「あっ!落ちちゃう!」水竜軍イレイザーベース上空、飛行型デジモンなんて珍しくもないからそこまで厳重な警戒をしてないだろうと思ったらずいぶんな対空砲火の歓迎を受けた。 ジャザリッヒモンの急激な回避機動にケーキ箱が落っこちそうになるのを何とかして掴み取る。 ……が、無理やり抑え込んだせいで箱がひしゃげてしまった。これは中身も推して知るべしか。 すぐ食べれるように冷凍にせずに生の状態で箱詰めしたのが仇になった。 こんなことならやっぱり地下から潜り込むかカナビスウィッチモンで洗脳しながら忍び込めばよかったな。 今からでもやる?……いいや、ダメだ。潰れたケーキをプレゼントする訳にはいかない。 何より希理江ちゃんを不必要に危険に晒すことになる。だれかの命や世界の動向がかかっているわけでもないことでそんなことできない。 何より希理江ちゃんはわたしの友達だ。妹たちを守ってくれて、一緒にいろんなことをしてきて、いつもわたしのことを心配してくれる大事な友だちだ。 たとえちょっと性意識がゆるゆるで今もわたしのすぐ目の前でたわわなメロンがマイクロビキニからこぼれ落ちそうになってても…………わたしの友達だよ? 「ごめん希理江ちゃん!ここは一旦引いて出直そう!」 「わかった一華ちゃん、撤退するね!」そう言ってわたしを見る希理江ちゃんの表情がいつもと違う気がした。 戦うときにも、ママたちのことを心配してたときとも違う……何だろう? わたしの『眼』で見て、いろいろなことがわかるっていうのに、目の前の友達が何を考えてるのかわからない。 ……そう言えば、拝くんの気持ちも『眼』で見て分かったことは無かったな。 だから本当は、拝くんがわたしのことを本当に好きでいてくれてるのかすごく不安だったな。 だから、拝くんからキスしてもらえたことはすごく嬉しかった。会いたいな…… 潰れたケーキ箱を抱え、超音速でイレイザーベースから遠ざかる。 結局パパの陽動は間に合わなかったな。何やってんのよ、もう! 次の目標はFE社、今度さっきみたいな失敗はしない。目標本拠から少し離れた場所で着陸してもらう。 希理江ちゃんは重要な逃走手段なのでここで隠れていてもらうことにして、心理ステルスシェルターを展開して中に入ってもらった。 これ結構高価で使い捨て式なんだけどしょうがない、ジャザモン系の高速飛行型で屋内隠密潜入は色々と無理だ。 まぁそれ以前に希理江ちゃんのあの格好で潜入とかふざけてるにも程があるんだけど…… こっちは海津さんがいろいろとやってくれてるはず。 なんかすごく嫌そうな顔してたけど、あの人はわたしと違ってFE社には大きな恨みがあるっていうからきっとそれを思い出してすごい攻撃をしてくるだろう。 「ゴースモン、ロトスモン、お願いね。」わたしがディーアークを掲げると、 「……!」進化しても相変わらず声の小さなロトスモンと 「…あいよ、イチカっち。」最近なんか口数の少ないゴースモンが応える。 「……(ロトスモン)!」「ゴースモン!」『ジョグレス進化!』 「カナビスウィッチモン!!」現れたのはエンシェントウィッチモンの第ニ形態、カナビスウィッチモンだ。 同時にわたしは分身の術で二人に増える。 「マトリクスエヴォリューション!メルクウィッチモン!」 「マトリクスエヴォリューション!コルドロンウィッチモン!」 分身中、それぞれが別のエンシェントウィッチモンに進化できることが最近わかった。 今のわたしは四分身までできるから、最大4体のエンシェントウィッチモンで戦うことができる。 名付けて『エンシェントウィッチモン(四天)』!……ちょっと厨二っぽいかな? メルクウィッチモンのC.C.Cで社内セキュリティを妨害、保って30分ぐらいだけどそれで十分! 遭遇した人やデジモンにはカナビスウィッチモンのH.H.Hで瞬間洗脳、一時的に服従させる。 植物系デジモンが出てきたらヤバいけどその時はコルドロンウィッチモンで強行突破する。これぞ隙を生じぬ三段構えよ! 覗き見した社内位置情報から、目標と思しき人物の居場所を特定する。……普通の談話室? しかも一人じゃなくて4人いる?どういうことなの? ……まさかクリスマスパーティー?FE社が?実験体と??? あの連中にそんな人道的な発想があるとは……でも、ハロウィンの時のあれは? ……判断するには情報が足りない。これが諜報活動だったら報告書とかを探すところだけど、今夜の目的は違う。 あの名前も知らない子が、少しでも幸せになれるようにケーキを届ける、それだけよ! 目的の場所は機密レベルが低いこともあって意外とあっけなくドアの前まで到達できた。 なんか不自然なぐらいね……海津さんの支援のおかげかしら? 中から何か聞こえる……音楽と英語だ。海外ドラマか映画を見てるの? アレ?もしかしてわたしが想像してたのと違って、割と厚遇されてるの、あの子? ……いやいやいや!ここで引き返したら何のためにここまで来たのよ! 海津さんはともかく、希理江ちゃんやロトスモンまで巻き込んでるのよ! 何もしないですごすごと帰ったらガキの使い以下よ!あ、パパについては割とどうでもいい。 「失礼しまーす、お届け物でー……!!」 そう言いながらドアを開けたわたしの目に映ったのは、 「よく来たわね、クソガキ。」 棒状の得物を構えてこちらを見て不敵に笑う、あの口ばっかりババアだった。 なんで?あの言い方からするとわたしが来ることがバレてる!? 「あの棒読み男の言った通りね。本当に来たわ。」 棒読み…………海津さん!?裏切った!?なんで!? 部屋の中には他にあの女の子と、あのへなちょこイケメンが……一人足りない! 「!?」デジコアの放射情報圧を感じる!上? 「そこまでよ侵入者!」天井蓋が開いて出てきたのはフェアリモン! そうか、img‐アニマを盗用したスピリット体か! でも甘い!忍者であるこのわたしの反応速度とコルドロンウィッチモンのフィジカルならこの程度―― (甘いのはあなたよ、わたし?)突然、わたしの頭の中に声が響く。こいつは! 何もできないくせに、なんでこのタイミングでしゃしゃり出てくるのよ! 『バンド・グリーム』違う声が響く。その瞬間、わたし、いや、わたしたちの進化が解除された。 分身も解けて一人になったわたし、ジョグレス解除で戻ったロトスモン、そしてゴースモン――目が、紫色? これって6代目!?なんで今になって……まさか!まずい!!逃げなきゃ!!! 「カードスラッシュ、ショートカッ…」 『Anti Arcane Abuser』緊急離脱しようとしたわたしの行動に、【ゴースモン】が割り込む。 カードが瞬時に灰色になり、そして何も起こらない。緊急転送が、発動しない――これは、6代目の特殊能力! 「隙あり!」フェアリモンの手刀が呆然とするわたしの首筋に叩き込まれ、そして、わたしは気を失った。 「無様なものね、わたし?」おそらくは中学生ぐらいであろう『わたし』の姿が見える。 周囲はぼんやりとしてて何も無い。ここはおそらく…… 「そう、思考空間の中よ、わたし?」考えてることが筒抜け、というより思考が即座に言語化され……違う、逆だ。 「ご名答。ここでは思考が即座に伝達されてから言語化される。そっちで映塚君が作ってるSNSのアレの応用ね。」 「……6代目同士をミラーリングさせて操ったのね。」 「あら、ミラーリングは合ってるけど操ってはないわ?あれは彼女の意思よ?」 意外そうな表情をするわたし……モドキ。 「モドキは心外ねえ!むしろわたしのほうこそあるべき存在なのに。」 それは……そうかも知れない、けど。 「全く、希理江ちゃんやロトスモンの本心も察せずに、相手の気持ちをきちんと考えずに、猪みたいに突進して。こんなアホが異世界のわたしとか悲しくなるわね?」 「なっ……!」 「甘やかされて、貰い物の力を自分のものと勘違いして、何でもできると思い上がったわたしの成れの果てってこんなんなのね?」 「もらい……もの?」 「そうよ?あなたが振るっている力って、デジモンの力と、遺伝子によって与えられた力、先人たちの遺した力、それだけじゃない?」 まるで自分は違うとでも言いたいの? 「当たり前じゃない?わたしの力はわたしが長年研究して生み出した、わたしだけの力だもの?」 わたしと大して違わない年齢のくせに! 「……これでも24歳よ?あなたも成長鈍化実験を続けてたらいつかこうなれたのよ?」 ……そうだったわね。あまりにも忌まわしい思い出だから忘れてたわ。 「安心なさい?あなたにはこれからもっと忌まわしい思い出を増やしてあげるから。じゃあまた後でね?」 そう言うとそいつの姿は掻き消え。 気がつくと。 わたしは椅子に座らされた状態で拘束され、4人の人物に取り囲まれていた。 (続く)