。何せ途方も無く広大な図書館…ネオデスジェネラルとて一人の人間を探し当てるのにはかなり骨が折れる筈だ。織姫が一息入れる事にしようとしたその矢先、彼女のデジヴァイスに何者からかの連絡が入って来た。こんな時に一体誰だとデジヴァイスを取り出す織姫。 『もしもし、ピエバーガモンです。』 ディースキャナの向こう側に居る存在は確かにそう名乗った。奴だ。あの程度でくたばるわけがないとは思っていたが予想以上に早く活動を再開した様だった。 「体勢を立て直す時間さえ与えてくれないってのかよ…」 織姫は止めていた歩を再び進め、何やら賑わっている区画へと向かって行った。 _________________ 賑わった場所では何かの催しでもやっているのかと思いきや、どうやらそうでもない様だ。各所でデジモンを連れたテイマー達が襲い来る敵を相手にドンパチを繰り広げている。そんな中、織姫は見知った顔を見つけた。 鉄塚クロウ。織姫がよく行く大衆食堂『助平飯店』で時折バイトとして働いている少年だ。同時にこれまで数々の修羅場を潜り抜けて来た猛者だという話も聞いている。何かピエバーガモン撃破の足掛かりを得る事が出来ればと思った織姫は声を掛けてみる事にした。 「……鉄塚少年。」 「おわっ!?……何だよ、脅かすなよ」 背後から急に声を掛けられ、思わず変な声を上げてしまったクロウだが織姫は構わず話を続ける。 「突然で悪いが一つ聞きたい事がある。まずは鉄塚少年が苦手で苦手で仕方ない物を思い浮かべて欲しい……もしそいつが弾幕の様に全方位から絶え間なく飛んで来た時、少年ならどうする?」 「ん〜嫌いなモン…ピータンかぁ?つかその少年って呼び方……」 クロウは少年という言葉に対して妙に難色を示している。 「おっと、そいつは失礼…」 クロウの反応を見た織姫はちょんまげを結っていた髪飾りを外して髪を解くと、三つ編みを作ってハーフアップに結び直した。 「…では鉄塚さん…で宜しいでしょうか?」 「お、おう……」 織姫のあまりの豹変ぶりにクロウは困惑を隠せないでいる様子だ。 「もし大量のピータンが全方位から絶え間なく飛んできた時、鉄塚さんならどうなさいますか?ご意見の方をお聞かせ願いたく存じます…」 「どうするって……逃げるしかねえよな、そりゃあ」 「プランA……逃げが勝ちという事ですね…。ありがとうございます。参考になりました…。」 「何かわかんねぇけど役に立てたみてぇで何よりだ。……っていうかピータンがくるフリじゃねえよなソレ?」 「……………そうならない事を祈っています…。では私はこれで……」 「おい!何だよ、今の間は!」 織姫はカーテシーによる挨拶を済ませるや否や、そのままどこかへ去って行ってしまった。 _________________ 図書館内では至る所でイータモンやレイヴモン、ゴグマモン(オニキス)が飛び交っている。だが今はそんなものをまともに相手にしている余裕などない。織姫は極力戦闘を避けつつ、それでも向かって来る個体は打ち捨てられていた箒で薙ぎ倒しながら先を急いだ。 そんな彼女のもとへ上空から巨大な影が何かを探し回る様に飛んで来る。影の主はデジタルワールドの南方を守護すると言われている四聖獣デジモンの一体スーツェーモン。だがどこか様子がおかしい。 織姫が目を凝らしてその姿を観察してみると、体のあちこちに何かがへばり付いている。それはスーツェーモンがこちらに近付くにつれ明らかになった。マスタード及びバーベキューソースだった。二種のフレーバーのナゲットソースがスーツェーモンの身体を蝕む様に付着し、その意思を奪っているものと見受けられる。 スーツェーモンは織姫の持つ闇のスピリットの気配を察知しているのか、すぐ間近にまで迫って来た。ところがスーツェーモンの視界に織姫の姿は映らず、スーツェーモンは素通り。そのまま遠ざかって行ってしまった。 「行ったみたいだぞ」 オニキスの群れに紛れていた本物のゴグマモンの合図で彼の足元からパートナーである虚空蔵 優華子、それに続く様に織姫がひょっこりと姿を見せた。 「一体何なんですの?あれは…」 「殺人ピエロの眷属……ではないかと…」 「どうして織姫さんがそんなのに追われているのか聞いていますの!」 「わかりません……急に襲って来たもので…」 「織姫さんの助けになりたいのは山々なのですが、なにぶんこちらにも所用がございまして…お力になれない事を心苦しく存じますわ」 「お気になさらず…虚空蔵さんは虚空蔵さんの為すべき事をなさって下さい。匿っていただきありがとうございました。ご武運を祈ります…。」 「えぇ織姫さんもお気を付けて…」 互いの無事を祈りつつ、フィストバンプを交わした織姫と優華子はそれぞれの戦場に向かうべく別れを告げた。 _________________ 「ところでエンシェントモニタモンの所在ですが、この先のシアターに引き籠もったまま出て来ない……その情報に偽りはありませんね…?」 目的地へ向け歩いていた織姫がすぐ後ろを付かず離れずついて来ているスプシモンに問いかけた。物陰から顔を覗かせていたスプシモンは織姫の問いかけに応える様に頷く。 基本的にテイマー1人につき担当するスプシモンは1人。だが織姫には何故か担当スプシモンが5人存在しており、その内エンシェントモニタモンの居場所についてはっきりと述べた者は2人のみ。今一つ信じて良いのどうか判断に困るところではあるが、他に手掛かりが無い以上シアターなる場所を目指すより他は無い。 スプシモンの案内のもとシアターへと足を急がせる織姫であったが、そんな彼女の行く手を阻むかの様にデジモンの群れが立ちはだかった。 群れを成しているデジモンの名はバーガモン。全員身体のどこかに黄色い『М』の文字が刻まれており、この事からもピエバーガモンの配下である事が伺える。 道を変えるか、そう思った織姫に更に追い討ちを掛けるかの様に背後からレイヴモンが飛んで来る。しかしながらこれを僥倖と見た織姫はレイヴモンが振るってきた刀剣『烏王丸』を拳で粉砕。呆気に取られていたレイヴモンの手首を掴んで引き寄せるとその顔面目掛けて回し蹴りを放ち、そのまま気を失ったレイヴモンをバーガモンの群れに向かって放り投げた。バーガモン達がレイヴモンによって撥ね飛ばされ、道が拓けたところに一気に駆け込んだ織姫は正面に割って入ったバーガモンの顔面に渾身のパンチをクリーンヒットさせて吹っ飛ばし、これが後方で控えていた群れに命中。確保された安全な通り道が再び塞がってしまう前に足早に駆け抜けた。 _________________ 織姫がバーガモンの群れを振り切ったその直後の事であった。 「待ちなさーーい!!」 筋骨隆々なバーガモンの亜種と思しき個体が両腕を広げながら追いかけて来た。 「エンシェントモニタモンの所へ行くつもりね!そんなの許さないわ!」 オネエ口調なこのバーガモンの名はツキミバーガモン。自称日竜軍の副将軍にしてピエバーガモンの右腕を名乗る完全体デジモンだ。 脅威的な速さですぐ間近にまで迫り来るツキミバーガモン。 その時。 コツコツ…… どこからともなく鳴り響いたヒールの足音と共にクールでミステリアスな雰囲気を醸し出す眼鏡の女性がツキミバーガモンの眼前に立ちはだかった。 「やはりそういう事だったのね」 「橘樹さん……あなたもいらしていましたか」 一体何がそういう事なのかは不明だが橘樹と呼ばれた眼鏡の女性は何かを悟った様な物言いで静かにツキミバーガモンを見据える。 「あら、良い身体してるじゃない。でも…わたしの方が、おっぱい大きいわ。」 対するツキミバーガモンは品定めをする様に眼鏡の女性__橘樹 文華の身体つきをまじまじと眺めると、対抗意識を燃やすかの如く己の身体をくねらせながら見せつける。 「(うわ…何このオカマ…気持ち悪っ!?織姫さん、さっさとこいつ倒してくれないかな…)…それにしても、織姫さんともあろう方が随分と苦戦しているみたいね。ここは少しばかり私が助太刀してあげましょうか?」 「……恩に着ます橘樹さん」 自身の事をそっちのけで話を進める二人に苛立ちを覚えたツキミバーガモンは先程と同じ言葉を怒鳴る様に反復する。 「わたしの方がっ!…おっぱい大きいわ!!」 「ではこいつの相手は頼みました」 「えぇ…引き受けたわ(やっぱりそうなるか〜、そうなるよね!…もう)」 不承不承ながらも表面上はクールな雰囲気は損なわず、ディースキャナーを取り出し構える文華。 「スピリット…エボリューション!!」 高らかに叫んだ直後、服が弾け飛び文華は生まれたままの姿になる。次第にその豊満なプロポーションを誇る身体は黒く変色し、彼女を取り囲む様に闇の闘士レーベモンを構成するパーツが次々と出現。身体に吸い付く様に一体化すると、文華の姿は完全にレーベモンのものへと変化を遂げた。 「レーベモン!!」 最後に「断罪の槍」と「贖罪の盾」を手に取り構えて名乗りを上げ、進化を完了する。 「あらやだ!誰このイケメン!?誰このイケメン!?嫌いじゃないわ!」 面食いなのか、レーベモンへと進化を遂げた文華の姿を見るや否やツキミバーガモンは手の平を返したかの様に歓喜の声を上げる。 そんな喜びの最中のツキミバーガモンを一気に距離を詰めたレーベモンの容赦のない斬撃が襲う。 「あん!嫌いじゃないわ!」 攻撃を受け、吹っ飛ばされるもツキミバーガモンはすぐさま体勢を立て直し触手の様に伸ばした両腕で反撃に転じる。 しかしながらレーベモンはこれに難なく対処し、触手をスパスパと切り裂くとガラ空きになったツキミバーガモンの土手っ腹に蹴りを入れた。 「おうふっ!?……嫌いじゃないわ!」 尚も反撃の手を緩めないツキミバーガモンは一度距離を取ると周囲に大量の月見バーガーを出現させ、それを弾幕の如く発射した。 レーベモンはそれを躱しつつ、胸部にある獅子の口から放たれるエネルギー弾『エントリヒ・メテオール』を連射。追撃とばかりに押し寄せて来た月見バーガーを全弾見事に撃ち落とし、最後の一撃は隙の生じた本人に命中させる。 その一切の無駄の無い洗練された動きは織姫さえ見惚れるほどであった。 「何をぼさっとしているの?行くところがあるんでしょう?(あんまりまじまじ見られて後で戦い方のダメ出しされるのも嫌だしなぁ〜…)」 「…そうでしたね。ご助力、ありがとうございました」 「礼には及ばないわ。十闘士は助け合い………でしょう?」 織姫が駆け出したと同時にレーベモンは槍を用いた必殺技『エーヴィッヒ・シュラーフ』を発動。一瞬でツキミバーガモンに接近し、その身体を貫いた。 「仰る通りだわーーーーー!!!」 胴体を貫かれたツキミバーガモンは断末魔の叫びを上げながら爆発四散してしまう。 「どう?逆井くん、これが伝説を受け継ぐ闘士の戦い方よ」 戦いを終え、進化を解いた文華は背後へ振り返る。だがそこには逆井なる人物の姿は無い。途中までは行動を共にしていたが、どうやらどこかで逸れてしまった様だ。 「あれ?逆井くん?」 先程までのクールな装いはすっかり鳴りを潜め、慌てた様子で周囲をキョロキョロと見回す文華であった。 _________________ 一難去ってまた一難。この図書館を訪れてからというもの、織姫に安息の時間というのはやって来ないらしい。 広大なスプシ図書館の天井を覆うほどの夥しい数のデジモン達。 ピエバーガモンはバーガモンの亜種であると同時にピエモンの亜種でもある。イビルモン、ブギーモン、フェレスモン、メフィスモン、ガルフモン、ムルムクスモン___ナイトメアソルジャーズに所属する数多のデジモン達をも配下として従えているのだ。 「これほどまでの数を相手にするのはズィードクズルーモンと戦った時以来でしょうか……あの時と同じ轍は踏まぬ様にと己を鍛え直した甲斐があったというものです。」 織姫はディースキャナーを静かに取り出し握りしめた。 両手の拳に力が入ったのか指の関節からはギチギチギチと物凄い音が鳴る。 「未来を染める漆黒の闇……!スピリット…エボリューション!!」 織姫が口上を叫ぶと同時に身に着けていた衣服が弾け飛んだ。 文華と比較すると所謂お子様体型故に身体の凹凸は乏しい。何より衣服と共に義眼や義足まで消え失せてしまった為、ややスプラッタな光景が広がっている。 しかしながら次第に身体が黒く変色するにつれて幼かった体つきは見る見る内に文華のそれに負けず劣らずな豊満ボディへと急成長して行く。 肉体の成長が止まると同時に織姫の周囲にレーベモンを構成するパーツが出現し、それらを吸い寄せるかの様に身に纏い文華と同様レーベモンへ進化……と思いきやその直後、全身が禍々しい炎の様なオーラに包まれた。 レーベモンを呑み込んだオーラは渦を巻き、双頭の邪竜の様な姿を形作って大きな雄叫びを上げる。 次の瞬間オーラは弾け飛び、漆黒の鎧を纏いし呪われた闘士がその姿を露わにした。 「ダスクモン!!」 最後に名乗りを上げて進化は完了。こちらへと向かって来る無数のデジモン達の方へ静かに歩み寄る。 『___織姫、想像力を解き放て____。』 ふいに闇のスピリットが織姫の意識に語りかけた。 『えぇ、わかっていますとも…。』 織姫がスピリットに応える。 「ガイスト……アーベント!!!」 ダスクモンの鎧にあしらわれた七つの目玉から針山の如く、数え切れないほどの数のビームが一斉に発射された。 ビームの一つ一つが必殺の威力を誇る上に追尾機能も備わっており、避けようとしたフェレスモンが、メフィスモンが、ムルムクスモンが、たまたま近くに居た斡旋屋とレイヴモンが、次々と一撃のもとに葬られて行く。 それをも掻い潜りボス格と思われるガルフモンがダスクモンに迫り来る。 その刹那、ダスクモンの身体から尻尾が生えた。古の闘士エンシェントスフィンクモンを彷彿とさせる、まるで槍の如き形状の尻尾だ。 尻尾の先端からも同様のビームが放たれ、ガルフモンの頭部を跡形もなく消し飛ばした。 事切れ力無く高度を下げる身体も目玉から放たれたビームが焼き払う。 かくして織姫に襲い掛からんとしたナイトメアソルジャーズの大軍は瞬く間に全滅したのであった。 「スプシモン?無事ですか?」 進化を解き、後ろの物影に語りかける織姫。ちゃんと5人居る。どうやら全員無事な様だ。 「さて……確かこの辺りだったと記憶していますが…」 織姫が視線を向けた先にはデカデカと『しあたー』と書かれている場所がある。 ようやく辿り着いた。織姫は安堵して『しあたー』なる場所へ突入した。 内部は広大ながらも膨大な数のモニターが所狭しと並んでいる。そしてそこにはモニター越しに図書館全体の様子を伺っているデジモンの姿もあった。 「ようやく見つけましたよ。」 「あら、あなたは…ふふ」 「ご無沙汰……いえ、この姿でははじめまして…と言うべきでしょうか。エンシェントモニタモン…」 _________________ どうやら今日はことごとくツキに見放されているらしい。織姫は痛感した。 用事を済ませてシアターを出るや否や先程のスーツェーモンがお出ましの様だ。こちらへ向かって一直線に飛んで来る。 「そうですか……わかりました…どの道倒さねばならぬなら今ここで」 織姫は義足内に仕込んでおいた折り畳み傘を取り出しスーツェーモン迎撃の準備を整える。 そこへ突然何者かが織姫に声を掛けた。 「千年桜!ちょっと待つだ!」 「……逆井さん?」 駆け付けたのはヴォルフモンこと逆井 平介。体のいい使い走りとしてこき使う事も多々あるが織姫にとっては頼もしい戦友でもある。 「いっだい何さ考えでる!?いくら何でもほだな傘一本であだな奴と戦うなんて無茶だべ!」 「…それが何か?もしここで私が倒れる様な事があればあなたに面倒事を押し付ける者が居なくなる… 逆井さんにとって決して悪い話ではないと思いますが…」 「おめ、おれがどういう奴か知ってで言っでるだが!?ほだな事言われではいそうですかってなるわけ無いべ!おめの事は絶対に死なせね!!」 ヴォルフモンは涙目ながらに訴え、こちらに飛んで来るスーツェーモンの方へ向き直った。 「言いましたね、逆井さん…でしたら今回も遠慮なく使い倒させていただきます。まずは奴の注意を引いていただけますでしょうか? あれとまともに相手をするのなら何よりも地上に引き摺り降ろす事が必要不可欠……逆井さん、つい先日新しい力を手に入れたのでしょう?小回りの利かなそうなデカブツを撹乱するにはまさにお誂え向きな獣の力……」 相変わらずそういった情報をいったいどこから仕入れてくるのだろうか…と平介は思ったがこの様な事はもはや何度目かも分からない。平介はもう何も聞かない事にした。 「来ますよ、逆井さん」 「あぁ分がっでるだ」 ヴォルフモンは向かってくるスーツェーモンの方へ、織姫は幅の狭くなっている通路へとそれぞれ走り出す。 「……力さ貸してけろ」 ヴォルフモンは御神体を取り出すと、それを握りしめ静かに呟いた。次の瞬間、御神体は激しい光を放ち、ヴォルフモンの体を包み込む。 ヴォルフモンの形をしていた光はやがて形を変えて拡散、光の闘士ガルムモンが姿を現した。 まず手始めにガルムモンは牽制の為に威力を抑えた『ソーラーレーザー』を数発、スーツェーモンの顔面目掛けて放つ。 ガルムモンの目論見通り、スーツェーモンはガルムモンへと意識を向けた。 逆上したスーツェーモンは火炎弾を無数に飛ばしてガルムモンを焼き払おうと試みるも、超高速で移動するガルムモンを捉えられずに居る。 一方その同じ頃、軽快に壁を蹴って空中へと跳び上がった織姫は持っていた傘を広げて更に高く舞い上がった。 まるでプロペラの如く傘が回転しながら飛行し、ガルムモンと交戦中のスーツェーモンに背後から接近する。 背後から忍び寄る存在に気付いたスーツェーモンは背中からも火炎弾を発生させて織姫目掛けて発射した。しかし織姫は隠し持っていた魔導筆なるアイテムでこれに応戦。筆の先端から放たれる光弾で火炎弾を相殺した。 「(法術を使用するのは私が眼と足を失った日以来でしょうか…… 想像以上に体力持って行かれますね…。本格的に実戦投入するなら鍛錬を積む必要がありそうです。)」 火炎弾を全て撃ち落とされたスーツェーモンは再び放たんと身体の周囲に炎の渦を発生させる。だがそこへガルムモンのソーラーレーザーが直撃。攻撃が中断された事で苛立ち今一度標的をガルムモンに定めた。 その瞬間を織姫は見逃さなかった。 スーツェーモンの真上へと移動した織姫は傘を閉じて蹴りの構えに入るとそのまま急降下。蹴りが命中する既の所でダスクモンに進化し闇のオーラを纏った強烈なキックをスーツェーモンへお見舞いした。 キックの勢いに押されながら悲痛な叫びを上げ転落して行くスーツェーモン。 それでも尚、抵抗の意志を絶やさないスーツェーモンに対しダスクモンは闇のオーラを更に放出させながらキックに錐揉み回転を加えた。 「ウォオオオオオ!!セイヤァァァァァァァァアッ!!」 ダスクモンの気迫の籠もった叫びと共にキックはスーツェーモンの身体を貫き、ダスクモンは地上で待機していたガルムモンの隣に並び立った。 「地上に引き摺り降ろすのが先決だなんで言っでだけど倒してねか?あれ」 「まだです。仮にも神と形容されるほどの強大なデジモン……あれで終わりとは到底思えません…」 ダスクモンの指摘した通り、スーツェーモンは未だ健在であり両翼を前脚の如く利用して二人に向かって来た。 「逆井さん…ぶっつけ本番になって申し訳ないのですが以前申していたアレ……今ここで出来ますでしょうか?」 「できないって言っても聞く耳たがねのはもうわかってるべ」 そう言いながらガルムモンは再びヴォルフモンへと姿を変える。 「話が早くて助かります。では…………行きますよ」 ヴォルフモンのリヒト・シュベーアトとダスクモンのブルートエボルツィオン。両者の得物による斬撃が同時に放たれた。 「「ケイオスフィールド!!」」 光と闇__真逆の性質を持つ二つの属性が一体となり脱出不能の混沌が生み出される。 混沌は神と呼ばれる存在さえも容易く飲み込み、たちまちその身体を蝕んでいく。 スーツェーモンは苦悶の声を上げながらも必死に抵抗せんと暴れ回るが、ついには力尽き動かなくなってしまった。 それを見たヴォルフモンがほっと一息つき何かを口走ろうとしたその時、ダスクモンが妖刀の切っ先を彼の喉元へと向けた。 「逆井さん、それ以上は何も言わないで下さい…。それはフラグというものですので…。」 ヴォルフモンが黙って頷くと同時にダスクモンも矛を収めた。 _________________ 進化を解いて人間の姿に戻った二人は一先ず平介が途中で逸れたという文華を探す事になった。 先を歩いていた織姫が不意に話し始める。 「それにしても言う様になりましたよね、逆井さん…。私に対してあんな風に啖呵を切るとは正直意外でした…。」 「…え?」 「まさかあなたが私の為に涙を流す日が来ようとは……思っても見なかった事です…」 そう言って急に立ち止まったかと思うと振り返り、ニコッと平介に笑いかけてみせた。 「ありがとな。格好良かったぞ、平介」 そしてそれを目の当たりにした平介はと言うと、次第に目元が涙で溢れ泣き出してしまった。 「……逆井さん?」 「何だが千年桜に認められた様な気がして嬉しかっだってのも勿論あるけんどぉ…血も涙も無え冷徹お嬢だと思っでた千年桜もこだな風に笑うんだって思うと凄く安心しでぇ……!」 「逆井さん……あなた本当に言う様になりましたね………」 「……すまね。でもおめの笑顔ば可愛いっで思った事に嘘偽りは無ぇべ」 「うっせぇ……彼氏持ちに安易にそういう事言うんじゃねぇよ…………ばか」 涙を指で拭いながら言った平介の一言に織姫はまるで照れを隠すかの様に視線を背けた。 「そっかぁ、千年桜は彼氏持ち……ってえぇぇぇぇぇぇぇ゙ぇ゙ぇ゙ぇ゙ぇ゙!!?」 今日一の驚きを見せ、口をあんぐりと開ける平介。 何もそこまで驚く事ないだろと織姫もこれには不服な不服な様子だ。 そこへ平介の叫び声を聞きつけたであろう文華がやって来た。 「逆井くん、こんなところに居たのね。あれほど私から離れない様にと…言って聞かせた筈よね?(良かった〜。このまま道に迷って帰れなくなるんじゃないかと本当に焦ったわ。)」 「一人で勝手に走ってったのは橘樹さんの方でねが…」 「独断専行した上に人のせいにするつもり?」 「いえ、これはむしろ橘樹さんの監督不行き届きと見るべきかと…」 「…確かにそれも一理あるわね(逆井くんを庇った!?織姫さんが?…て言うか織姫さん、何か機嫌良い?)」 そんな何気ない会話を三人で交わしている最中の事であった。 周囲に居たスプシモン達に突然異変が起きた。 画面を模した彼らの顔にノイズが走り、別の何かが映り込んだ。奴だ。野球のユニフォームに身を包んだピエロが得意気な様子でボールを構えている。 その直後、どこからともなくウグイス嬢の様なアナウンスが図書館内に鳴り響いた。 『ピッチャー代わりまして、ピエバーガモン。ピエバーガモン。』 「お前ら、そっから離れろ!!」 次の瞬間、織姫が平介と文華を突き飛ばしたと同時に物凄い勢いで飛んで来た剛速球が織姫の右手首に被弾してしまう。 「くっ……!」 痛みで表情を歪める織姫に二人が駆け寄った。 「千年桜…!大丈夫だが!?」 「落ち着いて逆井くん、織姫さんなら大丈夫よ(大丈夫……よね!?お願いだからそうであって!この子が戦線離脱したら私の負担が…)」 「えぇ、橘樹さんの言う通り私は大丈夫です…。 それよりお二方、もう一度だけお手を貸してはいただけないでしょうか…?悪の親玉がお出ましの様です…」 織姫は負傷した右手の拳をグッと握り締めながらある一点を見据えている。その視線の先には先程スプシモンの顔面に映り込んでいたデジモン__ピエバーガモンの姿があった。 「あぁ、勿論だ。おれにも手伝わせてけれ」 「…これで貸し二つ目、だからね」 織姫を中心に並び立った三人の闘士達。 織姫と文華はディースキャナーを、平介は御神体をそれぞれ構えた。 「未来を染める漆黒の闇…!」 「おれに力さ貸してけろ」 「(二人とも口上みたいなのあってズルい!私も何か即興で……)星に願いを……!!」 「「「スピリットエボリューション!!!」」」 デジコードにつつまれダスクモン、ヴォルフモン、レーベモンへと進化した三人。今ここにピエバーガモンとの決戦の火蓋が切って落とされた。 _________________ 「ピエバーガモンマジック!!」 ピエバーガモンの掛け声と共に5体のデジモンが姿を現す。そのうち何体かはダスクモンこと織姫も見覚えのあるデジモンだ。 冥府闇将軍と肩書きを変えただけあってどうやらピエバーガモンには死者を蘇らせる能力があるらしい。 「ズィードクズルーモン!」 「ヴェノムバウタモン!」 「メタルガニモン!!」 「ラブリーデビモン!」 「アナザーラーナモン!」 復活した歴代の日竜将軍達が次々と名乗りを上げる。 「ゴー、アクティーー!」 口火を切って掛けられたピエバーガモンの号令と同時に日竜将軍達は一斉に三闘士に襲い掛かった。 レーベモンはズィードクズルーモンとヴェノムバウタモンを、ヴォルフモンはメタルガニモン、ラブリーデビモン、アナザーラーナモンの3体を、そしてダスクモンはピエバーガモンをそれぞれ相手取る。 レーベモンはヴェノムバウタモンが雨の様に降らせた剣を断罪の槍で的確に薙ぎ払いつつ胸部から放つエネルギー弾で牽制。 更に飛んで来た剣の中の一本を手に取り、槍と併せた二刀流で背後から不意討ちを仕掛けようとしたズィードクズルーモンを斬り伏せた。 そのすぐ傍ではヴォルフモンが左腕から放たれる光弾『リヒト・クーゲル』を連射しアナザーラーナモンの動きを封じながら一気に距離を詰めている。 死角からメタルガニモンが跳び掛かるもヴォルフモンがこれを回避したためにアナザーラーナモンと激突。2体の将軍は折り重なった状態で伸びてしまう。 残るはラブリーデビモンのみ。リヒト・シュベーアトと槍の様に伸びた爪との鍔迫り合いが繰り広げられる。 「ピエバーガモンマジック!」 またもや唱えられた胡乱な呪文。今度は雰囲気作りとして館内に設置されていた机が、本棚が、次々と浮かび上がって降り注ぐ。 最強の盾とも言える破壊不能オブジェクトは冥府闇将軍の手により最強の矛となってダスクモンに牙を剥く。 クロウの助言通り、逃げという名の回避行動に徹するダスクモン。 ソファを、台車を、PCを、ただひたすら避け続ける。いずれ生じるであろう一瞬の隙を見逃さない為に…。 そして一際大きな丸型テーブルを躱すと同時に一気に詰め寄り、ピエバーガモンの背後へと回り込む。 「ガイスト……アーベント!」 胸部の目から無防備なピエロの背中目掛けてビームが放たれた。 「腐!」 しかしピエバーガモンは難なくこれを回避。嘲笑とも取れる不気味な笑い声を上げた冥府の闇将軍はまさに反撃せんとばかりに拳を振りかざす。 「アラァーーッ!?」 しかしその瞬間、背後からの不意討ちがピエバーガモンを襲った。空振った筈のガイストアーベントがその背中を捉えたのだ。 予想外の攻撃に倒れ伏すピエバーガモンのそのまた向こうには先程放り投げられた丸テーブルがあり、その中央には焦げ後が確認できる。 「ウルトラマンパワードとエンシェントモニタモンに感謝…ですね。あと鉄塚さんにも…」 これで止め___そう言わんばかりの妖刀の一撃が振るわれようとした。 しかし… 「うっ……」 突如変身が解けて元の姿に戻り、膝を付いてしまう織姫。 「織姫さん!!」「千年桜!!」 度重なる連戦の疲労と手首への深刻なダメージが原因で進化を維持する事が出来なくなったらしい。 「クソっ!……こんな時に…」 それでも尚、立ち上がって攻撃の手を止めようとしない織姫だが、彼女の眼前には弾幕の様に広がる図書館の備品とハンバーガーがすぐ間近にまで迫っていた。 もはやこれまでか……どうせここでなら死んでもすぐに生き返る事が出来る……このままこいつの手にかかるくらいならいっそ自ら舌を噛み切って……… そう織姫が覚悟を決めたその瞬間であった。 「ブラストガトリング!!」 どこからともなく放たれた無数の弾丸が備品を吹き飛ばし、ハンバーガーを粉砕し、更には巨大な影がピエバーガモンを撥ね飛ばした。 光を失いかけていた織姫の瞳が一瞬にして輝きを取り戻す。 「遅くなってごめんなさい。織姫ちゃん、大丈夫ですか?」 顔を上げた織姫の前にそっと手が差し伸べられた。 視線の先にはツナギを来た女性とそのパートナー、タンクドラモンの姿があった。 「えぇ…もう大丈夫です。あなたが来てくれたので………私の、彦星様…。」 織姫が彦星様と呼ぶこの女性の名は奈良平 鎮莉。 織姫にとっては頼れる姉の様な存在であり、好意を寄せる想い人でもある。 差し伸べられ手を取り立ち上がった織姫はピエバーガモンに向かって言い放つ 「形勢逆転……ですね。勝利の法則は決まりました。」 同時に近くで大きな爆発が起きた。 驚いたピエバーガモンが爆心地へと振り返る。 巻き怒る硝煙が晴れ、やがて景色がはっきりと確認できる様になる。 そこに姿を見せたのはベオウルフモンとライヒモン、光と闇の二闘士であった。 冥府より蘇った日竜将軍達は二人の活躍により再び地獄へ送り返されたのだ。 「何してん?アホンダラ」 ピエバーガモンが怒りに任せて一直線に走って来る。 迎え撃つ織姫はスカートの内側に隠し持っていた直方体の物体を手に持ち、そしてピエバーガモンの側頭部を力一杯殴打した。 _________________ 「あなたが知りたがっていた情報はデジヴァイスに転送しておいたわよ〜。前世の親御さんに会えると良いわね〜」 時は遡ること少し前、シアターに辿り着いた織姫はそこの主、エンシェントモニタモンと出会い前世の自分に纏わる情報を提供して貰っていた。 受け取った情報を軽く流し見る織姫。 その中に一つ、気になるものを見つけた様だ。 「ちょっと待って下さい……あのピエロの正体って…」 「えぇ、そうよ〜。あなたにとっては因縁浅からぬ相手…って事になるわね〜」 「そう………ですか。面白い情報をどうもありがとうございます…」 前世の家族の足取りを掴むという一応の目的は達成された。 しかし、この図書館で為すべき事はまだ終わっていない。そういった面持ちだ。 「もう一つ良いですか?エンシェントモニタモン。 六法全書を、物理書籍で、大至急お借りしたいのですが宜しいでしょうか?」 「ふふ、いいわよ。ドキュメモン、用意してあげて」 エンシェントモニタモンの指示を受けたドキュメモンが駆けて行く。 「それにしても六法全書なんて一体何に使うのかしら?だいたい想像は付くけれど〜」 「どうしてもど頭をど突いてやりたい相手が居るんですよ、あの鈍器で…」 「ですよね〜…」 戻って来たドキュメモンから六法全書を受け取ったエンシェントモニタモンはそれを織姫に手渡した。 「頑張ってね。一ノ瀬 愛里(いちのせ らぶり)ちゃん。」 「……今の私は千年桜 織姫です。」 「あらあら、そうだったわね〜。ラブリにベガ……どっちもお名前キラッキラね。」 「放っておいて下さい…。 では私はこれにて失礼致しますので…」 「は~い。健闘を祈ってるわ〜」 六法全書を受け取り、シアターをあとにする織姫をエンシェントモニタモンは手を振り見送った。 _________________ バキィッ!! 首が折れる音が痛々しく響き渡る。 さしものピエバーガモンも破壊不能効果を付与された六法全書による全力の打撃を食らってはひとたまりもない。足取りもおぼつかず大きな隙を晒してしまう。 これを逃すまいと織姫は力を振り絞ってダスクモンへと進化。 両腕の妖刀で瞬く間にピエバーガモンを三枚おろしにして胸部の目玉から渾身のガイストアーベントを放った。 「アラァーーーーーーー!?」 ゼロ距離からの光線に焼かれピエバーガモンは跡形も無く消滅してしまった。 直後、ダスクモンは進化を保てず織姫の姿に戻ると力無く崩れ落ちる。 が、既の所で鎮莉が支え、その華奢で小さな身体を抱き寄せた。 「また黙って居なくなったと思ったらこんな無茶をして!今度という今度は許しませんよ」 織姫を抱き締める鎮莉の力は存外強く、今の織姫にとっては嬉しいながらも少々苦しい様だ。 「奈良平さん……あの…動けないので放していただきたいのですが…」 「ダメです。放したら織姫ちゃん、またどっか行っちゃうじゃないですか。ちゃんと反省するまで放しませんからね」 「…………わかりました。その……心配かけてごめんなさい、奈良平さん…」 織姫も受け入れ抱き締め返す。 両者の身長差は著しく、もはや抱き締めると言うより鎮莉が織姫を抱きかかえているといった格好だ。 「チッ……こんなの見せつけられる為に協力したわけじゃないんだけど…。次の本のネタにでもしないと腹の虫が治まらないわ。」 「橘樹さん、おれ達は出店さ見で回るだ」 「なんでよ!?これからが良いところなのに!?」 「だからだべ!邪魔ばしようもんなら後がおっかね…」 「え?ちょっと逆井くん!?」 意地でも居座ろうとする文華を平介は引っ張り、この場をあとにした。 「奈良平さん…」 「……何ですか?織姫ちゃん」 「恐らく私は今後も勝手に居なくなって今回の様な無茶をやらかします……。その時も、今みたいに私を叱りに来ていただけますでしょうか…?」 「こら〜、調子に乗るんじゃありません。」 「……」 「ですが約束はしましょう!たとえ織姫ちゃんがどこへ居ても、私は必ず駆け付けます。」 「っ!?…………………ありがとう……鎮莉」 鎮莉の言葉に思わず涙ぐむ織姫。 そんな二人の様子を遠目で眺めている男が一人、自身の指に嵌めた指輪に話しかける。 「ガルバ、あの金髪の方の女、なんか妙な感じがするな…一応確認するか」 「そうだね、カイ……………ちょっと待って!あの二人が居るすぐ近く、何か様子が変だよ」 ガルバなる指輪の指摘を受け、流紋カイが目をやった場所………それ丁度ピエバーガモンがダスクモンによって葬られた場所であった。 どす黒い粒子の様なものが小さな渦を巻いている。 織姫と鎮莉も異変に気付いたのか、同様の場所に視線を向けている。 渦は次第に色濃く大きくなっていき、そして… 「ッアーロ!!」 ピエバーガモンが現れた。 ダスクモンに倒された筈の冥府闇将軍が再び蘇ったのだ。 同時に紺色の靄の様な何かがピエバーガモンの体内に流れ込む。 謎の靄に取り憑かれたピエバーガモンは項垂れたかと思うと次の瞬間、顔をムクリと上げ不気味に赤く発光した両目を見開き声高に宣言をした。 「我が名はデジモンイレイザー!…感謝するぞ、フェイク・ジョーカーモン。貴様の尽力で私は新たな肉体を手に入れる事ができた。 そしてピエバーガモン…貴様の体、私が貰い受けたぞ!」 殺人ピエロの肉体を得たデジモンイレイザーはねめつける様な視線を織姫へと向ける。 「そうか、あの闇のスピリットを持つ小娘が憎いか…ならばまずは手始めに奴から屠ってやろう…!」 織姫に狙いを定め、音も無く歩み寄るイレイザー。 咄嗟に鎮莉が織姫を庇う様に前に立つ。 だが突如デジモンイレイザーはその足を止めた。 「どうした事だ……体が…動かん」 「ピエバーガモンのこと大好きだなんて、嬉しいなぁ」 「……ピエバーガモン貴様!?何のつもりだ」 「勿論ピエバーガモンも君のことが大好きだよ!」 「馬鹿な!?こんな事があってたまるものかぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」 予想だにしなかった事態に悔恨の叫びを上げるデジモンイレイザー。 ピエバーガモンの身体を乗っ取ったつもりが逆に取り込まれ、消滅してしまう。 「朝ご飯食べて元気もぉりもり!!」 恐るべき生命力で復活を遂げ、更にデジモンイレイザーをも吸収しパワーアップを果たしたピエバーガモンは再び織姫にその矛先を向けんと歩み出した。 しかし鎮莉との愛を今一度育んだ織姫に恐れるものなどもはや何も無い。 「奈良平さん…私と一緒に戦って下さい…」 「えぇ、勿論お手伝いさせていただきますよ!織姫ちゃん」 「…というわけですので………今度こそ決着を付けましょうか………オワコンピエロ!!」 織姫は啖呵を切りながらディースキャナーを掲げる。 次の瞬間、紫色の発光体がどこからともなく飛んで来たかと思うと織姫の持つディースキャナーへと取り込まれた。 画面には織姫のよく知るスピリットの姿が映り込んでいる。 『闇のスピリットK』 カイザーレオモンの魂を宿したスピリットであり、織姫が前世で愛用していたものだ。 「未来を染める漆黒の闇…!」 「ハンバーガーが4個分くらいかな?」 織姫の進化を阻止せんとピエバーガモンは巨大ハンバーガーをぶん投げた。 しかし織姫はそれらを変身ポーズとして取り入れたアクションで次々と蹴散らしていく。 「スピリット、エボリューション!!」 周囲で巻き起こる爆風の中、織姫の身体が無数のデジコードで包まれた。 直後、繭状になったデジコードから黒い稲妻が走りピエバーガモンを跳ね飛ばす。 稲妻は次第に何かを形作り、やがて漆黒の鎧を纏いし獅子__カイザーレオモンへと変化を遂げた。 猛獣の如き唸り声でピエバーガモンを威嚇する様に睨み付けるカイザーレオモン。 吹き飛ばされたピエバーガモンは立ち上がり、またも胡乱な呪文を唱える。 それに応えるかの如くヴァロドゥルモンとオニスモンが上空から舞い降りた。両者ともスーツェーモン同様に身体のあちらこちらがナゲットソースに侵食されている。 「くんくん……何やらハンバーガーの良い匂いが…」 「琴吹さん?」 「あ!その声は織姫さんじゃないですか!織姫さんもいらしてたんですね!」 そこへ突然やって来たのは琴吹 彩音。織姫の友人兼趣味仲間のモデラー少女だ。 「何やらお取り込み中の様ですが、わたし達もちょっとお邪魔させていただきますね!」 彩音の言葉と共に彼女のパートナーデジモンであるオメガモンX抗体(マーシフルアンプリファイド)が出現。一目散に飛んで来たヴァロドゥルモンを迎え撃った。 「オラ達も行くっペよ!」 「はい!思いっきりやっちゃいましょう!」 「タンクドラモン、究極進化ぁぁぁぁっ!!ブレイクドラモン!」 同時に究極体へと進化したタンクドラモンもオニスモンとの戦闘を開始する。 「行ってみよう!」 状況を不利と見たピエバーガモンは更なる増援を召集。突如開いたデジタルゲートから巨大なハンバーガーショップが出現すると手足が生え、ロボットの様な姿へと変形した。 カイザーレオモンに迫る巨大ロボ。しかし… 「させるか!!」 先程遠くから様子を見ていた流紋カイが颯爽と駆け付け、これに立ち向かう。 「どなたか存じませんが助太刀ありがたく存じます…。これで私も心置きなく戦えます。」 カイに一言礼を述べた後、ピエバーガモンの方へと向き直ったカイザーレオモンは一気に駆け出した。 「腐!」 ピエバーガモンはひらりと突進を躱す……しかしその直後、ピエバーガモンの肩に何か鋭い物で斬り裂かれた様な傷がパックリと開いた。 ピエバーガモンに背を向け着地したカイザーレオモンは流し目で標的を見据える。 _________________ 「ガルルキャノン!!」 その頃、オメガモンは右腕からの砲撃を間髪入れずに連射し、ヴァロドゥルモンに一切の反撃を許さず追い詰める。 ブレイクドラモンは両腕のショベルでオニスモンの急降下爪攻撃に応戦。攻撃後に生じた隙をすかさず狙いドリルによる一撃を浴びせた。 「引き受けたは良いが、こんなデカブツどうすりゃ良い!?刃が通りそうにないぞ。」 巨大ロボの攻撃は大振りであるが故に避けるのは容易いものの、見た目通りの頑強なボディは中々にダメージが通り辛く、カイは攻め倦ねている。 そこへガルバが口を開いた。 「カイ!額にあるMのマークだ!このロボットは恐らくあそこから力の供給を受けている!あれを壊せば奴の動きは止まる!」 「額のMのマーク…承知した!」 ガルバからの助言を受け、カイは巨大ロボの額に狙いを絞った。 _________________ 「シュヴァルツ・ドンナー!!」 ダメージを負ったピエバーガモンに対し、追い討ちとばかりに黒い光弾を撃ち込むカイザーレオモン。 光弾はピエバーガモンの上半身を吹き飛ばすも冥府の将軍はすぐさま再生してしまう。 その時、カイザーレオモンの身体に突如異変が起こった。 背中からはベルグモンを思わせる翼が生え、尻尾の先端はベルグモンの頭部の様な形状に変わり、両肩の装甲はダスクモンの両腕を思わせる魔竜の如きフォルムへと変化する。 織姫の体内に蓄積されていた呪いがスピリットに影響を与え、カイザーレオモンとしての姿に変化をもたらしたのだろうか… ギリシャ神話の怪物キマイラを彷彿とさせるその姿はさしずめカイザーキメラモンと言ったところであろう。 「ランランルー!!」 状況が呑み込めずに居るピエバーガモンは何かわからんがくらえとばかりに呪文を唱え攻撃する。 図書館の破壊不能オブジェクトさえも問答無用で消し去った胡乱な魔法…しかし、カイザーキメラモンの身体はそれをも弾き返した。 自身の魔法を跳ね返された余波でピエバーガモンは砕け散ってしまう。そしてやはり元通りに再生する。 その際、ピエバーガモンは偶然近くに居たイータモンを巻き込む形で再生した。 イータモンという明らかな異物を体内に取り込んでも何ら異常は見られない。それどころか新たな糧を手にした事でより強化されたとさえ思える。 だがカイザーキメラモンはここに一筋の光明を見出した。 _________________ ピエバーガモンの力の影響か、バーガーショップのロボは図書館のあらゆる物を破壊しながらカイに襲い来る。 それに負けじと図書館も瞬時に修復される。 巨大ロボが図書館の床を拳で粉砕したその瞬間、ロボは修復される床に巻き込まれてしまう。 腕が完全に図書館の床と一体化してしまい身動きが取れなくなってしまう巨大ロボ。 「何でもぶっ壊すその馬鹿力が仇になったな」 腕伝いに巨大ロボの体を駆け上がるカイは手にした魔戒剣で宙に円を描き鎧を召喚。魔戒騎士ハガネとなって一気に顔面付近まで跳躍し、そして… 「はぁぁぁっ!!」 その剣先で巨大ロボの額にあるMの文字を貫いた。 ガルバの読み通り、力の供給元を断たれたロボットは動きを停止させボロボロと崩れ落ちた。 同じ頃、ブレイクドラモンに追い詰められたオニスモンは口を大きく開いたかと思うと破壊光線『コズミックレイ』を放射した。 「ブレイクドラモン!そろそろ決めましょう!」 「おうよ!インフィニティーボーリング!!」 オニスモンが光線を放ったと同時にブレイクドラモンも全身のドリルから極太のレーザーを発射。 両者の必殺技がぶつかり合う。…が、ブレイクドラモンのインフィニティーボーリングが競り勝ちコズミックレイを押し返す。 頭部を粉砕されたオニスモンの体は連鎖的に爆発を起こし、木っ端微塵に吹き飛んだ。 そしてヴァロドゥルモンを相手取るオメガモンは左腕のグレイソードを横一文字に振るい、発生させた衝撃波でヴァロドゥルモンを一刀両断。オールデリートΩの効力によりこちらも標的を塵一つ残さず消し去った。 _________________ ピエバーガモンの攻撃を躱しながら縦横無尽に駆け回り翻弄するカイザーキメラモン。 直接触れずともただ傍を通り過ぎるだけで斬撃によるダメージを与える。 最初の内はお得意の再生能力で対応していたピエバーガモンであったが、その再生速度を上回るペースで浴びせられる連撃により、次第に再生に遅れが生じ始めた。 ――奴がイータモンの侵食を受けてから主導権を奪い返して完全に取り込むまでに生まれるおよそ0.1秒の隙…。その瞬間だけ野郎は実質ピエバーガモンではなくイータモンだ…。そこを突く事が出来れば、勝機はある…!―― カイザーキメラモンは漂うイータモンの群れに狙いを付け、尻尾の一撃でピエバーガモンを跳ね飛ばす。 「アラァーッ!?」 ピエバーガモンに群がり纏わりつくイータモン。 その時、その瞬間、まさにカイザーキメラモンが狙い続けていた一瞬が訪れた。 カイザーキメラモンはピエバーガモン目掛けて一直線に駆け出し、一陣の黒い風が如く怨敵の体を貫いた。 同時に生身の織姫がその拳でアポカリモン本体の土手っ腹をブチ抜くイメージが重なる。 「私の体がフィニッシュ…!」 カイザーキメラモンの一撃が致命傷となったピエバーガモンは今際の際にそう呟いた。 その体は光の粒子になって天へと昇って行く。 昇天した粒子は遥か上空でピエバーガモンの顔を描きそして消えた。 直後、スーツェーモンが飛んで来たかと思うと威嚇するかの様に翼を大きく広げた。 死亡したかと思いきや生存していたらしく、尚もカイザーキメラモンこと織姫と事を構える心づもりで居る様だ。 だがカイザーキメラモンが睨みを利かせた途端、慄いたのかスーツェーモンは一歩引き下がり跪いた。 その後もバーガモンの群れやナイトメアソルジャーズの残党が将軍の仇討ちのため続々とやって来るが、スーツェーモンが跪いたのを皮切りに彼らも次々と頭を垂れる。 「あらあら〜、織姫ちゃんったら〜」 「はぇ~、何だか壮観ですね〜」 鎮莉と彩音の二人はその様子を微笑ましく眺めている。 集まって来たデジモン達を一瞥する様に周囲を見回したカイザーキメラモンは溜める様に唸り声を上げ、そして天に向かって高々と咆吼を放った。 『Legacy/Library/Lady feat.Vega』