目次 001.姉弟さく幸 002.姉弟さく幸 うざ姉 003.サキさく キス 004.サキさくたえ 耳かき 005.幸純 リフト 006.デスおじとモブ 007.姉弟さく幸 鼻歌 008.幸リリ 風呂 009.姉弟さく幸 ラブホ 010.たえちゃんのおてがみ 011.フランシュシュ シャツ 012.姉弟さく幸 悪夢 013.どやんす 014.姉弟さく幸 本編10話 015.姉弟さく幸 ポテチ 016.ねこゾンビさんとそらとぶおさとう 017.姉弟さく幸 病床 018.姉弟さく幸 電話 019.幸愛 メイク 020.ねこゾンビさんとてぶくろ 021.姉弟さく幸 捏造11話 022.幸リリ 肩たたき 023.ねこゾンビさんときれいなかいがら 024.姉弟さく幸 パズルゲー 025.愛さく 宅飲みOL 026.姉弟さく幸 闇 027.純さく ポエム 028.やみゾンビの純子さん 029.たえリリ 慰め 030.さくら 闇と光とヒカリモノ 031.偽徐 再会 032.姉弟さく幸 ヒカリへ 033.たえさく あたため 034.ねこゾンビさんとゆきだるま 035.ねこゾンビさんのにくきゅうまっさーじ 036.幸さく ホワイトクリスマス 037.たえさく ケーキ 038.幸さく 勝手に続き 039.純さく 手をつなごう 040.愛さく 友達 041.幸さく 闇さくらの日 042.ゆうさく 枕 043.たえさく 霜柱 044.幸さく 光も闇も一緒よ 045.アイアンフリル 予感 046.フランシュシュ 幸ちゃん再び 047.幸さく ココア 048.純さく マインスイーパ 049.幸さく お題:「冷えた身体とぬるくなった珈琲」「髪」 050.徐幸 ケンカ 051.幸さく ミント味 052.さくさく 女子会 053.幸リリ お酒の味 054.幸さく お題:「連休最終日」「仕事始め」「しんどい」 055.幸リリ お題:「寝所」「秘密」「逢瀬」 056.幸たえ 束の間の眠り 057.幸さく さくら日記 058.幸さく 手合わせ 059.たえさく おもち 060.幸さく 胃痛 061.幸さく バースデイ 062.たえさく純 ゾンビィ停止ビームの勝手に続き 063.幸純 紺野純子激怒する(じゃいネリック) 064.ゾンビランドメガスフィア 065.美沙万梨 交換 066.ねこゾンビさんと冬将軍 067.幸さく 涙 068.純さく カツアゲ 069.愛 押し花 070.幸さく さくら日記その2 071.幸さく 歌詞 072.幸リリ 図書館 073.ねこゾンビさんとしおり+α 074.幸さく ケーキ 075.幸さく お花の種 076.幸さく プリンとおでん 077.幸さく 熱に浮かされて 078.幸さく 熱が冷めなくて 079.たえさく 抱っこ 080.メガマガのインタビューを見て 081.純さく 占い 082.幸さく 鼓動 083.幸さく お手伝い 084.幸愛 お題:「二度あることは」「浪費」「共犯」 085.リリィのひみつ 086.マジカルディティクティブリリィ 087.幸さく 寝落ち 088.幸さく お題:「落ちない汚れ」「握手」「宝箱・宝物」 089.幸リリ 無精髭 090.幸さく 間接 091.幸さく 寝苦しい 092.幸さく くすぐったい 093.幸さく せめて幸せな夢だけでも 094.幸愛 聖夜 095.純子 フェリー 096.未通女三人組 097.乾さく お題:「明け方の夢」「毒りんご」 098.フランシュシュ お題:「ありきたり」「古い地図」 099.幸たえ いい月の夜 100.幸さく しゅき 101.幸さく 幸せなふたりへ 102.ねこゾンビさんのバレンタイン 103.幸さく 幸せなふたりは 104.幸さく くっつき虫 105.幸純 狐ゾンビのコン野純子+じゃい文書バトル(わっちの分だけ) 106.幸さく テーブルの向こうの君に喋りかけているのに 107.幸さく 寝起き 108.幸さく 煩悩 109.幸愛(幸さく前提) からかい 110.幸リリ 雪の夜 111.さくら チケット 112.幸さく トウシューズ 113.幸さく 買い出し 114.幸さく ラーメン 115.幸さく 水音 116.幸さく 寝癖 117.幸純 ハチミツ入りホットミルク 118.幸さく ぶんむくれるさくらはん 119.さくら 虚しい慰め 120.ねこゾンビさんとねこのひ 121.幸さく ネタかぶり 122.幸リリ 廊下は走るな 123.さくら 虚しい夜明け 124.サキ バイクッ 125.幸さく よしよし 126.巽 栄養 127.幸さく コンビニ 128.愛サキ 枝毛 129.幸さく 一目惚れ 130.リリゆぎ 膝枕 131.純さく幸 火蓋 132.幸さく カレー 133.たえさく おねむ 134.幸さく さくら色 135.幸さく 源さくらは知っている… 136.幸さく ピロートーク 137.幸さく だるま 138.幸純 舟を漕ぐ 139.幸さく はじめての日 140.乾さく 早起きした朝 141.幸さく ひなあられ 142.幸さく クアルト 143.幸リリ ミニ四駆 144.幸さく チョーカー 145.幸さく 指なめ 146.幸さく お菓子がないなら 147.愛ちゃん誕生日 148.幸さく ラッキースケベ 149.幸さく 夢小説 150.幸さく 痺れ 151.たえちゃんとるるいえ 152.幸純 卒業式(じゃいネリック) 153.乾さく 死別 154.幸さく 天国なんてあるのかな 155.幸愛 イタズラ 156.幸さく お題:「幸せ」「即答」 157.さくら つまみ食い 158.ねこゾンビさんのホワイトデー 159.幸さく 白いの 160.たえさく お題:「お手伝い」「種明かし」 161.幸さく グッドトリップ 162.幸さく 朝と夜 163.幸さく 手探り 164.愛 汗疹 165.幸リリ 残雪 166.幸さく 監視 167.たえさく ぬいぐるみ 168.幸リリ 背中 169.幸さく 開花待ち 170.幸さく かしまし話 171.幸さく 爪跡 172.愛さく 雑魚寝 173.幸さく 冷えた手 174.幸太郎 お題:「浮気」「予想外」 175.純たえ お題:「声を殺す」「くだらないこと」 176.アイアンフリル ワサビ 177.幸さく ころころ 178.幸さく 抱きまくら 179.幸さく 取り外し不可 180.幸さく 砂糖の数は 181.幸リリ 計算 182.幸さく 抱き心地 183.幸さく 春はあけぼの 184.幸さく そういうことになった。 185.幸さく たったひとつの冴えたやりかた 186.姉弟さく幸 看病 187.幸さく さくらの日(昼の部) 188.幸さく さくらの日(夜の部) 189.幸さく お題:「面倒な存在」「重力」 190.幸さく 少なめ… 191.幸さく お題:「引力」「休戦」 192.幸さく やさしい気持ち 193.サキ純 大帝純子 194.乾さく 4ヶ月 195.幸さく愛 朝の光を浴びながら 196.たえちゃんのエイプリルフール 197.幸さく プレゼント 198.さくら とことん 199.幸さく愛 天気予報に裏切られ 200.ゆうぎり わっち飯 201.たえさく 力仕事 202.乾さく 同担不可 203.ゆう純 雪見だいふく 204.幸リリ オマケ 205.幸さく 見上げた景色 206.幸さく 幸せにしてください 207.幸さく お題:「耳の形」 208.ゆう純 かへいん中毒 209.幸さく 仕事疲れは癒しがほしい 210.幸さくサキリリ 佐賀会 211.幸さく 寒い日の出来事 212.幸さく お題:「今何してる?」「後ろ姿」 213.幸愛 ねぇ、ちょっと 214.幸さく愛 悪質なイタズラ 215.幸純 じゃいネリック(OL編) 216.幸さく 歯磨き 217.幸たえ 山田たえの伝説 218.幸さく 幸さく幸 219.幸さく サクラトッテモサミシカヨ 220.幸純 糸がほつれて 221.幸さく 口紅 222.愛さく純 チャーシュー麺麺抜き 223.愛さく 牛の舌 224.幸さく 爪切り 225.幸太郎 赤い点 226.幸純 アゴ出汁 227.幸純 巽成分 228.幸リリ 仕出し弁当 229.幸純 シンデレラ 230.幸さく 人肌 231.幸さく愛 共通の思い出 232.若い命が真っ赤に燃えて 233.幸さく 周期的 234.部屋とYシャツと私たち 235.なぜにお口が赤うござる 236.乾さく 彼氏さん 237.幸さく 虚空 238.幸さく モーニングコール 239.幸さく 舞い散る桜 240.幸さく なんでもいい 241.幸サキ どんな夢見とったと? 242.食べたことのない味 243.幸ゆう愛 馬肉 244.幸リリ ヒゲジョリ 245.ねこゾンビさんの昭和の日 246.幸さく愛 平成最後の日 247.幸さく 布団に潜入 248.幸さく ぬくもりこいしー 249.幸リリ 深夜うまい棒品評会 250.幸さく キス魔 251.幸さく愛 人探し 252.幸愛 懐かしい控室 253.幸愛 ストレート 254.幸さく 腹筋マシーン 255.幸さく愛 たらこ 256.さく純 おすなばあそび 257.幸愛 繁殖期に於ける水野愛の生態について 258.幸さく GWを抜けて 259.幸さく 幸せな夢 260.幸リリ 欲しがるなら 261.幸さく お題:「二度寝」「懐かしい声」 262.幸さく モジャリ 263.幸愛 幅広い愛 264.イケメン特集 265.幸愛 天気が悪いから 266.幸純 亭主関白宣言 267.幸愛 農耕な幸愛 268.乾さく 手のぬくもり 269.幸さく愛 ゲロ袋 270.幸さく 裸族 271.幸さく 寝かせてくれない 272.ゆう愛 すーぱー見学 273.さく愛 雨降って… 274.喧嘩はやめなんし 275.幸ゆう ジンギスカンキャラメル 276.憂鬱な休日 277.幸さく 母の日 278.幸さく しゃっくり 279.幸愛 信頼 280.幸純 魚釣り 281.乾さく 文章力 282.ねこゾンビさんとドット編み 283.幸さく エール 284.幸さく おっぱい揉む 285.幸さく 冷え冷え抱き枕 286.幸さく 性交禁忌の日 287.ミズラ 288.ねこゾンビさんと飼い主さんの宝物 289.幸さく セックスレス 290.乾さく 目つき 291.幸リリ エンジン音 292.たえさく 控室 293.幸さく 幸太郎推し 294.幸さく お題:「タイミング」「知らんぷり」 295.幸純 芋づる 296.幸たえ 覚醒 297.幸純 ゾンぐるみ 298.幸さく キスの日 299.幸愛詩 冷却水 300.幸さく お題:「不眠」「夢の続き」 301.幸さく 冷やしゾンビはじめました 302.幸リリ チンチラ 303.幸さく パチリ 304.幸愛 ピンクのなでしこ 305.幸さく ふんどし 306.幸さく乾 当て馬 307.幸リリ 茶渋 308.幸さく ウヰスキーがお好きでしょ 309.愛さく 飴玉ひとつ 310.幸さく 静かな夜 311.幸さく 静かな夜には悪夢を 312.幸さく ある不幸な日 313.心のカメラ 314.幸さく 無視の日 315.乾さく お題:「手作り」「眠り姫」 316.幸リリ 寝言ゆぎりん 317.幸さく 飲み水の日 318.幸純 お題:「ただいま」「空元気」 319.幸さく ジメジメした日 320.幸さく コンピュータおばあちゃん 321.乾詩 グレートタイフーン 322.幸純 つよつよ純子お姉さん 323.さく純たえ ヴァッヴァウフフ 324.乾詩 濡れ透け 325.幸さく 恋人の日 326.幸さく 二度寝 327.幸リリ いびき 328.幸リリさく 練習不足 329.幸さく 父の日 330.幸さく ストロベリームーン 331.幸純 つよつよ純子さん(真) 332.幸リリ 体が求める 333.純ゆう 甘酒 334.幸さく 大きなあくびをひとつ 335.幸リリ プリケツ 336.幸さく 幼妻弁当 337.幸リリ 百合の日 338.闇さくら 暗闇の中で 339.幸さく 変なスイッチ入った 340.幸ゆう たぴおかみるくちー 341.幸さく 枕のにおい 342.幸さく 同じ衣装 343.乾さく いいからテーピングだ 344.幸さく ゾンビ保冷剤 345.幸さく バイノーラル 346.幸リリ 海藻マシマシ 347.幸さく 押してだめなら 348.幸愛 タレ派 349.乾さく お題:「目覚め」「また明日」 350.幸リリサキ 浮き輪 351.ゆう純 伝説のコーチ 352.乾さく 絆創膏 353.幸さく 穏やかな時間 354.幸純 レツゴー純子 355.姉弟さく幸 続きって見ないの? 356.幸さく ひんやり膝枕 357.幸さく パパ幸ママさく 358.夏ってこんな感じね 359.幸さく 8月1日 360.幸さく ピアノ 361.乾さく 隙間 362.金木犀 363.幸リリ お題:「眠れない夜」「風の音」 364.姉弟さく幸 お題:「眠れない夜」「風の音」 365.純愛さく 恋バナ 366.幸さく 熱中症対策 367.幸リリ 手まり寿司 368.幸さく 月曜の朝 369.幸さく ドカベン 370.幸さく さくらが無意識に巽を殺す話 371.幸さく 金縛り 372.幸純 大人の階段 373.たえさく はみがき 374.幸リリ ちっぽけなハート 375.幸さく 虫の声 376.合体お布団ゾンビィ 377.幸さく 永久脱毛 378.幸純 11月。神無月。 379.幸さく 11月8日 380.幸さく いい奥さん 381.純幸さく マグカップ 382.幸純 紺野純子特集号 383.幸さく ふたつ 384.幸さく いい夫婦の日 385.幸ゆう 熱燗 386.姉弟さく幸 一周年 387.幸さく 笑顔の理由 388.リリィ お線香 389.幸さく 二人羽織 390.姉弟さく幸 姉の日 391.幸さく 冬の早起き 392.幸さく 香水 393.幸リリ 糸電話 394.乾さく 終業式 395.幸さく 遠距離恋愛 396.幸さく お疲れ様 397.幸さく メリークリスマス 398.幸さく お題:「もう一度だけ」「屁理屈」 399.姉弟さく幸? おねショタ湯けむり編 400.幸さく おにロリままごと編 401.幸さく ゴーン 402.幸さく 惚れた弱み 403.乾さく 三文の得 404.幸さく いっぱいお仕置きしてください 405.幸さく プロデューサーになろう 406.幸リリ お酒なんて大っ嫌い 407.幸さく 慣れた感覚 408.幸さく お題:「膝」「階段」 409.幸さく 月の裏側 410.幸さく 対面座位 411.幸純 19歳にもなったのに 412.幸さく 手汗 413.幸愛 肉と人生 414.幸リリ ブラの日 415.幸さく愛 意地悪な笑顔 416.幸さく 天使の囁きの日 417.幸さく 猫の日? 418.幸さく ハニーミルク 419.幸さく 冷たくておいしいよ 420.幸さく 砂糖の日 421.幸さく 飴湯 422.幸さく ぽんぽん 423.幸さく ふたつのまくら 424.幸さく 塩漬け 425.幸さく 休憩 426.幸さく 衣装 427.幸さく ヘアゴム鉄砲 428.幸さく 水着 429.幸愛 遠雷 430.幸リリ 手を伸ばすとすり抜ける 431.幸さく ポッキーの日 あと単発レスが少々 ************************************************************************************************* 001.姉弟さく幸 前回のゾンビランドサガは! レッスンレッスンまたレッスン、これじゃ息が詰まっちゃうよ~!呼吸止まってるけど! そんなときにたえちゃんがトランプを偶然発見!みんなでババ抜きすることに! 結果はさくらの連戦連勝!もってるでしょ!ドヤァ! そして迎えた最後の一戦、負けたら屈辱の罰ゲーム! まさかまさかのさくら超惨敗!どぼぢて~! 衝撃の罰ゲームの内容は…このあとすぐ! ------------------------------------------------------------------------------------------------- 館の廊下を歩きながら、さくらは呟く。 「ほんとに持っとらんな~、私って」 罰ゲームのために巽の部屋に赴くさくらの足取りは重い。 「なーんであんな提案のっちゃったとやろ~」 さくらの脳裏に先程のやり取りが浮かぶ。 就寝時間の少し前。 ロメロと遊びに出たたえを除いたメンバーが、寝室で車座に座っている。 「なぁなぁ、せっかくやし最後の一戦は罰ゲーム付きでやらん?」 「リリィそういうのだぁい好き!どんな罰ゲームにする?」 「トランプだけじゃすぐ飽きるけん、グラサンに新しい暇つぶし道具をおねだりしに行こうや、たまごっちとかテレビとか」 「そんなワガママ言っていいんでしょうか…」 「いいんじゃない?適度な息抜きはレッスンの効率を上げるし」 「それに女の力で殿方に上手く貢がせるのも一種の『れっすん』になるでありんす」 「言うだけならタダだしな!せっかくやけん、罰ゲームらしくぶりぶりにぶりっこして行こうぜ!」 「では呼び方をこ、幸太郎…さん♡にするとか…」 「え、私いつも幸太郎さんって呼んどるけん、どやんしょ?」 「じゃあさくらちゃんが負けたらカワイイあだ名で呼んであげるっていうのはどうかな?」 「あだ名、あだ名か~」 「お、もうこんな時間じゃねーか!よし、そんじゃ配るぞ~」 「えぇ!?ちょ、サキちゃん待って~」 (結局いきなりババひいて誰も取ってくれんやったなぁ) 回想に浸っているうちに巽の部屋に着いてしまった。 (どやんすどやんす~あだ名なんて全然思い浮かばん~!幸太郎さんだから、こう、幸四郎?いやいや、こう、こう…) 「なんじゃ、誰かおるんかーい!」 (はわ!?) 足音で感づかれていたらしく、部屋の中から幸太郎の声がする。 (こうなったらぶっつけ本番!) さくらは意を決してドアを開け、幸太郎に呼びかける。 「こ、幸ちゃ~ん」 「なんじゃ、姉ちゃんか」 幸太郎の今まで聞いたことのないような柔らかな口調に、予想外の返事にさくらの思考は停止した。 「…え?」 「…あ」 気まずい沈黙が流れる。 「…えーと」 「なんじゃーいさくら!はよ寝んかい!!」 「今、姉ちゃんって」 「言うとらんわーい!!『寝え、ちゃんと』って言ったんじゃーい!!!」 「えぇ~無理ありますよ!」 「無理がなんじゃーい!!こっちが無理を通してるんなら道理引っ込めんかーい!!!!」 普段以上に無茶苦茶な理屈を押し通そうと叫んだためか、巽はゼェゼェと息を切らした。 「ハァハァ、なんの用じゃい」 「…お姉さん、いらしたんですか?」 しまった、と思った瞬間には疑問が口をついて出てしまった。 「…おらんわい」 短く答える巽のサングラスの奥に、さくらは憂いを見たような気がした。 「明日も早い。早く寝ろさくら」 巽が突き放すように言いながら、背を向けて椅子に腰掛ける。 『お前とはもう話すことはない』と言いたげなその背中が、さくらにはとても小さく思えた。 気付くと、さくらはその背中を抱きしめていた。大きいけれど、小さな背中。 過去にもこうして抱きしめたことがあった気がする。 「…幸ちゃんも無理したらあかんよ」 さくらの口から自然に言葉が漏れ出た。 「や、やめんかい」 巽は引き離そうとしたが、さくらは一層強く抱きしめる。 「姉ちゃんと違って生身なんだから、身体大事にせんといかんよ」 「お、おう」 「いつもありがとうね、幸ちゃん」 「うん…」 ------------------------------------------------------------------------------------------------- 「いつまでやっとんじゃボケェェ~~~~~」 「えぇー!?」 「明日も早いから早よ寝ろ言うたじゃろがい、とっとと寝んかい!」 すっかりいつもの調子に戻ってしまった巽にすこし寂しさを覚えつつ、 さくらはすごすごとドアに向かった。 「おやすみ」 ドアノブに手をかけたとき、不意に巽が声を掛ける。 「…姉ちゃん」 「うん。おやすみ幸ちゃん」 「おう、さくら。おねだりどやった?」 「なに買ってもらえるの?」 「あ゛」 おしまい ************************************************************************************************* 002.姉弟さく幸 うざ姉 「はいおはよございまーーーーーーす」 いつものようにミーティングルームという名の牢獄に巽が現れた。 「えー、今日もお前らゾンビィ共に仕事を…」 ム゙ィーム゙ィーと巽のスマホが音を立てる。 巽はスッと左手をかざし、ゾンビィ達に『静かに』とジェスチャーを送る。 「ヴァア?」 意図がわからず呻くたえに、さくらが『おくちにチャック』の仕草を見せる。 たえは両手で口をしっかりと覆った。 「もしもし、はい、フランシュシュの、お世話になっております。本日の件ですね、  あ、承知いたしました、いえわざわざご連絡頂きまして、いえいえ滅相もございません、  はい、ではまたの機会ということで…いえそのような、はいありがとうございます、失礼致します」 45度のお辞儀姿勢のまま巽は数秒間そのまま静止し、ゆっくりと体を起こした。 「今日の仕事に何かあったn「中止じゃーーーーーーーい!!!」 尋ねた愛に被り気味で巽が返す。 「えー、天候不順のため本日の野外イベントは中止になりました」 「お、休みか!」 「調子乗んなボッケェェ~~~~~~い!!」 巽が手元のスケジュール帳をサッと確認する。 「と言いたいところだが、お前ら喜べ!今日は休みじゃい!」 「アタシがさっき言うたやろが!ぶっ殺すぞ!」 「まぁまぁサキちゃん」 「お休みって言ってもお出かけできないんでしょ?リリィつまんない!」 「しょーがありましぇーん!雨ざんざんの中お前らがお出かけしたら佐賀が恐怖のズンドコになりまーしゅ!」 「今日レッスンの予定なんて立ててないわよ。どうすんの?」 「今日はのーんびりしてよか。どうじゃ、慈悲深いじゃろ~」 「チッはいはい、ありがとうございました」 「巽さんのご予定は…?」 「俺には仕事がたっぷりとあるんじゃい、暇なお前らと違ってな」 ゆうぎりは胡散臭そうな目で巽を一瞥し、煙管の灰を落とした。 巽は自室でぼんやりとソファに腰掛けていた。 久々の空白の時間。雨が窓を叩く音が聞こえる。そういえば愛は雷雨を克服出来たのだろうか。 そんなことをボンヤリと考えていると誰かが扉をノックした。 「幸太郎さん、お茶でも飲みませんか?」 さくらが嬉野茶と銘菓『佐賀錦』を載せた盆を机の上に置く。 「もらうぞ。…美味いな」 「ゆうぎりさんに淹れ方教えてもらったんです」 「茶葉の産地がいいんじゃーい!嬉野茶だけにうれしーのー!なんつってーテヘペロ」 「いいですよー、じゃあ残りは私が全部飲んじゃいます」 拗ねてむくれながらさくらは巽の隣に腰掛ける。 「なんじゃい、お前も飲むんかい」 「えへへ、実は…茶葉の分量間違えちゃって。幸太郎さんが全部飲んだらお腹タポタポになっちゃいますよ」 「…相変わらずドジだな」 巽の手厳しい指摘にさくらはガックリうなだれる。が、疑問がひとつ心に浮かんだ。 (あれ?でも私そんなに幸太郎さんの前でドジやったとかなぁ…) しばらく時間が流れた。ふたりの間に会話はないが、悪い気はしなかった。 「ねぇ」 さくらが意を決したような表情で巽に問いかけた。 「ん?」 「幸ちゃん」 「ブフォ!…幸ちゃんはやめんかい!」 突然の慣れぬ呼び方に巽は思わず吹き出した。 「嫌…ですか?」 「…」 「…じゃあやめますね」 さくらは寂しそうに俯いた。 「…じゃろがい」 巽がバツが悪そうに呟く。 「え?」 「誰かに聞かれよったら恥ずかしいじゃろがい」 さくらの顔がほころぶ。 「だいじょうぶ、こっそりならバレんて、幸ちゃんは心配性やね~」 「いきなり馴れ馴れしいんじゃボケェ~。すーぐ調子乗りよってからに…」 「あ、いいのかな~そがん態度とっとたら姉ちゃんうっかり純子ちゃんの前で『幸ちゃん』って言っちゃおうかな~。なーんつって!さくらなーんつって!」 巽はキョトンとした。 「?なんで純子が出てくるんじゃい」 「えぇ!?なんも気づかんと!?」 「え?なにが?」 「ふーん、べっつにー」 「なんじゃい!」 「はぁ、幸ちゃんがそんなでお姉ちゃんは心配です。今まで彼女おったん?」 「お、おるわーい!佐賀の人口くらいおるわーい!」 「…それって『少なめ』ってことでよかと?」 「…」 再び時間が流れた。パタパタと足音が廊下で鳴り響き、突然部屋のドアが開いた。 「さくらはん、居りますえ?」 「あのね、たえちゃんが純子ちゃんのキノコ食べて1up…」 「しーっ」 ゆうぎりが二人に歩み寄るリリィを止めた。巽とさくらは肩を寄せ合い、スゥスゥと寝息を立てている。 「仲良う寝ていんす」 「風邪引いちゃうから毛布かけてあげよっか」 「その前に、いいことを思いついたでありんす」 部屋の片隅であるものを見つけたゆうぎりが、いたずらっぽくウィンクした。 「…ん、しまった。寝過ごしたか」 誰かが毛布をかけてくれたらしい。隣ではさくらがすやすやと眠っている。 「ゾンビィの癖によく寝よってからに」 さくらの頭を軽く撫でる。 「んふふ、なんね、幸ちゃん」 寝ぼけたさくらが巽の手をそっと触る。さくらの手はひんやりとしていた。 頬を触っても、当然ながら体温は感じない。 巽の手が冷たさを感じなくなった頃には、さくらはまた寝入っていた。 巽がふと机の上に目を移すと、眠っている自分とさくらのチェキが一枚置かれていた。 死体の横でこれほど幸せそうに眠る男の写真は見たことがないな、と巽は自嘲し、 鍵のかかった机の引き出しに写真をそっとしまいこんだ。 巽はすっかり冷めてしまった嬉野茶を飲み干すと、スゥーッと息を吸い込んだ。 「ええかげん起きんかいこのねぼすけゾンビィ~~~~~~~~!」 「はわ!お、おはようございます!」 「芸能界じゃなきゃこんばんはの一歩手前じゃろがい」 「えぇ~、そんなに寝てたんですか!?すみません、片付けますね!」 カチャカチャと慌ただしく湯呑を片付けたさくらは、部屋を去る前に振り返り言った。 「…幸ちゃん」 「な、なんじゃい」 「またお茶しに来ていい?」 「…暇な時ならな」 「それじゃあ、また」 「あぁ」 パタン、とドアが閉まる。巽は、未だ降り続ける雨を眺めていた。 おしまい ************************************************************************************************* 003.サキさく キス 星を見ていた。雲はいくつかあるけれど、星は構わず輝いていた。 テラスのドアが開いて、サキちゃんが顔を出す。 「お、どうしたさくら?また寢らんとや?」 「ううん、なんか夜風に当たりたくて。サキちゃんは」 「アタシもちょっと、な」 そう言ってサキちゃんは欄干にもたれかかった。 「…ホントはさ」 サキちゃんが絞り出すように呟く。 「うん?」 「ホントは今日のMCでヘマやったけん、その反省してんだ」 うなだれながらサキちゃんは言う。 「特攻隊長やっとったときはあんくらい楽勝だったのによ」 「わたし、サキちゃんのMCやーらしくて好きだよ」 「あ?」 「一生懸命で、みんなに伝えたいって聞いててわかるもん」 「…ぶっ殺すぞ」 「照れんでよかよ~」 「マジぶっ殺す」 サキちゃんが珍しく真っ赤になって照れる。 「そういえば、サキちゃんってダンスも上手かとやけどなんかやっとったん?」 「アタシは喧嘩慣れしとるけん、体幹がピシッとしてんだよ」 そう言って、虚空に蹴りを繰り出す。空手の演舞のようで、見惚れるほど綺麗。 「わぁ、サキちゃんかっこいい!」 「へへっ、さくらもやってみっか?」 「えぇ!?わたしは無理やって!」 サキちゃんに身体を引っ張り起こされたわたしは見よう見まねで蹴りを出してみる。 「えいっ!」 へにゃっ。そんな音が似合う弱そうな蹴り。少し恥ずかしくなってしまった。 「そうじゃなくてよぉ、もっとこう、腰から回す感じでさ」 サキちゃんがわたしに身体をくっつけて蹴り方を教えてくれる。 「こっから、こう。やってみ」 「えいっ!」 腰を捻り、脚を振り上げる。 「わっ、わっ!」 バランスを思いっきり崩したわたしはサキちゃんに抱きついてしまった。 「ごめんね、サキちゃん」 「そがんことでこけよって…、ぶっとるっつか」 「あ、それ久々に聞いた」 たった1ヶ月くらい前のことなのに、なんだか懐かしくてふたりで笑ってしまった。 「あん時はさ」 「ん?」 「あん時はさくらのことよく知らんのにぶっとるっつって悪かったな」 「急にどうしたの、サキちゃん」 「いや、練習してるおまえを見てたらさ、悪りぃこと言ったなってずっと気になってて」 「そがんこと全然気にしてないよ、サキちゃんは優しいんだから」 サキちゃんは真っ赤になって黙りこんでしまった。 抱きついた姿勢のまま、わたしとサキちゃんは見つめ合っていた。 サキちゃんの赤い目が星明かりのようにキラキラと輝く。 吸い込まれそうな瞳ってこういうものだったんだ。 こくり、とサキちゃんがつばを飲み込む音が聞こえた。 「さくら…」 「うん…」 目を瞑ったわたしの唇に、やわらかな感触が伝わった。 時間を少し巻き戻す。 ふたりの気づかぬうちに、テラスに転がる5つの目玉。 「サキちゃんとさくらちゃん、いい雰囲気だね」 「目玉だけで遠見も出来るなんて、便利な身体でありんすなぁ」 「の、覗き見なんて破廉恥です!」 「自分だけ両目転がしといて何言ってんのよ」 「しっ、動きがありんしたえ」 「はぅ!」 「ッ!」 「サキちゃんいったー!」 「尊いで…ありんすなぁ」 「なんだか体が火照ってしまいました…」 「ふたりとも、幸せそうにしちゃってさ」 たえの遠吠えが夜空に響いた。 おしまい ************************************************************************************************* 004.サキさくたえ 耳かき ある日のダンスレッスンの最中、異変は起こった。 「きゃあああああああああ!」 「ヴア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙!!」 突如凶暴化したたえが純子に襲いかかった。 「たえちゃん、どやんしたと!」 「純子、こっち来い」 「は、はい!」 「怪我はないわね」 「グルルルルルルルル」 純子を逃したたえは、恐ろしい唸り声を上げながら、神経質に脚で頭を搔く。 「うぃぃ!こ、怖いよぅ」 「だいじょうぶ、安心しなんし」 半泣きで怯えるリリィをゆうぎりがサッと庇う。 たえは四足歩行でウロウロしながら、しきりに壁に頭を擦り付けたり、ぶつけたりしていた。 「どやんす、どやんす~」 「急にどうしたのかしら」 「目覚めたばかりの頃に戻ってしまったみたいです…」 「だー!めんどくせー!なんか嫌なもんでもあるとや!」 「ヴア゙ア゙!ヴア゙ア゙!」 たえがよだれを撒き散らしながら吠え、その場をグルグル回ったあと、再び壁に頭をぶつけた。 「たえちゃん!」 「さくら!あぶねぇぞ!下手に近付くな」 心配したさくらが手を伸ばそうとするのを、サキが制する。 「なんだか、苦しそうです…」 「どこか痛いのかしら…。あいつに診せたほうが…」 「巽はんは今朝どこかへ出かけなんした」 「いざってときに使えねぇグラサンだな!」 そのとき、さくらに電流走る。 「あ…わたし、わかったかも!」 「誰か、この家の中で綿棒見たことある人おらん!?」 「た、たしか巽さんのお風呂場の脱衣所に…」 「そこにたえちゃんを連れていけば…」 「そうすりゃなんとかなるんだな!」 言うが早いか、サキがたえを羽交い締めにする。 「ヴゥ゙ゥ゙!グア゙ア゙!」 「たえちゃん、ちょっと大人しくしとってね。あとはわたしたちでなんとかするけん、みんなは練習やっとって!」 さくらたちは脱衣所に駆け出した。 ------------------------------------------------------------------------------------------------- 「で、どやんすると」 「たえちゃんの耳をお掃除すると」 「あ?ぶっ殺すぞ」 「そがんことでなんとかなる状態に見えるっつか、これが」 「ウウウ~」 「いいから!」 さくらが正座したまま、自分の膝をポンポンと叩く。 サキは半信半疑…、割合としては一信九疑のままたえを寝かしつけた。 「はい、たえちゃん。じっとしとってね。すぐ終わるけんね」 耳に綿棒が入る感触に怯え、暴れていたたえだったが、徐々に大人しくなる。 「オイオイ、マジかよ」 「はい、いい子やね~。お耳痒かったとね」 さくらの膝に頭を預けたたえは、すっかりふにゃふにゃになりまどろんでいた。 「なぁさくら、アタシらゾンビだよな?死んどるけん、耳クソなんて出んやろが」 「サキちゃん!女の子がクソとか言ったらあかんて!」 「ぅ゛ぁ゛」 たえが満足そうに呻く。 「たえちゃん、せっかくやけん反対側もきれいにしよっか。はい、ごろーんってして」 たえが寝返りをうち、反対の耳を差し出す。 「はい、おしまい」 「zzz…」 耳掃除が終わるころには、たえは安心しきって眠っていた。 「はぁ、大人しくなってくれてよかった…」 「お疲れ、さくら。んにしてもジャージベチョベチョだな」 「よだれ垂れ流しとやったからね…」 「待ってろ、着替えとタオル持って来るけん」 ------------------------------------------------------------------------------------------------- 「悪ぃ、グラサンのやつジャージの替えろくに用意しとらんやった」 「気にしないで。予備は今朝洗ったけんそろそろ乾くから」 濡らしたタオルで太ももを拭うと、さくらは腰にタオルを巻く。 たえはタオルケットにくるまってすやすや眠っていた。 「サキちゃんサキちゃん」 何気なく綿棒を眺めていたサキに、膝をポンポンと叩きながらさくらが声を掛ける。 「いや、やらんて」 「遠慮せんと」 「…しゃーねーな」 さくらの膝枕にサキが頭を乗せる。 「お、むちむちして気持ちよか」 「あ゛!?」 「冗談やって」 さくらがむくれながらサキの髪をかき分ける。 「サキちゃんの耳、やーらしかね」 「耳にやーらしいもクソもあるかよ」 「えぇ~そうかな~」 サキの小さな耳にさくらはそっと綿棒を入れる。 「…っ。…やべ、これ癖になりそう」 「幸太郎さんに綿棒も買ってもらわんとね、はい反対向いて」 「終わったらさくらにもやったるけんな」 「サキちゃん、ええよ…」 サキがさくらの髪に優しく触れる。 「おう、さくら。…入れるぞ」 「っ、もっと…優しく、してぇ」 「あぁ、悪ぃな。つい…」 「ひぅ」 「お、ここか?ここが気持ちええんか…」 「うん…」 「心配して来てみれば…あんたたち、練習サボって何やってるの!」 「破廉恥はいけないと思います!」 「こんなときにいろごとはよしなんし!」 勢いよく脱衣所に乗り込む愛、純子、ゆうぎり。前かがみでモジモジしたリリィも続く。 「何って、耳かきに決まっとるやろが」 「ごめんね、すぐ戻ろうと思ったんやけど…」 「…というわけで、幸ちゃんにはジャージと綿棒の発注を要請します」 営業から帰ってくるやいなや、巽はさくらに直談判されていた。 「なんで俺が姉ちゃんとサキのイチャイチャのために金を払わにゃならんのじゃい」 「い、イチャイチャとかそういうのじゃなくて!たえちゃんにも使いますし!」 「『にも』ってことはサキがメインじゃろが~い!この色ボケゾンビィ~」 「…そがんこと言って幸ちゃんも本当は姉ちゃんに耳掃除して欲しいんじゃないの?なーんつって!」 「ぼ、ボケェ~!んなわけあるかい!」 「ふーん、じゃあ姉ちゃんじゃなくて純子ちゃん?愛ちゃん?」 「ちゃうわい!」 「ゆうぎりさん?リリィちゃん?…たえちゃんはまだ危ないけん辞めたほうがよかよ」 「ぷ、プロデューサーとアイドルがそがんこと出来るかい!」 「美少女たちとひとつ屋根の下におるのに、幸ちゃんは奥手やね~」 さくらが嬉野茶を一口啜る。 「美少女ったってゾンビィじゃろがーーーーい!!駄弁っとらんでとっとと練習に戻らんかーい!ハイGOGOGOGOGOGO!!」 「はぁーい」 巽が立ち上がって『出て行け』とジェスチャーすると、さくらが渋々お茶を片付けながら出ていく。 「まったく、図々しくてかなわんわい」 幸太郎はむくれながら手帳を取り出し、ジャージと綿棒を買い物メモに書き込んだ。 少し悩んでから、赤字で『最優先』と書き加えた。 おしまい ************************************************************************************************* 005.幸純 リフト しんしんと雪が降っている。 風が吹き、リフトがゆらゆらと揺れた。 シャフトをしっかり握りしめるけれど、この細いパイプが私の体重を支えているのかと思うと却ってぞっとした。 また風が吹いた。収まりかけた揺れがまたぶり返す。 薄いクッションの下のフレームが、体温を奪っていく。 『純子も慣れた頃だし、そろそろ中級者コースに行ってみよう』 お父さんの提案が、得意になってそれに賛成してしまった自分が恨めしい。 数メートル先のお父さんが、申し訳なさそうに、でも安心させようとぎこちない笑みで振り返る。 その腕に縋り付きたいけれど、数メートルの断絶がそれを拒否する。 それでもお父さんを安心させないと、笑いかけたとき、リフトがガクンと前後に揺れた。 スキー場のアナウンスがリフトの緊急停止を告げる。 『純子、純子!』 お父さんが、泣き出してしまった私に呼びかけてくれた。 「純子、純子!」 誰かが呼びかける声で私は目を覚ます。 「…はい」 「大丈夫か、純子」 視界に突然巽さんの顔が飛び込んできた。 つい、小さく座席から飛び跳ねてしまった。 「えっと…ここは?」 涙をぬぐいながら、巽さんに尋ねた。 「なんじゃい、ただの寝坊助ゾンビィかい!俺の車の中に決まっとるじゃろがーい!!」 一瞬のホッとした表情のあと、怒った巽さんが私のほっぺたをブニブニと指で突っつく。 そうだった、イベントを終えた私はうっかり寝こけてしまったのだ。 車はすでに洋館に着き、みんなも既に降りたあとのようだ。 以前は居眠りなどしなかったのに…自分のプロ意識の低さを恥じた。 「す、すみません…」 「…何故、泣いていたんだ」 落ち込む私に、巽さんはいつかのような優しい声で声を掛けた。 「夢を見たんです、子供の頃の夢」 「夢?」 「スキー場でシングルリフトに乗ることになって、とても心細くって。  前のリフトに乗ってたお父さんが安心させようとしてくれるんですけど、  そのとき偶然リフトが止まって、私は泣き出しちゃうんです。ただ、それだけの夢」 「身体の不調ではないんだな」 巽さんが心配そうに私の顔を覗き込む。 「はい、身体は平気なんです。なのにうたた寝なんてしてしまって、すみません」 「…ゾンビィは身体の感覚が人間よりも鈍い。だから多少の無茶も出来るが、  代わりに異変にも気づきにくい。気付かないうちに疲労を溜め込むこともある」 「ですが…」 「眠れるということは心が許せる環境にいるということだ。  お前がフランシュシュのメンバーに無防備な自分をさらけ出せるほどにグループに馴染めたという証拠だ」 そう言って、巽さんが私の頭をポンポンと叩く。 「…もう大丈夫だな?」 「はい」 巽さんの問いかけに私は出来るだけ力強く答えた。 その夜、私はまたリフトに乗る夢を見た。 風が吹き、リフトがゆらゆらと揺れるけれど、怖くはない。 クッションは相変わらず薄く、フレームは冷たいけれど、寒くはなかった。 『寒くないか、純子』 となりから優しい声が囁く。 『はい、巽さん』 握った手は手袋越しでも暖かい。 また、リフトが前後に揺れて、緊急停止のアナウンスが聞こえた。 『大丈夫か、純子』 『はい…』 そのまま、リフトが永遠に止まってしまえばいいのに。と、私はそっと祈った。 おしまい ************************************************************************************************* 006.デスおじとモブ 私は恋をしている。 きっかけは、進学で上京する兄が残していったエレキギター。 ギターに飽きた兄が冗談半分で私の高校進学祝いだと譲ってくれただけなのだけれど、 無趣味だった私はせっかくなのでギターを初めてみることにした。 『もしも弾くなら楽器屋に持っていってメンテして貰えよ』と兄に言われ、近所の楽器店に行ったときその人に出会った。 その人は、不健康そうな痩せ型で長髪を真ん中にわけ、カウンターに無愛想に座っていた。 私が恐る恐るギターのメンテナンスをお願いすると、もっと大事に扱えと怒られた。 私が半泣きになりながら兄に貰ったギターで、手入れの仕方を知らないと告げると 平謝りして初心者におすすめの教本や楽譜を教えてくれた。 わからないことがあったらまたいつでも来てほしい、と申し訳なさそうに微笑む顔を、今でもはっきりと思い出せる。 それから何度もお店に通って、ギターを教えてもらったり、おすすめの曲を教えてもらった。 その人の音楽への愛情を理解するうちに、自分が恋をしていることに気づいた。 初恋だった。 ある日、いつもどおり楽器店に入ると店内の目立つところに不似合いなポスターが貼ってあった。 『フランシュシュ』という聞いたこともないアイドルのポスター。 どこかで見たような顔ぶれだけれどロックやメタルがBGMの店内でそのガーリィな雰囲気は明らかに浮いていた。 「ちわーっす、うわ!なんすかその変なアイドル」 私の後から入ってきた常連さんが、私の心をそのまま代弁してくれた。 どうせ楽器の卸元が無理矢理推してるグループで、あの人も渋々貼っているに違いない。そう思っていた。 けど、違った。 「フランシュシュ舐め取ったらくらすけんなぁ!」 あの人は、今まで見たこともない剣幕で常連さんに怒鳴った。 「あ、あンたほどの実力者がそう言うなら…」 たじろぐ常連さんをよそに、私は店の外に走り出ていた。 あの人がアイドルなんかに必死になるなんて、見たくなかった。 ストイックなメタルが好きなあの人は、もういない。 ショックを受けた私は次の日学校を休み、それからは楽器店の近くにも寄り付かなくなった。 私の初恋は終わった。 ある日、ショッピングモールで買い物をしていると、吹き抜けの下のイベントスペースが騒がしいことに気付いた。 何気なく覗き込んだ私の耳に、嫌な名前が飛び込んできた。 「どうも、フランシュシュです!」 ステージの上で、金髪の女がそう叫ぶ。 どうせお遊戯みたいなものだ。冷やかしてやろう。そう思って私は吹き抜けの手すりにもたれかかった。 MCはたどたどしいし、メンバーの個性もてんでバラバラ。寄せ集めユニットだろう。 曲が始まるまでそう思っていた。 でも、違った。 ステージの上で歌い踊る彼女らを見ると心が騒いだ。『アイドルなんか』と見下していた自分が恥ずかしくなる。 ふと、あの人に初めてデスメタルを勧められたときのことを思い出した。 デスメタルだと聞いて尻込みする私に、あの人は優しく言ってくれた。 「先入観だけで判断せんで、一度聞いてみんしゃい」 結局私はイベントが終わるまでステージに見惚れていた。 余韻に浸りながらステージ前の客席を眺めると、一張羅の衣装を着たあの人を見つけた。 私は階段を駆け下りた。 自分でも、何がしたいのかわからない。 今のイベントがよかったと語り合いたいのか。 誤解で勝手に幻滅したことを謝りたいのか。 秘めた自分の思いを伝えたいのか。 何も決まらないまま、あの人の声が聞こえる距離まで来てしまった。 声をかけようとしたとき、あの人は隣の親友にしみじみと告げた。 「お前が言うとった『2号に蹴られたか』って言葉、あんときは引いたばってん今ならわかる気がすったい…」 私の初恋は終わった。 おしまい ************************************************************************************************* 007.姉弟さく幸 鼻歌 巽幸太郎は煮詰まっていた。 「新曲、どやんすどやんすぅ~」 さくらのモノマネをしても浮かばないものは浮かばない。 連日の営業に次ぐ営業で気分転換に出かける気力もない。 「はぁ…」 深い溜め息をついて、窓の外を眺めた。佐賀ののどかな風景が広がっていた。 ------------------------------------------------------------------------------------------------- 「幸太郎さん、お茶でもいかがですか?」 ノックとともにさくらの声が聞こえる。 「あぁ」 巽が上の空で答えると、入ってきたさくらが叫んだ。 「幸太郎さん、なんばしよっと!?」 「曲が、曲のインスピレーションが湧かんのじゃい!」 逆立ちをした巽が答える。 「そがんことして効果あるんですか…?」 「うんにゃ、何も浮かばん」 バク転の要領で、無駄に美しいフォームをビシッと決めて巽は立ち上がった。 「とりあえず、一息いれましょう」 さくらはお茶と銘菓『嬉菓』をローテーブルの上に置く。 ふたりはしばし他愛の無いことで談笑した。 「って談笑で曲が浮かぶか~~~い!浮かばんじゃろがい!」 巽がドン!と湯呑を置く。 「まぁまぁそがん焦らんで。いい曲浮かびますよ」 「気休めはいらんわい」 拗ねる巽にさくらは少し困った笑みを浮かべ、食器を鼻歌交じりで片付ける。 「その曲は…」 「へ?」 「…その鼻歌、もう少し聞かせてくれ」 「え?はぁ、はい」 さくらは怪訝な顔をした。 (どやんすどやんすぅ~。わたしも思い浮かんだ曲適当に歌ってるだけなのに…) 困惑して歌いだしたさくらだが、不思議なことに続きが自然に思い浮かぶ。 歌いながらふと、巽の方を見た。 サングラス越しで巽の表情は伺えないが、どこか遠くを見ているようだった。 「…こんな感じですけど、インスピレーション湧きました?」 歌い終わったさくらが尋ねるが、巽はボンヤリとしている。 「幸太郎さん?」 「…ん?あぁ、すまん。バッチリじゃーい!バリバリ作曲したるわーい!!」 巽の様子はどこかおかしかったが、巽がおかしいのはいつものことだと思い直し、さくらは部屋を後にした。 明くる日。 ミーティングに巽がデモテープを持ってきた。 「ということで新曲です!ミュージックストァーットォ!」 巽が再生ボタンを押すと流れてきたのは…なんとなくリーゼントと特攻服が似合いそうな曲。 「この曲はサキにメインをやってもらう」 「っしゃあ!!!」 「え、私の鼻歌要素どこに…」 「アレがこう、なんかよか刺激になってなんやかんやでこれが出来たんじゃい。はい、サキはさくらに感謝!」 「マジかよ!なんか知んねーけどありがとな!さくら!!」 さくらは困惑したが、サキが心底嬉しそうに抱きついてきたので、『まぁいいか』と納得することにした。 巽は嘘は言っていない。 さくらの歌は、さくらと巽の母がいつも歌っていたあの歌は、確かに巽を刺激したのだ。 おしまい ************************************************************************************************* 008.幸リリ 風呂 「グッモーニンエヴリワン!」 「おは、え!?ぐ、ぐっもーにん!」 「おはようございます!」 フランシュシュの朝は不揃いな挨拶で始まった。 「なんじゃい、今日も挨拶はふたりだけかい」 巽はオーバーにガックリとうなだれて見せる。 「しかし、それも今日までじゃい」 「焦らさんと早よ言えやグラサン」 「いーっつもいーっつも文句ばっかじゃのぉ、サキ。なら言ったるわい!今度の仕事は嬉野温泉風呂付き部屋宿泊OKじゃーーーーーーーい!!」 一同は唖然とした。 「風呂付きってまさかユニットバスが付いてるだけってオチじゃないでしょうね?」 「愛ちゃんは鋭いでちゅねぇ~。当然違います」 巽が取り出したノートパソコンには、宿泊先のホテルの個室についた温泉の写真。 フランシュシュの面々は各々喜び、感涙し、頭に花を生やし、まんじゅうになり、紫煙を燻らせ、居眠りした。 しかしただ一人、浮かない顔をしている者がいた。 「リリィちゃんどやんしたと?」 「…リリィ温泉行きたくない」 「お背中流しんしょうか?」 「いいもん!」 リリィはむくれてプイッとそっぽを向く。 「ちんちくのちんちくなんてアタシら誰も気にしてねぇぞ」 「サキちゃん!」 さくらが赤面しながら注意し、純子はリリィの股間をチラリと見た。 「リリィが気にするの!」 「まったくお前らは…繊細なリリィ心がわからんやつらじゃのぉ」 「何よ、解決策があるなら先に言いなさいよ」 「リリィは俺と同室じゃい」 リリィの顔がパァっと輝いた。 「巽…。リリィそれはそれで嫌かもー」 「なんじゃいこのわがままさんめ!」 イベントは盛況に終わった。だが、それは本筋ではない。 カラカラカラ。リリィが浴室の引き戸を開けると、そこには見事な檜風呂。 「わぁ、すごいお風呂!」 「待たんかい!まずは身体を洗ってからじゃい!」 リリィが駆け出そうとしたところを巽が制した。 「えぇ~」 「万が一メイクでお湯が汚れたら次に部屋借りられんじゃろがい!」 「はぁい…。それにしても巽、パピィよりちっちゃいね」 「な、何見とるんじゃい!」 巽は股間を隠してクネクネした。 「おちんちんじゃなくて背中の話だよ」 ------------------------------------------------------------------------------------------------- 「流すぞー」 「いいよー」 リリィが耳を押さえ、目をぎゅっと瞑る。巽がお湯をかけ、シャンプーを流れ落とした。 「これでピッカピカじゃい!さぁお待ちかねの入浴タイムばい」 「わぁい!あ、ちょっとまって」 リリィはヘアゴムを取り出すと、ぱぱっと髪をお団子にまとめた。 (今度はそういうヘアセットもありかもな…ならば衣装は…) 「巽、今チャイナドレスのこと考えてた?」 「…よくわかったな」 「お仕事中のパピィみたいな顔つきしてたもん。でも今は、りらっくす、りらっくす」 「わかったから、押すな!危ないじゃろがい!」 ざぶり、ちゃぷり。 「「はぁー…」」 つい、示し合わせたかのようにため息が出たので、ふたりは顔を見合わせて笑った。 「「いっい湯だな、はははん♪」」 ふたりの歌声が浴室に響いた。 おしまい ************************************************************************************************* 009.姉弟さく幸 ラブホ プスン。「ガス欠じゃい」 「どやんすどやんす」 こうしてわたしと幸ちゃんはすごくピカピカしたホテルに入りました。 「変なホテルやね」 さくらが不安そうに呟く。 「…あぁ」 巽のうつろな返事が不安を加速させた。 ガチャリ。巽が扉を開ける。 「ふわぁ、おっきい…」 今まで見たこともない大きなベッド。まるでおとぎ話に出てくるお姫様が使っていそうなサイズ。 さくらの不安はどこかに消し飛んでいた。 巽はジャケットを無造作に置くと、ベッドに座り込んだ。 「さくら、いや姉ちゃん。もうメイク落としてもええぞ」 シャワールームに入ったさくらは、叫び声を上げた。 「幸ちゃん、ちょっとこっち、来て!来て!」 「なんじゃい、うるさい…」 「よかけんが!」 「あぁ、はいはい」 さくらに引っ張られ、巽はフラフラとついていく。 「見てこのバスタブ!スケスケ!蛇口もピカピカですごかよ!純金かな!?」 「真鍮だと思います…」 「ここ、リゾートホテルなのかな?」 「佐賀の山奥にんなもんあるかいボケェ~~~~!!」 巽はプンスカと浴室を出ていった。 「そんな怒らんでも…」 さくらはむくれながらメイクを落とし、嬉野以来のお湯の感触を楽しんだ。 「幸ちゃん、お風呂空いたけん、入ってよかよ」 バスローブに身を包んださくらが浴室から出てくる。 「あぁ、うん」 巽は力なく返事をした。 「テレビもつけんとなんしよっと?」 「あ、やめ」 巽の制止もきかず、さくらはテレビの電源をつける。 大音量で流れる喘ぎ声と水音。 「「ぎゃああああああああ!!」」 さくらは慌ててテレビを消す。 「幸ちゃん!こういうの見るのは姉ちゃんと別室のときにしんしゃい!」 「見とらんわい!こういうのばっかやけん、テレビ消しとったんじゃボケェ!」 「姉ちゃん騙されんよ!あ、ジャケット!そがんとこに脱ぎ散らかして!」 さくらがジャケットを掴み取ると、下からいやらしいグッズの自販機が現れた。 みるみるさくらの顔がさくら色に染まる。 「幸ちゃん…ここって…えっちな、ほ、ホテル…なんですか?」 「…はい」 「なんで、なんで言うてくれんの…?」 「さくら、この世界には知らないほうがいいこともあるんだ」 巽はキメ顔でそう言った。 「もー!お姉ちゃんひとりではしゃいでちゃあがつかー!!」 さくらはベッドの上をどやんすどやんすと5往復転がったあと、バスローブの乱れを直しながらおもむろに言った。 「こ、幸ちゃん!あかんよ!姉弟で禁断の関係は!たとえ一夜でも!」 「するかーーい!!こちとら姉ちゃんとこがんとこ入る羽目になってずーっとテンション下がりっぱなしじゃろがい!」 「言われてみれば、幸ちゃんずっとそうやったね、ごめんね」 「わかればいいんじゃい」 やさぐれた巽は浴室に入り、シャワーの温度を可能な限り下げた。 「俺は巽幸太郎、フランシュシュのプロデューサー」 巽は自分に語りかける。 「やつはゾンビィ一号、源さくら、俺がプロデュースするアイドル」 ブツブツと念仏のように唱える。 「あれは姉ちゃん、あれは姉ちゃん、あれは姉ちゃん、そういう対象じゃない」 いくら言い聞かせても、巽の『幸太郎』は一向に治まらない。 先程のどやんすどやんすでチラチラと見えた箇所が目に浮かび、コッコさんのように蘇る。 かくなる上は水攻めじゃい。シャワーで直接冷水をぶっかけた。 「アヒョウ!」 変な悲鳴が漏れる。 「幸ちゃんだいじょうぶ?」 「なんでもないわい!」 心配で見に来たさくらを追い返す。 なんとか一時的に鎮めることが出来た巽は、結局悶々としたまま、一夜を過ごした。 さくらは、久々に家族のそばで眠れる幸せを、幸太郎のぬくもりを味わっていた。 おしまい ************************************************************************************************* 010.たえちゃんのおてがみ ふらんしゅしゅのやまだたえです きょうはわたしのかぞくをしょうかいします さくらちゃんはおかあさんです いつもわたしのめんどうをみてくれるやさしいやさしいひとです さきちゃんはおとうさんです わたしもさきちゃんのようになりたいのでまねっこしています あいちゃんはせんせいです あいちゃんのおかげでみんなにあわせておどれるようになってたのしいです じゅんこちゃんはおいしいです さいきんきのこのふうみがついてますますおいしくなりました ゆうぎりちゃんはなでるのがじょうずです たばこのけむりはにがてだけどなでなでされるととろけそうになります りりぃちゃんはおともだちです わたしとよくあそんでくれるかわいいおほしさまです ろめろはらいばるです とおぼえしょうぶはさいきんかてるようになってきました こうたろうくんはがんばりやさんです いつもよなかまでおしごとしてるのでおてつだいできたらうれしいな 「たえちゃん、なんしょっと?」 「ヴァ゙ァ゙ゥ」 たえは手元の紙をさくらに見せた。 「お絵かき?お手紙かな?上手に書けとるね」 さくらがたえの頭を撫でると、たえは幸せそうに目を細めた。 おしまい ************************************************************************************************* 011.フランシュシュ シャツ 「たえちゃん、どやんしたと?練習しよ?」 さくらは部屋の隅でうずくまるたえに話しかけた。 「ウ゛ァ゛ウ」 たえは手に掴んだ白い布をさくらに差し出す。 「え、嗅げって?これ幸太郎さんのシャツ!?いかんよたえちゃん!勝手に持ってきちゃ!」 「ウ゛ァ゛ウ」 「もぅ、しょうがないなぁ。ちょっとだけ嗅いだらすぐ練習行くけんね!」 固い意志でなおもシャツを差し出すたえに根負けし、さくらはシャツを嗅いだ。 「ふゎ、懐かしか…」 さくらの記憶の扉が開きかけた。だが、嗅ぐのをやめるとすぐに閉じてしまう。 「あれ…どっかで嗅いだはず…なんやろ…」 アリスがうさぎを追うように、さくらはズブズブとシャツにのめり込んだ。 「さくらはん、たえはん。練習もせず何をしていんす?」 ゆうぎりは部屋の隅でうずくまるさくらとたえに話しかけた。 「ウ゛ァ゛ウ」 たえは手に掴んだ白い布をゆうぎりに差し出す。 「幸太郎はんのしゃつを嗅げ、ということでありんすか?」 「ゆうぎりさん、ちょっとでいいけん!なんか癖になる匂いなの!」 「しょうがない御人らでありんす…」 さくらの謎の熱意に根負けし、ゆうぎりはシャツを嗅いだ。 「あら、これは…」 花魁として君臨していた頃に、幾度も嗅いだ若い男の匂い。時が移ろうとも変わらぬ芳香。 「精気溢れるにおいでありんすなぁ…」 ゆうぎりは恍惚として、シャツの香りを聞いた。 「おい、テメェら!練習サボりよって!ぶっ殺すぞ」 サキは部屋の隅でうずくまるさくらとゆうぎりとたえに話しかけた。 「ウ゛ァ゛ウ」 たえは手に掴んだ白い布をサキに差し出す。 「あ゛?なんでアタシがこんなもん嗅がんばなんねぇんだよ!」 「サキはん、そう言わず嗅ぎなんし」 「チッ、姐さんがそういうんならしょうがねぇ…」 ゆうぎりまでが勧めてくるのだ。サキは根負けしシャツを嗅いだ。 「くっせ」 サキは思わずシャツから顔を離す。なぜ三人がこんなクサいものに夢中になるのか理解出来なかった。 「クンクン…やっぱくっせぇ」 クサいものほど嗅ぎたくなるのは何故だろう。そんなことを思いながらサキはまた息を吸い込んだ。 「…みんな練習サボって何してんの」 リリィは部屋の隅でうずくまる怪しげな集団を見て訝しんだ。 「ウ゛ァ゛ウ」 たえは手に掴んだ白い布をリリィに差し出す。 「えー?リリィ巽のシャツなんて嗅ぎたくないよぉ」 「ちょっと嗅いでみろやちんちく!笑えるくれぇくせぇから!」 「なにそれ、意味わかんない」 サキが楽しそうに『うはぁ!くっせぇ!』と何度も嗅ぐので、好奇心に負けてリリィはシャツを嗅いだ。 「あ、これパピィの…ん?」 パピィの匂いによく似てるようで、何かが違う。何が違うか確かめるため、もう一度嗅ぐ。 「ん…違う?あ、でも、あれ?」 共通点を掴みかけると、朧のように消えてしまう。検証のためリリィは何度も臭いを嗅いだ。 「みなさんそこに居まし、ヒッ」 純子は部屋の隅でうずくまる怪しげな集団を見て小さく跳び上がった。 「ウ゛ァ゛ウ」 たえは手に掴んだ白い布を純子に差し出す。 「男性のシャツを嗅ぐなんて、そんな、はしたない…」 恥じらいながらも、純子はすぐにシャツを嗅いだ。 「スゥ──────────────────────────────────────」 「純子ちゃん!息!息吐いて!」 「ゾンビやけん!ゾンビやけん息吐かなくても死なねぇんだ!」 純子の肺は巽の匂いに満たされた。 「ちょっと!なんで誰も練習に来なぎゃああああああああああああああああ!」 愛は部屋の隅でうずくまる怪しげな集団を見て洋館に響き渡る悲鳴を上げた。 「ウ゛ァ゛ウ」 たえは手に掴んだ白い布を愛に差し出す。 「なんであいつのシャツのニオイなんて嗅がなきゃいけないのよ…」 「嗅げばわかります」 「…え、なにが?」 「わかるんです」 純子の本気の目に気圧されて、愛は渋々シャツを嗅いだ。 「あ…」 安心するような、ドキドキするような匂い。いつの間にか愛の頭の花は満開になっていた。 「この匂い、好き…かも…」 うっかり口走ってしまった愛は、赤くなった顔を隠すためシャツに顔を埋める。 顔中が匂いに覆われて、愛は頬の緩みを抑えるのに苦労した。 「よ~かよか~♪お前ら、練習のほうはどうじゃってなにしとんじゃーーーーーい!??」 営業から帰ってきた巽は、部屋の隅でうずくまり自分のシャツを嗅ぐゾンビィたちを見て恐怖に震えた。 「え、なに。お前ら怖い」 「こ、幸太郎さん違うんです!」 「なにがどう違うんじゃボッケェーーーーーーー!!」 ------------------------------------------------------------------------------------------------- フランシュシュの説得もむなしく、巽の衣類は厳重に管理されることとなった。 しかし、後に禁断症状を訴える者が続出したため期限付きの貸出制度が設けられた。 おしまい ************************************************************************************************* 012.姉弟さく幸 悪夢 グチャリ。 レッスン中のさくらの腕が落ち、泥のように崩れた。 「え…?」 さくらは崩れた腕から肉塊をひとつかみし、腕の切断面になすりつけるが、肉塊はそのまま落ちてしまう。 「どやんす、どやんす…」 掴んでは、擦り付け、落ちる。 「なんで、なんでつかんの…?」 掴んでは、擦り付け、落ちる。 「幸ちゃん、なんで…?幸ちゃ…」 振り向いたさくらの首が落ちて、グチャリ、と腐肉の塊になった。 ------------------------------------------------------------------------------------------------- 「うわあああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」 巽はベッドから跳ね起きた。 全身を嫌な汗が濡らしていた。手の震えはまだ治まらない。 「はぁ…」 深い溜息を吐いた。ミーティングの前にシャワーを浴びなければ。巽は立ち上がり、支度をした。 ------------------------------------------------------------------------------------------------- 「はよーざーあーっす」 「おはようござムギュ」 「どしたどしたさくら、元気が足りんぞ」 「元気がたひないのは幸太郎さんじゃはりませんか!」 さくらが鼻をつままれたまま抗議する。 「俺が?なんで?こーんな元気いっぱいじゃーい!」 巽はさくらのスカートをまくる。 「子供かよ」 リリィが呟いた。 「今日の巽はん、変でありんしたなぁ」 「いつもうぜぇけど今日は格別だな」 「リリィには余裕がないように見えたよ」 「さくらさんへのスキンシップが過剰でしたね…」 「なんだか別の不安をさくらに八つ当たりしてたみたいだったわね…」 「…ヴウァ゙ァ゙」 「わたし、幸太郎さんのところへ行ってみる」 さくらは立ち上がった。 「さくら、ひとりで大丈夫?」 「うん、心配せんで。愛ちゃん」 「困ったら呼べよ、ぶっ殺したるけん」 「ヴァウ」 「ふたりとも暴力はいかんって!大丈夫、ちょっと話してくるだけやけん」 さくらは二杯の嬉野茶を用意し、巽の部屋に向かった。 「幸太郎さん」 部屋をノックするが、返事はない。 「…幸ちゃん、入るよ」 さくらはドアを開ける。 「さくらか。俺は忙しい。レッスンに戻れ」 巽は背を向けたまま、無感情に答えた。 「お茶淹れてきたけん、一緒に飲も?」 「忙しい。そこに置いておけ」 「今日なんだか様子変よ、具合でも悪かばい?」 さくらが嬉野茶をのせた盆を机に置きつつ、巽に尋ねる。 「別に」 「でも」 「何でもない!早くレッスンに戻れ!」 巽は机に拳を叩きつけ、さくらに怒鳴った。 さくらはキレた。 「なんでそがんこと言うと!?みんな心配しとっとよ!?それなんに勝手にひとりで抱え込んでイライラして!  わたしらみんな幸ちゃんのこと頼りにしとるけん、幸ちゃんも少しは頼れ!!バカ!!」 巽は反論しようと口を動かす。 「……ごめん」 だが、押し出せたのは謝罪の言葉だけだった。 「なんか辛かことでもあったと?」 「…別に」 「隠さんで」 巽はポツポツと語りだした。ゾンビィにもおそらく寿命があること。それがいつ来るかわからぬこと。 そして、今朝の不吉な夢。 「俺は、姉ちゃんに、フランシュシュのみんなにひどいことをしたと思っとる」 「なんで?」 「安らかに眠っていたのを無理矢理叩き起こし、もう一度死ぬ身体にしてしまった」 「気にしとらんよ。たぶん、姉ちゃんだけじゃなくみんなも」 「でも」 言いかけた巽を、さくらはやさしく抱きしめた。 巽は隠すように、声を押し殺して泣いた。 さくらは巽の頭をなでながら、ふと心に浮かんだ子守唄を歌った。 「ねんねせろ ねんねせろ ねんねせろ 太郎がねんねした そのあとに…」 巽は、幼い頃を思い出していた。 悪夢で怯える自分を、子守唄で優しく寝かしつけてくれた姉。 さくらの体温のない身体に、巽はあの頃の温かみを確かに感じていた。 おしまい ************************************************************************************************* 013.どやんす 『どやんすどやんす』 不思議な響きの言葉だけれど、これほどさくらを的確に表す言葉はない。 さくらの揺れる胸を見つめながら私は思う。 「…愛ちゃん、わたしどこか間違っとる?」 さくらが私の視線に気付いた。肩で息をしているため、その胸はどやんすどやんすと揺れている。 「…そうね、指をさす時にみんなは手を立てているけれど、さくらだけ手を寝せているの。  でもこの程度はメンバーの個性の範疇だから言うべきか迷っていたの」 私の手本を見ながら、さくらがうんうんと頷く。胸がどやんすどやんすと揺れた。 「愛ちゃんすごかね、わたし全然気付かんやった」 すごいのはそのどやんすボディよ、と喉まで出かかり、飲み込むのに苦労した。 さくらはそんな私の苦労も知らず、『こうかな、こうかな』と反復練習をして、どやんすどやんすと胸を揺らす。 休憩に入ると、私の隣にサキがどかっと座り、反対側に純子もちょこんと座った。 「まさに『どやんすどやんす』って感じばい」 「えぇ。『どやんすどやんす』としか言いようがありません」 私は、フランシュシュの結束が一段と強固になるのを肌で感じた。 ************************************************************************************************* 014.姉弟さく幸 本編10話 「幸ちゃん、入るよ」 「おう」 「幸ちゃんにも色々迷惑かけてゴメンね、姉ちゃん舞い上がっとって」 「ふん、いつものことじゃろがーい!」 「…ところで幸ちゃん、ゆうぎりさんに聞いたんやけど」 「な、なんじゃい」 「ビンタされたって」 「さ、されとらんわーい!」 「…実は姉ちゃんも昔されたんよ…」 「…なんで直前に言ってたセリフそのまま返してくるだろうな…」 「幸ちゃんも同じ流れやったと!?」 「あとやたら骨に響く」 「わかる…。あ、それと大事なお願いがあってね」 「なんじゃい」 「明日の朝ランニングするけん、メイクしてもらっていい?」 ************************************************************************************************* 015.姉弟さく幸 ポテチ ある日曜日の昼前。 「ただいま」 「おかえり~幸ちゃん」 部活帰りの俺を出迎えたのは、姉ちゃんの声とポテチをかじる音。 「姉ちゃん!それ俺のポテチ!」 「ぎゅーらしかねぇ、減るもんじゃなし」 「減っとるわい!今まさに減っとるわい!」 「帰り早かったとやけど、どやんしたと?」 「顧問が肉離れ起こしよった」 「ふぅ~ん、ならお昼作ったげるけん、このポテチお姉ちゃんにちょーだい」 「しょうがなか…」 第一志望に落ちて以来、姉ちゃんはめっきりやる気をなくして、 休日は出かけもせずに居間でお菓子片手にテレビ三昧。 「姉ちゃんのあんな姿、見てられん…」 部屋でひとりごちる俺の耳に、テレビを見て大騒ぎする姉ちゃんの声が届いた。 「お姉ちゃん、アイドルになるけん」 俺の前に得意料理の『適当ラーメン』を置きながら姉ちゃんが鼻息を荒くした。 適当ラーメンとは、その名の通り冷蔵庫の具材を適当に追加しただけのインスタントラーメンなのだが、 育ち盛りに嬉しいボリュームで、何故か俺の作ったラーメンより数倍美味いのだ。 以前姉ちゃんにコツを聞いたところ『隠し味はお姉ちゃんのあ・い・じょ・う♡』と 「幸ちゃん、聞いとー?」 「聞いとらん、ラーメンに見惚れとった」 「お 姉 ち ゃ ん 、 ア イ ド ル に な る け ん」 姉ちゃんは改めて高らかに宣言した。 「そんなんなれっかい、ボケ姉貴」 「なるもん!」 そう叫んだ姉ちゃんの目は、受験前の輝きを取り戻していた。 「飯食うけん、とりあえず落ち着け」 「あ、ごめんね。幸ちゃん」 飯の間中、姉ちゃんの早口は続いた。 どうやら先ほどテレビで特集された『アイアンフリル』というグループにお熱らしい。 「それでね、センターの水野愛ちゃんが頑張り屋さんでね」 「はいはい」 「私と同い年なんにがばい頑張っとってね」 「うんうん」 「もう、幸ちゃん冷たか~」 「ごちそうさま」 「はい、おそまつさま。午後はどやんすると?」 「急に暇になったけんなぁ…家で…」 ふと、俺の頭にグッドアイデアが閃いた。 「やっぱ出かける」 「あ、彼女とデート?」 「違うわい、この色ボケ姉貴ぃ!」 「幸ちゃんに彼女が出来なくて、お姉ちゃん心配です」 「部活忙しくてそれどころじゃないんじゃい!もう出かけるけんな」 「あ、幸ちゃん。ついでにポテチ買ってきて」 「アイドルになるんやったらまずその余計な肉落とさんかい!」 「はぁ~い。遅くなりそうやったらちゃんと連絡しなよ」 「夕飯までには帰るけん、行ってきます」 「いってらっしゃ~い」 家を出た俺は本屋に走る。 やる気を取り戻した姉ちゃんにボイトレの本でもプレゼントしてやろう。 本屋への道すがら、神社があったのでお参りすることにした。 「俺の姉ちゃんの人生、今までずっと不幸続きやったけん、  神様、どうかアイドルになる夢だけは叶えたってください」 神社を出て本屋に向かう俺の頭の中は、大舞台で水野愛と共演する姉ちゃんの姿でいっぱいだった。 おしまい ************************************************************************************************* 016.ねこゾンビさんとそらとぶおさとう ある冬の朝。ねこゾンビの純子さんは寒さで目が覚めました。 どうしてこんなに寒いのかにゃあ。窓の外を見るとびっくり。 空からお砂糖が降っていました。 大変大変いちだいじ。純子さんは飼い主さんの部屋に駆け込みました。 「にゃあ、にゃあ」 「うぅん、なんじゃい」 まだ眠たそうな飼い主さんを揺り起こします。 「そんなに慌ててどうしたんじゃい」 「にゃう、にゃあん」 お砂糖です。お砂糖が降っているんです。 純子さんは窓を指さしました。 「あぁ、珍しか。あれは雪じゃい」 「にゃ?」 雪。飼い主さんに読んでもらった本で名前は知っていましたが、見るのは初めてです。 お砂糖じゃないんですね、と純子さんは耳をぺったりとさせました。 でも、降ってくる雪はふわふわやわらかそうなので純子さんはもっと近くで見てみたくなりました。 純子さんはいてもたってもいられなくなって、玄関へと走り出しました。 飼い主さんが止める声も聞こえていないようです。 玄関の扉を開けると、冷たい風がぴゅーっと吹き込んで、純子さんはあわてて扉をしめました。 ゾンビは寒さもへっちゃらですが、ねこゾンビは寒さがとってもにがてなのです。 おともだちみんにゃと雪を見たかったにゃあ。純子さんは悲しくなってきました。 そこへ、飼い主さんが大きな箱を持ってきました。 「開けてみろ」 純子さんが大きな箱を開けると、中には手編みの毛糸のぼうし、ポンチョ、セーター、てぶくろ、パンツにくつした。 ステキなプレゼントにおおよろこびの純子さんは飼い主さんに抱きつきました。 飼い主さんはそんな純子さんをよしよしとなでてあげました。 おきがえを済ませた純子さんは、おともだちと雪のなか元気にあそびました。 たくさんあそんで、すっかり寒くなってしまった純子さんはおうちに帰ることにしました。 飼い主さんは、ねこゾンビ舌にやさしいホットミルクを温めて待ってくれていました。 すっかり雪でぬれてしまった毛糸のお洋服を暖炉でかわかしながら、純子さんは飼い主さんに編み物を教えてほしいとお願いしました。 「毛糸玉にからまるからダメじゃい」 にゃるほど、純子さんはしょんぼりうなずきました。 ねこゾンビの純子さんは毛糸玉を前にすると、ついついじゃれついてしまうのです。 「かわりに、純子にはこれをおてつだいしてほしいんじゃい」 飼い主さんはそういって、大きなパッチワーク・キルトを取り出しました。 「こたつ布団に挑戦したんだが思ったよりも大変で、ねこゾンビの手も借りたいんじゃい」 「にゃあ♪」 純子さんは嬉しそうに鳴きました。 それからふたりでいっしょにチクチク、チクチクとキルトをぬいあわせました。 おしまい ************************************************************************************************* 017.姉弟さく幸 病床 幸太郎は、眠るさくらを見ていた。 さくらの顔は赤く腫れ上がり、息をするのも苦しそうである。 幸太郎は後悔していた。病気をうつしたのはおそらく自分だ。 自分のせいで姉は病に苦しみ、それどころか念願の劇の主役の座すら手放すこととなった。 「ごめんなさい、ねえちゃん。ごめんなさい…」 幸太郎はいつまでも涙を流していた。 ------------------------------------------------------------------------------------------------- 幸太郎は、眠るさくらを見ていた。 さくらの顔は白く穏やかで、今にも息を吹き返しそうに見えた。 幸太郎は後悔していた。歯車を狂わせたのはおそらく自分だ。 幼い頃に劇の主役を降板して以来、姉は土壇場で不幸に見舞われ、ついに最悪の結末を迎えた。 「ごめん、姉ちゃん。…ごめんなさい、ねえちゃん。ごめんなさい…」 幼い頃のように、幸太郎はいつまでも涙を流していた。 ************************************************************************************************* 018.姉弟さく幸 電話 プルルルルルルル、プルルルルルルル。 さくらの耳元で呼び出し音が鳴る。 『はい』 電話の奥から、無愛想な幸太郎の声が聞こえた。 「もしもし、幸ちゃん?」 『なんじゃい、姉ちゃん』 「入学式の用意は大丈夫?」 『あぁ。誰かさんの選考書類作りを手伝っとらんかったらもっと余裕やったんに』 「ごめんね、姉ちゃん自己PRとか苦手やけん。埋め合わせは今度するね」 『じゃあ、インスタントラーメンの隠し味』 「え~そやんこと?」 『何度やっても姉ちゃんの味にならんのじゃい!』 「隠し味は、姉ちゃんの」 『「あ・い・じょ・う』」 ふたりの声がハモった。 『そやんかネタ聞き飽きたけん、今度教えてくれ』 「うん、次いつ帰ってくると?」 『ゴールデンウィークには帰れると思う』 「そんならそんときにいっしょに作ろ。教えたげるから」 『約束だぞ』 「うん、約束」 さくらはそっと小指を立てた。 『ゆーびきーりげーんまん』 「嘘つーいたらはーりせんぼんのーます」 『「指切った!』」 「じゃあ幸ちゃん、明日寝坊せんように気ぃつけてね」 『あぁ、姉ちゃんも始業式遅れんようにな』 「それじゃあまたね、幸ちゃん。おやすみ」 『あぁ、おやすみ。姉ちゃん』 かつての第一志望校に行った弟を誇らしく思いつつ、さくらは明日が良い日になると予感していた。 >夜まで仕事中のグラサンに夜食のラーメンを作るさくらはんだけど隠し味は覚えていないんだ 「幸太郎さん、遅くまでお疲れ様です。夜食いかがですか?」 「おう、すまんな」 「…美味しくなかったですか?」 麺を一口すすった巽の浮かない反応を見て、さくらは不安そうに聞いた。 「…いや。そうじゃさくら、お前も一口いるか?」 「えぇ~そんな!悪いですよ!…じゃあ一口」 久々のラーメンをさくらはよろこんで食べた。 「んん?」 「どうした?」 「なんか物足りない…。今度はもっと美味しく作りますね!」 「…あぁ」 「じゃあ、あとで器取りに来ますね!なんか隠し味入れんと…」 悩みながら部屋を去るさくらの背中を見送りつつ、巽はまた一口ラーメンを啜った。 ************************************************************************************************* 019.幸愛 メイク 私はメイクされるのが好きだ。 普段の私から、ステージに立つ私へ、変身を遂げていく過程が好きだ。 「…昔は変身ってあくまで例えだったのになぁ」 「メイク中は黙らんかい」 そう言ってあいつは母乳の出やすくなる千歳飴を私の口に投げ込み、黙らせる。 こいつのメイク技術には本当に舌を巻く。死体である私達を生前と遜色なく蘇らせるのだから。 顔のメイクが終わり、ヘアメイクに入る。あいつの手が私の髪に優しく触れる。 花がひとつ、ポンと開いた。 「愛、あんまり花を咲かせるな。やりにくいじゃろがい」 「ライブ前でテンションあげてるんだもの、仕方ないでしょ!」 「お前は髪が短いぶん、ちーっと狂うだけで違和感が出るけん、一番気を遣うんじゃい」 一番と聞いて、またひとつ、花がポンと開いた。 あいつは嫌味を言ったけれど、指先の優しさはずっと変わらなかった。 私はメイクされるのが好きだ。 …特に今は、ヘアメイクが好きだ。 ************************************************************************************************* 020.ねこゾンビさんとてぶくろ ある冬の日。ねこゾンビの純子さんは飼い主さんと公園にお出かけしました。 雪は積もらずにすっかりとけてしまいましたが、風は冷たいです。 なので、純子さんは以前飼い主さんにもらった毛糸のお洋服でおめかししています。 ぼうし、ポンチョ、セーター、てぶくろ、パンツにくつした。 寒さのにがてなねこゾンビですが、飼い主さんのおかげで寒さもへっちゃらです。 「にゃあ!」 こっち、こっちです!純子さんは飼い主さんを呼びながら、パタパタと駆けていきます。 ------------------------------------------------------------------------------------------------- 「もうへとへとじゃい。俺はここですわってるけん、純子はあそんできんさい」 飼い主さんはベンチにすわってやすんでいるので、 純子さんはしばらくひとりであそんでいました。 そろそろ飼い主さんのところにもどらにゃいと。そうおもった純子さんは、片手が冷たいことに気づきました。 大変、てぶくろが片方ありません。あそんでいるうちにおとしてしまったようです。 「純子、どうしたんじゃい」 純子さんを迎えに来た飼い主さんが心配そうに尋ねます。 純子さんは、ついてぶくろをなくした方の手をかくしてしまいました。 「てぶくろをおとしたのか、純子」 「…にゃあ」 ごめんにゃさい、ごめんにゃさい。純子さんの目からぽろぽろ涙がこぼれました。 「別に怒っているわけではない」 飼い主さんは純子さんの手をそっとにぎると、ハーッと息であたためてくれました。 やさしい飼い主さんがくださったてぶくろをおとしてしまうにゃんて。 ますます涙があふれてしまい、純子さんはついにおおきな声で泣きだしてしまいました。 「俺もこどものころにてぶくろをおとしたことがある。また作ればいい」 飼い主さんは純子さんをだっこして、せなかをポンポンたたきました。 「…みぃ」 純子さんはちいさな声で鳴きました。 お家に帰った純子さんを飼い主さんはなんども励ましてくれました。 でも、純子さんのきもちはなかな晴れません。 「純子、今日はもう遅いんじゃい。明日また探しに行こう」 特別に、純子さんは飼い主さんのベッドでいっしょに寝ることになりました。 飼い主さんにだっこされると、あたたかくて、きもちがおちつくので、純子さんはすぐにねむってしまいました。 夜遅く。純子さんはおトイレに行きたくなりました。 飼い主さんはとなりでぐっすり寝ているので、ねこあしさしあししのびあし。 あしおとをたてないように、純子さんはこっそりお部屋を出ました。 おトイレをすませて、居間を通って飼い主さんのお部屋にもどろうとしたときに、 ふと暖炉のまえで乾かしてある片方だけのてぶくろが純子さんの目にとまりました。 片方だけのてぶくろがひとりぼっちでかわいそうで、純子さんの目からまた涙があふれてきました。 そこへ、ゴロゴロとかみなりがひびきました。 黒い影があらわれて、両手をあたまのうえでねこ耳の格好にしたとおもえば、 黒ねこゾンビさんがそこにいました。 「こんばんにゃ、純子」 「こんばんにゃ、黒ねこゾンビさん」 「にゃんで泣いているの?」 「てぶくろをにゃくしてしまって…」 「にゃくしたてぶくろはこれかしらん」 黒ねこゾンビさんが、片方だけのてぶくろを純子さんにわたしました。 それは、なくしたはずのてぶくろでした。 「ありがとうございます。どこでこれを?」 「偶然ひろったのよ。そうしたらあにゃたの匂いがしたから」 純子さんはなんどもなんどもお礼を言いました。 「おともだちだもの。気にしにゃいで」 黒ねこゾンビさんは照れながらわらいました。 「泣きやんでよかったわ。それじゃあまたあいましょう」 黒ねこゾンビさんは純子さんのあたまをナデナデすると、そのまま闇に消えました。 ------------------------------------------------------------------------------------------------- 翌朝。飼い主さんは純子さんのほっぺの感触でおきました。ねこゾンビめざましです。 「おはよう純子。今日は元気そうだな」 「にゃうん」 飼い主さんは、純子さんがてぶくろをしていることに気づきました。 「どこで見つけたんじゃい?」 「にゃあ、にゃあ!」 「そうか、おともだちがみつけてくれたか。お礼がいるな」 純子さんは飼い主さんにてつだってもらいながら、あたたかいケープを縫いはじめました。 黒ねこゾンビさん、よろこんでくれるといいにゃあ。純子さんの顔から笑顔がこぼれました。 おしまい ************************************************************************************************* 021.姉弟さく幸 捏造11話 さくらは、布団に寝かされていた。 ロメロとフランシュシュの面々は、沈痛な面持ちでさくらの顔を覗き込んでいた。 「お前たち、何をしている」 「何って…」 「こんなとこで油売っとらんで練習せんかい!」 「グラサンてめぇ!」 サキが巽に掴みかかる。 「今練習なんてしてる場合かぶっ殺すぞ!」 「では、ここでさくらの顔を覗き込んでいればさくらは良くなるのか?」 「それは…」 「…練習…やりましょう、サキ」 「さくらはんが望んでおられるんは、立ち止まることじゃありんせん」 「そうです。次のコンサートを成功させるために…」 「みんなで頑張って練習しないと!」 「ヴァァアァァウ」 「…わかった」 サキは、巽を掴んでいた手を緩める。 「けどよ、グラサン。さくらになんかあったらぶっ殺すぞ」 「任せておけ。俺は誰よりもゾンビィに詳しい男だ」 一度うなずくと、サキたちはレッスンルームに走っていった。 誰よりも詳しい。嘘は言っていない。だが、すべてを理解しているわけではない。 ゾンビィがどれだけの衝撃に耐えられるか、身体に異常は残らないか。 それは巽自身知る由もないことだった。 「姉ちゃん」 さくらの手を握る。ひんやりと冷たい、死者の手。 通夜の時の記憶が、巽の頭をよぎる。 巽は、あの日神を捨てた。姉を救わぬ神などに用はない。 それ故に、今の祈るしか出来ない自分に、無性に腹が立った。 「…姉ちゃん」 そっと手が握り返された。 「…幸ちゃん」 「目が覚めたか?」 「うん、みんなは?」 「レッスン中じゃい。お前がドジって轢かれちょる間にあいつらは…」 さくらは、スッと巽のサングラスを外す。 巽の目は、さくらと同じ、澄んだ空の色をしていた。 「やっぱり、幸太郎さんは幸ちゃんやったんやね」 「…思い、出したのか」 「うん。ごめんね。二回も車に轢かれて」 「ボケ姉貴!俺がどれほど心配したか…」 「ごめんね、そがん泣かんで。幸ちゃん」 「誰が泣くかボケェ」 姉弟感動の対面を、フランシュシュの面々は物陰から微笑ましく見守っていた。 おしまい ************************************************************************************************* 022.幸リリ 肩たたき コンコン、巽の部屋に小さなノックの音が響く。扉を開くと、寝間着を着たリリィが立っていた。 「えへへ」 「どうした?子供は寝る時間だぞ」 「いいからいいから」 リリィは巽の横をすり抜け部屋に入ると、巽にソファに座るよう促した。 「巽、肩こりひどいでしょ?」 「うんにゃ、この通り絶好調じゃい!」 巽は大げさにラジオ体操を始める。 「ウソつき、お昼触ったときカチカチだったよ」 そういえば、昼間、車内で呼びかけられたときに肩を叩かれていた。 「肩たたきしてあげる。リリィ、パピィの肩をよく叩いてたから肩たたき得意なの」 巽は逡巡した。たしかに肩こりはひどい。だが、アイドルに肩を叩かせるのは如何なものか…。 「ゆぎりんに『巽が按摩して欲しがってる』って言っちゃおうかな〜?」 「リリィ、肩たたきやってくれんか」 巽は食い気味に答えた。 たん、とん、たん、とん。リリィが心地よいリズムで肩を叩く。 「うまかもんばい」 たん、とん、たん、とん。 「…パピィにはもうしてあげられないけどね」 たん、とん、たん、とん。蚊の鳴くような声で、リリィがつぶやいた。 たん、とん、たん、とん。しばしの沈黙。 たん、とん、たん、とん。 「あー…」 巽が絞り出すように切り出した。 「しっかし毎週激務やけん、来週になったらまた肩が凝りそうじゃのぉ!  そうじゃ、リリィ!来週また肩たたきしてもらっていいか?」 リリィは、にぱっと微笑んで答えた。 「やだ、めんどくさい!」 おしまい ************************************************************************************************* 023.ねこゾンビさんときれいなかいがら ねこゾンビの純子さんは、フンスときあいをいれました。 飼い主さんがおでかけしているうちに、リビングをおそうじしにゃければ。 にくきゅうもようのエプロンつけて、そうじどうぐをもってきて、 純子さんおそうじモードの完成です。 ふみだいにのって、たかいところのほこりをスイスイとハンディモップでおとします。 ねこゾンビはフワフワのはたきをみるとじゃれついてしまうので、モップをつかいます。 純子さんがたなのおそうじをしていると、なつかしいものをみつけました。 おおきくて、スベスベのかいがらです。ところどころキラキラとひかっています。 いそいでおそうじしにゃいと。純子さんはきあいをいれなおしますが、やっぱりすこしきゅうけいすることにしました。 純子さんがフサフサのおみみにかいがらをあてると、かいがらのおくからなみのおとがきこえてきます。 純子さんは、かいがらをひろった日をおもいだしていました。 ザザーッ。ザザーン。かいがらからきこえるなみのおとは、あの日とまったくかわりません。 ある夏の日。 純子さんと飼い主さんはうみにおでかけしました。 ねこゾンビは水がにがてなので、うみには入らずに、すなはまをおさんぽです。 ザザーッ。ザザーン。よせてはかえすなみが、純子さんのあしもとをぬらします。 「あまりうみにちかよるとあぶないぞ。気をつけるんじゃい」 おおきなうみはこわいですが、サンダルをチャプチャプとぬらすなみに純子さんはおおはしゃぎ。 「にゃあ、にゃうん!」 飼い主さん、おいかけてごらんにゃさい。なみうちぎわを飼い主さんとおいかけっこします。 こつん。純子さんのサンダルに、なにかがぶつかりました。 純子さんがしゃがんでひろいあげると、そこにはおおきくてきれいなかいがら。 「おお、純子。いいものみつけたのう。かしてくれるか?」 純子さんが飼い主さんにかいがらをてわたすと、飼い主さんはそっと耳にかいがらをあてました。 「にゃ?」 「こうするとなみのおとがきこえるんじゃい」 飼い主さんが純子さんのフサフサのおみみにかいがらをあてると、かいがらのおくからなみのおとがきこえてきました。 ゴロゴロゴロ。どこか、とおくでかみなりのおと。 純子さんはハッと気がつきます。いけにゃいけにゃい。おそうじおそうじ。 純子さんはかいがらをもとのばしょにそっともどしました。 つぎの夏がきたら、飼い主さんともっとかいがらをひろいたいにゃ。 クスッとほほえむと、純子さんはおそうじにもどりました。 ゆうがたになると、玄関のドアがガチャリとあきました。 「にゃあ♪」 「ただいまじゃい、純子。待っていてくれたのか」 純子さんはうれしそうに飼い主さんのてをひくと、リビングにあんないしました。 「どこもかしこもピカピカじゃい。ありがとう。えらいぞ、純子」 飼い主さんが純子さんのあたまをやさしくナデナデすると、純子さんはのどをゴロゴロならしました。 「まったく、せわがやけるんだから」 ふたりのおうちのそとで、だれかがあきれたようにつぶやきました。 おしまい ************************************************************************************************* 024.姉弟さく幸 パズルゲー 「なーんで勝てんのじゃーい!」 幸太郎はコントローラーを投げ出してバッタリと倒れ込んだ。 「ふっふっふ、お姉ちゃんに勝とうなんて十年早かばい」 どちらがおつかいに行くかを賭けた真剣ぷよ勝負。今回もさくらに軍配が上がった。 「姉ちゃん、あと一戦!あと一戦だけ!」 「こら、早くお使い行かんね!」 母親の急かす声で、渋々幸太郎はおつかいに出かけた。 ------------------------------------------------------------------------------------------------- 「なんでそんな強いんですか…」 さくらがガックリとうなだれ、コントローラーを取り落とす。 息抜き用として巽が持ってきた中古ゲーム機の使用時間を賭けて行われた、 フランシュシュVS巽の真剣ぷよ勝負は、巽の圧勝に終わった。 「十年間の積み重ねじゃい」 あと一戦!あと一戦!と抗議するフランシュシュの面々を尻目に、 巽は十年ぶりのリベンジの高揚感を味わっていた。 ************************************************************************************************* 025.愛さく 宅飲みOL わたしは『持ってない』女だ。 学芸会で主役に抜擢されたかと思えばおたふく風邪にかかり、 運動会でリレー選手に選ばれたかと思えば三年連続肉離れを起こし 中学生活すべてを賭けた高校受験では試験会場に着くまでに 体調を崩したおばあさんを三人も助ける羽目に。おかげで試験はボロボロ。 そうしてふてくされていたときに、アイドルのドキュメンタリー番組に感動して 徹夜で芸能事務所宛の書類を書いていたら始業式に遅刻したこともあったっけ。(結果は書類選考で落選) ドキュメンタリー番組がキッカケで大ファンになったアイアンフリルのライブが地元で開かれたときも 天候最悪で当日急遽イベント中止。最前列チケット取れたとに。 でも、その日暇を持て余してショッピングモールを彷徨っていたわたしは、意外な人と出会った。 道に迷っていたその人はわたしの憧れ、水野愛。彼女を道案内することになって、わたしたちは友達になった。 わたしの今までの不運は、きっとこの日の出会いのために。 「昔はそう思うとったのになぁ」 「さくら、ビールおかわり~」 その憧れのアイドルは、今、わたしの部屋で缶ビールの空き缶を振っておかわりを催促している。 愛ちゃんとの関係は、東京の大学に進学し、ひとり暮らしを初めてからも続いた。 『成人記念にふたりで飲もう!』なんて、軽はずみな提案をした二十歳のわたしに冷水をぶっかけたい。 その日以来、愛ちゃんは不定期にわたしの部屋に転がり込んでは、こうしてビールをかっ喰らうのだ。 「ねぇさくら~」 愛ちゃんが突然わたしのおしりを鷲掴みにする。 「もう、なんね!」 「このどやんすボディを堪能しないと落ち着かないのよ~。今の仕事私みたいなぺったんこばっかりでさぁ」 彼女はアイアンフリル卒業後も芸能活動を続け、実力派ダンサー兼シンガーとして様々な活躍をしている。 次の仕事は本格的なコンテンポラリーダンスの舞台で、日々他のダンサーと鎬を削っているそうだ。 「そういえばダンサーって細身の子ばっかりやね。…どやんすボディってどういう意味!?」 「ほらこのおしり。揺らすと『どやんす』って音がするのよ!どやんすどやんす~」 おしりをつかんでおおはしゃぎする愛ちゃんを軽くしばいたわたしは、ビールとおつまみを取りに台所に行く。 「はい、ビール。あとこれあげるけん、おとなしゅうせんね」 「あ、イカの一夜干し!これ好きなのよね~」 愛ちゃんは座ったまま器用にぴょんぴょん跳ねた。 「ねぇさくら!あれ見ていい?」 「えぇ~、また爆笑するとやろ?」 「お~ね~が~い~さ~く~ら~!ねぇ~お~ね~が~い~」 愛ちゃんの大人げない駄々に根負けしたわたしは、マジックで『永久保存版!』と書かれたDVDをプレイヤーにセットする。 映し出されたのは十年前放映された『情熱惑星』のアイアンフリル回。わたしがアイドルに憧れるキッカケになった思い出の回。 「あ、見てホラ!私!私出てるよ!あははははははははフゴッ、あは、鼻鳴っちゃった、あははは!」 「もう、またそがんして笑う~」 「だって、若いときの私が青臭っくておもしろ、ふふ、おもしろくって!あはっゲホッ」 「わたし、この愛ちゃん見て憧れとったのに」 呆れて深くため息をつくわたしに、愛ちゃんは微笑んで言った。 「私だってこの頃の私大好きよ。だから、たまに見返してこの頃の私に負けないくらい輝かなきゃって」 そのときの愛ちゃんの瞳は、テレビに映る愛ちゃんよりもっと輝いて見えた。 おしまい ************************************************************************************************* 026.姉弟さく幸 闇 面影はあった。 サングラスで顔を隠しても。 ポケットにゲソを入れた珍妙な格好をしていても。 背が伸びても。 声が低くなっても。 でも、その事実を認めたくなかった。 わたしの不幸は、わたしだけのものであるべきだ。 わたしの死が、あなたの人生を歪めてしまったなんて。 認めたくなかった。 わたしのことなんて過去にして、自分の道を歩んでほしかった。 持っていないわたしになんて付き合わなくていいのに。 どうして。 ひとりにしてくれないの。 「幸ちゃん」 その声は、紡がれることなく虚空に消えた。 ************************************************************************************************* 027.純さく ポエム 夢を見たんです 学生時代の夢 貴女と並ぶ私 並木道を歩いて 流行りの歌を口ずさみ 他愛のないおしゃべりを交わし はしたないけれど 買い食いなんてしてしまったり おかしいですよね 本当なら 母と娘くらい違うのに 夢を見たんです さくらが舞い散る春の日に 眩しく光る貴女の笑顔 ************************************************************************************************* 028.やみゾンビの純子さん 私はケホケホと咳をしました。 「純子ちゃん、喉の調子大丈夫?」 隣で寝ていたさくらさんが心配そうに聞きます。 「だいじょうぶです」 「ちょっと、声ガラガラじゃない。昨日無茶しすぎたんじゃないの」 愛さんが厳しい口調で言いました。しかし、そっと肩に触れる手は優しげです。 そこへ、白衣を着た巽さんが現れました。 「巽教授の総回診でぇーーーーーーす!!!!」 「ひとりじゃん」 リリィちゃんの鋭いツッコミに、ナース帽をかぶったロメロちゃんが抗議するようにワン!と鳴きました。 巽さんは私の前に立ち膝で座ると、顎をクイッと持ち上げました。 「あーって言うてみい」 「あ、あー」 恥ずかしさを感じつつ、私は言われたとおりにしました。 「顔が赤いし、喉が腫れとるな。今日は休め、純子。ドクターストップじゃい」 「おめぇドクターじゃなかろうが」 「甘いなサキ。ゾンビィを操る俺は人体に関してはスペシャリストじゃい」 巽さんは立ち上がり、ビシッと格好いいポーズを取りました。 「で、具体的にどこがどう腫れてたの?」 「喉じゃい」 愛さんの質問に巽さんが簡潔に答えました。 「は?」 「こう、喉の奥の方が、なんかあかーく、腫れとったんじゃい」 「真面目に診なさいよ」 「見たまま言っただけでしょ」 「ざけてるとぶっ殺すぞ」 「ゾンビの喉も腫れるんでありんすなぁ」 「ヴァァァ」 「なんもわからんってことで、よかかな…?」 「お前らうっさいわい!とっとと支度して朝のレッスンせんかい!ハイGOGOGOGOGOGO!」 他のメンバーが渋々立ち去ると、残ったのは巽さんとロメロちゃんと私だけ。 「あの…」 「無理にしゃべるな。どうしても言いたいことがあればこのノートで筆談しろ」 そう言って、巽さんはまっさらなノートとペンを下さいました。 私はペンを取るとおずおずと筆談を始めました。 『調子に乗って喉を痛めるなんて、プロとして申し訳ないです』 「あぁ、まだまだじゃのぉ純子。グループで歌うと周囲に合わせるぶん調整が難しいじゃろ」 私はこくりとうなずきました。 「今日はここで安静にしていろ。俺も今日は外回りはないから、何かあれば部屋まで来い」 巽さんの部屋へ…。それを意識した私は、耳が赤くなるのを感じました。 「どうした?熱もあるのか?」 巽さんが私の額と首筋に手を当てて、体温を測ろうとしました。 「少し熱いな…」 止まっているはずの私の心臓は早鐘のようになり、頭からは湯気が出そうでした。 「純子、じっとしていろ」 私はドキドキして目をつぶりました。ペタリ。額に冷湿布を貼られました。 『頭に湿布を貼らなければならないほど私の頭が悪いということでしょうか…?』 「これは冷却ジェルがついたシートじゃい。熱が出たときに今はこういうのを貼るんじゃい」 巽さんは説明しつつも、私の素っ頓狂な発想が面白いのか、笑いをこらえている風でした。 私は悔しくなって頬をふくらませると、巽さんはポケットからのど飴を取り出しました。 「すまんすまん。佐賀の甘草を使った飴をやるけん、機嫌を治せ」 そう言うと、飴を一粒つまんで私の口に押し込んで、残りの袋を手渡して部屋に戻っていきました。 そのあと、熱に浮かされた私がいつ眠ったのか思い出すことは出来ませんでした。 ------------------------------------------------------------------------------------------------- 翌朝。巽さんがまた白衣で現れて、診察して下さいました。 「喉は大丈夫じゃのう。しかし熱がすこしあるような…」 その熱は、喉の腫れが原因ではありません。 そしてきっと、この病を治せるのは原因になった貴方だけ。 おしまい ************************************************************************************************* 029.たえリリ 慰め さくらを追って車で走り去る巽を、フランシュシュは見送った。 リリィは、そのままペタリと座り込んだ。パピィと再会したとき、励ましてくれたさくら。 今度は自分が助けになりたかったのに、彼女に対して何も出来なかった。 星川リリィはみんなの希望の星なのに。自分の不甲斐なさに嫌気が差した。 たえが、スッとリリィの横に座り込んだ。 「たえちゃんもさくらちゃんが心配?」 「ヴゥウ」 たえは首を振る。 「そうだよね。さくらちゃんならきっと戻って…わ、どうしたのたえちゃん」 たえはリリィに抱きつくと、不器用に、だが愛おしげにリリィの頭を撫でた。 「たえちゃん、慰めてくれてるの?」 たえは無言でリリィの頭をクシャクシャと撫でる。 「ありがと、たえちゃん…。…うぅ、ひぐっ、うぇぇぇぇぇん!!」 リリィはたえの腕の中で大粒の涙を流した。 たえは、リリィの涙を舌で拭うと、より強く抱きしめて頭を撫で続けた。 ************************************************************************************************* 030.さくら 闇と光とヒカリモノ 気がつくと、わたしは見知らぬ屋台に座っていた。 屋台の奥には、わたしそっくりの髪型の人。 しかし渦巻き眼鏡をかけていて、出っ歯がやけに目立つ。 そして、屋台にはわたしがもうひとり座っていた。 もうひとりのわたしは穏やかな微笑みを湛えていた。 間違いない。このわたしは、『フランシュシュとして活動していたわたし』だ。 わたしが記憶を失っていた間の『わたし』だ。 そう確信すると、わたしの中で嫉妬と怒りが燃え上がった。 「わたしを説得しに来たの?それともお説教ですか?」 わたしが嫌味たっぷりにねちっこく声をかけても、『わたし』は少しも動じない。 「きっと勘違いしとるけん言うちゃるけどね。  わたしがフランシュシュのこと思い出せば全部丸う収まるって思うとやろ!  でも残念。わたしはとっくに全部思い出しとる。皆で頑張ったことも、ライブの高揚感も!  やけん、そがんもんなんになると!?どうせまた、一番いいところで台無しになる。  わたしは持っとらんけん。そうなるに決まっとる!!」 『わたし』は涼しい顔で微笑んでいる。 「今までだってそうやった。皆でやったレッスンも、白雪姫のときといっしょ。  サガロックで上手くいったんも、高校模試でA判定取れたのといっしょ。  途中まで上手くいって、今度こそ、今度こそって思うたらそこでまた崩れる。  フランシュシュだって、またダメになる。わたしのせいで。  きっと一番大きな舞台で。大きな目標を達成する目前で。  やけん、皆のこと忘れたことにして、皆との思い出踏みにじって。  わたしなんていらん、わたし抜きのほうが上手く行くって皆にわかってもらって。  わたしはただ何もせんのが一番、一番よかとに…」 わたしの目からは涙が溢れていた。ゾンビィの冷たい涙。 それでも表情を変えない眼の前の『わたし』に、拳が怒りでわなわなと震えた。 殴りかかってやろうか。そう思ったとき、『わたし』はわたしに似た人に目配せをした。 わたしに似た人は小さくうなずいた。 わたしの眼の前の寿司下駄にコハダの握りが置かれた。 わたしはキレた。 『わたし』の顔面にコハダと寿司下駄が炸裂する予定だったが、予定のまま終わった。 わたしに似た人が寿司下駄を掴もうとしたわたしの手を抑えていた。 「寿司は投げるもんじゃありやせん。握るもんでやんす」 そのふざけた見た目と言動に毒気を抜かれたのか、わたしはペタリと椅子に座ってしまった。 『わたし』は指を伸ばすと、わたしの涙を拭った。 「なんでそがん笑っとるの…?」 『怖がっとる子がいたら、微笑んで励ましてやりなってお母さんに教わったけん』 「わたしも昔、同じこと言われた…」 『知っとーよ。わたしも「わたし」やけん』 「どがんこと?」 『わたしはあなた。あなたはわたし。わたしが怖がっとること、わたしが一番よか知っとーと。  わざと皆に嫌われようとしてるのも知っとーと。まるで誰かさんみたいに。  ばってん、もう背中押してもらったとやろ?走り出す気になったとやろ?  なら、お寿司食べて元気ださんね』 わたしは、小さく頷いてさっき置かれたコハダを食べた。すこししょっぱい味がした。 「うぅん、たいしょー、次、イカ…」 「へいイカお待ち!って誰が大将じゃこんボケェ~~~~~~~~~」 気がつくと、わたしは幸太郎さんの車に乗っていた。夢を見ていたらしい。 「なんじゃお前、泣き出したと思ったら寿司注文しよって。ワサビか?ワサビ効きすぎたんか?」 「…うるさい」 つい、不貞腐れて答えてしまった。 「なにがうるさいんじゃボケ、回らない寿司屋の夢なんぞ十年、いや十日早いんじゃい!  アルピノ成功させてからそがん夢見んかい!この夢見がちゾンビィ!」 喋り続ける幸太郎さんを無視して、わたしはひとり考えていた。 感情に整理がついたわけじゃない。 頑張ることは、まだ、怖い。 でも、わたしの中で一度消えかけた火が、静かに燃え始めたような、そんな気はしていた。 おしまい ************************************************************************************************* 031.偽徐 再会 さくら色の長髪に、白いドットパターンの緑とピンクのリボンが映える。 その美しい髪の持ち主は、屋台の中でため息を吐いた。 「どやんすでやんす」 偽さくらの帳簿は赤字続きだった。 いつも飲めや歌えや大騒ぎの常連が、今週になってとんと音沙汰がない。 どうにも彼女らの仲間内に一悶着があり、忙しいようだ、 マグロの『さく』にそのような相が出ているのを見逃す偽さくらではない。 しかし、客には客の事情があるとはいえ、仕入れの量を見誤ったのは痛い。 「あっしもまだまだ修行が足りないでやんすねぇ」 「大将、やってる?あ…!」 屋台ののれんをくぐった白髪で身なりの良い男は驚きの声を上げた。 「…!これはこれは、珍しいお客でやんす」 偽さくらも、旧い知り合いの突然の来店に瓶底眼鏡を丸くした。 ふたりは思い出話に花を咲かせ、朝まで飲み明かした。 一説によると不老不死の秘薬を求めた徐福に寿司の握り方を教えたのが偽さくららしい。 ************************************************************************************************* 032.姉弟さく幸 ヒカリへ 気がつくと、わたしは見知らぬ屋台に座っていた。 「ここ、どこ…?幸ちゃんは?」 眼の前では、わたしそっくりの髪型をした、出っ歯で眼鏡の人が酢飯を仕込んでいた。 「『源さくら』は、『巽幸太郎』の姉じゃありやせんでした」 「え?」 「貴女は『源さくら』とは別の存在になってしまいやした」 「…幸ちゃんには、もう…会えないんですか?」 「残念ながら、本物の『源さくら』としては、もう会えやせん」 「そう、なんですね…」 俯いて、自分の手を見る。いつのまにか、わたしは幼い頃の姿になっていた。 「しかし、これを使えば会うことは出来やす」 わたしに似た人は、ねじり鉢巻をそっと渡してくれた。 「さぁ、ご唱和」 「「やんすどやんすさくらでやんす!」」 わたしは、寿司を握る存在となった。 ************************************************************************************************* 033.たえさく あたため アルピノライブでの興奮覚めやらぬたえは、深夜に目を覚ました。 となりの布団では、いつも通りのさくらがすぅすぅと寝息を立てている。 その光景が嬉しくて、さくらの匂いを感じたくて、たえはさくらの布団に潜り込む。 だが、ふとたえの頭を不吉な考えが過った。 また、さくらがあのときの冷たく沈んださくらに戻ったらどうしよう。 明日、目が覚めたさくらは本当にいつも通りのさくらだろうか? 嫌な考えをふるい落とそうと頭をブンブンと振るが、不安はますます強くなる。 「ヴァウア…」 気付くとたえの身体は震えていた。 さくらの腕に縋り付こうとしたが、触れることが出来ない。 縋り付いた腕を振り払われたら?近付くことさえ拒否されたら? 不安が不安を呼び、たえは胎児のように丸まり、ひとりガタガタと震えていた。 そのとき、さくらが目を覚ました。 「もう…」 たえの様子を一瞥すると、ため息混じりに布団を抜け出した。 たえは狼狽えた。さくらは怒っているのだろうか。どうしよう、どうしよう。 パニックを起こす寸前で、たえの身体は掛け布団のやさしいあたたかさに包まれた。 「たえちゃん背高いけん、掛け布団一枚だけじゃ寒かやろ?」 さくらはたえの身体がすっぽり布団で覆われたことを確認すると、たえの隣に入り込む。 「大丈夫、くっつけば寒く…、あ、ゾンビ同士やけん、くっつくだけじゃ寒かね」 そう言ってたえの手をとり、自分の手と擦り合わせた。 「あったかくなーれ、あったかくなーれ」 おまじないのように呟きながら、さくらはたえの手をあたためる。 いつものさくらだ。あたたかい、さくらだ。たえは安堵し、震えも治まっていった。 さくらもあたためてあげたい。たえは見よう見まねですりすりとさくらの手を擦る。 「たえちゃんもあっためてくれると?ありがとうね」 さくらに褒められて、たえは嬉しさでいっぱいになった。 おしまい ************************************************************************************************* 034.ねこゾンビさんとゆきだるま 「なんてことじゃい…」 飼い主さんはまどのそとをみてガックリとうなだれました。 「にゃ?」 どうにゃさったんですか?ねこゾンビの純子さんもまどのそとをのぞくと、 せかいはまっしろになっていました。 「ここまでつもるとはビックリじゃい。こうしちゃおれん」 飼い主さんはいそいそと厚着をはじめました 「純子、わるいがあさごはんのじゅんびをたのむ。俺はゆきかきをしなければ」 「にゃあ!」 純子さんはげんきにおへんじするとだいどころへ。 飼い主さんはおおきなスコップをもっておそとへ。 飼い主さんのからだがひえないように、 純子さんはおやさいをさっとゆでて温やさいのサラダをつくり、 バターをぬったトースト、ベーコンエッグ、ヨーグルトにはジャムをひとさじ。 コーヒーはいつもよりあつく、こいめにいれました。 あさごはんができたころ、ちょうど飼い主さんがもどってきました。 おいしそうなごはんのにおいに、飼い主さんのおなかのむしはぐーぐーなきました。 飼い主さんはすばやくてあらいうがいをすませると、純子さんとテーブルにつき、ごはんをたべはじめます。 「いただきまーすじゃい」 「にゃおーん」 飼い主さんはおさとうをすこしおおめにいれたコーヒーをひとくちのみ、サラダをぱくり。 純子さんはミルクおおめのカフェオレをフーフーしてからひとくちのみ、トーストをさくり。 「おいしいあさごはんをありがとう、純子」 「にゃあ♪」 ふと、純子さんはだいじなことをおもいだしました。しょくざいがそろそろなくなりそうなのです。 「みー、にゃあ」 「なんと、なら買いだしにいくか」 飼い主さんはすこしなやみました。 「だがこのてんきで店もこんでいるかもしれん。まいごになるとこまるけん、おるすばんしてくれるか?」 おるすばんをまかされた純子さんは、あさごはんのおかたづけをおえて、すこしこまりがお。 おそうじはきのうのうちにすませてしまったし、せんたくものもほとんどありません。 せんたくきをまわしているあいだ、にゃにかやることにゃいかしらん。 純子さんはしばらくそとをぼんやりながめて、とつぜんピンとしっぽをたたせました。 エプロンをぬぎ、飼い主さんがつくってくれたあたたかい毛糸のようふくにきがえました。 ------------------------------------------------------------------------------------------------- かえってきた飼い主さんをおでむかえしたのは、純子さんとおおきなゆきだるま、ちいさなふたつのゆきだるま。 おおきなゆきだるまのかおはサングラスのかたちにほられ、ちいさなゆきだるまにはねこみみがはえています。 「これはりっぱなゆきだるまじゃい。俺と、純子と…、この子は誰じゃい?」 「みゃあ♪」 「そうかそうか、おともだちか」 飼い主さんは、おおきなかいものぶくろをよいしょ、と手にさげました。 「さぁ、かぜをひかないうちにいえにはいろう」 「にゃう」 「そうだな、ふろあがりに純子おとくいのにくきゅうまっさーじをやってくれ」 「にゃあ♪」 ふたりはなかよくおうちにもどりました。 ------------------------------------------------------------------------------------------------- とっぷりとひがくれたころ。 ケープをつけたひとがゆきだるまをながめていました。 ケープのえりもとには、かわいらしい黒ねこのかざりボタンがついています。 「まったく、ゆきだるまくらいふたりきりにすればいいのに。やさしいんだから…」 あきれたように、うれしそうにつぶやいたケープの人は、そのままよるのやみにとけていきました。 おしまい ************************************************************************************************* 035.ねこゾンビさんのにくきゅうまっさーじ フリルのついたピンクのナイトキャップに、おなじくピンクのパジャマ。 飼い主さんおやすみモードの完成です。 きょうはとつぜんのおおゆきで、なれないゆきかきをしたのでおつかれの飼い主さん。 こんなときはねこゾンビの純子さんのでばんです。 リビングにヨガマットをしき、ゴロンとねころがった飼い主さんが純子さんにこえをかけます。 「せんせい、おねがいしますじゃい」 「にゃあ!」 きあいまんたん、純子さんは飼い主さんのせなかにぺたりとすわりました。 純子さんおとくいのにくきゅうまっさーじのスタートです。 まずは、りょうてで左右かわりばんこにふみふみ。こっているところをさがします。 こっているところをみつけた純子さんは、飼い主さんのせなかにたちました。 ときにこまやかに、ときにちからづよく。 純子さんは飼い主さんのせなかでステップをふみます。 ひごろのダンスレッスンでみにつけたバランスかんかくでコリをてきかくにしげきします。 飼い主さんのせなかをステージにした純子さんのコンサートは、まだはじまったばかりです。 ************************************************************************************************* 036.幸さく ホワイトクリスマス 巽幸太郎は洋館ちかくの大通りでタクシーを降り、フラフラと千鳥足で歩いた。 夜風にあたり、酔いを覚ますつもりであったが、いささか寒すぎる。 腕時計を見ると、すでに三時前。ゾンビィたちのクリスマスパーティもいい加減お開きだろう。 そんなことを考えながら門の鍵を開ける。ロメロがパタパタと出迎えに出てきた。 「ワン!ワン!」 「おう、ただいまロメロ~出迎えありがとうございまちゅ~」 巽がしゃがみこんで犬撫で声でロメロを撫でていると、近づいてくるゾンビィの影がひとつ。 「おかえりなさい、幸太郎さん」 「な、なんじゃいさくら。見とったんかい」 飼い主ムーブを微笑ましげに見られ、巽はバツが悪い思いをした。 「そがん照れんでもよかですよ、リリィちゃんにも同じようなことしとったじゃなかですか」 「別に照れとらんわい」 「耳まで真っ赤とやのに?」 「これは寒さで赤いだけじゃーい!」 さくらは、しゃがんでいる巽の耳にそっと触れた。 「わ、本当だ。冷たか」 「…お前の手もだいぶ冷えとるな」 冷え切った巽の耳よりも、さくらの手のほうがひんやりとしていた。 「わたしはゾンビやけん、平気です」 「外で待っていたのか?」 「パーティの片付け早めにしとったら、ロメロちゃんが『コウタロウサン カエッテクルヨー!』って言うとったけん」 さくらは妙な作り声でロメロにアテレコした。 「お前いつから犬とお話出来るようになったんじゃーい!」 「キャン!」 突然、ロメロが空を見上げ、ひと鳴きした。 「わぁ、雪…。ホワイトクリスマスですよ幸太郎さん!」 さくらはロメロといっしょにはしゃぎまわる。 両手を広げ、空を見上げてくるくると回るさくらに、巽は見惚れていた。 「へーちょ!」 「えぇ!?なんですか今の」 「何って、くしゃみに決まっとるじゃろがい。冷えてきたし、そろそろ家に入るぞ。さくら」 巽はさくらにジャケットを羽織らせようとする。 「わたし寒うなかけん、幸太郎さん着とってください!鼻たれとりますよ!」 「たれとらんわい!お前がそがん格好でウロウロしとったらこっちが寒くなるんじゃい!」 ふたりはしばらくぎゃーぎゃーとジャケットを譲り合う。 数分間に渡る攻防のあと、互いに肩で息をしながら折衷案を探り合うこととなった。 「…わたしが寒くなきゃよかですね?」 「…おう」 「えい!」 返事をするや否や、さくらは巽の腕に抱きついた。 「幸太郎さんあったかいけん、これなら寒くなかですよ」 さくらは得意満面の笑みで言う。 おそらく心の底から『いいこと思いついた!』としか思っていないな、と巽は察した。 「…とっとと入るぞ」 巽は必死に平静を装い、ぎくしゃくと歩きだす。 数歩歩き出したところで、さくらがひとりごちた。 「あーぁ、こやんかロマンチックな夜やけん、もっと見とったっかったと…。ステキな彼氏と腕組んだり…」 頬から耳へ。さくらはみるみる赤くなった。こいつ、今更気づきよった、巽は心の中で呆れた。 「なんじゃいなんじゃい、ステキな彼氏じゃなくステキなプロデューサーさんで残念じゃったのぉ~!」 気まずい沈黙が訪れないように、巽はさくらをからかう。これで離すじゃろ、と巽は思っていた。 「…残念じゃ、なかですよ」 さくらは腕を強く抱いた。 「…ホワイトクリスマスに、ステキな幸太郎さんと腕組めるなんて、わたし持っとるかも」 さくらは満面の笑みで巽を見上げた。 巽はさくらを抱き寄せた。 おしまい ************************************************************************************************* 037.たえさく ケーキ 「たえちゃん、ケーキは手掴みじゃいかんよ。はい、フォーク」 たえはぷるぷると震えるフォーク捌きで苺のショートケーキを切り崩した。 ぎこちない手付きでゆっくりと口にケーキの切れ端を運ぶ。 パクリ。生クリームの甘みが口いっぱいに広がる。 美味しい。もっと食べたい。ハヤクタベヨウ。クッチマエ! たえは自らの狂暴な食欲に抗い、手掴みしようとする手を下ろす。 あと一歩でなりふり構わず手掴みでケーキを食い荒らしていただろう。だが、たえはフォークを握り直す。 さくらが隣で心配そうに見ている。フォークで食べればさくらは喜ぶ。 さくらの喜びは、たえ自身の喜びなのだ。 2回、3回。慎重にケーキを切り崩していく。このまま順調に食べていけるだろう。 そう思った矢先、ケーキはぐらついた。切り崩されたスポンジでは苺を支えきれない。あわや転倒か! …しかしケーキは無事であった。間一髪、たえが苺を突き刺しバランスをとる。 苺を口に放り込むと、爽やかな酸味が口を洗う。そのまま、たえは残りを平らげた。 「たえちゃん、綺麗に食べて偉かね!いい子やねぇ」 クリームで汚れた口をさくらに拭ってもらいながら、たえは幸せを噛み締めた。 ************************************************************************************************* 038.幸さく 勝手に続き 「幸太郎さん、まだ連絡も何も来よらんの…わたし、どやんしよう…。うん、ごめんね、また連絡するけん」 さくらは震える指で通話終了のボタンを押した。 テレビのチャンネルを回すが、どの局も『スキー教室で雪崩 児童の安否不明』の文字が躍るばかり。 「どやんす、どやんす…」 何も出来ない自分に歯噛みしつつ、さくらはテレビと電話の間を落ち着きなくウロウロした。 5分か、10分か、1時間か。さくらは待ち続けた。突然、電話が鳴り響く。 「はい、巽です。…あぁ、よかったぁ…。どこも怪我しとらん?お友達は?よかった…。  帰りは、うん、ちょうどご飯時やね。ご飯つくって待っとるけんね。お父さんとお姉ちゃんに伝えておくね」 我が子からの連絡に安堵したさくらは、その場にへたりこみそうになるのをこらえ、巽に電話をかける。 「幸太郎さん、無事やって!うん!怪我もなんもしとらんって!えへへ…。  大丈夫、安心したらちょっと涙出ただけやけん。うん、わかった。じゃあ、またね」 涙を拭ったさくらは、仏壇の鐘を鳴らし手を合わせた。 「あの子のこと、守ってくれてありがとうね」 仏壇には、遺影の代わりに小さな箱が置かれていた。 ************************************************************************************************* 039.純さく 手をつなごう 校舎の一角。大きな桜の木を私は見上げていた。 「純子ちゃん、お待たせ!」 大きく手を振りながら、さくらさんがこちらに駆け寄る。 「また一年間、同じクラスですね」 「うん!別々になったらどやんしよってずっと不安だったよぉ~」 さくらさんと私は、両手をガシッとにぎると、ぴょんぴょんはねて喜びを分かち合う。 ふたりで帰路に着く。昨年と同じ帰り道をまた一緒に歩けることが、とても嬉しかった。 大通りを曲がり、小道に入る。そこには小さな喫茶店がちょこんと建っている。 落ち着きがある雰囲気で、いつかさくらさんと行きたいと思っていた。でも…。 「純子ちゃん、わたしずっとあのお店行ってみたかったと」 「え、でも…、校則違反ですよ?」 「ちょっとくらい大丈夫!みんな喫茶店くらい行っとるけん」 「じゃあ、行きましょう」 カランカラン、とドアベルが小気味のいい音で鳴る。 落ち着いた内装の店内には、私の憧れのアイドルのレコードが流れていた。 私達は窓際の席に座る。メニューを眺めていると、サングラスをかけたマスターがやってきた。 「ご注文はお決まりですか?」 どこか聞き覚えのある、穏やかな声。私の頬が、なぜか熱を持つのを感じた。 「そ、ソフトクリーム…」 「じゃあわたしはチョコソフトで」 「かしこまりました」 マスターはスタスタとカウンターに戻る。 その後姿から正面に目線を戻すと、ニヤニヤと笑うさくらさんと目が合う。 「純子ちゃんって、ああいう人がタイプ?」 「た、タイプ!?私まだ、その恋…愛…とかそういうのは…」 「うふふ、やーらしか」 気まずくなった私は、目をそらして店内を眺める。ふとミックスソフトを食べている女学生が目に入った。 「そういえばミックスソフトってメイク前の私の肌にちょっと似てますね」 メイク前?自分の発言に違和感を覚える。そういえば、さくらさんは佐賀出身。 それどころか年も親子ほど離れている。あぁ、なんだ。これは夢か。 「…子ちゃん、純子ちゃん」 目を開けると、さくらさんの心配そうな顔が隣りにあった。 「うなされとったけど大丈夫?」 「すみません、起こしてしまいましたか?」 「ううん、偶然起きただけ。怖い夢でも見とったと?」 「いえ、…少し寂しい夢を見ただけで、大丈夫です」 「本当?」 さくらさんが布団をズリズリと引きずって、私の布団に横付けする。 もしかしたら、今の私は私が思っている以上にひどい顔をしているのかも。 強がらずに、この好意に甘えよう。互いを支え合う大切さはこのグループで学んだことだ。 「あの、では、手…」 「手?」 「手を握ってもいいですか?」 「よかよ、お安い御用」 さくらさんは朗らかに笑うと、右手を差し出してくれた。 私はその手を左手で握ると、指を絡めるように握る。 さくらさんは一瞬目を丸くするが、すぐに穏やかな笑みを浮かべた。 私の左手を布団の中から探り出すと、同じように指を絡める。 「えへへ、この握り方、ちょっと照れるね」 体温がないせいだろうか。握りあった互いの指、手のひらの感触がハッキリと伝わる。 眼の前には、さくらさんの愛らしい顔。 とうに動きを止めたはずの心臓が、破裂寸前に高鳴っているような気がした。 しばらく見つめ合った私達は、どちらともなく吹き出してしまった。 自分でも何故笑ってしまったのかわからない。照れ?女の子同士でドキドキしてしまったせい? ただ、さくらさんと同じことで笑いあえるのがとても嬉しかった。 「本当、ドキドキしちゃいましたね、心臓止まってますけど」 その一言がさくらさんのツボに入ってしまったらしく、一際大きな笑い声を上げ、みんなが目を覚ます。 これから私達こってり絞られるんだろうな。そんな予感すら、何故だか幸せなことのように思えた。 おしまい ************************************************************************************************* 040.愛さく 友達 休憩時間は休憩し、メリハリをつける。 頭ではそうすべきとわかっていながら、納得するまで体を動かしてしまうのは水野愛の悪い癖だ。 今日も休憩時間にひとり、愛が鏡の前でダンスの確認をしていると、鏡越しにさくらと目が合った。 「どうしたのさくら?私、やっぱり動き変になってる?」 「ううん、そうやないの。なんかね、憧れの愛ちゃんと練習しとるとやなって思っちゃって」 「そっか、さくらは私のファンだったのよね」 「今でもファンばい!愛ちゃんかっこいいもん!」 食い気味でさくらがずいっと迫ったので、愛はたじろいだ。 「ドキュメンタリーで見たときからずっと憧れやったけどね、ああいう番組見るとヤラセだとか  裏ではサボってるに決まってるとかいう人ががばいおってね、当時のわたしは裏側知らんけん  ろくに言い返せんかったんかったとやけど、今なら一緒に練習しとるけん、もしインタビュー  受けたとしたら愛ちゃんは、あ、3号ちゃんはとっても頑張り屋で人一倍練習しよるし  わたしなんていっつも教えてもろうてばっかりやって胸張って言えるもん!それにオフでも  やーらしかところたくさんあって、たとえばドラ鳥に焼き肉に行ったときなんて…」 「でね、愛ちゃんと友達になれるとは思わんやった」 さくらのマシンガントークに圧倒されつつ、愛は心底喜んでいた。 『水野愛』のファンは皆『水野愛』を過去の人にしたと思っていた。だが、こんな身近にファンがいたのだ。 しかし、愛は自らの矜持にかけて心を鬼にしなければならなかった。 メンバー間の過剰な馴れ合いはパフォーマンスに影響を及ぼす。 同じメンバーである以上、ただのファンでいてはならない。その一線を越えぬよう釘を刺さなくては。 「ファンって言ってもらえたのは嬉しいわ。でも友情ごっこじゃ芸能界じゃやっていけない」 「友情、ごっこ…」 しまった。愛がそう思ったときにはさくらはすっかり落ち込んでへたりこんでいた。 「あー愛ちゃんがさくらちゃんいじめてるー」 「さくら泣かしたらぶっ殺すぞー」 「ヴァァァァァ」 「うっさい!」 愛は野次を飛ばしてくる外野を威嚇した。 愛はさくらの肩を揺さぶるが表情は虚ろだ。今にも『持っとらん』を連呼しそうなさくらに愛は焦りを覚える。 「違うの、さくら今のは言葉のあやで…。わ、私はさくらのことちゃんと友達だと思ってる!」 愛はしゃがみこんでいるさくらに手を差し伸べる。 「愛ちゃんと…私は、友達?」 さくらはそろそろと愛の手を掴む。 「そうよ、友達」 「えへへ、愛ちゃんと私は友達!」 さくらは立ち上がると、愛をきつく抱きしめた。 「まったく…」 たった一言で一喜一憂するさくらに呆れながらも、愛はその無邪気な喜びようがとてもいとおしく思えた。 周囲を見やると、フランシュシュの面々がニヤニヤと微笑ましく見守っていることに気がついた。 水野愛は、ひどく赤面した。 おしまい ************************************************************************************************* 041.幸さく 闇さくらの日 「さくらさん、起きませんね」 「あの日でありんすなぁ」 「スケジュール調整が間に合ってよかったわ」 「リリィ、たつみに伝えてくるね」 「おう、頼んだぞちんちく」 「ヴァウアァ…」 ------------------------------------------------------------------------------------------------- 「はいおはよーーーーーーござぁーーーーーーっす!!」 いつものやかましさで巽がミーティングルームに現れ、ゾンビィたちがポツポツと挨拶を返す。 しかし、普段はまっさきに挨拶を返すあの声は聞こえない。 さくらは、じっとりとした目で巽を見据えている。その目を見て、やはりあの日か、と巽は確信する。 通称、闇さくらの日。 月に一、二度、さくらは記憶を取り戻した直後のようなネガティブスパイラルに陥る。 さくらが無意識的に自身が真の闇に堕ちる前にガス抜きをしていると推測されているが、原因は未だ不明。 「幸太郎さん、またコイツめんどくさいことになったなって思いましたね」 「た、巽さんと揉める前に今日のレッスンの方針を…」 「そうやね、持っとらんわたしがどう思われてようが持っとるみんなには関係なかよね」 「おい、さくら。そのへんにしとけよ」 「ケンカは良くないってリリィ思うな」 ションボリした純子を庇うように、サキとリリィが声を上げる。 「ケンカやなくて持っとらんもんの僻みやけん、気にせんでよかよ」 「…なら今日のレッスンだけど…、ちょっとさくら!」 愛が今日のレッスンの概要を説明し始めると、さくらは立ち上がり出口へと向かった。 「わたし今日調子悪いけん、病欠します。どうせレッスンしても大して上達せんし」 さくらは扉を力任せにバタン!と閉じた。ミーティングルームには静寂が訪れた。 「…たえ、ロメロ。さくらはちゃんと部屋を離れよったか?」 たえとロメロは鼻をクンクン鳴らし、さくらの匂いを追う。 「ワン!」 「ヴァゥ」 「離れたな。オッケェーーーー!お前ら今回もナァーーーーイス演技!」 闇さくら状態のさくらは非常に扱いが難しく、構いすぎても構わなすぎても拗らせる。 構う演技をすること自体は問題ないが、見え透いた演技だと更に拗ねる。 一度、さくらが部屋を出た直後に皆が気を抜いた瞬間、 戻ってきたさくらに演技がバレて一苦労して以来、巽たちは警戒に警戒を重ねることにしている。 「お芝居とわかってても心臓によくありませんね…もう心臓動いてませんけど」 「リリィはエチュードみたいでちょっと楽しいな!子役魂が燃えるよ!」 「よし!あとはグラサンに任してアタシらはレッスンやんぞ」 「あい。では巽はん、あとは頼みんす」 「なんで俺任せになるんじゃい」 「さくらの行き先なんて、アンタもわかってるでしょ?」 「ったく、めんどくさいのぉー!あのワガママゾンビィめ!」 悪態を吐きながら部屋を出る巽を、皆生暖かい目で見守った。 巽が営業等で不在の場合、闇さくらの日は訪れない。巽には言えぬ、フランシュシュの秘密である。 しかし、そんな秘密は巽にとっては先刻御承知であった。 巽が自室に戻ると、さくらはソファに寝そべりポテチを貪っていた。 「またここに来よったんかい」 「邪魔やったら追い出してくれてよかですよ」 「フン、そがん体力の無駄使いするほど俺は暇じゃないんじゃい」 巽はさくらの正面にどかっと座ると、黙々と作曲を始める。 「…おい、さくらちょっとこっち来い」 ポテチが粉ひとつなくなったころ、巽がさくらに声をかけた。 「…なんですか?」 「この曲に合う髪型が決まらん。髪いじらせろ」 「嫌です。ヘアマネキンでも使えばよかでしょ」 「トータルコーディネートも考えんといかんのじゃい!ほれこっち来んかい!」 意地でも動こうとしないさくらを、巽は両手で抱きかかえ自分のイスまで運ぶ。 巽がさくらのやさしく髪を梳り、整え、ヘアピンで仮留めしては、解く。 巽が髪を触るたび、さくらの頬が赤く染まるのを、巽は気づかぬフリをする。 さくらは、巽が気付いていることに気づかぬフリをしていた。 夜の帳がとっぷり下りても、巽は未だ作業を続けていた。 「わたし、寝ます」 「おう、おやすみ」 「寝ちゃいますよ」 「わかったわかった、俺も寝る」 「なにがわかったとですか?幸太郎さんは好きなときに寝ればよかじゃなかですか」 「いちいちぎゅーらしかやつじゃのぉ!俺も今眠くなったんじゃい」 巽が洗面所で顔を洗い、寝室に入るとベッドの上にさくらが寝転がっていた。 「なんで俺の布団におるんじゃい」 「あの部屋、寒いとですよ。それにわたし体温持っとらんけん」 「人を湯たんぽ代わりにしよって…ほれ、もっと詰めんかい」 「変なことせんでくださいよ」 「あぁ」 「…いやらしいことしたら、承知しませんから」 「……わかっとる」 「みんな、ほんっっとーーーーーにごめんなさい!!」 翌朝。さくらが皆に頭を下げた。頭を下げた勢いで、頭を甘噛していたたえが振り落とされそうになる。 「おう、また頭湧いとったな」 「思ったより復活早かったわね」 「全然気にしてませんよ」 「すぐいつも通りになるってリリィ信じてたよ!」 「もしも戻らんときはわっちが叩いてでも治しんす。安心しなんし」 「えぇ…、あんまり安心出来ん…」 普段通り出迎えてくれる皆にさくらは少し罪悪感を抱きつつ、皆とともに頑張りたいと決意を新たにした。 「オハーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーザァッス!」 もはや奇声に近い挨拶をしながら巽がミーティングルームに現れる。 「おはようございます!」 さくらはいつも通りの元気な挨拶を返した。 おしまい ************************************************************************************************* 042.ゆうさく 枕 ゆうぎりは白装束に身を包み、白砂の上に座る。 眼前には、下卑た顔の男たち。 数多の男を誑かした悪女に、慈悲深くも女としては破格の形式に則った死を賜ってやる。 そのような巫山戯た大義名分のもと、この悪趣味で時代錯誤の見世物が催された。 ゆうぎりの中で、目前の死への恐怖よりも自らの芸事を踏みにじり見世物にされる屈辱が勝っていた。 あたかも日常の一動作のように、ゆうぎりは眼前の扇子に手を伸ばす。 それは、ゆうぎりが怯え、無様に死に行く様を見ようと集まった男たちへのせめてもの復讐であった。 扇子に触れる寸前で、ゆうぎりの首筋に冷水をかけられたような感触が走った。 冷たさはすぐさま烈火の如き熱に変わる。 首の皮一枚残されたゆうぎりの頭部は、彼女自慢の豊満な乳房に落ちた。 膨大な数の男共を魅了し、狂わせてきたその乳房を最後に味わうのがまさか自分とは。 今まで何度もこの胸でかむろを寝かしつけたが、彼女たちもこの心地よさの中で眠りについたのだろうか。 そう思うと、ゆうぎりは可笑しくてたまらなくなった。しかし、もはや笑い声は出ない。 自らの胸を枕に、ゆうぎりの意識は徐々に闇に呑まれていった。 「あり…?」 目を覚ましたゆうぎりは、視線の低さに違和感を覚えた。周囲を見渡すと自分の体が布団に包まっている。 「あ、ゆうぎりさん。起きたとですか?」 頭の上からさくらの心配そうな声が聞こえる。 「あい、寝惚けてたようでありんす」 「ビックリしたとですよ…。なんか転がってきたと思ったらゆうぎりさんの生首で…」 「それは申し訳ありんせん。お詫びによく眠れる枕を貸してあげんす」 そういうと、ゆうぎりの首から下がさくらの背中を抱くと、そのまま布団にごろりと寝転がる。 「あの…ゆうぎりさん?頭にお、おっぱいが当たってるとですけど…」 「あい。それを枕にしなんし」 なんとか離してもらおうとさくらが腕の中のゆうぎりの首を見ると、すでにすやすやと寝息を立てていた。 「えぇ~…。ドキドキして絶対寝れん…」 困惑していたさくらだが、頭を挟む心地よい感触に包まれ、意識は徐々に闇に呑まれていった。 おしまい ************************************************************************************************* 043.たえさく 霜柱 山田たえは考える。 さくらに日頃の感謝に何かを送りたい。 ピカピカ輝く石、セミの抜け殻、イカゲソ、純子の頭に生えたキノコ。いやダメだ。 宝物を入れたクッキー缶はキノコたちにあげてしまったではないか。 そうだ、ロメロ先輩に相談しよう。 そんなことを考えながら外に出ると、足元でサクッと音がした。 ------------------------------------------------------------------------------------------------- 翌朝、たえはさくらの背を押して庭に連れ出す。 「たえちゃん、そがん押されたらコケちゃう!」 「ヴァウア!ヴァウ!」 サクッ。庭の土を踏んださくらの足元で幼いころよく聞いた音がした。 「わぁ、すごか霜柱!懐かしか…幼稚園のときよく踏んだなぁ」 遠い目をして懐かしむさくらをたえは不安そうに見ていた。さくらは満面の笑みでたえの手を引く。 「たえちゃんもこっちおいで!いっしょにあそぼ!」 ふたりは子供のように、霜柱を踏んで遊んだ。…巽がミーティングに来ないふたりを叱りに来るまでは。 ************************************************************************************************* 044.幸さく 光も闇も一緒よ ある日のこと。 「幸太郎さん、お茶淹れてきました!一息入れませんか?」 さくらは巽の部屋をノックをするが返事はない。しかし、ドアの上の窓からは光が漏れている。 (この窓なんのために付いとるとやろ…。廊下側やけん明り取りにならんし…) どうでもいい疑問を頭から追い出すためプルプルと頭を振って、ドアノブに手をかける。 「幸太郎さん、寝とるとですか?」 「む!むぐぐ~!…ゴクン。なに勝手に入ってきとんじゃい!」 口に含んでいた何かを飲み込んで、巽が怒鳴る。 「あー!ひとりでなんか食べよるとですか!?ずるい!」 テーブルの上には、日本酒の酒瓶と『がん漬け』が盛られた皿。 『がん漬け』とは有明海沿岸の郷土料理で、干潟に棲む小型のカニを砕き、 唐辛子などの調味料とともに発酵させた塩辛の一種である。 「ずるくないわい、営業先からの頂き物じゃい」 巽が手酌で酒を注ごうとするので、さくらはお茶の置かれた盆をテーブルに置き、代わって酌をした。 「美味しかですよね、がん漬け」 巽の隣に腰掛けたさくらは、皿の上のがん漬けにキラキラと目を輝かせる。 「なんじゃい、お前食ったことあるんかい」 「親戚のおじさんがたまに家に持ってきてくれたんです。白いご飯にがばい合いますよね」 うっとりと、夢見るようにがん漬を見つめるさくら。 「…やらんぞ」 「…ケチ」 「ケチじゃないですぅ~!お前だけに食べさせたら贔屓やけん俺は、俺は断腸の思いで…」 巽は拳を握り、悲痛な決断を迫られたかのような表情を見せつつ、がん漬けをつまんで自らの口に運ぶ。 「うまい」 さくらはそんな巽を非難がましい目で見つめながら、頬をふくらませる。 「なに?どしたの?ハリセンボン?ハリセンボンのマネ?」 「なんでもなかです」 「そう拗ねるなさくら。ほれ、ひとくちやるけん」 さくらの顔がパァッと輝く。 目をつぶり、口を開けて待ち構えるさくら。 「いや、誰も食べさせるとは言うとらんぞ。自分でとらんかい」 巽が淡々と言うと、さくらは顔から火が吹き出すほどに赤くなった。 「え!?やだ、は、恥ずかしか…」 「もぉ~さくらちゃんはこどもでちゅね~。はい、あ~んしまちょおね~」 「だ、大丈夫ですよ!自分で食べられます!」 「あ~ん」 「自分で食べますって!」 「口を開けろ、さくら」 突然優しい声で言われたさくらは、おずおずと口を開ける。 「むぐ」 砕かれたカニの殻をプチプチと噛む。ピリッとした辛さと塩辛さ、少しの苦味が口いっぱいに広がる。 「おいし…」 「そうじゃろそうじゃろ」 巽はうんうんと頷く。 「もう一口どうだ?さくら」 またも優しい声で巽がささやく。さくらは頬を染めながら大人しく口を開ける。 「なんじゃいなんじゃい、真っ赤じゃのぉ。まださっきの勘違いを引きずっとるんか?」 「違います!」 「なら、俺のイケボにドキドキしたんか?」 「はい」 「え?あ…、え?」 うっかり本音を漏らしたさくらも、予想外の答が返ってきた巽も、赤面したまま動きを止めた。 「わ、わたし喉渇いたけんお茶いただきますね!」 「お、おう!飲め飲め!じゃんじゃん飲まんかい!」 さくらはお茶をゴクゴク流し込むと、そそくさと立ち上がる。 「じゃ、じゃあわたし片付けしますけん、幸太郎さんもあまり飲みすぎんでくださいね!」 「お、おう」 「おやすみなさい!」 足早に立ち去るさくらを見送ると、巽は今夜のことを酒で流し込もうともう一杯コップに酒を注いだ。 別のある日のこと。 さくらはノックもせずに巽の部屋のドアを開けた。 「おわぁ!なんじゃい!ノックくらいせんかい!」 「はいはい、ゴメンナサイ」 『反省する気はありません』という意思を明確にのせて、さくらは形だけの謝罪をする。 「…また、お酒飲んどるんですか?幸太郎さん」 「悪いか」 「いえ。わたしには関係ありませんし」 「…週に2,3回飲んどるだけじゃい」 「どうでもいいです」 ちゃんと答えんと拗ねるくせに、と喉元まで出かかった言葉を巽は飲み込む。 「今日の肴はずいぶん侘しいんですね」 テーブルに置かれたスルメを見てさくらが呟く。 「…やらんぞ」 「…ケチ」 「ケチじゃないですぅ~!毎度毎度おまえにばっか食べさせとったら」 「要はめんどくさかときのわたしになんてやるもんはなかとってことですよね」 「…んなこと言うとらんじゃろがい」 「いいんです、別に。欲しくありませんし」 スルメをチラチラと見ながらさくらが言う。 渋々巽がスルメの足をちぎると、さくらは目をつぶって口を開ける。 「またそうやって~さくらちゃんはこどもでちゅね~」 「その下り、前もやりましたよね?早くスルメ下さい」 「なんじゃい、結局食いたいんじゃろうが」 巽はさくらのくちにスルメを放り込む。さくらはムグムグと咀嚼した。 「…どうせなんか口に入れとったら黙っとって楽じゃいとか思っとりますよね」 「…おう、そのとおりじゃい。ほれ、もっと食え」 スルメの足をもう一本ちぎり、さくらの口に入れる。 妙な沈黙のなか、巽は残ったスルメに手を伸ばす。噛み始めてから己の失敗に気付いた。 (しまった、これは最後の一本だ) 案の定、隣でさくらがじっとりとした目で見つめてくる。 「…悪いが、これが最後じゃい」 「そうですか」 言うやいなや、さくらは巽が咥えていたスルメを食いちぎった。 「お前…、さすがにそれは、お前…!」 「言うんやったらハッキリ言って下さい」 「お前今、俺の…」 「最後の一本くらいで別によかやないですか」 「いや、最後とかそうじゃなく…あぁもうええわい!」 さくらは明後日の方向を見ながらスルメを味わっていた。 …巽にはとても見せられない表情をしているのは自覚していた。 「…ふわぁ」 スルメを食べ終えたさくらはわざとらしくあくびをする。 「大口開けてはしたないのぉ」 「誰も見とらんし、よかじゃないですか」 「俺がおるじゃろがい」 「どうでもよかです。そやんかことより、眠いんですけど」 その下り、前もやったよな?と言いたい気持ちをぐっと堪え、巽は咳払いをした。 「奇遇じゃな、俺も眠くて構わん。さて、歯でも磨くか」 巽が立ち上がり、扉へ向かう。さくらが裾をつまんだせいで、巽のジャケットがバサリと落ちる。 「なんじゃい?」 「別に」 「…ほれ、お前も行くぞ。アイドルは歯が命だからな」 さくらの手を強引に掴み、巽は洗面所に向かった。 おしまい ************************************************************************************************* 045.アイアンフリル 予感 アイアンフリル計画の目的は、初めはロボットアイドルを作り出すことではなかった。 水野愛の事故を受けて計画されたのは、如何なる状況でもアイドルを守るパワードスーツの開発であった。 だが、計画は早々に暗礁に乗り上げる。 アイドルの顔を隠さず、パワードスーツに十分な強度や絶縁性を持たせることは困難であった。 行き詰まりを感じた開発者たちは、決意を新たにするため水野愛の生前を振り返ることを日課とした。 なんども再生されるライブ映像、ドキュメンタリー。 中でも、『情熱惑星』のインタビューは彼らの心に深く突き刺さった。 Q:なぜそこまで頑張れるのですか? A:失敗とか後悔を全然ダメと思ってないからです。  絶対次につながることだから、その先に誰にも負けない私がいる。 失敗と後悔を繰り返した先に、水野愛がいる。 つまり、失敗と後悔を繰り返せば水野愛を再生出来るのではないか? 焦燥が、彼らの中に狂気を生み出し、アイアンフリル計画は大きく歪められた。 狂気に取り憑かれた開発者たちは、驚異的な速度で水野愛を再現し始めた。 数年後、『水野愛』は完成した。しかし、彼女が目を覚ますことはなかった。 完全なソフトウェアとハードウェアで構成されたはずだが、起動しても眠ったように何も反応を示さない。 まるで魂の不在を告げるように───────────。 開発者たちは再調査を行い、ある結論に達した。 彼らが作成した『水野愛』は完全である。しかし元々水野愛は完全な存在ではない。 不完全な自分を自覚し、完全を目指し走り続ける努力の人である。 彼らは次なる目標として、『不完全性』の完全な再現を目指した。 テストケース及び『水野愛』を支えるメンバーとして、5体のロボットが作られた。 彼女たちこそ、新生『アイアンフリル』であった。 彼女たちの前には様々な試練や不確定要素が用意された。 その中のひとつが、高い才覚を持ちながら経験に乏しいプロデューサー、乾孝太郎の起用である。 アイアンフリルは、用意された試練も、偶発的な試練も乗り越えトップアイドルとなった。 偶発的な試練の中で、最も彼女たちを危機に陥れたのは、乾孝太郎の突然の失踪であった。 アイアンフリルの事務所の、関係者以外立ち入り禁止の一室。 通称:玄室では、アイアンフリル0号『水野愛』が醒めない眠りに就いている。 詩織は玄室に入ると、『水野愛』の頭部をスキャンする。頭の花は今日も一輪も咲いていない。 「アイアンフリル0号、開花レベル0」 詩織は、ネットワーク上の日次報告スレッドに定型文をアップロードすると、『水野愛』の隣に座る。 監視任務にかこつけて、誰にも言えない悩みを目覚めない『水野愛』に打ち明ける。 それがアイアンフリルの習慣となっていた。 「愛さん、私たちに強力なライバルが現れたかもしれません」 ポニーテールから、髪に偽装されたケーブルを引っ張り出すと、『水野愛』の外部入力ソケットに挿す。 有線接続で『水野愛』の記憶装置にフランシュシュのライブ映像をアップロードする。 『水野愛』とのデータのやり取りは厳重注意ものだ。 真琴ならともかく、普段の詩織ならばそのような行動は取らないだろう。 だが、彼女は『そうしたい』と思ったのだ。 「まるで人間みたい」 詩織はぽつりと呟いた。 『お前たちはロボットではない』 詩織の呟きに呼応して、メモリ上の乾のデータがフラッシュバックする。 肩を掴む彼の手の感触、涙に震えた情けない音声、彼の熱い視線。 データがフラッシュバックされるたび、不思議な感覚に襲われるのは その発言のパラドックスが原因ではないことを詩織は自覚していた。 「…このグループ、乾さんが関わってるかもしれないんです」 詩織は『水野愛』にささやく。 「それに、この子。あなたにそっくりなんですよ。見た目だけじゃない。その不屈の意志も…」 突然、視覚情報にアラートが表示された。 『水野愛』の頭の花が一輪、まさに花開こうとしていた。 「日次報告を訂正。アイアンフリル0号、開花レベル1…!」 何かが動き出す予感。 その不確かな計算結果に、詩織は胸部ジェネレータの高鳴りを感じた。 おしまい ************************************************************************************************* 046.フランシュシュ 幸ちゃん再び 大晦日の夕方。 「いやぁしっかし昨日は傑作やったなぁ!『兄さん』って…!グラサンが『兄さん』…ぷぷぷ」 腹を抱えて笑い転げるサキを見て水野愛は激怒した。 「ちょっと呼び間違えただけでしょ!なんなの!」 愛はプイとそっぽを向く。すると、目をキラキラと輝かせたさくらと目が合った。 「愛ちゃん、わたしのこと『お姉ちゃん』って呼んでくれん?」 「いや、私たち同い年でしょ?」 「同じ学年やけど、愛ちゃんは3月7日生まれでわたしは4月2日やけん!一回だけ!ね?」 「お、それよかな!アタシんことも『姉ちゃん』って呼んでみ!」 両腕を掴まれた愛の中に、煮えたぎる怒りとともに別の感情が湧いてきた。 (アイアンフリルの頃もこんなことあったけ…) 今思いかえせば、こうしてメンバー同士ふざけあった時間がとても貴重なものだったように思えた。 (まったく…。仕方ないから今日はのってあげようかしら) 「サキ姉もさくら姉もしつこい!」 「うわぁ~!がばうれしか!やーらしかよ愛ちゃん」 「うは、なんだこれ!変な感じすんな!おめーらもやろうや!」 サキは遠巻きに眺めていた他のメンバーにも号令をかける。 「じゃあリリィ末っ子だね!」 「まさおは次男で末っ子と…」 「サキお姉ちゃんきらーい!」 「そしたら、ゆうぎりさんが一番お姉ちゃん?」 「わっちは生まれ年で言えばおばあちゃんでありんすなぁ」 ゆうぎりはころころと笑いながら言う。 「そんなポジションでいいの!?」 「わっちら花魁にとっては、孫の顔が見られるだけで十分幸せでありんす」 「おばーちゃーん!サキお姉ちゃんがいじめるー!」 「ヴァーヴァ!」 リリィとたえがゆうぎりに抱きつく。 「まさおテメェ!ばあちゃんに頼んのはズリーぞ!」 「サキ、ちゃんとリリィと呼んであげなんし」 ゆうぎりに叱られ、サキは不承不承従う。 「では、私はお母さんですね」 純子は、どこからか引張り出した割烹着を着ていた。 「じゅ…、母さん、ノリノリね」 「お母さん、その格好やーらしか!」 「うふふ、一度こういう格好してみたかったんです」 「これであらかた決まりんしたね」 「アタシの下にグラサン、さくら、愛、リリィとたえがいることになんのか」 「そやんしたら、わたしも幸太郎さんのこと『お兄ちゃん』って呼ぶ?」 「っていうかアイツ何歳なの?」 「二十代後半くらいしかわかんないや」 「めんどくせーしさくらや愛と同い年でよかやろ」 「それはなんだかドラマチックな設定ですね!」 「妾腹でありんしょうか」 「同い年だったらさくらお姉ちゃんが一番誕生日早いよね?」 「私3月生まれだし、たぶんさくらと私の間ね」 「幸太郎さんが弟かぁ…」 「呼び方も決めんとなぁ。アタシは呼び捨てやけど。純子はどうすっとや?」 「そうですね…母として考えるとやはり、こ…『幸太郎』と呼び捨てで」 フンスと気合を入れながら純子が言う。 「わたしも呼び捨てがよかかなぁ?う~ん、でもなんか違和感…」 「リリィのお友達は姉弟でもあだ名で呼んでたよ」 「そういうのあるわよね。タカシだったらタカちゃんとか」 「じゃあ幸太郎さんは幸ちゃん? さくらは口の中で何度か呟く。今まで一度もそう呼んだことなどないはずなのに、なぜか違和感はなかった。 「…幸ちゃん、よかね!」 「よし、じゃあ行くか!」 突然立ち上がるサキ。 「どこへ?」 「家族ってのは…、チャンネル権争うもんやろ?」 「今は幸ちゃんがテレビ独占しとるとやね…」 「お母さんとして、幸太郎には注意しなければいけませんね」 「サキ姉の言う通りね。アイドルとしても紅白はチェックしないと」 「紅白ってなんでありんしょう?」 「紅白歌合戦って年末の番組だよ。リリィも見たい!」 「ヴィアイ!」 円陣を組み気合をいれる一同。 「っしゃあ!フランシュシューーーーー!!!」 「「「「「夜露死苦ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!」」」」」 ------------------------------------------------------------------------------------------------- ゴンゴン!激しいノックの音が巽の部屋に響いた。 「なんじゃいお前らうっさいのぉ!」 巽は勢いよく扉を開いた。 「コラ幸太郎、それが姉ちゃんに対する口の利き方か?あ゛ぁん!?」 「いつからお前は俺の姉ちゃんになったんじゃい…」 「兄さん、サキ姉に謝りなさいよ」 「なんじゃその女子高生が擬似家族ごっこしとるような設定は!」 「幸太郎、おばあちゃんの頼み、聞いてくれんすえ?」 ゆうぎりが巽に撓垂れ掛かる。 「お、お前のようなばあちゃんがおるかい」 「ニ゙ィニ゙」 たえが無邪気に巽にくっついた。フランシュシュ巨乳ツートップの挟み撃ち。巽の理性は揺らいだ。 「お兄ちゃん、リリィのお願い、聞いて?」 伝説の子役の本気の演技である。巽はリリィが自分の弟だったと錯覚し始めた。 「幸太郎。お母さんはそんなわがままな子に育てたつもりはありませんよ」 当然育てられてないのだが、波状攻撃を受けた巽には純子への申し訳無さが芽生えた。 「幸ちゃん、お姉ちゃんからもお願い!…ダメ?」 巽は陥落した。 おしまい ************************************************************************************************* 047.幸さく ココア わたしは鼻歌交じりに階段を上る。 年末で忙しい幸太郎さんのために、ちょっと凝った淹れ方をしたココアを用意したのだ。 お盆の上には、幸太郎さんとついでにわたしの分のマグカップ。それとマシュマロ。 ココアに入れるのが好みとやけど、男の人には甘すぎかもしれんけん、小皿に乗せてある。 階段を上りきったところでふと気付く。わたし、浮かれすぎ?そろそろ持っとらん現象起きる? 足元確認、ヨシ!背後確認、ヨシ!念の為頭上も確認、ヨシ!思い過ごしやね。足を踏み出す。 ビビビ ふくらはぎに懐かしい感触。小学生以来、15年ぶりにわたしの足は軽い肉離れを起こした。 お盆からマシュマロ、ココア、マグカップが発射されるのがスローモーションで見える。 もし、わたしが愛ちゃんの動体視力を持っていればマシュマロは救えたかもしれん。 マグカップ、せっかくかわいいデザインのをなけなしのお小遣いで買ったとやのに。 そんなことを考えているうちに、目の前に床がコンニチワしていた。いけん、受け身とれん。 「ぷぎゅ」 わたしは鼻を床にしたたか打ち付ける。1メートル程先でマグカップが割れる音が聞こえた。 持っとらん。 「なんじゃい、うるさいのぉ!」 幸太郎さんが部屋から顔をのぞかせた。ココアをぶちまけたわたしをきっと叱るだろうな。 …あのココア、飲んでほしかったなぁ。 「…!さくら!どうした!?」 意外なことに、幸太郎さんは血相を変えてわたしのもとに駆け寄ってきてくれた。 「さくら、大丈夫か」 ズボンが汚れるのも気づかず、こぼしたココアの上に跪いて、わたしに声をかけてくれた。 「ヴァウア!ヴァウア!」 「さくら!何よ、今の音」 「どやんしたとや、さくら!」 音を聞きつけて、みんながぞろぞろと階段を駆け上がってきてくれた。 「…あ、足つっちゃった…」 無駄に注目を集めてしまったわたしは、頭から湯気を出しながらそう言った。 みんながホッとしたのか呆れたのか、大きなため息を吐いたので、ますますわたしは赤くなった。 幸太郎さんは、わたしをおぶって自室のソファまで運んでくれた。 「あの、ごめんなさい。ズボン汚しちゃって…」 「怒っとらん。ちょっと待ってろ、着替えてくる」 幸太郎さんが部屋を出ていくのを見送ったわたしは、深々とため息を吐いた。 廊下はみんなが掃除してくれている。幸太郎さんのお仕事を邪魔して、逆にお世話してもらっている。 アルピノのときにもたくさん迷惑かけたのに、またこうして迷惑をかけている。持っとらん。 沈み込みそうなわたしは、廊下から聞こえるサキちゃんの笑い声でハッとした。 「あっはははははは!似合わねー!マジ似合わん!」 「うっさいのぉ!ほっとけ!」 部屋の扉を開けた幸太郎さんは、珍しくスウェット姿だった。 「調子は…よさそうだな。…なんじゃい、そやんか似合わんのかい」 「いえ、その服やーらしかって思って」 「俺がお前らにやーらしかって言うんじゃい!俺に言ってどうすんじゃい!」 いつもの口調でじゃいじゃいしながら、幸太郎さんはわたしの前にココアを置いた。 「飲め、落ち着くぞ」 「すみません」 声が震える。幸太郎さんのやさしさに、自分の情けなさに涙が出そうになった。 「マシュマロどーん!」 幸太郎さんはいきなりわたしのココアにマシュマロを投下した。 「辛気臭いのぉ!あンま~いあンま~いココアでも飲んで元気出さんかい!  またネガティブスパイラルされてもこちとら付き合う暇はないんじゃい」 わたしは大人しくココアを飲む。甘くて、少し気持ちが安らいだ気がした。 「新しいココアの淹れ方を試していたらしいな。リリィに聞いたぞ」 「…はい、ココアの粉を練るやり方をインターネットで見かけて…」 「細かい説明はそのココアを飲んどるときに聞く」 「?えっと…」 「また今度ココアを持ってこんかい」 「…はぃ」 その言葉が嬉しくて、わたしは泣き出してしまった。幸太郎さんは、わたしの頭をそっと撫でてくれた。 「痛くないか?」 「はい、ちょっとずつなら動かして大丈夫です…」 「無理はするなよ」 「あっ…」 「どうした、痛むのか?」 「いえ、そうやなくて…」 幸太郎さんにストレッチを手伝ってもらっていたわたしはドアから覗く視線に気がついた。 「なに見とんじゃいお前ら!」 幸太郎さんがすぐに怒鳴りつけに行く。 「いや、なんか…」 みんな、奥歯にものが挟まったように言いよどむ。 「まるで初夜の情事のようなやり取りでありんした」 わたしたちはひどく赤面した。 おしまい ************************************************************************************************* 048.純さく マインスイーパ 幸太郎さんがおらん間にちょっとパソコンを使うため、わたしは幸太郎さんの部屋に向かった。 「えい、えい」 部屋に近付くと、中から純子ちゃんのやーらしか声が聞こえてきたので、こっそり覗き見。 「えぇと、ここは…えい!…ふぅ、やりました」 悩みながら、画面をおっかなびっくりクリックする純子ちゃん。なにかゲームをしているみたい。 「えい。…え?あれ?あぁやっちゃいました…」 「純子ちゃん、何のゲームやっとると?」 「あ、さくらさん。愛さんに教えてもらった『マインスイーパ』というゲームです」 「あ、懐かし~。わたしこのゲーム、ルールがよくわからんとやけど、教えてもらってよかかな?」 「構いませんよ、さぁ」 純子ちゃんに席を譲ってもらい、わたしは気合を入れて画面をクリックした。 ボカーン!効果音とともに、ゲームが動かなくなる。 「わたし、どこ押してもこやんかことになって、いつも何にも出来んとやけど、どやんゲームなの?」 「…さくらさん、ソリティアやりましょう」 引きつった笑顔でわたしの肩を叩く純子ちゃんを見て、わたしは自分の持ってなさを再認識した。 ************************************************************************************************* 049.幸さく お題:「冷えた身体とぬるくなった珈琲」「髪」 目が覚めるとわたしはひとりだった。 ベッドを抜け出すと、わずかに身体に残った彼の温もりが逃げてしまいそうだ。 布団を被ったまま気怠い身体を起こし、テーブルの上のコーヒーポットにわずかに残ったコーヒーを注ぐ。 冷めてしまったコーヒーは彼が残した温もりそっくりで、わたしは眉を顰める。 テーブルの上には、『仕事に行く』という内容を可能な限り上から目線で書いた置き手紙。 こんな偉そうな文章を、わたしを起こさないようにコソコソ書いていた彼を思い浮かべると頬が緩む。 彼のやさしさはわかっとる。拗ねたフリをしてベッドに潜り込んでも受け入れてくれる。 強く抱きしめてくれる。でも、『抱いて』くれない。 わたしから抱いてやろうかと何度思っただろう。その度、今の関係が壊れそうで尻込みしてしまう。 手慰みに長い髪を弄ぶ。枝毛一本無い、よく手入れされた髪。彼が梳いてくれた髪。 そうだ。今度潜り込んだときは、この赤い髪で彼の小指とわたしの小指を結んでしまおう。 彼ならば、この極細の鎖を切ることも解くことも出来ないだろう。 「今度は、ひとりで行かせんけんね」 彼を縛りつける無数の鎖を、わたしは愛おしげに撫でた。 ************************************************************************************************* 050.徐幸 ケンカ 「教えて下さい!幸太郎さんは一体どこにいるんですか!?」 「お嬢ちゃんたち、人にモノを頼むときには『誠意』ってのが大事だってことくらいわかってるよな?」 さくらの問いに、白髪の老人がニヤニヤと笑う。 「どういう意味よ!」 愛は激怒し、食って掛かる。 「おいおい、カマトトぶるなよ!それとも、おじさんが手とり足取り教えてやろうか?」 「…わかりました」 「ちょっとさくら!…まったく!」 さくらも愛も、黙って自らのシャツのボタンをおぼつかない手付きで外そうとする。 「…タンマタンマ!ちょっとした冗談だ、お嬢ちゃんたち。本当に脱ぐなよ!  俺は18歳以下に興味はないし、Hカップ以下はお断りなんだ」 「なんなの!?」 「君たちの覚悟を試したまでさ。安心しろ、アイツの居場所なら知ってる」 老人がパチンと指を鳴らすと、シャッターが開き彼の愛車スバルWRXがその勇姿を見せた。 「乗りな、アイツのところまで連れてってやる」 「…みたいなポジション、憧れるよな?幸太郎」 徐福はカウンター越しに嬉しそうに巽に話しかける。 「…チェイサー、氷抜きで」 「あいよ」 バシャア。グラスを掴むやいなや、巽は徐福に水をぶちまけた。 「な~にしやがんだテメェ…」 「スミマセン、酔ってしまって手が滑りました」 「俺にケンカ売ろうなんざ千年早えんだよ小僧ォ!」 「アンタこそ人のアイドルで何いかがわしい妄想してんだエロ仙人!」 「オメェだってゆうぎりの爆乳目の前にしてどうせ妄想してんだろ」 「してませんー!俺はちゃーんと健全にプロデューサーやっとりますー!」 「あのありんすボディ見て無反応って宦官かテメェは!」 「アンタいつスバルWRXなんて手に入れたんじゃい!ボッロボロのダサい軽自動車乗っとるくせに!」 「うっせぇな!貯金が貯まれば買うんだよ!それに俺のミニカちゃんをバカにすんな!」 ふたりの口論は徐々に低レベルな方面にエスカレートし、ついには拳で語り合う事態となった。 「すみません、すみません!」 「いやいや、巽くんとは腐れ縁だからね。こんなの全然気にしてないよ」 必死で頭を下げるさくらを、徐福は笑顔で宥める。愛は、カウンターに突っ伏す巽を呆れた目で見ていた。 「まったく…。アンタねぇ、サキには暴力沙汰起こすなって説教しといて何やってんのよ」 「…男にはやらねばならぬときがあるんじゃい」 「チッ、意味わかんない」 「幸太郎さん、立てる?」 「…おう、よゆーじゃい」 巽が生まれたての子鹿のようにプルプルと立ち上がるので、さくらと愛が慌てて両側から支える。 「なぁ、さくら、愛。俺は勝ったんだよな…?」 「ハイハイ勝ってた勝ってた」 「こやんかこと、もうやっちゃダメですよ?」 巽は達成感に浸りながら、星を見上げる。さくらと愛は、呆れて深いため息を吐いた。 おしまい ************************************************************************************************* 051.幸さく ミント味 「ただいま…」 「おかえりなさい、幸太郎さん。…大丈夫ですか?」 フラフラの巽を見て、さくらは心配そうに声を掛ける。 「商工会やら商店街やら新年会をハシゴする羽目になってな…」 「お水持ってきますね」 「頼む…」 さくらは水と、念のため胃腸薬を持って巽に手渡す。 「すまんなさくら」 巽は水で口を湿らせると、胃腸薬の袋を開けて水で流し込んだ。 プラセボ効果ではあるが、胃腸薬に含まれる生薬の匂いが少し気分を落ち着かせてくれる。 ふと、巽は異変に気付く。 「しかし、他のゾンビィ共がやけに静かだな…」 「もうみんな寝とるけん」 「お前だけなんで起きとるんじゃい」 「実はちょっと相談したいことが…」 ゾンビィたちの寝室。部屋の隅のゴミ袋がどんちゃん騒ぎの後を思わせる。 巽は布団の数が普段より少ないことに気がついた。 「なんでお前は起きとるのに布団が全部埋まっとるんだ?」 「あれ、見てください」 ゆうぎりとリリィが抱き合って同じ布団で眠っている。 その寝姿は、キリストと聖母マリアのフレスコ画の如き神々しさであった。 しかし、どこか妙である。 「遊び疲れてそのへんで寝っ転がっとったサキちゃんたちを布団に寝かしつけとるあいだに、  ゆうぎりさんとリリィちゃんが自分たちの布団だけじゃなくわたしの布団も使って寝ちゃって…」 言われてみると、布団がやたら分厚く重なっている。 「そんなもん、剥ぎ取ればよかやろが」 「危ないですよ!」 さくらの忠告を無視し、巽はずんずんとゆうぎりたちの布団に近づいた。 「こやんかもん何が危ないんじゃブッフゥゥゥゥ」 眠っているはずのゆうぎりから、強力なビンタが飛んできた。 「え、こいつら寝て…。え?」 巽は目を白黒とさせる。しかし、布団の中のふたりはすやすやと眠っている。 「布団返してもらおうとしたらそやんかことになって」 「はよ言わんかい!」 「言おうとしました!」 巽は思案する。この状態ではさくらの布団は奪還不可能だろう。来客用の布団など当然無い。 他のゾンビィ共も、散々騒いで疲れて寝ているらしく、さくらと同衾してもらうように頼むのは不可能。 「仕方がない。来い、さくら」 巽はさくらの手首を掴むと、不機嫌そうに部屋を出た。 足音が遠ざかるのを確認して、ゆうぎりとリリィが目を開く。 「うまくいきんしたな」 「あとはたつみがごねなきゃいいんだけど…。じゃあ、リリィ寝るね」 リリィが布団を抜け出そうとしたが、ゆうぎりの手足が女郎蜘蛛の如くガッチリと絡み抜けられない。 「逃しんせん」 リリィは後悔した。罠を掛ける側に立っていると思い込んでいたが、自らも獲物の一匹に過ぎなかったのだ。 巽は寝室のドアを開けると、ベッドを指差しさくらに告げた。 「今日はあのベッドで寝ろ」 「こ、幸太郎さんは?」 「安心しろ。俺はソファで寝る」 なんと気遣いの出来る男だろう、と巽は内心自分を褒めた。 だが、目の前のさくらが全く嬉しそうにしていないのを訝しんだ。 「幸太郎さん、お疲れですしベッドで寝て下さい!」 「どこの世界にアイドルをソファで寝かせて自分はベッドでグースカ寝るプロデューサーがおるんじゃい!」 「風邪ひきますよ!わたしはゾンビやけん、ソファで十分です!」 「俺は、その、あれじゃい。ソファ睡眠健康法で風邪ひかんのじゃい」 「デタラメ言わんでください。どうしてもソファで寝るって言うならわたしもソファで寝ます」 「…」 巽は何か言い返そうとしたが、さくらの『一歩も退かん』と言いたげな目についに根負けした。 「……勝手にしろ」 「どやんす、どやんす…」 さくらは後悔していた。さっきはつい啖呵を切ってしまったが、 巽が寝支度をしに部屋を出ている間に徐々に不安が大きくなってきたのだ。 ベッドに寝転がり、巽が寝るスペースを測る。どう考えても密着しないと収まらない。 鏡を見なくても顔が真っ赤に染まっているのがわかる。 (そういえばゾンビィやのになんで赤くなるんやろ…血流れとらんのに…) さくらが世界の大きな矛盾点に思いを馳せている間に、巽が部屋に戻ってきた。 「あ、こ、幸太郎しゃん!ふつつつかものですがよろしくおねがいします!」 緊張のあまり、さくらは自分が何を口走っているかよくわからなくなっていた。 「こちらこそ、どうぞよろしくおねがいします」 巽も、疲れと緊張から今日何度も営業先でした挨拶を反復してしまう。 「俺たち、何をやっているんだろうな…」 「疲れとるとですよ…、さっさと寝ましょう…」 互いに背を向けあって、ベッドに入るが、どうしても背中が触れ合ってしまう。 背中越しに伝わる巽の心音の早さに、さくらはますます頬が熱を持つのを感じた。 しばらくすると、巽の心音は落ち着き、深い寝息が聞こえてきた。 緊張よりも、疲れとアルコールの力が勝ったのだろう。 「…幸太郎さん?」 さくらがささやくが、反応はない。さくらは意を決して巽の方へ寝返りを打った。 巽の、あたたかく広い背中が目の前にあった。 (ベッド狭いけん、もっとくっつかんと…) そう心の中で言い訳をして、背中にぴったりとくっつく。 巽がゆっくりと寝返りを打ってさくらの方を向く。 (わっ!ビックリして心臓止まるかと思った!あ、動いとらんやった…) 初めて、至近距離で巽の顔をまじまじと見たさくらは、クラスメートのことを思い出した。 「…乾くん…?」 眠っている巽は、当然答えることはない。 (よく似とる…けどプロデューサーとかメイクとか作曲って十年間でこんな覚えられるもんなんやろか) さくらの胸に、様々な疑問が浮かんでは消えた。 (わたしがいくら考えても、わからん) さくらは頭を振って、頭の中の答えようのない疑問を追い出した。 ゾンビィになってから、ずっと自分たちを支えてくれたのは、巽だ。 鏡山展望台で巽が掛けてくれた言葉は、さくらの胸に深く刻まれていた。 今はその事実だけで十分だと、さくらは思った。 「おやすみなさい、幸太郎さん」 眠っている巽の唇にそっと自分の唇を重ねる。 初めてのキスは、歯磨き粉のミントの味がした。 (ふ、雰囲気に酔って少女漫画みたいなことしちゃった…。恥ずかしか~!) 数分後、さくらは穴があったら入りたくてたまらなくなった。 穴がないので、仕方がなく巽の厚い胸板に顔を埋めることにした。 おしまい ************************************************************************************************* 052.さくさく 女子会 前回のゾンビランドサガは! 突然地面がグラグラ~と揺れたと思ったら富士山が大噴火!! えぇ!?富士山いつから佐賀県に引っ越したと!? そんなさくらに襲いかかるハゲタカの群れ!腐肉食やけんさくらはまるで動くご馳走! なすび畑に逃げたさくらはなすびのトゲトゲ地獄に悶絶! 痛がっている間にゆうぎりさんの大事な扇を踏み折った挙げ句、煙草を盛大にぶちまけちゃった! わざとじゃないけん、ごめーんちゃい☆ ビンタが飛んでくると覚悟決めとったら、なんと、はらはらと涙を流すゆうぎりさん! 罪悪感で吐きそうになるさくらを刀逆手に襲いかかる盲目のビートたけしさん! さすが伝説の花魁!大物にもモテモテやね!さくらは刀の露と消えました。 そんな初夢を見たって皆に言ったら純子ちゃんが 「なんで勝新太郎さんではなくツービートのたけしさんが…?」とジェネレーションギャップ! 幸太郎さんのお部屋でみんなしてYoutubeのツービートのコントを漁ってたらもうこやんか時間! 今日はいい夢見れるといいな! 「ここは…?」 わたしは古い洋館に横たわっていた。外は土砂降りの雨。…ここはゾンビになって初めて目覚めた部屋だ。 「…おはようございます」 静かな挨拶が聞こえた方を振り返る。じっとりとした目でわたしを見つめていたのは、わたし。 「お、おはようございます」 挨拶を返す。だが、ここで会話のキャチボールが終わってしまう。 もうひとりのわたしは膝を抱えてじっとりとわたしを見続ける。 なんで自分相手にこやんか気まずい思いしとるとやろ…。 「あ、あの、元気?」 「…元気に見えるとですか?」 そりゃそうやね!全然元気に見えんね!そもそも死んでるし! 「よ、よか天気…じゃないね!」 「見ればわかります」 見るからに土砂降りやもんね! …わかっとったし、これもわたし自身なんだけど…、わたしめんどくせ! 「今めんどくさいって思いましたね」 「そ、そやんかこと…、ううん、やっぱりわかる?」 「わたしの考えることですし」 言われてみればそうである。 …ということは、目の前のわたしの考えとることもわたしは理解できるはずだ。 「わたしがそうやって落ち込んでる原因と言えば…」 「「幸太郎さん」」 わたしたちの声が重なる。 「…あの人、ひどかとですよ。みんなで頑張っておせち作ったとやのに、やれ新年会じゃい、  付き合いで他所いかんといかんのじゃいとか言い訳つけて、最初にちょろっと食べただけで」 堰を切ったようにわたしは話しだした。 「わかる!お雑煮なんてまだひと口も食べとらんもんね!せっかくみんなで話し合って  それぞれの家庭の味を活かしたとやのに!」 「活かした、という割にはかなりとっちらかっとったね」 「…それもわかる!」 「わたしが何度ベッドに潜り込んでもなんもせんし。いや、ハグはしてくれるとやけど、その…」 「大丈夫、言わんでもわかるよ!アイドルやけんそういうのがいけんって言うのもわかるけど、  アイドルの前にわたし女の子だもん!ちょっとくらいそういう目で見て欲しかよね!」 「わかる…!」 「わたしもね、こないだ一緒に寝たとやけど、あ、わたしやけん知っとるよね。  何もせんで、幸太郎さん寝ちゃって…わたし、落ち込んどらんと魅力持っとらんとかな…」 「落ち込まんで、元気だしてわたし!わたしが両方落ち込んだらネガティブスパイラルしちゃう!」 「そうやね、元気ださんと…」 「その意気だよわたし!きっと幸太郎さん疲れとっただけやけん!」 「そうやね、わたしもいつか幸太郎さんにそういう目で見てもらえるよね…」 「でもいざそういう目で見られたら…」 「「どやんすどやんす~!」」 突然、扉が開いた。そこに立っていたのは、わたしに似ているわたしじゃないモノ。 「お嬢さんがた、そろそろお目覚めの時間でやんす」 「「誰!?誰なの!?」」 「うぅ~ん、怖いよぅ…」 「ヴァウア!ヴォイエ!」 「…うぅん、おはようたえちゃん。今日も早かね」 うなされていたわたしを起こしてくれたお礼にたえちゃんの頭を撫でると、幸せそうに目を細めた。 ふと、忙しない足音が聞こえてきたので外に出る。幸太郎さんがすでに出かける用意をしていた。 「幸太郎さん、もうお仕事ですか?」 「あぁ、もう仕事始めだからな。ち~っとしたチャンスだって逃せんのじゃい」 「あの、今日の晩ごはん当番わたしなんですけど…」 「あぁ、たぶん遅くなるけん、俺のぶんはいらんぞ」 そういうと幸太郎さんは車に乗り込もうとする。わたしは走り寄って耳打ちした。 「…見捨てよるとですか?」 「…や、やっぱり俺のぶんの晩飯残しておけよ」 わたしは笑顔で幸太郎さんを見送った。さて、今日の晩ごはんは気合いれんとね! おしまい ************************************************************************************************* 053.幸リリ お酒の味 深夜に帰宅した巽は、意外な人物と鉢合わせた。 「あれ?たつみ、こんな時間までどこ行ってたの?」 「お前こそ、なんでこやんか時間まで起きとるんじゃい」 「おしっこだよ。…うわ、たつみお酒くさ~い」 「ほっとけ。早く寝ろよ、リリィ」 巽はリリィの肩を叩くが、リリィは返事をしない。 言うことを聞かずからかっているのか、と巽が視線をやると、 何か言おうとして、やめるようにモゴモゴと口を動かしている。 「どうした?」 「…お酒って、おいしいの?」 「子供の飲むもんじゃないわい」 「リリィだって飲みたくないよ!リリィのイメージ崩れちゃうでしょ!」 リリィはプリプリと可愛らしく怒った。 「…昔ね、パピィがよくお酒飲んでたの」 「マミィが死んじゃってすぐの頃、こうやっておトイレに起きると、とっても悲しそうに  ひとりでお酒を飲んでたの。リリィが大きくなってからは飲まなくなったけど。  たつみ、大人が辛いときに飲むお酒って、そんなにおいしいの…?」 リリィは今にも泣き出しそうな顔をしていた。巽はリリィと目線をあわせるようにしゃがみこむ。 「…味はよくわからない」 絞り出すように巽が言う。 「ただ、辛い思いを流し込むだけだ。そのうち、頭がボンヤリして少し楽になる。それだけだ」 「…教えてくれてありがとね、たつみ」 リリィは目に溜まっていた涙を拭う。 「今度、リリィがお酌してあげよっか?」 「それは、お前のキャラじゃない。遠慮しておく」 巽はリリィの頭をくしゃくしゃと撫でた。 「そうじゃ、こないだ新年会で余ったジュースを二本だけもらってきたんだった。  全員には渡らんけん、どうしようか迷っとったが、これからふたりでこっそり飲むか!」 「うん!」 ************************************************************************************************* 054.幸さく お題:「連休最終日」「仕事始め」「しんどい」 >「連休最終日」「仕事始め」「しんどい」 巽幸太郎は困っていた。 明日から仕事初めだと言うのに、闇さくらの日が来てしまったのだ。 「そやんか迷惑ならわたしのことほっといて仕事すればよかじゃないですか」 「なら背中から離れんかい」 「死体に無茶言わんでください。動けるわけなかでしょ」 「そがんしゃべる死体がどこにおるんじゃい」 「どっかのうさんくさいプロデューサーの背中に乗っかとると思います」 「…甘えるならもっと素直に甘えんかい、このひねくれゾンビィ!」 「…」 しまった、地雷を踏んだか?巽はダラダラと冷や汗を流す。 「幸太郎さん、わたしとっても寂しいけん、今夜…一緒に寝てもよかですか?」 「…はふぅ」 腰砕けになった巽はぺたりと座り込んだ。口からは魂が漏れ出している。 「…素直に甘えたらこやんかことになるから自重しとったとですよ」 ************************************************************************************************* 055.幸リリ お題:「寝所」「秘密」「逢瀬」 >「寝所」「秘密」「逢瀬」 ゾンビィも眠る夜。コン、コンとノックの音が今日も響く。 巽はソワソワと立ち上がると、ドアを開ける。 立っていたのは寝巻き姿の小さな影。 「えへへ、たつみ。今日も…するの?」 「あぁ」 ふたりはささやきあい、そっと扉を閉めた。 ------------------------------------------------------------------------------------------------- 「リリィばっかりに攻めさせないで、たつみもちょっとは来てよ」 「う、ふぅ…なら、こうじゃい!」 「あ、ダメだよ…そっちは…」 「ふふ、なんじゃい。急に弱気になりよって」 「ほんとにぃ、ダメ…だってばぁ…」 「そんなこと言ってもやめてやらんからな…」 巽はオバケの駒を取る。裏返して背中の赤い印を見た瞬間、巽は崩れ落ちた。 「だからダメだって言ったのに~。たつみ、昨日と合わせて9連敗だよ」 「なにかの、何かの間違いじゃい…」 ふたりの間にあるのは、二人用対戦ボードゲーム『ガイスター』。 オバケの駒を将棋のように取り合うゲームだ。 将棋との大きな違いは、取るべき駒がどれかわからないということ。 駒は『良いオバケ』と『悪いオバケ』の2種類のみ。プレイヤーはそれぞれ4体ずつ持っている。 見分ける方法は、背中についた印のみ。 対戦相手はどれが『良いオバケ』でどれが『悪いオバケ』かわからない。 駒が進めるのは、縦横に1マス。 6×6マスの盤上で、相手側の両端のいずれかのマスから『良いオバケ』を脱出させれば勝利。 ただし、『良いオバケ』を4つすべて取られたら負け。そこで重要になるのが『悪いオバケ』だ。 『悪いオバケ』を4つ「取った」プレイヤーは負けになる。取らせるための駒なのだ。 だが、『悪いオバケ』は脱出出来ないので、スルーされるとバレてしまう。 プレイヤーは『良いオバケ』を脱出させるフリをして『悪いオバケ』を取らせるか、 『悪いオバケ』に見せかけて『良いオバケ』を脱出させることになる。心理戦だ。 「リリィに演技で勝とうなんて、12年早いよたつみ」 「俺は赤ん坊レベルかい…」 「運が絡むゲームにしようよ。たつみこのままじゃ一生勝てないよ?」 他のゲームをしようにも、夜中にこっそりやれる非電源ゲームは『ガイスター』のみ。 リリィもそれは知っている。つまり、『勝ちたければなんか他にゲーム買って』と暗に言っているのだ。 (福袋に入っていた『ガイスター』にハマり、ボードゲーム沼にハマりかけるとは持っとらん…) 巽は己の不運を嘆いた。が、すぐに頭をブンブンと振って考え直す。 (いや、福袋でこれだけ遊べるものが手に入ったのだ。やはり俺は持っている男) 「たつみ、寝不足?もう寝たほうがいいんじゃない?」 ひとりでうんうんと頷く巽に、リリィが心配半分ドン引き半分で聞く。 「まだまだ夜はこれからじゃい。もう一戦!」 「だ~め。ゲームは一日一時間!たつみはちゃんと寝なさい!」 リリィはさっさと部屋を出ていった。ふたりのヒミツのゲーム大会、明日も明後日も続けたいのだ。 おしまい ************************************************************************************************* 056.幸たえ 束の間の眠り 山田たえはベッドにその身を横たえていた。 頰は痩け、目は落ち窪み、さながらゾンビィのようであった。 「…調子はどうですか?山田先輩」 「乾くん。気力だけはバッチリよ」 目を輝かせ、シャツを捲り、力こぶを作るポーズを取るたえ。だがその腕はもはや骨と皮だけだった。 「乾くんは予知夢って信じる?」 「いえ…」 「私もよ。でもね、今日の夢は不思議だった…。 夢の中の私は、せっかく乾くんのプロジェクトに関われたのに人を噛んで回って、迷惑ばっかりかけてたの。 そうしたら赤い髪の女の子が『たえちゃん、一緒に頑張ろう』って。 私が何度失敗して、言うこと聞かなくても『大丈夫、出来るよ』って励ましてくれたの。あれが源さん?」 「他人の夢に誰が出たかなんて、わかりませんよ」 「そんなこと言って、乾くんも源さんのこと思い浮かべたんでしょ?図星だな? …私、あの子とならアイドルやれる気がするの。だから乾くん、私を蘇らせてね」 そう言い残すと、たえは眠りに就いた。『束の間』の眠りに。 ************************************************************************************************* 057.幸さく さくら日記 ○月×日△曜日  天気 晴 今日、珍しかものを見ました。 居間で居眠りをしとる幸太郎さんです。 あまりに堂々とした寝姿なので、ふざけとるのかと思って指でつついたら そのまま倒れてしまったので、どやんしようか戸惑いました。 危なく怪我させるとこやったので、お詫び代わりと思って膝枕しました。 男の人にこやんかことするの初めてやけん、がばいドキドキしました。 心臓止まっとるけどね!なんつって!さくらなんつって☆ サングラスのツルが痛いので膝の上に仰向けに寝かせましたが、 昔読んだ少女漫画でこの体勢でキスしとるのを思い出してまたドキドキしてきました。 キス出来るのかちょっと身体を倒してみましたが、胸が邪魔で出来ませんでした。 たぶんあの漫画を今改めて読み返したら骨格のおかしさが気になって楽しめないと思うので 読み返さんよう気をつけたかとです。 だってあんなキス首でも外さんと出来んって!外せば出来たけど。 明日もトップアイドル目指して頑張れわたし! >わっちは通りすがりのものでありんすが起きた時の幸太郎はんの反応含め要求するでありんす マシュマロに押し潰される夢から目が覚めると、いつの間にかさくらに膝枕されていた。 気付いた瞬間かなり焦ったが、運良くさくらは眠っていたので醜態をさらさずに済んだ。 逆に醜態をさらしていたのはさくらだ。 よだれをたらし、能天気にふひひ、と寝言を漏らす様は百年の恋も覚めそうだ。 仕方がないので、涎を拭ってやる。 もちもちの頬に指が触れたので、勝手に膝枕したお返しとばかりにぶにぶにと突っついた。 全く起きない。 警戒心まで腐り落ちているのだろうか、このゾンビィは。 布団まで運んでやりたいところだが、あいつらの寝室にさくらを抱えていくのは得策ではない。 かといって俺の寝室に連れ込むような破廉恥なマネなどプロデューサーのプライドが許さない。 仕方がないのでジャケットをぬぎ、さくらにかけてやる。 うふひ、と笑ってジャケットに包まるところを見ると、やはり冷えていたのだろう。 ここに放置しておくわけにもいかない。 ロメロに頼んで、あいつらにさくらを回収してもらえるように仕向けよう。 ************************************************************************************************* 058.幸さく 手合わせ 1月もすでに半ば。 早々にお年玉を使い切ったものも多いフランシュシュは更なる賃上げ要求に向け準備を進めていた。 その気配を敏感に感じ取った巽は、 『全員の利益となるもの』を優先して購入するという大義名分のもとリクエストボックスを設置。 その策は功を奏し、リクエストボックスはすぐに満杯になった。 「何々、『バイク』。免許ないじゃろがい。『ユンボ』。どこを工事するんじゃい」 …巽は失念していた。リクエストを受けても選定するのは結局自分なのだ。 「『ホダ木』。…ホダ木ってなんじゃい?『振り袖』…。この字はゆうぎりだな。  …最悪、徐福のジジイにカネを出させるか…」 巽はリクエストボックスから紙を取り出しては、『ボツ』『保留』と書かれた箱に投げ捨てる。 悲しいことに『採用』の箱はスッカラカン。 「『牛肉』、『豚肉』、『鶏肉』、『羊肉』、『お肉!』。…天山で何を学んだんじゃアイツは」 ロメロが『採用』の箱を気に入ったようなので譲り渡す。 どうせもう箱に入れるほど採用したい案は出ないだろうと巽は予感していた。 「『才 |=<』…?…あぁ、『オにく』か。たえがマネしとるじゃろがい…」 ワン!とロメロが鳴いた。視線の先には、こっそり様子を伺うさくらがいた。 「あの、ロメロが『採用』ってどういう意味でしょうか…」 「お前らがろくなリクエストせんからじゃろがぁーーーーーーーい!!!」 「えぇ、わたしまだ何も入れとらん…」 「あとたえがこんなの書いとった。愛には教育に悪いからほどほどにしろと言っておけ」 「たえちゃん、字上手になっとりますね…」 「何母親みたいにホロリしとるんじゃい。で、オマエは何が欲しいんだ?」 「えっと、これです」 さくらがおずおずと紙を差し出す。 「直接いえばええじゃろがい…。なに、『鍋つかみ』?もうあるじゃろがい」 「今あるのブカブカなんです」 「鍋つかみはブカブカしとるもんですゥー!」 「あれ幸太郎さん用でわたしたちにはがばい大きいとですよ!」 「所詮手じゃろがい。そやんか違いなかやろがい」 さくらはムッとすると、巽の手のひらと自分の手のひらをピタリと合わせた。 「見てください!こやんか差があるとですよ!」 手のサイズは明らかに二回りほども違いがあった。 「…小さか手だな」 「…大きか手ですね」 予想以上のの違いに、ふたりは本題を忘れてマジマジと見比べる。 (さくらの手はこんなに小さかっただろうか。いつもメイクしていたのにいつの間にか忘れていた) (改めて見ると幸太郎さんの手大きくて、あったかい…) ふと、さくらが指を絡めるように握ると、巽も同じように握る。 手のひらから巽の熱が、心音が伝わる。音だけでなく、心の内も────── 「って鍋つかみの話じゃろがい!わかった。買ってやる!  その代わり、アイツらにはもっとまともなリクエスト寄越せと伝えておけよ」 「ありがとうございます!」 さくらは元気に皆のもとに向かう。しかし、ふと立ち止まって手を見る。 まだ巽の手のひらの感触が残っているような気がして、頬が緩んだ。 同じ頃、巽も同じように手のひらを見つめていた。 ************************************************************************************************* 059.たえさく おもち ある日のお昼のこと。 今日はみんなでおもちを食べることにしました。 七輪はないので、オーブントースターで焼きます。 「たえちゃん、おもちが焦げんよう見とってね」 「ヴァァ」 さくらさんにお願いされて、たえちゃんはしっかりおもちを見張ります。 トースターの小さな窓を覗き込むと、おもちがチリチリと焼かれているのがよく見えます。 すると、なんということでしょう。おもちがぷっくりと膨れ上がったのです。 「ヴァウア!」 たえちゃんは大慌てでさくらさんを呼びに行きます。 「えぇ、どやんしたと?」 たえちゃんにずいずいと押されながら、さくらさんはトースターの前までやってきました。 「あぁ、ごめんね。たえちゃんおもち見るの初めてやけん、ビックリしちゃったね。  おもちは焼くとぷっくり膨れるとよ」 すっかり怯えて物陰に隠れるたえちゃんに、さくらさんはやさしく言いました。 おもちはさらに膨らむと、破けてプシュー、と潰れました。 たえちゃんは逃げたくなりましたが、さくらさんを置いて逃げられません。 頑張ってその場に留まりました。 そんなたえちゃんを見たさくらさんは、おもちをひとつお皿に乗せると、お醤油を少し垂らしました。 「たえちゃん、おいで。ひとつ味見しよ」 たえちゃんは恐る恐るさくらさんの方に向かいます。 「あっついけん、一緒にふーふーしようね」 ふたりでふーふーとおもちを冷まし、さくらさんはおもちをヒョイとたえちゃんの口に入れました。 「…ヴアイ!」 恐怖心はどこへ行ったやら。 たえちゃんはすっかりおもちの虜になってしまいました。 「みんなの分も焼くけん、待っとってね」 お餅が焼ける香ばしい匂いで、たえちゃんの食欲はおもちのようにぷっくりと膨れ上がりました。 おしまい ************************************************************************************************* 060.幸さく 胃痛 「ハァ…」 ため息とともに巽は腹を擦る。胃がもたれて若干の吐き気がする。 (痛みというほどでもない。また薬を飲めば落ち着くだろう…) ゲリラライブ以来、巽はしばしば胃の不調に悩まされていた。 年末年始の忘年会、新年会の連続と、その忙しさにかまけて通院を怠ったのが原因であった。 巽は薬箱から市販の胃腸薬を取り出し、水を用意するため台所へ向かう。 「幸太郎さん、お腹の調子悪かとですか?」 しまった、と巽は思った。 胃腸薬を持っていたのをさくらに目撃されたのだ。 謎のプロデューサーが胃痛なんぞに悩まされるなど沽券に関わる。 「こ、これはただのビタミン剤じゃい…」 「嘘つかんでください、幸太郎さん!」 さくらはやかんで湯を沸かす。 「水も湯冷ましも一緒じゃろがい」 「結構違います!わたしも受験のとき胃の調子崩したけん、わかるとですよ」 「そやんかもんプラシーボ効果じゃろがい」 「病は気からとも言いますよ。でも、休み明けはちゃんと病院行ってくださいね」 「謎のプロデューサーがたかが胃もたれくらいで病院なんぞ…」 さくらの心配そうな眼差しに巽は言葉を引っ込める。 「わかった。ちゃんと病院へ行く」 「約束ですよ」 「信用せんかい」 「『謎のプロデューサー』の言うことなんて信用出来ません」 さくらが口を尖らせる。 巽はバツが悪そうに頭をかくと、小指をすっと立てた。 「ほれ、約束じゃい」 「…子供ですか」 「うっさいのぉ!オマエもほれ!小指!」 巽はさくらの手を握ると、無理矢理指切りの形にする。 「ゆーびきーりげーんまん!」 「…」 「歌わんかい、ほれ、カモンカモン」 「うーそつーいたらはーりせんぼんのーます!」 「「ゆびきった!!」」 「おや、おふたりともそういう関係でありんしたか」 いつの間にか現れたゆうぎりがわざとらしく驚いた表情で声を掛ける。 「そういう関係って、どういうことですか?ゆうぎりさん」 「あり?知りんせんでありんしょうか」 ゆうぎりはコロコロと笑うと、ゆびきりの起源を滔々と語ると、『ではごゆるりと』と去っていく。 残されたふたりは、ただただ赤くなることしか出来なかった。 おしまい ************************************************************************************************* 061.幸さく バースデイ 「ハッピバースデー トゥーユー! ハッピバースデー トゥーユー!  ハッピバースデー ディアさくら~! ハッピバースデー トゥーユー!」 巽はろうそくを勝手に吹き消すとホールケーキをさくらの目の前に置いた。 「ウゥ…ウァァァァァァ!」 意識のないさくらがケーキを貪り食う。 こうして誕生日にケーキを送るのは何回目だろうか。 巽が、乾がさくらの誕生日を知ったのはさくらが亡くなってからであった。 ゾンビィとして蘇らせて以来、こうして誕生日になるたびケーキを与えている。 当初は刺激で意識が覚醒することを期待していたが、数年間なんの効果もなかった。 ただ、虚しい慣習として巽はケーキを与え続けていた。 「ほら、さくら。こんなにクリームが付いているぞ」 クリームまみれになったさくらの顔を、巽はおしぼりで拭ってやる。 「ウァ、ヴゥゥ」 さくらは嫌がり、もがく。 来年こそは、意識のあるさくらの誕生日を祝ってやりたいと、巽は思った。 ************************************************************************************************* 062.たえさく純 ゾンビィ停止ビームの勝手に続き 「ゾンビィ停止ビーム!」 「ヴァァァァ」 「ふっふっふ、たえちゃん動いちゃいけんよ~、それ!こちょこちょこちょ~」 「ヴァァ、ブフハハハハハハハ!」 「さくらさん、なんですかそれ…」 「ゾンビィ停止ビームごっこ!さっき愛ちゃんに教えてもらったと!」 「なるほど…。さくらさん、えい!ゾンビィ停止ビームです!」 「ぐえー!」 「さぁたえさん!一緒にさくらさんに反撃です!」 「ヴァ!ヴァウアァァァァ!」 「あはははははは!ちょっと、ふたりがかりはズルい、あはははは!!あ、サキちゃん!助けて~、ふふ」 「…何してんだテメェら」 「「ゾンビィ停止ビームごっこ!」です!」 その単語を聞いたサキちゃんはみるみる顔を赤くして、 『愛、テメェまじぶっ殺す!』と叫ぶと今まで見たこと無いスピードで走っていきました。 ************************************************************************************************* 063.幸純 紺野純子激怒する(じゃいネリック) 私、紺野純子は激怒しました。 必ずかの長身痩躯で眉目秀麗な巽幸太郎さんを許さない事に決めました。 決めたんです。この、紺野純子がですよ。 私は大樹の根本に生えるキノコのように、廊下の柱の影にちんまりと隠れました。 そこへ巽さんがじゃいじゃいと通りかかりました。 今です! 「お、純子、大丈夫か」 飛び出してつまずいた私を心配する巽さんの一瞬の好きを逃さず、私は両手を十字に構えました。 「た、巽さん停止ビーム!びびびびーっ!」 巽さんは、じゃいっと一歩踏み出した状態で固まっています。 「た、巽さん。。。?」 私は初めて使うビームの効果が不安になり、巽さんのベストの裾をチョイチョイと引っ張りました。 巽さんはじゃいっとしたまま微動だにしません。 「やった、成功です!」 私はつい、飛び跳ねて喜んでしまいました。ですが、ここからが本当の地獄ですよ! 「巽さん、覚悟してくださいね。。。」 私は両手でしっかりゲンコを作ると、腕をぐるぐると振り回して巽さんに挑みかかりました。 「フェアリー・サークルパンチ!えい、えい!」 巽さんはじゃいっとしたまま微動だにしません。 どうやら解除するまで受けた衝撃も停止したままのようです。 「では、これはどうですか!サバ折りです!」 私はぎゅぎゅ~っと巽さんを締め上げます。これは苦しいに違いありません。 巽さんはじゃいっとしたまま微動だにしません。 「ふふふ、そろそろビームの効果を解除してあげます!今までの衝撃が一瞬で襲いますよ!」 私は勝ち誇りました。 。。。そういえば解除ってどうやるんでしょう。 「。。。た、巽さん?もう動いてくださいな」 巽さんはじゃいっとしたまま微動だにしません。 私は青ざめました。 「そ、そんな。。。いたずらのつもりだったのに本当にビームが出ていたなんて。。。」 そういえば佐賀ロックのコンサートでも私たちはビームを出していました。 ゾンビがビームを撃てるなんて。。。 ゾンビ映画はずっと目を閉じて耳をふさいでしか見たことがないので、気が付きませんでした。 「うぅ。。。純子」 巽さんが苦しげにじゃいじゃいうめきました。 「た、巽さん!ごめんなさい、私。。。取り返しのつかないことを。。。」 「純子、いいんだ」 「巽さん。。。」 巽さんが口元をじゃいっと歪め、作り笑いで私を元気づけようとしてくれます。 「この、ビームを解く唯一の方法を、俺は知っている。。。」 「そ、それはいったい。。。」 「この世で一番、やーらしくて、おっちょこちょいで、たまにいたずらっ子な、俺の大好きな人のキスだ」 「そ、そうすれば巽さんはもとに戻るんですね。。。」 私は、覚悟を決めました。巽さんの顔をじゃいっと近づけると、その唇にき、き、き ちゅーを ************************************************************************************************* 064.ゾンビランド超構造体 前回のゾンビランドサガは! 幸太郎さんがついに長寿ギネス記録更新に成功! 祝賀会でみんなが止めるにもかかわらず餅すすりを強行! 頑固なおじいちゃんって困っちゃう! 案の定餅を喉につまらせてそのまま帰らぬ人に! そんな幸太郎さんのお葬式から幾星霜。 もうさくら何回忌だったか忘れちゃった! 千二十四回忌までは覚えとったけん、 天国の幸太郎さん許してちょんまげ! …さくら、すべっちゃった? ドンマイドンマイ! こんな日もあるよ! ガギン! 通常、傷つくことすらありえない超構造体の床が突如光によってこじ開けられた。 穴から、黒尽くめの男女が這い上がる。 霧亥とシボだ。 「造換塔は見当たらないわ。セーフガードの警戒レベルも低そうよ」 「…」 下の階層で、統治局からネット端末遺伝子探索の助けになる道具の情報を得たふたりは この打ち捨てられた階層に足を運んだのだ。 「…」 霧亥はしゃがみ込み、足元の埃を探っている。 「足跡…かしら。複数人いるわね」 霧亥は足跡を追って歩き出した。 シボも美しい金髪をなびかせその後を追う。彼の唐突な行動にはもう慣れた。 「もしこの足跡の主がネット端末遺伝子を持っていたら、統治局の情報も無駄になっちゃうわね」 『霧亥、気付いているわね?足跡の正体がそろそろわかるわ』 シボは霧亥に暗号通信を送る。 「ヤベヤベヤベ!」 「ちょっと、サキ!静かにしてよ!気付かれる!」 「オメーもうるせぇやろが!」 「ちょっとふたりとも!ケンカしとる場合やないって!」 数十メートル先の超構造体の陰からの声を聞きつけた霧亥は走り出した。 シボもやや遅れてついて行く。 「あ゛ぁ!?やんのかコラ!」 「ウゥゥゥ~」 「ちょっと、サキちゃんたえちゃんケンカ売っちゃダメだって!撃たれちゃう!」 「撃たないで!シュート!ストップ!」 頭に花を飾った少女がたどたどしく叫ぶ。 物陰には、青い肌をした少女が4人。うちふたりは威嚇し、残るふたりがそれを抑えている。 「霧亥、どういうこと…?この子たち死んでいるわ!」 「つまらないものですが」 ツギハギの少女、紺野純子が霧亥とシボの前にキノコが盛られた器を置く。 ここはゾンビ少女たちの仮住まい。6人の少女と1人の少年はここに寝泊まりしているらしい。 建設者によって建造され、半ばで放置された建物だ。 「おふたりはどうしてここに?旅行ですか?」 額に大きな傷跡のあるゾンビ少女、源さくらが呑気な笑顔で尋ねる。 「ちょっとした調査よ」 「俺は…ネット端末遺伝子を探している」 シボは数千時間ぶりに霧亥の声を聞いた。 「リリィたちはその遺伝子持ってないよ。もっと旧世代の人間だもん」 理知的な少年、星川リリィが答える。 「おい、ちんちく。そのねっとなんたらってなんだよ」 「サキちゃん何遍説明しても覚えてくれないからリリィ説明しなーい」 「んだテメェ、ぶっ殺すぞ」 ガラの悪い少女、二階堂サキがリリィに絡む。その様子が微笑ましくて、シボはクスリと笑った。 「貴女達はどうしてここに?仮住まいと言っていたけれど」 「わっちら、迷子でありんす」 妖艶な雰囲気をまとった少女、ゆうぎりがころころと笑いながら答える。 「あなたたち、佐賀県って知らない?九州の方なんだけど」 頭に花を生やした少女、水野愛が尋ねた。 「サガケン…?キュウシュウ…?ごめんなさい。聞いたことがないわ」 「わたしたち、そこにお墓参りに行く途中なんです」 さくらは巽の位牌を抱きしめた。 シボは、その黒く細長い板の用途はわからなかったが、墓の持ち主と深く関わるものであることは理解した。 「私たち、しばらく寝ていた間に世界がこんな風になって、右も左も分からないんです」 「リリィはちょくちょく起きて情報収集してたけど、  ネット端末遺伝子が必要になってからはもう情勢わかんなくなっちゃった」 「まぁ海渡っとらんけん、九州にいるのは間違いなかやろ」 「海?海ってなんだ」 キノコを貪り食っていた霧亥が突然口を挟んだ。 唸り声を上げる少女?山田たえが、駆除系のように四つん這いで道を先導する。 「たえちゃん、本当にこっちであっとると?」 「ヴァアゥ」 たえは自信満々の表情で頷く。 「あ、あのシボさん。ずっと気になっていたんですけど…」 純子がモジモジとしながらシボに声を掛ける。 「おふたりはめおとでありんすか?」 ゆうぎりが最短距離を駆け抜けた。 「いいえ、仕事上のパートナーってとこかしら」 「うわ~っ!大人っぽい関係!」 さくらがどやんすどやんすと身体をくねらせる。サキもヒューっと口笛を鳴らす。 「どこで出会ったの?」 愛が頭の花を満開にしながらがぶり寄る。 (こんな風に女の子同士で他愛もない会話をしたのなんて、いつぶりかしら) 自分がそんな思いを抱いていることに、シボは驚いた。 気が遠くなるほど歩いた先に、目的の場所はあった。 『+|+』と刻印された超構造体の扉を、霧亥は力任せにこじあける。 そこには備蓄用の食料、燃料などがあった。 「ここらへんのものは貴女たちが使いなさい」 シボは微笑みながら言う。 「あの、わたしたちこんな頂いてよかですか?おふたりの分は?」 「いいのよ。霧亥も私もほとんど食事なんて必要ないし、用があるのはこの奥のものよ」 霧亥は食料に目もくれずにずんずん奥へ進んでいく。 再び扉をこじ開けると、折り畳まれた紙のようなものが部屋の中央に浮かんでいた。 「旧世紀の紙媒体情報ね」 シボが分析を始める。 やや日焼けした紙をナノマシンテクタイトで保護しているが、 保護しているテクタイトすら一部経年劣化している。どれほど古いものか見当もつかない。 「ダメだわ。なんて書いてあるか読めない」 「え、これって…さ…」 「埼玉県の地図…」 ゾンビィたちはがっくりうなだれた。 彼女らに今の世界の知識はないが、少なくとも役にたたないことだけはわかる。 「…待って、みんな」 さくらがなにか閃いた。 「アイアンフリルのみんななら、これを使えばどこにでも迷わず行けるって言ってた!」 曰く、東京で生まれたロボットは皆、埼玉県の地図さえあればどんな道でも迷わないという。 「その情報がネットスフィアの暴走で変に伝聞されたんだね」 と、リリィが推察する。 「では、アイアンフリルの皆さんに会えば巽さんのお墓参りに行けるんですね!」 「次の目標決まったわね、リーダー」 「よっしゃぁ!久々に円陣組もうぜ!」 フランシュシュが気合を入れている横で、シボは霧亥に耳打ちする。 「霧亥、相談があるんだけど」 霧亥はさくらに、小さな球体を差し出した。 「これは…?」 「金属探知機だ」 「超構造体や建設者以外の金属に反応するわ。ロボットのお友達を探すのに役立つでしょ?」 「ありがとうございます!シボさん、霧亥さん!」 「「「「ありが「ザァーーーーーーッス」「ヴァアアアアアッス!」」」」」 「合わせろよ」 霧亥は頭を下げるフランシュシュの横を素通りし、出口へと歩いていく。 「ちょっと、霧亥!」 「俺は…ネット端末遺伝子を探している」 おしまい ************************************************************************************************* 065.美沙万梨 交換 万梨阿の愛車が鏡山を駆ける。 向かうは因縁の地、鏡山展望台。 !? 展望台では美沙がビッグスクーターに腰掛け待ち構えていた。 「待たせたな」 「別に待っちゃいないよ…。約束通り、ひとりで来たようだね」 「そういうアンタも」 「サシで会わなきゃ意味ないからねぇ」 ふたりの視線が激しく交叉する。 「合図は?」 「いらないよ」 向かい合ったふたりは右手を猛烈なスピードで突き出した。 万梨阿の右手に握られていたのは、ゴミのようにダサいTシャツ。 美沙が鷲掴みにしていたのはかわいらしい羊のぬいぐるみ。 「わ~!ほんとに買って来てくれたと!?復刻版ゴミダサT!!」 「何この子、お鍋被っとる~!やーらしか!」 ふたりは互いに感謝を込めて抱き合った。 フランシュシュ2号のおかげで和解したとはいえ、つい先日までいがみ合っていたふたりである。 楽しげなお土産交換会など他のメンバーに見られては示しがつかぬ。 なのでこうして、タイマン勝負のフリをして会うことにしたのだった。 「あんね、私自分と美沙にTシャツ買ったら2号さんがね、『オメェ小遣い足りんのか?』って心配くれて!  『おかーさんの手伝い気合い入れてやってます』って答えたら頭なでてくれたとよ!見てこのチェキ!」 はしゃぎまくる万梨阿に、美沙が羨ましげに歯噛みする。 「アンタがミニライブ楽しんどった間、私も北海道満喫しとったけんね!  ほら、お土産の子のきぐるみ!黒い子もおったとよ!超もふもふやったけんね!ご飯もがば美味しくて」 「ご飯のは毎回写メ送ってくれたとやろ」 「でも、北海道よかね…」 「…万梨阿は進路とか決めとるん?」 「う~ん、なんとなく進学かな…」 「もし、大学行って余裕できたら…一緒にツーリングせん?」 「行く!絶対一緒に行く!」 万梨阿は美沙の両手をギュッと握ると、激しく詰め寄った。 美沙はニヤけそうになる口角を気合で抑え込もうと無意味な努力をしていた。 一方、ドラ鳥では。怒羅美と殺女のメンバーが仲良く駄弁っていた。 「万梨阿ちゃんたち今頃仲良くやっとるかなぁ」 「お土産交換くらいアタシら気にしねーのに、変なとこマジメだよなぁ、うちのヘッドもアンタんとこの総長も」 「はい、一番定食お待ちー!」 「キタ━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━ !!!!!」 おしまい ************************************************************************************************* 066.ねこゾンビさんと冬将軍 あるふゆの日のことです。 ねこゾンビの純子さんと飼い主さんは、買いだしにでかけていました。 週末やってくる冬将軍にそなえて、たべものを買いだめしておくためです。 純子さんはふさふさのおみみをぺったりさせて、こまったようにしっぽをふりふり。 「にゃ、にゃあ…」 みんなをこわがらせる冬将軍とはどんな方なのでしょうか、と純子さんはおそるおそる飼い主さんにききました。 「そうじゃな、ツララのようなながーいキバがはえとって、耳までさけた真っ赤な口からふぶきを…」 「みぃ…みぃ…」 純子さんはこわくなっておみみをおさえました。 ききたくにゃい、ききたくにゃい。 飼い主さんはそんな純子さんをもうしわけなさそうにだっこしました。 「純子、すまん、すまん。じょうだんじゃい。冬将軍なんていないぞ。さむさのたとえじゃい」 「フーッ!」 すっかりだまされた純子さんは、飼い主さんにいかりのねこぱんちをぽこぽこおみまいします。 「いてて、ごめん純子。おれがわるかった」 買いものをおえて、飼い主さんはりょうていっぱいに買いものぶくろをさげています。 純子さんもリュックにたくさんにもつをつめて、飼い主さんのおてつだい。 あとはちゅうしゃじょうにとめた飼い主さんの車にのって、おうちへいっちょくせん。 そうおもっていたふたりのもとに、あわてんぼうのきたかぜさんがぴゅーっとふきぬけていきました。 純子さんは飼い主さんのつくってくれたお洋服でなんとかしのげましたが、飼い主さんはそうはいきません。 「おのれ、冬将軍の手下か。せめてぼうしをかぶってくるんだった」 飼い主さんのおみみはさむさで真っ赤です。 「みゃあ!」 純子さんはじぶんのぼうしを飼い主さんに貸してあげようとしました。 「いいや、それはダメじゃい。おまえがさむいだろう」 ねこゾンビはさむさがとってもニガテなのです。 「みー…」 なんとか飼い主さんをおたすけしたいにゃあ。 純子さんはしっぽをおおきくゆらし、うんうんうなってあたまをひねりました。 「…にゃあ!」 ひらめいた純子さんは、飼い主さんにおねがいをしました。 「え?かたぐるましてほしい?こんなときにか?」 飼い主さんはとまどいました。 でも、純子さんはあまえんぼうですがこんなときにあまえるわがままな子ではありません。 なにか理由があるとおもった飼い主さんは、純子さんをかたぐるましました。 すると、飼い主さんのおみみがあたたかくなりました。 純子さんがてぶくろでおみみをやさしくつつんでくれたのです。 「ナイスアイデアだな純子。これならふたりともさむくないぞ!」 「にゃあ♪」 ほめられた純子さんも、あたためてもらった飼い主さんも、こころまでぽかぽかになったのでした。 おしまい >ああ…でもこれは今日おねむの時急に冬将軍の想像図を思い出して怖くなちゃうやつだな コンコン。 飼い主さんのおへやに小さなノックのおとがひびきました。 「純子、どやんした?」 「み、みぃ…」 ウソだとわかっていても、冬将軍さんがこわいんです。 純子さんは泣きそうなこえをあげました。 「こわがらせてしまってわるかった」 飼い主さんがそっとふとんをめくると、純子さんはそこにとびこみました。 「にゃあ…」 飼い主さんといっしょなら、なにがきてもこわくありません。 純子さんは飼い主さんにだきついて、ごろごろとのどをならします。 「よしよし。純子はあまえんぼさんじゃのう」 飼い主さんにあたまをなでなでされながら、純子さんはぐっすりねむりにつきました。 ************************************************************************************************* 067.幸さく 涙 「幸太郎さん、コーヒー淹れたけん一息つきませんか?」 「おう」 一仕事終えた巽はさくらを部屋に招き入れる。 さくらはソファに座ると、巽は向かい合うように座る。 さくらは巽と自分の前にコーヒーカップとクッキーを置いた。 「…なんでもうミルクが入っとるんじゃい」 「ブラックは胃にわるかとですよ」 巽は不服そうにカフェオレを飲む。 「仕事終わりはキリッとブラックで締めたほうが俺好みなんだがな…」 「そやんかことは胃が良くなってから言って下さい。通院しとる人は無理しちゃいけません」 さくらは反り返るとフンスと鼻息荒く言う。 巽の健康状態があまり良くないのは事実である。 ここで自らの主張を押し通すためにさくらと争っても、病人のわがままと一刀両断されるのがオチだ。 形勢不利と見た巽は強引に話題を換えることにした 「そうじゃ、カフェオレの礼をやろう」 「えぇ、なんですか…?嫌な予感しかせん…」 「フッ、それはどうかな…。さっき録りたてホヤホヤの新曲デモテープ試聴の権利じゃーーーい!!」 「えぇ、よかですか!がば嬉しい…」 さくらは目を輝かせた。 「そうじゃろそうじゃろ」 さくらの素直なリアクションに気を良くした巽はワイヤレスヘッドホンをさくらに手渡す。 「ミュージィィィック!!スタァァァァァーーーーーーーーッット!!!!」 巽は無意味に声を張り上げながらオーディオソフトの再生ボタンを押した。 やかましさに辟易としていたさくらだが、音楽が流れ出すとそちらに耳を傾ける。 穏やかなピアノ伴奏と、巽自らが歌う仮歌。 自分たちの女声(とリリィ声)とは違う、男声特有の力強さ、艶やかさ。 さくらは新曲をもらうたび、巽の吹き込んだ仮歌を密かな楽しみとしていた。 (幸太郎さん、こやんか歌上手やったら自分でデビューすればよかっちゃのに…。  あ、いけんいけん。歌に集中せんと) 曲を聞いているうちに、さくらの頬は涙で濡れていた。 さくらは何度も涙を拭うが、涙は止めどなく溢れてくる。 滲んだ視界の中で、巽が心配そうにオロオロと戸惑っているのが見えた。 しゃくりあげ、声を出そうとするが喉の奥が圧迫されるように痛み、ただ嗚咽のみが漏れ出す。 「なんじゃい、気に入らんかったか?」 さくらはふるふると首を振る。 「じゃあ、感動しとるんか。この俺が丹精込めて作った曲だ。天才的じゃろ?」 巽がおどけて大げさにふんぞり返る。 その仕草につい泣き笑いになったさくらを見て、巽は胸を撫で下ろす。 「それだけ感動してもらえると作曲者冥利に尽きるな」 巽はさくらの隣に席を移すと、肩を貸してやる。 さくらが巽に寄り添うと、安心させるように頭を撫で、背中をポンポンと叩いてやる。 「うぅ…グスッ、こうた…うさ…」 「鼻水出とるぞ。ほれティッシュティッシュ」 「ずびばぜん」 さくらは勢いよく鼻をかんだ。 「なんか、今までみんなで頑張って来たことがぶわーっと走馬灯みたいになって、  そしたら、卒業式思い出しちゃって、当時なんも思い出なかったとですけど、泣けてきぢゃっで」 「また泣きそうになっとるじゃろがい!」 巽はさくらが何故泣いたのか、追求することは諦めた。 感動に理由を付けるのも野暮と言えば野暮だ、と思うことにした。 「それにしてもお前、語彙力がアレだな。壊滅的だな!インタビューとか受けられんじゃろがい」 「グスッ…こ、こうたろうさんに言われたく、なかですよ…。  …ところで、あの幸太郎さん、わたしいつまでこうしとってよかですか…?」 そう言われて初めて、巽はさくらの肩を抱き続けていたことを思い出した。 一瞬つい離しそうになったが、もう一度、強く抱き寄せる。 「そやんかことは、その泣きっ面どうにかしてから言わんかい」 「…はい」 さくらはしばらく、巽に身を委ねることにした。 おしまい ************************************************************************************************* 068.純さく カツアゲ 「…さくらさん、そこにいますよね?」 私はおトイレの中からさくらさんを呼びました。 「だいじょーぶ、いるばい」 扉の向こうからさくらさんのあくびを噛み殺した返事が返ってきました。 先程ゆうぎりさんが披露された怪談がとても恐ろしく、 情けないことにさくらさんにおトイレまで一緒に来てもらっているのです。 「すみません、さくらさん。眠たいところを…」 「うぅん、気にせんでよかよ、純子ちゃん。ゆうぎりさんのお話がばい怖かったもんね。  …ごめん、わたしもちょっとおトイレ~」 入れ替わりでおトイレに入ったさくらさんを待ちながら、私は気付きました。 ゆうぎりさんと私は同い年ですが、私だけ『ちゃん』付けなことに。 もしや同い年か年下と思われているのでは…? これは由々しき事態です。昭和のアイドルの沽券に関わります。 「純子ちゃん、お待たせー」 明日になったら年上の威厳を見せつけなければ。さくらさんに手を引かれながら私は心に決めました。 胸元にキノコのアップリケがついた愛用の割烹着を着て、私は台所に立ちました。 「あ、純子ちゃん早かね!わたしもすぐ用意するけんね」 さくらさんは胸元に『DOYANSU』と書かれたいつものピンクのエプロンを纏いました。 「今日のメニュー何にすると?」 「セールの豚肉を使ってとんかつにしようと思います。ソテーにしようか迷いましたが、  巽さんに伺ったら『んなもんカツに決まっとるじゃろがい』とおっしゃってました」 それを聞いたさくらさんは呆れ顔。 「幸太郎さん、胃あんまり強くなかのに揚げ物好きやね~」 「ふふ、男の子ですから仕方ありませんよ」 そんなふうにふたりで談笑しながらも、私は虎視眈々と威厳を見せる機会を伺っているのでした。 私がお米を研いでいる間、さくらさんはテキパキと豚肉を用意し初めます。 「…もし、わからないことがあったら聞いてくださいね」 「うん、わたしもトンカツ何回かしか作ったことなかけん、頼りにしとるよ!純子ちゃん」 トンカツ経験者なのは予想外でしたが、さくらさんに頼りにされました。 これは5,000年上ポイントですね。 「お味噌汁用意しました」 「ありがとう!わたし純子ちゃんのお味噌汁大好き!」 「キャベツ、刻んでおきますね」 「ありがとう純子ちゃん!」 衣をつけているさくらさんの横で、私は着々と年上ポイントを稼ぎます。 見せてあげます。これが伝説の昭和のアイドル、紺野純子の千切りです! キャベツはザクザクと小気味よく音を立てて千切りになっていきます。 「純子ちゃん、千切り早かね!」 さくらさんも驚きのこの早さ。ふふふ、これは10,000年上ポイント間違いなしです。 ザクリ。私が油断したそのとき、うっかり指に包丁の刃が当たってしまいました。 「痛っ…くありませんでした。死んでますから」 「大丈夫!?純子ちゃん!?」 「大丈夫です、少し切っただけですから」 私はそう答えましたが、胸中はあまり大丈夫ではありません。 「よかった、傷はあんまり深くなかね。ばってん指取れたら困るけん、絆創膏貼ろうね」 「すみません…」 いいところを見せようとして怪我をするなんて、情けない。年上ポイントは没収です。 落ち込む私の隣で、さくらさんは手早く作業を進めていきました。 あとはカツを揚げるだけ、というところでその手が止まります。 「純子ちゃん、わたし油飛び跳ねるの苦手やけん、揚げるのやってもらっていい?」 「えぇ、いいですけど…」 「よかったぁ…。揚げ物しとるとね、なぜかわたしの方ばっかり油が飛んでくるの」 そう言いながらさくらさんはお鍋の蓋を両手に持って防御を固めました。 私は一番小さい豚肉を掴むと、緊張しながらお鍋の前に立ちます。 「それでは、行きます。準備はいいですか?」 「うん、いつでもOKだよ!」 「たぁっ!」 気合とともに豚肉を油に入れると、飛び跳ねた油は狙いすましたかのようにさくらさんに飛びました。 さくらさんが囮になっている隙に私は次々とカツを揚げます。 「全部揚がりましたよ、さくらさん。お疲れ様です」 「…ハァ、ハァ…うん」 さくらさんは汗だくで肩で息をしていました。 「うわぁ、綺麗なきつね色!お店のカツみたい!すごかね純子ちゃん!」 さくらさんは目をキラキラと輝かせました。 「純子ちゃん、今日は色々任せちゃってごめんね」 「いえ、私の方こそ迷惑をかけてしまって…」 私は指の絆創膏を弄びながら、目をそらしてしまいました。 「そやんかもん全然迷惑じゃなかよ。純子ちゃんわたしよりお姉さんやけん、頼りにしとるとよ」 「…今のもう一度言ってもらっても…よろしいですか」 お姉さんと呼ばれたのが嬉しくて、つい口をついて変なお願いをしてしまいました。 「…純子お姉ちゃん!」 一瞬の戸惑いの後、さくらさんは朗らかな笑顔で答えてくれました。1億年上ポイントです。 おしまい >>純子お姉ちゃんが揚げたとよ! >慌てるきのこを見て察したサキちゃんはニヤーッて顔になりそう 「へぇ、さすが純子姐さん!料理上手かとやな」 「純子お姉ちゃんこのカツ、サクサクだよ!リリィほっぺた落ちそう!」 「さすが純子姉よね。お肉が引き立ってて美味しいわ」 「わっちは初めてのカツレツが純子姉の手作りで幸せでありんす」 「ジュンゴヴェェ」 俺はゾンビィたちのニヤニヤとした視線に気付く。 バトンがこちらに回ってきたということだろうか。 さくら、助けてくれとアイコンタクトを送ろうとしたが、明らかにさくらが一番期待している。 純子、俺は言わんでもよかやろ、と思ったが、赤くなってモジモジしている。 俺はゴホンと咳払いをした。やってやる。 「じゅ、純子姉ちゃんの飯が食えて俺は幸せもんじゃい」 その瞬間、赤さの限界を超えた純子から大量の胞子が吹き出した。 こうして世界は腐海に飲まれたという。 ************************************************************************************************* 069.愛 押し花 ゾンビィたちの寝室にある、大きな本棚。 彼女らが目覚めたばかりの頃は分厚く小難しい本で埋め尽くされていたが、 今は、出版社も号数もバラバラのファッション誌、可愛らしい小物、数十年以上前の流行本や、 広げた扇子、古いレコードなどが雑多に置かれている。 元々あった本で倉庫行きを免れたのは、リリィ愛読の重機図鑑と分厚い佐賀の郷土史のみである。 目を覚ました水野愛は、軽く伸びをすると、本棚からこっそりと郷土史を引き抜く。 付箋に今日の日付を書き込むと、新たなページに貼り付けた。 枕元に落ちた花を拾い集めて、なけなしの小遣いで買った押し花用乾燥シートと共に本に挟み込む。 押し花づくりは生前からの愛の秘かな趣味であった。 押し花を見れば、日記よりも鮮明にその日を思い出すことが出来る。 武道館でセンターを飾った翌日に作った鮮やかな押し花は、目を閉じると今も思い描けた。 もっとも、現物は何も知らぬ両親が処分してしまったであろうが。 しかし、愛はそのことを残念だとは思わなかった。 ここでなら、みんなとなら、もっと綺麗な花を咲かせることが出来るのだから。 ************************************************************************************************* 070.幸さく さくら日記その2 ○月×日△曜日  天気 曇 今日、蛍光灯が切れた。 倉庫を探したらちょうど予備がなかった。持っとらん。 幸太郎さんに相談して近所の電気屋さんに買いに行くことになった。 もっと大きかところに車で行ったほうがよかですよ、と言ったら 『小さな商店との繋がりがご当地アイドルには必要なんじゃい』と怒られた。持っとらん。 電気屋さんは海外旅行が当たったそうで、臨時休業やった。持っとらん。 別の電気屋さんに行く途中、犬に吠えられた。持っとらん。 ビックリしたわたしは、幸太郎さんの陰にずっと隠れとった。 『ロメロにコテンパンにされた犬が逆恨みしとる』と幸太郎さんが言っとった。 犬から離れてもしばらく不安で、幸太郎さんにしがみついとったら 『歩きづらいじゃろがい』と怒られた。持っとらん。 ばってん、代わりに手を握ってくれた。持っとるかも。 次の電気屋さんで蛍光灯を買ったあと、さり気なく手に触ったら、そのまま握り返してくれた。えへへ。 明日もトップアイドル目指して頑張れわたし! 蛍光灯が切れたとさくらに相談された。 まだ替えたばかりだと言うのに、あいつの『持っとらん』パワーのせいだろうか。いや、考え過ぎか。 営業も兼ねて近所の電気屋に向かったが、留守だった。 そういえば商工会の集まりで懸賞で海外旅行を当てたと噂されていた気がする。 自分の迂闊さが少し嫌になる。 しょうがないので別の電気屋に向かうことにしたが、いつだかのバカ犬が今日は偉く調子に乗っとった。 以前ロメロにあれほどビビらされた癖に、さくらを怯えさせおって。 明日小一時間ほどあのあたりでロメロと散歩しよう。 俺のさく(左記の文章は激しく塗りつぶされている) うちのアイドルに吠えかかることがどれほどの罪か教えてやらねばならない。 さくらはひどく怯えていたようなので手をつないでやった。 プロデューサーとしての当然のメンタルケアだ。 だが、帰りも不安だったようでまた手を握りたがっていた。 …あのバカ犬にお灸を据えるには小一時間では足りないかもしれない。 ************************************************************************************************* 071.幸さく 歌詞 「…幸太郎さん、この歌詞ストーカーっぽい…」 「なんじゃい、秘めた恋よかやろがい!」 「『君を支えたい』とか『見守っていたい』とか引っ込み思案な上に重すぎますよ。 わたしはもっと『君に口づけしたい』とか『繋がっていたい』とかストレートな方が…」 「ふん、下半身直結エロゾンビィめ」 「な、わたしのどこがどすけべどやんすボディですか!」 「言うとらんわい!だいたい繋がるってどこで繋がるの?ほれ、言うてみい…」 「それは…その…お…」 「お?」 「お、お手手、とか」 「はいはいやーらしかやーらしか。お手手ぐらいいつでも繋いだるわーい!ギュッとな!これで満足かい」 「…はい、まぁ…えへへ」 「…なんじゃい、そのリアクション。純情娘かい」 「そやんかこと言うて幸太郎さんやって真っ赤やなかですか!」 「ぎゅーらしかのぉ!仕事出来んじゃろがーい!」 ************************************************************************************************* 072.幸リリ 図書館 「たつみ、今日も運転よろしくー」 「あのな、俺は俺で仕事があるんだ。わかっとるんか」 後部座席に本が入ったリュックを置くリリィに、巽はため息を吐きながら言った。 「たつみが自治会館の寄り合いに参加するから、リリィはそれに便乗して図書館に行く。  わかってるよ。わかった上でたつみをからかってるの」 リリィはペロリと舌を出しながら、小悪魔のように笑った。 慢性的なお小遣い不足に喘ぐゾンビィ達にとって、図書館で借りる本は数少ない娯楽である。 巽のカードでひとり一冊本を借りて、大事に大事に読み進めるのだ。 ちなみに『巽幸太郎』名義のカードを入手するまでに巽は並々ならぬ苦労をしたのだが、 長くなるので割愛する。 しばしのドライブのあと、車は目的地に到着した。 「…少し早く着いてしまったな」 「そうだね、うん…しょっ」 リリィが気合を入れてリュックを背負おうと持ち上げる。 7人分の本ともなると結構な重量だ。 そんなリリィを見かねて、巽はひょいとリュックを取り上げた。 「うぉ、結構重いな」 「もー!返してよたつみ!リリィそのくらい持てるよ!」 「ざんねぇ~ん、こんな重いもんは裏方が持つっていうのが芸能界の掟ですゥ~」 なんとかリュックを取り返そうとするリリィを押さえつけながら巽がからかう。 「寄り合い遅刻しちゃうよ!」 「まだ時間あるわい。返却ぐらい手伝っちゃる」 なにか言いたげなリリィを置いて、巽は図書館へ歩き出した。リリィはパタパタとその後を追う。 「たつみぃ」 「なんじゃい」 「ありがとね」 リリィは天使のように笑った。 「お、おう」 巽は照れくさそうに頬を掻いた。 「じゃあ、また後でな」 「うん、またね」 リリィは巽を見送ると、ポケットから取り出したメモを手に書架検索用端末の前に座った。 「『燃えよ剣 下巻』…よかった、あった。ゆぎりん続き楽しみにしてたもんね。  『騎士団長殺し』…村上春樹の本かぁ。さくらちゃんファンタジーだと思いこんでたけど大丈夫かなぁ。  サキちゃんの『チャンプロード 97年10月号』は取り寄せてもらったから後でカウンターで借りるとして  『焼肉の文化史』…ねぇよ、そんな本。…うわぁ、あるんだ…。  『ときめくきのこ図鑑』…純子ちゃんのキノコは載ってないと思うけどなぁ。  あとはたえちゃんとリリィのぶんだね」 リリィはそれぞれの本の場所をメモに書き足すと、手始めに歴史小説コーナーへ向かった。 小一時間後。寄り合いを終えた巽はリリィを迎えに図書館に戻った。 どこにいるか探そうと思った矢先に、絵本コーナーで難しい顔をするリリィを見つけた。 「なんじゃい。絵本借りるんか」 「たえちゃん用だよ。リリィのはこっち」 リリィはリュックに入れた『巨大重機の世界』を指差す。 「さくらちゃんが最近読み聞かせやってるの」 「読み聞かせ、か…」 「読み聞かせで子供人気をゲットじゃい!って思ってるならやめたほうがいいよ」 巽の思案を、リリィがピシャリとはねのける。 「ちっちゃい子はベタベタ触ってくるから、すぐメイク落ちちゃうもん」 「なるほどな…」 年下との共演回数も非常に多いリリィのアドバイスである。巽はうなずいた。 「たえちゃんロメロと仲良しだから、このワンちゃんの本にしよっかな」 リリィは『どろんこハリー』という本を手にとった。 カウンターで本を借りたふたりは、どちらがリュックを持つかでまた少し揉め、折衷案をとることにした。 「この持ち方、結局俺が重いだけじゃろがい」 「細かいことは気にしない、気にしない」 ふたりでリュックの肩紐を片方ずつ掴みながら、リリィと巽は車に向かうのだった。 おしまい ************************************************************************************************* 073.ねこゾンビさんとしおり+α 「お掃除を終えたねこゾンビの純子さんは、飼い主さんの書斎へ行きました。  そこにはたくさんの本があります。おうたの本や踊りの本、お料理の本やいろんな物語。  英語の本や、見たこともない文字で書かれた本、難しい本も置いてあります。  飼い主さんのお出かけ中は、ここで本を読んで待つのが純子さんのマイブーム。  今読んでいる恋愛小説がちょうど大詰めなので、お掃除の間も続きが気になって仕方ありませんでした。  ねこゾンビ舌でも飲みやすい、ちょっとぬるめの紅茶を用意して、  飼い主さんがいつも使っているちょっと大きな椅子に座って純子さんは本の世界にのめり込みます。  ロマンチックで可憐なお話に、純子さんはため息をついては紅茶を飲んで、また本を読みます。  いいにゃいいにゃあ。わたしもこんな恋がしてみたいにゃあ。  そんなことをつい呟いてしまった純子さんはひとりで真っ赤になりました。  ジリリン、ジリリン。黒電話のベルが大きな音で鳴りました。  はぁい、いま行きます。  純子さんは本を閉じると、電話のあるリビングへ向かいました。  『おぅ、純子。お留守番ありがとうな。今日はたくさんキノコを頂いたから、晩御飯はキノコ鍋じゃい』  『にゃあ、みゃーん』  はい、腕によりをかけて美味しいおにゃべを作ります。  純子さんは元気満々で答えます。  『今からお鍋がたのしみじゃい。じゃあもう少ししたら帰るけん、待っとってくれ』  『にゃあ♪』  お待ちしています。  飼い主さんのじゃいじゃい元気なお声が聞けて、純子さんはウキウキ書斎へ戻りました。  ですが、書斎に入った純子さんはお耳をぺったり。悲しくなってしまいました。  急いで本を閉じてしまったので、栞を挟み忘れていたのでした。  せっかく盛り上がるところだったのに、どこまで読んだかわからにゃくなっちゃいました…。  落ち込みながら本を持つと、見たことがない濃い紺色の栞が挟まっていました。  栞が挟まっていたページをめくると、ちょうど純子さんが読んでいたページ。  紺色の栞には、可愛らしい、黄色い小さな押し花で飾られていました。  どこか遠くで『まったく…』と呟く声が聞こえてきたので、純子さんはお耳をピンと立てました。  きっと黒ねこゾンビさんのおかげです。  純子さんはお家の中を一生懸命探しましたが、黒ねこゾンビさんは見つかりません。  お家の中を一周りして、書斎まで戻ってきてしまいました。  にゃんとかお礼を言えにゃいかしらん。  しっぽをゆらゆら揺らし、ウンウン唸って悩んだ純子さんは  お家のどこでも聞こえるように、大きな声で、ねこゾンビ語で言いました。  『いつか、いっしょに紅茶を飲みましょう。美味しいお茶菓子も用意しておきますにゃ』  純子さんの目の前に、可愛らしい黄色い花びらがひらひらと降ってきました。  純子さんが花びらにねこゾンビパンチをしていると、書斎の外から声が聞こえました。  『その本を読み終わる頃にまたお邪魔するわ。面白かったらおすすめしてよね。   それと、お茶菓子忘れずにね』  『はい、美味しいお菓子を用意して待ってますにゃ』  純子さんは、本を読み終えるのが前よりもっとたのしみになりました。    おしまい」 さくらが本を読み終えた頃には、たえが膝枕でヴァーヴァーと寝息を立てていた。 「やーらしか寝顔やね…」 たえの髪をそっと撫でると、たえは甘噛するように口をむにゃむにゃと動かす。 「うふふ。あ、純子ちゃん、本ありがと…寝とる…。えぇ、もしかしてみんな…?」 さくらの前に並んで読み聞かせを聞いていたゾンビィたちは、皆いつの間にかすやすやと寝入っている。 「もう、みんな先に寝んでもよかでしょ…」 さくらはたえの頭をそっと持ち上げると、枕に寝かせてやる。 不満げに唇を尖らせながらも、みんなに布団を掛けて回った。 並んで眠る皆を見て、さくらはふと思い出す。 「こやんか感じで皆で集まっとるとアルピノ前にみんなで寝たのを思い出すなぁ…」 一月前の思い出が、昨日のことのようにも、何年も前のことのようにも感じられた。 あの頃は記憶をなくしていたので戸惑いしかなかったさくらだが、今は胸にあたたかさを感じていた。 たえの隣、みんなの真ん中で布団に包まったさくらは、あたたかな気持ちで眠りに就くのだった。 おしまい ************************************************************************************************* 074.幸さく ケーキ 「なぁ、さくら。もう限界やけんコンビニでも行こうや」 「ダメだよサキちゃん。幸太郎さんが『腹減らして待っとらんかーい!』って言うとったでしょ」 「ケッ!」 サキは不満げに布団に倒れ込んだ。 今日の夕飯を軽めに済ませたフランシュシュは、飢餓感に襲われていた。 彼女たちはすでに死んでいるため、本来であれば食事を取らなくとも問題はない。 しかし、『巽がなにか美味しいものを用意しているのではないか』という期待が、 彼女たちに耐えようのない『飢え』を生むのだ。 「これで『今日のイカゲソは特注品じゃい』なんてオチだったらどうするのよ…」 「もしそのようなオチでしたら一週間くらい巽さんのオカズだけ半減の刑です」 「リリィご飯抜きでもいいと思う」 ゾンビィたちは明らかに苛立っていた。 一見動じていないように見えるゆうぎりも、明らかに喫煙量が増えている。 たえに至っては、ここ数時間ずっとさくらと純子に交互に噛み付いていた。 「たっだいま~♪」 ほろ酔いで千鳥足の巽を出迎えたのは殺気立った14の紅い瞳。 「な、なんじゃい。『おかえりなさい♪』くらい返さんかい」 「幸太郎はん。わっちらを待たせた責任を取るのが先でありんしょう」 「アッハイ、スミマセン」 幸太郎は縮こまりながら、背後に隠していた紙箱をゾンビィたちに見せつける。 「お前らを待たせた理由は…ダラララララララ、ダン!これじゃーい!」 巽の口ドラムロールに殺意のメーターが振り切れかけていたゾンビィたちの鼻腔を甘い香りがくすぐった。 紙箱のなかには色とりどりの7種のケーキ。どれも宝石のように輝いている。 「わっ私たちを待たせといてケーキ一個でどうにかなると思ってんの!?」 頭の花を満開にさせた愛が、ニヤける顔面を力づくで押さえつけて叫ぶ。 巽はニヤリと笑った。 「ケーキ一個じゃ不満か?」 「え…」 7体のゾンビィが生唾を飲む音がシンクロする。 「ケーキは…ふたつあった!」 巽がもうひとつの箱を取り出す。中にはまた別のケーキ7種。 ゾンビィたちの巽への殺意は完全に反転した。 「私、お紅茶用意します!」 なんとか正気を取り戻した純子がふわふわとした足取りで台所へ向かう 「わたしも手伝うよ純子ちゃん!」 「待て、純子、さくら!紅茶用意してくれるんやったら先選んでよか!」 そんなさくらを手伝おうとするさくらと、気遣うサキ。 サキの鶴の一声に異議を唱えるメンバーもいない。 このような状況でもチームとして円滑に動くフランシュシュを見て、巽は満足げに頷いた。 ------------------------------------------------------------------------------------------------- 濃いめの紅茶と、甘いケーキ。ゾンビィたちはケーキに舌鼓を打つ。 そんなゾンビィたちの輪から外れたところで、巽はロメロに犬用ケーキをやっていた。 「ほれほれ、美味いじゃろ?」 嬉しそうにひと鳴きしたロメロを巽は優しく撫でる。 「幸太郎さん、どやんしたとですか?このケーキ」 巽のもとに来たさくらのケーキは、いろんなところを切り取られてズタボロになっていた。 「お前こそ、どうしたんじゃいそのケーキ」 「みんなで交換しながら食べとったらこやんか惨状に…」 困ったように笑いながら、さくらは巽の隣に腰掛けた。 「で、どこで買ったとですか?このケーキ」 「…東京から故郷に戻ってきたパティシエと飲み屋で意気投合してな。今後の宣伝料として頂いてきた」 「なるほど…ところで幸太郎さんはその人のケーキ食べたとですか?」 「いや、まだだが…」 「じゃあ、はい。あーん」 「はぁ!?」 突然ケーキを差し出された巽は戸惑った。 「プロデューサーが味も知らんケーキの宣伝するのは不誠実ですよ!あーん」 「たしかに一理あるが…、自分で食うわい」 「あーん」 一歩も引かぬさくらと後退りし続ける巽。 「今日もお仕事見つけてきてくれて、ケーキまでもらってきてくれて。  わたし、こやんかことでしか返せんけど、幸太郎さんにお礼がしたかとですよ」 観念した巽は、ケーキを頬張る。 「…これは美味いな」 感心する巽を、さくらは幸せそうに見つめていた。その隙をついて、巽がケーキとフォークを奪い取る。 「ほれ、今度はお前があーんせんかい」 「えぇ、でもそしたらさっきのがお礼にならんっちゃなかですか!」 「礼は出世払いで返さんかーい!」 巽はケーキを置くと、さくらの顎を掴み、ゆっくりと口を開けさせてケーキを放り込む。 「…今の、反則です」 「そんな真っ赤になって怒らんでもよかじゃろがいムグッ」 さくらは間髪入れず巽の口にケーキをねじ込む。結局、ふたりは残りのケーキを食べさせ合うこととなった。 おしまい ************************************************************************************************* 075.幸さく お花の種 さくらは不機嫌そうに窓から空を眺めていた。 ランニング開始五秒で両足の靴紐が断裂し、 慌ててしゃがんで膝に頭をぶつけた挙げ句、天気が急変しゲリラ豪雨に見舞われた。 ショックからなんとか立ち直り、家に戻ろうとしたところで車に水しぶきをかけられた。 皆も同情したのか、今日はレッスンを休ませてもらえることになった。 しかし、こんな持っていない一日に一体何をやればいいのだろうか。 館内を歩けば廊下の床板を踏み抜きそうだし、 なんとなくテレビを見ればうっかり『ミスト』のような後味悪い映画を見てしまう。 そんな嫌な予感から現実逃避しようと空を眺めていたが、 ジワジワと黒い雲が広がって行くのがよく見えた。 「持っとらん…」 いっそこの窓の桟でも外れて、真っ逆さまに落ちれば悲惨すぎて笑えるだろうか。 そんな昏い考えにくつくつと喉を鳴らす。 笑っていると、なぜだか涙がこぼれそうになってきたので、さくらは振り返り自室へ向かおうとした。 「ふぎゃ」 「うおっ」 振り返りざま、何かにぶつかる。 「…持っとらん」 「気をつけんかいボケェ~」 さくらは怒る巽を嫌そうに一瞥すると、横をすり抜けるための道を目で追う。 ふと、視界に見慣れぬものを見つけた。 「園芸本と、お花の種…?なんでこやんか時期に?またなんかお仕事ですか?」 そやんかお仕事増やして大丈夫ですか?と言おうと思ったが、 とてもそんな素直に心配が出来る気分ではなかった。 「…フン、教えてやらんわい」 不機嫌そうに吐き捨てる巽にさくらはムッとした。 「そうですか。わたしも別に知らんでもよかですよ」 ぶつかった自分が悪いのはわかっている。心配したのも伝わっているはずがない。 それでもイライラしてしまう自分の身勝手さが、更にさくらの虫の居所を悪くしました。 拾った園芸本と花の種を巽に乱暴に投げ渡すと、さくらは廊下を歩く。 窓の外のどんより曇っていく空が憎らしく、目を伏せる。 洋館の殺風景な庭が目に入った。 「あ…」 さくらの記憶の扉が開いた。 ある秋の日。さくらは窓から景色を眺めていた。 その日は風が気持ちよく、上機嫌だったのを覚えている。 そのとき通りがかった巽に、さくらはなんとなしに話しかけたのだった。 『幸太郎さん、お庭にお花とか植えてよかですか?』 『秋に植えてどうするんじゃい』 『春になったらですよ!』 『わかっとる、わかっとる。機会があったらなんかもらって来てやるけん楽しみに待っとれ』 「思い出しよったか、この忘れんぼゾンビィめ」 巽が背後から回想に割り込んだ。 「あ、あの…ごめんなさい。わざわざ用意してくれたとやのに…」 巽はさくらの頭を掴むと、グイグイ揺すった。 「お前はすーぐ記憶どっかやるから期待なんてこれぽーっちもしとりましぇーん!」 「で、でも…」 「お庭にお花咲かせとる暇があったら佐賀にどでかいアイドルの花咲せんかい!」 「…そやんかお仕事増やして大丈夫ですか?」 さくらが言えなかった言葉を絞り出す。 「俺がやらなきゃ誰がやるんじゃい」 「わたしたちです。お庭に花も咲かせられんアイドルに、  他県からもよく見える大輪のアイドルの花が咲かせられるわけなかでしょ!」 雲は散り、いつしか空は晴れ渡っていた。 「ふっ、その意気ださくら!春になったら見事花を咲き誇らせてみんかい!」 「はい!」 さくらは巽から園芸本や花の種を受け取ると、嬉しそうにレッスンルームに駆け出していった。 巽は未だ知らない。数カ月後には異常繁茂した花々によって洋館が埋め尽くされることを。 ************************************************************************************************* 076.幸さく プリンとおでん やっほー!みんな元気?さくらだよ! 夜中に突然プリン食べたくなることって無い?あるよね? さくらちょうどそんな気分になっちゃって こっそり夜中に自分でメイクして来ちゃいました深夜のコンビニ! 最近のコンビニスイーツすごかよね! プリンだけでも何種類もあって目移りしちゃうのにシュークリームやケーキまで! さくら期間限定って見ちゃうと確かめなきゃ~って思っちゃうけど、 久々のコンビニ、やっぱり定番がよかかな?どやんすどやんす~!? あ、あとアイスも忘れちゃいけんよね! ゾンビやけん、体冷えても大丈夫だから冬場のアイスも余裕で食べれちゃう! でもおでんやホットスナックもよかよね!寒い季節はやっぱりあったかいもの食べたくなるけん! それとコンビニコーヒー! 死んどった間に増えたけん淹れ方わからんとやけど幸太郎さんなら知っとるかな?今度聞いてみよ! そんなこんなでしばらく迷って、質より量のでっかいプッチンプリンとおでんを買ったわたし! 迷いすぎてお天気変わっちゃって、帰りに雨に降られちゃいました! わたしは公園の遊具で雨宿りをしていた。外はざんざんと雨が降り続いている。 公園近くで雨が降ってきたのはなかなか持っとると思う。 …そもそも急な雨に降られるのが持っとらんのだけど。 せめてコンビニにいる間に降り始めてくれれば、ビニール傘でも買ったとやのに。 出費は痛いが、ばってん、メイクが落ちない安心感には代えられん。 おでんの入った袋で暖を取る。 体温のないゾンビの身体のせいか、このあたたかみが人間の頃より心強く感じられた。 ぐぅ~~~~~~~~きゅるるるる~~~~~~~~。 お腹がはしたない声で鳴いた。誰にも聞かれとらんでよかった…。 「おでん、たべちゃおっかな。うぅん、やっぱりやめとこう。これは…」 「ワン!」 「うひゃあ!…ロメロ?」 ロメロが人懐っこくしっぽを振りながら遊具へ入ってきた。 「迎えに来てくれたと?ごめんねこやんか雨の中」 「まったくだ」 「ロメロ、幸太郎さんみたいな声しとったと!?」 「俺じゃーい!本人も一緒に来とるんじゃーい!」 遊具の外で、幸太郎さんが予備の傘を持って立っていた。 「す、すみません…」 「深夜外出禁止とまでは言わんが、せめて雨具を携帯しろ」 幸太郎さんが差し出してくれた傘を受け取る。 「ごめんなさい、天気予報が明日までずっと晴れとるって言うとったけん…」 わたしは傘を開こうとする。 「予報は予報だ。時には外れる…って何やっとんじゃい」 「幸太郎さん、この傘壊れとる…」 「…ウソん」 幸太郎さんに傘を返す。ウンウン唸って開こうとするけれど、やっぱり開かないらしい。 「曲がっとる…」 そういえば数日前、サキちゃんとリリィちゃんが傘をバット代わりに野球しとったっけ。 わたしはその事実をそっと胸にしまいこんだ。 幸太郎さんといっしょの傘で、洋館への道を歩く。 メイクが落ちているので早く帰ろうと足早に歩いているせいか、妙にギクシャクしてしまう。 会話もなくて、ちょっと気まずい。 でも…、こやんかときにふたりで楽しく語らうのもなんか、こう…。 「さくら」 「ひゃいっ」 うっかり声が裏返った。顔が熱い。 「ど、どうしたんじゃいお前」 「いやいやなんでもなかとですよ!?どうしました!?」 「…何買ったのか聞きたかっただけじゃい」 「プリンです。なんか食べたくなっちゃって。あとはおでん」 「食いしん坊め」 幸太郎さんがからかうので、わたしは少しムッとした。 「おでんはわたしのじゃなかですよ!  …幸太郎さんが起きとったらお夜食にでも、って思っとったのに」 「お前の金で買ったもんだ。お前が食え」 「わかりました。せっかく味がしみてそうな大根と卵にしましたけどひとりで食べちゃいますね」 幸太郎さんが生唾を飲み込む音が聞こえる。わたしは内心ほくそ笑んだ。 「…おう、勝手に食っとれ」 幸太郎さんはすねたようにそっぽを向いた。 「ウソですよ。迎えに来てもらったけん、半分あげます。わたしはプリンありますし」 「しかし、お前…。小遣いで買ったもんじゃろ」 幸太郎さんの意地っ張り。 『じゃあ、お小遣いあげてください』と言おうと思ったけど、それは少し意地悪がすぎる気がした。 そのとき、車が突然やってきた。幸太郎さんはわたしを庇いながら、道端へ避けた。 わたしは塀と幸太郎さんが作ってくれた壁に挟まれる。車はそのまま通り過ぎていった。 幸太郎さんを見上げたわたしは、なぜだか、目を閉じるのが自然だと思った。 そのときの、唇に感じた熱く柔らかい感触は、きっと忘れられそうもない。 おしまい ************************************************************************************************* 077.幸さく 熱に浮かされて ひやりとした空気が肌に触れて、わたしは目を覚ました。 「…おはようございます。幸太郎さん」 「おはよう。やっと起きよったか、ねぼすけゾンビィめ」 幸太郎さんはそういってわたしの顔をおもちを捏ねるように弄ぶ。 「幸太郎さんやってまだ着替えもしとらんでしょ…」 「今朝は余裕があるからな。お前の寝顔を見とったんじゃい」 「えぇ…気持ち悪…」 「…マジなトーンはやめんかい、傷つくじゃろがい」 そういって幸太郎さんはわたしの額を人差し指で小突く。 額の傷痕に、甘い痺れが走った。 「ぅん…」 「急にやらしか声出しよって…」 「傷痕って敏感なんですよ!ちょっと、っやめ、ん…いけんて…」 指で、舌で、幸太郎さんはわたしに意地悪をする。わたしも負けてられないので反撃に出ることにした。 結局、幸太郎さんは遅刻ギリギリになってしまった。ごめーんちゃい☆ ************************************************************************************************* 078.幸さく 熱が冷めなくて 「さくら、次水浴びいいぞー。あ、今日は風呂のほうか」 「サキちゃん、わかってて言っとるでしょ」 「へへ、バレたか。グラサン搾り殺すんじゃねぇぞ」 サキちゃんはキシシ、と笑ってわたしの肩を小突くと、愛ちゃんを探しに行った。 初めてのときにドタバタしたせいで、わたしと幸太郎さんの関係はすでに皆に筒抜けだ。 でも、変に気を遣われるよりは今くらいの距離感がちょうどいいのかもしれない。 湯船に浸かり、身体を温める。ゾンビィの体温より、人肌に近い方がいい。 幸太郎さんは『そんな気遣いいらん』と言っとったけど、 『お風呂で綺麗になってから抱かれたいとです』と言ったら赤くなって黙ってた。やーらしか。 準備を終えたわたしは幸太郎さんの寝室に向かう。 もう何度も入っとるけど、ノックするたびにちょっと緊張する。 部屋に入ると、幸太郎さんはジャケットとベストを脱いでベッドに腰掛けていた。 広げた両手に飛び込んで、きつく抱きしめてもらう。 すこし見つめ合ってから、挨拶代わりにキスを交わす。唇に触れるだけの軽いキス。 お互いのシャツのボタンをひとつひとつ外していく。徐々に幸太郎さんの厚い胸板が露わになる。 以前、そうやってシャツを脱がせるときが一番好きって言ったら変態扱いされたとやけど、 それ以来毎回シャツを脱がせてくれる。 そういうところ好いとーよ。 わたしが幸太郎さんの胸板にほっぺたをつけている間に、 幸太郎さんはブラのホックを外して、胸を露わにする。ブラがないと少し重い。 表情を変えてないつもりだろうけど、胸見とるとき鼻の穴ちょっとひろがっとるよ、幸太郎さん。 メイクしとるときはまだ誤魔化せるレベルとやのに。 昔はこの胸、邪魔くさくて嫌いとやったけど、幸太郎さんが喜んでくれるのを知って好きになれた。 お礼を言う代わりに、身体にぎゅっと押し付けてあげる。 どちらが求めるでもなく、キスを交わす。今度は、深く、熱いキス。 幸太郎さんが手持ち無沙汰にしとるので、手をつかんで、わたしの胸にあてがう。 いつでも触ってよかよ、っていつも言うとるのに変なところで恥ずかしがり屋。 そこが幸太郎さんらしくて、好き。 邪魔になったのか、幸太郎さんはサングラスを取る。 本当はキスするとき邪魔だし、きれいな目が見れんけん早く外したいとやけど、そこは我慢。 あのサングラスは、『巽幸太郎』としての最後の砦。 幸太郎さんが、『乾くん』も含めてわたしにさらけ出してくれるまでは、軽々しく触れられない場所。 幸太郎さんの心には、ずっと棘が刺さっている。 その棘は、まだ根深くてわたしといるときも、ふとした瞬間に幸太郎さんを傷つけている。 普通の高校生の乾くんが今の幸太郎さんになった過程で、きっと色々な傷を負ったのだろう。 この世の理を歪めて、死者を蘇らせる罪の重さはどれほどだろう。 その傷をわたしが全部癒せると思うのは傲慢だ。 でも、今のわたしが幸せだよ、ということだけは伝えたい。 あなたに愛してもらって、ひとつになれて。 声で、身体で、伝えたい。 「好きです、幸太郎さん」 「俺もだ、さくら」 幸太郎さんが我慢の限界のようなので、ベルトに手をかける。 最初は苦戦したとやけど、もう何度も外したのでお手の物だ。 露わになったそれは、いつ見ても妙ちくりんで、ちょっとおもしろい。 「俺の息子になにすんじゃい」 ついつい指でいじめていたら、幸太郎さんに怒られた。 「どやんして息子なんですか?」 「男にとってはそれくらい大事な物なんだ」 真顔で言われたけど、よくわからん…。 幸太郎さんの前に膝立ちになり、下着を脱がせてもらう。 さっき履き替えたばかりなのにもうびしょ濡れでちょっと恥ずかしい。 ばってん、直接舐めてもらわんといけんよりはずっといい。 ネットで見たエッチな動画では舐められるのが当たり前みたいだったけど、わたしは無理。 恥ずかしさで死んじゃう。死んどるけど。 膝立ちの体勢から、幸太郎さんの上に座り込む。 少しずつ中が押し分けられて、ちょうど奥の当たりで止まる。 お湯であたためたとは言え、わたしの身体より幸太郎さんの体のほうがずっとあったかい。 内側からじわじわと熱が伝わるこの感覚が、好き。 「今日は、わたしから動いてよかかな?」 「お、なんじゃい。珍しいな」 ゆうぎりさんに教わったやり方で、腰をゆっくりと、回すように動かす。 幸太郎さんが気持ちよさそう顔をするので、お腹に少し力を入れて、締める。 ピクン、と少し跳ねるのを見ると、悪戯がうまくいったようなそんな気持ちになる。 「幸太郎さん、大好き」 両手の指を絡めて、そう囁く。 「…さくら」 幸太郎さんがわたしの口を強引に塞ぐ。 わたしは舌を絡め返すけど、『好き』と返してくれなかったことが悔しい。 幸太郎さんが口を離すと、唾液が糸のように引いて少し恥ずかしかった。 「俺も大好きだ、さくら」 あとから不意打ちなんて、ズルすぎ。 幸太郎さんにギュッと抱きついて、わたしの心音を聞かせる。 聞いて、感じて!わたしの、動かんはずの心臓、幸太郎さんのせいでこやんかことになっとる! 幸太郎さんがわたしの頭を軽く撫でた。いつもの合図。 え、今ダメ、おかしくなっちゃう。 言う暇もなく幸太郎さんはペースを上げた。 わたしの口から吐息だか喘ぎ声だかわからん言葉がたくさん漏れる。 なんども肌をかさねたから、よわいところ、ぜんぶ、しられとる。 かんがえるよゆうが、だんだん なくなってくる。 あ、だめ、うごき、はや…。 すき だいすき あいしてる こうたろうさん いきたい いっしょに 頭がくらくらするし、視界はなんだかちかちかする。 幸太郎さんとわたしの繋がりが外れると、ゴポリと白い液が流れ出た。 「たくさん、出たとですね」 わたしは息も絶え絶えに言った。息絶えとるけど。 「…お決まりの台詞いいよって」 「え!?そうなんですか!?」 「さくらお前喘ぎ声大きすぎじゃい、耳キンキンする」 「だって、幸太郎さんががばい気持ちよくするけん!」 自分がとんでもないことを言ったことに気付くのに時間はかからなかった。 幸太郎さんがニヤニヤしてからかおうと口を開いたので、わたしは飛び起きて唇で黙らせる。 互いの舌で舌を撫で回す。ちょっとくすぐったい。 唇を離すと、幸太郎さんはわたしの額の傷痕にそっとキスをした。 「ぅん」 「無理矢理黙らせた罰じゃい」 幸太郎さんが部屋の一人用冷蔵庫から飲み物を取る。 みんなには色々バレとるけど、このときわたしだけジュースをもらってることだけはバレとらん。 ほんのちょっと優越感。 「あ、幸太郎さんまた炭酸水飲んどる」 「悪いか」 「悪か」 「お前まだあんときのこと根に持っとるんか?」 「最高に盛り上がっとるところにゲップ吹きかけられて根に持たん子がおったら会ってみたいですよ」 幸太郎さんにもたれかかりながら鍛えられた筋肉をペチペチ叩く。かたい。 「なんでこやんか鍛えとると?」 「色々あるが…一番は死んどるときのお前たちを運ぶ必要があったからだな。  力の入ってない人体は重いけんな」 「へぇ〜」 相槌を打ちながら、わたしは身体から力を抜いて体重をかける。 そのままふたりでゆっくりベッドに倒れこむ。 ボフン。 「えへへ」 「おまえなぁ、水飲んどるときにやめんかい。こぼしたらどうするんじゃい」 「どうせ明日シーツ洗濯するとでしょ」 さっきのように互いに激しく求め合うのも好きだけど、 こうしてふたり抱き合いながらゆるゆると同じ時間を過ごすのも好き。 「おまえなんで事あるごとに俺の胸板叩くんじゃい」 「おっぱい星人なんです。幸太郎さんも同じ星のもとに生まれたけんわかりますよね?」 「ぜんっぜんわからんわい」 「幸太郎さん」 「ん?」 「愛しとる」 「俺のほうが愛しとるわボケェ」 おしまい ************************************************************************************************* 079.たえさく 抱っこ ある日の夜。 元気のありあまったたえちゃんはなかなか眠る事ができません。 ですが、外は風がビュービュー。雨はザーザー。たえちゃんはヴァーヴァー。 ロメロと遊びに出ることも出来ず、暇を持て余します。 「たえちゃん、みんな眠いけん大人しく寝ようね」 なかなか寝ようとしないたえちゃんにさくらさんはぷんぷんです。 「ヴァー…」 「うぅ~ん、そやんかこと言われても…絵本は昨日読み終わっちゃったし…」 さくらさんはこういうときお母さんがどうしてくれたか、記憶を遡ってみました。 「たえちゃん、こっちおいで」 「ヴァウァ?」 不思議そうに近付いたたえちゃんを、さくらさんはぎゅっと抱きしめます。 「眠れんときは抱っこするのが一番っちゃね」 さくらさんのどやんすとした抱っこに、たえちゃんはやーらかな気持ちになりました。 そしてそのまま、ふたりはすやすやヴァーヴァー眠るのでした。 ************************************************************************************************* 080.メガマガのインタビューを見て 車を洋館に止めるとゾンビィどもがワラワラと降りていく。 今日のイベントも盛況だった。手応えを感じ、つい口元が緩む。 「オイ、グラサン。ちょっとツラ貸せや」 背後から突然声をかけられて俺は顔を引き締める。 いつもならいの一番に車を降りるサキがまだ車内に残っていた。 「どうしたサキ。珍しい」 「…アタシらがライブ出て目覚める前にさくらだけ目覚めとったらしいな」 「あぁ」 「ライブに匹敵する刺激って、オメェ、さくらに何した?」 予想外の奴に痛いところを突かれ、心臓が跳ね上がる。 だが、俺は謎のプロデューサー巽幸太郎。一切の動揺を見せずに切り返す。 「ななな、なんじゃい急にぃ~!な、なんもやましいことはしとらんわい!ほんと、ほんとしてません…」 サキは深々とため息をつく。きっと煙に巻かれたに違いない。そうあってくれ。 「そのビビリっぷりじゃどうせ大したこと出来とらんな…。  ちゅーくらいしとっても許したろう思っとったとやのに、つまんねー」 膨れながら降りていくサキを俺はしょんぼり見つめることしか出来なかった。 ************************************************************************************************* 081.純さく 占い 今日は純子ちゃんとふたりで図書館当番。 みんなの分の本は確保出来たので、あとは自分たちの本を借りるだけ。 待ち合わせの時間を決めて、それぞれ図書館をぶらぶら散策。 小説コーナーに入ったわたしは、なんとなく見覚えのあるタイトルを手にする。 どこで見たっちゃやろ…。 パラパラとめくってみて、思い出した。 …これ受験勉強のとき過去問でやったやつ…。 げんなりしたわたしはその本を元の場所に戻し、辺りを見渡す。 あぁ、あの本も出たなぁ。あれも、これも。 まるで思い出の地雷原。もっとらん。 なんか明るい本とかなかかな…。 悩んだわたしにふとひらめきが舞い降りた。 子供の頃読んどった児童文学やったらこんな気持にならんで済むかも。 最近たえちゃんも読み聞かせ好きになって絵本の長さじゃ物足りんくなってきとるし。 わたしは軽い足取りで子供向けコーナーへ向かった。 子供向けコーナーに入ろうとしたとき、本棚を眺める純子ちゃんを見つけた。 その儚げな姿に、不意に陽の光が差し込んで、まるで一枚の絵のようだった。 「さくらさん、どうしました?」 わたしに気付いた純子ちゃんが微笑みかけた。 「うぅん、純子ちゃん綺麗やけん、見惚れとっただけ」 「やだ、もう。お上手ですね」 純子ちゃんはクスクスと笑う。やーらしか。 「純子ちゃんはなに見とったと?」 そこには、様々な占いやおまじないの本。 色あせてよれよれになった本や、割と新しいピカピカの本。 小学生向けの簡単で、あまり効果のなさそうなおまじないの本から、 持つだけでなんだか魔法が使えそうな重々しい雰囲気の本まで。 「女の子って、いつの時代も占いが好きなんですね」 本の背を撫でながら純子ちゃんが呟いた。 「そうやね、あ、これわたしが子供の頃流行っとった本!」 わたしは『動物占い』の本を手にとった。 「どういう占いなんですか?」 「生年月日で当てはまる動物を選ぶの、わたしはあんまり当たっとらんやったけど」 「そうですか?さくらさんって意外とこういうところありますよ?」 「えぇ、ホント?」 他の人に迷惑にならんように、ふたりで声を押し殺してクスクス笑う。 なんだか内緒話しとるみたいで、がばい楽しか。 それからふたりでいろんな本を見ては、みんなの結果を調べて、 的中具合にびっくりしたり、的外れな結果に必死に笑いをこらえたりした。 「そういえば、巽さんっていつの生まれなんでしょう」 「わからんっちゃけど、気になるね」 「そういうのを当てるおまじないとかないんでしょうか…あ、この本は…」 純子ちゃんは、古い手相の本を本棚から取り出した。 「読んだことあると?」 「いえ、昔、芸能界で手相を見てもらう人がよくいたのを思い出しまして。  私もいつか見てもらおうか悩んでいたのですが…」 「そういえばわたし、この線がば太かよ」 「あ、その線、私もかなりハッキリしてます」 わたしたちは互いの手のひらを見せ合う。ふたりに共通して太い、途切れのない線があった。 「この線、なんでしょうね」 「運命線とか感情線とかよく聞くよね」 わたしたちはドキドキしながら手相の本を開く。その線の正体は…。 生命線。 「手相は当たらんね」 「そうですね」 わたしたちは本をそっと棚に戻した。 おしまい *********************************************************************************************** 082.幸さく 鼓動 ドクン、ドクン。 幸太郎さんの胸に耳を当てて、心音を聞く。 わたしがもう持っとらん、生者の証。 「お前な、人と一緒に寝といて何寂しげな顔しとんじゃい」 寝とるはずの幸太郎さんが不機嫌そうな声をあげたので、わたしはビクリと身体を震わせる。 「…起きとったとですか?」 「心臓が動いてないのが嫌なのか?」 「…改めて死んどるって突きつけられるみたいで…わっ」 いきなり、幸太郎さんがわたしを抱きしめた。 「まだ『刺激』が足りんな」 唇に熱い感触。 柔らかな舌がわたしの中に入ってくるので、わたしも応える。 トクン、トクン。幸太郎さんの音とは違う、小さな鼓動が聞こえた。 そうだ。この人はいつもわたしに『音』をくれるんだ。 ありがとう、幸太郎さん。わたしは唇に感謝を込めた。 ゆっくりと唇を離す。離れていく感触が少し切ない。 わたしの心臓は、まだトクントクンと動いていた。 「動かんもんは動かせばいいだけじゃい」 幸太郎さんが自信満々のドヤ顔で言う。 「…うん、幸太郎さんのおかげ。ありがとう」 「…なんじゃい」 こやんかとき、素直に褒められると幸太郎さんはとっても弱い。そこがやーらしか。 幸太郎さんをぎゅっと抱きしめる。 「苦しいじゃろが」 そやんかこと言いながら、抱きしめ返してくれた。えへへ。 「こうしているととっても落ち着くんです…」 わたしは目を閉じて、腕の中の暖かさに意識を傾ける。 「…落ち着いたらまた心臓止まっちゃったけん、もう一回動かしてもらってよかですか?」 「この甘えんぼゾンビィめ」 わたしたちはもう一度、唇を重ねた。 *********************************************************************************************** 083.幸さく お手伝い 幸太郎さんがなんだかイライラしとるけん、甘い物を差し入れすることにした。 お盆にマグカップをふたつ、マシュマロが乗った小皿もふたつ。 前みたいにぶちまけんように、しっかり準備体操してから階段を登る。 無事、幸太郎さんの部屋に到着! 集中を途切らせんように、控えめにノックする。 「なんじゃい」 やっぱり、ちょっと不機嫌な声。 「幸太郎さん、飲み物持ってきたけん、飲みません?」 ドアを開けると、ソファに座った幸太郎さんが眉間にシワを寄せて資料の前でウンウン唸っとった。 ちょっと怖かばってん、勇気を出して幸太郎さんの取りやすい位置にマグカップを置いた。 資料から目を離さずにマグカップをつかもうとする幸太郎さんの手をマグカップに導く。 「これは、ココアか。美味いな」 幸太郎さんの険しい表情がやっとほころんだ。 「よかったぁ、マシュマロも入れます?」 「いや、そのまま食う」 マシュマロを口に放り込むと、また資料とにらめっこを始めた。 邪魔せんほうがよかかな。 「…さくら、ちょっとこっち来い」 「え?なんですか?」 自分用のマグカップを持ったまま去ろうとしたわたしを幸太郎さんが呼び止めた。 「ここ座らんかい」 幸太郎さんは自分の隣をポンポン叩く。 「お、おじゃましまーす」 「お邪魔じゃなくお助けせんかい」 ホントはちょっとドキドキしとったけど、その一言でドキドキはどっか行った。 「何をそんなに悩んどるんですか?」 自分で入れたココアをちょっと飲む。うまか。 「これを見てみい」 渡されたのは衣装のラフ。モチーフは和服。 「幸太郎さんが描いたとですか?絵もうまかとですね」 いつだかミーティングルームの黒板に描いとったへたっぴな絵が限界やと思っとった。 「俺が天才的デザイナーなのはこの際どうでもいい。問題はこの衣装がしっくり来んことじゃい」 資料をじっと見てみたけど、特に変なところはない。 「わたしはかわいいと思いますけど…。これも今すぐ着たいくらいとですよ」 「…な、なんじゃい!褒めてもなんも出んわボッケェ~イ」 幸太郎さんは頭をポリポリと掻きながらワタワタしてる。やーらしか。 サガロック以降、幸太郎さんがくれるステージ衣装はみんな楽しみにしとる。 いつもかわいくて、袖を通すたびにみんなで大はしゃぎして…。 「…あ」 「なんじゃい急に。…なんか思いついたんか?」 幸太郎さんがズズイっと顔を寄せてきた。 しかも、真剣な顔で。 ミーティングならともかく、部屋にふたりきりでそれはちょっとドキッとする。 …そうやなくって、気付いたこと言わんと! 「これ、またパニエなんですね」 パニエがキライなわけではないけど、わたしたちの衣装はパニエが多い。 せっかくの和服とやのに、パニエの辺りでシルエットが似てしまうのはもったいなく感じた。 「…パニエが多いのは理由があるんじゃい。アンスコだと、リリィの正雄がバレる可能性を排除出来ん…」 幸太郎さんは苦々しい顔で言う。 「なるほど、ゆったりした服ならわからんっちゃけど、下着は難しかですよね…」 わたしは腕組みしてすこし考える。 「リリィちゃんだけ別パターンに…」 「却下。これはゆうぎりメインの衣装だ」 それからわたしたちは額を突き合わせて話し合った。 わたしの素人意見はバッサリ切られることばっかりとやったけど、刺激にはなったみたい。 これからもこうしてお手伝い出来たら嬉しいな。 翌朝、わたしの横で寝とる幸太郎さんの寝顔を見てそう思うさくらなのでした。 おしまい *********************************************************************************************** 084.幸愛 お題:「二度あることは」「浪費」「共犯」 みんなが寝静まったのを確認して、私は布団を抜け出した。 なんとしても、アイツに会わなきゃ。誰にもバレないように。 体の奥が疼く。自分を抑えられる気がしない。 湧き出してくる肉欲に、つい舌なめずりをした。 「…遅かったな、愛」 「しょうがないでしょ、アンタと違ってバレないように抜け出す必要があるのよ」 悪態をつくけど、アイツには私の考えることなんてきっとお見通し。 それでも構わない。これは私達二人の秘密の…。 突然、目の前が真っ白になった。誰かが電気を点けたらしい。 「なんなの!?」 「それはこちらのセリフですよ、愛さん」 「ふたりで一体なんしよっと?」 しまった。 さくらと純子がすでに退路を塞いでいる。手には火かき棒と電動ドリル。 私と幸太郎は、台所に正座することになった。居間より床がヒンヤリしてて嫌なのよね、ここ。 秘蔵していたA5佐賀牛は純子に回収され、明日みんなの晩ごはんに生まれ変わることになった。 「幸太郎さん、今日胃薬飲んどったよね?深夜にお肉なんて食べれる身体じゃなかよね?」 「ハイ、オッシャルトオリデス」 さくらの迫力に押され、アイツが蚊の鳴くような声で謝罪する。 胃が悪いのに無理にサーロインを食べようとするから。 医食同源に則ってホルモンにしておけば胃も治るし、さくらの逆鱗に触れなかったのに。 そんなことを考えていたら、さくらがこちらに向き直った。 「愛ちゃん、これで二回目だよね?幸太郎さんお腹の調子悪いけん、お肉食べさせたらいけんよって言ったよね?」 うつむいて、床を見るしか出来ない。ハラハラと散った花びらが足元に落ちてきた。 花びらを見て思う。水野愛がこんなことでいいの?私はさくらを見据え、胸を張る。 「失敗とか後悔を全然ダメと思ってない。絶対次に繋がることだから、その先に誰にも負けない私がいる」 言い終わった瞬間、私の頭に深々と火かき棒が突き刺さった。 おしまい *********************************************************************************************** 085.リリィのひみつ 「リリィ、次水浴びいいわよ」 「はぁい☆」 愛ちゃんに声をかけられて、リリィは元気にお返事した。 リリィはみんなにお願いしてのんびり水浴びしたいって一番最後にしてもらってるの。 脱衣場…本当は脱衣所じゃないけど、で、ジャージを脱いで、ブラとパンツを脱いじゃう。 ブラを取ると、寒さと期待でおっぱいの先っぽが固くなってきた。 ぺったんこだけど、先っぽだけはぷくっと膨らんでる、 男の子と女の子のちょうど真ん中の、リリィのおっぱい。 本当は一時期だけしかこうならないんだけど、ゾンビだからずっとこの曖昧な状態のまま。 ありがとね、たつみ。 擦れると痛くなっちゃうからブラが必要だけど、ブラってかわいいの多くて大好き☆ そういえばゆぎりんはしっかりしたのつけてるから苦しくてキライって言ってたなぁ。 水浴び場で、軽く水を浴びたあと、大事なところから洗ってく。 まずは飛び出した心臓。…これ洗っていいの?って毎日思ってるけど、とりあえず洗っとく。 全身洗い終わったら、いよいよおたのしみ。 そっとぺったんこのおっぱいを揉む。 最初は心臓が邪魔だったけど、うまく避けて揉めるようになってからは 自分がどれだけドキドキしてるかわかるから、エッチに思えてきた。 ドキドキしてきたら、人差し指でそっと先っぽに触れる。 ぴくっと体が跳ねた。 今度は指でそっとつまんで、くりくりと刺激する。 おちんちんもこするときもちいいらしいけど、 クラスの男子たちがそんなネタで騒いでいたせいでかわいく思えなくてやる気になんない。 なんかバカっぽいし。 …たつみはおちんちんこするのかな。 「んっ…」 なんだろ、今すごいきもちよかった。 たつみでちょっとエッチな気持ちになっちゃったのかな。…なんかやだ。 サキちゃんみたいなガサツな子でも、こういう風に気持ちよくなるのかな…。 「ぅ…んっ…」 また、声出ちゃった。みんなも、水浴びのときこういうことしてたりして、この場所で。 みんなが、ここで。エッチなこと。 「ひぅっ…」 背筋に甘い電流が走って、のけぞった。2階の明かりが目に入る。 たつみのお部屋は見えないけど、たつみもお部屋でこっそりエッチなこと、してるのかな。 「みんなもエッチなこと、してるなら、リリィもエッチなこと、しちゃっていいよね…」 口に出してつぶやくと、もっと心臓がドキドキし始める。 リリィがこんなエッチなこと好きな子だってみんなが知っちゃったら、どうなるのかな。 あ、だめ、手とまんない。これが『イク』ってやつ? いっちゃったら、リリィ大人になっちゃうのかな? 『いやだ』『いっちゃえ』 頭の中でふたつの声が聞こえた気がした。 あ… 心臓が、今までで一番バクバクしてる。…ちげぇや、一番はガタリンピックでメイク落ちたときだ。 なんとか、今回は『イク』ギリギリで踏みとどまれた。 いっちゃったらもうリリィに戻れない気がする。ビビり過ぎかな? でも、今のこどもとしての星川リリィのアイデンティティがバラバラになっちゃいそう。 リリィの築いた大事な物を、全部自分の手で壊しちゃうことになる。 モンケーンで叩かれて、ショベルのフォークで引き倒されて、ハンマーで粉々にされるみたいに。 背筋にゾクゾクと甘い電流が走った。 「それって、すっごく気持ちよさそう…」 つい、舌なめずりをしてる自分に気付く。ダメダメ、かわいくない。 壊すにしても、みんなとの友情までは壊したくないし、それに不死身だから先はまだまだ永い。 身体をしっかり拭いて、たつみお手製のロメロパジャマに着替える。 鏡を覗くと、いつものとってもかわいいリリィがいた。 今のリリィがやっぱり一番マジカルかわいい。あと百年は大人の階段登んなくていいや。 おしまい *********************************************************************************************** 086.マジカルディティクティブリリィ 「幸太郎さん、おまめ食べません?」 お茶を淹れに台所まで降りてきたところをさくらに誘われた。 ちょうど小腹が空いていたのでもらうことにする。 渡された小皿から何気なく豆をひとつ、ふたつ、みっつと摘んでいく。 …待てよ?小皿の上の豆の数を改めて数える。ひーふーみー…24粒。 先程口にしたのを合計して27粒。俺の年齢ピッタリである。 周囲を見る。ゾンビィ共はこの部屋に集合している。これはまずい。 テーブルを見渡すと、大袋に豆がまだまだ入っている。まさに天佑神助。 小皿を掴み、ざっと口に流し込むと、袋をつかんで豆を皿に山盛りにする。 「あー!たつみ、おじいちゃんでもないのにそんなに食べちゃダメなんだよ!年の数だけにしなよ!」 「あぁ、そんな風習じゃったのぉ。すまんすまん。腹減っててつい、な」 リリィの怒りを自然にいなすと、俺は無心で豆を食べた。 …すこし食べすぎてしまったが、これも謎のプロデューサー像を保つため。 腹をさすりながら、俺は勝利の確信とともに部屋に戻るのだった。 「ダメだわ、私の動体視力を持ってしても袋から何粒取り出したかわからない…」 「えぇ、どやんすどやんす」 絶望的な雰囲気を醸し出す愛とさくらをリリィは冷ややかな目で見た。 「袋から何粒出したかなんてどうでもいいでしょ…。  いい?ふたりとも。たつみは途中で小皿の豆の数を数えて明らかに動揺してたでしょ。  そしてその後、不自然に豆をおかわりしてた。つまりたつみは今27歳だよ」 「リリィちゃんすごか!まるで名探偵やね!」 さくらは目を輝かせる。 「万が一かもしれないけど、本当にお腹が空いてた可能性はないの?」 「可能性は低いと思う。リリィが怒ったとき、たつみは『すまん』って言ってたよね。  たつみがわざわざ謝るなんて不自然じゃない?  本当にお腹へってたんなら『俺の勝手ですぅ~』とか言いながら食べてたはずだよ」 その頃、名探偵の推理で自分の素性が丸裸にされつつあることを知らぬ巽はすやすやと眠りに就いていた。 おしまい *********************************************************************************************** 087.幸さく 寝落ち 幸太郎さんとしとる最中、急に動きが止まった。 焦らされとるのかと思ったら、まさかの寝落ち。もっとらん。 幸太郎さんが仕事続きで溜まっとる言うとったけん準備したのに。 ひっぱたいて起こしてやろうかと思ったけど、寝顔を見てやめた。 こんなやーらしか寝顔しとる人を責める気なんて起きん。 しょうがないので繋がっとったところを拭いて、パジャマも着せて、添い寝することにした。 わたしだけだと幸太郎さんの身体が冷えるけん、湯たんぽを用意しに部屋を離れた。 戻ってくると、大いびきをかいとった。疲れとるときはよくあること。 身体を引っ張って、横向きに寝かす。重いとやけど、アンデッドパワーで頑張る。 幸太郎さんとわたしのお腹で、湯たんぽをサンドする。 幸太郎さんの寝顔をじっと見る。わたしは、幸太郎さんに罰を与えることにした。 そやんか風にせんと、この人はまた自分を責める。 判決は、ゾンビと添い寝の刑。普通の人なら震え上がるはず。 期間は、一生。 明日、どやんしてその刑罰に話を持っていこうか。そんなことを考えてたら、いつの間にか私も寝とった。 やらかした。 目が覚めて、さくらの顔が目に飛び込んできた瞬間、冷や汗が滝のように流れてきた。 普段頑張っているさくらに無理言って付き合わせたのに寝てしまうとは。 自分で自分を殺してしまいたい。 さくらにどうやって詫びるか。どうしよう。どやんす、どやんす。 俺の頭の中にさくらが湧いてきて全然考えがまとまらん。 このやーらしかゾンビィめ。俺はさくらの頭を撫でた。 あ、まずい。ちょうど目を覚ましよった。 さくらはいつもの寝起きのふにゃっとした顔をしとる。 これが憤怒の形相にいつ変わるのか。俺は戦々恐々とした。 さくらの眉毛が吊り上がったので、俺は覚悟を決めた。 「わたし、とっても傷ついたとですよ。  やけん、幸太郎さんには罰を与えます。ゾンビと添い寝の刑。期間は一生」 「いやご褒美じゃろがい」 反射的に言った俺も、言われたさくらも、みるみる赤くなっていった。 *********************************************************************************************** 088.幸さく お題:「落ちない汚れ」「握手」「宝箱・宝物」 蛇口を全開にし、勢いよく出た水に手を突っ込む。 いくら洗っても、手についた血と腐臭が落ちない。 源さんの、たえ先輩の、少女たちの、血。 『彼女たちの血がそんなに汚らわしいのか?』 鏡の中の俺が問いかける。 そんなわけがあるか。 俺の叫びは情けなく霧消する。 汚らわしいのは俺だ。 死を弄び、理を破り、命を軽んじた。 手のひらからまた腐臭が湧き出す。 腐っているのは俺だ。 この耐え難い臭いは、俺の穢れだ。 水の中で、ズルリと俺の腕が腐り落ちた。 頭に、鼓膜に、激しい心音が響く。 いつものベッドの上。隣ではさくらがすやすやと寝息を立てている。 悲鳴をあげてさくらを起こさずに済んでよかった。 手元にぬるりとした感触。治まりかけていた心臓がまた暴れだす。 俺はすぐさま手を見る。…ただの手汗か。 「…ん、幸太郎さん、どやんしたと?」 結局、さくらを起こしてしまった。 「いや、なんでもない」 心配をかけまいと返事をしたが、声が上ずって却って情けない声になってしまった。 「幸太郎さん、すごか汗…。ちょっとタオル取ってくるけん、待っとってね」 部屋を飛び出すさくらを追おうとしたが、足腰に力が入らない。 情けなく座り込んだ俺はたださくらを待った。 …。 やけに遅い。家の中で迷子になっとるんか。 いや、あいつの持ってなさの前では何が起こっても不思議ではない。 ふらふらと扉に向かったところで、さくらと鉢合わせた。 「あ、幸太郎さん。ごめんね、待ったとやろ?  蒸しタオルにしたほうがスッキリしてよかかなって思って。」 あたたかな蒸しタオルで顔を拭われると、鼻の奥にツンとした痛みが走った。 「幸太郎さん、だいじょうぶ?」 俺の手を握ろうとしたさくらの手を、つい振り払う。 「いや、手が汚れとるけん。大丈夫だ」 言い訳をした俺の手を、さくらは強引に掴んだ。 「こやんか手汗、汚れとるうちに入らんよ」 そのまま、ベッドまで手を引かれる。 「じゃあ拭いてくけん、服脱いで。はい、ばんざーい」 「…自分でやれるわい」 「もう、そやんか恥ずかしがらんでもよかけんが」 …世話焼きモードになったさくらに逆らうのは得策ではない。 「幸太郎さん、どんな夢見とったと?」 「…ドラマとかでよくある夢じゃい。手を洗っても洗っても汚れが落ちん夢」 笑い飛ばすように、戯けたように俺は答えた。 さくらは、悲しげな目をしていた。 「幸太郎さんの手は、汚れとらんよ」 俺の手をそっと、自分の頬にあてがった。 「わたしたちを人前に立てる姿にしてくれて、仕事もいっぱいとってきて、  素敵な曲も書いてくれて。その手が汚れとるわけ、なかよ」 さくらの涙が、俺の手を伝う。 「すまん」 「うん」 俺の手が、さくらの涙をそっと拭う。俺は初めて、自分の手が宝物のように思えた。 おしまい *********************************************************************************************** 089.幸リリ 無精髭 「くぁぁ…」 伸びをすると肩がパキパキ音を立てる。 外回りの予定がなかったため徹夜で作曲に没頭していたら、いつのまにか寝ていたようだ。 「二徹も出来んとは…歳かな」 顎に手をやるとジョリジョリとした感触。 無精髭か…。鏡を見る。これはこれでダンディかもしれん。 ニヤニヤしながらサングラスをかける。…ダメだな、これじゃ不審者だ。髭剃ってくるか…。 「うわ、たつみ…なにその髭。早く剃ってよ」 通りがかったリリィが怪訝な顔をする。 「リリィは髭嫌いか?」 「きらーい!」 「まぁ、お前はヒゲとか似合わんだろうしな」 「…たつみ、よくわかってんじゃん!」 リリィはやけに上機嫌に俺の背中をバシバシ叩くと、鼻歌交じりに去っていった。 なんじゃい、あいつ。 *********************************************************************************************** 090.幸さく 間接 わたしたちはなんで喉が渇くとやろ?ゾンビやけん、飲まず食わずでも問題なかよね? そやんかことを幸太郎さんに聞いたら『お前らが水分失ったらミイラじゃろがい!』と言われた。 そのときは『なるほどなぁ』と思ったとやけど、改めて考えるとよくわからんっちゃ…。 ペットボトルを開けて、空をぼんやりと見上げながらそやんかことを考えとった。 水をちょっと口に含む。さわやかな風が気持ちいい。休憩時間にレッスンルームを出て正解やった。 「なんじゃい、サボっとんのかい」 「休憩中です!…あれ、幸太郎さん外回りじゃ…」 「ちょっと荷物を置きに戻ったんじゃい」 見れば確かに幸太郎さんは汗だく。 「あの、お水いります?」 「おう」 じゃあ、取ってきますね、と言おうとしたわたしのペットボトルを幸太郎さんが奪った。 「あぁ、生き返る!今日の水は一段と美味いな!」 幸太郎さんは半端に残ったペットボトルを私に返して、そのまま営業に出ていってしまった。 その水を飲んだら、なぜか身体が熱くなった。ただの水とやのに。 作曲用の楽器や音響機材を買った俺は一旦帰路につく。 次の営業のあとは衣装のサンプルを受け取らねばならないが、すでにワゴンは満杯だ。 経路的に家で荷物を置いても差し障りはない。 荷物をひとりで下ろす。なかなかの重労働だが、こんな時のために鍛えた筋肉だ。 なんとか仕事を片付けた俺は、やーらしかゾンビィたちの様子を見に行く。 さくらが外でひとりぼんやりしとった。何かトラブルか?と不安になり声を掛ける。 「なんじゃい、サボっとんのかい」 「休憩中です!…あれ、幸太郎さん外回りじゃ…」 やわらかな声色はいつものさくらだ。内心ほっとした。 「ちょっと荷物を置きに戻ったんじゃい」 「あの、お水いります?」 返事をした俺は、喉が乾いたのでついさくらが持っていたペットボトルを取ってしまった。 謎のプロデューサーが回し飲み程度で怖気づくわけにも行かず、水を飲む。 そのあとテンパった俺はなにか口走り、いつの間にか次の営業に向かっていた。 半端に口をつけた水をさくらに渡した気もするが、きっと記憶の間違いだ。そうであってくれ。 *********************************************************************************************** 091.幸さく 寝苦しい いつからだろう。夏の夜がこんなに寝苦しくなったのは。 型落ちのクーラーがジメジメムシムシした空気に頼りない抵抗を続けている。 不意に、額にヒンヤリとした感触。 「幸太郎さん、まだ起きとると?」 「あぁ、全然眠れん」 そう言いながらさくらの胸に顔を埋めた。 さっきまで枕にしとったせいで、すでに人肌のぬるさだ。 「早く寝ないと、明日も仕事あるっちゃろ?」 心配するさくらを他所に、俺はさらにさくらの谷間に沈んでいく。 両頬に、人肌よりも少し冷たいぷるぷるとした感触。 「この感触を味わえるなら、眠らんでもよか」 「もう、幸太郎さんのえっち」 さくらがプンスカ怒ったように言うが、本気でないのはわかる。 トクン、トクンと、弱々しい鼓動を感じる。止まったはずのさくらの心臓が刻む鼓動。 その歌を聞きながら、俺はしばし微睡んでいた。 幸太郎さんの寝室は、みんなの寝室より少し暑い。 『お前らにクーラーなんていらんのじゃ~い』とか言っとるくせに、 自分はもっと暑い部屋に籠もるのが幸太郎さんらしい。 わたしが部屋に来るようになって、ようやくクーラーを使うようになってくれた。 それでもやっぱり寝苦しいようで、今日もまだ起きとる。 「幸太郎さん、まだ起きとると?」 「あぁ、全然眠れん」 「早く寝ないと、明日も仕事あるっちゃろ?」 心配するわたしを他所に、幸太郎さんはわたしの谷間に顔を突っ込む。ちょっとくすぐったい。 「この感触を味わえるなら、眠らんでもよか」 「もう、幸太郎さんのえっち」 でも、えっちなところは嫌いじゃない。 たまに不安になるほどストイックな幸太郎さんやけん、欲望丸出しなところを見ているとほっとする。 心臓が、またトクントクンと鼓動を始める。血を送るわけでもない、ただ歌うだけの心臓。 わたしの心臓が歌うラブソングが、幸太郎さんの耳に届いていますように。 *********************************************************************************************** 092.幸さく くすぐったい 最近のわたしは幸太郎さんに迷惑をかけてばっかりで、とても申し訳なく思っとる。 というのも…、 「ん…」 傷痕を撫でる筆の感触に、ゾワゾワと体が震える。 このままじゃメイクに時間かかるけん、今は幸太郎さんとふたりきりで対策を考えとる。 成果は…今のところ、なんもなし。 「なんじゃい、『心頭滅却すれば筆もまたくすぐったく無し』じゃい!悟りを開かんかい悟りを〜」 「そやんかこと言われてもわたし仏様じゃなかですもん!」 「いいえ仏様ですゥ〜。死んどる人はみんな仏様ですゥ〜」 幸太郎さんの屁理屈に歯噛みしたわたしの額を、筆が突然スッと撫でた。あれ、全然くすぐったくない…? 「やはり意識せんことが重要だな…」 「意識するなって言われるとますますしちゃいますよ…」 幸太郎さんは首を傾げた。 「そもそも、お前こないだまで全然意識しとらんかったじゃろがい」 「それはその…」 言えん。『最近ずっと幸太郎さんのこと考えとるけん、意識しちゃうとですよ!』なんて。 「そっ、そやんかことより!意識逸らす方法ば考えましょ!」 「お、おう…」 ふと、幸太郎さんはわたしの手をジッと見た。 大きな右手でわたしの左手を包み込むと、そっと親指でわたしの指や爪を撫でる。 安心するような、ドキドキするような不思議な感触。 幸太郎さんの絡めてきた指に、わたしも応える。 顔を上げると、サングラス越しの目と目が合った気がした。 ------------------------------------------------------------------------------------------------- 「もう、あれじゃい。お前今度からメイクのとき首だけ外せ」 「えぇ…持っとらん…」 わたしはトボトボ幸太郎さんの部屋を去る。ばってん、ホントは落ち込んどらん。 さっきの感触を思い出すように、唇に触れてみる。今日のわたし、持っとるかも。えへへ。 おしまい *********************************************************************************************** 093.幸さく せめて幸せな夢だけでも >さくらはん!幸太郎はんから与えられてばかりではなくなにか与えなんし!! わたしは、いつも幸太郎さんからもらってばっかり。 ゾンビィとしての命。 アイドルとしての仲間、居場所、目標、歌も衣装も。 夢も、もう一度立ち上がる力も。そして…。 いつも返そう、返そうと思っとるとやのに、もっといっぱいお返しをもらって。 ちっとも返せる気がせん、持っとらん。 今日もお茶を淹れて、幸太郎さんの部屋に来た。 でも、今作っとる曲に比べたらこやんかちっぽけなもん足しにならん。 ノックするけど、返事はない。扉を開けるとソファでうたた寝しとった。 せめてお布団でも…、そう思ったわたしの耳に幸太郎さんの寝言が飛び込んだ。 「すまん、さくら…源さん…俺は、何も…。何もやれん…」 幸太郎さんの手を握る。掛ける言葉は、何も見つからない。 …せめて、せめて幸せな夢だけでも、この人に見せてあげたい。 持っとらんわたしには過ぎた夢かもしれなくとも、そう思わずにはいられなかった。 *********************************************************************************************** 094.幸愛 聖夜 今日は聖夜。 こんな日に会おうだなんて、まったく、無茶なんだから。 みんなに絶対バレるって言ったのに『どうしても会いたい』なんて。 …OKしちゃう私が言えたことじゃないけれど。 待ち合わせ場所は、近くの砂浜。 こんな冬空にそんなところで待ち合わせして、風邪引いても絶対看病なんてしてあげない。 そう伝えたら、『熱い夜になるから大丈夫』だって。 笑っちゃう。 …でも、ホントに熱い夜になるのは私も予感してる。 考えただけで、胸が熱くなるんだもの。 今日のレッスンを無事終えて、みんなで布団を敷く。 みんなのんきで、特別な日でもなんでもないように過ごしてる。 ひとりで焦ってた私がバカみたい。そんな自分に少し苦笑い。 みんなが寝静まったころ、トイレに行くふりをしてこっそり部屋を出る。 そうだ、忘れ物。これだけは持っていかないと。 足音に気付いた私は速度を上げた。 この私が、水野愛が動体視力だけの女だと思ったのかしら。アイドルには聴力も必要なのよ! ギャリギャリギャリギャリ! これは…金属が地面をこする音。聞き慣れた、嫌な音。 なんで、なんなの!? 火かき棒は無いはず。だって私が先に自分で頭に刺しておいたもの。 これで完璧だと思ったのに…。 後ろを振り返ると、私を無表情で追いかけるさくら。手には鉄の鈎棒。 地面との摩擦で激しく火花を散らしている。 まさか…『シャッターを下ろすときに使う鉄の棒』!! ガレージから持って来ていたなんて…! でも残念ねさくら。手ぶらならともかくそんなものを持っていては私のほうがウェイトで有利…! 勝ち誇った瞬間、頭に激しい衝撃。なんなの!? 頭に刺した火かき棒が扉に引っかかっていた。 結局、私はお縄につくこととなった。 居間に連行された私を待っていたのは、 すでに捕まったアイツと、BBQ用の薪に穴を開けてしいたけのホダ木にしようとしている純子。 「さくら、落ち着いて!今日はただの土曜日、ちょっと相談事があっただけよ!」 さくらはニコリと微笑むと、一枚の紙を私の足元に置いた。 「愛ちゃん、これ、踏んで?」 足元に置かれたのは、破り捨てられた2月9日の日めくりカレンダー。 「そんな、さくら、それだけは…」 「『今日はただの土曜日』、やったね。ちょっと足を置くだけで良いけん、踏んで?」 「あ…あ…、ああぁぁぁぁぁ!!」 私は嘆きながら跪き、カレンダーに接吻する。今日は聖夜。肉の日の聖夜。お肉特売デー。 「やはり有罪ですね」 純子がアイツに山盛りの胃薬を飲ませながら、養豚場の豚を見る目で私を眺める。食べる側の私を。 「さくら、お願い、許して!私も悪いと思ってたの!見て、この火かき棒!  もう刺さっている人に、もう一本刺したりしないわよね…?」 さくらは聖母のように微笑んだ。安堵の涙を流す私の頭に、衝撃とともに二本目の鉄の棒が生えた。 *********************************************************************************************** 095.純子 フェリー 大きな、大きなフェリーが泊まっていました。 私はつば広の帽子と白いワンピースを着て、ヴィトンのキャリーバッグを持っていました。 『船旅といえばヴィトン』と仰る方が何人かいましたが、今もそうなのでしょうか? すみません、話が逸れてしまいましたね。 船に乗り込むために、長蛇の列が出来ていました。 私もそれに並ぼうとしましたが、行き先はどこかしら?と今更疑問に思ってしまったのです。 列に向かう途中で、博多弁や鹿児島弁、今思うと唐津弁の方もいたと思います。 そういう声が聞こえてきて、あぁ、私九州にコンサートに行くんだ。なんで忘れてたんだろう。プロ失格だなぁ、と思ったんです。 そして、列を眺めながら最後尾に向かうとき気付いたんです。みんな、飛行機の中で見た人ばかり。 飛行機…?そう、私は飛行機で九州に向かっていたはず。 よく見ると、並んでいる人々も、その、凄惨な様子で…。 乗船券を確認していると思っていた船員さんも、お金を受け取っているだけでした。…小銭を6枚。 私は怖くて逃げ出そうとしましたが、身体が糸で縫いつけられたように動きません。 その糸に引っ張られて、気付けばこの館に居ました。 ゾンビィたちの寝室。他愛もない雑談の中で互いの臨死体験を語らうこととなった。 純子は、語り終わったあと青白い顔をさらに青くしていた。 「すみません、あの列を思い出したら気分が…」 「純子ちゃん、大丈夫?はい、お水」 「すみません…」 「ヴァー…」 たえも心配そうに純子を甘噛みする。 「悪ぃな、純子。寝る前にこやんか胸糞悪か話させて」 「いえ、大丈夫ですので…」 「まったく、強がらないで私達を頼りなさいよ」 「今日は悪い夢を見んよう、皆で純子はんを囲んで寝るのはどうでありんしょう?」 「さんせーい☆」 早速、彼女らは場所決めのじゃんけんを始めた。 その夜、純子はフランシュシュで世界一周クルーズコンサートをする幸せな夢を見た。 おしまい *********************************************************************************************** 096.未通女三人組 リリィもたえも、スヤスヤとよく眠っている。さくらは今日も巽の部屋。 「なぁ、アイツらどこまで進んだと思う?」 自然、話題はそちらの方向に向かう。 「キスまで行ったのは確実よね」 数週間前のこと。 サキのいつもの『オマエら、いい加減ちゅーくらいせいよ。アタシが許すけん』という弄りに、 それまで顔を赤らめて手をパタパタと振り『そやんかこと出来んよ〜』と照れていたさくらが 唇にそっと手を当て、黙りこくった日があった。 「あれは確実ですね」 しかし。 「そっから先が全然わからん」 恋愛厳禁な状況で育ったアイドルふたりと、昔は色恋に興味を示さなかったサキ。 未通女が3人揃って文殊の知恵を発揮しても、カーマの領域には踏み入れない。 「安心しなんし、既に状況は進んでおりんす」 ゆうぎりが、満を持して重い口を開いた。 「どこでわかるとや?姐さん」 「幸太郎はんの爪を見なんし」 「「「爪…?」」」 3人は揃って首を傾げた。 「幸太郎はんは仕事柄、元々清潔感にこだわるお人でありんす。爪も数日に一度切りそろえておりんした。 しかしここ数日、毎日丁寧にヤスリをかけた跡がありんす」 「あ…」 「純子、今のでわかったとや?」 サキと愛の注目を浴びた純子は、しまった、と口を押さえた。 「お願い。教えて、純子」 「その…巽さんが爪を整えてるのは、さくらさんを傷つけないため、ですよね?」 「あい」 出来の悪い生徒がなんとか答えに辿り着いたときの教師。ゆうぎりはそんな表情をしていた。 おしまい *********************************************************************************************** 097.乾さく お題:「明け方の夢」「毒りんご」 朝日が差し、カラスの鳴き声がやかましくなる。 源さんの肉体は修復出来た。 しかし、それは些末な問題だ。 人の死とは、肉体が死ぬことではない。 肉体は日々の代謝で常に死と再生を繰り返している。 肉体が機能低下し、意識を維持出来なくなって初めて人は死ぬのだ。 意識の復活プロセスには幾度かの刺激が必要ということ以外、わかっていないに等しい。 源さんの頬を触る。額の大きな傷痕は治せなかった。すまない。 だが、肌の色と傷痕以外は、生前そっくりに蘇らせることが出来た。まるで眠っているようだ。 白雪姫のように、口づけをすれば目覚めてくれないだろうか。 『乾くん』 あのときのように、俺を呼んでくれ。微笑みかけてくれ。 顔をそっと寄せたところで、自らの頬を強く張る。これは私欲だ。下らない、下衆の、外道の欲だ。 俺の目的を、夢を、こんなちっぽけな私欲に邪魔をさせてはならない。 彼女らを蘇らせる生贄として、『乾』を殺そう。『乾』でいる限り、俺の私欲は消せないのだから。 *********************************************************************************************** 098.フランシュシュ お題:「ありきたり」「古い地図」 中学、高校と上がっていくにつれ、子供のときの遊びは飽きられ、別の趣味へと移り変わる。 しかし、たまに子供の頃の遊びがリバイバルブームを起こすことがある。 今のフランシュシュがまさにその状況であった。 ゾンビ式かくれんぼ。 頭以外はいくら見つかってもセーフ、パーツ取り外しももちろんOK。 隠れる場所も増え、自らの身体の一部を囮にする戦法なども開発され難易度は通常のかくれんぼの数倍。 ただし、絵面があまりに猟奇的すぎる上に、館内を遍く使用するため、巽の不在時にのみ行われる。 巽が帰宅した時点で、最も鬼の時間が長かった者が一番短い者に晩ごはんのおかずを一品渡すこととなる。 小柄かつ知恵の回るリリィ、人間心理の理解が深く死角を見つけ出すのが上手いゆうぎり、 人知を超えた隠れ方をするたえの三名の勝率が高く、 なにかとアクシデントに見舞われるさくらの勝率が最も低い。 「えぇ~?みんなどこにおると~?」 今もこうして、さくらが鬼になり皆を探し回っている。 「ここ、かなぁ?」 ギシ。ドアノブに手をかけた瞬間、階段からわずかに軋む音が聞こえた。さくらは急いでそちらに向かう。 「マジカル☆デコイ大成功」 上半身だけのリリィがさくらが探そうとした部屋から這い出る。 下半身は適度に物音を立てながら、隠れ場所の多い部屋にさくらを誘導。 うかつな場所に隠れた他のメンバーをさくらが見つければ万々歳、最悪時間稼ぎにはなる。 そのうちに上半身はすでにさくらが捜索を行った部屋に逃げ込む。 「ヴァ?」 扉を開けると先客がいた。手には古びた画用紙。 「たえちゃん、隠れないでどうしたの?」 「ヴァウゥ、ヴァア」 「え、見せて見せて!…うわぁ、汚ぇ字」 たえの持っていた画用紙には『たからのちづ』と子供の字で書かれていた。 「ヴァー」 「そうだね、次見つかったら宝探ししよっか」 たえとリリィは地図とにらめっこしながら、さくらが見つけてくれるのを待った。 「なぁ、この地図書いた『いぬい こうたろう』って誰とや?」 「たつみだよ、隠そうとしてる方の名字」 「あぁ、グラサンって覚えとったけん忘れとった」 「ひでぇな」 「もうみんな知ってるんだし、さくらも『乾くん久しぶり~』くらい言っちゃえば?」 「え!?隠しとるのにそやんかこと言ったら絶対気まずくなる…」 「わっちらにとっては乾でも巽でも些細な問題でありんす、おふたりの好きにさせなんし」 「10年間ひた隠しにしていた恋ですしね。いつ聞いてもロマンチックです」 「えへへ、そうかなぁ~」 「リリィ、全部バレバレならロマンないと思うけどなぁ」 カコン。スコップの先端がなにか金属に当たる音が響く。 掘り出してみると、銀色の蓋付き缶に『たからばこ』と書かれた箱が出てきた。 「ねぇ見て!『ば』の字の最後、丸める方向間違っとる、やーらしかぁ~」 「アンタがなんでそこでテンション上がるのかがわからないわ…」 「『恋』とはそういうものでありんす」 「じゃあ、開けんぞ」 サキが箱の蓋に手をかける。 ネクロマンサーにして謎のプロデューサー、巽幸太郎。彼の幼少期の思い出の品とは一体何なのか。 一同がゴクリとツバを飲んだ。 出てきたのは、ヒーローの人形、食玩のおまけ、セミの抜け殻、丸い石、ノートの切れ端。 「これは…普通ですね」 「テレビだと撮れ高なくて企画ポシャるレベルだね」 「ヴァー!」 「あぁ、たえが前見せてくれた石のほうが綺麗ばい」 「切ないで…ありんすなぁ」 皆が呆れ返る中、さくらだけはホクホクと幸せそうな顔をしている。 「…なんなの?」 さくらの『聞いて聞いて』オーラに負けて、愛が尋ねた。 「これ見て!将来の夢!『ぼくはぜったい、さがをすくいます。じんこうひゃくおくまんにん!』  がばいやーらしか!こやんかときから持ってた夢やけん、みんな絶対叶えようね!」 「ただい「おかえりなさい!幸太郎さん!」…おぅ」 帰宅した巽は、満面の笑みのさくらに戸惑った。 「ご飯出来とるけん、手洗いうがいちゃんとしてね!」 「あっはい」 さくらに言われるがまま、手を洗いに行った巽はすれ違ったサキに尋ねる。 「さくら、またおかしくなっとりゃせんか!?」 「グラサン、オマエも色々あったとやなぁ」 「はぁ?」 サキは生暖かい視線でポンポンと肩を叩き、そのまま食卓へ向かった。 その後も、終始ハイテンションで甲斐甲斐しいさくらと やたら生暖かい視線を送ってくるゾンビィに囲まれて、困惑したまま巽の夜は更けていった。 おしまい *********************************************************************************************** 099.幸たえ いい月の夜 たえは、今日の遠吠えを終えると、足で器用に頭を掻いた。 月を見上げて思う。いい月だ。このまま寝るのはもったいない。 屋根の一部を軽く押し込む。 押し込まれた箇所が開き、内部の液晶が露わになった。 その液晶に親指を押し付ける。フランシュシュ0号のサイン。 液晶が小さな電子音を鳴らし、隠し扉が開く。 内部からは明かりが漏れていた。 たえは軽くノックする。 「…どうぞ」 部屋からは、暗い声で返事が返ってきた。 「えーーーー?乾くん暗くない?なんかあったのー?」 「先輩がここ最近ずっとくるから暗くなってたんですよ…」 「だーってさぁ、乾くん最近ずーっと遅くまで仕事してんじゃん?  さくらちゃんがね、あたしのこと撫でながら『幸太郎さん、最近また大変そう…』って言うのよ。  いい子よねー、さくらちゃん。ね、いつ結婚すんの?」 「ブフォ」 コーヒーを口にしていた巽が吹き出す。 「やだ、きたないなー乾くん。ビールもらうね」 カシュっと小気味よい音を立ててたえは缶ビールを開けた。 「先輩こそあんまりビール飲まんで下さいよ。さくらが俺の酒量が増えたと思って心配するんです」 「えー、ごめーん。あたしそんな飲んでたっけ?」 たえは勝手にスルメの袋を開ける。 「でもさぁ、ホントいい子なのよさくらちゃん。あたしダンスとかホント全然ダメでさ。  変人ポジションだし大体フィーリングでいいやって思ってたのに一生懸命教えてくれるんだもん。  お姉さん本気出しちゃうぞー!ってなるわよね。そしたらまさおちゃんとパピィが再会してさ。  そんな舞台でふざけて踊るわけにもいかないし、あぁ、あたしマジメにダンスやってよかったー!  ありがとうさくらちゃんって思ったのよ!もうあのステージずっと泣きそうで泣きそうで…」 「先輩、その話毎回聞いてます」 「そだっけ?あ、ビールなくなったし寝るわ。おやすみ、さくらちゃんと仲良くやんなさいよ」 親指を握り込む最低のハンドサインを残して去っていく先輩に、巽は深いため息を吐いた。 *********************************************************************************************** 100.幸さく しゅき 「え、ドラ鳥の社長さんと?うん、それやったらみんながばい喜ぶばい。  その、ご飯のあとは…。うん、じゃあ、お風呂入って待っとるけん、遅れそうやったらまた。  うん、じゃあ後でね、幸太郎さん」 受話器を置いて、みんなの元に向かう。 「幸太郎さん、今日社長さんにお呼ばれしてドラ鳥行くことになったって」 「あ゛ぁ゛!?ぶっころ「最後まで聞いて、サキちゃん」…ケッ」 サキちゃんを宥めながら、話の進め方を失敗したことを悔やむ。先にこっちの話するんやった。 「今日は、お土産で鳥唐一番弁当人数分もらえるそうです!」 「「キタ━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━ !!!!!」」 サキちゃんと愛ちゃんが目をキラキラ輝かせて叫ぶ。 「「やき鳥一番♪鳥めし二番♪「ヴァー」さーんはサラダで四い健康♪「リリィもー!」   五つもニコニコ♪「わ、私も…」鳥でま~んぷく「ヴァー!」」」」」 あまりにお土産が嬉しかったのか、CMソングを歌って踊りだすふたりに、皆もつられて参加しだす。 「さくらはん」 「ゆうぎりさん、どやんしたと?」 「幸太郎はんが帰って来てからも、夜の予定は変わりありんせんね?」 わたしは驚いて飛び跳ねそうになった。やっぱりバレとるよね…。 恥ずかしいけど、隠しようもなかけん、正直に答えよう。 「うん、変わらんけん、今日は水浴びじゃなくてお風呂使うね」 「…安心しんした」 ゆうぎりさんは嬉しそうに微笑むと、踊り続ける皆の方へ向かっていった。 「わっちも混ぜてくんなまし~」 最初は色々あったとやけど、幸太郎さんとわたしの関係が変わっても みんな変わらず過ごせるのがとても嬉しい。幸太郎さん、みんなを選んでくれてありがとう。 「さくら、早くこっち来なさいよ!」 「ヴァウァ!」 「うん!」 そして、わたしたちを受け入れてくれたみんな、ありがとう。 「「「「「「新鮮美味しい楽しい♪みんなで行こう♪       今日も元気な「コケコッコー!」ドライブインと・り♪」」」」」」 夜遅く、と言っても普段仕事しとるよりは早く、幸太郎さんは帰ってきた。 「なんじゃい、お前ら!ゾンビィだからって群がりすぎじゃい!並べ!」 幸太郎さんはみんなにお土産を渡すと、肩で息をしながらこちらにやってきた。 「風呂は俺が先でいいのか?」 「うん、わたしはみんなとご飯食べるけん、その後入るね」 「わかった、部屋で待っとるぞ」 そういって、最後の鳥唐一番弁当をわたしの手に置いて、頭をやさしく撫でてくれた。 こやんか幸せでよかとかな、わたし。 …持っとる幸太郎さんといるっちゃけん、よかよね? そんな事を考えながら、ケモノのような叫び声でごはんを貪るみんなのもとに向かった。 ------------------------------------------------------------------------------------------------- お風呂は幸太郎さんが入ったあと、ちょっとぬるくなっとったので熱めにする。 生きとったときはこやんかお風呂熱くて入れんやったなぁ。 身体がじわじわあったまり、肌のハリも良くなった気がする。 うん、準備オッケー! ドキドキしながら、幸太郎さんの寝室をノックする。 「幸太郎さん」 『開いとるぞ』 部屋を開けると、幸太郎さんがパンツ一枚で炭酸水を飲んでいた。 「シャツ脱いじゃったとですか?」 「あぁ、明日洗おうと思ってたんでな。…なにがっかりしとるんじゃい」 「べ、別にガッカリなんて…」 いけん、顔熱か…。 「その、幸太郎さんのシャツ脱がせるの好いとーけん…」 「変態か!」 「違います!ちょっとドキッとするだけです!」 「違いませんー!男のシャツ脱がせてドキッとするのは変態ですー!」 「幸太郎さんだってわたしの服脱がすの好きっちゃろ!」 「好いとー女の服脱がして喜ぶ男は正常ですー!変態じゃありましぇーん!!」 …こういうバカバカしいやり取りしとるとき、本当は結構幸せ。 幸太郎さんとこうして肌を重ねるのは何度目だろう。中で動いとるときの違和感も減ってきた。 最初は散々やったし、その後何回かは、幸太郎さんが気持ちよくなるなら…、って思っとった。 ばってん、最近はわたしもコツを掴んで来たみたい。 それとも、幸太郎さんが上手くなったとかな? わからんけど、ひとりでするよりずっと好き。 「ぅんっ、…あっ」 喉から、勝手に声が出る。 「あっ、あっ、…はぁっ…ん」 あ、なんっちゃろ、これ。 ひとりでしとるとき、こやんか、感じ、ならん…やったのに。 「さくら、好きだ、さくら!」 がば…嬉しか。そやんかこと、言われたら、お腹、熱くなって、きちゃう。 「わたしも、好き、幸太郎さん、しゅき」 ろれつ回らん、あたま、変に、なっちゃう。 キス、したい。キス、させて、幸太郎さん。 「ンゲッフゥ」 突然顔の前に広がるドラ鳥のにおい。うん、間違いなか。このタレのかおりはドラ鳥やね。 何、今の?ゲップ?こやんかときに?…もうちょっとやったんに。 わたしも幸太郎さんも動きを止めた。急激に部屋の温度が下がった気がする。 「いや、そのすまんな。さくら」 幸太郎さんが頭を掻いて謝る。うん、仕方なかよね。生理現象やもんね。 止められんよね。わかっとる。わかっとるとよ。 「ーーーーーーっ!!」 ボフンボフン!わたしは枕を掴み取ると力いっぱい幸太郎さんを叩いた。 「謝っとるじゃろがい…」 「謝られても!許せん!ときも!あると!」 「ごめんなさい、ほんと、ごめんなさい」 結局その日は気分が盛り上がらず、そのままふたりでゴロゴロ過ごした。持っとらん…。 おしまい *********************************************************************************************** 101.幸さく 幸せなふたりへ 「本日は、バレンタイン直前手作りチョコレート教室を開こうと思います!」 さくらの発表に、純子とたえが拍手を送る。 他のメンバーはチラリと一瞥すると、雑談したり本を読んだり煙管を吹かしたり。 「もぉ~みんなノリ悪か!」 「たつみに渡すチョコ作るんでしょ?リリィ乗り気しなーい」 「幸太郎さんいっつも頑張っとるけん、労ってあげようよ!」 「なんか、人の彼氏にチョコあげるのって抵抗あるのよね…」 「どうせオマエ、アタシらが渡したチョコをダシにして乳繰り合うつもりやろが」 「そやんかこと…」 反論しようとしたさくらの脳裏に、巽とチョコを食べさせ合う光景が浮かぶ。 「ない!ことも…ない、かな…」 「ほれみろ」 「そもそも『ばれんたいん』とはなんでありんす?」 「進駐軍のバレンタイン大佐がね…」 「リリィちゃん、それなんか違う!」 「うぅ~純子ちゃんどやんしよう、誰ものってくれん…」 「よしよし、ここは純子お姉さんに任せてください」 純子の脳内コンピューターが高速でパンチシートを吐き出し解決策を模索する。 「純子はなんでさくら側なの?メリットないでしょ?」 「いえ、メリットはあります。バレンタインは三倍返しですから」 本当はさくらの恋愛を後押しして、後方お姉さん面したいだけなのは秘密である。 「つっても貰えんのお菓子っちゃろ?アタシ甘いの好きじゃなかけん、やる気出ん。  せめてドラ鳥で腹いっぱい食えるとかさぁ」 サキの言葉を聞いてリリィの悪戯っ子の血が騒ぐ。チョコはどうでもいいが、たつみの困る顔は見たい。 「さくらちゃんからたつみにお願い出来ないの?」 「さくらはんの色香を持ってすれば楽勝でありんしょう」 ゆうぎりもその悪戯に参加する。巽のことだ。さくらにお願いされれば無碍に出来ないだろう。 来月ドラ鳥に行ける上に、さくらの色香に負けた結果だとからかうネタも出来た。 サキと愛は無言でうなずくと参加を表明する。 皆の心変わりにさくらは少し驚いたが、説得が成功したと無邪気に喜んだ。 台所で作業を始める皆を、さくらは後ろから見守る。 純子とゆうぎりは危なげなく板チョコを刻んでいく。 その間に愛はチョコを溶かすための鍋を取り出していた。 「愛ちゃん、大丈夫?」 「昔PVでチョコ作りはやったことあるわ。そのときは失敗する役だったけど」 「『君に贈るチョコレート』のPVやね!」 「そうそう。流石に私もチョコをフライパンで焼いたりしないわよ」 ふたりで曲をハミングしながら、鍋に水を張る。 かっこいい路線が多めのアイアンフリルの中でも珍しいコミカルなPVは 演じていた愛にとっても、ファンのさくらにとっても印象深いものだった。 「ちょこ、刻み終わりましたえ」 「ありがと、ゆうぎり」 ゆうぎりから受け取ったチョコを愛は鍋に入れようとする。 「ストップ!愛ちゃんストップ!湯煎して湯煎!」 「ゆせん…?お湯はもう沸いてるわよ?」 その後もトラブルは続く。 チョコを丸める際にサキがうっかり粉砕してしまったり、 たえがココアパウダーをひっくり返して真っ茶色になったり。 「色々あったけど、ついに完成!トリュフチョコ!じゃあ冷蔵庫しまっとくね」 「さくらちゃんはこれから本命チョコ作成?」 「…うん。改めて本命って言われると、恥ずかしか…」 「じゃあアタシら、たえを水浴びさせたりしてくるけん」 「ふぁいとでありんす」 口々に激励の言葉をかけてくる仲間たちを見送ると、さくらは台所に向かう。 「高一のとき、勉強すべて投げ売って培ったお菓子作りの腕、見せちゃるけんね」 さくらからオーラが立ち上る。 一方、水浴び場に向かうサキたち。 「なぁ、純子。アタシらに言いたいことあるとやろ」 「…さくらさんにはナイショですよ」 唇に人差し指を当て、純子は妖しくクスリと笑った。 「おっはよぉぉぉぉぉさぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!!!!!!」 巽が今日も無意味に大声でミーティングを始める。 「お、おはようございます!!」 さくらが普段より元気な声で、立ち上がって挨拶する。 「おう、さくら元気じゃのう。でもスタンダップはプリーズしとらん。シットダウンせい」 巽のジェスチャーを無視して、さくらはずんずん巽へ向かう。両手で紙袋を大事そうに持ちながら。 「あ、あの!これ!」 巽に、大きなハート型のチョコを差し出す。 「お、おう。すまんな。…いや、ありがとう。さくら」 「グラサン、気合が足りねぇぞー!」「ちゅーくらいしなんしー!」 不器用な巽に業を煮やしたゾンビィたちの野次は、徐々にキッスコールに変わっていった。 さくらもギュッと目を瞑り、巽を待っている。 チュッ。さくらの額に柔らかい感触。 「唇にしろや唇にー!」「ヘタレー!」「いくじなしー!」「去年まで童貞ー!」「ヴィウイー」 「じゃかましいわボケェ~~~~~~~!!」 顔を真赤にしたさくらが、仲間たちのほうに向き直る。 「あとね、みんなにも友チョコ作ったと!」 さくらが袋から6枚のハート型チョコレートを取り出す。 「味はみんなひとりひとりの好みに合わせたけん、甘いものニガテなサキちゃんも安心してね!」 大喜びで飛び出したみんなに、さくらはチョコを手渡す。 「ヴァー」 「たえちゃん、食べるのはあとにしようね!あ、それと、幸太郎さん。あのね」 さくらは純子に目配せした。 しかし、純子は首をかしげる。 「え?純子ちゃん、幸太郎さんへのチョコは…?」 「私達は巽さんにあげるチョコなんて用意していませんよ?」 さくらは手にした空き袋を取り落とした。 「え…?それってどういう…」 「私達が用意したのは『巽さん』へのチョコではありません」 「「「「「幸せなふたりへ」」」」」「ヴェ」 皆が差し出した袋には、昨日作ったトリュフチョコと、ペアになった白いトリュフチョコ。 「どうせオマエら、アタシらが渡したチョコをダシにして乳繰り合うつもりやろが。そんなら6粒じゃ足らんばい」 「え…、これ、いつ…?どうやって…?」 「さくらが寝たあとよ。材料は純子があらかじめ用意してたの」 「さくらちゃん、今朝は自分のチョコのことで頭いっぱいでリリィたちのチョコが増えたの気付かなかったでしょ?」 「みんな、ありがとう…」 さくらの目から、ポロポロと涙がこぼれた。 「ほら、さくらさん泣かないで」 「グラサン、泣き止ませてやれや」 「今度こそ、ちゃんとしてやりなんし」 みんなが、さくらと巽を向かい合わせ、囃し立てた。 巽はため息をひとつ吐くと、顔を引き締めてさくらの唇にそっと *********************************************************************************************** 102.ねこゾンビさんのバレンタイン ねこゾンビのサキちゃんは、まっかなとっこうふくをヒラヒラゆらし、きょうもなわばりをパトロール。 おともだちの純子さんのおうちにちかづくと、なんだかふしぎなあまいニオイがプンとしてきました。 「純子のやつ、なにしとるとにゃ」 きになったサキちゃんはようすをみにいくことにしました。 へいをつたってうらぐちにまわると、ぽつんとひとかげが。 サキちゃんはぬきあしさしあしゾンビあし。おとをたてないように、そっとちかづきます。 ひとかげが、りょうてをあたまにあてて、ねこみみをつくりました。 つぎのしゅんかん、ひとかげがきえて、そこにはまっくろなねこゾンビがいっぴき。 サキちゃんはビックリして、せなかをまるめていつでもブッこめるたいせいになると、さけびました。 「オイ、テメェ。にゃにもんだ。純子のおうちでにゃにしてんだ。あ゛!?」 そのおそろしいこえは、ふつうのねこゾンビならみっかはブルブルふるえがとまらないほどでした。 しかし、まっくろなねこゾンビさんは、ツンとせすじをのばして、なにごともないようにこたえます。 「わたしはただの黒ねこゾンビ。純子のおともだちよ」 サキさんは、そのよゆうがきにいりません。 「テメェ、ほんとうに純子のおともだちかよ」 黒ねこゾンビさんは、いきなりケンカごしのサキちゃんがきにいりません。 「アンタこそにゃにものよ、純子をいじめたらゆるさないんだから」 「あ゛ぁ!?」 「なんなの!?」 たいへんたいへん、ふたりはいまにもおおげんかをはじめてしまいそうです。 すると、純子さんのおうちのキッチンのまどがひらきました。 「にゃにをにゃさってるんですか?黒ねこゾンビさん、サキさん」 にくきゅうもようのエプロンをきたねこゾンビの純子さんが、ふしぎそうにふたりをながめました。 「ちょうどよかった、おふたりにわたしたいものがあるんです。さぁ、おうちへどうぞ」 黒ねこゾンビさんもサキさんもぽんわりした純子さんのおさそいにすっかりどくけをぬかれました。 「おじゃまするわ、純子」 「じゃまするぜ、純子」 こえをかさねておへんじするふたりは、きっとなかよしにゃんですね、と純子さんはおもいました。 おうちにはいったふたりを、純子さんがおもてなしします。 ねこゾンビ舌にあわせたちょっとぬるめの紅茶と、いろとりどりのチョコチップクッキー。 え?ねこにチョコをたべさせてだいじょうぶか、ですって? もちろん、ねこさんにチョコをあげてはいけません。おなかをこわしてしまいますから。 ですが、かのじょたちはねこゾンビ。ねこでもゾンビでもなく、ねこゾンビなので、へっちゃらです。 「「いただきます」」 ふたりはおぎょうぎよくてをあわせてそういうと、クッキーをたべはじめました。 サキちゃんはヒョイヒョイくちにクッキーをほうりこみ、 黒ねこゾンビさんはいちまいいちまいゆっくりと。 「ちょっとアンタ。あじわってたべないと純子にしつれいでしょ」 「テメェこそ、ひとのことを『アンタ』ってよぶのはしつれいやろが」 「なんなの!?」 「あ゛ぁ!?」 またまたたいへん、ふたりはこんどもおおげんかをはじめてしまいそうです。 しかし、純子さんはすっくとたちあがりました。 「おふたりとも。ティータイムはゆうがにすごすものです。ケンカをするならおかしはあげませんよ」 純子さんがふたりにしずかにいいました。 こえはふたりよりずっとしずかですが、ふだんおとなしい純子さんがとてもおこっていることは、 ふたりにしっかりとつたわりました。 「「ごめんにゃさい」」 ふたりはおみみをぺったりさせて、純子さんにあやまります。 「わたしにあやまってどうするんです」 純子さんがそういうと、ふたりはおたがいにむきあいました。 「「ごめんにゃさい」」 すなおなふたりに、純子さんはにっこり。やっぱり純子さんには、おこったかおはにあいません。 「さぁ、なかよくたべましょう」 ふたりは、おずおずとクッキーにてをのばすと、ひとくち、サクリ。 おくちのなかにしあわせなあじがひろがります。 「なかよくたべるとおいしいわね」 「あぁ、さっきよりうまかばい」 あたりがとっぷりくらくなり、おともだちふたりもそれぞれおうちにかえったころ。 純子さんは飼い主さんをまっていました。 カチャリ、とかぎがひらいたおとに、純子さんのおみみがピンとたちました。 「ただいま、純子」 「にゃあおん」 まっていましたよ、飼い主さん。純子さんはうれしそうに飼い主さんをリビングへつれていきます。 そこにはハートがたのチョコケーキ。 「にゃあ。みぃ…」 飼い主さんのためにいっしょうけんめいつくりました。たべてくださいますか…? 純子さんはもじもじしました。 「ありがとう!純子!おれはせかいいちしあわせじゃい!」 飼い主さんが、純子さんをぎゅっとだきしめたので、純子さんはまっかになってかたまってしまいました。 そのあと、飼い主さんと純子さんはふたりなかよくケーキをおいしくたべるのでした。 おしまい *********************************************************************************************** 103.幸さく 幸せなふたりは 「あれ?」 みんなからもらったトリュフチョコが、口の中でなかなか溶けない。 そっか、ゾンビやけん体温低くて溶けにくいんだ。 「幸太郎さん、わたしみんなに言わなきゃならんことが…」 わたわたとシャツを着ようとするわたしを、幸太郎さんが制した。 「安心せい、あいつらにはもう伝えてある。事前に身体を温めるか温かい飲み物といっしょに食えとな」 「どうしてわたしだけには教えてくれんとですか」 「そりゃ、お前は今日どうせ風呂入って温まるじゃろがい」 幸太郎さんはそう言いながら白いトリュフチョコを咥える。 「ほへ、ふわんはひ」 言ってることはさっぱりわからん。ばってん言いたいことはわかる。 こやんかことばっかしとるけん、サキちゃんにからかわれるとやのに。 「ん…」 幸太郎さんとわたしの口の中に、チョコの甘さがとろけて広がる。 わたしだって女の子やけん、やっぱりチョコの誘惑には勝てんっちゃ。 *********************************************************************************************** 104.幸さく くっつき虫 今日も今日とて遅くなってしまった。 まさかあんなところで商工会のお偉いさんとバッタリ出会うとは…。 「ゲフゥ」 車移動だったので酒は勘弁してもらえたが、その代わりあれもこれもと食わされて、腹がかなりキツい。 若い若いと可愛がって頂けるのはありがたいが、俺もそろそろ三十路が見えてきた頃である。 いつまでも若者扱いされていては身が持たない。 「学生の頃は25超えればおじさん、なんて思っとったなぁ…」 なんとなく、カーラジオからCDプレイヤーに切り替える。 流れてくるアイアンフリルの歌声はノスタルジックな気分を加速させる。 源さんが落としたあのCDを、数日後に自分も買いに行ったことを思い出す。 買った当日は話のキッカケに出来ると浮かれていたが、 一夜明けて気持ち悪いと思われる可能性に気付いて結局言い出せなかった。 「まぁ、気持ち悪さなら今の方がはるかに上だな」 片思いの相手をゾンビィとして甦らせる。正気の沙汰ではない。 しかし、正気のまま諦めるよりも、狂気に走ってでも彼女にもう一度会いたかった。 「なにしとんじゃい、こいつは」 玄関先でさくらが膝を抱えて眠っていた。 俺がなんのために『今日は遅くなる』と連絡したと思っとるんじゃい、このアホゾンビィめ。 怒鳴りつけて起こしてやろうかと思ったが、なにやら幸せそうな寝顔をしとるので勘弁してやる。 そのまま放置するわけにもいかんので、運び方を考える。 死体を運ぶときはファイヤーマンズキャリーが一番楽だが、相手が膝を抱えていてはなかなかやりにくい。 しょうがない。あまりこの手を使いたくはないが、このやり方が一番起こしにくいだろう。 俺はさくらの膝の下と背中に手をやり、いわゆるお姫様抱っこの形で抱き上げる。 他のゾンビィ供が見ていないことを祈りつつ、さくらを起こさないようにソロソロと階段へ向かう。 階段の中程で、ふとさくらが持ちやすくなった。 「すまんな、起こしてしまったか」 「…」 「起きとるよな、さくら」 「すー、すー」 「寝たふりやめんかい」 「うーんむにゃむにゃ」 「ええかげんにせんかい、この桜島大根~!」 「な、なんでわかったとですか…」 さくらが目をパチクリさせて不思議がる。 今後のために、リリィに頼んでさくらに演技のいろはを叩き込んだほうがいいかもしれん。 「俺が何年意識ない死体運んだと思っとるんじゃい」 「えぇ…わからん…」 当たり前だ、言っとらんのだから。 「意識があるときとないときじゃ力の入り方が全然違うわい」 「あの、わたし、もう降ろしてもらっても…」 さくらがわたわたと手足を動かした。 「うわっ、階段の途中で暴れるな、しっかり掴まっとれ」 「は、はいっ!」 さくらが俺にぎゅっと抱きつく。…別に目までぎゅっと瞑らんでもよかやろが。 階段を登りきったことにも気付かず、さくらは俺にぎゅっと抱きついていた。 「ほれ、階段終わったぞ。いつまでくっついとるんじゃい」 「え、もう着いたとですか…?」 「くっついていたかったらくっついとればよかやろがい」 冗談交じりで言った俺の言葉にさくらは顔をパァッと輝かせる。 …そやんか顔されたら今更冗談だと言えんじゃろが、甘えん坊ゾンビィめ。 しかし、この体勢で長時間は流石にキツい。 「一旦離れろさくら。…そんな目をするな。パジャマに着替えたらいくらでもくっついてやるけん」 「わ、わたし、そやんか目しとらんもん!」 真っ赤になって怒るさくらを軽く流して、俺は急いで着替えてまた扉を開けた。 「ほれ、いくらでもくっつかんかい」 「…幸太郎さんの、バカ」 俺の腕の中で、さくらが不満そうに、うれしそうに呟いた。 おしまい >お姫様抱っこから首に腕を回してちゅーしなんし! ソファに座った俺の膝に、さくらが腰掛け、横向きに寝転がる。 「またこの体勢か。よく飽きんなぁ」 「お姫様抱っこは女の子の憧れとですよ!」 首にぶら下がるように腕をかけてさくらがキャッキャと無邪気に笑う。 「憧れねぇ」 「幸太郎さん、フランシュシュは女性ファンも多いけん、女の子の意見を軽視しちゃいけんよ!」 「女の子ったって十年前の話じゃろがい」 怒ったさくらが腕のクラッチを組み直し、首を絞めてきた。俺は急いでタップする。 「ギバーップ、ギバーップ」 「許して欲しかったら、それなりの誠意を見せてください。幸太郎さん」 さくらが目を閉じて、プイとそっぽを向く。目を閉じた時点で、さくらの望みはわかっとる。 まったく、やーらしかやつめ。俺はさくらと唇を重ねた。 「…まだ、足らんとですよ」 「なんじゃい、欲張りゾンビィめ。もう一回誠意見せたるわい」 *********************************************************************************************** 105.幸純 狐ゾンビのコン野純子+じゃい文書バトル(わっちの分だけ) こんこん。私はコン野純子。見ての通りの狐ゾンビです。 最近私には気になる殿方がいます。麓の村の巽どん。。。 今日もじゃいじゃいと忙しそうに畑を耕しています。 私が前に罠にかかったとき、優しく介抱してくれて以来、こっそりと山で採れたキノコをプレゼントしています。 「うふふ、今日はなんと舞茸が採れました」 きっと巽どんも喜んでくれるはず。。。 こっそりバレないように裏口からおうちにお邪魔します。 「誰だ、そこにいるのは」 後ろから、巽どんが言いました。こんなに怖い声を聞くのは初めてです。。。 「あ、あの。。。私は妖しいものでは。。。」 「もしかして、君はあのときの狐か」 巽どんの声が、あのときのように優しくなりました。 「。。。どうしてわかるのですか?」 「君の綺麗な瞳があのときの狐にそっくりだったからさ」 巽どんがじゃいっと放ったその言葉は、私のハートを撃ち抜きました。純子はもう、巽どんのものです。。。 「あ、あっつい。。。」 「あぁ、すまない。猫舌だったのか」 「えぇ。。。狐ですが猫舌なんです。。。」 巽どんがじゃいじゃいと笑います。とてもかわいらしい笑顔。 「ちょっと器を貸してくれ」 「え、えぇ」 巽どんは私のお椀を持つと。。。ふー、ふーとい、息を吹きかけて、冷ましてくれました。。。 「そんな、悪いです。。。」 「なに、お安い御用だ」 巽どんはじゃいっと微笑みます。歯がキラリと輝きました。 私も何かお返しを。。。あ、ちょうど巽どんのお椀が空っぽです。 「おかわり、よそいますね」 「あぁ、すまない。お客さんなのに。。。」 「気になさらないでください。お安い御用です」 そのあと、うっかりお椀にじゃい盛りして巽どんに苦笑されてしまったのはここだけの秘密です。。。 巽どんは。。。私の耳と、頭をじゃいじゃいと優しく撫でてくださいました。。。 巽どんの優しくてあったかな手の感触に私の心の臓は爆発寸前です。。。 「い、一緒に暮らすということは、め、め、夫婦になる、ということでしょうか」 巽どんはびっくりした顔をしました。 やっぱり、巽どんと私は、にんげんとけもの。 一緒に住んでも夫婦とは思ってくださらないのでしょう。 でも、巽どんと一緒ならたとえペットでも。。。 「君と俺が一緒にいて、それを夫婦以外になんと呼ぶんだい?」 巽どんの言葉に今度は私がびっくりしました。 そんな当たり前に思ってくださっていたなんて。。。 「じ、実はその寝床ももう用意してあるんだ」 巽どんがじゃいじゃい恥ずかしそうに襖を開けると2組のお布団が。 「夫婦ですから、お布団はひとつで十分ではないでしょうか?」 狐の語源は『来つ寝』。一緒に寝るまでが狐なんですよ。 こんこん。 *********************************************************************************************** 106.幸さく テーブルの向こうの君に喋りかけているのに 「さくら、どうじゃい、これが佐賀錦じゃい。美味いか?  なに?地元民だから知っている?地元の名物って実は食べたことなかったりするじゃろがい」 今日も覚醒しなかった。 「今日は奮発して佐賀牛買ったぞ、佐賀牛。まぁ、ランクはそれほどでもないが。  ゾンビィらしく、生でいけ、生で」 今日も覚醒しなかった。 「さくら、どうだ?この曲は。お前のために書いてみたんだ。詩の方はちょっと待っとれよ。  まだビビッと来ないんじゃい」 今日も覚醒しなかった。 「今日はこの俺、巽幸太郎様が直々に仮歌を入れたバージョンを聞かせちゃるけん、  感動の涙がちょちょぎれても知らんぞ!」 今日も覚醒しなかった。 「お前もいつかはアイドルデビューするんだ。メイクの練習もせんとな」 あろうことか、倒れよった。 *********************************************************************************************** 107.幸さく 寝起き 一緒に寝るようになって気付いたことがある。 「幸太郎さん、朝ですよ」 「おう…」 そういって幸太郎さんは布団に潜り込む。こやんか朝弱かったんだ、幸太郎さん。 いつもミーティングで大声出しとるけん、気付かんやった。 「もう、そろそろミーティングやる時間ですよ!」 「あと、少し…たのむ、さくら…」 こやんかときだけお願いなんて、ずるか。もっと普段から素直にしてくれればよかやのに。 「もう、さっさと起きんね!」 布団をひっぺがして寝惚けてる幸太郎さんをベッドから引きずり下ろす。 洗面所まで連れて行って、水を出す。 「はい、顔洗って」 「うぅ…」 サングラスが無いと大騒ぎするので、傍らに置いておく。もう素顔知っとるとやのに、変な乾くん。 *********************************************************************************************** 108.幸さく 煩悩 「ヴォン・ジョルノ!」 「えぇ、何語やったっけ…」 「おはようございます」 朝のミーティングが始まる。今日はちょっと遅めのバレンタインイベントの日。 幸太郎さんが段ボールをひとつ開く。中にはラッピングされたチョコが詰まっていた。 「はい、ということでお前らはこのチョコをファンに配りますが、ファンからチョコを受け取るのはNGです」 「くれるんやったら貰ったらよかやろが」 「そうでちゅね〜サキちゃんはアイドル初心者でちたね〜。何入っとるかわからんじゃろがい」 「ぶっ殺すぞ!どうせアタシら毒じゃ死なんし、相手が心込めて作ったものは貰うのが礼儀やろが!」 サキちゃんの真っ直ぐな意見に、幸太郎さんは口籠る。 確かに受け取れるなら、それが一番だとわたしも思う。でも…。 「サキさん、理想としてはそうですけど、中には加減がわからない方もいらっしゃるんです」 「そうよ。私も直接見たことはないけど、髪の毛とか爪とか、…あと精…液というか、色々入れてきたみたいな話はよく耳にしたわ」 「うぇ、気持ち悪ぃ…。そやんかこともあるとや…?悪かったな、グラサン」 「わかればええんじゃい」 「…でも、精液って食べる前に臭いでわからん?」 「さくらはん、あれはなかなか個人差がありんすから一概に言えるものではありんせん。臭いの薄い方もおりんす」 わたしのちょっとした疑問にゆうぎりさんが答えてくれた。さすが詳しかね。 「そっか、わたし幸太郎さんのしか知らんけん…。…あ」 真っ赤になって俯く純子ちゃんが目に入って、気付く。 わたしとんでもないこと言っとる。 ふと、リリィちゃんと目があった。 「リリィ、なんのおはなしかぜんぜんわかんないや☆」 そうやね、わからんよね。わからんってことはセーフだよね。 前を向くと、幸太郎さんが真っ赤になって怒っていた。 「お前、アイドルが朝っぱらから…朝以外でもアウトじゃろがい!話していい話題かどうか考えんかい大ボケゾンビィ〜!」 「す、すみませぇ〜ん!」 それから数日間、何か言おうとするたび『下ネタ?』といじられるようになった。持っとらん。 おしまい さくらの中からモノを引き抜くと、どろりと白濁した液が流れ出る。 自分でも驚くほどの濃さだ。自分で処理していたときとは比べ物にならない。 そんなことを考えていると、また少し元気になってきた。 さすがにこれ以上は体力が…。 「あ…ん」 さくらが俺の肉棒を口に咥える。 「お前、また変なこと言い出すけんそれはやめろと…」 「らって…ん、ちょっと元気になったけんもう一回したいとかなって」 優しく、俺の弱いところを指で弄びながらさくらが言う。 「そういうお前はどうなんじゃい」 「…わたしは…」 さくらが赤くなって、目を伏せる。 「…もう、一回、して欲しか…」 そんなことを言われて、我慢出来る男がいると思っとるのか、この色ボケゾンビィめ。 *********************************************************************************************** 109.幸愛(幸さく前提) からかい 「お、水運びか。関心関心」 台車を押す愛を見かけたので俺は声をかけた。愛は不機嫌そうに振り向く。 「じゃんけんで負けただけよ」 「罰ゲームかい」 …まぁ、そやんか遊びも出来るほどあいつらも仲がいいということか。 「…ちょっと聞きたいことがあるんだけど」 愛が質問とは珍しい。聞いてやらんこともない。 「なんじゃい」 「何よ、その尊大なポーズ…。まぁいいわ。私って、皆の中じゃ一番動体視力いいはずよね?」 「おう。まぁサキもバイク乗ったりケンカ慣れしとるから似たようなもんだがな」 「…納得したわ。道理で最近勝率が落ちてきたと思った」 愛が真剣に手をグーパーさせながら呟く。 そやんかことで真剣になりおって。子供か。…まぁ、年齢的にはまだ子供か。 「もうひとつ、質問いいかしら?」 「なんじゃい、次こそはマジメな質問だろうな」 「…サキで思い出したんだけど、ミーティングのときの席順ってなんでサキが真ん中じゃないの?」 「それはお前らが勝手にリーダー決めたからじゃろがい」 「じゃあなんでさくらが真ん中なの?」 愛がなおも食い下がる。何がそんなに気になるのだろう。 「それはさくらがお前らの中で一番覚醒が早かったから…なんじゃい」 愛が俺の眼前に手を広げ、話を遮る。 「ごめんなさい、野暮なこと聞いて、心にもない言い訳させちゃったわね。  みなまで言わなくていいのよ。さくらに正面に座っていて欲しいのよね」 愛は下卑た笑みでそう言うと、猛ダッシュで逃げ出した。 「な、な、なに言っとんじゃい、愛、お前」 「いひひひひ、照れなくていいのよ!」 「アイドルがなんつー笑い方しとるんじゃボケェェェェ!」 イヒヒヒヒ~と耳に残る笑いとともに、愛は台車とともにダンスルームの方へに消えていった。 おしまい *********************************************************************************************** 110.幸リリ 雪の夜 北海道でのイベントを終え、スヤスヤと眠るゾンビィたち。だが、部屋に眠るのは6人だけ。 「…たつみ、リリィ眠いんだけど」 防寒服でモコモコのリリィがあくびを噛み殺しながら巽に抗議する。 「なんじゃいもう、俺がお前のために下調べしてやったのに…」 「こんな時間にやってるのなんてススキノのお店くらいじゃん!リリィ入れないし興味ないし!」 「お、俺だって興味ないわい!コホン、まずは外に出るぞ」 「うわぁ、クソ寒い…」 外は氷点下2℃。DOUMINにとってはあったかいのだが、佐賀出身のふたりには堪える寒さだ。 「なんだよ、なんもないじゃん…あっ!」 リリィがキラキラと目を輝かせた。 「ロータリー除雪車!うわぁ、すご、あんな音するんだ!あ、雪吹き出してるよ、たつみ!見て!  すごい!あ、ブルドーザもきた!すげー、ブレードの形全然違う!」 「な、起きててよかったじゃろが」 リリィはロケで北海道に来たことはある。しかし主に深夜に行われる除雪作業はまだ見たことがなかったのだ。 「ありがとね!たつみ!」 リリィは心からの笑顔を巽に向けた。 *********************************************************************************************** 111.さくら チケット 「ハァ…」 何度眺めてもため息が出る。アイアンフリル佐賀ライブのチケット…。 まさか持っとらんわたしがこやんかもん当てられるとは思わんやった。 「もう死んでもよか…いやいやウソウソ!ライブ見るまでは死ねんっちゃ!」 ライブの準備は着々と進んでいる。会場までのルートはバッチリ予習済み。 念のため3時間前には到着するメインルートを軸に、各交通機関がトラブったときのルートも想定。 当日怪我せんように、今日もこうして軽くストレッチして筋肉を解す。 コールも覚えたし、万が一オタ芸集団のど真ん中に混じっても踊れるように予習済み。 …ひとりやったら恥ずかしいけんやらんけど。 あとは当日のコーディネートもハンガーにかけて、 当日うっかり洗濯中!なんてこともなし。 チケットが風にでも飛ばされん限り大丈夫! …その可能性があった…。 明日百均に行って、透明のペンケースでも買ってこよう。手帳に書き記す。 ライブまであと3日。神様、今回こそは意地悪はやめてください。祈りながらわたしは眠りに就いた。 「ハァ…最っ高…!!」 何回目やったっけ、このひとりごと。 もうわたしの語彙じゃ表せんくらい最高やった。 コールも全部忘れちゃって、ただ夢中でサイリウム振るのが精一杯やったとやけど、それだけでがば幸せ。 「もう死んでもよか…いやいやウソウソ!アイドルになるまでは死ねんっちゃ!」 アイドルになる。わたしも、あやんか風に輝きたか。 今回のライブを見て、改めて思った。 愛ちゃんと肩を並べられるとは思っとらん。 でも、下位グループでもよかけん、せめて少しでも近づきたい。 わたしは持っとらんし、これから辛いこともいっぱいあるだろう。 でも、今日の決意を忘れたくない。 わたしの脳細胞、どうか今日の記憶を一番忘れんところに刻みつけて。 たとえ記憶喪失になって自分が誰か思い出せんようになっても、あの光景だけは忘れんように、深く。 おしまい *********************************************************************************************** 112.幸さく トウシューズ アルピノライブから数日後。 「さくら、このあとちょっと付き合え」 「えぇ、きゅ、急に何言いよるとですか!?皆の前で!?」 幸太郎さんの突然のお誘いにわたしは驚いた。ど、どやんす?どやんすぅ~!? 「え、アンタたちまだ付き合ってなかったの?」 「鏡山展望台で一世一代の告白したとやろ?」 「しとらんわいボケ~!」 幸太郎さんは囃し立てるサキちゃんと愛ちゃんを無視して わたしの腕を引っ張り、仕事部屋へ連れ出した。 「なんであいつら鏡山での一件を知っとるんじゃい」 イライラとした様子で幸太郎さんが呟く。 「ご、ごめんなさい…、アルピノのイベント落ち着いたら『どんな説得されたか』で  みんなが大喜利始めちゃって、段々尾ひれ付いて『夜の街に消えていく』説が主流になりかけてつい…」 「かしましゾンビィどもが…」 「ほれ、これ履いてみい」 幸太郎さんから渡されたのはトウシューズ。実物初めて見た。 「バレエをモチーフにした曲の構想があってな。衣装の試作品だ」 「それで、なんでわたしを呼んだとですか?」 もしかして、特別扱い?えぇ、そやんかこと、でも、もしかして。 「愛とリリィはバレエ経験ありだ。純子はヨガで、サキはバイクとケンカでバランス感覚を鍛えとる。  ゆうぎりの体幹のしなやかさはガターザンで見たな。たえの身体能力は言わずもがなだ。残るは…」 「はい、わたしだけなんもありません」 ですよね、持っとらん。 トウシューズを履いて、幸太郎さんに調整してもらう。 こうして靴を履かせてもらうって初めて。ちょっとシンデレラ気分。 「出来たぞ、立ってみんかい」 幸太郎さんの手を取って、ぷるぷると立ち上がる。 あれ、出来そう? 「いけるかも、え、わ、わ、すみません、幸太郎さん!」 倒れかかったわたしを幸太郎さんが抱きとめる。 胸板がとても頼もしくて、ついドキドキしてしまう。心臓動いとらんけど。 「やはりいきなりは無理か。足首は痛むか?」 「え、は、はい!?」 いけん、驚いて足首痛いみたいな返事しちゃった。 幸太郎さんが、靴を脱がしてわたしの足を優しくマッサージする。 「どうだ、さくら。どのへんが痛む?」 「ごめんなさい、幸太郎さん。さっきビックリして返事しちゃって、別に足首は…」 「なんじゃい、先に言わんかい!」 怒られた。持っとらん。 「…心配して損した」 「え、今なんて?」 「何も言っとらんわい!履けんことはわかった、早く練習行かんかい!はいGOGOGOGO!」 幸太郎さんに背中を押されて部屋を追い出された。 ばってん、『…心配して損した』って言ってくれたのちゃんと聞いとったけんね。えへへ。 *********************************************************************************************** 113.幸さく 買い出し 「さくら、デート付き合え」 「えぇ、きゅ、急に何言いよるとですか!?皆の前で!?」 幸太郎さんの突然のお誘いにわたしは驚いた。ど、どやんす?どやんすぅ~!? 「行き先は、ここじゃい」 差し出されたのは数件のスーパーやホームセンターのチラシ。 「これ、買い出しですよね…?」 「そうとも言うな」 そうとしか言わん。幸太郎さんのバカ。 まぁ、ふたりきりのお出かけ自体珍しいけん、この際ガマン。 「…いつ、行くとですか?」 「今からじゃーーーーーーい!!」 「…またそれですか」 呆れてため息も出ない。 「なんじゃい、嬉しくないんか。幸太郎さんとふたりきりじゃろがい」 「だって、買い出しですし」 幸太郎さんに新作メイクをしてもらう。買い出し用のナチュラルメイクらしい。 「お前らも顔売れてきたけんな。アイドル全開のキラキラメイクじゃ目立ちすぎる」 鏡を見ると、高校時代のわたしがそこにいた。 ステージ用メイクに比べると、目がちょっとパッチリしとらんし、チークも薄め。 『友達とちょっと遊びに行くけん、一応リップだけ塗っとこっかな?』くらいの顔。 今回の買い出しはこのメイクのテストも兼ねてるらしい。 …やっぱり、デートじゃなかっちゃろが。幸太郎さんのバカ。 「幸太郎さんは変装せんと?」 わたしの髪をいじっとる幸太郎さんに聞いてみた。 「俺が変装して謎のハンサムになってみろ。お前の正体がバレたときあらぬ誤解を生むじゃろがい。  だがこの格好であればハンサムプロデューサー巽幸太郎さんと一目でわかるという寸法よ」 自分でハンサムって言っちゃうところ、やーらしか。 「あとな、俺のことはお父さんだと思え」 「えぇ!?」 え、幸太郎さんお父さんになったと!?じゃあ、わたしはお母…。つい、下腹部に手をやる。 「な、この、ボケ、色ボケゾンビィ!そういう意味じゃなか!  ボケェ、女子高生が父兄と接するような距離感で過ごせって意味じゃい!」 「え、あぁ。ですよね!そうですよね!」 安心したような、残念なような。 いや、アイドルやけんお母さんになるのはまだ早かよね…。さくら、せっかち☆ 幸太郎さんはわたしの髪をバンスクリップでまとめて、キャスケット帽をかぶせる。 服もどこか中性的な感じで、ちょっと新鮮。 「ステージ上のお前はガーリーな印象が強いけん、あえてボーイッシュにまとめてみた。  …お前の好みじゃないだろうが、どうだ?」 「うぅん、なんか新鮮!ありがとう、幸太郎さん!」 こやんか服、わたしじゃ絶対選ばんとやけど、何故かとてもしっくりくる。 幸太郎さんがわたしのこといっぱい考えてくれたみたいで嬉しか。 「な、なにニヤニヤしとんじゃい、ボケェ」 「えへへ」 「ほれ、準備出来たけん出かけるぞ。はいGOGOGO…」 幸太郎さんに考えてもらった服を着て、ふたりでおでかけ。やっぱりこれってデート!? そやんか風に浮かれとった、最初は。 でも、一緒にいるとやのにいつもより遠い。 まるで透明の壁を挟んでるみたい。 それに、わたしと一緒なのに、幸太郎さんはみんなのことばっかり考えよる。 買い出しやけん、当たり前だし、幸太郎さんのそやんかところを好いとーとやのに。 好き、とやのに。 キライ。 今は、それがすごく嫌い。 大嫌い。 透明の壁が、少しずつ本当の壁になってくるようで、嫌。 きっとこの服も、みんなの分と一緒に考えたとでしょ? わたしだけのためやなくて。みんなのプロデューサーやけん、当たり前だよね。 当たり前。……キライ。 ようやく買いものを終えて、車に戻ってきた。 お互い、めっきり会話が減った。どこまで会話減らすのが自然かわからんけん、しょうがなか。 車の窓ガラスにわたしの顔が映った。 …メイクしとるのに、ゾンビみたいなひどい顔しとる。 「…さくら、シートベルトは締めたか?」 助手席に乗り込んだわたしに幸太郎さんが無愛想に言った。 「え、あ、はい。大丈夫です」 「ちょっと飛ばすぞ」 「へ?…ぅわっ」 車が急発進する。普段と違って、かなり荒い運転。 おかげでいつもよりずっと早めに家に着いたとやけど…。 「幸太郎さん、ちょっと運転荒すぎますよ!」 「…今度から、お前を買い出しに連れて行くのはやめだ」 「え…、なんで?」 その疑問に、幸太郎さんは唇で答えた。 いつもより乱暴に唇を、舌をねぶられる。…メイク、落ちちゃう。 「…ん、ハァ…、どやんしたとですか、幸太郎さん。なんか変」 やっと唇を離してくれた幸太郎さんに聞く。 「…フランシュシュ1号をステージに立たせたり、チェキ会を開くことに俺はなんの抵抗もない」 幸太郎さんがポツリと呟く。 「やけん、買い出しくらい余裕だと思っとったんだが…」 いきなり、わたしをギュッと抱きよせる。 「外でよそよそしくするのがこんなに堪えるとは思わなかった」 耳元で囁かれて、わたしの背筋に甘い電流が流れる。 「…わたしも」 「そうじゃのぉ、お前途中からゾンビィ丸出しの顔しとったけんな!」 「な…!幸太郎さんやって、弱音吐くくらい弱っとるやなかですか!普段なら絶対溜め込むくせに!」 抱き合ったままギャアギャア言い争う。やっぱり、こういう距離感が好き。 いい加減幸太郎さんの屁理屈に付き合うのが面倒になってきたので、唇を塞ぐ。 先にやったのは幸太郎さんやけん、ズルくなかよね? >これ絶対この後ハイエースが揺れちゃうでありんすよー 「アイツら帰ってきたのになんで降りて来んとや?」 「荷物重いのかしら、ちょっと手伝いに行きましょう」 サキと私はガレージに向かった。全く、何してんのよあの二人。 ガレージにつくと、車がユサユサ揺れている。エンジンはかかっていない。 …ナニしてんのよあの二人。 「ちょっと待ったるか」 「えぇ」 しばらくふたりで館内で待つ。あ、おさまったみたい。 立ち上がったそのとき、再び揺れ出す車。 「アイツら、二回戦はじめよった」 「もうほっときましょ」 「あぁ」 私たちは呆れて部屋に帰る。 夕食のとき、腹いせにいっぱい弄ってあげなきゃ。 いつもみんなと過ごす車の中で、幸太郎さんと繋がっている。 がば恥ずかしか…。帽子をおろして顔を隠そうとしたら、幸太郎さんに取られた。 「やめ、恥ずかしか…」 露わになった顔が窓ガラスにチラリと映る。 メイクもところどころ落ちとるし、髪の毛もへばりついてホラーそのもの。 ばってん、幸太郎さんは全然気にしとらん様子で髪を優しくかきあげ、わたしの舌に舌を絡める。 吐息が荒くなる。ゾンビやけん、息せんでもよかのに、胸が苦しくなる。 「だめ、みんな、待たせとるのに」 「すまん、治まりが、つかん」 もう何回出したかわからんのに、お腹を出入りしている幸太郎さんのソレはすごく熱い。 早く出してほしい。もっと抱いてほしい。 わたし、全然正反対のこと考えとる。どっちも本音。 幸太郎さんの腰の動きが早くなる。わたしも段々と上り詰めてきた。 出して、幸太郎さん。いっぱい。 お腹の中でビクビクと痙攣するのが伝わってくるとやけど、硬さは全然変わらん。まだしばらくかかりそう。 *********************************************************************************************** 114.幸さく ラーメン 夜中にふと、気配を感じたので台所に向かう。 案の定、幸太郎さんがコソコソとなんかしとる。 胃に悪かけん夜食はやめてって言うとるとやのに 『こっそり夜中に食う夜食こそ男の料理だ』って意味わからんことばっか言いよる。 夜食が美味しいのは男女共通。ばってん、がば太る。受験のとき身をもって知ったこと。 今はスリムとやけど、そのうち中年太りしても知らんよ。 そやんかことを考えながらヒタヒタと近付く。 …インスタントラーメンって…また特にカロリー高かものを…。 でも、豚骨の匂いがせんね。なんでっちゃろ。 幸太郎さんが振り返り、冷や汗を流す。そやんか焦るなら最初から食べなきゃよかと。 「さくら、違うんじゃ、これは…」 幸太郎さんがオーバーリアクションで言い訳したせいでカサリ、と袋が落ちる。 『サッポロ一番みそラーメン』。 え、サンポーじゃなかと?何から何まで地産地消にこだわる幸太郎さんが。 幸太郎さんはこの世の終わりみたいな顔しとった。 「すまん、すまんさくら…。本当なら俺はここで佐賀の、せめて九州のラーメンを食っとるべきなのに」 「夜食はやめてって言うたよね?」 「だが、たとえ非県民の誹りを受けようとも…俺は袋麺はサッポロ一番派なのだ…!」 聞いとらん。第一たかがラーメンで怒る人なんて…。 ……サキちゃんは怒りそう。 そやんかことを気にしてがっくりうなだれる幸太郎さんが、何故かとっても愛おしい。 「安心して、幸太郎さん。わたしもサッポロ一番好きやけん」 幸太郎さんをそっと抱き起す。 「麺、伸びちゃいますよ」 「すまん、すまんさくら…半分やるからな…」 幸太郎さんが大袈裟に泣きながら麺を湯がく。 ラーメンがしょっぱくなりそうでちょっと不安。 「…どんぶり使わんとですか?」 「洗い物増えたらバレる確率上がるじゃろがい」 「もうわたしにバレとりますけどね」 「出来たぞさくら!これぞ究極の背徳の味、『鍋ラーメン』じゃい!」 鍋ラーメンとは、インスタントラーメンを鍋のまま食べるものぐさ料理である。 わたしも高一のやる気ゼロのとき一度試したことがある。 流石に女子高生としてアレ過ぎたので一回でやめた。 幸太郎さんはわたしと自分の間に鍋を置く。肩を寄せ合い、ふたりでズルズルと麺をすする。 まるで、純子ちゃんが言うとった昭和の貧乏カップルっちゃね。 わたしがすすった麺が未知の力で引っ張られた。 幸太郎さんとわたしの口を結ぶ麺の橋。 「何わんわん物語しとるんじゃい」 「わたしのせいじゃなかもん」 橋はどんどん短くなる。 「幸太郎さん一度に取る量多いけん、一本くらい譲ってください」 「俺が口付けたもんは俺のもんじゃろが」 結局最後までどっちも譲らんやった。 「幸太郎さん、まだサッポロ一番のストックあると?わたしたまに無性に食べたくなるけん…」 「誰にも言わんじゃろな」 「うん」 「内緒だぞ」 わたしの『耳』に幸太郎さんが囁きかける。 「…!?お前、この耳…!」 幸太郎さんがわたしの『付けとる耳』のピアス穴に気付いた瞬間、二階にゾンビたちの足音が響いた。 「片耳をサキの耳と入れ替えとったんか!」 「わたしは誰にも『言っとらん』よ。言ったのは幸太郎さん」 幸太郎さんがガクリと膝をつく。 「サキちゃん、幸太郎さん落ち込んどるけん怒らんであげてね。 うん、幸太郎さん、サキちゃん怒っとらんって」 交換した片耳でサキちゃんと通話しながら、嗚咽する幸太郎さんを抱きしめる。 「夜食じゃなければ食べてよかけん。そうだ、今度お昼に作ってあげるね! 野菜たくさんのせて栄養満点にしちゃるけん」 胸の中でただ泣き続ける幸太郎さんが、何故かとっても愛おしい。 *********************************************************************************************** 115.幸さく 水音 「幸太郎さん、そこにおるよね」 「…」 「幸太郎さん!」 「…おっ!?おう、おるわい」 はぁ…恥ずかしか。持っとらん。 すこし前。幸太郎さんが作曲しとる間、暇しとったわたしは動画サイトを適当に巡っていた。 わたしが生きとったときより鮮明で、たくさんの動画があって楽しか。 適当に気になるサムネイルをクリック。やーらしか動物、すごかパフォーマーの人、お菓子作りの動画。 色々見とったら、幸太郎さんのカップがすっかり空になっとったので、お茶を注ぎに行く。 戻ってきたら、動画が始まっとった。あれ?指があたってクリックしちゃったとかな? 画面にはほのぼのとした外国の家族の光景。ほのぼのしとってよかねぇ。 『ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛』 「ぎゃあああああああああああああああああああああああああああ!」 突然出てきた怪物に、わたしは思わず大声を上げた。 「なんじゃお前!ゾンビィがいきなり叫ぶとビックリするじゃろがい!  何見てそやんか騒いどるんだ?…チープなホラーの予告なんかでビビりよって…。  一般人からしたらノーメイクのお前のほうがよっぽど恐ブッフゥ」 こっちが恐くて声も出ん間に好き勝手言う幸太郎さんにとりあえず一撃見舞う。 「女の子が恐がっとるときになんてこと言いよるとですか!」 「雰囲気を明るくしようと小粋なゾンビィジョーク飛ばしただけじゃろがい…」 反省の色を見せない幸太郎さんに呆れたわたしに、突如襲い来るもの。 あ、おトイレ行きたか。 時計をチラリと見る。もうみんなは寝とる時間。ちょっと動画見とっただけとやのに。 じゃあひとりで…。さっきの怪物がチラリと脳裏に浮かぶ。 一瞬で目を逸らしたせいで、余計恐ろしげな印象だけが残っとる。持っとらん。 あ、もう、手段選んどる余裕なか。 「こ、幸太郎さん。おトイレ」 「プロデューサーはおトイレじゃありません」 「知っとります」 我慢するために内ももに力を入れながら、幸太郎さんにゆっくり手を引いてもらう。 さっきまでは正直イラッと来とったけど、困ったときはちゃんと助けてくれる。 好いとーよ、幸太郎さん。えへへ。 ドアの前で待ってもらい、わたしはトイレに駆け込む。 我慢しとったけん、すぐ出るっちゃろ…。 出ない。なんで?幸太郎さんに来てもらっとるのに! あぁ、幸太郎さんが近くにおるけん恥ずかしくて出にくいんやね。さっき恐い動画見て緊張もしとるし。 うっかり怪物を思い出したわたしは、怖くなって幸太郎さんに声をかけた。 …大丈夫、わたし。このトイレには音姫ついとるけん安心して出そうね。 ようやく出そうになったので、わたしは音姫のスイッチに手をかざし…動かん。 接触悪いときあるよね。スイッチで起動…せん。 連打する。動かん。なんか主電源のランプ消えとる。電池切れ? え、やだ、もう出ちゃう、ダメダメ止まって! 止まらん、なんで、イヤ、幸太郎さん、聞かんで…! とても大きな水音が響いた。 水を流す。あ、出そうなとき水流せばよかやのに。 音姫あるけんすっかり忘れとった。持っとらん。 手を洗ってトイレを出る。 死ぬほど恥ずかしか。幸太郎さんの顔がまともに見れない。 「ほれ、部屋戻るぞ」 「…はい」 消え入りそうな声がわたしの喉から漏れ出る。 いっそ消えてしまったほうが楽っちゃろか。 幸太郎さんは何も言わずに手を引く。 その優しい沈黙がとてもありがたかった。 手を引く幸太郎さんは、なぜかおじいちゃんみたいに腰を曲げてギクシャクした動きしとったけど。 おしまい IFルート 「俺がトイレじゃーい!」 「えぇ…意味わからん…」 戸惑うわたしの下着に幸太郎さんが手をかける。 「ふざけとる場合じゃなか…!」 「あぁ、本気じゃい」 もう、出そうとやのに、幸太郎さんのバカ…! 大事なところ見られて、おしっこなんて出るわけなか…。 「ひぁっ…ウソ、舐めるのやめっ、あっ」 幸太郎さんに刺激されて、ついに我慢が出来なくなって、そのまま出してしまった。 勢いよく流れ出る液体を幸太郎さんが飲み干す。 信じられん、変態…! そう思っとるのに、わたしのからだは熱くなってくる。 膝がガクガクと震えて、幸太郎さんの顔にほとんど座るような体勢になる。 おしっこじゃない液体も、幸太郎さんに舐め取られる。 わたしもお返しせんと。幸太郎さんを寝そべらせると、わたしは幸太郎さんのズボンに手をかけた。 *********************************************************************************************** 116.幸さく 寝癖 幸太郎さんの寝顔をのんびりと眺める。 こやんかとき、ゾンビになってよかったと心底思う。 起こさんように、そーっと頭を撫でとると、ぴょこん、とした感触が手に当たる。 あ、いつの間にか寝癖ついとる。 これ、寝とる間に押さえとったら直るかな? 押さえようとしたら煩わしそうに払いのけられた。 絶対負けん。 頭全体をギュッと抱きしめてつつ、寝癖を押さえる。 ふっふっふ、これなら逃げられんっちゃろ! ところでどのくらい押さえとったら直るとやろ。まだかな、まだか…な…ZZZ…。 「何してくれるんじゃい、さくらお前ー!」 「はひ、おはようございます!」 「俺の寝顔がいくらぷりちーだからって抱きしめて寝たら髪グシャグシャになるじゃろがい!」 幸太郎さんの頭はハリネズミのようにボサボサになっとった。ごめーんちゃい☆ 流石に申し訳なかけん、朝シャンで幸太郎さんの髪を洗ってあげるさくらなのでした。 *********************************************************************************************** 117.幸純 ハチミツ入りホットミルク 夜遅く、車が帰ってくる音がしました。しかし、巽さんはなかなか階段を上がってきません。 なにかあったのかしら。心配になった私は一階へ向かいます。 「ロメロちゃん、巽さんはどちらに?」 駆け寄ってきたロメロちゃんに尋ねると、居間のソファでうたた寝する巽さんの姿が。 こんなところで寝ていては風邪をひいちゃいます。 ですが、巽さんはとてもかわいらしく幸せそうに寝ているので、無理矢理起こすのは気が引けます。 「目が覚める前に、ホットミルクでも用意しておきましょう」 台所に行くために巽さんの横を通り過ぎたときに、私の心の中のイタズラっ子が目覚めました。 巽さんの背中にそっと指を当てて、 す…き… と、そっとなぞります。 …ちょっと、居間のはメロドラマの見すぎでした。私は足早に台所に向かいます。 きっと巽さんはお疲れですし、今日のホットミルクには少しハチミツを入れようかしら。 私がふたり分のホットミルクを用意したときには、巽さんはすっかり起きてロメロちゃんと遊んでいました。 「あぁ、すまんな純子」 ホットミルクをフーフー冷まし、巽さんは少しずつコップを傾けます。 「甘いな」 「すみません、お嫌いでしたか?」 「いや、疲れていたから助かる」 「よかった…」 「そうだ、純子。手を出せ」 そういって巽さんは私の手を握ると、 す…き… え、もしかして起きてらっしゃったんですか!?恥ずかしい…。 …あ…り… 「隙ありだ」 私の口の中に、甘美な味が広がりました。ハチミツよりも甘くて大人の、キスの味。 おしまい *********************************************************************************************** 118.幸さく ぶんむくれるさくらはん >幸太郎はんが奇特なファンからチョコ貰ってるの見てぶんむくれるさくらはん見たくない?わっちは見たい 「さくら、いつまでそうして膨れとるんじゃい」 「別に、膨れてなんてなかとです」 プイ、とそっぽを向くさくらに巽は途方にくれる。 原因は明白だ。以前、さくらが記憶を失っていた際に会った女性ファン2人組が突然巽にチョコを手渡したのだ。 『申し訳ありませんが食べ物の受け渡しは御遠慮下さい』 『こ、これ!フランシュシュのみんなじゃなくてスタッフの貴方に!』 『はいィ!?』 唖然としている間に2人はきゃいきゃいと去って行ってしまったのだ。 「あの2人、わたしのファンって言うとったとやのに、まさかプロデューサーに取られるなんて…持っとらん」 「いやいや、嫌がらせかもしれんじゃろがい!毒入りかも…」 ゴミ箱に入れようとする巽をさくらが止める。 「女の子からもらったチョコ捨てるなんて酷か!」 「だー!もー!どーせーっちゅーんじゃー!」 なんで自分がこんなに不機嫌なのか、一体自分はどうしたいのか。さくら自身にもわからなかった。 *********************************************************************************************** 119.さくら 虚しい慰め 母がパートに行った。父もまだしばらくは帰ってこない。 わたしは隠しフォルダを表示する。中には無数のブックマーク。 今日はどやんしよう。適当に、目をつぶってリンクを開く。 開かれたのは体験談形式のサイト。 女の人がエッチな体験談を投稿しているという建前だが、実際はほとんど男の人が書いとる。 わかっとるよ、そやんかこと。けど、万が一この中に本当のことが書いてあったら…。 「フーッ、フーッ」 自分の鼻息だけが聞こえる。パンツを脱いで、使い込まれたタオルの上に座る。 「ろしゅつ、ちょーきょー…」 タイトルを少し、声に出す。それだけで身体の芯がじわじわ熱くなる。 わたし、学校もろくに行かんで何しとるとやろ。こやんかことしとらんで学校行かんね。 わたしの中の良心をねじ伏せるように、指を激しく動かす。 水音と、自分の荒い吐息だけがこの世界のすべて。それすら、意識できんほど真っ白になればよかやのに。 「ぅ…んっ!」 身体がビクビクと震え、タオルがまた汚れた。両親が帰ってくる前に洗ってしまおう。明日も使うけん。 *********************************************************************************************** 120.ねこゾンビさんとねこのひ バタバタとうごきまわるあしおとに、ねこゾンビの純子さんはおみみをピクピクかたむけます。 「んにゃあ…」 にゃにごとですか?飼い主さん。 おめめをクシクシこすりながら、純子さんはおへやからのそのそでてきました。 まだまだおめめがさめない純子さんは、ぼんやりあたりをみわたします。 「おぉ、すまんな純子。起こしてしまったか」 飼い主さんはりょうてにいっぱいのおせんたくものをかかえています。 「ぬぁ…にゃあ…」 きょうはおいそがしいごよていではにゃかったはずですが…。 純子さんはあくびをしながら飼い主さんにききました。 「よくぞきいてくれた、純子。カレンダーを見てみい」 きょうは2がつ22にち。 「にゃーにゃーにゃーでねこのひじゃい」 飼い主さんはむねをはっていいました。 ねこのひは、ねことねこゾンビのためのひ。 ねことねこゾンビはおしごとをおやすみして、のんびりゆったり、きままにすごすひです。 「純子はねこゾンビのなかでもはたらきものだからな。きょうくらいはゆっくりやすめ」 そういって飼い主さんはバタバタとおうちのおしごとをかたづけます。 さいしょはおっかなびっくりみていた純子さんですが、なかなかどうして。 飼い主さんはきようにおそうじせんたく、おりょうりまでもこなします。 「純子がくるまでひとりでくらしとったからな。  さぁ、おひめさま。しょくごのおちゃのおかわりはいかがですか?」 飼い主さんはまるでほんもののおひめさまのしつじさんのように、ビシッとおじぎをしました。 純子さんはおひめさまになったきぶんでとってもうれしくなりました。 でも、なんだかこころがちくちくいたみます。 飼い主さんばっかりはたらかせて、じぶんはのんびりしているにゃんてわるいこみたいだにゃあ。 純子さんはなんだかかなしくなってきました。 それに、飼い主さんはわたしにゃんかよりテキパキおしごとできて、 わたし、いらにゃいこなのかもしれにゃい。 純子さんはすっかりじめじめしたきもちになりました。 ぽこん!とおとがして、あたまにきのこがはえてきました。 このままきのこにまみれて、飼い主さんのためのきのこばたけになるのもいいかしらん。 「にゃあ…」 飼い主さんはどんにゃきのこがおすきですか? 純子さんが飼い主さんにきこうとすると、飼い主さんはまっしろにもえつきていました。 「すまん純子、おまえにかっこいいところをみせようとしてムリをしすぎた。  ねこのひなのにすまないが、にくきゅうマッサージをしてくれ…」 飼い主さんにたよられた純子さんは、すっかりげんきになって、きのこもポロリととれました。 「みぃ、みぃ♪」 「え、ゆうごはんをつくるのもてつだってくれるのか?なにからなにまですまんな純子。  おまえのおかげでいつもたすかっているぞ」 おひめさまのようなあつかいよりも、いまのひとことがなによりうれしい純子さんなのでした。 おしまい *********************************************************************************************** 121.幸さく ネタかぶり 「今日は猫の日じゃーい!」 朝のミーティング。最近挨拶のネタが切れかけてきた俺にはまさにこの日は天の助け…のはずだった。 「お、おはようございにゃす…」 「なんでネタ被っとるんじゃーい!」 「えぇ…わかんにゃいです…」 さくらの耳を掴み、ひっぱる。 「いたっ!」 「あ、すまん」 …カチューシャじゃないんかい! 猫の日になるとゾンビィに猫耳が生える?そんなことがありえるだろうか? 徐福のジジイからそんな話は一度も聞いたことがない。 持っていないさくらのことだ。ゾンビィ特有の奇病ではないか? 「あの、ごめんにゃさい」 声に振り向くと、すまなそうなさくらと『ドッキリ大成功』の看板を持つゾンビィ供がいた。俺は拗ねた。 *********************************************************************************************** 122.幸リリ 廊下は走るな >水陸両用ブルドーザーとかクレーンとかこの業界すげえな… 感心する巽の背中をリリィがポンポンと叩く。 「たつみもようやく重機の良さがわかってきたのかなー?」 「なんじゃい馴れ馴れしい…。まぁ、たしかにちょっと面白いとは思うが」 「ちょっと本貸してあげよっか?」 にぱっと笑ったリリィは巽の返事も聞かずに廊下を駆け出す。 「廊下は歩かんかい!」 「たつみ、先生みたい~」 ………… 「えぇと、これとこれは初心者向けだよね。これはちょっとマニアック…。うぅん、やっぱり外せない」 巽向けに重機本をチョイスするリリィだが、なかなか絞り込めない。 「いいや、全部持っていこ!うんしょ、わっ、わっ!」 数冊の本を持ち上げようとして、リリィは足元の本に躓きバランスを崩した。 「ちゃんと出した本しまわんからそうなるんじゃボケェ~!俺が来なかったら大変なことになっとったぞ!」 「でもたつみ来てくれたじゃん!ありがとね☆たつみ!」 *********************************************************************************************** 123.さくら 虚しい夜明け >プチ不登校さくらちゃんネタ大好きなのでみんなもっと書きなんし カタン、と新聞を入れる音がする。 しまった、もう朝。 ネットで何気ない記事を読んで、そこからリンクで飛んで、また飛んで。 最初に何を見ていたか、もう思い出せん。 無駄な時間。 お母さんに『無駄に夜更かしするのはやめんね』って怒られたのを思い出す。 無駄。 わたしの中学三年間は全くの無駄やった。 そんな大事な時期を無駄にしたわたしやけん、もう全部無駄。 そう思うと涙が出て来た。もう、今日もお休みでよか。 どうせ寝とらんけん、出ても保健室に行くだけ。 いつか、こやんか風に過ごした日も無駄じゃないと思えるようになるとかな? …予想出来ん。やっぱり寝よう。おやすみ。 *********************************************************************************************** 125.幸さく よしよし >幸太郎はんをよしよし! 幸太郎さんが今日もくたびれた顔で帰ってきた。 連日営業に次ぐ営業。疲れるのも当たり前やね。 ここはひとつ、わたしが一肌脱ぐっちゃ! 遅い晩ご飯を食べ終えて、のんびり過ごしとる幸太郎さんにこっそり近付く。 そっと頭をよしよし。 「幸太郎さんは偉い子やね」 幸太郎さんは急に立ち上がった。 「お前、何子供あやすみたいに『よしよし』しとるんじゃーい! プロデューサー甘やかすアイドルがどこにおるんじゃい!」 「え、じゃあ幸太郎さんがよしよししてくれると?」 「な、なに?」 「そうですよね、わたしよしよしされるようなこと全然出来とらんし、そやんか価値なかよね」 そんなわたしを幸太郎さんがよしよししてくれた。 なんか大事なこと忘れとる気がするとやけど、よしよしされたけん、さくら的に まるっ! *********************************************************************************************** 126.巽 栄養 >https://www.curtain-damashii.com/item/battery_zombielandsaga3/ 今日も遅くまで営業にかけずり回った。 コンビニに寄って栄養ドリンクを買い、気合を入れなおす。 そろそろ栄養ドリンク代もバカにならなくなってきたし、ドラッグストアで買い溜めしておこうか。 いや、チェーン店よりは地元商店で…そうなるとどこで買えば今後の仕事に繋がるか…。 いかんいかん、考え事などしていては事故るかもしれん。 一旦手帳に書き出し、頭から今の考えを押し出す。 念のため安全運転で家に帰った頃にはとっくにてっぺんを過ぎていた。 「ただいま…」 「ワン!」 出迎えのロメロをモフモフと撫でてやる。やーらしか。 …いや、やーらしいのはロメロだけではないな。 玄関先で、ゾンビィどもが眠っていた。 この寝顔が、栄養ドリンク以上に俺のやる気を奮い立たせてくれる。 さて、ゾンビィは風邪をひかんがせめて布団ぐらいはかけてやるか。 *********************************************************************************************** 127.幸さく コンビニ 自動ドアをバックミラーで眺めながら、ハンドルを指で叩く。 ようやく、自動ドアが開いた。 「お前ら、時間が無いからコンビニで昼飯済ますって言うたじゃろがい!  なのに一体何分かけとるんじゃい!」 「す、すみません…」 「謝らなくていいわよ純子。まだ時間たっぷりあるじゃない!」 「コンビニ久々やけん、しょーがなかろうが!」 「わっちは初めて入りんした。楽しいところでありんすねぇ、こんびに」 「たつみがもっと連れてきてくれればみんな物珍しがらずに早く済ませられたよ。  だから、もし遅刻したらたつみのせいだとリリィ思うなぁ」 「なんじゃいお前ら文句ばっか言いよって!」 「まぁまぁ幸太郎さん、わたしの唐揚げあげるけん、機嫌直して?はい、あーん」 「そんなことで…俺の機嫌が治るわけ、うまいなこれ」 「はい、もう一個」 「すまんな…なんじゃいお前らその目は!」 *********************************************************************************************** 128.愛サキ 枝毛 レッスン中、愛の動体視力はあるものを捉えた。 「ちょっと、リーダー」 「お、どやんしたと?愛」 愛は憤怒の表情を浮かべ、その髪を掴む。 「これ、なんなの!?」 「…あ、枝毛」 さくらが何気なく呟いた一言で、サキは何故愛が怒っているのか、ようやく理解した。 「あー、ほら、アタシ髪脱色しとるけん、枝毛出来やすいんだ。悪ぃ悪ぃ」 「『悪ぃ悪ぃ』じゃないわよ!アンタちゃんと自分のチャームポイント把握してる?  その綺麗なロングの金髪はフランシュシュ弐号の魅力なの!わかってんの!?  特に『特攻DANCE』でアンタが髪をバサッと振るシーンなんてファンに大好評なのよ!  ネットでも『弐号さんの髪がばい綺麗やった』とか『メッシュがアクセントになってよかよね』とか  書き込まれてるのよ!それをアンタが大事にしないでどうすんの!?」 愛は早口でまくしたてながらサキを壁際においやる。 「いや、でも…アタシ髪の手入れとかよくわからんし…」 「まったく…じゃあ今日いっしょに水浴びしましょ。手入れの仕方教えてあげるから」 「…あぁ」 両頬を真っ赤に染めたサキは、そう返事するのがやっとだった。 ------------------------------------------------------------------------------------------------- 夜、水浴び場にて。 「ちょっとサキ、アンタ前くらい隠しなさいよ」 「別に女同士やけんよかやろ!洗うとき見えるしよ。で、髪の手入れってどうすっとや?」 「とりあえず、いつもどうしてるかやってみて。そこからアドバイスするから」 「おう」 流石にサキも年頃の少女である。そこまで口出ししなくても大丈夫だろう。 愛はその自分の認識の甘さに後悔することになった。 「待って。なんでそんな雑な扱いしてるのにこんなに髪キレイなの!?なんなの!?」 「アタシの髪やけん、気合がちげーんだ、気合が」 「褒めてない!呆れてるの!もう、いい!明日からしばらく髪洗ってあげるわ!」 ぷんすかと怒りながら、愛はサキの髪にトリートメントを馴染ませた。 「髪の毛ひとつでこやんか時間かけるたぁ、アイドルってのはめんどくせぇなぁ」 「今更?というか今までアンタ何してたのよ。入浴時間あんまり私達と変わんなかったわよね」 「あぁ、星見とった」 「星?」 愛が空を見上げると、満天の星空が広がっていた。 「街なかなのに、こんなに星が見えるなんて…」 「東京が明るすぎるだけっちゃろ、良く知らねぇけどよ」 ふたりはしばらく時間を忘れて星空を眺めていた。 「ありがとね、こんな星空教えてくれて」 「礼を言うのはアタシの方だよ、わざわざ髪洗ってくれて」 サキは何か閃いたのか、自分の太ももをパァンと叩く。 「よし、じゃあお前の背中流したるけん、それでチャラな!」 「ちょっと、やめてよサキ!私そういうのくすぐったくて苦手なの!」 「遠慮すんな、遠慮すんな。お、そういや愛がアタシのことサキって呼ぶの珍しか!」 「なんなの!」 *********************************************************************************************** 129.幸さく 一目惚れ 今日図書館で借りてきた本は、一目惚れからふたりの物語が始まった。 一目惚れ。そやんかこと本当にあるっちゃろか?わたしの場合は全然一目惚れやなかった。 乾くんのころはただのクラスメイトのひとりやったし、 幸太郎さんになってからも、しばらくはよくわからん人だと思っとった。 偉そうだし、ポッケからゲソ生やしとるし、妙に絡んでくるし。 今は、なんでそやんかことしとったか大体わかっとる。ゲソ以外。 やけん、人と人とはずっと付き合って初めてお互い好きになれると思う。 あ、でも幸太郎さんっていつからわたしのこと好いとーと? 学生の頃から?それともゾンビィとして蘇らせてから? 学生の頃ならもしかしたら一目惚れ? えぇ、わたし生きとった頃ずっと男の子と縁ないと思っとったとやのに!どやんすどやんす!? ばってん、幸太郎さんに『一目惚れ?』って聞いても『調子のんなボケェ~』って返って来そう。 素直じゃなかよね。そやんかところもやーらしくて好いとーとやけど。 幸太郎さんが起きたら、聞いてみようかな? そう思いながら、隣で寝ている幸太郎さんにおやすみのキスをするさくらなのでした。 >好いと~よ?好いと~よ?教えて欲しかよ好いと~よ?攻撃で陥落させられそうだな… 「調子乗んなボケェ~!」 結果は案の定。でも負けん。こうなるの知っとったけんね。 「幸太郎さん、わたし幸太郎さんのことこやんか好いとーよ?…教えて欲しか」 少女漫画とファッション誌で学んだこの上目遣い。これで落ちん男はおらん!…らしい。 「…なに変顔しとんじゃい」 「ひどかー!」 「どーせ漫画やファッション誌の真似しとるとやろがい!」 「なんで知っとーとですか!…本当に教えてもらいたいだけとやのに」 「拗ねるな」 「拗ねとらんもん。…ケチ。どうせわたしは魅力持っとらんけん上目遣いもろくに出来ん」 「わざとらしすぎじゃい、狙わずに自然にやらんかい」 「そやんかこと言われても…」 「お前の自然な表情は魅力的なんだ、自信を持てさくら。…なんせ俺が一目惚れするほどだからな」 幸太郎さんが真っ赤になりながらそっぽを向く。そやんかところ、好いとーよ。 *********************************************************************************************** 130.リリゆぎ 膝枕 >えっ?わっちはリリィはんに膝枕してほしい 「ゆぎりんってさ、いっつもお姉さん役やってて疲れない?」 「わっちが?」 ゆうぎりはキョトンとした顔をする。 彼女としては、特にお姉さんらしいことをしている自覚もなく、日々生きているつもりだった。 「でも甘える相手もいないし、無理してるところあると思うよ。無理して死んだリリィが言うから間違いなし!」 「それは説得力がありんすな」 「だからね、今日はリリィのことお姉ちゃんだと思ってなんでも言って!」 「では、膝枕してくださんし」 「お安い御用だよ!」 ゆうぎりはリリィの膝にそっと頭を預ける。 なるほど、これは安らぐ。 仰向けに寝転がると、ニッコリ笑うリリィと目があった。 「…たまにこうして甘えてもいいでありんしょうか?」 「もちろん、いつでもオッケーだよ☆ゆぎりん!」 *********************************************************************************************** 131.純さく幸 火蓋 さくらさんが鏡を見ながら髪型を整えていました。 「巽さんのところへ行くのですか?」 「え?…う、うん!そろそろ疲れとると思うけん、コーヒーでも差し入れしようと思って」 「そうですか、いってらっしゃい」 笑顔で見送った私にかわいらしい笑顔を返すさくらさん。 その夜もさくらさんは戻って来ませんでした。 翌日のミーティングのあと、私は意を決して巽さんに聞きました。 「さくらさんのこと、どう思ってらっしゃるのですか」 「俺のプロデュースするアイドルに決まっとるじゃろがい」 「建前は結構です。ひとりの女性として、どうお考えですか?」 「どうって、その…」 「そんなハッキリしない態度では姉としてさくらさんとの交際を許すわけにはいきません」 「お前いつから姉になったんじゃい!」 「私は昭和のアイドル紺野純子ですよ!?これが私のキャラです!」 私と巽さんのさくらさんをかけたバトルの火蓋が切って落とされました。 *********************************************************************************************** 132.幸さく カレー 「ふぅ…」 ため息とともにエンジンを切る。今日は久々に早めに帰ってくることが出来た。 「ワン、ワォン!」 「おぉ、毎日出迎えありがとな、ロメロォ~」 やーらしか愛犬をひとしきり撫でる。これをやらんと帰ってきた気がしない。 玄関の扉を開けると、カレーの匂い。これはさくらのカレーか。 幅広い才能を集めたせいか、奴らの作るカレーは個性豊かだ。 純子のキノコ盛りだくさんカレーは、隠し味に出汁を使っているのか、どことなく和風の香りがする 逆に、ゆうぎりのライスカレーはまだ西洋料理が日本に定着していなかった頃の味を思わせる。 リリィの作るカレーはかなり甘口だが、ひとつひとつ星型に切った人参などが目を楽しませてくれる。 サキはいつも『普通がわからん』と言う割に、作るカレーは普通の、温かい家庭の味で安心感がある。 愛のキーマカレーは最早カレー風味の肉そぼろご飯というほどひき肉が全面に出ている。だがそれがいい。 さて、一見普通のカレーを作りそうなさくらだが、意外なことにエスニック風味のカレーを作る。 計量の面倒なお菓子作りの反動で一時期適当に作れるカレーにハマっていたらしい。 「あ、幸太郎さんおかえりなさい!今カレー温め直しとるけん、手洗って待っとってね!」 エプロンを着けたさくらが顔を覗かせる。 まだ着替えを済ませていないのか、いつもの制服にエプロンである。 俺は俺の中の乾を必死で鎮めつつ、手を洗いに行った。 「はい、おまたせ」 スパイスの香りが俺の空腹を刺激する。 「クミンがお腹にいいって聞いて、ちょっと多めに入れたとやけど、匂い大丈夫ですか?」 「あぁ、よか匂いがするのぉ」 「よかったぁ…」 さくらが安堵のため息を吐く。 さくらが最初に趣味全開のカレーを作ったときの大不評ぶりを思い出して 笑いそうになるのを必死にこらえた。あのときは珍しくゆうぎりが一番狼狽していたな。 「あ、幸太郎さんまたあのときのこと思い出しとる」 「思い出しとらん思い出しとらん。たえがスパイスの香りに怯えて凶暴化したことなんて忘れた」 「思い出しとるやなかですか!もぉー!」 「今じゃお前の作ったカレーも人気なんだしそんな怒んなくていいじゃろがい。いただきまーす」 「はい、どーぞ」 ふてくされたさくらが不機嫌そうに言う。 カレーをすくい上げ、口に入れる。美味い。スパイスの重層的なあれがなんやかんやで美味い。 二口、三口とかきこむ。 「ゆっくり食べんと胃に悪かですよ」 そうは言うが、美味いものを食べると『早くよこせ』と俺の胃が叫ぶのである。 調子に乗ってもう一口入れたのが失敗だった。 「いてっ」 唇の端にヒリヒリとした痛み。 「幸太郎さん、どやんしたと?舌でも噛んだ?」 「そんなどんくさいわけないじゃろがい。いつの間にか唇を切っとったらしい」 「え、どこですか?…もう、幸太郎さんったら子供みたいにカレー口いっぱいにつけて!」 さくらが笑いながら俺の口をおしぼりで拭う。子供扱いしよってからに。 「うわぁ、痛そう。端のところ裂けてるとですよ。どやんしたと?」 「どこじゃい」 「この辺です」 さくらが傷の周りを恐る恐る触る。言われてみれば少し腫れているようだ。 「多分口角炎だろう。なに、何日かすれば治る」 「カレーみたいな刺激強いもの食べて傷悪くならん?」 「このカレーは愛情たっぷり入っとるから傷にいいんですゥー」 「真面目に心配しとるとですよ!」 さくらが心配そうに、うるうるした目でじっと傷を見る。 「そんなマジマジ唇見られたらちゅーしたくなるじゃろがい」 「またそやんか冗談言って、幸太郎さんのバカ!」 さくらは不機嫌そうに離れた。 「本当に大した傷じゃない、さっきはカレーが染みただけだ」 「幸太郎さん、いっつも誤魔化して無理するけん、信用できん」 反論しようとしたが、色々と身に覚えがあるので、まずは栄養を付けるべく俺はカレーを再び口にした。 幸太郎さんったら、お口ケガしとるとやのにカレーをあやんかパクパク食べて。 美味しそうに食べてくれるのは嬉しいとやけど、怪我が悪くなったら元も子もない。 痛いのに耐えて無理しとらんかじーっと監視。 …それにしても、今日は特別お腹が空いとったのか、味が好みに合ったのか、 ニコニコしながら食べとる。サングラスで目は見えんけど。 「さくら、おかわり」 「晩ごはんにたくさん食べると太りますよ」 「プロデューサーにはエネルギーが必要なんじゃーい!」 幸太郎さんが駄々をこねるのでしょうがなくカレーを盛ってあげる。ただし、さっきの半分くらい。 それでも大喜びで食べ始めるのがやーらしか。傷は本当に大したことないみたい。よかった。 『そんなマジマジ唇見られたらちゅーしたくなるじゃろがい』 さっきの幸太郎さんの言葉が頭の中で響く。 …わたしだって、ちゅーしたか。 食べ終わったらもう一度念入りに傷の様子を見てあげよう。 カレー味のキスはあんまりロマンチックやなかばってん、そこは我慢することにした。 >キスだけで済む? そっと唇を離した。…やっぱりカレーの味。 「さくら…」 幸太郎さんが、私の名前を呼ぶ。 わかっとる。わたしも本当は…。 でも、その唇をそっと人差し指で押し留める。 「幸太郎さん、その口角炎って寝不足が原因やなかと?」 「いや、その」 「じゃあ、今夜はダメ。アイドルとしてプロデューサーの健康を害するわけにはいけんよ」 そう答えたら、幸太郎さんは見るからにションボリした。 まるで捨てられた子犬みたい。しょうがないのでこっそり耳打ち。 「…治ったら、いっぱいしてあげるけん」 言っちゃった。恥ずかしか。わたしは急いでその場を離れた。 わたし、こやんかエッチな子やなかとやのに、幸太郎さんのバカ! *********************************************************************************************** 133.たえさく おねむ 今日も無事一日を終えたフランシュシュの皆さんは、みんなパジャマに着替えて寝る準備。 歯磨き洗顔バッチリ終えて、あとはスヤスヤ眠るだけ。 みんなすぐにお布団に…は入りません。 なんせ女の子6人とリリィちゃん1人ですから、寝る前についついガールズトークに花咲かせてしまうのです。 「ヴァー…」 ですが、たえちゃんはどうやらもうおねむ。 よだれを垂らしつつ、こっくりこっくり舟を漕いでいます。 「たえちゃん、大丈夫?もう眠か?」 「ヴーウ…」 まだみんなとおしゃべりしたいたえちゃんは、なんとかこらえようとします。 ですが目は半開きがやっと。とっても眠たそうです。 「じゃあ、たえちゃんこっちおいで」 「ヴゥー」 さくらさんに呼ばれて、たえちゃんはペタペタと四つん這いで移動します。 「よだれ、垂れとるよ。じっとしとってね」 「ヴー…」 「はい、これでよかね」 よだれを拭かれたたえちゃんは、そのままさくらさんの膝に寝転がりました。 「もう、たえってば甘えんぼさんね」 「さくらの膝はむちむちで気持ちよかけん、しょーがねーさ」 「サキちゃんひどかー!」 「あり、でもこの感触はかなりむちむちしておりんすよ」 「ゆうぎりさんまでー!」 楽しそうなみんなの声に囲まれて、たえちゃんはとっても幸せです。 「もう、寝ちゃったね」 「お疲れだったんでしょうね」 たえちゃんの頭をそっと持ち上げて、枕に寝かせてあげると、さくらさんはたえちゃんの横に寝転がりました。 「やーらしか寝顔やね…」 みんなでおやすみを言うと、さくらさんはたえちゃんを抱っこしながら、スヤスヤと眠りに就くのでした。 *********************************************************************************************** 134.幸さく さくら色 フランシュシュジャンケンとは! 勝ち抜け・負け抜けを決めず、多数派が抜ける特殊ルールである! 「「「「「「じゃんけんぽん!!」」」」」」 「やった、一人勝ち!あ…」 故に、一人勝ちも一人負けも実質同じなのである! 「ということで今日の生贄もさくらばい、グラサン」 「うぅ、持っとらん…」 「人とのお仕事を罰ゲーム扱いするのやめんかい!傷付くじゃろがい!」 さくらが嫌がるのも無理はない。 今日は一名、巽のアシスタントとして外回りに同行することになっている。 しかし、巽がゾンビィバレ防止のため彼女らの外出を可能な限り制限している影響で、 この日にスケジュールが集中、鬼のような詰め込み具合となっているのである。 なにより辛いのは、道中は巽と二人きりで過ごすことである。一部のメンバーを除いてまさに罰ゲーム。 他のメンバーが密かに結託し、気まずい道中を罰だと感じないメンバーにその役割を押し付けるのは自然な成り行きであった。 罰を罰と感じない一部のメンバーとは、源さくらただ一人のことである。 かくして二人は東奔西走した。 東にCMの営業があれば行って顔見せをし 西に外注の小道具があれば行って衣装と合わせ 南にイベントの準備会があれば行って挨拶をし 北にプロマイドのロケ地があれば行ってテストショットを撮り… 「あ~がばきつか~…」 「ゾンビィのお前が俺より先にへばってどうすんじゃボケェ~!」 そう言いながらさくらに缶コーヒーを手渡す。 「あ、ありがとうございます!」 既に日はとっぷりと暮れ、帰りを急ぐ車が国道に溢れていた。 「テストショットはまぁこんなもんだろう。後は帰るだけだな」 「はい。…あ、ちょっと待って幸太郎さん、ここって…」 「…」 奇しくも、さくらたちの高校の近所であった。 「本当にこんなところにそんなところがあるんだろうな?」 「えぇ…10年経っとるけん、自信なか…」 さくらの案内で車は高校の裏手を行く。学生たちも既に帰宅したであろう高校周辺はシンと静まり返っていた。 着いたのは坂道に出来た少し大きな公園。さくら曰く、春になるとここは隠れた桜の名所となるらしい。 だが今は、寂れたライトが頼りなく地面を照らす陰気な公園である。 「この上だな」 「はい。…」 暗い足元を見て、さくらが巽に不安げな視線を送る。 「なんじゃいもう、ほれ」「えへへ」 巽が差し出した手を、さくらは強く握った。 「こやんかとこ誰かに見られたらどうすんじゃい」 「アイドル思いのプロデューサーがアイドルが怪我しないようにエスコートしてくれただけやけん、問題なかですよ」 「そんな言い訳通用するかい」 「じゃあ、それ以外の理由で手握ってくれたと?」 「な…!?」 「そ、その手の奴らはなぁ、真実がどうあろうと下衆の勘繰りであることないこと…お、これか」 「大きかですよね」 坂の上に、立派な枝ぶりの桜が公園の主のように構えていた。しかし、未だ蕾ひとつない。 「こんだけデカいと上手く撮るにはイメージが浮かばんな…」 「えぇ、ダメですか…?」 「そうは言っとらん。はい、ここ立ってー」 巽はさくらを木から数メートル離れた場所に立たせて、自分はぐんぐん遠ざかっていく。 「え?えぇ?」 巽は地面に這いつくばるようにしながら、さくらを見る。スカートを押さえたさくらが怒声を上げた。 「な、なんしょっと!?」 「桜の花とお前が一番綺麗に映えるポイントを探っとるだけじゃい!勘違いするな色ボケゾンビィ!」 そのとき、一陣の風が吹いた。風の行き先をさくらは見遣る。 巽の瞳は、桜吹雪に吹かれたさくらのベストショットをしっかりとらえていた。 おしまい *********************************************************************************************** 135.幸さく 源さくらは知っている… >さくらはん!もっとスケベしなんし! 「ん…!」 わたしの中に幸太郎さんの指が入ってきた。 やさしく、ほぐすように中をまさぐる。 「ぅん…ハァ…」 わたし、知っとるよ。 『女の子の中で乱暴に指を動かしても痛いだけ』って知って、恐る恐るやっとるの。 言ったら可哀想やけん、絶対言わんけど。 …でも、こやんか、焦らされてばっかりだと…ダメ。 幸太郎さんに手を伸ばして、指をゆっくり這わす。 そっと逆手で握って、撫でるように柔らかくしごく。 「…幸太郎さん」 『こっち』で、して。 手の中のそれが熱くビクビク跳ねたかと思うと、優しくベッドに身体を倒された。 幸太郎さんもこっちの方が遠慮なく出来て好きっちゃろ?わたし、知っとるよ。 *********************************************************************************************** 136.幸さく ピロートーク 「うぅ~ん、ふわぁ」 朝日を感じながら伸びをする。 幸太郎さんはまだ横でグッスリ眠っとる。 指で髪を梳り、頭を撫でる。 「やーらしか…」 顔を見られるのは嫌がるだろうから、枕元にあるサングラスをかけてあげる。 さて、コーヒーでも入れるとかな。 立ち上がろうとしたわたしの脚を幸太郎さんが掴む。 「さくらぁ…」 「もう、幸太郎さん、コーヒー淹れに行くだけやけんよかでしょ?」 「…やだ」 「もぉ、子供みたいにワガママ言わんと…」 「さくらぁ…」 「はぁ、はいはい。甘えんぼさんなんだから」 こうして過ごす朝が、とても好き。 *********************************************************************************************** 137.幸さく だるま 小鳥の囀りと朝の光で目を覚ました。今日も爽やかな朝。 あ…鼻が無性にかゆか…。 手を伸ばす。 伸びん。 布団の中から出てきた右腕は、二の腕の途中で終わっていた。 右腕だけじゃない。左腕も。 両足も太ももまでしかない。 初めての東京ライブ。それほど有名でもないちょっとしたライブハウス。 でも、わたしたちにとって大きな一歩。 結果は大成功、最後以外は。 運悪く倒れた機材からファンを庇い、わたしたちは負傷。 みんなは軽症とやったけど、わたしは四肢を切断することとなった。 …といっても、わたしはゾンビ。千切れた手足もひとつきもあれば修復でき、 その後数ヶ月のリハビリを挟めば完全復帰可能ということだ。 なので、わたしにとってはちょっとした長期休暇気分。手足がないのは不便とやけど。 「いっちにーさーんし…」 ベッドの上でモゾモゾとストレッチ。手足取れるまえより体幹が強くなった気がする。 「今日も元気そうだな、さくら」 「幸太郎さん!…ヒゲ、すごかことになっとーとですよ」 「ん?あぁ、外回りあいつらに任せとるけん、つい油断しとった」 幸太郎さんは無精髭を気にしながらベッドにどかっと座る。 「リリィちゃん戻ってくる前に剃っといてくださいね。…みんな大丈夫かなぁ」 「なに遠い目しとるんじゃい」 幸太郎さんがわたしの肩に手を回し、軽くヘッドロックをかける。 「遠い目なんてしとりません!」 「ほんとかー?ほんとにおちこんどらんかー?」 「もう、せからしか!」 幸太郎さんの心配はわかるが、わたしだって自分の役割は理解しとる。 事故のおかげで失速した勢いを、わたしの復活ライブで逆に起爆剤とする。 みんな、幸太郎さんの立てたその戦略に沿って動いている。わたしだけ拗ねとる暇なんてなか。 「ほれ、いい子のさくらちゃんにサンタさんからプレゼントじゃい」 「えぇ…季節感なか…」 「うっさいのぉ~!」 無精髭で季節外れのサンタさんがくれたのは、わたし宛のファンレター。 手がなくて読めんけん、結局開けて読んでもらう。 『一号さん、早く良くなってください』 『また一号さんの元気な姿が見られたら嬉しいです』 「こやんか…もん、毎日読んでもらってだらおぢごんどる暇なんでながでずよ~」 「ほい、鼻かめ鼻」 涙と鼻水でグチャグチャになったわたしを幸太郎さんが綺麗に拭ってくれる。えへへ。 ぐぐぐぐぐぐ~~~~~~きゅるる~~~~。 わたしのお腹の小人が唸る。 「過去最長記録だな」 「いちいち測っとると!?…恥ずかしか…」 幸太郎さんに抱えられて、わたしたちは朝食をとることにした。 朝食と食後の休憩を終えて、幸太郎さんに手伝ってもらいつつストレッチ。 幻肢痛なのか、再生中の手足と感覚が繋がっているのか。 起きている間は何かしていないとたまに痛みの波に襲われる。 ひとりで出来ることは限られてしまうので、手伝って貰えるのはがば助かる。 でも。 「幸太郎さん?」 脚の間に座っとるときに、時折お尻に硬い感触。 「わ、わざとじゃないぞ!疲れとるけん…」 「ふーん」 男の人は『溜まっとる』状態が辛いと昔ネットで見たことがある。 おしりを硬いところに擦り付ける。 「幸太郎さんと繋がっとるとき、手足の痛みがなくて楽になるとです」 「だがなぁ…」 手足が取れてから幸太郎さんは消極的だ。傷に響くのが心配なのかもしれない。でも、わたしは…。 「…お願い、幸太郎さん」 手足のある頃よりも、強く、大事に抱きかかえてくれるのが好き。 手足のある頃よりも、全身を投げ売って身を預けられるのが好き。 「幸太郎さん、幸太郎さん!」 どんなに見た目が変わっても愛してくれるとわかるのが好き。 「さくら、さくらぁ!」 そして、これは言ったら怒られるしヒかれるし、下手したら泣かれるかもしれんけん絶対言わんけど。 「好き、しゅき、幸太郎さぁん!」 幸太郎さんを気持ちよくするためのひとつの道具になっているような気分も、好き。 「さくら!!──────ハァ、ハァ…」 息を切らした幸太郎さんの胸に耳を当てる。ドクンドクンと力強い音。 「幸太郎さん、ちょっと持ち上げて」 「なにを…。あぁ、わがままゾンビィめ」 幸太郎さんはわたしの身体を抱えあげると、そのまま熱い口づけをくれた。 おしまい *********************************************************************************************** 138.幸純 舟を漕ぐ 純子さんはお部屋のソファでひとり、うつらうつらと舟を漕いでいました。 そうだわ、今日はみんなでピクニック。お弁当をたくさん持って。 広い野原をみんなで駆ける。私が好きなあの人は、車の横でそれを眺めて。 『早くこっちにいらしてくださーい』 …いけない、いけない私ったら。居眠りなんてはしたない。 首をふるふる、眠気を覚ます純子さん。けれども睡魔は離れてくれず、夢の世界にどんぶらこ。 そうだわ、今日はあの人とふたり、海辺へお出かけする日なの。 あの人はいつものサングラス、私は白いワンピース。 波打ち際をふたり、ゆっくり歩く。どこまでも、どこまでも。 不意にびゅうっと風が吹いて、私の帽子をさらっていく。 『待って、行かないで』 帽子に呼びかけるけれど、どこ吹く風の知らんぷり。 ビショビショになった帽子を抱えて泣いてる私にあの人は、優しくジョークを言ってくれた。 『あんなに綺麗な海だから、帽子も泳ぎたくなったのさ』 大好きなあの人の匂いがするジャケットに包まって、純子さんは幸せな夢を見ました。いつまでも、いつまでも。 「…っていつまで寝とんじゃーい!」 「ひゃあ!」 巽さんにジャケットを剥ぎ取られ、純子さんはコロコロとソファを転げ落ちました。 「ちょっと寝とるだけかと思ってジャケット貸したらこんな時間まで寝よってからに! 早く寝室に戻らんかーい!GOGOGO!」 「す、すみません…」 ジャケットを返そうとした純子さんは、巽さんの肌に少し鳥肌が立っていることに気付きました。 「お礼と言ってはなんですが、紅茶を一杯いかがでしょう?私、こう見えて上手なんですよ」 「別にいらんわい」 「まぁそう遠慮なさらずに、お茶菓子もありますよ」 「…どうしてもと言うなら付き合ってやるわい」 「えぇ、どうしても」 「しゃーないのぉ」 巽さんの不器用な優しさや照れ隠しがとっても可愛らしく思えた純子さんなのでした。 *********************************************************************************************** 139.幸さく はじめての日 アルピノライブを終え、クリスマスもお正月も過ぎ、そろそろ仕事始め。 ただ、それだけのなんでもない日。 何がきっかけだったかは思い出せない。 目があったのか、手が触れ合ったのか。 なぜか、無性に幸太郎さんが愛おしく感じて、幸太郎さんもわたしを求めてくれて。 気付けば唇を交わしていた。 軽く触れ合ったときは夢だと思った。 幸太郎さんの舌が、ゆっくりとわたしの唇から入り、舌に絡まると、ようやく現実だと思えた。 だって、そやんか不思議な感触知らんけん、夢で見れるわけなか。 わたしもなんとか応えようと舌を動かすけど、邪魔しとるみたいで途中でやめた。 …幸太郎さんって大人のキス慣れとるとかな。 わたし以外の女の子にも、いっぱいこういうことしとるよね、黙ってればモテそうやけん。 キスしてもらってるのに、悲しくなってきた。 ばってん、唇を離した幸太郎さんは、ただ、不器用に全力でわたしを抱きしめてくれて、 なんも言わんかったとやけど、愛してくれているのは伝わった。 そうしてただ抱き合っていると、幸太郎さんの強い鼓動を感じた。 …あれ?なんかもう一個ドクンドクン言っとる。 あ、わたしの心臓も動いとる。リリィちゃんもハート動くけん、わたしも動くよね。 「ゾンビィのくせにいっちょ前にドキドキしよって」 「え、気付いとったとですか?」 なんかわからないけど、恥ずかしか…。 幸太郎さんが顔を近づけて来たので、目を閉じ、口を開けて受け入れる。 昔、恋人同士でするキスが何より気持ちいいってネットで見て 『ウソくさ~』って笑っとったけど本当のことだったみたい。 幸せで脳が蕩けそう。…ゾンビやけん、本当に蕩けとるとかな? ちらりと目を開けると、幸太郎さんの手がわきわきと宙を掻いていた。 触ろうとして、また引っ込めて。もう、エッチとやのに度胸なかね。 手首をぐっと掴んで、わたしの胸に押し付ける。一瞬強張った手が、やさしく胸を掴む。 好きな人に触ってもらうだけで、ひとりでしとるときよりずっと気持ちいい。 唇が繋がったまま、ソファにゆっくりと押し倒される。 唇がそっと離れた。 「好きだ、さくら」 幸太郎さんが囁く。 いつもの自信満々の声やなくて、どこか不安を押し殺したような声。 こやんか愛してくれとるのに、不安がるなんて変な人。 「わたしも、好き。…大好き、幸太郎さん」 耳元で囁いたら、幸太郎さんはビクッと震えた。 「あ、もしかして耳弱か?」 「んなわけないじゃろハフゥ」 耳にふーっと息を吹きかけたら変な声を上げた。がばやーらしか。 おかえしに耳たぶを甘噛みされた。 「…んぅっ」 …えっちな声出ちゃった。 幸太郎さんの手が勢いづいて、シャツのボタンもブラのホックも外された。 今日なんとなくフロントホックのにしといて正解やった。 「…最後まで、していいか?」 幸太郎さんが真剣な声で聞く。もう、そのまま黙ってしてくれてもよかやのに。 普段はおちゃらけとるのに本当は真面目で律儀なとこ、好いとーよ。 「よかよ、いっぱいして」 湿った下着をずらされて、熱いものが当たる。あ、せっかくやけん本物のおちんちんじっくり見てみたか。 …それはちょっと乙女としてアウト。言わないでおこう。 ぬちゃ、と湿った音とともにズブズブと身体の中に熱いものが入ってくる感触。 ゾンビになっとるせいか、痛みはそんなにない。 「痛くないか?」 「うん、全然痛くなかよ。なんか幸せ」 お腹の上から入っているあたりをスリスリ撫でてみる。がば不思議な感覚。 幸太郎さんがゆっくりと腰を動かすと、甘い電流が背骨を流れた。 わたし、こやんか幸せになって、本当は持っとるかも。 ビビビ そう思った瞬間、変なとこが攣った。 「イテテテテ!締めるな、もげる!」 「えぇ!?ど、どこの力抜けばよかと!?」 ふたりで繋がったままにっちもさっちもいかなくなった。持っとらん。 足が攣ったときのようにストレッチで伸ばそうにも、どこを伸ばせばいいかわからん。 だいいち、幸太郎さんのが入りっぱなしで伸ばせるとやろか…。 「どやんす、どやんすぅ~」 「いてて、暴れるな。背に腹は変えられん。恥を忍んでゆうぎりに助けてもらう」 幸太郎さんがヒュルルルと指笛を吹く。 「ワン!」 数十秒後、ドアの向こうでロメロが鳴いた。多才な人っちゃね、幸太郎さん。 「ロメロ、ゆうぎりを呼んできてくれ!」 「アォン!」 ロメロは元気に返事をするとポテポテと走り去っていった。 数分後、みんなの足音が聞こえてきた。 そうやね、こやんか騒ぎがあったら心配半分面白半分で見に来るよね。娯楽少なかけん、仕方なかよね。 「さくら、グラサン、どやんした~?」 「リリィ眠いんだけど~」 「巽さん、さくらさん、大丈夫ですか?」 「ヴァー」 「アンタらこんな夜中になにやってんよ…」 「キャンキャン」 「わっちになんのようでありんす~?」 ドアの前が一気に騒がしくなる。 「リ、リリィちゃんとたえちゃんは寝てて!心配なかけん!」 一瞬の沈黙。 「ふわぁ~あ。リリィ、眠たくなったからお部屋戻るね!行こ、たえちゃん」 リリィちゃんが天才子役とは思えないわざとらしい棒読みで言った。 扉の向こうでサキちゃんたちがニヤニヤしてるのが見なくともわかる。 「こんボケぇ~」 「だってぇ~」 「あり、鍵かかっておりんす」 「開けっ放しでヤッてたら引くわよ…」 「私、工具持ってきま「どりゃあああああ!!」」 扉からサキちゃんの手が生える。まるでゾンビ映画みたい。 そのまま鍵を回して扉を開けた。 「…犬の交尾みてぇなことになっとんな」 「は、破廉恥です…」 「どういうプレイよ…」 「違うの、変なところ攣っちゃって…」 「いててて!暴れるなっつっとるじゃろが!」 「この『ぱたーん』はわっちも初めて見んした」 ゆうぎりさん曰く、慣れてない女の子がたまに挿れる前に緊張で攣ってしまうことがあるらしい。 さすがに挿れた状態で見るのは初めてって言うとった。持っとらん。 「殿方が前戯もろくにしない童貞だと『倍率どん』というやつでありんす」 「…悪かったのう」 「幸太郎さんも初めてやったと?」 「何をうれしそうにしとるんじゃい!この状況をなんとかするのが先じゃろがい!」 「そ、そやったね!ゆうぎりさん、なんとかならん?」 「わっちに任せなんし」 ゆうぎりさんは一歩下がり、しずしずとお辞儀をした。 「…ハァーッ抱きなんし!ハァーッ抱きなんし!抱きなんしー!抱きなんしー!」 そのまま阿波おどりのように踊り出すゆうぎりさん。日本舞踊以外も踊れたっちゃね、流石伝説の花魁。 「…なんの意味があるんじゃい」 「幸太郎はんの魔羅を鎮めれば自ずと抜けるでありんす、さぁ、皆で踊りんしょう」 「「「「ハァーッ抱きなんし!ハァーッ抱きなんし!抱きなんしー!抱きなんしー!…」」」」 そのまま皆はぐるぐるとわたしたちの周りを踊り狂った。 まるで死霊の盆踊り。 初体験がこやんかことになるなんて、やっぱりわたし持っとらん。 幸太郎さんのおちんちんは小さくなって、つるりと抜けた。 「うぅ、恥ずかしか…死ぬ…」 「大丈夫です、さくらさん。もう死んでますよ」 「そういうことやなかよ…」 「そう、その要領で揉みほぐしなんし」 「こ、こうか?」 「さくら、オメェケツ毛やべぇな」 「今後水着撮影もあるかもしれないし、ちゃんと処理しなさいよ。  …アンタはなんで残念そうにしてんのよ」 「べ、別にそんな顔しとらんわい」 「『ふぇちずむ』というやつでありんすなぁ」 「なんじゃい、お前らその目は!」 「人間少し変な性癖があるのが普通らしいですから、心を強く持ってくださいね」 「さくら、アイツが変なプレイ強制してきたら遠慮なく相談しなさいよ」 「いざとなったらアタシがぶっ飛ばしたるけんな」 「なに女の友情深めとるんじゃーい!」 今日感じた恥ずかしさだけで何回死ねるとやろ。わたしはため息をつく。 隣の幸太郎さんもすっかり憔悴していた。 「ごめんなさい、わたしが持っとらんせいで…」 「俺がちゃんとお前の緊張をわかっていなかったせいだ、気にするな」 優しく肩をポンポン叩いてくれた。 「そういえば幸太郎さんも初めてとやのに、なんであやんかキス上手かったと?」 「上手かったか?…いや、小学生の頃さくらんぼの茎を結ぶのがクラスで流行ってな」 「出来るとですか?」 「中学生になってようやく出来るようになって自信満々に披露したら、エロ魔神の称号を得た」 「ふふ、あははは!ひどか!」 「な、ひどかやろ!しかも称号くれたのは最初に結ぼうとしたやつでな!」 その後、ふたりで他愛ない話しをして、キスをして。でも、その日はそれだけ。 「今度から、お風呂入って身体あっためてきますね」 「そんなことしたらバレる…、いや、もういいか。好きにしろ」 今日は散々やったけん、次からはどうか上手くいきますように。 *********************************************************************************************** 140.乾さく 早起きした朝 スズメたちが庭木を飛び回る。朝の冷気が心地よく俺の心を引き締めた。 今朝はいつもより早起きしてしまい、時間を持て余したので一本早い電車に乗ってみた。 朝練には遅く、普通に登校するには早い、生徒たちの空白時間。 学校へと向かう道も人影がまばらだ。 む…! 白いドットパターンが入った、ピンクとエメラルドグリーンのリボンが俺の視界でゆらゆら揺れた。 あの後ろ姿は間違いなく源さん。運命の出会いだ!ありがとう、神様。 なんとしても声をかけなければ。 …間違いなく、源さん、だよな? 人違いじゃないよな? 恥ずかしいぞ、別人だと。もう少し様子を見るか? いや、ダメだ。それでは会話する時間が減ってしまう。 横に並んで、本人かどうか確認してから声をかけるのがベストだ。 その案で行こう。やるぞ、乾。 自分に気合を入れて、俺はさり気なく歩調を早めた。 「あ、乾くん!おはよう!」 源さんが眩しい笑顔で挨拶してくれた。改めてありがとう、神様。 「…おはよう」 返事が少し無愛想になってしまったが、どもるよりはマシだ。 「早かね、いつもこのくらいの時間に来よると?」 「いや、今日はなんか…」 「あぁ、早めに目ぇ覚めちゃったと?あるよね~、そやんかこと」 源さんが『わたしの早起きの理由を聞いて』と言いたげな態度を取る。 自慢じゃないが、結構鈍感な俺に対してここまで言いたいことが筒抜けなこの素直さがとてもかわいい。 「源さんは…どうしてこんな時間に」 源さんの笑顔が一段とパァっと輝いた。おかしいな、太陽がふたつあるぞ。 「あのねあのね!アイアンフリルのチケットが当たったと!わたし持っとらんけん抽選とか今まで一度も  当たったことなくて、それどころかなぜか読者全員サービスすら届かんかったりするくらいとやけどね、  今回なんと当たったっちゃよ!ん?当たっちゃったよ?どっちでもいっか!それでねそれでね!」 源さんのマシンガントークにハートを射抜かれて、俺のハートは穴だらけになった。神様ありがとう…。 「ハァ~」 さくらがまたため息をついている。 あの子のことだ、アイアンなんとかのライブチケットが外れたんだろう。 ここは付き合いの長い私が励ましてあげなくちゃ。 「さくら、チケット外れたくらいで落ち込まない落ち込まない。どうせ抽選当たったことなかよね」 「…失礼な、チケットは当たったと」 「えぇ、ウソ!?天変地異の前触れ!?」 「ひどかー!」 「ごめんごめん、でも念のため肉離れとおばあちゃんには気をつけなよ」 「そやんかことわたしが一番わかっとるよ~」 「じゃあなんでため息なんて吐いてたと?」 「…言いたくなか」 さくらが机の上に突っ伏した。 「…誰にも言わんけん、こっそり、ね」 突っ伏したさくらに片耳を寄せる。 「…あのね、乾くんいるでしょ」 「あぁ、あんたのCD拾ってくれた、ガリ勉の、パッとしない」 「後ろふたつは余計!…今朝偶然道で合ってね」 「ヒュー」 「せからしか!」 「そんでそんで?」 「…チケット当たって浮かれとったけんついマシンガントークしちゃって」 「あぁ~…」 「絶対変な子って思われた~」 「大丈夫、さくらはおっぱい大きいし、おっぱい見てて多分話半分も聞いてなかったって」 「乾くんはそやんか人じゃなかよ!」 「え~実はべた惚れ?ねぇ、べた惚れ?」 そのあと拗ねたさくらにケーキ奢ってあげたっけ。あれから十年、桜が咲く頃になると何故か思い出す。 おしまい *********************************************************************************************** 141.幸さく ひなあられ 「幸太郎さん、お茶淹れて来ましたよ~」 さくらがえらく上機嫌で入ってきた。手に持った盆には湯飲みと小鉢。 「すまんな。これは…なんじゃい、麩?」 「食べてみてください!」 摘まみ上げると麩にしては固めだ。 口に放り込むとサクリとした食感と甘みが広がる。 「雛あられか、いけるな」 「はい、新作っちゃけん幸太郎さんにまず食べてもらおうかなって」 「俺は毒味役かボケェ~、しかし…」 雛あられをひと粒つまんでマジマジと眺める。 「これは『おかし作りが好きな女子高生作』というより『料理上手な奥さんの手作りおやつ』って感じじゃな」 華がない、と冗談を言ったつもりだった。しかし。 「も、もぅ~幸太郎さんてば、いきなり何言いよるとですか!奥さんって、もぉ~!」 俺の背中をバシバシ叩き、さくらは走り去っていった。 自分の発言を振り返る。…顔から火が出るかと思った。 *********************************************************************************************** 142.幸さく クアルト 「幸太郎さん、ちょっとよかかな?」 さくらが珍妙な置物を持って現れた。丸いお盆に大小の棒が乗っかってる。 「なんじゃいこれは?」 「古道具屋さんで見つけたと。おしゃれなインテリアかと思って買ったら実はボードゲームだったとよ!すごかよね!」 さくらは目をキラキラ輝かせて言う。少ない小遣いで何買っとるんじゃいコイツは。 「で、そのボードゲームがどうした」 「みんなでやったら白熱したけん、幸太郎さんとやったら面白いかなぁって」 「俺は忙しくてゲームどころじゃないんじゃーい!」 「…ふーん」 さくらが脇から俺の部屋を覗き込んだ。 「ゆうぎりさんの担当曲作るの、『随分』捗っとるようですね」 「むぐ…」 部屋の中にはクシャクシャに丸めた紙屑が散乱している。 たしかに俺はゆうぎりの曲を作るのに苦労していた。 「だからって、遊んでいいわけがあるか」 「煮詰まっとるときには気分転換せんといけんよ!1ゲーム10分もかからんけん!」 「しっつこいのぉ!やらんといったらやらん!」 「…幸太郎さん最近悩んどるけん息抜きにと思ったとやのに」 さくらがしょんぼりうな垂れた。 …こいつかまたネガティヴスパイラルに陥ればきっとまた苦労するだろう。 断じて情にほだされたわけではない。断じて。 「…どんなルールなんだ?」 「え?」 「ちょっとだけ付き合ってやると言うとるんじゃ!説明せんなら俺は作業に戻るぞ!」 「は、はい!えっとですね…」 このゲームの駒は、上部の穴(有・無)、色(白・黒)、高さ(高い・低い)、形(円柱・四角柱)の4つの特徴を持っている。 例えば、穴の空いた白くて低い円柱といった形だ。 全て同じ特徴を持つ駒はない。 この駒を白と黒で交互に並べて、同じ特徴を持つ駒が4×4の盤上で4つ並んだ時点で『クアルト』と宣言すれば勝ち。 言わば変則四目並べだが、特徴はもうひとつある。 「はい、幸太郎さん。次はこれ置いて」 さくらから駒を受け取る。このゲーム、プレイヤーは駒を選ぶことは出来るがどこに置くかは相手プレイヤーに委ねられるのだ。 駒を置いた俺はさくらに自分の駒を渡した。 「なに笑うとるんじゃい」 「このゲーム、変わっとりますよね。対戦しとるとやのに協力しとるみたい」 さくらから駒を受け取る。 「勝負がそんななまっちょろいわけあるかい!ほれ、お前の渡したコマのおかげで白が3つ並んでリーチかかっとるぞ!」 俺は勝利の確信とともにさくらに駒を手渡す。 「え、じゃあこの駒ここに置いて『クアルト』。円柱4つです」 「え、ウソ、あれ?」 「幸太郎さん初めてやけん、仕方なかよね」 「あ、あったり前じゃろがい!今のは練習、練習じゃい」 さくらの罠にかかったと気付いたのは俺が初めて勝利してからのことだった。 おしまい *********************************************************************************************** 143.幸リリ ミニ四駆 >本職が来ちゃまずいでしょ…ミニ四駆レースに大人が参加するみたいなもんよ 「ほぉ…最近のミニ四駆はこんな風になっとるんか」 家電量販店で見かけたミニ四駆を手に取り眺める。 「たつみ、ミニ四駆やってたの?」 「ふふふ、俺は大会で表彰台に乗った男だぞ」 「なんの大会?何位?」 「…町内のちびっこミニ四駆大会3位じゃい」 「やっぱりたつみじゃその辺が限界だよねー」 「じゃあ勝負するか?リリィ」 「望むところだよ」 「大人の力見せたるわい!」 一週間後、巽が本気でチューニングしたマシンの前に怪物が現れた。それは最早ミニ四駆ではなく、ミニ重機。 「レギュレーション違反じゃろがい…」 「野良試合にレギュレーションは不要でしょ?」 スタートの合図と同時に、巽のマシンはリリィのクレーンに捕まり哀れ転倒。敗北となった。 *********************************************************************************************** 144.幸さく チョーカー インスピレーションの源泉はあらゆるところに潜んでいる。 過去の思い出、普段の食事、偶然の出会い。 今日手に入れた『これ』もきっといいものを生み出す源となってくれるだろう。 トントン。 「幸太郎さん、お茶淹れましたよ~」 ちょうどいいところにさくらがやってきたので部屋に招き入れる。 「さくら、実はお前に渡したいものがある」 「え!?」 さくらの顔が一瞬輝き、みるみる疑念の雲がそれを覆い隠した。 「なんですか?」 「なんじゃい、信用ないのぉ」 「そういうわけじゃ…、ただ幸太郎さんよく変なこと考えよるけん」 「奇抜なアイデアがアイドル業界に革命をもたらすんじゃーい!それよりもほれ、目ェ瞑って」 「えぇ?…はい」 俺は、『あるもの』を持って落ち着かない様子で目を瞑るさくらの背後に回り込んだ。 「よし、鏡見てみろ」 さくらの首には革製のチョーカー。シンプルにリングの装飾が付いている。 うーむ、やはりパンキッシュなイメージがモリモリと湧いてくる。 体制の象徴の制服に反体制のパンクファッションなチョーカー。 ドラマを感じるではないか。 ただ、この制服はゾンビィ共の普段着として使っているし、衣装として新たに制服をデザインせねば…。 「あ、あの!」 さくらの声が俺の思考を妨げた。 「どうした?」 「こ、これってプレゼントってことで、よかですか?」 衣装を作るとなれば、それに合わせて一からデザインしたほうが統一感が生まれるだろう。 たいした金もかかっとらんし他のゾンビィ共もとやかく言うまい。 「おう、幸太郎さんからのありがたいプレゼントじゃい」 お礼の言葉を期待して俺は大きくふんぞり返った。 だが、さくらの様子はどうにもおかしい。 さくらはただただ赤い顔をして、チョーカーを眺めている。 「どうした?ゾンビィのくせに風邪か?」 「な、なんでもなかですよ!?」 「なんでもないわけあるかい」 しばらく目を泳がせ、『どやんすどやんす』と呟いたあと、さくらはおずおずと喋りだした。 「…愛ちゃんと買ったファッション誌に、彼氏からチョーカーをプレゼントされたら  『俺のものになれ』って意味だって書いてあって…」 「ハァ!?」 「本人が否定しても、深層心理の支配欲の現れって書いてあったとですよ…」 この女子高生ゾンビィめ。そんなどうでもいい雑誌に一喜一憂しよってからに。 「…幸太郎さんは、わたしのこと欲しかと?」 「そんなこと、言うまでもないだろうが」 俺は後ろからさくらを強く抱きしめた。神にも死神にも、決してお前を渡したりはしない。 おしまい *********************************************************************************************** 145.幸さく 指なめ 幸太郎さんの、逞しい、でもしなやかな指にそっと舌を這わす。 わたしたちのために曲を作ってくれて、メイクをしてくれた指。 もしかしたら衣装もこの指で作ってくれたとかな? 感謝を込めて、愛情込めて。 舐めるたび、ビクビク震えてるのが伝わってくる。 幸太郎さん、気持ちよかと? 人差し指と中指を根元まで咥えて、吸い付き、しゃぶる。 幸太郎さんも、指でわたしの舌を、口内を撫でてくれる。 「この食いしん坊ゾンビィめ」 そう言って幸太郎さんがわたしの指をパクリと咥えた。 いけんよ、人間がゾンビ食べたら。あべこべになっちゃう。 そう言おうとしたとやけど、舌を捕まえられとるけんなにも言えん。 舌に器用に指を撫でられて、背筋にゾクゾク快感が走る。 指が蕩けそうになったころ、ようやく舌を離してくれた。これでやっと言いたかことが言える。 「幸太郎さん。指だけやなくて、全身蕩けさせて…」 *********************************************************************************************** 146.幸さく お菓子がないなら >パンがないやったらお菓子食べればよかっちゃない? そういうとサクラ姫はお城の兵士たちに命じて、食糧庫を開けました。 「わたし、おかし作りは得意やけん!」 姫自ら生地をこねこね丸めていくので侍女のみんなは目を丸くしました。 止めに入った侍女たちに、 「あ、オーブンの用意お願いしてよかかな?あなたはこやんか風に生地練って」 テキパキ指示を出す姿はまさに王族。 たくさんのお菓子がこんがり焼きあがりました。 「ヴァー」 「こら、たえちゃん!つまみ食いはダメ!これはみんなで食べるとよ!」 サクラ姫と道化師たえちゃんは、 貧しい人々に美味しくて栄養満点のお菓子を配りました。 そんな噂を聞きつけた隣国のコウタロウ王子は、 「俺のものになれ」と告白して2人は末長く暮らしました。 めでたしめでたし *********************************************************************************************** 147.愛ちゃん誕生日 夜中、さくらがいそいそと部屋を出ていった。 …またアイツの部屋にいくのかしら。あのふたりの関係は周知の事実。 最近やたら浮ついているけれど、今のところ活動に支障はないし、 プライベートな問題だから私が口を挟むことじゃない。 死別したふたりが十年ぶりに再会するなんて、映画やドラマみたいな関係にしては慎ましい方だと思うし。 そうよ、やっぱり私が口を挟むことじゃない。 「ふたりの自由だもの、好きにすればいいじゃない」 小声で呟いたら、なぜかやたら寂しくなって、布団をギュッと丸めて抱きまくらのように抱きしめた。 翌朝、いつものミーティングルーム。 …この牢獄をミーティングルームって呼ぶのにすっかり慣れた私自身に少し驚く。 ようやくやってきたアイツは、頭に紙で出来た三角帽子を被っていた。 「はーーーーーーーっぴばーーーーーすでいとぅーーーーーゆーーーーーーー!」 私の目前で弾けるクラッカー。 「ハァ!?誰のよ!」 アイツはキョトンとした顔をした。 「…愛、今日何日か言うてみい」 「そんなの、3月7日に決まってるじゃない!…あ、私の誕生日か」 ゾンビとして目覚めて約一年、色々あってすっかり忘れてた。 「「「「「「誕生日おめでとう!!」」」」」」 みんなが隠し持っていたクラッカーを鳴らして、私は紙テープまみれになった。 「ヴァーー!!」 たえが元気よく立ち上がると、私に一枚の画用紙を差し出す。 黒髪で頭に黄色い花をたくさん咲かせた子が、ステージで踊り歌う様子がたえの元気な筆致で描かれていた。 「これ、私よね?ありがとう、たえ」 「ヴァイ!」 さくらや純子にしているように、たえは私の頭を甘噛みした。 結構くすぐったいのね、これ。 お返しに、腕を精一杯伸ばしてたえの頭をいっぱい撫でてあげる。 「チッ、たえに先越されちまったか」 サキが立ち上がって、大きな袋を取り出した。 「ほれ、開けてみ」 ボスンと投げ渡された袋のラッピングを外すと、ぬいぐるみが出てきた。 「なにこれ、超キモい!」 出てきたのはおやじっち。しかも天使の羽と輪っかがある。おやじなのに。 「キモかわいすぎ!リーダー、ありがとう!」 「オメェのそのセンスよくわかんねぇから結構ヒヤヒヤしたばい」 心配していたサキを安堵させるように、私はおやじ天使をギュッと抱きしめた。 「次は私ですね」 純子は丸文字で『マル秘れぽーと』と書かれたノートをくれた。 「愛さんはアイドル研究が趣味なんですよね?私の現役当時のアイドルの企画や売り出し方について、  私見ですがまとめてみました。伝聞もありますから正確性には欠けますが、当時の業界人しか  知らないことも書いておいたつもりです」 パラパラと軽くめくるだけで、ネットや大御所の自伝などには書いていない情報が満載なのがわかる。 「ありがとう、純子!しかもサインまで付いてるわ!」 裏表紙には『Junko Konno 4』のサイン。 この名義のサインを持ってるのは世界でも私くらいだろう。 「わっちは花魁ゆえ、芸事でしか返すことが出来んせんが…」 ゆうぎりが袖からしずしずと取り出したのは、狸の置物が持っているような紐で留めた帳簿。 「『券じぁさっま』…。ごめん、なにこれ」 「まっさぁじ券でありんす。ささ、まずは試してみなんし」 ゆうぎりが純子から借りたヨガマットを床に敷き、手招きをする。 私は上着を椅子にかけるとマットに寝っ転がった。 「ちょっとくすぐったいでありんす」 「えぇ。…ぁん…」 ゆうぎりの指が私の身体を這い、刺激を与えるたびに喉から甘い声が出る。 みんなの気まずそうな顔が見える。声を必死に抑えようとするけれど、 私の喉は別の生き物のように勝手に啼き声をあげる。 「…とまぁ、ざっとこんな感じでありんす。一枚使えば30分じっくり付き合いんすゆえ」 「え…、ちなみに、今の、お試し、何分ぐらい?」 息も絶え絶えになりながら、なんとかゆうぎりに聞いた。10分ぐらいはやってたわよね? 「1分半ほどでありんすよ?」 そんだけ。 こんなマッサージ30分もされたらおかしくなりそう。 というかあとで純子のヨガマット綺麗にしないと…色々汚しちゃった。 「あれ、ウソ。身体軽い」 足腰に力を入れると、冗談みたいにスッと立ちあがれた。 「すごい、1分半だけでサガンシップ貼ったみたい。流石ゆうぎりね、ありがとう」 「いえいえ」 さっきまで前屈みになっていたリリィが一息ついて前に進み出た。 「今日のリリィはマジカルパティシエじゃなく、マジカルシェフなの☆」 懐から取り出したコック帽を器用に一瞬で伸ばして、クルクル回して被る。 まるで魔法少女の変身シーンみたい。 「今日はリリィが晩ごはん当番だから、プレゼントとしてスペシャルメニューつくってあげる☆」 「スペシャルメニュー?一体何?」 「餃子だよ!」 餃子。餃子かぁ。リリィが一生懸命作ってくれるのは嬉しいけど、餃子は皮の分だけ太りやすいのよね。 そんな私の一瞬の躊躇を読み取ったのか、リリィが言う。 「あのねあのね、炭水化物キライな愛ちゃんでもリリィの餃子は美味しく食べられると思うよ。  目を閉じてイメージして。美味しい美味しい肉汁がパリッパリの皮に閉じ込められて、  愛ちゃんの口の中に洪水みたいに流れ出すの。それだけじゃないよ。  愛ちゃんには特別に、リリィがパピィのために作ってた特大ボリュームの餃子を作っちゃうんだよ☆」 ごくり。 「すっごく楽しみだわリリィ。早く夜にならないかしら」 「うん、でもまずはよだれ拭いてね愛ちゃん」 リリィからもらったハンカチで飲み込みきれなかったよだれを拭き取る。 「で、次は…」 さくらに視線をやると、アイツと目配せしていた。 アイツはさくらに先に行かせようとしていたけど、さくらはまだ覚悟が決まってないようで、 アイツの袖をちょいちょい引っ張る。 「俺からじゃーい!」 アイツがくれたのはアクセサリーが入っていそうな小箱。 「…開けていい?」 「あぁ」 開けると、中にはブレスレット。私の花に似た装飾がキラキラと輝いている。 「水晶…じゃないわよね。本物は高いし」 「残念ながらイミテーションだ」 「アンタの割にはいいセンスしてるじゃない」 「一言余計ですゥ~!しかもこれは俺のセンスじゃない」 アイツは逃げようとするさくらの肩を掴んで、私の前に引きずり出した。 「コイツが毎晩毎晩『愛ちゃんにこれ贈りたか!お小遣い前借りさせて!ローン組むけん!』とか  騒ぎよってな!もうこれは俺が贈るけんお前はお前でプレゼント用意せんかい!となってな…」 そっか、それで毎晩通い詰めてたのね。 「あのね、それでね、愛ちゃん」 「落ち着きなさいよ、さくら」 「わたし、これ、愛ちゃんにね、のど飴!のど飴作ったとよ!」 さくらが差し出した透明な袋の中には、私の花の形をした、黄金色に透き通る飴。 「すごい綺麗!大事に食べるわね」 「…試しに一個食べてみて」 期待と不安が入り混じった目でさくらが見てくるので、ひとつ摘んで口に入れる。 …懐かしい味。アイアンフリルの頃、よく買ってたのど飴。 材料費高騰でここ10年で味が変わっちゃってガッカリしたって、前にさくらにこぼしたっけ。 「すごい、さくら!あの味そのままじゃない!」 嬉しくて、ついついさくらに抱きついた。さくらも泣きながら抱き返してくれた。大げさなんだから。 頭の花が、咲いては散って、また咲いて。掃除大変ね、このままじゃ。 でも、私の中からこみ上げるものなんだもの。我慢なんて出来るわけないじゃない。 おしまい *********************************************************************************************** 148.幸さく ラッキースケベ >不慮の事故で幸太郎はんのちんちんを見せたいゾンビランキング! ミーティングの時間なのに幸太郎さんが来ないので、みんなでじゃんけんすることになった。 結果はやっぱりわたしの一人負け。持っとらん。 幸太郎さんの仕事部屋をノックする。 「幸太郎さーん、朝ですよー。起きんねー!」 ふと、別の部屋で音がした。 誰も入ったことなかっちゃけど、幸太郎さんの寝室と噂される部屋。 「幸太郎さーん」 ノックをしたら、ドアノブがちゃんと閉じていなかったらしく勝手に開いてしまった。 「待て、見るなさくら!」 ちょうどパジャマのズボンとパンツを脱いだ幸太郎さんが目の前におった。 脚の間に見慣れないもの。…おちんちんだこれ。過去のエッチな動画と比較してやや大きめ。 「何じっくり観察しとるんじゃいドスケベゾンビィ~!」 「すみませーん!」 その日1日、マイクを握るたびドキドキしたのは誰にも言えないわたしだけの秘密。 *********************************************************************************************** 149.幸さく 夢小説 目を開くと見渡す限りの青空。なんでわたしパジャマのままスカイダイビングしとるとやろ。 パラシュートは…なか。ベッドは一緒に落ちてきとるのに、隣で寝ていた幸太郎さんはおらん。 幸太郎さん、幸太郎さん、どこ!? 上を見ても空ばかり。 ゾンビのわたしはともかく、幸太郎さんが落ちたら死んじゃう! 下には一面の平原。 「幸太郎さん、幸太郎さん、どこにおると!?」 「夜中にうっさいわバカタレ!」 頭を軽く叩かれた。 「あれ…夢?」 「どんな夢見とったんじゃい寝坊助ゾンビィ」 「幸太郎さん…よかった、よかったぁ…」 「泣くなっつーに!一体どんな夢を見てたんだ、お前は」 「うぅん、幸太郎さんがおったらそれでよかけん…」 その夜は幸太郎さんをぎゅーっと抱きしめたまま決して離れないさくらなのでした。 *********************************************************************************************** 150.幸さく 痺れ 腕が痺れる。以前徐福さんに言われたことがある。 『命を弄んだ代償で死者と同じになった者もいたっけなぁ』 …まさかこれがその前兆だと言うのだろうか。それならそれでいい。俺は運命を受け入れる。 ------------------------------------------------------------------------------------------------- 「ヴアイ」 「え、幸太郎さんが薬臭い?なんかあったとかな…」 さくらは玄関へ駆け下りる。 「幸太郎さん、なんか病気しとると!?」 「いや、何も問題は…」 「隙ありー!」 潜伏していたリリィが巽のが手から袋を奪いとる。流石天才くノ一少女役経験者。 「なんか重病やったらどやんす、どやんす…あれ、湿布ばっかり」 「…さくら、お前が毎度毎度俺の腕を枕にするけん腕の痺れが取れんのじゃーい!俺も変な病気かと思って焦ったじゃろがい!」 「だって幸太郎さんの腕安心感あるけん包まれてたら良く眠れるっちゃもん!」 この痴話喧嘩は、天才くノ一少女の手によって一瞬でみんなの知るところとなった。恐るべし、天才くノ一少女! *********************************************************************************************** 151.たえちゃんとるるいえ 「スルメイカ漁獲制限か…」 「幸太郎さん、ご飯のとき新聞読むのやめてください。お行儀悪か」 「細かいやっちゃのぉ」 幸太郎さんは渋々、新聞を畳みました。 「ゔぉかくせいゔぇん?」 「漁獲制限っていうのはね、獲る量を減らすってことだよ。  イカさんの獲れる量減ったらイカゲソも値上がりしちゃうかもね」 私の疑問にリリィちゃんが答えてくれました。 なるほど。『値上がり』したものはなかなか手に入らなくなると以前さくらさんに教えてもらいました。 イカゲソが減るのはとても困ります。 私に何か出来ることはないかしら。 「あ、たえちゃん!手づかみじゃなくてちゃんとフォーク使って!」 あら、うっかり。 考え事をしているとダメですね。まずは食事に集中しないと。 今日一日、イカゲソのことを考えていました。 新聞の内容も教えてもらいましたが、私には内容が難しく、 どうしようもないことに思えたのでシンプルな方法を取ることにしました。 海にイカさんを獲りに行けばいいのです。 私は衣装室で自分の撮影用水着に着替えると、夜の海へこっそり向かいました。 海に入るとメイクが落ちてしまいますので、誰かにバレたら怒られてしまいます。 ザブザブと海に入りながら、ふと水の中をどう歩けばいいか知らないことを思い出しました。 しまった、引き返そうかなぁ。と悩んでいるうちに身体が波をかき分けました。 私の身体がカエルさんによく似た動きを勝手にしていたのです。 ニワトリさんや犬さんだけでなくカエルさんのモノマネまで私の身体に染み付いているとは。 自分のことながらびっくりです。 もっと早く、深く潜ろうと思うと、今度は身体がお魚のマネをし始めました。 生きていたときの私はなんとモノマネ名人なのでしょう。 一度会ってお話をしてみたいものです。 どんどん暗くなる海の中で、私はまだ会ったことのない私とイカゲソのことを考えていました。 グングン潜ると、お魚さんやイカさんとたくさんすれ違いましたが、 とても私に捕まえられる速さではありませんでした。 どうしよう、考えなしに飛び出してしまった。 諦めて帰ろうか、と辺りを伺うと、こんなところに人影が。 ここで会えたのも何かの縁。イカさんの獲り方を聞いてみることにしました。 私はその人のほうへ急いで泳ぐと、声をかけました。 「ごゔぉゔぉゔぉごゔぉゔぅゔぇ」 「ギョギョ!?」 その人は驚いた声を上げるとどこかへ行ってしまいました。 そうでした、メイクをしていないから驚かせてしまったのでしょう。 それにしても今の方、失礼ながらお魚さんそっくりな人でした。 純子さんの作ったさば味噌の味を思い出しながら、私はさらに深くへ潜っていきます。 不思議なことに、海のそこのほうにボンヤリと光るところがありました。 そういえば、純子さんが言っていました。 イカさんは明るいところに集まるのでイカ釣り船はピカピカ光るのだと。 イカさんを探しに明るいところに近付いて見ると、そこは立派な宮殿でした。 さくらさんに読んでもらった絵本に出てきた竜宮城というところでしょうか。 キョロキョロ探っていると、宮殿の真ん中に立派なタコさんが座っておられました。 大きな緑の身体は、まるで人間のようですが、大きさはリリィちゃんが見せてくれた重機のよう。 (屍者がここになんのようだね?) 頭に響く大きな声が聞こえてきました。なぜか、私にはそれがタコさんの声だとわかりました。 「がゔぉゔぇゔぉゔぉゔぉゔぇ」 (なんと、この私に頼みとな。代償に何をくれるのだね?) 私はさくらさんが作ってくれたがま口を探り…。あ、普段の服の中に忘れてしまいました。 なんてことでしょう。お小遣いがありません。 宝物箱も持ってきていないので立派な蛇の脱殻もあげられません。 立派…。そうだ、幸太郎さんが『立派な椅子に座っている方』は『お偉いさん』だと言っていました。 『お偉いさん』にはパフォーマンスを見せて『営業』するのがアイドルのお仕事。 「ぐゔぉがゔぇゔぇゔぇ」 (なんと踊りを!それは楽しみだ) タコさんは大きな手を触手ごとベチンベチンと叩くと、後ろからお供の人が出てきました。 どちらもお魚さんに似た顔で、美味しそうです。 おひとりはお刺身、もうおひとりは煮付けに向いてそうだなぁと私は思いました。 おふたりはそれぞれ楽器を取り出すと演奏をはじめました。 聞いたこともないリズムの太鼓と、か細いフルートの音。 初めての曲でぶっつけ本番ですが、私もフランシュシュの一員。踊りきってみせます。 さくらさん、勇気をくださいね。 ------------------------------------------------------------- 曲が終わり、私はペコリと一礼しました。 自分なりの精一杯をやりましたが、頭を上げる勇気がなかなか出ませんでした。 ベチンベチンと、タコさんの拍手が聞こえました。 (素晴らしい踊りだった、屍者のお嬢さん。では、頼みとはなんだね?  どこの大陸を滅ぼそうか?それとも、別の星に招待しようかね?) タコさんはとてもごきげんなようでした。 「ごゔぉぐゔぇゔぇがゔぉがゔぉ」 (なんと、それだけかい。謙虚なことだ) タコさんがペチン、と触手を軽く叩くと、宮殿の奥からスルメイカさんの群れが現れました。 (これは今月分だ。毎月君たちのいる海岸に打ち上がるようにしよう) 「がゔぃゔぁゔぉゔゔぉゔぁゔぃゔぁゔ」 (本当にこれだけでいいのかね?) 私は、生きていた頃の自分に会いたい、というお願いを思い出しました。 …ですが、今はやめておくことにしました。 タコさんにお願いしなくとも、きっといつか会える予感がしたからです。 (ではお嬢さん、お達者で。百年後でも千年後でもまたおいで) タコさんは触手をブンブン振って見送って下さったので、私も出来るだけ大きく手を振りました。 大漁のスルメイカさんとともに海に上がった私は、幸太郎さんや仲間たちにこってり怒られました。 反省も兼ねて、スルメイカさんの天日干しは人一倍お手伝いをしました。 自分で干したイカゲソは格別の味で、私は早くも来月が楽しみになるのでした。 おしまい *********************************************************************************************** 152.幸純 卒業式(じゃいネリック) >世間は卒業シーズンでありんす >じゃい学園でありんす!!! 私は紺野純子。今日でこのじゃい学を卒業します。 さようなら学び舎。この三年間の思い出が、走馬燈のようにじゃいじゃいと頭を駆け巡ります。。。 そう、じゃいじゃいと。。。 今日はなんとしても、あの人の第2ボタンを貰わないと。 校門でひとり、卒業証書を持って待ち構える私。 あ、来ました。私のボーイフレンドの巽くんがじゃいじゃいと歩いてきました。 ですが。。。学ランのボタンはひとつも残っていませんでした。。。 袖のボタンすら残っていません。 どうやら教室にいる間にみんなあげてしまったようです。 そうですよね、じゃいじゃいとした巽くんはいつもモテモテでしたね。。。 「あ、純子さん!待っていてくれたんだね!これは君のために取っておいたんだ」 渡されたのは。。。結婚指輪でした。 こうしてふたりは幸せな夫婦として永久就職したのでした。。。 *********************************************************************************************** 153.乾さく 死別 >妄想で繰り広げるなら実の両親と決別する乾はんとか… 両親が死んだ。 そのことに別に感慨は湧かない。元から繋がりの薄い家庭だった。 ひとりになった俺は佐賀の親戚に引き取られた。 佐賀、佐賀か。九州の一部ということ以外何も知らない。 高校受験で覚えるような事柄も特になかったならな。 叔父と叔母は優しかったが、どこか他人行儀に感じられた。 …俺が敢えて他人として接しようとしているのだろうか?そうかもしれない。 学校には素直に通った。心配されるのが嫌だったから。 地方の私立高校。特にこれといって目標もなく、友人も作る気が起きない。 ただ、空虚な日々が過ぎた。 ふと、足元に一枚のCDが落ちているのに気付いた。 アイアンフリル 。テレビで少し見たことがある。 「あ、乾くん拾ってくれたと?ありがとね!」 クラスメイトの女子にCDを渡す。たしか、源さんだったか。…その日から、俺の学校生活は色付き出した気がした。 *********************************************************************************************** 154.幸さく 天国なんてあるのかな 「俺は天国になんて行けんだろうな」 「え、なんで?」 俺の独り言に、さくらは心底不思議そうな顔をした。 「当たり前だろう。死者を七人と一匹も蘇らせたんだ。大罪人だぞ」 「でも、そのおかげで七人と一匹は幸せになったとですよ?」 「だからって…」 「それに、わたしたちだけじゃなくて、わたしたちのファンになってくれた人達も幸せになったら  すごい人数幸せにしたことになりますし、佐賀を救ったら何万人も幸せになるけん、  神様だっておまけしてくれますよ」 「お前なぁ…」 「じゃあ天国入れてもらえなかったらわたしたちでどっかお家建てませんか?  ほら死後の世界って今まで死んだ人達もこれから死ぬ人達もみんな入れるくらい広いけん、  土地余っとりますし」 呑気な顔で『部屋は何部屋がいいかなぁ~』と悩むさくらの横顔に、俺はそっと口付けをした。 *********************************************************************************************** 155.幸愛 イタズラ アイツがまた居眠りしてる。 ちゃんと部屋で寝ろって何遍言っても聞かない。 ヤになっちゃう。 …そうだ。 ふと私は昔流行ったイタズラを思い出した。 人差し指と中指をピッタリ合わせて、 唇みたいに見立ててアイツの唇にそっと押し当てる。 まるでキスしたみたいでしょ? 夢でも見てドキドキすればいいのよ。 そっと離れていく私の腰を、アイツが掴んで引き止めた。 どこ触ってんのよ。 「このいたずらっ子め、お返しだ」 このバカ、指と唇の見分けもつかないのかしら。 私の唇こんなに硬くないし。 …大体、私は舌なんて入れなかったわよ、 バカ。 *********************************************************************************************** 156.幸さく お題:「幸せ」「即答」 「よし、着いたぞ」 次の営業先まで距離があるので、パーキングエリアに車を止め、一旦休憩を取ることにした。 「お前たち、迷子になるなよ。迷子センターではお前らの名前を出せんのだからな」 「安心してたつみ。そうなったらたつみが迷子になったことにするから。  『迷子のお知らせです。たつみこうたろうくん、たつみこうたろうくん。   お連れの方がお待ちです。至急迷子センターまでお越しください』」 「ギャハハハハハ!傑作!」 リリィのアナウンスのモノマネにサキが大爆笑する。まったくコイツらと来たら。 「ほれお前らふざけとったら休憩時間なくなるぞ。お花摘むなりブラブラするなりしてこんかい」 ゾンビィ共を囃し立てると、奴らは思い思いの方向に散っていった。 かく言う俺もトイレに行きたくてたまらなかったのだ。 案内板を頼りにトイレに向かうと長蛇の列が出来ていた。 あの空気でブワーッとなるやつは何故手洗器一個につき一台無いことが多いのか。 俺のようにハンケチを携帯している紳士なら問題ないが携帯しない人々があの機械の前で 渋滞を起こすのは無駄ではないか。俺はそんなことを考えていた。 しばらくしてトイレから出てきた俺は、車に戻ることにした。 ぶらぶらと散策するのもいいが、それで迷子扱いされてはかなわんからな。 「幸太郎さーん!」 車のそばで待っていたさくらがブンブンと手を振る。まるで尻尾を振る大型犬のようだ。 「あのね、ちょっとこっち来てもらってよかかな?」 疑問系で聞きながら有無を言わさず俺の手を握り、さくらは駐車場の端へ歩いていく。 「なんじゃいいきなり…」 「ね、これ見て!」 さくらは小さなタンポポを指差す。何の変哲もないセイヨウタンポポ。 「春っちゃね!幸太郎さん」 「お前の頭がか?」 「ひどかー!」 さくらがしょぼくれた。 「…作詞のインスピレーションでも湧かんかな、って思ったとやのに」 仕方ないので、さくらの頭をよしよしと撫でてやる。 「よしよし、よーく見つけまちたねー。さくらちゃんは偉いでちゅねー。これで満足かい」 「…もっと撫でてください」 「欲張りゾンビィめ」 頭を撫でながら、周囲を見渡す。他にタンポポは咲いていないようだ。 「本当によく見つけたな」 「えへへ、偶然ですけどね。幸太郎さんはタンポポの花言葉って知っとる?」 「知っとるが今回はお前に言わせてやる」 「『幸せ』やって」 頭の中にある疑問が浮かぶ。言ってはいけない。そう思っていたのに、俺の口は意に反して動いていた。 「…お前は今、幸せか?」 「はい」 拍子抜けなほど、あっけらかんとさくらは答えた。 「能天気ゾンビィめ。…天下の往来じゃなければ頭ナデナデでは済まんぞ」 「じゃあ、続きは家に帰ってからのお楽しみやね」 春の陽気に誘われて、このまま仕事をすっぽかして帰ろうか。一瞬そんなバカな考えが頭をよぎった。 *********************************************************************************************** 157.さくら つまみ食い >悪いさくらはんはつまみ食いとかしちゃう 今日のわたしは持っとらんからブラックさくらに徹することに決めた。 みんなわたしを甘く見んことやね。 今日は食事当番なのでわたしだけ大盛りに…。 いやいや、小学生やなかっちゃけん。 それに食べすぎたら太っちゃう。 ゾンビが太るかわからんとやけど。 代わりに今日はいっぱいつまみ食いしたるけんね…。 パクリ。 うーん、ちょっと塩胡椒足りんかな、ちょっと足そう。 パクリ。 うん、ちょうどよかね。 「みんなー、ご飯できたよー!」 今日の味付けはかなり好評なのでした。 やっぱりわたし持っとるかも、なーんちゃって! *********************************************************************************************** 158.ねこゾンビさんのホワイトデー ねこゾンビの純子さんは、その日、おひさまよりもはやおきしてしまいました。 きょうはホワイトデー。バレンタインのおかえしがもらえる日。 純子さんはなんにちもまえからカレンダーをみてはソワソワする日をすごしていました。 ダメダメ、純子、はしたにゃいわ。 おかえしめあてじゃにゃくって、飼い主さんにだいすきってつたえるのがたいせつにゃの。 じぶんのひとりごとにまっかになりながら、純子さんはおふとんのなかでジタバタすごしました。 そうしてジタバタしているうちに、ついウトウトしていると、ジリリリン、ジリリリン。 めざましどけいがいつものじかんにおはようのこえをあげました。 ふだんならもっとスッキリおきられるはずにゃのに。 すこしうらめしげにめざましをとめると、純子さんはクシクシとけづくろいをします。 ねこゾンビがめをさますには、けづくろいがいちばんなのです。 すっかりめをさました純子さんがリビングにいくと、飼い主さんがコーヒーをいれていました。 「おはよう純子。きょうはほんのちょっぴりのんびりやさんだな」 「…にゃあ」 ちょっとへんなじかんにめがさめてしまって。 「もしかして、あれをたのしみにしていたのか?」 飼い主さんがテーブルのうえをゆびさしました。 そこにはラッピングされたちいさなはこがおいてありました。 純子さんはおみみとしっぽをピンとたてました。 ほうせきみたいなキャンディかしら。それともフワフワのマシュマロ?サクサクのクッキーかも。 「にゃあ?」 あけてもよろしいですか? はしたなくないように、できるだけおじょうひんに純子さんがたずねます。 ですが、飼い主さんには純子さんがおおよろこびなのはおみとおし。 わらいをこらえながら、飼い主さんはこたえます。 「あぁ、あけてみろ。純子」 純子さんはおおげさに、せすじをのばしてモデルさんのようにプレゼントにちかづきます。 うかれてにゃんていませんよ。わたし、はしたにゃい子じゃないですから。 ひっしにねこをかぶりますが、やっぱり飼い主さんにはつつぬけです。 純子さんがドキドキしながらはこをあけると、そうぞうよりずっとすてきなものがはいっていました。 純子さんにどこかにている、ふわふわのしろねこをかたどったブローチです。 「みゃあ…」 純子さんはおめめをまんまるにして、ブローチをみつめました。 「にゃおーん!」 すてきなプレゼント、ありがとうございます!飼い主さん! うれしさのあまり、純子さんは飼い主さんにだきついてしまいました。 「よしよし、よろこんでもらえておれもうれしいぞ、純子」 飼い主さんにあたまをなでられて、純子さんはとってもしあわせです。 「にゃあ」 では、あのブローチはなくさないようにだいじにしまっておきますね。 「え、つけてくれないのか?」 「みぃ…」 いつかのてぶくろのように、もしもおとしてしまったら、わたしはきっとおおごえでないちゃいます。 「せっかく純子のために買ったんだ。あとでちょっとつけてくれんか」 だいすきな飼い主さんのおねがいに、純子さんは『いいえ』とはいえませんでした。 あさごはんをたべたあと、純子さんはいつものセーラー服におきがえしました。 飼い主さんがそのむなもとにブローチをかざりつけます。 「み、みぃ…」 ど、どうでしょう? 「うむ、やはり純子のためにえらんでせいかいだったな。よーくにあっとるぞ」 飼い主さんはそういって純子さんをだっこすると、やさしくのどをなでました。 純子さんは、くすぐったさと飼い主さんがよろこんでくれたうれしさで、のどをゴロゴロとならしました。 ブローチをみるたび、この飼い主さんのやさしいゆびのかんしょくをおもいだすんだろうにゃあ。 そうおもうと、純子さんはますますしあわせになるのでした。 おしまい *********************************************************************************************** 159.幸さく 白いの 「さくらはん、『ほわいとでい』の『ほわいと』とはどういう意味でありんす?」 ミーティングルームで幸太郎さんを待っとる最中、ゆうぎりさんにそう尋ねられた。 「英語で『白い』って意味やね」 「はぁ、なるほど」 ゆうぎりさんがポン、と手を打つ。どうしったっちゃろ? 「それゆえさくらはんは幸太郎はんにいっぱい『白いの』をもらうんでありんすなぁ」 「ゆ、ゆうぎりさん意味わかっとってからかっとるっちゃね!」 「わっち英語はさっぱりでありんす~」 ゆうぎりさんは無邪気にころころ笑う。絶対わかっとる! 「ハイハイ朝っぱらからうっさいのぉ、お前ら!」 扉をバーン!と開けて幸太郎さんが入ってきた。 「オメェが一番せからしか!」 「そんなこと言っていいのかサキ。これを見んかい!」 幸太郎さんはほんのり甘い匂いのする色とりどりの小袋を掲げた。 「幸太郎さんがバレンタインのお返しをやるっつーとるんじゃい!ありがたく貰わんかいこんボッケェェェェィ!」 「あ、ちょっと、お前ら!並べ!順番!ひとり一個ちゃんとやるから並ばんかい!」 さっきの勢いはどこへやら。 わたしたちに群がられてゾンビ映画の被害者状態になった幸太郎さんは悲鳴を上げた。 「三倍じゃないのね…」 「まぁまぁ愛ちゃん。たつみも懐が寂しい中で用意してくれたんだから、  ここはリリィたちが『おとな』になってガマンしてあげなきゃ」 みんな口では色々言うとるけど、がば嬉しそう。こういう雰囲気よかっちゃね。 「あの…これって今頂いてもよろしいでしょうか?」 「なんじゃい純子。意地汚いのぉ、あとにせんかい!これからミーティングやるんですゥー!」 「いえ、私は平気なんですけど…」 純子ちゃんがチラリとたえちゃんのほうを見る。 たえちゃんはジッと袋を眺めながら、足元によだれの水たまりを作っとった。我慢できて偉かね! 「幸太郎さん、たえちゃん一生懸命我慢しとるけん、今日だけ、お願い!ね?」 わたしは手を合わせ、幸太郎さんに頼み込む。 「…だーもー!しゃーないのぉ!」 「ヴアイ」 「よかったね、たえちゃん」 「ヴァー」 たえちゃんが美味しそうにクッキーをボリボリと食べる。 昔やったら袋ごと口に放り込んどったのに、ちゃんとお行儀よく食べるようになって嬉しか…。 クッキーは少し小ぶりとやけど、真ん中に色んな色のジャムが埋め込んである。 形がほんのちょっと不揃いなのは手作りやからやね。それにしても幸太郎さんは器用っちゃね。 「ぶろぉちのようでありんすね」 「食べちゃうのがちょっともったいないですね」 結局、みんな我慢できずにクッキーを食べ始め、ミーティング前のおやつタイムになってしまった。 幸太郎さんは呆れ顔で立っとるけど、 みんなが美味しそうに食べとるせいかちょっと口元が緩んどる気がする。 「さくら、オメェも食っちまえよ」 「うん!」 わたしが袋を開けると、中にはさくら色の飴が入っていた。あれ、わたしだけみんなと違う? 「生地の分量間違えてお前の分だけ足りんかった、てへぺぉ☆ズビッ」 「…へぇー」 「愛、その三下みたいなゲス顔はなんじゃい」 「誰が三下よ!ねぇ、さくら。ホワイトデーのお返しの意味って学校で流行んなかった?」 「あぁ、なんかあったかも…。なんやったっけ…」 「はーい☆リリィ知ってるよ!あのね、「わー!わー!」たつみうるさーい」 「グラサン黙らすぞ、たえ」 「ヴァアッタ」 言うと同時にサキちゃんが素早く足払いをかけ、倒れたところにたえちゃんがSTFをかけた。 STFがステップオーバートーホールドウィズフェイスロックの略なのはみんな知っとるよね。 たえちゃんはフェイスロックの位置を口にかぶせるようにしとるけん、幸太郎さんは喋れんようになった。 「でね、マシュマロは『きらーい』。クッキーは『おともだち』。  つまりリリィたちはたつみのおともだち。まぁ仕事仲間だから妥当だね。  で、たつみがさくらちゃんに送った飴は『好き』ってこと」 「…へぇ、『好き』かぁ。…好き!?」 わたしは手に持った飴を危うく落としそうになり、慌ててキャッチする。 「なんだ、んなことアタシらみんな知っとーとやろが。つまんねぇ、たえ離してよかぞ」 「ヴァー」 「ハァハァ…お前ら、なにすんじゃボケェ…」 「それにしても、その飴綺麗なさくら色よね」 「えぇ、『さくらさんのために作った』ってことが見るだけでわかります」 「愛されておりんすなぁ、さくらはん」 「そ、そやんかふうに言われたら、もう、どやんしよう!ねぇ、幸太郎さん!」 ほっぺたが熱くなるのを感じて、わたしは幸太郎さんにとりあえず話を振る。 「俺の惨状を見て他に言うことあるじゃろがい!」 あ、そやったね。 ホールドを解かれた幸太郎さんはそのままうつ伏せに寝ていたので、わたしは膝をアイシングしてあげた。 たえちゃんの絶妙な力加減のおかげで幸太郎さんの靭帯は無事でした。 ミーティングを終えたわたしたちはレッスンを始まるために更衣室へ向かう。 「なぁ、さくら。どうしても改めて聞きてぇんだ」 「え?」 サキちゃんが真顔で言ってきた。改めて、ってどういうことっちゃろ…。わたしは覚悟を決めて聞き返す。 「…うん、なんでも聞いて」 「今日はグラサンにいっぱい『白いの』もらうとやろ?」 「サキちゃん!」 レッスン中。ダンスで少し自信がないところを愛ちゃんに見てもらう。 「ここ、この動きでよかかな?次の動きにつなげるためにはもうちょっと早かほうが…」 「そこは焦ると綺麗に見えないんだから今のほうがいいわよ」 「でも…」 わたしのダンスはどうしてもキレが足りないように感じてしまう。 「自信持ちなさい、さくら。今日はアイツにご褒美としてたっぷり『白いの』もらうんでしょ?」 「愛ちゃんまで!」 「さーくらちゃん☆」 「なぁに、リリィちゃん」 「さっきからみんなが言ってる『白いの』ってなぁに?  マシュマロはキライな人にあげるものだから違うよね?」 休憩中、リリィちゃんがやーらしく小首をコテンとかしげて質問してきた。 このあざとさはわかっとってやっとる小悪魔的演技?それとも天然で純粋な天使の仕草? わからん、どやんす、どやんすぅ~!? 「こ、恋人同士の秘密やけん…」 「えぇ~、リリィにだけこっそり教えて?」 うぅ、やーらしか!でもやーらしいほどホントのことは言えんっちゃ! 「それは、その…どやんしよ…」 「…ワガママ言っちゃってごめんね。許して、さくらちゃん。じゃあリリィ先に戻ってるね☆」 「うん、わたしもすぐ戻るね~」 リリィちゃんはニパッと笑うと元気に走っていった。 からかわれたのか純粋な疑問だったのか一体どっちやろ…。リリィちゃん、恐ろしい子! 今日は純子ちゃんと晩ごはん当番なのでレッスンを少し早めに抜けた。 「あ、あの!」 廊下の途中で、純子ちゃんが絞り出すようにわたしを呼び止めた。 「えっと…何?」 「今日は…巽さんに!し!…し、白い…白…」 言葉とは裏腹に純子ちゃんはみるみる赤くなっていく。 「純子ちゃん、無理せんでよかよ」 軽くハグをして、背中をポンポンと叩く。 「いえ、私、友達と…し、下ネタでふざけあうのってやったことなかったので、憧れてまして」 「そっか、純子ちゃんの頃は清純さが一番大事やったもんね」 「ですからみなさんが羨ましくって…」 「うん、ちょっとずつ慣れていこ、純子ちゃん」 「…はい!」 …わたし今思いっきり掛ける言葉間違った気がするとやけど気のせいだよね。 うん、純子ちゃんがとっても嬉しそうやけんこれで間違っとらんはず。間違っとらん。 晩ごはんも無事出来上がり、純子ちゃんはみんなを呼びに行った。 わたしはその間に配膳の用意。 「ヴァウア」 「たえちゃん、どやんしたと?お腹空いたとかな?」 「ヴーウ」 「じゃあお手伝い?偉かねぇ」 「ヴァウア、シロイノ、イッヴァイ」 「…たえちゃん、それ誰に教わったと?」 数秒後、わたしは火かき棒を携えてみんなの部屋に向かう。 「ヤベヤベヤベ!」 「冗談、冗談よさくら!」 「冗談で済まんこともあるっちゃろがー!」 今日も火かき棒の刺さり味は満点でした。まるっ! 「って感じで、今日一日みんながからかって来て大変だったとですよ…」 幸太郎さんのあたたかく分厚い胸元に寝そべりながら今日一日の愚痴を言う。素肌の感覚が心地よか。 少し喉が乾いたので、水に手を伸ばす。あとちょっとで届かん。 「さくら、俺が取る」 「あとちょっとやけん、大丈夫」 「いやそうじゃなくてだな」 あ、抜けちゃった。わたしのお腹からドロドロと『白いの』が出てシーツと幸太郎さんの身体を汚す。 「あーあーあー、だから言ったじゃろがい」 「こんなに出したの幸太郎さんやなかですか」 「こんなに出させたのはお前じゃろがい」 ふたりで責任を押し付け合いながらティッシュで『白いの』を拭う。 「今日のお前、やけに激しかったな。もしかしてあいつらが今日のこと知っとるからか?」 「そやんかこと…」 お腹の奥がキュンと疼く。わたしは目をそらした。 「…なかよ?」 「嘘ヘタクソゾンビィかい、お前は」 自分がウソ下手なのは知っとーとやけど、改めて言われるとなんかイヤ。 …あ。 「あ、こら、やめんか!いきなり咥えるな!」 「幸太郎さんやって、また固くなって来とるよ。みんなのこと考えたせい?」 ちょっと舐めただけでもうさっきくらい固くなっとる。元気元気。 「この!」 「きゃあ!」 コロンとひっくり返されて、今度は幸太郎さんが上に覆いかぶさる。 額の傷を舌でやさしく撫でられて喉から甘い吐息が漏れる。 お返しに、真っ赤に染まった幸太郎さんの耳元に囁く。 「幸太郎さん、『白いの』いっぱい欲しか…」 おしまい *********************************************************************************************** 160.たえさく お題:「お手伝い」「種明かし」 「あ、お水がもうなかと」 「ヴァイ!」 「あ、お洗濯物取り込まんと!」 「ヴァー!」 「あ、わたしちょっとおトイレ…」 「ヴァー!!」 「たえちゃん、ありがとね。でもおトイレのドアくらい自分で開けるけん…」 今日のたえちゃんはとっても働き者。 さくらさんが困っているとすぐに駆け寄りお手伝い。 「たえちゃん偉かねぇ〜」 「ヴゥ…」 ですが、なんだか様子が変です。 さくらさんになでなでされても、お手々をもじもじ、目線はふらふら。 なんだか気が気でない様子。 (これはなんかあるっちゃろね) さくらさんのゾンビの勘がそう告げます。 「たえちゃん、わたしになんか隠しとらん?」 さくらさんにそう言われたたえちゃんはびっくり仰天。 右へオロオロ、左へオロオロ。何かを言おうと口をモゴモゴ。 そのままションボリ下を向きます。 そんなたえちゃんを、さくらさんは静かにじっと見守ります。 しばらくして、たえちゃんはさくらさんの手を引いて、お庭に連れ出しました。 そこには、何かを埋めた跡。 たえちゃんがそこをヴァヴァヴァっと掘り起こすと、割れてしまったさくらさんのコップが出てきました。 どうやら、コップを割ったのが申し訳なくてさくらさんのお手伝いをしていたようです。 「たえちゃん、こういうときはどやんするのがよかと?」 「…」 「たえちゃん」 「ヴォエンアヴァイ…」 「そうやね、きちんと謝るのが最初やね。次からはちゃんと出来る?」 「ヴァイ…」 うなだれるたえちゃんをさくらさんはやさしく、ギュッと抱きしめました。 「じゃあ、今日のことは許しちゃるけん、元気だそうね」 さくらさんは、ポロポロと涙を流すたえちゃんの背中をポンポン叩きました。 「ヴァウア…」 「心配してくれてありがとね。怒っとらんし悲しくもなかよ。ちょっと残念とやけどまた買えばよかよ。  そうだ、今度のおやすみの日、一緒に買いに行こっか。そのときはたえちゃんが選んでくれる?」 「ヴァー!」 たえちゃんは嬉しくて、さくらさんの頭をやさしく甘噛みしました。 「おーい!オメェらメシ出来とるぞー!」 サキちゃんに呼ばれて、ふたりは仲良く手をつないで館の中に戻って行くのでした。 おしまい *********************************************************************************************** 161.幸さく グッドトリップ 「幸太郎さん、開けてよかかな?」 扉の向こうからさくらの声が聞こえたので、鍵を開ける。 「お前、レッスンはどうした」 「ちょっとステージの移動の仕方で難しいところがあって、参考になるDVDかなんかあるかなぁ、って  話しとったらリリィちゃんが『たつみの部屋そのDVDで見かけたよ』って言うとったけん、  ちょっと貸してもらおうかと思いまして」 そこまでこの部屋にあるものを把握しとるんかい…。 俺はなにかやましいものをこの部屋に置いていないか急いで脳内検索をかけた。 …セーフ!仕事とプライベートを分ける男、巽幸太郎でよかった。 乾だったら即死だった。 「どのDVDかは目星がついとるんだな」 「はい、愛ちゃんがおった頃のアイアンフリルのDVDやけん、バッチリです」 さくらがビシッとサムズアップを決める。 「なら、そのへんの棚にあるはずだから勝手に持っていけ。俺は仕事が忙しい」 俺はそういうとPCの前に戻った。背後でさくらの『え~と、どこっちゃろ~』とのんきな声が聞こえる。 「あ、あった!よっこいしょっと…、あ、あれ」 高いところにしまわれたDVDを取ろうとして、バランスを崩したさくらの身体を間一髪支える。 「え、幸太郎さん、作業しとったんじゃ」 「お前の調子こいたサムズアップ見て嫌な予感がしたと思ったら、案の定ドジりおってバカタレェ~」 まったく、こいつは調子に乗るといつもこれだ。 今日はなんだ?このわずかなカーペットのズレで滑ったのか。どれだけ持っとらんのだ。 「すみません、ありがとうございます…」 腕の中でさくらが消え入りそうな声で言った。 後ろからでも耳が赤く染まっているのがよく見える。 照れくさそうにDVDのパッケージ抱きしめよって。この乙女ゾンビィめ。 ただ倒れないように支えてやっただけなのに何ムードに浸っとるんじゃい。 「さくら、こっち向け」 「こうたろうさ…ん…」 まぁ、俺もムードに飲まれてしまったので人のことは言えんがな。 口の中で拙く動くさくらの舌が愛おしくて、俺は更に深く舌を絡ませた。 「なぁ、さくら遅くねぇか?」 「そろそろ休憩時間終わっちゃうわね」 「リリィはちょっとくらい別にいいと思うよ。というか、こうでもしないと休憩とらない人もいるし」 …頷いてくれたのはゆぎりんだけかぁ。あとはみんなハテナマークが出ちゃってる。 お年頃なのに鈍いんだから。ここはリリィがサポートしなきゃいけないのかなぁ。 「私、心配なので様子を見に行きますね」 「アタシも行くばい!」 んー、リリィの計算だと、今突入するとすごいことになっちゃうかな。 ゆぎりんにそっとアイコンタクトを送ると、クスッと静かに笑った。 そうだよね。せっかくの第二の人生だもん。楽しい展開のほうがいいよね。 「リリィもちょっと心配になってきたかも…」 たつみ、手のひらくるっと回してゴメンね。 でも、元々リリィがチャンス作ったから許してくれるかな、許してくれるよね、ありがと☆ おしまい *********************************************************************************************** 162.幸さく 朝と夜 朝起きて。 横で寝とる幸太郎さんの寝顔をただじっと見たり、心臓の音を聞いてみたり、あたたかな体温を感じたりするのが幸せ。 『先に起きとったなら早めに支度せんかい!』って怒られるとやけど、幸太郎さんに夢中やけん、しょうがなか。 夜になって。 疲れとるのにわたしたちの他愛ない様子を気にかけて聞いてくれるのが好き。 うっかり寝て聞き逃しても、意地張って『寝とらんわい』って言い張るのやーらしか。 そうなったら聞いとるふりするの精一杯で話なんて全然聞こえとらんのに。 幸太郎さん、今わたし、みんなの話なんてこれっぽっちもしとらんよ。 わたしがどやん風に幸太郎さんのこと好いとーか話しとるだけ。 それなのに一生懸命相槌うって。やーらしかね。 幸太郎さん、知っとーと? ベッドに入る前にいつもおやすみのキスしてくれるとやけど、幸太郎さんが寝たあとにわたしが本当のおやすみのキスしとるとよ。 知らんよね、わたしだけの秘密やけん。 朝起きて。 横で寝とるさくらの寝顔をただじっと見たり、柔らかな髪をそっと撫でたり、やーらしか鼻をつまんでみたりするのが幸せだ。 『先に起きとったなら起こしてくれてもよかやないですか!』と焦って支度しながら抗議されるが、お前に夢中なんだからしょうがないじゃろが。 夜になって。 疲れているのに皆の様子を教えてくれるのが好きだ。 まぁ、ほとんどは他愛ないことだが。 しゃべっとる最中に眠くなってむにゃむにゃ何言うとるかわからんくなっても『寝とらんよ』って言い張るのがやーらしか。 さくら、お前眠くなると俺とのノロケ話しかしなくなるぞ。 他のゾンビィどもにしとらんだろうな、その話。 恥ずかしいのもあるが、あんなに何度も同じ話されたら誰でも辟易するぞ。 …俺はそうでもないが。 さくら、知ってるか? ベッドに入る前におやすみのキスをねだってくるが、お前が寝た後に俺が本当のおやすみのキスをしていることを。 知らんだろうな、俺だけの秘密なのだから。 *********************************************************************************************** 163.幸さく 手探り 誰でも、ふと嫌な記憶を思い出すときってあるよね? なんかしとるときでも、楽しかときでも、好きな人のとなりにおるときでも。ちょうど、今そやんか感じ。 持っとらん思い出ばっかりやけん、普段は軽く流せるとやけど、流せんときもあると。 寂しくて、でも抱きついたりしたら迷惑な気がして。 お布団の中をもぞもぞ探って、見つけた手にそっと触れる。 触れた指を、その手が握り返した。 「幸太郎さん、起きとるとですか?」 「寝とるわい」 「嘘つき」 指先から、あたたかさがじわじわ伝わってくる。 「寂しかったら、今のうちなら抱きついても許してやる」 「やっぱり起きとるやなかですか」 「寝とるっつーとるじゃろが」 あたたかな幸太郎さんの腕の中で、さっきの嫌な記憶ってなんやったっけ?と考えたけど、思い出せんやった。 *********************************************************************************************** 164.愛 汗疹 ドラッグストアに買い出しに来たら、さくらとゆうぎりが珍しいところで難しい顔で何かを選んでいた。 「どうしたの?なによ、それ」 「あ、愛ちゃん」 「天花粉…ではなく、…なんと言うんでありんしたっけ。べび…?」 「ベビーパウダーっちゃね」 「そうそう、それでありんす」 「…?」 「これがないと汗疹が出来るでありんす…」 「まさかゾンビになっても汗疹できるとは思わんやったねぇ…」 「ふーん、ふたりとも意外と汗っかきなのね。そうは見えなかったけど。制汗スプレーも買っていく?」 ふたりは曖昧な返事で返す。まぁ汗かきはちょっと恥ずかしいもんね。 スプレーを見に行く途中でアイツとすれ違った。 「…ちょっと、アンタさくらとゆうぎりが汗かきってわかってメイクとかしてるの?」 「ハァ?いきなりなんの話じゃい」 経緯を話すとアイツは私の肩を同情するようにポンと叩いた。なんなの!? *********************************************************************************************** 165.幸リリ 残雪 雪が解け、春の訪れを感じる頃。 巽は洋館の日陰でうずくまるリリィを見つけた。 「なにしとんじゃお前。トイレ混んどるんか?」 「たつみサイテー!小学生でもそんな冗談言わないよ!」 昨今のブームを見る限りそうは思えない巽だったが、リリィの手元にあるものに気づき、反論は辞めた。 「見てよ、これ。今シーズン最後の雪うさぎ!力作でしょ?  土が混じらないようにリリィ頑張ったんだよ!」 「今更そんなもん作っても、解けて辛い思いするだけだぞ」 リリィは不機嫌そうに頬を膨らませた。 「すぐ解けることくらいわかってるもん。暇つぶしに作ってみただけじゃん」 巽には、それが強がりなことがすぐにわかった。 まるで真冬の雪山で作ったような雪うさぎを見れば、暇つぶしでないことは一目瞭然である。 「お前があとで泣きついてきても慰めてやらんからな」 「たつみなんかに泣きつかないよ!たつみのバーカ!」 数日後。 巽は控えめなノックの音に気づき扉を開ける。 「…だから言っただろうが」 「…」 黙り込んで俯くリリィを、巽は部屋に迎え入れた。 ここ数日足踏みしていた気温が、一足跳びで春になったのだ。 テレビやラジオで天気予報を確認出来ないリリィにとってこの温度変化は完全に予想外で、 雪うさぎを冷凍庫に避難させようと向かったときにはその姿は跡形もなく消えていた。 「…結局、たつみの言う通りになっちゃった。バカって言ってごめんなさい」 リリィは絞り出すような声で謝罪するが、謝りたくて巽の部屋に来たわけではない。 だが、そんなことを素直に言いだせるはずがなかった。 巽もそれを察していた。 「…実は、俺は筋トレが趣味なんだ」 「いきなりどしたの、たつみ」 リリィは訝しんだ。 「ちょうどウェイトトレーニングをしたくてな。30キロ前後の重りを探していたところだったんじゃい」 巽はそう言って、両手を広げた。 「…さすがにその言い訳はちょっと無理ありすぎだよ、たつみ」 苦笑しながら、リリィは巽の腕に飛び込む。 巽はリリィを抱きかかえ、背中をポン、ポンとゆっくり、優しく叩く。 「…そんなウェイトトレーニング見たことないよ」 「俺は、謎のプロデューサーだ。謎の筋トレをして何が悪いんじゃい」 「あはは、確かにそうだね。これが筋トレって、謎すぎ」 笑いながら、リリィは巽の肩に顔を埋めた。 雪解け水のように冷たい涙が巽の肩を濡らした。 おしまい *********************************************************************************************** 166.幸さく 監視 「んが?」 アイドルにあるまじき声で目覚めちゃった。いけんよ、わたし。 静かに、軽く伸びをする 「おはよ…」 となりでまだグッスリ眠っとる幸太郎さんの髪を撫でる。いつ見てもやーらしか寝顔。 本当はまだ眺めていたいとやけど、まずは服着ないと。 畳んでおいたショーツを履いて、ブラを着ける。 そういえば最初は余裕なくって、朝になるたび『下着どこ行った』って大騒ぎしとったっけ。 ブラ紐から髪を抜きながら思い出し笑いしとったら、控えめなノックの音が聞こえた。 もう、こやんか時間。 「ごめん、お待たせ」 「おせぇぞさくら」 サキちゃんがちょっとだけ扉を開いて囁く。 「入ってきてもよかよ?」 「うっかりグラサンのモノ見たくなかけん、ここでよかばい」 言われてみれば幸太郎さんは今何も着とらんかった。 「で、まだ起きとらんとやろ?」 「うん、やっぱり疲れとるみたい」 今日は珍しくフランシュシュも幸太郎さんもオフの日なので、余裕があればみんなでお出かけでも…と思っとったとやけど。 「さくらにいっぱい搾り取られたけんな」 「サキちゃん!」 「悪りぃ悪りぃ。じゃあやっぱ今日は車無しのプランか。さくらはグラサン監視係頼んだ。リーダー命令な」 「えぇ、なにそれ…」 「アイツほっといたら休みなんか取らんっちゃろが。なんか土産は買ってきてやるけん」 「…うん、楽しんできてってみんなに言っといて」 「おう、そっちこそ」 クシシ、といたずらっぽい笑いを残して、サキちゃんは静かに扉を閉めた。 わたしはベッドに腰掛けて、幸太郎さんの寝顔をまた眺める。 「幸太郎さんが頑張りすぎるけん、わたし置いてけぼりにされちゃった。責任取ってくださいね」 眠っている幸太郎さんに囁く。みんな、気遣ってくれて、ありがとね。 コーヒーの香りがわたしの鼻をくすぐる。 あ、ウトウトしとった。 「ようやく起きたか、寝ぼすけめ」 幸太郎さんがパソコンの前に座り、トーストをかじっていた。 「おはようございます、何ばしとーとですか?」 目をこすりながら、画面が見えるよう回り込む。 「何って、仕事に、あ!お前!」 幸太郎さんの齧りかけのトーストを奪い取って、わたしの口にねじ込む。 「何すんじゃい腹ペコゾンビィ」 口の中の水分を持ってかれたので、幸太郎さんのコーヒーを勝手にもらう。 …わたしのぶん用意してくれてもよかっちゃろ。 「リーダー命令です。幸太郎さんがお仕事せんように見張っとけって」 「んなもんプロデューサー命令で無効じゃい」 「無効化されませんー!」 お仕事なんて出来んように、幸太郎さんの膝の上に座り、妨害する。 「重い、どかんかい」 「重くなか。どきません」 「いいや重い」 「重くなかもん」 重いと言われるたび、お尻の方にグリグリと体重をのせる。 それでも幸太郎さんは仕事をしようと、無理矢理マウスに手を伸ばした。 「ダメです、今日は休まんね!」 膝に跨るようにして、幸太郎さんに向き直る。 「時間空いたら勿体無いじゃろが」 「休むのもお仕事の一部です、リリィちゃんが言うとったけん間違いなか!」 「…リリィの名前出すのは反則だろうが」 幸太郎さんの声のトーンが低くなる。 「そうでもせんとお仕事するっちゃろ?」 「…まぁ出されてもお仕事するけどな!隙あり!」 やっぱりフェイントやった。わたしはすかさず、幸太郎さんの視界を塞ぐために抱き着く。 わたしの胸に押し上げられて、サングラスが大きくズレる。 「反則技ばっか使いよって!」 「大人しく休めばよかっちゃろー!」 ふたりの体重で、椅子がギシギシ悲鳴を上げた。 「…一旦落ち着くか」 「そうですね」 向かい合ったまま、幸太郎さんの膝にぺたりと座る。 「あ、忘れとった」 「何をだ?」 わたしは無言で幸太郎さんの首に手を回して、目を瞑る。 「何じゃい」 「おはようのキス、まだしてもらってません」 「さっきお前が居眠りこいてる間に済ませたわい」 「気付いとらんけん、ノーカンです!もう一回!」 「俺のおはようのキスを無視するとはひどい奴め」 「…なら普通にキスしてください」 「めんどくさいやっちゃなぁ」 「そやんかこと、知っとるとでしょ?」 「開き直りよった…」 「幸太郎さん、お願い…」 そう言って目を瞑ると、溜息が聞こえてきた。一瞬あと、抱き寄せられて唇に熱い感触を感じる。 わたしも、ゾンビの冷たい舌に熱い思いをのせて応える。 「…幸太郎さん、まだお仕事する気ある?」 「…わかった、俺の負けだ。付き合ったるわい。俺はひとっ風呂浴びてくる。お前は軽く飯食っとれ」 「みんなおらんけん、せっかくだから一緒に入りましょうよ、幸太郎さん」 「…この色ボケゾンビィめ。…好きにしろ」 幸太郎さんと腕を組んで、一緒に一階へ降りていく。 サキちゃん、みんな。わたしちゃんとリーダー命令果たしとるけん、安心して楽しんできてね。 おしまい *********************************************************************************************** 167.たえさく ぬいぐるみ >一番さびしがりなのは誰でありんしょうね 「じゃーん!たえちゃんが寂しくならんようにわたしのぬいぐるみを作ってみました!」 「ヴァー!」 「えへへ、喜んでもらえて嬉しかよ。大事にしてあげてね」 「ヴァリガオー」 たえちゃんはそう言ってわたしを優しく甘噛み。 「もう、くすぐったか!」 それから毎日、たえちゃんはわたしのぬいぐるみといつでも一緒。 …そう、いつでも。 「で、ぬいぐるみにヤキモチ焼いとるんかい」 「だって、寝るときもずーっと一緒におるし。前はもっと甘えてくれたとよ!」 「子離れにショック受ける親かお前は!この寂しんぼゾンビィめー!」 幸太郎さんはそう叫ぶとわたしを部屋から蹴り出した。もうちょっと心配してくれてもよかっちゃろ。 「ヴァウア!」 その様子を見ていたたえちゃんが、わたしを優しくナデナデしてくれました。優しかね、たえちゃん。 *********************************************************************************************** 168.幸リリ 背中 「たつみ、スウェット着てるときくらいサングラス外しなよ。チンピラみたいだよ」 「うっさいのぉ」 珍しくラフな格好で、たつみが純子ちゃんから借りたヨガマットに寝そべる。 「ほんとにだいじょうぶ?」 「安心しろ、伊達に鍛えとらんわい。大船に乗ったつもりで乗れ」 「そうじゃなくって、うっかりリリィのこと落とさないでよね」 「そっちかい!」 大体、パピィに比べたら小舟もいいとこだし。ゆっくりとたつみの背中に足を乗せて立ち上がる。 …なんだ、結構しっかり鍛えてんじゃん。 何箇所か踏んでみると、あったあった、硬いとこ。 「たつみ、この辺でしょ?凝ってるの」 「お、よくわかったな」 「いひひ、リリィは天才だもん。このくらいよゆーよゆー☆」 「あぁ、流石リリィだな」 …そこはからかう流れじゃん。空気読めよ。 ここも結構凝ってるかな。あ、ここも。ここも。 「もう、たつみ全身コリコリじゃん!整体とか行きなよ!」 「そんな金があるかい!」 そこはリリィを褒める流れでしょ。ほんとわかってねーなぁ。 「そんな金あったら美味しいもの食べに行っちゃうのがたつみだもんね。富士山ちゃんぽん美味しかった?」 「…なんでお前がそんなこと知っとるんじゃい」 「なんでだろーね?教えてあーげない」 「どこで知ったか吐かんかい!吐かんなら、こうじゃい!」 たつみがリリィの乗ってるあたりの背筋をピクピク揺らした。 「やめてよー、アハハ!落ちちゃうじゃん、もー!」 「まだまだこんなもんじゃないぞ。それ、これはどうじゃい!」 「何その動き、ちょっとキモいよ!アハハハハ!」 …お兄ちゃんがいたらこんな感じなのかな。なんてちょっと思ったりして。たつみには絶対ヒミツだけどね。 おしまい >この後調子に乗って背筋地震をし過ぎて背中が攣った 「うぐぅ!?」 「えっ、ちょっとたつみ!いきなり止まらないでよ!危ないじゃん!」 背中から降りたら、たつみは金魚みたいに口をパクパクさせてた。 「…せ、背中つった…」 「バカじゃねぇの」 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ サガンシップを貼るたびにたつみが小さな悲鳴をあげる。 「たつみうるさーい」 「ヒヤッとしてビックリするんじゃい、仕方なかろうが。オォウ!」 「もー、世話がやけるなぁ」 「リリィ、いつもすまんなぁ。ゴホゴホ」 「変な三文芝居しないでくれる?演技指導するよ」 「ハイ、スミマセン」 ほんと、世話がやけるお兄ちゃんなんだから。 *********************************************************************************************** 169.幸さく 開花待ち さくらが鼻歌交じりで庭を眺めとる。 「なにしとるんじゃい」 「あ、幸太郎さん!そろそろ桜の季節やけん、早く咲かんかなぁと思って」 さくらがやけに嬉しそうに笑う。 「お前がそやんかワクワクしとったら開花翌日に雨でも降りそうだな」 「えぇ、縁起でもなか…。そうだ!てるてる坊主作ろ!」 そう叫んでさくらはどっかに行った。ったく、ぎゅーらしかゾンビィめ。 「幸太郎さん、そろそろご飯ですよー」 もうそんな時間か。…あ、しまった。 「わかった、ちょっと待て。開けるな」 「え、もう開けちゃいましたけど…。あ!」 気付いたときには、窓にこっそり吊るしておいた俺のてるてる坊主とさくらが見つめあっていた。 見ろ、あの嬉しそうな顔。絶対このあとウザいくらい感謝してくるに違いない。 だーもう、考えただけで恥ずかしい。勘弁してくれ。 *********************************************************************************************** 170.幸さく かしまし話 女三人寄れば姦しいと言うが、女六人とリリィ一人のフランシュシュも例外ではない。今日も他愛ない雑談が始まった。 「なぁ、ホクロに生える毛ってなんの役に立つとや?」 「リリィそういう話きらーい!」 「ハァ?気にならんとや?コイツ一体何のためにおるとやろ…ってなるっちゃろ」 「一理あるわね」 「愛ちゃんのらないでよ!」 「ホクロから毛なんて生えるんですか?」 「年を重ねたお人ほど生えやすくなる気がしんす」 「私、一度も見たことないので是非見てみたいです」 「つってもアタシらでホクロに毛生えてる奴おらんっちゃろ」 「腐ってもアイドルだもんね」 「腐ってますけどね」 「グラサンもカッコつけやけん、そやんか毛処理しとるだろうしな」 「背中に一個毛生えとるホクロあるとよ。自分じゃ見えないところにあるけん、幸太郎さんは気付いとらんけど」 さくらの投下した爆弾により雑談は終わり、尋問が始まった。 *********************************************************************************************** 171.幸さく 爪跡 頭の中が真っ白になって、目の前で火花が散る。幸太郎さんにギュッと抱きつく。 お腹の中で、ぴくんぴくんと脈動する感覚が、幸太郎さんも気持ちよくなってくれたと教えてくれる。 その喜びが、快楽の波になってわたしの身体を駆け抜けた。 「…っ!!…ハァ、はぁ~」 快感の波が去って、気怠くなった身体を幸太郎さんに預ける。 こうしとるときの、幸太郎さんの鍛えた身体の感触が頼りがいがあって好き。 「おい、さくら」 「はい、なんれすか」 恥ずかしか、ろれつ回らんやった。 「お前爪で背中刺すのやめんかい。痛いじゃろが」 「へ?爪?」 いけん、まだ頭ぼーっとしとる。 「ちょっと見てみい。たぶんくっきり跡残っとるぞ」 「はぁい…」 頭を取り外して、幸太郎さんの後ろのほうを覗き込む。 「お前はアラレちゃんかい。ものぐさやめんかい」 「だってまだ離れたくなか…」 「…しゃーないやっちゃのぉ」 頭ちょっとずつハッキリしてきた。 今うっかり恥ずかしか本音言っちゃった気がするとやけど、たぶん気の所為っちゃね。 幸太郎さんの背中にはわたしの爪の跡があかーく残っていた。 「あ、なるほど」 「なるほどって何じゃい」 「よく歌詞で、『背中に爪跡残す』ってえっちな意味やったとですね」 「…今までなんだと思っとったんじゃい」 「えっと…背中をギー!って引っ掻いてやるぞー的な意味かと」 「地味に嫌な感じの攻撃だな、それは」 首を戻しながら、呆れる幸太郎さんの顔を見て、もう一個気が付いた。 背中に爪跡を付けるのは、『自分のもの』っていう証。 わたし、幸太郎さんのこと自分のものにしたんだ。そう思うと、なぜか胸が高鳴った。 「わたしにも、なんか跡つけて欲しか…。…なんちゃって」 「お前なぁ、アイドルにそやんかもんつけれるかい」 「…わかっとるもん」 そう、わたしはアイドル。フランシュシュ1号。 ずっと夢見とったのに、それが今、一瞬疎ましく思えて、自分が嫌になった。 「どーせ背中に付けた爪跡見てこの巽幸太郎さんを自分のものにした気になったんじゃろ。  残念、俺は誰のものでもありましぇーん」 図星を付かれて、いつもやったら恥ずかしがるところとやけど、今は自分の傲慢さに嫌気が差す。 わたしの反応が薄かったせいで、幸太郎さんは目に見えてオロオロした。 「あー。そのなんだ。さくら!」 「は、はい!」 「お前は!お前は、俺のもんだ。そこハッキリわかっとれば跡とかなんもいらんじゃろがい…」 徐々に顔を赤らめながら、幸太郎さんが竜頭蛇尾の勢いで叫ぶ。 いつかのときみたいに、すごく不器用で、かっこ悪くて、でも、優しい。 涙がでるくらい嬉しくて、わたしは幸太郎さんに抱きついた。爪跡が付かんように、優しく、柔らかく。 *********************************************************************************************** 172.愛さく 雑魚寝 まだ目覚めたばかりの頃、アイツにひとりひとり個室をくれないか直談判したことがあった。 団結だの連帯感だの言って断られて、そのときはムカついたけど、今はアイツの判断の方が正しいと思ってる。 「誰か、起きとる人おらん…?」 さくらが弱々しい声で、あたりをキョロキョロと見回してる。 「私まだ起きてるから、こっち来なさいよ」 「ありがとう愛ちゃん。えへへ、お邪魔しまーす」 なによ、割と平気そうじゃない。 …そうでもないか。手が震えてるものね。 「愛ちゃんと同じ部屋に寝とってよかった…」 「私もそう思う。こないだサキのお布団にお邪魔したもの」 「えぇ、なんでそのときわたし寝とったとやろ。持っとらん…」 「今日は私が起きててラッキーでしょ。さ、寝るわよ。おやすみなさい」 「うん、おやすみなさい。愛ちゃん」 一回死んだ私たちだもの。悪夢にうなされるときもある。 そういうとき、支えてくれる仲間が隣にいてくれる心強さを今の私は知っている。 *********************************************************************************************** 173.幸さく 冷えた手 >ふと触れ合った時の手の冷たさに彼女たちがゾンビィであることを思い出す幸太郎はん… 「…手、随分冷えとるな」 さくらの手に触れて、そんな間抜けなことを呟いてしまった。 「ゾンビやけん、いつもこやんかもんですよ」 さくらはなんともない顔で笑う。 だが、俺の心を罪悪感が押し潰す。 彼女の手が二度と温かくならないのは俺のせいだ。 彼女から熱を奪ったのは俺だ。 「…幸太郎さん?」 なかなか手を離さない俺にさくらは首を傾げた。 「もしかして、あっためてくれよるとですか?えぇ~、どやんすぅ~」 さくらが調子にのる。普段なら厳しくツッコミを入れるところだが、今日くらいはいいだろう。 俺はさくらの手に、あたたかい吐息をかけて、手を擦り合わせる。 「ほ、ほんとにあっためてくれるとですか?」 「ありがたく思えよ。今日は特別だ」 *********************************************************************************************** 174.幸太郎 お題:「浮気」「予想外」 巽幸太郎は浮気をしていた。 佐賀のさる名家に営業に赴いたとき、巽と彼女は出会った。 気位が高く、箱入りで育った彼女は普段なら両親が紹介した訪問客には一瞥すらくれず、立ち去るのが常であった。 だが、その日は違った。彼女はまるで両親に見せるような人懐っこい態度を巽に見せた。 巽も、彼女の美しさに釘付けとなった。 瞬く間にふたりは親しくなった。 営業という名目で彼女の家に足繁く通い、彼女の両親も巽を歓迎した。 口付けを交わした数は一度や二度ではなく、彼女の身体で巽の触れていないところはないほどであった。 今日も彼女との逢瀬を終え、巽は洋館に帰る。 皆にバレないよう、顔を引き締めてから扉を開ける。 「ただいブゲェ!」 巽の頰に鋭い痛み。ロメロ渾身の体当たりである。 他所の雌犬のにおいを撒き散らしながらデレデレと鼻の下を伸ばす主人に忠実な彼も遂に我慢の限界を迎えたのだ。 「待て、すまんロメロ!メアリーちゃん(3歳、パピヨン)とは仕事上の付き合いで、ブヘェ!」 翌日、朝っぱらから庭でロメロと戯れる絆創膏だらけの巽をフランシュシュは怪訝な顔で眺めていた。 *********************************************************************************************** 175.純たえ お題:「声を殺す」「くだらないこと」 夜中にぱっちり目が覚めて、眠れないことってありますよね。今の私がそんな状況。 誰か起きてないかしら。あたりを見回してもみんなスヤスヤ夢の中です。 あら?ひとつ空っぽの布団が…。 そう思った瞬間、頭に重いものが乗っかりました。 「たえさんも眠れないんですね」 「ヴァー」 どうしましょう、こっそりおしゃべりして過ごそうにも私まだたえさんの言うこと半分くらいしかわかりません。 …いいえ、ここで諦めては紺野純子の名が廃ります。この機会に言葉を覚える努力を…。 「くふっ…」 顔を上げるとそこにはとても面白い顔をしたたえさんが。そういえば昼間さくらさんとにらめっこしてましたっけ。 「初戦は私の負けですね。でも私だって強いんですよ。にらめっこしーましょ、あっぷっぷ!」 「ヴフッ…」 たえさんが声を押し殺してプルプル震えます。これぞ昭和のアイドルの底力。 「お前たち、夜中になーに下らないことやっとるんじゃい」 私はそのままの顔で声をする方を振り向くと、様子を見に来た巽さんが。私、もうお嫁に行けません。。。 *********************************************************************************************** 176.アイアンフリル ワサビ モニタリング用のケーブルをポニーテールに隠れたソケットに差し込む。 視界の端に現れた接続確認のウィンドウが灰色から緑に変わり、消えた。 じゅりあとユイが、うんざりした顔をしてる。 また『詩織はポニテだから普段と変わんなくていいなぁ』って愚痴られるのかな。 私だってこのケーブル好きじゃないのに。頭重くなるし。 今日は私達の口内センサに対して食べもののデータを送る新機能のテスト。 私達の口は歌うための楽器であって、ものを食べる機能はもともとついていない。 でも、アイドルである以上、『何かを食べてリアクションする』仕事は必ずある。 今まではそういった仕事を受ける場合、事前に食べたときの演技指導を受けることになっていたけれど、 この機能があればその場で、より自然にリアクション出来る…らしい。 グルメ番組に呼ばれるたび、料理ごとに演技を覚えなきゃならなかったから、これはかなり嬉しい。 「これからテストを始めるけど、気分が悪くなったりエラーが出たら遠慮なく言ってね」 机の前の女性エンジニアが言う。 毎回新機能のテストのときには、私達をケアする女性スタッフが付いてくれる。 「今日は甘味、辛味、酸味、苦味についてテストするわ。それぞれ味がわかりやすい食品の情報を送るから、  感想を聞かせてね。苦手な味のときは手を上げて。すぐに送信を中断するから。  まずは甘味。『シュークリーム』」 タブレットの操作と同時に、私は歯に微かな抵抗を感じ、舌にはクリームの感触が伝わった。 なにこれ、しあわせ。 以前食べ歩き番組で食べたとき、こんな殻に入ったグリスみたいなのが何で人気なんだろうと疑問だった。 でも、味がついてようやくわかった。これは行列を作ってでも食べたくなる。 続いて辛味のテスト、送信されたのは『キムチ』。 「だいじょうぶ?私のお口のセンサー壊れてない?」 真琴が早々に手を上げてギブアップし、エンジニアさんに泣きつく。 ちょっと痛いけど、そこまで騒ぐほどかな。 次の酸味は梅干し。ぎゅーっと顎の辺りが痛くなる。人間の唾液腺にあたる部分が刺激されているらしい。 でも、このサッパリした後味は好きかも。 最後の苦味は『青汁』。これはみんなすぐギブアップ。 ただ、ひかりだけはこの味にハマったみたいで、『おかわり』を要求してた。 「みんな、他にもいくつかサンプルを用意しているから、食べてみたいものがあったら言ってね」 「あまいの!なんかあまいのください!」 「青汁もう一回~」 「なんだっけ、あの食べ物…。ログサーチ、ログサーチ…」 「高いやつ!キャビア!フォアグラ!大トロ!」 みんなが口々にリクエストしてエンジニアさんを困らせる。 …食べたいもの、かぁ。考えたこともなかった。 「おまたせ。詩織ちゃんはなんかある?」 「…イカゲソってありますか?」 「ずいぶん渋いところを突くわね。ちょっとまってて…」 エンジニアさんがタブレットをいじる。…なんで私イカゲソなんて言ったんだろう。 本当はわかってる。あの人がよく食べていたから。 「ごめんなさいね、イカゲソのデータはまだ用意してないのよ。次までには用意しておくわ。  イカのお寿司ならあったけど、代わりにそれでいいかしら?」 「はい、大丈夫です」 イカのお寿司の視覚データはログにある。ご飯の上にシリコンゴムみたいな板が乗ってるやつだ。 口に入れられた食感も、まるでシリコンゴム。 …人間ってなんでこんな変なもの食べるのかな。 それとも、私が機械だからこれを変だと感じるのかもしれない。 データがそもそも変なのかも。 …私は、あの人と同じものを食べて、同じように感じることが出来るのかな。 ジワリと、私の目に涙が滲んだ。 「詩織ちゃん、大丈夫?」 「…平気です。ワサビって本当に鼻の奥が痛くなるんですね」 涙ぐむ目をこすって、私は取り繕った。 モニタリングされてるから、こんな嘘無意味だってわかっているのに。 なんで嘘なんて吐いちゃったんだろう。 これが乙女心ってやつなのかな。 おしまい *********************************************************************************************** 177.幸さく ころころ 「幸太郎さん、ファンの女の子たちと仲良くなんの話しとったと?」 さくらがじっとりとした目で俺を睨む。 「単に今後のイベントの予定を聞かれただけじゃい。  …なぜかウチの公式サイトは公式だと信じてもらえんことが多くてな」 本当にあれはなんなんだろうか。一生懸命作ったんだが。 「ほんっとーにそれだけ?かわいかったけん、見惚れとったとかじゃなかと?」 「俺はお前たちみたいなアイドルと日々過ごして目が肥えてるんだ。  素人程度にこの巽幸太郎さんが見惚れるかいボッケェ~~~!」 「それってわたしたちが美人ってことですよね…。えぇ、いきなり褒めんでください、照れる~」 さくらがどやんすどやんすと身体をくねらせる。 「この調子こきゾンビィ~!今のお前レベルの美人なんてな、掃いて捨てるほどおるんじゃい。  もっと自分の魅力をキュキュっと磨いてから調子こかんかいこの原石ゾンビィ!」 「もう、褒めるかけなすかどっちかにしてください。わたし幸太郎さんが何考えとるかわからんっちゃ…」 その些細なことでころころ表情を変えるとこがお前のチャームポイントだ、などとは絶対言ってやらんぞ。 *********************************************************************************************** 178.幸さく 抱きまくら >幸太郎はん不眠症設定でもっと書きなんし! 「ヴァー」 「やっぱりまだ寝とらんっちゃね…」 たえちゃんの報告を受けてわたしは幸太郎さんの部屋に向かった。 「幸太郎さん、まだ起きとーと?」 「…眠れないんじゃい」 「きっと寝具がわるか!抱き枕とか使いましょう!」 「そんなもんどこにある」 わたしはドヤ顔で自分を指差した。 「…け、結構照れますねこれ」 「じ、自分で言いだしたくせにこの根性なしめ」 ベッドの中で、幸太郎さんに抱きつかれて一緒に横になる。 幸太郎さんの鼓動につられて、わたしの止まった心臓も動き出す。 結局、わたしたちは朝まで徹夜してしまった。でもまだ諦めんよ。 今夜再チャレンジしちゃるけん! *********************************************************************************************** 179.幸さく 取り外し不可 >でも自分のデカ乳が邪魔して幸太郎さんにくっつけなくてどやんすする子も良いと思うけん 「…おっぱい外せんかなぁ」 「なに物騒なこと言うとるんじゃい」 つい、口が滑ってしまった。 「ちょっと幸太郎さんギュッとしてもらってよかですか?」 「なんじゃい、もう」 少し照れながら、幸太郎さんが抱きしめてくれる。 でも、わたしの胸のせいで隙間が出来る。 わたしはこの隙間が嫌い。 ばってん、幸太郎さんはこの胸が押し付けられてる感覚が大好き。 聞いたことはなかとやけど、背中に押し付けたりしたら頰が緩むけん、わかる。 幸太郎さんの幸せをとるか、わたしの幸せをとるか。 どやんす、どやんす。 「くっつきたいなら、こうすりゃいいじゃろがい」 幸太郎さんがわたしを背中から抱きしめて、そのまま肩越しにキスをした。 *********************************************************************************************** 180.幸さく 砂糖の数は 出来る男はブラックコーヒー。そう相場が決まっているものだ。 だから俺もずーっとコーヒーはブラックで決めていた。 「はい、幸太郎さん。コーヒーどうぞ」 「…なんでミルクが入っとるんじゃい」 「ブラックは胃に悪かとですよ!」 「このお節介ゾンビィめ!男の美学っちゅーもんがわからんのか!」 「男の美学っちゅーんは病院代払ってまで求めんといけんの?」 …それを言われると言い返せんじゃろがい。仕方なく、俺はコーヒーに口をつけた。 「さくら、お前砂糖まで入れよったな!」 「幸太郎さん、自分で気付いとらんと思うけど砂糖入れんで出したら眉間にシワ寄せて飲んどるけん、  そのくらいの甘さが本当は好きっちゃろ?」 「なんでそんなこと知っとるんじゃい」 「…幸太郎さんのこと、ずっと見とるけん」 はにかんでそう答えるさくらのコーヒーに、角砂糖をひとつ放り込む。 「あ、ダイエットしとるのに!」 「ゾンビィにダイエットが必要あるかボケェ~!これがお前の好みの甘さじゃろがーい!!」 ずっと見てるのはお前だけだと思っとるんか、この大ボケゾンビィめ。 ↓じゃいの人に書いてもらったのの続き 「幸太郎さんって意外とうぶ?」 「そ、そんなことあるわけないじゃろがい」 「でも、間接キスで真っ赤っか…」 「…じゃあお前は平気なんだな」 「へ!?」 「お前は間接キスくらい余裕ってことじゃろ?」 「わ、わたしはアイドルやけん、かかか、間接キスなんて出来んとでふよ!」 「きゃー、初々しくてさくらちゃんやーらしか!はい、やーらしか!」 「…わかりました。やります!やればよかでしょ!」 さくらはそっとひとくち飲むと、今度は俺にコーヒーカップを渡す。 「はい!幸太郎さんの番!」 「なんじゃいそれ」 「あれ?やっぱり幸太郎さん恥ずかしか?」 「…よか度胸じゃな、さくら。やったるわい」 そのあと、互いに腹がタポタポになるまで勝負した。我ながら熱くなりすぎた…。 *********************************************************************************************** 181.幸リリ 計算 「ねぇ☆たつみ☆」 買い出しに来たスーパーで、リリィが上目遣いで俺を見上げる。 「自分の小遣いで買わんかい」 「もー、リリィまだなんも言ってないじゃん!」 手を引かれて店内の本屋に連れて行かれる。結局おねだりじゃろが。 「これ、買って欲しいな☆」 「『ボクらは魔法少年』…?」 リリィ好みのフリフリ衣装を着た少年が表紙に描かれている。 「うちにも漫画はある。それで我慢せんかい」 「近所のラーメン屋さんが潰れたときに譲ってもらったやつでしょ。  あれ脂っこいし、湘南暴走族とか特攻の拓とかサキちゃん好みのやつばっかじゃん」 たしかにラインナップに偏りがあるのは認める。しかしここでリリィの言うことを聞けば、 我も我もと要求が増えるのは明らかだ。 「いーじゃん、2冊だけだよ?」 「…上下巻か?」 「…以下続刊」 「いちいち続き買いに来んと行かんじゃろがい」 本屋に来る頻度が増えればそれだけリスクが上がる。ここで折れるわけにはいかん。 「ねぇ、お願い☆1巻はちゃんとリリィのお小遣いで買うから」 「…お前の計算高さがあればお小遣いの管理くらい朝飯前じゃろがい」 「『計算高さ』って言い方はやめてよ。リリィのかわいさが計算尽くみたいじゃん。…じゃなくて、リリィが死んでる間に単行本値上がりしてて計算狂ったの」 「そんなこと言って、大した差じゃ、うぉ!?」 サイズ的に青年誌だから割高なのは覚悟していたが、なるほどこりゃ高い。 「ね?リリィやっと今日買えるって思ってたのにすごくガッカリしたの。お願い…」 「わかった、わかった。一冊だけだぞ。続きは自分で買えよ」 「やったぁ☆」 会計を済ませて、買い出しも終えた俺たちは車に向かう。そこでふと気付く。 「俺は差額だけ出せばよかったんじゃないか?」 「え?なんのこと?」 まんまと一杯食わされた。だが、本を大事に抱えるリリィを見ていたら、何故だか許してしまいたくなる。 「全く、計算高いやつめ」 「もー!だからその言い方やめてよ!たつみ!」 *********************************************************************************************** 182.幸さく 抱き心地 ゾンビとして、蘇らせてくれたことには不満はない。 不満なのはただひとつ。 「もうちょっとお肉落ちとる状態で蘇らせてくれたらよかやのに…」 「別に太っとらんじゃろが」 「それ、女の子が言われたくなかセリフベスト10には入っとると思います」 幸太郎さんをキッと睨む。 太ももはぷよぷよ、二の腕はぷにぷに。 「あぁ、愛ちゃんくらいスレンダーやったらなぁ」 「愛には愛の、お前にはお前の持ち味があるじゃろが。それにこれくらいのほうが抱き心地がいい」 「…他の女の子抱いたことあると?」 「…ないです」 「じゃあ抱き心地の良し悪しなんてわからんやなかですか!」 枕で幸太郎さんをボスボス叩く。 「だーもー!俺はそのくらいの体型が好きなんだ!それでよかやろが!」 そやんか独断で人の体型決めるなんて…。文句を言おうとしとるのに、なぜかわたしの頬は緩むのだった。 *********************************************************************************************** 183.幸さく 春はあけぼの 朝焼けを初めて見たのは確か中学の頃やったっけ。 勉強しとったら、いつの間にか朝になっとって、急いで寝たのを覚えとる。 お母さんに『根詰めすぎ』って怒られたっけ。 カーテンの向こう側が明るくなったのを見て、ふと思い出した。 少し外を見ようとベッドから抜け出して、自分の格好を思い出す。 外から見えんようになっとるとは言え、流石に何も着ないで窓辺に立つのは恥ずかしか。 ベッド脇に畳まれた、幸太郎さんのシャツを勝手に羽織る。 いつ着てもだぶだぶで、全然サイズあっとらん。それがなんだか無性に嬉しい。 「…人のシャツ取るなっていつも言っとるだろうが」 「おはようございます。だって、彼シャツは女の子の憧れやけん」 見せつけるようにスンスンと匂いを嗅ぐ。 幸太郎さんの匂い。…ちょっとイカゲソの臭いも混ざっとるけど。 「やめんか、恥ずかしい…」 文句を言いながらわたしに軽くおはようのキスをして、幸太郎さんがカーテンを開ける。 ふたりで見た朝焼けは、あの頃よりずっと鮮やかだった。 ベッドにふたりで座りながら、のんびり外を眺める。 「しかし、早起きしすぎたな。二度寝でもするか」 幸太郎さんが眠たそうに伸びをする。それを見たらなんだかわたしにも眠気がうつってきた。 「ふわ…ぁ…」 両手を腕に伸ばして、足の先まで思いっきり伸ばして欠伸をする。 「お前なぁ、自分の格好考えろ」 「…え、きゃあ!」 ワイシャツからはみ出した太ももがはだけて丸出しになっとった。 …幸太郎さんがチラチラとわたしの太ももに目線をやる。 「まだ、ミーティングまで時間ありますね。…それまで、どやんしよう」 幸太郎さんに近づきながらそっと問いかける。 「…ミーティング遅刻したらお前のせいだからな」 「えぇ、ずるか」 「誘っといてそんな言い草あるかい」 …そのあと、なんとか間に合ったとやけど、みんなからは生温かい目で見られました。 *********************************************************************************************** 184.幸さく そういうことになった。 「さくらって犬っぽいわよね」 「えぇ、そやんかことなかよ!?」 「そうかしら?さくらが犬っぽいと思う人、手あげて」 高々と六本の腕が上がった。 「たえちゃんまでそやんかふうに思っとったと!?」 「ヴァウ」 「じゃあ、さくらちゃん目を閉じて、ゆっくり深呼吸して」 さくらは戸惑いながらリリィの指示に従う。 「眼の前にはたつみがいます。さくらちゃんと目が合うと、  『偉いぞぉ~』と言いながらさくらちゃんをワシャワシャ撫でました」 「…えへへ」 「やっぱ犬ばい」 「犬でありんす」 「ワンちゃんですね」 そういうことになった。 *********************************************************************************************** 185.幸さく たったひとつの冴えたやりかた ベッドに座る幸太郎さんの背中に、わたしの背中をピッタリとくっつける。 「毎度毎度なんじゃい、もう」 「だってこうするの好きやけん」 「何がいいのか理解できん」 「だってこやんかふうにしとったら、幸太郎さんの背中の広さがよくわかるっちゃ」 ばってん、この体勢にもひとつだけ弱点がある。でも大丈夫。今日はそれを克服する作戦を用意してきたけん。 「はい、幸太郎さん。これ持って」 「なんじゃい!…うわ、ビックリした!軽々しく頭外すのやめんかい!」 「背中合わせとったら幸太郎さんの顔見えなくて寂しかよ…」 「見た目があまりに猟奇的すぎるじゃろがい」 文句を言いながら、幸太郎さんはわたしの頭をやさしく抱いてくれる。 これで、背中の広さ、腕のあたたかさを感じながら、幸太郎さんの顔を眺められる。 がば贅沢な気分。ゾンビならではのたったひとつの冴えたやりかた。 「こうしとると、幸太郎さんの愛を全身で感じられてよかね」 「いっつも愛しとるんだから、常に全身で俺の愛を感じんかい、ボケェ」 *********************************************************************************************** 186.姉弟さく幸 看病 「幸太郎さん、わたしがお姉ちゃんになっちゃるけん、今日はゆっくり休まんね!」 「…そんなこと言われて安心できるかい」 「ほら、幸ちゃんの好きなすりおろしリンゴ用意したけん、お口開けて」 「スルーかい…。幸ちゃんって誰じゃい…ゲホゲホ」 「幸太郎さんだから幸ちゃん。ほら喉にもよかけん、あーん」 「…ひとりで食えるわい」 「だーめ、お姉ちゃんの言うこと聞かんね。あーん」 「…あーん」 「はい、いい子やね。まだまだあるからね。あ、でも無理せんでよかよ。晩ご飯、何にする?」 「…うどん」 「任せといて。じゃあ、わたし下行くけん」 「…待て、さく…姉ちゃん」 「ん?」 「もう少し、側にいてもらっていいか?」 「よかよ。幸ちゃんの頼みやけん」 *********************************************************************************************** 187.幸さく さくらの日(昼の部) 「幸太郎さん、今日は『さくらの日』なんやって!」 「…だからなんじゃい」 「なんかこう…お祝い、とまではいかなくても、なんかなかかなって」 「ちょーし乗るな欲張りゾンビィ!お前来週になったら誕生日、  そのあとすぐ命日とイベント目白押しじゃろがい!」 「えぇ…。命日もイベントに入ると…?」 「とにかく、なんもないわい」 「そうですか…」 「…記念日だから言うわけじゃないが、お前は毎日よく頑張っとる。  お前をフランシュシュの『1号』にした俺の目に狂いはなかったな」 「…もう一声!」 「今日はやけに食い下がるな…」 「だってさくらの日やけん…」 「イントネーションが違うじゃろがい、欲張りゾンビィめ。なら、目つぶっとれ」 幸太郎さんに言われて目をつぶると、おでこにあたたかく柔らかいものが当たるのを感じた。 咳払いをして足早に去っていく幸太郎さんの耳は、綺麗なさくら色に染まっていた。 *********************************************************************************************** 188.幸さく さくらの日(夜の部) 今日の仕事もこれでひと段落。伸びをしたところで、ちょうど誰かが扉をノックした。 「なんじゃい」 「幸太郎さん、お仕事終わりましたか?」 さくらがお盆を片手に扉を開ける。 上気して、ゾンビィにしては赤みがさした肌と濡れ髪は、どこか艶めかしい。 さくらのあどけない笑顔が、より一層その魅力を引き立たせる。 「お前、勝手に風呂入りよったな」 「だって今日は『さくらの日』やけん」 「そればっかか」 「って言うのは冗談で…お昼のお礼がしたくって」 さくらは照れくさそうに額を撫でる。 俺は咳払いをひとつして、茶をすすった。 「その礼とお前が風呂はいるのになんの関係があるんじゃい」 「幸太郎さん疲れとると思って、マッサージしてあげたいな、と思ったとですけど、  わたしゾンビやけん、そのままやったんじゃ逆に冷えて身体に悪かかなって」 さくらが寂しそうに自分の手を見つめる。血の気のない、青黒い手を。 「そこまでこの巽幸太郎さんにお礼がしたいっていうんなら、仕方がない。  マッサージされてやっていいぞ」 「ほんと?ありがとう幸太郎さん!」 ふんぞり返る俺に、さくらが素直に礼を言う。 「さて、じゃあ俺は一足先に寝室に行くか」 「え、わたしは連れてってくれんの?」 さくらが俺のジャケットの裾を掴んで引き止める。 「ジャケット落ちるからやめんかい!そんなに幸太郎さんと一緒にお着替えしたいんかいお前は」 「…え?あっ、そうっちゃね、スーツから着替えんとマッサージも出来んよね、わたし何言っとるとやろ」 「このドスケベゾンビィめ。着替え終わったらちゃんと呼んでやる」 真っ赤になってどやんすどやんすしているさくらを置いて、俺は寝室に向かった。 さて、さくらの身体が冷え切る前に着替えを済ませてしまうか。 冷たい手でマッサージなんぞされたら心臓に悪そうだからな。 「ちょっとまってね、今秘密兵器用意するけん」 寝室に入ったさくらは、何やら板と細長い棒を取り出した。 「じゃーん!リラックスアロマ!ゆうぎりさんがくれたお香でね、変な名前しとーとよ」 さくらがクスクスと思い出し笑いをする。 「変な名前?」 「『いらんいらん』?だったかな?」 「ふぅん…。笑うほどか、それ」 「もう、幸太郎さんノリ悪か!」 「お前と違って箸が転がるだけで面白いお年頃は過ぎとるんですぅ~」 「そうやったね…、もう30近いっちゃね…」 「悲しげに言うな!まだまだ猶予あるわい!」 さくらが香を焚くと、少し甘い芳香が漂う。柔らかな手が、俺の背中をゆっくりとほぐしていく。 …イランイランに催淫作用があると知ったときには、隣で一糸纏わぬさくらが寝息を立てていた。 おしまい *********************************************************************************************** 189.幸さく お題:「面倒な存在」「重力」 深夜。一日の仕事をなんとか終えた俺は力の入らない手でドアノブを回す。 むむ!寝室の奥から重力波が! 「…今、めんどくさい奴が来とるなぁって思ったっちゃろ」 「思っとらん思っとらん」 ベッドの隅でさくらが枕を抱えて体育座りしていた。 春になってネガティブにならんようになって安心安心、と思った矢先にこれだ。 「近寄らんでください」 枕を取り返そうとする俺の手をさくらがビシバシと迎撃する。 「お前に近寄らんと寝られんじゃろがい」 「ベッドの隅っこで寝たら良かやないですか」 「枕がないじゃろが、枕が」 さくらが渋々といった表情で、体育座りから正座に座り直し、膝をポンポンと叩いた。 「お前、足痺れても知らんぞ」 「ゾンビやけん、血なんて流れとらんもん」 数十分後、結局足が痺れたと騒ぎ出して俺が逆に腕枕をする羽目になった。面倒な奴だ。 *********************************************************************************************** 190.幸さく 少なめ… >少ない日のテンション下がり具合がつらい 「今日は少なかですね…」 さくらがしょんぼりうなだれる。 「そんなに毎回ドバドバ出しとったら干からびてしまうわい」 「ほんとは、あんまり気持ちよくなかですか…?」 「色々、体調とか絡んでくるんだ。そんなに気にするな」 「でも、幸太郎さんに気持ちよくなって欲しくて、わたし、頑張っとるのに…」 やめてくれ、そんな健気に言われると。 むくむくと俺の『乾』が元気になる。 「今度は、もっと上手くするけん…」 さくらが俺にまたがる。 そうやって搾り取るから薄くなるんじゃろがい! 言いたくなるが、とても今のさくらに強く言う気にはならない。 …単にこの快楽に溺れてるだけなのかもしれないが。 そうして、俺は明日もエビオス錠を飲むのだった。 *********************************************************************************************** 191.幸さく お題:「引力」「休戦」 さくらが俺の手を握ると、むにむにとマッサージの真似事をする。 「ゆうぎりさんがね、人は手をいっぱい使うけん、手のひらはコリやすいって言うとったけん」 一生懸命むにむにしているが、一向に効いてる気がしない。 「お前、ほんとはそんなこと言ってただ俺の手を触りたいだけじゃろ」 「うん、幸太郎さんの手、大きくて頼り甲斐あるけん、好いとーよ」 むにむにし続けながらさくらがサラリと返す。 こいつ、手強くなりよって。 「じゃあ手ではなく、俺のことはどう思う?」 「もちろん、がばい好いとーよ」 そういうと、さくらはむにむにやっていた手を離し、俺の頬に押し当てる。 「幸太郎さんの顔、こやんか温かなっとる」 俺もお返しにさくらの頬を包み込む。 「お前だって、ゾンビィのくせにほんのり温かなっとるぞ」 しばらくむにむに頬を弄り合う。が、いい加減痛くなって来たので一時休戦。 平穏が訪れたときに、互いの引力に惹かれ合うのは自然なことだ。 *********************************************************************************************** 192.幸さく やさしい気持ち 小腹が空いた。こういうときは隠していた夜食を食べるに限る。 俺は資料のダンボールに偽装した箱から食料を…しまった。最近忙しくて補充を怠っていたんだった。 リスクは上がるが台所に行くしか無い。こんな時間ならゾンビィ共も起きとらんだろう。 そんな俺の予想に反して、台所には明かりが点いていた。 「誰じゃ、つまみ食いしとるんは」 「しとりませんよ!?」 犯人はさくらだった。マグカップに入れたホットミルクをちびちびと飲んでいる。 「こんな夜中に起き出しよって、不良キャラはサキの担当のはずだぞ」 「幸太郎さんやって、こやんか時間に夜食食べとったら  太っちゃって謎のプロデューサーなんてキャラ似合わん体型になりますよ」 「ふん、シックスパックの俺にそんな心配は不要じゃい」 さくらに付き合って俺もホットミルクを入れるとしよう。流石にこの状況で夜食は食えんからな。 「あ、幸太郎さん、ちょっとまって」 さくらは俺のマグカップに一匙のハチミツを入れた。 「はい、よかよ」 電子レンジからマグカップを取り出し、さくらの正面に座る。変に離れて座ったら感じ悪いしな。 さくらがしばらく自分のマグカップをボンヤリ眺めたあと、また手を伸ばす。指先はかすかに震えていた。 「何かあったのか」 「別に…。…怖い夢見ただけで…」 「…ハチミツの礼だ。何かして欲しいことがあったら聞いてやってもいいぞ」 「…手、繋いでもらえますか?」 俺は席を立ち上がる。さくらめ、そんな不安そうな顔をするな。俺が立ち去るとでも思っとるんか。 正面では手を繋げないので、さくらの左隣にどかっと座る。プロデューサーの威厳を込めて。 さくらが左手を遠慮がちに伸ばした。俺の右手がその手を強く握る。 「お互い利き手が逆で良かったな。ホットミルクが飲みやすくて済む」 「…そうっちゃね」 手を握ったまま、ホットミルクを少しずつ飲む。 冷たいさくらの手が俺の手と同じ温度になった頃、俺たちのマグカップは空になっていた。 片付けようと立ち上がる俺の手をさくらが引き止める。 「…ずっと、こうしててよかかな?」 「好きにしろ」 手を握ったまま、時は静かに過ぎた。 …。いかん、うたた寝していた。俺の右手が宙を掴む。 「幸太郎さん、マグカップもう洗っちゃったけどよかよね?」 「あぁ、大丈夫だ」 「こやんか遅くまで付き合わせちゃってごめんなさい。遅くまでお仕事しとったのに…」 「俺の中じゃこんな時間夜更かしに入らんわい」 「えぇ、もっと早く寝ないといけんよ!」 「そんなことより、お前はもう大丈夫なのか?」 さくらは一度、『大丈夫』と小さな声で呟いたあと、言い直した。 「もうひとつだけ、ワガママ言ってよかと?」 そんな顔をされて、俺が断れると思っているのか。 「ギュッとわたしを抱きしめて」 おしまい *********************************************************************************************** 193.サキ純 大帝純子 >サキちゃんが夜食食ってると大帝純子が便乗してそう 夜中。サキがコソコソとドアに忍び寄る。 「サキさん。どこに行くのですか?」 サキが振り返り、見上げる。 輿に乗った大帝純子がサキを見下ろしていた。 「あの、お夜食なら私もご相伴に預かってもよろしいでしょうか?」 「おう、よかばい」 「ではみなさん、お願いします。ドアを通るときは輿を下げてくださいね。おでこが痛いので」 大帝のおでこには絆創膏が貼られている。力者の息が合わずに幾度もぶつけた痕である。 4人の力者、さくら、愛、ゆうぎり、たえは無言で頷くとわっせわっせと輿を運ぶ。 今回は大帝が身を屈めていたためおでこは無事であった。 「よし、このまま台所まで行くばい」 「はい、みなさん静かに急ぎますよ」 しかし、輿での移動は隠密行動には不向きであった。 大帝の第四次奇襲計画は今回も未然に露見し、失敗に終わったのだった。 *********************************************************************************************** 194.乾さく 4ヶ月 >そろそろわっちも書く側に…と言い続けて4ヶ月経ったでありんす わたしもアイドルになる! そう宣言して早4ヶ月。 これまで没にした履歴書の総額は考えたくもなか。 なんで途中までチラシの裏を使うってアイデア思いつかんかったっちゃろ。 でもきっと明日には…!来週には…! まぁ新学期までにはなんとかなる。…はず。 楽しみだなぁ、新学期。受かるといいなぁ、書類選考。 あ、面接行くまでのシミュレーションもしとかんと。 まずはおばあちゃん助けた場合…。 違う違う。まずは履歴書。 …履歴書出したって学校で誰に言おうかな? ……なんで真っ先に乾くんが浮かぶとやろ。 いやいや、乾くんはただのクラスメイト! …でもアイドル好きそうやけん、話の種にはなるかな? *********************************************************************************************** 195.幸さく愛 朝の光を浴びながら まるで10時間眠ったような心地のいい寝覚め。 時計を見ると、まだ5時半。 こういうとき二度寝しちゃうとなかなか起きられないのよね、私って。 そうだ、せっかくだから。 まだ夢の中にいるさくらを置いて、私は一足先にメイクルームに行く。 「あれ、愛ちゃん早かね」 メイクが半分くらい終わったところでさくらが眠たそうに目をこすりながら入ってきた。 「目が覚めちゃったのよ」 「「あのね、さくら」愛ちゃん」 さくらと私の声が被る。 「なに、さくら?」 「ううん、愛ちゃんが先でよかよ!」 「今日、ランニング付いてっていいかしら?」 「わ、わたしも同じこと言おうとしとった!」 抱きつこうとしたさくらの手は、私がメイク中なことに気付いてわたわたと宙を彷徨った。 「愛ちゃんと一緒にランニングなんて夢みたい!」 「本当は私もいつも付き合いたかったのよ。昔はいつも走ってたし。  でもほら、今の私、メイクのり悪いじゃない?待たせるのも悪いと思ってね」 「わたしもたまにメイクせんで行きたくなるっちゃ…。また撃たれるけん、ちゃんとメイクするけど」 ふたりでクスクス笑い合う。もう、メイクずれちゃうじゃない。 「行くわよ、ロメロ!」 「アオーン!」 さくらと私、ロメロのふたりと一匹で道を駆ける。 「東京よりも空気が澄んでる。風が気持ちいい…」 「冬はもっとスッキリしとるよ。そのぶんお布団が恋しくなるとやけど」 「もう寒さ平気なのに、なんであんなにお布団から出るの辛いのかしらね」 「ねー!がば不思議!」 他愛のない雑談をしたり、道行くおじいさんおばあさんに挨拶したりしながらしばらく走った。 「ちょっとこの先、寄り道して休憩してよかかな?」 『愛ちゃんに見せたいものがあると!』と顔に書いてあるような笑顔でさくらが言う。 「いいわよ、どんな珍しいものを見せてくれるの?」 「えっとね…、あれ!?わたしなんか見せるって言うとった!?」 「どうだったかしらね~」 「もしかして顔に出とった?恥ずかしか~!」 道を曲がると綺麗な桜がある公園が目に入った。 「あ、あれ!あそこで休憩しよ!」 立派なさくらの木の下。早朝なので人はほとんどいない。 私は自販機でスポーツドリンクを二本買って、さくらに片方渡す。 「えぇ、わたしもお金払うよ!」 「綺麗な桜を見せてくれたお礼よ。遠慮しないで」 「ありがとう!大事に飲むね!」 「大事に飲んでどうするのよ。しっかり水分補給しなさい」 さくらの頭をピシャリと叩く。 もう、なんで叩かれてそんな嬉しそうな顔するのよ。 ふたりでベンチに座って、スポーツドリンクを飲む。 不意にふわりと風が吹いて、桜吹雪が舞った。 私たちは息を呑んで、その光景を見上げていた。 「すごかね、愛ちゃん…。ぷっ、愛ちゃん、いつもとちがう色のお花咲いとーよ」 さくらが私の髪の毛に乗っかった花びらを取る。 「さくらだって、桜咲いてるわよ」 「そのギャグ純子ちゃんが言いそう」 「純子だってここまで直球のダジャレは言わないわよ」 自分で言ったシャレがあんまりヘタクソだったから、ちょっと恥ずかしくなった。 「ワン、ワン!」 何かに気付いたロメロが、うれしそうに尻尾を振りながら公園の入り口に走っていく。 「ロメロ、どやんしたと?」 「なんじゃいお前ら。こんなところでサボりかい」 聞き慣れた声がした。 「幸太郎さん、なんでこやんかとこに?もしかして心配して迎えに来てくれたと!?」 「俺は今日遠くに営業行くから朝早いって昨日ミーティングで言うたじゃろがーい!」 「そうだっけ?」 「あ…、そういえば言うとったかも…」 「プロデューサーのお話はちゃーんと耳かっぽじって聞かんかーい!!」 アイツの剣幕に驚いたのか、桜の花がひらひらと舞い散る。 その花びらが、アイツの頭に軟着陸した。 「ぷっ、アンタその頭で営業行かないでよ。笑われちゃう」 「俺の頭になんか付いとるんか?」 「お花咲いててやーらしかよ」 「なんじゃい、どこだ?」 アイツは頭を必死に探るけど、全然見当違いで花びらはちっとも落ちない。 「ちょっと屈みなさいよ、取ってあげる」 「あ、こやんかとこにもついとったよ」 ふたりで花びらをひとつひとつ取っていく。 全く、世話が焼けるんだから。 「取れたか?じゃあ俺はそろそろ行くぞ」 「私たちも一緒に出口まで見送ってあげる」 「また花びらくっついたらひとりじゃ取れんけんね」 さくらと私が、アイツの両脇にくっついて花びらが落ちてこないか監視する。 「余計なお世話じゃい、ゾンビィどもめ」 「なによ、両手に花で不満なの?」 「贅沢なプロデューサーっちゃね~」 両側から肘で小突かれたアイツは不機嫌そうなふくれっ面をした。 「じゃあ、お前ら。くれぐれも車に気をつけろよ。とぉくにさくらぁ、お前は前科あるからな」 「わかっとりますよ!」 「いや、わかっとらん。じゃあロメロ。くれぐれもこいつらを頼んだぞ」 「ワン!」 「ちょっと、そこは私じゃないの?」 「お前よりロメロとのほうが付き合い長くて信用できるんですゥ~!」 「なんなの!?」 アイツの車をじっと見送る。さくらはブンブンと手を振っていた。 …私もちょっとは手を振ってやればよかったかな。 「じゃあ、続き行こっか、愛ちゃん」 「そうね」 私はもう一度、アイツが走り去っていった道を眺める。 「プロデューサーがこんな朝っぱらから出勤してるんだもの。アイドルだって気合いれなきゃね」 「うん!」 さくらと私、ロメロのふたりと一匹で道を駆ける。 眩しい、朝の光を浴びながら。 おしまい *********************************************************************************************** 196.たえちゃんのエイプリルフール 目を覚ました私の視界は、たえさんで埋め尽くされていました。きっと甘噛がしたいのですね。 最初は彼女が何故噛んでくるかわからず怯えたものですが、 彼女なりの愛情表現とわかった今は平気です。…よだれはあまり付けないで欲しいですけどね。 ですが、今日はなんだか様子が違いました。 私と目が合ったたえさんがニコリと笑ったのです。 驚いた私が必死に頭を整理しようとしているところに、さらなる衝撃が襲いかかりました。 「おはよ、純子ちゃん」 「…お、おはようございます。たえさん」 反射的に挨拶を返した私は自分の耳を疑いました。 たえさんが流暢に喋っている…? ボンヤリとしているあいだに、たえさんはゆうぎりさんのところに向かいました。 「ねぇねぇ、ゆうぎりちゃん。どうやったらそんなピシッとお布団畳めるの?  あたしぶきっちょでさぁ、いっつもグチャッとなっちゃうのよね~」 「ここをこうして、こうでありんす」 「すっごーい!こうして、こう?あ、ちょっとグチャッとしてるけどいつもよりきれ~い!」 「おはよー、たえちゃん…。あ、今日はお布団の畳み方綺麗になっとーね。偉かよ~」 「うふふ、さくらちゃんに褒められた!もっと褒めて!」 「ちょっと、たえ。声大きいわよ…」 「ごっめーん、起こしちゃった?」 「そろそろ起床時間だからいいけど、みんな起きちゃうわよ」 「だいじょぶだいじょぶ、あのふたりはこのくらいじゃ起きないし。というかむしろ起こさないと」 なぜ、誰も疑問に思わないのでしょうか。 いえ、ゆうぎりさんはなんでも受け入れる包容力の持ち主。 さくらさんはちょっと天然ボケですし、愛さんもしっかりしているようで抜けているところがあります。 サキさんかリリィちゃんのツッコミを待つしかありません。 「サキちゃん、朝よ!起きて」 「…おぉー。おはよ」 「リーダーなんだからしっかりしてよね」 「わりぃな、たえ」 流石リーダー。何事にも動じません。…何故動じないのでしょう。 「リリィちゃん、起きないとちゅーしちゃうわよ。ムッチュー」 「もぉ!やーめーてー!起きるから!やめてよたえちゃん!」 「ムチュチュー」 「しーつーこーい!リリィしつこい子きらーい!」 「ごめんねぇリリィちゃん、嫌わないでぇ~」 「ちゃんと起きたから頬ずりやめてよ、たえちゃん。あ、もうお着替えしなきゃ」 「オメェが一番ねぼすけやろが、ちんちく」 「サキちゃん起きたの最後から二番目やったけどね」 「テメ、さくら!バラすことなかっちゃろが!」 みなさん、まるで普段通りの朝のように着替えだしました。 私も無心で着替えを終え、ミーティングルームに向かうみなさんに置いていかれないようついていきます。 「純子ちゃん、元気ないけど大丈夫?」 「えぇ。…たえさんこそ今日はいつもと様子が違いますが…」 「わかる?」 たえさんはにっこり笑いました。もしかして自我を…? 「今日ね、なーんか調子いいのよ!ダンス練習のとき見ててね。キレッキレなの見せてあげるから!」 「そ、それは楽しみです」 「あれ~?もしかして疑ってる?ひっどーい純子ちゃん」 「そんなことありませんよ!?」 「じょーだんじょーだん、気にしないで」 朗らかに笑って手をヒラヒラ振るたえさんに手を振り返しながら、私は椅子に座りました。 もしかして、私がおかしいのでしょうか…? 冷静に考え直してみると、アイドルグループにしゃべれないメンバーがいるというのは不自然です。 私が昨日ゾンビ映画か何かを見たか、悪い夢を見てたえさんが喋れないと思い込んだのでは? …ダメダメ、純子。自分に自信を持って。 巽さんに励まされたときのことを思い出せば、勇気100倍。元気がモリモリ湧いてきました。 そうだ、巽さん。巽さんならこの状況に何か言ってくださるはず。 「おっはよぉーーござぁアーーーーーーーーーッス!」 「おはよう!!い…巽くん!」 たえさんが笑顔で巽さんに挨拶を返しました。 「はい、ダウトー!」 巽さんがたえさんをビシッと指さしました。 「たえが流暢に喋れるわけ無いじゃろがい!エイプリルフールだからって騙されまっしぇーん!」 「ヴァエタカー!」 「…え?」 「なーんか違和感あるっち思っとったけどそれやったかぁー」 「わたしすっかり騙されとったよ。たえちゃん嘘上手かねー」 「ヴフフ」 「ちょ、ちょっと待ってください。さっきまで流暢に喋ってましたよね?」 「純子、だからそれ嘘なんだってば。騙されすぎよ」 「リリィも騙されるくらい上手かったもん。仕方ないよ」 「いえ、そういう話ではなく…」 「騙されてムキになるとは、純子はんはかわいらしいでありんす」 「いえ、たえさん喋れますよね!?」 「ヴーウ」 たえさんが首をふるふる振りました。 「もう、純子ちゃん。たえちゃんが喋れるわけなかよ。ねぇ」 「ヴァー」 さくらさんが差し出した手をたえさんがいつもの様子で甘噛しました。 そのあと、たえさんが喋ることはありませんでした。 果たして私は夢か幻でも見てたのでしょうか。 何故誰も疑問に思わないのでしょうか。 たえさんのキレの良いダンスを見ながら、私はこのことを深く考えないよう、 心の棚に上げてレッスンに集中することにしたのでした。 おしまい *********************************************************************************************** 197.幸さく プレゼント 「わたしね、この学年で一番お姉ちゃんなの」 「え…?」 「4月2日生まれやけん、一番早生まれ!」 「へぇ、4月1日が一番早いと思ってた」 「うん、理由はちょっと覚えとらんけど2日が一番早生まれなんやって」 「…ということは源さんが一番最初におばあさんになるのか」 「…乾くんって結構毒舌っちゃね」 「ご、ごめん」 「あはは、よかよー。そやんかことで怒ったりせんよ。なんたってお姉ちゃんやけん」 彼女と交わした最後の会話。 始業式の日。俺は源さんへのプレゼントをカバンに仕込んでいた。 少し遅めの、サプライズプレゼント。 ちょっと会話しただけでプレゼントなんて気持ち悪がられないかなと不安で胸を一杯にしながら。 俺の不安は杞憂で終わった。源さんが一番最初におばあさんになることもなかった。 その日から、乾孝太郎という男は死に始めた。 深夜、俺は法定速度ギリギリで車を急がせる。 年度始めの挨拶回りで今日にズレ込んだ仕事が思った以上に立て込んだ。 車を停めると、ロメロが迎えに来た。 いつもならわしゃわしゃ存分にロメロを撫でてやるところだが、今日はひと撫でして館へ急ぐ。 ロメロも『今日限りはしょうがない』と納得してくれたようだ。流石我が愛犬。 息を整え、さも焦ってなどいないかのように扉を開ける。 既に誕生日パーティは終わり、片付いた会場で主役のさくらがひとり、こくりこくりと舟を漕いでいた。 しゃがみこみ、さくらのひんやりとした顔に触れる。 「遅れてすまない」 「…お詫びにキスしてくれるんやったら許したげる」 「起きとったんかい。じゃあ無効ですゥー」 「半分寝とったもん」 目をこすりながらさくらがブーたれる。 「なんでこやんかとこで寝てたんだ?」 「お風呂入ろうと思ったっちゃけど、ばってん幸太郎さん遅くなったら身体冷えちゃうけん待っとったと」 時計を見る。ふたりずつ入ると時間が惜しいな…。 「幸太郎さん、一緒に入ってよかかな?」 さくらが期待感を込めて俺を見つめる。 遅刻した罪悪感もあるし、何より時間が無い。 「今日だけ、特別だぞ」 「ありがとう、幸太郎さん!好いとーよ!」 「知っとるわい!」 狭い脱衣室で押し合いへしあい服を脱ぐ。 「幸太郎さん、もっと身体縮めてください!」 「お前こそそのデカ尻なんとかせんかい!ぷよんぷよん当たるんじゃい!」 「いっつも喜んで触ってくるけん、嬉しかでしょ?」 髪をお団子にまとめながらさくらが尻で押してくる。 「髪も洗ったるぞ」 「乾かす時間がもったいなか」 言われてみればそうである。 バスタブの湯加減を見る。よし、ちょうどいい。 「幸太郎さん、先身体洗わんの?」 「入りながら洗えば良かっちゃろが」 「アメリカ人みたいなこと言わんでください」 「俺はハリウッド帰りの男じゃい!それに身体をあっためて老廃物出して洗った方が汚れがよく落ちるじゃろ」 「それってその分お湯汚れるってこっちゃろ!?今日はふたりで入るけん、先洗ってください!」 そう言いながら石鹸の泡で俺の背中を強引に洗い出す。 「ぎゅーらしか奴め」 俺は観念して椅子に座る。 「お前の分の椅子は無いが、膝は痛くないか?」 「痛くなかよ。心配してくれてありがとね」 「ただの事前調査じゃい。俺も後で洗ってやるんだからな」 「えぇ、感謝して損した…」 今度は交代でさくらの背中を洗ってやる。部屋では照明を暗くしているので見えなかったが、 ブラ紐の跡が存外クッキリ残っていて下半身を落ち着けるのに苦労した。 さて、背中も流し終わったし、あとは各自前を洗って湯船に入ろう。そう思っていたのだが。 「え、前は洗いっこせんの?」 「それは、流石にあれじゃろが」 「…今日、なんの日やったっけ?」 ジトーっとした目でさくらが言う。俺は渋々うなずいた。 「はい、これ幸太郎さんのぶんの泡!」 タオルで泡立てたをさくらがよこす。俺たちはみるみる泡まみれになっていった。 「幸太郎さん、さっきからおっぱいばっかり洗っとらん?」 「ボ、ボケぇ!お前が胸の下がよく痒くなるって言うとるから念入りに洗ってやってるんじゃろがい!」 「ふーん」 親切でやっているのだが、さくらは俺を疑惑の目で見る。正確には俺の下半身を。 「しょうがないだろ、恋人の身体を洗ってこうならん男がおるかい」 「きゅ、急に恋人とか言わんでください、もう!どやんすどやんす~」 「そっちこそ、ちんこは平気でガン見しとったのに急に照れるのやめんかい」 「乙女心は複雑なんです!」 「男心とちんこの関係も複雑なんじゃい!」 「心と同じくらい大切なら大事に洗わんとね」 右手は竿をしごくように、左手は亀頭を包むような手付きで洗い始めた。 「それ、洗う動きじゃないじゃろが」 お返しに胸の下から先端に向けて、かすかに触るように撫でてやり、乳首を軽くつまむ。 「ぅんっ!幸太郎さんやって…」 弱点を突いたつもりが、逆にさくらに火をつけてしまったようだ。 いや、俺自身もさくらの喘ぎ声で完全にスイッチが入ってしまった。 さくらの胸に吸い付き、乳首を舌で転がしてやる。多少石鹸が口に入るが構うものか。 一瞬動きが止まったさくらの手は、より激しく竿をしごき、裏筋を指先で撫でる。 俺がさくらの股座に手を伸ばす。豊かな陰毛の感触と、ゾンビィとは思えぬあたたかさ。 照れて頬が紅潮するように、性的興奮があればゾンビィの身体も熱を帯びる。人肌程度が限界だが。 「だめぇ、幸太郎さん…」 自分の興奮を悟られたのを恥じたさくらが俺の耳元に甘い吐息をかける。指先に微かな粘液の感触。 「俺はただ洗ってやっとるだけだ」 陰唇に沿って指を動かすと、石鹸とは違う粘度の高い音がくちゅくちゅと浴室に響く。 さくらの身体がピクリピクリと震え、手の力も緩まった。 「いじわる…。こっちも容赦せんよ」 さくらが俺にもたれかかり、右手で竿を逆手に持ち替えて、素早くしごく。 「く…うっ」 さくらの腹とふとももが白濁液で汚れる。 「あ、受け止められんやった」 「洗うか汚すかどっちかにせんかい!」 「幸太郎さんやって、手べちょべちょになっとーよ!」 一旦、色々な汁をシャワーで流す。 「そういえば、昔ネットで精液お風呂に流して詰まった話を見たことあるっちゃ」 「一回分なら問題ないじゃろ、多分…」 さくらと俺はしばらく不安げに排水口を覗き込んでいた。 「えぇと、これってわたしどういう風に入ればよかっちゃろ」 俺がバスタブに入ると、さくらが入るスペースは俺の上にしか無い。 「向かい合うか上に乗るかだな」 「向かい合うのは無理!色々見えるし絶対恥ずかしか!」 「じゃあ上に乗るしかないじゃろがい」 「う、うん。おじゃましまーす」 俺に背を向けてさくらがバスタブを跨ぐ。 …跨ぐときに色々見えたが、俺はそれを黙っておくことにした。 「幸太郎さん、また固くしとる。座り辛かよ」 「尻が真上にあったらそりゃ固くなるじゃろが」 さくらが落ち着かない様子でもじもじと尻を動かす。 「やめろ、また出るじゃろが」 「だって…。あ、そうだ!」 さくらが少し脚を開き、俺の上半身に密着するように身体をずらした。 「えいっ、捕まえた!」 股の間から顔をだした俺のモノがさくらのムチムチふとももに挟まれた。 「うん、これなら座り心地よかね!」 「いや、これは…さっきより…」 「えぇ、なんで!?…そういえば、お湯の中で出したら精液っておちんちんの中で固まるとかな?  そのままおちんちんからズルーっと固まった精液引き出せたり…」 いきなり恐ろしい話が始まった。 「やめろ、なんかその話ゾワゾワする…」 「あ、なんかおちんちんも元気なくしとる。えぇ…?なんで…?」 「男と女には永遠にわかりあえない部分があるっちゅーこっちゃ」 「なんだか、それは寂しかね…」 物憂げなさくらの肩をやさしく、そっと抱いた。 「ちんこの仕組みなんて知らんでもアイドルはやっていける。安心せい」 「今のおちんちんの話やったと!?」 しばらく風呂で温まり、ふたりで身体を拭きあって、バスローブを纏う。 「わたし、バスローブって初めて!なんかお金持ちになった気分!」 「俺も初めて袖を通すからな」 「なんかゴワゴワしとると思ったらそういうことやったんね…」 動くたびに少し防虫剤のニオイがした。 「さて、部屋行くか」 さくらが何か言いたげな視線を送るので、左腕を掴みやすいようにしてやる。 うれしそうに、さくらは俺と腕を組み、しなだれかかる。 「言いたいことあったらいえばいいじゃろが」 「幸太郎さんやったら、言わんでもわかってくれるって信じとーよ」 「ふん、巽幸太郎さんはなんでもお見通しだからな」 そのまま階段を登り、部屋へと向かう。 なんだか結婚式のようだな、と思った。 バスローブをスルリと脱ぎ、部屋の椅子にかける。…これは畳まずに済んで楽だな。 「見て見て、幸太郎さん。新兵器!」 さくらがバスローブのポケットから何かを取り出す。 「美肌ローション!これやったらエッチなこと目的とバレずにわたしのお小遣いで自然に買えるばい!」 「あぁ、それゆうぎりにバレとったぞ」 「ゆうぎりさんのころってローションあったと!?」 「海藻のぬめりが元だからな。江戸時代からもうあったそうだ。ところでそれで何するんじゃい」 「幸太郎さんに喜んでもらおうと思って…」 さくらは胸元にローションを垂らし、『うんしょうんしょ』と胸を擦り合わせてなじませる。 その光景だけで俺の下半身は元気になっていた。 「仰向けで寝そべって!幸太郎さんおっぱい好きやけん、パイズリされたら嬉しかよね?」 パイズリ。おっぱい星人の夢が詰まった行為だが、実際は気持ちよくないという噂も聞く。 実際どうなのか試してみるしかあるまい。 「よし、いつでも来んかい!」 「えぇ、なにそのテンション…」 ヌチュ、ヌチュ。 「ん、んしょ…」 パイズリが気持ちよくないと言うものの気持ちはわかる。刺激は他の行為に比べてずっと弱い。 そもそも乳房というのは何か挟むべき器官ではないのだから当然だ。 だがこの視覚的効果を無視していると言わざるを得ない。 さくらの胸に俺のモノが埋もれ、また現れ、埋もれる。そして包まれているという多幸感。 「幸太郎さん、どう?気持ちよかかな」 「おう…かなりよか…」 「ずっと鼻の穴広がっとるもんね」 「下から鼻の穴覗くのやめんかい!ブサイクに見えるじゃろが!」 「大丈夫、わたしの許容範囲内にはまだ入っとるけん」 「絶妙にディスるのやめんかい」 しかし、これは本当にすぐ達してしまいそうになる。 股間に更に血液が集まって来たのを感じたとき、さくらは手を止めた。 「次は別の気持ちよかことしてあげるね」 「え、幸太郎さん不満!?」 「いや、別に…」 乳内射精してみたかった気持ちはたしかに強いが、さくらが俺のために考えてくれているのだ。 さくらは先程のバスタブに入っていたときのように、俺の体の上に寝そべる。 ふとももにモノを挟んだまま、ローションを垂らす。 ローションのヒンヤリとした感触が俺の亀頭に伝わった。 「さっきお風呂場で気持ちよさそうやったし、これもよかかなって。それにね…」 空いたさくらの両手が俺の腕を掴み、自分の胸に押し当てた。 「こっちのほうが手持ち無沙汰にならんかなって」 俺のモノが固くなってきたのを感じたさくらはゆっくりとふとももを上下に揺らす。 俺はさくらの胸をつかもうとするが、ローションで滑る。 「あ、ごめんなさい。拭いてからのほうがよかったっちゃね」 「問題ないわい」 さくらの胸の間のローションを胸全体に広げていく。ヌチャヌチャといやらしい水音を立てて。 乳房をわざと滑らしたり、乳首をつまみそこねてみたり。さくらを焦らす。 その快感がさくらの身体をくねらせ、ふとももズリに不規則な要素が増える。 先程は柔らかな脂肪の塊に優しく包まれ、今度は芯に筋肉持つ別の柔らかさから複雑な刺激を受けた。 「すまん、さくら、そろそろ出る…」 「うん、いっぱい出して!」 精液は宙に放たれ、さくらの身体に白い直線を描く。 「…こやんか飛ぶものやったんね、精子って」 「俺もこんな勢いで飛んだのは中学生以来な気がする」 さくらがティッシュで精液を拭おうとして、手を止める。 「あ、ローションどやんして拭こう…」 「ティッシュじゃいかんのか」 「ティッシュやったらへばりついちゃう…」 「バスローブで拭くか。どうせタオル地だからな」 「うーん、服で拭うのは抵抗あるけどしょうがなかよね…」 さくらが立ち上がり、先程脱いだバスローブを取りに行く。 「あ、いけん、垂れちゃう!」 さくらが太ももと腹を拭う。 「胸は拭かんのか?」 「だって、幸太郎さんおっぱいで出したいって顔しとったけん、またしてあげようと思って」 バレていたか。…だが。 「いいから、ほれ、拭いたる」 「あぁん、あんまり強く擦らんで…。胸でせんでよかと?」 バスローブの端っこで俺の股間を拭いながらさくらが聞く。 「いいからまずローション拭け。…こんくらいでよかっちゃろ」 「こっちもよかよ。次はどやんすっと?」 小首をかしげるさくらを抱きしめ、唇を強引に奪う。舌を絡め、口中を存分に味わう。 唇を離すと、唾液が糸を引いた。さくらがふにゃっと俺により掛かる。 「お前はこういうふうにされる方が好きだろ?」 「…でも、幸太郎さんいっつも大変やけん、気持ちよくなってもらおうと思って…」 「今日はなんの日だ?」 耳元で、息を吹きかけるように囁く。ぴくん、とさくらの体が跳ねた。 さくらの秘所が存分に愛液で濡れていることを指で確かめる。 そのまま、濡れた指でクリトリスを挟む。 「…ダメぇ、腰、抜けちゃう…」 「アイドルを支えるのが俺の仕事だ。気にするな」 優しく声をかけながら、指は激しく刺激を送る。 「…ま、待って、幸太郎さん」 「待ってやらん」 「…イクなら、…おちんちんがよか…」 「このドスケベゾンビィめ…。アイドルが言っていいことじゃなかやろが」 「今日は誕生日やけん、多目に見て。お願い」 先程の淫らな懇願とは対照的な、無邪気な笑顔で源さんが、いや、さくらが言う。 「今日一体何回ワガママ聞いたとお思っとるんじゃい」 さくらの腰を持ち上げ、ゆっくりと身体を重ねる。 「全部聞いてくれてありがとね、幸太郎さん。愛しとーよ」 「お前な、俺がお前を愛しとるからってそれ言えばなんでも許されると思うなよ」 俺の心臓の鼓動と、微かなさくらの鼓動。 粘液の音と舌を絡める唾液の音、ベッドが軋む音。 これだけ軋むと明日はあいつらにたっぷり文句を言われるだろうな。 いや、生あたたかい目線を送られるだけかもしれん。 「ハァ、…っ、ハァ…」 さくらが唇を離し、呼吸を荒くする。そろそろか。背中を強く抱くと、さくらも俺にしがみついた。 「───────ッ!」 一際大きな喘ぎ声を上げて、さくらが絶頂する。その膣中で、俺も果てた。 死体のように、さくらの身体が重くなる。…いや、死体なのだが。 「…わたしの中でもさっきみたいに出とるとかなぁ」 「お前、イクとき叫ぶのなんとかせんかい」 「ひとりやったら声押し殺せるっちゃけど、幸太郎さんに抱きついとったら押さえる暇なくて…。  うるさくしてみんな怒っとらんかな」 不安になるようなことを言いよって。俺はサキあたりが怒鳴り込んで来ないか耳をそばだてた。 …幸い、杞憂で済んだようだ。 「ほれ」 さくらにペットボトルを手渡す。 「…ありがとー」 「…だいぶ電池切れかかっとるな」 「…ううん、大丈夫。まだ誕生日やけん、寝るわけには…」 うつらうつらしながらさくらが言う。 「子供か!」 「なんか手に力入らん…。幸太郎さん開けて」 ずい、とペットボトルをよこしてきた。 「お前、やっぱそろそろ寝ろ」 「うん、これ飲んでおトイレ言ったら寝る…。  あ!わたしさっきバスローブで身体拭いちゃったから着るもんなか!」 「…あ」 俺も全く考えていなかった。 「裸でおトイレ行くわけにもいかんし…。…幸太郎さん、飲尿プレイって興味ある…?」 「…。俺のバスローブ着ればよかっちゃろがこの変態ゾンビィ!」 「今、一瞬迷わんやった?」 「な、なーに言うとるんじゃいボケぇ!エロエロなお前と違って俺は健全な男ですぅー!」 さくらは釈然としない顔をしながらバスローブを羽織る。 「幸太郎さん」 「なんじゃい」 「チラリ」 さくらがバスローブからムチムチの太ももを見せる。俺の視線はそこ一点に注がれた。 「今絶対太もも見とったよね。幸太郎さんのエッチ!」 「アホ抜かせ、大体、サングラス越しで視線なんて」 「チラリ」 今度は胸元をはだけた。ギリギリ乳輪が見えるか、いや、角度的にギリギリ見えん。クソ! 「ほら、今顔動かしてちょっと覗こうとした。幸太郎さんも健全やなかよ!」 流石にぐうの音も出なかった。自分の性がにくい。 トイレから戻ってきたさくらはそのままコテンと横になるとスヤスヤと寝息を立てた。 髪を指で梳き、頬を撫でてやると幸せそうに口元を緩めた。 やーらしかやつめ。 寝顔にそっと口付けをする。 俺はベッドから立ち上げると、棚に隠した誕生日プレゼントの箱を取りに行く。 その隣には、あの日渡せなかったプレゼントが置いてある。 もう10年も経ってしまった、サプライズプレゼント。 今はまだ、渡すことは出来ないが、俺が君の前で『乾』に戻れる日が来たら、 そのときはどうか受け取って欲しい。 乾孝太郎の最初で最後のバースデープレゼントを。 おしまい *********************************************************************************************** 198.さくら とことん カチカチ、カチカチカチ。 部屋の中でボタンを押す無機質な音が響く。 小学生の頃、親戚のお兄ちゃんから譲ってもらったお下がりの初代プレステ。 プレステ3が数年前に発売されたのは知っとーけど、わたしにとってはこれが最新ハード。 小学生の頃は新しいゲームやりたか時は友達の家でやらせてもらっとったし、 この3年間はゲーム封印しとったけん。 やっとるゲームはぷよぷよSUN。ストーリーには慣れてしまったので、『とことんぷよぷよ』を延々プレイ。 最近ゲーム屋でぷよぷよ見たら主人公も絵柄も変わっとってちょっと浦島太郎気分。 アルルちゃんどこ行ったとやろ。 ぷよぷよのいいところは余計なこと考える余裕がなくぷよが落ちてくること。 頭の中は連鎖の組み方とお邪魔ぷよからのリカバリでいっぱいになる。 何も考えんでよくなるのはオナニーと少し似とる。 気持ち良さでは劣るけど、ばってん後片付けが楽だし、こっちの方が長く出来る。 「あ、朝日出とー…」 余計なこと考えたらミスった。持っとらん。ハイスコア更新ならず。 わたしはプレステとテレビの電源を消すと布団に潜り込む。 まだ春休みやけん、自堕落に過ごしてもよかよね。 *********************************************************************************************** 199.幸さく愛 天気予報に裏切られ 曇るけど雨は降らない。天気予報じゃそう言ってたのに。 スーパーの窓を叩く雨を見て、さくらと私は途方に暮れた。 「ごめんね愛ちゃん。わたしが持っとらんばっかりに」 「何言ってんの、死因で考えたら私のほうが雨女よ」 とは言ったものの、どうやって帰ろうかしら。傘を買うのは出来たら避けたい。 「今日って幸太郎さんうちにおったよね。連絡して迎えに来てもらう?」 「そもそもアイツが送ってくれればよかったのよ。どうせ今日は外回り無いんだし」 「ほら、外に出なくてもお仕事いっぱいあるし、燃料代もかかるし」 さくらはアイツのフォローをする。 アイツの仕事量が異常なのはわかってるはずなのに、気遣い出来ない自分がちょっと嫌になる。 「文句言っても雨は止まないし、さくらの言う通り連絡しましょ」 お財布の中から連絡用にもらったテレホンカードを出す。 …今どきテレカってどうなのよ。携帯代高いのはわかるけど。 さくらの視線が私のテレカに注がれる。美味しそうな佐賀牛が印刷されているもの。仕方ないわよね。 「そういえばさくらのテレカってどんなお肉映ってるの?さくらだし馬肉?」 「え、わたしのは…こやんか感じの」 さくらが取り出したのは、桜の花びらが描かれた華やかなテレカ。 「えぇ!?普通に女の子らしいデザインのあるじゃない!肉に釣られた私がバカみたい!」 「えぇ~!?愛ちゃんのほうが珍しかよ!ちょっとズレとるのは幸太郎さんにはよくあることだし…。  わたしのなんて94年4月のカレンダー印刷されとるテキトーなやつなんに!」 お互いどっちのほうがより自分の渡されたテレカに魅力がないか、主張しあう。 「帰ったらみんなのも見せてもらうしかなかっちゃね」 「そうね、私たちだけ比べても不毛よね」 「何ギャンギャン騒いどるんじゃお前ら。他のお客に迷惑じゃろがい」 いつの間にかアイツが迎えに来ていた。 「お前らどっちも不幸のズンドコ女なんだから天気予報外れる可能性考えんかいボッケェ~~~!!  おかげで俺は仕事を中止せにゃならんし燃料代もかかるし散々じゃろがーい!!」 「ご、ごめんなさい!でも一番大きか声出しとるの幸太郎さんじゃ…」 「迎えに来てくれたことには感謝するけど、アンタの大声が一番お店に迷惑よ」 さくらと私の声が重なった。 アイツが駐車場から店先まで車をよこして、私たちは急いで車に乗り込んだ。 「ありがとう、幸太郎さん」 「わざわざ悪いわね、遠回りになるのに」 「店の敷地ちょっと走るぐらいどうってことないわい」 車は駐車場を出て、家路へ向かう。 そのとき。空が光った。やや遅れてゴロゴロと雷鳴が響く。 つい、私はさくらに抱きついていた。身体がカタカタと情けなく震える。 「愛ちゃん、大丈夫?」 さくらが優しく私を抱きしめ、心配そうな声を出す。 「大丈夫、だと思ってたんだけど…。やっぱりちょっと恐いわね」 「少し速度を上げるか」 バックミラー越しに、アイツが真面目な声色で言った。 「平気。さくらが付いててくれてるもの。だからアンタは安全運転してて」 「そうか」 さくらはそのまま私の背中を静かにポン、ポンと叩いた。 懐かしい、心臓のリズム。 「ありがとね、さくら」 「全然。愛ちゃんに頼られてわたしは嬉しかよ」 「ファンとしては憧れのアイドル抱きしめられるから役得じゃな」 「もう!そやんか下心なかよ!」 さっきとは打って変わって、おちゃらけた声でアイツが言う。 もしかして、冗談言って和ませようとしてくれてるのかしら。…考えすぎかな? 「アンタこそ、さくらに抱きしめてもらいたいんじゃないの?」 「そ、そんなことあるかい」 「じゃあ愛ちゃんに抱きつかれるほうがよかかな?」 「どっちもお断りじゃーい!」 アイツのふくれっ面がおかしくて、さくらと私は吹き出した。震えはいつの間にか止まっていた。 おしまい *********************************************************************************************** 200.ゆうぎり わっち飯 >わっち「わっち飯」ってネタを思い付いたでありんすが >ご飯作れないし文章力も無いでありんすからお蔵入りでありんす! こんばんは、わっち飯の時間でありんす。 今日はお手軽に作れる簡単完全栄養食でありんす。 用意するものは ごはん さくらはん 味噌汁の材料 鰹節 でありんす。 では、さくらはんが愛情込めて作った味噌汁をごはんの上にこう!(ザバァ) 鰹節を優雅にふわり。 あとは適度に混ぜて存分にかっこみなんし。 欠点はさくらはんに見つかると怒られることでありんすが、そんな時には花魁コプターで逃げるに限りんす。 あり、天井が邪魔で飛べんせん…。 *********************************************************************************************** 201.たえさく 力仕事 古くなったチラシをビニール紐でギュッと縛ってまとめるのはたえちゃんの大事なお仕事です。 「たえちゃん、がば上手くなったね」 「ヴッフッフ」 「偉かね~」 胸を張るたえちゃんの頭をさくらさんは優しくナデナデ。 たえちゃんにとって何よりのご褒美です。 ゾンビィとはいえ女の子とリリィちゃんしかいないフランシュシュは力仕事に向きません。 なので、力仕事は幸太郎さんがこっそり全部片付けていました。 それに気付いたさくらちゃんがどうにかこうにかお手伝いしようとしましたが、どうにも上手くいきません。 どやんす、どやんす。 そんな悩みを聞いたたえちゃんは、アンデッドパワーを全開です。 最初はブチブチちぎっていた紐も、練習のおかげで綺麗に縛れるようになりました。 幸太郎さんは『いい筋トレになっていたのに』と文句を言いましたが、陰でこっそりたえちゃんにお菓子をあげるのでした。 素直に『ありがとう』と言えばいいのに、困った人です。 次はどんなお手伝いをしてあげようか。それを考えるとナデナデがさらに心地よくなるたえちゃんなのでした。 *********************************************************************************************** 202.乾さく 同担不可 「乾くんの推しメンって誰?」 源さんに借りたライブDVDを返すとき、ふと聞かれた。 「やっぱり水野愛かな。センターを担当しているのもあるけれど、ダンスが堂々としているし、  センターとして皆をリードしている自信が感じられるよね。  その自信が天賦の才じゃなくて彼女の努力に裏打ちされているんだって思うと胸が熱くなるというか…」 何より、源さんがアイアンフリルにハマり、俺と出会うキッカケになった人だ。 「ふーん…」 …つい、長々と語ってしまったせいか、源さんが若干不機嫌そうに言う。 おかしいな、彼女も水野愛推しのはずなんだが。何かマズイこと言ったかな…。 「…乾くん、ごめん!わたしもしかしたら同担無理なタイプかもしれん!」 「どうたん?」 「同じ推しを担当すること。…乾くんは、他のメンバーなら誰が好み?」 「強いて言うなら…ののたんかなぁ。ロングヘアが女の子らしくて」 …それと、源さんにちょっと似ているから。 「…ふーん。あ、もうこやんか時間!いきなり変なこと言ってごめんね乾くん!」 源さんの背中が少し嬉しそうに見えたのは、俺の都合のいい妄想だろうか。 *********************************************************************************************** 203.ゆう純 雪見だいふく 「ちょっとちょっとちょっと~。そこの君、中学生がこんな時間にコンビニ来ちゃダ~メだよコレコレ~」 いつだか聞いた警官の声に、純子はビクリと飛び跳ねた。 キョロキョロと辺りを見回すが、店内にいるのはトイレに行ったゆうぎりを除き自分ひとり。 「え、私ですか?私19歳なんですけど…」 「キミキミ~嘘つくならせめて高校生でしょ~」 「お待たせしんした~。あり?そちらの方は?」 「ちょっとお姉さん?いくら姉妹だからってこんな深夜に中学生の妹連れてきちゃダメじゃな~い」 「これは失礼、妹は寂しがりでどうしてもと言いんすので仕方なく」 「美しい姉妹愛、いい…。本官はなんも見てない!見てないから早めに気をつけて帰りなさい!」 ゆうぎりににこやかに手を振られ、鼻の下を伸ばした警官は去っていった。 「…ゆうぎりさん、咄嗟のこととは言え私を妹扱いはひどくありませんか?」 「まぁまぁ。あ、雪見だいふくが売っておりんす。半分こしんしょう」 「えぇ、いいんですか?私、これ生きてたときから好きだったんです!」 上機嫌に雪見だいふくの味を選ぶ純子に、ゆうぎりは昔世話したかむろの面影を重ねた。 *********************************************************************************************** 204.幸リリ オマケ 「ねぇ、たつみって眠気覚ましにガム食べたりする?」 買い出しに来たスーパーでリリィがそんなことを聞いてきた。 「あぁ、そういえばちょうどストックが切れかかっていたところだな」 「じゃあさ、リリィと半分こしない?」 …こいつが買うならきっと甘いガムだろう。あまり眠気覚ましにはならんのだが…。まぁ、たまにはいいか。 「ありがと、たつみ!」 笑顔のリリィが、やたら大きな紙箱を買い物カゴに放り込む。箱には重機の写真が描かれていた。 「…なんじゃいこれは」 「だから、半分こ。たつみにガムあげるから、リリィがオマケ貰うね」 「食玩はノーカンですゥ~!自分の小遣いで買わんか~い!」 「えー!そんなこと言わなかったじゃん!買ってよ、たつみ!ちょっとくらいよかっちゃろ!」 「…お前、今方言使わなかったか?」 「え?聞き間違いでしょ?たつみ働きすぎて耳おかしくなったんじゃない?」 『おかしいのは真っ赤なお前のお耳じゃろがい!』と言いかけたが、それは流石に意地が悪いな。 珍しいものが聞けたことだし、今日はオマケしてやるとするか。 >板ガムでポッキーゲームしなんし! 「…たつみ」 「なんじゃい」 「これ板ガムじゃなくて板ゴムじゃん。呼び方あってるかわかんないけど」 「おう」 「てゆーか、ゆーとぴあじゃん!リリィ芸能界にいたから知ってるけど子供知識としてはギリギリなラインの人たちじゃん!」 「ちゃんと敬意を込めて大御所と濁さんかい」 「で、どっちが受けるの?当然ちっちゃいリリィにそんなひどいことしないよね?」 「ゴムを受ける美味しい役どころをお前に回さんでどうするんじゃい!」 ふたりはタイミングを読み合い、読み過ぎて同時に手を離す。 このままではパッとしない結果に終わる。一番の残念パターン。だが! 「ふたりとも!受けとかゴムとかホモはいけんブゲェ!」 「さくら、お前持っとるなぁ」 「ちょうどゴムの炸裂ポイントに突っ込んで来るなんて…」 「ふたりとも、感心しとらんでなんか冷やすもの持ってきて…」 *********************************************************************************************** 205.幸さく 見上げた景色 最近悩みがある。それは幸太郎さんに膝枕してあげると、胸が邪魔で顔が見えんこと。 がば近くで寝息ばしとるのに、やーらしか寝顔を見られんのは辛かよ。 「ということで上半身と下半身分かれてみました」 「どっかで見覚えあるクッションみたいになっとるからやめんかい」 「えぇ~。そやんか下からおっぱい眺めるの好いとーとですか?」 「そ、そんなわけあるかい!」 「じゃあおっぱいだけ取り外すしかなかね」 「すみません、下から眺めるの好きなんで外さないでください」 食い気味に止められた。幸太郎さんのえっち。結局普通に膝枕する。うーん、やっぱり寂しかよ。 「そうだ、幸太郎さん。これ持っとってください」 「自分の頭を『これ』呼ばわりするのはやめんかい」 幸太郎さんが大事そうにわたしの頭を受け取ってくれた。 「えへへ、嬉しか。好いとーよ、幸太郎さん」 上半身を倒して胸を押し付けると、幸太郎さんがにへらと笑った。 いつもやったら見えんけど、こっからやったら丸見えになっとーよ。幸太郎さんのえっち。 *********************************************************************************************** 206.幸さく 幸せにしてください 「また無駄遣いしよって。一体何買ってきたんじゃい!」 買い物から帰ったら、ばったり出会った幸太郎さんに袋を奪い取られた。持っとらん。 「ちょ、返してください!いじわるー!」 「取り返せばいいじゃろがい、どんくさゾンビィ!」 そやんかこと言ったって、幸太郎さんに袋持ち上げられたら届くわけなかっちゃろ。 わたしは必死にぴょんぴょん跳ぶけど、やっぱり届かん。 「どれどれ、中身は…」 「女の子の買い物袋のぞくなんて、セクハラです!えっち!スケベ!サングラスー!」 「冗談のつもりだったが、そこまで言うなら覗いちゃる。  またお菓子ばっか買いよって…。なんだこの箱は、デカい都こんぶか?」 「…お線香です」 なんだかバツが悪くって、幸太郎さんもわたしも黙り込む。 「…墓には連れていけんぞ。御遺族にはバレるわけにはいかんからな」 「わかっとります。お葬式って家族が心の整理するためにやるって言うけん、  お父さんお母さんが心の整理出来るようにわたしもお庭で祈ろうと思って…」 答えとるうちに、なんだか自分がひどくバカバカしいことをしている気がしてきた。 「それにほら、わたし中学時代ガリ勉で、高校も途中までで友達そやんかおらんやったし、  自分でお線香あげんと悲しんでくれる人もあんまりおらん気がして…」 つい、言い訳が口から飛び出してしまった。 「…そんなわけがあるか!」 幸太郎さんが、すこし震えた声で怒鳴る。 勝手に見といて怒ることなかっちゃろ。 そう言おうと思ったけど、幸太郎さんの顔を見たら言えなくなってしまった。 今にも泣き出しそうな顔に見えたから。おかしかね、どう見ても怒っとるのに。 「…声を荒げてすまん。冗談では済まないことをした」 咳払いのあと、幸太郎さんが落ち着き払った声で謝る。 わたしの不用意な一言が、とても、とても深い傷口に触れてしまったことを悟った。 「…ごめんなさい」 「お前が謝る必要はない。…悪いのは俺だ」 幸太郎さんは悪くなかよ。ゾンビにしてでも、誰かを生き返らせたかったんだよね? それが正体不明のたえちゃんなのか、年が近い愛ちゃんなのか、 …自意識過剰かもしれんけど、ただの持っとらん女子高生やったわたしなのか。 それはまだわからんけど、きっと悲しいことがあったのはわかっとった。 わかとったとやのに…。 堪えきれず涙が零れた。いけんよ、怒られて泣くなんて、泣いて許そうとしてもらってるみたい。 「だ、だからすまんって言うとるじゃろがい」 ほら、幸太郎さん女の子扱い慣れとらんけん困っとる。 「わたしこそ、本当に…ごめんなさい…」 「…俺も線香あげてやるから」 「え…よかですか?」 「お前、線香にどうやって火付けるつもりだったんだ」 「え、ゆうぎりさんにマッチ借りようと思っとって…」 「そんな顔でゆうぎりのところ行ったら俺がビンタされるじゃろが。あいつのビンタを食らうのは二度とごめんだ」 …幸太郎さん、いつビンタされたっちゃろ。 お庭に出て、霊園の方向に土を盛る。 「…ペットの墓みたいだな」 …わたしもちょっと思っとったことを…。 「だって土盛らんと線香立たんし…」 「ところで何本立てるんだ?」 お盆のときどうしとったか思い出そうとする。たしか、父方と母方でなんか違ったような…。 「えぇと…18本?」 「バースデーケーキかい」 「線香はお父さんとか叔父さんがやっとったけん、覚えてなくて…」 「たしかに、お前に火元を渡すとうっかり墓地ごと火事にしかねんからな」 「ひどかー!」 とりあえず、ふたりで一本ずつ線香を立てて手を合わせる。 「…この場合、冥福を祈ると言うんだろうか」 「えぇ…わからん…」 ばってん、ひとつだけわかる。 「祈ってもらわなくっても、わたしは十分幸せになっとりますよ」 「何が十分なものか。お前にはもっと大物になって佐賀を救う使命があるだろうが」 「じゃあ、幸せにしてください」 「な…!?」 幸太郎さんの態度を見て、自分の言葉足らずに気付いた。 「も、もちろんプロデューサーとしてですよ!?変な意味はなかと!!」 「わ、わかっとるわい、そんなこと!」 互いに顔を真っ赤にして叫び合う。 …やっぱりわたし、幸せになっとーよ。幸太郎さん。 おしまい *********************************************************************************************** 207.幸さく お題:「耳の形」 >「耳の形」 「耳の形って結構個人差あるっちゃね」 「なんじゃい藪から棒に」 「藪から綿棒~!なんつって!」 「お前、そのセンスでライブのMCやったらお小遣い半減だからな」 「えぇ、ひどかー!…なんの話しとったっけ?」 「脳みそ腐っとるんかボケゾンビィ~!耳の形の話振ったのお前じゃろが」 「あ、そうやった。わたし、幸太郎さんの耳の形好いとーよ」 「…なんじゃい、急に」 「あ、赤くなっとる。だって幸太郎さんの耳たえちゃんに比べて耳掃除楽やけん」 「…そんだけかい」 「あ、もしかして形がやーらしか、とか褒めてくれると思っとった?」 「思っとらんわいそんなもん!」 「幸太郎さんのお耳はすぐ赤くなるのはがばやーらしかよ。はい、反対側向いて」 「人が動けんときに調子にのりよって…」 *********************************************************************************************** 208.ゆう純 かへいん中毒 「あり、純子はん。そこで何をしていんす?」 「はひ!?」 純子が小さく悲鳴を上げた。 手にはインスタントコーヒーの瓶。いつも巽が愛飲しているものだ。 「えっと、その、これはですね…」 「純子はんは紅茶党だと思っておりんした」 ゆうぎりは食器棚から二組のコーヒーカップとソーサーを取り出す。 「わっちもちょっと興味がありんす」 いたずらっぽくウィンクをするゆうぎりに、純子の顔がほころんだ。 「待っていてくださいね、今淹れ方を読みますから」 『ふむふむ』と説明文を読みながら、純子はヤカンを火にかける。 「それで、純子はんは何故紅茶党から鞍替えを?」 「私は今でも紅茶党ですよ。鞍替えするかはこれから決めます」 スプーンでインスタントコーヒーを慎重に量り、コーヒーカップに入れていく。 「コーヒーにはあまりいい思い出を持っていないんです、私」 「子供の頃、両親が飲んでいたコーヒーを飲ませてもらったら、とっても苦くって。  私泣き虫だったので喫茶店で大泣きしちゃって」 「かわいらしい思い出でありんすなぁ」 「だから、芸能界に入ったばかりの頃に『私も大人だから』と再挑戦しようと思って  マネージャーにお願いしたんです。それで、事務所にあったインスタントコーヒーを淹れてもらったら  全然美味しくなくって。それからずっと紅茶好きってことにして紅茶ばっかり飲んでいました」 「そんなにマズいものなんでありんすか、これ?」 ゆうぎりはしげしげとインスタントコーヒーの瓶を見つめる。 「いえ、今は色々なものが美味しくなっているので大丈夫だと思います。…たぶん。  なので試してみようかなって。でも飲めなかったら恥ずかしいので、一人でこっそりと」 「それをわっちが見つけてしまったでありんすな。それは申し訳のないことを」 「いいえ、気にしないでください。むしろゆうぎりさんが一緒のほうが心強いです」 頭を下げるゆうぎりに、恐縮しながら純子は答えた。 「では、わっちも恥ずかしい話を。実はわっちも珈琲にはいい思い出がありんせん」 「わっちの頃は珈琲はまだ高級品。かむろの頃は『某という花魁がお客人にもらって飲んでいた』と  聞いては、残り香を嗅いで異国情緒に思いを馳せたものでありんした」 「かわいらしい思い出ですね」 「わっちが一人前になった頃、お客人が『珍しい豆が手に入ったので一緒に飲もう』と言って  高級な珈琲豆を持ってきたことがありんした。でも、当時の遊郭には『みる』も何もありんせん。  結局見様見真似で淹れた珈琲はとても飲めたものじゃありんせん」 ころころとゆうぎりは笑った。 「そのコーヒーは結局残しちゃったんですか?」 「いいえ、お客人を『飲みっぷりが素敵!』と持ち上げて全部飲んでもらいんした」 「まぁ。ひどいことをしますね」 「男を手玉に取ってこその花魁でありんす」 ふたりはクスクスと笑い合う。 シュンシュンと、ヤカンがふたりの会話に割って入った。 「あ、すっかり忘れていました」 純子が沸いたお湯をカップに注ぐ。ふたりの鼻をコーヒーの香りがくすぐった。 「では!」 「えぇ、いただきんしょう」 ふたりは緊張した面持ちでそっとカップを傾ける。 「これは…なんとも」 「はい」 「毎日飲むほどではありんせん」 「そうですね…。可もなく不可もなくというかなんというか」 ソーサーにカップを置いて、一息つく。 「幸太郎はんはあれでありんす。『かへいん中毒』とかいうやつに違いありんせん」 「お仕事だけじゃなく、カフェインも中毒なんですね」 「おや、純子はんとも思えぬ毒舌」 「私だって、言うときは言うんですよ」 ふたりはクスクス笑い合うと、再びカップを傾けた。 おしまい *********************************************************************************************** 209.幸さく 仕事疲れは癒しがほしい >仕事疲れは癒しがほしいねえ 「と幸太郎さんは思っとりますね」 「お前の相手するのが疲れるわい」 「ひどかー!」 さくらの横をすり抜けて、巽は自室に入っていく。 だが、さくらもその後ろをちょこちょこついていく。 「しっつこいのぉ、お前も!」 「今だと現役アイドルの膝枕付き子守唄がついてくるけん、お得ですよ」 「いかがわしい客引きかい」 「あ、今膝枕って聞いてわたしの太もも見とったっちゃろ」 「おう、『また太くなりおったなぁ』と思いながら見とったぞ」 「膝枕すると幸太郎さんがスヤスヤ眠るけん寝心地良くしてあげたんですー!」 口喧嘩をしながら、ふたりは部屋へと入っていった。 「ところで、今日は耳掃除はないんかい」 「毎日やるのはいけんって聞いたけど、幸太郎さんお疲れやけん、今日はやってあげる」 *********************************************************************************************** 210.幸さくサキリリ 佐賀会 「ハイ、というわけで『第一回佐賀の会』を始めます!拍手~!」 とある喫茶店で俺は華々しく開会の挨拶をした。 サキが景気よく拍手をし、釣られたさくらも戸惑いながら手を叩く。 「なにそれ」 ただひとり、拍手をしないリリィが不機嫌そうな目で言った。 「お前ら、ドラ鳥行ったこともなし、ガタリンピックも参加したがらない。それでも佐賀県民かい!」 「え、わたしそのとき記憶喪失やったし、ガタリンピックも文句言っとらん…」 「問答無用!なのでこれから佐賀県民としての誇りを取り戻すためこうしてわざわざ  佐賀の会を開いてやっとるんじゃろがい」 サキは腕を組み、うんうんと大きく頷いた。流石サキ、わかっとるな。 ヤンキーの地元愛の深さに着目した俺の目に狂いはなかった。 「お客様、ご注文はお決まりでしょうか」 「アタシ、アイスコーヒー」 「えっと、わたしもそれで…」 「俺は『さがほのかをふんだんに使った特製いちごパフェ』」 「ハァ!?グラサン、テメェ何頼んでやがんだ?」 「サァキィ、お前は甘い物キライだからどうでもいいじゃろが~」 「幸太郎さんばっかりずるかー!」 「んーとねぇ、リリィ迷っちゃうなぁ~。店員さんごめんなさい。もうちょっとあとで注文していい?」 「かしこまりました。ではごゆっくりどうぞ」 リリィのかわいらしいお願いに、店員はにこやかな笑顔で去っていく。 「どういうつもりじゃい、リリィ」 リリィはお冷を一口飲むと、コトリと静かに置いた。 「あのさ、たつみ。『時は金なり』って言葉当然知ってるよね。大人だし」 空気がピシリと凍る。 「リリィたちここに来てるってことはさ、たつみがリリィたちの時間を使ってるってことだよね。  ところでたつみ、全盛期のリリィのお給料って時給換算いくらか知ってるかな?  知らないと思うけど、プロデューサーだしここのパフェの1つや2つじゃ足りないってわかるよね?」 リリィはコップの縁を退屈そうに指でなぞる。 一瞬向けたその瞳は、絶対零度の冷たさだった。 サングラスの下で目を逸らすと、さくらが見えた。 『どやんすどやんす』と口を動かしながら、オロオロと目を泳がせている。 サキに援護を頼もうと隣に目をやる。 背筋をピシッと伸ばし、行儀よく座るサキに俺は思わず二度見した。 お前、コッコさん目の前にしたとき以外その姿勢したことないじゃろ。 「あのさ、たつみ」 「ハイ」 「『佐賀の会』ってことはさ、みんなで佐賀のおいしいいちごパフェを食べて、  佐賀の良さを理解しようね、ってことでパフェ頼んだんでしょ?」 リリィの眩しい笑顔はコキュートスに舞い降りた天使のようだった。 「なーんだ、そういうことかぁ」 さくらが安堵の溜息をつく。 「グラサン!それならそうと言えばよかっちゃろ、人が悪ぃ!」 サキが上機嫌に俺の背中をバシバシ叩く。 「お、おう!当たり前じゃろが!」 「ところでね、リリィこの『10食限定嬉野茶クリームあんみつ』って食べてみたいんだけど、  たつみもあんまりお金ないよね。今度来たとき、頼んでいいかな…?」 おずおずと、遠慮がちにリリィが言う。 「こ、今度と言わず今頼まんかい。そんくらい安いもんじゃい!」 「ありがと!たつみだぁい好き!じゃあ店員さん呼ぶボタン押していーい?」 言うが早いか、リリィはボタンを押すと、スラスラと注文した。 少し経つと、各自の飲み物とパフェ、あんみつがテーブルに並んだ。 「はい、たつみ。今日は奢ってくれたお礼にリリィが最初の一口食べさせてあげる」 「あー、幸太郎さん羨ましかー!」 「ヒューヒュー、熱いなお二人さん!パフェが溶けよるぞ!」 さくらとサキがのんきに俺をからかう。まるでさっきのことなどなかったかのように。 「たつみ、あーん」 「…あーん」 リリィが優しくスプーンを俺の口に入れる。絶対零度で冷え切った身体に、パフェはいささか冷たすぎた。 大好評だった佐賀の会だが、第二回は予算の都合で開催未定である。 *********************************************************************************************** 211.幸さく 寒い日の出来事 俺の寝室の隅でさくらが体育座りしていた。 「なにしとんじゃい、部屋の隅で。こっち来りゃええじゃろが」 「近寄らんでください」 俺が差し伸べてやった手を、さくらはにべもなく払いのける。 なら部屋に来なければいいじゃろが。…そう言いたいところだが、言えば拗ねるのは目に見えている。 少し距離を置いて、さくらと同じように膝を抱えてみた。 「…どうしたんじゃい、今日は」 さくらの近くに手をつく。その手にさくらがそっと手を重ねた。ひんやりとした手は俺の熱を奪う。 「わたしの身体、今日はこやんか冷たかよ。一緒に寝たら風邪ひいちゃう」 「そんな下らんことで悩んどったんかボケェ」 懐から取り出した袋をさくらの首筋に当てがう。 「ひゃう!…あったかい。何ですか、これ」 「白金カイロだ。とりあえずこれで手ェあっためとけ。今湯たんぽ用意してくるから待っとれよ」 「…はい!」 いつもの笑顔でさくらがはにかむ。そのくらいの悩み、俺が対策しとらんわけなかっちゃろが。 *********************************************************************************************** 212.幸さく お題:「今何してる?」「後ろ姿」 「こら、覗くな出歯亀ゾンビィ。まだ出来とらんのだ」 「えー、よかっちゃろー?」 顎で肩をグリグリと押す。 「いくらマッサージしても見せちゃらん」 幸太郎さんの大きな右手がわたしの目を塞ぐ。 「あ~、前見えんからバランスとれ~ん」 「どういう理屈じゃいそれ」 言い訳を付けて、幸太郎さんの背中に思い切り寄りかかる。 「幸太郎さん、その万年筆高そうっちゃね。誰かにもろうたと?」 「実はとある女性にもらってな」 「…ふぅーん」 幸太郎さんの脇腹をちょんちょん突っつく。 「ヒョウ!やめんか!嘘じゃ嘘!いい道具使うとよか曲や歌詞が書ける気がして自分で買ったんじゃい!」 少しほっとした。幸太郎さん、ポッケにゲソ入れんで黙っとったらモテそうだし。 「幸太郎さんって、形から入るとこありますよね」 「ほっとけ」 カリカリ、カリカリカリ。 静かな部屋に、万年筆の音だけが響く。 「ねぇ、ノート見んからもう少しこのままくっついててよかかな?」 「好きにしろ。あ、さっきの顎ぐりぐり肩こりにいいからまたやってくれ」 「こう?」 「もうちょい右、お、そのへん」 うーん、自分でやっといてなんだけどしばらくやっとーと顎がちょっと痛か。 「ねぇ、もうよかかな?」 「なんじゃい、根気無いな」 「頬ずりやったらいくらでもしてあげるけん。すりすり」 「冷たっ!」 「ひんやりして気持ちよかっちゃろ?」 「冷たすぎじゃボケ。摩擦熱で温めたる」 おしまい カリカリ、カリカリカリ。 サングラスをかけたハムスターがひまわりの種を齧っている。 「どやんすどやんす!?幸太郎さんがハムスターになっちゃった!」 幸太郎さん、ううん、ハム太郎…あ、これはもうおるっちゃね。 公太郎さんは一心不乱にひまわりの種をほっぺに詰め込む。 「公太郎さん、いけんよ!そやんか食べとったら太っちゃう!」 あぁ、ほっぺた膨らみすぎてサングラスのつるが外側に曲がっとる…。 うーん、ハムスターになっても食い意地は変わらんっちゃね。 「公太郎さん、、回し車買ってくるけん待っとって!」 わたしはお財布を握りしめて、ホームセンターに行こうとした。 「待つのだ、さくら」 ケージの中から幸太郎さんの声が確かに聞こえた。 「俺の使う道具だ、俺に選ばせるのだ!ヘケッ」 どっかで聞いた啼き声を上げて、公太郎さんはわたしの谷間に挟まりにくる。 それがしたかっただけっちゃろ、公太郎さんのえっち。 *********************************************************************************************** 213.幸愛 ねぇ、ちょっと 「ねぇ、ちょっと」 アイツに声をかけたのに、全然返事をしない。なんなの!? 「ねぇ、無視しないでよ!」 「俺は『ねぇ』でも『ちょっと』でもありましぇーん! お前はお父さんの名前を意地でも呼ばん思春期の娘かい!」 「パ…父さんのことはちゃんと『父さん』って呼んでたし!」 「お前、『パパ』って言いかけて言い直したじゃろ?」 「うるさいわね!じゃあ、プロデューサー!これで満足でしょ?」 「…あぁ」 アイツがなんだか味気無さそうな返事をする。 「なによ、名前で呼んでほしかったならそう言いなさいよ」 「んなわけないじゃろがい!なんのようかさっさと言わんかい!」 「…さくらがそろそろご飯だって」 『それだけかい』と肩を怒らせて食堂へ向かうアイツの背中に、私はポツリと呟いた。 「…もっと素直になりなさいよ、幸太郎」 *********************************************************************************************** 214.幸さく愛 悪質なイタズラ 「アイツってさ、死体だったらなんでも平気なのかしら」 レッスンを終えて、顔を洗っているときに愛ちゃんがポツリと呟いた。 「…なんてね」 冗談めかして言うけれど、その目はどこか悲しげに見えた。 いつだかラッパーに言われたことを気にしとるっちゃね。 …佐賀っていつの間に野生のラッパーが闊歩するようになったとやろ? そうやなくって、愛ちゃんのために何かしてあげなきゃ! 頑張れさくら! 「ということでやって来ました幸太郎さんの部屋!」 留守にしている幸太郎さんの部屋に入り、パソコンを立ち上げる。 「で、なにするの?」 「うん、ネットで死体画像見つけて幸太郎さんに見せて反応を見ると!」 「…へ?」 よく聞こえんやったとかな? 「死体画像見つけて、幸太郎さんに見すっとよ!」 「待って、さくら待って!?死体の画像なんてネットにあるの!?」 愛ちゃんは健全にネット使っとるけん見たことなかっちゃね…。 「…というか、さくらはなんでそんなのあるって知ってるの?わざわざ見たいものじゃないでしょ?」 「あ、悪質なイタズラに引っかかって…」 エッチな画像探してたら何度かうっかり騙されて踏んだなんて言えんっちゃ…。 「怖い…。ネットってそんな恐ろしい世界だったのね…」 「今から検索するけん、モニタ見ちゃいけんよ」 「ヒィィーーッ!」 悲鳴をあげた愛ちゃんは、画面に背を向けて蹲る。 やーらしかね…。 ぎゅーっと抱きしめたい衝動を抑えて、わたしは適当に死体画像を見繕う。 「うーん、わたしたちとの比較やけん、出来るだけ原形残っとる方がよかよね…」 「ぎゃあーーーっ!!やめてやめてやめてーっ!!」 「あ!ご、ごめんね愛ちゃん!」 …でも両耳を抑えてイヤイヤする愛ちゃんはがばやーらしかよ。 「愛ちゃん、もうよかよ。モニタの電源消したから」 「無理よ…腰抜けちゃったし…」 愛ちゃんを立たせようとしていたら、ちょうどよかタイミングで幸太郎さんが帰ってきた。 「…何しとるんじゃいお前ら」 「えっとその、ぱ、パソコンが変になっとって…」 「お前ら俺が怒らんからってぶっ壊したら承知せんぞ、まったく。愛はどうした、座り込んで」 「私がどこに座ろうと勝手でしょ!」 「ハイハイ、愛ちゃんは反抗期でちゅね〜。  さくらと違って尻が出とらんのだから床に座っとるとケツがふたつに割れるぞ」 「あ゛ぁ!?」 「なんなの!?」 わたしたちの怒りを嘲笑いながら、幸太郎さんはモニタの電源をつける。 「ヒョエッ」 空気が抜けるような悲鳴をあげて、幸太郎さんが垂直に跳ぶ。 天井に頭ぶつけたら痛そう…と思っとったけどギリギリセーフ。 「な、な、なぁー!!」 驚きと怒りで頭の中がまとまらんまま、幸太郎さんが怒鳴る。 えーっと、『なんちゅーもん見せてくれたんじゃ、こんボケェ!』かな? 「なんちゅーもん見せてくれたんじゃ、こんボケェ!」 まるっ! 「前に愛ちゃんが、その、酷いこと言われたことがあって…」 「…あのラッパー共か。もう一年も前のことでクヨクヨしよって!」 「なんでアンタが知ってんのよ…」 …言われてみれば幸太郎さんはそのときおらんはず。 「それは…俺が謎のプロデューサー巽幸太郎さんだからじゃい!お前らのことは何でもお見通しじゃーい!」 「あのときも見守ってくれてたとですね!」 「な、なにアホなこと言うとんじゃい、全然これぽーっちも見とらんわい」 「ふーん、見てたんだ」 「…そんなことより!こんな気味悪いものいきなり見せずに俺に直接聞け!」 幸太郎さんが乱暴にマウスを操作してブラウザを閉じる。 「だって、幸太郎さんに直接聞いたら気を遣ってホントのこと言わんし…」 「お前ら、俺がそんな気遣いをすると思っとるのか」 愛ちゃんとわたしはキョトンとして顔を見合わせ、同時に口を開いた。 「思ってるわよ」 「思っとーよ」 わたしたちの答えを聞いて、なぜか幸太郎さんは深々とため息をつく。 「全く、お前らのせいで俺が夜一人で眠れなくなったらどうする。寝不足になるじゃろが」 「それやったら一緒に寝てあげますよ」 たえちゃん寝かしつけるので慣れとるし。 「ってゆーか、元はと言えばアンタがあのラッパー共追い払えば済んだ話じゃない!  アンタこそ私たちと一緒に寝なさいよ!」 「それよかっちゃね!お泊り会みたいで楽しそう!」 幸太郎さんはわたしたちと距離を置こうとしとるけど、これを機会にもっと仲良くなれるかもしれん。 「…いや、男女が一緒に寝るのはアイドルとして…」 「え、幸太郎さんわたしたちのことそやんかいやらしい目で見とったと!?」 メイクのときにあんなところやこんなところも見られとるのに!どやんすどやんす!? 「いやその…」 「なによ!アンタもゾンビは女として見れないっていうの!?」 今度は愛ちゃんが食って掛かる。 「大体、なんで俺が一緒に寝ないといかんのじゃい!お前ら雑魚寝しとるから怖くないじゃろが!」 「…小さい頃、怖い夢見たときパ…お父さんに一緒に寝てもらったから安心感あるのよ」 愛ちゃんが顔を赤くして呟く。 幸太郎さんとわたしはキョトンとして顔を見合わせ、同時に口を開いた。 「「やーらしか!はい、やーらしか!」」 「なんなの!?」 その夜、愛ちゃんとわたしに挟まれた幸太郎さんは一睡も出来なかったそうです。 おしまい *********************************************************************************************** 215.幸純 じゃいネリック(OL編) 私は紺野純子。27歳のしがないOLです。 「そーれ!」 今はお昼休み。会社の屋上で皆とバレーボールをしています。 そんな私にもある悩み事が。あれはこの前の土曜日。 半ドンで仕事を終えて家で椎茸のホダ木に霧吹きで水をかけていたときのことです。 RRRRRRRR…。突然のTEL。 「はい、紺野でございます。やだ、母さん!え、私?そんな、彼氏なんて…。  え!?お見合い!?困るわよ、私仕事もあるのよ!今は女も働く時代なんだから寿退職は古い…。  あ、ちょっとまって!母さん!母さんってば!…もう!勝手なんだから!」 私は腕組みしてプリプリ怒りました。母さんったら彼氏が出来ないならお見合いだなんて。 あーあ。どこかに素敵な殿方がいらっしゃらないかしら。 「あいたっ」 ぼんやりしていたらバレーボールが頭に直撃しました。あーあ、ついてない。 「純子、ちゃんとボール見なさいよ!」 「ごめんなさーい」 私はぺろっと舌を出して同僚の愛さんに謝ると、ボールを追いかけました。 コロコロと転がるボールを、じゃいっと誰かが拾ってくださいました。 「あ、ありがとうございます。…巽くん」 「やぁ、紺野さん。今日はバレーボール日和だね」 爽やかにじゃいっと笑うのは、同期で営業成績トップの巽くん。イケイケのやり手サラリーマンです。 「俺も混ぜてもらっていいかな?これでも大学時代はセッターを務めていたんだ」 巽くんはそういうと私たちの輪に加わり、私になんどもトスを上げてくださいました。 「いっけなーい、もうこんな時間!」 始業時間が近づき、みんなで階段に向かったとき、じゃいっと引き止められました。 「…紺野さん、お見合いするって噂、本当かい?」 巽くんがいつになく真剣な眼差しで私に尋ねました。 「その、母さ…母が無理矢理セッティングしただけで…」 「じゃあ、僕が君の旦那さんに立候補していいかな?」 そういうと巽くんは私のくすりゆびに。。。き。。。チューを。。。 そして子供が三人産まれたのです。。。 *********************************************************************************************** 216.幸さく 歯磨き 「幸太郎さんって歯磨き綺麗にしとーとやね」 「ひほほふひひふひっふほふほははへんはい」 「え、何?」 「人の口に指突っ込むのはやめんかい!」 幸太郎さんが口からわたしの指を引っこ抜く。結構楽しかったとやのに。 「プロデューサーは歯が命じゃい。口臭かったらお前もいやじゃろ」 「そうやね、でもわたしたえちゃんに歯磨きしなれとるけん、幸太郎さんの歯も磨いてあげたかったなぁ」 膝をポンポンと叩くと、いつものように幸太郎さんがわたしの膝に寝転がる。 「いけんよ、もうちょい下がらんと下見えん」 「ここがベストポジションなんじゃい」 「幸太郎さんのえっち!」 留まろうとする幸太郎さんと、遠ざけようとするわたしの間で激しい押し合いが始まる。 「もう、そうやっておっぱいばっかり見よる!」 「別に今は歯磨かんからいいじゃろがーい!」 もう、さっきいっぱい触ったばっかりなのに。幸太郎さんのえっち。 *********************************************************************************************** 217.幸たえ 山田たえの伝説 諸兄は山田たえの伝説をご存知であろうか。 曰く、佐賀県の酒の消費量の10%は彼女が賄っている。 曰く、カラオケ店に行った際デスボイスですべてのマイクをオシャカにした。 曰く、『車庫入れの練習』と称し大学教職員の愛車20台以上小破また大破せしめた。 曰く、制限時間内に食べたら無料!という大食いメニューを時間内に2回平らげた。 曰く、闘犬大会に乱入し己の牙のみで見事優勝を勝ち取り表彰台に上った。 曰く、実験用マウスと声帯模写で会話をし、お手・おかわり・ちんちんを仕込んだ。 いずれも某大学にて尾ひれや背びれが付いては欠け、 主に欠けて人間が信じられる範囲に丸くなって流布している伝説である。 オカルトサークルが大学の七不思議を研究しようとしたところ、 山田たえの伝説だけで九つ埋まってしまい、頭を抱えたとまことしやかに言われている。 だが、彼女の容姿に関する情報は口伝のうちに大部分が失われ、知るものは少ない。 常にその傍らにいて、彼女の伝説の後始末を任されていた影の薄い後輩などは、最早誰も覚えていない。 彼女の消息についても諸説ある。有力な説は四つ。 『大学卒業後すっかり丸くなり専業主婦をしている』 『海外に飛び出し人類未踏の地を当てもなく彷徨っている』 『豆腐の角に頭をぶつけるなどの事故により死亡した』 『死亡したことに気付かずそのまま歩き回っている』 だが、真実にたどり着いた者は誰一人いない。 『死亡した事に気づいているが、気にせず影の薄い後輩の部屋で酒をかっくらっている』という真実に。 影の薄い後輩とは、大学時代の俺であり、 俺とは巽幸太郎のことである。 「乾くーん、もうビールないの~?」 先輩は未だに巽とは呼んでくれないが。 「先輩、いい加減酒量を抑えてくれませんか」 「てへぺろ☆」 巽幸太郎という人物像の形成に先輩の与えた影響は計り知れない。 当の先輩は『巽幸太郎のキャラって乾くん随分弾けたわねー、誰かのマネ?』と全く気づいていなかったが。 「今日は何の用ですか?」 「さくらちゃんがね、『たえちゃんってどやんか伝説持っとーと?』って聞くのよ」 「教えたんですか、先輩の伝説」 「あたししゃべれないキャラだもん、言えないわよ!そんなことよりさ、  『持っとーと?』ってかわいくない?というか『とーと?』ってのがかわいいわよね。  サキちゃんもたまに使うのよ!いつもしっかりリーダーやってるサキちゃんが言うとかわいいのよね!  あー、リリィちゃんも佐賀出身なんだからもっと方言使わないかしら。かわいいのに!」 先輩がつばを飛ばしながら早口でまくしたてる。 「先輩は唐津弁使わないんですね」 「あたしねー。小さい頃別のとこ住んでたから方言抜けちゃったのよねー。どうせしゃべんないんだけど。  ねぇ、それより乾くんからもリリィちゃんにお願いしてくれない?  リリィちゃん乾くんに懐いてるから行けると思うのよねぇ~」 「何をバカな…」 「乾くんったら相変わらずにぶちーん!ビール無いならもう寝るわー。お尻でするときはよくほぐすのよ」 最低のアドバイスを残して先輩は部屋を出た。俺は深々とため息をつく。大学時代と同じように。 *********************************************************************************************** 218.幸さく 幸さく幸 >幸太郎が分身しとる 前回のゾンビランドサガは! 幸太郎さんがふたりに増えちゃったよ~! あ、でも両側から挟んでもらって囁いてくれたらバイノーラルでよかかな? なーんて思ってたらステレオお説教をお見舞いされて、さくらの頭はくーらくら☆ ばってん、グッタリしたわたしをふたりとも心配してくれたとよ! そのまま幸太郎さんたちはどちらが背負うかふたりで大喧嘩! もう、さくらのために争わないで!どやんすどやんす~! でもよく話を聞いとったらどっちがさくらをおんぶするか押し付け合ってたみたい。 『お前のほうが筋肉あるじゃろがい!』ってお互いの筋肉を褒めあっとる! さくらもう、プンプンのプン! そんなに肉好きやったらお見舞いしちゃるけん! そしてさくらのヒップアタックは見事ふたりの幸太郎さんをノックアウトするのでした。 ぶいっ! *********************************************************************************************** 219.幸さく サクラトッテモサミシカヨ >どうせ死んどるけん見捨ててもよかですよ 「ならその手はなんじゃい」 さくらの手は俺のベルトをがっしり掴んでいる。 お前のせいでベルトの穴がビロビロになって新しいベルト買う羽目になったら小遣い減らすぞ。 「知らんもん、この手に聞いて」 「もしもーし、さくらのお手手さん。さくらを見捨てていいかな?」 「ミステナイデ!サクラトッテモサミシカヨ!」 「ほら、お前のお手手が寂しがっとるじゃろが」 「なんですか、今の茶番」 「謎のプロデューサーは色々出来んとあかんのじゃい! 大体、お前のことは見捨てんって言うたじゃろがーい!!」 「脳みそ腐っとるけん、忘れました」 またこれか。あの時の下りをあまりに要求されるので、すっかり覚えてしまった。 「ダメです、最後にちゃんと『俺のものになれ』って抱きしめてください」 そんなことはしとらんじゃろが、と抗議しても無駄なのは知っている。俺はさくらをそっと抱きしめ、頭を優しく撫でた。 *********************************************************************************************** 220.幸純 糸がほつれて >糸がほつれてきた純子ちゃんの体を幸太郎が再縫合する話しください 「ふぇ?」 私としたことが、何もないところで転んでしまいました。 こんなところでドジなんて、ぶりっ子みたい。 「あいたた、あ…巽さん!これはその、足がもつれて…」 「『糸がほつれて』の間違いじゃろが。メイク室行くぞ」 巽さんにおぶられて、私たちはメイク室に入りました。 私がスルリとタイを抜き取ると、巽さんは決まって壁を向きます。そんな律儀な貴方が好き。 一糸纏わぬ(縫合用の糸は除き、ですが)姿になった私を、巽さんは真剣な顔で縫い直します。 「んっ…」 「痛むか、純子」 「いえ、大丈夫です」 「なら良い」 痛みならありますよ。身体じゃなくて心の痛み。 どんなに艶やかに声を出しても、貴方は振り向いてくれないのだから。 *********************************************************************************************** 221.幸さく 口紅 「ちょっと、リーダー!いい加減教えてあげなさいよ!」 「もう少し!もう少し後でよかっちゃろ!」 愛とサキが、さきほどからヒソヒソ声で何やらもめている。 「じゃかましい!運転中は静かにせんかい!」 「アンタ鏡モゴッ「いやー、悪ぃ悪ぃ、静かにするけん!」 鏡?赤信号に引っかかったついでに、サンバイザーを下ろして鏡を覗く。 「いつも通りのイケメンしか見えんぞ!」 俺は後ろを向いて怒鳴った。 「…あ!」 さくらがこちらをチラリと見ると、頬を赤らめ目を逸らす。 さっきのことでも思い出しとるんだろうが、あんな露骨に態度に出してバレたらどうする。 自分の頬の火照りを隠すために、…唇の感触を確かめるために、俺は口元を手で覆う。 信号が青に変わり、俺はハンドルに手を伸ばす。 俺の指に、いつの間にかさくら色の口紅が付いていた。 *********************************************************************************************** 222.愛さく純 チャーシュー麺麺抜き >あっ私チャーシュー麺麺抜きで 「お客さん、それはちょっと…」 …一見だと流石に無理かぁ。 でもチャーシュー麺だと麺多いのよね。 半ラーメンとトッピングのチャーシューだとちょっとお高いし…。 「愛ちゃん、愛ちゃん!わたしもチャーシュー麺頼むけん、チャーシューと麺交換しよ!」 「じゃあ私もチャーシュー麺にしますね。これでチャーシュー大盛ですよ」 「ありがとう、ふたりとも…」 3人でチャーシュー麺を頼む。 「はい、愛ちゃん」 「はい、愛さん」 2人が私の丼にチャーシューをのせてくれる。 あぁ、幸せ。 両手に肉とはこのことね! *********************************************************************************************** 223.愛さく 牛の舌 レッスンを終えて、トレーニングウェアから普段の制服に着替える。 …今から制服に着替えるって学校の頃と逆でよく考えるとがば不思議。 「お先!」 いつもならサキちゃんが真っ先に出て行くのに、今日は珍しく愛ちゃんが真っ先に飛び出した。 鼻歌混じりに、スキップで。 なんだか気になったので、わたしも急いで着替えて追いかける。 「愛ちゃん、なんか嬉しそうっちゃね」 「今日の晩御飯、牛タンらしいのよ!」 本当に愛ちゃんはお肉好きっちゃね。 「…でも、今日はお魚の予定やなかった?」 夕食当番の純子ちゃんがそう言っとったような。 「さっきおしっこ行ったときに、純子とアイツが『牛の舌』がどうのこうの、って言ってるの聞いたの!」 きっと幸太郎さんがまた商店街でお安くしてもらったっちゃね。 あの格好やけん、町の人に覚えてもらって色々サービスしてもらっとるらしい。 …飲み会なんかも逃げられなくて苦労しとるとやけど。 「今日は舌平目のムニエルです」 割烹着姿の純子ちゃんが美味しそうなムニエルを配膳する。盛り付けもがば綺麗。 「おにくじゃないの!?」 「お魚の予定って言っていませんでしたっけ…?」 愕然とする愛ちゃんに、純子ちゃんが困っとる。 「だって、アイツと『牛の舌』がどうのって言ってたじゃない!」 「聞いてらしたんですか…」 純子ちゃんがポッと頰を赤らめる。やーらしか。 「俺がこの『くちぞこ』を買ってきたんだが純子がこれは『舌平目だ』と譲らなくてな。  スマホで調べたら『ウシノシタ』というのが正式な名前らしい」 「譲らないなんてそんな…」 「お前、『私は釣り人、紺野純子ですよ!お魚の名前は間違えません!』って言うとったじゃろが!」 「純子ちゃんって結構頑固なとこあるよねー」 「そうじゃリリィ、もっと言うたれ!」 「グラサンやって頑固やろが」 「サキはん、お箸で人を指すのはやめなんし」 「あ、悪ぃ悪ぃ」 皆でワイワイ話しながらご飯を食べとると、なんだか心がほっこりする。 「ヴァウア」 たえちゃんがわたしの肩をトントン叩いた。 「たえちゃんどやんしたと?お魚の骨とってあげよっか?」 「ヴーウ」 首を振って愛ちゃんを指差す。 「おにく…。牛タン…」 …まだショックから立ち直っとらんやったね。目覚める前みたいにすっかりゾンビ目になっとる。 わたしはムニエルを一口箸で取ると、茫然自失になった愛ちゃんに差し出す。 「愛ちゃん、ムニエル柔らかくて美味しかよ。ひとくち食べんね」 「でも、おにくじゃないのよ」 「純子ちゃんは料理上手やけん、お魚も美味しくなっとーよ。はい、あーん」 「おいしい…」 愛ちゃんの瞳が徐々に光を取り戻し、一口、また一口と魚を食べる。 「愛さん、今日のおひたしは特に美味しく出来たんですよ」 「味噌汁もいつも通り絶品やけん、飲め飲め」 「お酒勧めるみたいな言い方やめてよ、サキ。……うん、お味噌汁もおひたしも美味しいわ」 すっかりいつもの愛ちゃんに戻ったみたい。よかったい、よかったい。 「さくら」 「なぁに、愛ちゃん」 「さっきはムニエルありがと。…はい、あーん」 愛ちゃんがムニエルを一口、わたしのほうに差し出した。 「えぇ、あーんなんて、悪かよ!どやんす、どやんすぅ~」 「さっき食べさせてくれたじゃない!だからお返し」 「じゃあ、…あーん」 愛ちゃんに食べさせてもらったお魚は、幸せの味がしました。 *********************************************************************************************** 224.幸さく 爪切り 「いてっ」 ポケットに手を入れたとき、指先にかすかな痛みが走る。寝不足のせいか、ささくれが出来ていた。 「幸太郎さん、大丈夫?」 「単なるささくれじゃい。むしればよか」 「いけんよ!思ったより皮めくれて痛か目にあうかもしれんよ!」 鳥肌が立ちそうなこと言いよって。 俺がそう突っ込む暇もなく、さくらは爪切りを取りに行った。 「はい、これで大丈夫。…ちょっと爪伸びとらん?」 さくらの指が俺の爪をゆっくり撫でる。 「うーん、やっぱり伸びとる。切ってあげるね」 チラシを敷いて、さくらが俺の爪を切る。 「切りすぎて深爪になっても困るじゃろが」 「だって、爪伸びとって痛か思いするのわたしやけん」 丁寧にヤスリをかけながらさくらを口を尖らせる。 部屋の外でそんなこと言って、誰かに聞かれたらどうするんじゃい、ボケ。 *********************************************************************************************** 225.幸太郎 赤い点 朝から視界に赤い点がちらちらと見える。 飛蚊症だろうか。…いや、飛蚊症で赤と言うのは聞いたことがない。 日々の疲れのせいで、ついに俺の身体に限界が来たのだろうか。心なしかサングラスも重い。 …それもいいだろう。 だが、せめて佐賀を救うまで持たせなければ。それが俺の果たすべき責任だ。 「マガンダンウマーガ!」 「おh…え!?何語?」 「おはようございます」 ゾンビィ共といつも通り、朝の挨拶を交わす。 …コイツらに悟られる訳にはいかない。 俺が病気だと知れば、パフォーマンスに影響が出るかもしれない。 『お前に同情される価値があると思っているのか?』 俺の内なる声がそう告げる。俺自身そう思う。 だが、コイツらは俺が思っている以上に根が善良で、こんな俺のことも信頼している。 「幸太郎さん…」 さくらが怪訝な声で言う。他のゾンビィ共も様子がおかしい。 …もしや、悟られてしまったか? 「…パンツ覗こうとしとらん?」 違った。 「待て、なんの話だ」 「なんかさっきから視線がずーっと下の方行っとるけん…」 「いやいやいや待て待て待てィ!視線なんてサングラスでわからんじゃろが!」 「それが、丸わかりなんだよねぇ」 リリィが片手でスカートを押さえつつ言った。 「今、幸太郎はんの視線はれえざあぽいんたあで可視化されておりんす」 赤い点の正体はそれか。 言われてみれば、サングラスに知らないうちに謎の箱がくっついていた。 「こんなもん、いつの間に…」 「純子ちゃんとリリィが協力して作ったんだよ!  たつみの視線を追ってポインターが可動する仕組みになってるの!」 「なんでそんなもん作れるんじゃい!」 「リリィ天才エンジニア少女役やってたもん」 「昔は必要なものがあれば手作りが当たり前でしたから」 リリィと純子がさも当然のことのように言う。 「ちなみにこのノートパソコンでアンタの視線がどうなってたか確認出来るわ」 「そっちはどんな仕組みじゃい!」 「わたしがソフト作ったとよ!受験落ちたショックで一時期クラッキングに手を染めとったけん、  このくらいやったら一晩で出来るっちゃ」 「おー、見事に下半身ばっか見よんぞ、コイツ。あ、アタシのことも見よった!  ロングスカートやけん見えるわけなかっちゃろがドスケベ!」 「わっちも見られてるでありんすな。花魁とは言え、こうも見られるとちょっと恥ずかしいでありんす」 ゆうぎりが品を作り、着物をすこしはだけさせる。 「待て、誤解だ誤解!」 俺はつい声を荒げた。だが、病気だと思って不安だったと言っていいのだろうか。 こいつらに弱い面を見せていいのだろうか。 「ごめんなさい、幸太郎さんはそういう人じゃなかっちゃね」 「さくら…」 「はい、幸太郎さん」 さくらが何か手渡す。俺の手にはクリスマスのチキンのようにさくらの脚が握られていた。 「幸太郎さん、脚フェチだからみんなの脚を見とったっちゃね。パンチラ狙いだと思ってごめんなさい」 「いや、俺は…」 確かに脚フェチだが! 「たつみ、可哀想だからリリィのもあげる」「ヴァー」「しゃーねぇな、ほれ!」 「あい、わっちのでありんす」「私のもお渡しします…」「脚が欲しいなら早く言いなさいよ、全く!」 俺の手に7本の脚が揃った。まるで花束のように豪華絢爛。 「って絵面が猟奇的すぎるじゃろが!こんなもんで俺が喜ぶかボケェー!」 本当は少し興奮してしまった自分が悔しい。 …どうやら、興奮していたのはバッチリバレていたらしく、翌朝俺は7本の脚とともに目を覚ました。 おしまい *********************************************************************************************** 226.幸純 アゴ出汁 >幸純が足りねえ… 純度が高いのをキメたい 小ねぎを刻んでいると、ふわりとお出汁の香りが鼻をくすぐりました。 最初はアゴ出汁なんて使ったことありませんでしたが、今ではすっかり慣れたもの。 こうして死んで佐賀で暮らさなければ、もしかしたら一生使わなかったかもしれません。 味噌をとき、小ねぎを添えて。グリルのお魚の焼き具合も気になります。 …そろそろ怪しい影が来るころ。 「えい」 「いてっ、なんじゃい!空手チョップかい!」 「ちょっと世代ズレてます…」 いつも通り、つまみ食い狙いの巽さんが来ました。 「はい、今日のお味噌汁。味見してくれませんか?」 小皿に少し味噌汁を注いで巽さんに渡すと、みるみる笑顔に。 「うまいのぉ!これでもうちょっとボリュームあるものくれれば完璧なんじゃが」 巽さん、知ってますよ。皆が心配でこの時間に来ていることを。 …そして、貴方がこのお出汁のお味噌汁が好きなことも。 *********************************************************************************************** 227.幸純 巽成分 >そろそろ幸純成分が恋しい そろそろ巽さん成分が恋しいです…。 私は巽さんの部屋の前をゾンビのようにウロウロしました。 …ゾンビなんですけどね。 ですが、こんな時間に押しかけるのははしたない…。 あぁ、でも巽さん成分が…。 「さっきからトボトボうっさいのぉ!純子!」 「き、聴こえてらしたんですか!?…何故私だとわかったんです…?」 「お前たちの足音は飽きるほど聞いとるんじゃ。…お前の足音は一番お淑やかだからな」 そんなところを褒められたのは初めてです。 私の頬はみるみる熱を取り戻しました。 …純子!もう真っ赤になったんだから恥ずかしい事は何もないはず!もう一歩踏み出すのよ! 「…巽さん成分が不足しているんです。補給させてください」 巽さんの人差し指を咥え、私は無事、巽さん成分を補給出来たのでした。 *********************************************************************************************** 228.幸リリ 仕出し弁当 「また仕出し弁当~?」 リリィが他のスタッフには聞こえないよう小声で愚痴る。 「なんか不満でもあるんかい」 「ここのお弁当いっつもひじき入ってるんだもん。リリィひじきキラーイ」 「好き嫌いしとると大きくなれんぞ」 「リリィ大っきくなんないし、なりたくないもーん」 「そんなこと言う子に育てた覚えはありませんよ!」 「たつみに育てられた覚えもねぇよ」 「俺はな、お前らの栄養バランスを考えてこの会社に弁当を頼んで…」 「たつみ…」 「…いるわけではなく、俺がコネを駆使したから安く頼めるんだ、ここは。何より佐賀の業者だからな」 そう、佐賀を救う上でそれが一番重要だ。俺がどんな苦労をしたか語ればコイツも涙を流すじゃろ。 「たつみ、苦労したんだね。お疲れ様。ハイ、お礼代わりにこれあげる」 リリィがひじきをギザギザの紙カップごとズイ、と俺に押し付ける。何故かひどく不機嫌そうに。 なんじゃい、これからいいところなのに。 *********************************************************************************************** 229.幸純 シンデレラ 幼い頃、母に何度も読んでもらったシンデレラ。 アイドルになったきっかけも、彼女に憧れたからかもしれません。 けれど、私は結局シンデレラになれませんでした。 魔法が解けた今の私は恐ろしいツギハギの死体。 王子様だって、きっと裸足で逃げ出すでしょう。 メイクを落とすたび、そんなことを考えてしまいます。 ファンデーションを落とすときに、指に当たる縫い目の感触。 あぁ、自分は死んでしまったんだ。 そんな事実を突きつけられているようで。 生きていた頃は、お化粧なんて息が詰まりそうで嫌いだったのに…。 …今は息をしていませんが。 いつもならこうしてジョークを言って切り替えられるのに、何故だか今日はダメでした。 コンサートはとても上手くいったのに。 …その落差がいけないのかしら?悩んでいても仕方ありません。 皆が寝静まっているのを確認すると、私は寝室のドアをそっと開けました。 お台所に行き、ミルクを一杯マグカップに入れ電子レンジでチンします。 最近の電子レンジはクルクル回らないのにどうしてあたたまるのかしら。 回っているのを眺めるのが好きだったので、なんだか物足りません。 暇を持て余した私は、つい、手の甲の縫い跡を指でなぞりました。 「痒いのか、純子」 「きゃっ!?」 「この夜更かしゾンビめ。何をつまみ食いしようとしとるんだ」 いつの間にか、私の背後に巽さんが立っていました。 「眠れなくて、ホットミルクを頂こうと思いまして。…巽さんもいかがですか?」 「そうだな、せっかくだからもらうとするか」 ちょうどピーッと電子音が鳴ったので、私のマグカップを取り出して 巽さんのマグカップを電子レンジに入れ、スイッチを押します。 ミルクをフーフーしているとサングラス越しに巽さんと目があった気がしました。 「あの、よろしければ先にお飲みになりますか?」 「いや、いい。それより純子、身体に不調はないか?痒みや突っ張った感覚は」 「いえ、特に。いつもどおり元気です」 「そうか、ならいい」 巽さんはホッとしたようにおっしゃいました。 「もしかして、私の縫合をしてくださったのって…」 「当たり前じゃろが。誰がお前らを蘇らせたと思っとるんじゃい!」 電子音がピーッと鳴ったので、私は巽さんにマグカップを手渡しました。 「ま、お前は縫合箇所が多くて苦労したがな。おかげで衣装を縫うのが苦にならん」 巽さんは何度もフーフーして、口元にミルクを近づけると、またフーフーし始めました。 「あたためすぎたでしょうか…。私がフーフーしましょうか」 「ええわい、恥ずかしい」 「ゾンビの息のほうが冷たいですし、きっとすぐ冷めますよ」 「そんな差があるかい、ボケェ」 私はシンデレラになれませんでしたが、今はそれでよかったと思います。 だって私の好きな人は、王子様ではなく魔法使いだったのですから。 巽さんに心配されないように、私はテーブルの下でこっそり縫い跡をなぞりました。 *********************************************************************************************** 230.幸さく 人肌 朝起きると自分の冷たさにびっくりする。きっとゾンビあるあるっちゃね。 でも、今日のわたしは違う。人肌くらいに温か身体。 幸太郎さんはまだスースー寝息を立てている。 あ、またいつの間にかサングラスかけとる。やーらしか寝顔が見たいのに。 幸太郎さんがそやんか態度を取るんやったら、わたしにも考えがあるっちゃ。 寝とる間にこっそりキスしちゃお。 「んぅ…!?」 唇が触れた瞬間、強引に舌をねじ込まれた。 唾液がえっちな水音を立てる。…いけん、朝から蕩けそう。 「…ん、はぁ…幸太郎さん、寝たふりなんてずるか!」 「ふっふっふ、どうだ俺の演技力は!惚れ直したか?」 「惚れ直すもなんも、ずっと好いとーよ」 「なにやーらしかこと言うとんじゃい!」 じゃれあうようにベッドに押し倒された。このままやったら、体温人肌よりも熱くなりそう。 …ミーティングの前に水浴びするけん、よかよね。 *********************************************************************************************** 231.幸さく愛 共通の思い出 私は、天井をにらみつけていた。 頭の中でぐるぐる巡る疑問は、一人で悩んでも解決しない類のものなのはわかってる。 誰かに聞かなきゃ。でも、誰なら答えられるかな。きっと、さくらとアイツしかいない。 けれど、もし答えられないとしたら、このもやもやが伝染ってしまう。 …だからって私ひとりで悩んでたってどうにもならないじゃない。 「ねぇ、さくら…まだ起きてる?さくらにしか相談できないことなんだけど…」 私は意を決して、さくらに尋ねる。 「…ん…?起きとーよ…」 さくらは今にも眠りそうな、寝ぼけた声で答えた。 「聞いたら眠れなくなっちゃうかもしれないけど、どうしても今聞きたいの。…いい?」 「…んー。愛ちゃんの頼みやけん、よかよー」 「…タマちゃんってどこ行ったんだっけ」 「…タマちゃん?」 「ほら、アザラシの」 「…そういえばどやんかことになったか知らんっちゃ。…気になって眠れん…」 「というわけで、パソコン使わせてもらってよかかな?」 「そんな下らん理由で来たのか、お前ら」 ナイトキャップを被ったアイツは不機嫌そうな声で言う。 「じゃあ、アンタは気にならないの?タマちゃんのこと。  アンタも私たちと年そんなに変わらないだろうし、気になるんじゃない?」 「…アザラシがどうなろうが俺に関係あるかい」 「えぇ、どうなったか気にならん?」 「それならさくらと私だけで調べるから、アンタはさっさと寝なさいよ。  ただし、スマホはこの部屋に置いてってね」 「なぁんでそんなことせにゃならんのじゃい!」 「別にいいでしょ、こんな夜中に仕事の電話なんて無いんだし。それともなにか『調べもの』でもあるの?」 「う…」 アイツは見るからにたじろいだ。…割と嘘つけない性格よね。謎のプロデューサー気取ってるくせに。 「寝る前にスマホいじったらいけんよ、ただでさえ寝不足気味なんに」 「…ハァ、役に立たんうえに気になる話しよってからに」 「タマちゃん…と。お、出た出た」 「2002年って結構昔やったんね!そっかぁ、まだ小学生の頃かぁ」 「ほぉ、餌が豊富だから上って来たのか」 「へぇー、お腹空かしとらんか心配やったけどちゃんと食べとったっちゃね」 「…ちょっと!結局どうなったのよ!」 「なんじゃい、急かさんでもよかやろが。あれか。お前は推理小説犯人誰か先に読んじゃうタイプか」 「推理ものなんてコナンくんくらいしか読んだことないわよ」 「愛ちゃん、その言い方やーらしかね」 「作品名にくん付けしよるヤツ初めて見た」 …小学生の頃までしか読んでなかったから、つい当時の呼び方で呼んだことに気付く。 あぁもう!絶対今顔赤くなってる! 「私のことはどうでもいいでしょ!タマちゃんはどうなったのよ!」 「耳元で大声出すなやかましい…。えーと、『その行方は定かではない。』」 …。一転、部屋は静寂に包まれた。 「え…、なんて?」 「『その行方は定かではない。』で終わっとるな」 「何よそれ!結局もやもやする!なんでちゃんと追いかけないのよ!」 「うっさいのぉ!俺が知るか!」 「それはそうだけど、それならこのもやもやをどこにぶつければいいのよ!」 「俺以外のどっかにぶつけんかい!」 「…わたし、そういえばアザラシ見たことないかもしれん」 私とアイツがほっぺたの引っ張り合いをしているとさくらがポツリと呟いた。 「…だってさ。水族館でイベントとか予定無いの?」 「無いわい」 「じゃあこれから営業かければいいじゃない。佐賀の水族館を救うために!」 私はアイツの肩を叩く。最高の笑顔で。 「だから、そもそも無いんじゃい」 「何が?」 「あのね、愛ちゃん。佐賀に水族館は…なかよ」 「なんで!?海があるのに!」 「海があるなら水族館があるなどというナイーブな考え方は捨てろ」 「他県に行けばよかっちゃけん…」 「え、冗談でしょ…?」 アイツを押しのけて、『佐賀 水族館』で検索する。 一番最初に、『なぜ?動物園と水族館がない佐賀』という記事がヒットした。 「本当に何も無いのね…。さくら、かわいそうに…」 私はさくらをギュッと抱きしめる。まさか水族館も動物園もない県出身だなんて。 「うん…、愛ちゃん。そやんか風に言われると逆に傷つく…」 「…そうよ、なにもないなら他県の水族館に営業に行って佐賀の魅力をアピールしましょう!」 「それはありかもしれんな。水族館なら佐賀県内に競合相手がいない分、遠征しても角が立ちにくい」 アイツがカタカタとキーボードを叩き、九州の水族館をピックアップしていく。 「さくら、頑張りましょ!そして佐賀に水族館を作るのよ!」 さくらとアイツがなにか言ったけれど、私の耳には届かない。 私は失敗とか後悔を全然ダメと思ってない。絶対次に繋がることだから、その先に誰にも負けない私がいる。 *********************************************************************************************** 232.若い命が真っ赤に燃えて >女の子は男と違って連続でイケるらしいから羨ましい… 「大丈夫、幸太郎さん!ドライやったら男の人でも無制限やけん!」 「そうだよ、たつみ。乳首で何回もイっちゃおう。気持ちいいよぉ〜」 「前立腺まっさぁじも花魁時代に覚えておりんす。 これでなんどでも魔羅が立ち上がるでありんすよ」 「ムググ、ムグー!」 巽は猿轡の奥から必死に悲鳴をあげるが、サキ、愛、純子のおぼこ三人衆は 全裸の巽を見た時点で脳のヒューズが飛んでいた。 「さぁ、何回いけるかカウントするけん、ちゃんと言ってね」 「たつみいつもベスト着てるから乳首大っきくなってもバレないよね?」 「下も潮が吹くまで責めて回数を増やしんしょう」 ネット知識とマジカルパワーと花魁テクニック。 みっつの力がひとつになればひとつの性技だ100万パワー。 たえはそんな替え歌を思い浮かべながらゲソをかじった。 *********************************************************************************************** 233.幸さく 周期的 >全員の生理周期を把握しなんし! どやんす、どやんす~! うっかり枚数間違えてナプキンあと一枚…。タンポンもらうって手もあるっちゃけど入れるの怖か…。 …やっぱりこっそりコンビニ行って買ってくるしか! 「コラ、さくら待たんかい!」 持っとらん、いきなり見つかった…。 「またお前は抜け出してスイーツでも買いに行くんじゃろが!」 「ち、違います!もっと…大変な事態で…」 あぁもう恥ずかしか! 「…そうか。そんな日だったな。念のためストックが倉庫にあるから持っていけ」 「そんな日ってどういう意味ですか!?なんで知っとーと!?」 「それは俺が謎の…「そやんかことどうでもよか!」スミマセン」 そっか、意識ないときもその辺お世話してくれたんだ。 あぁ、感謝すべきとやのに、がば恥ずかしくて幸太郎さんの顔見れん! …今は幸太郎さんの顔におっきな紅葉が咲いとるけん、余計に顔を合わせるのが気まずかよ。 *********************************************************************************************** 224.部屋とYシャツと私たち 俺は営業を終え、法定速度ギリギリで車を走らせた。 我が住処でもある洋館には暗雲が立ち込めている。 比喩表現ではなく、文字通りの意味で。 俺は昨日の車内での会話を思い出す。 (ここで皆川フェード) 『明日の佐賀県内は春らしい陽気で、降水確率は0%。雲ひとつ無い青空となるでしょう…』 「じゃあ明日、みんなでまとめてお洗濯せん?」 カーラジオを聞いていたさくらが提案する。 「いいですね。きっと気持ちいでしょうね」 「晴れだったらすぐ乾くだろうし、レッスンのスケジュールを圧迫しないならいいと思うわ」 「よっしゃ、じゃあ明日の午前中は洗濯で決まりばい!」 「「「「おー!」」」」「あいー!」「ヴァー!」 サキの決定に、ゾンビィ共が拳を上げて答えた。。 (ここで再度皆川フェード) フロントガラスを激しく叩く雨が俺の意識を現実に引き戻す。 「ロメロ、雨には濡れとらんな」 「クゥーン」 玄関先で待っていたロメロが落胆の声を上げた。 今日は庭を駆け巡りたかっただろうに。俺はいつもより多目にロメロを撫でてやる。 「お前ら、洗濯物は無事「幸太郎さん、ごめんなさい!」ゲフゥ」 玄関から入るやいなや、さくらが飛びついてきた。 「わたしがお洗濯しようなんて言うたけん、こやんかことになっちゃって…」 愛が駆け寄り、さくらを慰める。 「もう、だからさくらのせいじゃないってば」 「だって…」 だが、そんなことより由々しき事態が起きていた。 布一枚隔てただけのどやんすとした感触が俺の腹に伝わっているのだ。 「…何よ、ジロジロ見ないでよ」 愛がグッと裾を押さえながら、俺をにらみつける。だが、無理な相談だった。 なぜなら、愛もさくらも俺のYシャツを羽織っていたからだ。いわゆる彼シャツ状態である。 いや待て、俺は彼氏じゃないので彼シャツは誤りではないか。 適切な名称を考えようにも、俺の視覚は隠そうとしても隠しきれない愛の太ももに、 触覚はさくらのどやんすボディの感触に全力を傾けており、思考に使う脳容量は大幅に低下していた。 「お、グラサン。おかえり」 しめた、サキが来た。これで視覚分のリソースを思考に回せる。 だが、それは俺の誤りだった。 サキも同様に彼シャツ状態であった。しかも、その長い髪を下ろしている。 …どう見ても朝チュン後の光景である。 「なんで髪下ろしとるんじゃい」 「髪乾かしとったけん、しょーがなかやろが」 そういいながら髪ゴムを咥え、何気ない仕草で髪をまとめる。 それがなんだか妙に色っぽい。 「おーい、純子!グラサン帰ってきよったぞ」 「はーい!」 パタパタと純子が走ってくる音が聞こえた。純子なら流石にYシャツ一枚ではなかろう…。 「おかえりなさい、巽さん」 純子は割烹着姿であった。あぁ、今度こそ思考に集中を…。 待てよ。やたら脚の露出が多くないだろうか。 「あ、私ったらお鍋火にかけっぱなし…」 純子が台所に向かおうと背中を向けた。 その背中から覗くのはYシャツのみである。 彼シャツ割烹着。まさかこのような斬新な組み合わせが伝説の昭和のアイドルから飛び出すとは…。 さくらに抱きつかれていなければ倒れるところだった。 というかいつまでくっついとるんだコイツは。引き剥がさねば。 「おかえりー☆たつみー☆」 「ヴァー!」 リリィとたえの無邪気な声が二階から響く。 そちらを向くと、再び俺の思考は飛んだ。当然、ふたりとも彼シャツ姿である。 問題は、たえの黒下着が明らかに透けていること。 いや、普段から黒い服装だしイメージカラーに合わせようと買ってきたのは確かに俺なのだが。 しかも両腕をあげるたびにチラチラと下着が見える。ガーターベルト付きの下着が。 リリィだ、リリィを見なければ。 リリィは萌え袖というレベルではなく袖を余らせており、どこかで見たマスコットキャラのようである。 かわいらしさはあってもそういう目で見ることはあるまい。 だが、一階に降りてきたときに俺は気付いてしまった。 プロデューサー眼力を持つがゆえの悲劇である。 「どしたの?たつみ」 リリィがこてん、と小首をかしげて可愛らしく聞く。 小首をかしげながら、シャツの下の乳首が透けているのだ。 リリィは正雄である。だが思春期の少年の乳首は少女と同様であるという識者の意見もある。 言わば、リリィの乳首はあくまで正雄ではなくリリィなのだ。 思考がおかしな方に行った。 俺は何をするんだっけ。そうだ、さくらを引き剥がさねば。 「おかえりなんし、幸太郎はん」 あ、もうダメだ。俺はまた思考が飛ぶのを確信した。 いっそ覚悟すれば大丈夫じゃないだろうか。そう思った俺は正真正銘の馬鹿者だった。 「ちょっとこのわいしゃつ、わっちには小さいでありんす…」 普段しゃなりしゃなりとしているゆうぎりがもじもじと恥じらいながら彼シャツで現れた。 裾を無理に引っ張ったせいで俺のシャツの第二第三ボタンが悲鳴を上げている。 その悲鳴も虚しく、下は隠しきれてない。それどころか胸が強調されている。 俺は同じ恥じらい枠の愛を見る。愛はゆうぎりと違い完全にパンツを隠しきれている。 「なんなの!?」 何か失礼な視線に感づいたのか愛が抗議の声を上げた。 「ご飯できましたよ」 ちょうど純子が戻ってきた。 七人の彼シャツアイドルに囲まれた夢のような状況。いや、ゾンビィアイドルなので普通は悪夢だろう。 だが、悪夢と思えないほど俺はゾンビィ達に気を許してしまっていた。俺の乾に血が集まる。 まずい。この血は別のところにやらねば。しかし鼻血を出すのもイメージ的にアウト。 「ガハッ」 俺は喀血し、意識を失った。これがベストな選択だと信じて。 「う…」 俺がベッドで目を覚ますと、ゾンビィ共が俺を心配そうに見つめていた。 …彼シャツ姿のまま。 「お前ら、せめてグッズのTシャツに着替えんかい!」 「「「「「「「…」」」」」」」 俺の意見は黙殺された。そんなに嫌か、お前ら。 「実はな、グラサン。アタシらの布団も雨で濡れちまってベッドがここしかねーんだ」 「じゃあ俺はソファで…」 「いけんよ!幸太郎さんさっき血吐いたばっかりっちゃろ!」 「そうです!私たちとても心配で…」 「だからね、今日はリリィたちみんなと一緒に寝よ☆」 そういいながらリリィはベッドに潜り込み、他のゾンビィ共も我先にとベッドに乗る。 七人の彼シャツアイドルに囲まれて、俺は眠れぬ夜を過ごした。 おしまい *********************************************************************************************** 225.なぜにお口が赤うござる 「ねぇねぇみんな!なつかしいもの見つけたよ☆」 埃がうっすら被った箱をリリィは笑顔で掲げた。 「うわぁ…懐かしい」 「ちょうど一年くらい前でありんしたなぁ」 「ちんちく、それまだ使えるんか?」 「んー、まだ動作テストしてないからわかんない。どっちにしろ洗わないといけないけど」 「せっかくやけん、動かしてみるか」 サキが乱暴に箱をあけ、埃が舞った。 「フランシュシュ!」 たえが大きなくしゃみをする。 「そういえば、あのときはまだ『フランシュシュ』じゃありませんでしたね」 「うん、『グリーンフェイス』の頃っちゃね。はい、たえちゃん。ちーんして」 さくらがたえの洟を拭ってやっているあいだに、サキはコンセントにプラグを差し込む。 「サキちゃん準備いーい?じゃあ、スイッチオン☆」 リリィがスイッチを押すと、箱の中身は元気にモーターを唸らせる。箱には『電動かき氷機』と書かれていた。 「普通に使えそうね。…でもこの音聞いてると、あのときのこと思い出してイヤになるわ」 ゾンビたちの脳裏を苦い思い出がよぎる。 それは鯱の門ふれあいコンサート直前、さくら以外はゾンビになって初めてのメイクのとき。 『お前らには、まずこのイチゴ味かき氷を食べてもらいます!ノルマはひとり五杯!』 巽に命じられ、わけもわからずかき氷を大量に食べさせられたのだ。 「アタシが姐さんのこと最初にスゲェと思ったのはあんときやったっけ…。  みんな三杯くらいでキツそうな顔しとったのに平然と五杯平らげとった」 「そうでありんしたか…。あのときは珍しい験担ぎかなにかだと思っておりんしたからなぁ。  今だったら絶対ぎぶあっぷするでありんす。頭が痛くなるでありんすゆえ」 「マジか、全然そうは見えんやったぞ」 「さくらはあのとき二回目だったのに疑問に思わなかったの?」 「愛ちゃんが聞いてくれるまで、ゾンビの身体になんか必要なことなのかなぁって思っとって…」 「聞いたら『お前らのブルーベリー色の口の中を染めるためじゃーい!』だもんね。  なんでかき氷なのよ!って言っても『いいから食え』の一点張りでさ」 「たつみそういうとこあるよねー。思い込んだらまっしぐらというか。おかげでリリィたち蘇れたんだけど」 「かき氷のあとも食べ物ばかりでしたよね。アセロラとか。  …佐賀ロックで食紅を飲めと言われたときは戻ってきたことをちょっと後悔しましたが」 「純子ひどーい!そんなこと思ってたの!?私あのとき純子が来てくれたのすごく感動したのに!」 「だって、子供の頃食紅舐めて泣いたことあるんですよ、私!絶対甘いと思ってたのに!」 「なにそれ初耳!ちゃんとプロフィールの嫌いな食べ物にそう書きなさいよ!」 「いやです!お父さんお母さん以外には今まで秘密にしてたくらい恥ずかしいんですから!」 「わっちも食紅食べたことありんす!」 「わたしも子供の頃舐めたことあると!」 「アタシはバニラエッセンスで泣いたな。アイツ苦すぎっちゃろ」 「あ、わたしそれもある!」 「さくらちゃん、なんでも口に入れるんだね。たえちゃんと似てるかも」 「ヴァー」 たえが親近感を込めてさくらに抱きつく。 「えぇ、そやんかこと、なかよ?」 「ヴァウア?」 「う…」 「さくら、嘘ついてるときの顔してる」 「うぅ…」 たえに悲しげな目で訴えられ、愛に図星を突かれてさくらは白旗を上げた。 「…ほんとは、鏡餅の上の橙を食べて悶絶したことがあるっちゃ…」 「あれはマーマレードとかにしないと結構苦いでしょうね…」 「え?あれミカンじゃないの?」 「…愛はそういうとこあるよな」 「アイドルやってるときは頼れるのにねー」 「我が家はミカン派だったのよ!」 そのとき、扉がバン!と勢いよく開いた。 「うっさいのぉ!お前ら!」 巽幸太郎が、不機嫌そうに腕を組んで立っている。 「たつみが一番うるせぇよ」 「そんな文句は聞き飽きたんですゥー!お前ら、こんな遅くまでなにしとるんじゃい!」 「幸太郎はんの悪口で盛り上がっておりんした」 「…そうか」 明らかに巽の語勢に急ブレーキがかかる。 「ゆうぎりさん、幸太郎さんそういう乙女ジョーク真に受けるけん、手加減してあげて!」 「わっちとしてはじゃぶのつもりでありんしたが…」 「姐さんのジャブはグラサンにとってみぞおちにストレートぶち込まれたようなもんやけん」 「あり、これは失礼しんした」 「ぜ、ぜーんぜん気にしとらんわい!…なんじゃい、懐かしいもん引張り出しよって」 巽はかき氷機をしげしげと眺めた。 「そうだ、幸太郎さん!夏になったらみんなで一緒にかき氷食べよ!」 「いいわね、今度はイチゴ以外も買ってきてよ!」 「リリィ練乳かけたい!」 「わっち宇治金時~」 「せっかくですし、小豆を買ってきて手作りしましょう」 「待て待て。なんでそんなもん買わんといかんのじゃい。大体、俺がいつ食べると言った」 「よかっちゃろ、そんぐらい」 「そうよ、無理矢理かき氷食べさせられた恨みは忘れてないんだから」 「リリィが食紅でうがいする方式発明した恩も忘れないでほしいなぁー」 「…あれはあれで歯だけ白くするのに手間がかかるじゃろが」 「それは飲んでも一緒じゃん。文句あるならたつみがもっといい案出してよ」 「まぁまぁ、リリィはん。幸太郎はんも忙しいでありんす」 「ゆうぎり…」 「…わっちらとかき氷ひとつ食べるのもイヤと言うほどでありんすから。さて、悪口の続きでありんす」 「ぐえー!」 みぞおちに2発目のストレートを受けた巽は膝から崩れ落ちた。 薄れ行く意識の中でリリィのテンカウントが響く。 かき氷くらいは付き合ってやるか、と巽は思った。投げ入れられたタオルの感触を顔面に感じながら。 おしまい *********************************************************************************************** 236.乾さく 彼氏さん あれは小学6年生のころ。 おばあちゃんの家に遊びに行こうとした私は、駅でお財布を落としました。 6年生と言えば、学校では最上級生。 自分はお姉さんなんだって、思っとりました。 でも、そやんかことは全然なか。まだまだ小さか子供なんやって思ったら、 視界がジワジワ滲んできて、泣いちゃいけん、泣いちゃいけんって思うほど、涙は止められなくて。 そやんかときでした。 「どやんしたと?お父さんお母さんとはぐれちゃったとかな?」 高校生くらいのお姉さんが私に声をかけてくれたとです。 私はそこでわんわん泣いちゃったとですけど、ばってんお姉さんは辛抱強く泣き止むのを待ってくれて。 そのあと、駅のベンチでジュースまで買ってくれました。 「あの、お財布…落としちゃって」 「えぇ!?お財布!?大変!どやんしよう!乾くん、どやんすどやんす~」 お姉さんはまるで自分のことのように私のこと心配してくれたとです。 そしたら、隣の彼氏さんが落ち着いた声で言うたとです。 「源さん、落ち着いて。君、財布の特徴を教えてくれないか?」 「えっと、水色に花柄のがま口…」 「そうか、ありがとう。じゃあ源さんはこの子が今まで来た道を戻ってみてくれ。  俺は駅員さんや交番に聞いてみるから」 「うん、わかった!乾くん」 彼氏さんはキビキビ言うと、窓口へ向かって行きました。 お姉さんは私の手を引いて、励ますように、学校でのこと、好きな教科、 駅で売ってる美味しいケーキの話、将来の夢、そんな話をお互いにして。 「お姉さんの将来の夢ってなぁに?」 「わたし、将来アイドルになるっちゃ!」 眩しい笑顔で答えてくれたのを覚えとります。 そうしとったらお姉さんの携帯が鳴って、彼氏さんから駅員さんのところに届いとったと連絡が来て。 お姉さんと彼氏さんは一緒に喜んでくれて、私は目一杯手を振ってさよならを言ったとです。 まだ子供やったけん、ろくにお礼も出来んやったとですけど。 「で、お姉さんに会えんかなぁ、と思ってこの道に進んだとですよ。  今あのおふたりなにしとーっとかな…。ご夫婦になっとったら素敵…」 打ち上げで、偶然隣りに座った司会の方の話を聞き、俺は気が気でなかった。 「巽さんって、そのときの彼氏さんに似とりません?」 「さぁ、風貌がわかりませんので…」 「でも、声も似とる」 「そんな前に会った人の声をよく覚えていますね」 「…」 司会さんは俺をじっと見る。目が据わってないか?気付くな、気付かないでくれ。 「言われてみればそうですね!私、何いっとーとやろ!」 司会さんはそのまま別の会話に参加し、そちらで盛り上がっているようだった。 「彼氏さん、か…」 飲み放題の安ウイスキーの中の氷が、カランと音を立てた。 おしまい ↓幸さくマシマシ差分 「で、お姉さんに会えんかなぁ、と思ってこの道に進んだとですよ。  今あのおふたりなにしとーっとかな…。ご夫婦になっとったら素敵…」 打ち上げで、偶然俺とさくらの隣りに座った司会の方の話を聞き、俺は気が気でなかった。 「おふたりって、そのときのカップルに似とりません?」 「さぁ、風貌がわかりませんので…」 「言われてみればそうですね!私、何いっとーとやろ!」 司会さんはそのまま別の会話に参加し、盛り上がっていた。 「カップルだと思われとったとですね…」 「そんときはまだ彼氏じゃなかったがな」 「『乾くん』、声に出とるよ」 「お前こそ、その名を外で言うな」 「『ベッドの上以外で』やなくて?」 あぁ言えばこういいよる。結局、俺は未成年を連れているということで早めに飲み会を抜け出した。家に帰ったのは朝だったが。 おしまい *********************************************************************************************** 237.幸さく 虚空 あれ、わたしいつの間に寝とったっちゃろ。 寝ぼけた頭で辺りを見回すと、幸太郎さんがベッドに腰掛けていた。 もう、ずっと待っとったとよ。そう言おうとした。 ばってん、いつもより小さな背中を見て、もっと別の言葉をかけんと、と思った。 「幸太郎さん、お疲れ様」 「さくら。すまん、起こしてしまったな」 「ううん、偶然目が覚めただけやけん」 「…すまん」 幸太郎さんがまた呟く。その一言に、わたしにもわからんほどの意味を込めて。 「幸太郎さんには色んなもの貰っとるけん、謝る必要なんてなかよ」 その肩に、身体を預けてわたしは答える。 いつもやったら優しく抱きしめてくれるのに、幸太郎さんは黙って虚空を見つめていた。 わたしも同じところを見ようとしたけれど、そこには何も見えんやった。 きっと、何か過去を見とるとやね。わたしの知らん、あなたの過去を。 でも、隣にいるときくらいわたしを見て。そう願ってしまうわたしは、わがままな女っちゃろか。 *********************************************************************************************** 238.幸さく モーニングコール 「幸太郎さん、起きんね!もう朝になっとーよ!」 「…あと、5分」 「そやんかこと言って5分で済んだことなかっちゃろ!」 ゆさゆさ揺すっても、布団に潜り込んでいくだけ。わたしが起こすようになる前はひとりで起きとったんに。 甘えてくれているようで、ちょっと嬉しかよ。ばってん、今は起こさんと! こうなったら奥の手。すーっと息を整えて、出来るだけ穏やかな笑顔を浮かべて。 「いぬーいくん、予鈴鳴っとるよ。次移動教室やけん、早う起きんね」 「…えっ!次の授業なんだっけ、源さん!」 「おはよ、乾くん」 「…さくらぁ!俺の青春の甘酸っぱい思い出を利用しおって!俺は巽幸太郎さんじゃろがい!」 幸太郎さんがわたしのこめかみをげんこつでグリグリする。 「いたたた!幸太郎さんも乾くんも同じやなかですか!」 「全然違わーい!!」 ブツブツ文句を言いながらシャツを着る幸太郎さんにジャケットを手渡して、今日も朝が始まる。 おはようございまーす! *********************************************************************************************** 239.幸さく 舞い散る桜 彼女らが歩き出して、もう何日が経過しただろう。 今日も目覚める気配はなく、当てもなく館内を歩き回っている。 おかげでひとりで考えごとをしたいときはこうして裏庭に出る癖がついてしまった。 『お前のやっていることは全て無駄だ、狂人め』 ひとりでいると、いつものように過去の俺が俺を攻め立てる。 わかっているさ、狂っているのは。だが、無駄ではないはずだ。何も出来ないお前はそこでただ喚いていろ。 「ヴァー」 「みな…さくら」 しまった、俺としたことが裏庭の鍵を締め忘れていた。…すこし疲れているのだろうか。 さくらが俺の隣に座る。舞い散る桜に興味を示したらしい。 「…綺麗だな」 「ウゥ」 さくらが首肯したような気がした。 ひらひらと舞い散る桜の花びらが彼女の唇に乗った。彼女はそれをむしゃむしゃと食べる。 その唇には、きっと桜色の口紅が映えるだろう。一度、メイクをしてイメージ合わせしてみようか。 *********************************************************************************************** 240.幸さく なんでもいい 「今日の晩ごはん、どやんすっと?」 朝のミーティングの終わりに、夕食当番がこう聞くのがお決まりになっていた。 皆それぞれ思い思いの料理を挙げ、当番は冷蔵庫の状況、食材の値段などを考慮し可能な限り応える。 それが暗黙のルールになっていた。 最初の頃は、全員バラバラなリクエストを行い、なんだかんだと揉めることも多々あった。 だが、当番制であるためリクエストする側も食事を作る側を慮るようになり、 徐々に現実的かつ具体的なリクエストが増えていった。 だが、この質問に対しいつも同じ答えを返す者がいた。巽である。 「なんかうまいもん」 「幸太郎さん、お肉とお魚やったらどっちが」 「おにく!」 「うん、愛ちゃん。今幸太郎さんに聞いとるけん」 「俺はどっちでも構わん」 「…それが一番困るとですよ!!」 さくらはいきなりキレた。 もちろん、さくらも巽の胸の内はわかっている。 『あまり無茶を言うと作る側も大変だろう』という気遣いからそう言ったに違いない。 だが、なんでもいいと言われる側は非常に困る。 特に巽は胃の調子を崩しがちなくせにこってり好きなので、味付けにはかなり気を使う。 調子が良ければスタミナの付くものを、悪ければアッサリ目にしたい。 そう考えているのに本人が何も情報をくれないのである。 それでは何を作っていいのか非常に迷う。 しかも、『うまいもの』と指定されると本人は何の気なしでも作る側にはプレッシャーがかかる。 …というのがさくらの説教の要旨である。 諸々の健康への配慮の足りなさや女心の無理解など含めて実際は一時間を超える内容となっていたが。 「すまなかった、さくら」 ふたりきりとなったミーティングルームで、正座をした巽は真剣な声で謝罪した。 「…本当にわかっとる?」 さくらはじっとりと疑いの目を向ける。 「…あぁ」 ため息をひとつついて、さくらは時計を見た。 「それやったら、許してあげる!…ごめんね、こやんか長い時間怒って。お仕事大丈夫?」 「いや、元はと言えばお前らの…お前の気持ちを考えなかった俺が悪かった」 巽は立ち上がり、もう一度さくらに深々と頭を下げる。 「えぇ、そんなことせんでよかよ!…それより、今日は幸太郎さんの好物作るけん、好きなもの教えて!」 「好きなもの、か…」 「わたしが作った料理の中で一番美味しかったやつでもよかよ!たいしたもん作っとらんけど…」 巽は顎に手を当て考える。 (この季節の佐賀の名産は…。いや、違う。そういうことではない) 「さくらの作る料理ならなんでも美味い」 巽は、心から出た言葉をさくらに伝えた。 「さっきの話、全然わかっとらんやろが!!!」 さくらはふたたびキレた。 おしまい *********************************************************************************************** 241.幸サキ どんな夢見とったと? >おかげで夢の中にサキちゃんが出て気た気がするけど内容忘れちゃったでありんす… 「おはよ、こうたろぉ」 「おう、おはようサキ。今朝はいい夢を見られたから寝覚めがいい」 伸びをしながら、巽が言った。 「お、どんな夢見とったと?」 いそいそとシャツのボタンをつけながらサキが聞く。 「お前が出てきた」 「んで?」 「あとは覚えとらん」 「あ゛?そんならいい夢かわからんやろが」 「お前が出て来た時点でいい夢に決まっとるじゃろが」 「ケッ!女たらしみたいなこと言いよるばい」 「おい、サキ。そのシャツ俺のだ」 「へへっ」 サキは悪戯っぽい笑みを浮かべながら、シャツの匂いを見せつけるように嗅いだ。 *********************************************************************************************** 242.食べたことのない味 >愛ちゃんに目隠しして腕拘束して肉垂らすプレイかきなんし! 「なによ、これ…」 目を覚ましたはずなのに、視界は真っ暗。目隠しを外そうとしたのに、腕は動かない。 もしかして、縛られてる? 「愛ちゃん、おはよう」 「…さくらやっぱり怒ってるの?」 「怒っとらんよ。ただひとつ試させて。今から食べるお肉はなんの肉か」 お肉の焼ける香ばしい香りと、鉄板の上で脂が跳ねる音が聞こえる。 「はい、あーん」 さくらが私の口に肉を入れた。食べたことのない味。 得意の動体視力は封じられたけれど、私には嗅覚と味覚がある。…ふわりと、アイツの香りがした気がした。 「さくら、アンタまさかアイツの肉を…」 「恐ろしい想像はやめんかボケェ!そりゃグルテンミートじゃい、このつまみ食いゾンビィめ!」 なんだ、ビックリした。ちょっと涙出たじゃない。…ビックリしたせいで。 その後、私はフランシュシュ裁判にかけられ二週間の禁肉を命じられた。 *********************************************************************************************** 243.幸ゆう愛 馬肉 「幸太郎はん、ちょいと」 「なんじゃい、ゆうぎり。お前が俺に用なんて珍しい」 「あい、受け取りなんし」 ゆうぎりが、どこからか経木の包みを取り出し、巽の手のひらにぽん、と乗せた。 「あぁ…、すまんな。…開けていいか?」 「もちろん」 巽が包みを開くと、そこには一切れの赤身肉が入っていた。 「これは…?」 「馬肉でありんす」 巽は困惑し、ゆうぎりの顔と馬肉を交互に見つめる。 ゆうぎりはいつも通りの涼しい顔をしていた。 「では、わっちはれっすんがあるのでこれにて」 「え?あぁ、頑張れよ」 ゆうぎりは優雅に一礼すると、しゃなりしゃなりと去っていく。 後には、頭に大量のハテナマークを浮かべた巽がひとり残された。 「…というわけで、肉の専門家のお前を呼んだわけだ」 「なるほど、事情はわかったわ」 食卓の机に、巽と愛は向かい合って座った。先程まで冷蔵庫で冷やされていた馬肉を挟んで。 「アンタ、昨日寝違えたって言ってたじゃない?今もちょっと動きぎこちないし。  馬肉は古くから筋を痛めたところに貼り付けるとよくなると言われているわ」 「…さすが専門家」 「…ジュルリ」 「やらんぞ、俺がゆうぎりにもらったんだからな」 「解説料よ。半分、いえ、大マケにまけて三分の一でいいわ」 「ダメだ、やらん。…どうしてもと言うなら晩飯の肉一切れで手を打とう」 「ダメよ、それなら五切れは貰わないと」 「ごうつくばりめ、二切れでどうだ!」 「四切れ!」 ふたりが報酬で揉めているのを物陰から見ていたゆうぎりは、しゃなりしゃなりと去っていく。 どこかうれしそうな足取りで、少女のような笑顔を浮かべて。 *********************************************************************************************** 244.幸リリ ヒゲジョリ >ウザいお父さんムーブする幸太郎の話が読みたいです ある日の朝。前日飲み明かした巽は徹夜のハイテンションで帰宅した。 「ただいまー!なんじゃい、出迎えしてくれるとはやーらしか奴じゃのぉ!リリィ!」 「ちがうよ、顔洗いに行くとこ」 うんざりとした顔でリリィは吐き捨てるが、巽は聞く耳を持たない。 「なーに、照れるな照れるな!『たつみ、だーいすき!』って言うてみ?な、言うてみ?」 「ウゼェ…」 「なんじゃい、傷付くなー…。幸太郎さん傷ついちゃうなぁ…。誰かマジカルでかわいい子が慰めてくれんかなぁ」 リリィは深々とため息を吐く。 …こういう大人に付き合うのも子役の役目か。 「…じゃあ、やるよ。巽の心の痛み、マジカル~飛んでけー☆」 「う、うおおお!治ったぞリリィ!ありがとなぁ!」 巽は抱きつき、ジョリジョリと頬ずりをする。 「ちょっとやめてよたつみ…。イタ、いてぇよ!まずヒゲ剃ってよ!」 千鳥足の巽を連れて、二人は洗面所に向かうのだった。 *********************************************************************************************** 245.ねこゾンビさんの昭和の日 「ただいまー!」 「にゃあ!」 おかえりにゃさい、飼い主さん。 ねこゾンビの純子さんが玄関までおでむかえにいくと、 飼い主さんはおおきなおおきなケーキ屋さんの箱をもっていました。 「にゅ?」 きょうはにゃにかのおいわいの日でしたっけ? 純子さんがおみみをパタパタ、くびをコテンとかしげると、飼い主さんはいいました。 「きょうは昭和の日、おいわいにケーキをかってきたぞ」 たしかにカレンダーにはそうかいてあります。 ですが、純子さんにはねこみみにみず、もといねみみにみずです。 「みぃ…」 おたんじょうびでもクリスマスでもにゃいのにケーキなんていただいていいんでしょうか? 純子さんはたずねました。 「祝日になにをいわうかはおれがきめる」 飼い主さんはふんぞりかえり、フンスとはなをならしました。 そのまま食卓へずんずんあるいていくので、純子さんはいそいでおいかけます。 食卓には、やきざかな、にもの、あさづけとごはんにおみそしる。 「みぃ」 いってくだされば、ケーキにあうおりょうりにしたのに。 「なにをいう、りっぱなごちそうじゃないか。おれのかってきたケーキがかすむじゃろが」 飼い主さんはわははとわらい、れいぞうこにケーキをしまうとおててをあらいにいきました。 そんにゃにたいしたおりょうりじゃにゃいのに。 純子さんはおみみをぺったりさせました。 しかし、飼い主さんは『うまい、うまい』と純子さんのつくったごはんをパクパクたべました。 「にゃあ、にゃ」 そんにゃにたべたらケーキをたべられなくなりますよ。 「おう、そうだった。だが純子のごはんはうますぎてな」 けっきょく飼い主さんがおなかいっぱいになってしまい、 ケーキはつぎの日のあさごはんとなりました。 つぎの日のあさ、純子さんはこうちゃをすこし濃くいれて、飼い主さんと自分のせきにおきました。 「すまんな、純子。昭和の日をいわうつもりで買ったのに」 飼い主さんがしょんぼりとうなだれました。 ねこみみがはえていたなら、きっとぺったりしていたでしょう。 「にゃあ!」 にゃにをおいわいするかは、わたしがきめることです。 純子さんはそういうと、あまいケーキをひとくちフォークできって、 おちこんでいる飼い主さんのおくちにはこびました。 「なんじゃい、いうようになったな純子」 ぱくん!と純子さんがさしだしたケーキをたべると、 こんどは飼い主さんが純子さんにケーキをたべさせます。 おたがいにたべさせあったケーキは、いままででいちばんおもいでぶかいあじになりましたとさ。 おしまい *********************************************************************************************** 246.幸さく愛 平成最後の日 今日は平成最後の日。 駅前やアーケードでビラ配りをやってたせいでイヤでも耳に入ってくる。 自分が過去の人間になるんじゃないか、って悩みは佐賀ロックのときに吹き飛ばしたはずなのに、 また暗い考えが頭をぐるぐる駆け巡って、なかなか寝付けない。 明日も明後日も忙しいのに。ダメよ、水野愛。 ほっぺをピシャリと叩いたつもりだったけど、包帯が衝撃を吸収してポスンと気の抜ける音が鳴るだけだった。 みんなを起こすような音が出なくってよかった。そう考えなきゃ。 のどが渇いて、…本当はちょっと小腹が空いて、私は台所に向かう。 階段を降りると言い争う声が聞こえた。 強盗かしら。私は火かき棒を手に取る。これとっても痛いんだから。 灯りに一歩一歩、慎重に近付く。どうしよ、怖い。ううん。こっちはゾンビだもん、逆にビビらせてやるわ。 すっかりゾンビなことに慣れた自分にちょっと笑えてきた。 余裕が出たせいか、言い争いの内容がハッキリ聞こえる。 「幸太郎さん、夜中にまたカップ麺食べようとして!健康に悪かよ!」 「だから焼豚ラーメンじゃなくヘルシーにカップヌードル食おうとしとるんじゃろがい!」 「なにやってんのよ、アンタたち」 「お前こそ、物騒なもん持ちよって。肉強盗か」 「肉強盗ってなによ!」 安心した私は壁に火かき棒を立てかけた。 「愛ちゃん、ちょうどよか、幸太郎さん止めるの手伝って!」 「ぬぅ、多勢に無勢とは卑怯な!」 「こやんか夜中にコソコソカップ麺食べようとするほうがずるか!」 さくらがアイツの持ってるカップ麺を取りあげようとぴょんぴょん跳ねるけど、全然届かない。 「愛、さくらを止めてくれたらカップヌードルの謎肉をくれてやる」 「あんなちっちゃいので買収なんて、アンタ、私を舐めてんの?」 「なぁ愛、カップヌードルのスープにはポークエキスがたっぷり含まれている。つまり肉汁も同様だ」 「肉汁…」 「俺に味方するなら、スープの半分をお前にやろう」 「愛ちゃん、耳を貸さんで!」 私は…。 ヤカンがシュンシュン音を立てる。 アイツが器にお湯を注ぐと、器の中は茶色の液体で満たされる。 そこにさくらが少し牛乳を注ぐと、ココアの香りがふわりと私の花をくすぐった。 「こんな夜中に甘い物なんて…」 「お花を増やしながら言うても説得力皆無じゃい」 「うるさいわね!いい匂いでも咲いちゃうのよ、この花!」 「ホントやったらホットミルクのほうがよかっちゃけど、幸太郎さんが『脳に糖分が足りん』って…」 「そう言った瞬間『ココアがよかよ!』って目ェ輝かせたくせに俺が悪いみたいに言うな」 ココアをかき混ぜながら、私たちは責任を押し付け合う。 「大体、明日も仕事あるのになんで起きとるんじゃい、お前ら」 「アンタに言われたくない!」 「幸太郎さんに言われたくなかよ!」 「同時に言われてもわからんわい!俺はプロデューサーであって聖徳太子じゃありましぇ~ん!」 「わたしは今日晩ごはん早めやったけん、幸太郎さんが夜食食べに来る気がして…」 「私は…、ちょっと眠れなかったのよ」 「愛、また『自分が過去の存在になる』と悩んでいたんだろう」 カチン。ティースプーンとマグカップがぶつかった音が、やけに大きく響いた。 まさかアイツに図星を突かれるなんて。 …なんでこんなときに限って鋭いのよ。 「『また』ってなによ!同じことで悩んじゃいけないの!?」 「愛ちゃん、わたしも昔のことで悩むけん、その気持ちよくわかっとるよ」 さくらが私の肩にやさしく手を置く。やめてよ、今優しくされたら涙出ちゃうじゃない。 「さくらの言う通りだ。一度乗り越えただけでは悩みは解決しない。現実はドラマではないからな。  だが支え合う仲間がいれば何度でも障害を乗り越えられる。それは真実だ」 なによ、柄にもないこと言っちゃって。 そう言いたかったけど、今は涙をこらえるのに精一杯だった。 「…幸太郎さんもなにか悩んどること、あると?」 さくらの問いに、アイツは一瞬言い澱んだ。 「…俺はお前らと違って、ちっぽけな悩みなんかないわい」 「へぇ、お気楽な人生送ってんのね」 私の口から滑り出た自分でも予想外な辛辣な言葉に、さくらが思わず吹き出した。 「ブフッ、愛ちゃん、いくらなんでもそれは、ひどかよ…プフッ」 「ち、ちがうの。心から思ってるんじゃなくて、つい思いついたことがポロッと…」 「ぜんっぜんフォローになっとらんわい!」 そのとき、たえとロメロの遠吠えが聞こえた。0時の時報。 「そうだ、みんなで乾杯せん?せっかくの新元号やけん!」 「じゃあ、音頭を頼むぞ」 「そうね、こういうのは言い出した人がやるものよ」 「えぇ、どやんす…。えっと…。そ、それじゃあ!伝説の令和のアイドルになるぞーーーっ!!おー!!」 突然立ち上がって叫ぶさくらに、私たちは唖然とした。 さくらは二、三回、私たちを見ると、マグカップを掲げたままストンと座った。 ほっぺを真っ赤に染めて。 「おー!」 「おう」 カチン。みっつのマグカップを交わす音が、小さく響いた。 *********************************************************************************************** 247.幸さく 布団に潜入 「なぁ、さくら」 寝間着に着替えた幸太郎さんが、わたしの髪をそっと手櫛で梳く。 「いけんよ、まだゴールデンウィークの半分っちゃろ」 「そう言わずに、よかやろがい」 「疲れとーとやろ?ごはんのあともウトウトしとったし」 「最近溜まっとって…」 「疲れとる男の人はそういう風に錯覚するってゆうぎりさんが言うとったよ!」 グズる幸太郎さんをベッドに押し込める。 「子守唄歌ったげる。ねんねせろねんねせろ~」 「いらんわい!」 その言葉通り、幸太郎さんはすぐにスヤスヤと寝息を立て始めた。 …誘いに乗らんでよかった。 絶対しとる最中に寝とったよね、幸太郎さん。 でも、『溜まっとる』って辛かとかな? チラリと布団の盛り上がっているところを見る。 「この調子やったら、明日も言いそうだし…。寝てるうちに出ちゃったら大変やけん…」 自分に言い聞かせるように、小声でつぶやいた。 …言い訳なのは自分でもわかっとる。 普段動いてない心臓がドキドキして、耳に響く。 そっと布団をめくりあげる。 小学生のとき、お父さんお母さんが出かけとる間にこっそりひとりえっちしたときを思い出した。 いけないことをしとる。そう思っとるのに、わたしの手は止まってくれない。 …本当は止める気なんてないのもわかっとる。 わたしはもぞもぞと布団に潜り込んだ。 暗さに目が慣れると、幸太郎さんのズボンが膨れ上がってて、がば辛そう。 「きっと、苦しかよね…」 起こさんように、ゆっくりと、ズボンとパンツに手をかけ、少しずつ少しずつ下ろしていく。 ボロン、とおちんちんが飛び出した。 こやんか勢いよく出てくるの、エッチな漫画だけかと思っとった。 顔を近づけると、そこだけ体温が高いのがわかる。 布団の中の幸太郎さんのにおいにおちんちんのにおいが混じる。 「…フーッ…フーッ…」 布団にこもっとるせいで、自分の荒くなっとる息がいやでも聞こえてくる。 アソコに伸ばしかけた自分の手を止める。 いけんよ、さくら。 オナニーするためやなくて、幸太郎さんのため。それに今いじったら、洗濯物増えちゃう。 幸太郎さん、今溜まっとるのをなんとかするけん待っとってね。 舌先ですこし舐めてみる。 お風呂入ってから間が開いとるせいか、疲れとるせいか、いつもよりちょっとしょっぱい。 口いっぱいにほおばると、口の中に熱がぶわっと広がった。 口の中で舌をちろちろ動かすと、反応して、ぴくんぴくんとおちんちんが動く。 …起きとらんよね? 幸太郎さんのお腹を見ると、規則的に上下しとる。 こやんかことしても起きんなんて、よっぽど疲れとるっちゃね。 わたしたちのために、いつもお仕事取ってきてくれて、ありがとう、幸太郎さん。 口の中に唾が溜まったら、ゆっくりとしたストロークで首を動かす。 ちゅぷ、ちゅぷ。水音が布団の中に響いた。 そのうち、おちんちんの味がすこし苦くなった。 カウパー液が出てきとるっちゃね。 少しペースを上げると、じゅぽじゅぽと空気の混じった音がする。それでも幸太郎さんは起きん。 おちんちんの先が膨らんできた。そろそろ出そう。 布団汚さんように全部飲まんといけんよね。よかよ、幸太郎さん。いっぱい出して。 おちんちんがビクビクと跳ねて、喉の奥に水鉄砲が当たったような感触がした。 ゾンビやなかったら絶対むせとる。 おちんちんの中に残らんようにじゅるじゅると吸ってるうちに、かわいいサイズに萎んでった。 せっかくやけん、精液の味を確かめる。 幸太郎さんお口に出したときいっつも吐き出させるけん、気になっとったと。 栗の花のような変わったにおいと苦味があって、あんまり美味しくなか…。 飲み込むと、喉にイガイガとした違和感。喉に悪そう。 あぁ、だから幸太郎さんいつも飲ませんかったとやね。 バレんようにおちんちんをこっそり拭いて、布団から出る。 幸太郎さんは、なんとなく幸せそうな寝顔をしとる気がした。やーらしかね。 喉の奥がまだ変な感じがするので、うがいをして、 ついでに結局ビチョビチョになった下着を替えて、幸太郎さんのベッドにまた潜り込む。 今度は下の方やなくってお隣に。 あ、忘れとった。 体を起こして、幸太郎さんにおやすみのキスをする。これでよかね。 もう一度布団の膨らみがないかチラリと見る。うん、膨らんどらん。 「ゴールデンウィーク終わったらいっぱいしよ、幸太郎さん」 どやんか風にしよう、今日の逆でわたしが居眠りしてるときにしてもらうとか? 部屋で無防備に寝とるわたしを見て幸太郎さんは辛抱たまらず…! アソコに伸ばしかけた自分の手を止める。 いけんよ、さくら。さすがに一日に二枚も下着びちゃびちゃにするのは。 おしまい *********************************************************************************************** 248.幸さく ぬくもりこいしー ゴールデンウィークも今日がちょうど折返し。 車内のゾンビィ共もどこかぐてっとしている。 「お前ら、今日は早めに水浴びしてとっとと寝ろよ!」 車を敷地に止め、アイツらに声をかけると、ゾンビィのようなやる気のない足取りで館へ向かっていった。 ん…?ひとり足りんな。 「さくら、なに油売っとんじゃい」 「幸太郎さん、頭ナデナデしてください」 「壊れよったか」 「体内の幸太郎成分が足りんとですよ。あー、さくらこうたろうさんのぬくもりこいしー」 「わがままゾンビィが!なんじゃいその言い方」 さくらの頭をガシりと掴む。そのまま乱暴に撫でてやろうかと思ったが、俺がセットした髪を乱すのは嫌だ。 「あ、ちょうどよか感じ。…あぁ、いけん。気持ちよくて記憶抜けそう…」 「大惨事じゃろが!」 「冗談ですよ、ハイ次、幸太郎さんにさくら成分注入するけん、ここ座って」 さくらがとなりの座席をポンポン叩く。…疲れとるし、俺も少し成分注入してもらうとするか。 *********************************************************************************************** 249.幸リリ 深夜うまい棒品評会 >幸リリはリリィの口についたケチャップやクリームを拭うシチュが似合いすぎる… 深夜の館内。皆寝静まり、なんの物音もしない。はずであった。 カリカリカリ、カサカサカサ、カリカリカリ 一階の目立たない一室から聞こえる音。 さてはGかネズミか、野良ハムスターか。はてさてその正体は。 「やっぱり明太味がベストじゃのう」 「リリィはたこ焼き味派だなぁ」 深夜うまい棒品評会。 棒を持つ者しか入れない女子禁制の会である。 活動内容はうまい棒の購入と評価。 少しずつ買ったうまい棒をこの秘密基地に貯蔵し、定期的に消費するのだ。 「たこ焼きは口元汚れるのが欠点として大きすぎる」 「むー、たつみだってお口の周り明太子だらけじゃん」 ふたりは互いの口を拭う。 これは親愛表現ではなく、うまい棒を食べる上のマナーである。 星川リリィ(談) *********************************************************************************************** 250.幸さく キス魔 「幸太郎さん、隠れてビール飲んどらん?」 「飲んどらんわい」 「嘘つき」 「フン、なにを根拠に…」 「飲み会のあとと同じ味しとーとよ」 「…一本くらいならよかやろが」 「わたし、酔うとキス魔になるってお母さんが言うとったと。  こどものころ洋酒入のお菓子食べたとき大変やったって。  ゾンビやけん、今やったらちょっとだけでも酔っちゃうかも」 「酔わんでも割とキス魔じゃろ、お前は」 「わたしはキスしとらんもん!目瞑っとったら幸太郎さんがしただけ!」 「なんじゃい!完全にキス待ちしとったくせに!もうお前が目ぇ瞑ってもキスしてやらんからな!」 「そやんかこと言うんやったら…ん…んぅ、ちゅ…あ…、…嘘つき」 「今は目ぇ開けとったから嘘じゃありましぇーん!」 「やっぱり幸太郎さんの方からキスしとーやんか!」 >アルデヒドとか効かないだろうから酔わないのでは? 「大体ゾンビィは酔わんように出来とるんだ。構造を把握している俺が言うんだから間違いない」 「幸太郎さん、酔うか酔わんかは関係なかよ!女の子が酔ってキスしたいって言ったら黙ってキスする!  そういうデリカシーが無いとモテんよ!」 さくらがプンスカと頬をふくらませる。 「だーもー、うっさいのぉ、どうせファッション誌かなんかの受け売りじゃろが!」 「ファッション誌だけやなくて、漫画にもケータイ小説にも同じようなこと書いとったもん!」 さくらの怒りはますます増大し、真っ赤な顔で唇を3の字に尖らかしている。 「それに、俺はモテとかそういうのはもう、興味ないわい」 巽は遠くを見るように顔を背けた。 「いけんよ、営業とかやるんやったらそやんか外見も気にせんと!」 「お前以外にモテてもしょうがなかやろが!」 「そやんかこと、真顔で言うのは…ずるかー!もう、わたし、もう、どやんすどやんすー!」 「ベッドの上で暴れるなこのバカゾンビィ!寝る前に埃たつじゃろがい!」 *********************************************************************************************** 251.幸さく愛 人探し >二人が幸太郎はんの話をしとるだけでも幸さく愛が成り立つし ちょっとアイツに聞きたいことがあったのに、全然見つからない。さくらなら知ってるかしら。 「ねぇ、アイツどこ行ったの?」 「アイツ?」 さくらが首をかしげた。いつも通り呼んでるのに…! 「アイツはアイツよ!」 「え、誰?」 「だから、その…こ…あ!その顔!わかってるでしょ!」 「えぇ、そんな顔しとらんよー」 「嘘!絶対笑った!」 「だって愛ちゃんなかなか幸太郎さんのこと名前で呼ばんし…。ふたりとも結構気が合うのに」 「私と幸太郎のいつ気が合ったのよ!」 「お仕事の話しとるときとか結構…あれ?今、幸太郎って」 「言ってないわよ!」 *********************************************************************************************** 252.幸愛 懐かしい控室 はらはらと黄色い花びらが舞い散る。 汗がポタリポタリと顎を伝うけれど、不快感はない。 …ついにやりきった。懐かしい武道館の控室で、私は達成感に打ち震えていた。 「よかステージやったね、愛ちゃん!」 私と同じように汗だくになったさくらが、爽やかな笑顔で言った。 「ええ、さくらもよく頑張ったわね」 「愛ちゃんに褒められた…。あ゛い゛ぢゃ~~~ん゛!!」 今更実感が湧いたのか、さくらが泣きながら抱きついてきた。 どやんどやんとした胸元に、顔を押し付けられる。 「ちょっと、さくら!衣装にメイク付いちゃう!」 「だって~」 「愛、ありがとな。お前にダンス教えてもらったおかげばい」 「なに言ってんのよ、リーダー。サキが引っ張ってくれたおかげよ」 「へへっ」 サキの突き出した拳に、私は拳をコツンと当てた。 控室の扉が開く、そこには黄色い花束を持った懐かしい顔ぶれ。 みんなお揃いの、黄色い髪飾りと同じ花。 「仁奈、ノノ、みゆ、薫!」 「えぇ?私一番最後?ひっどーい」 「しょうがないじゃない、同時に名前呼べないんだから!」 「冗談冗談!」 「愛、いいステージだったよ」 「新しいメンバーともうまくやってるみたいで安心したよ~」 「おめでとう。愛」 「みんな…」 胸がいっぱいになって、涙がこみあげてきた。 誤魔化すように、私は花束に顔を埋めて、花の香りを肺いっぱいに吸い込む。 ふわり。イカの香りがした。 腕組みしたアイツが扉に寄りかかっていた。 「幸太郎…」 「感動の対面を邪魔しちゃいかんと思ってな」 「アイドルほっぽりだしてどこ行ってたのよ、アンタは」 「ちょっとした野暮用だ」 幸太郎が懐をゴソゴソとまさぐり、少し照れくさそうに私の前にプレゼントを差し出した。 「武道館ライブ、ご苦労だったな。愛」 リボンで彩られた、立派なマンガ肉。 「…たべて、いいの?」 「当然だ。お前へのプレゼントだからな」 そっとかぶりつくと、歯にどやんどやんとした感触。 噛みちぎろうとするとビヨーンと伸びそうな、理想の歯ごたえ。 私のためにこんな素敵なおにくを用意してくれるなんて…。 顎にグッと力を入れて、肉を噛んだまま引っ張る。 『ぎええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!』 突然の悲鳴に、目を覚ます。なんだか幸せな夢を見ていたような…。うぅん、それどころじゃない。 さくらが誰かに太ももを噛まれたみたい。まったく、誰よ!こんなひどいことしたのは。 *********************************************************************************************** 253.幸愛 ストレート >ストレートな幸愛が読みたい気分でありんす 「シュッ!シュッ!」 「…部屋で一体何してんのよ、アンタは」 「なにって、電灯の紐シャドーボクシングに決まっとるじゃろが」 「…バカみたい」 「なんじゃと!いてっ」 紐のカウンターがアイツの顔を捕らえる。 「クリーンヒットね」 「ふん、こんなのラッキーパンチじゃい。そうだ、愛。お前もやってみろ」 「なんで私がそんなバカなこと…」 「ボクササイズは痩せるし筋肉もつくぞ」 「…仕方ないわね、付き合ってあげる」 紐の前で構えると、アイツが『脇が甘い』だのなんだの文句を付けながら 手取り足取りフォームを修正してくる。 …そんなにくっつかれたら、アドバイスされても頭に入ってくるわけないでしょ、バカなの? *********************************************************************************************** 254.幸さく 腹筋マシーン 「幸太郎さ〜ん!」 何度も何度もノックしとーとやのに、返事がなかと。 考えうる可能性はみっつ。 1.ノックに気付いとらん 作曲に熱中しとるかうたた寝しとるか。 それやったら、邪魔したら悪かけん、もうノックせんほうがよかね。 2.おトイレ それなら割とすぐに戻ってくるはず、便秘持ちやなかけん。…わたしと違って。 いつかお薬もらいに行ったとき、『俺は便秘なんぞしたことないわい』って自慢しとったけど、 そのひと言が我ら女子の怒りを買ったことに幸太郎さんは気付いとらん。 3.トレーニング中 お仕事しとらんときは大体トレーニングルームで鍛えとる。 そのために色々器具を買い込んどるけん、みんなは『そのぶん小遣い上げろ』と反発しとる。 『プロデューサーは体力が必要なんじゃい』って言うとったけど、 本当は自分の鍛えた身体を鏡で見るのが好きなのは知っとーよ。 「幸太郎さん、おるとー?」 「待て、さくら!今は汗臭いから開けるな!」 「あ、やっぱりここにおった。そやんかもん気にせんし、開けるねー」 トレーニングルームの扉を開けると、幸太郎さんが腹筋マシーンから急いで降りようとしていた。 「こやんかもんここにあったっけ…?」 「これは、その、倉庫にあったのを久々に出してだな…」 あ、思い出した。これ幸太郎さんがちょっと前にホームセンターで熱心に眺めとったやつ。 「…で、なんの用じゃい!」 幸太郎さんが誤魔化すように話を進めた。 「あの、お水のペットボトルがそろそろ無くなりそうで…」 「わかった、補充しておく。…用が済んだらさっさとレッスンに戻らんかい!」 「あの、もうひとつお願いが…」 「まだなんか足りんのか」 「幸太郎さんのお腹、触らせてもらってよかかな?」 「ハァ!?なんじゃそりゃ!」 「わたし、男の人の腹筋って一回触ってみたくて…」 「変態ゾンビィめ…」 「…ダメ?」 わたしはチラリと腹筋マシーンに視線をやる。おそらく数日前に買った腹筋マシーンに。 「狡か手ェ使いおって…。少しだけだぞ」 お腹に指を這わせると、想像以上の固さ。 「わ、すごか…。カチカチになっとる…」 「お前な…」 幸太郎さんが変な顔をする。くすぐったかかな? 「え?」 「…いや、なんでもない。それよりいつまで触るつもりじゃい」 「もう少し…」 …幸太郎さんの表情の意味を理解したのは、わたしがレッスンに戻ったあとだった。 おしまい *********************************************************************************************** 255.幸さく愛 たらこ 今日はこどもの日。ということで、晩御飯はちらし寿司作ろうかなぁ、と思っとったけど、 どのご家庭も考えることは同じなのか、よか材料がなかっちゃね…。 「ということで今日の晩御飯はたらこスパゲッティになりました!」 「こどもの日となんの関係があるんじゃい」 「タラの子やけん…」 うぅ、やっぱりちょっと無理あったとかな…。 「リリィはいいと思うよ」 「子供代表のちんちくがいいっつっとるけん、よかやろが。グラサン」 「わっちもたらことすぱげっちーのまりあーじゅがどうなるか気になるでありんす」 「ウヴァソー」 「私もナポリタンやミートソースより、たらこ派です」 みんな受け入れてくれたとやけど、愛ちゃんだけは浮かない顔。 「愛ちゃん、サラダにハムのっとるけん、元気だして?」 「おにくのこと考えてたわけじゃないわよ!?」 「えぇ!?じゃあ何?」 「なんなの!?人を肉ジャンキーみたいに!…ジャンキーってジャーキーみたいで美味しそうよね。  …じゃなくて、頭の中を同じ曲が延々リピートされる経験ってない?」 「たまにあるっちゃ。何の曲?」 「たーらこーたーらこー♪」 「あ!それわたしも覚えとるよ!懐かしか!」 「「たーっぷり♪たーらこー♪」」 「お前ら、飯食うときに歌うな、行儀悪い!」 「ご、ごめんなさい…」 幸太郎さんに怒られてションボリするわたしに愛ちゃんがこっそり目配せをした。 「「たーらこ♪たらーこたっぷり♪」」 「たーらこがやってくーるー♪ってなに歌わせるんじゃい!」 「アンタも懐かしかったんでしょ?素直じゃないわね」 「…ヤベェ、何の話しとるか全然わかんねぇ」 「CMネタはすぐ風化しますよ」 みんなは置いてきぼりやったけど、なんだか学校行っとったときの気分を思い出すさくらなのでした。 *********************************************************************************************** 256.さく純 おすなばあそび 「じゃあお砂場セットば用意せんとね」 お靴をいそいそと履く純子ちゃんを待ちつつ、シャベルや熊手が入ったバケツを出す。 「私が持ちます」 「大丈夫?」 「私は紺野純子ですよ」 フンス!と鼻息荒く純子ちゃんが言う。うーん、大丈夫かな…。 でもここで断るとせっかくご機嫌直したのにまた拗ねちゃいそう。 「うん、純子ちゃんお姉さんやもんね」 純子ちゃんは嬉しそうにバケツを抱えると、お砂場に急いで駆け出した。 「あ、いけんよ!そんなに走っ…」 あ、こけた。 「ううう。。。」 「純子ちゃんお姉さんやけん、痛いの我慢出来る?」 「…平気です。私は紺野純子ですよ」 涙をぐしぐし拭う純子ちゃんの頭を、わたしはたくさんナデナデするのでした。 *********************************************************************************************** 257.幸愛 繁殖期に於ける水野愛の生態について >生理中の愛ちゃんは手負いの獣みたいになって巽の部屋に巣を作る 野生の水野愛は繁殖期を迎える前に巣を作ります。 その際、魅力的なオスのテリトリー内に巣を作りオスの気をひく行動が見られます。 しかし、この時期の水野愛はホルモンの影響で凶暴な面もあるため、 オスや他のゾンビィに攻撃をくわえることも多く、繁殖は容易ではありません。 「コーイハイーダイダシー!」 おや、水野愛が激しく鳴き出しました。 これが水野愛特有の求愛行為です。 このようにラブソングを歌うことでオスの気を引きます。 また、本来肉食の水野愛ですがこの時期は極端に肉を控えます。 病気ではないか?と誤解されていますが、正常な行動です。 一昔前はオスに肉を分け与えることで気を引いているのでは?という説が主流でしたが、 現在はホルモンの影響で食性が変化していることがわかりました。 一匹のオスが巣に近付きました。水野愛の花が満開です。 このように水野愛は非常に愛らしい生態を持った野生生物と言えます。 *********************************************************************************************** 258.幸さく GWを抜けて 「幸太郎さん、おるとー?」 「おう、入れ」 扉を開けると、あれ?幸太郎さんがパジャマ着とる。 「もしかして、起こしちゃったとかな?」 「安心せい、お前たちが鶏肉貪っとる間に仮眠取ってただけじゃい」 「貪っとるって…!」 ひどか!と言おうとしたばってん、わたしの脳裏にさっきまでの光景が思い浮かぶ。 連休最終日ということで、幸太郎さんが買ってきたドラ鳥のお持ち帰りメニューを食べていたわたしたち。 お持ち帰りの中には鳥唐一番がひとり一個と、手羽揚げが八本。…一本余る。 その余り一本をかけて、わたしたちはまさに肉に群がるゾンビと化した。 よく考えたらみんなで分けたらよかっちゃけど、 ゴールデンウィーク中のハードスケジュールを終えた直後にそんな余裕は誰にも残っとらんやった。 「…む、貪ってなんかなかよ、ひどかー」 「言い返すまでずいぶん間が空きよったな」 「そやんかことより幸太郎さん、大丈夫?休んだほうが…」 「アホ抜かせ、俺がどれだけ我慢したと思っとるんじゃい!」 「わたしやって、我慢しとーとよ!」 向かい合ったわたしたちの唇は少しずつ近付き、やがて重なる。 幸太郎さんの熱い舌が、わたしの冷たい舌に絡まる。 身体の中に火をつけられとるみたいに、熱か。 唇を離そうとする。まだ逃さんよ。 がば我慢しとったけん、もっと愛して。 ビックリした幸太郎さんの鼻息が、ほっぺに当たってくすぐったか。 深く、深く舌を絡めてから、ゆっくりと唇を離す。 「俺はお前と違って呼吸の必要があるんじゃい!窒息するところだったじゃろが!」 「そしたらわたしが人工呼吸するけん、よかっちゃろ」 「いいわけあるかボケェ」 押し合いへし合いしていると、わたしの太ももに固く熱いものが当たる。 「…やっぱり、溜まっとるね」 ナデナデすると、おちんちんが手の中でビクビク脈打った。 わたしは頭の中で、今まで見聞きしたえっちな台詞を選び抜き、幸太郎さんの耳に囁いた。 「さくらの膣内に、一番濃いの出して…♡」 下着を下ろす間もなく、幸太郎さんに押し倒される。 湿った下着をずらされて、ひんやりとした風が当たったと思ったら、 そのまま熱かものがわたしの中を押し広げる。 「え、幸太郎さん…」 腕を乱暴に掴まれ、荒い息遣いと腰を強く打ち付ける音だけが部屋に響く。 普段と違う幸太郎さんの様子にわたしは少し不安になった。 「ちょ、ちょっと待って!」 「…すまん、怖かったか?」 「うぅん、ちょっとビックリしただけやけん」 自分で思っとったより、怯えたような声が出た。 「すまん」 腕を掴んでいた手がそっと離れた。 「幸太郎さん、だっこ」 いつもやったら『調子に乗んな甘えん坊ゾンビィ!』と言われるとやけど、今日は優しく抱きしめてくれた。 「…昔読んだ雑誌にね」 「ん?」 「昔読んだ雑誌に、『たまに彼氏に乱暴にされるのが好き』ってよく書いてあって、  そやんか風にするのが普通なのかなぁって思っとったけど、  わたしはこやんかふうにしとるほうが好きみたい」 「…悪かった」 おちんちんがちょっと元気をなくしたので、幸太郎さんの手をわたしの胸に当てる。 「こっちやったらいくらでも掴んでよかよ。あ、ちょっと待って。いまブラ外すけん」 「お前なぁ!そやんか風にされたらまた俺の余裕がなくなるじゃろが!」 「いけんよ幸太郎さん!優しく、…いっぱい、して♡」 幸太郎さんの腰が動く。今度はゆっくり、わたしを抱きしめながら。 おしまい *********************************************************************************************** 259.幸さく 幸せな夢 >最終日だ!書かねば!と思ってたのにちょっと横になったまま朝まで事切れてたでありんす… ゴールデンウィークも今日で終わり。明日から平日である。 しかし!謎のプロデューサーに休みなどない! 今の疲れでハイになった脳味噌で作詞をすればきっといい曲が出来る! 「…と思ったんじゃがのお」 鼻の下に万年筆を挟み、ボンヤリする。 気分転換に外でも見るか。見えるのは佐賀の高層ビル群。 うむ、順調に佐賀が救われてきているな。 ふと、ノックの音が聞こえた。 『乾くん、コーヒー飲まん?』 『源さん、ありがとう』 「…ムニャムニャ、うふふ」 「幸太郎さん、よく寝とらすね」 幸せそうな寝顔で居眠りする巽に、さくらはそっと毛布をかける。 「きっと、幸せな夢を見とるっちゃね」 *********************************************************************************************** 260.幸リリ 欲しがるなら >欲しがるのなら同等に何かをお出しするべきでありんすよ 「ねぇねぇたつみ。リリィ欲しいものがあるんだけど…」 巽のズボンをリリィがくいくいと引っ張る。 「なんじゃいもぉ!ぬいぐるみかなんかか?」 「そういうのじゃなくってぇ~」 モジモジとしてなかなか言い出さないリリィに巽は首をひねる。 「欲しがるなら同等のなんかを出さんかい」 例えばお手伝いとか…と言う巽の声は、喉から出ることはなかった。 リリィが下着を脱いで、かわいらしいまさおがぴょこんと出ている。 「たつみ、出したよ。だから、たつみもおちんちん出して…」 「いや、俺はそういう意味じゃ…」 「リリィはちゃんと出したよ、ホラホラ~☆」 リリィがお尻をふりふりすると、まさおがぴょこぴょこ左右に揺れた。 「たつみ、ズボン苦しそう。出しちゃうね。…うわぁ、でけぇ…入るかな…」 リリィはポケットから取り出したゴムの袋をピッと開けた。 *********************************************************************************************** 261.幸さく お題:「二度寝」「懐かしい声」 >二度寝懐かしい声 朝、目がさめる。幸太郎さんはまだ疲れとるのか、ぼんやりまどろんでいた。 「…源さん?」 寝ぼけとるっちゃね。 「なぁに、乾くん」 「なんで俺の部屋に源さんが、しかもそんな格好で…そうだ!学校!」 幸太郎さんがガバリと起き上がる。 「乾くん、今日は創立記念日やけん、学校お休みだよ」 「へ、うちの創立記念日って秋頃じゃ…」 「デリカシーなかっちゃね、もうちょっとのんびりしよってこと」 「ご、ごめん」 ほっぺたを膨らませるわたしに、乾くんがアワアワ謝る。なんだか懐かしか。 「一緒に、寝よ?」 「うん…」 乾くん…幸太郎さんはまたスヤスヤと寝息を立て始めた。 *********************************************************************************************** 262.幸さく モジャリ >あんまりにも広がり過ぎてて周りの毛も長いとそこからどこまでが陰毛かわからなくなるというか毛皮として認識される 「うぅ…寒…」 冬の朝はがば冷える。 特にミーティングルームは石造りでひんやりしとるし、暖房の効きも悪か。 わたしたちはゾンビやけん平気やけど、幸太郎さんはたまに手をスリスリしていかにも寒そう。 「大丈夫ですか?ストーブかなんか持ってきたほうが…」 「アホか、こんな換気悪いとこにストーブなんか置けるかい」 「でも、幸太郎さん寒そうで…」 わたしが体温あったら息をはきかけて温めてあげるとやのに。あ、温かところあった。 「幸太郎さん、手貸して!」 モジャリ。パンツの中の密林にご案内。 「どこの世界にそんなとこに手突っ込ませるアイドルがおるんじゃい!」 「でも、温かやろ?」 「…それは、まぁ」 *********************************************************************************************** 263.幸愛 幅広い愛 >幅広い愛だな 最近、身体が重い。 ゾンビの身体が徐々に崩壊してきてるのかしら。 ギシ。 …また、家鳴り。 もしかして、ラップ音? 最近ずっと聞こえてくる妙な音。 ドアを通るときも、引き止められる感覚がある。 ゾンビが呪われることなんてあるかしら…。 でも…。 不安になった私はいつのまにかアイツの部屋の前にいた。 ノックしようかどうか迷ってるとアイツが扉を開けた。 「…どうして気付いたの?」 「お前最近太りすぎで階段がミシミシ言うんじゃい!関取並みの横幅しおって!」 なんなの!?炭水化物とってないのに太るわけないじゃない! *********************************************************************************************** 264.イケメン特集 >イケメンの基準が無意識のうちに幸太郎になってるフランシュシュの話が読みたいです 女性誌に載ってた今話題のイケメン特集。 アイドルは恋愛禁止とやけど、ついつい品定めしちゃう。だって、女の子やけん。 「うぇー、リリィこういうヒョロいの無理ー。パピィまでとは言わないけどたつみ程度は鍛えてよ」 「身長190?視線合わねーっちゃろ、180ぐらいがよか」 「メガネ男子…最近は色んなメガネがありんすねぇ。でもわっちはさんぐらすの似合う殿方の方が…」 「女性の言うことを肯定してくれる優しさ、ですか。…普段はそっけなくても時には叱咤激励して下さるような方が本当優しい方だと思いますけどね」 「男は外見より中身じゃない?顔が良くても仕事を適当にやるヤツはお断りよ」 「ヴァイ」 「うん、ゲソ常備しとる人はおらんね。うーん、わたし物静かよりはちょっとうるさか方が好きかな…」 目を瞑り、みんなの好みを頭の中で組み合わせてみると…見覚えのある人に。 え、わたしたちってみんな、ううん、偶然!偶然やけん! 目を開くと、みんな頬を赤く染めていた。 「「「「「「あ、あはは…」」」」」」 わたしたちは曖昧な笑みでその話題を無かったことにして、次のページをめくった。 *********************************************************************************************** 265.幸愛 天気が悪いから 私がこんなに弱気なのはきっと天気が悪いから。 そうじゃなきゃ、あんな余計なことは言わなかった。 「ねぇ、私、みんなと同じ額のお小遣いなんてもらっていいの?」 爪先にピッタリ合うように包帯を結ぶアイツに、私はそんなことを聞いてしまった。 「いらんと言うなら減らしてやっても構わんぞ。春になったのに俺の懐はいつもピューピュー寒風が吹いとるからのォ!」 「…真面目に聞きなさいよ」 「お前がふざけたことを抜かすから冗談で答えたまでだ」 脚の包帯を結び終えると、アイツは私の手をとり包帯を解いていく。なんなの、その王子様みたいな手つき。 「他の奴らが出した損害に比べたらお前の出費は包帯代程度だ。気にするまでもない」 「…でも、アンタの時間を一番拘束してるのは私じゃない」 「お前は俺の代わりにあいつらにダンスを教えてくれている。拘束どころか助かっているくらいだ」 「変なの。今日はやけに優しいじゃない」 アンタが私に優しいのは、私が手のかかるゾンビだから?『水野愛』だから?…それとも、『私』だから? そう聞きたいのに、私の口は動いてくれなかった。 私がこんなに弱気なのはきっと天気が悪いから。 *********************************************************************************************** 266.幸純 亭主関白宣言 >幸太郎さん呼びなのは夫婦だからか 「お前を嫁にもらう前に言っておきたいことがある」 紅茶を淹れる私に巽さんが声をかけました。 「なんでしょうか?巽さん。。。」 「お前も巽になるんだ。名字ではなく名前で呼んでくれ」 えぇ!?そんな。。。まだ心の準備が。。。 いえ、私は紺野純子。いくつものコンサートを行った伝説の昭和のアイドル。 す、す、好きな男の人の名前を呼ぶくらい出来るはずです! 「こ、こ、こ」 「こっこさんの真似か」 「違います!」 初めてステージにあがるときより緊張しながら、私は声を張り上げました。 「幸太郎さん!!」 「…言われてみると、照れるな。これは…」 私たちはお互い顔を真っ赤に染めて、オシドリ夫婦ではなくオカメインコ夫婦になったのでした。 *********************************************************************************************** 267.幸愛 農耕な幸愛 >農耕な幸愛… 愛がなにやら庭に植えている。 あいつにガーデニングの趣味があったとは初耳だが、 頭に花を生やしてるんだからよく考えればそういう趣味があっても不思議ではない。 「何の花を植えとるんだ?」 「花?花なんて植えないわよ?」 「じゃあ家庭菜園か。トマトはやめとけよ。純子が苦手らしいからな」 「アイドル研究が趣味の私が知らないわけないじゃない」 たしかにそうか。 「じゃあ、何を植えているんだ?」 「おにくよ」 「…は?」 「だいず?っていう畑に生えるおにくがあるってゆうぎりが言ってたの!  おにくの実がなったらアンタにも一切れあげてもいいわよ!」 あまりにかわいそうなので夕飯の豆腐ステーキは愛に譲ってやろうと思う。 *********************************************************************************************** 268.乾さく 手のぬくもり 男子高校生なら一度は思い描いたことがあるだろう妄想に、俺も取り憑かれていた。 学園祭でバンドを組んでモテモテになるという妄想に。 そんなわけで、教本でも買おうと本屋に来た俺だが、ここでひとつの問題にぶち当たる。 …一体なんの楽器をやればいいのだろうか。 やはり定番のギターだろうか。いや、ギター担当が被ったら困る。 渋くベースで…。渋いというのは悪く言えば地味ということでもあるのだが。 ストレス解消も兼ねてドラム…。ドラムセットって自分で買うのか?一体いくらかかるんだろうか…。 そもそも俺は何の曲をやるつもりなんだ?ジャンルは? 最近一番聞くのは…アイアンフリル。男子がコピーするのはキツイな。 ならば女子にボーカルを頼むのはどうだろう。…例えば、源さんを誘って。 いや待て。源さんを誘えるほど親しいのであれば俺は楽器をやる必要があるのか? 俺は不特定多数にモテたいのか?それとも…。 本を取っては戻しながら、俺の思考は迷宮に迷い込んでいた。 「乾くん?」 聞き覚えのあるかわいらしい声が、俺を現実に引き戻す。 「み、源さん?」 そこにいたのは私服の源さん。なんだか新鮮だ。 「何見とーと?『初めてのギター』?もしかして、『バンド組んで女の子にモテモテ』とか考えとった?  乾くんってそやんかこと興味なかかと思っとったけど、意外~」 源さんが、ニヤニヤと小悪魔的に笑う。 「いや、ちが、最近久しぶりに楽器でも触ろうかなと思っただけで…」 「久しぶりってことは、昔なんかやっとったと?」 しまった、焦って余計なことを言ってしまった。 「…昔、ピアノを少し」 「え!?すごか!…あ」 つい大声を出してしまった源さんは、気恥ずかしそうに両手で口を抑える。 キョロキョロと辺りを見回したあと、両手をメガホンのようにしてコソコソ声で彼女は囁く。 「すごかね、乾くんってもしかしてお坊ちゃん?」 「いや、うちは普通の家だけど…」 俺も釣られてコソコソ小声で返す。 「ごめんね、ピアノ習っとる子ってお金持ちのイメージがあって…」 「いや、確かに場所取るし調律で金もかかるからそう思うのもわかるから…。でも学校では黙ってて欲しい」 「なんで?」 「合唱コンクールで伴奏任せられたら面倒くさいから…。ところで、源さんはここに何を?」 「え?いや、わたしはふらっと通っただけやけん…」 明らかに動揺した様子で、彼女は手をパタパタと振った。 嘘をついているのは一目瞭然だが、突っ込むべきか放っておくべきか。 俺が迷っているうちに、源さんは観念して本当のことをポツポツと語り始めた。 「あのね、乾くんが秘密教えてくれたからわたしも秘密教えるね。わたしのも絶対学校で言わんでね!」 「うん、約束する」 「それと、聞いても笑わんでね」 「…たぶん」 「たぶんじゃダメ!」 「絶対、笑わない」 「…わたしね、アイドルになりたくてボイトレの本探しとったと」 「…乾くん、もしかして、引いとる?」 「いや、俺はいいと思うよ。源さんがアイドル目指すの」 「え?本当?」 彼女は眩しい笑顔を俺に向けた。初めて声をかけてくれた、あのときのような笑顔。 「うん、本当に」 俺はゴクリとつばを飲む。今が勇気を出すときだ、乾! 「源さん、いい笑顔だからきっとアイドルになれるよ。俺は応援する」 「…どやんす、どやんす~。そんな、褒めても何も出んよ」 照れくさそうに身体をくねらせたあと、彼女は俺の手を握った。 「そやんか風に言ってくれたの乾くんが初めて!お礼にこれあげるね」 そう言うと、彼女はそそくさと店を後にした。ボイトレの本も買わずに。 俺の手には一粒の飴玉と、彼女の手のぬくもりだけが残された。 その手のぬくもりを、10年経った今も鮮明に覚えている。永遠に失われた、そのぬくもりを。 おしまい *********************************************************************************************** 269.幸さく愛 ゲロ袋 >さくらはん!酔い潰れた幸太郎はんの両隣に座る愛さくの挿絵を描きなんし!! 「う~ん」 「大丈夫、幸太郎さん?」 「平気でしょ、さっきからそんな調子だし」 行きつけの飲み屋から巽を回収したふたりだが、家についた時点で巽の顔色がゾンビ顔負けに真っ青になったので、 部屋に連れて行く前に一回のソファでしばらく休ませていた。 「お水、飲む?」 「あぁ…う゛」 頷いた拍子に波が来たらしい。吐かないように巽は機能停止する。 「ほら、ゲロ袋用意したから吐いてもいいわよ」 「吐きそうなときゲロとか言うな…気持ち悪くなるじゃろがい」 「でも、一回スッキリした方がよかよ?」 「ほら、ちゃんと袋もって」 「やめんか、背中さするな。いいからほっといてくれ…」 「ほっとけるわけなかよ!」「ほっとけるわけないでしょ!」 *********************************************************************************************** 270.幸さく 裸族 「そういえば、いつのまにかワンちゃんに服着せるのって普通になっとーとやね」 「犬種によっては日本の寒さは堪えるからな。犬のこと少しでも考えればわかることだ。  なのに犬に服を着せるのはおかしいなどと言う輩が…」 なにか嫌な思い出でもあるのか、幸太郎さんは不機嫌そうに愚痴を言う。 「ロメロには服着せんの?」 ロメロがなんの犬種か知らんけど…。たまに大きくなっとる気がするし。 「ゾンビィになって寒さに強くなったからな。それにあいつは裸族だ」 「へ?」 「服を着るのが嫌いなんだ。イベント事のときはご褒美をあげて服着てもらっとる」 「…わたしも実は部屋におるときはずーっと裸で過ごしとった、って言うたら幸太郎さんは嬉しかかな?」 「やめんか、はしたない!全裸になれば男が喜ぶと思っとるんか安直ゾンビィ!」 「でも、ちゃんと靴下は履いとったよ?それでもダメ?」 「…いいわけあるかボケェ!映画のゾンビィも基本服着てるじゃろがい!」 今、靴下だけって聞いてちょっと迷っとったよね? 今度お出かけしたとき、オーバニーでも買おっかな。男の人は好きって聞いたことあるけん。 >むしろ靴下履く意味はなんだよ! 幸太郎さんの疑問にわたしは眉を寄せた。 「えぇ、だってつま先冷えるし…ほら、今も」 そういいつつ膝を抱くようにしてつま先を触る。 「あ。今はずっと冷えとるんやった」 すっかり自分の身体のことを忘れとった。 幸太郎さんがどことなく悲しげな顔をしとる気がする。 どやんすどやんす、なんとか場を和ませんと…。 「幸太郎さん、足あっためて」 「これでどうじゃ、こちょこちょこちょ~」 「あははははは!やめて、くすぐったか!あははは、笑いすぎて息、苦し…!」 「ゾンビィは息せんから平気じゃろがい! 「くふふ、言われてみればそうやね。ふふ、じゃあ息せんでも反撃できるってことやね!」 「やめ、やめんか、うひひ!脇腹は、うははは、やめんか!」 ふたりでしばらくじゃれ合っとると、ポカポカとつま先まで温まるような気分になるのでした。 >股下0cmくらいのニットのワンピースにオーバーニー 少しだぶついたニットのワンピに、オーバーニー。 だぶついてるので袖から出とるのは指先だけ、いわゆる萌え袖。 しかも大胆にパンツは履いとらん。幸太郎さんの部屋に替えの下着置いとるしよかよね? 「ネットで拾ったえっちな画像を参考にコーディネートしてみました!  幸太郎さん、どう?こやんか格好好き?」 幸太郎さんがいつもの腕組み体勢でわたしの身体を上から下まで見つめる。 どやんしよ、自分でやっといて恥ずかしくなってきた…。 「…毛」 「け?」 ニットに毛玉でも付いとったかな? 「毛が、はみ出とる」 幸太郎さんに言われて姿見を見ると、ニットの下からさくらの原野がこんにちはしとる。がば恥ずかしか! 「み、みな…さくらー!!」 ニットを必死に伸ばして隠そうとするわたしに変なスイッチが入ったのか、その夜の幸太郎さんはとても元気でした。 *********************************************************************************************** 271.幸さく 寝かせてくれない >えぇ…幸太郎さんが寝かせてくれない……んっ ゴールデンウィークを終えて一週間もまだ経っとらん。 それなのに。 部屋の中では荒い吐息と水音だけが響いてた。 「く…さくら、そろそろ…」 「うん、いっぱい出して!」 手首を握って、手のひらをグーパーしとるときの感触が似ている。 学校で聞いた噂が本当のことって知ったのはごく最近。 「…幸太郎さん、今日は流石に早く寝ないといけんよ」 「今週は4日だけだったからまだまだ余裕だ」 「でも…」 止めようとしたけど、ばってん幸太郎さんはまだ元気みたい。反り返るくらい。 早く出したら早めに寝てくれるとかな? それやったら頑張って搾り出さんといけんね。 …決してわたしがしたいからじゃなかよ? *********************************************************************************************** 272.ゆう愛 すーぱー見学 ゆうぎりはスーパーマーケットを歩くのが好きだ。 見たこともない野菜や果物、花街の常連が港町で食べたという魚介類、 どんな味か想像もつかない調味料、手軽に和洋中の料理が作れるというインスタント食品。 そのような珍しい品々を、老若男女が入り混じってごく普通に買い物を楽しんでいる。 それを眺めるのが好きで、こうして買い出しに付き合ってはブラブラと気ままに売り場を歩いて回っていた。 「今日はどのこぉなぁを見て回りんしょうか」 ふわりと鼻をくすぐるウィンナーの香りに誘われ、試食を頂戴する。 「あり?」 売り場を食い入るように見つめる仲間を見つけたゆうぎりは、 ウィンナーを売りつけようとするおばちゃんをひらりと華麗に躱し、彼女の近くへ向かう。 精肉コーナーを見つめる水野愛のもとへ。 「へぇ、一口に牛肉と言ってもこんなに名前が違うでありんすか」 「ゆうぎり。ひとりで何してるの?アイツは?」 「すーぱー見学はわっちの楽しみのひとつでありんすゆえ」 「そっか。珍しいものいっぱいだもんね」 「わっちの頃は肉というのはもっと臭みが強いものでありんしたゆえ、こちらで肉を食べたときは驚いたでありんす」 「ゆうぎりの頃だと、牛鍋とかももんじ屋とか?」 「ももんじ屋なんて、よく知っているでありんすな」 「おにくのことなら結構詳しいんだから、私」 愛がフフン、と自慢げに鼻を鳴らす。 「好きな物を知るのが大好きなのよ、私。だからアイドルについてもいっぱい調べたし」 「その気持ち、わかる気がしんす。わっちが花魁としての地位を得たのも、『知ること』が面白くて色々なものごとを学んだおかげでありんす」 「私たち、結構似た者同士なのかな?」 「あい」 どちらともなく、ふたりの顔から笑みがこぼれた。 「じゃあ、ゆうぎりにもおにくのこと色々知ってもらいたいな。内臓って昔はそんな食べなかったのよね?」 「そうでありんすな。薬や精をつけるときに食べるくらいでありんす。」 「それも『キモ』とか、『マメ』くらいよね?」 「あい。あとは心の臓も食べるとか」 「今はもっとたくさんの場所を食べるのよ」 愛は掲示された部位の表を指差す。 「『キモ』が『レバー』で『マメ』がキドニー。心臓は『ハツ』ね。あとは胃から腸なんかも食べるわ」 「え、胃が4つもありんすよ」 「草は消化しにくいから、胃をたくさん使ったり、飲んだあとまた吐き出して噛んだりするのよ」 「ヒェアアアアア…」 「そんな怯えなくても平気よ。どれも美味しいから。そうだ、今度アイツに焼肉かモツ鍋連れてってもらいましょ!アイツも精力つくだろうし」 「愛はん、そのようなことを大声で言うのは…」 「なんで?精力って元気のことよね?」 愛の心底不思議そうな顔に、ゆうぎりはニヤリと笑う。 「え、私なんか変なこと言った?教えてよ!」 「まぁ、そのあたりもおいおい知っていけばいいでありんす。『知ること』は面白いでありんすゆえ」 「ちょっと、待ちなさいよ!」 愛の疑問をひらりと華麗に躱し、ゆうぎりは別の売り場へ向かうのだった。 おしまい *********************************************************************************************** 273.さく愛 雨降って… 「愛ちゃん、起きて!」 「何よ、さくら。こんな朝っぱらから」 「よかけんが!」 言葉の意味はわからないけど、急かされたことがわかった私はいそいそとメイクと着替えを始める。 ランニング用の軽いメイク。手足はサポーターでカムフラージュ。 外に出ると、まだ昨夜の雨で出来た水たまりがそこかしこにある。 「足場最悪だけど、本当に行くの?」 「うん、ペース早めで!」 「転んだり轢かれたりしないでよ、さくら」 「任せんしゃい!」 一抹の不安を感じながら、私たちは朝の佐賀を駆け抜ける。 見晴らしのいい公園で、さくらが足を止めた。 「見て!愛ちゃん!」 「…わぁ…!」 ふたつの虹の橋が、佐賀の朝日に照らされていた。 *********************************************************************************************** 274.喧嘩はやめなんし >喧嘩はやめなんし! ゆうぎりさんがわたしの頬を叩く。 「えぇ…喧嘩しとるのわたしじゃなか…」 「あり、ごめんなんし」 そう、喧嘩しとるのは純子ちゃんとリリィちゃん。 「きのこの山です!あのプレッツェルの食感がわからないなんて…」 「たけのこの里だよ!下のクッキーがおいしいのに!」 今日のおやつを巡ってきのこたけのこ大戦争。 「ふたつ買えばいいでありんしょう」 「そんな金どこにあるんじゃい」 ゆうぎりさんの提案は幸太郎さんにあっさり取り下げられた。 でも、どやんすどやんす?このままやったらお店にも迷惑が…。 「幸太郎はん、ならなんとかしなんし」 「…きのこたけのこなど下らない。アルフォートが最強じゃろがい」 幸太郎さんの見事なヘイトコントロールで解散の危機は回避できたのでした。まるっ! *********************************************************************************************** 275.幸ゆう ジンギスカンキャラメル >わっちは現代のお菓子なら好き嫌いなく食べそうな花魁 「ほほう、それは本当かゆうぎり」 洋館で、晩酌に付き合っているときの雑談であった。花魁としてのゆうぎりであれば、 危機を察知して回避しただろう。しかし、ここはすでに彼女にとって自宅であり、幸太郎も客ではなく身内。 つい対抗意識を燃やしてしまったのだ。 「えぇ、わっちの時代の菓子に比べたらこの時代の菓子はなんでも美味しいでありんす」 「では、不味かったら俺の言うことをなんでも聞け」 「…いいでありんすよ」 ニヤリと笑った幸太郎が取り出したのは…ジンギスカンキャラメル。 「ジンギスカンとはなんでありんす?」 「羊の焼肉だ。いいから食え」 珍妙なものを…。躊躇しながらもゆうぎりが一粒つまむと、 口に溢れ出す冷めた油っこさと醤油で炒めた玉ねぎの香り。 ジンギスカンキャラメルの味はジンギスカン鍋の縁に溜まった残り汁の味なのだ。 「ぎぶあっぷでありんす…」 そう宣言したとき、巽はすでに眠っていた。 翌朝、巽が目覚めると顔にデカデカと『意気地なし』と達筆な落書きが残されていた。 *********************************************************************************************** 276.憂鬱な休日 >フランシュシュが丸一日屋敷でダラダラするだけの話でも多分面白いでありんすよ 今日のゾンビランドサガは!丸一日オフ!みんなでお出かけして、お買い物して、それからそれから! 「って思っとったのに、持っとらん…」 外はごうごう風の音。窓ガラスをビタビタと雨が叩く。 「雷は鳴らねーみてぇでよかったな、愛」 「もう平気だってば!」 「ねぇ、ひまだよー!リリィあそびたいー!」 「そうですね…トランプでもあればいいのですが」 「わっちとらんぷ知らないでありんす」 「いいよ、説明も暇つぶしになるもん」 そう言ってリリィちゃんはトランプのルールを説明する。実物はなかやのに。 「ヴー」 「たえちゃん、もうお昼寝すっと?…わたしもやることなかけん、寝よっかな…」 「それもありね…私もなんだか眠くなってきちゃった」 そんなこんなでダラダラしてたら、お休みはいつのまにか終わっていた。持っとらん。 *********************************************************************************************** 277.幸さく 母の日 「お待たせ、みんな~。シチューはお鍋に入っとるけん、自分でよそってね!」 わたしがサラダボウルをもって食卓に行くと、テーブルに見慣れないものが。 「珍しかね、お花飾るなんて」 白い花瓶には6輪の真っ赤なカーネーションが活けられていた。 そういえば、今日は母の日やったっけ。でも、お母さんって誰っちゃろ? 「ヴァウア!アウィガト!」 「さくらちゃん、いつもありがと☆」 「たえの提案ばい。母の日ありがとな、さくら」 「えぇ、わたしでよかと…?ゆうぎりさんや純子ちゃんのほうが年上じゃ…」 「私が悩んでいたとき、さくらさんが話を聞いてくださったじゃありませんか」 「それに、わっちは母親というものがよくわかりんせん」 「えぇ…ゆうぎりさんさらっと重い…」 戸惑うわたしをゆうぎりさんと純子ちゃんが椅子に座らせた。 「まぁ、花贈るだけで結局ご飯作ってもらっちゃったけど。はいこれ、さくらの分のシチュー」 シチュー皿にはお肉が多めに盛られたシチューが。 「今日はご飯当番やったけん、当たり前のことしただけでみんなもお掃除やお洗濯してくれとるし…」 「まぁまぁ、細けーこたぁいいから、祝われとけって!」 サキちゃんに背中をバシバシと叩かれる。 改めて、カーネーションを見る。 …そっか。わたしってそやんか感謝されるようなこと、出来たんだ。 みんなにがばい綺麗なお花を贈ってもらえるくらい。 そう思うと、胸がいっぱいになって、気がつくと涙が零れていた。 「わりぃ、強く叩きすぎやったか!?」 「ヴァウア…」 「だいじょうぶ、ちょっと、嬉しかっただけやけん…」 「さくらさん。私たちはこれから花束や花輪をたくさん頂く予定なんですから、今のうちに慣れてくださいね」 「そうよ、武道館ライブなんてこの何十倍、何百倍も贈られてくるんだから。  6輪でそんなに泣いてたらミイラになっちゃうわよ」 みんなに励まされて食べたシチューは味見したときよりちょっとしょっぱい気がしたっちゃけど、 自分で作ったとは思えんくらい、美味しか味がした。 みんなに洗い物を任せて、わたしは『一番浴び』の権利を満喫していた。 水浴びやけん、最初だからってなんか変わるわけやなかやけど、なんとなく嬉しか。 身体を拭いとるときにふと気付く。 そういえば花瓶のお水って誰か換えてくれたとかな。 お皿片付けたときにそのまま置いてあったけん、誰も気付いとらんかも。 お水を換えてくれてても、みんなから貰ったものやけん、 綺麗なうちに眺めていたい気持ちもあって、わたしは早足で食堂へ向かう。 食卓の上には、まだ花瓶が飾られとった。 「あれ、1輪増えとる…?」 1,2,3…なんど数えても7輪。 こやんか時間に花が増えとる理由。思い当たるのはひとつだけ。 「ありがと、幸太郎さん」 「…なんで俺が隠れとることがわかったんじゃい」 「うわっ、ビックリしたぁ…。わたし独り言言うとっただけですよ」 幸太郎さんが明らかに『しまった』という顔をした。 「あー、ゴホン」 芝居ががった仕草で、幸太郎さんが仕切り直す。 「ゾンビィ共がコソコソしてて気になってな。お前にはたえの面倒を見てもらったり世話になった面もある。  まぁ、トータルで言うと俺のほうが世話してやっとるんだがな!」 いつものように踏ん反り返って幸太郎さんが叫ぶ。わかっとるよ、それが照れ隠しなのは。 そう言いたげな態度に、戸惑いながら幸太郎さんはわたしの頭に手を伸ばし、 鷲掴みにして、そのままグラグラと揺する。 「…いつも『母さん』役をありがとな」 「わたしが好きでやっとることやけん、気にせんで。『お父さん』」 「…そりゃどっちの意味じゃい」 「どっちって、どれとどれ?」 「それはお前…。だーもー!ええわい!」 ずんずんと大股で歩いていく幸太郎さんの背中を見て、父の日にはみんなで蝶ネクタイを贈ろうと決めた。 おしまい *********************************************************************************************** 278.幸さく しゃっくり 「ヒック」 今回のゾンビランックドサガは!さくらのしゃっックりが止まらん話でックす。 「やべーな、さっきからもう何分も出っぱなしやろ?」 「うック、うん」 練習中にしゃっックりが出始めックたので休憩を取ックてもらったとやけど、全然止まックらん。 「100回出たらお陀仏でありんすな」 「私たちもう死んでますけどね…」 「古典的な方法だけど、驚かせると止まるって」 「ヴァアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」 「ぎゃあああああああああああああああ!!」 「愛ちゃんが驚いてどうすんだよ…。さくらちゃん、止まった?」 「あ、止まったかもック、ダメみたい」 はぁ、こんなこックとで練習止めちゃックうなんて持っとらックん。 「さくらさん、息をせずにこのお水を飲んでください」 「では、腰に手を当てて」 言われるックがまま、わたしはペットボックトルを持った。 「行きますよ。そーれ!」 「「一気!一気!一気!一気!一気!一気!一気!一気!一気!一気!」」 「ちょっと!今は一気飲みコールは問題になるからダメよ!」 「ハァ?めんどくせー。ダメなもん多すぎっちゃろ」 「ヴァウア?」 「ヒック、いけん、止まらん…」 「しゃっくりって何が原因でありんす?」 「たしか、ハラミよね?原因は」 「え!?昨日はちゃんとゴム付けとったよ!?」 「もー、愛ちゃん。横隔膜って言わないと…え?」 「昨日、巽さんのお部屋で何をしてらしたんですか…?」 あまりのビックリにさくらのしゃっくりどっか行っちゃった!これにて一件落着! *********************************************************************************************** 279.幸愛 信頼 >その信頼を書きなんし! 「なんじゃ、愛。サボりか」 「誰がこんな朝早くからサボるのよ!朝の体操で体ほぐしてたのよ」 今この館で起きているのはふたりだけ。 ほかに起きているものといえば庭に飛んできた小鳥程度である。 「朝食、うちで食べないならコンビニで買ってもいいから食べなさいよ」 「オカンかい、お前は」 肩を怒らせながら、巽はズンズンと車庫に向かう。 だが、二、三歩進んだところで足を止めた。 「どこに行くか、聞かなくていいのか」 「仕事でしょ?それ以外にアンタがこんな早起きするわけないもの」 「…チッ」 舌打ちをひとつ残し、巽は再び歩き出す。 愛は、ため息をついた。 「いい加減、無理に嫌われようとするの諦めればいいのに」 *********************************************************************************************** 280.幸純 魚釣り 「ハァ…巽さん…」 純子が切なくため息をつく。その手には竿が握られていた。 「どうして、こんなもの…」 ウィンウィンとモーターの音が鳴る。 「まぁまぁ、純子ちゃん。そやんか落ち込まんで。これも楽しかよ~」 くるくると回る円盤の中で、プラスチックのカラフルな魚が口を開け閉めしている。 ゾンビィたちの手にも、同様にカラフルなプラ製の釣り竿。ぶら下がっている餌もプラスチックだ。 「ヨッと!」 サキが勢いよく竿を振り下ろす。 カツン。餌は無慈悲にも魚の口に弾かれた。 「かーっ!惜しか!」 「きっと、私のようなお子ちゃまにはこんなおもちゃで十分と言いたいに違いありません…」 純子が顔を両手で覆い、わっと泣き声を上げる。その背中をさくらが優しく撫でた。 「たつみ、そこまで考えてないと思うなぁ」 リリィが呆れたように呟いた。 きっかけは数日前。ゴールデンウィークに開催されたイベントの景品で、 余ったものを巽がイベント開催者の好意で頂いてきた。 巽としては日用品の補充が目的であったが、そのような景品は開催者の奥様方にすでに奪われ、 おもちゃ屋でホコリを被っていたようなおもちゃしか残っていなかった。 「だからって、『純子、お前に渡したい物がある』なんて思わせぶりなこと言わなくてもいいじゃないですか…」 「アイツ、真面目な声出すと無駄にかっこいいから質悪いのよね…」 「でもホラ、幸太郎さんやって悪気あったわけやなかよ?  みんなに割当たるようにちゃんと2台持ってきてくれとるし…」 「そうですね。…『皆さん』喜んでますもんね」 「ヴァー!!」 「たえちゃん釣れたと?偉かね~」 「なぁ、たえ。どやんしたら釣れっとや?」 「ヴー」 「こうか?お!釣れた!すげぇなたえ!」 「ヴフフ」 そう、みんな喜んでいる。だが純子の心は晴れなかった。 『皆』ではなく、『私』を喜ばせてほしかったのに。そう考えてしまう自分に、またひとつため息をついた。 「純子、珍しいわね。釣果なしなんて」 「そうですね…。本物とは勝手が違いますから」 「たしかに、これは動体視力がモノを言うゲームよね。そこ!」 カツン。餌は無慈悲にも魚の口に弾かれた。 「なかなかやるじゃない…!」 「純子はん」 「はい?」 「このげぇむは本物の釣りとは勝手が違いんす」 「えぇ、私今そう言いましたけど…」 「このげぇむで大事なのは、自分から動くことでありんす。餌と同一化して魚の口に飛び込む心境で…」 ゆうぎりの姿はまるで、涅槃から蜘蛛の糸を垂らす菩薩のように神々しかった。 「さすが姐さん!」 「ゆぎりんカッコイー!」 カツン。餌は無慈悲にも魚の口に弾かれた。 「あり?」 「ドンマイ、姐さん…」 そうか…。私は今まで待つ女だった。いえ、違う。『アイドル』の紺野純子は決して待つ女ではなかった。 純子の心に、晴れ間が差した。 「巽さんは、きっと『自分から飛び込んでこい』ということを伝えるためにこのおもちゃを…」 「たつみ、そこまで考えてないと思うなぁ」 リリィが呆れたように呟いた。 「飛び込むような心境で…」 純子が餌を垂らす。 パクリ。魚が見事に食らいついた。 「きゃっ…!釣れました!私にも釣れましたよ!」 「純子ちゃん釣れたと?すごかね~」 「わっちのあどばいすのおかげでありんすな!」 「ゆぎりんかっこわるーい」 「お前ら!いつまで遊んどるんじゃい!いい加減お片付けしなさい!」 「オカンかよ」 「あの…、巽しゃん!」 純子は巽に駆け寄ると、両手で釣り竿を差し伸べた。 「その…一緒に、釣りしませんか…?」 「なんで、俺がお前らのお遊びに…」 「あ、たつみ逃げる気だ」 「まぁ、一匹も釣れんやったらダセェけんな」 「ふたりとも、そのへんにしときなさいよ。アイツだって純子にかっこ悪い所見せたくないのよ」 ニヤニヤ笑いのゾンビィたちに、巽の眉がピクピクと動く。 「フン!こんなおもちゃなんてなぁ!この巽幸太郎の手にかかれば!」 カツン。餌は無慈悲にも魚の口に弾かれた。 「今のは、練習!練習ですゥー!…純子、お前一匹釣っとるじゃろ。コツ教えてくれ」 「えっと、コツはですね…」 肩を寄せコツを教える純子を、ゾンビたちは生暖かく見守った。 *********************************************************************************************** 281.乾さく 文章力 「ハァ…小論文か…」 「乾くん、どやんしたと?」 「志望校探してたんだけど、どこもかしこも小論文、小論文…。俺文章力ないんだよな…」 「大丈夫だよ、乾くんなら。まずは自信持たんね!」 源さんが、いつもの笑顔を見せてくれた。 「自信あったらなんでも出来るっちゃ!あ、でも倒れとるおばあさん見つけたら救急車呼んだ方がよかよ!」 「え…?なんの話…?」 … 「しまった、うたた寝していたか…」 俺の肩に誰かが毛布をかけてくれたらしい。 テーブルの上には、書きかけの歌詞といつのまにか置かれたコーヒー。 「うーん、ケーキ、もう食べれんよ…」 ソファのあたりからベタな寝言が聞こえて来た。 「ったく、寝坊すけゾンビィが」 伸びをすると、俺は歌詞の続きを考える。まずは自信を持つこと、か。 *********************************************************************************************** 282.ねこゾンビさんとドット編み 「みぃ?」 なにを作っていらっしゃるのですか? ねこゾンビの純子さんが飼い主さんに紅茶をおとどけすると、なにやら夢中で作業中。 「にゃー」 飼い主さーん。 「どわっ!純子か」 飼い主さんは急いで編み物道具を片付けます。 毛糸玉はねこゾンビにとっては格好の獲物。 放っておけば純子さんはいつの間にやら毛糸に絡まることは火を見るより明らかです。 「まぁいいか。ちょうど完成したところだ」 飼い主さんが作っていたのは、編み物で出来た純子さんの似顔絵でした。 「モチーフ編みというのがあるらしくてな。ちょっと作ってみたんじゃ」 「にゃおーん!」 あまりの嬉しさに、純子さんは飼い主さんの胸に飛び込むと、 ありがとうの気持ちを込めてそっとほっぺたにキスをしました。 *********************************************************************************************** 283.幸さく エール >わっちはHPを作ったことも管理したこともないので上手く出来るか不安でありんすが… 「幸太郎さーん、コーヒー飲む~?」 おっと、作業に没頭しすぎた。時計を見ると、思った以上に時間が過ぎていた。ここらで一息つくのも悪くない。 「おう、茶菓子は用意しとるじゃろな?」 「こやんか時間にお菓子なんて食べたら太リますよ?」 「空きっ腹にコーヒーは胃に毒じゃろが。いっつもいっつも人の胃心配しとるくせにダブスタゾンビィめ」 「ミルクたっぷり入れとるけん、胃によかよ?」 「俺はブラック派だと言っとるのに…」 「何しとったと?」 「公式サイトの更新じゃい。ほれ、なんとBGMが鳴るのだ!」 「わぁ…すごか…」 鳴り響くmidiサウンド。俺の技術力にさくらは開いた口が塞がらないようだ。 「こんな夜遅くまで作業しとる幸太郎さんに応援のひとつでもせんかい!」 「えぇと、じゃあ…。がんばれ♡がんばれ♡」 俺の乾がものすごく元気になった。 *********************************************************************************************** 284.幸さく おっぱい揉む >おっぱい揉むくらいが限界でありんす! 胸を揉む。えっちなビデオを見とるときにわたしが確実に飛ばしたところ。 だってこがんもん邪魔なだけやし、友達とふざけて触りあってもなんも感じんし。 男の人を喜ばせるだけの演技パート。 そう思っとった。実際触られるまで。 ばってん、今は違う。 幸太郎さんの手持ち無沙汰な手を、わたしの胸に押し付ける。 温か感触が胸を包んで、ふわふわした気持ちになる。 「幸太郎さん、わたしの胸、気持ちよかと?」 「お、おう…」 何度触らせても、最初はちょっと手が強張っとるのがやーらしかね。 「もっと、思い切り触ってよかよ…」 幸太郎さんの手に手を重ねて、ふにふにと自分の胸を揉む。 幸太郎さんが、強く胸を掴むとゾクゾクと背筋に電流が走る。 好いとー人に触られるとこんなに気持ちいいなんて、気付けたわたしは持っとるかもしれん。 *********************************************************************************************** 285.幸さく 冷え冷え抱き枕 >暑い日にゾンビィは最高の冷え冷え抱き枕と聞く 「というわけでゾンビィ1号改め抱き枕1号です!」 さくらがビシッと敬礼する。 「プロデューサーに無断で改名とはよか度胸じゃのお」 「フランシュシュは大成功やったし…よかよね?」 「言い訳あるかーい!アイドルが抱き枕なんて枕営業もいいとこじゃろが!」 「じゃあ、源さくら改め源まくらで…」 「貴様ーっ!源さんを愚弄するかーっ!」 「えぇ…急に乾くんになられても…」 「ハァ…叫んだらなんか熱くなって来たな…」 「わたしの身体、冷えとりますよ?」 「どれどれ、こりゃいいヒンヤリ具合じゃのお」 「ねぇ、今日うっかり幸太郎さんのベッドでうたた寝してよかかな?」 「俺もそんなさくらを見張っとったらうっかり居眠りするかもしれんな」 ふたりは結局熱い夜を過ごすのでした。まるっ! *********************************************************************************************** 286.幸さく 性交禁忌の日 >ちなみに今日は性交禁忌の日でありんす 「今日はえっちしたらいけん日やって」 「危険日か」 「違います!そういう記念日やってゆうぎりさんが…」 「危険日も記念日も一緒じゃろがい!というかお前もう服脱いどるじゃろが!」 「幸太郎さんも固くなっとるよ。でも今日は入れたらいけんよ」 さくらは俺の乾を軽く握り、その上に跨る。 「『素股』やったら入らんけん、よかよね。初めてやけん、気持ちよくなかったら言うてね?」 ローションを馴染ませながらさくらは言う。 ぬちゅ、ぬちゃ。 腰のグラインドに合わせて、ローションがいやらしい水音を立てる。 ぐちゅ、ぐにゅ。 「いけん、これもどかしか…。入れてよかかな?えっちなビデオやったらうっかり入る流れやったし…」 「ま、まて!記念日はどこに…」 にゅるり。擦りつけられるのとは明らかに違う感触に俺の乾は狂喜した。 *********************************************************************************************** 287.ミズラ 『前回のゾンビランドサガは!  原始肉弾によって平成紀の伝説のアイドル、ミズラが大復活!  どやんすどやんす~!?  目覚めたミズラは手始めに高島を縦断すると、国道202号線を南下!  ドライブイン鳥で焼肉をお腹いっぱい頬張りました。  愛ちゃん、よかったね!  満腹になったあと、何故か佐賀市に向かって一直線!  ミズラはこの放送を送っておりますサガテレビに向かって進んで参りました!』 「ナンナノォー!」 『もうサイリウムを振る時間もありません!我々の命もどうなるか!  …もう死んどるけどね!  ますます近づいて参りました!いよいよ最期です!  右手をこちらに振りました!今の絶対わたしに振っとったよね?がばすごいやーらしかです!  さようなら皆さん!さようなら!』 「ナンナノォー!」 「なんじゃい、サガジェンヌデストロイヤーって。俺には全然わからんな」 とぼけた言葉とは裏腹に、巽は純子に抗議の視線を送る。純子は思わず目を伏せた。 「たつみ、なんで誤魔化すの?」 「巽さん、貴方との約束を破りました。リリィちゃんに全部話したんです。…ごめんなさい!しくしく。。。」 「リリィ、純子からサガジェンヌデストロイヤーのことを聞いたなら俺が何故使わないかわかるだろう。帰れ」 「待ってたつみ!」 「巽さん!キャーッ!」 (このへんでラッキースケベ) 『とーおくーわたしはー♪』 テレビから不意に歌が流れる。少女たちの希望を願う歌が。 「リリィ、お前たちの勝利だ」 純子に鼻血を拭われた巽は立ち上がり、戸棚からフランスパンのようなものを取り出した。 サングラスの下のその目には、先程までの厭世感はなく、覚悟に満ちあふれていた。 「ただし、俺の手でサガジェンヌデストロイヤーを使うのは今回の一回限りだ」 「巽さん…」 「えー、これからー!グラサンが、愛…やなくて!ミズラにサガジェンヌデストロイヤーをぶち込みます!  サガジェンヌデストロイヤーってのは、えー…以上です!」 報道リポーターの声が響く中、巽とリリィは慣れぬ潜水服に着替える。 水中に眠るミズラにサガジェンヌデストロイヤーを作用させるために水中起爆以外の方法はなかった。 純子、ゆうぎり、たえが見守る中、ふたりは水中に潜っていく。 水中では腹を満たしたミズラが花を満開にして横たわっていた。 一歩一歩確実に、ふたりはミズラに近付く。起爆範囲に入ったとき、リリィが一足先に浮上した。 「え、リリィ、おま「たつみぃぃぃぃぃーーーーーーー!!」」 ミズラが目を覚ますと同時に、リリィを先に戻らせた巽はサガジェンヌデストロイヤーを起動する。 みるみるうちに、ミズラの身体は骨と皮だけの貧相ボディに、太ももは相変わらずむちむちになっていった。 「全員、礼!あざーーっす!!」「うっせ」 「あれが最後のあいどるとは思えないでありんす。またいつか、第二、第三の伝説のアイドルが…」 いつまでも帰らぬ巽を思い、彼女たちは海を見つめていた。 終 *********************************************************************************************** 288.ねこゾンビさんと飼い主さんの宝物 >su3075217.png 近頃の飼い主さんは、手帳の裏に何かをかくしておいでです。 手帳の裏を覗き込むときはとても幸せそうな笑顔を浮かべておりました。 「つまり、私の動体視力で暴けってこと?」 …いえ、そのような、不躾なお願いは…。 「じゃ、おことわり。ハッキリしないおねがいは受けない主義なの。純子もハッキリすれば?」 努力します、と私の口からまたモヤモヤが溢れ出ました。飼い主さんが心の支えにしているものはなんでしょう。私であってほしい。 …でも私じゃないのなら。逃げる?壊す?奪う? 私は何をしたいのだろう。 「なにしとるんじゃい、純子」 「にゃー…みぃ」 「あぁ、この写真か。最近の俺のエネルギー源だ。よく撮れているぞ、お前の寝顔」 反射的に取り返そうとする純子さんを飼い主さんはヒラリ回避。 「この写真には俺の宝物が写っとるんじゃ、誰にも渡さんぞ」 笑いながら、飼い主さんは手帳を(彼なりに)丁重に机に置くのでした。 *********************************************************************************************** 289.幸さく セックスレス >サキちゃん以外のドスケベが少ないからなんとかしたいと思ってアドバイスを聞いたんだけど 「乾くーん、聞いたー?」 「本名で呼ぶのやめんかい…」 「だって幸太郎さん、わたしたちセックスレスみたいらしいですよ」 「他所は他所、うちはうちですゥー。というかお前…」 「うん、ちょっとムラムラきちゃったと。キスだけでよかけん、して?」 「しょうがない奴め…」 巽の舌を招き入れたさくらの口が、巽の舌を舐め回す。 波打ち、擦り付け、絡まり、離す。 離れたときには、唾液の糸がふたりの口を繋いでいた。 「幸太郎さん」 「まだなんかようかい!」 「元気になっとりますけど、大丈夫?わたしこの後暇やけん手伝ってもよかよ?」 「…わかった。そこまで言うなら付き合ったるわい」 今の俺の上半身には諦めが、下半身には情念が詰まっていた。 *********************************************************************************************** 290.乾さく 目つき 「…乾くん、怒っとーと?」 「え、全然?」 源さんが、どこか恐る恐る俺に声をかける。こうして話せるだけで嬉しさで胸がいっぱいなのだが。 ニヤケヅラを抑えると怖い表情になってしまうのだろうか…。 口元の辺りを探るようにさすってみる。 「うぅん、口やなくって、目」 「目?」 「うん、なんかね、睨まれとるとかな…?って思っちゃって」 「あぁ、今日はなんか黒板が見辛くって」 「えぇ、大変!」 源さんが俺の顔を両手で掴み、じっと目を覗き込む。 ゴクリ、とツバを飲んだあと、その音を聞かれていないか不安になった。 「うーん、充血はしとらんね…。視力落ちた?」 「え、あぁ…そうかも」 源さんが安心したように微笑んだ。…早めに眼科に行って視力検査を受けに行こう。源さんを心配させないように。 *********************************************************************************************** 291.幸リリ エンジン音 「ブブゥーン!キュラキュラキュラー!」 「たつみ、季節外れの暑さでついに壊れたの?」 リリィは呆れてため息を吐いた。 昼ごはんが出来たので呼びに来てみれば、いい大人がブルドーザーのミニカーで遊んでいたのである。 「完全にお仕事のしすぎだよ、休んだ方がいいって」 「そんなことを言っていていいのか?身体は正直なようだが…」 巽はリリィの視点に気付いていた。そう、巽が持っているのは以前リリィが欲しがっていた食玩。 安売ワゴンに入っていたのをなんとなく買ってしまったが、手渡す機会を失っていた。 これを機に渡すつもりであったが、遊んでみると存外楽しい。ついつい童心に帰っていた。 「ブブゥーン!」 「もー!たつみのエンジン音ヘタクソ!それじゃ乗用車だよ!重機はもっとお腹に響く低音なの…ドルルルル!!」 「さすが天才子役!やるな!」 「オラ!ちんちく!グラサン!遊んどらんで早よ来んね!飯が冷めるやろが!」 「「はーい」」 しびれを切らして呼びに来たサキに、小さな子供と大きな子供はふてぶてしく返事をするのだった。 *********************************************************************************************** 292.たえさく 控室 ここはデビューしたてのアイドルグループ、フランシュシュの控室。 ピリピリとした空気の中で、メンバーは各々バラバラに行動しています。 鏡を見たり、目を閉じて自分の世界に入ったり、雰囲気にどやんすどやんすしていたり。 ポツンと置かれた個包装のお菓子に手を伸ばす人は誰もいません。 いえ、ひとりいました。たえちゃんです。たえちゃんはお菓子をひとつ摘まむと、袋を力いっぱい…。 「た…、0号ちゃん!いけんよ!」 間一髪、さくらちゃんが止めに入ります。もしも止めなければお菓子は明後日の方向に飛んでいったでしょう。 アンデッドパワーキンジラレタチカラ。 さくらちゃんはたえちゃんからお菓子を受け取ると、ピリッと優しく開けました。 「はい、たえちゃん。食べて」 「ヴァーウ!」 たえちゃんは大きく口を開けると、さくらちゃんの手に食らいつきます。 さくらちゃんは思わず恐怖で目を閉じました。 恐る恐る目を開くと、たえちゃんは器用にお菓子だけをかじり取っていました。 慣れれば大型犬みたいでやーらしかね。さくらちゃんはそう思い始めている自分に驚きました。 一年後。ふたたびフランシュシュの控室。 最終確認を終えたメンバーは、先程までの凛とした空気から一転。今は楽しそうに雑談をしています。 置いてあるお菓子には、誰彼構わず手を伸ばします。もちろん、たえちゃんも。 たえちゃんはお菓子の袋をピリッと優しく開けました。 そう、今のたえちゃんはアンデッドパワーを我が物としたのです。木綿豆腐をお箸で摘めるほどに。…絹ごし豆腐は、まだ練習中ですが。 「ヴァウア、タヴェテ」 「うん、ありがとね!たえちゃん!」 さくらちゃんがたえちゃんから受け取ったお菓子を食べました。 「タヴェテ」 食べ終わる頃には、すでにもう一袋たえちゃんが開けていました。 「ありがとう、でも食べ過ぎたら太るけん…」 「そやんかこと言って嬉しそうな顔しとるぞ、さくら!腹減っとーとやろ?」 「え、サキちゃん、ちが…。たえちゃんが器用になったなぁって思っただけやけん…」 「タヴェテ」 一年前に比べて、控室が随分賑やかになったことに気付いたさくらちゃんは、その変化に驚くのでした。 *********************************************************************************************** 293.幸さく 幸太郎推し >さくらはん!幸太郎はん推しになりなんし 「幸太郎さんはアイドルやらんと?」 不意にさくらが聞いてきた。 「何をアホなことを…」 「だって幸太郎さんの仮歌上手かやしダンスも出来るし、イケメンやけん」 なんだ、この誉め殺しは。 俺の頬がみるみる熱を持つのを感じる。 「俺は、表立って活動するタイプではない」 何より、俺のような人間が光り輝くステージの主役になるなど、烏滸がましい。 ぷに。さくらが俺の頬を突っつく。 「幸太郎さん真剣に考えとる~。冗談のつもりやったんに、本気で考えとった?やーらしか!」 「さくら、お前なぁ…!」 「デビューしたら、きっとわたし、独占欲でネガティブスパイラル起こしちゃうけんデビューしたらいけんよ?」 「そもそもデビューせんと言うとるじゃろがボケゾンビィ!」 さくらの頭を拳でグリグリしてやる。大体、お前たち以上のアイドルなんておるわけなかやろが! *********************************************************************************************** 294.幸さく お題:「タイミング」「知らんぷり」 タイミング。それは人生で大切なもの。そして、わたしをいつも苦しめるもの。 「ふぎゃ!」 背中に衝撃を受けて、わたしは悲鳴を上げた。 「何やっとんじゃいどんくさゾンビィ。こんなとこでボーっとしくさりよって!」 「いきなりドア開けたの幸太郎さんじゃなかですか!せめて謝ってくれても…」 「ケッ!なーんで俺がゾンビィ程度に頭下げにゃならんのじゃい!」 顎を突き上げ、大股で去っていく幸太郎さん。 ミーティングで『作曲中だから部屋の近く通るときは静かにするように!』って言っとったの自分やろが。 あれ?でも階段降りてっちゃう。どやんしたっちゃろ。 「作曲、終わったとですか?」 「…物置の整理じゃい」 「なんで今…」 「俺がいつなにしようが俺の勝手じゃろがい!お前の許可がいるんかいやいらんじゃろがい!」 「…幸太郎さんって、テスト前にお部屋の掃除始めちゃうタイプ?」 「ボ、ボケェ、俺は普段から勉強も掃除もキッチリやるタイプに決まっとるじゃろが」 わたしたちの住むお屋敷には無数の部屋があって、わたしはまだ全部の部屋を見たことがない。 「ゲホッ、ゲホッ、ウェッへェ!」 「幸太郎さん、マスクせんと…っくしゅん!」 …というのも、物置部屋のなかにはこやんかふうに埃が積もっとることがよくあるせい。 「おい、さくら雑巾頼む。俺はハタキと掃除機を持ってくる」 「はい!」 …あれ、なんでわたし手伝わされとるっちゃろ…。 まぁ、お屋敷が綺麗になるけん、細かいことは気にせんでよかよね。 バケツと雑巾を持って物置部屋に行くと、幸太郎さんが掃除機のホースを伸ばしてポーズを取っていた。 「なんばしとーと?」 「男の子はな、長い棒を持つとかっこいいポーズを取りたくなるんじゃい」 「ふーん」 「男のロマンのわからんやつめ!」 そやんかこと言われても、男の子の友達なんて乾くんくらいやけん、仕方なかっちゃろ。 乾くんは真面目やけん、そやんかポーズ取らんと思うけど。 高い棚の上のホコリは幸太郎さんにハタキで落としもらって、 その間にわたしは棚のなか所に掃除機をかける。 古か建物やけん、床がちょっとデコボコしとって躓きそう。注意せんと。 ガッ。いけん、言ったそばから出っ張りに躓いた。 しかも、このままのコースで転べばバケツをひっくり返しちゃう。 一か八か!わたしは無理矢理体をひねる。足首が嫌な音を立てるけど、ゾンビやけん平気。 「わっとっとっと…」 棚にぶつかりかけたわたしを間一髪、幸太郎さんが抱きとめる。 「何大騒ぎしとるんじゃい、ドジっ子ゾンビィ」 マスクを外して幸太郎さんが怒る。その頭の上に、さっきまでハタキをかけていた箱が落ちてきた。 ポコン。箱は幸い空き箱で、幸太郎さんの頭にちょっと衝撃を与えるだけで済んだ。 ただ、わたしの額にはやわらかなあたたかさが伝わってきた。 「さくらちゃーん、たつみー。どこー?…あ!…この部屋には誰もいないみたい。リリィ向こう探そっと」 わたしたちを探しに来たリリィちゃんは、天才子役らしからぬ棒読みで去っていく。 タイミング。それは人生で大切なもの。そして、わたしをいつも苦しめるもの。 *********************************************************************************************** 295.幸純 芋づる >なんでわっちは一瞬芋づると見間違えたんでありんしょうな… わたしは糸甘野糸屯子、小学二年生です。 きょうは、学校の畑に植えたじゃがいもをほりました。 いっしょうけんめいお水をあげていたので、こんなに大きくなってうれしいです。 大きすぎて、わたしが「うんしょ、うんしょ」とひっぱってもぬけません。 おさななじみの幸太郎くんが「ぼくにまかせろ」というのでおねがいすると、 じゃいっとひといきにぬいてくれました。 しょうらい幸太郎くんのおよめさんになったときも、 ちからしごとは幸太郎くんにおねがいしたいなぁと思いました。 そのあと、だんしゃくいもとメイクイーンをみんなでふかしてたべました。 幸太郎くんにわたしがふかしたおいもをあげると 「おいしいおいしい」とじゃいじゃいたべてくれたので、 しょうらいのふうふ生活もばっちりです。 はやく、おとなになって幸太郎くんのおよめさんになりたいと思いました。 おしまい *********************************************************************************************** 296.幸たえ 覚醒 >そういえば最近たえ先輩は覚醒しとりんせんな 「乾くんがあんましやるなー!つったんじゃーん」 「いや俺は酒量を抑えろとしか…」 「酒量イコールあたしの本性、本質!この腹にはアルコールが詰まってんのよ!」 ぺしーん!とスレンダーな腹を叩く。 「先輩、しまってください」 「なぁに?乾くんドキドキしちゃった?お姉さんのヘソチラに」 「いえ、みっともないんで。本当にみっともないんで」 「マジトーンじゃーん!凹むわぁ…。さーくらちゃんに甘えてこーよぉっと!」 「先輩!せめてブレスケア飲んでリステリンでうがいしてください!酒臭いので!」 俺の忠告を無視し先輩は廊下をスタコラサッサ。 翌日、さくらから『たえちゃんが間違って飲まんようにお酒の隠し方を厳重に』と 査察が入り、先輩の酒どころか俺の酒も没収された。 さらば、俺の晩酌タイム。 …外に飲みに行くには心許ない財布を見つめ、俺はため息をつくのだった。 *********************************************************************************************** 297.幸純 ゾンぐるみ 私はもこもこん野純子。見ての通り、ゾンぐるみ。 巽さんの机に座り、今日も彼を眺めています。 その真剣な眼差しは、サングラス越しでもわかります。 その目でもっと私を見て。そんな風に思うけれど。 私はしがないゾンぐるみ。見てても楽しくありません。 もっとおかしなポーズだったら。もっと優しい笑顔だったら。 貴方はもっと見てくれたかも。 けれども私はゾンぐるみ。動くことは出来ません。 不意に、貴方の指がこちらに伸びて、頭を優しく触れられました。 「お前が見張ってくれていると、手を抜くことが出来ないな」 ふふっと小さく声を上げて、彼は私に微笑みました。 私はもこもこん野純子。見ての通り、ゾンぐるみ。 巽さんの机に座り、今日も彼を眺めています。 巽さんが、お仕事を頑張れるように。 *********************************************************************************************** 298.幸さく キスの日 カップに手を伸ばし、傾ける。…なんだ、もうコーヒーが入っていないではないか。 コーヒーポットを持ち上げると、嫌な予感がした。 案の定、ポットの中も空である。…そういえば夕飯のとき、ついでに淹れようと思って忘れていた。 仕方ない。台所に行って淹れてくるか。ため息を吐きつつ階段を降りる。 台所では、エプロン姿のさくらがひとり、流し台に立っていた。 「なんだ、お前ひとりか?」 「うん、今日はそうめんやったけん、洗い物少なかよ」 「ほーん」 コーヒーメーカーにポットを置いて、水とコーヒー粉を用意する。 スイッチを入れたが、ドリップまでは時間がかかる。 喉の渇きに耐えかねて、俺はカップに牛乳を注ぎ、椅子に座って一息ついた。 「そういえば幸太郎さん、今日何の日か知っとーと?」 カレンダーにちらりと目をやる。今日は…5月23日。何の変哲もない平日だ。 「知らん」 「じゃあ、教えたげるけん、目瞑って」 目を瞑って一体何がわかるというのか。瞼の裏の暗闇を見つめながら俺は考えた。 不意に、唇にやわらかく冷たいものが当たるのを感じた。 体温のない、さくらの唇。 手探りで抱き寄せようと俺は腕を回す。 …一度どやんとした弾力に触れて、やや上のあたりに手を当てる。 唇の隙間を、ゆっくりと舌でこじ開ける。 さくらはピクリと揺れたあと、俺の舌を受け入れた。 冷めた舌を温めるように絡ませる。 歯を、歯茎を舌で撫でると、時よりさくらの身体が小さく震えた。 さくらの心臓が少しずつ動き出し、俺の舌が冷たさを感じなくなる頃、 コーヒーメーカーがコポコポと音を立て始めた。 唇を離し、目を開けるとさくらの潤んだ瞳が見えた。 「幸太郎さんの、えっち」 「なんじゃい、お前からキスしといて」 「今日はキスの日やけん、ロマンチックに軽くキスしよって思っとったのに!舌入れるし、お尻まで触って!」 「いや、最近かまってやれんかったから欲求不満なのかと思って…」 「それは…ちょっとは、思っとったけど…。」 さくらはもじもじと恥ずかしそうに指先をあわせた。 「ならいいじゃろがい」 「もー!幸太郎さんは乙女心がわかっとらん!」 「さくらはーん!水浴び場、空きましたえー!」 廊下に響くゆうぎりの声が、俺達の間に割って入る。 「ゆうぎりさーん!今日わたしお風呂のほう入るけん、リリィちゃんに水浴びよかよって言っといてー!」 「……あいー!ゆっくり入りなんしー!」 しばし間が空いて、ゆうぎりが可笑しそうな声で返事をする。 「なにも大声で言わんでもよかやろが!」 お湯を張るため、立ち上がって風呂場に向かう。 「わたし欲求不満やけん」 さくらがエプロンを外し、不機嫌そうにタイマーをセットする。俺がひとりで入る時より、やや短めに。 なんせ、いつもの量ではバスタブからお湯が溢れてもったいないからな。 *********************************************************************************************** 299.幸愛詩 冷却水 「うそ、なんで住宅地に出ちゃうの…?」 詩織は困惑していた。生まれも育ちも東京の彼女にとって、地方都市の市街地は予想外の狭さだった。 彼女も当然、ライブや番組のロケで地方を訪れたことがある。 だが、それはお決まりの場所にロケバスで移動し、お決まりの場所を歩くだけ。 佐賀ロックを終えたあと、普段の彼女なら散策などしなかっただろう。 地方を見て回る理由が彼女には思いつかなかったからだ。 だが、佐賀は前プロデューサーの出身地だった。 「張り切って来たのに収穫は全然なかったなぁ」 メモリーにアクセスし、今日撮った写真を確認する。 過去を語りたがらぬ前プロデューサーが、たまにポロリとこぼす思い出話。 その中に登場する店を巡ってみたが、何軒かはシャッターを下ろし、何軒かは跡形もない。 残っていた店も、『地方の評判の良い店舗』というだけで彼の話す素晴らしいものには思えなかった。 「これが『郷土愛』なのかな」 研究所で作られた自分たちにはない感情に詩織は寂しさを覚えた。 『寂しさ』は、前プロデューサー乾が詩織にくれた最後の感情である。 「とりあえず帰るには、本屋さんを見つけないと…」 GPSを使えば、帰り道を探るのは容易だが、彼女の中の乙女がそれを許さない。 アクセスログが社内にバッチリ残ってしまうからだ。 聴覚センサを最大にして周囲に本屋がないか探索する。 埼玉県の地図さえあれば、道に迷うことはない。アンドロイドとはそういうものである。 「?」 視界内に声紋照合のアラートが表示された。 ノイズを消していき、該当の音声だけピックアップする。 『…じゃい。とっとと帰るぞ』 表示を見るまでもない。忘れるはずもない、懐かしい声。 「乾さん…」 嬉しくて走り出そうとした詩織の視界に、もう一件のアラート。 『ちょっと!少しぐらい待ってくれたっていいでしょ!』 その声は、もうメモリーの中にしか存在しないはずの声。聞こえるはずのない声。 アラートには、『MIZUNO AI』と表示されていた。 詩織のジェネレーターの回転数が上がっていく。 「どういうこと、乾さ…!?」 踏みだして、手を伸ばそうとした詩織の身体が、意に反して巻き戻すように動く。 彼女の身体はアイドルらしいおしとやかな立ちポーズのまま静止した。 (なんで…!?) 眼の前に遮断器が降りてきて、ようやく自分が踏切に差し掛かっていたことに気付く。 自己保存機能が、彼女のAIから身体の制御権限を奪い取っていたのだ。 列車が通り過ぎたあと、再び聴覚センサを最大にする。 範囲内に、乾の声も、『水野愛』らしき声もすでになかった。 立ち尽くした彼女の耳に、アラームが響く。これ以上は帰りの飛行機に間に合わない。 リミッターの働きで、ジェネレーターの出力が落ち、冷却水が汗のように体表に流れる。 頬を伝い、一滴の冷却水が地面に落ちた。 何故これが涙じゃないのだろう。詩織は初めて自分の機械の体を呪った。 おしまい *********************************************************************************************** 300.幸さく お題:「不眠」「夢の続き」 眠気が来ない。一時期嫌というほど味わった不眠症の症状も、今は何故か懐かしく感じられた。 隣にやーらしか寝顔がいるからだろうか。 「『やーらしか寝顔』、というよりは『面白か寝顔』のほうが正しいかもな」 枕元からティッシュを取って、だらしなく開いた口元から垂れる涎を拭ってやる。 「幸太郎しゃん、ぶどーかんですよ…おおきかね、どーむ何個分?」 寝ぼけたさくらが、口元を拭っていた俺の腕を掴んで離さない。 「ドームって、何ドームじゃい。東京か?福岡か?」 「さがどーむ…」 「まったく、このバカは……。武道館は佐賀ドームの半分じゃろが」 「え、そやんかもん?」 「佐賀ドームがでかいんじゃいボケ!見ろ!」 シーツで前を隠させて、窓から外を仰ぎ見る。そこに見える小高い山。 いや、山ではない。アーク溶接の光が不眠不休で働く作業員が、それが人工物であると示している。 「これが!今度お前たちがオープニングイベントを務める国内最大級の佐賀ドームでェす!!」 「…うわぁ、すごかね!!これでライブするんやったら佐賀も救えますね」 「ドーム程度で…?フッ…何をおっしゃる大ボケ一等賞。  次はあの佐賀宇宙ステーションから全世界ライブ中継じゃーい!で、次はなんだ?さくらァ」 「その次は…月…?」 「ブッブはいお前ぜんぜん違う! ぜんぜん違う!火星を佐賀にするんじゃい」 「じゃあ水浸しの火星で小舟に乗りながら水先案内するんですか?」 「下手するとマッチョな黒人のようなゴキブリと戦うことになるかもしれんな」 「えぇ、どやんすどやんすぅ~わたしそやんか展開になったら生きてけません!」 「ならば死んでいけさくら!ゾンビらしく!」 「そんなぁ…zzz」 「何残念そうな声出してるの?さくら」 「きっと寝起きなんですよ。長距離の移動ですから」 「乗り換え多いんだからしっかりしてよね。これから”ステーション”行って”船”乗らなきゃいけないんだから」 「え、”ステーション”?”船”?わたしたちどこ行くとやったっけ?」 「えーっと、かなり遠くでしたよね?」 果たしてさくらはどこまで行かねばならないのか。どこに行こうとも。きっと巽が道を指し示してくれるに違いない。 *********************************************************************************************** 301.幸さく 冷やしゾンビはじめました 「今日は季節外れの暑さやけん、冷やしゾンビはじめました!」 「ラーメン屋かお前は」 さくらのようなものじゃあるまいし。 「幸太郎さん、ただでさえ不眠症気味なのに、こやんか暑さじゃ眠れんと思って」 そっと頬を包むさくらの手は、まるで氷のように冷たい。 「冷蔵庫使いよったな」 「ちゃんと洗ったあと入れたけん、汚くなかよ?」 誰も汚いとは言っとらんじゃろがい。ゾンビィだからって卑屈なやつめ。 「ったく、しょーもないこと考えよって。仕方ないから付き合ったるわい」 さくらの手を掴んで、首すじに当てる。ヒンヤリとして気持ちがいい。 「いけんよ、首冷やしたら肩こりひどくなっとよ!もっと別のところ冷やさんと!」 そう言いながら、俺の体を撫でるように下の方へと手を移動させ、大腿動脈に手を当てた。 「そこに手を当てられたら、別のところが熱くなるじゃろがい!」 「それは、冷やさんといけんね」 舌舐めずりをひとつして、さくらはジッパーを下ろした。 *********************************************************************************************** 302.幸リリ チンチラ 巽幸太郎はボクサーブリーフを愛してやまない。 子供の、まだ乾の頃から、トランクスよりブリーフのフィット感を好いていたのだが、 『ブリーフなんてダセェ』という小学生男子間の同調圧力に屈し、やむなくトランクス派の軍門に降っていた。 しかし、そんな乾の前に現れたのがボクサーブリーフである。 ブリーフのような収まりの良さに、カラフルなデザイン。 いち早く履き始めた乾は、クラスのファッションリーダーも同然であった。 だが、今日のような真夏日だけはトランクスに浮気をしてしまう。 今の『謎のプロデューサーファッション』は、いくら素材をよくしても蒸れてしまうのだ。 「フンッ!フンッ!」 ここは洋館に設けられた、トレーニング室。巽の趣味の部屋である。 腹筋ノルマをこなした巽は、鏡の前で腹筋の状態をチェックする。 綺麗に割れたシックスパックを見て、満足げに頷くと、喉を鳴らして水を飲む。 暑い日には、みっちりトレーニングをしてひとっ風呂浴びる。 それ以上の贅沢はないと巽は考えていた。 タオルで丁寧に汗を拭くと、バーベルに重りをセットして、ベンチプレスに寝転がる。 胸筋を意識しつつ、バーベルを持ち上げる。均整が取れた肉体を作るには、流れを意識しなければならない。 息を大きく吸ってバーベルをゆっくりと下ろす。 コンコン。ノックの音に返事をする前に、部屋の扉が開かれた。 「たつみ、この部屋ムシムシしてあせくさーい」 「換気扇は、ちゃんと、回しとるわい!それより、なんのようじゃい!」 「晩ごはんさぁ、おそば、うどん、ひやむぎ。どれがいい?」 「そば!」 返答とともに巽がバーベルを持ち上げた。 「2:2:4だね」 指を折りながら、リリィはなにかを数え上げた。 「なんだ、その数字は?」 「みんなの意見だよ。多数決で今日はひやむぎにけってーい☆」 「ちょっと待て。なんのために俺に聞きに来た。もう結果は決まっとるじゃろがい」 「だって、たつみ聞かなかったら聞かなかったで『俺に聞かずに勝手に決めよってー!』って怒るでしょ?」 「俺に先に聞きに来ると言う選択肢はないのか!?」 「ないよ。だってみんなでレッスンしてるんだもん。たつみが最後なのは当たり前じゃん」 「ぐぬぬ…」 リリィの冷ややかな返答に悔しげな声を上げながら、巽はノルマをこなすためバーベルを上げ下げする。 ノルマを終えて、バーベルをベンチプレスに置いたとき、リリィが未だ退出していないことに気付いた。 「どうした?まだなんか用事があるのか?」 「たつみさぁ、リリィだからギリセーフだけど他の誰かだったら完全アウトだよ?」 「アウトって、何の話だ」 「おちんちん、パンツから丸見え」 ベンチプレスは、入り口の延長線上に置かれている。つまり、入室者は下から覗く形になるのだ。 「何見とんじゃい、えっち!」 「何見せてるのさ、変態!」 「だーもう!とりあえず俺はひとっ風呂浴びる!飯が出来たら部屋に呼びに来い!」 怒鳴りながら、巽は部屋を飛び出した。 「…変なもん見せんじゃねぇよ」 巽が放置したタオルを拾いながら、リリィは呟いた。その心臓は、ドキンドキンと大きく脈打っていた。 *********************************************************************************************** 303.幸さく パチリ スマートフォン。わたしが生きとるころは、新しモノ好きな人がもつ変わったケータイ。 そんな感じのアイテムだった。けど今はみんな持っとる便利な道具。 ポケベルからケータイに変わった時もこやんか感じやったとかな? 幸太郎さんが隣で寝ている隙に、スマホをこっそりいじってみる。 ロック画面はパスワードで閉じられていて、わたしは覗けない。 今は指紋とか顔認証?でロック解除出来るって聞いとったのに。 普段抜けてるところもあるのに、こやんか時はしっかりしとる…。 「なんか出来んかな…」 画面を適当に撫でていると、カメラのアイコンが出てきた。 「え、なんでカメラだけ起動出来るっちゃろ…」 とりあえず、幸太郎さんの寝顔をパチリ。ばってん、肝心の写真は見られん。 「なんか撮るもの…あっ!」 さっき使ったゴムを咥えて、手のひらをカメラに向けるように顔を隠す。 えっちなサイトで見かけた構図。これさえあれば、外泊したときえっちなお店行かんでよかね。 これも幸太郎さんのためやけん。わたしはパチリとシャッターを押した。 *********************************************************************************************** 304.幸愛 ピンクのなでしこ 玄関にこいつが出迎えに来るのは、一年でたった十一回。…来年はうるう年だから十二回に増えるだろうか。 「なによ、人の顔ジロジロ見て。それよりちゃんと買ってきたの?」 「ほれ」 近所の肉屋で買ってきた、29の日特売の肉を愛に手渡すと、つかつかと歩きながら品定めを始める。 「特売日なのに、いいおにく揃えてるわね…さすがはこの時代に生き残ってる個人経営店だわ」 「待て、ついでにこれも持っていけ」 「かわいい…。どうしたのよ、お花なんて」 「あー、なんだ。花壇を世話しているおばちゃんにもらったんだ。花瓶にでも活けといてくれ」 「なんて品種?見覚えはあるんだけど…」 「肉の部位は一瞬で見分けるくせにお花がわからないなんて、愛ちゃんは食いしん坊でちゅね~!花より肉団子かい!」 「何うまいこと言ったつもりになってんのよ!?」 怒った愛は俺の向こう脛を軽く蹴飛ばした。 「どうせ私はその辺からっきしよ。いいわ、ゆうぎりか純子に聞くから」 頬を膨らませて、愛は不機嫌そうに台所へ向かう。 せっかくお前に似合いのピンクのなでしこをもらってきてやったのに。少しは感謝せんかい。 *********************************************************************************************** 305.幸さく ふんどし 「幸太郎さん、いけんよ、これ食い込んだり、はみ出したり…」 さくらがくねくねと艶かしく体をひねる。まつり用の衣装を作ってみたが、いささか小さすぎたようだ。 「やはり健康的で誤魔化すのは難しいか…」 「当たり前です!」 出っ張るところを隠そうと、限られた布を引っ張って工夫するが、そのたびに別の箇所が露わになる。 恥じらいの表情と、誘うようにチラチラと局部を見せるその無意識の踊りは芸術的とすら言えた。 「幸太郎さん、わざとサイズ合わんの持って来とらん?」 白い法被に白褌。どちらも汗で濡れて透け、下のさくら色が浮き出てきている。 「ふたりきりの衣装合わせでこやんか透けちゃうえっちな服着せて…」 「…いや、これはわざとでは…。そう!衣装の欠陥がわかる、俺は眼福。ウィン・ウィンじゃろが」 「わたしはウィンに入っとらんと?」 「…当然、お前も幸せにしたるから安心せい」 「…えっちな台詞やね」 「お前の趣味に合わせただけじゃい」 ふたりはしばし『相談』し、夏祭り用の赤いハッピとイカグラサンのデザインが出来たという。 *********************************************************************************************** 306.幸さく乾 当て馬 「さくら」「源さん」 「どやんす、どやんす~」 両側から囁きかけられて、わたしの耳はもうトロトロに蕩けそう。 「源さん、こんな怪しい男より僕と一緒にいよう」 「さくら、お前は俺のものだろうが」 ふたりの視線がバチバチと火花を散らす。 「いけんよ!わたしのために争わんで!」 そのとき、わたしの頭に電流走る…! 「わたしが当て馬になるけん、ここはふたりが喧嘩ップルに…!」 「「腐ってんのは身体だけにしとけボケゾンビィ~~~~~!!」」 「ふぎゅ!」 ベッドから落ちたわたしは、コロコロと転がる首を拾う。 「朝っぱらからぎゅーらしかやつ…」 寝惚けた幸太郎さんがのっそり起き上がる。そういえば幸太郎さんの夢を見てたような。 なんだかそれって恋する乙女みたいでドキドキするっちゃね! *********************************************************************************************** 307.幸リリ 茶渋 ドアの上の窓から灯りが漏れてる。やっぱ夜更かししてたよ。いくら言われても止めないんだからなぁ。 「たつみー、入るよー」 お行儀悪いけど、お尻でドアを開ける。お盆で両手ふさがってるもん、しょうがないよね。 「子供はもう寝る時間だぞ」 「大人だって寝る時間だよ。ホットミルク入れてきたからこれ飲んで寝なよ」 たつみの机のマグカップを強引に交換する。 「あーあ、茶渋めっちゃこびりついてんじゃん。これ洗うのリリィたちなんだよ!」 「たまたま今日は忘れとっただけじゃい」 「一週間に2,3回は『たまたま』じゃねーっつの」 「わかった、俺が洗えば文句なかやろが」 たつみが手のひらをヒラヒラ振って、『出てけ』とジェスチャーする。ムカつく。何さその態度。 「ダメだよたつみ!いい加減寝なさい!」 「今筆がノッてるところなんじゃい!もう少し待て!」 「深夜にノリで書いた歌詞なんて使い物になんないよ!いっつもそれで次の日見返して頭抱えてんじゃん!」 「ぐえー!」 キッチンで、たつみがゴシゴシ茶渋を落とす。シャツを袖まくりしてるから筋肉がよくわかる。 「早めに洗わないからそんな擦らないと取れなくなるんだよ」 「わーっとるわい!」 ますますたつみの腕に力が入る。結構鍛えてんじゃん。 「たつみさぁ、このあと寝室でこのあと寝室でお仕事する気でしょ」 「…んなわけあるかい。俺だってもう眠い」 「仕事部屋にノートパソコンないことにリリィが気付かないと思ってんの?」 「目ざとい奴め…」 たつみが悔しそうに呟いた。そんな細かいとこまで見てるわけねーし。適当にカマかけただけだよ。 「たつみが過労死しないように、ちゃんと寝るか見張るかんね」 「世話焼きゾンビィが!」 「だってたつみとお揃いの死因なんて恥ずかしいじゃん」 「ハァ!?むしろ光栄に思わんかい!」 「じゃあたつみが過労死したらリリィ先輩ね!ゾンビにして焼きそばパン買いに行かせるかんな!ダッシュで!」 「サキのキャラじゃろが、それは!」 「…ホントに、過労になんないでよ、たつみ」 たつみは無言でマグカップを洗う。約束できないから返事出来ないってことでしょ? わかってるよ。それくらい。 「『絶対に』が無理なら、『気をつける』だけでいいから」 たつみのズボンをそっと握る。ちょっとでもこっちを向いてもらえるように。 「…わかった、素直に寝てやる」 「…寝るだけなのに偉そうに!」 「お前こそ、俺のズボンをタオル代わりにすんのやめんかい」 「てへ、バレた?」 お水で冷えた手を握って、たつみの寝室まで付いていく。 「じゃあ、おやすみたつみ」 「なんだ。見張るんじゃないのか」 「たつみが寂しいっていうなら添い寝してあげてもいいよ」 「…寝るだけなのに偉そうなやつめ!」 そのあと、子守唄とか言ってたつみが耳元で『ガメラ』を熱唱してきた。うっさくて眠れねーっつの。 *********************************************************************************************** 308.幸さく ウヰスキーがお好きでしょ 無骨なステンレスのアイスペールから、氷を取り出しグラスに入れる。 角ばった瓶を傾けると、琥珀色の液体がグラスを満たしていく。 氷がカラン、と音を立てた。 …ふっ、実に渋い。謎のプロデューサーに相応しい大人の酒の嗜み方だ。 マドラーをアイスペールに突っ込んで、ウイスキーを傾けた。 出来ればアイスピックでかち割った氷がいいのだが、 冷凍庫のスペースを占有するとあいつらがなにかとぎゅーらしか。 製氷機の氷で我慢するしかない。 …待てよ、この光景どこかで。 そういえば、こないだひやむぎ食ったときにさくらがこのアイスペールに氷を入れたんだったか。 なんだか親父がこっそり晩酌をしているような生活感が漂ってきた。 「さくらめ…!」 「えぇ、なんでバレたとやろ…」 物陰からコソコソとさくらが出てきた。本当は少しびっくりしたが、俺は努めて冷静に振る舞う。 「ふふん、俺にはお前の行動なんてお見通しだ」 無骨なステンレスのアイスペールから、氷を取り出しグラスに入れる。 プラスチックの容器を傾けると、琥珀色の液体がグラスを満たしていく。 氷がカラン、と音を立てた。 …といっても、さくらが注いだのは麦茶だが。 「かんぱーい!」 さくらがグラスを掲げて言う。 そのまま無視してやってもいいが、みるみる赤くなるのが不憫なので俺は渋々グラスを当ててやる。 「えへへ、ちょっと大人気分」 「アホか、いつものコップにいつもの麦茶じゃろが。  大体お前、こないだのひやむぎんときにこのアイスペールに氷入れて出しよっただろが。おかげでムードぶち壊しじゃい」 「この容器『アイスペール』って言うと?へぇ~知らんやった」 「本題はそっちじゃないわい」 しげしげとアイスペールを眺め、指でなぞるさくらは、どこか大人びたように見えた。 その姿を見ながら、グラスを傾ける。いつの間にかグラスの中身はかなり薄くなっていた。 「幸太郎さん、もうちょっと飲む?」 「いいのか?」 「明日はお仕事休みやけん」 「アイドルが土日暇なのをちょっとは気にせんかい」 「…ふーん、じゃあそやんか暇しとるグループのプロデューサーさんもお酒飲んどる場合やなかっちゃね」 眉をひそめたさくらが、ウイスキーの蓋をキツく締める。 「あぁ、何すんじゃい性悪ゾンビィ!」 「性悪やけん、お酒しまっちゃお」 「わかった、俺が悪かった。さくら、お前こそ喉かわいとるじゃろ?麦茶注いでやるぞ」 麦茶をトクトク注いでやると、さくらの頬が徐々に緩んでいく。 「じゃあ、わたしも注いだげるね」 「あ、待て、ビールじゃあるまいし注ぎ過ぎじゃ!」 「え、いけんやった?」 「悪かぁないが…」 溢れそうなグラスの端に口を付け、ちびちびとウイスキーを啜る。 少々飲みすぎたが、まぁいいか。なんせ明日は休みなのだ。 「幸太郎さん、危なかよ!」 「だーいじょうぶじゃい!こんくらい!」 「ちょっと、声!みんな寝とるけん静かに!」 コソコソ囁くさくらの声が耳にくすぐったい。 「ほら、お部屋着いたけん、早う寝んしゃい」 「待たんかさくら。人の耳くすぐっといて逃げ出そうとはどういう了見だ」 「えぇ、わたし耳なんて…」 腕を引っ張り、寝室に引きずり込む。やられたらやり返すのが俺の流儀だ。 「痛ぅっ…」 頭痛がする。二日酔いだろうか。今日が休みで助かった。 頬を触るひんやりとした手が心地よい。 「おはようございます、幸太郎さん」 頬を赤らめたさくらが、俺に囁いた。俺の顔は対称的に青くなった。 *********************************************************************************************** 309.愛さく 飴玉ひとつ 部屋の隅っこ、本の影。小さな瓶が置いてある。中身は飴で満たされていた。 誰が置いたか知らないけれど、喉の調子が悪いとき、少し小腹が減ったとき、 ちょっと失敗しちゃったときに、瓶から飴をひと摘み。口の中で転がしてると少しだけれど元気が湧いた。 誰が置いたか知らないけれど、気付いた人が中身を足して、小瓶はいつも満たされていた。 「足してくれると?ありがとね」 飴を入れてる私に向けてさくらが不意にお礼を言った。 「どうしてさくらがお礼を言うの?誰が置いたか知ってるのかしら?」 「えぇ!?し、知らんよ?ほら、わたし甘い物好きやけん、結構飴玉もらってて」 両手をブンブン振りながら真っ赤になって言い訳をする。…ちょっと意地悪しすぎたかしら。 「ねぇ、ちょっと目を瞑って」 ぎゅっとまぶたに力を込めてさくらが必死に目を瞑る。そんなに力を入れなくたってまぶたはちゃんと閉まるでしょうが。 ぷるりと冷たい唇に、飴玉ひとつ押し付けてみる。 「どう、元気出た?」 さくらはそのまま固まっていた。ファンサービスのやりすぎかしら。 ううん、さくらは友達だもの。これくらいなら普通でしょ。 *********************************************************************************************** 310.幸さく 静かな夜 >静かな夜 風がそよそよとカーテンを揺らす。 空には星が瞬いていた。 「すー、すー」 聞こえてくるのはゾンビィの小さな寝息だけ。 さくら色の長い髪を軽く指で梳く。 「ん~、幸太郎さん?」 しまった、起こしてしまったか…? 「いけんよ、これからライブなのに…すー、すー」 なんだ、寝言か。 卵のように形のいい頭を撫でると、 俺はさくらの額におやすみのキスをする。 今夜はきっとよく眠れるはずだ。 こんなに静かな夜なのだから。 *********************************************************************************************** 311.幸さく 静かな夜には悪夢を >そんな夜こそ悪夢見なんし! 「ぐ…うぅ…」 幸太郎さんの苦しそうな呻き声で目を覚ます。 両手をさすって、出来るだけ温めてからその手を握る。 「幸太郎さん、大丈夫。なんも怖くなかよ」 「うぅ…」 歯を食いしばり、幸太郎さんは呻き続ける。 頭を抱きしめて、あやすように静かになでる。 「いつも頑張ってくれて、ありがとね。幸太郎さん」 「すまない、源さん…」 「乾くん、大丈夫。わたしは平気」 眉間によっていたシワが、少しずつ和らいでいく。 幸太郎さんの心臓のリズムに合わせて、軽くお布団を叩く。 このままゆっくり眠れるとよかね。 疲れ知らずのゾンビになれて、本当によかった。 *********************************************************************************************** 312.幸さく ある不幸な日 >1559518429762.png 買い出し帰りに突然の雨。 持っとらん。 折りたたみ傘の柄がポッキリ折れて。 持っとらん。 走る車に飛沫をかけられ。 持っとらん。 汚れた上着を洗濯機に入れて、回るドラムをボンヤリ眺める。 ドン、と背中に軽い衝撃。 「今日も不幸全開じゃのぉ」 「わたしは持っとらん女ですから」 「だったら持っとる俺と一緒に行けばよかやろが」 そやんかことを言いながら、幸太郎さんがガシガシとタオルで拭いてくる。 忙しそうやけん、気ぃ遣ったのに全然気付いとらん。 持っとらん。 *********************************************************************************************** 313.心のカメラ >ぴょんぴょん跳ねたらズレ落ちてしまうんだよね 「リリィ久々にベッド座ったー☆いーなーお部屋にも欲しいなー!」 ボスンボスンとリリィが跳ね回る。 「やめんか!埃が立つじゃろがい!」 「いいじゃん、撮影終わったんだしちょっとくらい!」 「そうだぞグラサン、ちょっとくらいよかやろが!」 「サキ、お前も少しはリーダーとしての自覚を…」 「つまり、赤信号みんなで渡ればブッチギリ!ってこったな!」 サキとリリィが手を引っ張り、メンバーを次々ベッドにのせる。 「エビバディ飛べ飛べ!」 サキがアカペラで特攻danceを歌い出すと、ゾンビィたちは反射的に飛び跳ねる。 「べっどというのはビョンビョンしてて楽しいでありんすなぁ!あり?」 ゾンビの激しい跳躍により、ゆうぎり、愛、純子、たえの衣装はスルリとベッドに落ちた。 ほぼパンツ一枚で呆然と立ち尽くすゾンビィたち。 三秒後に悲鳴をあげながら隠す瞬間も含め、幸太郎の心のカメラにしっかりと記録されるのだった。 *********************************************************************************************** 314.幸さく 無視の日 今日は6月4日。無視の日。やけん、みんなわたしのことを無視すればよか。わたしもみんなのこと無視するけん。 この洋館で一番過ごしやすか場所に腰掛けて、わたしは背中を丸めていた。 「おい、さくら」 「なんで無視してくれんと?」 「膝の上に座っといてなんじゃい、その言い草は」 幸太郎さんがせからしく騒いどるけど、無視してわたしはぼんやりモニタを眺める。 いい加減観念したのか、幸太郎さんはわたしの肩に顎を乗っけて、カタカタとキーボードを操作する。 …コーヒーカップが空になっとる。手慰みにポットからコーヒーを注ぐと、幸太郎さんがひとくち口を付ける。 「…お礼は?」 「…」 「なんで無視しよーと?」 「無視しろっつったのはお前じゃろがい」 幸太郎さんが顎でグリグリとわたしの頭を攻撃するので、お返しにコーヒーに角砂糖をふたつ入れる。 ひとくち味見すると、わたし好みの甘さになっとった。 悔しげに歯噛みする幸太郎さんに、わたしはフフンと鼻を鳴らした。 *********************************************************************************************** 315.乾さく お題:「手作り」「眠り姫」 ようやく復元したその体を抱き上げ、寝台に寝かせる。 彼女は安らかな眠りに就いているように見えた。 告別式で見た、彼女の最期の姿を思い出す。 死化粧した彼女と比べると、その目は落ち窪み、頬は痩けている。 なにより、額に大きな傷跡が残ってしまった。 俺の技量不足だ。 0号が一応の成功を見たことで浮足立ち、つい彼女を『蘇生』してしまった。 額の傷をなぞる。人懐っこい彼女の顔に不釣合いな、一目でゾンビィとわかる傷。 …果たして本当に技量不足なのだろうか。 彼女に自分以外が寄り付かぬように、敢えて傷を残してしまったのではなかろうか。 頭を振って、自身への疑念を振り払う。 「俺に俺自身を裁く権利はない」 俺は罪人だ。狂人だ。神に背いた背徳者だ。 「源さん、目を覚ましたら俺を罰してくれ」 眠り姫が目覚めるよう願い、俺は静かに口づけをした。 *********************************************************************************************** 316.幸リリ 寝言ゆぎりん >寝言花魁って何かうるさそうでありんすね リリィは最近寝不足気味。 だって…。 「抱きなんし~~~!!ちゅーしなんし~~~!!」 「うぅ~今日も始まった…」 ここ最近ゆぎりんの寝言がひどいの。 でも目が覚めると『いい夢でありんした…』ってやたらツヤツヤしてるし、 それにリリィ以外のみんなは神経がワイヤーケーブル並みに太いから気にしてないし…。 仕方ない、今日も奥の手使おっと。 「たつみー、一緒に寝よ?」 「またか…ゆうぎりにはガツンと言ってやらんと…」 「だめだよー、ゆぎりん幸せそうなんだから。かわいそうじゃん。それとも、たつみはリリィと寝るの…イヤ?」 「卑怯な聞き方はやめんかい!」 ブツブツ言いながらたつみはそっと布団を空けてくれた。 ありがとね、たつみ。大好きだよ☆ *********************************************************************************************** 317.幸さく 飲み水の日 幸太郎さんからペットボトルを受け取る。いつものように、蓋は開けてくれていた。 「はぁ~。生き返る~」「いや、お前死んどるじゃろがい」 お決まりのやり取りをしつつ、幸太郎さんも水を飲む。コクリコクリと動く喉仏がなんだかたくましい。 つい、抱きしめてもらいたくなって、ぽすん、と幸太郎さんに寄りかかった。 「やめんか、汗つくぞ」 「よかよ、わたし幸太郎さんの汗のにおい好きやけん」 胸板に鼻をくっつけて、わざと鼻をスンスン鳴らすと、真っ赤になって引き剥がそうとする。 「やめんか!恥ずかしい!」「よかやん、だっこ!」 ちっちゃな子のように、両手を広げてお願いする。 「甘えん坊ゾンビィが…」 あやすように抱きしめられてから気付く。…いけん、バカップルみたい。 「幸太郎さん、やっぱり離して…」「二度と離したらんわい」 耳元で、幸太郎さんが囁いた。今度はわたしが真っ赤になる番。 「ずるか…、ここで殺し文句言うたらいけんよ」「だから、お前死んどるじゃろがい」 お決まりのやり取りをしつつ、わたしたちは唇を重ねた。 *********************************************************************************************** 318.幸純 お題:「ただいま」「空元気」 お庭の方からエンジン音と、ガレージが開く音がしました。あの人が帰ってきた合図。 着ていたエプロンを畳んで、玄関先までお出迎え。 「たっだいまー!」 「おかえりなさい」 いつもより大きな声で、巽さんが扉を開けました。 足元には、一足先にお出迎えしたロメロちゃんが嬉しそうにしっぽをふりふり。 仲良しさんで、ちょっと妬けちゃいます。 「今日の煮物はしっかり味が染みて美味しいですよ」 「そうかそうか、楽しみじゃのう!」 ドタドタと、食卓に向かう巽さんを私は急いで呼び止めました。 「こら、ちゃんと手洗いうがいをしないといけませんよ!病気になっても知りませんから!」 「細かいことばっか気にしよって」 こどものように唇を尖らせて、巽さんはわざとらしく拗ねた顔。 …今日はどこか、無理して明るくなさっているようです。お仕事、うまくいかなかったのかしら。 お気に入りのアッサムでミルクティーを淹れて、あとで差し入れしましょう。今度は、私が貴方を支える番。 *********************************************************************************************** 319.幸さく ジメジメした日 >ジメジメした日はジメジメ怪文書書きなんし! ジメジメとした日は、嫌になる。特にゾンビになってからは。 身体中から出るヌチャヌチャとした嫌な音が、一層大きくなりよるけん。 だからこうしてシーツに包まり、1日が過ぎるのを待っとる。 ぼんやりするのは慣れとるけん。 シーツだけでは寂しくなって、枕を手元に抱き寄せた。 わたしと違うシャンプーの香りと、汗のにおいが少し混ざっとる。 「幸太郎さん…」 身体の奥から、指先から、ヌチャヌチャとした音がする。 ゾンビになってからじゃなく、生きとったときから聞きなれた音。 「…っ!」 シーツの中で、幸太郎さんのにおいとわたしのにおいが混ざり合う。 まるでひとつになったみたい。 「…あ…!!」 シーツが少し汚れたけれど、あとで洗えばよかよね。幸太郎さんが帰ってくるまで、時間は死ぬほどあるけんね。 *********************************************************************************************** 320.幸さく コンピュータおばあちゃん 佐賀はご老人が多い。故にFAXがまだまだ現役である。 中にはパソコンはもちろんスマホもらくらく使いこなすコンピュータおばあちゃんやおじいちゃんもいるが、 やはり電子媒体より紙媒体が主流なのは事実。なので書類整理だけでも結構な手間がかかる。 とはいえ、俺も一年以上プロデューサーをやっている。 淡々と、正確にファイル紙を挟み込んで整理する。我ながら惚れ惚れする手際の良さだ。 「痛っ…!」 指先に赤い線が走り、じわじわと痛み出す。どうやら紙で切ったらしい。 やれやれ、血が滲んで書類を汚さないといいが…。 「幸太郎さん、お茶いれ…どやんしたと!?」 ノックもそこそこに扉を開けたさくらが、ローテーブルに盆をガチャリと慌ただしく置き、駆け寄ってきた。 「少し指を切った」 「えぇ!?大変、どやんす、どやんすぅ〜!」 「せからしいやっちゃな!騒ぐほどでは…」 今更、傷口から血が湧き出し、赤い玉を作る。 「消毒、消毒せんと…」 さくらは急いで俺の手をつかみ、指を己の口に突っ込む。 やわらかな舌の感触が指に伝わってきた。 「…あ!いけん!わたしゾンビやった!ばい菌入っちゃう!」 急いで指から口を離すと、棚から救急箱を取り出す。 「このあわてんぼさんめ!最初から落ち着いてそっち取り出しゃいいじゃろがい」 「だって、痛そうやったし…」 消毒液を傷口に吹き付けながら、さくらが眉毛をハの字に曲げる。 「いてて…消毒液かけたほうがよっぽどしみる」 「ごめんなさい、わたしの口どんな菌がいるかわからんし、下手したらゾンビになっちゃうかも…」 怪我をしていない方の手で、さくらの額にデコピンをかます。 「あぅ」 「このゲーム脳が!俺はゾンビィになんてなりませーん!お前らはそういうゾンビィじゃないんじゃい!  大体、そんなバッチかったらなぁ!アイドルなんてさせるわけないじゃろがい!人間と変わらんわい!」 「でも…」 「『でも』も『だって』も無いんですぅー!」 絆創膏を貼った指先を、さくらは未だに視線で追っている。 「だから感染らんと言っとるじゃろが」 「でも、心配やけん…」 「俺はゾンビィの専門家でお前はトーシロじゃろが!プロが大丈夫ったら大丈夫に決まっとるわい!」 お茶を飲み終わった俺は納得していない顔のさくらを部屋から無理矢理追い出して、書類整理に戻る。 しまった。どさくさ紛れにさくらに手伝わせてもよかったな。 「それにしてもアイツ、誰が自分をゾンビなんかにしたか忘れているんじゃあるまいな。  記憶喪失の常習犯め」 自嘲めいた笑いをこぼす。 俺に心配される資格など無い。 『お前もゾンビになればいいのに』と言われてもしょうがない俺を、どうして心配するのだろうか。 指先の絆創膏を見つめても、その答えはわからなかった。 おしまい *********************************************************************************************** 321.乾詩 グレートタイフーン >詩織は湿度高いネタ似合うな ジメジメとした空気のせいで、ワイシャツが肌にへばりつく。 乾は湿気が苦手であった。 「呼子のイカのようにクルクル回してくれんかな…」 故郷に想いを馳せながら湯呑みを傾けると、心地よい風が流れてきた。 「乾さん、風はこの程度でいいですか」 詩織が腕部コンソールを操作し、除湿した空気をポニーテールの回転で送風していた。 「あぁ…すまんな。『乾』だけに湿気が苦手でな…」 「…今のギャグ、親父くさいですよ」 「お前の送ってくる風も詩織くさいぞ!」 「に、においますか…?」 「おう、シャンプーや制汗剤が混じって女子高生のいい匂いだ」 「せ、セクハラです!」 オーバーヒート寸前の詩織を冷却するため、ポニテの回転数が増す。 乾はその熱風を受ける羽目になり、ますます汗をかくのだった。 *********************************************************************************************** 322.幸純 つよつよ純子お姉さん >そろそろつよつよ純子を補給しないと死ぬ 今日の私はつよつよ純子。紺野純子の中でも最強の存在です。 。。。根拠、ですか? 今朝、私のサラダに誤って盛られていたトマトを頑張って食べたからです。 さくらさんも『純子ちゃん、好き嫌いなくて偉かよ。お姉さんみたい』と褒めてくださいました。 つまり、つよつよ純子お姉さんです。 お姉さんなので、働きすぎな巽くんを諭しに行かねばなりません。 紅茶を二杯持って、巽さんのお部屋の前へ。武者震いでティーセットがカチカチ鳴りました。 巽さんは私をあっさり招き入れ(お姉さんに畏れをなしたのですね)、ソファへ座らせます。善は急げ。私は本題を切り出しました。 「巽さん、『めっ』ですよ」 「目?目が不調なのか?」 ずいっと寄ってきて私の目を見つめる巽さん。いけません、子供は計画的に作らないと。。。 「なんもなっとらんぞ。…レッスンのしすぎかもしれん。ちゃんと休息は取れよ」 「は、はい。。。」 巽さんのご指摘どおり、今日は疲れていたようです。また次の機会に私の真の強さをお見せしましょう。。。 *********************************************************************************************** 323.さく純たえ ヴァッヴァウフフ >純子ちゃん今お姉ちゃん達大事なお話しとるけんあっちでたえちゃんと遊んで待っとって 「いやです。。。」 純子ちゃんがスカートをぎゅーっと握って首をふるふる。 やーらしか…じゃなくって、困ったと…。 「ヴァーウ」 すると、たえちゃんがいきなり純子ちゃんの頭をハミハミと甘噛み。 わたしと目があったたえちゃんは小さくうなずいた。たえちゃん、ありがとね。あとでたくさんナデナデしたげるけんね。 「やめてください、私は今さくらさんと。。。」 「ヴァー!」 「こらーっ!純子お姉さんはもうぷんぷんですよ!」 ほっぺたを膨らませた純子ちゃんがたえちゃんを追いかける。 いつのまにか追っかけっこに夢中になったふたりは、ヴァッヴァウフフと楽しそう。 「こやんか風に余生を送るのもよかね…」 「もう死んどるじゃろが」 意地悪をいう幸太郎さんの手の甲をわたしはこっそりとつねった。 *********************************************************************************************** 324.乾詩 濡れ透け 今日はいつもと違う場所でレッスンをすることになった。 最近上り調子と言っても、アイアンフリルは全盛期ほど勢いがない。 他の人気グループの先約があれば、ちょっと遠い場所に行かなきゃいけないこともある。 …移動時間が増える分、乾さんといられる時間は増えるけど。 うぅん、ダメダメ。トップアイドルになって専用レッスンルームを作る!くらい言わないと。 仕事を取ってきてくれる乾さんのためにも! グッと拳に力を入れると、ペットボトルの水が勢いよく私を襲う。 「え!?詩織、何してんの!?」 そっか、ここのペットボトル軟質のやつだった…。 「ごめん、ちょっと着替えてくる」 「いってらー!」 ショボくれて更衣室に向かうと、乾さんとすれ違った。 「おはようございます!」 出来るだけ、元気よく挨拶をする。『挨拶が出来んやつは認められない』。 乾さんが最初に教えてくれたこと。 「アイドルがなんて格好しとるんじゃボケ!」 挨拶を返してくれると思ったら、乾さんがジャケットを無理やり被せてきた。 そんなことしたら、ジャケットも濡れちゃうのに! ハッと気付いて自分の服を見る。白いシャツが濡れて、ブラの刺繍までくっきり透けていた。 「あ、あの、お水こぼしちゃって…」 「男性スタッフも歩く廊下なんだから、気をつけんかい」 「…すみません」 両手を胸の前で交差させて、襟を掴む。 肩がぶかぶかで、中学に上がって初めてブレザーを着たときを思い出す。 …すぐにちっちゃくなって買い直すことになったけど。 「ありがとうございます。…ジャケットすみません」 わざわざ更衣室まで送り届けてくれた乾さんに、私は深く頭を下げた。 「気にするな。こうしてジャケットを肩に担ぐと、ほれ、業界人みたいじゃろ!」 おどけて笑いながら更衣室から離れていく乾さんに、もう一度私は頭を下げる。 真っ赤に染まった顔を見られないように。 *********************************************************************************************** 325.幸さく 恋人の日 仕事を終えた俺は、いつものようにロメロをモフってから玄関の戸を開ける。 「おかえりなさい、幸太郎さん」 いつも以上に締まりのない笑顔で、さくらが俺を出迎えた。 「おう、ただいま。…なんじゃいその顔。脳みそまでとろとろに腐ったか?」 「ひどかー!…今日って、何の日か知っとる?」 疲れとるのにめんどくさいことを。 洗面所に手洗いうがいに向かっても、さくらは相変わらずついてくる。 「ねーねー、幸太郎さ~ん」 さくらがぐいぐいシャツを引っ張る。しつこいやっちゃのぉ。 「やめんか!ズボンから裾が出るじゃろがい!こんなとこまで付いてきよってからに…」 「わたしもご飯まだやけん、一緒に食べようと思って」 さくらのどやんすボディでも洗面所に立てるように、俺は隅っこから手を伸ばして手拭きで手を拭う。 「手は、しっかり洗っとるな?」 「うん、ピカピカになっとるよ」 ならば、まぁいいか。指を絡めるようにさくらの手を握る。今日という日に因んで。 *********************************************************************************************** 326.幸さく 二度寝 眩しさに目を覚ましたわたしは、急いで枕元の目覚まし時計に手を伸ばす。 …まだ、五時半。そっか、そろそろ夏至やけん日が長くなっとるっちゃね。 損した気分で布団に潜り直すと、二度寝の快感がじわじわと体に満ち溢れてくる。 まどろみ始めたあたりで、がっしりとした腕がわたしを後ろから抱きしめる。 「なんね、幸太郎さん」 「…今、何時だ?」 寝ぼけた声で幸太郎さんが囁いた。その目はほとんど開いとらん。 「まだ五時半やけん、寝ててよかよ」 「なんじゃい、紛らわしい…」 あくびをひとつして、抱きまくらを抱くようにぎゅっとわたしを抱き寄せる。 「今朝はあまえんぼさんやね」 「お前が、しつこいから…眠いんじゃ…俺は…」 文句の最後の方は、ほとんど寝息になっていた。 あたたかな腕の中で、わたしもまどろみの中に落ちていく。 もしも今、願いがひとつ叶うなら、目覚まし時計が鳴るまでの時間を永遠にしてもらおう。 >小さな不幸で目覚ましが壊れて >二人が寝坊する未来が見えたでありんす 「うぅ~持っとらん…」 急いでブラのホックを付けて、カップに胸を押し込んだ。 「ネガティブゾンビィが!俺がおらんかったら絶対寝坊確定だったぞ!」 シャツのボタンをかけながら幸太郎さんが踏ん反り返る。 「こやんかギリギリやったらほとんど寝坊と変わらんと!」 文句を言いつつわたしもシャツを着る。 「蝶ネクタイ、蝶ネクタイ知らんか?」 「幸太郎さん、シャツのボタンズレとるよ!」 バタバタと身支度をして、ダッシュで階段を駆け下りる。 「「おはよーございまーす!!」」 わたしたちの挨拶に、みんなはニヤリとした笑顔を返した。 やっぱりわたし、持っとらん。 *********************************************************************************************** 327.幸リリ いびき >1560553202050.png 最近リリィがやたらと俺と一緒に寝たがる。 リリィ自身の性自認もわからないのに、俺が一緒に寝ていいか。 そもそも死者であるリリィとそこまで親密に過ごしていいのか。 いつも断るべきか迷ってしまう。 だが。 「カー…スカー…むにゅ…ん…」 俺のそばで大口を開けていびきをかいているリリィを見ていると、そんな迷いはどうでもよくなってくる。 「自分のそばで誰かが隙だらけの姿を晒してくれるのがこうも嬉しいとはな」 熟睡しているリリィにすら聞こえないほど、俺は小さく呟いた。 ティッシュで垂れたヨダレを拭ってやると、頭を撫でて俺も眠りにつく。 「おやすみ、リリィ」 「おやすみ、たつみ」 リリィは狸寝入りをやめて、熟睡する巽の肉体にしめやかに手を伸ばした。 *********************************************************************************************** 328.幸リリさく 練習不足 >「ほらリリィちゃん、口ふいてあげるけんこっち向いて」 >「リリィ、にんじんもちゃんと食え。佐賀の大地で育った野菜を残すことはこのわしが許さんぞ」 「にんじんはあとで食べようと思ってたの!」 もう、ふたりともせからしか。 リリィはひじきとかもずく以外はちゃんと食べるもん! …そりゃ、ちょっと青臭いな、とか苦いなって思うお野菜もあるけど。 「はい、よかよ」 「ありがと、さくらちゃん!」 「おい、俺との対応にエラい差があるぞ、リリィ」 「たつみはリリィに文句つけただけじゃん。ほら、にんじんちゃんと食べてるよ」 「よしよし、偉いぞ~」 「…たつみの褒め方ってなーんか不自然なんだよね。ちゃんとリリィのこと偉いと思ってる?」 「幸太郎さん、リリィちゃんに演技指導受けるチャンスやけん、しっかり勉強しんしゃい!」 「誰が演技じゃボケェー!本心じゃい!」 また揉め始めたりふたりとも、リリィのパピィとマミィになるにはまだちょっと練習不足かな。 *********************************************************************************************** 329.幸さく 父の日 目を覚ますと、枕元に小箱がひとつ置いてある。 「なんだこれは」 「えぇと、なんやろね。季節外れのサンタさんかな?」 棒読みでとぼけるさくらに、思わず俺は舌打ちをした。 「大根なのは太ももだけにせんかい!」 「ひどかー!」 箱をひっくり返し、包み紙に貼られたテープをゆっくりはがす。 「もっとアメリカンにビリビリ~って破ってもよかよ?」 「このジワジワ剥がれる感覚がいいんじゃろがい」 「…なんかそれっていやらしか」 「そういう風に思う奴がいやらしいんですゥ~」 箱の中には、蝶ネクタイが入っていた。薄いライトグリーンとさくら色に、白いドットパターン。 「父の日のプレゼント。おめでとう、お父さん」 「こんなもんいつ付ければいいんじゃい。バカップルみたいじゃろがい、母さん」 まぁ、今日は外回りの予定もないし、せっかくだから付けてやらんこともないが。 *********************************************************************************************** 330.幸さく ストロベリームーン ひと仕事終えて、肩をコキコキと鳴らす。いい加減風呂に入らねば。 「よっかよか~♪」 廊下を鼻歌混じりに歩いていると、心地の良い夜風が流れてくる。 さくらが窓を開け、空を眺めていた。 「そうしているとまるで月とゾンビィだな」 「幸太郎さん。…まるでって、そのまんま言うとるだけやなかですか」 さくらのツッコミはひとまず置いておくことにして、空を仰ぐ。 大きな月が煌々と輝いていた。 「…月が綺麗だな」 「…はい」 思わず呟いた言葉に、さくらが心なしかしっとりとした声で答える。 その言葉の別の意味を思い出し。俺は内心慌てふためいた。 「今日はね、ストロベリームーンなんやって!ファンの子が教えてくれたとよ!」 尻尾を振るロメロのように、さくらが嬉しそうに言った。 なんじゃいコイツ。全然気付いとらんな。ホッとすると同時に、少々腹が立つ。 「で?ストロベリーだとどう違うんじゃい。味か?」 「そこはちょっと聞きそびれちゃって、よくわからんとです…」 さくらは誤魔化すようにえへへ、と笑った。 「ばってん、幸太郎さんの言う通り月が綺麗…、あっ!」 ハッとしたさくらを置いて、俺はそそくさと風呂場へ向かう。 「幸太郎さん、さっきのって…!」 「思ったことそのまま言っただけじゃい!」 「えぇ、そやんかこと思っとったと!?」 さくらがどやんすどやんすと身をくねらせている間に階段を駆け下りる。 「幸太郎さん、あの、えっと!」 吹き抜けの上からさくらが叫ぶ。 「み、みーとぅー!!」 「大声で言うな!恥ずかしい!」 この際、多少冷たくても構わんからシャワーを浴びてしまいたい。 頬の火照りを冷ますためにも。 *********************************************************************************************** 331.幸純 つよつよ純子さん(真) >そろそろつよつよ純子ちゃんを摂取しないと死ぬ 今日の私はつよつよ純子。なんせレバニラ炒めを食べたのですから。 さくらさんも『レバーちゃんと食べて偉かね~』と褒めてくださいました。 ルンルン気分で廊下を歩いていると、お仕事帰りの巽さんが。 「おかえりなさい」 「おう、ただいま。ロメロに聞いたぞ、最近好き嫌いを克服しとるらしいじゃないか」 「はい。おかげさまで。…巽さんの好きなものってなんですか?」 「佐賀じゃい」 間髪入れず、視線も揺らさず答える巽さん。 「では、好きな女性は?」 「な、な、なに言うとるんじゃ純子!プロデューサーたる俺が恋愛ごとなど…」 「恋愛と仕事、どちらもこなすのが出来るプロデューサーではありませんか?」 「フン、俺に釣り合う女なんて一体どこに…」 「あら、昭和の伝説では物足りないませんか?少し発酵していますが…」 そして私は巽さんの手に。。。数年後、子供たちがラグビーチームを結成したのですよ。。。 *********************************************************************************************** 332.幸リリ 体が求める >体がホモを求める リリィはかわいいものが好き。ちっちゃいもの、やわらかいもの。 硬くてゴツゴツしたもので好きなのはパピィだけ。 あとはみーんなかわいくないから好きじゃない。 好きじゃないはずなのにさ。 たつみの大胸筋はゴツゴツのカチカチ。腹筋もちゃんと割れてる。 あ、外腹斜筋もキッチリ鍛えてんじゃん!たつみのくせに! パピィのこと思い出して、寂しくなったからベッドに潜り込んだのに、全然落ち着かない。 やっぱりパピィとたつみの筋肉は違う。パピィの身体をさわってもハートはこんなになんなかったもん。 おっきくなってるのはハートだけじゃない。 おちんちんもぴょこんとおっきくなっちゃった。こどもちんちんだからかわいいけどね。 そうだよ、たつみのかわいくない大人ちんちん見たら、きっと気持ちも萎えるはず。 ズボンの上から触ると、カチカチのおっきな棒みたい。リリィの体温がないせいか、すごくあっつい。 「ドキドキしなくなるためだもん、リリィ悪くないもん」 かわいく言い訳してみても、本当はたつみを求めてるのはわかってる。だってリリィは天才だもの。 *********************************************************************************************** 333.純ゆう 甘酒 水浴びを終えたゆうぎりは、台所から未だ物音がすることに気付いた。 今日の片付けは純子が担当。もしまだ手間取っているなら手伝ってやろうと覗き込むと、 何やら魔法瓶を使って調理をしているようだった。 「明日の仕込みでありんすか?」 「あら、ゆうぎりさん。実はおばあちゃんから教わった方法で甘酒を作ろうと思いまして…」 「では、わっちがひとくち味見を…」 ぺろりと舌なめずりをして、ゆうぎりは今しがた純子が使っていた魔法瓶を傾けようとする。 「いけませんよ!一晩寝かさないとただの麹が入ったお粥なんですから!」 「難儀でありんすなぁ…。"ふりぃずどらい"なら鍋で沸かせばすぐでありんすよ」 好物にありつけなかったゆうぎりは幼い子供のように唇を尖らせた。 その顔を見て、純子は思わず吹き出した。 「ぷふっ、すいません…。ゆうぎりさん、いつも飄々としてらっしゃるから、ふふ」 「あり、せっかく"みすてりあすきゃら"を作っていたのに化けの皮が剥がれてしまったでありんす」 ふたりは互いにしばらく笑いあった。 そこには『伝説の昭和のアイドル』と『伝説の花魁』ではなく、ふたりの少女がいた。 「それにしても、以外でした。私、ゆうぎりさんの頃はなんでも手作りすると思い込んでいて…」 ひとしきり笑ったあと、純子は涙を拭った。 「わっちらは酒屋と縁深いでありんすから、酒と一緒に買い付けてたでありんす」 「なるほど、遊郭は大所帯ですものね」 「かむろの頃は道行く甘酒売りから小遣いでよく買っていたでありんす。  どうやっておまけして多めに入れてもらおうか、頭を捻ったもんでありんすよ…。  思えばそれで媚の売り方を覚えた気がしんす」 「まぁ。色気より食い気なんですね」 「純子はんもそうでありんしょ?特に甘味は別腹でありんす」 純子はハッと腹を抑えた。別腹は乙女の無二の悪友である。付き合うと楽しいが、口車に乗せられると痛い目を見る。 「そういえば、幸太郎はんが出先で水羊羹を頂いたようで」 「盗み食いはいけませんよ」 「確かに盗み食いはご法度でありんす。しかし、直接ねだる分には問題ありんせん」 「わかりました、お供します」 付けていたエプロンをいそいそ畳み、純子はゆうぎりの後に続いて巽の部屋へと向かうのだった。 *********************************************************************************************** 334.幸さく 大きなあくびをひとつ 「ふわぁ…っ」 奥歯まで見えるような、大きなあくびをひとつ。手で隠そうとしたけど間に合わん。 「アイドルのくせに大口開けてはしたない。お前は先に寝ろ。明日はデパートでイベントがあるんだからな」 「それなら、幸太郎さんこそ早く寝てください。裏方仕事いっぱいあるとやろ?運転もせんといけんし…」 「ちょうど調子が出たところだ。寝るわけにはいかんわい。…ふあ…ぁ」 幸太郎さんも、つられて大きなあくびをひとつ。 「みっともなかよ。幸太郎さん」 「やかましいのぉ!お前のあくびが伝染ったんじゃい」 文句を言いつつ、幸太郎さんは伸びをした。 「…あー、ついでにやる気まで失せた。ほれ、寝るぞ、さくら」 「はーい。ふわぁ…っ」 立ち上がった幸太郎さんの腕に寄り添いながら、大きなあくびをまたひとつ。 「やめんか、無限ループになるじゃろが。ふあ…ぁ」 大きなあくびをまたまたひとつ。あくびが伝染ると間接キスみたいで恥ずかしか。 あくびの連鎖を止めるため、わたしたちは同じベッドですやすやと寝息を立てるのでした。 *********************************************************************************************** 335.幸リリ プリケツ 「たつみってなんでプリケツなの?」 ロメロにふんどしを締めているとリリィが嫌そうな顔で聞いてきた。 「なんじゃい、俺の桃尻ヒップに文句あるんかい」 「尻とヒップが被ってるよ。なんかさー、尻だけプリプリしてて」 一呼吸、呆れるような溜息をついて。 「キモい」 「やめんか!溜めてダメージを増やすのは!大体俺だって常にプリケツと言うわけではないぞ!」 「いや、プリケツじゃん」 「フッ、いいから見ていろ。…フンッ!」 鍛え上げた筋肉に力を入れると、俺の尻は鋼と化した。 「わぁ、すげーたつみ!」 「どうじゃ、触ってみてもいいぞ」 「ちゃんと鍛えてるじゃん!わぁカチカチ!たつみの固い!」 「もっと触ってもいいんだぞ、リリィ」 その会話を他のメンバーに聞かれていたせいで、その日のミーティングは地獄だった。 *********************************************************************************************** 336.幸さく 幼妻弁当 「幸太郎さんにお話があります」 「なんじゃい、俺は忙し「よかけんが!」アッハイ」 さくらが必死に訴えるので、心の広い俺は仕方なく耳を貸してやる。 「これ、先月のお昼代のレシート」 「げっ…」 確かに処分したはずの…。いや、あの日はレシートをまとめて整理していたら地元の飲み会に誘われて…。 クソっ、肝心なところの記憶があやふやだ。 「俺が高いもん食って何が悪いんじゃい!」 わざとらしいほどにふんぞり返って、さくらに言い放つ。交渉は飲まれたほうが負けである。 「そやんかことはどうでもよか!」 ものすごい剣幕で叫ぶさくらに、思わず俺は姿勢を正した。 「この日は菓子パン一個。その次の日はちゃんぽんいっぱい食べて、その次はおにぎり一個!  栄養バランスちっとも考えとらんやなかですか!そんなことで体壊したらどやんすっと!?」 「スミマセン…」 「やけん、明日からお弁当を作ります。台所に置いとくけん、ちゃんと持ってってね!」 翌朝。俺はガレージへこっそり向かう。弁当箱は置いてきた。 プロデューサーたるこの俺が、アイドルの負担を増やすなどあってはならんことだ。 「ワン!」 「コラ、ロメロ!今は静かに…何持っとるんだ、お前」 弁当箱の包みをくわえ、ロメロはいつものように尻尾を振っていた。 まさか、ゾンビィ共に懐柔されたのか…? いや、まさか。こいつはそんなタマではない。なんせ、俺の一番付き合いの長い親友なのだから。 ロメロのつぶらな瞳をじっと見つめる。 「そうか、お前にも心配をかけていたんだな」 「ワフ」 包みを受け取り、ロメロを思いっきりワシャワシャと撫でてやると満足そうに目を細めた。 「じゃあ行ってくる。ゾンビィ共の世話、頼んだぞ」 「アオーン!」 ロメロが『任せておけ』と元気に返事をする。 俺は安心して、車に乗り込みキーを回した。 昼飯時、社内で弁当を開ける。 中には、昨日の煮物、冷食の唐揚げ、竹輪・きゅうり・チーズを交互に重ねてファンシーなプラの楊枝で刺したものなど。 俺には似合わんポップでキュートな弁当を見て、人前で開けなかった自分を褒めてやりたくなった。 完全に女子高生のセンスで作りおって…。 極めつけは、白飯の上には桜でんぶで描かれたハートマーク。こんなん現実でやるやつがおったとは。 「余計な手間をかけよってからに…」 桜でんぶに箸を突き立て、下の白飯とともに口に放り込む。 煮物をふたつみっつ食べたあとに唐揚げを箸で摘まむと、綺麗に半分に崩れた。 あらかじめ一口大に収まるように包丁をいれてあったらしい。 「余計な手間をかけよってからに…」 もう一度、同じ台詞を呟くと、飯粒ひとつ残さずに弁当を平らげる。 「ふぅ…」 リクライニングを倒し、少しばかり食休み。 桜でんぶは飯全体に乗っけるように、唐揚げは俺の口に合わせて切らずに入れるように言わないといかんな。 プロデューサーたるこの俺が、アイドルの負担を増やすなどあってはならんことだ。 *********************************************************************************************** 337.幸リリ 百合の日 「ねぇ、タツミ。リリィって英語でどういう意味か知ってる?」 「ハァ?」 スーパーの駐車場で、突然リリィが尋ねてきた。 珍しく買い出しに付いてきたと思えば、何を素っ頓狂な質問をしてくるんだ、コイツは。 「あれぇ~?もしかしてわかんない?」 「なわけあるかい!俺はハリウッドでメイク術を学んだ男だぞ!」 リリィのニヤニヤ笑いによからぬ企みの気配を感じつつも、ここで答えねばプロデューサーの沽券に関わる。 「あれじゃろ、あの…百合!そう、百合だ、たしか」 「自信満々の割にはすらっと出てこなかったね」 「うっさいのォ!日常生活で花の名前なんか使わんじゃろがい!」 「じゃあさ、今日何の日か知ってる?」 6月25日。何か特別な行事があっただろうか?首を捻る俺の手をリリィがぐいぐい引っ張っていく。 「待て、まだカートとカゴ取っとらんじゃろが」 俺の呼びかけを聞き流し、リリィは生花店を指さした。店先には無数の百合の花。 「今日はね、『百合の日』。つまり、リリィの日なんだよ☆」 「花の記念日とお前は関係ありません!なんかおねだりしようったってそうはいかんぞ!」 「いいじゃん!タツミのケチンボ!」 店の奥に向かおうとするリリィと、抵抗する俺。腕の引張合いが始まった。 普通ならば非力なリリィに負けるはずは無いのだが、なんせここはスーパーの店先。 全力で引っ張ってリリィの腕が引っこ抜けようものなら大パニックである。それをわかって仕掛けてきたな。 不意に、リリィの力が抜けた 「いいじゃん、タツミ。たまにはワガママ言ってもさ…」 目尻に涙を溜めて、リリィがボソリと呟いた。…仕方がない、そこまで言うのなら…。 「って引っかかるかボッケェ~ィ!俺はお前の演技を何度もチェックしとるんじゃい!  泣き真似が通用すると思ったら大間違いだ!」 「…やるじゃん、タツミ☆」 泣き顔が消え、不敵な笑みが現れた。演技とわかっていてもその変わり身には恐れ入る。 「でもさ、リリィだって頑張ってるしご褒美くれてもいいと思うな」 「『百合の日』だからってご褒美渡したら不公平じゃろがい!たえや純子に語呂合わせの記念日なんてないんだぞ!」 「ふーん、じゃあみんなが得するご褒美ならいいよね!」 言質取ったり、とリリィはニンマリ笑って手を離し、お菓子売り場へ向かっていった。 ため息を吐き、俺はカートを取りに店頭へトボトボ歩き出した 買い出しリストをチェックしながら、商品をよく吟味して買い物カゴヘ入れていく。 お菓子売り場に目をやると、リリィがお徳用のお菓子袋を手にうんうんうなっていた。 「なにしとんじゃい」 「どっちにしようか悩んでんの」 眉間にシワを寄せて、リリィは商品を睨む。その手から商品を奪うと、両方カゴに放り込んだ。 「言っておくが、タダじゃあ買ってやらんぞ。これから一週間俺の肩を揉んでもらうからな」 「別にいいけど、20時までには帰ってきてよ。いつもみたいな深夜帰りならやってあげないから」 「なんじゃい、お子ちゃまはお眠の時間が早いからか」 「20時以降の労働は児童福祉法違反だよ。だってリリィは永遠のお子ちゃまだからね☆」 リリィが見せた眩しい笑顔は、花屋の百合にどこか似ていた。 おしまい 「タツミぃ、肩揉みに来たよ」 「おう、入れ入れ」 ノックをするとタツミの上機嫌そうな答えが返ってくる。 やっぱ早めに帰れると嬉しいのかな? …リリィの肩揉みを楽しみにしてた、って思うのは調子にのりすぎだよね。 タツミの肩を触ると、固い筋肉の感触が伝わってくる。 こんなにしっかりタツミに触れたのは初めてかも。 後ろからでよかった、ハートドキドキしてるのみられないし。 ダメだよ、肩揉みに集中しないと。そう思ってるのにリリィのハートはドキドキして。 …ハート以外もピクピクしてる。いけないことなのに。 「じゃあ、時間だからリリィもう行くね」 「待て、リリィ疲れただろう。今度は俺が揉んでやるぞ」 タツミに肩を掴まれて、無理やり振り向かされた。 サングラスしててもわかる。リリィの恥ずかしいところ、服の上からでもわかっちゃう。 そう思ったら、腰がガクガク揺れて、目の前が真っ白になった。 *********************************************************************************************** 338.闇さくら 暗闇の中で 暗い、暗い部屋でひとり座り込んだまま、床を見つめる。 本当に欲しかったんは、この静寂だったとやろか。 違う。 欲しかったのは、『必要だ』という言葉。 わたしが振り払っても尚、強引にこの手を掴んで欲しかった。 「…ふっ」 自分の理不尽な願いに、つい自嘲してしまった。 一体、どこの誰がそうまでしてこの持っとらん女を引き止めるとやろか。 静寂はまだ続いていた。きっと、もう誰も来やせんよね。 ふと、夜風に当たりたくなり、こっそりと屋敷を脱け出した。 夜道にひとり、自分の足音だけが聞こえる。 『夜風なんて、興味なかよね?』 わたしの中で誰かが囁く。 『あのままほっとかれたら惨めやけん、見つからんように逃げとるっちゃろ?』 不快なその声に舌打ちをしつつ、わたしは夜闇を生ける屍のように彷徨った。 *********************************************************************************************** 339.幸さく 変なスイッチ入った >だけんイジったらノリノリでわん!わん!言ってくれそうでいいよね 「幸太郎さん、取ってきました!」 「あぁ、すまんな」 万年筆のインクが切れたので物置までさくらに取りに行ってもらっていた。 さて、これで作業が捗るな。 書類に視線を落とそうとしたとき、まださくらが部屋にいるのに気付いた。 「どうした?」 「…『すまんな』、だけですか?」 どうやら褒め方に不満があるようだ。…その姿はどこかロメロを思い出す。 「すまんのぉさくら!よーしよしよしよし」 頭を抱えて、大げさに撫で回す。 小遣いアップか何か狙っとるのかもしれんが、こんだけやっとけばドン引きして帰るだろう。 そう思ってる俺の前で、さくらはゴロリと寝転がって腹を見せた。 「もっと…❤️幸太郎さん」 …どうやら、押してはいけないスイッチを押してしまったようだ。 *********************************************************************************************** 340.幸ゆう たぴおかみるくちー 「へぇ、これが噂の"たぴおかみるくてぇ"でありんすか」 「『みるくてぇ』ではない、『ミルクティー』だ」 「みるくちー」 「…惜しい!」 ここはスーパーの一角。飲み物売り場。俺はゆうぎりと共に買い出しに来ていた。 目覚めた当初は厭世的だったゆうぎりも、 いつからかこうして買い物に付いて来ては現代の商品を物珍しそうに眺めるようになった。 現役の頃は万に通じていた花魁としてのプライドか、はたまた他のゾンビィたちの影響か。 どちらにしても俺にとっては好ましいことだ。 多少の現代知識の欠如は花魁キャラとして活きるが、あまりに常識が欠けているとアイドル活動に支障をきたす。 ゆうぎりはプラスチックのコップを照明に透かし、中のタピオカをしげしげと眺める。 「不思議なつぶつぶでありんすなぁ」 好奇心旺盛な少女のように、ゆうぎりはポツリと呟いた。 「それはな、南国原産のカエルの卵らしいぞ」 それに釣られてつい、俺の中の少年のようないたずら心が口を勝手に動かした。 「ヒェアアアアア…」 情けない悲鳴を上げて、ゆうぎりは容器を自分の顔から遠ざけると、 高価な割れ物でも扱うようにそーっと商品棚に戻した。 「近頃流行りと聞いておりんしたが、度胸試しの類でありんしたか。桑原桑原」 ギギギ、と油が切れた機械のようなぎこちなさでおっかなびっくり棚から離れると、 俺の陰に隠れるようにそそくさと回り込み、カートのハンドルを俺の手ごと掴んだ。 「さぁ、さっさと買い物を済ませるでありんすよ。ごーごーごーごー!」 「待て、引っ張るな!」 俺の言葉に耳を貸さずに、ゆうぎりは足早に歩を進める。 飲み物売り場から惣菜売り場を通り過ぎ、鮮魚売り場で足を止めた。 広告の品の他に、なにか掘り出し物はないか。 俺が目を皿にする横で、ゆうぎりは『ポポーポ ポポポ』と陽気な音楽がどこから鳴っているのか夢中になって探していた。 「あり?」 首を傾げたゆうぎりが、先程必死になって逃げた飲み物売り場へ向かおうとする。 「どうした?」 「わっちらの"ふあん"でありんす」 「ファン?」 『ファ』の発音が慣れないらしく、ゆうぎりは純子に倣って『フアン』と呼ぶ。 目を凝らすと、進学校の生徒が先程のタピオカミルクティーを眺めていた。 はて、あの学校にそんなに見覚えがあるファンがいただろうか。 更によく観察すると、彼女らはサキとひと悶着あった『殺女』のメンバーのようだった。 …まさか進学校の生徒だったとは。俺の驚きを他所にゆうぎりはスタスタと彼女らに向かっていく。 「どうするつもりだ」 「"ふあん"がカエルの卵を飲まされるのを黙って見過ごすことはわっちには出来んせん」 「待て、ゆうぎり」 俺の制止を無視して、ゆうぎりはまっすぐに歩いていく。 「すまん、さっきのはほんの冗談だ。イタズラのつもりだった」 「知ってるでありんす」 「…謀ったな」 「お互い様でありんしょう」 『殺女』のメンバーが去った後、再び俺たちは飲み物売り場に向かった。 「小耳に挟んでいたでありんす。"たぴおか"の材料は"き…"、"かっさば"…」 「キャッサバ」 「それな」 現代風に返しながら、ゆうぎりがカートにタピオカミルクティーを放り込む。 「変に流行を取り入れるな。キャラがブレる」 「わっちだって、流行に敏感なお年頃でありんす」 飄々と返事をしながら、カートにもうひとつタピオカミルクティーを放り込んだ。 「ふたつも飲むのか。太るぞ」 「わっちひとりで飲むのはさすがに少し恐ろしいでありんすよ」 自然な仕草で、ゆうぎりはウィンクをした。 「しゃーない、今日は付き合ってやる。その代わりさっきの分はチャラだぞ」 「あい」 おしまい *********************************************************************************************** 341.幸さく 枕のにおい 「むにゃ…」 口の端からよだれが垂れそうな感触で目を覚まし、急いで枕元のティッシュを探る。 ティッシュで口元を拭ったら、念のため枕をペタペタ触り、濡れていないかチェックする。 うん、ギリギリセーフ。持っとるね、わたし。 もしも枕カバーを汚しとったら幸太郎さんに怒られる。 『寝るとき枕からお前のよだれのにおいがするんじゃーい!』って。 でも、一緒に寝とるときっていっぱいキスしとるし、お互いの唾液混ざっとるけんわたしのにおいとは言い切れんと思うとよ。 そうだ、今のうちに少し混ぜといて、気付くかどうか試すのはどうっちゃろ。 まだ眠ってる幸太郎さんを起こさんようにそっとキスをして、舌をゆっくり絡める。 「…なにしとんじゃい」 いけん、気付かれちゃった。 「え、お、おはようのキスをしようと思って…挨拶は大事やけん」 今度は幸太郎さんが、わたしの舌に舌を絡めた。 「挨拶ってのはお互いにするもんじゃろがい」 結局怒られた。持っとらん。ばってん、いつかまた試しちゃるけんね。 *********************************************************************************************** 342.幸さく 同じ衣装 >アニメではずっと同じ衣装だったから余計に 「幸太郎さんっていつも同じ服着とるけど、こだわりかなんかあると?」 「は?何言っとんじゃお前」 「何って…?」 よくわかっていないわたしに幸太郎さんは大げさにため息をつく。 そやんか呆れんでもよかやん!と反論する前に、幸太郎さんはわたしの手を引く。 「え、ど、どこに行くとですか!?」 「俺の部屋に決まっとるじゃろがい」 「そやんかこと言われても、あの、まだ心の準備が!」 「さっきからもうなんなんじゃい、お前はー!」 幸太郎さんの部屋は綺麗に整理整頓されていた。…これが男の人のお部屋…。 「なにジロジロ見とんじゃい、お前に見せたいのはこれだ!」 クローゼットの中にはズラリと並んだいつもの衣装。 「これはイタリアのデザイナー作、これはなんとNASAの新素材で出来とる。これなんて夏用と冬用じゃい。生地が全然違うじゃろ?お、そうそうこれはな…」 そのあと、スーツ談義に小一時間付き合わされるのでした。持っとらん…。 *********************************************************************************************** 343.乾さく いいからテーピングだ 「ごめんね、乾くん」 「…大丈夫」 源さんの問いかけに、絞り出すように返事をする。 体育のハードルの片付け中、彼女は軽い肉離れを起こした。 通常であれば女子が保健室に付き添うところだが、女子は係の彼女を残してすでに更衣室、 合同で授業を行う隣のクラスで係を務める女子は風邪をひいて欠席中。 やむなく俺が付き添うこととなった。 だが、保健室に来てみれば養護教諭の先生は出払っていた。 書き置きによると昼休みは丸々外出するらしい。 「持っとらん…」 源さんが深々とため息をついた。 「乾くん、あとはよかよ。湿布かなんか貼っとけば治るけん」 彼女が見せた笑顔は、痛みに引きつっていた。 「大丈夫、源さん。僕が湿布を探すよ。ついでにテーピングもしておこう」 いいところを見せたい、という下心がなかったわけではないが、何より彼女が心配で俺はそう申し出た。 「ありがと、乾くん。…はぁ~、ひんやり~」 源さんが痛めた左足首に湿布を貼っている間、俺は重要なことを失念していることに気付いた。 …テーピングをするには彼女の脚に触れねばならない。 だが、同年代の女子の脚など、触れたこともない。 しかも、相手はあの源さんである。 「乾くん」 「はい!」 「…よかお返事やね。テーピングって、どこで覚えたと?」 「親父とよくキャンプに行ってて、応急処置も覚えとけって教えられたんだ」 「へぇ~!すごかねぇ!」 キラキラと目を輝かせる彼女を見て、俺は決心する。 いやらしいことを考えている場合ではない。これは源さんのためだ。 彼女の脚にそっと触れると、肉離れのせいか少し熱を持っていた。 「ごめんね、乾くん」 「…大丈夫」 彼女の脚に包帯を巻く。 「源さん、痛くないかい?」 彼女は返事をせず、虚空を見つめていた。 その体温は、今や氷のように冷たい。 当然だ。あの日からすでに数年のときが経ち、彼女は死んで、甦った。 ただし、ゾンビィとして。 復活後、負傷箇所を点検すると彼女の左足首に補強が必要だとわかった。 生前から肉離れの癖が付いていたらしい。 「…大丈夫、大丈夫だよ源さん」 あの日と同じ言葉を繰り返しながら、俺は包帯を巻いていく。 あの日が帰ってくるように祈りながら。 だが、彼女はあの日のように、笑顔を見せてくれることはなかった。 おしまい *********************************************************************************************** 344.幸さく ゾンビ保冷剤 >特別な衣装もよかやけどゾンビィ制服夏服バージョンも見てみたかー! 「幸太郎さん、わたしたちの服に夏服ってなかと?」 「人前に出るでもなし、そんなもんいちいち作ってられっかい!」 幸太郎さんとは合うし、たまには別の服も見せたくなるのに乙女心わかっとらん。 自分で気付いて欲しかけん、絶対言わんけど。 「なんじゃい、その不満げな目は。大体お前ら暑さなんて関係なかやろが」 「幸太郎さんは見てて暑くなかと?わたしは幸太郎さんがずっとジャケット着とるの見てたら暑くなるっちゃ…」 「ふん、時代遅れゾンビィめ。今の俺のジャケットは涼しい素材で出来とるのだ」 踏ん反り返る幸太郎さんの背後に回り込んで、ジャケットと背中の隙間に入り込む。 「本当だ、涼しかね!」 「どこ入っとるんじゃお前はー!」 「二人羽織ー!なんつって!さくらなんつってー!ここにわたしがおったら涼しくならん?ゾンビ保冷剤」 「位置が低すぎるじゃろがい。よっと…このくらいでないとな」 おぶってくれた幸太郎さんの首に腕を絡めて、思いっきり涼しくしてあげるさくらなのでした。 *********************************************************************************************** 345.幸さく バイノーラル >闇と光が分身したときもあったな 「幸太郎さん!」「幸太郎さん…」 バイノーラルの音声が俺の耳を襲う。 驚くべきことに、ひょんなことからさくらが分裂してしまった。何故そうなったのか?俺が知りたい。 「幸太郎さん、あのね!」「幸太郎さん、どうせ暗い方のわたしの話なんて聞きたくなかよね」 「もう、わたし!そやんか態度いけんよ!」「どうせ持っとらんしよかやん…」 「だーもー!せからしいのぉお前ら!順番に話せ!」 「「ならもうひとりのわたしから…」」 「先にしゃべって!わたしのはそやんか急いどらんし!」「わたしの話なんてどうでもよかと。お先どうぞ…」 「…もう、埒が開かん!ほれ、落ち込んどる方、なんじゃい…」 「手…やっぱりなんでもなかとです」 そう言いながら、落ち込んでいるさくらは震える手を引っ込めた。だが、一瞬早く俺はその手を掴む。 「いきなりこんなことになって不安なんじゃろ。素直に言え。そっちのさくらも無理に気丈に振る舞うな」 安心しきったさくらが、バイノーラルで泣きわめく。かなりのやかましさだが、不思議と悪い気分はしなかった。 *********************************************************************************************** 346.幸リリ 海藻マシマシ 「えぇ~、またヒジキ?」 リリィが眉間にしわを寄せ、心底嫌そうな顔をする。 「好き嫌い抜かすな!ヒジキは鉄分豊富で体にいいんだぞ」 「タツミ、情報古いよ。それ鉄鍋の鉄分でヒジキ関係ないし」 反論しつつリリィはヒジキを誰に押し付けるか迷っていた。 こういう時に特定のひとりに甘えると『甘やかしすぎではないか』と問題になって急に断られることもある。 共犯者は多いほうがいいのだ。 「ていうかさぁ、最近海藻類多くない?昨日は海藻サラダだし、お味噌汁はワカメ入ってるの多いし」 「幸太郎さんがね、漁港で安く分けてもろうて来とるとよ」 「ふーん…☆」 リリィの瞳が怪しく光った。 「タツミ、リリィヒジキ苦手だから食べてもらっていいかな」 「いやじゃい」 「そっかぁ…ところでタツミ、今日髪の毛ぺったりしてボリューム不足な気がするけど整髪料変えた?」 巽は冷や汗を一筋流すと、リリィのヒジキの煮物を受け取った。小悪魔が天使のように笑っていた。 *********************************************************************************************** 347.幸さく 押してだめなら 「幸太郎さん、夏でもベスト着てジャケットって、暑くなかと?」 「これが俺のユニフォームじゃい、文句あっか」 「熱中症にならんかいーっつも心配しとーとよ」 「そんなもん、気合いではねのけたるわい!」 幸太郎さんはいっつもそう。『身体に悪い』って言っても止めてくれん。この格好も、暴飲暴食も、夜食も。 やけん、今日は正攻法をやめてみる。ゆうぎりさんも『さくらはん、押してダメなら引いてみなんし!』って言うとったし。 …なんでついでのようにビンタされたかはわからんけど。 「幸太郎さんのシャツ、結構汗の匂いしとる」 「失礼な、ちゃんとニオイ対策はしとるわい」 「こやんか匂いって本人にはわからんよ」 鼻をスンスン鳴らしながら、色んなところを嗅ぎまわる。なんだか暑くなってきた。わたしも汗かきそう。 我慢出来ずに、首の後ろをペロリと舐める。 「このゾンビィめ、俺はただでは食われんぞ」 突然振り返った幸太郎さんにそのまま組み敷かれて、押し倒される。どやんす、どやんすぅ~。 結局そのまま、幸太郎さんと同じ匂いを擦りつけられるさくらなのでした。まるっ! *********************************************************************************************** 348.幸愛 タレ派 「私がまだ生きてた頃の話だけどさ」 買い出しの最中、愛が神妙な顔で呟いた。こいつが俺に何か語るなど珍しい。 半年前の俺ならば、敢えて嫌われるような態度を取っていただろう。 だが、ゾンビィ共は底抜けのお人好しらしく、俺が何を言おうと問答無用で信頼してくる。…こんな俺を。 だから、ここは真面目に聞いてやろう。 「『タレより塩のほうが上等』って決めつける風潮、嫌いだったのよね」 「真面目な話じゃないんかーい!」 「真面目な話よ!『塩だと素材の味がする』って皆言ってたけど、タレもちゃんと素材の味がするじゃない!  味のハーモニーが重要なの!そこはタレも塩も変わらないのよ!なのにタレ派は味音痴みたいに…!」 「一旦落ち着かんかい!」 愛の勢いを手で制すると、周囲の視線に気付いたようで顔を赤らめて小さくなる。 「仕方なかろう、みんながお前のように鋭い感性をしているわけではないんだ」 「…お世辞言って誤魔化そうってんなら許さないわよ」 「お世辞かどうかくらい見破れんお前じゃあるまい」 舌打ちをして、愛が焼肉のタレをカゴに放り込む。その頭には綺麗な花が咲き乱れていた。 *********************************************************************************************** 349.乾さく お題:「目覚め」「また明日」 「乾くん、また明日!」 「うん、また明日」 そう言って、あの日俺たちは別れた。 『履歴書にコーヒーぶちまけて…持っとらんよね、わたし』 コンビニで君に話しかけられたとき、きっと神がくれたチャンスだと思った。 …たしかに、神がくれたチャンスかもしれない。死の前日に君と出会えたのは。 それ以来、俺に明日は来なくなった。 あれから何日、何年経っただろう。俺は君を蘇らせた。…物言わぬ屍として。 君と明日を迎えるために、俺は何日、何年も待った。 君の死から10年経っても明日はやって来なかった。 資金は最早尽きかけていた。明日が来ないまま、俺は地獄に落ちるしかないのかもしれない。 「ワン!」 沈み込む俺に、ロメロが嬉しそうに吠えかけた。 ようやく、君と明日を迎えられるかもしれない。 喜びに打ち震えながら、俺は君を迎えに走る。激しい雨の中を。 *********************************************************************************************** 350.幸リリサキ 浮き輪 >浮き輪で浮いてるリリィはんは想像しやすいでありんすな リリィは海が好き。って言ってもあんまりはしゃいだりするのは好きじゃない。水面を浮き輪でぷかぷか浮かんでるのが好き。 あとは…。 「わぷっ」 いきなり、しょっぱい水がお口の中に流れてきた。ほっぺに水がぶつかる感触、水鉄砲だ。 「やめてよサキちゃん!リリィのんびりしたいのに!」 「のんびりなんて家んなかでも出来よーが!オメーの分もあるけん、勝負しようぜ!」 「ゾンビ同士で銃撃ったって楽しくないもん!」 水に落ちる役をやったときに、水泳はラーニング済み。サキちゃんを綺麗に躱して砂浜へ逃げ込む。 「お前たち!遊ぶのは自由だがこの風雲たつみ城を壊すなよ!」 タツミがなんか怒鳴ってきた。うっせぇ。…手元を見ると一生懸命砂のお城を作っているみたい。 「ダッセ。製作者のセンス疑っちゃう」 「なんじゃあテメェ…。そんならお前のセンスを見せてみい」 リリィは海が好き。って言ってもあんまりはしゃいだりするのは好きじゃない。水面を浮き輪でぷかぷか浮かんでるのが好き。 あとは…、砂のお城を作るのも好き。 *********************************************************************************************** 351.ゆう純 伝説のコーチ >1563145755708.png 「わっち、泳ぐの始めてでありんす」 「そっか、ゆぎりんの頃って水泳の授業ないもんね」 「では、僭越ながら私がコーチを務めましょう」 現れたのは伝説の昭和のアイドル、いや伝説の昭和のコーチと化した紺野純子である。 「私が来たからにはゆうぎりさんを必ず優勝させてみせます!ただし、バリバリのスポ根ですよ!」 「なにで優勝すんだよ…」 「純子はどれくらい泳げるの?ちょっと前調べた水泳大会だと歌う枠で泳いでなかったけど…」 「よくぞ聞いてくださいました」 純子が胸を張る。ワンポイントのかわいらしいリボンが皆の目を引いた。 「面かぶりクロールなら負けません!」 「面かぶり…ってなんやったっけ?」 「息継ぎしないでやるクロールっちゃろ、小学校低学年くらいでやるやつ」 ドヤ顔の純子の肩を、たえがちょんちょんと叩く。指で指し示すその先には、スイスイ平泳ぎするゆうぎりの姿が。 「ゆーちゅーぶで予習しておいてよかったでありんす」 *********************************************************************************************** 352.乾さく 絆創膏 深夜というのは何故人を高揚させるとやろ。原始人は夜行性やったとかな?がば不思議。 そんなこんなで謎テンションになったわたしはネットで見つけたエッチな画像のマネをしちゃったとよ! ズバリ、乳首に絆創膏!わたしはちょっと他の子より乳輪が大きかけん(本当にちこっとだけよ!) 隠しきれんやったけど、まぁこれでシャツ着たら隠れるよね! ということで部屋の姿見で確認!…いけん、がば透けとる。これはノーブラ絆創膏って一秒でバレる。 うわぁ、深夜のテンションで良かった…朝思いついてたらどうなっとったかな…。 絶対もう学校行けんようになってたよね…。えっちな漫画みたいに空き教室とか連れてかれたとかな…? よく考えたら学校行く前に通学中にバレる…。 痴漢とかに襲われてもこやんか格好しとったら誰も助けてくれんよね…。 どやんす、どやんす…。 ふぅ…。 あぁ、明日も学校行かんと…。春頃サボっとったからもう休めん…。 胸の絆創膏を剥がすと、ちょっぴり甘い電撃が体を走った。 そのあとしばらくして眠りについたわたしは、案の定学校に遅刻した。 「ハァ…、ハァ…」 「ちょっとさくら、そやんか赤か顔して息荒げとったら男子共のおかずになるっちゃ」 「だって、遅刻、寸前、やったし…」 本当は、走っとるときに『これノーブラやったら絆創膏剥がれてるし胸の揺れでバレる』って ほんの少し妄想しちゃって、それで顔が赤くなっとるとやけど、流石にそれは言えん。 「…おはよう、松尾さん、源さん」 「おはよ、乾くん」 「おはよー、乾くん。ごめんね、今退くけん」 「いや…別に…。源さん、調子悪いの?」 「え?うぅん!元気!ぜーんぜん問題なかよ!あはは…」 「…そっか」 乾くん、最近話しかけてくれるようになったとやけど、わたしがこやんかえっちな子やって知ったら幻滅するっちゃろな…。 憂鬱なため息とともに、今日も憂鬱な学校生活が始まった。あ~あ、持っとらん…。 おしまい *********************************************************************************************** 353.幸さく 穏やかな時間 この十年間、何もしない時間は無駄だと思っていた。 俺がすべきことを成すために、十年ではとても足りない。 ゆえに、隣で眠るゾンビィの顔をただぼんやり眺めて過ごすなど、半年前には考えられなかった。 さくら色の髪を指で梳ると、少し口元が緩んだ気がした。 「なんの悩みもないような顔で寝よってからに」 いや、そう見えるだけでこいつはこいつで悩みを抱えているのかもしれん。おかげでいつぞやは肝を冷やした。 あの苦労を思い出すと段々腹が立ってきたので、鼻を摘んでやると苦しそうな顔をする。呼吸なんてしとらんくせに。 それでもちっとも起きる気配はない。安心しきっとるな、こいつ。 そう考えると悪い気はしないが。 目覚ましがけたたましく鳴り響き、穏やかな時間が終わりを告げる。 「はい、グッモーニン!とっとと起きんか寝坊助ゾンビィ!」 布団ごとベッドの上からさくらを引きずり下ろす。 「はわっ!お、おはようございます!…もうちょっと優しく起こしてくれてもよかっちゃろ」 寝ぼけたことを言いよって。俺は眠たげなゾンビィを急き立ててミーティングへ向かう。 明日の穏やかな時間のために。 *********************************************************************************************** 354.幸純 レツゴー純子 >ss335449.jpg 「紺野純子です」 「紺野純子です」 「紺野純子でございます」 サングラスを外し、目をこする。…乱視ではない。 「ロメロ!」 「アオーン!」 ロメロに頼んで俺の足を噛んでもらう。痛い。夢でもないようだ。 「「「大丈夫ですか?巽さん。。。」」」 心配そうに上目遣いで見つめてくる3人の純子。立体音響で聞こえてくるその声に、俺の理性は限界を迎えようとしていた。 そんな俺の様子に気付いたのか、純子は互いに目配せをする。 「私にしますか?」 「私にしますか?」 「それとも、わ・た・し?」 潤んだ瞳が俺に訴えかける。俺は、俺は! *********************************************************************************************** 355.姉弟さく幸 続きって見ないの? 「…またなんか借りて来よったんか」 「うん、見て見て!今回は、なんと3本も借りて来たとよ!」 DVDケースを扇のように広げて見せると、弟は呆れたように溜息をついた。 「もう、幸ちゃん冷たか〜」 昔は姉ちゃん姉ちゃんと慕ってくれたとやのに、最近は無愛想というか、クールというか…。 「女の子にそやんか冷たくしとったら、せっかくモテても長続きせんよ!」 「別にええわい、女の子と付き合う気もなかやけん」 「幸ちゃん、もしかしてホ…!」 「…」 「やめて!お姉ちゃんを冷え切った目で見るんは!ロメロぉ〜幸ちゃんが相手してくれん〜」 「ワン!」 「姉ちゃん、早よ飯食わんとまた母さんにどやされるけん」 「はぁ〜い」 ロメロのモフモフを堪能しきる前に、弟に急かされて渋々食卓に向かう。 こうなったらまたご飯時にライブ映像流して布教活動しちゃるけんね! 明くる日。今日は休日やけん、朝から居間でパズルゲーム三昧。 …と思っとったとやけど、隣に座った弟がずーっと画面を眺めとるけんちょっとやり辛か…。 「幸ちゃん、なんかゲームやる?」 「いや、別に」 「じゃあ、お姉ちゃんと対戦する?」 「ヤダ、勝てんし」 じゃあなんで見とると!?うぅ〜弟の気持ちがわからんっちゃ…。 「あっ!」 考えごとしとるうちに、パズルは一個ズレて落ちる。そこからは転がるようにミスを連発、みるみるうちにゲームオーバー…。 「…姉ちゃん」 コンティニューするか迷っとるわたしに、弟が遠慮がちに声をかけて来た。 「…昨日のDVDの続きって、見ないの?」 そのときのわたしは、一体どんな顔をしとったとやろ。弟は、酷く後悔した顔で『言うんじゃなかった』と呟いた。 おしまい *********************************************************************************************** 356.幸さく ひんやり膝枕 ムシムシ、ジメジメ。 日本の夏は蒸し暑い。特に佐賀は九州である。九州とは南である。故に暑い。 「…いかんな、語彙が壊滅しとる」 新曲の作詞作曲をせにゃならんというのに、頭の中は『暑い』という言葉で埋め尽くされ、ろくに作業が進まない。 そのうえ楽譜がペタペタと腕にひっつくのである。 もう、限界だ。風呂場に駆け込み、熱いシャワーを浴びてとっとと寝るに限る。 風呂場で汗を流した俺はバスローブを纏って寝室に向かう。寝室の小型冷蔵庫にはキンキンに冷えたフルーツ牛乳が待っている。 去年のように、共用冷蔵庫に置いてゾンビィ供に飲まれるようなヘマは二度としない。 鼻歌交じりにドアノブに手をかける。…妙に手応えが軽い。 「あ、幸太郎さん!お風呂入っとったんやね」 部屋に入ると、さくらがベッドに腰掛けていた。 「なんでお前がここにおるんじゃい」 「ノックしても返事なかけん、試しにドア開けてみたら鍵かかっとらんくて」 …どうやら俺は暑さで相当参っているらしい。 「お前、開いとるからってな、人の部屋に勝手にな!」 「ご、ごめんなさい…」 元はと言えば俺の不注意である。さくらを怒鳴りつけても仕方ない。…やましいものは全てPCに移動しているから見られる心配もない。 「で、お前はなんのために不法侵入を働いたんだ」 枕元のランプを点けて、さくらの顔を照らすと眩しさに小さく悲鳴をあげた。 「えっと、最近暑くて寝苦しくなかかなと思って…」 さくらが俺の右手を包み込むように握る。その手は氷のように冷たかった。 「水浴びしたばっかやけん、氷枕代わりになれんかな?」 寝巻きのハーフパンツから覗く太ももをぺちぺちと叩きながら、さくらは熱弁した。 「足痺れても知らんぞ」 「ゾンビやけん大丈夫!」 茹だった頭では断る理由が思いつかず、俺はさくらを追い出せなかった。 仕方なく、冷蔵庫からフルーツ牛乳を二本取り出し、一本をさくらに渡す。 「太もものレンタル料じゃい」 フルーツ牛乳のほんのりした甘さが俺の喉を潤した。 *********************************************************************************************** 357.幸さく パパ幸ママさく 「はい、ゆうぎりさん!甘酒どうぞ」 「あい~」 「ちゃんとふーふーして飲もうね」 「ふーふー」 「愛ちゃん、イカグラサンくんはね、おうちに帰らんといけんくなったの」 「やぁーーーーーだぁーーーーーーー!!3!!!!」 「おうちに帰らんとね、身体がカピカピのスルメグラサンくんになってみんなのおつまみになっとよ?それでもよかと?」 「…それは、イヤよ」 「じゃあ、また来年会えるようにご挨拶しようね」 「イカグラサンくん、バイバイ。また来年会いましょう」 「立派に挨拶出来て偉かね!…幸太郎さん、純子ちゃんは?」 「今落ち着いたとこじゃい。ったく朝っぱらから」 『サキちゃんきらーい!!』『パラリラパラリラ』『ヴァー!!』 「…まだ終わっとらんのか」 「行こ、幸太郎さん!」 *********************************************************************************************** 358.夏ってこんな感じね 「なるほどね〜夏ってこんな感じね〜ん〜〜なるほどね〜〜」 「ちょっと忘れて舐めてましたよね」 「いや〜〜舐めてたね〜〜完全にね〜敗北だよ…」 「たえは〜ん、生きてるでありんす〜?」 「…ゥ〜」 「もう死んでますけどね…」 「サキちゃん、スカートバサバサするのやめなよ、はしたないよ」 「せからしか!どうせ女とちんちくしかおらんばい、どんな格好でもよかっちゃろ!」 「ダメよ、アイドルなんだからちゃんとした格好しなきゃ」 「愛には言われたかねぇ」 「水着だからセーフよ!」 「さくらちゃん鼻血出して倒れてるからアウトじゃないかな〜?」 「幸せそうな死に顔でありんすなぁ」 「前から死んでますけどね…」 「つかよォ、アタシらなんで暑さだけ感じるとや?寒さは問題なかやのに」 「タンパク質は40℃で凝固するからじゃない?」 「このクソあちーのにわけワカンねぇこと言っとるとぶっ殺すぞ」 「焼いたお肉は固くなるけど、そのあと冷ましても生に戻らないでしょ?」 「さすが肉のすぺしゃりすとでありんす」 「フフン」 「お前ら、何ダラけとんじゃーい!」 「タツミが暑苦しいからだよ…」 「…。さくら、何寝とんじゃい!」 「お、おはようございます!」 「アイツ辛いことがあるとさくらに逃げよんな」 「それは言わぬが花ですよ」 「ハイそこ!偉そうな口聞いとっていいのかなー!今の季節にピッタリの仕事見つけて来たからせいぜい手の平クルクル回す準備でもしていろ!」 「あの、次のお仕事って…」 「ブラックモンブランの竹下製菓さんとコラボじゃーい!」 「「「キタ━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━ !!!!!」」」 「…お前ら、機嫌直さんかい」 「…」 「いやー、それにしてもオシャレなTシャツじゃのぉ!ギャラに加えてこんなもんまで付けてくれるとはなんて太っ腹!」 「…」 「なぁ、そう思うじゃろ?さくら」 「…」 「すみません、誰か返事してくれないでしょうか」 「…リリィ久々にお外出たらアイス食べたくなって来た」 「わたしも」「アタシも」「私も」「私もです」「わっちも」「ア゛イス」 「あっ、ちょうどいいところにコンビニが!お前ら、たまにはアイスでも食わんか?今日はいい仕事ぶりやったけん奢っちゃるぞ!」 「グラサン」 「…なんじゃい」 「ちんちくに感謝しろよ」 「…ハイ」 *********************************************************************************************** 359.8月1日 「幸太郎さん、今日なんの日か知っとーと?」 ニヤニヤと小悪魔のような笑みを浮かべながら、さくらが聞いてきた。 「知るか、んなもん」 むにむにとやわらかく冷たいものが腕に押し付けられる。 「ほんとにわかっとらんと?」 最近寝苦しい夜が続き、理性は『寝るべきだ』言っている。 しかし、俺の中の『答えろ』という声は徐々に大きくなり、腕の感触に意識が集中する。 ふと、腕に当たっていた感触が消えた。 「…わからんのやったら、わたし今日はこのまま寝るけんね」 「…っぱい」 「なぁに?」 「今日はおっぱいの日じゃーーーーーい!!」 「よく出来ました、幸太郎さん」 さくらに掴まれた右手に、求めていたやわらかな感触が伝わる。 今夜もきっと、熱い夜になってしまうだろう。俺の中の理性が、呆れ果てて顔を覆った。 >パンツも脱がせなんし! 湿り気を帯びた下着に手をかける。 「脱がすぞ」 「いちいち言わんでください…」 先程の余裕は何処へやら、さくらが枕で顔を隠す。 少しずつ下ろした下着と秘部の間に、ねっとりとした愛液が橋をかけた。 「…いやぁ…」 消え入りそうに呟くさくらの太ももに舌を這わせる。 これから何をするか告げるように。 「ダメ、幸太郎さん…」 「お前から誘ってきたくせに、今更ダメもイヤもあるかい」 焦らすように、ゆっくりと。さくらの吐息が熱を帯び始めた。 「あ、待って!幸太郎さん!」 「注文ばっかつけよるのぉ」 「だって、まだキスしとらんもん…」 >汗だックスしなんし! すでに互いの汗も、唾液も、何もかもが混ざり合っている。 さくらの身体も、まるで生者であるかのように熱を帯びていた。 「幸太郎さん…!」 さくらの脚が俺に絡まり、最も深いところに導く。 「…さくら!!」 絞り出した声と共に、俺は果てた。 目の前が真っ白になるような快楽を終えて、俺はベッドに倒れこんだ。 ぼんやりと天井を眺めると、視界の端にひょっこりとさくらが現れた。 俺を待っているようなので、気だるい身体を起こしてその唇を奪う。 突然、口の中に冷たい液体が流れてきた。 「ビックリした?ちゃんと水分取らんと熱中症になるとよ?」 「すまんな、さくら」 頭を軽く撫でてやると、俺の胸元に照れ臭そうに顔を埋めた。 *********************************************************************************************** 360.幸さく ピアノ イベントも終え、ひと段落。…と言いたいところだが、俺には休む暇もない。 営業先への挨拶状作成、メールやファックスの送付、ホームページの更新、作詞作曲、ステージ衣装やグッズのデザイン、etc、etc。 やるべきことは山ほどあるが、弱音を言っている暇はない。 全ては佐賀を救うためなのだ。 「幸太郎さ〜ん」 扉の向こうからさくらの暢気な声が聞こえた。 「なんじゃい」 「お茶淹れて来たけん、開けてください」 この忙しいのにプロデューサーにドアを開けさせるとは不届き者め。 仕方ないので開けてやると、盆を持ったさくらが立っていた。 盆の上には麦茶の入った大きな容器と『汗』を拭く布巾、氷の入ったグラスとコースター、そしてスプーンが添えられた水ようかん。 「幸太郎さん、帰ってからなんも飲んどらんから心配になって。ちゃんと水分摂らんと熱中症になりますよ!」 それでわざわざメイクも落とさずにお茶を用意するとは、とんだお人好しゾンビィだ。 「…入れ」 部屋に入ったさくらがキンキンに冷えたグラスに麦茶を注ぐと、氷がとけてカランと音を立てた。 仕上げに水ようかんの蓋を剥がそうとするが、これがどうやらなかなか剥がれんらしく、力任せに引っ張ろうとする。 「貸せ!お前が無理っくり開けようとすると不安になるんじゃい!」 「大丈夫、もう少しで開くけん…」 「根拠もないのに適当ぬかすな!」 パソコンを麦茶まみれにされてはかなわないので、さくらから強引に水ようかんを奪う。 幾たびかの格闘の末、ようやく水ようかんの蓋は開いた。 汗だくになった俺は麦茶を一杯喉に流し込む。うまい。五臓六腑に染み渡るとはこのことか。 さて、水ようかんを食おうかと視線を戻すと、さくらが物欲しそうな視線で水ようかんを眺めている。 「欲しいのか?」 「え、そんな、悪いですよ!」 「じゃあやらん」 「…そこは『ひとくちあげる』って展開やなかですか?」 さくらは口をへの字に曲げて、眉間にしわを寄せた。 「仕方ない、ひとくちだけだぞ」 「えへへ」 遠慮がちな態度を見せながら遠慮したとは思えない量を掬い上げて、さくらはようかんを口に放り込む。 「おいひ〜」 幸せそうにもうひとくちぶん掬い上げたところで自分の水ようかんでないことを思い出したのか、名残惜しそうに俺に容器を返した。 そのままとぼとぼ部屋を後にするかと思いきや、さくらはピアノの前に座った。 「なにしとんじゃい」 「水ようかんのお礼!」 「いらんわ、ひとくちぶんで礼なんて」 「まぁまぁ、そう言わんと」 鍵盤の位置を確かめて、さくらはピアノを奏でた。 『光へ』。 卒業式を迎えられなかった彼女を思って作った曲。 弾き終えたさくらに拍手を送ると、照れ臭そうに一礼した。 「腕を上げたな」 「えへへ…。え?もしかして前から聞いとったと?」 「俺が風呂入るたびに純子と練習しとったじゃろ。全部丸聞こえじゃい」 「えぇ、どやんす、どやんす〜」 さくらが真っ赤になって身をよじる。 「よくトチるところもちゃんと演奏出来とるし…」 「ダメ、言わんで!恥ずかしか〜!」 しばらく『どやんすどやんす』と悶絶するさくらを眺めたあと、疑問をぶつけることにした。 「なんでピアノなんて始めたんだ?」 「幸太郎さんの役に立てるかな、って思って…。ほら、いっつも作曲とか任せっぱなしやけん」 「さくら…」 俺は彼女の頬にそっと手を伸ばし…思いっきりつねった。 「いひゃいいひゃい!」 「こんな腕で手伝い出来ると思っとるんかい!10年早いんじゃい!」 「ったく、ちょ~っと弾けるようになったからって調子にのりよってからに!」 「一生懸命練習したとやのに…」 少し言い過ぎたか。しょんぼりうつむくさくらの前に、先程の水ようかんを差し出す。 「…いりません」 案の定、さくらは口を尖らせて断った。 「今日はこのあと休みじゃろ?俺はしばらくピアノ使わんから、その間ちょっとは練習しとけ」 「うるさく、なかと?」 「さっきみたいに弾けるならBGM代わりとしては問題ない。…ファンに聞かせるにはまだ練習不足だがな」 「ありがとう、幸太郎さん!」 水ようかんに食らいつくと、さくらはまたピアノに向かう。 俺は残った水ようかんを食べつつ、パソコンの前に座った。 …そういえば、このスプーンはさくらが使ったやつだったか。 つい失念していたことを後悔しつつ、ピアノに夢中になっているさくらが不意にこちらを向かないよう願った。 こんな情けない顔を見られてはプロデューサーの沽券に関わる。 グラスの氷がすっかりとけて、麦茶がぬるくなった頃、不意にピアノの演奏が止まった。 練習が行き詰まったのかと思い顔を上げるとさくらがピアノに突っ伏していた。 「…!」 声が出るより前に駆け寄った俺の焦りは、結局徒労だった。 さくらは暢気に寝息を立てていたのだ。 俺の心配を返せだとか、メイクがピアノに付いたらどうするんだとか叱り飛ばそうかと思ったが、 あまりに穏やかな寝顔を見ているとその気力さえも消え失せた。 とは言え、そのまま寝かせて置くわけにもいかない。眠るさくらを抱えあげ、ソファへ運ぶ。 「…んぅ」 寝心地が悪かったのか、さくらは寝返りを打った。その拍子に顔に髪がかかる。 そっと髪を除け、ジャケットを掛けてやる。 「静かに眠ってくれんと作業にならんからな」 口をついて出た言葉があまりに白々しくて、俺はひとりでくつくつと笑った。 おしまい *********************************************************************************************** 361.乾さく 隙間 僕は乾。出席番号一番。悩める男子高校生だ。 なぜ出席番号を明かすかというと、少し前までこのクラスの席順は出席番号順だったからだ。 悩みというのはそこである。 「おはよう!乾くん! 「え、あ、おはよう、源さん」 ニコッと優しい笑顔を向けて、源さんは僕の前に座る。 そう、このあいだの席替えで僕の前に座ることになったのだ。 だが、彼女も僕の悩みの一部である。 …勘違いしないで頂きたいのは決して彼女に罪はないということだ! あくまで僕個人の問題であって…! …すまない、取り乱した。 予鈴が鳴ってクラスメイトが急いで席につき始め、源さんも席に深く座る。これが問題である。 背もたれの隙間、制服の隙間のせいで源さんの豊かなお尻が強調されるのだ。 これでどうして授業に集中出来ようか。 この制服のデザイナーがいたら絶対屋上に呼び出してやる。そして…熱い握手を交わすのだ。 *********************************************************************************************** 362.金木犀 金木犀は雌雄異株である。日本に持ち込まれたのは雄株のみであり挿木によって増える。 水野愛の頭部に生えた金木犀も当然雄株である。 彼が物心ついたときには既に、水野愛の頭部から生えていた。 どうも自分は他の同種とは違う場所に花開いてしまったらしい、と気付くのにそう時間はかからなかった。 彼は思い悩んだ。何故自分は人間の頭などに生えてしまったのか。 そもそもこの雄株しかいない異国の地に生まれ、花を咲かせて何になるというのか。 彼が悩んでいる間も宿主である水野愛は忙しなく動いた。 ダンスレッスン、ボイストレーニング、ジムに通い基礎体力をつけ、夜間はアイドルを研究した。 歌はともかく運動は水分に余計な塩分が混じるし、夜にモニタの光が当たると体内時計が狂う。 彼は辟易した。彼女のように手足があれば脱走してやろうと思った。 だが手足のない彼は彼女から離れられなかった。内省に行き詰まった彼は彼女を観察することにした。 彼女と周囲の人間を比較しても別段傑出しているとは思えなかった。 それでも、誰に見られずとも彼女は努力をやめなかった。 彼はいつしか彼女が少しでも注目を浴びるよう花を咲かせるようになった。 時が経った。人気の絶頂で、彼は彼女と共に焼け焦げたはずであった。 だが、彼は目覚めた。物言わぬ屍と化した彼女と共に。 彼は彼女の眠りを妨げたサングラスの男を憎んだ。 彼女が目覚めたあとも、無理難題を押し付けフランスパンで彼女を殴打する彼を憎んだ。 何より彼を苛立たせたのは、彼女がサングラスの男に対して徐々に信頼を寄せていることだった。 ある日彼は遂に行動に出た。水野愛の頭部から抜け出し、サングラスの男に決闘を挑んだのだ。 皮肉にも、そうして彼が単独行動を行えたのはゾンビィ化のおかげであり、サングラスの男こと巽幸太郎のおかげでもあった。 彼は巽幸太郎に白手袋を投げつけた。すぐさま巽はファイティングポーズを取り、決闘を受ける意思を表す。 彼の根が巽の顔を鞭のように殴ると、巽の鍛え抜かれた拳がすぐさま殴り返した。 決闘は一晩中続いた。 疲労困憊の中、両者が渾身の力で繰り出した拳は互いの顔面を捉えた。クロスカウンターである。 ふたりは仰向けに倒れこんだ。 「やるな、お前」 お前こそ。 ふたりは互いの健闘を讃えあった。金木犀は、この異国の地で初めて友を得たのだ。 水野愛は肩を怒らせ夜の街を早足で歩く。 「愛ちゃん、待ってぇ~!」 追いすがる源さくらの声も、怒りに染まった彼女の耳には届かない。 居酒屋の扉を力強く開けると、馴染みの店主に深々と一礼した。 「いつもご迷惑をおかけしてすみません」 「いやいや、こちらこそご贔屓にしてもらって」 遅れてきたさくらも何度も店主に頭を下げ、店主は照れ臭そうに頭をかく。 カウンターのいつもの席。そこに倒れ臥す影ふたつ。 巽と金木犀である。 女(とリリィ)所帯のなかで男ふたり。色々と募る話もあるのだろう。 愛もそれを理解しようと努力している。だが、毎度毎度べろべろに酔っ払うのはいい加減にしてほしい。 「まったく…」 苦虫を噛み潰したような顔で、愛は呟いた。 おしまい *********************************************************************************************** 363.幸リリ お題:「眠れない夜」「風の音」 風が轟々と吹き荒れ、雨戸がガタガタ揺れる。子供の頃はこの音が苦手で、ひとりで眠れないとゴネたものだ。 ビラの作成を中断し、そんな思い出に浸っていると、部屋のドアが軋みながら開いた。 「ウヒョオオアアア!」 「タツミ、変な声出さないでよぉ。びっくりするじゃん」 「なんだ、リリィか。どーちたんでちゅかぁ?お子ちゃまだから怖くて眠れないんでちゅかぁ?」 「そうでーちゅ、リリィはお子ちゃまだから眠れないんでちゅ」 まさかのオウム返しに思いっきり面食らった俺を他所に、リリィはソファに座り込む。 「繊細なリリィが眠れなくて困ってるのにみんな平気でグースカ寝てるんだもん。困っちゃう」 父親と共に芸能活動をしていたリリィである。ひとりで夜を過ごす経験すらろくにないのだろう。 「甘えに来たんだから、そんな遠くにおらんでこっち来んかい」 膝をポンポン叩くと、リリィは嬉しそうに駆け寄り腰掛けた。 普段は素直じゃないが、やはり俺が見込んだアイドル。かわいいところもあるものだ。 「タツミ、このビラダサくない?ここフォント変えなよ、安っぽいよ」 …やはりかわいくないかもしれない。 *********************************************************************************************** 364.姉弟さく幸 お題:「眠れない夜」「風の音」 風が轟々と吹き荒れ、雨戸がガタガタ揺れる。この音を聞くと子供の頃を思い出す。 眠れなくて何度も寝返りを打つ俺の手を、あたたかい手が握ってくれた。 『幸ちゃん、大丈夫。お姉ちゃんがついとるけん』 『ありがと、お姉ちゃん』 そうして手を握ってもらえたおかげで、俺は安心して眠ることが出来た。 遠い昔の綺麗な思い出。 「幸ちゃーん!大丈夫ー?ひとりで寝れるー?」 ドンドンとノックの音が響く。 「うっさい!大声でその名前で呼ぶな!今俺が何歳だと思っとんじゃい!」 「ひどか…!昔は手握ってあげたら『ありがと、お姉ちゃん』って素直にお礼を言う子やったんに…」 扉の向こうから下手くそな泣き真似が聞こえてきた。大根役者め。大根なのは太ももだけにしとけ。 「そんな昔のこと覚えとらんわい!」 「幸ちゃんが覚えとらんでもわたしはずーっと覚えとるけんね!」 俺だってずっと覚えている。あの手のあたたかさを。 もう二度と戻らない、あのあたたかさを。 *********************************************************************************************** 365.純愛さく 恋バナ 「純子、ちょっといい?」 「はい…。もしかして、私まだ出来てないところありますか?」 「ううん、問題ないわ。…私っていつもそんな怒ってる?」 「いえ、ダンスにはまだ慣れないものですから…」 「大丈夫よ。純子はかなり進歩してる。それにひきかえ『あのふたり』は…」 「『あのふたり』?あぁ…鏡山以来動きありませんものね」 「知ってる?鏡山でキスもハグもしなかったらしいのよ、アイツ!信じられる?」 「えぇ!?そうなんですか?夜景のロマンチックなムードでイケイケどんどんなのに…」 「ひとつ屋根の下に住んでるってのにヘタレよねぇ」 「そうですよね…。死が分かったはずのふたり!運命の再会!ドラマチックなのに…」 「現実はドラマみたいに行かないってことかしら…」 「愛ちゃん、純子ちゃん!何の話ばしとーと?」 「ちょっとした世間話です」 「ただの世間話よ」 「わたしも混ぜて!あのね、さっき幸太郎さんがね…」 *********************************************************************************************** 366.幸さく 熱中症対策 >幸太郎はん!!もっとグイグイいきなんし!!!!!5 >さくらはん!!もっと誘い受けしなんし!!!!!!55 部屋に入ると、今日も布団がこんもりと盛り上がっている。 「また来たんか」 「だって今日も真夏日やって、電気屋さんのテレビで言うとったとよ?」 さくらを端に寄らせて布団に入ると、心地よいヒンヤリとした感触がする。 突然、さくらが脇の下に腕を回し、脚を絡めてきた。 「な、何すんじゃい」 「身体の表面が冷えても内側はあったまっとるけん、太い血管のあるとこを冷やさんと意味ないんやって」 その程度、俺だって知っている。だがこの体勢は別の意味で熱を持ってしまう…! 「…ほら、今日も『ここ』熱くなっとる。冷やさんといけんね」 よく冷えた太ももで俺のモノを挟み込み、グリグリと刺激する。 胸のあたりにもぽよぽよと冷たい感触。冷たさに驚いたせいか、俺自身の『熱』のせいか、心臓は早鐘のように鳴っている。 だが、責められっぱなしは癪だ。俺はさくらの唇を、舌を溶かすように熱を送り込んだ。 *********************************************************************************************** 367.幸リリ 手まり寿司 「お寿司屋さんなんて、いっつもケチんぼのタツミがどういう風の吹き回し?」 「別にぃ~ちょっとした気紛れですゥ~」 わざとらしく唇をとんがらせてタツミはそっぽを向いた。 『少し用がある』なんて言うからなにかと思ったら、近所のお寿司屋の屋台まで連れ出すなんて。 それで『気紛れ』なんて言い訳が通用すると思われるのはちょっと心外。 「この前の打ち上げでリリィがお寿司全然食べてなかったから気つかってるんでしょ」 ビクリと肩を揺らすタツミ。隠す気あんのかよ。 「リリィは燃費いいからすぐお腹いっぱいになっちゃうだけだから別に気をつかわなくたっていいのに」 「かわいくないのぉ…」 「へい、おまたせしやした」 さくらちゃんを瓶底眼鏡で出っ歯にしたようなお寿司屋さんが出したのは、色とりどりの少し小さな12貫の手毬寿司。 「ご注文通り、少食のお子様でも色んな味を楽しめる新メニューでやんすよ、グラサンさん」 「ちょっ、大将!」 「おっといけねぇ」 ほんと、気つかいすぎだっつーの。だけど今日は許してあげる。大人の気づかいを無駄にしないのがかわいい子供の条件だからね。 *********************************************************************************************** 368.幸さく 月曜の朝 やかましい目覚まし時計を手探りで止める。 布団から抜け出す俺を血の気のない手が引き止めた。 「う゛ぅぅ…」 「どこのゾンビ映画だ」 「もう…朝…?」 答える代わりにカーテンを開ける。 「ぎぇぇぇぇ…」 「お前らゾンビィは日光平気じゃろが」 「…幸太郎さん知っとーと?月曜日の朝日を浴びたゾンビは二度寝する習性があるとよ」 「んなもんあるかい」 放ったらかして準備をしようかと思ったが、さくらはなかなか手を離してくれない。 「二度寝するなら一人でせんかい!俺まで遅刻に巻き込むな!」 「…だって、幸太郎さんおらんやったらさみしくて寝られん…」 布団で口元を隠しながら、さくらは小さく呟いた。 朝からこんな誘惑と戦わねばならんとは…佐賀を救う道はあまりに険しい。 *********************************************************************************************** 369.幸さく ドカベン カタカタとキーボードを操作する俺の頭の上にどやんとしたものがのしかかる。 「なんか用か」 「別に」 「ならばその脂肪のかたまりを退けんかい!」 「ちょうどよかところに頭がある幸太郎さんが悪かとです」 頭皮に神経を集中させ、数枚の布越しに存在する柔らかさを探す。そんなことをしていれば当然、誤字のひとつやふたつはどうしても出る。 「チッ」 思わず口から舌打ちが漏れ出した瞬間、さくらはビクリと軽く飛び跳ねた。 しまった。大の大人の舌打ちである。高校生の彼女が怯えるのも当然だ。そのまま離れようとするさくらを逃さぬよう、壁に手を突き追い詰める。 「鏡山で言ったこと、覚えとるよな?」 「さぁ、どうやったっけ」 軽く目を逸らし、さくらは答えた。 「ゾンビやけん、もう一回言うてくれんとわからんかも」 「覚悟しろよ、耳にタコ作ったるけんな」 何度でもあの台詞を聞かせてやろう。君が満足するまで。 *********************************************************************************************** 370.幸さく さくらが無意識に巽を殺す話 「えー、今日の初ライブ…お疲れさまでした!」 「お、お疲れさまでした…。ところでなんですか、これ」 初めてのライブを無事に終え、言葉通り疲れ切った顔でさくらは目の前の丼を指差した。 「なんじゃいお前。佐賀県民のくせにサンポーのラーメン知らんのかい」 俺なりの祝杯である。よくぞ意識のないメンバーを連れてあれだけのパフォーマンスを決めたものだ。 「だって、わたしゾンビになる前のことなんも覚えとらんし…」 「口答えしとらんではよ食わんかい!人の手料理目の前にしてその態度はあれだぞ、失礼っちゅーやつだぞ!」 「えぇ…手料理…?」 さくらは不安げな顔をする。見ず知らずの俺の手料理など怪しくて当然だ。 俺も内心は非常に緊張している。十年近く面倒を見てきたとは言え意識のある彼女と食事を共にするのは初めてである。 それに他のメンバーも今日のライブの影響でじき目を覚ますだろう。となると二人きりの食事は今日限りかもしれない。 サングラスの下からこっそりと彼女の方を見やる。 ちょうど、髪を耳に掻き上げて麺をふーふーと冷ましているところだった。 「アッ」 俺は死んだ。 *********************************************************************************************** 371.幸さく 金縛り すでに知られた話であるが、金縛りが霊によって引き起こされるというのは迷信である。 脳だけは目覚めているが、身体だけは眠っている。そのため身体を動かそうとしても動かせず、脳は虚像を作り出す。 平たく言えば夢の一種なのだ。 「うぅ~ん、幸太郎さん…もう朝になっとーと…?」 だからこの状況も夢のはずだ。 一糸纏わぬ(包帯は数えないものとする)さくらは、ぬくもりを求めるように俺の胸に顔を寄せ、手足を絡ませている。 「二日酔いになっとらん?昨日だいぶお酒飲んどった見たいやけど…」 「え?あぁ…」 驚きのあまり、喉からはたえのような声しか出てこない。 「ところで幸太郎さん知っとーと?お酒を飲んでもその人の道徳観は変わらんのやって」 「え…」 「つまりね、幸太郎さんがわたしのこと特別に思っとるならよかっちゃけどなんとも思っとらんのやったら誰とでも寝るってことやね。  …幸太郎さんはわたしのことどう思っとると?ねぇ…ねぇ!」 「うわああああああああああ!!」 布団を跳ね除け起き上がる。まるでリリィのハートのように心臓が激しく動く。…夢だったらしい。 隣を見ると、さくらが幸せそうな顔でよだれを垂らしていた。 *********************************************************************************************** 372.幸純 大人の階段 扉の隙間から視線を感じる。 「何のようじゃい、純子」 「ひぇ、なんでわかったんですか…?」 おどおどビクビクした様子で、純子は部屋に入って来た。 「わからいでか。今日はお前の誕生日じゃろが」 「…覚えていて下すったんですね」 「当たり前じゃーい!!担当アイドルのプロフィールはみーんな覚えるのはプロデューサーとして当然じゃろがーい!!」 「プロデューサーとして、ですか…」 何故か寂しげに純子が目を伏せた。 「で、何のようじゃい。誕生日プレゼントの催促か」 「はい」 「え?」 純子に限ってそんなことはないだろう、と高を括っていた俺は耳を疑う。 「私も、もう大人になったんですよ?プレゼントとして大人の階段を上らせて下さい」 胸元のスカーフが足元に落ちた。俺の目には純子しか映らなかった。 *********************************************************************************************** 373.たえさく はみがき 「ヴァウァ」 寝る前のこと。いつものようにたえちゃんが声をかけてきた。手には愛用の紫色の歯ブラシ。 「よかよ~。はい、ごろーんとして」 「ヴ」 小さくうなずいたたえちゃんはわたしの膝に頭をあずけて、口をカパッと開く。 「奥歯は大丈夫やね。じゃあ次は前歯見るけんイーッてして」 「イ゙ーッ」 前歯がキラリと白く輝いた。昔はよくゲソの破片が引っかかっとったのに。 「えらかねぇ、キレイに磨けとるよ!う~ん、わたし磨かんでも平気やなかかな?」 「エ゙ア゙ア゙」 たえちゃんはイヤイヤと首を振る代わりに、体をぐねぐね捻って抗議する。 「はいはい、甘えん坊さんやね。ちゃんと磨いたげるけん、じーっとしとってね」 歯ブラシを軽く握り、歯茎を優しくマッサージ。 最初の頃は嫌がって大暴れしていたたえちゃんも、今はすっかり夢中で気持ちよさそうに目を細めてる。 その顔を見るだけで、つめたく冷めたわたしの胸がたしかにあたたかくなるのを感じた。 *********************************************************************************************** 374.幸リリ ちっぽけなハート 今日も今日とて、巽幸太郎の帰りは遅い。 営業先との準備会親睦会懇親会etcetc...要は地域の飲み会がほとんどなのだが、 そういう場に出て顔を覚えてもらうのも営業の仕事のうちである。 「今帰ったぞ~!」 帰宅を告げても、ゾンビィたちはとっくに眠っている時間である。返事をするのはロメロのみ。 「遅~い!!」 だが、この日は違った。 「もうリリィの誕生日終わっちゃったじゃん!」 かわいらしい寝間着姿のリリィが、ほっぺたをフグのように膨らませ仁王立ちしていたのである。 「アイドルのお祝い事に遅れるなんてプロデューサー失格なんじゃないの!?」 「俺はてっきり、お前は祝われたくないのかと思っていたんだがな」 普段と違う落ち着いた声色で言い放つ巽に、リリィのハートが大きく脈打つ。 そのサングラスの奥に隠れた目に、何もかも見透かされている気さえした。 「いつ、気付いたのさ?」 「今じゃい」 「ハァ?」 「わざわざお前が起きてるからなーんかちーっぽけな悩みでもあると思ってカマかけただけですー!  このちーっちゃいハートにどんな悩みがあるのか、こうたろうお兄さんに話してごらん!んー?なになにー?」 教育番組のお兄さんのようなオーバーなアクションで、巽がリリィに耳を貸す。 「…絶対言わない」 「そーかそーか、生きてたら今年二十歳を迎えて大人になってるはずだから悩んでたのかぁー」 またひとつ、リリィの心臓が脈打つ。 図星を突かれた。今日一日、胸にずっと引っかかっていたこと。 生きていれば自分はどんな大人になっていたのか。果たして自分は成長した自分を受け入れられたのか。 「んなこったろうと思ったわい。そういう悩みは俺じゃなくても構わん、誰かに言わんかい」 「言ったってどうにもなんないじゃん。リリィは実際年取ったわけじゃないし、『だからなんだ』って言われたらおしまいだもん」 プイとそっぽを向いたリリィの声は、こころなしかいつもより震えていた。 「それともタツミはなんとか出来るの?」 「出来る」 「どうやって?」 「お前のちっぽけなハートに溜めこんだ悩みをこうたろうお兄さんのでっかいハートで受け止めてやる」 「…だからなんなのさ」 巽は後ろに倒れそうなほどふんぞり返り、答える。 「心強いじゃろ?」 「…ぷっ、なにそれ~」 あまりのバカバカしさに、リリィは思わず吹き出した。 「ほれ見ろ、ちょっと気持ちが軽くなったじゃろがい」 「そりゃそうだけど、全然心強くないし!あぁ、もう笑いすぎてちょっと涙出ちゃった!」 しばらく笑い転げたあと、リリィがふと巽に声をかけた。 「こうたろうお兄さん、もう一個お悩み相談していいかな?」 「なんだい、なんでも聞いてごらん!」 「リリィの大好きなプロデューサーさんがね、リリィのお誕生日会来てくれなかったんだよ!どうやって埋め合わせしてもらえばいいかな?」 ノリノリだった巽の笑顔が、一瞬で引きつった。 おしまい *********************************************************************************************** 375.幸さく 虫の声 今年は10月とは思えんくらい暑い日が続くとやけど、夜になると秋めいた風が吹いてくる。 そんな風を浴びるとふと、一人になって虫の声に耳を傾けたくなってしまう。 鈴虫、コオロギ、そのほかにもたくさんの虫の声。このお屋敷のお庭は広かけん、虫たちにとってはいいライブ会場なのかもしれんね。 「なに窓辺で黄昏とるんじゃい」 聴き慣れた声に、わたしは笑みを浮かべて振り返る。 「幸太郎さん」 「なんじゃい、いつもやったら大声上げて驚くのに」 予想外のリアクションに、バツが悪そうにそっぽを向く。 だって耳澄ましとったけん、通りかかってからしばらく心配そうに見てたのわかっとーよ。 ばってん、そやんかこと言うたらきっと顔真っ赤にして照れるけん黙っといてあげるね。 「幸太郎さん、耳を澄ましてみて」 「なんで俺がそんなこと…」 言い返そうとした幸太郎さんをじーっと見つめる。 「…」 やれやれ、と言いたげな顔をしたあと少し俯いて耳を澄ました。 『いしや~きいも~おいもっ』 「なにを神妙な面しとるんかと思ったら焼き芋屋の声聞いとったんか食いしん坊ゾンビィ」 「ちが、ちがいます!虫の声!!虫がいっぱい鳴いとるけんそれを聞いとったとよ!!」 もう、さっきまで全然おらんかったのに!持っとらん…。 「ところで、アイツらはまだ起きとるか?」 「え、みんなまだ寝とらんと思います…。今リリィちゃん水浴びしとるし…」 「じゃあ、ボヤボヤしておれんな」 突然、冷えたわたしの右手があたたかくなる。え?幸太郎さんが手繋いでくれたと?なんで?どやんすぅ~? 「あの声聞いて焼き芋食いたくならんのかいお前!せっかくだからお前らゾンビィにも奢ったる言うとるんじゃい!早よメイクするぞ!」 「えぇ!?幸太郎さんひとりでも…」 「奢ったるんだから荷物持ちくらいせんかい怠けものゾンビィ!」 …焼き芋持つよりメイクする方が大変やなかと?そう聞こうとしたとやけど、ばってんわたしはなんも聞けんやった。 後ろから見てもわかるくらい幸太郎さんの耳が赤くなっとったから。 きっと、今度こそ虫たちの声に耳を傾けられる。秋の夜道、ふたりきりで。 「意外と冷えるな…」 「そうやね…」 うぅ、あったかい焼き芋食べたか…。でも家に着くまでは…。 躊躇しているとガサゴソと奇妙な音が聞こえてきた。まるで隣で新聞紙から焼き芋を出しているような…。 「ってもう開けとる!」 「寒空の下で食う焼き芋が一番うまいんですゥー!」 「ダーメ、みんな待っとーよ!」 「んなこと言う割にさっきから俺の芋ばっか見よんな」 「そやんかことなかよ!?…じゃあ、こうしましょう!お家に着くまでに幸太郎さんのぶんを半分こして食べる。お家に着いたらわたしのを半分こして幸太郎さんにあげる」 「うまいこと言うて家着いたら自分の分一気喰いする気か」 「そやんかことせんもん!」 「わかったわかった、半分やるから…………ほれ」 「今見比べてちっちゃい方渡さんかった?」 「身長比を考慮しただけですゥー!本当はもっとちっちゃくなるところを温情判定してやったんじゃろが!悔しかったらでかくなってみい!」 「死んどるけん背伸びんもん!ひどかー!いじわるー!」 *********************************************************************************************** 376.合体お布団ゾンビィ >眠いでありんすさくらはん! 冬。お布団への愛が深まる季節。 目覚まし時計が鳴り響いても、みんなしばらく止めようとしない。 我慢比べに耐えきれず、今日はわたしが目覚ましを止める。…なんで目覚まし近くで寝とるときに限って寒くなるっちゃろ?持っとらん…。 「おはよーございまーす!みんな、ミーティングあるけん頑張って起きよ!」 ひとりひとり布団を引っぺがしていく。 「ぶっころすぞ…」「なんなの…」「ヴー…」 みんながゾンビィ丸出しでノロノロと起き始める。問題は…布団に潜り込んで、一切外気に触れまいとするゆうぎりさん。 「花魁は夜の華…朝は萎れるものでありんす…」 「今はアイドルやけん、早く起きようね!」 ジリジリと距離を縮める。普段ならビンタが飛んでくるところやけど、寒かけん腕すら出したくなかよね。 「ゆぎりん一人だけお寝坊なんてズルーい☆」 「わっちのお布団の中は気持ちいいでありんすよ…」 数十分後、ミーティングルームに誰も来ないことを訝しんだ幸太郎さんがゾンビィたちの寝室を訪れた。 そこにいたのは彼を取り込もうとする合体お布団ゾンビィだった。 *********************************************************************************************** 377.幸さく 永久脱毛 「幸太郎さんの脚ってキレイやけど、どやんか風にお手入れしとーと?」 さくらが布団に潜り込んだので『すわ二回戦か!』と臨戦態勢であった俺の乾はシオシオと元気を失った。 「手入れはもうしとらん、エステで全身脱毛したからな」 「えぇ!?エステ行っとったっと!?ずるか~」 羨ましいのか俺の脛を執拗にスリスリと撫でる。 「今の時代男も身だしなみにコストかけるのは当たり前なんじゃい!」 「このスベスベ脚に何円ぐらいかかったと?」 顔は見えないが、やたら不機嫌そうな声が布団の中から聞こえてくる。やめてくれ、脛に頬ずりするのは。 「5000円…」 「えっ、意外と安かね」 「…を10回くらい…」 「やっぱりずるかー!!」 布団を跳ね上げて、さくらが怒りの咆哮を上げる。布団で巻き上げられた風に秋の気配を感じた。 「目には目を、脚には脚を。お仕置きしちゃるけんね」 さくらが俺の脛に、ふとももに、焦らすように自分の脚をすり合わせてきた。『ご褒美です』とばかりに俺の乾は再び臨戦態勢に入った。 「下の毛だけは脱毛せんかったと?」 足指のさきで陰毛を摘み上げながらさくらが尋ねてきた。 「あんまりツルツル過ぎても温泉に入るとき恥ずかしいからな…」 「お口でするとき顔に当たって邪魔やけん、いっそ剃っちゃお!」 「お前の毛の方がよっぽど邪魔じゃい!水着撮影のたび苦戦させよって!」 「…なんか言うたと?」 「いえ、なんも…」 乾をグリグリと足蹴にされては下手に出る他ない。 「メイク道具お部屋に置いとったよね?でもこのままじゃ剃れんから一回出そうね!」 「んな、いきなり…くぅっ!」 足で激しくしごかれ、俺は呆気なく果ててしまった。 「えぇっと、カミソリ…あった!じゃあ剃っていくね!」 さくらが乾を押さえつけてどこから剃ろうか目星をつけようとするが、その動作だけでまた乾が元気を取り戻してしまった。 「幸太郎さんったら、またこやんか風にして…」 不満げな口調とは裏腹に、さくらは微笑みを浮かべ舌舐めずりした。 *********************************************************************************************** 378.幸純 11月。神無月。 11月。神無月。 小さな頃、どうして神様がいなくなるのか母に聞いたことがある。 11月になると日本の神様は出雲大社に集まることになっている。では、そこで何をするのか。 母もそこまでは知らず、仕事から帰ってきた父と書斎で一緒に調べた。 …といっても、子どもの私はろくに調べられず父の膝の上で説明を聞いていただけだったが。 少し固い寝台の上で目を覚ます。そうだ、今日は定期検診の日。 各部の縫合をチェックしていただいている間に寝てしまったらしい。すみません、と言いかけて、止める。 巽さんも、どうやらお疲れのようで腕を組んで仮眠を取っている。 その小指に、自分の小指の糸をそっと巻きつける。 「腐れ縁ですね…なんて」 出雲大社では、今神様が男女の縁を結んでいる。 すでに死んでいる私は、きっと帳簿から消されているだろう。 この人の隣に、いつか生きた女性が立つ日が来る。それは喜ばしいことだ。 けれど、今だけ。 神様も見ていない今だけは、私だけの巽さんでいて欲しい。 *********************************************************************************************** 379.幸さく 11月8日 「幸太郎さーん、お茶淹れたとやけど~」 「…おう」 この時間にさくらが俺の部屋を訪ねてくるということは、つまり『そういう合図』である。 きっかけは偶然であったが、何度も重ねるうちに────たとえ他の奴らに薄々勘付かれていようとも────習慣となってしまった。 しかし。 「お前、昨日も…」 そう、昨日もさくらは俺の部屋を訪ねて来た。…まぁ、来てもらうように頼んだのは俺なのだが。 「え?そうやったっけ?」 少し上擦った声で、さくらはとぼけた。 「ほら、秋になって乾燥しとるけん、幸太郎さん喉かわいとらんかなぁ~って」 早口で捲し立てながら湯飲みを俺の席に置く。 髪を掻き上げた拍子にチラリと覗いた耳は、ゾンビィにしては血色がいい。 「幸太郎さん」 「なんじゃい」 「今日、何の日か知っとーと?」 「アラン・ドロンの誕生日」 「そうやったと!?…ってそうやなくて」 後頭部に、たゆんとやわらかな感触。布一枚、パジャマだけがその感触を遮っている。 …パジャマ一枚。普段であればもう一枚…─────型崩れを防ぐために構造的にはもう数枚─────布に遮られているはずだ。 「…今日、何の日か知っとーと?」 もう一度、さくらが俺に囁いた。 ぎゅっと押し付けられた胸は、人肌程度に熱を帯び始める。 必死に作業を進めるフリをするが、何も出来ていないのはさくらにも見えていた。 「…っぱい」 「え?聞こえんよ?」 「いいおっぱいの日じゃーーーーい!!」 俺の理性の糸は吹き飛んで、さくらのパジャマをまくり上げる。 ぷるんとこぼれ落ちたその乳房に、ブルーベリー色の乳首に、俺は夢中でむしゃぶりついていた。 おしまい *********************************************************************************************** 380.幸さく いい奥さん 「よし!」 髪を縛って、エプロンを着て、わたしはキッチンで気合を入れた。 一年近く経ったとやけど、8人と1匹分のご飯を用意するのはやっぱり大変。だけどみんなの喜ぶ顔のためやけん、さくら頑張ります! 今日のメインのおかずは肉じゃが。佐賀牛やなかやけどお肉がお安く売っとったけん。 ───── 「ふぅ…」 やっと一息ついた頃、背後にそろりそろりと近付く気配。 「幸太郎さん、つまみ食いはいけんよ!」 「人聞きの悪い。人がせっかく味見に来てやったのに」 もう、頼んどらんのにいっつも来よる。 ここで何もあげんやったらお菓子を食べるのが幸太郎さんやけん、ほんのちょっとだけ小皿に盛って食べさせる。 「ん〜!」 「どう?美味しか?」 「まぁまぁじゃな」 あんなに笑顔で食べとったのに、その言い方なん?怒るわたしを尻目に、幸太郎さんは小皿をさっと洗って去っていった。 「…そやんか感じで、いつも幸太郎さんに困っとるとよ!」 みんなの前で愚痴ってみたら、幸太郎さんがつまみ食いに来たことなんてないらしい。 わたしのほっぺたは、何故か赤く染まっていた。 *********************************************************************************************** 381.純幸さく マグカップ 「はい。さくらさん」 「ありがと、じゅんこちゃん」 キッチンから かわりばんこにかわいらしいこえがきこえてきました。 「はい。さくらさん」 「ありがと、じゅんこちゃん」 じゅんこさんとさくらさんが なかよくおさらあらいをしています。 「はい。さくらさん」 「ありがと、じゅんこちゃん」 じゅんこさんが スポンジでおさらをゴシゴシあらい さくらさんが おゆでジャブジャブせんざいをながします。 「はい。さくらさん」 「ありがと、じゅんこちゃん」 いきがぴったり まるでふたりは しまいのようです。 (わたしに いもうとがいたら きっとこんなかんじでしょうか) (わたしに いもうとがおったら きっとこやんかかんじやろうね) ふたりが おんなじことかんがえていた そのとき。 「はい。さくらさ…あっ」 「ありがと、じゅんこちゃ…あっ」 ふたりのてから ツルリとマグカップがにげて ゴチンとシンクにおっこちました。 「いけない!たつみさんのマグカップが」 「じゅんこちゃん、だいじょうぶ。おおきなおとはしたとやけど われとらんよ」 さくらさんが とってをヒョイとつまんでもちあげると とってはポロリととれてしまいました。 「どやんす、どやんす」 「しかたありません。ここは すなおにあやまりましょう」 じゅんこさんは おねえさんらしく むねをはりました。 「だいじょうぶかな おこられんかな」 「だいじょうぶ わたしがフォローしますから」 おおきなみぶりでしんこきゅうして たつみさんのおへやをコン コンとノックすると 「なんじゃい。おれはいそがしい」 たつみさんが ごきげんななめでおへんじをしました。 きっと まいにちまいにち おしごとつづきでねぶそくになっているのでしょう。 じゅんこさんが びくりとかたをふるわせると さくらさんはおねえさんらしくかたをたたいてはげましました。 「こうたろうさん ごめんなさい。マグカップをこわしちゃいました」 「ごめんなさい たつみさん。さくらさんはわるくないんです」 「おまえら へやにはいってこい」 おそるおそるとびらをあけると たつみさんがうでぐみをしてすわっています。 じゅんこさんもさくらさんも ふあんになってギュッと てとてをつなぎました。 「まさか てをケガしたりしとらんだろうな」 「いえ しとらんとですけど…」 たつみさんはハーッとおおきくためいきをひとつ。 「なら よかったい」 そのままクルリと イスをまわすとパソコンにむかい おしごとをはじめました。 「あの」 「なんじゃい。ほかにもなんかこわしたんかい」 シッシッとてをふって ふたりをおいだそうとします。 「ごはんぬきとか イカゲソぬきとか いわれるとおもっていたのですが」 「マグカップひとつでそんなケチくさいこというかい。はんせいしとるならそれでよか」 ぶっきらぼうにそういうと てれくさそうに またパソコンへむかいました。 じゅんこさんとさくらさんは かけよってたつみさんのうでにしがみつきました。 「じゃあ おわびにかたたたきしたげるけん!」 「わたしもマッサージとくいなんですよ」 「やめろ!おまえら!しごとしづらいからはなれんかい!」 めいわくそうにさけぶ たつみさんのおみみはまっかにそまっていたのでした。 おしまい *********************************************************************************************** 382.幸純 紺野純子特集号 ある日のお掃除の最中。いつも開かない巽さんの机の引き出しを何気なしに触ったら。 「あら?」 妙な手応えを感じて、手に持っていたマイナスドライバーと針金を置いて引き出しをそっと引いてみる。 「開いてしまいました。。。無用心ですね」 好奇心と道徳心で揺れる心を鎮めるように、わざとらしく独り言を口にする。 引き出しの中は、さまざまな書類の写し、地図、墓場の写真などなど。きっと私たちをゾンビにする過程で使っていた資料たち。 その中でひとつだけ、大きな雑誌が一冊。他の資料を崩さぬようにそっと抜き出した。 「これは。。。」 表紙で微笑む『紺野純子』。例のツアー直前の私がそこにいた。 雑誌の保存状態は悪く、くしゃくしゃに折れて表紙が少し滲んでいた。 だけど、大事にされてなかったわけではない。 折れ曲がっているのは強く握りしめたから。滲んでいるのは涙の跡。 この傷をつけたのは彼かどうかわからない。けれど、感情籠もったこの本を彼が大事にしてくれているのが嬉しかった。 私に向けられたその思いを、そして生前の私自身をギュッと抱きしめて、私は雑誌を元あるところに戻すことにした。 *********************************************************************************************** 383.幸さく ふたつ コーヒーメーカーに硬水を注ぎ、スイッチを入れる。 本来ならばサイフォンなど器具にも拘りたいところだが、なんせ俺には時間がない。 その分、水と豆だけはいいものを選んで使う。 朝のコーヒーには、苦味を引き出す硬水がうってつけなのだ。 「んん〜…?」 ふわりと舞うコーヒーの香りに、もぞもぞ布団が蠢きだした。 「こーたろーさん、もう朝…?」 「この寝坊助め。…前を隠さんかい」 「ふぇ…はわっ!」 慌てて布団を被ったさくらは非難がましく俺を睨んだ。 「…見た?」 「夕べ飽きるほど見たわい!」 「それなのにずいぶん真っ赤になっとーね」 「ほっとけ!」 布団のあたたかさに負けたのか、再びうつらうつらと舟を漕ぐさくらを肩で支える。 コーヒーメーカーのアラームに気付き、夢の世界に突っ込んでいた片足を慌ててひっぱり戻す。 俺の肩にのしかかっているさくらは完全にスヤスヤ眠りについていた。 「おい、コーヒーいるのか、いらんのか」 「んーと…こーたろーさんとおんなじで」 こいつ本当に聞こえとるんか、と疑いつつも俺はカップをふたつ用意する。 いつからだったか、俺の部屋にコーヒーカップがふたつ常備されるようになったのは。 「…おはよーございます」 コーヒーを淹れ終わった頃、ようやくさくらも目を覚ました。いや、目覚めとるんかこれ。 「砂糖何個だ?」 「よかよー、自分でやるけん」 よたよたゾンビィ丸出しの足取りで、さくらがコーヒーを取りにやって来た。 角砂糖をトングでつまむと、ひとつ、ふたつ。みっつめを掴んだところで、ハッと気付いて手を離した。 「なんじゃい、ゾンビィのくせにダイエットかい」 「だって!あんまり甘くしたらゾンビやって太るかもしれんよ!」 さくらは頬をハリセンボンのごとく膨らませる。 「無理せず自分の好きなように飲めばええじゃろがい」 「だったら、このままでよかよ」 照れ臭そうに、カップで口元を隠し呟く。 「だって、幸太郎さんとおんなじやけん」 おしまい *********************************************************************************************** 384.幸さく いい夫婦の日 はて、今日はなんかのお祝いだったか。テーブルの上には豪勢な料理が並ぶ。 「ちょっと作りすぎたとかな?」 わざとらしくとぼけた調子でさくらが小首を傾げた。 その背後にハッキリとオーラが見てとれる。 これはロメロがボールを取って来たりゾンビィたちをうまく誘導出来たときに見覚えがある。 つまり、『褒めろ』というオーラだ。 しかしここで注意点がある。素直なロメロと違ってさくらの場合褒め方を間違うとネガティブモードに入ってしまう。 つまり地雷と隣り合わせなのだ。 …そして、俺にはそれが皆目検討も付かない。 ゆうぎりの誕生日前夜祭だろうか?とチラリとゆうぎりにアイコンタクトを送る。 伝説の花魁である。サングラス越しでもアイコンタクトが通じるはずだ。 だが、ゆうぎりは視線を外した。 単に合わなかったのではなく、意図的に『外した』。 『自分で気付きなんし』と言いたげに。 他の誰かに助けを求めねば…! 愛、愛はどうだろうか? …ダメだ、今日は肉料理が並んでいる。俺の方に一瞥もくれないだろう。 やはりここはリーダーであるサキを頼るか? サキの方をチラリと見やると、すぐに返事がかえってきた。 『何ガンくれてんだ?ぶっ殺すぞ』 染み付いたヤンキーの習性で会話にならない! たえなら、さくらと仲が良いたえならどうだろうか?誰よりさくらのことを理解しているはずだ。 「たえちゃん美味しそうに食べてくれて作った甲斐があるっちゃ!」 「ヴフフフフフ」 どうやら俺が入り込む余地はないらしい。 だが、たえが隙を作ってくれている今がチャンスだ。 俺は純子に視線をやってこちらに気付くように念じる。 お願いだ、純子!気付いてくれ! その想いが届いたのか、純子はハッとした顔でこちらに気付いた。 …だが。純子の様子がおかしい。何故かモジモジと落ち着かない。 『そ、そんなに見つめられると照れちゃいます。。。巽さん。。。』 潤んだ瞳がそう返して来た。何かやばい。これは新しい火種の予感だ。急いで目を逸らす。 …しかし、これで万策尽きたか。 「い゛っ!?」 そう思った瞬間脛に衝撃が走る。 「ごめんねタツミ、足当たっちゃった?」 申し訳なさそうに謝るリリィの目は、口とは全く違うことを言っていた。 『なんでこういうときリリィを頼ってくんないかなぁ…。今度から困ってても助け舟だしてやんないよ?』 目だけでこれだけの情報を伝えるとは、恐ろしい子…! 「大丈夫だ、なんともない。それよりリリィ、ハンバーグひとくち食うか?」 「え、どうしたの突然?もらっちゃうけど!」 言うが早いか、リリィは俺のハンバーグの三分の一を持っていく。お前のひとくちそんなでかくないじゃろが。 「お〜いし〜!リリィハンバーグ大好き!」 喜びながら、リリィは目配せをした。 その先にあるのは日めくりカレンダー。今日は11/22…。 「…いい夫婦の日か!」 「えっ!?なん、幸太郎さん!そんな…夫婦なんて!どやんすぅ〜!」 さくらがくねくねと身悶えする。そうか。そのために料理を…。 なんてめんどくさい、と思いつつも彼女の輝く笑顔に免じて黙っておいてやろう。 …それと、なんだかもうひとつ火種が燻ってる気がするが見ないことにしよう。 おしまい *********************************************************************************************** 385.幸ゆう 熱燗 「アチチチチ…」 燗をつけていた徳利を火から上げ、手酌でお猪口に注ぎ入れる。 温められた酒の豊かな香りが鼻を抜け、ちびりちびりと口に流し込めば…。 「くぅ~っ!」 五臓六腑に染み渡るとはよく言ったもので、全身にほのかな熱が巡り渡る。 「やはり佐賀の酒は日本一じゃのぉ!」 「さいでありんすか」 虚空に漏らした独り言にありえぬはずの返事が返ってきた。 「なんでお前がここにいるんじゃい」 ゆうぎりは無言で豊満な胸を張る。 そこには伝説の花魁に似つかわしくない安っぽい生地のタスキがかかっていた。 サキがドンキで買ってきた『本日の主役』タスキ(税込1,050円)である。 「いつまでそんなもん付けてるつもりだ」 その質問にも答えは返ってこない。いや、正確には言葉ではなくドヤ顔で返事をしていた。 『今日のうちは外す気などありんせん』、と。 「いったい何の用で来た」 「まぁまぁ、そんなことよりご一献」 俺が断るより先にゆうぎりの手は徳利を取り上げると、流れるような優美さでお猪口に酒を注ぎ込む。 そのまま雰囲気に流され、俺は酒を飲み干していた。まるで催眠術でもかけられたかのように。 「わっちのお酌、高く付くでありんすよ」 「そんなん払う金があれば、衣装なり機材なり買うべきものはごまんとある」 「あい」 ゆうぎりはなぜか満足そうに頷くと、いつの間にか持っていたお猪口を俺に差し出した。 「今日は特別ばぁげん。わっちにも一杯ご相伴して手打ちにしんしょう」 …意図は全くわからんが、その程度で済むのなら安いものだろう。 とくとく酒を注いでやると、これまた優美にお猪口を呷る。 「なかなか辛口でありんすな」 …辛口?ラベルをもう一度確認する。 「これ、割と甘口の銘柄だぞ」 「あり?そうでありんすか」 視線を戻すと、ゆうぎりはゾンビィらしからぬ赤みを帯びていた。 「お前、大丈夫か!?」 「らいじょうぶ。わっちでんしぇちゅでありんす」 すでにろれつが回っていない。こんなに酒に弱いやつが漫画やアニメ以外にいようとは。 「とりあえず水飲め水!」 「せんきゅうべりぃわっち」 「なんじゃいそりゃ!」 こいつ、これだけ酒が弱くてよく花魁なんぞやれたものだ。…待てよ? 「お前、甘酒が好物って酒を飲まない言い訳だったんじゃあるまいな」 「わっちだって『伽羅造り』に苦労してるでありんしゅよ」 ふらりふらりと正体をなくしたゆうぎりはそのまま俺の方にしなだれかかる。 ぷに、と柔らかい感触が二の腕に伝わってきた。 「お前、下着はどうした」 「きつくて…きらい」 ポツポツと呟く様は、とても花魁には見えない。 なれない酒に酔う、20歳を迎えたばかりの少女でしかなかった。 「わっち…今日、楽し…」 最後まで言い切る前に、言葉は寝息に溶けていった。 彼女を起こさぬように注意しながらそっとジャケットをかけてやる。 仕方がない。今夜はこのまま寝かせてやるとしよう。 俺の酌程度では伝説の花魁の酌の代金には不足だからな。 おしまい *********************************************************************************************** 386.姉弟さく幸 一周年 初めてワラスボを食べたものは、果たしてどのような心境だったのだろうか。 飢えに耐えかねて食べたのか、ゲテモノ好きであったのか。 はたまた、単なる罰ゲームで食べたのか。 罰ゲーム。 一年前、さくらに…姉ちゃんに昔のあだ名で呼ばれた理由が、単に罰ゲームだと知ったときの衝撃たるや。 あれは単なる偶然か、記憶のイタズラであったのか。 はたまた…。 「んなわけあるかい」 脳裏によぎったその言葉を、ぶつ切りにしたワラスボとともに噛み潰す。 「あ!幸ちゃんまた夜中になんか食べとーとやね!」 「大声でその名で呼ぶな、ボケェ」 何度も言って聞かせた言葉を馬耳東風で聞き流し、姉ちゃんは俺の隣に座る。 「お菓子いっぱい分けたげたけん、ちょっとはお姉ちゃんに分けてくれてもよかよ?」 「ひとっこともくれと言うとらんに『食え食え』と押し付けてきたのを『分けた』とは言わん」 姉の『かわいがる』はイコール『餌付けする』である。ロメロ然り、たえ然り、俺然り。 なんとか押しのけようとする俺の隙を突いて、分離した腕が皿の上からワラスボを奪う。 「あれ?ワラスボ、食べられるようになったと?」 「食べられんかった時期などないわい」 というか、子供の頃に食べた記憶が一切ない。 成人してからなんとなしに酒のツマミとして買って、『こんなに美味かったのか』と感動したのをよく覚えている。 「覚えとらんと?幸ちゃんちっちゃかった頃、お父さんが食べてるの見て『怖い』って泣いて、それから買わんくなったとよ」 そんな馬鹿な、とは言い切れない。小さい頃の俺は大層怖がりで、よく姉ちゃんの後ろに隠れて泣いていた。 まぁ、そんな話をなんどもドヤ顔で語る姉のせいで泣き虫の印象が強まった可能性は否めない。 「幸ちゃんも大きくなったとやねぇ」 体に付けっぱなしの方の腕で、姉ちゃんは俺の頭を撫でた。 「身長なら10年以上前に追い抜いとったじゃろがい」 「そうやなくって、嫌いなものも食べられるようになって、色々大人になったなって」 テーブルの上の酒瓶を、ちらりと寂しそうに眺めながら姉は小声で呟いた。 「飲みたいのなら、一杯くらい飲めばいい。今日は特別な日だ」 「あぁ、そっか。あれから一年も経ったんやね」 自分で言い出して置きながら、姉の一言に少し驚く。 …まさか、こんなどうでもいいことを覚えていようとは。 「酔っ払ってみんなに迷惑かけるわけにもいかんから、ジュースでよかかな?」 「こんな夜更けにそんなもん飲んだら太るぞ」 「幸ちゃんのバカ!」 プリプリとふくれっ面をしながら、少し大きめなコップを取りに行く姉の背中に苦笑しながら俺はグラスに酒を継ぎ足す。 一周年の祝杯のために。 おしまい *********************************************************************************************** 387.幸さく 笑顔の理由 ここは洋館の一室。撮影室と呼ばれているところ。 今日はベストアルバム特典のブロマイドを撮るためにみんなでここでお着替え中。 ジャケットはクールな感じで撮ったとやけど、今回はピンクのボーダーの衣装やけん、キュートなイメージになるとかな? 期待にワクワク胸を躍らせながら袖を通す。 そういえば、最初の頃はよくファンデで襟を汚しちゃって怒られてたっけ。 今はもう、何も気にせんと汚さずに着られるようになったことに気付いて、ほんのちょっと嬉しくなる。 「たえちゃん、ボタン出来る?」 「ヴァー!」 「わぁ!ひとりできちんと着れとる!えらかねぇ」 「ヴフフフ」 たえちゃんもすっかり手がかからなくなって、ちょっぴり寂しいけれど、嬉しかよ。 みんなバッチリ準備も出来た頃、聞こえてくる少し早足で歩いてくる音。 「幸太郎さん!」 開け放たれた扉に振り向いたとき、パシャリとシャッターが切れた。 「はい、さくらオッケーでーす。お疲れさまでしたー。次サキ」 「よっしゃあ!マブく撮んねぇとぶっ殺すぞ!」 「お前らの魅力を120%引き出すのが俺の仕事ですゥー!いらん心配するな」 …え? 「えぇ!?わたしもう終わりですか!?」 「おう」 『おう』って…。あっさり返ってきた肯定にわたしは戸惑った。 「チェックもなんもしとらんとですよ!?半目になっとるかもしれんし髪の毛変なとこ絡まってるかも…」 『何をごちゃごちゃ言っとるんじゃいコイツ』と表情だけで伝えてくる幸太郎さんに猛抗議すると、 いやいやながらノートパソコンを開いてデジカメをつないでくれた。 「じゃあサキ、一旦待機。愛、ちょっとチェック手伝え」 「ちぇー」 「はいはい」 幸太郎さんと愛ちゃんが束の間画面を真剣に覗き込む。 「うん、これOKテイクでいいと思う。やるじゃないさくら、一発OKよ!」 愛ちゃんに褒められたのは跳び上がりそうなほど嬉しいっちゃけど、なんだか釈然とせん。 「みんなもちょっと見て!」 そんなわたしの態度が伝わったのか、愛ちゃんがみんなを手招きする。 「いい顔でありんす」 「はい。これならフアンの皆さんも喜ぶと思います」 「ヴァウァ!ヴァウァ!」 「マジかたえ!お、よかやん!」 「リリィも見ーたーいー!」 「ほれ」 「わぁ!さくらちゃんかわいい!」 「そやんかよく撮れとーと…?」 すっかり出遅れてその場で立ち尽くしていたわたしは半信半疑で呟いた。 「気になるんなら自分で見てみんかい」 幸太郎さんがノートパソコンをこちらに向ける。 画面に大きく映っていたのは100%の、うぅん、120%の笑顔のわたし。 自分自身びっくりするほど、その顔は輝いていた。 どうしてこやんかいい顔しとったとやろ。 シャッターが切れた瞬間何を考え、何をしていたのか。 自分のことを思い返す。 (あぁ、そっか。あのとき幸太郎さんが来たっちゃね) 笑顔の理由がストンと腑に落ちると同時に、自分の顔がみるみる赤くなっていくのがわかった。 深く考えないように思えば思うほど、その考えは頭にこびりついて離れなくなる。 結局その日、カメラを向けられるたびわたしの顔は真っ赤に染まり、最初の写真がアルバム特典となるのでした。 おしまい *********************************************************************************************** 388.リリィ お線香 「おはよー、さくらちゃん」 「リリィちゃんおはよう!今朝も早かね」 「えへへ、ありがとう!」 でもね、リリィが早起きなのは理由があるの。 今朝もふわりと鼻をくすぐるお線香の匂い。 毎日朝晩欠かさずに、リリィのところへ流れてくる。 ゾンビになったばっかりの頃はタツミがあげてるのかな?って思ってたけど、タツミは神様仏様は大キライだから違うってわかった。 今年のお正月だって、『寒い』とか『めんどくさい』とか理由つけておこたから出てこなかったけど本当は神社に行きたくないってこと、知ってるからね。 きっとこれは、パピーがあげてくれたお線香。 いつも朝晩マミーにあげてたお線香とおんなじ香りだし、香りと一緒に胸があったかくなるから。 あの日、ライブで想いを届けるまでは、悲しさもたくさん伝わって来たから。 でも、今は悲しい気持ちより、もっと前を向こうって気持ちがいっぱいいっぱい流れてくる。 だからリリィも頑張るね、パピー。 いつかまた、テレビの向こう側から元気でかわいいリリィの姿を絶対見せてあげるから。 *********************************************************************************************** 389.幸さく 二人羽織 「さむっ…」 思わず声をあげるほど、今朝は冷え込んでいた。手をすり合わせ息を吐きかけても、あたたかくならない。 そういえば、わたし死んどるんやった。それなら、早くここから離れんと。 逃げ出そうとするわたしの手を彼が掴む。 「どこへ行く」 「わたしと一緒におったら風邪ひきます」 「俺が何も考えてないと思っているのか」 後ろから抱きしめられて、二人羽織のように布団に包まれる。 「よし、足出せ。おイッチニーサーンシー!」 ずんずん押し出されて、もう一度座った先には電気ストーブが置かれていた。 「こいつを使えばこのまま一緒にあったまれる。ハイ俺天才」 「あの、光熱費とかは…」 「これも必要経費のうちだ」 そう言い放つ幸太郎さんが電気ストーブよりあったかいと思うさくらなのでした。 *********************************************************************************************** 390.姉弟さく幸 姉の日 「幸ちゃん!今日がなんの日か知っとーと!?」 唐突に扉を開け放つさくらにもはやツッコむ気力も起きない。 カレンダーをちらりと見る。12月6日。 記憶を可能な限り遡り、幼少の頃のおぼろげな記憶まで漁っても特別な記憶は出てこない。 「知らん」 「今日ね、姉の日なんやって!お姉ちゃんの日!」 作業を続けるフリをしてWikipediaで検索する。 プロデューサーが知らないことでもWikipediaなら知っているのだ。 …なるほど、今日は『兄の日』、『妹の日』についで制定された『姉の日』ということらしい。 弟の日はないのかと心配したが、3ヶ月後の3月6日が『弟の日』ということだった。 弟が一番後回しとは…。弟という存在はどうあっても不遇らしい。 「でね、幸ちゃん」 目をキラキラと輝かせながら、さくらはわざとらしく上目遣いをした。 「『知らん』って口では言っても、本当はなんかあるよね?お姉ちゃん知っとーよ?幸ちゃんがそやんか優しい子やって」 「いや、こんなマイナーな記念日本当に知らん。なんも用意しとらんぞ」 「…ほんと?」 「今、調べて知った」 モニタをクルリと回してさくらに見せるとそのまま膝ごと崩れ落ちた。 「ハロウィンみたいに死んどる間に有名になった記念日だと思っとったのに…」 わざわざ部屋の隅にすごすご移動して体育座りで縮こまってしまった。 こうなってしまってはなかなか面倒くさい。どうせてこでも動かないし、ネガティブスパイラルに陥りかねない。 急いで部屋の隠し冷蔵庫(共用冷蔵庫に名前を書いて入れても奴らが勝手に食べるためのやむを得ない措置である)を引っ掻き回す。 冷蔵庫の方は運悪く酒類がスペースのほとんどを占めている。 正月時期の忙しくなる前に酒店にポスターを貼ってもらえるよう営業に行っているせいだ。 冷凍庫のほうにはなにかないだろうか…。 「姉ちゃん」 「…なん?」 「食うか?」 偶然、数日前に食べようと思って忘れていた雪見だいふくを姉の前に差し出した。 「幸ちゃん…。お姉ちゃんの好物覚えててくれたと?」 「…まぁな」 アイス含めて甘いもん全般好物じゃろがい、という言葉を苦労してぐっと飲み込む。 「じゃあ、幸ちゃん!あーんして!」 「いやいやいや」 「今日は何の日やったっけ?」 「…あーん」 渋々口を開けてやると、ひんやりもちもちの雪見だいふくが俺の口に入ってきた。 「どう?美味しか?」 「…うん」 俺が買った雪見だいふくなんだが。 「じゃあ、今度はお姉ちゃんに食べさせて!あーん!」 ぽっかりと口を開けて、姉は雪見だいふくを待ち構える。 ブルーベリーのような色の舌にだいふくを乗っけてやると、なんとも幸せそうに顔を輝かせた。 ついさっきのネガティブオーラはどこへいったのやら。 「3ヶ月後の弟の日、倍にして返してもらうぞ」 「うん、お姉ちゃんちゃーんと用意するけん、楽しみにしとってね!」 …そう言われると、途端に心配になってくる。 弟というものは気疲れが絶えないものなのだろうか。 おしまい *********************************************************************************************** 391.幸さく 冬の早起き 暗闇の中、わたしは目を覚ました。 真夜中の、変な時間に起きちゃったとかな? 時計を見るともう5時半。そっか、そろそろ冬至やけん日が短くなっとーっちゃね。 …冬至が何日か覚えとらんけど。 朝の冷え込みのせいか、手足ががば冷たか。布団に潜り込んで湯たんぽを取り出す。 湯たんぽはもう人肌並みにぬるくなっとったけど、ばってんわたしの体温よりはあったかい。 少しでもあったまるように、カバーを外して抱きしめる。今度からもう一個用意しようかな。 あたたかさにうつらうつらしそうになった頃、空が白んで来た。 わたしは湯たんぽを置いて、本当に抱きしめたかった人の上に跨って上から思い切り抱きしめる。 ちょっとえっちな絵面になるっちゃけど、この方法が一番くっつけるけん。…他意はなかよ? 「どうした?」 普段はサングラスに隠した目に、心配の色をありありと浮かべて彼が尋ねる。 「んーん」 首を振りながら彼の胸板に顔を擦りつけると、髪を指で梳きながらきつく抱きしめてくれた。 そしてわたしが早起きしたときはいつも、おはようのキスを濃いめにしてくれる。 *********************************************************************************************** 392.幸さく 香水 「おおっ!」 箱から取り出した小瓶は美しいデザインをしていた。 店頭で試して勢いで買ってしまい細かなデザインまでは見ていなかったが、こんなところまで俺好みとは。 ノリノリで、首元に軽くひと吹き、ふた吹き。 さわやかで、どことなくミステリアスな芳香が鼻をくすぐる。 うむ、やはりプロデューサーたるもの匂いも気にしなくては。 今まではデオドラントも無臭のものにしていたが、フランシュシュが軌道に乗った今、俺自身変化のときなのかもしれない。 などとポーズを決めていたらベッドの上のさくらと鏡越しに目があった。 「なんじゃい、その顔」 昔、匂いの強い香水をつけすぎたときのロメロそっくりな顔である。 「幸太郎さん、香水付けとーと?」 「つけちゃいかんのかい」 「うん、だめです」 そこまで強く否定されるとは。予想外の展開に俺は狼狽えた。 「そこまで臭いか?この香水」 Tシャツの件も割と傷付いたがこの香水までダメなのか。 手首に出して嗅いでみる。…いや、やっぱりいい匂いだ。 「その香水がだめなんじゃなくて、幸太郎さんは香水つけんでよかよ」 大きめのシャツの袖をだぶだぶに余らせた手で、さくらは枕を抱きしめる。 「…どういうことだ?」 「幸太郎さんがよか匂いやけん、余計なもんは足さんでよかと」 ズバッと一刀両断に言い切ると、さくらの奴め、あろうことか枕に顔を押し当て深呼吸を始めよった。 「スゥ〜、このにおい…がば好き…」 「やめろ!枕嗅ぐな!」 「シャツも、お布団も幸太郎さんのにおい…包まれとる…幸せ…」 「やめんかお前!潜るな!出てこんか〜い!!」 結局朝っぱらから一汗かいたせいで、せっかくの香水の匂いも台無しになるのだった。 おしまい *********************************************************************************************** 393.幸リリ 糸電話 スコン。後頭部に軽い衝撃。 「なんじゃい…」 またなんかのイタズラか。衝撃の元を拾い上げると、糸が繋がった紙コップ。 もう片一方はソファの向こうにあるようだ。持ち上げて糸をピンと張ってやると、紙コップから声が聞こえて来た。 『もしもしタツミー、聞こえるー?』 「この距離なら直接話せばいいじゃろがい」 紙コップに不満をぶちまけると、耳に当てて返事を待った。 『だってお仕事中のタツミってピリピリして話しかけづらいんだもーん』 「だからって紙コップ投げつけんでもよかやろが」 『てへぺろ☆』 「遊びに付き合わされる俺の身にもなってみろ!」 『そうやって文句言いなが 付き合っ く 巽の が  だよツーツー』 「クソ、電波が悪い…ってんなわけあるかい!」 ノリツッコミをしている間に、リリィは脱兎の勢いで逃げてしまった。残された糸電話には『そろそろご飯だよ』の書き置き。 「そういう大事なことを先に言わんかい、ボケゾンビィ」 *********************************************************************************************** 394.乾さく 終業式 終業式を終え、ひとりとぼとぼと家路につく。 ケータイを開き、今日何度目かのメール確認をするが文面は変わるわけはない。 『クリスマスは彼女と過ごす』『彼女出来たから無理』『女友達とカラオケに行く』 中学時代の友人からの返事。 あいつらのことだ、いくらか盛っているのは間違いない。このうち本当に彼女が出来ているやつは一人とおるまい。 だが、確認してイチャついている写メでも送られようものなら俺はケータイを逆カパしかねない。 ため息交じりにケータイをしまい、MP3プレイヤーを起動しようとしたとき背後から元気な声が聞こえてきた。 「いぬーいくーーーん!!」 振り返ると源さんがブンブンと手を振りながら駆けてくる。 どこかロメロを思わせるその人懐っこい仕草にニヤけそうになり、慌ててマフラーで口元を覆う。 「ハァ…、ハァ…。追いついた…」 「…よく俺だってわかったね」 「なんかね、乾くんっぽいなーって思って!これで人違いやったらがば恥ずかしかね」 『えへへ』と笑う彼女の顔はあの日のように眩しかった。 *********************************************************************************************** 395.幸さく 遠距離恋愛 「お前、いつまでそこにいるつもりじゃい」 「んー、幸太郎さんのお仕事が終わるまで」 涼しい顔で答えているが、さくらは今俺の膝の上に座っているのだ。 「もし頭邪魔やったら外すけん遠慮せず言ってね」 「作業中チラチラお前の首の断面視界に入るじゃろが」 いくらゾンビィ慣れしてるとはいえ流石にそれは辛い。しかも誰あろうさくらの首である。…それ以上に。 「重い」 「重くなか」 「おーもーい!」 「おーもーくーなーかーと!」 椅子がギシギシ頷いているのに、さくらは全く聞く耳を持たない。頑固な奴め。 「今日はどうした?やけにくっついて来て」 「移動中にラジオ聞いとらんやったと?」 「お前らのお守りが忙しくて聞いてる暇ないわい」 どこの玄関先から左右確認せずに飛び出してくる人間がいるかわからないのだ。安全運転最優先でラジオなどは聞き流している。 「今日は遠距離恋愛の日なんやって。それでずーっとその特集やっとったとよ」 「ほう」 「でね、さくらは思いました!『今日ずーっと幸太郎さんとくっついとらん!これって遠距離恋愛!?』って」 何を言い出すかと思えば。突飛にもほどがある。 だが、俺と違って彼女は未だ高校生だ。外見も、中身も。 おまけにゾンビィとくれば不安も募るのだろう。 「距離感狂っとるんかい、大ボケゾンビィが」 「どーせ全身腐っとるもん」 「こんなもんじゃまだまだ遠距離じゃろが」 拗ねるさくらの頭の上に顎を乗っけてグリグリやりつつ、腰に手を回して抱き寄せる。 「もっとくっつけ、ほれほれ」 「…はい!」 さくらの嬉しそうな返事が顎の骨を伝って聞こえてきた。 おしまい *********************************************************************************************** 396.幸さく お疲れ様 …おっと、いかんいかん。一瞬意識を失っていた。 ここ数日年末年始のイベントの打ち合わせで忙しく少し睡眠不足気味だ。 うとうとしたのが運転中や営業先でなくて本当によかった。 …しかし、一点だけ問題がある。 「…落ち着け、俺」 『幸太郎さーん』 最悪のタイミングでドア越しに俺を呼ぶ声。 「お、おう!すぐ行く!」 「本当?またお仕事熱中して遅れたりせん?」 ジトーっとした目つきでさくらが半開きのドアから覗き込んで来た。 「勝手に開けるな、エッチ」 「えっちやなかもん!幸太郎さん昨日そやんかこと言って一時間も降りて来んかったでしょ!」 …そんなこともあったか。 「いいじゃろ、ちょっとくらい」 「今日うどんやけんびろびろにのびちゃっても知らんよ!」 さくらがプリプリと怒るが、俺が立ち上がれないのは男の沽券に関わる事態だからである。 …男の股間に関わる事態だから、とも言えるが些か下品が過ぎるな。 誤解しないで頂きたいのは、決していやらしいことを考えた結果ではないということだ。 疲労が溜まると、意思とは無関係に起こってしまう現象である。男性諸氏なら誰でも経験があるだろう。 …問題は、女性にはこの現象があまり理解されていないということだ。 この姿をゾンビィたちに見られればあらぬ誤解を生むだろう。誤解を生まなくても見せびらかす気はない。 「もう、早くせんね!」 いつのまにか横に来ていたさくらが腕をグイグイと引っ張る。チカラツヨイサクラチャン…。 「やめんか、シャツが破れたらどうする」 呼吸を整えて、目立たないようにひょこひょこ立ち上がる。みっともない格好だが背筋を張ったほうがよっぽどみっともない。 「…幸太郎さん?」 さくらが心配そうに俺の顔を覗き込む。頼むから見ないでくれ。 「なんでもない。先に行っててくれ」 「なんでもなくなかよ!お腹?腰?どやんか調子悪かと?」 「大丈夫だ。放っておいてくれ」 「ほっとけんよ、ね?掴まって?」 さくらが俺の腕を掴み、支えようとする。どうやら俺が病気だと誤解しているらしく、かなり焦っている。 …胸が思いっきり当たっていることに全く気付かぬほどに。 「やめろ、自分で立てる」 「そやんかこと言って、倒れたらどやんすっと!?」 倒れるものか。お前のせいで立ちっぱなしじゃい。何か、何か言い訳を考えなければ…! 「ちょ、ちょっとトイレ行きたいだけだから先行っとれ。…しばらく占有したらすまん」 「あ、ご…ごめんなさい!」 なんとか納得してくれたか…。そそくさと出て行くさくらの背中を見送ったあと、曲げていた背筋を伸ばす。 …しかしこんな元気にならんでもよかやろが。ズボンの膨らみを見て呆れていたところでドアが再度勢いよく開いた。 「あ、幸太郎さん!うどんちょっとお水で締めとくね…!?」 あ、終わった。 おしまい *********************************************************************************************** 397.幸さく メリークリスマス 「…破けたりせんよな、これ」 ビニール袋から取り出した赤い服はどうにも安っぽい感じが拭いきれない出来であった。 だが、元々衣料品ではなくパーティグッズな上に、某ディスカウントストアと仕事を共にした際に『季節外れだから』と格安で譲ってもらった品である。 どうせ着るのはほんの少しの間。その間保てばよいのだ。 強度検査も兼ねて屈伸運動をしていると、スマホが震えだした。 着信相手は去年渡した純子のショルダーフォンだが、受話器の先にいるのは純子ではない。 『幸太郎さん、みんな寝とるけんこっち来てよかよ』 こしょこしょと小声で囁くさくらの声が俺の耳をくすぐる。 「あぁ」 その感触に緩む頬を悟られぬように、努めてぶっきらぼうに返すと収納に隠した大きな白い袋を取り出して、肩に担ぐ。 「ワン!」 「おぉ!そうだったなロメロ!忘れるところだった」 机の上に置きっぱなしだった白ひげを付けて、鏡の前でポーズを取る。うむ、どこに出しても恥ずかしくないサンタだ。 傍らには少々小さく黒鼻であるがトナカイだって連れている。 「よしよし、流石我が愛犬。角もよく似合っとるぞ」 ゾンビィ共の寝室の扉をそ~っと開けると、サンタ衣装に身を包んだままのさくらが力なく手を振った。 先程までかなりのどんちゃん騒ぎをしていたらしく、部屋の隅にはシャンメリーの空き瓶がボウリングのピンのようにズラリと並んでいる。 てんでバラバラに寝転がったゾンビィ共に掛け布団が掛けられているが、どうも何人かは手足が外れているらしく布団のあらぬところからはみ出している。 「…どうやったらこんな猟奇的な絵面になるんじゃい」 「…説明したら長くなるけん」 ゾンビィ特有の隈を更に濃くして、さくらは疲れたように笑う。 夕方からクリスマスイベントをこなし、さっきまで騒いで後片付けまでしたのだ。たとえ疲れ知らずのゾンビィといえども気疲れはするだろう。 「よく頑張ったな」 頭を軽くポンポンと叩いてやるとふにゃりと顔をほころばせた。 「だが、まだ少し手伝ってもらうぞ」 袋から軽めの箱を見繕ってさくらに手渡し、それぞれの枕元にプレゼントを置いていく。 「メリークリスマス」 箱を置くたび囁くさくらに習い、俺ものんびり寝コケているゾンビィ共の寝顔に呟いた。 「メリークリスマス」 「今日はご苦労だったな」 ジュースの入ったコップにワイングラスを軽く当てる。 「幸太郎さんもサンタ役お疲れ様」 「フォッフォッフォッ!どうじゃ!夏頃からすでに用意してた俺の慧眼!」 「すごかね~!」 素直に褒められると、それはそれで照れくさい。だが、この白ひげがいつも以上に俺の表情を消してくれるだろう。 「あー、なんじゃい。今日は手伝ってもらったけんちょっとだけならお願い聞いてやらんくもないぞ」 「うーん、じゃあまずロメロにお願い聞いてもらおっかな」 ロメロ?なんだ?モフりたいのだろうか。たしかにロメロの感触は心地よい。 特に腹毛がいいのだが腹毛を触れるのは一部の選ばれし者だけなので素人にはおすすめしない。 「ロメロ、ちょっと幸太郎さん借りてよかかな?」 「…ワン」 「ごめんね」 『しょうがないな』とでも言いたげに一鳴きすると、さくらにお詫びのナデナデを要求してから外のパトロールへと出ていった。 「…悪いことしちゃったかな」 「アイツはお前らよりよっぽど素直で心が広い」 「そうやね。飼い主に似とらんね」 減らず口を叩きよってからに。 「じゃあ次は幸太郎さんにお願いしてよかと?」 「俺は素直じゃなく心が狭いけん大変なお願いは聞いてやらんぞ」 「もー、駄々っ子やねぇ」 呆れながら、さくらは俺の隣に背を向けて座ると、髪をそっと掻き分けた。 「背中のファスナー、おろしてくれん?」 ゴクリ、と生唾を飲む音がとても大きく聞こえてさくらに聞こえないか不安になった。 黙って待つさくらの衣装のファスナーを下ろし、コルセットを緩めてやる。 「…ん?」 ブラ紐のデザインに見覚えがない。 …誤解のないように言っておくが、俺が彼女らの下着のデザインを把握しているのは個人の趣味嗜好では決してない。 衣装との組み合わせで色やラインが透けたりしないか考慮するためである。誤解しないで頂きたい。 「スカートの方も…」 「お、おう」 下の方もやはり見覚えが…。 「ブッ」 スルスルと下りていくスカートから、さくらのやや大きい尻がプリンと出てきた。 そりゃあスカートを下ろせば尻は出る。問題はそれを覆うはずの下着がほとんど仕事を放棄しているのだ。 「おま、なんちゅう下着を…」 「えへへ、勝負下着…。さっきお風呂入ったとき替えちゃった」 振り向くとブラも隠す気はない。いや、一部は覆っているのだがブルーベリー色の乳首が完全に露出している。 「こやんか下着着とったら幸太郎さん喜ぶかなって…」 ヒゲで表情が見えないのか、さくらは不安そうに俺の顔を覗き込む。 「…ダメ?」 そんないやらしい格好で、そんな純粋な顔をして。 愛する人のそんな仕草に耐え切れる男が果たしているのだろうか。 邪魔くさいヒゲを首元まで勢いよく下ろすと、その柔らかな唇にむしゃぶりついた。 「…ん、……はぁ」 引っ張りすぎたせいでヒゲのゴム紐がちぎれたことに気づいたのは、俺がソファの上にさくらを押し倒してしばらくしてからだった。 「…お前…、この下着…!お前!」 言いたいことは山ほどあるが、次の言葉が出てこない。 「…引いたとかな?こやんか下着着けとって」 「ハァ!?引いとったら興奮して押し倒すわけないじゃろがい!」 あんまり的外れなことを言われたのでついつい物言いがストレートになってしまった。 「幸太郎さんの、えっち」 「こんな下着買って着けてるほうがえっちですゥ」 ふとももの間に指を滑り込ませる。さくらが脚を閉じて拒もうとするが、俺のほうが一瞬早い。 ゾンビィらしからぬあたたかさを帯びたそこは、すでに水音を立てるほどに濡れていた。 「これでえっちじゃないとでも言うんか」 「…幸太郎さんこそ」 ズボンの上からでもわかるほどはちきれんばかりに膨らんだモノをなで上げられて思わず腰が跳ねた。 「最近ご無沙汰やったけん早めに出したほうがよかよね?」 「まずはお前をよーくほぐしてからな」 ズボンを下げられる前に、半歩後ろへ下がる。 「待って…あっ」 滑らせた指で刺激しつつ、乳首を口に含み舌で転がす。 フリルが鼻先に当たり、下着を着けたまま行為をしていることを感じさせる。 まだかまだかと脈打つ下半身を必死に抑えつけて、舌で、指で、丹念に愛撫を続ける。 「ふぁ…!こうたろ…さ…」 指先で特に弱いところを撫でてやるとさくらの体が弓なりにしなり、ふっと力が抜けた。 「…ハァ…こうたろう…さんに、先に気持ちよくなってもらおうと、思っとったんに」 「ほぐしとかんとまた大騒ぎになるじゃろが」 「うぅ、その話はやめて…」 顔を手で覆うさくらの息が落ち着いたのを見計らって軽く頭を撫でると、こくんと小さく頷いた。 ズボンをパンツごと一気にずり下ろす。普段なら畳んでいるところだが、どうせこの衣装を着るのは今日だけだ。 そのまま脱ぎ捨て、怒張したものをさくらの中にすこしずつ入れていく。 指と指を絡ませ、唇を重ねながら、奥まで深く入り込む。 「…いつもより、我慢利かんぞ」 「うん…来てよかよ」 こしょこしょと小声で囁くさくらの声が俺の耳をくすぐる。 ソファでしているせいか、いつもより強くさくらを求めているせいか。 ベッドよりも強く軋む音がする。 あいつらに聞かれているのではないか、という不安が背徳になり俺の理性を消していく。 背中に回された手にぎゅっと力が入り、さくらの中がうごめいているのがわかる。 さくらが俺の名前を呼ぼうとするが、吐息に混じってうまく言葉が紡げないでいる。 俺もそろそろ限界が近い。 さくらの爪が食い込むほどに俺の背中を掴む頃、俺もさくらの中で果てていた。 顔に張り付いた髪をそっと除けてやりながら、額に軽く口づけをする。 「お前、汗すごいぞ」 「半分くらい幸太郎さんの汗やけん、大丈夫」 「そろそろ一回戦終わりかな?」 「まぁこれで終わりじゃなかっちゃろ」 印刷仕損じた書類の裏紙には、数字とそれぞれのメンバーの名前が書かれている。1という数字の下には誰の名前もなく、4~6くらいに団子状態で記入されていた。 「アイツ、最近腰がどうの言ってたから不安なのよね」 「座り仕事でありんすしなぁ」 トランプの8を出したゆうぎりが場の札をさっと流し、4を3枚場に出した。さくらが今夜戻ってこないことは百も承知の彼女らである。 どれぐらい帰ってこないか予想して遊んでいたらいつの間にかお年玉を賭けての真剣勝負となっていた。 賭けの対象となる『回数』のカウント中にうっかり寝落ちしないようにこうして大富豪に興じているのだ。 「…パス」 純子がしょんぼりとした顔で告げた。どうにも席順に恵まれなかったようである。 「ヴァー」 たえが10を3枚叩きつけた頃、ふたたびソファが悲鳴を上げ始めるが、誰も気にした様子はない。 ふたりが2回程度で満足しないことも、とっくにお見通しなのである。 おしまい *********************************************************************************************** 398.幸さく お題:「もう一度だけ」「屁理屈」 初めての感触を確かめるように、さくらは唇を撫でた。 瞳は潤み、頬はゾンビィとは思えないさくら色に染まっていた。 「…夢じゃ、なかよね?」 ぼんやりと呟く彼女の頬を軽くつねる。 「いひゃいいひゃい」 「ベタな台詞吐きよってモチ肌ゾンビィめ!ボケーッとしててされたかどうかわからんなんて屁理屈言うんじゃなかろうな!」 「…あ!その手よかね!…やけん、幸太郎さんもう一回!」 そのまま返してくるとはなんたる強心臓。そもそも心臓は動いていないが。 「…もう一度だけ」 目を瞑り、柔らかな唇をこちらに向ける。 身長差を補おうと懸命に背伸びする爪先がいじらしい。…その額の傷痕に、そっと唇を落とした。 「ちっこくて届かんかったわい」 「さっきはしてくれたやなかですか!おでこやったらあと三回、うぅん、四回はしてくれんと!」 「どういう理屈じゃい!」 こちとらこれ以上付き合ってるほど暇ではないのだ。仕方ない。今度はもう一度だけで済む方にキスをくれてやろう。 *********************************************************************************************** 399.姉弟さく幸? おねショタ湯けむり編 前回のゾンビランドサガは!幸太郎さんが怪しげな薬を飲んじゃってちっちゃくなっちゃった!やーらしか! いつ戻るとかな?と思ったらちっちゃい幸太郎さんは体の勝手が違うらしくってお風呂で溺れかけてさぁ大変! 幸ちゃん、一緒にお風呂入ろうね! 「だから!あれはついうっかりしただけで、風呂くらい一人で入れるっちゅーとるじゃろがい!」 「だーめ!ロメロが知らせてくれんとやったら危なかったとよ!幸太郎さんおらんかったらわたし達佐賀救えんようになるっちゃ!」 それでも幸太郎さんはグズるので、抱っこしてぎゅーっと抱きしめてあげる。 「やめろ…わかった、背に腹は変えられん」 真っ赤になって俯いて、幸太郎さんったら照れ屋さん。 あまりにかわいかけんそのまま抱っこして浴室に連れてこうとすると、なんとか抜け出そうとモゾモゾ暴れだした。 「ちょっと、くすぐったかよ!ひゃん!」 「す、すまん…」 「あはは、変な声出ちゃった…恥ずかしかね」 普段の幸太郎さんやったら顔から火が出るほどはずかしかったっちゃろうけど、今はちっちゃな男の子やけん。なんだか平気。 「さ、お風呂場行こうね」 おててを繋いでお風呂場へ。リリィちゃんよりちょっとちっちゃな幸太郎さん。見下ろすのって初めてかもしれん。 「じゃあ幸ちゃん、脱ぎ脱ぎしようね!」 「…幸ちゃんってなんじゃい」 「だって、そやんかちっちゃか格好なのに『幸太郎さん』って呼ぶのなんか変で」 「言っとくが、中身は大人だぞ」 いつもと違う甲高い声で幸ちゃんが叫ぶ。なんだか微笑ましか。 「わかっとーよ、はい!ばんざーい!」 両手を上げると袖がずり落ちる。ちょこんと指先が出ていただけのおててもよかやけど、全体が出てもちっちゃくてやーらしかね。 六年生にして小柄なリリィちゃんの服でもこやんかぶかぶかってことは小学三年生くらいかな? そやんかことを考えながらシャツをあげると、肋骨のほんのり浮いたお腹があらわになった。 「もっとご飯しっかり食べんといけんよ」 「うっさいのぉ!元に戻れば立派なシックスパックじゃい!」 わたしが用意をする間、幸ちゃんにはシャワーを軽く浴びててもらう。湯船に入らんようしっかり言ったけん大丈夫だよね? 「お待たせー」 「ななななな、なんちゅう格好しとるんじゃお前!」 「…?お風呂やけん裸になっとーよ?」 幸ちゃんは照れ臭そうにそっぽを向く。そういえば小学生の頃、クラスの男の子が女湯に入ったかどうかでからかいあってたことがあったっけ。 「大丈夫、誰にも言わんよ」 「せめてタオルくらい巻いてくれ」 「幸ちゃんが溺れんか心配やったけん」 「ひとりではバスタブに入らんから安心してタオル巻いてこい!」 「ほんと?じゃあ指切り!ゆーびきーりげーんまん嘘ついたらハリセンボンのーます!指切った!」 ちょっと大袈裟に指切りの仕草をやると、ブラに収めてない胸が揺れてちょっと邪魔くさい。やっぱりタオル巻いた方が楽かもしれんね。 それにしても幸ちゃん、まだ恥ずかしがっとってやーらしかね。 タオルを巻いて浴室に戻る。約束通り幸ちゃんは待っていてくれた。 「ちゃんと待っとってくれたっちゃね!えらいえらい」 「だから、俺は子供じゃない!」 「はいはい」 「はい、ざぶーん」 バスタブに幸ちゃんを招き入れる。さっきまで一緒に入るかどうか揉めていたとは思えないほど大人しいので、久々のお湯の感触を楽しむ。 あ〜、お風呂ってよかね。このまま何時間でもこうしていたい…。 「あ!そやんかことしとる場合やなかと!のぼせたら大変!」 子供の頃、お母さんの長風呂に付き合わされたことを思い出し、急いで湯船から引っ張りあげる。 「シャンプーしてあげるね、座って座って」 「そんぐらい一人で出来るわい」 「そやんかこと言ってお風呂で溺れたのだぁれ?」 「…」 黙ってサングラスを外した幸ちゃんはギュッと目を瞑る。 「お風呂入るときは外さんといかんよ」 「今どきメガネかけて風呂入るやつはごまんといる」 言われてみれば。頭は大人しく洗わせてくれるみたいなので、この際細かいことは言わんでおこう。 「シャワーかけるけん、目瞑ってね」 「さっきから瞑っとる」 「もー、素直じゃなかね」 シャワーで泡を流し落とし、髪を拭いてあげる。たえちゃんと違って短くて拭きやすか。 「じゃあ次、背中ね」 「…もう好きにしてくれ」 ボディシャンプーのボトルを押して、よーく泡だてて背中を洗ってあげる。 「…待て!俺のボディタオルは!?」 「あれちょっとゴワゴワやけん、このお肌で使ったら傷ついちゃうからだーめ!」 「せめてスポンジを…」 「今みんなが買いに行っとるけん今はくすぐったくても我慢!」 逃げようと仰反る背中をなんとか洗い切る。はぁ、一苦労。 「じゃあ次はお腹洗うけんこっち向いて」 「ま、待て!前は流石にまずい!」 嫌がる幸ちゃんの身体をくるりと回す。ばってん、両手を脚に挟み込んでて洗えない。 膝を細い脛の間に挟み入れて、手をちょっと強めにどかせるとあっさり引き剥がすことが出来た。 両手で隠していた見慣れないものがちょうど視界に入る。 「おちんちん隠しとったとやね。やーらしか」 人差し指で軽く突っつくと、ぷるんとした不思議な感触。 もう一度触ろうとしたら、小指のようにピンと立ち上がった。 「わぁ、がば不思議」 保健の授業で習ったし、えっちなビデオや漫画で見たことはあるけどちっちゃい子でも大きくなるっちゃね。 「…ぅ、ぐす」 「えぇ!?ごめんね、優しく触ったつもりやったとやけど…痛かった?」 「ほ゛っ゛と゛い゛て゛く゛れ゛ぇ゛!!」 流石に悪いことしちゃったみたい。わたしは謝りながらお風呂場を出る。 突然、お風呂場から大きな物音。 「幸ちゃん!」 再び扉を開けると、そこにはおっきな肌色のゴツゴツしたもの。 …あ、幸太郎さんか。 「戻ったと!?」 「…お前、さっきのこと誰かに言ったら水浴び禁止」 いつかのようなトーンで怒る幸太郎さん。トホホ、もうお風呂場でのトラブルはこりごりだよー! おしまい *********************************************************************************************** 400.幸さく おにロリままごと編 「ハッハッ」 ミーティングに向かおうとしたところ、ズボンの裾にロメロがまとわりついてきた。 甘えたいのか?と抱っこしてやるとどうにも困った顔をしている。毛並みもちょっと乱れていた。 「どうした、いい男が台無しだぞ」 「クゥーン」 「ロメロ〜!どこ〜?」 さくらも心配して探しに来たのだろうか。返事をしようとした瞬間、ロメロの様子がおかしいことに気付く。 何故か俺の腕から逃げたがるロメロを地面に置こうとした瞬間。小さな影が廊下の向こうに現れた。 「あ!ロメロおった!ロメロぉ〜!」 リリィのTシャツをワンピースのように纏った小さなさくらがこちらに走ってくる。 ロメロはどうも彼女にもみくちゃにされたようで、急いで逃げ出した。 …ちょっと待て。『小さなさくら』ってなんだ? 「ぷぎゅ」 あ、こけた。 「うぅ…うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!」 「グラサン、そやんかしとったらマジで人攫いにしか見えねぇな」 「ほっとけ」 グズるさくらを揺り動かしながらいつもの地下室でゾンビィ共に経緯を聞く。 どうやら昨日の大掃除のとき、棚から落ちてきた薬を被ってこんなことになったらしい。 「高いところにそんな怪しい薬置いとくなんてタツミの管理不行届なんじゃないの?」 そう言われるとぐうの音も出ない。 しかしこの館にある怪しげな物品は俺の学生時代の無軌道な収集と徐福さんの妙ちきりんなコレクションの合わせ技である。 片手間にやってなんとかなる状態ではないのだ。 「…大掃除の範囲は普段使う範囲だけでいい」 「元々アンタの家なのに私たちが掃除しなきゃいけないのがおかしかったのよ」 「お前らが目覚めなかった間ずーっとお部屋お掃除してやった恩を忘れたんかい!」 「目覚めてないのに覚えてるわけないでしょ!」 「こーたろーさん、あいちゃん、ケンカせんで」 落ち着いてきたさくらが、またしゃくり上げ始めたので俺たちは互いに矛を収めた。 「なんでさくらは幼児退行起こしとるんだ。記憶はしっかりあるんだろう?」 腕が疲れたので、さくらはたえに預けておく。 珍しく『お姉さん』ポジションになってたえも随分嬉しそうだ。 「さくらさんは素直ですから、一種の自己暗示じゃありませんか?」 「ニーチェも精神は肉体の道具に過ぎないって言ってたし、身体に合わせて心も幼くなったのかも」 「リリィ、お兄さんいたの?」 「兄貴は剛雄似やったと?」 「『兄ちゃん』じゃなくて『ニーチェ』。ってかサキちゃん、パピー呼び捨てにしないでよ!」 話が横道にそれかけたとき、ゆうぎりが煙管をカッと鳴らした。 「わっちらは大掃除がありんす。さくらはんの面倒は幸太郎はんが見なんし」 「…俺は色々忙し「巷は年の瀬。外回りに行こうにも上役は仕事納めの時期でありんしょう。なればお部屋で日がな一日作業でありんしょ」…ハイ」 有無を言わさぬ雰囲気に俺は渋々頷いた。 「さくらさん。今日はお姉さんたちお掃除で忙しいので、そのあいだ巽さんと一緒に待っててくれますか?」 「うん、よかよ!じゅんこちゃん!」 「…なかなか『純子お姉ちゃん』と呼んでくれませんね」 まぁテレビでも見せとけばなんとかなるだろう。そんな俺の予測はすぐに覆された。 「こーたろーさん、あーそぼ!」 子供の頃年末年始のテレビがつまらなくてヒマを持て余していたことを今更思い出したのだ。 「ね〜え〜!」 ひとりで遊ばせようかとも思ったが、ドジっ子ゾンビィのさくら×幼児パワーでどんな怪我をするかわかったものではない。 ロメロに頼もうにもさっきわやくちゃにされて嫌がっている。 …仕方ない。優秀な俺のことだ。正月返上で働けば1日の遅れくらいきっと取り戻せる。…今日で治るとは限らないという現実はこの際見ないものとする。 「わかった、何して遊ぶ?」 「おままごとしよ!こーたろーさんさくらのだんなさん!」 ままごとしようにもおもちゃはない…と思っていたらその辺の適当な道具を見繕ってご飯を用意し始めた。 気付けば印刷しそんじた紙と文房具で一汁三菜デザート付きの豪華な夕食が完成していた。 子供のインスピレーション恐るべし。俺にもその閃きを少し分けてほしい。 「はぁ、こーたろーさんかえりおそかねぇ」 いつのまにやら開幕のベルは鳴っていたらしい。さくらの視線に気付いて俺も慌てて参加する。 「た、ただいまー」 「こーたろーさん!そこ玄関やなかと!」 「あ、すまんすまん」 先程説明された間取りを思いかえす。おままごとに記憶力が要求されるとは知らなかった。…忘れていただけかもしれない。 「おかえりなさい」 ちょこんと正座したさくらが三つ指ついてお出迎えする。妙に古風なのはゆうぎりと純子の仕業か。 「あぁ。じゃあご飯食べようかなー」 「まぁ、ひどいわ!わたしたちシンコンなのに!」 何がひどいんだ!?困惑する俺を見て、さくらはそっと目を瞑る。 なるほど、理解した。理解したらまた別の困惑が湧いて出てきたが。 さくらの拗ねそうなオーラを感じ取り、柔らかな頬に軽く唇を当てる。これならノーカンじゃろ。 「だーめ。ほっぺじゃゆるしてあげません」 …子供騙しとはいかないか。だが倫理的にどうなんだ。独身男が部屋にふたりきりで幼女にキスは明らかにアウトだろう。 そもそも倫理を持ち出すならゾンビィ化の時点で、いやそれとこれとは話が…。脳内巽乾会談は侃侃諤諤喧々轟々、しっちゃかめっちゃかになっていた。 「こーたろーさん…」 さくらが自分のシャツの裾をぎゅーっと握る。いかん、チャージが始まった。一瞬でも躊躇すれば幼女泣かせの汚名を着てしまう。 小さな顎をクイと持ち上げ、キスをする。潤んだ瞳を見てつい『大人のキス』をするところだったが、理性がなんとかブレーキをかけてくれた。 「ふふふ!こーたろーさんとキスしちゃった!」 恥ずかしいのか、俺の肩に顔をグリグリ埋めながら脚をバタバタさせる。 「あの、ご飯は」 「ちょっとまって!いまシンコンセーカツのしあわせをかみしめとるけん!」 すっかりテンションが上がってしまったらしい。 はしゃぐさくらをお姫様抱っこで持ち上げてクルクル回ると楽しそうに悲鳴を上げながら俺の胸に抱きついてくる。 …このときの俺は、薬の効果が切れたあとどれだけ大騒ぎになるか考えたくなかったのかもしれない。 おしまい *********************************************************************************************** 401.幸さく ゴーン のどの渇きに目を覚ますと、先ほどまでの喧騒はどこへやら。 大型こたつの置かれた居間は静寂に包まれ、ただ鐘の音だけが響いていた。 今年の初めはゾンビィ共が『初詣連れてけ』と喚きたてたので、今年は無視してやろうと早々に寝たふりを決め込んでいたのだが、どうやら本当に眠っていたらしい。 「あいつらテレビつけっぱで出ていきおったんか」 歌番組が終わり、年の瀬の寺ばかり映すテレビを黙らせるため、こたつ布団から起き上がる。 どやん。 布団の中で足に何かが当たる。いや、何かではない。このどやんどやんとした感触は…。 「さくら、お前置いてかれたんか」 「違います!」 卵顔を餅のように膨らませて抗議しつつも、みかんを剥く手は止めようとしない。 「じゃあなんでお前だけおるんじゃい」 「だって誰もおらんくなったら幸太郎さんまたお仕事始めるっちゃろ?」 「そ、そんなわけあるかい!」 図星を突かれて声が上ずる。 「仮に仕事したとしてなぁ!褒められるならともかくなんで怒られなきゃならんのじゃい!」 「お正月くらいちゃんと休まんといけんよ!」 こたつの中から抜け出そうとする脚をさくらは器用にからめとる。ドやんとしたもも肉から抜け出すのは至難の業だ。 「わかった、わかった。ちゃんと休む」 「うん、素直でよかね」 のどの渇きを思い出し、湯飲みを見るがほとんど空になっていた。急須をゆするがそれも空。 ポットにお湯を取りに行くにはいったんこたつから出ないといけない。 人間心理は不思議なもので、さっきまで出るつもりだったこたつも、こうなると意地でも出たくなくなる。 「はい」 しょうがないのでさくらが剥いてくれたみかんをもらう。うむ、やはりこたつにはみかんじゃな。 「もっとくれ」 「もぉ、自分でやらんね」 そう言いつつもさくらは再びみかんを剥き始める。 「白いとこは取ってくれ」 「ダメです。そこが一番栄養あっとよ!」 「そのぶんたくさん食べれば問題ないじゃろがい」 呆れたようにため息をつきながら、白い筋が残ったみかんを俺の前に押し付けてくる。のどが渇いているので食べてやらんこともない。 「幸太郎さん、なんで初詣行かんの?」 「…俺は神仏の類は信用しとらんけんな」 鐘がまたひとつ、鳴り響く。 「お前はどうなんだ」 「わたしは…特に信用しとらんとかではなかよ。ばってん」 照れくさそうに頬を掻きながら、目を泳がせる。 「高校受験前に行ったらね、あの鈴が落っこちてきて…ちょっと不安で。幸太郎さんが隣におるんやったら平気かなって思とったら行かないって言うし…」 「今隣におるからいいじゃろがい」 「…うん」 少し冷たいさくらの手が、こたつ布団のなかの俺の手を探り、そっと触れた。 たとえ神になど祈らなくとも、来年はもっといい年にしてやろう。過去の不安など乗り越えられるほどに。 そう自分自身に誓いながら、指を絡めるようにその手を握り返した。 おしまい *********************************************************************************************** 402.幸さく 惚れた弱み 人間誰しも生理現象というものがある。アイドルとてそれは例外ではなく、ゾンビィになってもトイレとは切り離せない。 なので遠征のときはこうして道の駅やパーキングエリアに休憩によるのである。 しかしここでひとつ問題が発生する。 「リリィソフトクリーム食べたーい」 「へぇ…佐賀牛の串焼きなんてあるんだ」 「わっち甘酒そふと〜」 「巽さん、ここキノコがお安く売ってます!」 「ヴァァウ、ウァ!」 「グラサン、金くれ」 生者に群がるゾンビィの如く、たかり攻撃に遭うのだ。 「だーもー!うっさいのぉ!来るたび来るたびなんか買っとったら資金が持たんじゃろがい!」 「まぁまぁ、幸太郎さん。ひとり500円…300円でもよかけん、ね?」 袖をちょんと摘みながら、さくらの青い瞳が上目遣いで俺を見つめる。 「しかし、こう毎回毎回出費するわけにも…」 負けるな巽幸太郎!ここで退いては男が廃る! するとさくらはもう一度袖を引っ張り、口パクで何かを呟いている。『い』・『ぬ』・『い』・『く』… 「仕方ない、300円だけだぞ」 ゾンビィたちの感謝やら罵声やらを受け流しつつ、小銭をひとりひとり手渡す。最後に残ったさくらは嬉しそうに俺の頬を突っついた。 「昔から優しいところは変わらんね、い…幸太郎さん」 コイツめ、やたら嬉しそうな顔しよってからに。初恋の純情を弄ぶと痛い目見るぞ。 「そやんか怖い顔しないで。ソフトクリーム半分あげるけん、一緒に食べよ?」 …その程度で許されると思ってるなんて安く見られたもんだ。 眉根を寄せたままの俺の手を引いて、さくらはリリィとゆうぎりの後を追う。 振り向き様に見せるあの日と変わらぬ笑顔に、なんだかんだで許してしまう俺がいる。これが惚れた弱みというものか。 おしまい *********************************************************************************************** 403.乾さく 三文の得 静かな学校、静かな廊下。ドアの音が、普段より広く見える教室に響き渡る。 日曜日に間違って登校したんじゃないか、と不安になりケータイを確認する。カレンダーは月曜だった。 冷えた木製の椅子が眠気を覚ましてくれるかと思ったが、効果はほとんどない。 「ふぁ〜…」 誰もいないのをいいことに思いっきり欠伸をする。 昨日はうっかり徹夜でゲームをしてしまった。やたら朝早く出てきたのも、家にいたら二度寝して遅刻してしまいそうだからだ。 まぁ、高校生になったことだしこのくらいの無茶誰でもやってることだろう。目を瞑ってひとりうな…ず………ZZZ………。 「おっはよぉございまぁーーーす!!」 「ひゃいっ!」 突然の大声につい気を付けの姿勢で起立する。よだれなどたれてないだろうか、慌てて口元を拭う。 「乾くん、朝から元気よかね」 「み、源しゃん!」 「日直やけん早めに来たのに先越されちゃった。…ごめんね、起こしちゃった?」 「そんな、全然!」 まさか徹夜のおかげで源さんと会話出来るなんて…。僕はこっそり神に感謝するのだった。 *********************************************************************************************** 404.幸さく いっぱいお仕置きしてください 幸太郎さんの膝の上に向かい合うように跨って、唇を交わす。 立っているときより近くって、屈んでもらったり首を外したりせんでもキス出来るのががば嬉しか。 だけど悩みがひとつだけ。 深く深く求めあってると…幸太郎さんが元気になってるのが伝わってきちゃう。…ほら、今日も固くなって来とる。 たしか血が集まって固くなるんやったよね。冷やせばきっと落ち着くよね。 腰を上手くくねらせて、冷たい身体を擦り付けて冷まそうとしても何故だか熱くなるばかり。 …なんだかわたしも火照って来たっちゃ。 「お前、わざとやっとるだろ」 「そやんかことなかよ?うーんどやんしたら落ち着くとやろ?」 幸太郎さんの手が素早く動いて、細長い指がわたしの敏感なところに触れる。 「ん…っ」 吐息とともに漏れる水音。 「イタズラゾンビィめ。俺の方にも考えがあるぞ」 「うん、いっぱいお仕置きしてください」 耳元で囁くと、幸太郎さんのが一段と熱く脈打つのを感じた。 *********************************************************************************************** 405.幸さく プロデューサーになろう 「わっ、わっ、はわぁっ!どやんしよ〜!!」 作業中にお茶を差し入れに来たと思えば、俺が慎重に慎重を重ねて積んだ書類タワーを崩すとは。 疲れた俺をねぎらいに来たのか仕事を増やしに来たのか、さっぱりわからない。 しかしここで嫌味を言ったところで書類が元に戻るでもなし、不毛である。 ここ最近ろくに寝ていないから怒鳴る気力もない、というのもある。 なによりさくら自身申し訳なさそうに書類を拾っているのだ。あんなに懸命に、どやんどやんと尻を揺らしながら。 そう、尻が揺れているのだ。わざわざ俺に尻を向けて、なんなら屈むたびにミニスカートからふとももがチラチラ見える。 さっきも言ったが俺はここ最近寝ていない。当然疲れも、なんか他のもんもたまっている。 たまっている故たまらない。 そんな俺の視線に気付かぬさくらは一生懸命書類を拾う。 気付けば俺はふらふらと立ち上がっていた。まずい。このままでは理性が持たない。落ち着け俺よ。なんとか方向転換せねば。 「何じゃいこのけしからん尻はーっ!!」 「い゛た゛っ!いきなりなんばしよるとですか!」 何って?欲求不満を怒りに変えて、さくらの尻にぶつけただけだが? *********************************************************************************************** 406.幸リリ お酒なんて大っ嫌い おトイレから戻る途中、食堂のほうに誰かの気配を感じた。 誰かつまみ食いしてるのかな?黙っててあげる代わりにリリィも一口もらおうとのぞき込んだ。 「なんだ、タツミかぁ」 「なんだとはなんじゃい」 左手には琥珀色の液体と氷が入ったグラス。テーブルの上には中身が半分ほど入った酒瓶も置いてある。 「タツミ、スコッチをロックで飲んでんの?もったいなぁい」 「うっさいのぉ!こっちのほうが洗い物減って楽なんじゃい!」 グイとグラスを傾けて、空のグラスを強めに置くタツミ。 夜中なのを気にしてあくまで叩きつけないところを理性的というべきか、ワイルドさに欠けるというべきかちょっと迷う。 「んにしてもお前、よくこれがスコッチだとわかったな」 「だってリリィ、昔────」 「そういえば刑事ドラマで酒屋の娘役で出たことがあったか」 「えっ、なんで覚えてるのさ。あれまだリリィが出始めのころだよ。しかも脇役だし」 「お前らの生前の映像には一通り目を通している。特にリリィ、お前は最近のだから収集は楽だった。有名どころはリアルタイムで見ていたしな」 …そんなとこまでチェックしてんだ。 「タツミってマメだよね。ちょっとキモいくらいに」 「後ろ半分は余計じゃい」 トクトクと心地良い音を立てて、グラスが再び液体で満ちた。カラン、と氷が音を立てる。 そういえば、パピーもこんな感じで晩酌してたっけ。夜中にチラッと見たくらいであんまり覚えてないけれど。 「なんで高いお酒なんて開けてるの?ケチンボのタツミらしくないよ」 「その刺々しい言い方、理由わかって言っとるな」 やっぱり思った通り。リリィがもし、まだ生きていたなら今日が成人式。 「本人抜きでお祝いなんておかしくない?」 「祝ったら祝ったでお前絶対へそ曲げるじゃろが」 「当たり前だよ!リリィは永遠に子供なの!成人祝いなんてされたくないもん!」 そう、リリィはずっとこのままがいい。 大人になってモジャモジャムダ毛に悩まされるのも、ごっつい体になるのもかわいくない。 パピーはかっこいいけれど、『かっこいい』と『同じようになりたい』は別問題。 『かっこいい』よりずーっと『かわいい』でいたいもん。 「だからこうしてこっそりお祝いの気持ちを表していたんですー!それをお前が夜更かししてみつけたんじゃろがい!  かわいい子はさっさとお布団でスヤスヤ寝てくだちゃーい!!」 「タツミ」 リリィが時計を指さすと、大声を出したタツミは気まずそうに咳払いをした。 「タツミばっかり飲んでるからリリィものど渇いちゃった。なんか飲もーっと」 食器棚からコップを出して机に置くと、タツミが無言で酒瓶を差し向けてきた。 「お酒なんて飲まないよ、リリィ子供だもん」 「子供だったら、大人が飲んどるのマネしたくなるもんじゃろが」 …たしかに昔、ゴネてパピーを困らせたけどさ。 「小学生アイドルに飲酒勧めるなんてプロデューサー失格じゃない?」 「ゾンビィに酒を勧めて逮捕された奴がおるんか」 「いねーけど…、たぶん死体損壊罪に引っかかると思うな」 コップをしまって、お猪口にほんのちょっとお酒を注いでもらう。 大人の真似してちょっと背伸びしてみるのも、『かわいい』リリィには必要な要素。 …タツミの言う通りなのはちょっと癪だけど。 スンスンにおいを嗅いでみる。うわぁ、お酒くさぁ。 舌をぺろっと出して、なめてみる。ちょっと苦くてけむり臭いけど、においほど嫌な感じはしない。 いけるかな?思い切ってお猪口を空にした。 「ケホッ、ケホッ…苦ぇっ!やっぱおいしくなーい!」 「このうまさがわからんとは、やっぱりお前はお子ちゃまじゃのう」 「リリィ最初っからそう言ってるでしょ!」 今度はタツミが勝ち誇った顔で時計を指さす。なにさ、その顔。リリィさっきそんな顔しなかったもん! 「やっぱりリリィお水飲む」 もう一回コップを出そうと椅子から降りると、足に力が入んない。 あれ、景色もなんか変。なにさ、タツミ。怒鳴らないでよ。 うっさいなぁ、夜中だよ…。 「……う゛ぁ」 最悪。頭痛い。思わずたえちゃんみたいなゾンビィボイスがのどから出ちゃった。 しょぼしょぼの目をなんとか気合でこじ開ける。うぇ、朝っぱらからタツミの顔でお目覚めかぁ。 …なんでタツミがリリィと寝てんの!? 嫌な脂汗がドバっと吹き出る。 確かにリリィはかわいいし、タツミがそういうことしちゃうのもわかるけどさぁ! 起き上がろうとして、自分が誰かに抱き着かれていることに気付いた。 あれ、ゆぎりん。よく見るとみんなもいる。いつも寝ている雑魚寝部屋に何故かタツミが転がっていた。 なんだ、勘違いかよ。よかった。 「あり?リリィはん、おはようでありんす」 「リリィちゃん大丈夫?お水飲む?」 さくらちゃんからもらったお水をもらうと、頭痛は少し収まった。 だけど、なんでタツミがここで寝てるのか全っ然思い出せない。 「巽さんを連れてきたの、リリィさんですよ?」 不思議そうな顔をした純子ちゃんの奥で、サキちゃんがチェシャ猫みたいにニヤニヤ笑ってる。 「いやぁ、昨夜のちんちくは傑作だったばい!『タツミも一緒に寝るのぉ~!や~だぁ~!一緒がいいもぉ~ん!!』って」 『リリィそんなこと言わないもん!!』 言いかけて、半開きになった記憶の扉からそんなことを口走ったような記憶が漏れ出てきた。 痛む頭を左右に振って、急いで記憶の扉を閉める。 もう一生、お酒なんて飲んだりしない。 お酒なんて大っ嫌い!! おしまい *********************************************************************************************** 407.幸さく 慣れた感覚 「ん……ふぅっ……」 唇を重ねながらホックを外す。下着からさくらのたわわな胸が溢れる。 その柔らかさを想像するだけで自然と上がる口角を、表情筋で無理矢理抑える。 落ち着け巽幸太郎。ここはクールに揉むのだ! だが、さくらが手首を掴んだせいで俺の指は虚しく空気を揉むことになった。 「何すんじゃい」 「……幸太郎さんってブラ外すの上手やね」 じっとりした目でさくらは俺を睨め付ける。『どうせ他の人で慣れとるっちゃろ?』とその目は語っていた。 「なに言いがかり付けとるんじゃい!お前らゾンビィが意識ないとき誰が着替えさせてやったと思っとる!」 「…ふーん」 どうやら逆効果だったらしい。さくらはますますヘソを曲げる。コンニャロめ。俺の気も知らんで。 「なんじゃいその顔!俺が!お前以外愛してるわけないじゃろがい~…」 口からついつい溢れ出た言葉を急いで引っ込めようとするも出来るわけがなく、竜頭蛇尾な俺の叫びは静寂に消えていった。 しばらく見つめ合っていたさくらはおもむろに俺の手を胸に押し当てる。これが返答だと言わんばかりに。 ゾンビィの止まったはずの心臓が小さく、だが確かに鼓動していた。 *********************************************************************************************** 408.幸さく お題:「膝」「階段」 「おわっ!?」 思わず悲鳴が口から飛び出る。夜遅く帰ってみれば、さくらが踊り場で膝を抱えてうずくまっているではないか。 「なにしとんじゃい、お前は」 「…別に」 案の定またネガティブを発症している。 とはいえ、最近のネガティブは一種のガス抜きのようなもので、例の一件ほど重篤ではない。 ま、どうせ一晩経てば機嫌も直るじゃろ。 「今、どうせ一晩経てば機嫌も直るって思ったっちゃろ」 ギクリ。 「お、思っとらんわいそんなこと!」 「……ふーん」 まるっきり信用しとらんなコイツ。…とりあえず今夜は疲れた。とっとと寝てしまおう。 横をすり抜けようとした瞬間、さくらは俺の足元にゴロリと寝転がった。 「危なっ…踏んだらどうすんじゃい!」 「座ってるのもだるか…」 左右に何度か避けようとするがそのたびゴロゴロと転げまわり、進路を妨害してくる。 「そんなに寝たいんなら布団の中で寝っ転がらんかい!」 「起き上がるの面倒くさか…」 この際無視して一階のソファで寝てやろうか。しかし、もしもさくらが階段で夜を過ごしたとなれば寝覚めは最悪である。 そしてさくらはいざとなればそうする頑固さがある。 「なんじゃい、どうして欲しいんだ?」 結局白旗を挙げた俺の問いかけに彼女はしばらく逡巡した。 「……だっこ」 脇の下から腕を通し抱え上げるが、どうにもお気に召さないらしくさくらの身体は死体のように脱力したままだ。……元から死体だが。 抱えて階段を上るのはさすがに重いので、俺の足にさくらの足を乗っけてやる。 「ほれ、行くぞ。よっかハイ!よっかハイ!よっかよっかよっかハイ!」 交互に足を持ち上げて、缶ぽっくりのように二人二脚で歩くさくらと俺。 俺にここまでやらせたんだ。明日には機嫌を直せよ。この甘えん坊さんめ。 おしまい *********************************************************************************************** 409.幸さく 月の裏側 月は裏側を決して地球に見せない。 その話を聞いてから、月を見るたびあの人のことばかり思い浮かべてしまう。 「なんでこやんか頭から離れんとやろ…」 昔再放送で見たトレンディドラマのように、窓にはーっと息を吐きかけて落書きでもしようと思ったとやけど、ゾンビィの体温ではそれも叶わない。 「持っとらん…」 「また落ち込んどるんか」 背後からの突然の声に思わず心臓が止まりそうになる。動いとらんけど。 「べっ、別に落ち込んどったわけじゃ…」 「じゃあこんなとこで何しとったんじゃい!ボケーッとしよってからに!」 どやんす、『幸太郎さんのこと考えとって…』なんて言えんし…。泳ぐ視線は煌々と光る月に辿り着いた。 「えっ、ええっと!お月様見とったと!ほら!お月様綺麗、やけん…」 口を衝くまま飛び出した言葉にわたしの頬は熱を持つ。確か、『月が綺麗』って夏目漱石の…。幸太郎さんが知っとるとは限らんけど、からかわれたらどやんしよう。 ばってん、幸太郎さんの反応はとても意外なものだった。 「…お前、意味わかって言うとるんか!?」 普段とは違う焦りの色。なんだか月の裏をほんの少しだけ垣間見た気分。 *********************************************************************************************** 410.幸さく 対面座位 「こぉたろ…さん…」 息を荒げたさくらが両手を広げる。腕を抱えて起こしてやると、くたっとこちらに寄りかかってきた。 「大丈夫か?少し休んだほうが…」 「うぅん、最後まで……して」 潤んだ瞳でそんなことを言われて耐えられるだろうか?俺には無理だ。 「ん…っ」 柔らかく冷たい唇を舌で割り、無抵抗の舌を絡めとる。 小さく震える背中を抱き寄せ上下に動かすと、重なった場所からくちゅくちゅといやらしい水音が響く。 愛している、さくら。 10年間、ずっとずっと君のことを思っていたんだ。源さん。 言葉よりも雄弁に想いを込めて唇を交わす。 さくらの指に力がこもり、背中に爪が食い込む。大きな痙攣に釣られて、すべてを注ぎ込む。 …こんな形で、一方的に想いを伝えるのは卑怯ではないか。虚脱感と共に、後悔が沸き起こった。 「幸太郎さん、わかっとるけん大丈夫」 穏やかな声でそう囁くさくらを、俺はただ抱きしめることしか出来なかった。 *********************************************************************************************** 411.幸純 19歳にもなったのに 『19歳にもなったのに』 ‪生前に、お母さんによく言われた言葉。‬ゾンビとして蘇ってから、たびたび思い出しては後悔の日々。‬ ‪ここでは皆さん家事を分担していますが、歌くらいしか能がない私は色々ドジをやってばかり。‬ ‪「私、共同生活向いてないのでしょうか…」‬ ため息と共に、ついつい弱音がポロリ。 「なんじゃい、こんなところに蹲って」 日陰でジメジメしていた私に、どこからか声をかけてくださる方が。 「巽さん…」 「またキノコ栽培でもしとるんか」 「いいえ、そういうわけでは…」 あの日のことを思い出すと、ついついほっぺたが熱くなってしまいます。 「今度はせめてシイタケでも生やせよ。いつでも収穫しちゃるけんのぉ」 そうしてニヤリとニヒルに笑うと、巽さんは行ってしまわれた。 いくらでも面倒を見て下さるということかしら。 そんな都合のいい解釈をしてしまい、私の頭にポコンとベニテングタケが生えるのでした。 *********************************************************************************************** 412.幸さく 手汗 冬は人を憂鬱にさせるらしい。そして、かつて人であったゾンビィもその定めからは逃れられないようだ。 「ハァ〜…」 メイク中、これで16回目のため息だ。ミーティングを含むと…数えたくもない。 「ハァハァため息ばっかり吐きおってこのアンニュイゾンビィ!  お前のせいで『幸せ』が逃げて『巽太郎』さんに改名せざるを得なくなったらどうするんじゃい!」 「えぇ…そやんかこと起こらんと思うけど…」 口から吐いた出任せに突っ込まれ、俺は一瞬たじろぐが、咳払いひとつで見事に誤魔化した。 「何が原因だ?そのため息」 俺の問いにさくらは反射的に目を逸らす。指先をくにくに合わせてみたり、口元をもごもごしてみたり。 このような場合答えを急がせるのは得策ではない。待つのだ。 「あの、幸太郎さん」 ようやくさくらが切り出す気になったらしい。そのようなときも即否定してはいけない。 『提案を受け入れてくれない人』というポジションになってしまうからだ。 「なんじゃい」 「手繋いでもらってよかかな?」 ここで大事なのは提示された案件をよく、よく考え……。 「ハイィ!?」 「なんでそやんかことせにゃならんのじゃい!」 震えそうな声を必死に押さえ込み、反論する。 「わたしたちの曲って普通の人目線というか、一度挫けても大丈夫!って助け起こす歌だと思うとですよ。  そやんかとき、握手会くらいでしか経験のなかわたしはもうちょっと男の人の手に慣れた方よかかなって」 たえを除く他のメンバーは何かしらのグループの中心にいた人物だ。 だが、さくらは中学時代を犠牲にしたおかげで男性のイメージが希薄なのだろう。 フランシュシュのファン層を思い浮かべても、一般とはかけ離れた濃い衆ばかり思い浮かぶ。 「やけん、幸太郎さん。お願いします」 そう真摯な目で見られて誰が断れようか。 「わかった」 メイクで使ってた椅子をさくらの椅子に横付けし、リラックスした体勢で左手を差し伸べるとすぐにさくらの手が掴んだ。 「焦らんでもいいぞ」 「は、ハイっ!」 五分経過すると、リードしていたはずの俺が逆に焦っていた。俺の手汗が、手汗めっちゃ出る! いや今までこんなことなかったし今年暖冬だからその辺の影響かもしれないが滴りそうなくらい手汗めっちゃ出る! 「もういいだろう、離すぞ」 「待ってくださいもうちょっと!」 「なんじゃい!慣れたじゃろがい!」 こんなぐっちょり俺の手汗が出てるのに慣れるもなんもあるかい!早く離して拭かせてくれ! 「慣れてません!まだドキドキしとります!」 「どこがだ?」 『手汗出過ぎてキモい』なんて言われたらは俺は即死してゾンビィの仲間入りだぞ、さくらぁ。 「心臓…は止まっとるけど心は…」 「キャーさくらちゃん乙女ェ〜!いいから離さんかい」 やっとの思いで手汗を拭い、ついでにメイクの流れ具合などを記録に書き留める。今後のために。 はぁ、これでひと段落と落ち着いたところで再び掴まれる手。 「幸太郎さん、恋人繋ぎって知っとーと?」 勘弁してくれ…。 *********************************************************************************************** 413.幸愛 肉と人生 「肉を焼くのは人生に似てるのよ」 ホットプレートを前に、語り始める愛を、純子とゆうぎりと俺がポカンと見つめる。 「じっとしすぎても、動き過ぎても上手くいかないの」 パチパチと脂が飛び散り始めた肉を素早く裏返しつつも、ホルモンの焼き加減をチェックする愛。 「肉の種類はバラけていいんか」 「お店ならともかく、お家焼肉じゃ多少脂が混じっちゃうもの、妥協も必要よ。そこも人生と同じ」 フフン、と得意げに鼻を鳴らしながら、横あいから飛び出してきたサキの箸を防ぐ。 こちらの四人とは対照的にあちらのは最早戦争状態である。多少の流れ弾は仕方なかろう。 「…騒がしいですね」 「えぇ、ホルモンが歌い出したわ」 「そりゃ漫画のセリフじゃろが」 愛は唇を尖らせ、俯く。俺が持っとる漫画から引用すればバレて当然じゃろが。 「ほんに、焼肉は人生に似ておりんす。油断大敵というところも」 いつの間にか肉を取ったゆうぎりは、愛に微笑みかけると口に放り込む。が、予想外の熱さに目を白黒させた。 「えぇ、本当に油断大敵ね」 愛はまたも勝ち誇る。確かに油断大敵だ。俺たちは誰も純子が赤熊網笠茸を焼き始めたことに気づかなかったのだから。 *********************************************************************************************** 414.幸リリ ブラの日 ソファに腰掛け、足をぶらぶら。両手で持った青地に星模様のマグカップにふーふー息を吹きかけると、牛乳に張った薄い膜が少し破けてシワが寄った。 「タツミ、聞きたいことがあるんだけど」 「それ飲んだら寝るって約束じゃろがい」 「まだ全然飲んでないもーん!『出来るだけ急いで飲め』なーんて約束はしてないもん」 ちびちびホットミルクを口に運ぶリリィに巽は眉をしかめる。 とっとと飲めと言いたいが、あんまり急かして舌に火傷をされても困る。だが熱そうな仕草が演技だったとしたら…? 「聞きたいことがあるんだけど」 「なんじゃい」 疑心暗鬼の迷宮に迷いかけて、思わず返事を返してしまった。 「タツミはなんでリリィにブラ買ってくれたの?」 「ブフォ!!」 「汚ねぇ」 「おま、お前がいきなり変なこと聞くからじゃろがい!」 コーヒーまみれのモニタを拭きながら巽は声を荒げるが、リリィは涼しい顔を崩さない。 「パピーは買ってくれなかった。ちょっと強面だし照れ屋さんだから仕方ないけどね」 ちょっとじゃなかやろがい、というツッコミをなんとか飲み込み咳払い。 「今の心臓丸出しボディで昔みたいにキャミソール着たら引っかかってビロビロにのびるじゃろがい」 「なんも着なかったら?」 「…初期のTシャツ衣装でなんも着なかったらどうなる?」 あのTシャツに袖を通したときをリリィは鮮明に覚えている。 「浮いたり透けたりするね、ペラッペラだったもん」 一人一人デザイン凝る前にもっといい生地にしろよ、と文句を言ったものである。 その後お出しされたゴミダサTを見て以来、二度と同じ文句は言わなかったが。 「そうじゃ。だからなんかつけとらんと危ないじゃろが」 「だったら最初から立派なの着せてくれてもいいじゃん、ケチケチしないでさ」 「衣装慣れしてない奴らにあんなお高い衣装着せられるかい、破ったり化粧つけられてみろ」 そんなことはわかってるもん、とリリィは口を尖らせた。 「じゃあ、最後にもう一個聞かせて」 リリィがマグカップを傾ける。溶け残った蜂蜜の甘味が口の中を満たす。 「リリィのブラって、みんなのに比べて布面積狭くない?」 ギクリと肩を震わせて、巽の手が止まる。 「そ、そりゃ心臓に引っかからんようなデザインにしただけで、これっぽっちもやましいことは考えとらんぞ!本当だぞ!」 口を開けば開くほど、嘘臭くなる己の言葉に巽の耳は真っ赤に染まる。 「だいじょーぶ、タツミがリリィたちのことそーゆー目で見てないってことはちゃんとわかってるから」 リリィは目を細めて笑うと、おやすみの挨拶をしてトテトテ部屋を出ていった。 巽の唇に、ほのかな甘味が残った。 おしまい *********************************************************************************************** 415.幸さく愛 意地悪な笑顔 「どやんす、どやんすぅ~…」 買い出し先のスーパーで待ち合わせの時間になっても現れないさくらを探してみれば。 「う~ん、チョコケーキ…でもあんまり気合入ったもの作ってもひかれるかもしれんし…」 お菓子コーナーで眉根を寄せて、製菓用のチョコを睨みながらブツブツと呟いていた。 「さくら?」 「あんまり簡単でも手抜きに見えんかなぁ…あ!大人っぽくお酒入れて…でもわたしお酒買えんっちゃ…」 ダメか、聞こえてない。 「ちょっと、さくら!」 「はぅわっ!…あ、愛ちゃん」 ようやく気付いた彼女は借り物の安っぽい腕時計に目をやると、メイクが落ちたような顔をした。 「ご、ごめんなさい!こやんか時間経っとると思わなくって…」 「いいわよ、別に」 それより私が気になるのは。 「誰にチョコあげるの?」 ちょっと意地悪な声色でさくらをからかってみた。 「えぇ!?だ、誰って!?」 「だって、この時期にチョコ見てるってそういうことでしょ?」 売り場の上の大きなハートマークには金の飾り文字で『バレンタインフェア』と書かれている。 「趣味!わたしお菓子作りが趣味やけん!ほら、こないだインタビューで答えたの聞いとったよね!」 「ふーん」 たぶん、今の私はチェシャ猫のような顔をしてるんだろうな。 「で、次は何作るの?」 「それがまだ決まらなくって…」 「もうあんまり日にちないわよ」 「うん…」 言外にバレンタインチョコを作るって白状したようなものなのに、それにも気付かないほど悩んでるみたい。 「あ、あのね!愛ちゃん」 「何?」 「これは…その、友達!友達の話なんだけどね!」 ゾンビの私たちに友達なんていないけれど、そこは気付かない振りをしてあげる。 「年上の人にあげるチョコ、出来たら手作りであげたい…、らしいとやけど、どやんかもんあげたらよかかな?」 突然の恋愛相談に正直面食らった。アイドル活動で忙しくってそっち方面疎いのよね、私。 だけど今回は、あげるほうももらったほうもひとつ屋根の下で暮らす仲。出来る限り協力してあげたい。 「ソイツって、どんな奴なの?」 「えっと、ちょっと変わっとって普段はうるさいとこもあるけど、本当は優しくて…」 「好きなものは?」 「えぇ…、聞いたことなか…」 あんまり進展はしてないらしい。なにやってんのよ、アイツは。 「積極的?奥手?」 「奥手!」 少し食い気味に答えるさくらに思わず苦笑が漏れる。 「じゃあ、思いっきり『本命』って感じのを贈ってやれば?じゃないとはぐらかされるわよ」 「なるほど!ありがとね、愛ちゃん!!」 さっきまでの曇り顔から一転、キラキラの笑顔で私の両手を握るさくら。 もしかして、アイツもこの笑顔を見たことあるのかしら?そんな確信めいた予感が私の胸に浮かんだ。 「…ってことがあってね」 二月十四日、朝の洗面所で数日前の出来事をアイツに教えてあげた。 「…わざわざそんなこと言いに来たんか」 「本命だって知らずに受け取ったら、アンタ今日一日仕事手に付かなくなっちゃうでしょ?」 「ハァー!?余裕ですゥー!ゾンビィからなんかもらって動揺する巽幸太郎さんじゃありませんー!!」 「じゃあ、その手に持ってるのは何よ?」 私に指摘されるまで、歯ブラシに搾りだそうとしたチューブが洗顔フォームだと気付かなかったらしい。 「そういうことは出す前に言わんかい!ちょびっと無駄になったじゃろうが!」 「だって動揺しないんでしょ?」 アイツの怒号を聞き流しながら、ふと思いついた歌を口ずさむ。 「恋は偉大らしい、キレイになーれるし Oh Yeah…」 おしまい *********************************************************************************************** 416.幸さく 天使の囁きの日 「幸太郎さん」 闇夜の中で、俺の耳をくすぐる声がひとつ。 「どうした、さくら」 「なんとなくね、まだ起きとるかなって」 返事をする代わりに彼女の冷えた手を包み込む。 「えへへ…幸太郎さんの手、ぬくかねぇ」 「さくらの手は気持ちいいな」 ベッドの中でふたり向かい合い、手を握って指を絡める、互いの存在を確かめるように。 「…あのね、幸太郎さん」 改まった口調でさくらは呟く。 「こやんか風にふたりきりのときに『さくら』って呼んでくれる幸太郎さんの声、やさしくってがばい好き」 「いつもは優しくないっちゅーことか」 慌てふためく彼女を見て、つい溢してしまった憎まれ口を後悔した。 『俺もさくらが名前を呼んでくれる声が好きだ』 その一言が言えなくて、代わりにきつくさくらを抱きしめるのだった。 *********************************************************************************************** 417.幸さく 猫の日? いつぞやのコラボで使った猫耳つけて、幸太郎さんのお部屋の前をねこあしさしあししのびあし。 「にゃ…にゃ~ん」 猫撫でられ声で扉を開けてみたけれど、わたしやっぱり持っとらん。 椅子に座って腕組みしたまま、寝息を立てる幸太郎さん。 せっかく用意したとやのに。…ばってん。突如ひらめいたアイデアを胸に、引き下がりかけたその足を再び前に踏み出した。 「幸太郎さん、起きんね」 両手をメガホンにして囁くけれど、幸太郎さんはスヤスヤ夢の中。 「起きんやったらキスしちゃいますよ~」 返事はさっぱり帰ってこない。…仕方なかよね。許可取ったのに返事してくれん幸太郎さんがいけんとよ。 回り込んで顔をそーっと近づけると、寝息がそよそよわたしの顔をくすぐった。 …あれ、心臓の音ってこやんかうるさい音やったっけ。 ゾンビになってからしばらく聞いとらんけど、リリィちゃんのように飛び出してしまいそう。 ここで心臓が飛び出ちゃって、幸太郎さんにぶつかったら一大事。 やけん唇はあきらめて、ほっぺに静かにキスをする。 寝てるはずの幸太郎さんが残念な顔をした気がするけど、きっとそれは気のせいっちゃね。 *********************************************************************************************** 418.幸さく ハニーミルク 電子レンジの蓋を開けると、ミルクの香りが鼻をくすぐる。 彼の使う無機質な真っ白なマグカップと、少し小さなピンクのマグカップを取り出す。 8人分揃えないといけないわたしたちの食器はどれもどこか不揃いで。ばってん、それがわたしたちにピッタリでなんだか微笑ましくなる。 戸棚からハチミツの容器を出してスプーンにひとさじ垂らし、ミルクに入れて軽く混ぜる。 あとは部屋に持っていくだけ。 …でもその前に。 ジャムを塗ったあとのバターナイフとおんなじくらい、このスプーンを舐めるのが大好き。いけないことしとる感じが余計甘さを引き立てるとかな? そんなことを考えていたら、後ろからニュッと伸びた手がスプーンを奪い取る。 「ハチミツついたスプーン舐めるとは、とんでもないいやしんぼゾンビィじゃのう」 お説教をしつつ、スプーンをむぐむぐ咥える幸太郎さん。 「ずるかー!」 奪い返そうとするけれど、身長の差は埋められずスプーンはすっかり舐め尽くされてしまった。 「悔しかろ~?どうじゃ?悔しかろ~?」 からかってくる彼の顔を、逃げられないようにしっかり掴む。 その日舐めたハチミツの味は、いつもよりずっと甘かった。 *********************************************************************************************** 419.幸さく 冷たくておいしいよ 「幸太郎さん」 無邪気な笑顔を浮かべ、彼女は俺の顔を覗き込む。かぐわしい香りとともに、さくら色の髪が俺の顔をくすぐった。 ひとつ屋根の下でもう一年以上共に過ごし、同じシャンプーを使っているにもかかわらず、彼女はどこかいい匂いがする。 …おそらく原因は発酵ではあるまい。 「変な顔してどやんしたと?」 「変な顔とはなんだ、どう見てもイケメンじゃろがい」 「うん、そうっちゃね」 豊かな胸が俺のたくましい胸板に着地し、首に腕を回してきた。この体勢は頬ずり攻撃か。 「お前に甘えられるたび、わらび餅が無性に食いたくなって困る」 「それ、どやんか意味?」 「そのまんまの意味じゃい」 ぷくんと膨れたわらび餅が俺の頬をぐいぐい押してくる。 一緒のベッドに寝ていても、布団を被っていない顔は冷たく予想以上に辛いものがある。 この頬を温める方法を俺はひとつしか知り得ない。気は進まんが背に腹は代えられん。 これでもくらえ。彼女の耳に一言、愛の言葉を囁いた。 *********************************************************************************************** 420.幸さく 砂糖の日 パソコンの前でうんうん唸る俺のもとに懐かしい香りが舞い込んできた。甘く香ばしいこの香りは…。 「幸太郎さん、入ってよかかな?」 「何の用じゃい」 さくらが持つ皿には、弁当に入れるギザギザのカップが7つ乗っかっている。だが、それよりも気になるのは緩みきったさくらの顔である。 「アイドルがなんちゅう顔しとるんじゃ」 「だって、こやんかよか匂いしとるけん」 皿の上の空気を少しも逃すまいとノロノロ歩くさくらに耐えきれず、席を立って皿を覗き込む。カップの中には琥珀色に輝く塊が入っていた。 「みんなでべっこう飴作ったとよ!最近咳流行っとるって聞いたけん幸太郎さんにも食べてもらおうと思って」 『小学生かい、お前ら』という俺の嫌味はべっこう飴にも負けぬキラキラとした視線にかき消され、気付くと一粒摘んでいた。 「…うまいな」 「本当?よかった」 「味見しとらんのかい」 「幸太郎さんに一番に食べてもらいたくて」 「調子いいこと抜かしよって!まんまと毒見役にしよったな」 「えへへ」 告知用ポスターの草案を見せながらあーでもないこーでもないと議論をするうちに、ひとつ、またひとつと皿の上の飴は消えていく。 気付けば皿の上にはあとひとつ。同時に伸ばした指先が飴の上でちょんと触れた。 「お前、何個食った?」 「3つやけん、幸太郎さんと同じです」 「なんで偶数で持ってこんのじゃい」 「幸太郎さんにみんなで作ったの見てもらいたくて」 「なら、なんでお前が食べるんだ」 「全部一人で食べたらお腹にお肉つくかもしれんよ」 思わず腹に視線をやる。俺のシックスパックがだらしない中年太りに…? 「ってこんな量で太るかい!お前が食べたかっただけじゃろがい!」 「だってこやんかいい匂いしとーとよ?」 眉を下げて、もじもじさくらが呟いた。なんちゅう顔しとるんじゃ、こいつは。 「仕方ない、半分こするぞ」 問い返そうとするさくらの口に飴を押し込み、二人でひとつの飴を味わった。 *********************************************************************************************** 421.幸さく 飴湯 二階の廊下をゾンビのように右往左往。落ち着かん。がば落ち着かん落ち着かん。 今日は3月14日。去年もらったお返しは、忘れもしない立派な箱入りのキャンディ。 大事に大事に食べようと思ってたのに、あまりに美味しくてすぐに空っぽになったっちゃ。 空き箱は今もお部屋に飾っとるとやけど。 今年は何がもらえるとかな? …いけん!いけんよさくら!そやんかことのためにバレンタインにチョコ作ったわけじゃなか! もっとこう、日頃の感謝とか、あと、なんやろ、でっかい、でっかいなんか。 想いを言葉で表せなくて、鏡山での幸太郎さんみたいにふわふわ曖昧な言い方になる。 あぁ、もう何回あのときのこと思い出したとやろ?今日だけで両手じゃ数えられないくらい。 思考のループを断ち切るために、またふらふらと廊下を歩く。 「さっきからトボトボトボトボ何の用じゃいボケゾンビィ!」 勢いよく扉が開いて飛び出てくる幸太郎さんに、わたしの思考は見事にどこかに吹き飛んだ。 「え、えっと、あの…その」 「暇しとるなら手ぇ貸せ。こちとらゾンビィの手だって借りたいほど忙しいんじゃい!」 「えぇ~!?」 部屋に無理矢理連れこまれ、書類をあっちからこっちへ運んだり日付順に並べたり紙を折ったり雑用のお手伝い。 そういえば、三月って色々区切りで忙しいんやったっけ。 もっと色々アルバイトとかしとったら幸太郎さんのお手伝い出来たとかな。 つい、ため息が出そうになったとき、幸太郎さんが伸びをした。 「一息つくか。さくら、こっち来い」 …これってもしかして。期待に胸を膨らませて机に向かうと、カップに一杯飲み物を注いでくれた。 「飲んでみぃ」 ふーふー息を吹きかけてコップを傾けると、トロリとした飲み物からふわりと生姜の香りがした。 「甘くて美味しか…」 「そうじゃろそうじゃろ。お前こういうの好きそうじゃからな」 「なんですか、これ。葛湯?」 「まぁ、似たようなものだ」 結局その一杯を飲んだあとは、夕方までお手伝いをすることになった。 …お返しは、なんももらえんとやった。 お庭の遊具に一人座って、星を眺める。空はうっすら曇っていて、あんまり見えん。持っとらん。 「あんまりのんびりしてると湯冷めするでありんすよ」 「ゆうぎりさん…」 水浴びを終えたゆうぎりさんが、ゆったりと手を振っていた。 「あり、そういえばわっちらは水を浴びているゆえ、冷めようがありんせん」 「そうやったね」 苦笑するわたしの隣にすとんと座ると、慣れた動きで煙管に火をつける。 「ちょっとさくらはんに聞きたいことがありんす」 「聞きたいこと?」 「幸太郎はんについて」 煙と共に出てきた意外な名前に、わたしの頭は追いつけなかった。 「数日前、幸太郎はんと二人きりで聞かれたことがありんして」 そっか。『二人きり』と聞いた瞬間、そう思った。 ゆうぎりさん、美人でスタイルもよくてわたしよりよっぽど大人で、ちょっと現代慣れしとらんとこもなんだかかわいくって。 幸太郎さんが好きになるのも当たり前だよね。わたしなんか相手にならんよね。去年もらったキャンディも、偶然貰い物をくれただけに決まっとる。 「わたし、なんもわからん」 「話は最後まで聞きなんし、さくらはん」 「聞きたくなか!」 わたしの怒鳴り声を、煙管と遊具がぶつかる甲高い音が打ち消す。 「最後まで、聞きなんし」 小さい子に言い聞かせるように、ゆうぎりさんがゆっくりと言った。 「…ごめんなさい」 わたしは地面に落ちた煙管の灰をただじっと見つめていた。 「幸太郎はんは、『なんか珍しい飴はないか』と聞いてきたでありんす。わっちらの世より今の世のほうがよっぽど珍しいものが溢れているというのに」 飴。やっぱり幸太郎さん誰かにあげるつもりやったんね。 「それで、どやんか風に答えらしたと?」 「わっちら花魁は故郷は様々、九州の出ではない者も島原におりんした。その中で近畿の出の人がおりんしてな」 近畿は…関西!とわたしの中の愛ちゃんが叫ぶ。 「夏場は暑気払いに『飴湯』を飲んでいた、とよく話していたのを思い出したでありんす」 「飴湯って…なん?」 「水あめを湯に溶いて、生姜を加えた甘い飲み物でありんす。幸太郎はんは『ほっとなひやしあめ』と例えておりんした」 お返し、もう貰っとったんやね。ほっとすると同時に出てくる涙をぐっとこらえる。 「ゆうぎりさん、なんでわたしにそやんかこと…」 「幸太郎はんが『誰にも言うな、特にさくらには』と念を押すのでさくらはんならなにか知っていると思いんした」 「えぇ、それやったらわたしに言ったらまずいんじゃ…」 「わっちは『聞いた』だけで何も『言って』おりんせん」 燻らせた煙を文字通り煙に巻くように、ゆうぎりさんは指で煙を弄ぶ。 「ありがとう、ゆうぎりさん。わたし、幸太郎さんにお礼言ってくる!」 「それならわっちからも伝言を。『男ならはっきり言いなんし!』と」 ゆうぎりさんがビンタの素振りをすると空気が切り裂かれるような音がした。 「…うん、つたえとくけん」 「ちゃんと手首の『すなっぷ』を利かせるでありんすよ」 ゆうぎりさんのアドバイスを胸に、わたしは駆け出した。 おしまい *********************************************************************************************** 422.幸さく ぽんぽん ゾンビィとは元々労働力として使役されるために開発された。死体であれば対価を払わずに一方的に従わせることが出来るというわけだ。 「ご褒美、なかですか?」 つまり、今のこの状況はゾンビィという定義をひっくり返す一大事というわけである。 しかしちょっと片付けを手伝わせただけでご褒美を要求するとはなんて欲の皮が張った奴だ。 「…飴ちゃんでもやれば満足か?」 「…そやんかもんのために手伝ったんじゃなかと」 一瞬、明らかに顔を輝かせたのはスルーした。そこを突くと間違いなく話が拗れるからだ。 「じゃあ、なんじゃい」 さくらは無言で微笑むと、後ろ手を組んで目を瞑る。これは欲しいものを察しろと言うことか。この巽幸太郎さんを試そうとは生意気な。俺は意を決すると…。 「よくやった」 頭をポンポン叩いてやった。 「それだけ?」 「…不満か?」 「…頭ポンポンならもう少しやってもらわんと割に合いません」 対価の上乗せ要求とはとんだ業突く張りゾンビィである。仕方ない。これも佐賀を救うためだ。もう二度、三度と頭をポンポンしてやるのだった。 *********************************************************************************************** 423.幸さく ふたつのまくら いつからだろうか。このベッドにふたつの枕が置かれるようになったのは。 いつからだろうか。ベッドの真ん中に寝転がることに違和感を覚えるようになったのは。 目の前の油断しきった寝顔を見ながらそんなことをふと考える。 「んふふ…」 どうせ暢気な夢でも見ているのだろう。頭を軽く撫でてやるとアホ毛が嬉しそうに揺れた。ロメロにやるのと同じように、顎の下へと手を伸ばす。 布団から出て外気に触れた顔からは体温がまるで感じられない。死人を相手に何をやっているのだろうか、俺は。何度も殺したはずの自責の念が鎌首をもたげる。 「こうたろうさん、眠れんの?」 ふにゃふにゃ眠たげな声で我に帰ると、しょぼついた目を擦りながら心配するさくらと目があった。 「…ちょっと考えごとをしていてな」 「それやったら、よか方法知っとーよ」 彼女の手足が俺の身体に絡みつく。まるで呼子のイカである。 「お前、俺を抱き枕にしたいだけじゃろ」 「えへへ、そやんかこと…なかよ?」 バレバレの嘘をつきながら俺の胸板に顔をぐいぐい押し付けるさくら。 そんな彼女を温かく感じるのは、一晩中同じ布団で寝ていたからだろうか。 *********************************************************************************************** 424.幸さく 塩漬け 「ワン!ワウゥ!」 目覚まし時計のアラームの代わりに鳴り響くロメロの声。時計をちらりと見ると、まだ午前6時にもなっていない。 「…どうした?」 「オン!」 陽気な返事に胸をなでおろす。どうやら緊急事態ではないらしい。 「報告、ご苦労だった」 ベッドの脇の机からゲソを取り出すと、ロメロは嬉しそうに貪り食べる。いつ見ても惚れ惚れする食いっぷりだ。 「さて…」 フェイシャルペーパーで顔を拭き、髪を整え、いつもの服に袖を通す。 本当なら洗面所で顔を洗ってさっぱりしたいところだが、あいつらが何やらしでかしたとあればそうも言っていられない。 それにミーティングや外回りまではまだしばらく時間がある。騒ぎを収めたあと落ち着いて洗ったほうが気分もいいはずだ。 扉を開けるとやや肌寒い空気が吹き抜けの下から登ってくる。 だが、その風の中にたしかに春の息吹を感じることができた。 「えいっ!やぁっ!」 庭の桜の木の下で、どやんどやんと跳ねるさくら。気合だけは一丁前だが、飛距離はいまいちパッとしない。 ダンスはきちんと踊れるくせに、何故、どこかどんくさいのか。 「なにやっとんじゃ、お前」 「幸太郎さん、起きとったと?」 背後に立って声をかけると、飛び出しそうなほど目をまん丸くした。 「地面がドスンドスン揺れとってな、地震かと慌てて起きたんじゃい」 「そやんか重くなかと!」 大声で反論したかと思えば、慌てて口を押さえて『シィー』と唇に人差し指を当てる。 「あのね、桜のお花を塩漬けにしようと思って」 小さな声で囁くさくらの足元を見てみると、なるほど、ボウルに花が少し入っている。 「で、なんでコソコソしとるんじゃい」 「みんなが誕生日のお祝い内緒で用意してくれとるけん、お返しに桜餅作ろうと思って」 「逆サプライズとはなかなかやるではないか。ここは俺も一肌脱いでやろう」 誕生祝いの用意をしているなんて誰も教えてくれなかったのが悔しくてさくらを手伝うわけではない。決して。 「じゃあ、肩車してもらってよかかな?」 「肩車…」 さくらのトレーニングウェアは、言わずもがなだが豊満なふとももが露になっている。 「…幸太郎さん、えっち」 サングラスを見透かしたかのようにさくらがふとももをさっと隠した。 「ハァ!?ハァー!?どこがえっちじゃい!なーんもやらしいことなんて考えてましぇーん!」 「そやん風に慌てるのが怪しかよ!」 「あ、慌ててなんかおらんわい!」 …ハッと気付き、さくらと俺は同時に唇に人差し指を当てる。辺りを伺うがゾンビィの気配はない。 「あいつらが起きる前にさっさと済ますぞ」 「はいっ」 しゃがみ込みボウルを持った俺の肩にさくらが跨る。ひとつひとつ投げ入れられた桜の花でボウルはみるみる満ちていった。 だが、俺のほうも色々ピンチであった。花を手折るたびにさくらは軽く力を入れる。 そのたびにふとももがきゅっと締まるのである。 きゅっと締まっては、ゆるみ。きゅっと締まっては、ゆるみ。 「幸太郎さん、なんか低くなっとらん?」 「これは、ちょっと疲れただけじゃい」 「でも、なんか前かがみになっとーよ?」 心配そうに、さくらの指が俺の髪を撫でる。 「い、いいからさっさとやらんかい!」 「でも…」 「あいつらが起きるぞ!!」 「あっ!」 ひときわ大きな声を上げて、さくらのふとももが俺の両頬をむぎゅっと圧迫する。 「は、はにふんはい」 呆然と見上げるさくらの視線を辿ると、口を半月のように釣り上げたゾンビィ達のあたたかな視線と交錯した。 冷たいさくらのふとももに、俺の両頬の熱がじわじわと染み込んでいくのがわかった。 おしまい *********************************************************************************************** 425.幸さく 休憩 今日は声もよく出とったし、踊りも愛ちゃんに褒めてもらえたけんさくら的にははなまる!な一日でした! おやすみなさーい!! …とお布団に入ってからかれこれ小一時間。うぅ、全然眠れん! なんてったって明日はわたしの誕生日!もう死んどるけん何歳の誕生日かわからんとやけど…。 そのためにみんながこっそりサプライズパーティーの用意してくれとるのも実は知っとるし、逆サプライズで桜餅も準備しとーとよ! だけど…うぅん、『だから』、かな。期待と不安で胸がいっぱいになってソワソワしっぱなし! それにね、パーティーのあとは幸太郎さんと…。 「さくら、起きてる?」 「お、起きとーよ?」 いけん、ちょっと声が上ずっちゃった。 「どやんしたと?愛ちゃん」 「明日、さくらの誕生日でしょ?その、言いにくいんだけど…」 え、今からパーティー!?それはちょっと想定外!待って、心の準備が…。 「…アイツの寝室の声って、普通にここまで聞こえるのよね」 「…え゛」 「あー、それアタシも思っとった。今日も盛っとんなーくらいに考えとったけど」 「サキちゃんも!?」 「わっちはむしろ、昔を思い出してよく眠れるでありんす。夜の島原はそれはもうあちらこちらから…」 「ゆうぎりさんまで!?」 「さくら、静かにしてよ。たえとリリィはもう寝てるんだから」 「ご、ごめんね」 お布団から体を起こしてふたりが目を覚ましてないか確認すると、スースーヴァーヴァー寝息を立てていた。よかった。 純子ちゃんは、真っ赤なお耳をぎゅーっと塞いでそっぽを向いているのでそっとしとこう。 「純子のやつ清純ぶっとるけどおっぱじまるとコップ壁に当てて声聞きよるとぞ」 「違います!あれは波の音を聞いてたんです!」 「静かにしなさいよ、ふたりとも」 「ごめんなさい…」 「うーい」 サキちゃんの気のない返事に愛ちゃんはイラっと来たみたいだったとやけど、わたしはそれどころじゃなかった。明日、どやんしよう? ガラス張りのお店の前を通るたび、つい鏡のようにのぞき込んでしまう。 道行く本当は同い年くらいの人を見ては、『大人っぽいなぁ』と内心ため息ついてたわたしとやけど、今日は一味違うっちゃ。 幸太郎さんのコーディネートとメイクのおかげで大人の仲間入り。落ち着いたブラウンのウィッグも被ってまるで別人みたい。 …本当は足元もヒールで決めたかったとやけど残念ながらパンプスに。 試し履きして五歩歩いただけで足首取れかけたけんしょうがなかよね。でもいつかは絶対リベンジすっとよ! 「なに店のぞき込んで百面相しとるんじゃ、お前は。表情が子供くさいからすぐバレるぞ」 嫌味をいう幸太郎さんの瞳を覗く。こやんか明るいところで見たのは初めて。なんだか新鮮で、なにより…。 「幸太郎さんって本当に乾くんやったんやね」 「今更かい!」 そう、今日の幸太郎さんはサングラスをかけてなければ、着ているジャケットも別物で袖を通してる。 なにより、ポッケからゲソがはみ出してない。…しっかりしまっとるって意味やなくって入れとらんってことね。 「お前な、わかっとるんか。今バレたらお前は引退、俺は犯罪、佐賀は崩壊」 「…乾くんって意外とひょうきんやったんやね」 「温かい目で見るな、恥ずかしくなるじゃろがい」 頬を染めて、ぷいとそっぽを向くところは、学生の頃と全然変わっとらんけどね。 「恥ずかしいって言ったら今から行くとこのほうが…」 「行くって言いだしたのはお前ですゥー!」 「だって『おうちじゃ出来ん』って言ったら見るからにがっかりしとったけん…!」 周囲の視線を感じてそそくさと裏路地に入るわたしたち。変装しとってもこれから入るところは人に見られたくなかと。 裏路地を抜けてしばらく歩くと、見慣れた繁華街から居酒屋や雑居ビルが増えて、けばけばしい色の看板も増えていく。 「…ここだ」 幸太郎さんが足を止めたのは小綺麗な建物の前。店先には『休憩』『宿泊』『フリータイム』の文字。 幼いときのわたしは『なんでこのホテルは休憩出来るの?』と両親に聞いて困らせたっけ。 「入るぞ。支払いは任せとけよ。慣れとるからな」 余裕の笑みを浮かべた幸太郎さんは大股で堂々と乗り込んでいく。 でもね、幸太郎さん。慣れとる人はわざわざ言わんし信号で立ち止まるたびスマホでちらちら確認せんと思うとよ。 フロントに入ると、部屋の写真が貼られたパネルがずらりと並んでいる。 「ねぇねぇ、押してもよかかな?」 「子供か」 「子供やもん」 フロントの奥で待機している受付の人の目がキラリと光った気がして、慌てて付け足す。 「…気持ちは」 「成人式迎えて何年も経っとるくせによう言うのぉ」 ひきつった笑顔でいいながら、肘で『早くしろ』と急かす幸太郎さん。 慌てて適当なパネルを押すと、機械がレシートみたいな券を吐き出す。 幸太郎さんは素早くその券を取るとわたしの腰に手を回す。 「ほれ、さっさと行くぞ!」 「お、お店の人に見せんでよかと?」 「出来るだけ顔合わさんでいいシステムになっとるんじゃい」 廊下を少し歩いてドアを開けると、普通のホテルのような部屋が待っていた。 「意外とこざっぱりしとるっちゃね」 「…嫌か?」 「うぅん、ドラマで見たのはもっとこう、ギラギラーというか、ハデハデーというか、ベッドもまぁるくって」 「回転ベッド置いてるとこなんかもうほとんどないじゃろ」 「えぇ、ベッド回してどやんすっと?」 「…知らん」 .帰ったら純子ちゃんに聞いてみよっかな。でも、たぶん知らんよね…。 部屋をきょろきょろ見渡すと、壁はほとんど一面鏡張り。なんか奥行きあるなぁって思っとったけど。 「ねぇ、幸太郎さん。一個だけお願い、よかかな」 「今日はお前の誕生日なんだ。一個でも二個でも聞いたるわい」 「メイクしたまま、して」 もし死なんやったら、そのまま年を取っていたら。高校の頃の思い出として二度と会わなかったかもしれない。でも、もしかすると…。 「途中でメイク落ちるかもしれんぞ」 「うん、大丈夫」 終電がとっくに過ぎた後の大通りに止まる一台のタクシー。気まずそうな運転手さんから領収書を受け取って幸太郎さんは頭を下げた。 タクシーは扉を閉めて次のお客さんを探して夜の闇に消えていく。その間も幸太郎さんとわたしは視線を合わさない。 「…ったく、お前がぐーすか寝こけたせいで無駄に出費増えたじゃろがい!」 財布の中のお札をさみしそうに何度も数えながら幸太郎さんはぼやいた。 「だって、幸太郎さんが何回もしよるけん!」 「もっともっとって何遍も『お願い』したのは誰じゃい」 「そ、それは…。そもそもわたしあやんかとこの仕組み知らんもん!」 「事前に下調べしとかんかい!」 「幸太郎さんみたいにですか?」 「お、俺は前々から知っとったわい」 「サングラスかけとらんと目泳いどるのバレバレですよ」 「うっさいのぉ!ご近所迷惑じゃろがい!」 そんな口喧嘩をしていると、気付けば洋館の扉の前に着いていた。 「ただいま~」 「「「「「ハッピィバースディ」」」」」「ヴァースディ」 「おわぁ!?」「はわっ!?」 もさもさした何かに絡めとられて、わたしたちは思わず悲鳴をあげる。 「おふたりが遅いのでクラッカーはやめて紙テープにしてみました」 両手をくるくる回して純子ちゃんが紙テープを巻き取る。 「…そっか、わたしの誕生日パーティーまだやったっけ」 「普通そこ忘れる!?」 「まぁまぁよかやん愛。そんだけグラサンに夢中やったとやろ?」 「そ、そやんかこと…!」 「そうじゃい、こいつはただ寝ぼけとるだけじゃい」 「幸太郎さん!…わたしからもみんなにプレゼントがあってね」 「さくらもちならさきほどとうに頂んした」 「ウヴァカッタ」 「リリィはもうちょっと待とうよ、って言ったんだけどサキちゃんが『どうせアタシら用やけんもう食ってよかっちゃろ』って」 「テメェちんちく!黙ってろっつったろーが!」 こうして、今年の誕生日もバタバタと過ぎていくのでした。まるっ! おしまい *********************************************************************************************** 426.幸さく 衣装 『幸太郎さん!』 ノックの音と共にさくらの声が部屋に飛び込む。いつもより弾んだ声から浮かれていることが伺える。 「入れ」 ろくでもない予感を覚えつつ返事をする。 白いパフスリーブのシャツに、フリルの付いた青いジャンパースカート。腰には同じくフリルの付いたエプロンを巻き、頭には赤いリボンが添えられた猫耳。 「なんでその衣装着とるんじゃい」 「えっと、その…しばらく間が空いたけんちゃんと入るとかな?って不安になって…」 あからさまに目を泳がせ、汗を流すさくら。なんとまぁ嘘がヘタクソな。 「ゾンビィが太るかい」 「ごめんなさい、ついかわいくて…。わたし、幼稚園のときからグッズ使ってたとですよ!キテ「アーアーアァー!!アーアーア アーアァー!!」…なん!?」 大声に遮られたさくらが目を見開いた。 「軽々しくコラボ先の情報を出すな!コンプライアンスに気を付けんかい!」 「昆布…?何…?」 「平たく言うと大人の事情じゃい」 …まぁ十年前と今とでは権利の感覚も違うので仕方ない。十年前はネットのあちこちに危ないものがゴロゴロしていたからな。 「とにかく、『あの人』の名前は言うな」 「それ、ハリーポ「アッアアッ!アッアアッ!」えぇ、また!?」 「今言ったばっかじゃろがい!訴訟大国に喧嘩売ってケツの毛まで毟り取られたらどうすんじゃい!」 「えぇ…あれイギリスの話…」 「んな細かいことはどうでもいいんじゃーい!」 肩で息をする俺にさくらがお盆に乗せたアイスコーヒーを差し出す。そうか、もうアイスコーヒーがうまい季節か…。流石に朝晩はまだまだホットのお世話になるが。 「幸太郎さん、なんしてらしたとですか?」 「コラボ衣装のデザインじゃい」 パソコンの画面を傾けて、いくつか図案を見せてやる。 「わぁ、やーらしか!ゆうぎりさんのマ…赤ずきんちゃんもっと見せて!」 「ハイハイ」 タブを切り替えながらいくつか見せるたび、かわいいかわいいと黄色い声をあげる。そう言われて悪い気はしない。 「わたしの衣装はどやんか感じ」 「あぁ、お前のは今着とるのを使い回す」 「使い回す…?」 「あぁ、コスト削減になるし、デザインの手間も省けるな」 「ふーん…」 …しまった。明らかに不機嫌なさくらの声についつい言いすぎてしまったことに気付いた。 「それに、そのデザインは結構上手くいったしな!」 慌ててフォローするものの、まるで取って付けたデタラメのようになってしまうのが自分でもわかる。 「…わたし、着替えてくる。この衣装すぐに撮影に使うかもしれんし」 「待て、さくら」 「ほっといてください!」 勢いよく振り向き、さくらが叫ぶ。 ビリッ。 振り向いた瞬間、『運悪く』毛羽立っていたドアにフリルが引っかかり、音を立てて裂けた。 さくらの青い顔がさらに青くなっていく。 「ごめんなさい…。幸太郎さん。ごめんなさい…」 小さく呟く彼女の震えるその肩を抱き寄せ、背中を軽く叩いてなだめる。そうしているうちに俺の中から湧き上がるものがあった。それは…。 「インスピレーションじゃーーーーーい!!!」 適当な紙を引っ掴み、鉛筆でさらさらとラフを書き上げてさくらの目の前に押し付ける。 「これでどうだ?お前の新しい衣装のデザイン」 モチーフはそのままに、より涼しげにスッキリしたノースリーブ。フリルは減らす代わりにベルトでワンポイント加えつつウエストラインを引き締める。 「これやったら、髪を上げたらどうかな?こやんか感じで」 「うむ、アリだな」 机に置かれたアイスコーヒーを飲み干し、さくらに空のコップを押し付ける。 「これからバリバリ仕事するからおかわり持ってこい!」 「は…はい!」 扉近くをソロソロ用心深く通り過ぎるといつも通りパタパタと足音を立てて元気に階下へ降りていく。 その後ろ姿を見送りながら、俺は今回の企画の成功を願うのだった。 おしまい *********************************************************************************************** 427.幸さく ヘアゴム鉄砲 「はぁ、ぬっかね~」 「やめんか、はしたない!」 胸元のリボンを緩め、手で風を送るさくらに俺は思わず声を上げる。 不服そうにジトっと俺をねめつけてから渋々その手を止めた。 「大体、なんでお前がここにおるんじゃ」 「だってレッスンルーム暑くて練習にならんとですよ」 確かにその通りである。レッスンルームは今やサウナに近い温度まで上がっている。 「やけん『部屋にお前ら由来のカビ生えるかもしれんから練習禁止!』って言うたとは幸太郎さんでしょ!」 「今のはあれじゃい。お前の脳みそが暑さにやられて記憶力を失ってないか試しただけじゃい」 「嘘ばっかり」 図星を突かれて泳ぐ視線を、サングラスは見事に覆い隠してくれた。 「他のやつらはどうした」 「みんな涼しそうなとこ探すって」 「涼しそうなとこか…」 視線を上げると、そこにはこの館唯一のクーラーがうなりを上げていた。 「どう考えてもこの部屋じゃろうが」 「幸太郎さんと一緒だと暑苦しかけんイヤってみんな言うとったとよ」 失礼な奴らめ。こないだアイス買ってやった恩を忘れたのだろうか。 「それにしても…ぬっかね~」 「さっきからそればっか言いよってからに…自分でなんとかせんかい!」 「そやんかこと言うたって…」 ぷくっと膨れていたさくらの顔がパッと明るくなる。 長いさくら色の髪をまとめると、クーラーの風がうなじを撫でた。 「よか…」 小声で呟いたさくらは辺りをきょろきょろ見返す。どうやらヘアゴムを探しているらしい。 見つけてからやればいいだろうに。そそっかしいやつめ。 「幸太郎さん…ぷぎゃ!」 おずおずと切り出したさくらのぺちゃっぱなに、俺の必殺ヘアゴム鉄砲が炸裂した。 「いたた…」 「礼には及ばん」 「…なんで」 しまった。怒らせただろうか。 「なんでヘアゴム探してたって知っとーとですか?」 部屋の暑さを忘れるほどの焦りは、その素っ頓狂な質問に吹き飛んでしまった。 「んなもん見りゃわかるわい!お前が何してほしいかなんて巽幸太郎さんには筒抜けなんですゥー!」 俺の答えを聞いて、さくらのアホ毛がピコンと伸びる。 「ほんと?幸太郎さん」 「当たり前のこんこんちきじゃい」 「じゃあ、これからしてほしいこと思い浮かべるけん、当ててくださいね」 「いいじゃろう。なんでもこんかい!」 さくらはそっと微笑むと、静かに目を閉じ俺の名を呼んだ。 「幸太郎さん」 おしまい *********************************************************************************************** 428.幸さく 水着 今日は水着グラビア撮影の日。と言っても、当然海など行けるわけがない。 ゾンビィ供のメイクは水でたやすく落ちるのだ。『なら耐水性にすれば?』と愛に聞かれたこともあるが当然却下した。 7人分の体に塗りたくる耐水絵具、一体いくらかかると思っているのか。考えただけで目眩がする。 「幸太郎さん?」 ファインダー越しに不安げなさくらと目があった。その身体は、リボンと同じカラーリングのドットパターンビキニ。腰や胸元にもリボンの意匠があり、セクシーすぎないようになっている。 「なんでもない、考えごとをしとっただけだ」 「でも…」 「そんなことよりさくら!なんじゃい今日のお前は!笑顔がちーとも輝いとらん!ちったぁやる気見せんかい!」 「やる気はあります!!ただ…」 それだけ言ってさくらはもじもじ口ごもる。なんじゃい、その態度は。 「なんか不満でもあるのか。今更水着グラビアが恥ずかしいわけでもないだろう」 「その、恥ずかしいって言うか…あのね、幸太郎さん。怒ったりせんかな?」 「内容による」 「…なら、言わん」 「……わかった、怒らんから言うてみい」 「あのね、幸太郎さんも水着着てくれんかなーって」 「はぁ!?」 さくらの提案に思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。 「…ほら、怒った」 「怒っとらん、意味がわからんだけだ」 「だってわたしひとり水着着て、書割りの前に立ってるだけじゃ気分乗らんもん…幸太郎さん普段と同じ格好しとるし」 なんでカメラマンが水着を着ないといけないのか。ビニールプールすらないと言うのに。そんな不満をありありと出す俺にさくらは口を尖らせて抗議する。 「だってわたし海行けんし…」 「当たり前じゃい。お前が海に行ったら『ゾンビィオンザビーチ』になるじゃろが」 「もし貸切にしてはしゃいだらきっとサメが来て『ゾンビvsシャーク ~真夏の決戦~』になりますよね。わかっとーよ」 てっきり言い返してくるかと思いきやしゅんとしおれるさくら。このまま行くとめんどくさい状態になるのは目に見えている。 …というかそもそもビーチを貸切にする金などない、という問題はこの際無視する。 「水着を着れば満足なんだな」 「え!?よかと!?」 さっきまでのぎこちない笑顔はどこへやら、パッとさくらの顔が輝く。 「言っておくが、トレーニング用の地味なのしか持っとらんぞ。男一人で海など行かんのだからな」 「うん、よかよ!幸太郎さんと海…うふふ」 夢見るようなその顔に、ふとあの頃を思い出す。 「そんな俺の水着姿が嬉しいのか、このむっつりゾンビィ!」 「ち、違いますー!」 過去の思い出を大声で無理矢理頭の奥にしまい込み、大股歩きで自室へ向かう。あの笑顔を一刻も早くフィルムに刻み込むために。 「えぇ!?幸太郎さんそやんか派手なの履いとーと!?」 「どう見ても地味じゃろがい!ただの競泳水着だぞ!」 どやんすどやんす身体をくねらし、顔を真っ赤に染めるさくら。結局その日は撮影どころではなくなるのだった。 おしまい *********************************************************************************************** 429.幸愛 遠雷 「どわーっ!!」 一瞬辺りが閃いたと思った次の瞬間、部屋は闇に包まれた。 「…停電か」 俺の独り言に、遠雷がゴロゴロ相槌を打つ。暗闇の中、記憶を頼りに懐中電灯を置いてあるあたりに手を伸ばした。 二、三度点滅させてみるが、幸い電池は切れていないようだ。 「さて、ブレーカーを直しに行くか」 自分に言い聞かせるように呟くのは、作成中のプレゼン資料をしばらく保存していなかったからである。 目の前の課題に手を付ける。悲しいときはこれが一番だ。…決して後ろ向きな現実逃避などではない。 暗闇にLEDの白い光がポッカリと円を作り出す。白熱灯よりも無機質な灯は、何故か俺を不安にさせる。 そういえばゾンビィの存在を知ったばかりの頃、似たようなホラー映画を見たような…。 頭を振って考えを追い出す。落ち着け巽幸太郎。お前はゾンビィ七人とひとつ屋根の下暮らす狂気の男。 恐怖する側ではなく、明らかに世間を恐怖させる側の人間だ…。 階段の踊り場を照らすと、白い影が浮かび上がった。 「キャアアアアアアアアアアアアアアア!!」 「ぎゃあああああああああああああああああ!!」 「あ、愛!お…お前そんなとこで何しとんじゃこんボケ!心臓飛び出してリリィみたいになるとこだったじゃろがい!」 「アンタこそいきなり奇声あげないでよ!男のくせに『キャー!』っなに!?」 「はいセクハラー!そういうの今はアウトですゥー!大体お前こそなんじゃい!あれがアイドルの悲鳴かい!」 「ハァ!?アンタこそアイドルに夢見すぎよ!素でビックリしたら誰だってあんな声になるし!」 愛の言い返す言葉はいつも通りの強気だが、声にはいくらか震えが混じる。 腰もすっかり抜けてしまったようで先ほどから階段にへたり込んだままだ。 「こんな天気の悪い夜に何をしとるんだ、お前は」 「ゾンビがトイレ行っちゃいけないの!?」 未だに雷が苦手なことを見透かされたのが悔しいのか、情けないところを見られるのが恥ずかしいのか。愛はやたらと食ってかかってくる。 そんな愛を見かねて手を貸してやると、以外にも素直に手を握り返してきた。 「ところで愛」 「何よ」 「雑巾はいるか?」 「漏らしてないわよ!?」 「届くか?」 「もうちょっと前出て。ありがと、届いたわ」 パチン、とブレーカーを戻す音と共に、門灯がやわらかな明かりを取り戻す。 「これで良し。じゃ、私は部屋に戻るわ」 俺の肩から降りると、愛はさっさと踵を返した。その瞬間。青い稲妻がパッと瞬く。 「ひぅっ!」 押し殺した悲鳴を上げて愛はその場に立ちすくむ。こんな状態で果たして今夜眠れるのだろうか? 天気予報を思い出すがこれから天気はますます崩れるはずである。 「おい、ちょっと一杯付き合え」 「ハァ?プロデューサーのくせに未成年にお酒飲ませる気?」 「誰も酒なんて言うとらんわい!秘蔵のココアがあるんだ。よく眠れるぞ」 「もしかしてお礼のつもり?ちょっとキモいわね」 「こんのひねくれゾンビィめ!人の好意は素直に受けとらんかい!」 まだ何か言いたげな愛の右手を強引に引っ張り台所へ歩を進める。 『素直じゃないのはどっちなんだか』と愛が呟いた気がしたが、反論するのも面倒なので聞き流すことにした。 おしまい *********************************************************************************************** 430.幸リリ 手を伸ばすとすり抜ける 「ぐむむむむ…」 モニタの前で唸り声を上げると、咥えたゲソがぴょこんと跳ね上がる。しかし作業効率はちっとも上がらない。 つい数時間前、俺の頭をいくつものインスピレーションが駆け巡った。新曲とその歌詞、衣装に企画。 『やはり俺は天才プロデューサー、巽幸太郎!』 決めポーズまでしてからデスクに着いたというのに一個も形にならずこの体たらく。 どれも一瞬前まではハッキリと見えているのに、手を伸ばすとすり抜けてしまう。それはまるで…。 口の中で生前同様のみずみずしさを取り戻したイカゲソを噛み潰し、奪われた水分を取り戻さんとコップを傾ける。 だが、いくら持ち上げても喉は一向に潤わない。 「おい、誰かコーヒー…」 言いかけて声を飲み込む。この時間、アイツらはアイツらで楽しんでいるはずだ。それに水を差すわけには…。 「はい、おかわり持ってきてあげたよ!タツミ」 コーヒーポットがとぷんと鳴る。 応接用のソファの上でリリィがにぱーっと無邪気な笑顔を見せた。 「なんでお前がこんなとこにいるんじゃい」 「タツミがコーヒー欲しがってるってお星様が教えてくれたの」 両手を組み合わせて目をキラキラ輝かせながら答えるリリィを華麗にスルーしてポットからコーヒーを注ぐ。 …俺が淹れた時より格段に香りがいい。安物の豆のくせに。 「リリィはコーヒー淹れるのも上手いんだよ?」 「わざわざお前が淹れたんかい、今日ぐらい休めばよかろうに」 「今日なんの日か覚えてくれてるの!?」 リリィの瞳の星がますます増えて、もはや小宇宙のようである。 「当然じゃろ」 再びカップを傾けて、一息ついてから俺は言い放つ。 「ガルマ・ザビの国葬の日じゃろ」 「そんなマニアックなネタ誰も知らねーよ!」 今日がなんの日か忘れる俺ではない。自分がプロデュースするアイドルのプロフィールは脳裏にきっちり刻み込んでいる。 だが、俺にこいつらの誕生日を祝う資格があるだろうか。 「そっか、覚えてないんだ…」 リリィの泣き出しそうな声が、俺の意識を思考の渦から引き戻す。 「え、あ、いや」 いくら覚悟をしたつもりでも目の前で泣かれると流石に居心地が悪い。だがなんと声を掛ければいいか…。 「タツミ、今マジで焦ったでしょ。お人好し〜」 「へ…?」 先程の涙はどこへやら。にししと悪戯な笑みを浮かべるリリィに、俺はただ唖然とする。 「お前、泣き真似か!嘘つきめ!」 「人のこと言えんのー?」 「リリィね、お礼言いに来たんだ」 「なんの礼だ?もっとも礼を言われることは山ほどあるがな」 「ここ何年かね、『誕生日なんて来なきゃいいのに』って思ってたから」 俺のドヤ顔を華麗にスルーしてリリィは話を続ける。 「だって、あともう少しでリリィはリリィじゃいられなくなってたから。でもね、今は毎年楽しみだよ。リリィはずっとリリィのまま、大好きなみんなにお祝いしてもらえるんだもん」 淡々と言うリリィに、胸を締め付けられる。 俺がしたことはそんないいことではない。俺は、俺は…。 「で、お礼はここまで。ここからは愚痴ね。タツミはもっとお給料くれてもいいと思うの」 「こいつめ…」 コロリと表情を変え、口を尖らせるリリィ。それは俺の気持ちを汲んでのことか、気紛れな子供心の成せる技か。 一瞬前まではハッキリと見えているのに、手を伸ばすとすり抜けてしまう。それはまるで…。 「呼子のイカじゃな!」 イカ、そうかイカか!先ほどまでとっ散らかっていた思考がひとつのベクトルを描く。 「お前のおかげで閃いたぞリリィ!」 「…なんで?意味わかんねー」 「今度のモチーフは…イカじゃーい!」 そう、イカこそアイドルの神秘性と力強さを表すのにピッタリなのだ! 「やーだー!リリィそんなイロモノ絶対いやー!」 「安心しろ、この天才プロデューサー巽幸太郎さんのセンスを持ってすれば必ずイカしたもんになる!イカだけにな!」 「は?親父クサ」 おあとがよろしいようで。 おしまい *********************************************************************************************** 431.幸さく ポッキーの日 相手に何かをしてもらいたいとき、最も有効な手段は何か?それは『対価を与える』ということだ。 給料、褒美、お駄賃。呼び方は様々であるが、人類は有史以来対価を与えることで人を操り、獣を手懐けた。 この方法はもちろんゾンビィ相手にも極めて有効である。 八人と一匹分の食料の買い出しなどという重労働でも、対価を与えれば途端に楽ちんな軽作業に早変わりだ! 「ということで今から買い出しに行きまーす!今日のお駄賃はこちらー!だんっ!150円じゃーい!」 「おっ!やるやんグラサン!太っ腹!」 「50円上がっただけじゃん…」 「ちょっと待って。アンタ今月は年末に向けて節約するって言ってたのにそんなに払って大丈夫なの?」 「先週も安売りのモヤシだけで生活したばかりでしたね…」 「純子はんから生えたキノコが命綱でありんしたな」 「ウゥ~…!!」 「みんな、その話はやめよ!たえちゃんがあの貧しい食卓で負った心の傷がまだ癒えとらんけん!」 「…で、結局どういうカラクリなのよ?」 横道に逸れた話を愛が元のレールに戻す。仕方ない、明かすしかないようだな!この俺の完璧なる節約術を! ところ変わってここは近所のスーパー。カートを押す俺の後をさくらがちょこちょこついてまわる。 『1人150円ではなく全員で150円を分け合う』という俺の完璧なプランに乗ったのは、何故かさくらひとりだけであった。 というか、説明した瞬間さくらを残して全員部屋から出ていってしまった。 「全く…なんて冷たいやつらじゃ!」 「当たり前ですよ!?」 「そうか、あいつら全員死んどるからな。そりゃ冷たいわけだ」 「いや、そうやなくって…あ!」 叫ぶと同時にさくらが俺のシャツをキュッと掴む。 キラキラ光るその視線を追ってみると、ポッキーが山積みになっていた。そうか、今日は11月11日だったな。 「お駄賃の範囲内か。どれ、買ってやるぞ」 さくらの頭をポンと叩いてカートを寄せようとするが、さくらはなかなかついてこない。 もじもじモゴモゴ。何かを言おうとしては止め、を繰り返しているようだ。 顔色がポッキーの箱そっくりな色になってようやく、さくらは口を開く。 「あ、あのね!幸太郎さん!」 その声は半ば裏返っていた。 「一緒に食べてもらってもよかかな?」 「半分こするから二箱買えっちゅーことか?」 「そうやなくって!」 シャツをギューッと引っ張られ、渋々屈み込んで耳を貸してやる。 少しの音も漏らしたくないとばかりにひんやりした手のひらが俺の耳を包み込んだ。 「あのね、両端をふたりで咥えて…」 言い終わる前に、俺の顔もポッキーの箱そっくりな色になっていた。 おしまい *********************************************************************************************** 単発レス(15行未満) ------------------------------------------------------------------------------------------------- ダメです…巽さんにはさくらさんが… さくらは親が決めた許嫁、俺の運命の人はお前じゃい… それは…許されないことです… どんな罰を受けても…お前と一緒になりたいんじい、純子 そんな…いけない人 なんて展開もありですね(キノコ絵文字3つ) ------------------------------------------------------------------------------------------------- 疲れた巽さんが唯一羽休め出来るスナック純子… お客さん、もう閉店ですよ なんじゃーい!まだ呑むんじゃーい! 身体に毒ですよ、お冷お持ちしますね …ママ、今夜だけは一緒にいてくれんか… しょうがない人ですね… ママ、俺は、俺はママのことが! ダメ、ダメです!それに私みたいなおばさんなんて ママ、いや純子!俺は君がいいんじゃい 巽さん… そのままふたりで夜明けのコーヒーを… ------------------------------------------------------------------------------------------------- 幸ちゃん! なんじゃい ぷに 引っ掛かったー! なにすんじゃい姉ちゃーん! ------------------------------------------------------------------------------------------------- 幸ちゃん、いい子いい子 やめんかい 幸ちゃん反抗期~どやんすどやんす~ ------------------------------------------------------------------------------------------------- 幸ちゃん、今日のお昼どやんす? 姉ちゃんの適当ラーメンでよか 幸ちゃんあれ大好きやね~ ------------------------------------------------------------------------------------------------- はい、どーぞ いただきます、これ食うと日曜日って気がするったい じゃあ日曜日になるたび作ってあげんとね ------------------------------------------------------------------------------------------------- 幸太郎さんとホテルでお泊り! はわわ、この部屋ベッドがひとつしかなかよ! 幸太郎さんはソファで寝ました ------------------------------------------------------------------------------------------------- さくら、ゲソ食うか 幸太郎さん、ありがとう! 美味しかったです ------------------------------------------------------------------------------------------------- さくらは巽のサングラスに触れたが、その手にはもはや外す力は残っていなかった 巽がサングラスを外すと、さくらと同じ空色の瞳が露わになった 「やっぱり、幸太郎さんが幸ちゃんやったんやね」 ------------------------------------------------------------------------------------------------- 「幸ちゃん」 「なんじゃい姉ちゃん」 「ありがとね」ギュ セルフ圧縮出来た! ------------------------------------------------------------------------------------------------- 度胸試しでグラサンとポッキーゲームすることになりました。 最初はどっちもヨユーで食べすすめました。 でも息がかかる距離になると 以上です! ------------------------------------------------------------------------------------------------- 6号はね、怪文書が大好きなの! これからたくさん怪文書を投げれるように頑張るからね! モニタの前で笑顔になってくれたら嬉しいな! 読みに来てくれたこと、とってもとっても嬉しかった! 絶対絶対忘れないから、大好きだよ! ------------------------------------------------------------------------------------------------- やみゾンビの純子さんはケホケホと咳をしました。 そとはとってもいい晴れの日なのに、こうしてねていなければならないなんて。 「お薬の時間じゃい」 お医者さんがお薬を持ってきてくれました。 「先生、私の病気は治るのでしょうか」 「任せんかい。俺に治せない病気はないんじゃい」 みたいなのを思いついた ------------------------------------------------------------------------------------------------- 幸太郎さん、好いとーよ 俺の方が好いとるわい わたしたちは幸せになりました ------------------------------------------------------------------------------------------------- 「さくら、さくら!」 「幸太郎さん、幸太郎さん!」 夜中にうるさいとみんなに怒られました ------------------------------------------------------------------------------------------------- >「早く次のページめくらんかい」 >「いけん、今触られたらイっちゃう❤」 >「待て待て!今タオル持ってくる!」 >「あ❤イク❤ダメェ、幸太郎さあああああん❤」 >(この辺で後片付け) ------------------------------------------------------------------------------------------------- 愛ちゃんは目がくりくりしとるけん基本かわいい系の顔やね 眉毛が表情におけるアクセントになっとーけん普段の柔らかい表情は本当にやーらしくてばってん レッスン中の真剣にしとるときは本当にかっこよくてたまらんばい… それにおくち、キッと真一文字にしとーときの愛ちゃんかっこよか…そんな愛ちゃんに毎日レッスンされてわたしがば持っとる女かもしれん… いけん、言い忘れとった!おみみ!愛ちゃんのおみみ!髪からチラッて出とるおみみがね、こう、絶妙な、よか形ばしとってね! 愛ちゃんのおみみクッキーがあったらわたしそれを主食に生きたか!ファングッズで出せんかな?わたし一生懸命焼くけん! 焼く前に『生地を耳たぶの硬さにせんといかんから愛ちゃんおみみ貸して』『なんなの?…しょーがないわね』なんてわたしにおみみ触らせてくれんかな… そしたらしばらく手洗いたくなか…クッキー作るけん洗わんといけんのが惜しか… ねぇ幸太郎さん!ちゃんと聞いとる?