コキュートス。 この場所が何か、と問われれば、一言で言えば『アーカイブ』だ。 まず大前提として、デジタルワールドというものは幾多ものレイヤーに別れ複数が同時に存在している。 所謂並行世界と呼べる枠組みが採用されているのだ。 それぞれのデジタルワールドには対応するダークエリアが存在し、デリートされたデジモン達はそこで次のデジタマとして生まれ変わるかどうかを守り人であるアヌビモンにより選考される。 ダークエリアに留まる者達とは、アヌビモンの選考の結果デジタマとして生まれ変われないか、「表」であるデジタルワールドから何らかの理由で堕ちてきた者達だ。 そしてダークエリアの更に奥、ダークエリアすら追われて居場所のない者達が更に落ち延びる世界。 デジタルワールドの最下層、デリートされたデータが最後に行き着く地にして、デジタルワールド全ての罪が集う煉獄の底。 それがコキュートスだ。 コキュートスの特筆するべき点はただ1つ。 それは存在する全てのダークエリアから繋がっているということだ。 つまり、幾多にも並行して存在する全てのデジタルワールドは、ダークエリアを通じてコキュートスで1つに繋がっている。 そこで私が思いついたのが、大罪の門の力を使って間に存在するダークエリアを素通りし、比較的安全に他のデジタルワールドへと移動するという方法だ。 これはコキュートスのメイン事業の1つで、ダークエリアを通過しないという安全性から結構な収入が出ている。 そして私自身も大罪の門を使って私の居たデジタルワールドとは別のデジタルワールドと、そこから繋がる人間の世界へ旅に出かけることがある。 最近は忙しくてあまり出かけていないが。 このコキュートス経由でのデジタルワールド間の移動は、実は私のアイディアではない。 というのもコキュートスに来てすぐの頃、こんな噂を耳にしたのだ。 「ダークエリアから降りてきた一人の男とアグモンが、コキュートスを通過して他のデジタルワールドのダークエリアへと向かった」 単にアグモン単体であれば、ただダークエリアからダークエリアへ移動しただけだろう、だがこのアグモンにはパートナーであろう人間が居た。 であればこの2人はダークエリアではなく、デジタルワールドからコキュートス経由で他のデジタルワールドへと移動した、が正解だと思う。 私はこれを大罪の門を使って、間にあるダークエリアをスキップしている訳だ。 おっと、書いてる途中で話が逸れて来た、今はコキュートスの性質そのものについてだ。 何故コキュートスがこのような性質を持っているかだが、ここで冒頭のアーカイブという言葉が出てくる。 コキュートスという世界の構造は、巨大な一つの大陸と、無限に広がる大海で構成されている。 そしてコキュートスを支配する七大魔王とオグドモンは、大陸に7本、海へ1本、各々を象徴する塔を建てて自分たちの支配領域を示している。 普段私が居るのもこの内の1本、オグドモンの塔だ。 まぁ今は大陸にある7本の塔はいい、重要なのは海へと刺さった1本、リヴァイアモンの支配領域だ。 リヴァイアモンの支配領域とはつまり大陸以外の海全てであり、大陸全土よりも遥かに巨大だ。 さて、リヴァイアモンと共にこの海を調べた結果、判明した事実がある。 …コキュートスの海は今現在も拡大し続けている、深さも、広さも。 文字通り無限に広がる大海原と言う訳だ。 無限に拡大し続ける海、深度が下がるごとに水圧で圧縮されていくデータ。 そして全てのデジタルワールドと繋がっているという性質、全てのデジタルワールドから流れ着くデータ。 これらを統合するとコキュートスとはつまり、全てのデジタルワールドの古いデータがアーカイブされるディープストレージ(超高密度記憶媒体)という事になる。 故にコキュートスの本体はこの大海であり、大陸は積み上げられたゴミデータによって後から作り出された「おまけ」に過ぎない。 と、レポートにでもまとまるならばこんな所だろうか。 「ふぅ」 私は誰に見せるでもないドキュメントファイルを保存して閉じる。 そろそろ何か飲み物でも持ってきて休憩としようか。 そう思って席を立とうとした瞬間、机の上に展開した仮想モニターに新しいウィンドウが開く。 ─あー、あー、聞こえてるっス? ウィンドウに表れるのは、カーネルを守護する天使型デジモンの1人だ。 ─クラヴィスエンジェモン 究極体 ワクチン種 力天使型 天使型デジモンの序列第五位、力天使の名を冠する彼からの通信が来ていた。 「クラヴィスエンジェモン、久しぶりだね」 ─っスね、特に事件らしい事件もなかったんで…で、早速本題なんスけど。 相変わらず清々しいまでの直截さだ、これは彼が仕事熱心というより「面倒くさいから手早く済ませたい」が大きい。 コキュートスなんて彼らからすればただのゴミ溜めなのだから、相手をする時間など惜しい訳だ。 クラヴィスエンジェモンは続ける。 ─カーネル領域から過激思想のホーリーエンジェモンが一体、コキュートスに向かったっス。 「へぇ…」 ─その主張はシンプル、「コキュートスに蔓延る罪の王を討つ」…要するにアホっスね。 オグドモンの復活以前、無法地帯と化していたコキュートスを実質的に管理していたのは、カーネルに住まう天使型デジモン達だ。 彼らは定期的にコキュートスを訪れ、コキュートスに居るデジモン達が「よからぬ計画」を企んでいないかを監視していた。 そして彼らに「デジタルワールドを脅かす恐れあり」とされた者達は粛清される。 これが今までずっと繰り返されコキュートスのバランスは保たれていたわけだ、なにせ全てのダークエリアからはぐれ者流れ者がやってくるのだから。 が、オグドモンの復活で全てが変わった。 今まで無秩序に暴れまわっていたデジモン達は力により統制され、支配と秩序が生み出されたのだ…まぁそれを生み出したのは私達なのだが。 ともかく、今まで適当に掃除していればよかった者達が唐突に統率された集団へと変貌した。 しかもそのトップに立つのはオグドモンと来た、そうなれば当然自分たちへの攻撃を疑う。 そして彼ら天使型デジモン達は、大規模な軍勢を率いてコキュートスへと訪れた。 当然私達も向こうも、まずは話し合いという流れになったが…まぁ、結果は察せられるだろう。 結局、今現在こちらにはカーネルに対する攻撃の意図は無い、と「理解して頂く」までに双方に大きな被害が生じた。 元々の気質としてコキュートスの民達は秩序や正義の側に立つ天使型デジモンへの印象は悪いが、それがこの一件以降更に悪化してしまった。 そうして双方大きな痛手を受けて決まった妥協点が、オグドモンと七大魔王達による秩序が築かれているのだから一旦はそちらに管理を任せる、という物だった。 以降、時折コキュートスとカーネルの橋渡し役に任命されたクラヴィスエンジェモンが連絡を取ってくるようになったのだ。 ─このホーリーエンジェモンはカーネルでも盛大に浮きっぷりを発揮してた超タカ派っス、当然周りからは爪弾きにされてたんスけど、それでもコキュートスへの攻撃を訴え続けたっス。 「それで?」 ─あまりにも度が過ぎるので思想犯として隔離されたっス、秩序を乱そうとしてるのはお前の方じゃい!って。 「その隔離されてるはずのホーリーエンジェモンがこっちに来るってことはさ」 画面の向こうのクラヴィスエンジェモンは、拳を握り込む。 ─…っス、隙をついて脱走したっス。 言葉には出していないが、明らかに悔しさや憤りと言った顔の動きが見える。 鍵を司る彼にとって、自身の力を破られるというのは相当の屈辱なのだろう。 「それで、カーネルの決定は?」 まさか、単にこちらに来るという警告だけで直接連絡は取ってこないだろう。 ─っス、カーネルのこの件に対してコキュートスへ追跡部隊は出さないっス、要は不干渉を貫いたままっスね。 「まぁ、そうだろうね」 自分たちでも手を焼く者が勝手に突っ込んでいったのだ、関わりたくはないだろう。 ─…勿論、これはホーリーエンジェモンをそちらがどう処分しようが何も追求しない、という意味でもあるっス。 「…」 つまり、この通信の意図は「自分たちは干渉しないのでそっちで勝手に処理しろ」だ、要するに丸投げ。 基本的にカーネルの天使型デジモン達はこちらを下に見ている。 彼のこのフランクな口調だって別に私と親しいからではない、気を張るほどの相手でもないと見下しているからこそ出る態度だ。 実際、軍勢と共に現れた時の彼は如何にも天使らしい荘厳な態度だった。 戦いの後に初めて連絡を取ってきた時の彼の言葉を聞いた時は、本当に同一人物かと疑ったものだ。 「分かった、ホーリーエンジェモンはこっちで適当に処理するよ」 ─っス、よろしく頼むっス。 特に別れの挨拶も無く、通信は切れた。 「さて」 ホーリーエンジェモンか。 やはり一番の脅威は、必殺技の『ヘブンズゲート』だろう、以前の戦いで双方に最も損害を与えたものは何か、と問われれば間違いなくこれだ。 ホーリーエンジェモンの部隊が発生させた多数のヘブンズゲートによって、コキュートスの街やデジモン達が亜空間の向こうに消えていった。 しかも彼らは自分たちより下級の天使、エンジェモンやピッドモン達が巻き添えになるのも構わずに放ったのだ。 双方にというのはそういう意味だ。 無論、ヘブンズゲートへの対策は用意してある。 私はそのために席を立ち、仮設の執務室を後にする、目的地はここから5階層ほど下だ。 コツ、コツ、と廊下に私の足音が響き渡る。 …塔という構造は本当に不便だ、あらゆる場面で階段の上り下りが必要になる。 空を飛べるデジモンだって、この高度までいちいち上昇するのは手間だろう。 上手いこと改修してエレベーターでも付けられないだろうか。 などと考えながら歩いていたら、見知った顔が現れた。 「おや、マコト」 特徴的な長い髭とローブを纏った、老人のような姿のデジモン。 七大魔王の一人『強欲』のバルバモンだ。 「バルバモン、珍しいね、塔に来るなんて」 彼は普段は自身の支配領域にある賭博場を経営していて、滅多にこちらには顔を出すことは無いが、何か用だろうか。 「うむ、少し綴の様子を見に行こうとな」 「綴の?」 綴とは誰か?そんなことは説明不要だ。 彼女は私の妹にして天使、あんな威張り散らしたカーネルの連中と違う正真正銘の天使だ。 その可愛さはレポート用紙を何枚使っても語り尽くせないので割愛する。 それはともかく、綴はデジモンイレイザーという存在にその身を狙われたことが複数回ある。 普段はベルフェモンを側において見守らせているが、時折こうして他の七大魔王達も様子を見に行かせている。 今日はルーチェモンの番だった筈だが。 「今日はルーチェモンが行っている筈だけれど」 バルバモンは自身の髭を指で弄びながら答える。 「うむ、それなんじゃがの、綴の奴…ちと鍛えすぎじゃあないか」 「鍛えすぎる?」 始めの内は本当にただ様子を見ていただけだった七大魔王達は、次第に綴に自身の特技や技能を教えだした。 ─ヒマだから。 理由を聞いても全員がその一言だけ発して、それ以上の追求は無駄だった。 そしてその内の一人ルーチェモンは、綴に体術や根本の身体づくりを教えていた、それを鍛えすぎるとはどういう意味だろう。 「この前様子を見に行った時、丁度イレイザーとやらが送り込んできた刺客のデジモンと戦いになったんじゃが」 「うん」 その話は聞いている、無事に撃退したそうだが。 「…綴の奴、デジソウルを纏った震脚で地面をめくれ上がらせて盾にしておったわ」 「え」 地面を?震脚で?生身の人間が? 一体何の冗談だろう。 「冗談だよね?」 「ワシが綴に関することで冗談を言ったことがあったかの」 「…無いね」 確かにデジソウルを身に纏った人間がデジモンの攻撃を拳で受け止めた、なんて記録が他のデジタルワールドでは残っているらしいが。 それにしたって生身で地面をめくれ上がらせるなんで人間技じゃないだろう。 いくらルーチェモンが身体を鍛えているからってちょっと無理がある。 「これはワシの見立てじゃがの」 バルバモンは、人差し指を立てて続ける。 「綴はデジソウル以外にも別な力を発揮しているのかもしれん」 「別な力、か」 「その源は恐らく…ウェンディモン」 ウェンディモンとは、綴パートナーのロップモンが進化した姿だ。 この姿になると普段自分の足で歩くことすら拒否する怠け者っぷりは全て消え去り、その巨体を活かした荒々しい戦闘スタイルへと移行する。 それが綴に力を分け与えているとはどういう事だろう。 「ウェンディモンが綴に力を分け与えていると?」 「うむ、ウェンディモンは単なる肉弾戦を得とするだけのデジモンではない、ここまではいいかの」 「うん」 ウェンディモン、その元となったウェンディゴとは、ネイティブ・アメリカンの伝承にある精霊の名だ。 人に取り付き惑わせるこの精霊を大本のデータとしたデジモンが、ただ拳のみで戦うだけの存在とは確かに考えにくい。 「ウェンディモン…彼奴の力の流れを注視していて気が付いた、もしかすると彼奴は『呪い』を操る力があるのやもしれん」 「呪い、ね」 バルバモンの言う呪いが、大衆娯楽的なホラー作品の文脈で言う呪いを指さないことは何となく分かる。 別にウェンディモンは自分のパートナーを呪い殺そうとしている訳では無いのだ。 この場合の指す呪いとはもっと伝記や怪奇譚、陰陽師と言った題材で扱われる「一定のルール下で行使される力」、正しく『呪術』と呼ぶべきものだ。 「つまり、綴の異常な身体能力の発揮は、ウェンディモンが呪術を行使した結果だと?」 「うむ」 確かにそれなら人間離れした芸当にも説明が付けられるが… 「…まだ推論の段階って感じかな」 「そうじゃの、今のところは何の確証もないただの思いつきじゃ」 つまり、バルバモンはこれからその推論を実証するために大罪の門からデジタルワールドを経由して向こうの世界に行こうとしていた訳だ。 そのために中央部に位置するオグドモンの塔まで来ていた。 「もしも」 バルバモンが、一度そこで言葉を区切る。 「もしも推論が事実だったとして、あのロップモン…ワシらが想像しているよりも遥かに強大な存在へ進化する潜在能力を秘めているやもしれん」 「…」 その力が、綴を護るものであるなら私は別に気にしない。 だが… もしもその力が、ロップモン自身すら制御出来ないものであったとしたら。 「…綴」 私は最悪の選択を想定しなければならないかもしれない。 勿論、こんなものは現段階では杞憂でしかない、だがどうしても再び封じられたオグドモンと重ねて考えてしまう。 「…マコト」 バルバモンが私の顔を心配そうな顔で覗き込む。 「…所で」 「うん?」 バルバモンが、暗くなった空気を入れ替えるためにか話題を切り替える。 「お主こそ廊下で何を?どこか行くつもりじゃったんでは?」 そういえば、当初の目的を忘れていた。 「うん、実は今からホーリーエンジェモンが攻めてくるんだけど、見に来る?」 ─ コキュートスの空から、多数の光の筋が降り注ぐ。 所謂「天国の梯子」と呼ばれるこの光景は、向こうの世界では大気中のエアロゾルに光が当たることで起こる単なる物理現象だ。 だがデジタルワールドにおける天国の梯子とは、文字通りカーネルと他の世界を繋ぐ梯子だ。 その光の中からゆっくりと降りてくる…彼らが言うには「降臨」だろうか。 ともかく、空から降りてくる一体のデジモンが居る。 ─ホーリーエンジェモン 完全体 ワクチン種 大天使型 光り輝く8枚の羽根を持った大天使、カーネルの戦力おける戦闘隊長。 それがホーリーエンジェモンだ。 「…」 宙に浮かぶ彼は、ぐるり、と一回転しコキュートス全土を見渡す。 「相も変わらず、忌々しい地だ」 「ならどうしてわざわざ来たの?」 ホーリーエンジェモンが声の主である私の方を向く。 彼の目元は頭部のアーマーで隠れているが、目があった、ような気がした。 「決まっているだろう、コキュートスに蔓延る悪を一掃するためだ」 「一掃、ね」 コキュートスはデジタルワールド全ての罪が集まる地だ。 そんな場所から罪を一層すると言うならこの世界ごと破壊しなければならないと思うが、果たしてそれに気がついているのだろうか。 第一、 「ここの連中はともかくさ、君一人でX抗体の力を得たオグドモンに勝てるとは到底思えないけれど」 「問題ない、お前達…特にコキュートスの女王、お前を討てばその功績によって私はより上の位へと上り詰める」 「その暁には私の軍勢を持って罪の王を討とう」 「はぁ」 現状X抗体の力に飲まれて自我を失ったオグドモンXを封じ込めて居るのは私なのだが、それを討つと言うことはオグドモンXは制御を失うということだ。 存在するだけでデジタルワールドを揺るがすオグドモンXを解き放った彼の行動を、果たしてカーネルは労うだろうか。 「一応聞いておくけど、その皮算用は本気で言ってるのかな」 ホーリーエンジェモンは、もう一度ぐるり、と宙で一回転し私と展開したコキュートスの治安維持部隊を見渡す。 ただでさえ天使型デジモン達を嫌っている彼ら治安維持部隊は、ホーリーエンジェモンの態度に更に殺気立っている。 「お前こそ、この程度の戦力で私に太刀打ちできるとでも」 どうやら本気でこの人数を相手取る気らしい。 「…君のその傲慢さは、むしろコキュートスにこそ相応しいと思うよ」 「何だと?」 今まで嘲笑気味だった態度が一変する 「私を!あの薄汚い堕天使と同じだと!?巫山戯るんじゃない!」 どうやらルーチェモンの話は彼の逆鱗だったらしい。 まぁカーネルに反逆して大規模な戦争を仕掛けた大罪人が自分達の身内から出たのだから、彼らにとって最大の汚点なのだろう。 「もういい、下らない前置きは終わりだ、粛清を始める!」 ホーリーエンジェモンは右腕の聖剣を構える。 私はそれに対し、彼に最後の警告をする。 「…これが最後の警告だ、君の選択肢は3つ、今すぐ踵を返すか、コキュートスを諦めて他のデジタルワールドにでも逃げ延びるか、それとも」 私は3本目の指を立てる前に言葉を区切る。 「全てを投げ捨ててコキュートスで暮らしていくか、好きなものを選ぶといいよ」 「論外だ」 ホーリーエンジェモンはそれを鼻で笑い飛ばす。 「そう」 だったらもう、本当に話はこれで終わりだ。 「コキュートス、この地はすべてを受け入れるけれど」 私は錫杖代わりに使っているバルバモンの剣、『avaritia』をホーリーエンジェモンへ突きつける。 「何事にも例外はある、君はコキュートスを受け入れようとしていないから…この地で生きることを望んで無い者の居場所なんて、いくら何でも存在しないよ」 「…」 ホーリーエンジェモンはもう、何も答えない。 言葉の代わりに右手の聖剣『エクスキャリバー』を高く掲げる。 来たか 「準備は出来てる?」 私は一番近くに居た策士、バアルモンへ問う 「イエス」 なら後は向こうの一手を待つだけだ。 「まとめて消え去るがいい!」 ホーリーエンジェモンはそう叫び、高く掲げたエクスキャリバーの剣先で空中に円を作り出す。 そしてその剣の軌跡が「門」として実体化する。 『ヘブンズゲート』 その門こそホーリーエンジェモンの必殺技、空間に自分だけがアクセスできる亜空間への門を出現させ、そこに周囲の全てを吸い込む正真正銘の「必殺」攻撃だ。 コキュートスの全てを飲み込んで破壊するために、門がゆっくりと開いていく。 だが甘い、そんなことはさせない。 「今っ!」 私の号令で、大量のメフィスモン達が仕組んでおいた黒魔術が発動する。 その黒魔術によって生み出されるのは、コキュートスの空間同士を仮想の通路でつなぎ合わせた、所謂ワープホールと言うものだ。 ヘブンズゲートを取り囲むように空に開いていく複数の穴、そこから流れ出てくる物がある。 「なんだ!このゴミは!?」 それは大小様々なガラクタや、ジャングデータの山だ。 コキュートスから繋がるデジタルワールドの幾つかには、ダークエリアを拠点として活動する「アスタ商会」と呼ばれる組織が存在する。 そのアスタ商会が時折、売れ残りや撤退した施設などで出た廃棄物をコキュートスへと不法に投棄していくのだ。 元々良くなかったコキュートスの大気は、長年にわたって累積した廃棄物によって更に汚染されていた。 これを改善するには骨を折ったが、なんとか人間である私が生存できる程度にまでは回復された。 それでもコキュートスへの不法投棄は未だに続いている、なにせアスタ商会の実態が全く掴めない。 そのため廃棄されたデータの清掃が必要になるのだが、これがまた手間だ。 「彼らには感謝しないとね」 このコキュートスのゴミデータを清掃する依頼を出した所、なんと6組も名乗り出てくれた、こんなデジタルワールドの僻地の僻地にまで来てくれたのだ。 彼らによって一箇所に集められたゴミデータは今、ワープホールから吐き出されている。 そのデータが向かう先とはどこか? 決まっている。 「ヘ、ヘブンズゲートがっ!」 ヘブンズゲートが周囲に突然表れた大量のゴミデータを吸い込んでいく。 始めのうちは調子良くよく飲み込んでいたが、やがて表れる大型のゴミを吸いきれずに「詰まった」 ヘブンズゲートはあくまでも亜空間へ繋がる門を開く攻撃だ、向こう側の容量がどれくらいか知れないが、どれだけのキャパシティがあろうがそれが通る口は門の大きさ分しかない。 だったら巨大なゴミを吸い取らせて入口を詰まらせてやればいい。 これが、私達の用意したヘブンズゲート対策だ。 「馬鹿な!」 ヘブンズゲートに対処しようとするが、完全に詰まっている以上門を閉じることは出来ない。 閉じれないということは、同時に開き直せないことを意味する。 まさにデッドロックだ。 「こんな…こんなガラクタにっ!」 必殺のヘブンズゲートを封じられ、明らかにホーリーエンジェモンが狼狽し始める。 どうせヘブンズゲート頼みで私達を倒すつもりだったのだろう。 それを封じられたのだから当然か。 さて、これで向こうの最大火力は封じた。 あとはコキュートスの治安維持部隊でホーリーエンジェモンを討つのみだ。 カンッ、と私はバルバモンの剣の柄を地面に叩きつけて音を響かせる、傾注せよ、の意だ。 この場に集うコキュートスの軍勢が一斉に私の方を向く。 「君達」 コキュートスの民の天使型デジモンへの印象は悪い、というか最悪だ。 その天使型デジモンがコキュートスへのこのこと攻め込んできた上、私達を好き放題に言ってくれた。 場の空気はまさに爆発寸前で、誰も彼もが顔を歪ませ殺気立っている。 そんな彼らを突いて大爆発させるには、どんな言葉がふさわしいだろう。 ……よし、これで行こう 「そのクソッタレの翼をもげ」 ─ 私の言葉を皮切りに、コキュートスの軍勢が雄叫びを上げてホーリーエンジェモンへと殺到する。 真っ先に先陣を切ったのはネオデビモンだ、彼らはホーリーエンジェモンへと真っ直ぐに飛翔し、鋭く尖った爪ですれ違いざまに斬りつけようとした。 『ギルティクロウ』 暗黒の力を纏った爪が、ホーリーエンジェモンへと迫る。 「侮るな!」 『エクスキャリバー』 対するホーリーエンジェモンは右腕に装備した聖剣で迎え撃つ。 左腕のビームシールドでギルティクロウを弾き返し、返す刃の一撃でネオデビモンをデリートする。 次に攻撃を仕掛けたのはフェレスモン達だ、彼らはネオデビモンの攻撃が通らないのを見ると一斉に大きく口を開き、呪いが込められた叫び声を上げる 『デーモンズシャウト』 確かに「声」であればビームシールドに防がれることはない、しかしホーリーリングが光り輝き、呪いの叫びはリングから発生したオーラで掻き消される。 フェレスモン達はホーリーリングの輝きに目を眩ませ、その隙を突かれてエクスキャリバーに切り裂かれた。 「これで終いか!?」 ホーリーエンジェモンは剣を横に薙ぎ、付着したフェレスモンの残骸を振り払う。 「…流石に一筋縄では行かないね」 ホーリーエンジェモンもネオデビモンを初めとしたコキュートスの軍勢も同じ完全体デジモンではあるが、彼ら天使型デジモン達は身につけたホーリーリングの力によって暗黒の力に対して圧倒的な力を発揮する。 同じ世代のデジモンなら同じだけの力を持つとは限らないが、こと天使と悪魔ではそれが顕著に表れる訳だ。 「ワシの力は必要かの」 今まで後ろの方で静かに事を見守っていたバルバモンが口を開く。 「…ううん、彼らに任せよう、バルバモンの出番はこの後だ」 「うむ」 彼ら治安維持部隊だって伊達で治安維持部隊を名乗っているわけではない、コキュートスの荒くれ者の中でも名のあるものが多数集っている。 数だって此方のほうが圧倒的に上だ、そろそろ戦況も動くだろう。 それに七大魔王である彼の出番はこの後…ホーリーエンジェモンを倒してからだ。 ホーリーエンジェモンがフェレスモンに対処している間に、その背後から迫る者達が居た。 レディーデビモン達だ。 『ダークネスウェーブ』 彼女たちは一斉に必殺技のダークネスウェーブを放ち、コウモリの形をした無数の炎でホーリーエンジェモンを包囲する。 球体のように全方位を覆い尽くしたそれは、ホーリーエンジェモンの視界を奪う。 「ええい!鬱陶しい!」 右腕の聖剣を振り回して切り払おうとしていたホーリーエンジェモンは、やがて埒が明かないことに気が付いたのかぐっ、と全身に力を込める。 「消え失せろ!」 言葉と同時にホーリーリングが強く輝き、オーラの光が爆発するように一気に広がる。 ダークネスウェーブによる包囲はその一撃で全て消滅する… が 『パンデモニウムフレイム』 ホーリーエンジェモンの三方に展開したベリアルヴァンデモン達から同時に超高熱線が放たれる。 ベリアルヴァンデモンの両肩の生体砲の一撃は強力だが、チャージまで時間が掛かる。 レディーデビモン達の攻撃はそのための時間稼ぎだ。 「ちぃっ!」 ホーリーエンジェモンはビームシールドを最大展開して防ごうとするが、左腕1本で三方からの同時攻撃を防げる訳もない。 「ガアァァァァッ!?」 結局、左右から迫るものはシールドで受けられたが、背後から迫る熱線を防げずに背中にもろに食らう。 やがて熱線から受ける熱量が、ビームシールドの臨界点に達し大爆発が起こる。 爆炎に飲まれたホーリーエンジェモンの動きは無い。 「ねぇバルバモン」 「うむ?」 「こういう時、何て台詞を言うべきか知ってる?」 バルバモンは頷く 「うむ」 私達は、2人同時にその言葉を口にした。 「「やったか」」 「オォォォォォォォォォォォォッ!!!」 叫びが聞こえると同時に、ホーリーリングの輝きが周囲を覆う爆風を吹き飛ばす。 中から表れたホーリーエンジェモンは健在だ。 だが決して無傷でない。 「お前達、よくも私の翼を!」 ホーリーエンジェモンの8枚の翼の内、2枚が根本まで焼け落ちていた。 その無惨な姿に皆から歓声が湧き上がる。 …しかし、あのホーリーエンジェモンいくら何でも強すぎないだろうか。 ホーリーリングの力によって暗黒の力に絶大な力を発揮するとは言え、究極体デジモン3体の同時攻撃を受けて「あの程度」で済んでいるとは。 以前戦った時だって、一体一体はここまで強くはなかったのに。 ─殺せ!殺せ!殺せ! 鳴り響くシュプレヒコールと高まっていく士気、それに弾かれるようにしてネオデビモン達の第二陣が飛び出していく。 「同じ攻撃が効くものか!」 ホーリーエンジェモンは左腕のシールドを再展開し、ネオデビモンの爪の一撃を弾こうとする。 が、明らかに先程よりも押され気味だ、さっきは向かってくるネオデビモンを一体ずつ的確に処理していたが、今は倒しきれずに徐々に殺到するネオデビモン達に囲まれていく。 ダメージは確実に蓄積しているのだろう。 「ぐっ…止めろ!薄汚い手で私に触れるんじゃない!」 必死に腕を振り回して反撃していたが、やがて両腕を捕まれて反撃を封じられる。 『ギルティクロウ』 そしてホーリーエンジェモンの背後に回ったネオデビモン達が、一斉に翼の羽根を毟っていく。 「がっ…!?」 ぶち、ぶち、と音を立て周囲に羽根が散っていく。 空から輝く銀の羽根が降り注ぐ光景は、どこか神秘的だ。 「…」 やがてホーリーエンジェモンは、呻き声すら上げなくなった。 「…終わりかな」 流石に二度目のやったか、なんて無いだろう 「いや、まだかの」 しかし、バルバモンはそれを否定する。 「え?」 「彼奴の内に渦巻いていく力が見える、このままなら…」 バルバモンはニタリ、と笑う。 「彼奴は堕天するじゃろうな」 バルバモンの言葉と同時に、ホーリーエンジェモンから強い光と衝撃が発せられ、取り囲んでいたネオデビモン達が吹き飛ばされる。 だがその光の色は今までのような神々しい金色ではなく、禍々しさを感じさせる紫黒だ。 「…」 ネオデビモンの群れを吹き飛ばしたホーリーエンジェモン、その背中の翼はネオデビモン達によって無惨にも引き抜かれ、3枚まで数を減らしていた。 「お前ら」 彼の身につけたホーリーリングが、音を立ててひび割れていく。 「お前らは、絶対に許さん」 彼の纏う禍々しい光が、より強く輝く。 「皆殺しにしてやる」 その言葉と同時に、ホーリーリングが砕け散った。 「ホーリーエンジェモン、究極進化!」 ホーリーエンジェモンの中心から紫黒の光が広がり、その全身を包み込む。 その光が収まった後、姿を表したのは暗黒の力に飲まれた天使だ。 ─ブラックセラフィモン 究極体 ウイルス種 熾天使型 刺々しい鎧に身を包み、広げた10枚の翼は先ほどまでと違い悪魔のそれに近い。 正しく堕天使と呼ぶべきその姿。 堕ちた熾天使、ブラックセラフィモンだ。 「消えろ」 『セブンヘルズ』 ブラックセラフィモンがその両手から高熱の光球を出鱈目に放つ。 光球は着弾地点で大爆発を引き起こし、狙いが読めないために退避が遅れた者達が飲み込まれて消滅していく。 その光景と着弾の衝撃が、周りの皆を萎縮させていく。 …戦況が、向こうに傾き始めている。 ─ 「ブラックセラフィモン、か」 これであのホーリーエンジェモンの異常な強さにも納得がいく。 彼は天使たちの序列第一位、熾天使にまで上り詰める潜在能力を秘めていた訳だ。 「あの狸…」 クラヴィスエンジェモンは隙をついて逃げたした、と言っていたが、今の彼を見ると真正面から実力行使で逃げ出した可能性がある。 それを理解した上で全てをこちらに丸投げして来たのだとしたら、あのクラヴィスエンジェモンは相当いい性格をしている。 さておき、流石にこうなるとコキュートスの治安維持部隊だけでは分が悪い。 ホーリーリングによる優位性は消失しても、熾天使の力は圧倒的だ。 仕方がない、ここはバルバモンの力を借りよう。 「ごめんねバルバモン、やっぱりお願いできる?」 バルバモンはゆっくりと前に歩み出て、私の隣に並び立つ。 「うむ、ワシは構わんよ…なにより」 バルバモンの口角が、思い切り吊り上がっていく。 「ワシも彼奴がどんな宝石へと姿を変えるのか楽しみじゃわい」 どうやらバルバモンは、ブラックセラフィモンを自身のコレクションへ加える気らしい。 「じゃあ、始めようか」 「うむ」 私は左手にデジヴァイスを構え、右手に意識を集中する。 もう慣れきった動き、私の体内からX抗体を取り出す動作だ。 「X-Antibody」 そして右手に取り出したX抗体を 「Infection!」 左手に構えたデジヴァイスへと注入する。 後はデジヴァイスがオグドモンXのデジコアへとX抗体を注ぎ込み、一時的にではあるがX抗体の力を活性化させる。 その力はオグドモンXを経由し、目の前のバルバモンをX-進化(ゼヴォリューション)させていく。 「バルバモン、X-進化(ゼヴォリューション)!」 バルバモンの姿がX抗体の力によって変貌していく。 身につけていたローブに赤紫色の光が走り、光の跡が消えるとその装いが変わっていた。 ローブに金色の装飾が各所に施され、布の質は明らかに向上している。 一言で言えば「絢爛」だ。 そして右手に持っていた魔杖「デスルアー」は右手そのものと融合して禍々しい光を放ち、背中から同じ色の光が翼のように6枚展開する。 最期に、その頭部に『強欲』の紋章が冠のように表れた。 6枚の翼と絢爛たる衣装、そして頭の上に冠した紋章。 皮肉にもその姿は、何処か神官めいていた。 ─バルバモンX抗体 究極体 ウイルス種 七大魔王 「さて、一丁あの小童と遊んでやるとするかの」 バルバモンはそう言うと、魔杖と合一した右手を前に突き出す。 『デスルアー』 右手から表れた赤紫色の光が、無数に分裂して飛び散って行く。 その光が向かう先は、撃破されたコキュートスの治安維持部隊達だ。 ただ撃破された者達ではない、単なる重症者や気絶しているだけの戦闘不能者ではなく、例えるならトリアージ・タグ黒… デジモンで言うならデジコアに致命的な損傷を受け回復不可能か、デジコアが破壊されたがデータ容量故にまだ完全に消滅していない者。 つまりもう助からないか、既に死んでいる者達だ。 そういった「死んだ」者達のデータが魔杖の力で一つに纏められ、虚空から出現した拘束具で強引に形を保持されていく。 やがて完成するのは、死してなお活動を続け、デジコアを求め続ける死者の竜。 ─デクスドルゴラモン 究極体 ウイルス種 アンデッド型 バルバモンの行使する黒魔術により、意のままに操られた死竜がブラックセラフィモンと対峙する。 「悪趣味な技だ」 「そうかの?生きるため、を目的としたX抗体が最も発現した姿だとワシは思うがの」 「…魔王と意見が相違するなど当たり前だが、やはりお前達は滅ぼさなければならないと確信させてくれる」 答えるブラックセラフィモンの両手から紫黒の光が発せられる、「セブンヘルズ」の次弾だ。 対するデクスドルゴラモンの両手にも黒き光が宿る、こちらは消滅波動を放つ「ドルディーン」の前動作だ。 「行け」 「───」 バルバモンXの言葉に続き、デクスドルゴラモンが判別不能の金切り声を上げる。 そして、両者は同時に攻撃を放った。 『セブンヘルズ』 ブラックセラフィモンは7つの高熱球を。 『ドルディーン』 デクスドルゴラモンは消滅の波動を。 発射されたセブンヘルズの爆発を、ドルディーンが打ち消していく。 それが7回繰り返され、お互いの攻撃は完全なる相殺という形に収まった。 「続けていても埒が明かんか」 ブラックセラフィモンは再び両手に紫黒の光を生み出す、しかし今度は発生させたそれを拳で握り込んだ。 その後背中の10枚の翼を広げ、拳を前に出して構えを取る。 「シッ」 短く息を吐き出した、と思った次の瞬間には、ブラックセラフィモンはデクスドルゴラモンの目の前に居た。 この距離を一瞬で詰めたのだ。 「フッ」 ブラックセラフィモンの拳が、デクスドルゴラモンの胴を抉る。 「──」 響き渡る金属が擦れたような音は、デクスドルゴラモンの悲鳴だ。 「この距離ではドルディーンを撃てまい、自分の体ごと消す気がなければな」 ブラックセラフィモンは拳による殴打を続ける。 「うむ、それも良いがの」 バルバモンの右手が、怪しく輝く。 「ワシはもう少し趣向を凝らしたのが好みでな」 光に呼応するように、デクスドルゴラモンの形を保っている拘束具の一部が解け、身体の形状が歪む。 その形状は丁度ブラックセラフィモンの拳を避けるような形で、デクスドルゴラモンの身体に穴を開ける。 「なっ」 繰り返していた打撃が唐突に空を打ち、ブラックセラフィモンの体勢が一瞬崩れる。 その隙を見逃すはずもなく、デクスドルゴラモンを形作る拘束具がブラックセラフィモンの片腕を絡め取った。 もう片方の腕はデクスドルゴラモンが取り押さえ、歪な形の拘束が完成する。 「ほれ、どうする小童、自分の体ごとセブンヘルズで吹き飛ばすかね?」 「あぁ、そうさせて貰おう」 『セブンヘルズ!!』 ブラックセラフィモンは構わずに両手に高熱球を作り出し、その場で爆発させた。 身体の内側からセブンヘルズの爆発を受ける形となったデクスドルゴラモンが、一際大きな悲鳴を上げる。 「自爆上等とはの、ベルゼブモンの奴が居れば手を叩いて喜んだろうに」 「くっ…消えろ!」 強引に拘束を振りほどいたブラックセラフィモンは自爆のダメージに怯んでいたが、すぐさま攻撃を再開する。 「─」 殴られ続けるデクスドルゴラモンの反応は鈍い、先程の一撃を受けて限界が近いのだろう。 活動を続けるためのデータを内部から破壊されたのだ。 「コレももう限界かの…ほれ」 バルバモンXがフッ、と右手から力を抜くと、応じるようにデクスドルゴラモンの身体が「解ける」 そして身体を構成していた拘束具達は、ブラックセラフィモンの周囲に展開して視界を奪い、その手足を絡め取ろうと蠢く。 「同じ手を食うものか!」 ブラックセラフィモンは拳を開き、握りしめていた高熱球で拘束具を薙ぎ払う。 「同じ手は食わない、のう」 しかし、開けたブラックセラフィモンの視界にあったものは。 「っ」 「もう食らっておるよ」 バルバモンXが両手で練り上げた、巨大な火球だった 「視界を奪われている隙に大技の溜めが完了している…先程も受けたろうに」 『パンデモニウムロスト』 ダークエリアの邪悪なエネルギー全てが詰まっていると称される程の超火力の火球が、ブラックセラフィモンへ向け撃ち出される。 「こんな、馬鹿な」 この距離では、ブラックセラフィモンに逃げ場はない。 「遊びの時間は終わりじゃ、小童」 「オォォォォォォォォォォォ!!」 ブラックセラフィモンはせめてもの抵抗として、両手から生み出した高熱球を自棄になって連発する。 だが、パンデモニウムロストの勢いは全く衰えない。 「マコトも言っておったがの、コキュートスにお主の居場所はないぞ」 緩やかに迫っていく巨大な火球。 「なぁに殺しはせんよ、ただ…」 それがブラックセラフィモンへ近づく事に告げられるバルバモンXの言葉は、その姿も相まって。 「ワシのコレクションとして永遠に輝き続けてもらうだけじゃ」 どこか死刑宣告の様に見えた。 「─」 パンデモニウムロストが、ブラックセラフィモンを飲み込んでいく。 着弾寸前の彼の言葉は掻き消され、良く聞こえなかった。 やがてパンデモニウムロストは臨界点を迎え大爆発を引き起こす。 爆風と衝撃を共にして、コキュートスの上空に強い輝きが生まれた。 「いつ見ても美しい光景じゃのう」 「まるで太陽だね」 「うむ」 他愛ない会話をしている内に、爆発が収まっていく。 「さて」 バルバモンが縮んでいく爆風へ向けて飛び立つ。 「ワシはアレのデジコアを回収してくるかの」 そうしてパンデモニウムロストの爆発は完全に収まり……その向こうに『浮かんでいる者が居る』 「そんな」 ブラックセラフィモンだ、少なくともブラックセラフィモンだと判別できる程に形を留めている。 「ほう、ほう、ほう!ワシのパンデモニウムロストを受けてまだ原型を保っておるか!?」 「…」 ブラックセラフィモンの反応はない、その姿は満身創痍といった風で、翼はかろうじて2枚が残り、身体の半分以上が消し飛んでデジモンの骨格にあたるワイヤーフレームが露出している。 「素晴らしい!それでこそワシのコレクションに相応しいぞ!」 「…いい」 ブラックセラフィモンが、静かに何かを呟く 「うむ?」 「もう、いい」 ゆっくりと両手を胸の前へ持っていき、半分以上欠けた胸部のアーマーを掴む。 「お前達を道連れに全てを消してやる」 そう言うと、胸部を自分自身でこじ開けた。 その中に収まっていたのは、禍々しく輝くブラックセラフィモンのデジコアだ。 『テスタメント』 ドクン、と胎動するようにデジコアから光が放たれる。 その間隔はどんどん短くなっていき、跳ね上がる心拍数を思わせる。 あれが臨界点に達した時にブラックセラフィモンの最終攻撃『テスタメント』は発動する。 自身の命と引き換えに地獄の業火で全てを焼き尽くす自爆攻撃だ。 「まとめて消えろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」 響き渡るブラックセラフィモンの絶叫。 残念だが、それが彼の断末魔にもなった。 「…愚かだね」 よりにもよってバルバモンXの前でデジコアを露出させるなんて。 「わざわざ差し出してくれるとはの」 ブラックセラフィモンの目の前に飛び出したバルバモンXが、その右手でデジコアを鷲掴みにする。 「有り難く貰い受けるとしよう」 言葉と同時にバルバモンXの頭上の『強欲』の紋章が強く輝いた。 『セブンス・ジュエライズ』 バルバモンXの右手で掴まれたデジコアが、その構造を作り変えられていく。 球体から角張った形状、まさに「石」と呼ぶべき形へだ。 「一丁上がり、かのう」 やがてバルバモンXは、出来上がった宝石をブラックセラフィモンの身体、いや、「残骸」から引き抜いた。 右手で掴んだデジコアを宝石へと作り変える、これがバルバモンXの必殺技『セブンス・ジュエライズ』だ。 私の元にバルバモンXが戻って来る、その右手に握られた宝石は、青紫色をした石だ。 …うん、流石に私じゃ宝石の種類を見ただけでは判別できない。 「タンザナイト…石言葉は『高貴』、ま、彼奴に相応しいじゃろう」 そう言ってバルバモンXは、デジコアだった宝石を懐にしまい込んだ。 本来デジモンは、死亡すればデジタマへと還っていき、そこから新たな生を始める。 だが七大魔王達はこの輪廻を止める力をそれぞれ持っていて、バルバモンXはこうして宝石へと変えてしまうことでそれを可能にしている。 つまり、このブラックセラフィモンはもう二度とデジタマへ還ることはない。 その事実を知っているコキュートスの軍勢から歓声が沸き上がる。 これで戦いは終わり、私達の勝利だ。 ─ その後、メフィスモンを初めとした救護班が負傷者の回収に当たった。 だが全てを救うことは出来ない。 回復処置が間に合わなかった者達がデリートされ、データの残滓が空へと昇っていく。 …デジタルワールドでデジモンがデリートされた時、ダークエリアへと「落ちていく」ことから地獄へ落ちろ、やダークエリアに落ちろ、などという表現が使われる。 だがコキュートスではダークエリアとは上に位置する世界だ。 ではコキュートスでデリートされたデジモンはどこへ逝くのか? 答えは簡単、ダークエリアへ「召されていく」のだ。 そこで新たに生まれ変われるかどうかは、向こうのダークエリアの判断に任せるしか無い。 コキュートスで死んだデジモンはダークエリアへと昇っていき、コキュートスには戻らない。 これはコキュートスの抱える問題の一つだ、コキュートスの外から新たにデジモンが来なければ、その数は減っていく一方なのだ。 さて、コキュートスの表にあたるデジタルワールドでは時折、このデジタマの輪廻とは無関係に全く新たにデジタマが生み出されることがある。 人間の世界から流入してきたデータが原因とか、予想もしていないデジタルワールドのバグとか、それら一切無関係に産まれてくるとか。 理由は色々あるが、兎に角デジタルワールドではデジタマが「無」から急に生み出されることがある。 これにより輪廻を繰り返すデジモンは絶対数を増やす訳だ。 しかし、コキュートスではこのデジタマの誕生は観測されていない、少なくとも私と、コキュートスの民の歴史に刻まれている限りは。 …コキュートスそのものが、莫大なデータを抱えるアーカイブであるにも関わらずだ。 まだ推論の域を出ないが、これはそもそもコキュートスにデジタマを生み出すシステムそのものが存在していないのが原因と睨んでいる。 デジタマが新たに生み出されるに十分たるデータを蓄えながら、デジタマは誕生しない。 つまり、コキュートスには「命」を生み出すシステムがない。 これが、コキュートスが抱える最大の問題点だ。 コキュートスに「全て」を作り出すには、この最期のピースが足りていない。