かんかんに焼けた岩の塊を思わせるようなぶ厚い熱と筋繊維の塊―― 背後にもう一つ太陽が出たかと、女は思った。その熱は安心感というよりも、 彼の後宮を成立させるだけの、圧倒的な説得力をもたらすものであった。 己の体温に炙られた女のうなじの匂いを、男は何の遠慮もなく嗅ぐ。 振りかけられた安物の香水の匂いなどは、熱によってたちまち振り払われて、 そこに香るのは、彼女の全身から、隠しようもなく立ち上る生来の肢体の匂いである。 汗腺一つ一つを開いてくるような男の火照りは、自然、女の額や頬にも汗の珠を作る。 そして彼女が何者なのかおおよそを嗅ぎ取ったところで、黒い太陽はぱくりと口を開き、 そこから出た溶岩のような舌が、うなじの汗をべろりと舐め取るのであった。 男の後宮には、こうして彼の審査をくぐったものたちが数十――いや百と集められている。 銀河中から集められた女たちは、その生まれから種族から、何一つ同じものはなく、 ただ共通点を挙げるとすれば、彼好みの奢侈で――けれど薄手の、 旧時代の踊り子を思わせるような衣装に身を包んでいることだけだった。 惑星一の美貌さえ手土産に、その衣装を纏ってさえいれば紛れるのは難しくなく、 彼女がそうして、男の資産と背景とを探るために潜り込んだのも、 彼がよほどの女好きで、来るもの拒まずということを公言していたからにほかならない。 男の指が腿に――そして腰に伸びて来そうになったのを女は手でぱちんと打ち払い、 自分はこの星で美人比べがあると聞いただけで、妻になるために来たのではない、 との用意していた答えを叩きつけた。男は悪びれるでもなく口端を軽く歪めつつ、 ならば好きにせよ、手出しはせぬから呼ばれるまで自由に待っていろとだけ言い残す。 筋肉で盛り上がった彼の背中の凹凸が、汗によって宝石の谷めいて光るのを見送って、 女は常夏の星に見合った、風通しのよい後宮の造りを見て回るのであった。 時折、彼の舌の触れた――まだずぐりと熱く疼く首筋を気にしながら。 強く光の射し込む中庭には、彼女と同様薄手の――見ようによっては裸より扇情的な、 金細工と白絹だけを身に着けた女たちが談笑している。寵愛を奪い合うにせよ、 女としての器量を競い合うにせよ、決して良好な関係にはならなさそうなものだが、 しかしそこに流れる空気は、むしろからりと乾いた、心地よい風をも纏っていた。 そして新顔を見るや、親しげに手を振る。その中にはかつて彼女が何度か締め上げた、 ひどく性根の悪い運び屋の女だとか――一生結婚はしないと豪語していた同業者もいる。 それらが纏めて、こんな後宮の中にいるのも、またうっとりとした顔をしているのも、 当人たちの気性を思えば、とても想像できるわけがなかった。 女たちの中には、当然の帰結として胎の膨れたものや赤子を抱えたものもいたが、 そうした他者の得た寵愛の明らかな印を見ながらも、それに噛み付く風もない。 むしろ己の下腹部に手を添えて、何かを考えるような顔をしているばかりだ。 そこにある種の――意味の悪さ、男の持つ強い引力を感じざるを得ない。 それに引きつけられた途端、一息に灼かれてしまうような予感を、女は覚えた。 彼に呼び出され、身体の仕上がり具合を検めるからと腿や乳房の付け根を掴まれる。 握力自体は確かに成人男性の平均よりずっと上だが、銀河中の荒くれを相手取った彼女には、 それだけで数多の女たちを支配しておけるだけの強さがあるようには感じられなかった。 けれども、彼の手の離れた跡も、指の触れていた部位はぽかぽかと温かい。 初めて肌を掴まれた時など、男の手が赤熱しているかと思ったぐらいだ。 そして熱はゆっくりと、身体の芯に染み込んでくる。瞼を閉じた夜の闇の中でも。 疼く。熱の残る部位の外、平温のはずの箇所が寒く感じられてくる。 息も熱を帯びる。もどかしさは、火照りを指でなぞることで僅かに薄まってくれる。 けれども、彼に呼び出され肌に触れられるうち――その箇所が、増えてくる。 敏感な部位を、本人の同意なしには触らぬと男は彼女に耳打ちしたがゆえに、 まだ残る下腹部も、豊かで白く透ける乳房の突端も、吹雪に晒されたように冷えるのだ。 胸だけなら――と、女が許可を出したその晩。彼女は数年ぶりに自慰をした。 閨にて、全裸体の彼と、踊子衣装の彼女は向き合う。身長はほどよく釣り合い、 すらりとした――けれどあまりに大きな乳房と尻を持つ彼女の肢体は、 鋼の塊のような黒く日に焼けた男の身体と、これ以上なく雌雄の対照になっている。 火照りを収めるためには、一度雄の精を身体に受け止めるしかない。 この星にはあの男しかいないのだから、相手を選ぶ余地はない。 こんな判断を冷静で合理的と判断するには、既に熱は脳までをも侵していた。 直に肌と肌が触れると、なおさら彼の体温は温かく――いや、熱く感じられる。 安心感どころか、薄寒ささえ覚える温もりに、わずかに残った危機感を抱く。 溶岩が人の形を取ったのでは、と胸板を通じ乳房を焼く感覚から彼女は思った。 そして腰に手を回され、寝床の上でぎゅうっと臍下同士をくっつけ合って―― もう片方の手が首の後ろから後頭部に回ると、脳を直に炙られているようでもある。 汗腺がどんどんと、体温を下げるために虚しき抵抗をするが――それは却って、 男の嗅覚を喜ばせるに過ぎないことを彼女は悟る。だがどうして止められようか? 至近にある顔は、真夏の太陽のごとくに頬を火照らせ、白い肌に赤みを持たせていく。 はっ、と息継ぎのために無意識に口を開いた途端、男は当然のように舌を差し入れた。 熱い。唾液が煮える。喉が焼ける。食道の奥まで、熱の塊が入り込んでくる。 分泌される唾液だけでは、とても乾きに抗えないが、床の近くには飲み水もない。 息が上がり、視界が薄ぼんやりとしてきた頃――男は、性器を手も触れずに勃起させ、 しかしにゅるん、と嘘のように滑らかに彼女の膣内に滑り入れさせた。 溶岩の、さらに熱い中心部分が胎内を狙って押し入ってくるような感覚に、 たちまち彼女の思考と言語は沸騰した。熱い、という言葉を吐く余裕すらない。 溶岩の通った跡は、ぐつぐつと煮えたぎるように熱をそこに残していて、 抽挿によってそれが少しずつ奥へ奥へとずれ込んでいくごとに、 女は誰にも聞かせられない――そして彼のほかに誰も聞けないような声を出させられた。 彼女の肉体は熱に抗おうとして反射的に、焼け石に水の言葉をそのままなぞる。 男は下腹部が彼女の小水と潮で汚れても、むしろ嬉しそうに笑うだけだ。 臓腑を焼かれているような想いがする。雌の部分に火箸を突き入れられてかき混ぜられ、 何者でもないものへとこね回されているような実感だけが彼女には残る。 けれど男は冷酷にも、彼女が最もよく熱くなるところを反応によって探り出していく。 これまでに何十人をも、そうしてきた手管を最大限に利用して。 溶岩は、最奥で爆ぜた。と、いうよりは、そこに新たな星の成ったようであった。 さらに熱いもの、液体とも思えない重く粘ついた熱が、そこに在る。 胎内に残るその感覚に、女は身体をびくびくと弓なりにしながらなんどもまた達する。 息が上がって、どれだけ吐いても身体が冷えてくれない。熱い、気持ちいい、怖い―― 男は性器を引き抜きながら、彼女の臍下にべったりと手を広げて張り付け、 掌からの熱で新たな星を孵すがごとくに、すり、すり、とゆっくり撫でる。 その感覚に、どうしようもなく彼女は満たされてしまう。理由すらわからないうちに。 湯浴みをしながら、女は膣内の精液が、もう一滴も残っていないはずと再確認した。 だが熱は湯よりもくっきりと、そこに残っていることを彼女に示している。 知らずのうちに乳房を揉んでいる――彼の指遣い、その存在感が恋しくて。 そしてすぐに胴体を縦に跨いで、最も切なく疼く箇所へと伸びていく。 抱かれてすぐの、身を清めている最中というのに――身体が、寂しい。 束ねた髪の乾かぬうちに、どこか悔しげに――されど期待を持った目で見る彼女を、 男は最初から見通していた風な顔で歓迎し、己の隣の空白をぽんぽんと手で叩いて招いた。 胎内にまだ彼の精がある。そのことを自覚すると、下腹部に暖炉でも増設されたように、 女は自分の肉体のあちこちに、あの熱の広がっていくような錯覚に囚われた。 それを自ら体外に排出するなど、ひどくもったいないことのようで―― どろりと垂れてくるものを、下着によってぎゅっと無理やり膣口ごと閉じて封じると、 彼女の心身は、常に温かく――誰にでも、優しくできるような想いが残った。 それこそ、あの日に中庭で見たものの正体であることを魂にて理解した。 後は――ごく自然の摂理にて、彼女の肉体は生すべきものを生すだけだ。 胎内の熱は、それが重みを増すごとに強くなり、安定期の頃には常に額に汗の浮くほど。 身重ながらに、追加の火を求めて彼の上に跨る彼女の顔には、 とっくに、銀河最強の賞金稼ぎなどと謳われた女傑の名残はなかった。 ぷっくりと出始めた臍を彼の熱い指が摘んで炙ると――二人分の心臓が高くなり、 その火を消そうと、床には雌臭い水溜りが広がっていくのである。 臨月ともなれば、なおさら彼女は艶めかしく彼に迫るが――なかなか抱いてはもらえない。 ようやく彼女の順番が回ってきたのは、予定日を迎えてからだった。 熱の脈動に、彼女の肉体は己が母となることを自ずから悟る。 そのような日にわざわざ男に呼び出され、これから抱かれるというのだから、 不安と期待とがちょうど同量積み上げられた心の天秤はすぐに両側に揺れる。 それもたちまち、悦楽一色に塗り潰されていく――容赦なく、胎を突き回されて。 赤子ごと、一塊の肉にかき混ぜられて焼かれるような感じがする。 胸からの消火水も、彼女の熱を止めるには至らない。部屋中に白く撒き散らされる。 こんな感じ方をしてはいけないのに、もうすぐ産まれるはずなのに――と、 理性がそう囁くほど、母体は背徳的な肉の悦びを強く求めて震える。 しかしまだ彼は、この期に及んで彼女を娶るとついぞ言ってはいない。 孕みたければ孕むがいい、産みたければ産むがいい、そんな風にいいながら、 事実上決定権のない問を、彼女に押し付けているのである。 産んだ後は星を出るのか――興奮のあまり鼻血を出している女に、男は問う。 その問を想像もしなかった彼女は、背筋から広がる凍てつくような寒さに、 絶対嫌だ、ずっとここに残る――と、子供じみてだだをこねた。 だがやはり男は意地悪に、彼女からの最後の言葉を、愛の告白を絞り出すために、 赤子の頭が性器を押し返してきているような現状でも、いくつも問うのであった。 彼の信念は、父母の愛の確かなことが認められなければ、良い子は産まれない―― 永遠の愛を誓う言葉と赤子の頭の出たのとは、僅かに前者が早かった。 白き月は黒き太陽に囚われ、二十八番目の伴星としてその重力圏を出ることはなかった。 その狭間には、四十にも余る、最も多い星の卵があったという。