1.  ARG☆Sは次の練習試合の惑星に到着し、そのあまりにも豊かすぎる自然を前に困惑していた。 「森……だね」 「知ってる!これジャングルってやつ!」 「湿度たかーい……。じめじめして気持ち悪いよー……」 「どんな所だろうと、私たちが勝つまでっしょ!」  テュデル、エテオ、カパネ、パルテの順に口を開くが、彼女らは問題の本質にまだ気付いていなかった。  ここは辺境にある小さな惑星。  まだ星内統一すら果たせてない為、少々不自由ではあるが比較的平和で争いもない地域であるこの森が選ばれた……というわけである。  たとえ文明レベルが低くともNEMEANの参加権は存在するし、ジャイアントキリングを達成したとはいえARG☆Sはまだまだ駆け出しのチーム。 「相手を選べる立場ではないですし、とにかく実戦経験を積む必要がある」というアドラの進言の元、この星のチームと練習試合をする事になったのだが……。 「おかしいですね。迎えがいません……」  指定された場所に宇宙船が着陸したのに、契約した案内役の姿が確認できない。  この星の自然は保護対象となっていて、そこからは極力環境に配慮した移動手段が用意されるはずだった。  唯一アドラのみがこの現状を問題視し、訝しんでいた。 「言われてみれば、確かに。流石アドラ」 「うんうん」 「あっ、ちょっ、テュデルもエテオも!原生生物を触ってはダメです!」  二人がウサギのような生き物を突いて遊んでいるのを、アドラは静止する。 ──このように、チームの頭脳担当は彼女に一任されていた。 「カパネ、後ろ!」 「……こんにちは」 「うわぁ、びっくりした!?」  やり取りを緊張感なく、微笑ましそうに眺めていたカパネの背後から女性の声がかった。  鬱蒼とした森には似つかわしくない華奢な少女であり、これまた周囲からは浮いた青白い髪や格好をしている。  咄嗟に飛び退いたカパネの前にパルテが歩み出て仲裁に入った。 「ああ、悪い悪い。この辺の子か?ウチらは練習試合をしに来た他の星の選手なんだけど、案内役が居なくなっててさ。全身緑色で角の生えた感じの人知らない?」 「パルテ!無暗に素性を明かすのは……」 「知ってる、その人ね。今朝怪我しちゃって……ほら」  白髪の少女が懐から取り出したのは、紛れもなく契約した案内者の写真。  その足は凄惨に爛れており、このようなトラブルに見舞われたのであれば欠勤も妥当であった。 「歩けないみたいだから代わりに私が来たの。この森は油断するといつもこう。もしもあなたたちが勝手にうろついていたら、同じ目に遭ったかもね」 「あちゃー。こりゃ酷いなぁ、やっぱり森って危ないわ……」 「私はクラリア。ついて来て」 「案内役ちゃんといて良かったー!行こうぜー!」 「ああっ、みんな、もう……」  あっさりクラリアを信用し切ったARG☆S達。  アドラだけはまだ疑念を抱いていたものの、証拠を出されたのであればこれ以上口を挟むのも失礼だろうという常識的な判断が働いてしまった。  そうしてクラリアの後を着いていく彼女らに、目を光らせる者がいるとも知らずに……。 2. 「んんーーーーー!!!!!」  最初に毒牙にかけられたのは、意外にもアドラだった。  万一クラリアが危険人物だった際のことを考え、最後尾を歩いていたのが仇となったのだ。  いきなり体中に粘着性のある糸が絡みつき、一瞬で列から引き離されてしまったのである。  そのまま人間より大きな蜘蛛の巣に磔にされ、動くことはできなかった。  すぐにメンバーに声をかけようとしたが、口も粘糸で塞がれてくぐもった声しかあげられない。  元より葉擦れや動物の鳴き声といった雑音の多い森なので、その呼びかけが届くことはなかった。 「あっははは!リーダーゲットぉー♡アドラっていうんだよね?私はアトラっていうの。似てるねぇー」  アドラを捕縛し、クスクスと嘲笑う紫髪の少女の名はアトラ。  この森に棲む蟲惑魔という生命体の一種で、蜘蛛のような特性を持っていた。 「んぐーーー!」 「もがいても無駄だよ、私の糸はどんな人でも断ち切れない。捕まった時点でお・し・ま・い♡」 「んぅぅぅ……!」 「怖い顔するのもやめなよ。お姉ちゃんを生かすも殺すも私次第なんだよ?まぁ、しばらくは手をかけるつもりはないから安心して。もっと絶望するところ、見たいもん♡」 「…………!」  アトラが言わんとすることを察したアドラは、うめき声を挙げることすらやめてしまった。  これから起こることへの恐怖、そして自身の不甲斐なさに涙を零すことしかできなかったのだ……。 3. 「アドラがいない!」  会場に到着したものの、アドラがいないことに気付いた一同。  こう書くと間抜けな話だが、それ程の距離は歩いておらず、時間にしてせいぜい二分程度しか空いていなかった。 「私たちに任せて」  木製の会場から、どこかクラリアに似た雰囲気の少女が四人歩いてきた。 「私はカズーラ。クラリアのお友達でーす」 「ちょっと、案内役としてその紹介はないんじゃないの?私はアティプス」 「まぁまぁ、そう怒鳴らないで。私はフレシアといいます」 「セラだよ」 「……みんな同僚」 「うわぁ、こんなにカワイコちゃん達がいるのかよ、この森」 「みんなが手分けして探すから、みんなはここで待ってて」  彼女らもクラリアの仲間らしく、この森には詳しいという。  いずれも見た目麗しい少女だが、見かけで頼れるかを判断するのは浅慮だというのは、ARG☆S自身よく分かっていた。 「いやでも……アドラが心配だし、出来れば私も探したいよ」 「カパネなら言うと思った。僕もだ」 「じゃ、じゃあ、私も!」 「元よりそのつもりだぜ?」  しかし、残ったARG☆Sもアドラ捜索を買って出る。 ……彼女が居たならば、こんな事はしなかっただろうに。 「じゃあ、フレシアはカパネ、アティプスはテュデル、セラちゃんはエテオ、カズーラはパルテに付いてあげて」  かくして、ARG☆Sは無警戒にも見知らぬ者と二人きりで行動することになった。 4. 「フレシアさん、良い匂いしますよねー」 「えー、そうですか?」  張り詰めた空気を和らげようと、カパネはフレシアと談話を試みていた。  ムードメーカーの彼女らしい、何気ない気遣い。  だが、そんな事すらもこの森では仇となる。 「なら、もっと嗅いでみますか?」 「はい……あっ……」  フレシアが近寄ると、急にカパネの足が動かなくなってしまった。  甘い香りが鼻孔を擽った途端に、力が抜けたのだ。 「これ……なんか……ピリピリして……あ……」 「ほら、いくらでもいいですよ♡」 「や……め……」  四肢が弛緩し、呂律も回らなくなったカパネが地に伏す。  そんな彼女の頭を、座り込んだフレシアは膝に乗せる。  無論、そこに慈悲の心などない。  甘い痺れが、より深く身体を蝕んでいった……。 5. 「きゃっ!?」 「だ、大丈夫アティプスさん!?今助けるから!」  アティプスが何かに足を取られて落下していくのを見たテュデルは、即座にそれを追っていく。  足の速さに自信がある彼女に容易いことだった。 「あそこか!」  足の先が穴に入るように腰かけていたアティプスを、テュデルが目視する。  怪我をして立てなくなったのかもしれないが、止まってくれたのは好都合だ。  木々を蹴り、そこまで跳んでいく。  そしてアティプスの目の前に着地し、手を差し伸べた瞬間。  そこが最大の隙だった。 「うわっ!?何だこれ……!?」 「助けに来てくれてありがとう。お陰でみんなから引き離せたわ」  アティプスの背後から伸びてきた糸が、見事にテュデルの手足を巻き取った。  肘や膝などの間接を狙ったもので、それらを曲げることが叶わず、抵抗力は完全に剥ぎ取られていた。  こうなれば、自慢のスピードも意味を成さない。 「逃げないと……!」 「ふふふ、むーだ♡私の糸もすごいけど、アトラちゃんから教わった巻き方はすごいんだよー?」 「だ、誰か……!」 「こんなところ、誰も来ないわよ。ほら、もっと糸巻いてあげるから♡」 「い、嫌だぁぁぁ!!!離せぇぇぇぇ!!!」  テュデルにとって、足の速さは何よりのアイデンティティ。  裏を返せば、走れないことは何よりの屈辱。  情けなく嘆願する姿は、チームの誰も見た事のないものだった。 6. 「エテオお姉ちゃんって、どういう選手なの?」 「えー、どうしたのセラちゃん。急にそんな事聞いて」  緑の生い茂る森の中を、これまた緑髪の少女が二人、並んで歩いていた。 「セラ、他の星のこともっと知りたくて……」 「そっか。答えてあげたいんだけど、うーん……。いきなり聞かれても、自分のことって難しいなー……」 「セラはねー、こう見えて結構頑張ってるんだよ?リーダーって訳じゃないんだけど、実は重要な仕事してるんだー」 「へぇー、凄いねー。そう言われてみると、ちょっと自分も自慢して良い気がするかも?」  ちょっとした談話。  身長が低いことを気にしていたエテオにとって、同じく小柄なセラと喋ってみるのは、少し楽しかったようだ。 「聞かせて聞かせてー!」 「私はね、実はチームだと一番昔からメンバー入りが決まってて。背が低いから頭撫でられたりするけど、こう見えて先輩。みんなの見えないところに気付いて、小技でサポートする……みたいなことをしてるかな」 「すごーい!エテオお姉ちゃん、カッコいい!」 「えへへー」  打ち解けられて、その中で自信もつけてもらえた。  セラとは今後も仲良くしていきたい、とさえ思っていた。 ──だが、エテオの願いが叶うことはなかった。 「あっ、ここ開けてる!アドラお姉ちゃんいるかも!」 「そうだね、行ってみよう!」  ぐちょり。 「……え?」  右足が地面から離れない。  自由の利く左足でなんとか踏ん張ってみるものの、離れない。  靴を脱ぐべきかと考えた次の瞬間、『地面』が動き、エテオに向かってきた。 「うわっ、何これ!ネバネバする!」 「ふふふ、騙されちゃったね。まぁ、嘘は言ってないよ?エテオお姉ちゃんは凄くてかっこいい。だからこそ、捕まえる私はもっと凄いし、捕まったお姉ちゃんは惨めでかわいいの♡」 「そんな……ひどいよ……うっ……うえええん……」 「あっ、泣いちゃった」  エテオに、セラの心を理解することは何一つできていなかった。  セラにも、そんなエテオの気持ちを理解することはできなかった。 7. 「で、そろそろ良いんじゃないの。犯人サン」 「へぇー、よく私だって分かったわね?」 「……当たりかよ」 『カマをかける』という行為をパルテは人生で初めて行った。  あまりにも不穏な事態に働いた直感によるものである。  アドラとは違う本能的な推察だが、見事に命中していた。 「なら、あの写真の爛れた足は……!」 「ああ、私の本体に沈めて溶かしかけたところで引き上げて、今までの餌から回収したカメラで撮ってあげたの。今頃はもう全身ドロドロだろうけどねぇ」 「てめぇ……!」  パルテはカズーラを殴ろうと駈け出したが、横から飛んできた何かを察知して後ろに飛び退く。  それは液体だったらしく、かかった地面からは異臭が漂っていた。 「もう一人……!」 「カズーラお姉ちゃんの顔を殴るなんて許さないから」  カズーラをより幼くし、髪を短くしたような少女がパルテに敵意を剝き出しにながら現れた。  彼女の名はプティカ。  カズーラの妹である。 「もっと早く気付いていればみんなで抵抗できたかもしれないのにね?」 「生憎アタシはチームプレイが苦手でね……!」  ピンチヒッターの孤独な戦いが幕を開けた。 8. 「……んぅ……!」  久しぶりに喉を鳴らしたアドラ。  生気のない瞳に映ったのは、連れてこられる仲間たちだった。  テュデルは自分と同じように糸で縛られている。  唇を噛みしめて、ここまで悔しそうな表情は見た事がなかった。  エテオは粘液を纏った植物に絡みつかれており、顔は涙でぐずぐずだ。  どれが粘液で涙なのか、その境目が分からないほどに。  カパネは何の拘束も施されていないが、目は半開きで、何も抵抗する素振りがない。  呼吸するのがやっとといった様子だ。  一番滑稽な姿を晒していたのは、パルテかもしれない。  というのも、上半身を上を向いた袋のような植物に呑まれており、下半身は服が溶けて丸出し。  足をバタつかせるほど体力は残っていたが、逃げることはできていなかった。  時折、「出しやがれー!」等の罵声が聞こえて来る。  ここは会場の中。  観客など誰一人おらず、だだっ広い空間にアドラ達は向かい合うように並べられていた。 「みんな、首尾よく捕まえてこられたようで何より」 「エテオお姉ちゃん簡単すぎてつまらなかったけど、新鮮なのは楽しかったよ」 「まぁまぁ。ここからが本番なのですから、楽しみましょう?」 「…………」  全員を捕まえてくる、というところまでは考えが回っていたアドラ。  だが、その後のことは何もわからない。  恐らく食べられてしまうのだろう……くらいは思いついていたのだが、その後の蟲惑魔たちの行動は予想外のものだった。  くちゅり。 「セラは簡単だったらしいけど、私たちは手こずらされたもの。二人がかりになるなんて思いもしなかったわ」 「だから、相応に……ね?」 「なっ何を!」  カズーラ、それとよく似たもう一人がパルテのむき出しになった性器を指でなぞり始めた。  くりゅ、ぐりゅりゅ、くちゅり。 「あっ……く……くそ……!」  二人を蹴ろうとした足も抑えられて、その動きは徐々に抵抗の色を失くしていく。  ガクガク震えるしかなくなったパルテの姿は、仲間が見ているだけでも痛々しかった。 「やめて……んぁっ!」 「エテオお姉ちゃんに口出しする権利はないよ?同じ目に遭うんだから、むしろ楽しみにしないと♡」  絞り出すように静止を懇願したエテオの想いも踏み躙られて、最後まで発言すら許されない。  パンツの中にセラの手が無慈悲に突っ込まれたのだ。 「ぅ……ぁ……」 「い……いやだ……」  カパネは愛撫されようと声すらまともに発せず、テュデルは完全に恐慌状態で状況を受け止められていない。  愛すべきチームのみんなが壊されていく。  震えるアドラの乳房を後ろから伸びてきた手が鷲掴みにして、その主が耳元で囁いた。 「試合開始だよ。誰が一番イカせられるかのね。お姉ちゃん達はもう選手じゃなくて、用具になったの♡」  会場に色とりどりの嬌声が響き渡っている。  自分のせいでこんなことになったんだ。  だから、自分がせめて一番の玩具にされよう。  一番惨めになろう。  そうでないとみんなに申し訳が立たないから。  誰が一番悪いのかを考える事も忘れて、アドラの思考が歪むまで、そう時間はかからなかった。  そして、観客なき会場に嬌声がいつまでも響き渡っていた……。