「やあ、うちの娘が迷惑をかけたね。代わりに謝るよ、すまない。ああ、ここで戦うつもりはないよ。ほら……木行次席から差し入れだよ。僕を普通の五行戦闘員だと勘違いしたみたいだ。察するに彼が、君がここにいる理由のひとつかな?……そんな怖い顔で睨まないでくれよ。しかし君には驚いたよ。あの水龍将軍ですら分離・解除できなかった盗聴プラグインを一瞬で無効化するとはね。海津君の評価が甘かったみたいだ。そしてそこの君……仮にも忍者である一華を無傷で捕縛するとはね。五行幹部でもない人間にこれほどの者がいるとは……僕が思っている以上にFE社は手強いようだ。どうやら……君たちを潰す時は全力でやらないと勝ち目はなさそうだな。それじゃ失礼するよ。残念だが次に会うときは殺し合いだね。カードスラッシュ、ショートカット!」 意識下の空間で、よく似た少女が相対する。 「……あ、やっと終わった?よくあれだけつまらない映画のストックがあったものね?」 やや年長そうな少女が言う。 「あんたのおかげで酷い目に遭ったわよ!映像作品だからか変な情報が添付されなかっただけマシだけど!」 年少そうな少女が食って掛かる。 「あら、気づいてないのわたし?」 「……何がよ?」 「6代目、もうあなたにデータ転送してないわよ。」 「………………え?」気づいていなかったことに気づき、一瞬呆ける。 「そういうところよ……ホント。あなたムカつくわねえ!」急に年長な少女が激昂する。 「ちょっと素質のある『目』だからって!6代目の力を使いたい放題に使って!」 言われた少女がビクッと一歩後ずさる。 「何の悲しみも!辛い体験も!一つとして背負わないで!力だけ与えられて!」 思い当たる節があるのか、年少の少女の顔が歪む。 「挙げ句その力を我が物顔で振るって!何様のつもりなのかしら!!」 「えっ、でも……」 「やっぱりあなたには過ぎた力なのよ、魔女の力も、忍者の力も。」 その言葉と同時に紫髪で赤い服の少女――の姿をしたデジモンが現れる。 「やっちゃって、6代目?」その言葉に少女型のデジモンが右手を突き出す。 『バンド・グリーム』淡い紫の光が年少の少女に叩きつけられる。 「あああああっ!!」 「今よ!イチカっち!」突然現れた全身赤の魔女の姿のデジモンが割り込んできた。 それは年長の少女と少女型デジモンを組み伏せ、そして叫ぶ。 「データリンクはアチシが遮断する!イチカっちは逃げな!」 「ネーバルウィッチモン!」少女が呼びかけると同時に 「おい、一華!しっかりしろ、起きてくれ、一華!大変だ!」一華が気がつくと、蔵之助が彼女の顔を覗き込んでいた。 「ゴースモンが消えたんだ!わかるか、いち……か?」しかし一華の様子がなにかおかしいことに蔵之助は気付いた。 「……一華、僕のことは見えてるかい?」 「…………なんか、ぼんやり、してる」おそらくまだ意識が朦朧としているのだろう、滑舌がいつも以上におぼつかない。 しかしその一言だけで、蔵之助は彼女に尋常ではない事態が起きていることに気づいた。 たとえどんな状況であったとしても、本来の一華の『目』であれば、目の前の人物がぼんやりみえるなどということはありえないのだ。 「……とりあえず家に帰ろう。」 数時間後、平和島の名張家のダイニング。 そこでは家族全員とそのパートナーデジモン、そしてロトスモンが集合していた。 一華にとっては実に七ヶ月ぶりの我が家である。 しかしそこに久々の家族が揃ったという喜びの様子は微塵もない。 「両目の視力は0.1以下、重度の弱視です。」報告するエンジュの声が重い。 「各フィジカルの数値、走力、筋力、反射速度、その全てが10歳女子の平均をやや上回る程度……に、なっています。」 食堂の空気が決定的に重くなる。忍者であればありえない数値だ。 「……ゴースモンが消えたことと、関係があるのかい、一華?」蔵之助が口を開く。 「…………封印特化型の6代目エンシェントウィッチモンの、アルカナウィッチモンの仕業、で間違いない、の。」 答える一華の声にはまるで力が感じられない。 「その結果がこれか。」蔵之助は食卓の上に何かを置く。 それは一華のディーアークだった。ただしそれは輝きを失い、全体がつや消しの灰白色に染まっている。 「何をしても一切の反応がない、ということだったね?」 「……多分、5代目……ネーバルウィッチモンが、わたしとエンシェントウィッチモンの間のリンクを遮断したんだと、思う。」 淡々と、極力感情を抑え込むような声を出す。 「わたしを、アルカナウィッチモンから守るために……。」 「あと……これはまだ解析途中での中間レポートですが遺伝子構造に変化などは全く見られません。」 こちらも気力を振り絞るようにして、エンジュが報告を続ける。 「体重や身長などは成長期なので比較できませんが、おそらく肉体に対する改変などはされていないようです。」 「現実改変による喪失ではなく、何らかのギミックによる『封印』というわけか……。」蔵之助の眉間に皺が寄る。 「さて、そうなると確認しておきたいことがあるんだが……エンジュ、あれを流してくれ。」 「わかりました蔵之助さん。」エンジュは手早く操作してテレビモニターに動画を映し出した。 「ごめんちょっと……やっぱりきついわね。」茜が真っ青な顔をしている。 「……えっと一華、どう、だったかな?」同様に真っ青な顔をして蔵之助が問いかける。 「私はさすがにちょっと恥ずかしいかな。」頬を染めるエンジュ。 今しがた流された動画は、侘助とエンジュが自分たちの『行為』を撮影したものだ。 近親者の忍者にとっては重大な精神ダメージを齎す物である。しかし…… 「へぇー、こんなふうにしてるんだ……参考になる……」 弱視状態のため、手元のタブレットに顔を近づけながら見ている一華。 その表情に精神的苦痛を受けている様子は全く見られない。 「……今わたし何を!?」自分の様子に今更気がついたようだ。 「プロテクトも機能してない、か……」蔵之助の言葉にエンジュ以外の表情が更に重く沈んでいく。 「確認しよう。一華、赤瀬満咲姫について今はどう思う?」 「世界一の天才美少女。」即答する一華に蔵之助がずっこける。 「訊き方が悪かったな。赤瀬満咲姫を『主』にしたい気持ちはまだ少しでも残っているかい?」 「…………?…………!!」少し考え込んだ後、愕然とした表情で頬に両手を当てる一華。 「……無いん、だね?」蔵之助の問いに、静かに、そして悲しそうに頷く。 「…………さて、ここからが本題だ、一華。」蔵之助がまっすぐに一華を見る。 その白髪が黒くなっていく。『オートコンタミネーション』が発動しているのだ。 一華のこれから言う言葉が、本心からのものかを確認するために。 「穂村拝君のことを、どう思っているんだい?」 「わたしは……拝くんのことを……拝くんのことが……」 そこで目を閉じて自問する。その場の全員の視線が集中する。 その視線を掴むかのように、彼女の右手がぎゅっと握られる。 「わたしは、拝くんのことを守りたい!拝くんを助けたい、幸せにしたい!」 ほぼ全員の顔にようやく明るさが戻る、ただ一人、蔵之助を除いて。 「君は前に言っていたよね、穂村拝君の子供を産みたい、家族を作ってあげたいって。」 何が言いたいのか、茜以外の全員が諮りかねて黙っている。 「もし忍者の能力と一緒に受胎能力まで失っているとしたら、同じことがまだ言えるかい?」 「あなた!」茜が立ち上がる。看過できない言い種だと思ったのだろう。 一華のほうはその可能性を告げられてハッとした顔をして、それから俯いた。 しかし蔵之助は茜を一瞥しただけで再び視線を一華に戻す。 「…………言えない、言えま、せん。」俯いたまま一華は言う。 「……でも、」そして、再び顔を上に上げる。 「それでも、わたしは、拝くんといっしょにいたい!」目尻から涙滴が飛ぶ。 「たとえ拝くんの子供が産めなくても!拝くんを守る力がなくなっても!それでも!」 握られた両の拳が食卓を叩く。 「忍者の本能とか主とかどうでもいい!わたしが!拝くんの!家族になりたい!」 その自身の言葉でせき止めていたものが決壊したのだろう。そのまま一華は食卓に突っ伏し、嗚咽をあげ始めた。 「ううっ……拝くん……会いたいよぉ……うっぐ……」 「……じゃあ決まりだな。」蔵之助が嘆息しながら言う。 「そうね。」茜が言いながら立ち上がる。 「全く拝のやつも薄情だよなぁ。」続いて侘助が立ち上がる。 「しょうがないでしょ、穂村くんには穂村くんの事情があったんだから。」ノートPCを閉じながらエンジュがその言葉を窘める。 「えっ……?」涙に濡れた顔が皆を見回す。 「穂村殿のいる世界を探そうと言うのですよ、姫様。」レナモンが手を差し伸べる。 「他ならぬお嬢の願いやもんなぁ。」腰に手を当ててホークモンが言う。 「ま、それがお前ェサンの見つけた道だってことなんだろ?」ブシアグモンが不敵に笑う。 「大丈夫です、家族が力を合わせればきっとそれぐらい造作もない、なのです。」その背後からキウイモンが言う。 「…………!」ロトスモンの声は小さくてよく聞こえないが、励ましてくれているのは間違いなかった。 「ありがとう……みんな!」差し出されたレナモンの手を、一華の右手が掴んで立ち上がった。 「さて、そうなると誰が一華に同行するかだけど……おや?」蔵之助のスマホが着信して振動していた。 「こんな時に何の用だい全く……もしもし?」 1時間半後、羽田空港の到着ロビー。クリスマスのデコレーションとにぎわいの中を進む姿があった。 「やぁ、クラノスケ!こっちだ!」それを呼び止める男の声。米海軍中尉ビリー・W・ウィンタースである。 「ビリー、なんだい急に呼び出して?」手を振る彼に近づく。 「ちょっと緊急の要件なんだ。直接会って話せっていうさ。全くクリスマスだって言うのにな。」 ぼやくビリーが何かを取り出しかけている。 「これなんだが……ちょっと見てくれ。」 「どれどれ?」至近まで寄って覗き込むと……ビリーの右手には超小型の拳銃があった。 グロック42を改造して総ポリマー化して樹脂製サプレッサーが一体化している。 非常に小型かつ弱装弾との組み合わせでほぼ発砲音がしない代物である。 正規の軍人で銃の機内持ち込みが許可されているビリーがこれを持ち出している理由はすぐに察せられた。 その銃口はすでに相手の胸元を向き、トリガーには指が掛かっていた。 「ハンギョモン。」ビリーの呼びかけでバイタルブレスからデジモンが出てくる。 いつものガワッパモンではなくハンギョモンに進化している。あらかじめその状態で格納していたのだろう。 「……どういうつもりだい?」銃口を向けられた方は落ち着いた様子で尋ねる。 「クラノスケ、あんたの娘のイチカを確保するよう命令が出ている。」 「ネイビーはずいぶんと不義理なことをするんだな?」 「違う、今回の主導はNSAとINSCOMだ!」苛立たしげな口調と表情のビリー。 NSA、アメリカ国家安全保障局とINSCOM、米陸軍情報保全コマンドはビリーの所属する米海軍情報局とは同じグループではあるが別の組織である。 「先にあっちに情報が回ってきたんだ。陸自の機密兵器に関わった天才少女が戦闘能力を喪失したってな。」 「……。」言い訳がましい早口を、赤い目が睨む。 「遺伝情報は変異してないから、確保すれば人工的に『ニンジャ』を作れるチャンスだとも言っていたぞ。」 「……なるほどね。」脅す側の顔は苦々しく、脅されている側の顔は平然としている。 「その様子だと本当なんだな……悪いが大人しくしてもらう。」 「捕まえるのは僕じゃなくて一華なんだろう?」 「俺とお前の接触に合わせて別働隊が襲撃する。頼むから、抵抗しないでくれ!」 「悪いがそれはできない」人影がゆらぎはじめる。 「!?」 「だって僕はここにいないからね。タオモン、解除してくれ。」 その言葉の直後、揺らいだ人影は煙を残して消え去り、床には小さな紙人形がひらひらと燃えながら落ちていった。 「畜生!無理に我慢して飛行機に乗ったというのにこれかよ!」 膝から崩れ落ちたビリーを、ハンギョモンはガワッパモンに退化して介抱した。 1時間半前、蔵之助に電話を掛けてきたのは海津真弓だった。 『単刀直入に言う。FE社に一華ちゃんの情報が流れている。』 「…君がわざわざ警告するってことは今までとは違う内容なんだね?」 『名張一華と呼ばれる生体兵器は昨夜の龍泉伊舞旗との戦闘で損傷、戦闘能力を喪失したと。』 「……そう、来たか!」通話内容が聞こえている茜と侘助、デジモンたちに戦慄が走る。 聞こえていない一華とエンジュはその様子から察するだけである。 『彼女の遺伝情報は新たな生体兵器の開発に非常に有用である。生きたまま確保せよ、ともある。』 「そう、だろうね……っ!」 『そもそも一華ちゃんが自衛隊のデジモン戦兵器群の開発の中心だったことは既に知れ渡っている。』 「今まで手を出されなかったのはその戦闘能力の高さから確保と収容が困難という理由だったね……」 だが現在、それらの能力を喪失しており一度捕まれば自力で逃げ出すことは不可能であろう。 一方で忍者の能力とは直接無関係な頭脳の天才性と脳内にあるデジモン兵器群の情報、そして生体兵器としての遺伝子は健在である。 『C別としては何らかの罠あるいは陽動であることを警戒して直接は動くなという指示だ。』 「情報の出どころは?」 『不明だ。しかし各勢力の動きを見ると一華ちゃんと直接関係の無い連中の動きが特に早い。」 「……つまりこちら側の事情を知ってる何者かが情報提供者か!」 『おそらくね。敵は選択的に情報投下している。すでにデジタルワールド側にも動きが出ている。』 「……なんだって?」 『オアシス団に潜入してる公安のエージェントからの報告だ。団内の他組織からの潜入工作員がこぞって動いている。』 「それは例のクリスマスの馬鹿騒ぎとは無関係にかい?」 『参加不参加を問わず潜入工作員の全てにアクションが発生している。』 忍者たちの表情が、強張る。 『デジタルワールドも安全ではない。』 海津との通話が切れた直後にまた電話が掛かってきた。今度はビリーからだった。 そして現在、平和島。名張家を襲撃した勢力は2つあった。 一方は米軍の諜報機関のエージェントを寄せ集めた部隊。もう一方はFE社「水行」を中心とする部隊。 理由は不明だが到着の遅れた水行部隊と、米諜報部隊が鉢合わせたのは名張家にとっては好都合だった。 同じ目標を狙うライバルであること、寄せ集めのため米諜報部隊側の統制が取れていないこと、水行部隊が好戦的であったことにより双方での戦闘が勃発。 しかし名張家側も対応が遅れた。海津の提供した情報によりデジタルワールドも安全ではないと分かったからだ。 自動防衛システム、迎撃にでた茜と侘助とエンジュの行動である程度の時間は稼げるだろう。 しかし行動方針が決められず、そのためにどこへどうやって脱出するかプランが立てられない。 やがて統制が取れない即席の米諜報部隊は散り散りに撤退、FE社水行部隊は戦力をさしてすり減らすこともなく名張家へと迫った。 (はじまりの街……いやダメだケンタル先生に迷惑は掛けられない。ロードナイト村……は信頼しきれない。デジシコは……無理だな、見張られている。) 以前の一華ならそこまで心配ではなかった。 しかしパートナーデジモンを失い、忍者としての能力も失ったただの10歳の女の子をデジタルワールドに送り込むことはできない。 家族全員で動く事も考えた。だが、輸送艦は横須賀と佐世保で整備中。「さいが」はまだ建造途中だ。 長い事デジタルワールドでこき使ったトレーラーも重整備中だ。 赤ん坊三人を置いていくわけにもいかない。しかし誰を同行させるべきか……侘助はダメだ。 あいつはまだ精神面が未熟すぎる。エンジュが一緒なら問題ないが、そうなると守りきれるかの不安が大きくなる。 今回はデジモンだけでなく、各方面の暗部勢力が狙ってくるのだ。 (畜生、どうすれば……)ヤタガラモンに迎撃の指示を出しつつ、蔵之助は悩む。 外壁の自動防衛機構が破壊された。FE社の水行部隊の姿が直接目視できる。 「目標はこの中だ!」部隊指揮官らしき男の声が聞こえる。 「いいか、あのメスガキは殺すんじゃねえぞ!脳神経と生殖器官は壊すなよ!」 「死なない程度なら手足ぐらいちぎってもいいか?」 「そのぐらいならいいだろう。他は全部殺しても構わん!」 聞こえてきた剣呑な会話に、茜と侘助の髪の毛が逆立つ。 「母ちゃん、あいつら!」 「ええ、侘助……手加減の必要はなさそうね。サクヤモン!」 二人は手数を増やすためにあえてマトリクスエヴォリューションをしていない。 サクヤモン・望月聖女モードとグレイドモンが並ぶ。 『裏手から別働隊!』通信機からエンジュ――アルソミトモンの報告が飛んできた。 上空から戦況を見つつ種子ドローンでの偵察と精密爆撃を受け持っている。 しかしタイマン能力が究極体としては非常に低いアルソミトモンは拠点防衛には不向きなデジモンだ。 茜とサクヤモンが急いで裏手にまわると、三体のデジモンが勝手口に近づいていた。 (間に合わない!)そう思った瞬間だった。 上から突如衝撃波が三体に襲いかかり、うち一体が両断され消滅した。 『茜さん!建物の上に人が!なんで!?さっきまで誰も……』アルソミトモンが驚く。 「待てぃ!」肉声とは思えないほどの大音量で男の声が一体に響き渡る。 (今の衝撃波は……真空斬り!?誰が!?)茜が見上げると、建物の屋上に何者かがいた。 白いアーマーを着込んだそれの正体はわからない。しかし明らかに只者ではない。 襲撃者たちも攻撃を仕掛けた者を見上げている。 「優勢と劣勢には翼があり、常に戦う者の間を飛び交っている。」 いきなりその人物は語りだした。その場の全員が呆気にとられている。 「たとえ絶望の淵に追われても、勝負は一瞬で状況を変える。」 いや違う、これは敵の注意を惹きつける忍術プラグインを併用している! 「人それを『回天』と言う!」その事に気づいているのは、忍者である名張家の面々だけだ。 「貴様、何者だ!」襲撃者側のデジモンが誰何の問いを発する。 「貴様等に名乗る名前は無い!」男がそう言い放った瞬間、彼の背後から人型のデジモンが飛び出した。 (あれはアンズーモン!?しかし色が……) 「入ァァイル・フォウメイション!」 「デジクロスっ!クロスアァップ、ブラック、ライガァァーモォン!」 山吹色のライオン型のデジモンが、もう一体のデジモンを踏みつけながら着地、そのまま粉砕した。 「ブラック……ライガーモン?」 「黒く……ありませんよね?」そう会話しながらも茜とサクヤモンは前進している。 「三摩耶曼荼羅!」至近距離からの必殺技、無数の法具が瞬時に敵を貫き潰し四散させる。 「変位抜刀!霞斬り・椿花!」三分身し、三人のテイマーの両手首・両足首を斬り落とす。 「かっ、数はまだこちらのほ」表側から攻めてきた一群の指揮官の言葉は最後まで言えなかった。 「遅いよ。」12分身した侘助のうち1人が指揮官と思しき男の背後に出現した。 「影縫い!」デジモンとテイマー全員の両足の甲に、12分身から投げられた苦無が突き刺さりる。 「神道夢想流・鷲!」双剣グレイダルファーがニ振りの日本刀と化しているグレイドモンが、拘束されたデジモンを次々と撃破していく。 謎の男の忍術プラグインに気づき相手に先んじて動いた二人に、襲撃者たちは為す術なく全滅した。 「あなたは……一体?」 クロスオープンした男とデジモンに茜は話しかけた。 その行動からおそらく敵ではないのだろう。そして忍者であることも間違いない。 しかしこのような忍者――しかもアンズーモンのテイマーである忍者など茜は知らない。 そもそもアンズーモンに別個体がいたということが信じられない話である。 「おば……ゲフン、我が名は謎の忍者ヒエイ!」 比叡?鞍馬山とかじゃなくて比叡山?という疑問を茜は隅に追いやった。 「穂村家からの使いの者だ。か…名張一華を迎えに来た。」 「!!」 「名張一華を呼んで来て欲しい。急いでくれ、新手が来る!」 名張家の賃貸部分の更にその上、屋上の発進デッキ。 そこに名張家の全員が集合していた。 現在はデラモンとグレイドモンが周辺の警戒にあたっているが、時間の猶予はあまりない。 「……あなたが、穂村家の使いの、人?」一華は男の仮面を見上げる。 男はしばらく黙って一華の顔を眺めていたが、すぐに気がついたようだ。 「………はっ!すまない。我が名はヒエイ。……あなたを、穂村拝……さんの所へ連れて行く役目を仰せつかりました。」 「……詳しい事情とかは、話してくれないんだろうね?」蔵之助の言葉に、 「同じ忍者ならわかるでしょう。」その口調には苦渋が滲んでいた。 説明したくてもできない、そんなのは忍者の役目を考えたら当たり前のことだ。 「信じて……いいのね?」問いかける茜に、 「我が父母と祖父母、そして八咫烏と白蛇に誓って。」そう返す男。 「!!……わかったわ、お願いするわ。」意を決したように茜が言った。 「一華、向こうに行っても元気でな。」 「一華ちゃん、一華ちゃんがいつ帰ってきてもいいようにしておくから!」 ぶっきらぼうに言う侘助と、手を握って名残惜しむエンジュ。 「姫様、どうかお達者で。」レナモンは今にも泣きそうだ。 「お嬢、気ィ強くもって生きるんや。」肩を叩くホークモン。 「これが……今生の別れっってわけじゃないんだよな?」あくまでも平静を装って蔵之助が言う。 「それは保証します。どれだけ先になるかはわかりませんが、いつか、必ず。」 ヒエイを名乗る男が断言する。 「では……デジクロス!」 「クロスアップ!フェニックスサンダーホークモン!」 男とデジモンがデジクロスし、どう見てもアンズーモンのウリンヌモードにしか見えない姿に変わる。 その嘴が一華を背中から摘んで、自身の背中に乗せた。 「行ってらっしゃい、一華!」 「行って来い一華、穂村君によろしく!」茜と蔵之助は寄り添うように互いの手を握って見上げる。 「行ってきます!みんな!パパ!ママ!レナモン!」 その声をかき消すように、大きな鳥型のデジモンは上昇し、空の彼方へと消えていった。 見えなくなって数瞬後、蔵之助と茜はその場に泣き崩れた。 一華の名前と謝罪の言葉を繰り返す二人を、侘助とエンジュは見守ることしかできなかった。 ただレナモンだけは、下に降りるよう促されるまで、空の彼方をいつまでも見ていた。 (続く)