――本編の間のつもりで書いた話―― ・4話と5話の間にあったかもしれないさくゆう ・8話と9話の間にあったかもしれない純ゆう ・10話でさくらが一人で悩んでいる間にあったかもしれない他のメンバーの話 ・幸太郎視点だとこうだったかもしれない10話の居酒屋でのゆう幸 ・11話が放送される前に書いた9話直後の夜にあったかもしれない真面目な話 ・11話でさくらが洋館を出た後にあったかもしれない幸太郎の話(出してない) ・よく考えたらそもそもみんな"持ってない"よねという所から始まる12話の前に書いた会話 ・12話より前に思いついた本編より前の話 ・12話終了後のさく愛 ・8話後半であったかもしれない剛雄の話(出してない) ・9話と10話の間にあったかもしれないリリたえ ・7話の後に純子と愛が仲直りする話 ――本編とは特に関係無い話―― ・アニメージュの表紙の話 ・ある日のさくらの日記 ・ある日のさくらの日記2 ・ファン視点のスレがあったので思いついたドルヲタのレビュー風 ・どこかであったかもしれない真面目な話 ・サイゲフェス2018イベントステージの前にあったかもしれない話 ・正月にあるかもしれない話 ・愛ちゃんのDVD見てサキちゃんが泣くという画像を見たので書いたサキ愛 ・学園パロディ ・最終回前に愛ちゃんが帰ろうとするスレを見て書いた闇さく愛 ・幸太郎の部屋を家探しするサキさくの話 ・枕の話 ・ローリングストーン誌の話 ・さくらの趣味:お菓子作りな所が書きたかった話 ・あるかもしれない未来の話 ・純子の趣味:ピアノな所が書きたかった話 ・愛の趣味:アイドル研究な所が書きたかった話 ・裕太が刺されたので勢いで書いてしまったゾンビアンドグリッドマンの導入 ・晴れ着の話 ・意識高い朝礼 ・焼肉の話 ・メイドサキちゃんの怪文書の続きを勝手に書いた話と即興で書いた花魁メイドの話 ・メイドリリィの話 ・アルピノライブの後の話 ・ピアノで幸純の話 ・ピアノで幸純の話のおまけ ・聖地巡礼特番+前回までのあらすじの話 ・宮野真守と巽幸太郎は最終的にシンクロしますな話 ・サキの悩み相談の話 ・前回までのグランブルー・SAGAは! ・リリィと愉快なフランシュシュ一家の話 ・年上扱いされたい純子の話 ・年上扱いされたい純子の話のおまけ ・愛にお姉ちゃんと呼ばせたい話 ・ミュ~コミ+の話 ・サキはマジになった時はリリィをリリィって呼びそう、呼んでほしいって話 ・幸太郎の裸体の話 ・誕生日の話 ・みんなの普段着の話 ・サキの趣味:ゲームセンターな所が書きたかった話 ・サインの話 ・メガネの話 ・バレンタインの話1 ・バレンタインの話2 ・バレンタインの話3 ・家族の話 ・同人誌の話 ・ニンジャの話 ・ホワイトデーの話 ・印象の話 ・幸太郎がコミカライズで食い倒れているのがバレたらの話 ・コーヒーの話 ・コラボカフェの話 ・佐賀新聞のライブビューイングレポートに6歳の童女の感想があったので書いた話 ・映画の予告っぽい話 ・どやんすボディの話 ・フォロワー10万人記念生放送で話してた話 ・カレーメシコラボの話 ――――ここから本編の間のつもりで書いた話―――― ―――――――――――― 4話と5話の間にあったかもしれないさくゆう ―――――――――――― 「さくらはん!!」「えええええー!?」 強烈な破裂音と共に宙を舞ったあの時から、さくらはゆうぎりのことが少し苦手であった。 100年以上前に生きた、「維新の陰にこの人あり」と謳われる伝説の遊女。 妖艶な雰囲気を漂わせ、レッスンの時と全員で会話に参加してる時以外はいつも物憂げに煙管を吹かしている彼女は、 現代人の自分にとって――といっても幸太郎によれば自分も10年前に死んだらしいので既に過去の人なのだが―― 近寄りがたい、高嶺の花のような存在であると思わせるには充分であった。 加えて理不尽に頬を叩かれもすれば、何を考えているのか分からず話しづらいと思うのも無理からぬ話だ。 その為、ゲリラライブでわずかながら確かな手応えを感じ、グループとしてまとまりつつある今も、 二人は会話らしい会話をほとんどしていなかったのである。 そんな折、いつもの朝礼で幸太郎がこんなことを言い出した。 「我々には、そして佐賀には時間が無い。一刻でも早く本格的な活動を始める為に、解決すべきことがある。 …お前ら全員、もうちっと仲良うせんかーい!グループっちゅーもんは団結力が重要なんじゃーい! あんなー?好き嫌いや思想の対立やったら「お前らが自分で解決してくだちゃーい!」で済ますところじゃったがなー? お前ら対立以前にお互いのことなーんも知らんやろ?もう全ッッ然駄目じゃボケェー!! ハリネズミみたいに相手の針にチクチクチクチクとビビっとったら話進まんやろがいこんヘタレゾンビィどもー!!」 誰がヘタレじゃブッ殺すぞ、と激昂したサキにどつかれる幸太郎を尻目に、さくらはゆうぎりのことを考えていた。 「そうだよね…勝手に怖がってちゃゆうぎりさんにも失礼とね…」 「あんグラサンの言う通りってのはがばいムカつくが、言われてみればあたしら今まで自分のことあんまり話さんかったな」 レッスンルームに戻ってみんなで座り込み、まずリーダーのサキが切り出した。 「確かにね。相手のことを知ればメンタルのケアもしやすいし、ミーティングは練習と同じくらい大事だわ」愛が同意を示すと、 「目が覚めてから状況に振り回されるばかりで、落ち着いて話をする暇はありませんでしたからね」と続く純子。 「リリィもみんなのこと知りたいな!」「わっちも異存はござんせん」「ヴァウヴァウ」 もちろんさくらも頷く。「私もみんなともっと仲良うしたいな」 「よっしゃ!じゃあ今日は腹割って話し合いとすっか!」 こうして全会一致により、フランシュシュのミーティングという名の女子会が始まることとなった。 メンバーはそれぞれ自分のこと、生きた時代のこと、好きな物、嫌いな物などを思い思いに語り合った。 さくらは記憶喪失だから何も話せないとしつつも、他のメンバーの話を熱心に聞き、一緒に笑い、ツッコミを入れた。 この日、7人の絆は大いに深まったことだろう。あの胡散臭い男のシナリオというのが若干鼻につく者はいたが、それはそれだ。 「わっちと話がしたいでありんすか?」 その夜、一人でいたゆうぎりの元に訪れたさくらは二人で昼間の続きがしたいと申し出た。 「うん。そういえば私達ってまだあんまり喋ったことないなって思ってて。  ゆうぎりさんっていつも落ち着いてて、大人っぽくて、私こんなだから憧れるとね」 さくらの言葉にゆうぎりは三味線を奏でつつ答える。 「落ち着いている…とは違うかもしれんせん。 わっちはわっちの頃とは何もかも違うこの時代を受け入れるしかないでありんす。 ここにいることも、"あいどる"というものになることも。 でもそれは誰かが生んだ波に流されているだけ。自分から何かしなんしたことではござりんせん。 もしかしたら、流されることで安心しているといわすことなんでありんしょうな」 少し寂しげに自嘲するゆうぎりを見て、さくらは心の中で自らを恥じた。 何事にも動じないように見えても、やはり今の状況が不安だったのだ。それを怖がるなんて。 「さくらはんは自分の力で皆の心を掴んでみせたでありんす。 さくらはんの頑張りを見たからあの"げりららいぶ"の時、純子はんと愛はんも助けに来てくれんした。 間違い無く波を生む側の人間でありんす。胸を張りなんし」 ゆうぎりの励ましに少し嬉しく思いつつも、さくらは一つ訂正した。ゆうぎりの目を真っ直ぐに見つめながら。 「私だけじゃなかと。これからはゆうぎりさんも一緒に作るんね。私と、皆と。フランシュシュで、がばい大きい波を。 その為に、ゆうぎりさんにもアイドルがしたい、アイドルで良かったって思ってほしい。 そうなれる様に私も頑張るけん、なんでも言ってほしいとよ」 真剣な表情で話すさくらにゆうぎりは一瞬目を丸くしながらも、すぐに微笑み、三味線を傍らに置いて、 「…大丈夫。皆とやる"あいどる"という仕事もなかなか楽しいでありんす。それは間違いありんせん。」 さくらを安心させる様に、優しく伝えた。 「~~!……はぁ~!良かったばい…ゆうぎりさん一人の時はいつも悩ましそうな顔してるけん、もしかして嫌なのかと思っとった…」 さくらは心底安堵したのか、糸が切れた様にその場に崩れ落ち、そしてようやく笑顔に戻った。 「ふふ…そんな風に見えたでありんしたか?」「そうだよ~!みんなもそう言うとよ!」 他の5人がやってくるその時まで、もう少しだけ、2人の夜は続く。 ※最初3話と4話の間のつもりだったけど一挙放送で見直したら4話でみんなで語り合ったの初めてって言ってたから変えた ―――――――――――― 純子ちゃん実はヤンキースタイルやってみたかったんじゃないのという所から考えた 8話と9話の間にあったかもしれない純ゆう ――――――――――――  ある日の朝、ゆうぎりがレッスンルームに入ると、部屋の中央では既にメンバーの人だかりが出来ていた。 「へへっ、チンチクにはまだ早いんじゃなかとー?」「もう撮影で着たことあるから平気だもーん。上着は初めてだけど」 「私はブレザーだったからこっちは新鮮ね」「私も中学の時以来かも」「ヴー」 みな一様に裾が足首にまで届く上着を羽織り、その下には大きな襟がついた白い水兵のような服と、 これまた足まで届きそうな長いスカートといった出で立ちだ。 よく見るとサキの服のみ黒くなっており、上着には派手な刺繍が施されている。 「あっ、ゆうぎりさん。おはようございます」一足先にゆうぎりに気付いた純子が挨拶を交わす。 「おはようござりんす、純子はん。その服は?」 「幸太郎さんから次の新曲の衣装が届いたので、衣装合わせをしていたんです。ゆうぎりさんもどうぞ」 そう言った純子に手渡された衣装をよく見てみると、普段純子が着ている服と似ていることに気付いた。 曰く、この時代では水兵だけでなく女学生の服として使用されているのだとか。なるほど純子の可愛らしさにはよく似合っているわけだ。 それから他のメンバーへの挨拶もそこそこに、純子と着替えに移動する。  更衣室でゆうぎりの着付けを手伝いながら、純子がふと呟いた。 「私、早い内から芸能界で頑張ってきたので…こういう格好、実は少し憧れてたんですよね」 「こういう格好、とは?」 「私の時代ではこういう形に作った制服は不良…先生や社会に反抗して好き勝手に振る舞う、悪い子がするものだったんです。 私、大人の言う通りに芸能界に入って、大人達の中で必死にレッスンと仕事とこなして。 それ自体には今でも特に不満も後悔も無いんですが、ある日、そういう生き方になんとなく疑問を持った事があって。 そうしたら、なんだか彼女達が眩しく思えたんです。同年代の仲間に囲まれて、自由と青春を謳歌しているんだなって…」 純子の話にゆうぎりはシンパシーを感じた。ゆうぎり自身、その考え方に覚えがあったからだ。 遊女とは籠の中の鳥。幼い頃から徹底的に生き方を叩き込まれ、生涯を郭で過ごし、また終える者も少なくない。 そうした中で、幼いゆうぎりが外の世界に憧憬を抱くのも道理というものであった。 「純子はん」「はい?」「今は、どうでありんすか?」「今…」 ゆうぎりに問われて、純子は少し考える素振りを見せたあと、笑顔でこう答えた。 「今は…楽しいです。ゆうぎりさんや、フランシュシュの皆さんと一緒に活動出来て。 最初はグループは性に合わないと思ってましたが、今なら分かります。同じ時を過ごす仲間がいるのってこんなに楽しいことなんだって」 「わっちもでありんす。純子はん達と共に暮らし、"あいどる"というものが出来んすこと、とても楽しく思いなんす。 こうして二度目の生を授かりんしたこと、幸太郎はんに感謝しなければなりんせんな」 「幸太郎さん…」幸太郎の名が出た途端、純子の顔が紅潮したのをゆうぎりは見逃さなかった。 「おや、純子はんはそういうことでありんしたか。何、わっちのことは気にしなんし」「あっ!これは…その…違うんです!」 仕上げを終えて純子と共にレッスンルームへ戻ると、その姿を見たメンバーから大きな歓声が上がった。 「ヒューッ!姐さんがばい似合ってんなー!」「本当、やーらしか!」「やっぱりスタイルがいいと違うわね」 「ゆぎりんかっこいい!サキちゃんの代わりにセンターやったらいいんじゃないー?」 「はぁー!?ぶっ殺すぞチンチクー!」「ヴァー!」「あー!たえちゃんマスクまだ外したらいかんと!」 ゆうぎりと純子は二人で顔を見合わせ、笑う。 「ふふふ…まこと、かしましいでありんすな」「そうですね。でもきっと、それがいいんです」 ―――――――――――― 10話でさくらが一人で悩んでいる間にあったかもしれない他のメンバーの話 ―――――――――――― 「ただいま戻りんした」「おかえりゆぎりん!どうだった?」 「さくらはんのことは大丈夫だから、わっちらは練習に集中しなんしとのことでありんす」 ゆうぎりの報告を受けたメンバーは案の定、というリアクションを取った。 実際はそうは言ってなかったのだが、幸太郎とゆうぎりの見解は一応一致していたこともあり詳細な説明は省かれた。 事の仔細はこうだ。 アルピノライブが決まった日からさくらの様子がおかしい。酷く浮ついているようで、メンバーとの足並みが揃わないのだ。 そのことに気付いた幸太郎は山籠りを命じてさくらに冷静さを取り戻すよう促したわけだが、 幸太郎の想像以上にナーバスになっていたさくらはついに不満が爆発し、完全に裏目に出た形になってしまった。 おまけにこの日のレッスンでも焦燥からメンバーに当たり散らして出ていく有様であり、このままでは良くないと誰もが思っていた。 ――ゆうぎり自身、雪山サバイバルの意図にも最初から察しがついていた。他のメンバーも大小の差はあれど同じだろう。 だから全員同じ様に何も言わなかった。それがさくらを余計に苛立たせてしまったのではないかということで、 こうして一足先に不貞寝してしまったさくらを横に緊急ミーティングを行っているのだ。 そこに普段は控えめなゆうぎりが珍しく立ち上がったと思えば、「わっちが幸太郎はんに聞いてくるでありんす」と突如出て行き、 そして今帰ってきた、というわけである。 「サガロックの時の私と同じだわ。大きな舞台を前に浮足立って、周りが見えなくなってる」 「もしかしたら、愛さんにとってのサガロックと同じように、さくらさんもあのステージが特別だったのかもしれません」 「でも昔のことはなんも覚えとらんって言うとったぞこいつ」 「何か思い出す手がかりがあるということかもしれんせんぇ」「ウァァウゥ」 皆であれこれ考えていると、リリィがふと零した。 「昔の記憶が何も無いのってどういう気分なんだろう…リリィはパピィのこと忘れちゃってたらと思うとすごく悲しいのに」 ゾンビィの身にあって、生前のことを何も――自らの死の記憶さえも――覚えてないということがどれほどのことなのか。 6人はいざ想像してみると背筋が凍えるのを感じた。ひょっとしたら天山の深い雪の中にいた時よりも。 6人の中の源さくらという人物は、ちょっと気弱で抜けてるけど、優しくて、前向きで、頑張り屋な子だ。 しかし思い返してみれば、彼女は何を思い、何を抱えていたのか、自分からはあまり語ってこなかったことに気付かされた。 「こうして一緒に暮らすようになって結構経ちましたが…さくらさんのこと、実はよく分かってなかったのかもしれませんね…」 「………」純子の言葉に、一同は沈黙で返すしかなかった。 場を静寂が支配してしばらくした頃、リーダーが口を開いた。 「…記憶があっても無くても関係なか。こいつは、さくらはこん程度のタマじゃなかと。 あん時、あたしの目ェ覚まさせた根性があれば、必ず自分で立ち直る。 確かにあたしはこいつのことなんも知らんかったかもしれんけど、それだけは分かる」 「…そうね。私もさくらを信じてる」愛も同調する。 「さくらはんも、きっと心の中では分かっていんす。少し落ち着いたら、その時は温かく迎えてあげんしょう」 「はい。その為にも…」「さくらちゃんが焦らなくてもいいように、リリィ達もきちんと仕上げないとね」「ヴァァ!」 「よし!じゃあ今後の方針も決まった所で、寝るか!」 ミーティングはこれにて解散。それぞれの思いを胸に、6人は就寝の準備をするのであった。 布団に入ろうとした所で、リリィはある疑問が浮かび、隣にいたゆうぎりに話しかけた。 「あれ?そういえばゆぎりん、なんで巽の場所知ってたの?リリィ達も探したけど見つからなかったのに」 「それは…フフ、内緒、というものでありんす」 ―――――――――――― 幸太郎視点だとこうだったかもしれない10話の居酒屋でのゆう幸 ―――――――――――― やってしまった。 山籠り作戦でさくらを落ち着かせるという目論見は失敗に終わった。今回ばかりは完全に自分の失策だ。 しかしアルピノライブはさくらがあのような状態では到底成功させることは出来ない。 それにアルピノだけじゃない。これからもっともっと大きな舞台が待っているのだ。なんとか立ち直ってもらわなければ。 それとも、さくらにあの箱は時期尚早だったか――?いや、そんなことはないはずだ。 さくらがひたむきに努力してきた姿は自分が一番よく知っている。今のあの子なら必ず出来る。 これからの為に、今は信じるしかない。 反省と自戒と祈りを込めて酒を呷った時、隣にある店の入り口が開いた。 「花魁…参上」ゆうぎりだ。 どうしてここが分かった、練習はどうした。聞きたいが敢えてそれらは問うまい。 「…何の用じゃい」「花魁…舞いますゆえ」唐突に舞いだした。なぜ?相変わらず読めない。 今から100年以上も前に生きた、「維新の陰にこの人あり」と謳われる、伝説の遊女。 生きた時代もそうだが、素直で反応が分かりやすい面々が揃ったフランシュシュの中で、彼女のマイペースさは異質だ。 多くを語らないミステリアスな性格から始めはさくらも少し苦手としていたようだが、率直に言って自分も得意ではない。 彼女に見られていると、直接考えを見透かされている気分になってしまうのだ。この視線を遮る黒い壁も意味をなさなくなってしまう。 それではいつもの道化のテンションを維持するのは困難な故に、これまであまり話をすることは無かった。 無論、その異質さを買ってメンバーに引き入れたのは確かなのだが。 「わっちらを山に登らせんした一番の理由は、さくらはんの頭を冷やす為。違いんすか?」 やはり見抜かれていた。恐らく他のメンバーも気付いているか、既に共有されているだろう。説明する面倒が省けて助かる。 「グループであることの強さは、互いを補い合うことで、個人では出せん強さを発揮することだ。 周りが見えなくなった状態では、その意味が無い」 「それならそうと、最初から言っておあげなんし」 ダメだ。あの子が自分で気づかなくては意味が無い。 佐賀を救うには、常に立ちはだかり続ける困難という名の巨大な山脈を踏破し続けなければならない。 その為に、さくらにはもっと成長してもらわなければならないのだ。それが例えどんなに苦しくても。 「まあ、あいつならやれると俺は信じているがぶぅぅぅぅぅぅ!?」 強烈な破裂音と共に、何の前触れも無く吹き飛ばされた。 え?何が起きた?叩かれた?誰に?ゆうぎり?え?なんで?何が何だかわからないまま呆然とゆうぎりを見つめる。 「弱気なこと言いなすんな幸太郎はん!さくらはんなら、どんな山脈でも越えて行きんす!」 は?えっ?今そう言ったよね俺?聞いてました? 「さくらはんを信じなんしっ!!」 えっ?いやだから俺それ言ったよね?俺今良いこと言ってたよね確かに? すっかり混乱の渦に飲み込まれた俺を他所に、ゆうぎりはさっさと帰ってしまった。ねえ大将?大将聞いてたよね? …やっぱりあのゾンビィは分からない。 嵐のような時間が去り、再び飲み直す。ゆうぎりは結局何しに来たのだろう。思い当たる節を探るべく、ぼんやりと過去を振り返る。 いつか彼女が目覚めた時、130年ものジェネレーションギャップに苦しみやしないかと懸念したこと。 その苦しみを和らげる助けになればと、思いつく限りのグッズを集めに奔走したこと。 三味線、煙管、扇子、屏風。正直、金がかかった。 いざ覚醒してからはあの調子なので幸いその心配は杞憂に終わったが、今度は何を考えているのか分からずに悩んだこともあった。 「さくらはんには特別、優しいのでありんすなぁ」ふいにさっき言われた言葉が蘇る。 そういう素振りは絶対に見せないようにしてきたつもりだが、そこまで察していたとは。つくづく大した洞察力だ。 …まさか、もしかしてさくらに嫌われて落ち込んでると思って様子を見に来たのか? 踊りも元気づけようとして?この頬に残る紅葉も喝を入れたつもりだった? そんなバカな。思わず苦笑が漏れた。だがあの聡いゾンビィのこと、俺の調子も見られていたかもしれない。 何を考えているかはまだ読めないが、しかし少なくとも、俺が思っていたよりずっと強く、優しい子らしい。 そうだ、俺達と佐賀には時間が無い。当然俺が気落ちしてる暇も無いのだ。こんなことではいけない。 プロデューサーとして担当に心配されてしまったことを反省しながら、気分を入れ替える為に再び酒を飲み干す。 同じ瓶の同じ一杯のはずだが、心なしかさっきより美味い気がした。 ―――――――――――― 11話が放送される前に書いた9話直後の夜にあったかもしれない真面目な話 ――――――――――――  麗子と万梨阿と殺女の連中を招待したライブは結果的に大成功に終わった。しかし単独行動でグループの活動を危ぶませたのは事実。 「聞けサキ。今回は上手く行ったが、次は分からん。自分の行動には常に気を付けろ。生者とコミュニケーションを取って良いのは…」 なのでライブが終わって洋館に帰って来たあと、こうして幸太郎による三度の説教に甘んじているわけだが。 「生きてる人間と喋って良いのはアイドルの時だけ。そやん何度も言わんでも分かっとるけん、もういいやろ。じゃーな。おやすみなさいっと」 せっかく気分がいい所にあれこれと文句を言われるのは、自業自得とはいえやはり面白いものではない。 なのでお小言は最小限に留めて勝手に出てきた。 意外にもグラサンはそれ以上追いすがることは無かった。新しいファンを連れてきたからチャラになったか。そういうことにしよう。  テラスに出る。生きていた頃と変わらない夜風がライブの興奮を良い感じに冷ましてくれる。この瞬間はいつも心地良い。 ふと先ほどの言葉が脳裏で繰り返された。「生者とコミュニケーションを取って良いのはアイドルの時だけ」 …あのグラサンの奴、頭の中でまでせからしか。もうあんな無茶はせんとね。…多分。 別のことを考えようと思ったが、しかし冷えた空気で醒めた頭の中に、ある疑問が降って湧く。 …あれ?"じゃああのグラサンはなんで良いんだ?" あいつは生きた人間のはずだ。なのに自分達が特殊メイクをしていない、つまりゾンビの時でも普通に話してくる。 確かにあいつが仕事を取ってきて、指示をして、特殊メイクを施さなければ、自分達ゾンビは何もできないのは事実だ。 しかし生者と死者の理をあいつ一人だけが破っているのも、また真だ。そもそも死者を復活させてる時点でルールもへったくれもない。 自分達を生き返らせた張本人だから、プロデューサーだから特別なのか?それとも…。 …わかんねー。あたしの頭じゃ考えるだけ無駄だな。やめだ。さっさと忘れて寝よう。 益体も無い邪推を頭を振ってかき消し、屋内に戻る。佐賀の風は何も答えない。 ―――――――――――― 11話でさくらが洋館を出た後にあったかもしれない幸太郎の話 ――――――――――――  なんだこれは。馴染みのバーで飲んで良い気分で帰ってきたら、ゾンビィどもがなぜか玄関先に雁首揃えている。 リリィは泣いてるし、ゆうぎりに至っては一応用意はしたもののここまで一度も着なかった花魁スタイル完全武装ではないか。 「頼むグラサン!もうお前しかおらんとや!あいつを…さくらを連れ戻してくれ!」 予想外のお出迎えに唖然としている俺に、サキが、愛が、純子が、ゆうぎりが、リリィが、 そしてたえまでもが(多分)、悲痛な面持ちでそう懇願してきた。 「教えろ。何があった」酔いは自分でも驚く程に一瞬で醒めた。  メンバーから事情を聞く。 俺が営業に出ている間にさくらが昔の記憶を取り戻したこと、それによりさくらがまるで正反対のネガティブ娘に一変していたこと、 愛が全てを説明した上で続投を願ったが、頑として応じなかった所までは知っていた。 俺自身も、それが気になって全く眠れず、今日は先ほどまで酒の力を借りていたわけだが。 それで俺が飲んでいる間、結局諦め切れなかったサキ・純子・リリィが代わる代わる説得したものの全く聞く耳を持たず、 いよいよゆうぎりが出ていくという段階で、さくらが洋館から居なくなっていたという。 探そうにも特殊メイクはしておらず外出ができない。それでも行くかどうか迷っている所に俺が戻ってきた、というのが今までの話らしい。 「腐ってたあたしの目ぇ覚まさせたんはさくらだ。ずっとそん時の借りを返したかった。なのに…ちくしょう…!」 「リリィ、パピィのことでさくらちゃんに慰めてもらった。マミィみたいに優しかった。だからあんな冷たいさくらちゃん嫌だよ…」 「さくらは自分は何も持っていないって言ってた。何をやっても必ず良くない結果になるって。あのさくらがそこまで言うなんて…」 「ヴァウアーー!!」 絶望し切ったさくらに対して何の力にもなれない悔しさ、悲しさを口々に滲ませる面々。 「幸太郎はん。生前のさくらはんがああなりんした理由、存じているなら教えなんし」 「私からもお願いします、幸太郎さん」 純子とゆうぎりがさくらの過去を尋ねてきた。こうなってしまった以上は当事者として当然の質問だろう。 しかし俺が話すべきだろうか。あいつが自分で…いや、今はそれ以上に時間が惜しい。 「…朝までには絶対に連れ戻す。俺を…いや、さくらを信じろ」 答えずに俺は館を飛び出した。  勝手に外出したさくらがゾンビィであることがバレたら、これまでの全てが水の泡となる。無論他の6人も今まで通りには暮らせない。 プロデューサーとして、最悪の事態は絶対に避けねばならない。 そして――もしそうなってしまってしまった時、彼女は己の不運が他人をも巻き込んでしまうと思い込み、今度こそゾンビィ以下の屍となるだろう。 それだけはさせない。プロデューサーとして、一人の人間として、それだけは許すわけにはいかない。 「ロメロ、急げ!」急く心のまま、闇夜にバンを走らせた。 ―――――――――――― ・よく考えたらそもそもみんな"持ってない"よねという所から始まる12話の前に書いた会話 ―――――――――――― 「さくら。今のお前は覚えてないだろうが、俺は最初にこう説明した。「佐賀を救う為に伝説のゾンビィを集めた」と。 あの館にいたあいつらがそうだ。彼女達がなぜ伝説なのか、わかるか?」 「知りませんそんなの。かわいくてなんでも出来たからじゃないんですか。私と違って」 「人生の絶頂期で死んだからだ」「…え?」 「ゾンビィ2号「伝説の特攻隊長」二階堂サキは、所属する暴走族チームが九州制覇を成し遂げるも、 抗争相手と挑んだバイクでのチキンレースで失敗して転落死。 ゾンビィ4号「伝説の昭和のアイドル」紺野純子は、80年代アイドルブームの火付け役となり一世を風靡している最中、 初の九州ツアーの為に乗った飛行機が墜落して死亡。 ゾンビィ6号「伝説の天才子役」星川リリィは、子役にしてゴールデン番組全局主演という快挙を達成したものの、 それに伴う極度の過労状態の中で起こった精神的ショックが引き金となり、若干12歳で死去。 そしてお前も知っているゾンビィ3号「"アイアンフリル"不動のセンターにして伝説の平成のアイドル」水野愛は、 お前が死んだわずか4か月後に、野外ライブ中に落雷が直撃するという不運に見舞われてこの世を去った」 「そんな…!」 「生涯で最も輝いていた時に早逝したからこそ、人々はその功績と悲劇を強く記憶し、語り継ぐ。それがあいつらの伝説の正体だ。 …お前は自分が持ってないと言ったな。だが持ってなさで言えばあいつらはお前と同レベル、 いや、人生の最高潮にいる所から叩き落とされたんだからお前より上かもしれん」 「……」 「フランシュシュはそんな連中が集った、言ってしまえば持ってない軍団だ。 お前一人程度の不運で今更どうにかなるものじゃないから安心しろ」 「…そんなこと…私がいれば必ずいつかはダメになります」 「ならん。俺達が共に過ごし、そして今お前が忘れた日々の中でもちょこーっとトラブルはあったが、最終的にはなんとかなった。 そして今のお前の悩みも、グループの危機も、最終的にはなんとかなる。俺が"持ってる"からだ」 「…なんでそんなに…あなたは…一体…?」 「俺は…佐賀を救う男、そしてお前をアイドルにする男、巽幸太郎だ」 ―――――――――――― 12話の前に思いついたあったかもしれない本編より前の話 ―――――――――――― 最近俺の店に変な客が入り浸っている。 夜毎現れてはやれ「あの頃は良かった」だの「あの子がいない人生なんて」だのとメソメソ泣き続け、酔い潰れるのを繰り返す。 大方失恋でもしたのだろう、そのくらいならさして珍しくも無い。 なあに女なら星の数ほどいるさと初めは助言をくれていたが、聞いているのかいないのか一向に変わらず、何日も何週間もずっとその調子だった。 そんなことを延々と続けられればさすがに鬱陶しくもなるというもので、 ある時「お前さんずっとそんなんだけど、何があったんだい」と尋ねてみれば、どうやら失恋ではなく死別、それも早逝だったらしい。 だから今度は「そいつはお気の毒に、だが残された人がそんなんじゃあ逝っちまった子も悲しむ、前向きに生きなきゃ」と教えてやった。 我ながら知った風な口を利いたものだが、案の定そいつは「もうこんな世界で生きていく理由が無い。生きてても死んでも同じだ」と喚く。 いつもなら「そうかい、じゃあ好きにしなよ」と突き放していた所だが、 今回は不思議と妙な気まぐれを起こしてしまったようで、「あんた、"持ってる"ねぇ」などと口走ってしまった。 キョトンとした顔でこちらを見るそいつに向かって俺は言う。 「教えてやろうか?本当に"生きてても死んでても同じになる"方法…」 ※巽がさくらちゃんと同級生だとするとさくらちゃん死んだ時当然学生だから酒呑めなくて無理 ―――――――――――― 最終回前に愛ちゃんが帰ろうとするスレを見て書いた闇さく愛 ―――――――――――― 「さて、じゃあ私そろそろ帰るね」「…えっ?」 愛ちゃんの突然の帰宅宣言に、私は自分でも意外なほど動揺した。いつも朝になるまで帰ろうとしない愛ちゃんがこんなに早く?  スーパーアイドル水野愛がこうして私の家に転がり込んで酒宴を開くようになってからしばらく経った。 初めは迷惑だと思っていたけど、愛ちゃんがお酒を飲む時の笑顔に癒されていた部分もあったのは事実だ。 今では愛ちゃんが食べるものを事前に用意しておくし、おつまみだって自分で作るくらいになった。 夜だけの関係…というと少し如何わしいかもしれないが、それでもあの水野愛と共に過ごす時間は、私の中でとても大きくなっていた。 なのに…。 「いつまでもこうしてるわけにもいかないもんね。さくらにも迷惑だし。しばらく来るの控えようと思うの」 今更そこ?とは言えなかった。しばらくどころか、愛ちゃんがもう二度とここには来ないような、そんな胸騒ぎがして、口が動かなかった。 「じゃあね、さくら。私がいなくても元気にしてるのよ」「…うん」 普段あれこれと理由を付けて未練がましく居座ってるとは思えない程に、あっという間に支度して部屋を出ていく愛ちゃん。 その背中を虚ろな目で見送る私。せっかく仲良くなれたのに。やっぱり私が持っとらんから…。 ――本当にこれでよかと? 頭の中で問う声がする。誰?そんなこと言われても、だってどうしようもないじゃない。 ――愛ちゃんのこと、どう思っとるん? アイドル。輝かしい人生を歩む人。テレビの向こう側の存在。だから本当なら私の所にいるべき人じゃない。これでいいの。 ――…本当に? …………違う。友達。こんな私のそばでいつも笑っていてくれる、大事な友達。だから…! ――本当は自分でも何をするべきか、分かっとるよね? そうだ。こんな私だけど…なんにも出来ない私だけど…友達まで失くしたくない! 上着を引っ掴んで羽織り、衝動のまま家を出る。タクシーを探して左右を見渡すと、 「やっと追いかけてきてくれたわね。遅いのよ。あー寒かった」 なぜか帰ったはずの愛ちゃんが玄関の横に立っていた。 「…愛ちゃん?どやんしてそこにおるん…?」 「試すようなことしてごめん。でも気付いてほしかったの。さくらにとって、私にとっても、すごく大事なことに」 「大事なこと…?」呆気に取られる中、愛ちゃんは私の肩を掴み、真剣な表情で見つめてくる。 「さくら。あなたをとても大切な友達と思ってる人間から言わせて。あなたは一人じゃない。 あなたを支えてくれる友達が、仲間がたくさんいる。もちろん私も。だからもっと周りを頼って。私に頼ってほしいの」 愛ちゃんの言葉はとても嬉しい。本当なら手放しで喜ぶべきなのだろう。でも…。 「でも…でも私持っとらんから、今は良くてもきっといつか大失敗する。そしたらみんな私のこと嫌いになるとよ。 今までもずっとそうだったとね。…私知っとると。本番になるといつもいなくなる私を見る視線がどんどん冷たくなっていったことも。 失敗するのが嫌だから仮病使ってたって思われてたのも。「源は肝心な時に役に立たない」「いないと思った方がマシ」って言われてたことも! 愛ちゃんだって、きっとそうなるっちゃね!」 それでも、愛ちゃんの言葉でも安易に信じられない。だってそうやって生きてきたんだから。そう言われて生きてきたんだから。 …最後は涙声になっていた。愛ちゃんが俯き、私の肩から手を放す。ああ、きっと嫌われた。 「…やっと言ってくれた」次の瞬間、愛ちゃんの腕が私の背中に回され、強く抱きしめられる。 愛ちゃんが優しい声で囁く。 「あんた、自分の悩みごとは全然言わなかったもんね。私、お酒の力でどうにかして言わせようとしたこともあったくらい。 私がさくらにとって、自分の気持ちを素直に言える存在になれてるの、すごく嬉しい」 「愛ちゃん…?」呆然と愛ちゃんの温もりを受ける。温かい。 「大丈夫、嫌いになんてならないわ。もしさくらが失敗しても私がフォローする。私がいる時ならね。きっと他の皆も同じ気持ちよ」 「他の皆?」 「そう。私と同じようにさくらを大切に思ってる人。だから一人で抱え込まないで。私のことを友達だと思ってくれてるなら、お願い」 愛ちゃんが切々と紡ぐ言葉、その一つ一つに、私は凍てついた心が溶かされる感覚を覚える。 「…頼っていいの?本当に?」 「当たり前よ。私を誰だと思ってるの?天下のスーパーアイドル様にどーんと任せなさい」 私を安心させる為か、わざとおどけた言い回しをする愛ちゃん。それが心から嬉しくて、たまらなくて。 私は、愛ちゃんの胸の中で――いつ以来だろう――思い切り泣いた。 ―――――――――――― 12話終了後のさく愛 ――――――――――――  幾多の苦難の末に源さくらはゾンビィとして蘇ってからの記憶を取り戻し、アルピノライブは大成功で幕を閉じた。 全てが元通りになり、平穏な日常が帰ってきた。はずなのだが。 「どどどどどやんしよ…まさか水野愛ちゃんと同じステージに立つどころか、一つ屋根の下で暮らしとったなんて…」 生前と死後の記憶が統合され、そしてライブの興奮が時と共に薄らぎ冷静になった今、さくらは自らの恐るべき境遇に今更気付いてしまった。 液晶で隔たれた煌びやかな世界に住まうアイドルにして、自らの暗黒の人生を変えてくれた大恩人。 "アイアンフリル不動のセンター"水野愛と、自分はずっと一緒に過ごしてきたのだ。 平凡な小市民、いちファンとしてのメンタリティが、余りの恐れ多さに体を震えさせる。 もし生前の自分にこのことを教えたら羨まし過ぎて卒倒するに違いない。良かったね私。希望を捨てたらいかんとよ。 「さくらー?練習始めるわよー?」 「ひゃいっ!?」不意に耳へ飛び込んできた愛の呼び声に、さくらは思わず素っ頓狂な声が出てしまう。 「いたいた。なにやってんのさくら?」さくらが奇妙な混乱を起こしているとは露知らず、輝く笑顔を向ける愛。 「(はぁー!水野愛に呼ばれてる!しかも下の名前で!)あ、いえ、その、なんでもないとです、水野、さん」 精一杯動揺を隠したつもりだが、ロボットみたいな片言になってしまった。 「?大丈夫?まだ調子悪いの?」やはり心配されてしまった。つい先日まであんなに不貞腐れてた影響が残ってると思われたようだ。 「あっ、違うの!その…私、ずっと好きだったアイアンフリルの水野愛と一緒に暮らして、アイドルやってたと思うと、今更怖くなってきちゃって…」 「なんだ、そんなこと気にしなくていいのよ?私達もう仲間で、友達なんだし」あっけらかんと言い放つ愛に、今度は申し訳無くなってくる。 生前の記憶、死後の記憶、散々迷惑をかけた最新の記憶。今目の前にいる愛を中心にそれらが感情の渦を成し、さくらの心は不安定さを増した。 「…本当に私でよかかな?」つい最近、何度も言った言葉が再び口を突いて出る。 「もちろんよ。もしかして、まだ不安なの?」 「ううん、そうじゃなくて…愛ちゃんに、聞いてほしいことがあるとよ」 意を決したように、さくらは愛に纏わる自らの過去を語り出した。 「…私、生きてた頃は失敗ばっかりで、こないだみたいにずっと無気力に生きてたと。 でもある時テレビでアイアンフリルのドキュメンタリーを見て、愛ちゃんの頑張りを見て、言葉を聞いたら、すごく感動して。 そのあとアルピノであったライブも見に行った。 愛ちゃんが歌って踊る姿を見て、私もあんな風に笑いたいって思えて、もう一回頑張ってみようって気持ちになれた。 やけん、愛ちゃんは私を救ってくれた恩人。…そんな人と一緒にステージに立ってるなんて、信じられなくて…」 「…そうだったのね…」さくらの告白を聞いて、愛もあの時のアルピノライブの記憶を呼び起こす。 そういえばオーディエンスの中に、自分の方をジッと見て涙ぐんでいた子がいた覚えがある。 赤い髪がステージの上からもはっきりわかる、同い年くらいの女の子。 ライブが終わった控室でその子の顔を思い出し、自分が人の心を動かす存在――アイドルであることへの自信を深めたものだ。 (そうか、あの子が…。) 意識を目の前のさくらに向け直す。自らを慕う少女の真剣な悩みには、こちらも真剣に答えなければなるまい。彼女の「特別」になった人間として。 「さくらの気持ちはとても嬉しいわ。でも本当に気にしなくていいの。 今の私とさくらはアイドルとファンじゃなくて、同じグループの一員、フランシュシュのメンバーなんだから。 それに、私もゾンビになって絶望していた時、一生懸命困難に立ち向かうさくらを見て救われた。だからお互い様よ」 「愛ちゃん…」憧れのアイドルに真っ直ぐに眼を見られ、無意識に畏まるさくら。 「変に意識されても、こっちが照れちゃうわ。今までと同じように、一緒に頑張りましょう。お互い対等な立場で」 その言葉と共に愛から差し伸べられる手。救われる側ではない、共に救う側になろうと誘う手。 さくらは少し躊躇うも、その手をしっかりと握って応えた。 「…うん。ありがとう。これからもよろしくね、愛ちゃん」 ―――――――――――― 8話後半であったかもしれない剛雄の話 ――――――――――――  その日も夢に最愛の息子、正雄が現れた。 俺は叫び、うずくまる。すまなかった、許してくれ――それを聞いた正雄は、悲しそうな顔を浮かべて去っていく。 俺は一人暗闇に取り残される。どうすればいい?どうすれば正雄は――。 左目の傷の疼きと共に目が覚める。…7年間見続けた、いつもの夢だ。  今日、男臭い事務所に似つかわしくない、可愛らしい葉書が届いた。フランシュシュのライブの知らせだ。 でももう会いには行けない。そう誓った。あの子は正雄じゃない。関係無い子に勝手な思いを重ねてはいけない。 ゴミ箱に無造作に捨てられる手紙を、黙って見送った。  終業時刻になる。仕事の間中、ずっと胸騒ぎがしていた。本当にこれで良かったのだろうか? ふと、Tシャツを買った時、あの子がほんの一瞬だけ見せた悲しそうな顔が頭をよぎった。 瞬間、衝き動かされるようにゴミ箱を引っくり返し、クシャクシャになった手紙を手に取る。 そのまま無我夢中で事務所を出て走る。間に合ってくれ。  辺りがすっかり暗くなった頃、会場に着いた。まだ終わってなかったようだ。心底安堵した。 「今日は、新曲があります!メインは、チンチクが担当します!…6号が担当します!」 自分を蹴った金髪の娘――2号さんが拡声器片手にアナウンスしている。6号…あの子の曲? 「聞いてください。『To my Dearest』」  新曲の披露を、固唾を呑んで見守る。全てを包み込むようなバラード。 間奏に入ると、あの子がステージの前に走り出た。 「会いに来てくれたこと、とってもとっても嬉しかった!絶対絶対忘れないから! ……大好きだよ!」 その言葉を聞いた刹那、衝撃と共に、過去の思い出が脳裏を走り抜けた。  正雄は7年前に死んだ。間違い無い。あそこにいるのは正雄じゃない。知っている。分かっている。解っているはずなのに。 それでも今、ステージで歌い踊る少女にはっきりと、最愛の息子の姿を見た。 涙が止め処無く溢れる。奇跡か夢か幻か、最早なんでもよかった。正雄の声が、確かに聞こえる。 「会いたくて 会いたくて いつか夢で また会えたら――」  その日も、夢に正雄が現れた。 すまなかった、許してくれ――いつもの言葉が喉から出てしまいそうになるのを堪え、精一杯の笑顔で正雄の頭を撫でる。 ――つらかっただろう。よく頑張ったな。お前は父さんの自慢の息子だよ。ありがとう。 その言葉を聞いて、正雄はようやく笑ってくれた。 それっきり、あの夢は見なくなった。  次の日。日常に戻り、普段通り仕事をこなす。 やがて昼飯の時間になる。今日も隣で新人が出前の注文を聞いている。 「俺、柏うどん、よかかな?」言いながらテレビの前に座ると、驚かれた。 流れるドライブイン鳥のCM。テレビの中であの子が、笑っている。 ―――――――――――― 9話と10話の間にあったかもしれないリリたえ ――――――――――――  星川リリィは悩んでいた。手元にはイカゲソ。目の前には今にもリリィに飛びかからんとする山田たえ。 休憩中に一人でイカゲソをつまんでいた所をたえに見つかってしまったのだ。 「たえちゃんダメだよ!これはリリィの分なんだからね!」「ヴァウゥゥ…!」一応釘を刺しておくが、大人しくしてくれる気配はない。 リリィの胸中で、以前に移動中の車内で自分の分のイカゲソを丸々たえに食べられてしまった、ちょっぴり苦い記憶が鮮明に蘇る。 今度はあの時の様にはいかない。しかし力では敵わないのは先の話で理解している。 このまま襲われたら、やはり取り返すのは不可能だろう。 (こんな時、さくらちゃんならどうするかな…?)  たえは生前の意識が一人戻ってないらしく、意思の疎通がほとんど出来ない。 その為に活動初期は本能のままに噛まれることもしばしばあった。 それでも数々の困難を共に乗り越えてきたおかげか、今では無闇に噛みついてくる頻度が減ったし、 メンバーも彼女の考えていることがなんとなく推測できるようになっていた。 中でもさくらには特に懐いている様で、彼女の言う事なら聞いてくれる可能性がとても高い。そのさくらなら、このイカゲソをどう守るだろうか? パターンA「たえちゃんだめ!これは私のやけん、取ったらご飯抜きにするとよ!」 (…違うなー。いつものさくらちゃんならこんなに強く叱ったりしないよ) パターンB「たえちゃんゲソ欲しいと?はい、どうぞ。私の分は気にせんでよかね」 (…さくらちゃんならもしかしたら全部あげちゃうかもしれないけど、それだとやっぱりリリィが食べられないからダメ。うーん…) 今一つ決めかねるリリィに、心の中のさくらが思考を促す。 「(リリィちゃんもたえちゃんも、二人とも嬉しくなる方法があるはずだよ。もっと考えてみよう?)」 (リリィも、たえちゃんも、二人とも嬉しい方法…二人とも…そうだ!)  長い様で短い熟考の末、リリィはたえから隠すように抱えたイカゲソを手に取る。 それを丁寧に半分に分けて、片方をたえに向けて差し出した。 「ねえたえちゃん?リリィと半分こしよっか。これたえちゃんの分!」 「ヴァア?…ヴァウアウ!」それを見て初めは少し訝しそうにしていたたえだったが、意図を理解したのか、嬉しそうに走り寄ってきた。 かぶりつくようにゲソを貪るたえを見て、リリィはホッと一息つく。 「そうだよね。一緒に食べた方が美味しいよね、たえちゃん?」 一人呟きながら、リリィも隣で残りのゲソを齧るのであった。  その後、二人で寄り添いながらうっかり眠ってしまい、気が付いたらすっかり暗くなっていたことと、 探しに来た誰かによっていつの間にか布団が掛けられていたのはまた別の話。 ―――――――――――― 6話でチェキ会に行く前にあったかもしれない会話 ―――――――――――― いつもの様に突然決定したチェキ会の支度中、リリィは少し気になることがあったのでゆうぎりに聞いてみた。 「そういえばゆぎりん、チェキって平気なの?」 「平気、とは?」ゆうぎりはきょとんとした顔でリリィを見る。 「昔の人って写真を撮ると魂を取られると思ってたって聞いたことあるんだけど…」 「ああ、お得意さんの中にその様な事を言う方がおりんしたな。 わっちらの時代の写真は一枚撮るのも難儀しんしたゆえ、魂が抜けるほど疲れるということでありんしょう」 「へぇー…大変だったんだね。でも今はボタン一つですぐに撮れるから大丈夫だよ!」 「それは楽しみでありんすなぁ。わっちも今の写真には興味がありんす」 無邪気に笑うリリィにつられて、ゆうぎりも微笑み返すのだった。 ―――――――――――― 7話の後に純愛が仲直りする話 ―――――――――――― サガロックから帰ったその日の夜。純子が水浴びのあと一人で紅茶を飲んでいると、愛が部屋に入ってきた。 「純子、いる?」「はい。なんでしょう水野さん」 純子の返事を聞くと、愛は決まりが悪そうにしながら、頭を下げる。 「その…今日はありがとう。純子のおかげで無事にステージを成功させることが出来たわ」 「いえ、気にしないで下さい。私の方こそ皆さんにご迷惑をおかけして、申し訳ありませんでした」 「それはお互い様よ。私も一人で焦って、皆に当たって…」 言いながら愛はソファーに座り、ため息を一つ吐いて続けた。 「情けないわね私。フォローするなんて格好つけておいて、結局純子や皆がいないと歌えなかった。プロ失格だわ」 もどかしそうに手を組んで自嘲する愛。その様子を見た純子は静かに口を開く。 「巽さんからお聞きしました。水野さんが亡くなった原因のこと。それを考えれば、仕方のないことです」 「…そっか。やっぱりアイツが説得したのね。珍しくプロデューサーらしいことしてくれるじゃない」 今朝、純子が外に出てきたのを見て、愛は幸太郎が何かしたのではないかと推測していたが、どうやら正解だったようだ。 「もう平気なのですか?」 「正直、もう怖くないと言えば嘘になるわ。…でも、皆がいるなら、安心出来る気がする」 純子の心配に、愛は努めて明るく振る舞う。 トラウマというのは簡単には拭い切れないもの。それが己の死因なら推して知るべしである。 純子自身、フランシュシュの皆がいるから高所恐怖症は治ったかと問われても、素直に肯定することは出来ないだろう。 故にそれ以上の追及はしなかった。 「あんたはどうするの?チェキ会」 今度は愛が純子に問う。そもそもの不和はこの話からであり、このまま有耶無耶にしてはいけなかったものだ。 純子ももちろんそれは理解していた。ティーセットを机に置いて、愛の方に向き直る。 「…あの部屋でずっと考えていました。巽さんから今のアイドルの事情を伺って、愛さん達の考えを誤解していたのも分かりました。 それでも…私には出来ません」 「そこまで聞いたなら、今はそのやり方じゃ駄目だって…」 「それが、私のキャラですから」 言いかけた愛を制するように、純子ははっきりと答えた。 穏やかに、しかし毅然と言い放つ彼女の姿に、愛はどこか圧倒された様に目を丸くし、やがて腑に落ちた様に笑みを漏らす。 「…なるほどね。あんたがそれを貫こうっていうなら、もう何も言うことはないわ」 「すみません、我儘を言ってしまって。例え今の時代に蘇ったとしても、やはり私は昭和のアイドルなんです」 「もういいのよ。あんたが自分を曲げられない頑固な人ってのは嫌ってほど分かったしね」 少し呆れた様な愛の軽口に、純子は思わず赤面して縮こまる。 昨日まであんなに頑なだった子のものとは思えない可愛らしさに、愛はつい可笑しくなってしまった。 「さて、じゃあ私はもう行くわ。明日も早いしね」 用は済んだとばかりに立ち去ろうとする愛に、純子が声を掛ける。 「巽さんが言っていました。フランシュシュは、時代を超えて、互いの想いを支え合う存在だと。 だから私も水野さんの、皆さんの力になりたいと思います」 「…私も同じ気持ちよ。改めて、これからもよろしくね。純子」 言葉と共に愛が右手を差し出す。仲直りの握手だ。 「はい。こちらこそよろしくお願いします、水野さん――いいえ、愛さん」 純子は優しく、そして固くその手を握り返した。 雷雲一過、澄み渡る佐賀の夜空の様に、二人の心は晴れ晴れとしていた。 ――――――ここから本編とは関係無い話―――――― ―――――――――――― アニメージュの表紙の話 ―――――――――――― 「こういうのはもっとガバーッとくっついとった方が受けがいいんじゃい!もっと大胆に攻めんかーい!」 幸太郎のヤジが飛ぶ中、さくら・愛・純子の3人は撮影ブースの中で円陣を組んでいた。 今日は3人で雑誌で使うグラビアの撮影。こういう仕事は既に何本かやってはいたが、 なにぶん元素人と昔の人×2では過激化が進む路線になかなか慣れず、今はポーズの会議をしている所だ。 「愛ちゃんと純子ちゃんはそれでええんと?」「早く終わらせるにはやるしかないでしょ…!」「それしかなさそうですね…」 相談の末にさくらと愛が向かい合わせに、純子がさくらの後ろに付き、全員で抱き合う形となった。 「おっ!いいねーそういうの!じゃあそれ撮るからねー!笑って笑ってー!」カメラマンがシャッターを切り始める。 「(愛ちゃんの顔が近いとよぉ…今更やけど伝説のアイドルだけあってがばいやらしか…)」 「(さくらって自分じゃアピールしないけどやっぱり胸大きいわよね…)」 「(愛さん腰細い…さくらさん柔らかい…)」 3人の笑顔が心なしか赤く見えるのは、チークのせいか、照明で暑くなってるせいか、それとも…。 ―――――――――――― ある日のさくらの日記 ―――――――――――― ○月×日 サキちゃんがフランシュシュの活動日誌を書いてることを知ったので、私も真似して書いてみようとこうしてペンを取っています。 もしかしたらまた記憶喪失にならないとも限らないし、その時にこれを見て思い出せたらよかと…って ダメダメ!ここでくらい暗いのは無し!さくら反省!あっ、今のダジャレじゃなかよ! それにしてもサキちゃんはすごい。最初はちょっと怖かったけど、ああ見えて責任感が強くて、まとめるのが上手。 面倒見も良くって、リリィちゃんと話してると、まるで姉妹みたいだなーっていつも思っちゃう。さすがリーダーって感じ! でもそういうの面と向かって言ったらすぐ「ぶっころすぞー!」って怒るんだ。照れ屋さんな所がやらしかとね。 サキちゃんの良い所はもっとたくさん書きたいけど、眠くなってきちゃった。 夜も遅いし、そろそろ寝なきゃお肌に悪いけんね。ゾンビだけど。 明日もいい日になりますように。おやすみなさい。 ―――――――――――― ある日のさくらの日記2 ―――――――――――― ×月□日 今日は愛ちゃんと純子ちゃんと写真撮影があった。私達なんと雑誌の表紙を飾るんだって!すごかね! それでポーズを決める時に愛ちゃんと純子ちゃんと3人で抱き合っちゃった! 愛ちゃんも純子ちゃんも改めて間近で見るとがばいやらしくて、全然目が合わせられなかったよ~。 それにがば細かった~。羨ましい!腰とか折れちゃいそうなくらいキューッてなってるの。 さくらも少しはダイエットした方がいいのかな?ていうかゾンビって痩せるのかな? って聞いたら愛ちゃんが「さくらはそのままでいいのよ」だって。純子ちゃんもうんうんって頷いてたけど、ほんなこつ? でも緊張したけど楽しかったなー。またこんなお仕事が来るように、これからも頑張ろう! ―――――――――――― ファン視点のスレがあったので思いついたドルヲタのレビュー風 ―――――――――――― ★★★★☆ 粗削りながら不思議な魅力。今後に期待 レビュアー:アイドル大好き 2018/xx/yy 最近佐賀で新たなご当地アイドルが存在感を増しているらしい。その名もフランシュシュ。 情報を得ようとHPを見てみれば前時代の古臭い作りで、メンバーの名前は個人名ではなく番号。 噂によればかつては手足や首が取れるという手品をやっていたこともあるとか。 アイドル戦国時代の今はキワモノなど珍しく無いが、そこは小生もマニアの端くれ。一応見ておくかと一路佐賀へ。 ライブハウスに赴けば、驚くほど幅広い年齢層のファンが出迎えてくれた。 手近にいたヘビメタ風の二人に話を聞いてみれば、ここはいつもこんなものだという。 謎が深まる中ライブが始まった。蓋を開けてみれば、キワモノという話はどこへやら。驚くほど正統派だ。 3号のダンスと4号の歌唱力は特筆すべきものだったが、個々の実力はまだ発展途上。 だが、高いチームワークから生み出されるパフォーマンスは、激しい情熱に溢れていた。 帰り道、興奮冷めやらぬ頭で誰推しになろうかと佐賀の夜空に問うのであった。 追伸 物販で売ってたTシャツは超ダサかった。ここは変えた方がいいと思う。 ―――――――――――― どこかであったかもしれない真面目な話 ―――――――――――― 「失礼します。飲み物を持ってきたのですが」 純子がコーヒーを持って幸太郎の自室に入ると、彼はちょうどギターを持って作曲中だった。 「ああ。そこに置いといてくれ」一瞥もくれずに素っ気無い返事。どうやら今は真面目モードらしい。 邪魔しては悪いと思いつつも、せっかく来たのだし、と純子は会話を続けた。 「幸太郎さんはすごいですね。ピアノもギターも弾けて、幅広いジャンルの曲が作れて。 私が生きていた頃にも、そこまで出来るプロデューサーはそう多くはありませんでした。何かコツでもあるんですか?」 幸太郎はギターを弾きながら答える。 「そんなものは無い。出来る必要があったから覚えたまでだ。お前達をプロデュースする為にな」 「どうしてそこまでするんですか?私達の為に…」 純子の疑問を聞いた幸太郎は、ギターを置いて立ち上がり、こちらに向き合い、続けた。 「純子、オルフェウスの神話を知っているか」 「オルフェウス…死んでしまった恋人を追いかけて死の国へ行ったという人ですね」昔の人間でもそれくらいは知っている。 「そうだ。オルフェウスは恋人を返してもらおうと冥王の前で竪琴を弾き続けた。その美しい旋律は冥界中を魅了し、 心を動かされた冥王はついに恋人を地上へ連れ帰ることを許可した」 「それが、なにか関係があるんですか?」 「…いや、なんでもない」そう言うと幸太郎はほんのわずか暗い顔をした後、すぐにいつものハイテンションになり 「お前らみたいなゾンビィの為に働くんはハチャメチャに大変って話じゃーい!わしはこん通り忙しいんじゃ!さっさと寝ろボケェー!」 と純子を追い出してしまった。  ドアの前で立ち尽くす純子。それなりに長く同じ時を過ごしてきたが、やはり幸太郎の心の内は黒いサングラスに遮られたままだ。 頭の中で先ほどの会話を反芻する。 オルフェウス。死者を死の国から連れ戻そうとした生者。どういうわけか成功しているという点では異なるが、まるで幸太郎のようだ。 だとしたら、幸太郎が蘇らせたかった人とは…死の王に願ってまでアイドルをやらせたかった人とは一体? 自分は生前に彼らしき人物と会った記憶は無い。会っていたとしても時を経た今では相当の年齢のはずだ。 じゃあ他のメンバーと関係が? 次々と溢れる疑問を解決できず、もやもやした気持ちを抱えながら、純子は寝室に戻るのであった。 ―――――――――――― サイゲフェス2018イベントステージの前にあったかもしれない話 ――――――――――――  フランシュシュの一日は牢獄での朝礼から始まる。 今日もいつも通り黒板の前で幸太郎が新たなる指令を告げた。 「はい皆さんおはようございまーす!今日はー、今までで一番超ビーッグな仕事を取ってきました!はい俺超凄い!偉い!」 「今までで?」「一番の?」「超ビッグ?」「ヴゥウウ」ピンと来ずに聞き返す一同。 「ヒントはー、佐賀県で今一番ビーッグなウェーイブに乗ってるビーッグな企業のお仕事です、はいさくら!」 突然のクイズに慌てるさくら。これもいつものことだ。幸太郎にとってさくらはからかいやすい対象らしい。 「ええっ!?えー…久中製薬さん?」「はいそうですねー確かに文句なしのビッグです…って、 お前らが前案件潰したせいで顔も見に行けんわボッケェー!!」いつの間にかさくらの目前に現れた幸太郎は、さくらをノリツッコミで威圧した。 「相変わらず話がまどろっこしいわね」愛が呆れ顔でぼやき、「早く言わねーとブッ殺すぞ!」サキが急かす所までがいつもの一連の流れだ。 冷たい空気を感じた幸太郎は咳払いを一つして黒板の前に戻り、発表を続ける。 「いいだろう、お前ら驚き過ぎて目ン玉ポロリするなよ?ビッグウェーブな仕事、その正解は!…ドゥルルフスー…ドルルスー…」 と思えば再びもったいぶりだした。出来てないドラムロールの口真似がメンバー(主にサキと愛)を更に苛立たせる。 そうして少々の時間を浪費したあと、幸太郎は勢いよく黒板を叩き、裏返した。 「はいドーン!!サイゲームスフェェース!インンー…まぁぁーく張!ムェッセッ!!!」 「えっ…」反転した黒板にははっきりと、"Cygamesフェスin幕張メッセ"の文字が踊っていた。 「「「「「「えええええええーーーーーっ!!!!???」」」」」」「ヴァアアアアア!!」  一瞬反応が遅れるほどの衝撃がメンバーを襲い、狭い牢獄はにわかに騒がしくなる。 「サイゲームスさんって、前会社見学に行かせてもらった!?」「幕張ってどこだ!?東京!?」「嘘でしょ…!?」「信じられません…!」 「幕張めっせというんはなんでありんすかリリィはん?」「会社が発表会をしたりするのに使うすっごい大きな会場だよ!」 「んーお前らナーイスリアクション!そういうの期待してました!正直俺も初めは驚いた!」 驚愕のゾンビ達とは対称的にご満悦といった表情を浮かべる幸太郎。 「お前らにはそこでライブを行ってもらう。安心しろ、当然ワンマンではなく数あるイベントステージの一つという扱いだ。 だがそれでもオーディエンスの数は1000人を超えるだろう。間違いなく今までで最大のチャンス!必ずモノにしろ!」 1000人。やはりビッグウェーブの企業が用意した大都会のハコは集客力が違う。 サガロック並かそれ以上の、想像を遥かに越える規模に、ゾンビ一同の顔は俄然引き締まった。 「ちなみに当日は俺も少々ステージに参加する」「は?」 「いやー!先方に「良い声ですねー!ナレーションとかやってみませんか?(高い声)」って言われちゃったからなー!」 おまけについてきた、心強いようなそうでもない様な複雑な情報に、ゾンビ達の引き締まった顔は急激にしかめられた。 「なんか急に嫌な予感ばしてきたとね…」 リーダーの予感が見事的中することになるとは、もちろん今は知る由もない。 ―――――――――――― ゾンビィ動体視力という言葉を思いついて使いたいばかりに考えた正月にあるかもしれない話 ――――――――――――  「ハァ…ハァ…なかなかやるじゃないリーダー…!」 「…ッハァ、ハァ…!お前もな…愛…!」 砂塵が逆巻く荒野の中、息を切らせるサキと愛。二人の顔はもはや表情も分からぬほどに真っ黒だ。一体何が起こったというのか。 時間は少しばかり遡る。  始まりはいつもの朝礼だった。 「はいフランシュシュのみなさんあけましておめでとうございまーす!今年もよろしくお願いしまーす!」 「……」「なんじゃいお前ら、いつもはまあ許してやるが今日ぐらい挨拶せんかい!」 そう、今日は元日。お正月である。いつもはともかく、フランシュシュ一同とて年始の挨拶くらいは返すつもりであった。本来ならば。 「いえ…幸太郎さん、あの…その格好は…?」さくらがおずおずと質問する。それがメンバーが絶句している理由だ。 幸太郎は正月らしく紋付き袴…の上になぜかいつも通りジャケットを羽織り、頭にチョンマゲのカツラを雑に載せた状態で現れたのだ。 言うまでもなくサングラスも標準装備である。 「グラサンお前…正月からふざけてんのか?」サキが凄む。 「いくらなんでもセンス無さ過ぎ」愛が辛辣な言葉を投げかける。 「その…大丈夫ですか?」純子の気遣いの言葉が逆に痛々しい。 「さすがのわっちもそんな大名は見たことありんせんなあ」ゆうぎりはいつでもマイペースだ。 「超ダッサ」とどめにリリィの黒い一言が突き刺さり、 「なんじゃいなんじゃい!俺がこんな格好しとったらいかんのかい!あーじゃあもういいでーす!もう知りませーん!ふーん!」 幸太郎は大の大人がするにはだいぶみっともなく拗ねてしまった。 「こ、幸太郎さんしっかりしてください!みんなもあんまり言ったら可哀想とよ!」さくらが一応フォローするも、 「じゃーさくらはあれがいいのか?マジで?」「え、えー……」サキの問いには顔を背けて黙さざるを得ない。 そうこうしていると知らぬ間に立ち直った幸太郎が、大きな箱を持って立っていた。 「はい、というわけでね、せっかくの正月休み、お前らゾンビィはさぞ暇を持て余すだろう、と思って俺からお年玉を用意しました」 ガシャンと音を立てて箱がさくらの足下に置かれる。 「お年玉?」「うむ、開けてみろさくら」促されて開けてみると、そこには昔ながらの正月遊びの道具が入っていた。 他の面々も集まり中をのぞき込む。 「わぁ、懐かしいです」「ええ、子供の頃はこういうので遊んだことあるわ」懐かしむ愛と純子。 「これがお年玉ー?リリィちょっとがっかり」メンバーの中では一番現代っ子だったリリィが少し落胆した様子を見せる。 「なんだチンチク、こういうのやったことないんか?あたしが教えてやろうか?」サキがからかうように申し出ると、 「えーサキちゃん教えるの下手そうー」「なんだとチンチクぶっ殺すぞ!」案の定嫌そうにするリリィにカッとなる。 「リリィはんにはわっちが教えんしょう。こう見えて、童の頃は名人と呼ばれんした」「マジかよ!やっぱ姐さんすげえな!」 それぞれがそれぞれの反応をする中、さくらが嬉しそうに幸太郎を見上げて言う。 「幸太郎さん、これ本当にもらっていいんですか?」 「うむ。故きを知ることで新たに得るものもあるだろう!ゾンビィ達よ、せいぜい遊び倒すがよい!」 そう言い残し、幸太郎は満足げな笑みを浮かべながら部屋を出て行った。  幸太郎が去った後も箱の中を漁るゾンビィ一同。 「おっ、羽子板あった!誰か羽根突きしようぜ!」羽子板を見つけたサキが対戦相手を募る。 「なら私が相手するわ。正月でも体は動かしておかないとね」愛が受けて立つ。 「羽落としたら顔に墨な。先に塗れなくなった方がおせち一品譲るってことで」 「いいわよ。あんたの顔を真っ黒にしてあげる」「そりゃこっちの台詞だ!」 軽口を叩きながら二人は庭に移動する。もちろん特殊メイクは既にしてある。 両者の合意の下に今、おせちがかかった非情なるデスマッチが始まった。 片や生前はケンカで名を馳せた伝説の特攻隊長。片やグループのダンスリーダーで、死した今でもトレーニングを欠かさない伝説のアイドル。 フランシュシュでも運動能力の高い二人が演じるラリーは――正に一進一退、壮絶を極めた。 勝負を続ける内に二人はすっかりヒートアップし、お互いの姿以外何も見えず、何も聞こえなくなっていた。もはやなぜ戦っていたかも覚えていまい。 「ハァ…ハァ…なかなかやるじゃないリーダー…!」 「…ッハァ、ハァ…!お前もな…愛…!」 ここで冒頭に戻る、というわけである。ちなみに他のメンバーは二人を放って他の遊びをしていた。  今や二人の顔は塗る所が無いほどに墨まみれだ。故に次の打ち合いで必ず勝負は決する。互いがそう理解した次の瞬間! 「これで終わりだ!うおおお夜露死苦ーーッ!!」裂帛の気合と共に羽を宙に躍らせ、振りかぶるサキ。サービスエースで決める気だ! 「(来る!)」愛は腰を低く落とし最後の一打に備える。両者のニューロンが加速し、時間感覚が泥めいて鈍化した。 サキはこれまでの打ち合いの中で学んだ、愛が届かないギリギリの位置を狙う! 愛は自らのゾンビィ動体視力をもって、サキの羽子板から打ち出される羽を確かに捉える! 高速で駆動するニューロンが瞬時に着弾位置とタイミングを割り出した。…際どい?いや、届く! 愛は確信と共に地面を蹴り、全身を限界まで伸ばして羽を迎撃する。生前から続く不断の努力で培った愛のゾンビィ身体能力が、それを可能にする! 「「いけええーーーっ!!」」二人の叫びがシンクロしたその時! 「いつまでカンカンカンカンやっとんじゃい真っ黒黒すけゾンビィどもー!!!もう昼飯の支度とっくに出来とるわーーー!!」 緊迫した空間を破るように幸太郎の大声が響く。二人が呆然とする中、羽は地に落ち、勢いのまま転がって、その内止まった。 こうして、二人の羽根突き勝負はいささか不本意な形で終了する形になった。  「あたしが先に打ったのを愛が落としたけん、あたしの勝ちだな」 「あんなのノーカウントでしょ。食べ終わったら続きやりましょ」 「いーや間違い無くあたしの勝ちだ!」「なによ!」 墨とメイクを落として部屋に戻る間、勝負の興奮のままに、決着がつかなかった苛立ちをひとしきりぶつけ合う。 「…フフ」「ヘッ…」 やがて二人は、顔を見合わせて笑い出した。 「…楽しいわね」「ああ、あのまま心までゾンビやったらこうはならんかった」「本当。生きてて良かった」「もう死んでっけどな」 「サキちゃーん!愛ちゃーん!みんな待っとるよー?」さくらの呼ぶ声。 「今行くー!」「あたしの分勝手に食ったらぶっ殺すぞー!」 フランシュシュの苦しくも楽しい1年が、今年も始まる。 ―――――――――――― 愛ちゃんのDVD見てサキちゃんが泣くという画像を見たので書いたサキ愛 ―――――――――――― 「なあ愛、これお前のCD?」 サキがそう言いながら私がいた頃のアイアンフリルのライブDVDを持ってきた。聞けば幸太郎の部屋からくすねてきたらしい。 「全国制覇したアイドルのCDとかがば参考になる奴やん!一緒に聞こう!な!」 「いいけど、これCDじゃなくてDVD。あんた見方分かるの?」「…?何だそれ?」 案の定知らなかった。教えるより自分でやった方が早いので、二人で幸太郎の部屋に戻り、パソコンにDVDをセットして視聴を開始する。 サキはこうして見つかってしまったから仕方ないとはいえ、なぜ他のメンバーを連れてこなかったかというと、やっぱりちょっと気恥ずかしいからである。 「おー!おー!でけー会場だなオイ!お前すげーな愛!」素直な褒め言葉がくすぐったい。 しばらくライブを二人で見ていると、途中で舞台裏のドキュメンタリーパートに移った。こんなものも撮ったっけ。 画面の中でリポーターが質問する。「どうしてそんなに頑張れるんですか?」 画面の中の私が答える。「失敗とか後悔を、全然ダメだと思ってないからです」 懐かしい。確かにこんなこと言った覚えがある。今でもそれは変わらないつもりだけど。 ふと隣を見ると、なぜかサキが号泣していた。「愛ぃ…お前…お前がばい気合入っとったっちゃな…!」 そこまで感動されるとは思わず軽く面食らったものの、悪い気はしない。アイドルをやることで誰かの心を動かせるのは本望だ。 サキの他にもそんな人が一人でも多くいればいいし、これからも、フランシュシュの一員として、そういう人を増やしていきたい。 過去の自分を見ながら、密かに誓うのだった。 ―――――――――――― 定番学園パロディ ―――――――――――― 私、源さくら!佐賀高校に通うピッカピカの1年生!憧れの高校生活、精一杯青春するんだ! ところが大変!佐賀高校があと3年で廃校になっちゃうんだって!どやんすどやんす~!? 廃校を防ぐ為に私に出来ることってなんだろう?そうだ!アイドルになって学校の知名度を上げればよかね! というわけで同じクラスでダンスが得意な愛ちゃん、ちょっと怖いけど度胸は満点のサキちゃん、 それに上級生で歌ががばい上手い紺野純子ちゃんとセクシー美人のゆうぎりさんに協力してもらって、アイドルグループ爆誕! 巽先生改め巽プロデューサーの下で1年間頑張った結果、新入生の数がちょっと増えたよ!やったね! その中にはあの天才子役の星川リリィちゃんもいて、勧誘したら私達の仲間になってくれるって! 結果が出るまであと2年!私達の佐賀高校を救う戦いはこれからだ! 「という夢を見たっちゃけど…」 「夢の話かい!つか意味分からん!」「それだと私達が3年になった時に純子達どうなるのよ?」 「この格好で言うのもなんですが、私はもう高校生という歳ではないですね…」 「あいどるというのは寺子屋でも出来んすか?」「ねーたえちゃんはー?」「ヴァウ?」 ―――――――――――― 幸太郎の部屋を家探しするサキさくの話 ―――――――――――― 「なあさくら…グラサンが風呂入ってる間にあいつの部屋物色しねーか?」 「なっ!サキちゃん!?」突然のサキの提案に驚くさくら。 「あいつも男やけん、あたしらみたいな女所帯できっと溜まるもんもあるやろ?なんかエロいもんとか絶対隠しとる!」 「それは…まあ…そうかもしれんけど…って、い、いやいや!そやんかことしたらいかんよサキちゃん!」 いかにさくらとて、健全な男なら女に対し思う所があることくらいの想像は付く。 ましてゆうぎりの様なセクシーな女性がすぐそばにいるのだ。果たしてあのサングラスの奥の視線が何を見ているものか。 そう考えるとさくらはなぜだか落ち着かない気持ちになった。 「もしかしたら、あたしらの写真でいやらしいことしとるかも知れんとぞ?そんなん許せんやろ?」 「それは、確かに…はっ!と、とにかくダメだよ!幸太郎さんにだって見られたくないものがあるだろうし」 「…ふーん?」 モヤモヤを払う様に強く否定する。しかし口では止めつつも既に興味津々なさくらの表情を見逃すサキではなかった。 もうひと押しあればイケる、とばかりに真剣な顔を作り、畳みかける。 「なあさくら。よく考えたらあたしらあんグラサンのことなんも分かってなかと。このままじゃあいつを信用なんかできるわけなか。 ヘッドが信頼できねーチームはすぐダメになる。そう、これはフランシュシュの為に必要なことなんだ。分かるとやろ?」 「そ、それは…うん…サキちゃんの言う通り…かも…」サキはさくらの心の牙城が崩れる音を聞いた。 抜き足、差し足、忍び足。幸太郎の部屋に入り、中を検める。 そういえば、二人とも幸太郎との話し合いの為に何度か入ったことはあるが、こうしてじっくりと部屋の中を見るということは無かった。 二人はどこか新鮮な高揚感に包まれながら周りを見渡す。 部屋に入ってすぐ出迎える、来客用に備えたものと思しき1対のソファーと小さなテーブル。 外周を取り囲むように置かれた本棚には、隙間なく分厚い本と、恐らく研究用であろう新旧アイドルのCDとDVDが敷き詰められている。 それに暖炉。その上に飾ってあるのは、多分お高い絵画。 奥には立派な椅子と、パソコンと本が置かれた大きな長机。手前には作曲用のピアノ。その足元にも本が雑多に積まれている。 ソファーの上にはギターと、棒が何本も突き出たよくわからないもの――二人は知らないが、バグパイプというイギリスの楽器である――が無造作に置かれていた。 「うーん…パッと見はそれらしき隠し場所は見当たらんな…じゃあこん中か」 サキはパソコンに手を置いて考える。 「あたしはこういうのさっぱりやけんなー。さくらー?パソコン分かるかー?」 「使ってた気はなんとなくするっちゃけど…ごめんね」本棚に並ぶ背表紙を眺めながら答えるさくら。自分にはさっぱりわからないものばかりだ。 「そっかー…じゃあ愛がいないと駄目だな。時間もねーしやめとくか」 「それがよかと。幸太郎さんが戻ってこない内に早く帰ろう…ん?」本と本の間に何かが挟まっているのを見つける。 なんだろう?手に取ってみる。白い紙…写真?裏返して表を見るとそこには…。 「どうしたさくら?なんかあったか?」 「な、なんでもないとね!行こサキちゃん!」 サキがこちらに来てのぞき込もうとするのを慌てて制し、写真を元の場所に戻した。そのまま動揺を隠して退散する。 「(なんで私の写真が…?しかも…覚えてないけど多分生きてた頃の…。幸太郎さんって一体…?)」 部屋に来る前とは違う謎が、廊下を歩くさくらの脳内で渦巻き続けるのだった。 ※幸太郎の部屋に置いてあったものはDVD以外は全部8話の室内の描写で確認 ―――――――――――― 枕の話 ―――――――――――― 「はい皆さんおはようございます!早速ですがお知らせです!またしても資金が尽きました」 いつもの朝礼が始まった瞬間、いきなりの衝撃的展開がフランシュシュを出迎える。 「お前ぶっ殺すぞ!」「ま、まぁまぁサキちゃん。それでまた営業ですか?」 「うむ!案件は既に取ってきてある!さすが俺!というわけで、はいこちらドーン!」 幸太郎の一押しで黒板が裏返り、表に見えるは仰々しく書かれた"枕"の一文字。 「はぁ!?ちょっと待ちなさいよ!何考えてるの!?」たった一文字で何かを理解したのか、即座に立ち上がり強く反対する愛。 「私もです。こんな仕事出来ません」顔を真っ赤にして俯き、同調する純子。 「俺が考えてることは常に2つ。佐賀のこと、そしてお前らのことだけだ。決まった以上は全力でやってもらう」真顔で答える幸太郎。 突然凄い剣幕で怒り出した二人に挟まれたさくらは「どやんす?どやんす~?」と呟きながらオロオロするばかりだ。 ちなみにリリィは二人が激昂した理由をなんとなく理解していたが、二人の勢いに気圧されて硬直しており、 サキは芸能とは縁遠い生活に身を置いていたのでそもそも分かっていなかった。 「ふざけないで!あんたのこと見損なったわ!」「幸太郎さん、信じていたのに…!」 怒りが収まらない二人を見て、幸太郎は頭上に疑問符を浮かべながらこう告げた。 「…お前らなんか勘違いしとりゃーせんか?」「「え?」」 実際に現場に向かってみればなんのことはない、ただの寝具のCM撮影だった。 撮影用のパジャマに着替えて出てくる7人。その中で顔を真っ赤にする愛と純子を見て、幸太郎は一人思う。 「全く、こんなやーらしかゾンビィ達にそんなことやらせるわけなかろうが。あ、ほっぺ沁みる…」 両頬に綺麗な紅葉を作りながら。 ―――――――――――― ローリングストーン誌の話 ―――――――――――― 「大丈夫ださくら…俺が付いている…ルィラァックスしろ…」「は、はい…幸太郎さん…」 頬を赤らめるさくらを甘いウィスパーボイスで優しくリードする幸太郎。二人の顔と顔がどんどん近くなり…そして…。 「よっしゃ撮影行ってこーい!GOGOGOGOゴーーーーッ!」「ええええええーーーっ!?」 そのままさくらの両肩を掴むやいなや、瞬時に反転させてドアの方へ突き飛ばした。思わぬ不意打ちにたたらを踏むさくら。 そう、今日は雑誌の撮影の仕事だ。ただしさくら一人の。 事は少し前から始まる。なんと有名音楽誌がフランシュシュを特集してくれるという話が舞い込んできたのだ。 そこで記事に載せる為のメンバーの写真を撮りたいというのだが、それとは別にさくら単独の画も欲しいという。 これまでずっと全員揃っての仕事だった中で少し変わった条件だが、幸太郎もさくらの更なる成長に期待して了承した。 こうして幸太郎とさくらの二人だけで現場にやってきたわけなのだが。 「はぁ…どやんしよ…私一人で撮影なんて…。しかもこの衣装、肩とかお腹とか出ててがばい恥ずかしいとね…」 生前にも死後にも着たことがない露出度の高い衣装に身を包んださくらは、控室でガチガチに緊張していた。 深呼吸したり、人の字を手に書いて飲み込んだりしたものの、やはり不安は消えない。 つい先日まで一人にしてほしいと散々ゴネたのが嘘の様に、隣に誰もいないのが心細くなってきた。 「みんながおらんとすげんなか…」そんな呟きも虚しく空に響いたその瞬間。 「俺がおるじゃろがーい!!」控室のドアが勢い良く開け放たれた。 「こ、幸太郎さん!?」 「打ち合わせ終わったから呼びに来てみれば、なーにを一人ジメジメロンリーゾンビィしとるんじゃいボケェー!」 言いながらズカズカと歩み寄る幸太郎。 反射的に後ずさりしてしまうさくらだが、狭い部屋の中で逃げられるはずもなく、あっという間に追い詰められてしまった。 「で、でも…やっぱり私一人でなんて…」 「…いいかさくら。俺はお前になら出来ると思ったからこそ、この仕事を受けた。 心配するな。一人で心細いというなら、俺があいつらの分もお前の背中を押してやる。お前はお前の仕事を全力でこなせばいい」 「幸太郎さん…」幸太郎の説得が熱を帯び、二人の距離が近づく。 「大丈夫ださくら…俺が付いている…ルィラァックスしろ…」「は、はい…幸太郎さん…」 頬を赤らめるさくらを甘いウィスパーボイスで優しくリードする幸太郎。二人の顔と顔がどんどん近くなり…そして…。 「よっしゃ撮影行ってこーい!GOGOGOGOゴーーーーッ!」「ええええええーーーっ!?」 そういうわけで冒頭の状況に戻る。 「もう、相変わらずムチャクチャするとね」控室から力ずくで追い出されたさくらは、ため息交じりに独り言を漏らした。 「…でも、なんだか元気が出てきた気がする。幸太郎さんのおかげかな」 スタジオに向かう足取りが軽い。いつの間にか緊張が解れていたことを自覚する。 歩きながら、なんとなく昔のことを思い出す。 アイドルになりたいという夢を応援してくれた同じクラスの男子がいて、彼も「僕が応援してるから、きっと大丈夫」なんて言ってたっけ。 「(もう会いには行けないっちゃけど、今はどやんしとるかな?私、こんな形でも夢を叶えて頑張っとるよ、乾君)」 一度立ち止まり、誰に見せるともなく両手を胸の前で握りしめ、気合を入れる。 そんなさくらの後ろ姿を、幸太郎は控室の入り口から満足げに覗いていた。 ―――――――――――― さくらの趣味:お菓子作りな所が書きたかった話 ―――――――――――― 「みんなに助けてもらったお礼と、迷惑をかけたお詫びがしたい」 源さくらがそう言い出したのは、アルピノライブが終わった次の日の朝であった。 もちろんフランシュシュ一同は口を揃えて「そんなの気にしなくていい」と言ったのだが、 ライブ前に散々てんやわんやした通り、妙に頑固な所があるさくらはどうしてもと言って一歩も譲らない。 その内に皆の方が先に折れ、「お礼ってお前、じゃあなんが出来っと?」とリーダーが尋ねてみれば、 「もうすぐクリスマスだし、手作りクッキーをプレゼントしようと思っとって。私こう見えてお菓子作りが趣味だったとよ?」 と意外にも自信ありげに答える。 まあクッキー程度で納得してくれるならとメンバー全員が承服し、ここにさくらのクリスマスクッキー作戦が開幕した。 さらに次の日。未だ残る雪の中でなんとか材料を調達したさくらは、鼻歌交じりにクッキーの調理を始める。 生地を作り、型で抜いて、オーブンで焼く。ゾンビになっても体が覚えているシンプルな作り方だ。 「(お菓子作りなんてずいぶん久しぶりとね…みんな喜んでくれるといいな)」 丸、四角、星、ハート。取り取りの形に成形されたオーブンの中のクッキー達を見ながら、さくらは期待に胸を膨らませる。 期待――もう恐れなくてもよくなったもの。こんなにむず痒く、心地良いものだったなんて。これも皆のおかげだ。 その喜ばしさと、仲間への親愛をたっぷりとこのクッキーに込めた。 きっと伝わってくれるはず。なんてったって、料理は愛情なんだから。 「クッキー焼けたよー!」さくらの声に呼ばれ、メンバーが集まる。 「みんな…改めて、ありがとう。これからもよろしくお願いします」 お礼の言葉と共にそれぞれにクッキーを手渡す。 「へへっ、マズかったらぶっ殺すぞ?」などと軽口を叩きながらサキがまず先陣を切って一口、そして一言。 「うめー!すげーなお前!なんだよ、ちゃんといいもん持っとるやんか!」期待以上の大絶賛だ。 他の面々も次々手に取り、「美味しいです…」「さくらちゃんすごーい!」「ええ、お上手でありんす」「ヴァウ!!」と好評を示す。 「やるじゃないさくら。こんな特技があるなんて」生前はさくらの憧れだった愛も笑顔で褒めてくれた。 「はぁー良かったぁ…」皆の感想を聞いてほっと胸を撫で下ろすさくら。 こうして見事クリスマスクッキー作戦は成功で幕を閉じた…と行きたい所だが、もう一つ、やるべきことがあった。 「幸太郎さん、少しいいですか?」夜、丁寧にラッピングしたクッキーを片手に幸太郎の部屋を訪れるさくら。 「なんじゃい、寒いからとっとと入らんかい」室内から届く、我らがプロデューサーのぶっきらぼうな返事。 さくらはそそくさと部屋に入り、早速手に持ったクッキーを渡そうとする。 「あの、迷惑かけたお詫びとお礼に、クッキーを焼いてみたんです。どうぞ」「そうか」 さくらから差し出されたクッキーを、幸太郎は存外あっさりと受け取った。 いつもの調子で怒鳴られるのを覚悟していたさくらは、少し拍子抜けした様子で幸太郎の顔を覗き込む。 そんな感情が顔に出ていたのか、幸太郎はこう続けた。 「気にしなくていい…と言っても聞くつもりは無かっただろう?お前は一度決めたらなかなか曲げないからな」 仲間とのやり取りはしっかり見抜かれていたようだ。さくらは少し照れ笑いして、幸太郎にも改めてお礼を言う。 「その…ありがとうございます。今こうしていられるのも、皆と幸太郎さんが見捨ててくれんかったおかげです」 「そう思うなら、あんなのはあれっきりにしろ。これからもそうするつもりは無いが…あまり疲れることをさせるな」 虹の松原で自らが叫んだ内容を思い出したのか、幸太郎は言いながら耳を赤くして顔を背けた。 そんな彼が急に可愛く思えて、さくらの中に珍しく悪戯心が沸き出す。 「約束は出来ません。だって私、"持っとらん"けん」少し意地悪な返答。これに対し彼は…。 「…やっかましいわヘナチョコゾンビィー!俺が持っとるから問題無いっつったら無いんじゃーい!なんべんも言わすなよこん…ボケェーーーー!!」 何かを誤魔化す様に大声で一気にまくし立て、その勢いのままクッキーをがっつくように口に入れた。 「お前程度の持っとらんクッキーなんかな…この俺が…こうやって…」噛み砕き、咀嚼し、飲み込む。その様子を呆気に取られながら見守るさくら。 「……美味い」我知らず漏れ出たその感想を聞いた瞬間、彼女の顔はぱぁっと明るくなった。 「良かったぁ…みんなには美味しいって言ってもらえたっちゃけど、幸太郎さんはどやんかと思っとって」 「ふん、これで分かったか。お前の持ってなさなんて持ってる俺にかかればこの通りだ」 安堵するさくらを見て、なぜか勝ち誇る幸太郎。その子供みたいな反応がますます可愛くて。 「えー…?まだ信じられません。やけんもう一個食べてほしか。はい、あーん」さくらは自らクッキーを持ち、幸太郎の口へと導く。 「あーんてお前、そんなんやるかお前、そんな、そんな恥ずかしいこと出来るかボケェーッ!!」 今度は慌てふためいた。反応がコロコロ変わるのがどんどん面白くなってきて、さくらもつい大げさに落ち込んでみる。 「出来ないって…あの言葉は嘘だったんですね…はぁ…やっぱり私持っとらん…」 「おま、お前さくら、後で覚えとけよお前…」 観念した様に開けられた彼の口に、さくらはそっとクッキーを押し込んだ。 ―――――――――――― あるかもしれない未来の話 ―――――――――――― 巽幸太郎が死んだ。激務の末の心因性ショック死、いわゆる過労死であった。 フランシュシュの裏方作業を一手に引き受けるその膨大な仕事量は、ゾンビィ達も良く知っていた。 それが体を壊す危険性を大いに孕んでいたことももちろん承知しており、実際に幾度も咎めたことがある。 しかし彼はその度に「佐賀を救う為には休んでいる暇などないんじゃい!」と突っぱねた。その結果がこれだ。 悲嘆と途方に暮れるゾンビィ達。これからどうすればいい?幸太郎無しでの活動なんて…。 「わっちに一つ当てがありんす」 そう言ってゆうぎりがメンバーを連れてきたのはNew Jofukuというバーだった。 店内に入ると、初老のマスターが親しげに出迎えた。 「いらっしゃ…って、こりゃ随分な珍客が来たもんだな」 「お久しぶりでありんす。本日は折り入って頼みたいことがあって来んした」 マスターと昔馴染みだというゆうぎりの口から、幸太郎の身に起きたことが説明される。 「なるほど、巽の奴が…。そりゃあ残念だ。お気の毒様。 …確かに俺ァあいつを救う方法を知っている。あいつにお嬢さん方を蘇らせる方法を教えたのは俺だからな」 「それじゃあ…!」 「だが」希望を取り戻したゾンビィ達の声をマスターは語気強く遮る。 「だが、生者がいつか死ぬのは自然の道理。それを捻じ曲げる人間をホイホイと軽々しく増やしちゃいけねェ。 それはお嬢さん方がこの世の誰よりもよく分かっているはずだ」 わざわざ言うまでも無い、至極当然の答えだ。神が定めしこの世の摂理には何者も逆らえない。そうすることで世界は回っているからだ。 それを外れた者達がどうなるかは、この身を以て現在進行形で味わっている。 しかし、ゾンビィ達の決意は変わらない。ゆうぎりから希望の欠片を提示された時、全員で話し合った末の結論だ。 「それでも私達は…私達には、幸太郎さんが必要なんです」 「あいつに永久に怨まれることになるぞ。「なぜ生き返らせた?」「なぜそっとしておいてくれなかった?」 日がな一日呪詛の言葉を聞かされた挙句、夜な夜な枕元に現れてうなされる羽目になる。もう二度と安らかな眠りは訪れない」 マスターの忠告にメンバーの何人かは覚えがあった。確かに幸太郎に向かってそう言ったことがある。 その時の彼の気持ちは如何ばかりであっただろうか? …それでも。 「…覚悟の上です」 「無事蘇ったとしても意識が戻るとは限らねェし、そんな化粧でもしなきゃ人前には出られなくなる。 死人なのがバレでもしたら無限の日陰生活だ。あいつにそんな不自由をさせるのか?」 だとしても。 「…これが私達の我儘であることは理解しています。幸太郎さんが私達をどれほど怨んでくれてもよかとです。 それでも…例えゾンビであっても、生きていてほしい。幸太郎さんの、佐賀を救うという夢を叶えてあげたいんです」 さくらの言葉に全員が頷き、マスターに本気の眼差しを向ける。 ゾンビィ達の揺るがぬ意思と絆を知った彼は大きく息を吐くと、口の端に笑みを浮かべて言った。 「全く、何から何までアイツと同じこと言いやがって。犬や猫ならともかく、ゾンビが主人に似るなんて聞いたこともねェ。 …いいだろう。おいゆうぎり、これで借りはチャラだぜ」 「あい、わかりんした」 「…ここは…?」宵闇の中で目覚める幸太郎。 彼の傍らに座った少女達は、涙ながらに目覚めの挨拶を告げた。 「幸太郎さん…おはようございます」 ―――――――――――― 純子の趣味:ピアノな所が書きたかった話 ―――――――――――― 「幸太郎さん、少しよろしいですか?」声と共に紺野純子がドアを開けると、部屋の主の代わりに静寂が返事をした。 どうやら我らがプロデューサーは留守のようだ。 「いらっしゃいませんね…」純子は一人呟きながら室内を見渡す。 自分達の前ではいつも喧しい彼だが、この空間はそのイメージとは反対の、シックで落ち着いた雰囲気を醸し出している。 元々の持ち主の趣味か、それとも彼のか。そんなことを考えていると、ふと彼が作曲に使っているピアノが目に留まった。 純子は生前ピアノを嗜んでおり、コンサートの演目でその腕前を何度か披露したこともある。 ゾンビになってからの目まぐるしい日々の中で忘れていた経験が背中を押したのか、 彼女はキョロキョロと周りを確かめると、おずおずと鍵盤の前に座り、指を踊らせた。 「――純子…おい…純子…」 誰かが呼ぶ声がする。しかし演奏に夢中な純子の耳には届いていない。 その声はだんだん彼女の耳元へと近づき、そして…。 「聞かんかいこのジメジメゾンビィーーーーーー!!」「は、はいっ!?」 突然の叫び声に驚き、跳ね上がる様に席を立つ純子。幸太郎がいつの間にか隣にいたのだ。 「幸太郎さん!?すす、すいません!私、勝手なことを…」平謝りする純子を幸太郎は手で制する。 「いや、いい。それよりお前、ピアノ弾けたのか」 「はい。生きていた頃に少し…大したことはありませんが」 「…そうか」 それを聞いた幸太郎はソファーに座り、傍らに置かれていたギターを携え、チューニングを確かめだした。 「…幸太郎さん?」その様を覗き込み、訝しむ純子。調律が済んだ幸太郎はそんな彼女を見て伝える。 「純子、俺がコードを弾く。即興で合わせられるか?」 「え?…あっ、はい!やってみます!」思わぬ申し出に動転した純子だったが、すぐに気を取り直してピアノに向き合う。 既に最初の目的は彼女の頭から雲散霧消していた。 彼にとって、これは新曲のインスピレーションを得る為か、それともただのお遊びか。 二人のセッションはその色彩を次々に変えながら、純子を探しに来たさくらが部屋に現れるまで続いた。 入ってくるなり「すごい!すごい!」と拍手しながら褒めてくれるさくらに対し、 「フン!見ての通り俺はお前らの曲作るので忙しいんじゃい!邪魔だからさっさと出てけアンポンタン共ォ!」 さっきまでの真面目な姿はどこへやら、一瞬にして表情を切り替えて突き放す幸太郎。 そのギャップに、純子は思わず噴き出してしまった。 「――純子」帰り際、自分を呼ぶ声に振り返る。 「俺が使ってない時なら、弾いててもいいぞ。ピアノ」 幸太郎の申し出に、純子は満面の笑みで応えたのだった。 ―――――――――――― 水野愛とキズナアイって似てるよねという所から始まる愛ちゃんの趣味:アイドル研究な話 ―――――――――――― 「はいどーもー!バーチャルNewtuberミズナマイでーす!」「なにこれ…!」 水野愛は驚愕した。PCの画面の中で可愛い女の子…の3DCGが喋っている。TVゲームをしている。 画面隣にあるチャットにリアルタイムで反応し、笑ったり怒ったり、コロコロと表情を変える様はまるで本当に生きているかのようだ。 「いわゆるバーチャルアイドルという奴だ。生身の人間の動きや表情を取り込み、CGのキャラクターにトレースさせている。 情報端末の普及、それに伴った動画配信サイトの一般化、各種技術の進化によって誕生した新たなアイドルの形。 最初は細々としていたものがある時を境に爆発的に人気を獲得し、数も増加。今ではその人口は数千人にもなるという。 基本的に活動はネットの中だけだが、トップ層は現実の会場で単独ライブを行ったり、地上波のテレビにも進出しているほどだ」 ソファーに座り書類仕事をしていた幸太郎が説明する。 「はー…凄いことになってるのね…。ていうかあんた詳しいわね」 「アイドルのプロデューサーとして、世間の流行を把握するのは当然だ。何がチャンスになるかわからんからな。 …てゆーか、あんまり堂々と俺のパソコン使われてもその、困るんですけど?ねぇ?」 そんな幸太郎の文句を聞いているのかいないのか。愛の視線は完全に画面の娘に釘付けだ。 「なるほど…私が生きてた頃にも配信でアイドル的な人気を得ている素人さんがいたのは知ってたけど、 彼女達はその延長線上にあるというわけね。ファンとの距離が私達の時代のアイドル以上に近いのはそのせい。 生身の人間と違って家にいながら会えるというのも大きなポイントだと思うわ。 ビジュアルもさることながら、その手軽さと親しみやすさが人気の秘訣かしら」 ひとしきり見終えた後、愛は自分なりに新たなライバルを分析する。 「大したものだな」 「まあね。アイドルの研究は私の趣味であり、生き残っていく為の手段。敵を知り、己を知ればって奴よ」 幸太郎の賛辞に満更でもないという顔で答える愛。そして今度は逆に愛から問う。 「ねえ、なんで私達もこういうのでやらなかったの?人気を出すなら流行りに乗るのは大きな手段だし、 CGでごまかせるならメイクする手間もいらないし、良いことばっかりじゃない」 「ん~?興味あるんか愛ちゃん~?やってみまちゅか~?名前も似てることだし~? ほれほれ言ってみ?バーチャルNewtuberミズノアイでーすっつってみ?ポーズ取ってmぶへっ!?」 ウザ絡みする幸太郎が台詞を言い終えるかどうかというタイミングで、愛はどこからか取り出したフランスパンで彼を殴打した。 「真面目に答えなさいよ!」倒れ伏し、そこに無いはずの土を集める幸太郎を見下ろしながら、愛は激怒した。許してはおけぬ。 「いいだろう!ならば答えよう、ゾンビィ3号水野愛! …お金も技術も伝手も無いからじゃーい!わしゃそっち方面さっぱりなんじゃーーーーーい!!」 「……あー…。まあ、そうよね…」 立ち上がって逆ギレする幸太郎を見る愛の脳裏には、ゾンビでも死ぬほどダサいと自ら形容したフランシュシュのホームページが映し出されていた…。 ―――――――――――― SSSS.GRIDMANで裕太が刺されたので勢いで書いてしまったゾンビアンドグリッドマンの導入 ―――――――――――― 目が覚めたら、古ぼけた洋館で寝かされていた。ここはどこだろう?なんでこんな所に?何があった? 必死に記憶を探る。そうだ、誰かに胸を刺されて…はっとして胸を見ると痛々しい傷が残っていた。 じゃあ俺死んだのか?ここは天国?他の記憶は…怪獣と戦って…ダメだ、これ以上は思い出せない。また記憶喪失か。…また? 「目が覚めたか」「うわっ!?」いつの間にか、隣に人が立っていた。 長身で、ジャケットを肩から掛け、胸ポケットからなぜかスルメイカが伸びている、サングラスの奇妙な男だ。 「大丈夫だ、危害を加えるつもりはない。お前がこの俺の家の前で倒れていたから保護してやったのだ」 「はぁ…それはどうも、ありがとうございます。それでここはどこなんですか?あなたは?」 「ここは窮乏の地佐賀。そして俺は巽幸太郎。アイドルプロデューサーにして佐賀を救う男だ。お前こそ何者だ?」 佐賀?アイドルで救う?繋がるようで繋がらないワードだ。だが嘘を言っているとは思えないのは分かる。 「俺…俺は響裕太って言います。他は…怪獣と戦っていた気がします。それ以外は何も」 「お前も記憶喪失か…まあいい。ありがたく思うならば、見返りに俺の仕事を少し手伝ってもらおう。 何、非合法や脱法の類ではない極めて健全なものだ。神の機嫌は悪くなるかもしれんが」 言ってる意味はよく分からないし風貌は限りなく怪しいが、悪い人ではないようだ。ここは従っておいた方がいいかもしれない。 「わかりました。それで俺は何を?」 「会わせたい連中がいる。付いてこい。先に言っておくが、そいつらは全員ゾンビィだ」 「ゾ、ゾンビ!?」思わず大きな声が出た。 「ゾンビ映画は見たことあるか?大体あんな感じだ。だが別に取って食ったりはしないから安心しろ。 少しばかり顔色が悪いが、普通より頑丈な人間とでも思っておけばいい」 不安が増す中、幸太郎と名乗る男に連れられて移動する。廊下の窓に反射する自分の顔がやけに青白く見えたのは気のせいだろうか。  ゾンビィ達の朝は朝礼から始まる。この日もいつもの幸太郎の声が狭い部屋に響いた。 「はいお前らおはようございまーす!今日はいよいよお前らがお待ちかねのアレを用意してきました!」 「お待ちかね?」「あたしらなんか言いよったか?」「さぁ?」 お待ちかねと言われても、全員全く心当たりがない。 「ヒントはグループには欠かせないものだ!はいさくら当ててみ?な?当ててみぃ?」 「ええ!?え~と…新曲?」「ブッブー!全然違うわボケボケゾンビィー!」「せからしい!はよ言えや!」 「それでは発表しよう!お前らがお待ちかねのアレこと…ニューメンバー!カマーーーーンヌ!」 「はぁ!?」「新メンバー!?」「ア゛ー!!」 「どうも、はじめ…まして。響裕太です」 幸太郎に呼びこまれて部屋に入ってきたのは、自分達と同じ様に青白い顔をした赤毛の少年だった。 「伝説の特攻隊長!伝説のアイドル×2!伝説の花魁!伝説の天才子役!伝説の山田たえ! そして、新たに加わるルェジェンドゥメンバー!その名も!"伝説のヒーロー"響裕太君じゃーーーい!!」 「……」全く予想外の方向からの報告に一瞬の静寂が訪れた後、怒涛のリアクションが返ってきた。 「はぁ!?新メンバー!?あたしらみたいなのまた増やしたんかお前ブッ殺すぞ!」 「はいはいはいはい落ち着いてくださーい後輩が見てるのにみっともないでーす」 「追加メンバーってそんな急に…」「なんじゃ愛、アイアンフリルだって追加メンバーおったじゃろ」 「ちょっと待ってください。男の人なんて…」 「言ったはずだ純子。年齢も性別も時代も世界も超えて繋がるのがお前達フランシュシュ。 ならば今更男一人増えた所で関係あるまい。それに男なら既にリリィがいるではないか」 「そういうのやめてよー!リリィはリリィだもん!」「はいそうでーす!俺もお前もみんなリリィ!」 「ところで"ひぃろぉ"とはなんでありんす?」「ヴアー!!アー!!」 フランシュシュの面々がてんやわんやする中、裕太自身はというと、 「(本当にゾンビだ…ゾンビ普通に喋ってる…怖い…いやでも見慣れれば意外と…?)」 未知なる超常の存在との邂逅にさっきより混乱していた。 「とにかくお前らにはこの響裕太改めゾンビィ5555号の面倒を見てもらう! 後輩に仕事を教えてやるのもアイドルの務めの一つ!しっかりやりんしゃーい!」 そう言い残して幸太郎は足早に出て行ってしまった。残された7人は顔を見合わせた後、一斉に裕太に注目する。 視線に気づいた裕太は一瞬怖気づくも、やがて気まずそうにしながら口を開いた。 「それで…あのー…なにをしたらいいんでしょう?」  幸太郎により裕太のフランシュシュ入りが発表された後、レッスンルームに移動して全員が軽く自己紹介を済ませた。 「で、お前何モンだ?あたしらみてーなんがそう簡単に増えるのはおかしかと」サキが率直に疑問を口にする。 「それが…名前以外なにも分からないんです。巽さんが言うには、この家の前で倒れてたのを保護したとかで」 「記憶喪失、ですか」「さくらちゃんと同じだね」 「じゃあ次、伝説のヒーローっていうのは?」今度は愛が質問した。 「…なんか、怪獣と戦ってた気がするんです。そのことを巽さん…に言ったからだと思います」 それを聞いた一同は目を丸くし、顔を見合わせ、一呼吸したあと…爆笑した。 「あなた大丈夫?」「面白い冗談ですね」「リリィ特撮の見すぎだと思うなー」 「あっはっは!怪獣!怪獣て!がば面白かー!てことは宇宙人!?ゾンビじゃなくて宇宙人だったと!?はははは!ひーっ!腹いてー!」 とりわけ派手に笑っていたのはサキだった。 「ちょ、ちょっとみんな!あんまり笑っとったら失礼だよ!ごめんね裕太君」さくらが慌ててフォローする。 「あ…いえ、俺も自分で言ってて現実味無いなーとは思ってますから。 ところでさっきも言ってましたが、あなた達みたいなのってなんのことですか?」裕太も問い返す。 「はー…ごめん笑い過ぎた。あなた自覚無いの?ほら、そこで鏡見て」 愛に促されて振付を確認する為の大鏡の前に立つと、そこに映っていたのは、明らかに生気が感じられない青い肌の自分だった。 「うわああああっ!?」驚きで盛大に尻餅を突く。廊下で見たのは薄暗かったせいだと思いたかったけど、違った。 やはり自分は一度死んだのだ。先ほど幸太郎が自分をゾンビィ5555号と呼んだのはこの為か。 「分かるわ。最初は普通そうなるわよね」「現実味ならわっちらも人のことは言えんすなぁ」「ゾンビだもんねー」 「よし!じゃあお前雑用係な!」いつの間にか笑いのビッグウェーブから脱出していたリーダーの鶴の一声が響き渡る。 「今までそやんかことはグラサンが一人でやっとったけんな。使えるヤツが増えるのは悪ぃことじゃなか」 「まぁ、新メンバーとは言ってたけど、さすがに私達と同じことをさせるわけにもいかないものね」 愛と共に他の面々も了承し、ここにフランシュシュ第8のメンバー改め、雑用係が誕生したのであった。 「わからんことがあったらいつでもフォローするけん、よろしくね裕太君…これじゃ堅苦しいっちゃね。裕くんでよかと?」 「は、はい。改めてよろしくお願いします」 さくらの声に、裕太は不思議と奇妙な安心感を覚えていた。 この後色々書いたけど長すぎた上にまとまる気がしなかったので続かない ―――――――――――― 晴れ着の話 ―――――――――――― 「うわぁー綺麗!どうですか幸太郎さん?」 鮮やかな桜色の振り袖を身に纏ったさくらが嬉しそうにその場で一回転する。 「…なーに浮かれポンチしとんじゃいバカタレェ」 一瞬、ほんの一瞬だけ眼を奪われてしまったが、がばいやーらしか、とは今は口が裂けても言うまい。でも後で日記には書いておこう。 今日はさくらと共に写真撮影。市内の貸衣装屋から晴れ着のモデルをやってほしいと頼まれたのだ。 佐賀を救うという大願成就を果たす為にはどんな小さな仕事でもこなしていくべきであり、断る理由は無いので引き受けた。 そこまではいいのだが。 「えへへ…幸太郎さんもその着物、がばい似合っとーよ!」 「うっさいわ!仕事に集中しろボケェー!」 なぜか俺まで紋付き袴を着せられてしまった。 俺はモデルではないということはちゃんと説明したのだが、サービスだとかお揃いの方がいいとかで押し切られる形で、 気が付いたらこうなっていた。いつもの格好ではないのが些か落ち着かない。あとスースーする。 その後の撮影自体はつつがなく終了し、着替えに戻る所で店主に呼び止められた。 「良かったら、記念にお二人で1枚どうですか?」 俺は謎のアイドルプロデューサー。つまり写真に撮られるのは俺の本分ではない。 店主のご厚意は有り難いが気持ちだけ受け取っておくことにしよう。 「いえ、結構でs「いいんですか!?ありがとうございます!」」 …断る前にさくらがOKしてしまった。まあいい、写真1枚でこのやーらしかゾンビィが喜ぶなら多少の我慢はしよう。 なぜなら俺は謎のプロデューサーだからだ。だから問題は無い。何も。 「幸太郎さん、緊張しとるん?」「やかましいわ。ちゃんと前向いとれ」 二人でブースの中に立ち並ぶ。妙に顔が暑い。空調は適切なはずだが。 「お二人とももう少し寄って下さい。はい、もうちょっと…そうそう…はい、OKでーす!撮りますよー?」 頬を冷や汗が伝う感触がしたその時、サングラス越しに強い光が瞬いた。 帰りの車中、助手席で先ほど撮ってもらった写真を眺めていたさくらが、ふと呟いた。 「私、あそこで死なんかったら、こういう着物着られたかもしれんとですね。大学に行って、成人式に出て」 「……」 「だから今日の仕事、嬉しかったです。アイドルもだけど、生きとる間に出来んかったことが出来たけん」 「……そうか」 「はい。ありがとうございます、幸太郎さん」 「礼なんていらん。代わりにキリキリ働いて返せバカチンが」 フロントガラスに西日が差し込む。さくらの頭上のサンバイザーを降ろしてやると、再び「ありがとうございます」と小さく言われた。 佐賀の太陽は眩しい。サングラス無しでは、前にも進めない。 ―――――――――――― 意識高い朝礼 ―――――――――――― フランシュシュの一日は地下での朝礼から始まる。今日も幸太郎が黒板の前で挨拶をしているわけだが。 「皆さんおはようございます。本日のタスクなのですが、残念なノーティスがあります。 手短にサマリーすると、またバジェットが無くなりました」 恭しくお辞儀したかと思えば、珍妙な言葉遣いで要件を語り出した。 「サマ…?バジェ…?幸太郎さんなんと?」当然さくらには何を言っているのか分からない。 「つきましては本日はレッスンのアジェンダをリスケしてASAPで営業に行ってもらうことでコンセンサスを得たいと思うのですが、アグリーでしょうか?」 「な、なんて言ってるのでしょうか愛さん…?」困惑する純子。 「さぁ…?」呆れ顔の愛。 「あーせからしい!なんが言いたかかさっぱりわからんとぞ!」急かすサキ。 現代のビジネスマンが操るカタカナ語は、生きた時代が違う彼女達には極めて縁遠いもの。理解が及ばなくても仕方ない。 「要するに予算が無くなったから今から営業に行くけどいいよな、という話じゃい。まあ答えは聞いとらんがな」 「最初っからそう言えや!ブッ殺すぞ!」 「リリィ知ってる。ああいうの意識高い系って言うんだよ」 「意識高い系、とはなんでありんすかリリィはん?」 「自分を大きく見せようとして空回りしている人のことだよ」 「ああ、志士の中にも志ばかり高い御仁がおりんしたが、ああいうのでありんすね」 ここまで書いて力尽きた ―――――――――――― 焼肉の話 ―――――――――――― 「愛の肉を減らせー!」「減らせー!」 「なんなの!?」 水野愛は激怒し…いや、されている。必ず邪知暴虐のアイドルを除かねばならぬと決意されている。愛には理由が分からぬ。 …いやそれは嘘だ。さすがになぜ怒られてるかくらいは分かる。 「お前食い過ぎやぞ!いつの間にそんな肉食獣みてーになったとや!」「そうだそうだー!リリィのお肉返せー!」 事の始まりは夕飯の焼肉にある。私こと水野愛は肉が好きだ。 ただ肉好きが行き過ぎて、少しばかり他のメンバーの分の肉まで手を付けてしまっただけなのだ。少し。少しだけ。ほんの少し。 どうやらサキとリリィはそれがいたくお気に召さなかったらしく、こうして食事中にも関わらず抗議を受けている。 「アイドルとして、体型の維持は義務です。もっと節制してください」 純子が痛い所を突いてきた。大丈夫だ。ゾンビだから太らないに違いない。炭水化物も控えているし。 「愛ちゃん…お肉好きなのはわかるっちゃけど、皆の分まで勝手に食べちゃうのはいかんと思うよ?」 さくらがお母さんみたいな言い草で嗜めるが、ゾンビとして食肉衝動には抗えない。ということになっているはずだ。 そう、これは本能なのだ。だから仕方ない。 それにゾンビといえばたえだっていつも多めに食べている。私ばかり悪いわけじゃない。 そう思って横目でたえの方を見てみると…。 「ヴァウゥ…ウゥゥ…!」 なんと待てをしているではないか。あのたえが。いつも食べ物とみれば何にでも齧りつくたえが。涎はダダ漏れだが。 さくらが一体どんな魔法を使ったのか興味はあるものの、それを気にしている場合ではない。今そこにある危機の方が大事だ。 「次焼肉やる時は愛の分の肉無しにすっかんな!」「そうだそうだー!野菜食べろー!」 ついにリーダー権限を発動しようとするサキとそれに乗っかるリリィ。このままでは肉が食べられなくなってしまう。それだけは避けねば。 「わかった!わかったから!ごめん!もうしないわ!約束する!」 急いで頭を下げる。確かに皆の楽しみを奪ってしまったのは悪いと思っている。それは本当だ。それでも肉の魔力には逆らえなかったのだ。 「愛ちゃんも謝っとるし、サキちゃんもリリィちゃんも、許してあげよ?」 さくらが助け舟を出してくれた。ああさくら、あんたって子はなんてどやんすなの。 私を鬼の形相で睨んでいた2人にもさくらの言葉が効いたのか、態度を軟化させた。 「…まあ、あたしもちかっと怒り過ぎやったな」「リリィも悪ノリしちゃったかも」 二人を見たさくらが手を叩いて場を取り持つ。 「はい!これで丸く収まったとね。愛ちゃんも顔上げて?早くお肉食「さくらはん!!」ぶへっ!?」 そこへ今まで黙って座っていたゆうぎりが、突如さくらにビンタを炸裂させた。…えっ?なんで?話まとまってたのに? 瞬間、場が硬直する。 「愛はんも大いに反省していんす!いいかげん許しておあげなんしっ!」 ゆうぎりの喝が部屋に響く。いや反省なら確かにしているが、それはさっきさくらが言って…。ほら、さくらも呆然としてるし…。 「いや愛、ゆうぎり姐さんの言う通りだ。あたしらも悪かった」「ごめんね愛ちゃん」 サキ達もこの謎の空気に押されて逆に謝ってしまう。悪いのは私なのに、狐につままれた様とは正にこのことか。 さくらごめん。大丈夫? 「…あ、ううん、皆が仲直りしたならそれでよかと。お肉悪くなっちゃうけん、早く食べんとね」 すぐに笑顔を作り、気を取り直すさくら。嗚呼…本当に、あんたって子はなんてどやんすなの…。 感激の涙が零れそうになるのを抑えて、私は自らが育てた肉をさくらの下に渡した。 あんたにならこの肉も惜しくない。たくさん食べて、もっとどやんすになりなさいね。 そうやって次から次へとさくらのお椀に肉を積み重ねていたら「愛ちゃん、私ゾンビやしきっと美味しくなかよ…?」と言われた。 私どういう目で見られてるの?本当に我慢した方がいいかもしれない。 ―――――――――――― メイドサキちゃんの怪文書の続きを勝手に書いた話と同じスレで即興で書いた花魁メイドの話 ―――――――――――― (他の人が書いた話のあらすじ:幸太郎が仕事先からメイド服持ってきたのでサキが着てみた所に幸太郎が来た) 「なんじゃい、呼ばれて来てみればずいぶんとやーらしかメイドがおるのう!やーらしか!はいやーらしか!」 アタシの姿を見るなりグラサンは奇妙な踊りでからかってきました。今ほどジャンケンで負けたことを恨んだ事はないと思います。 「なにボーっとしとるんじゃい。メイドならご主人様にご奉仕じゃろが。まずはコーヒーだな。わしは部屋におるからのう」 誰がアタシのご主人様だと怒ろうと思いましたが、あることに気付いてグッと飲み込みました。 そう、メイドのご奉仕ならグラサンがいる間に部屋に堂々と入れるのです。 アタシは内心ウキウキしながらコーヒーとポテトサラダを携えて部屋を尋ね 以上です。 「花魁メイド…参上」 サキのコーヒーを待っていたら、なぜか先にゆうぎりが来た。しかもサキと同じメイド服だ。 「なんで来たんじゃい…ていうか花魁メイドってなんじゃい」 「花魁メイド…舞いますゆえ」一応聞いてみたが案の定はぐらかされた。 「さくらはんと愛はんに聞いたでありんすが、都では"めいど"といわれる女中が男に卵焼きを作ってあげるのが流行りとか。なので持ってきんした」 言われてみればいつの間にか机の上に卵焼きが載っている。メイド喫茶のことか? 「これに"けちゃっぷ"をかけて祝詞を唱えると美味しくなると教わりんした。わっちと一緒に唱えなんし、幸太郎はん」 祝詞…もしかしてアレか?アレをやらされるのか?嫌な予感がする。ゆうぎりの楽しそうな顔が急に恐ろしく見えてきた。 「美味しくなーれ。もえもえきゅ~ん。はい、幸太郎はんも言いなんし」絶体絶命だ。早く来てくれサキ。 「グラサーン?コーヒー持ってきたとぞー?」 ―――――――――――― メイドリリィの話 ―――――――――――― 先日仕事先から押し付けられたメイド服だが、意外にもゾンビィ達が気に入ったらしく、全員で着回しているようだ。 こちらとしてもゾンビィ達がやーらしか姿で楽しんでる姿を見るのは、まあ悪い気分ではない。 練習もちゃんとやっとるようだし、こちらから特に言うことは無さそうである。 今後そういうライブ衣装を用意してやってもいいかもしれない。一応メモしておこう。 「旦那様ー?お飲み物をお持ちしましたー」 そう言いながら部屋に入ってきたのはメイド服に身を包んだリリィだ。 「今日はリリィか。なかなかサマになっとるのー」 「へへー。「家政婦の娘は見た!」に出た時に勉強したもんね。役作りならバッチリだよ」 得意げに胸を張るリリィ。やーらしか、と口を突いて出そうになったが我慢した。 「ほーかほーか、さすが天才子役じゃ。褒めて遣わすぞ」 言いながら届いたカップに手を付ける。うむ、美味い。この香り立つ塩素の…塩素? 「あっ、旦那様、ちゃんとお薬と一緒に飲まないとダメですよ」 これはコーヒーじゃない、水だ。よく見たら盆にはカップの隣に胃薬が添えられていた。 「差し出がましい様ですが、旦那様は毎日働き過ぎです。最近は顔色も優れない様子ですので、メイド一同心配しておりますよ?」 さすが伝説の子役、口ぶりがすっかりメイドそのものである。じゃない。 疲れを表に出さない様に常に努めていたはずだが、ゾンビィ達には筒抜けだったということか。つまり…。 「…お前らがメイドの格好で俺の世話をし出したのも、そういうことか?」 「はい。多少強引にでも手伝ってあげなければ体を壊してしまうと、ゆぎり…いえ、メイド長が提案されました」 リーダーなのにメイド長はサキではないのか、と一瞬考えたが言うのはやめておこう。ゾンビィ達に心配されてしまうとは俺もまだまだだ。 「そうか。すまなかったな。今後は気を付けよう」 「ホントだよー?営業なんて言ってこっそり病院通ってるのも、皆知ってるんだからね?」 メイドモードを解除したのか、いつもの口調に戻った。やはりリリィはこちらの方がいい。 「ああ、約束する」 「分かった、じゃあリリィもう行くね。おやすみなさーい。あっ、ちゃんと薬飲んでね」 そう言い残してリリィは出て行った。…今日は早めに寝よう。 ―――――――――――― アルピノライブの後の話 ―――――――――――― おかしい。どうしてこうなっている。 アルピノライブを成功させたその日の晩。俺の部屋に入ってきて平謝りするさくらを諫め、共にソファーに並んで話をした。 そこまではいい。 俺が話している間にこのどやんす娘と来たら、すっかり眠りこけているではないか。道理で途中から俺の声しか聞こえなかったわけだ。 しかも俺に体重を預けているせいで動けん。いやまあ別に動いてもいいのだが、大仕事をやり遂げたこのぎゅーらしかゾンビィを無下にするのも忍びない。 この状況をどうしたものか思案していると、ドアが無遠慮に開け放たれた。 「おーいグラサン、さくらのヤツ見なかった…か…」 サキか。良い所に来た。このどやんすゾンビィを連れて帰ってくれ。 「…悪ぃ、邪魔したな」サキはこちらを見るなり去っていき、ドアは再び閉められた。 …は?いや待たんかい!なんで戻るんじゃい! サキの奴め、後でお説教しなければなるまい。ワン・フォー・ゾンビィ、オール・フォー・ゾンビィの精神を教え込まねば。 そんなことを考えていたら控えめなノックの音が響いた。ちょうどいい、入ってくれ。 「失礼します。巽さん、さくらさんはこちらにいますでしょう…か…」 純子か。良い所に来た。このねぼすけゾンビィを連れて…。 「…しし、失礼しました!ごゆっくりどうぞっ!!」純子はこちらを見るなり慌ててドアを閉めた。足音が遠ざかっていく。 …二人してなんなんじゃい! 純子の奴め、後でお説教しなければなるまい。ゾンビィは互いを助け合うものだということを知らしめねば。 そんなことを考えていたら、軽やかなノックの音と共にドアが開いた。 「ねぇ、さくらどうしたの?サキと純子がここにいるって…」 愛か。良い所に来た。このぐっすりゾンビィを連れて…。 「…ああ、なるほど。そういうことね」愛はこちらを見るなり何かに納得して踵を返していった。 …何がなるほどなんじゃい!えーかげんにせーよあのボケボケゾンビィ共! 愛の奴め、後でお説教しなければなるまい。ゾンビィとは…ゾンビィとは…。まあいい、後で考えよう。 そんなことを考えていたらドアが勢い良く開いた。 「ヴァウアー?ヴァウアー?」 今度はたえか。頼む。このスヤスヤゾンビィを連れて帰ってくれ。お前なら出来る。 「…………」たえはこちらを見るなり黙って部屋を後にしていった。あいつなりに気を使ったのだろうか。 ていうか、せめてなんか言え。あとドア閉めてくれ。寒い。 たえの奴め、後でお説教しなければなるまい。とにかくお説教しなければなるまい。 そんなことを考えていたら大小二つのシルエットが入口からこちらを覗き込んできた。 「本当に二人でいたよゆぎりん」 「ずいぶんとお楽しみのようでありんすな」 ゆうぎりとリリィか。その言い方だとどうやら他のスカタンゾンビィから全部聞いている様だな。 ならば話が早い。この爆睡ゾンビィを連れて帰ってくれ。そろそろ腕が痺れてきた。 「えー?このままの方が面白くない?」何を言っとるんだこのちみっ子は。 「わっちらは二人が風邪を引くといけないと思いんして、これを持ってきただけでありんす」 そう言うゆうぎりの手には毛布が乗っていた。いや待て、そうじゃない。 「しーっ、静かにしないとさくらちゃん起きちゃうよ」 二人によって手際良く毛布に包まれる俺とさくら。だからそうじゃない。 「ふふ、似合っていんすよ。ではわっちらはこれで」 「お若いお二人はごゆっくり~」 一番若いゾンビィが何を言っているのだと突っ込む暇も無く、用が済んだ二人はさっさと帰ってしまった。あいつら後で覚えとれよ。 全くどいつもこいつも。俺とさくらをなんだと思っているのだ。そんなにお似合いか? それもこれも隣でグーグー寝ているこのムニャムニャゾンビィのせいだ。無理矢理起こしたろかコイツ。 …フン、まあいい。文句はこいつが勝手に起きてからたっぷり言ってやるとしよう。今日は特別だ。 ―――――――――――― ピアノで幸純の話 ―――――――――――― 「純子。レッスンが終わった後で俺の部屋に来い。一人でな」 朝の会議の最中に突然幸太郎の呼び出しを受けた純子は、赤い瞳を真ん丸にしてきょとんとした顔になっていた。 純子にお説教を受けるようなことをした覚えは全く無い。…いや、あるかもしれない。温泉に入ったりキノコになったり。 「おいグラサン、なんで純子だけなんだよ?あたし達は?」 「お前らはええんじゃい。いつも通りグースカ寝とれ」 「あんた、まさか純子と二人っきりになっていかがわしいことする気じゃないでしょうね?」 「いかっ…!?こここ、幸太郎さん!?」 愛の釘刺しに隣のさくらのグリーンフェイスがみるみる内に赤くなっていく。 「するかボケェ!ちょっと他の奴には出来ん特別なレッスンをするだけじゃい!」 「ああ、特別なレッスンってそういう…」 「そっ、そういう…!?」 リリィの茶々に今度は純子が熱々キノコになった。 「ほぉ、幸太郎はんときたらなかなかどうして積極的でありんすな」 「だからちゃうわ破廉恥ゾンビィ共がァー!もうええわい!今日の伝達事項は以上じゃい!ふん!」 年頃の女子(ゾンビだが)にからかわれてすっかり不貞腐れた幸太郎は話を切り上げて出て行ってしまった。 その夜、レッスンをこなした後、純子は言われた通りに幸太郎の部屋にやってきた。 今朝会議中に言われたことを思い出しているのか、その顔はすっかり紅潮している。 「(い、い、いかがわしい、レッスン、特別な…巽さんは、一体、わわ私に、何、何をさせるつもり…!?)」 頭の中を大混乱させながら、ドアをノックする。 「た、巽さん、純子です。よよよ、よろしい、でしょうか!?」 「ああ、入れ」 扉を開けた純子をデスクの前に座った幸太郎が出迎える。 「よく来たな。早速だが要件を言おう。これはお前にしか頼めないことだ」 そう告げた幸太郎の目の前でなぜかもじもじと落ち着かない動きをしている純子。 「その…あの…や、優しく…してくださいね…?」 「は?」刹那、幸太郎の時が止まる。 「とく、特別なレッスンの意味くらい、私にも分かります!ですから…」 「全然わかっとらんじゃろがいこのオタンコナスゾンビィ!!」幸太郎は激怒した。許してはおけぬ。 「私が、巽さんの作曲の手伝い…ですか?」 お仕置きのデコピンを受けた額を抑えながら、純子は幸太郎の言葉を繰り返した。 「そうだ。お前ピアノ弾けただろう。それで少しばかり俺とセッションしてもらいたいだけだ」 そういうことなら自分だけに声がかかった理由もわかる、と純子は心の中で得心した。 「よろしいのですか?」 「無論だ。そう難しいことは要求しないから安心しろ」 「そういうことでしたら、了解致しまし…た…?」 返事をしながら、純子は気づいてしまった。他の皆の言うことは間違っていなかったことに。 私はこれから、この狭い部屋で二人きり、私と、巽さんだけの…秘密の…共同作業(セッション)を! 「(今夜はお前が俺のギターじゃい…)」 「(はい…優しく爪弾いてください…)」 「(いいや…情熱的に掻き鳴らしてやろう…ジュテーンム…)」 頭の中で目くるめくひと時を勝手に作り上げた純子。その顔は瞬く間に朱に染まり、頭上から湯気が立ち上る。 「じゃあ早速で悪いが、この楽譜通りにコードを…あれ楽譜どこやったんじゃい…」 「たた、巽さん!!」 部屋の中で散逸した楽譜を探していた幸太郎が呼び声に振り向いてみれば、 すっかり茹で上がった純子がもじもじと落ち着かない動きをしていた。 「…なにしとんじゃい」 「その…あの…優しく…してくださいね…」 プチ。幸太郎の頭で何かが切れる音がした。 「何を想像しとるんじゃいこのおピンクゾンビィーーーー!!」 「す、すいませーーーーん!!」 ―――――――――――― ピアノで幸純の話のおまけ ―――――――――――― さくらが水浴びから帰ってきて幸太郎の部屋の前を通りがかると、なにやら話し声が聞こえてくるではないか。 「(そういえば純子ちゃん、幸太郎さんに呼ばれてたっちゃね。何話しとるとやろ?)」 年頃の女子(ゾンビだが)の旺盛な好奇心が、さくらに聞き耳を立てさせる。 「…巽さん…私は…はC…がいい…います…」 「俺はAがいい…C…はまだ早…じゃい…」 …さくらの額の傷跡を一筋の冷や汗が撫でた。 「(Cがいいって…ふ、ふふふ、二人とももうそやんかことしとると!?)」 さすがのさくらも、年頃の男女が話すABCの話くらいは知っている。 まさかアイドルとプロデューサーがデキていたとは。愛が言っていた如何わしいことを本当にしているとは。あまつさえCまで進んでいたとは! 浴びていたのは水にも関わらず、さくらは熱湯に浸かった後の様に上気する。 「(こやんかドラマみたいな展開が本当にあるなんて!どやんす!?どやんす~!?)」 巽幸太郎という男はうるさいし、奇行はするし、すぐ急な話するし、体壊すまで無理してるのに言わないで心配かけるけど、 根が真面目で口ではあれこれ言いつつもゾンビィの自分達にも優しく、確かに正直に言って好人物だ。 さくら自身、彼が諦めずに真摯に向き合ってくれたおかげで今ここにいる以上、そこに関しては異論を挟みづらい。ちょっとだけ悔しいが。 しかし外部の人間ではなく同じグループのメンバーと恋仲にあるとは露知らず、しかもあんなに堂々と密会の誘いをかけるなんて。 そういえば純子はサガロックの後の朝礼で、幸太郎の挨拶になぜか顔を赤らめていた。まさかあの頃には既に…? 思春期女子の思考回路が歪なピースを集めていく。もはやいても立ってもいられない。 さくらは叫びながら部屋に突入した。 「純子ちゃんダメー!もっと自分を大切にしてーーっ!」 「うおっ!なんじゃい!?」「さくらさん!?」突然の来訪者に驚く幸太郎と純子。 「ダメだよ二人とも!!アイドルとプロデューサーが、そやんかこと…そやんか…こと?」 扉を開けるとそこには、ソファーで向かい合いながら何かの紙とにらめっこしている二人がいた。 如何わしいことをしている様子ではないことは今のさくらにも一目瞭然である。頭が急速に冷えていく。 「えっ…と、二人とも…何を?」一応聞いてみた。 「巽さんに頼まれて、作曲のお手伝いをしていたんです。私、ピアノ弾けるので。 それで、やっぱりここのコードはC#m7の方がいいと思うんです」 「俺はAの方がいいと言っているのだがな。それにそこをC#m7にするとその後が…」 「は、はぁ…?」 楽譜にメモを書きながら話し合う二人をぼんやり見つめるさくら。 生前の中学時代を高校受験に捧げた秀才のさくらでも、試験には無かった音楽の知識はさすがに埒外。 二人が何を言っているのかさっぱり理解が及ばないが、しかしなるほど、純子を呼んだ理由はこれかと腑に落ちる感覚があった。 「そうだ、さくらさんに聞いてもらうというのはいかがでしょう?」 「ああ、俺も考えていた。いいなさくら?」 「…えっ!?う、うん。よく分からんっちゃけど、協力できることがあるならやるとよ」 真面目な顔で話し合う二人を見守っていたら突然振られたので、さくらは少し驚いてしまった。 でも自分にもやれることがあるというならありがたいと快く承諾する。 そうして純子はピアノの前に戻り、幸太郎はギターを構え、さくらは二人が奏でる音を聞く。 三人だけの小さな音楽会が始まった。 「そういえば、ゆうぎりさんは良かったんですか?たまに三味線弾いてたとよね?」 「三味線は普通に曲を作るにはあまり使わないからな。ちょうどいいものが出来た時に頼もうと思っていた」 ―――――――――――― 聖地巡礼特番+前回までのあらすじの話 ―――――――――――― 前回のゾンビランドサガは! 私達の前に突然現れたアナザー巽と名乗る謎の男の人!声はともかく姿と喋り方がそっくり! 見分けが付かなくなったらどうしよう?さくら心配! そしてアナザー巽さん率いる二人組のアイドルも登場!フランシュシュに宣戦布告だって! 今までがむしゃらに頑張ってきたけど、とうとう挑戦される側になった私達!やったね!って喜んでる場合じゃないよ! どやんす!?どやんす~!? ―――――――――――― 宮野真守と巽幸太郎は最終的にシンクロしますな話 ―――――――――――― 「ちょっと気になったんだけどよ…」 レッスンの休憩時間中にサキが何気ない疑問を口にする。 「グラサンの奴、最初さくらにダンス教えとったよな?アイツ踊れんのか?」 「そういえば…」直接指導されていたさくらも少し気になった様で、話に入ってくる。 「あれは踊れてたって言うのかしらね」その時二人の練習を凝視していた愛は懐疑的だ。 「リリィも全然ダメだと思うなー。出来るならもっとうるさく言ってくるだろうし」リリィは愛に同意を示す。 「巽さんがアイドルやってる所…ありかもしれませんね…」純子は幸太郎がステージで歌って踊る想像をした様だ。 「ほんなら、直接見せてもらいんしょう。ちょうどそこで、わっちらの練習を覗いてたみたいでありんすから」 「え?」「ヴァア?」 いつから気付いていたのか、ゆうぎりがレッスンルームの入口の方を指差すと、我らがプロデューサーが立っているではないか。 当の幸太郎はバレていると思っていなかったのか、驚いた顔をしているが。 「フン、ナメられたものだな。この謎のアイドルプロデューサー巽幸太郎に出来んことは無い」 渋々室内に入ってきた幸太郎に聞いてみたところ、その様な返事が返って来た。 「ホントか~?ならやってみろよ?」 「はいでも残念見せられませーん!お前らは踊る方!俺はプロデュースする方!人には役割っちゅーもんがあるんですぅー!」 「んなこと言って本当は出来んとやろ?」 「出来ますぅー!嘘じゃないですぅー!でもやりませーん!下らんこと言っとらんで、とっとと練習を再開せんかいボケがァ~!」 サキの挑発にもいつものハイテンションでウザく誤魔化してくる幸太郎。このままでは埒が明かないのは目に見えている。 しかし出来んことは無いと豪語された以上は気になって仕方ない。ゾンビィ達は目と目で合図し、揃って一計を案じた。 「はー、ダメだー。気になってしょうがねー。こんなんじゃなーんも出来んとぞー」微妙な棒読みをしながら大の字に寝っ転がるサキ。 「リリィもやる気無くなっちゃったー。ふーんだ」ぷいっと可愛く幸太郎から顔を背けるリリィ。 「巽さん…ちらっ」純子は俯いてはチラチラと横目でアピールしている。 「このままだと練習に集中できないわ。プロデューサーがモチベーションを上げさせてくれないと」愛はもっともらしいことを言って説得にかかった。 「おま、いい加減にせえよこのダルダルゾンビィども!」「ま、まあまあ幸太郎さん」 怠惰になったフリをするゾンビィ達に怒る幸太郎をさくらがなんとか抑える。 「でも皆こやんなってしまったし、一回だけでいいけん、お願いしてもよかとですか?一回見たら私達ちゃんと練習しますから。ねえ皆?」 さくらのまとめに全力で首肯する面々。 彼女らの顔を一通り見た幸太郎はしばらく思案する様子を見せた後、大きく息を吐くと、常に肩に掛けている上着を――脱ぎ捨てた。 「…ヘタクソな芝居しよってからに。いいだろう、あんまり驚いて心臓動き出してまた止まっても知らんからな! ミュージーーーーーーーーック!!!!カモーーーーーーンッヌ!!!!」 BGMに乗せてレッスンスタジオを所狭しと歌い踊る幸太郎。その光景はまさしく驚愕の一語であった。 その歌はかつて歌唱力で昭和の世を風靡した純子も息を飲み、そのダンスは生前に武道館ライブを経験している愛でさえ舌を巻いた。 疲れを感じさせぬ激しさ、長身を活かしたダイナミックさ、オーディエンスを魅了するセクシーさに満ち満ちたそのパフォーマンスは、 見ているゾンビィ達に、巨大な――37000人は入りそうな――アリーナと、彼が従えるバックダンサーを幻視させるほどのパワーを放っていた。 「…フゥー…。これで…満足か…?」束の間のステージを終えた幸太郎は再び大きく息を吐き、彼女たちの方に向き直る。 当のゾンビィ達は余りのことにリアクションを取り損ねたか、一瞬の間を作った後…万雷の拍手で彼を迎えた。 「がばすげーじゃねーか!なんだよ見直したばい!」「すごいよ巽!リリィ見とれちゃった!」 「素敵です、巽さん…!」「ほんに、格好良かったでありんすよ」「あんた、それだけ出来るならステージに立てばいいんじゃない?」 メンバー一同は彼を取り囲み、今日まで秘められた実力を口々に褒め称える。 「あーもうやっかましいわい!わしは忙しいんじゃいボケェ!いいか!約束通り練習サボんなよ!フン!」 しかし称賛の声が照れ臭くなったのか、幸太郎は大声で誤魔化しながら部屋から出て行ってしまった。 レッスンルームを後にして、幸太郎は本館へと続く渡り廊下に立っていた。 ここならゾンビィの目は届かない。そう信じた幸太郎は糸が切れた人形の様に上半身を崩れさせ、膝に手を突いた。 我慢して溜め込んだ息が一気に吐き出される。 「ブハァ!…ハァ…ハァ…危なかったんじゃい…ハァ…一応、練習しといて…正解だった…ハァ…」 恐らく明日の筋肉痛は避けられない。あとで全身にサガンシップZを貼っておこう――呼吸を荒くしながらそう誓う幸太郎であった。 ―――――――――――― サキの悩み相談の話 ―――――――――――― その夜、我らがフランシュシュのリーダーである二階堂サキは、洋館のベランダの手すりに頬杖を突き、物思いに耽っていた。 普段の彼女は明朗にして快活、竹を割ったようなさっぱりとした性格で、表面的にはおよそ悩みごととは無縁に見える人物だ。 しかしこの日は少し違った。その横顔、後ろ姿は、何か思う所があるのを伺わせるには十分だった。 そんなサキがぼんやりと眼下の海を見ていると、背後からドアが開く音がした。 「海、美しいでありんすな」 「姐さんか…」室内からゆうぎりが出てきたのを、サキは少し振り返って確認し、またすぐ海の方に視線を移す。 ゆうぎりは黙ってサキの左隣に立ち、景色を眺めていた。月と星が二人を照らし、遠く響く波の音が情景を彩る。 そうしてしばらく二人でいると、やがて、サキが重い口を開いた。 「姐さん…フランシュシュのリーダーって、本当にアタシでよかとか?」 「……」ゆうぎりは返答せず、静かに次の言葉を待つ。 「あのゲリラライブの前にリーダーを決めた時、アタシは確かに自分がリーダーに相応しいと思っとった。 生きとった頃はアタシがチームの特攻隊長だったけん、当然アイドルになってもそうするのが成り行きやってな」 「……」 「今までこうしてアイドルって奴をやって、他の連中の近くにいて、アタシでも色々見えてくるもんがあった。 愛のダンスはがばキレとるし、純子の歌はアタシでも分かるほど上手か。 姐さんは羨ましくなるくれースタイルが良くて、チンチクは生きてた頃にタレントやっとって全国制覇した経験がある。 たえのわけのわからん動きは誰にも真似出来ん。そんで、そういう皆を繋げとるのはさくらだ。アタシも含めてな」 「……」沈黙したまま、サキの言葉を聞き続けるゆうぎり。 「アタシは愛や純子やチンチクや姐さんみてーに芸やって生きとったわけじゃねー。 さくらみてーにアイドルんなりたかったわけでもねー。やけん、言ってみりゃフランシュシュん中でアタシだけがシロートだ。 …特攻隊長ってのはチームで一番強くて怖ぇもん無しの奴がやるもんやし、だから怒羅美じゃアタシがそうなった。 じゃあここでは?これから全国制覇するってチームのリーダーが、一番弱ぇ奴やって?…ヘッ、笑えるとぞ」 言いながら自嘲の笑みを浮かべるサキ。 ゆうぎりの側からは彼女の顔は前髪で隠れて見えないが、それでもその表情にいつもの力強さが無いのは明らかだった。 そんなサキに対し、ゆうぎりは海の方を向いたまま、答える。 「いいえ、笑いんせん。最初は誰でも素人、何を恥じることがありんしょう。 わっちらはこうして"ぞんび"になったから、たまたま生きていた頃の経験が活かせているに過ぎんせん」 「そりゃそうかもしんねーけど…」 「それに、人には向き不向きというものがございんす。わっちらの中で一番人の上に立つのが向いてるんがサキはん。それで良いではありんせんか?」 「…そうか?」 ずっと海の向こうを見ていたサキは初めてゆうぎりの方に顔を向ける。彼女はいつの間にか体全体でサキに面していた。 外の波音の様に穏やかな顔と声が、少し疲れた心にジワリと染み渡る感覚をサキに与える。 「あい。幸太郎はんも他の皆も、サキはんの一途な所をきっと頼りにしていんす。弱気になりなすんな、"りぃだぁ"」 ゆうぎりの励ましを受け、サキの赤い瞳に煌めく活力が戻る。フゥと息を吐き、空に輝く月を見上げる。 「…そうだな。リーダーなんだからしっかりしねーとな」 そう言うとサキは自らの頬を両手で叩き、己に喝を入れる。そして閉じられた眼が再び開かれた時、既にサキはいつもの調子に戻っていた。 「うっし!ジメジメすんのはもうやめだ!悪ぃな姐さん、ガラでもねー愚痴聞かせちまって」 「気にしなんし。誰にでも心の内を吐き出したい時はあるもの。では、わっちはお先に失礼」 もう心配ないとばかりに回れ右をして室内に戻るゆうぎり。 「姐さん」 その背中に呼びかけるサキ。 ゆうぎりが振り返ると、月明かりに照らされた我らがリーダーの笑みがそこにあった。 「――ありがとな」 「…フフ。あい、また明日から共に頑張りんしょう」 ―――――――――――― 前回までのグランブルー・SAGAは! ―――――――――――― 前回のゾンビランドサガは! 幸太郎さんが持ってきた次の仕事場は、なんと空の上!? 私達一回天国に行って戻ってきたのにまた行くの!?ひどいよ幸太郎さん!と思ってる間に到着! 空なのに地面が浮いてるメルヘン空間が広がってた!もしかして雲はワタアメ? そこで騎空士団のグランくんとジータちゃん、そしてルリアちゃんと出会ったんだ! まだわからないことばかりだけど、とにかくこの空の世界でも頑張らないとね! 前回のゾンビランドサガは! 大変!騎空士団のみんなに私達がゾンビなことがバレちゃった!さくら大ピンチ! かと思いきや、「そういう人もいるよね~」って感じで流された!空が広いと心も広いんだね! なんやかんやで一緒にいたら、ルリアちゃんを狙った悪い人達が登場! ケンカなんてダメ!私達の歌を聞いて!とばかりに歌ったら、なんだか不思議なパワーが湧いてきたの! これで私達も戦えるよ!みんな!援護は任せてー!…って、やっぱり怖いよぉー! ―――――――――――― リリィと愉快なフランシュシュ一家の話 ―――――――――――― 星川リリィは就寝前の布団の上で一人悩んでいた。といっても別に深刻なものではない。 フランシュシュと巽幸太郎はアイドルとプロデューサー、そしてグループのメンバー同士という垣根を越え、 もはや家族と言っていい絆を結んでいる。 であれば誰がどういうポジションにあるのか、なんとなく考えてみたら止まらなくなってしまったのだ。 まず巽は父親、これは確定事項だ。さしたる理由も無く単に大人の男が彼一人だからである。 それ以外は…まぁ、パピィの件で助けてもらったこともあり、大きな感謝はしているが、それはそれ。 次にロメロはペット。これも決定だ。同じゾンビでも犬だし。でも大事な家族であるのは間違い無い。 そして自分は愉快なフランシュシュ一家の末っ子。ここまでは良い。残りのメンバーの順列が問題である。 以前皆に聞いた死んだ時の歳によると、一番年上だったのは純子とゆうぎりだ。 ゆうぎりはさすが昔の人というだけあって、現代の基準では未成年にも関わらず落ち着いた大人の女性といった風だ。 (でもゆぎりんはお母さんっていうよりはお姉さんかも) 純子は逆に小柄で童顔、控えめな性格なので7つも上という気がしない。 (直接言ったらさすがに傷つくだろうからもちろん言わないけどね) ゆうぎりは長女で、純子は次女以降か。 二人に次いで年上だったのがサキ。それを聞いた時に意外だと言ったら「せからしか!」って怒られた。 チンチクチンチクとすぐからかってくるのが腹立たしい時もあるが、同時に気安くて話しやすいし、面倒見のいい所もある。 (…ちょっと悔しいけど、あれでいいお姉ちゃんだよね) そしてさくら。パピィのことで悲しむ自分を温かく包んでくれた優しさは、 早くにお星様になってしまったマミィとの数少ない思い出を思い起こさせてくれた。 (歳はゆぎりん達より下だけど、さくらちゃんがお母さんな気がするなぁ) たえは…喋れないので案の定歳は分からなかった。 しかしそれを抜きにしてもゆうぎり以上の長身だ。同い年ということはいくらなんでも無いと思う。 (でも一緒にいると年下な気もしてくるから不思議な感覚だよね、たえちゃん) 最後に愛。言いたいことをはっきり言う性格だけど、実は自分を除いて一番年下だったらしい。これも聞いた時は少し意外だった。 純子もだが、生前からアイドルという経歴ゆえ仕事に対するプロ意識が非常に高く、見習う所は多い。 (仕事には慣れてるしリリィ達のこともよく見てくれてるし、頼れるお姉ちゃんって感じ) こうして心の中で全員の印象を振り返ってみたが、父の巽、母のさくら、ペットのロメロ、長女のゆうぎりまでは決まるものの、 他のメンバーの順番はやはり定まらない。全員同列でもいいのだが、一度気にしてしまったらはっきりさせないと、寝たくてもきっと眠れないだろう。 そうしてうーんうーんと頭を悩ませていると…。 「リリィ?どうしたのリリィ?ずっと考え込んでるみたいけど」 気付いたら隣で愛が話しかけてきていた。そうだ、ちょうどいいから本人に聞いてみよう。 「ねえ愛ちゃん、愛ちゃんは妹が何人欲しい?」 「…は?」 この後「リリィになに吹き込んだのあんた!」と愛が巽に抗議しに行ってしまい、訳を話すのに苦労したのはまた別のお話。 ―――――――――――― 年上扱いされたい純子の話 ―――――――――――― 「愛さん…私、いくつに見えますか?」 私は兼ねてから密かに気になっていた質問を愛さんにぶつけてみました。 私こと紺野純子はこれでも19歳。フランシュシュの皆さんの中では一番の年長者なのです。ゆうぎりさんはともかく。 芸能界は年功序列に厳しい世界。身内と言えどそこを緩くしてしまうのはいかがなものかと思います。 決してたまには年長者として敬ってほしいと急に思い立ったわけではないのです。本当です。 「ん?19じゃないの?」何かおかしな所でも?とでも言いたそうな顔で答えられてしまいました。 いえ、合ってるんですがそういうことではなく…。 「そ、それはそうなんですが、あくまでも見た目の話です」 「ああ見た目の話。うーん…そうね…」 顎に手を当てながら、愛さんは私の頭から爪先まで食い入る様に見つめます。 自分で言い出しておいてなんですが、こんなにじっくり見られると、ちょっと恥ずかしいです…。 「…ねぇ純子?正直に言っていい?」 しばらく私の姿を凝視していた愛さんがなぜか念を押してきました。 ちょっと怖いですが、先に聞いたのは私なのでここは我慢です。 「ど、どうぞ。お願いします」 「じゃあ遠慮無く言うわ。とても年上には見えないわね。私と同い年くらいって所かしら」 や、やっぱり…。道理でメンバーの皆さんが私を年上扱いしてくれないと思いました。 思わずショックで膝から崩れ落ちてしまいます。 「あー…ごめん。でも気にしてたの?年上扱いされないの」 「いいんです…。どうせ私は童顔です…。生きていた頃は付き合いで連れてこられた居酒屋で中学生扱いされることもありましたし…」 あの時は何度言っても聞いてくれなくて本当に大変でした…。車の免許が欲しいと少し本気で考えた瞬間でした。 悲しみの記憶を振り返っていると、 「えーと…その、悪かった…いえ、すみませんでした。気に入らないなら改めますから、機嫌を直して下さい、純子先輩」 上から聞き慣れない言葉が降ってきました。 「…愛さん、今なんて言いました?」 「?…ですから、機嫌を直して下さい純子先輩」 顔を上げてみれば、なんと愛さんが困ったような顔をしながらも敬語で話しかけてくれています。 愛さんの普段の口調とのギャップもあって、私は心の中でとても感激してしまいました。 それにしても先輩…良い響きです。私、芸能界では若輩のまま世を去ってしまったのでとても新鮮です。 「ありがとうございます、愛さん。もう満足です」 「もういいの?」 「はい。お手数をおかけして申し訳ありませんでした」 先ほどまでとは打って変わってすっかり晴れやかな気分です。 お願いを聞いていただいた愛さんに感謝の意を示すべく、私は深々とお辞儀をします。 再び頭を上げると、愛さんが複雑な顔をしていました。 「愛さん?」 「ねえ純子、あんたが年上扱いされないのって、見た目もあるけどその丁寧な言葉遣いが原因なんじゃない? ずっと年下のリリィにもそうやって喋ってるでしょ?」 …あっ! ―――――――――――― 年上扱いされたい純子の話のおまけ ―――――――――――― 「…ということを愛さんに言われてしまったんですが…、さくらさんはどう思われますか?」 その後に出会ったさくらさんに、先ほどまでの顛末をお伝えしてみました。 「あはは…。ごめんね気付かなくて。うーん…そうだなぁ…愛ちゃんの言うことも一理あると思うっちゃけど、 でも私は純子ちゃんみたいにいつも物腰が柔らかい人も、大人の女の人って感じで憧れるなぁ」 大人の女性…素敵な響きです。私も憧れています。 「やけん、純子ちゃんはそのままでいいと私は思っとるよ?純子ちゃんに似合ってるし」 「ありがとうございますさくらさん。おかげで自信が持てました」 「どういたしまして。って、あっ!ごめんね純子お姉ちゃん。お姉ちゃん付けるの忘れてたとよ」 …お姉ちゃん? 「…さくらさん、今なんと?」 耳を疑った私はつい聞き返してしまいました。 「純子お姉ちゃん年上扱いされたいって言ったけん、それとも純子姉さんの方がよかとかな?」 お姉ちゃん…いけません。甘美な響き、というよりは少々刺激が強過ぎるくらいです。 自分で言い出したことですが、ちょっとこれは続けられません。 「いえ、もう充分です。これからも今まで通りで大丈夫ですので…」 ゾンビなのに顔が真っ赤になる感覚を覚えながら、私はその場を後にしました…。 ―――――――――――― 愛にお姉ちゃんと言わせたい話 ―――――――――――― 就寝前の前の水浴びを終えて部屋に入ると、先に一人でいたサキが藪から棒に質問してきた。 「なあ、アタシらの中で一番年下なの、チンチク抜くと愛だよな?」 「何よリーダー、そうだけどどうしたの?」 嫌な予感、というかデジャヴを覚える。これからサキが言うことが手に取る様に分かる気がする。 「いや、アタシ年上だし、ソンケーの一つもあってもいいんじゃねーの?」 予想は的中。というのも先ほど純子に同じことを言われたからだ。 その時は純子があまりに気落ちするものだから、つい気を遣って先輩と呼んであげた所、大変喜ばれた。 なのだが、今までずっと呼び捨てにしていたので、後から考えると結構恥ずかしい。出来ればもう一度は避けたい。 「何それ?そういうのもう今更でしょ?」 悪戯っ子のような顔で疑問を呈してくるサキに対し、私はこれから起こりそうな事態の回避を試みる。 「まーそれはそうなんだけどよ、純子には先輩って呼んどったやろ?アタシにもそういうのねーかって」 回避に失敗した上に純子とのやり取りも見られていたことが露見した。 「サキちゃんと愛ちゃん、なに話してるの?」 戻ってきたリリィが話に入ってくる。 「愛は年上をソンケーしろって話だ。お前からも言ってやれチンチク」 いけない。増援が増えたら押し切られてしまう。ここは矛先をリリィに逸らすべきだ。 「そうよ、リリィが一番年下じゃない。私よりリリィに言ってもらえば?」 そう言ってリリィの方を見る。お願い、テキトーにあしらって終わらせて。 「うん、別にいいよ。サキお姉ちゃん!愛お姉ちゃん!リリィ、お姉ちゃん達だーい好き!」 …一瞬にして妹になりきってきた。天才子役の力を舐めていたかもしれない。 「おーおーやるじゃねーかチンチク!よし、次愛の番な!」 「はぁ!?」 しかも逸らし切れてなかった。サキはいつもはさっぱりとした性格の癖にこういう時は結構しつこい。 「た、ただいま戻りました…」 ここで純子が帰ってくる。心なしか顔が赤い。さっきのことでまだ興奮しているのだろうか。 「おー純子、良い所に来たばい。なんでさっき愛に先輩って呼ばれとったと?」 「み、見てたんですか!?」 ハッと顔を上げて焦る純子。かわいい、と言っている場合ではない。助けてほしい。 「実はこれこれしかじかで…」 「わかる…わかるぞぉ純子。アタシも一応年上やけん、ちかっとくらい先輩とか姉ちゃんとか言われてみてーわけさ。なのに愛と来たらよぉ」 純子が理由を話すと、サキは微妙に芝居がかった口調で同調する。純子を仲間に引き込もうとしているのは明らかだ。 「ちょっと、純子には一回言ったからいいでしょ!」 これ以上勢力が増すと危うい。阻止しなければ。 「その…私も、愛さんにもう一回言っていただけるのであれば、お願いしたい、です…」 ダメだった。 「なかなか面白い話をしてはりますなぁ」 更にゆうぎりがやってきた。まずい。彼女が加わると完全にペースに乗せられてしまう。 「いつの時代も芸事の世界は位の上下に厳しいもの。愛はんも分かっていんしょう」 「そんなの、言われるまでもないわ」 当然だ。伊達に厳しい芸能界で生き残り、日本一になったわけではない。もう死んでるけど。 「なら早くおやりなんし。こういうものは溜め込むと面倒になりんす」 ゆうぎりはいかにも「全部分かっててからかってますよ」という含みを持った笑みを浮かべている。 「リリィも愛ちゃんがお姉ちゃんって言う所見てみたいなー。いつも皆に呼び捨てだもんね」 「そうそう、たまにはそういうのもよかとやろ?」 完全に万事休すだ。このままではまた恥ずかしい思いをする羽目になる。どうにかしないと…。 「ただいまー。あーさっぱりした」「ヴァウ!」 声と共にドアが開き、さくらとたえが水浴びを終えて舞い戻った。 「皆集まって、なんの話しとると?」頭に?マークを乗せて、無邪気な顔で聞いてくるさくら。 「よく来たわさくら!もうあんたしかいないの、助けて!」 「さくらも言ってやれよ。あたしら年上なのにナメられとるとぞ?」 「さくらは同学年だからいいでしょ!」 「えっ?えっ?何?何の話?」 どやんすどやんすと混乱するさくらに、これまでと同じ様に会話の内容を話した。きっとさくらなら私の味方に…。 「うーん…さっき純子ちゃんにもそのこと聞いて思ったんだけど、私も1回、言ってみてもらいたいなーって…ダメかな?」 「ダメに決まってるでしょ!?」 なってくれなかった。なんということだ。知らない間にさくらまで懐柔されているとは。というか純子、話したのね。 と言っても秘密にしてとは頼まなかったから完全に私の落ち度だけど。 「全員一致だな、観念しろ愛。ちかーっとだけでいいけん、軽く言っちまえ。な?」 サキがニヤニヤしながら最終通告をしてくる。その嬉しそうな顔が今は憎らしい。 「あーもう!分かったわよ!言えばいいんでしょ言えば!」 もうなるようになるしかない。私は必死に頭を回転させて言葉を探す。今更年上だからと言われてもなんと呼べばいいものか。 そういえば以前リリィが自分達は家族のようなものと言っていた。家族の中で私が年下…となれば一つしかない。 そこに気付いた私は一度深呼吸し、気分をなんとか落ち着けた後、こう言った。 「…ゆう姉、サキ姉、純姉、さく姉、リリィ、たえ…いつも…ありがとね」 私が言い終わると同時に広がる皆の歓声。 耐え切れずに布団を被って身を守り、そのまま不貞寝した。明日のレッスン、サキだけ厳しくしてやろうかしら。 ―――――――――――― ミュ~コミ+の話 ―――――――――――― 「はいフランシュシュの皆さんおはようございます。今日も皆さんに嬉しいお知らせがありまーす」 今日も地下の牢屋で朝礼が始まる。最近はすっかり上り調子のフランシュシュ、この通り吉報が次々と舞い込むようになった。 「なにやるか知らんとが、どうせ今日やろ?さすがにこんだけやっとったら分かるとぞ」 幸太郎が取ってくる仕事はなぜかそのほとんどが当日の話である。 既にそれなりの年月をその調子で過ごしてきたゾンビィ達なので、今ではすっかり慣れてしまった様子だ。 「ん~よくわかってるねぇ~サキちゃん~さすがリ~ダ~だねぇ~すごいねぇ~」 「せからしい!結局なんだよ!」 「フッ、慌てるなこのせっかちゾンビィさんが。それじゃ行くぞー?本日のお仕事はー…はいドーン!これです!」 牢屋に置かれた黒板を幸太郎が裏返すと、そこには「ラジオ」とだけ書かれていた。 「東京で、ラジオの収録じゃーい!」 「ラジオ?!」「と、東京!?」 意外な場所での仕事に、全員がにわかに色めき立つ。 「うむ!なんとあちらの音楽番組に、地方アイドル特集の代表としてゲスト出演することになった! 佐賀の、お前らの頑張りを首都東京に見せつけてやるチャンスだ!しっかり励め!」 大都会東京。そこに住む、佐賀を遥かに上回る数の人々に自分達の歌と声を聞かせることが出来るなんて。 彼の謎の営業力には驚くばかりだ。 「というわけで今から飛行機に乗りに佐賀国際空港まで行きます。お前ら急いで支度するように。 なお日帰りは俺が疲れて嫌なので泊まりです」 「よっしゃ、じゃあ終わったら観光しようぜ!いいよなグラサン!」 泊まりと聞くなり立ち上がり、出歩く許可を得ようとするサキ。他の6人と合わせて、期待に満ちた14の視線が幸太郎に集められた。 当の幸太郎はゾンビィ達の眼差しに押されたのか、何事か思案する様を見せ、そして…。 「あー…まあよかろう。ただし俺も行く」 条件付きのOKを出した。 「えー!?」 「お前ら交通費持っとらんじゃろうが!俺がいなきゃどっこも行けんぞオタンコナスども!」 「自分も東京見物したいだけじゃないの?」 「違いますぅー!お前らの保護者として当然の行動ですぅー!」 愛の鋭いツッコミをウザいテンションで誤魔化す幸太郎。 きゃいきゃいと言い合うその姿は、まるで修学旅行の行き先を決める学級会だ。 フランシュシュの東京進出は果たして上手く行くのだろうか?答えは神のみぞ知る。 「それとリリィ。お前は収録には出せんから、向こうに着いたら俺と外で見てることになる」 「えー!?なんでリリィだけなのー?ぶーぶー」 「深夜の放送という体だから永遠の12歳のお子ちゃまは出せんのじゃい。お前子役やっとる時そうだったじゃろ」 「あー…じゃあ仕方ないね」 ―――――――――――― サキはマジになった時はリリィをリリィって呼びそう、呼んでほしいって話 ―――――――――――― 気が付くと、アタシは崖っぷちにいて、今にも落ちようというチンチクの手を掴んでいた。 なぜこうなったかは知らない。考えている暇も無い。今はただ、視線の先に広がる闇にチンチクが飲み込まれない様にするだけだ。 「手ェ離すんじゃねーぞチンチク!今引き上げてやっからな!」 「サキちゃん…でもこのままだとサキちゃんも落ちちゃうよ…」 「せからしい!集中出来ねーとやろが!」 汗で手が滑ってくる。確実に掌の摩擦力が落ちていくのを感じる。それでも諦めるわけにはいかない。 「待ってろ…アタシの根性見せてやっからな…!」 「…サキちゃん…もういいよ。…さよなら」 チンチクはそう言うとアタシの手を振りほどいて…アタシは…アタシは…。 「リリィーーーーーーーーッ!!」 アタシはバネでもついてるかの様に跳ね起きる。景色は朝日が差し込むいつもの部屋と、傍で眠る仲間達の姿に戻った。 …夢か。良かった。本当に良かった。それにしても酷い夢だった。 「ん~…サキちゃんうるさ~い…。何~?」 寝ぼけまなこをこすりながらチンチクが起きてくる。 「…悪ぃ、なんでもねー」 「ふーん…。…あれ?ねえサキちゃん、今リリィって言わなかった?」 「バッ!?言ってねー!ブッ殺すぞチンチク!」 以上です。 ―――――――――――― 幸太郎の裸体の話 ―――――――――――― 夜、さくらが水浴びの帰りにふと下駄箱の上を見やると、買い物が入ったビニール袋が置きっ放しにされていた。 中身はメンズのシャンプー、つまり幸太郎用のものだ。きっと買って帰ってきた時にここに置いてそのまま忘れたのだろう。 そういえば幸太郎が風呂に入っているのはいつもこの時間のはずだ。 せっかくだから持っていってあげようと思い立ち、浴室へと足を運ぶ。 「幸太郎さーん?シャンプー玄関に忘れとったとよー?」 「ああ、すまんさく…ら…?」 既に風呂場に入っていると思い込んでいたさくらが脱衣所の扉を開けると、そこにはまだ幸太郎の後ろ姿があった。 ――ただし、一糸纏わぬ姿の。 ゴトッ、と音を立ててさくらの持ったシャンプーが床に落ち、気まずい沈黙が訪れる。 「なにしとるんじゃい!はよあっち行かんかいバカゾンビィ!!」 「ごごご、ごめんなさーーーーい!!」 ―――――――――――― 誕生日の話 ―――――――――――― ある日の夜。そろそろ練習を終えようとするフランシュシュの面々がいるレッスンルームに、幸太郎が珍しく入ってきた。 大鏡の前に立つ彼の前に、一同は少し訝しみつつも集合する。 「はい皆さんお疲れ様です。突然ですが皆さんに嬉しいお知らせを持ってきました」 いつもの朝礼と同じように始まる幸太郎の話。しかしある点だけがいつもと違った。幸太郎のテンションがやけに低いのだ。 「幸太郎さん、何かあったとですか?」「変な物でも食ったかグラサン?」 さくらとサキの質問にも「ああ」と簡素に返すだけ。 これはいよいよおかしいとメンバーが顔を見合わせ、さくらが心配して歩み寄ろうとすると、幸太郎が突如後ろを向いた。 そして次の瞬間振り返った彼の手には、円錐状の何かと、今にも引っ張られようとする紐が握られていた。 「ウェーーーーーイ!!!」幸太郎の奇声と共にクラッカーの炸裂音が鳴り響く。 「今日はお前らが目覚めてちょうど1年!つまりぃ、お前らの第2のHappy birthday!そしてフランシュシュ結成から1周年じゃーい!! おめでとうお前ら!よく頑張ったお前ら!」 煙と火薬の臭いの中で呆気に取られるゾンビィ達に対し、一転して満面の笑みで祝福する幸太郎。どうやらサプライズのつもりだったらしい。 言われてカレンダーを見てみれば、この日は4月14日。訳も分からずライブハウスに連れて来られた、その翌日から1年が経ったという事である。 「…そう、もうそやん経ったとですね」さくらの脳裏にあの夜の出来事が鮮明に思い出される。 大変だったけど今ではすっかり笑い話だし、何より自身にとってアイドルとしての記念すべき第一歩として、良い思い出だ。 「そんなお前達の為に、今日は俺からプレゼントを用意しました!よく味わって食うがいい!」 いつの間にか幸太郎の手にはケーキと思しき箱がぶら下がっていた。一気に色めき立つゾンビィ女子達。 「よっしゃ!これからも気合入れてこうぜ!夜露死苦ーー!!」「「「「おー!」」」」「あいー♪」「ガウゥー!」 こうしてリーダーの号令と共にささやかな誕生日会が開かれ、メンバー全員、更なる奮闘を新たに誓い合ったのだった。 ※第1話Bパートのライブハウスの楽屋でさくらが見ているチラシに4月13日と書いてあり、 1話最後のシーンで皆が目覚めたのがその翌日、4月14日と考えられる、というわけで設定 おまけ 「いやー、デス娘(仮)の時は正直俺もどうなるか全くわからんかったが、お前ら本当にナイスゾンビィ!」 「あの時から幸太郎さんはずっと無茶ぶりばっかりで酷かったとね」 「デス娘…?あの時…?ちょっと待てグラサン、あたしらその日のこと知らんとぞ」 幸太郎とさくらが二人感慨に浸っている所に、ケーキを食べながらサキが口を挟む。 「そらそうじゃろう、お前らまだ目覚めとらんかったからな」 何を今更とばかりに返事をする幸太郎。 「目覚めてなかったって、じゃあ私達が知らない間にライブしたの?」 「ああ。お前ら意識無いからってステージの上でメチャクチャしよってからに、後始末が大変だったんじゃい」 「もしかして、メイクもですか…?」 「ああ。お前らが暴れんように全身メイクしてやるのはなかなか大仕事だったぞ」 こともなげに言い放つ幸太郎に、愛は青ざめ、純子の頬は朱に染まった。 「ええー!巽のエッチ!変態!」 「眠っている間にわっちの全てを見ていたとは、幸太郎はんも助平なお方でありんすな」 「変な言い方すなボケェ!」 微妙に引っかかるものを残して、ゾンビィ達の誕生日会は過ぎていった…。 ―――――――――――― 皆の普段着の話 ―――――――――――― 「ねー巽。質問してもいいかな?」 夜、寝る前に気になることが出来たので巽に直接聞きに行った。 部屋に行ったら巽はまだ仕事してて、今はリリィを追い出す暇も惜しいみたい。ずっとパソコンの画面とにらめっこだ。 「なんじゃい。仕事の邪魔だから早く言え」 リリィと喋りながら、巽は今も忙しそうにキーボードを叩いてる。あんまり邪魔しちゃ悪いし、さっさと聞いて帰ろっと。 「みんなのいつもの服って巽が選んだの?このパジャマもだけど、リリィ達が気が付いた時にはもう用意してあったよね?」 「そんなのどうでもよかろうが。用はそれだけか?なら戻って寝ろ」 やっぱり誤魔化された。ここまでは正直予想通り。どうやって答えを言わせようかな? 「どうでもいいなら教えてくれてもいいと思うなー。教えてくれるまで寝てあげなーい。ふーんだ」 ここは困らせる方向で行ってみよう。 「はぁ…。確かに、選んだのは俺だ。気に入らなかったか?」 作戦成功。なんだかんだで答えてくれるから巽は優しいよね。 「んーん、むしろ逆。巽にしてはいいセンスだなーって。あのゴミみたいにダサいTシャツみたいなのじゃなくて良かった」 「うっさいわ!褒めるか貶すかどっちかにせえ!わしゃデザインは専門外なんじゃい!」 正直に言ったら怒られちゃった。まぁあのTシャツを見ればね。知ってた。 「全く…お前らのそれ揃えるのメチャクチャ苦労したんだぞ。 まだ目覚めないお前らの身長と3サイズを慎重に測ってな。そんで大の男が女の服と下着を一人で買いに行ってな! 「お子さん用ですか?お若いのに大変ですね(裏声)」って店員に言われた時のわしの気持ちがなぁ!」 言いながらスイッチが入ったのか、巽はどんどんウザいモードに入りながら袖で目を擦ってる。サングラスの上からだから意味ないけど。 想像したらさすがにちょっと気の毒になっちゃったから、フォローしてあげなきゃ。 「そんなに大変だったの?ごめんね巽。でもリリィのこのパジャマ、すっごくかわいいよ!」 「そりゃ良かったのぉ!話ってそれだけか!気が済んだらとっとと寝んかいバカタレェー!」 勢いのまま部屋からつまみ出されちゃった。ちぇー。 まあでも、そんな大変な思いをして巽が一生懸命選んでくれたと思うと、悪い気はしないよね。 このこと、みんなにも教えてあげようかな?そんなことを考えながら寝室に戻ったのでした。 ―――――――――――― 他の人が書いた理想のプロポーズの話の続きを勝手に書いた話 ―――――――――――― (他の人が書いた分のあらすじ:寝る前のガールズトークで理想のプロポーズの話題になったのでゆうぎりが披露した) 「へへっ…まさか、特攻隊長のアタシが負けちまうとはな…」 「俺だっていつまでも弱いままではいられんからな」 夕日輝く鏡山展望台。二人の男女は虹の松原を見下ろしながら語り合う。 二人は先ほどまでお互いの誇りを賭けたバイク勝負に挑んでおり、そして男が勝ったのだ。 そして今、勝負の前に交わした約束が果たされる時が来た。 「俺の勝ちだ。わかっているな?」 「ああ、わかっとるさ」 「ならいい。そうだ…お前は今日から…俺の"女(スケ)"じゃい」 「――っていうのはどうよ?」 「わぁ、ストレート!」 「…ごめん、ちょっと想像つかない世界だわ」 「スケってなんでしょうか?」 「サキちゃんのってなんか漫画みたーい」 夜の鏡山展望台。さくらは虹の松原の暗闇と輝く夜景の美しいコントラストを眺めながらため息を吐く。 「ここにいたのか」一人の男が彼女の後姿に歩み寄る。 「…どうして来たんですか」さくらは振り向かずに問う。 「お前がここにいるからだ」 「やめて下さい!持っとらん私がいると、あなたに私の不幸が移ってしまうとです!もう構わんといて!」 涙ながらに男を拒否するさくら。だがその本心を知る男は諦めない。彼はとめどなく溢れる想いをさくらにぶつける。 「俺が持っとるんじゃい!いくらお前が持ってなかろうが、俺が持ってりゃええんじゃい! いいかさくら!俺は、お前を絶対に見捨ててやらん!ずっと、一生!俺が傍にいてやる!」 言い終えると、彼はさくらの体を強く抱き締めた――。 「なんか…変にリアリティ無い?」 「まるで見てきたみたいです…」 「え?へへ、そうかな…?気のせいだよ」 ―――――――――――― サキの趣味:ゲームセンターな所が書きたかった話 ―――――――――――― アルピノライブが終わり、年が明けてしばらく。 フランシュシュの知名度はあれ以来みるみる上がり、それにつれてメンバーも全員ではなく個々の仕事が求められることが増えた。 というわけで今日はサキの一人仕事。それ自体は問題無く終わって帰路についている途中、信号待ちの間にサキがあるものを見つけた。 「おっ!ゲーセンあるやん!寄ってこうぜグラサン!」 「ダメに決まっとるじゃろがい。お前一人遊ばせて帰ったら他のゾンビィ共に何言われるかわからんぞ」 「まーそこは帰ってから考えるってことで。な?ちかーっとだけやけん。こういう所での経験が何かに活かせるかもしれんし」 二階堂サキという女はこう見えて意外に口が回り、頼み事をするのが巧い。その割にライブのMCはなかなか上達しないのだが。 そんな彼女の熱視線を浴びながら、彼は信号が赤から青に変わるまで逡巡し、時計をチラッと見たあと…。 「…少しだけだぞ」 幸太郎は結局おねだりに屈するという結論に至ったのだった。内心「俺も甘いな」と思いながら。 「なんだこの洗濯機みてーなの!これどやんして遊ぶんだ!?」 「あそこで踊ってるヤツおるぞ!あれもゲームなんか!」 「うおーでけー!これでロボット動かしてるのか!?」 「ス○IIってまだやってんのかよ!あ?V?」 ゲームセンターに入ってから、サキはまるで初めて都会に出たお上りさんの様にキョロキョロしては、この通り感嘆の声を上げ続けた。 およそ20年ぶりに訪れた大好きな場所とあっては無理も無い。まさに隔世の感あり、である。 「どうだ?今のゲームセンターは」 驚き過ぎて少し疲れた様子のサキに、幸太郎はジュースを差し出しながら聞いてみた。 「そーだな…ゲームががば綺麗になっとるのもあるとが…なんか雰囲気変わったな。小奇麗になったっつーか。 アタシが生きてた頃のゲーセンはアタシらみてーなヤンキーのたまり場でよ。 薄暗ぇーしタバコ臭ぇーし、勝った負けたですぐ「表出ろコラ」っつってケンカになってな。 まあでも、フツーの奴らにとってはこっちの方がよかさ」 缶を受け取りながら、サキはあの頃のこの場所を懐かしんだ。現実では20年経ってるのに、まるで昨日のことのように思い出せる。 (ゾンビの彼女にとっては実際に昨日とそう変わらない感覚なのだが) 「それに、あの頃となんも変わらんもんもあるってのも分かった。あーいうのとかな」 サキの視線の先には、20年前とほとんど同じ姿を保った、UFOキャッチャーの姿があった。 「アタシの実力、見せてやるよ」 せっかくだからと幸太郎に渡されたお小遣いの300円を握りしめて、サキはニヤリと不敵な笑みを浮かべるのだった。 「ただいまー」 「おかえりーサキちゃん、遅かったね。巽は?」 洋館に帰るとリリィが出迎えた。サキにとってはちょうどいい展開だ。 「グラサンはなんか呑みに行くっつってアタシだけ置いてった。それよりチンチク、いいもんやるよ」 「いいもの?」 サキは後ろ手に隠した少し大きな袋をリリィに渡す。リリィが中を覗くと、ぬいぐるみが入っていた。 「わぁ、ぬいぐるみだー!どうしたのこれ!?」 「へへ、ちょっとな」照れ隠しに指で鼻の下を擦りながら答える。 一人だけゲーセンに行ってたというのはさすがに後ろめたかったのか、幸太郎と二人だけの秘密ということになった。 「ありがとサキちゃん!たまにはいいとこあるんだね」 「たまにはじゃねー、いつもだ!ぶっ殺すぞ!そやんこと言っとるとそれ返してもらうけんな!」 「あー!ごめーん!」 まるで仲の良い姉妹のようなやり取りを繰り広げたあと、二人は顔を見合わせてニシシと笑い合い、館の奥へ消えていった。 そして次の日。レッスンルームには練習に励むゾンビィ達を見守る新しい仲間が増えたのだった。 ―――――――――――― サインの話 ―――――――――――― 「はい皆さんおはようございまーす。突然ですが、今日は皆さんにやってもらいたいことがありまーす」 薄暗い室内に響く幸太郎の声。今朝も地下室でゾンビィ達の会議が始まっている。 「アイドルにとって、歌やダンスと同じくらい必要なものがお前らには足りない。 今日はそれを補ってもらうぞ。何のことか、わかるかさくら?」 「え、えーっと…笑顔?」幸太郎の問いに困惑の笑顔で答えるさくら。 「おーええのぉー、笑顔は大事じゃからのぉー、こうやってニン、って笑ってのぉー」 口角を指で引っ張ってみせる幸太郎。それは笑顔というより変顔、というゾンビィ達の言外の意思は当然無視された。 「でも残念違いまーす!正解はー…」 言いながら彼は黒板にスラスラと文字を書いていく。 やがてそこには極めて雑に綴られた(ように見える)「巽幸太郎」の文字が出来上がった。 「サインじゃーーーい!」 「サイン…ですか?」 「そうだ。お前らは未だ端っこも端っこだがアイドル、つまり芸能人だ。芸能人に必要な物と言ったらサインに決まっているだろう」 純子の言葉に幸太郎はそんなのもわからんのかと言わんばかりの仁王立ちで答えた。 「リリィはん、"さいん"というのはなんどす?」 「芸能人が書く署名のことだよ。これがあると本人の証明になるってことなんだけど、 他にもグッズに書いて価値を上げたり、サイン会みたいなイベントが開けたりして何かと便利なんだ」 ゆうぎりに対するリリィの解説に幸太郎が首肯する。 「その通り!サイン会にサイングッズはアイドルの大・定・番・じゃい! そういうのやるのにサイン考えてないなんて有り得んからな。お前らちゃんと作っとけよ! それと当然だが生きてた頃のサインは使うな。特に愛、純子、リリィ」 「言われなくても分かってるわよ、全く」 名指しで言われたので愛はつい反論してしまったが、ともかく、今後の展望の為に全員で自分のサインを考えることになった。 「――っつったってよー、アタシら表向きの名前は1号2号って数字だけやん。こんなん誰が書いても一緒にならんとか?」 所変わってレッスンルーム。その中央で与えられたノートと向き合う7人のゾンビィ達。 鼻の下にサインペンを載せ、腕を組んで、サキは目の前の紙と睨めっこする。 芸能とは縁遠い世界に命を捧げた彼女は、当然サインの書き方など分かるはずもなし。 あーでもないこうでもないと書き続けた結果、ページは既に真っ黒だ。 「サキちゃん出来たー?って、その調子だとダメそうだね」 様子を覗き見たリリィだったが、すっかり筆が止まっているサキを見ておのずと悟った。 「そんなに難しく考えなくても大丈夫ですよ。本人が書いたということが分かればいいんですから」 「そうそう。あんたの字は元から特徴的なんだし、普通に書けばいいの」 愛と純子がフォローするも、やはりサキはピンと来ていないようだ。 「あーわからん!…そうだ、愛と純子とリリィは芸能人やっとったとやろ?参考にするから、昔のヤツちょっと書いてくんねーか?」 サキの提案に3人は互いの顔を見合わせると、それぞれのノートに生前のサインを書いてみせた。 「おーすげー!本物の芸能人のサインばい!」 今や自分もそうであることを忘れ、正直に感心するサキ。 「サキちゃんどう?参考になった?」 「ああ、なんが書いてあるかさっぱり分からん!」 二カッと笑いながらはっきり言い切る彼女に、3人は思わず呆れ顔になってしまった。 一方、サキとは別の意味で悩んでいるメンバーがいた。さくらである。 彼女と、その傍らに座るたえの前にあるノートの中では、前衛芸術もかくやとばかりに無数の線が乱舞していた。 「うーん…やっぱりたえちゃんはサインなんか書けないよね…。どうしたらいいんだろ?」「ヴァー?」 自分のサインは生前こっそり練習していた経験が活きて案外すんなりと決まったのだが、問題はたえだ。 言葉こそ喋れないが、たえも立派なフランシュシュのメンバー。なれば勿論サインは必要不可欠である。 しかしどうやって書かせたらいいものか。この調子では二度と同じものは書けないし、誰が書いても同じになる。 眼前の無理難題にさくらがうんうんと唸っていると…。 「お困りのようでありんすね」 ゆうぎりが声を掛けてきた。 「ゆうぎりさん。もう決まったと?」 「あい。こんなのでどうでありんすか?」 そう言って見せられたノートには――サインペンでどうやって書いたのか――見事な筆文字で「伍号」の文字が書かれていた。 「うわぁ、すごい達筆…。そういえば、ゆうぎりさんの時代では署名ってどやんしとったと?」 「わっちが生きていた頃は、血判を押したりしていたでありんすな」 「けっぱん?」 さくらは聞き慣れない言葉についオウム返しをしてしまう。 「あい。指に傷をつけて、お客さんへの思いをしたためた文に血を押しつけんす。 自分の身を切ることで、気持ちを神さん仏さんに誓って証明したわけでありんすな」 「わぁ、ちょっと怖いけどドラマチック!」 遠い昔に繰り広げられた愛の誓いに、さくらは目を輝かせる。 「そうしてその気になってくれるお得意さんをたくさん作る為に、血判状を何十枚も書いてる仲間もおりんした」 「えぇー…」 ドラマの欠片も無い真実。その落差に愕然とするさくらだったが、しかし同時に大きなヒントがあったことに気付いた。 「…うん?待って…指を…指…そうだ!その手があったね!ありがとうゆうぎりさん!」 その日の夜、幸太郎は自室で提出されたそれぞれのサインを眺めていた。 可愛さが溢れるさくら。太く豪快な線のサキ。さすが元アイドルと感嘆する出来の愛と純子。 美しい筆文字のゆうぎりに、星がきらめくリリィ。どれも合格じゃい、と心の太鼓判を押す幸太郎。 そして問題のたえである。 実の所、たえのサインをどうするか、言い出しっぺの幸太郎でさえ完全に意識の外だったことに後で気づいたくらいなのだが、 こうして上がってきたものには、ナイスゾンビィの賛辞を贈らざるを得なくなった。 「なるほど。確かにこれはたえ以外の何者でもないな」 椅子にもたれかかる幸太郎。デスクの上には、所狭しとたえの指紋が押捺されたノートが広げられていた。 ―――――――――――― メガネの話 ―――――――――――― ある日、用事があって幸太郎の部屋を訪れたさくら。 ふと机の上を見ると、彼の傍らに覚えの無いメガネケースが置かれていた。 「あれ?幸太郎さん、このメガネどうしたんですか?」 「メガネ屋に営業に行ったら土産にもらったものだ。見本だから度は入っとらんがな」 PCの前に座り、仕事をこなしながら答える幸太郎。 「へぇー。そういえば幸太郎さんメガネかけるんですか?そのサングラスも度入り?」 手に取ってケースを開けながらさくらは質問を続ける。 「俺様の目は佐賀の端から端まで見渡せる優れものなんじゃい。メガネなんぞ必要あるかボケェ」 相変わらずどこまで本気か分からない答えに対して反応に窮するさくらだったが、ふとあることを思いついた。 そのまま幸太郎から何かを隠すように後ろを向く。 「欲しけりゃ持って行っても…どうしたさくら?」 隣が静かになったのが気になった幸太郎がチラと隣を見るタイミングで、さくらは顔を上げて振り返った。 「えへへ、じゃーん!どうですか幸太郎さん?」 そのやーらしか顔にはもらってきたメガネがかけられていた。 「……………」 「幸太郎さん?」 返事が無い。彼はさくらを見据えたまま、鍋島直正像のごとく硬直していた。 「おーい?幸太郎さん?どやんしたと…きゃっ」 かと思えば突如立ち上がり、さくらの肩を掴む。さくらは驚きで思わず軽い悲鳴が漏れる。 「…さくら、そこのソファーに座れ」 彼は唐突に真面目モードでさくらに指示を出し、自らは本棚を漁り出した。 さくらは言われるがままにソファーに腰かけ、そんな幸太郎の様子を眺める。 「(こ、幸太郎さんがば怒っとる…?きっとあの分厚い本で私の頭をパッカーンって…どやんす~!?)」 …怯えながら。 「よしさくら、これ持ってろ」 「え?あっ、ちょっ」 しばらくして幸太郎が本を投げ渡してきた。 急なことで慌てたさくらだったが、かろうじてキャッチに成功し、ほっと一息。 「そのままそれ読んでてくれ。メガネは外すなよ」 言われた通り本を開いてみる。タイトルから察するに、どうやら恋愛小説の様だ。 彼にはあまり似つかわしくないジャンルだが、作詞の参考にでもしていたのだろうか。 「(その割にラブソングなんて歌ったことないっちゃけど)」 そんなことを考えながら、さくらはペラペラとページをめくる。 幸太郎の行動の意図がよく分からないままそうしている内に、彼女はすっかり物語にのめり込んでいった。 ――貧しくも逞しく生きる主人公の少女と、正体を隠して少女を支援する男性。 いつしか立派に成長した少女は、男性に恩返しをしたいと思う様になる。 その感情が恋へと変わるのに、そう時間はかからなかった――。 (カシャッ!) 突如シャッター音とフラッシュが静寂の室内を彩る。 「え?え?なに?なに!?」 不意を突かれてさくらが辺りを見回すと、そこにはインスタントカメラを構えて満面の笑みを浮かべる幸太郎の姿があった。 「オッケーもういいぞさくら!よくやった!」 「あの、これはどういう…?」 「そのメガネ、純子の新しいブロマイドに使えそうと閃いてな。そのテストショットだ。 別にフリでも良かったんだが、お前が随分夢中で読んどったおかげでリアリティがグン・バツ・じゃい!ナイスゾンビィ!」 「はぁ…そうですか…」 こうして謎の行動の説明を受けたものの、なぜかさくらは先ほどまでとは打って変わって不機嫌そうに返事をするに留まった。 「んんー?なんじゃいゴキゲンナナメじゃのぉー?どしたさくらー?んんー?」 ウザモードで彼女の顔を覗き込む幸太郎を、さくらは眼鏡越しに冷ややかなジト目で迎え、こう答える。 「…続き、読んでもいいですか?」 「あ、はい。どうぞ、ごゆっくり」 読書に集中しとったのに邪魔されてさすがにイラッとしたけん、がばい良いとこやったのに――。 次の日、ブロマイドを撮り終えた純子に事の顛末を話した際、さくらはこう答えたという。 ―――――――――――― バレンタインの話1 ―――――――――――― 「ねえみんな。もうすぐバレンタインやし、幸太郎さんにチョコ作ってあげない?」 節分も終わって数日後の夜。就寝前のガールズトークの時間にさくらがこう切り出した。 「"ばれんたいん"とはなんでありんすか?」 「バレンタインとは、2月14日に好きな人にチョコをあげる行事のことです。つまりさくらさんは…」 「なるほど、さくらはんは幸太郎はんのことが…フフ、隅に置けんせんなぁ」 純子がゆうぎりの質問に答えると、ゆうぎりは何かに納得した様子で笑った。 「えぇ、さくらってそうなの?」「お前趣味悪ぃな…」「さくらちゃん、考え直そ?」 ゆうぎりに乗っかってサキ、愛、リリィがからかう。 「ち、違うよみんな!?それに今は友達にもチョコあげるんだよ純子ちゃん! 私はただ、いつもお世話になってるからお礼がしたいなーって…」 他の6人からの好奇の視線に晒され、さくらは青白い顔を真っ赤にしながら慌てて否定した。 「わかったわかった、そういうことにしてやるよ。で、お前チョコ作れんのか?」 「チョコなら生きとった頃に作ったことあるとよ。私お菓子作るの好きやったけん」 サキの問いにどやんすな胸を張るさくらだったが、しかし今、自ら墓穴を掘ったことに気付いていなかった。 その言葉を聞いてニヤつきを最高潮にしたサキが、すかさず追い打ちをかける。 「ほぉー…で、誰にだよ?」 「え?」 「誰にチョコあげたんだよ?お前その話題からチョコ作ったことあるってそういうことやろ?」 「えぇ…自分で食べようと思っただけやと思うけど…」 「ここまで来て隠さんでもよかやろ、ブッコロスぞ?さっさと吐いて楽になっちまえよ」 「ええー!?」 気付いた時にはもう遅し。サキの質問は既に尋問に変わっていた。こうなるとサキは止まらない。 「あーあ、リーダーのしつこいのが始まったわ」 呆れ顔でぼやく愛だったが、特に助けるつもりは無いようだ。 「サキはん、そのくらいにしておあげなんし。さくらはんは今、幸太郎はんへの激しい情愛に燃えているでありんす。 邪魔するのは無粋というものでありんしょう」 「んー…そうだな、これ以上は野暮か」 適当な頃合いでゆうぎりが嗜めると、ようやくサキは追及の手を緩めた。 「あ、ありがとうゆうぎりさん…でも違うんだけどな…」 サキから解放され、どっと疲れた様子でお礼を言うさくら。 「まぁあのグラサンが頑張ってるのは本当だしな。たまには労ってやるとすっか」 改めてサキが自身の見解を示すと、他のメンバーも次々に賛同する。 「私も、チョコ作ってみたいです…」「リリィも賛成!」 「そうね。アイツのことだから他にもらう当てもないだろうし」 「わっちも"ばれんたいん"してみたいでありんす。"ちょこ"の作り方、教えてくださんし?」 「みんな…うん!任せて!」 こうして、全会一致でゾンビィ達のバレンタイン作戦は可決されたのだった。 ―――――――――――― バレンタインの話2 ―――――――――――― 「じゃあみんな、今からチョコ教室を始めまーす。私が見本を見せるけん、同じように作ってね」 「「「はーい」」」「おう!」「あい♪」「ヴァイ」 というわけでバレンタイン当日、幸太郎が営業に行っている間に洋館のキッチンに集合した7人のゾンビィ達。 前日までに買ってきた材料を前に、エプロンを身に着けたさくら先生が号令をかける。 「まずは包丁でこの板チョコを細かく刻みまーす」 「なあ、このチョコそのまんまグラサンにあげりゃよくねーか?」 サキが横からある種当然の疑問を口にする。 「うーん…それでもいいっちゃけど、やっぱり手作りっていうのが大事やけんね」 「そーいうもんか」 「そういうものです」 続けて刻み終わった板チョコをボウルに入れて、コンロに火を点ける。 「次は生クリームをお鍋に入れて、沸騰する直前まで温めます。 温まるまで待ってる間に、バットにクッキングシートを敷いておきましょう」 「ヴァー!」 「あっ!たえちゃんダメ!熱くなるけん、お鍋触ったらがばい危なかよ」 「温まったらさっき刻んだチョコに生クリームを入れて、滑らかになるまで泡立て器でかき混ぜまーす」 手慣れた手つきでボウルの中を撹拌するさくらを見ながら他のメンバーも真似をするが、さすがに同じようにはいかない。 「これ、結構難しいですね…」 「こんなもんバーッとやっちまえばよか!うおおおお!」 「サキちゃん飛び散ってるよー!」 「滑らかになったらバットに流し込んで、冷凍庫に入れて固まるのを待ちます」 「どんくらいだ?」 「1時間くらいかな。あんまり長く入れておくと固くなり過ぎちゃうけん、気を付けんとね」 「じゃあその間は練習に戻りましょうか」 1時間後。練習を一時中断してキッチンに戻ってきた一同は、冷凍庫を開けて固まったチョコを取り出した。 「うん、ちゃんと固まっとるね。じゃあ、これを食べやすい大きさに切りますが、その前に包丁をお湯で温めます」 「なぜでありんすか?」 「冷えて固まってるチョコをそのまま切ろうとすると潰れてしまうんだけど、熱で溶かすようにすると綺麗に切れるとよ」 「へぇ、さくらはんは物知りでありんすなぁ」 お湯を用意し、包丁を少し浸けて温め、水気を拭き取ったら、バットから外したチョコに刃を入れて切り分ける。 「切り終わったらこれにココアパウダーをまぶして完成です。お疲れ様ー!」 「巽さん、喜んでくれるといいですね」 「うん!」 期待に綻ぶさくらの顔につられて、他のメンバーも笑顔になる。 果たして幸太郎の感想やいかに――。ラッピングしたチョコを冷蔵庫に入れて、ゾンビィ達は練習に戻るのだった。 ※参考資料として明治の公式サイトにある手作りチョコの中から基本の生チョコのレシピを参照 ―――――――――――― バレンタインの話3 ―――――――――――― 太陽がその姿を隠す頃。幸太郎が外回りから帰ってくると、ゾンビィ達は総出で彼を出迎えた。 「おかえりなさい幸太郎さん!」 「うおっ!なんじゃいお前ら!?」 玄関のドアを開けた途端、赤く輝く14の瞳に見つめられた幸太郎。 普段こういったことが無いだけに彼は思わず驚いてしまう。 「幸太郎さん!ハッピーバレンタイン!みんなでチョコ作ったけん、受け取って下さい!」 さくらの言葉と共に、ゾンビィ達全員が手を差し出す。各々の手の上には、丁寧に包装された手作りチョコが乗っていた。 「は?えっ?何?バレンタイン?」 思ってもみなかった状況が続けざまに起こり、幸太郎の頭は完全に混乱の最中。 差し出されたチョコの理由に気付くのに、幾ばくかの時間を要した。 「…なるほどな。お前らコソコソとこんなもん作っとったんか」 冷静さを取り戻し、全員からチョコを受け取った幸太郎は早速憎まれ口を一つ叩く。 「さくらに感謝しなさいよ。あんたに手作りチョコをあげたいって言い出したの、さくらなんだから」 「えへへ…。どうぞ、食べてみてください」 促されて、彼はチョコを一つつまみ、口に入れる。 「ど、どうですか巽さん…?」 彼の感想を固唾を飲んで見守るフランシュシュ一同。そしてチョコを飲み込んだ彼が、ついに評価を下した。 「…あー…まぁ、アレだ。えー…悪くはない」 「えーそれだけー?リリィ達頑張って作ったんだよー?」 「うっさいわい!お前らこんなもんこんなに作りよってからに、虫歯になったらお前、アレだぞ!ボケェ!全く…」 リリィの抗議に怒鳴り返すと、幸太郎はぶつくさと文句を言いながら、洋館の奥へと歩き去っていってしまった。 7人分のチョコを抱えたままで。 「ハァ…幸太郎さん怒っとった…美味しくなかったとかな…?」 幸太郎の後姿を見送ると、すっかりしょげてしまうさくら。 しかし他の6人は特に気にしていない様子で、「しょうがない人」と言うような顔をしている。 「大丈夫ださくら。気にすんな」 「ええ、あれは照れ隠しですよ」 「そうそう。アイツ、あんなこと言いながらチョコはちゃんと持って行ったでしょ」 「それに「虫歯になったらどうする」って、きっと全部食べるつもりってことだよ」 「まこと、不器用なお方でありんすな。幸太郎はんは」 「…そうかな?…そうかも。うん!じゃあ気を取り直して、練習に戻ろっか!」 仲間達のフォローを受け、さくらはすぐに元気を取り戻す。ゾンビィはこんなことでは挫けないのだ。 次なる目標に向けて、一同はレッスンルームへと足を運ぶのであった。 ――その夜、幸太郎の仕事部屋では。 「…美味いじゃろがい。しばらく付け合わせには困らんな、これは」 ゾンビィ達に本心を見抜かれているとは露知らず、コーヒー片手にチョコを堪能している彼の姿があったのであった。 ―――――――――――― 家族の話 ―――――――――――― ある日のこと。さくらのソロの仕事から帰る途中、助手席で景色を眺めていた彼女が突然取り乱し始めた。 「こ、幸太郎さん!止めて!止めてください!」 その理由を俺は知っている。知っているからこそ、一つ問わなければならない。 「本当にいいのか?」 「……お願い、します」 俺は彼女の意思を確認すると、手近な駐車場に車を止め、外に出る。 急いて足を速めるさくらの後を付いてしばらく歩くと、ある住宅街の一角で彼女は立ち尽くした。 …彼女にとって、そこは特別な場所。 俺にとっても特別で、しかしさくらが気付かずに通り過ぎることが出来るならば、それに越したことは無かった場所。 ――そう、ここは彼女の家。そして彼女が死んだ所だ。 より正確に表現するなら、さくらの家があった所。今は空き地と化していた。 「…やっぱり、こうなっとるよね。幸太郎さんがここに来るのを止めんかったけん、もしかしてとは思っとったけど」 「……」 「わかってます。自分の子供が家の前で死んどるけん、何をするにもつらかよね」 さくらの家族は、さくらが亡くなってから程無くして遠くに引っ越した。理由は彼女の推測通りである。 外を見る度、出かける度、そして帰る度、愛娘の死を否が応でも想起してしまう悲嘆は、想像してなお余りあるものだろう。 その決断を誰にも責めることは出来まい。 「…さくら」 「私なら大丈夫です。どちらにしろ、もう会えないのは分かってますし。むしろ、偶然会う心配が減って良かったです」 寂しさを隠すように力無く笑うさくらを見て、俺は改めて己の罪深さを心に刻み込んだ。 再び帰りの車中。俺の隣でさくらはすっかり俯いて黙りこくっている。 自分では分かっていたつもりでも、現実を突きつけられれば無理も無いか。 そんな彼女に対して「過ぎたことだ、前を見ろ」などと言うのは簡単だが、 いくら言葉をかけたとて、結局自分で乗り越えねば意味が無い。 いつだって、俺に出来るのはゾンビィ達を信じることだけだ。 重い空気に包まれたまま、俺達の車は唐津の街をひた走った。 …しかしまぁ、やはり俺はこういうキノコが生えそうなジメジメムードは好きじゃない。 やがて洋館に到着する。玄関を開けると、一人のゾンビィが立っていた。 「ヴァウア!」 「たえちゃん?きゃっ!」 たえがさくらを視認した瞬間、いの一番で飛びついてきた。勢いのまま二人は倒れ込む。 「さくらさん、巽さん、おかえりなさい」 「おうさくら、仕事どうだった?」 「巽に変なことされなかったー?」 たえの声を呼び水にして、奥からどやどやとゾンビィ達が集まってきた。 偶然だがちょうどいい。俺は纏わりつく鬱陶しい雰囲気を打破すべく大声を出す。 「するかボケェ!ていうかお前ら練習はどうしたんじゃい!」 「今は休憩時間。ちょうどあんた達が帰ってくる頃だと思って待ってたのよ」 「旦那様をお迎えするのはわっちらの勤めでありんすからな」 「誰が旦那じゃい。大体お前ら普段出迎えなんてやっとらんじゃろがい!」 「おや、そうでありんしたか?フフ」 「ん?どうしたさくら?ボケーっとして」 「ヴァウア?」 サキがたえを受け止めたままボーっと座っているさくらに気付いた。 さくらの奴、まだ先ほどのショックが抜けていないようだ。 「あっ、ううん、なんでもなかよ」 立ち上がり家の中に入ろうとするが、やはりその足取りに元気が無い。 口を出すつもりは無かったが仕方ない、ここは一つ背中を押してやるとしよう。 「待たんかいバカゾンビィ。大事なもん忘れとるぞ」 「忘れ物?」 「自分の家に帰ってきたら最初に言うことがあるだろうが」 「家…私の…」 そうださくら、そしてゾンビィ達よ。お前達の家ならここにある。家族ならここにいる。 そうと分かれば言うことなど一つしか無いだろう。 さくらが何かに気付いた時、その表情が、ようやく花開いた。 「幸太郎さん…みんな…。ただいま!」 おまけ 「あ、それ。お前も言っとらんぞグラサン。ただいまはどうした?んー?」 サキが鋭いツッコミを入れてきた。お前せっかくいい感じに締めたのに台無しじゃろがいバカタレ。 今更照れ臭いし、ここはいつもの様に誤魔化しておくか。 「俺はいいんですぅー!ここ俺んちだから!イェス!マイハウス!」 「わけわかんないわ」 「挨拶しない人は認めてもらえないって言ったの巽だよー?」 「幸太郎はん、いいから早く言いなんし」 ゾンビィ達から集中砲火を受ける。おかしい。今まではこれで誤魔化せてたはずだが。 どうも最近ゾンビィ達が強かになってきている気がする。 「幸太郎さん、おかえりなさい!」 極めつけにさくらがとどめを刺してきた。…まあいい。その笑顔に免じて、今日は屈してやろう。 「…ただいまじゃい」 ―――――――――――― 同人誌の話 ―――――――――――― ある日の夜、幸太郎が外回りから洋館に帰って来た。その手には少し大きめの紙袋が提げられている。 それ自体はなんということは無いのだが、この時の幸太郎は、なぜか微妙に挙動不審であった。 いつもズカズカと洋館へ入る所が、キョロキョロと左右を確認したり、いつもより静かに靴を脱いだり、足音を消したり。 まるで何かやましいことをしている風だが、「天網恢恢、疎にして漏らさず」という言葉がある様に、 そういうものは敢え無く露見してしまうのが世の常。 というわけで、館の奥に進まんとする怪しい家主は、今たまたま通りがかったゾンビィに見つかってしまった。 「ヴォアオォ?」 たえである。 よりにもよってお前かい!という幸太郎の心の声を知ってか知らずか、彼の方を凝視するたえ。 そしてその視線がある一点…紙袋に留まると、恐ろしい笑顔(幸太郎視点)を浮かべ、突進してきた。 彼が怯んだ一瞬の隙を突いて、たえは彼の持つ紙袋に文字通り喰らいつく。 「なにすんじゃい!これにゃゲソは入っとらんぞ!」 「ヴゥゥゥ!!ヴァウ!!」 幸太郎はゲソを与えるのも忘れ、たえと綱引きめいて紙袋を引っ張り合う。 しかし大の男たる幸太郎の腕力と、たえの並外れたゾンビィ咬合力の前ではたかが紙の袋が耐えられるはずもなく…。 「ヴァアアアアア!!」 ビリビリビリと音を立て、袋は容易く引き裂かれてしまった。 「おい!どうしたたえ!」 「たえちゃん大丈夫!?すごい音したけど…って幸太郎さん?」 物音を聞きつけ、奥から寝間着姿のゾンビィ達が駆けつける。 そこで彼女達が見たのは、尻餅を付く幸太郎とたえ、そして二人の間に散らばった紙袋の残骸と、冊子の山だった。 よく見ると冊子には彼女達の似顔絵が描かれている。 「ん?なんだこれ?アタシたちの本?」 「やめんかいボケゾンビィ!それはお前らにはまだ早いんじゃーい!」 幸太郎の静止も虚しく、サキは冊子を手に取りパラパラとめくる。 他の面々もそれに続いて冊子の中身を確認し出す。 「これ、私達の漫画だわ」 「なかなか愛らしい浮世絵でありんすな。よく描けていんす」 「リリィ知ってる。同人誌って言うんだよ」 「どうじ…何リリィちゃん?」 聞き慣れない言葉の登場に、さくらが聞き返す。 「好きなものが同じ人が集まって、好きな物のことについて書いたものを、こうやって本にしてるんだよ」 「なるほど。つまりこれを描いたファンからは私達がこうやって見えてるのね」 「ふーん。おもしれーじゃねーか。で、なんでこんなもん持ってんだグラサン?」 サキがもっともな疑問をぶつける。 ゾンビィ達の今の反応を見て、隠す必要も無くなったと判断したか、幸太郎は正直に話すことにした。 「…先ほどまで近くで即売会(ファンのつどい)が開かれていてな。イメージ調査の資料として集めてきたんじゃい」 「じゃあなんで見たらいかんとですか?」 次はさくらの質問。 「お前らみたいな繊細ゾンビィがうっかり見て腰抜かしたら困るからに決まっとるじゃろがいボッケェー!」 「リリィそんなヤワじゃないし」 「まぁまぁ。幸太郎はんなりにわっちらに配慮したということでありんしょう」 弱いと言われて少し不満げなリリィをゆうぎりがなだめる。 「ま、アタシらのことが好きでこやんかもんまで作りよるファンがいると思うと、悪い気はせんな」 「うん、そうだね。それじゃ幸太郎さんに悪いし、もう戻ろっか」 「ほら、行くわよ純子。…純子?」 寝室に戻ろうと、愛が先ほどから黙って座り込んでいる純子に声を掛ける。 しかし、なにか様子がおかしい。 「こここ、こんな…破廉恥です…!わ、私が、巽さんと、デ、デー…!」 純子は同人誌を手にわなわなと小さな背中を震わせていた。 「…?ねえ純子?どうかしたの?」 愛の声が聞こえているのかいないのか、純子は呼びかけを無視して高速で幸太郎の方を振り返り、鬼気迫る表情で訴えた。 「たっ巽さん!これお借りしてもいいでしょうか!?」 「え!?あ、うん。はい、どうぞ」 「ありがとうございます!」 謎の迫力に圧された幸太郎の返事を聞くやいなや、純子は他のメンバーを置いて足早に奥に戻って行ってしまった。 …同人誌を片手に、耳まで真っ赤にした純子が寝室に戻ってきたのは、なぜか他のメンバーよりずっと後だったとか。 ―――――――――――― チョコフォンデュの話 ―――――――――――― (他の人が書いたあらすじ:ゾンビィって体温無いから口の中でチョコ溶けなくて不味いんじゃなか?) 「どうしましょう…これではチョコが食べられません…」 「マジかー…どやんする?」 「待って純子ちゃん、サキちゃん!私にいい考えがある!」 言うが早いか、さくらは出来上がったばかりのチョコを細かく刻み、牛乳と一緒に鍋に入れた。 そのまま弱火でかき混ぜながら待つことしばらく。 「出来たよー!」 「さくらはん、これはなんでありんしょう?」 「これはチョコフォンデュって言って、パンとかフルーツにこのチョコを付けて食べるとよ。冷めない内に召し上がれ!」 勧められるままに、添えられたパンをチョコフォンデュに浸けて食べるゾンビィ達。 「わぁ…温かくて、甘くて美味しいです…」「さくらちゃんすごーい!」「やるやんさくら!」 こうしてフランシュシュは心も体も温まるやーらしかバレンタインを過ごしました。まるっ! ―――――――――――― ニンジャの話 ―――――――――――― 「さくら…今日まで黙っていたけど、実は私には皆には言えない秘密があるの。聞いてほしい」 夜中、愛ちゃんにレッスンルームの裏まで呼び出された私は、突然愛ちゃんから秘密を打ち明けられた。 こんな所で言う女の子の秘密って…もしかして愛ちゃんは私のことが? いやぁ、愛ちゃんの気持ちは嬉しいとよ?でも私達ゾンビやけん、ゾンビで女の子同士っていうのはちかーっと危ない香りが…。 「私……ニンジャなの」 「…は?」 いけない空想の中にいる私を、予想外過ぎる言葉が殴りつけてきた。 え?え?ニンジャ?愛ちゃんが?ニンジャってあの?忍法なんとかってあれ? 「そう。アルピノライブを成功させたことで私達の知名度が上がって、それで"奴ら"の目にも止まってしまったの。 直にここにも追手が来てしまう。これ以上隠し通すことが出来な…さくら伏せて!」 奴らって何?と聞く暇も無く、愛ちゃんが私に覆い被さって来た。 愛ちゃんてば大胆!私心の準備が…なんて呑気してる場合じゃなさそうなのを、 先ほどまで愛ちゃんが立っていた位置に突き刺さるスリケンを見て思い知る。 「ようやく見つけたぞナンバースリー=サン。ドーモ、クレイフィッシュです」 倒れ込む私達を嘲笑うかの様に、屋根の上からアイサツする声が響いた。 …って、アイサツ?ナンデ?それにクレイフィッシュって確かザリガニだったような…。 声の主が屋根から飛び降り、地面に着地する。 薄い緑色の装束と頭巾に口を覆うマスクの大柄な男の人。月明かりに照らされるその姿は、私の知るニンジャそのものだった。 愛ちゃんは私を庇う様に立ち上がると、手を合わせてアイサツを返す。 「ドーモ、クレイフィッシュ=サン。ナンバースリーです。思っていたより早かったわね」 「あの時始末したはずだが、まさかこんな辺鄙な田舎に隠れていたとはな。 しかもここでもアイドルをやっているとは、懲りない奴よ」 「アイドルは私の夢。あんた達なんかに邪魔はさせないわ」 混乱する私をよそに、二人は会話を続ける。 「掟を破り里を抜けた罪は死を以て償うべし。安心しろ、お前達の仲間もすぐに後を追わせてやる。当然、そこの女もな」 そこの女って、私!?後を追わせるって、死ぬってこと!?どやんす!?どやんす~!? 「大丈夫よ、さくら。私を信じて、絶対にここを動かないで」 愛ちゃんは隙を見せないように少しだけこちらを振り向いて、私に声をかける。 その顔にはいつの間にか包帯…違う、マスクが巻かれていた。 「…皆に手出しはさせない。それにお生憎様。私達、もう死んでるのよ!」 ――その言葉を合図に二人はカラテを構えた!二人の間に生じるカラテ圧が洋館の壁を軋ませる!―― …って、なにこの声?どこから聞こえてくると?あとカラテ圧って何? 「イヤーッ!」「イヤーッ!」 ――二人は同時に地面を蹴り、接近する!その距離はタタミ4枚分にまで瞬時に縮まり、互いのカラテ領域に到達した!―― 「イヤーッ!」 ――ナンバースリーが踏み込み、右のロングフックを繰り出す!―― 「イヤーッ!」 ――クレイフィッシュはこれを横にかわすと同時に、ナンバースリーの背中に拳を叩きつけんと腕を振りかぶる! しかしナンバースリーは勢いのまま前転して回避!すんでの所で逃れると、再びクレイフィッシュに向かっていく!―― 「イヤーッ!」 ――迎え撃つクレイフィッシュの右拳!―― 「イヤーッ!」 ――ナンバースリーはすかさず体を大きく沈める!そしてクレイフィッシュの拳が空を切ると同時に体をひねり、 片足を軸にして後ろ回し蹴りを放つ!メイア・ルーア・ジ・コンパッソだ!―― 「グワーッ!」 ――クレイフィッシュのガードが間に合わない!彼のわき腹にナンバースリーの蹴りが直撃!―― …謎の声さん丁寧に解説してくれとるけど、目の前で見とっても二人がなんしよるか全然わからんとよ…。メイ…何? 「イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!」 ――好機とばかりに連続攻撃を仕掛けるナンバースリー!クレイフィッシュはガードを固め、防戦一方だ!―― 「図に乗るなよ!イヤーッ!」「ンアーッ!」 ――連撃の僅かな隙を縫い、クレイフィッシュはナンバースリーの腕を掴み、そして締めあげる! 強靭なニンジャ握力により、甲殻類の鋏めいて相手の部位を握り潰す恐るべきカラテ技、ハサミ・ケンだ!―― …ハサミ・ケンってあんまり格好つかない名前とね…って言ってる場合じゃなか!愛ちゃん危ない!逃げて! 「イヤーッ!」「ンアーッ!」 ――必死に振り払おうとするナンバースリーだが、クレイフィッシュは更に力を込め、彼女の腕を千切り取ろうとする! いかにニンジャ耐久力があろうとも、これ以上は持たない!―― 「…言ったわよね、私もう死んでるって」 「何?」 ――苦し紛れにも聞こえるナンバースリーの発言に、クレイフィッシュがほんのわずか気を取られた次の瞬間!―― 「だから、こんなことも出来るのよ!」 ――なんと、ナンバースリーはクレイフィッシュに捉えられた腕を自ら引き抜いた…いや、取り外したのだ! ゴウランガ!人体の常識を超越するゾンビィ身体能力でのみ許される荒業だ!―― 「なんだと!?こんなバカなことが…!」 「ハイクを読みなさい、クレイフィッシュ=サン!イィヤァァーッ!!」 ――己の手に残されたナンバースリーの腕を見て驚愕するクレイフィッシュ! その隙に彼女はレッスンルームの壁を蹴り、トライアングルリープでドラゴンめいて飛翔! 強烈なトビゲリでクレイフィッシュの首を吹き飛ばした!―― 「アバーッ!サヨナラ!」 ――断末魔の叫びと共に、クレイフィッシュは跡形も無く爆発四散した。―― …爆発四散って、どやんなっとるのニンジャの体って?あと尺八の音もどこから? とにかく、どうやらもう悪いニンジャさんはいなくなったみたい。私は愛ちゃんの下に駆け寄った。 「愛ちゃんすごい!がばい格好良かったとよ!」 「さくら、怪我は無い?」 外した腕をまたくっ付けながら、愛ちゃんが声を掛けてくる。 「うん。愛ちゃんが守ってくれたけん、この通りだよ!」 「そう、良かったわ。…ごめんなさい、戦いに巻き込んでしまって」 私が元気をアピールすると、愛ちゃんは安心した様に息を吐いて、そしてすぐに暗い顔になった。 「詳しいことは言えないけど、私がいるとこれからもああいう連中が寄ってくるの。だから…もうここにはいられない」 え?なん言いよるん愛ちゃん?フランシュシュはどやんするの? 「サヨナラさくら=サン。ユウジョウ!」 ユウジョウって何!?愛ちゃん!行かないで! 私の呼び声も虚しく、愛ちゃんはあっという間に遠くへ去って行き…。 「愛ちゃーーーん!ダメーーーー!!」 布団から跳ね起きる私。気が付くと周りはいつもの大部屋…寝室に変わっていた。 「おはようさくら。また変な夢でも見たの?」 私の隣で、さっき去って行ったはずの愛ちゃんが歯磨きしながら話しかけてくる。 …夢?…夢かぁ。はぁ~…良かったぁ…。 「うん、なんかね、愛ちゃんが実はニンジャで、悪いニンジャと戦ってて…」 「なぁにそれ?もしかしてそれのせいかしら?」 愛ちゃんが笑いながら私の枕元を指差す。 そこには、今日ステージイベントにお邪魔する予定の、嬉野温泉忍者フェスタのチラシが置かれていた。 ―――――――――――― ホワイトデーの話 ―――――――――――― 「お前らホワイトデーだからってなんか期待しちょるじゃろ?はい残念なんもありませーん!」 「知っとった」「知ってたわ」「知ってました」「でありんしょうな」「だろうねー」「ガウ」 「幸太郎さんならそう来るだろうと思っとったけん、気にしないでください」 「…なんじゃいつまらんのう。もちぃーっとがっかりせんかい。と見せかけてぇ、 ほーれお返しじゃーい!これぞサプライズー?的なー?」 「知っとった」「知ってたわ」「知ってました」「でありんしょうな」「巽は素直じゃないもんねー」「ヴァア」 「み、皆!もっと驚いてあげないと!わ、わぁー!嬉しいなー!ありがとうございます幸太郎さん!」 「お前らプロデューサーをもっと大事にせんかいボッケェー!」 ―――――――――――― 印象の話 ―――――――――――― 水野愛は激怒した。 先日出演したテレビ番組で街角イメージ調査をされたのだが、その時のファンの言葉がショックだったのだ。 やれビールが好きそうとか(私未成年なんだけど?)、演技が下手そうとか(そういえばやったことは無いけど)、 変なポエム書いてそうとか(変って何よ!?)、太宰治が好きそうとか(何で?太宰って教科書の人よね?)。 中でも気になったのが「一緒に焼肉食べに行ったら楽しそう」と言われたことだった。 それ自体は好意的な意見だし、普通に考えれば親しみやすいキャラクターということなのだろう。 しかしなぜ例えが焼肉なのか。自分はそんなに肉大好きキャラに見えているのか。 確かに焼肉は好きだ。精が付くし、何より美味い。生前はライブの打ち上げで焼肉屋に行くのを楽しみにしていたものだ。 だがいくら好きだからって焼肉奉行はしたことが無いし、人の育てた肉を食べる様な意地汚いことも当然しない。 どちらかと言うとそういうのはリーダーの役目だ(前ドラ鳥でリリィのお肉を勝手に取ったの、見てたんだからね)。 じゃあなぜそんなイメージが付いているのか?私を焼肉奉行足らしめているものとはなんなのか? 正直言って自分では思い当たる節が全然無い。忘れてるだけなのか、それとも…。 「で、どう思うさくら?」 自分じゃ分からないなら頼れる仲間に聞けばいい、というわけで手近なさくらにインタビューを試みた。 「ええっ!?愛ちゃん自分じゃ気付いてなかったの!?」 不思議なほどに驚かれた。なんなの? 「えーと…本当に分かっとらんと?」 恐る恐る尋ねてくるさくら。全く覚えが無いが、まるで明確な原因があるようだ。 それを聞く為にこうして話しているのだから好都合。是非聞かせてもらおう。 「あのね、ちょっと前にグルメ番組の収録でレストラン行ったでしょ?」 行った。番組で食べさせてもらった佐賀牛のステーキは本当に美味しかった…。 帰りの車中、皆でアイツにプライベートでも連れてけとせがんだっけ。 「その時の愛ちゃんの顔、がばい幸せそうってすっごく評判良かったとよ。ほら、今みたいな」 そう言ってさくらが手鏡を私の顔の前に差し出す。 小さな鏡の向こうには、あの時の佐賀牛の味を頭の中でリフレインして、満面の笑みを浮かべる私の姿があった。 ……全く、これじゃあ納得せざるを得ないわ。 ―――――――――――― 幸太郎がコミカライズで食い倒れているのがバレたらの話 ―――――――――――― ある日の夜、サキは激怒した。 "出張"から帰って来た幸太郎をたまたま出迎えたサキは、彼の周囲に漂う香しい匂いに気付いたのだ。 怪しい…。そう直感したサキが彼を問い詰めてみた所、名うての佐賀名物を食べに行っていたことが分かった。 更にこれまでゾンビィ達に見つからなかっただけで、この様な事は何度もあったと言う。 ある時は一人ドラ鳥、ある時は呼子のイカ刺し、またある時は牧のうどん、またある時は嬉野温泉の湯豆腐。 自分達が狭いレッスンルームに籠って必死に練習してる間、この男はあれやこれやを食い倒れ三昧とは、なんたるズルか! 「てめグラサン何アタシらに黙って良いもん食いよっつかコラァーッ!」 「静かにせんかい騒音ゾンビィ!近所迷惑じゃろがい!」 佐賀に生まれ、佐賀で死に、佐賀で蘇った、佐賀を愛する女を自認するサキは我慢ならなかった。 自分が、いや自分達がその同伴に預かれなかったことに。 ゾンビだって美味いものは食べたい。だって生きているのだから。ゾンビだけど。 とにかくサキは激怒した。許してはおけぬ。 「おめー営業営業って飯食いに行っとるだけだったんか!」 「営業はちゃんとしてますゥー!飯はついでですゥー!」 「ついでにしては良いもん食いやがってブッ殺すぞ!」 「その良い飯のおかげでお前らの曲が出来とるんじゃい!むしろ感謝せんかーい!」 「アタシらの曲そやんして作っとったんか!?」 衝撃の事実にサキは驚愕し、思わず追及の手を緩めてしまう。 そしてそれを見逃す幸太郎ではない。速やかにシリアスモードに突入し、彼女を説得にかかった。 「聞けサキ。確かに黙って食いに行っていたのは悪かった。だが断じて個人的な感情によるものではない。 全てはお前らの為、そして佐賀を救う為にやっていることだ。お前らのプロデューサーを信じろ」 「本当か?本当ーに全部アタシらの為か?」 「…………無論だ」 「なんで今一瞬黙りよった!?」 奇妙な間があったのを、サキもまた見逃さなかった。 結局騒ぎを聞きつけた他のゾンビィ達が駆けつけるまで二人で丁々発止の舌戦を続け、 最終的に「今度みんなで食べに行く」という約束を取りつけることで全員合意を得た。 ゾンビィ達が喜びの声を上げる中、幸太郎は八人分の食事代を想像したのか、微妙に渋い顔をしていたという。 ―――――――――――― コーヒーの話 ―――――――――――― (他の人が書いたあらすじ:愛と純子とゆうぎりは幸太郎が飲んでるコーヒーと同じものを飲んだ。特濃ブラック超苦い。) …眠れない。眼が冴えてしょうがない。布団に入ってから何時間経った?まだ1時間?嘘でしょ? 明らかにさっきの苦過ぎるコーヒーのせいだ。こんなの飲んでたらそりゃ夜更かしもするわよねアイツ。 寝返りを打つと、隣の純子と目が合った。どうやら彼女も同じらしい。 苦笑し、二人揃ってベランダで夜風に当たろうとしたら先客がいた。ゆうぎりだ。 3人で顔を見合わせて笑う。何も言わなくても分かる。なんだ、皆無理して飲んでたんじゃない。 そうして何を言うでもなく、しばらく外を眺めていると、後ろの扉が開く音がした。 「愛ちゃん達、やっぱりここにいたっちゃね。ホットミルク作ってきたけん、どうぞ」 さくらがカップを3つ持って訪ねてきた。あんた、もしかして気付いてたの? 「えへへ…。私もこっそり同じことやったけんね。そんな気はしとったとよ」 照れ笑いするさくらを見ながらカップに口を付ける。…温かい。たちまち熱が体内に染み渡る。 そうして私達がホットミルクを飲んだのを確認すると、さくらはおやすみなさいと言い残して室内に戻って行った。 …今度は素直に甘くしてもらおう。3人、同じ誓いを胸に秘め、月を見上げた。 ―――――――――――― コラボカフェの話 ―――――――――――― 私、源さくら!ここ「CAFEフランシュシュ」で働く新人ウェイトレスさん! いつもドジばっかりだけど、元気いっぱい頑張っとるよ! そしてこのサングラスが似合うお兄さんは雇われ店長の幸太郎さん! 佐賀とアイドルが大好きで、喋り出すと止まらないんだ。 他にも、口は悪いけど面倒見がいいサキちゃん、生真面目で責任感が強い愛ちゃん、気弱だけどやる時はやる純子ちゃん、 おっとりマイペースなフロアリーダーのゆうぎりさん、オーナーのお子さんのリリィちゃん、 犬みたいで可愛いたえちゃん、といった感じで、楽しい仲間が集まるCAFEフランシュシュ!今日も開店です! 「という夢を見たっちゃけど…」 「お前いっつも楽しそーな夢見よんな」 「なんかそういうドラマありそうよね」 「リリィがオーナーの子供ってことは、そこパピィのお店なの?」 「たえさんの扱いはそれでいいんですか…?」 「ヴァウ?」 ―――――――――――― 佐賀新聞のライブビューイングレポートに6歳の童女の感想があったので書いた話 ―――――――――――― アルピノ以来の大きなライブも終わり、私達は再びいつも通りの日々に戻った。 練習に、ミニライブに、チェキ会に、あと営業(最近は喫茶店に行くことが多いけど、アイツの趣味なのかしら)。 「大きいステージばかりがアイドルじゃない。上り調子の今こそ、こういう働きが大事なんじゃい!」 なんてアイツも言ってたけど、その通りだ。人気が上がってきているのを実感する今だからこそ、浮足立ってはいけない。 そんなある日のミニライブ。その終了後の物販のこと。 私、水野愛が立つ列に、一組の親子連れ――小さな女の子とそのお母さんと思しき女性が現れた。 緊張か、それとも恥ずかしさか。女の子はお母さんの後ろに隠れて下を向き、しかしチラチラとこちらを見ている。 私は少し屈んで、彼女に呼びかける。もちろんスマイルは忘れない。 「今日は来てくれてありがとう!何か欲しいものはあるかな?」 Tシャツ下さい、というお母さんの注文に応えて品を用意し、会計を済ませる。 その間、女の子はずっと同じ様子でいたのだが、「ほら、言いたいことあるんでしょ?」とお母さんに背中を押されると、 彼女は意を決した様な顔で一歩前に出て、たどたどしくもはっきりとした声でこう言った。 「ライブ、とってもたのしかったです!愛ちゃんがいちばんすきです!しょうらいは、フランシュシュに入りたいです!」 ――「将来は同じグループに入りたい」。アイアンフリルにいた頃も時々言われた、アイドルに取って、ある意味で最大級の賛辞だ。 それが今再びこうして聞けるようになるとは。 「本当?嬉しい!大きくなったら一緒に歌おうね!」 Tシャツを女の子に手渡しながら、私は着実に人気が増していることと、自分を推しにしてくれる喜びを露わにする。 女の子もまた、私の言葉に感激した様に、笑顔を満開にして頷いたのだった。 「良かったねー」「うん!」という母子の会話も遠ざかり、私は次のお客さんの相手をする。 その最中に一つ、ある事を思い出した。 フランシュシュではなく、アイアンフリルとしてアルピノでライブをしたあの日。 ライブが終わって、メンバー全員で入口でお客さんのお見送りをした時、ある女の子にこう言われたのだ。 「(私、将来は愛ちゃんみたいな強くてかっこいいアイドルになりたかとです!)」 確か、綺麗な赤い髪が目立つ、同い年くらいの子だった。そう、ちょうど今隣にいるような…。 「愛ちゃん?どやんしたと?」 「…なんでもないわ。ちょっとね」 人生、良くも悪くも何が起こるか分からないものだ(もう死んでるけど)。もしかしたら本当にあの子と歌う日が来たりしてね。 ―――――――――――― 映画の予告っぽい話 ―――――――――――― この夏、あなたに贈る最高の青春ストーリー――。 佐賀県に住む平凡な女子高生の"源さくら"はある日交通事故に遭う。 彼女が次に目覚めた時、そこは不思議な洋館だった。現れるサングラスの男、巽幸太郎。 「俺は、お前をアイドルにする男だ!」 「…アイドル?」 決心も付かぬまま、同じく集められた6人の仲間と共に無理矢理ステージに上げられるさくら。 「え、えーと、私達、デス娘、です」 「しっかりせんね姉ちゃん!」「デスメタルナメとったらくらすけんな!」 「(ほらやっぱりー!)」 紆余曲折ありながらも、仲間達と打ち解けていくさくら。 「おめー根性あるやん!気に入った!」伝説のレディース、二階堂サキ。 「ダメだと思ったらすぐ抜けるからね」伝説の平成アイドル、水野愛。 「私は、ずっと一人でやってきました」伝説の昭和アイドル、紺野純子。 「芸事に身を捧げる覚悟は、とうに」伝説の花魁、ゆうぎり。 「リリィも業界の厳しさなら知ってるよ!」伝説の子役、星川リリィ。 サキの号令がレッスンルームに響き渡る。 「アタシらは今日から"フランシュシュ"だ!」 「「「「「おー!」」」」」「あい~!」 日々ステージをこなし続け、ついに巡ってくる大舞台。 「今年のサガロックに、フランシュシュが出演することになりました!」 円陣を組む彼女達にさくらが語りかける。 「私、このメンバーで頑張りたい!ずっと、ずっと、このメンバーで!」 突如暗転し、空気を引き裂くブレーキ音に続く激しい衝突音。 再び交通事故に遭うさくら。心音だけが空気を揺らす中、スローモーションで彼女の身体が吹き飛ばされる。 挿入されるさくらのモノローグ。 「生きるって…なんですか?」 (流れ出す徒花ネクロマンシー) 口論するさくらと幸太郎。 「私のこと、なんも知らんくせに!」 「ああそうか!ならばどこへでも行け!」 叫ぶ愛。 「上手く行きっこないって言ってるの!」 さくらをビンタするゆうぎり。 「さくらはん!練習はどうしたでありんす!」 衝突する純子。 「時代遅れはお互い様じゃないですか!」 迷うリリィ。 「もう間に合わなくなっちゃうよ」 「私達、生きたい!」 野外ステージの上、数えきれないほどの観衆の前に立つさくら達の後ろ姿をバックに、タイトルロゴが浮かび上がる。 『フランシュシュ』――20xx年夏、全国ロードショー。 「という夢を見たっちゃけど…」 「なんで恋愛映画の予告風なんだよ?」 「夢に細かいこと言っても仕方ないでしょ」 「リリィ聞いたことあるよ。夢は記憶の整理をしている時の映像なんだって」 「リリィはんは物知りでありんすなぁ」 「あの、たえさん出てませんけど…」 「ヴァウ」 ―――――――――――― どやんすボディの話 ―――――――――――― ある日、いつもの朝の会議で幸太郎は声高らかに叫んだ。 「お前ら少しダイエットせんかーーーーーい!!」 彼が突如としてこの様なことを言い出したのには理由がある。 事の始まりはつい先日。 今度あるカフェとコラボさせてもらうという話を受けてフランシュシュ全員でPR用の写真を撮ったのだが、 出来上がりのチェックをしていた幸太郎は、一部メンバーのふと…いや丸みを帯びた姿に大変ショックを受けた。 正直な所、ゾンビィでも太…増量するという事実は幸太郎としても少し想定外ではあったが、 だがこのままではアイドルと呼ぶには些か厳しい体型になってしまう未来は避け難い。 最近ゾンビィ達を少し甘やかしすぎたか。プロデューサーとしてもっと厳しく接しなければなるまい。 彼は密かにそう決意し、そして今ゾンビィ達に天下の大号令を下したというわけである。 「お前ら最近油断しとりゃせんだろうな?ちかーっとばかしウケが良くなったくらいで天狗になってたらキリがないぞ! こういう時こそ気と!肉を!引き締めるんじゃい!」 「えぇ…前は天狗になって波に乗れって…」 「あの時はあの時じゃい!TPOっちゅーもんがあるんじゃいボケェー!」 「それ使い方違う気がするよ巽」 さくらの反論もリリィのツッコミも意に介さずにまくしたてる幸太郎。 「特にさくら!好き放題ムッチムッチさせよってこのわがままゾンビィ!しばらく節制せんかい!いいな!」 「えぇー…はい…わかりました…」 名指しで指摘されたさくらはガックリと肩を落とす。 言われてみれば最近はレッスンの疲れもあってよく食べていた気がする。お菓子とか結構食べちゃった気もする。 営業先でも勧められるままに佐賀の美味しい名物たちをたくさん口に入れた気も…。 心の中で反省会を始めるさくらの横で、しかし敢然と異議を唱えるゾンビィが現れた。 「待てやグラサン。さくらはこれがよかとぞ」 我らがリーダー、二階堂サキである。 「サキちゃん…!」 庇ってもらえると思ってなかったのか、さくらは感激した様子でサキを見上げる。 そしてサキの言葉が口火を切る形となって、ゾンビィ達は口々にさくらを擁護した。 「リーダーの言う通りよ。このどやんすボディが無くちゃさくらじゃないわ」 「アイドルとして、さくらさんは自分の武器を最大限生かしていると思います」 「さくらはんのこの身体はとても男好きしんす。捨て去るには勿体無いでありんしょう」 「リリィもさくらちゃんのお母さんみたいなふかふか大好きだよ!」 「ヴァウア!ヴァウア!」 「あれ?これ本当に褒められてるとかな?あれ?どやんすボディってなに愛ちゃん?ねえ?」 仲間達による微妙に腑に落ちない賛辞を聞いて複雑な顔をするさくら。 一方の幸太郎といえば。 「だぁーっ!もういい!そこまで言うならお前らがさくらをなんとかしろ!いいな!フン!」 言葉の洪水をワッと浴びせかけられ観念したのか、いつも通り自主性に任せる旨の言葉を残して部屋を出て行ってしまった。 この後また厳しくし損ねたと反省することだろう。 「安心しろさくら。お前の体はアタシらが守ってやっからな」 「う、うん…?ありがとうサキちゃん…?」 格好良い様でそうでもないサキの言葉にモヤモヤしたものを感じつつも礼を言ったさくらだったが、 結局普通に食事制限を始めてすぐに元通りの体型に直した。ゾンビだから戻るのも早かったらしい。 少しスリムになった彼女を見て他のメンバー達は大いに落胆したとか、しなかったとか。 ―――――――――――― フォロワー10万人記念生放送で話してた話 ―――――――――――― 紺野純子は乗り物に弱い。 生前に飛行機事故に遭ったからかどうかは定かではないが、ゾンビになってから車に乗ると酔ってしまうことが分かった。 フランシュシュの活動拠点である佐賀は残念ながら田舎なので鉄道網が整備されているとは言い難く、 移動には専ら車を使用するのが成り行きだが、そういうわけで純子はその時間が苦手だった。 とはいえ、ゾンビィ達がその活動を始めてから既にそれなりの時間が経つ。 彼女がその間何も対策を講じなかったかというと勿論そんなわけは無く、 窓側に座ったり、酔い止めのツボを教えてもらったり、唾液が出る食べ物が良いと聞いてゲソを噛んでみたり、 そうして色々やった結果、結局は酔い止め薬が一番効くという、当然と言えば当然の結論を得るに至った。 そんなある日の帰りの車中。今日も純子は事前に酔い止め薬を飲んで備えていた。 しかし薬の常として副作用というものがあり、要するにとても眠くなる。 まして(リーダーのサキ曰く)吸収が早いゾンビの体だ。 車の心地良い揺れと疲れも相まって、純子はすぐに大きく船を漕ぎ、やがて完全に寝入ってしまった。 彼女の隣でガールズトークに花を咲かせていたさくらとゆうぎりはそれに気づき、 そっと純子に上着をかけたあと、再び――起こさない様に少し声を落として――会話に戻った。 しばらくして純子が夢という名の大海原から帰港して意識を取り戻すと、眠るまでとは少し違う景色が広がっていた。 さくらとゆうぎりがずいぶんと仲良くなっているのである。 いや、別にこれまでも仲が悪いということは無かったはずだが、 二人で会話してる所をあまり見てこなかったのもまた純子の知る所ではあった。 「おや、目が覚めんしたか純子はん。おはようでありんす」 「おはよう純子ちゃん。それでね、その時私の友達が…」 「フフ、それは面白いでありんすな。わっちの時代でも…」 二人の話を聞いている内に純子は内からこみ上げる不思議な感覚を覚える。 嘔吐感ではない。酔い止め薬はしっかり効いていた。では一体?答えは仲間外れにされた悔しさである。 ずっと一人で活動していたあの頃には想像もつかなかった感情が純子を包んで……。 「純子はん、何か?」 「…なんでもないです。つーん」 …ゆうぎりが気付いた時にはすっかり拗ねてしまっていた。 「…二人ともずるいです。私だって話に混ざりたかったんですからね」 「えぇ…だって純子ちゃん気持ち良く寝とらしたし…」 「あい。それはそれは愛らしい寝顔でありんした」 「起こしてくれても良かったのに、やっぱりずるいです」 大人しく見えてメンバーでも1・2を争う強情さを誇る純子である。 その後、さくらとゆうぎりが謝り、なだめ、同じ話を聞かせるまで、そうやってプンプンと頬を膨らませたままだったとか。 ―――――――――――― カレーメシコラボの話 ―――――――――――― 「はいというわけで次の仕事の発表です!ドン!」 とうとういつもの前置きが省略される様になったゾンビィ達の朝の地下室ミーティング。 幸太郎が黒板を勢いよく叩いて裏返すと、そこには誰もが知っているあの企業――日清食品の名前があった。 「日清さん!?」「日清って、あのカップラーメンのか!?」「私でも知ってる会社です……」「巽どうなってるのー!?」 ゾンビィ達は余りのビッグネームに喜ぶより先に驚き、ざわめき、困惑した。 「たまに思うけど、アンタどうやって営業かけてんの?よく仕事取って来られてるわね」 愛は訝しんだ。ある意味では当然の反応である。なにせ相手は日本の、いやさ世界の日清。 日本の端っこ佐賀のローカルアイドルに過ぎないフランシュシュには明らかに巨大過ぎる案件だ。 その疑問を「企業秘密じゃい」の一言であっさり片付けた幸太郎は、続く言葉で高らかにこう告げる。 「そう!この日清食品さんの…カレーメシとコラボすることが決定しましたー!!」 この時幸太郎は、自らの声に続いて喧しく響くゾンビィ達の二度目の歓声を期待した。 なにせ日清食品の最新のヒット商品なのだ。ゾンビィ達もさぞ度肝を抜かれるに違いない。 ――はずだったのだが。 「……え?」「……辛え…飯?」「なんですかそれ…?」「リリィも知らなーい」「ガウ」 ゾンビィ達は反応に困った様子で幸太郎の方をみるばかりだ。 ある意味では当然の反応である。なにせカレーメシが登場したのは2013年。 メンバーの中では最も遅くに亡くなったリリィの命日よりもさらに後の生まれなのだ。 存在を知らなければ目に入ることも無く、たまの買い出しに出かけてもゾンビィ達は全く気付いていなかったようで、 その事実を考えていなかった自分に気付いた幸太郎は、失態を誤魔化すように大声を張り上げた。 「なんで知らないんじゃーい!このボケゾンビィどもー!!」 ――結局幸太郎は7人のゾンビィ達にその場でカレーメシのことを一から教えることになった。 CMはエキセントリック過ぎて彼女達には全く理解されなかった(愛はカレーメシ君が気に入った様子だったが)ものの、 味は全員お気に召した様で、その後の非常食のメニューにカレーメシが加わることになった。 やはり世界の日清、麺じゃなくても偉大である。幸太郎はカレー臭くなった地下室で痛感したのであった。